第116章  崩壊の兆し



 

 ハワイ演習から2週間後、真珠湾軍港は連邦の輸送船で溢れ帰っていた。入りきらない船はカネオヘ基地の方に停泊し、錨を降ろしている。輸送船からは敵地上陸用の陸軍3個師団と海兵1個師団の4個師団が用意され、海岸で上陸訓練に励んでいる。
 この上陸用の部隊は東アジアの各軍港から続々とハワイに集結しているのだが、軍港は飽和状態になるのが見えていたのでオアフ島だけではなく、ハワイ島などのほかに島にも分散させる必要が出てきている。これは保安上よろしくないのだが、停泊させられないのでは仕方が無い。1000隻以上の大型船が沖合いまで延々と並んでいるのは壮観な眺めだ。
 この大船団の指揮を取るのはジャブローから派遣されてきたネダリエフ大将で、ゴップと共に復帰した大将の1人だ。将官や佐官が大量に復帰したおかげで軍内部の士官不足がかなり解消し、部隊を多数編成する事が可能になった。この作戦も当初の計画では極東方面軍司令官のバルバリゴ中将が指揮を取る筈であったが、これだけの大軍を率いるのが中将ではどうにも肩書きが足りないと思われていたのだ。
 ネダリエフ大将の元、太平洋方面軍は大軍を西海岸に上陸させて一気にキャリフォルニアベースを奪還する作戦を発動する事となる。この作戦の為にジャブローから司令部要員も増員され、集められた部隊の統制に当たっていた。おかげでシアンたち海鳴基地の幹部たちは海鳴の部隊だけを束ねるだけでよくなり、シアンは仕事が減ったと喜んでいた。

「後任の指揮官が到着して、晴れて俺も海鳴部隊の指揮官に戻れたか。めでたしめでたしだな」
「めでたしじゃありません、何ですかあの感じの悪い司令官は!?」

 暢気な事をほざいているシアンに茜が噛み付くが、シアンは右手をヒラヒラと振ってそれ以上言わなくても良いと茜を押さえた。

「ジャブローに長い事居ると官僚になるのさ、あるいは政治家にな。別に珍しい事じゃないさ」
「義兄さんが苦手な分野ですね」
「そういう仕事は佐祐理に任せときゃ良いさ、あいつはすぐに俺より偉くなる」
「この戦争が終ったら義兄さんだってまた出世コースでしょうが、水瀬派の有力者の1人なんですから」
「水瀬派ねえ」

 数年前からそんな風に言われていたが、はたして秋子に派閥なんて物を形成してる自覚はあるのだろうか。周りが勝手に派閥を形成して秋子を祭り上げているようだが、その主要人物たちにはどうにもその認識が薄いのだ。秋子の腹心の部下といえば自分やマイベック准将、オスマイヤー准将というところだが、この3人は揃って自分たちを水瀬派だとは思っていない。むしろその下で働いている祐一達やジンナ、ランベルツといった連中が水瀬派を形成していると言って良いだろう。
 宇宙軍の実戦部隊は今では実質この水瀬派で占められているといえる状態であるが、秋子は派閥の長という自覚もなければそれを維持する努力をする気も無いので、これまでのところ何か政治的な動きを見せる様子は無い。また新たな宇宙艦隊司令長官代理となったエニーも秋子に取って代わろうとするほどの野心は無いようで、秋子の部下たちを排斥するような様子は無かった。まあ秋子の部下たちを排除すると軍が成り立たないので排除したくても出来ないのかもしれないが。
 茜も水瀬派という派閥の存在を信じているからこういう事を言っているのだろう。ティターンズもその存在に危機感を抱いていたようで、ジャマイカンは圧力をかけて自分を教導団から追放して田舎基地の司令官に左遷してしまった。まあそれは怠け者の自分にとっては願ったり叶ったりの人事であって、秋子もそれを阻もうとはしなかった。
 砂上の楼閣、という以前の空想の産物でしかない水瀬派であったが、周囲が秋子を祭り上げる事で自然発生してしまったのだ。ファマス戦役での彼女の活躍がそれだけ凄かったということだが、考え方を変えてみればこの空想の水瀬派の存在がティターンズを追い込んでしまったのかもしれない、とシアンは考えたことがあった。

「でもまあ、それは俺たちのせいじゃないよなあ」
「いきなりなんですか?」
「ん〜、ちょっと世の中の不条理って奴を嘆いてたのさ」
「不条理が服来て歩いてるような人が何を言ってるんですか?」

 茜は呆れた顔で資料をケースにしまうと敬礼して部屋から出て行った。残されたシアンは執務机に立てかけられた妻子の写真を手に取り、どうしたものかなと話しかけた。

「俺はどうでも良かったんだが、身を守る事も考えないといけないのかなあ?」

 自分たちが望んだわけではない、秋子が作ったわけでもない。だが秋子が集めた人材は優秀で、ティターンズと比較しても引けを取らない物だった。しかも秋子の部下たちは上官と部下というだけではなく、個人的にも秋子を慕っていたのでとにかく忠誠心が高く、他勢力の切り崩しにも殆ど応じない。祐一なども昇進とセットでティターンズへの勧誘があったらしいが、彼は一言で跳ね除けたそうだ。
 このような忠誠心を大勢から示されれば、ティターンズでなくとも脅威だと認識したかもしれない。少なくとも連邦政府内に水瀬派がティターンズのように強大な力を持った軍閥化するのではないか、と危惧する者たちが居た事は確かだ。秋子本人が連邦政府に対して忠実であったおかげでそれらは危惧以上のものとはならなかったが、もし運命の道筋が数歩ずれていれば秋子が連邦政府に危険分子と看做され、ティターンズに追い立てられていたかもしれない。
 ただティターンズと異なるのは、秋子が子飼いの部隊以外だけではなく宇宙軍の将兵全般と、民衆の双方からも支持を集めていた事だろうか。ジャミトフもその実力とカリスマ性、そして部下への配慮で将兵の人望は厚かったが、人気という点では秋子とリビックには遠く及ばなかった。ティターンズのクーデターの際にも宇宙軍からの離反者は少なく、多くの将兵がサイド5へと集まってきた事がそれを証明している。
 両者を分けたのは日頃の行いとでも言うのだろうか。少なくともシアンにはそう思えた。明らかな意図を持って軍閥化を進めたジャミトフに対して、秋子には特に何かをしようとする様子は無かった。だから政府も過剰な警戒には走らなかったのだろう。
 戦争が終ったらまたのんびりと海鳴基地司令の椅子に戻れればいいのだが、とシアンは考えたが、今後の連邦軍の再建を考えるとそれは難しいかもしれない。この戦争が終れば自分も閑職ではなく、中央に戻されて何らかの、おそらくはMS関連の仕事をさせられるだろう。教導隊に戻されるか、ジャブローでMSの運用研究の為に作戦課に回されるのか、いずれにしても忙しくなるのは間違いない。そのジャブローで制服をきっちり着込んで机に向かっている自分の姿を想像して、何とも言えない憂鬱な気分になるシアンであった。




 ハワイ基地に艦隊が集結を完了しようとしていた頃、スエズ基地からはキャリフォルニアベースを目指して大部隊が北上を開始していた。これと対峙していたティターンズの部隊はこれをキャリフォルニアベースに伝えた後、無理にこれを止めようとはせずに遅滞戦闘を繰り返して時間を稼ぐ手に出ていたが、数の差が大きく包囲されないように逃げるのに必死になっていた。
 連邦軍は2個軍で編成された第12軍団を北上させていたが、これに対するティターンズの部隊は僅かに1個師団、下手に踏み止まれば迂回挟撃を受けたり後背を遮断されて包囲殲滅されかねない。連邦軍の主力は81式戦車部隊でMSに対しては不利だったが、脚部をMS−09ドムのような大型ホバーユニットに換装した陸戦型ゼク・アインが多数投入されていてティターンズMSを大苦戦させていた。機動力でこれに対抗できるのはティターンズでは同じホバー型のストライクマラサイくらいだが、これが生産されている工場はキリマンジャロ基地にあるので北米には数が少なく、MSの大半はバーザムとハイザックであった。
 キャリフォルニアベースの南方の守りはメキシコ基地であるが、最初の防衛線は人口も少なく、幅も狭いテワンテペク地峡であった。幅が狭いので正面を狭く出来るし、ジャングルに覆われているので大軍をスムーズに動かすのは難しい。攻め難く守り易い天然の要害であった。
 ティターンズは北上して来た連邦軍をここで迎え撃つ事をかなり前から想定し、時間をかけて入念な陣地構築を行ってきていた。元々はジオン地上軍がパナマ基地と戦う為に構築した要塞を戦後連邦が接収した物で、恒久陣地として築城されている。要塞陣地というのはAD世紀の第2次世界大戦頃には価値を失った存在であったが、それは火力が向上して簡単な陣地なら吹き飛ばせるようになった事、動けない固定陣地を迂回して進む事が可能になったからだ。言い換えるなら迂回が困難な箇所に築かれた要塞陣地は有効なのである。地下貫通弾などのトーチカを吹き飛ばせる兵器もあるが、基本的にこの手の陣地というのは空襲や砲撃には恐ろしく強いのだ。これを潰すのに最も有効なのは歩兵による突入である。
 この陣地の突破をどうするかで連邦軍は悩んだ。多少の被害を覚悟して部隊を突入させ、突破口を切り開くか。それとも空爆で地形を変えてしまうか、海軍に頼んで沿岸部を艦砲射撃で更地に変えてもらうか。色んな方法が考えられたが、艦砲と空爆はそれぞれ砲弾と爆弾の消費がバカに出来ず、キャリフォルアベース攻略戦で不足をきたす恐れがあるということで却下されている。
 ではやはり部隊を突入させて突破口を切り開くかという方向で話が纏まりかけた時、宇宙軍から1つの提案が行われた。それはかつてジオンが1年戦争開戦期に地球に対して行った攻撃と同じもの、質量弾攻撃であった。まあようするに軌道爆撃である。軌道上に展開した駆逐艦部隊が突入コースから大量の突入弾を降らせてくるのだ。その破壊力は絶大で、圧倒的な運動エネルギーが頑丈な重建造物を軽々と打ち砕き、分厚いコンクリートで守られている筈の地下施設さえ天蓋をぶち抜いて破壊してしまう。
 問題は余りの破壊力の為に壊してはいけない物も吹き飛ばしてしまうという事と、細かい狙いを付けられないという事である。この兵器はあくまでも指定されたポイントの辺りに落下するという兵器なのだから。砲撃や爆撃と考えれば凄まじいが、凄まじすぎて使いどころが難しい兵器でもあった。
 これを提示されたケイン大将は部下と協議した上でこれを受け入れ、突入弾による軌道爆撃の実施後にMS隊を突入させ、突破口を切り開くことにした。


 この決定を伝えられた佐祐理は早速突入用の部隊編成を始めたが、今回は自分が総指揮を取るので先頭部隊を率いる事は許されず、また最新鋭のジャギュアーをこんな所で消耗したくないという思惑もあり、突入第2陣と共に突っ込むようにと釘を刺されていた。
 おかげで佐祐理は第1陣の指揮を部下に任せる事になったが、この第1陣には優先的にゼク・アインを回して突破力を高め、第2陣、第3陣はジムU、ジムV主体で編成している。一度突破口を切り開けば後は部隊を押し込んで拡大すれば良いので、後続部隊は多少劣る戦力でも何とかやれる。
 突入部隊の編成作業を進めていた佐祐理は、自分の天幕に懐かしい来訪者が来たのを見て厳しかった表情を崩した。それはジャブローで防空部隊を束ねていたキョウ・ユウカだったのだ。

「キョウさん、どうしたんですかこんな所に!?」
「いや、この作戦の支援の為に野戦飛行場に前進してきてね。せっかくだから挨拶に伺ったのさ。邪魔だったかな?」
「あはは〜、キョウさんなら大歓迎ですよ〜。でも野戦飛行場という事は、ジェットコアブースターですか?」
「ああ、ダガーフィッシュじゃ急造飛行場には降りられないからな」

 降りる所を選ばないアレは便利だよと答えてキョウは手近な椅子に腰を下ろし、ふうっと一息ついた。

「ジャブローは本気でキャリフォルニアベースを落とす気らしいが、大丈夫かね。ジャブローの守りがかなり薄くなるぞ」
「ジャブローは大丈夫でしょうけど、私としてはインドとキリマンジャロの方が心配ですね。極東軍はシアンさんたちもこっちに回したそうですから」

 佐祐理はキョウに冷たい水の入ったコップを差し出し、キョウは礼を言ってそれを受け取り、美味そうにそれを口にする。

「はあ、生き返るな。ここの暑さはジャブローとはまた別の酷さがあるよ」
「虫には気をつけて下さいね」
「ああ、来る前に散々レクチャーされたよ。しかし、また沢山集まってるな。空から見たらこのあたり一面友軍で埋め尽くされてたぞ。しかもまだ後続が続いてるようだし」
「それはここを突破した後の交代部隊ですね。佐祐理たちはここを突破した後は一度止まって補給と休養に入りますから、キャリフォルニアベースまでの道を均すのが後続部隊の仕事です」
「相手させられるティターンズが可哀想になってくるな。ああ、それと1つ朗報だ。ジャブローを発つ前に聞いてきたんだが、宇宙軍が艦隊の降下に同意したんだそうだ」
「艦隊をですか!?」

 連邦軍は宇宙艦隊を最終的に大気圏内でも運用できる両用艦隊にする事を目指してはいたが、その試験も兼ねているのだろうか。だが今の所大気圏に降りてこれるのはミノフスキークラフトを搭載しているペガサス級強襲揚陸艦かカイラム級戦艦くらいのはずなのだが。エゥーゴのアーガマ級のシリーズはバリュートを使うことで降りる事は出来るらしいが、ミノフスキークラフトの性能の関係で自力での大気圏離脱は出来ないらしい。
 この事を考えると、宇宙軍はカイラム級戦艦をこの作戦に投入してくるのだろうか。確かに戦艦が来てくれればこの上なく頼もしい援軍だが、もし落とされたらどうするつもりなのだろう。幾らミノフスキークラフトがあるとはいえ、大気圏内では宇宙戦艦は鈍重で良い的になってしまうという事は1年戦争のホワイトベースが証明しているのに。

「レイナルド提督は地上軍とは余り仲が宜しくないと伺ってましたが、司令長官に就任されて心変わりしたんですかねえ?」
「さあ、そこまでは俺にも分からんさ。まあ秋子さんの代理って事で協調性を前に出してるだけかもしれないけどね」

 エニーの攻撃的な性格はファマス戦役の時に分かっている。2人ともあの戦争に参加し、彼女の指揮がいかに拙速を尊ぶかを思い知らされている。それは上手くツボにはまれば極めて強力であったが、一旦躓くと途端に脆くなるという何とも極端な物で、輝かしい戦績を持つ反面、失敗も多い提督である。
 ただ、秋子とは異なるが将兵を戦う気にさせる人物ではあった。そのはっきりと物を言う性格が一般兵士たちに人気があるようで、現場ではそれなりに愛されている指揮官である。佐祐理などからは粗野に見える人であったが、祐一や北川などは好意的に受け取っていたようだ。
 そのエニーが支援を約束したのなら、恐らくカイラム級戦艦を回してくるのだろう。あれならギャプランが上がってきてもかなり有利に戦える。大気圏内のビームでは宇宙戦艦の防御スクリーンを破る事はまず不可能だからだ。怖いのは基地配備の防空用レーザー砲台や突入弾迎撃用の高高度ミサイルくらいだろうか。

 その時、2人が次の作戦の事を笑いを交えながら話し合っていると、いきなり何かが爆発したような音が鳴り響いた。衝撃波が周囲を駆け抜けていく。佐祐理たちの天幕も衝撃波で吹き飛ぶかと思われたが、幸いにして天幕は持ち堪えてくれた。

「な、何なんですかいきなり!?」
「敵襲、って感じじゃねえな。事故か?」

 2人は天幕を飛び出して周囲を見回し、走り回っている兵士の一人を捕まえて何があったのかを問いただした。

「兵長、何があったんですか!?」
「あ、少佐、大変な事が。移動中だった車両が突然吹き飛ばされたんです!」
「突然吹き飛んだってのは何だ?」
「それが、未処理の地雷か不発弾でもあったらしくて、それが車両が上を通った衝撃で爆発したみたいなんです。それで装甲車1台が大破しました!」
「なんですって!?」

 吃驚して2人は近くを抜けようとしていたジープを呼び止めて飛び乗り、現場へと向かった。事故現場は酷い有様で、爆発で吹き飛ばされた兵員輸送車が横倒しになって転がっている。爆発で吹き飛ばされたのか、左側の車輪は抉られたように消え去っている。
 この辺りは確かに街道で、ティターンズの地雷が敷設されていた。そして僅かではあったがティターンズ地上部隊との戦闘もおきていた。だから未処理の地雷や不発弾のどちらの可能性も否定できないが、1つだけ確かなのはこれは最前線ではありがちな事故だということだ。
 地雷や不発弾の可能性をゼロにする事は出来ない。地雷を完全に処理するには敵から敷設した際のデータを得るしかないのだ。地雷とはゲリラとかならともかく、正規軍ならちゃんとどう敷設したのかを記録しておくのものなので、それを入手できれば確実に処理できる。何故そんなことをするかというと、適当に埋めると後で処理できず、自分たちも困る事になるからだ。
 一応この辺りは見方の地雷処理班が処理を終えた安全地帯のはずであったが、こうして時折漏れた地雷や不発弾の犠牲となる兵は多い。最前線では当たり前のように起きる事故の1つだ。
 だが吹き飛ばされた方はそれではすまない。死傷者は出るし、車両も失った。だがそれだけの事だ、戦死した者たちは運が悪かったのだ、それで済まされるのが最前線なのだから。



 

 ティターンズの多少の抵抗を排して連邦軍はテワンテペク地峡の防壁に達した。天然の要害ともいうべきこの狭い地峡に2個軍は展開できないので、連邦軍はMSと戦闘車両、そして航空機による敵防衛線の突破と、包囲殲滅を考えていた。この地峡の敵陣地は強固ではあるが、あくまでも南方から北上してくる敵を迎え撃つ為の陣地だ。背面に展開したMSや戦闘車両部隊を撃破するには機動部隊を出さなくてはいけないだろう。だがそれをやれば正面から圧力をかけてくる後続の足の遅い通常部隊に対処が出来なくなるからそれも難しい。
 基本的に戦場では包囲を完成させた側が圧倒的に有利になるが、それは攻撃に回せる戦力の数によるものだ。包囲された側はどうしても内側に遊兵を抱え込む上、敵の攻撃が効率的に集中されるので被害が拡大してしまう。
 まあそこまでする前に降伏してくるだろうというのが連邦側の読みだ。敵軍内には既に内応を約束した部隊もあり、そこから切り崩せばなし崩しに全体が崩壊する可能性もあった。


 だが、先陣を切るべきMS隊は動こうとはせず、じっと待ち続けていた。それは天空から振り下ろされる神の雷とも言うべき攻撃、軌道爆撃である。それも駆逐艦ではなく、カイラム級戦艦から行われる大規模な攻撃である。
 既に艦隊は軌道上を周回に入っていて、地上軍からの連絡を待っていた。全艦が突入弾をランチャーに装填済みで、いつでも発射できるようにスタンバイしている。
 この艦隊を率いているのはダニガン中将だった。エニーが司令長官に就任して以来、中央から更に遠ざけられた感のあるこの男は、今回の作戦の為に戦艦部隊を率いて軌道上にやってきていたのだ。ダニガンとしても秋子に比べて嫌悪感をうまく隠せないエニーといるよりは、最前線に出てくる方が気楽で良い。.

「さてと、そろそろかな?」

 予定時刻が過ぎたのを確かめたダニガンはそろそろ攻撃開始の連絡が来る頃だと期待交じりに呟く。するとそれを証明するかのように地上から連絡が飛び込んできた。

「提督、地上軍より通信です、所定の計画に従い、作戦を開始せよと」
「よろしい、全艦突入弾発射用意、予定ポイントに到達次第順次発射する。その後は計画に従い再度周回を行い、戦艦は大気圏突入コースに乗るぞ。各艦にはZプラスの最終チェックを急がせろ」
「了解、全艦に伝達します」
「艦長、突入は任せる、上手くやって見せてくれよ」
「お任せください、これでも前はグレイファントム級の艦長をやっていましたから」

 グレイファントム級は改ペガサス級とも呼ばれる、ペガサス級強襲揚陸艦の量産モデルだ。ファマス戦役では母艦機能を生かして空母として活躍していたが、戦役後は他のペガサス級と共に地球と宇宙を繋ぐ連絡輸送艦のような使われ方をしていた。今もそれは変わっておらず、ジャブローで物資を積み込んで軌道ステーションに上げるという作業をしている筈だ。これは宇宙軍にとって何よりも大事な補給路の1つでもある。

 突入弾投下コースに入った艦隊は予定通りに突入弾を射出、再び周回軌道へと戻る。この突入弾は真っ赤な炎を引く事も無く目標へと向かっていく。バリュートなどであれば大気を減速に利用するが、質量そのものを武器にしている突入弾にはそんな必要は無い。重力も全てエネルギーに変えて目標に向かうのみなのだ。
 ただ、この時代といもなると突入弾への迎撃は普通に行われる。巨大なコロニーや隕石ともなれば別だが、この程度の突入物体は普通に迎撃されてしまう。まずは成層圏まで駆け上がってくる迎撃ミサイルがこれを迎え撃ち、次に高高度で待ち構えていたティン・コッド戦闘機やギャプランが撃ち漏らしを叩き落し、最後に地上配備のビーム砲台が突入弾を迎え撃つ。もっとも、地上からの迎撃は流石に近くに基地が無いと出来ない相談であったが。
 今回もその例に漏れず、突入弾は次々に迎撃を受けて空中で砕け、軌道を逸らされてあらぬほうに落ちていく。それを掻い潜った少数の突入弾が地上に超音速で突っ込み、着弾点に小さなクレーターを生み出していく。幾ら頑強な地下構造があったとしても無事ではすまないだろう。少なくとも地上のトーチカや砲台は確実に吹き飛んでいる。
 文字通り地形を変えてしまうような破壊力を目の当たりにした佐祐理は、その凄まじさに唖然としてしまっていた。こんな出鱈目が使えるのあらば、地上軍の存在意義なんて無いのではないのかとさえ思えてしまう。空爆を避ける為にしっかりとした隠蔽が施されていたからそれまで何処に何があるのか良く分からなかったが、吹き飛ばされた山や森の中にはその残骸らしき物が伺えている。

「何と言いますか、真面目に戦うのがバカらしく思えてきましたねえ。砲兵なんてもうお払い箱ですか?」
「いやいや、突入弾は正確な照準が出来ませんから、そうはならないと思いますが……」

 突っ込もうとする部下の声にも何処か力が無い。当たり前だろう、前の前でこれだけ凄まじい破壊力を見せ付けられたのだから。ガンタンクや自走砲で同じことをやるには一体どれだけの弾を使えばいいのだろうか。宇宙からの攻撃は余りも威力が違いすぎる。

「まあ、そんなことを考えるのは後ですね。今は目の前の作戦に集中です。突入弾による攻撃終了と同時に突っ込みますよ。敵を撃破して突破口を切り開きます!」

 もっとも、敵が無事ならですけどね。と最後に声に出さずに付け加える。砲撃や爆撃だけで陣地に立て篭もる敵は無力化できない、というのは常識であるが、ここまでこれば話は別だ。あれではもぐっている陣地など何の意味もあるまい。着弾地点は小さなクレーターに変わり、そこにあった全てが瓦礫に埋もれてしまう。陣地が上からの圧力に強いと言っても、陣地後と掘り返され、引っくり返すような攻撃が相手ではどうしようもない筈だ。南極条約で大質量弾攻撃が禁止されたのも当然の話だろう。
 佐祐理は敵の運命に同情しつつ、突入弾による攻撃が終ったのを見計らって部隊を前進させた。まず第1陣のゼク・アイン隊が前進し、それに続いて佐祐理が直接率いる第2陣が進んでいく。


 前進した佐祐理たちは、やはりと言うべきか何の抵抗も受けなかった。敵の兵器も陣地も根こそぎ破壊されているようだ。ティターンズも砲撃や爆撃は想定していたはずだが、大気圏外からの突入弾攻撃までは想定していなかったのだろう。いや、例え想定していてもそんな陣地の構築など不可能だろう。突入弾や隕石の攻撃に耐えられるような防御力を持っているのはジャブローくらいだ。
 幾つものクレーターが重なり合うように生まれた、先ほどまで丘陵地帯であった場所をジャギュアー部隊がゆっくりと進んでいくが、予想された敵の砲火は全く来ない。本当に全滅してしまったのだろうか。

「誰か、敵兵を見ましたか?」
「いえ、まだ何も。と言いますか瓦礫しか見当たりませんよ。生きてる奴どころか死体も見当たりません」
「こっちもです隊長、酷い有様ですよ、こんなのは初めてだ」

 地震や竜巻の後でもこうはなるまい。樹木も全て放射状になぎ倒され、凄まじい衝撃波が駆け抜けたことを伺わせている。もし外に出ていたものがいれば、この衝撃波に引き裂かれて木っ端微塵になったに違いない。
 暫く地上をセンサーでスキャンし続けた佐祐理たちは、やっとの事で生存者を発見する事が出来たが、彼らは既に戦意を喪失していた。ここまで一方的な虐殺の渦中に置かれてなお戦意を保てという方が無理な話だろう。彼らは武器も持っておらず、自作の白旗のような物を掲げて抵抗の石が無いことを表している。
 彼らを後続の機械化歩兵に任せて佐祐理たちは先に進み、かなり前進した所でようやく抵抗らしい抵抗を受けた。どうやら攻撃を免れた辺りに居たらしいバーザムやハイザックがちらほらと姿を見せ、爆発で盛り上がったクレーターの縁で遮蔽を取りながら銃撃を加えてきている。
 
「生き残りの方々が居たようですね」
「ですが、数が少ないですね。生き残っていたと言うより、近くからこちらに移動してきたんじゃないですか?」
「そうかもしれませんね。まあ仕事が楽に終るのは良い事です。さっさと突破して敵を分断しちゃいますよ!」

 少ない敵機を銃撃で制圧しつつ前進していく佐祐理たち。ジャギュアーの装甲は敵弾を確実に防いでくれていて、さすが新型だと感心させられる。逆に敵の動きには明らかな同様が見て取れている。ジャギュアーの防御力に相当焦っているようだ。後続のゼク・アインもそうだが、ファマス系の血筋はとにかく頑丈に作られている。
 だが、微弱な抵抗を排して突破した辺りで左右から本格的な圧力を受ける事となった。突入弾による軌道爆撃の被害からようやく立ち直った敵がこちらの動きに気付き、反撃を開始したのだろう。多数のバーザムとハイザックが姿を現し、銃弾が左右から襲ってくる。どうやらビームライフル装備のMSは居ないか、少ないようだ。熱帯圏では湿度が高く、ビーム兵器は減衰が激しいので砲撃戦にはまるで向かない武器となる。ましてスコールなどが降っていたら使い物にならない。そんな事情があるから、ティターンズはマシンガンを装備したMSが多いのだろう。こちらも事情は同じであり、ゼク・アイン用の大型マシンガンを装備している。ただゼクではないので、あの巨大なドラムマガジンは肩には担げず、背部に背負うようにしているが。

 左右から挟みこまれ、数に任せてそのまま押し潰そうとしてくるティターンズに対して佐祐理は無理にここで頑張ろうとはせず、このまま駆け抜けて突破してしまおうと考えていた。

「あはは〜、全機足を止めずにこのまま抜けちゃいますよ、穴の維持は後続のジムに任せます!」
「大丈夫ですかね?」
「それくらいは期待してあげましょう。さあさっさと行きますよ、全速ホバーでここを駆け抜けるんです。第1陣に追いつきますよ!」

 ジャギュアー部隊がホバーで一気に戦場を駆け抜けようとし、敵の攻撃を無視して戦場を離脱していく。それを阻止しようと左右からティターンズの激しい銃撃が加えられ、機体の脆い部分を抉られた不運な機体が1機、また1機と擱坐し、無残に戦場に転がっていく。だがそれは全体の一部であり、佐祐理たちの足を止めるには至らなかった。正面に回って食い止めようとした勇敢な部隊もあったが、MSの性能とパイロットの双方で差をつけられ、更に支援火力の分厚さと勢いで圧倒されていては防ぐことなど出来ず、蹴散らされてしまった。
 しかし、この強行突破を指揮していた佐祐理は、やはりこういう仕事は祐一に任せる方が良いと考えていた。祐一はこういう先陣を切って積極的な攻撃を行うような場面では最高の指揮官だ。勇敢で思い切りが良く、戦場の流れを見切る天性の勘の良さを持っている。彼が率いる集団はかつての機動艦隊時代において間違いなく最高の破壊力と突破力を併せ持っていた。
 自分は必要な時に悩む、足を止めて考える、それは指揮官として必要な部分であるが、こういった作戦では足を引っ張ることになる。必要なのは迷わず突き進む強い意思なのだから。
 ここにいたのが祐一であったら、敵が殺到してくる前に敵の縦深を突破して後輩に回り込んでいたかもしれない。彼は良くも悪くも一度決めると迷わない男だったから。だからこそ失敗も多いが、輝かしい成功も多い。北川と組んだ時に恐ろしい威力を発揮するのは祐一の弱点を北川が上手く補ってしまう為だ。


 そんなことを考えていた佐祐理は、何時の間にか敵の抵抗が弱まっている事に気付いた。敵の防衛線を完全突破した訳ではない、どうやら敵部隊がこちらに集中出来なくなったらしい。
 見上げれば味方の空軍機が上空を飛びまわっている。どうやら航空優勢はこちらの掌中にあるようだ。あとはこのまま敵の後背に展開し、包囲して各個撃破を重ねていけば良い。敵の機動戦力であるMSと戦車を潰してやれば、残りは逃げる道も無いと悟って降伏するだろう。
 作戦は概ね予定通り、そう思っていた佐祐理であったが、ここで作戦は躓いた。はるか後方にあるはずの司令部から救援を求める通信が届いたのだ。上空にいる戦域管制機が佐祐理に指示を伝達してくる。

「倉田少佐、第12軍団司令部から救援要請が来ました!」
「軍団司令部から?」
「敵MS部隊の攻撃を受けているそうです。現在守備隊が応戦しているそうですが、突破されるのは時間の問題だと」
「どういう事です、司令部の守りには1個MS大隊が付いていた筈です。敵はグーファーなんですか?」

 これまでグーファーは殆ど姿を見せなかった。まさか司令部の破壊という一発逆転の為に何処かに伏せていたというのだろうか。軍の主力が突破の為に離れ、すぐには戻れなくなるまで耐えていたのか。
 だが、管制機の報告は佐祐理の想像を上回る物であった。

「グーファーもですが、宇宙軍が最近梃子摺ってるブレッタとかいう化け物も居るそうです。ゼクとジムでは歯が立たないようです」
「ブレッタ、あの報告にあったジ・Oの量産機とかいう奴ですか。対抗できるのは開発中のνガンダムだけだとか」

 ジャギュアーがこれに対抗できるかは分からない。いまだに鹵獲機は無く、その性能ははっきりとは分かっていない。ただ現用主力MSのゼクやジム、ストライカーでは歯が立たず、生産が始まったばかりのジェダですら対抗できないというのだから厄介な相手だ。
 だがジャギュアーの性能も地上軍では類を見ない。グーファーを相手にしても互角以上に戦う事が出来るのだ。だが、問題は自分たちが最も突出しているという事だ。ここからではどんなに頑張っても間に合いはすまい。かといって後続の部隊を戻せば自分たちが孤立してしまう。
 だが12軍司令部が潰されれば軍団は指揮系統を失い、身動きが取れなくなる。指揮系統はいずれ立て直されるだろうが、それまでの数日間は混乱を立て直せないだろう。なまじ大軍なだけに建て直しには時間がかかる筈だ。自分たちもせっかく確保したこのポイントを放棄して撤退しなくてはいけなくなる。
 間に合わないのを承知で退くか、このまま計画に従って部隊を動かすか、佐祐理は困難な決断を迫られる事になった。



後書き

ジム改 久しぶりに佐祐理がメイン張った回でした。
栞   キョウさんは相変わらず戦闘機なんですね、Zプラスに乗れば良いのに。
ジム改 Zプラスも所詮は可変MSだからねえ、空戦能力では戦闘機には負けるよ。
栞   でも戦うとZプラスが勝っちゃうんですよね。
ジム改 火力と装甲が桁違いだからねえ。戦闘機もMSくらい金かければ勝てるだろうけど。
栞   通常戦闘機じゃ気圏戦闘機に勝てないのと同じですね。
ジム改 何を言う、数を揃えれば通常機だって……戦車だって……
栞   ああ、昔のゲーム思い出して欝に入っちゃいましたね。変なプレイばっかりしてるからです。それでは次回、「遠いメキシコ」で会いましょう。