第117章  遠いメキシコ



 

 連邦軍が地上で反攻に転じていた頃、宇宙でも変化の兆しが起きていた。ネオジオンが制圧するサイド3、その首都であるコア3は今では陰謀が渦巻く最も危険な場所と化している。連邦やティターンズも内部対立が存在しているが、ネオジオンのそれはもう犯罪的なものだ。
 ネオジオンを3分する3つの勢力、キャスバルのダイクン派とカーン派、そしてデラーズのザビ派、そして両者の対立など関係無しに連邦と戦い続けるファマス派や無派閥の連合勢力である実戦部隊だ。
 カーン派はキャスバルに味方しているが、リーダーであるハマーンの態度次第では第4勢力として動きかねない存在でもある。ザビ派やダイクン派ほどではないが、カーン派も十分な勢力を持っているから。ただ、実戦部隊という観点ではア・バオア・クーやアクシズといった前線拠点で活動している前線部隊が最も充実している。もし彼らが立場を明確にすれば、その勢力が圧倒的な武力を持つ事になるだろう。
 彼らは一応ミネバ・ザビの元で纏まっている事になっているが、今ではそうとも言えない。デラーズはミネバに替わる象徴としてグレミー・トトを担いでおり、幼いミネバよりも年長のグレミーを頂点に据えるべきだと唱えている。もはやグレミーがザビ家の血を引く者であるということは秘密ではなく、公の場に出されていると言って良い。
 そして厄介な事に、ミネバ本人はグレミーが替わってくれるのならばという意思を見せていた。まだ幼いミネバにはネオジオンの指導者などという立場は苦痛でしかないのだろう。彼女が弱気を見せるのも無理は無い。
 だが、それはキャスバルにとって容認出来ない事態だった。ネオジオンをデラーズに任せれば、彼は間違いなくかつてのジオン公国を蘇らせようとするだろう。デラーズは紛れも無いジオンの亡霊であり、その思想はあのギレンと同様の狂気を孕んでいる。目的の為には虐殺も厭わないギレン・ザビの精神をデラーズは受け継いでいる。
 ネオジオンをNTの拠り所とするという目標を掲げているキャスバルとデラーズは相容れない存在だ。それは向こうも同じで、だから両者は事あるごとに対立している。そして困った事に、ジオン公国の復興を掲げるデラーズのやり方は、NT思想を前面に出しているキャスバルよりもよほど将兵に理解し易いものだ。何しろ世の中の大半の人間はNTではなく、彼らの拠り所などといわれてもピンとくるわけがないのだから。


 確実に不利になっている状況の中で、キャスバルは次第に我が身の危険を感じるようになっていた。レジスタンスではない、デラーズからの殺意をはっきりと感じ取っていたのだ。それはNTの持つ感受性が与えてくれた力で、暗殺を恐れた彼は自衛の為に親衛隊を増やさなくてはいけなくなった。
 そして同時に、連邦との間で進めている和平交渉についても警戒を更に強化しなくてはいけない。現在はハマーンの妹であるセラーナ・カーンが代表として月面の連邦側都市、エアーズに赴いて交渉に当たっているが、これに対して実力で妨害行動に出てくる可能性も大きいのだ。
 日常の執務に加えて身内の敵への対処もこなさなくてはいけないキャスバルの疲労は相当なもので、その顔色はかつてサイド3に帰還した頃に比べるとかなりどす黒くなっている。その姿は秘書官のナナイ・ミゲルや補佐官のホルスト・ハーネスからまるで病人のようだと言われるほどに酷い。

「総帥、お願いですから少しお休みください。貴方が倒れたらネオジオンはどうなると思っているのですか?」
「ああ、手が開けば休むさホルスト。だが、今はまだ休めん」
「デラーズ閣下の手もここまでは伸びますまい、少しは気持ちを安らげて緊張を解していただかないと、何時か糸が切れてしまいますぞ」

 デラーズの手が何処まで伸びているか分からない、このことがキャスバルには相当なストレスになっている。暗殺者の影に怯えなくてはいけないというのはキャスバルほどの男でも憔悴させてしまうのだ。いっそ逃亡生活でもしていた方がまだマシかもしれない。歴史上の独裁者の中には暗殺に怯えるあまり、政敵の粛清に走った事例は幾らでもある、というより無い方が珍しいだろう。
 キャスバルの支えているのは自分は赤い彗星であるという名声、そしてジオン・ダイクンの息子であるという出生だけだ。だがこれはダイクン派には効果があってもザビ派には意味が無い。
 いっそ船に乗せて前線視察にでも出した方が良いのではないだろうか、そんなことをホルストは考えていた。戦艦ならば乗組員は把握できるし、そうそう襲われることもあるまいから。


 ホルストにキャスバルを休ませる為に外に出すことを打診されたカイザスはレウルーラを準備することを約束した。総帥が視察に出るというのならば最優先で手配することが出来るので、これは容易い仕事である。護衛艦の手配も出来るだろう。人材も厳選することは可能だ。ただ、デラーズの干渉を完全に排除することは出来ないかもしれない。軍政はデラーズが握っているのだから。
 いっその事、どちらにも組していないチリアクスにでも協力を求めようかとも思ったが、彼は彼で中央からの要請に対してはどうも好意的ではない。まあ支援はしないが敵は倒せなどという命令をずっと受け続ければ怒るのが当然だろうが。最悪、連邦に寝返る危険性が最も高い相手だろうか。連邦側にはファマスの同僚が多数投降しているから、彼らがパイプを繋ぐ工作をしている可能性も否定しきれない。

「身内が信用出来ないというのは本当にやり難いものだな」

 何をするにもあいつは信用できるのか、本当に味方なのかと疑わなくてはいけない。今回も編成もダイクン派から選出しなければ、またホルストが文句を言ってくるだろう。困ったものだ。もっとも、自分も政治的に面倒な事が起きた際には彼に仲裁を依頼しているので、お互い様なのだが。




 そのキャスバルにとって唯一の切り札とも言えるのは側近の親衛隊であったが、これも余り頼りにはならなかった。生粋のダイクン派を中心に編成されているので忠誠心という面では安心であったが、数も少ないし装備も余り良いとは言えない。
 そんな中で頼りになるのはカミーユたちNT部隊である。強化人間ではない、キャスバルが集めた本物のNTが集められているだけにかなり有力な部隊であるが、数や装備ではグレミーに預けられている強化人間部隊には遠く及ばない。だがNTである為に精神的には安定していているので頼りになる。
 このNT部隊をまとめているのがイリア・パゾム中尉だった。優秀な士官でキャスバルの信頼も篤いが、少々ハメを外しすぎる事があるのが問題視される困った一面もある。特に服装が余りにもラフすぎるとしてキャスバルの側近からは煙たがられる事も多い。もっとも、彼女に言わせれば親衛隊の制服を改造もせずに我慢して着ているという事になる。
 その下に置かれたカミーユは同じエゥーゴからの転向組のルー・ルカ少尉と共に彼女の奔放な部分に振り回される毎日を送らされていて、ストレスをどんどん溜め込んでいたりする。実はグレミーの元で強化人間部隊を纏めるという話がカミーユに提示された事もあったのだが、そこで出会ったエルピー・プルという少女がパイロットだと知らされて激昂してしまい、この話は流れてしまった。
 カミーユの愚痴っぽい性格はすっかり有名になってしまい、イリアもルーも彼の愚痴にいちいち付き合うことはない。適当に相づちを打って聞き流すだけだ。ただ時折聞き流せない物が混じるので、そういう時はイリアが少し真面目に窘めている。エゥーゴでは許された事も、ここでは許されない事が多いのだ。特に上層部批判は。
 
「大体おかしいんだよここは、何でこんなに誰も彼も勝手なことばかり言ってるんだ」
「しょうがないじゃない、キャスバル総帥って立場弱いみたいだしさ。派閥争いはエゥーゴで慣れてるでしょ」

 ルーは雑誌から目を離さぬまま、突き放すように答えてやった。またカミーユの上層部嫌いが爆発しているだけだと思い、適当に流しているのだ。エゥーゴ時代からそうだったが、カミーユはとにかく偉い人に楯突く傾向が強い。エゥーゴの頃はアムロやライデンが上手く押さえてくれていたが、彼らが居なくなったことで頻繁にこれが起きるようになっている。
 だがまあ、ルーもネオジオン上層部には良い感情を抱いてはいない。エゥーゴの頃もアナハイムとブレックスの間で深刻な対立が続いていたが、ここはそれ以上に酷い。しかも派閥が多くて自分が何処に居るのか常に気にしていないととんでもない事態を招きかねない。
 実際の所、ネオジオン内部では暗殺が横行しているという話もある。はっきりと証明されたわけではないが戦場で戦死した者、事故で死んだ者たちについて粛清されたのではないか、という黒い噂が絶えない。
 こんな事ならアムロたちについて連邦に行けば良かったかな、と呟いて、ルーは不機嫌そうな顔になって雑誌を閉じた。あの時こうしていれば、などと考えるのは負け犬のように思えたから。




 キャスバルがア・バオア・クーに視察に来るかもしれない、という知らせを本国に残してある部下から貰ったチリアクスは、冗談じゃないと天井を仰いで嘆息してしまった。せっかく中央のドロドロとした空気から逃れているのに、ここにそれを持ち込むつもりなのかあの男は。

「参ったぞこれは、この最前線に総帥がおいでになるそうだ」
「冗談は止してくださいよ、何かあったら誰が責任取るんです?」

 ア・バオア・クーで艦隊の1つを預かるショウ・コバヤシ准将が報告書の山から顔を上げて勘弁してくれと頭を抱える。ここは最前線であったが、中央の政争に巻き込まれたくない無骨な軍人にとっては居心地の良い場所でもある。後方の味方と話をするより、目の前の敵と知勇を競う方が余程マシだと考えるような連中の集まりなのだ。もう片方の前線基地であるアクシズも同じような状況だろう。
 現在の戦況は段々とこちらが押されているというのが正しい。ずっと守りに入っていた連邦軍だったが、ここに来てこちらに対して攻勢に出始めている。こちらもガザWを用いた長距離攻撃を継続しており、時折艦隊を送り込んで嫌がらせを加えているが、一番戦果を稼いでいるのは潜宙艦を用いた輸送路への攻撃である。こちらの被害も黙視できるレベルではないが、今の段階でまだまともな戦果を稼いでいる唯一の攻撃手段である。
 それだけならばまだ良かったが、最近は敵がこちらに攻撃を仕掛けてくるようになった。小規模な艦隊を繰り出してきてはこちらに嫌がらせのような攻撃を仕掛けてさっていく。これに対してこちらも艦隊を出して応戦させているが、それは要塞の物資の備蓄の消費を激増させる事を意味する。これまではこちらが一方的に攻撃している立場だったから物資の消費も抑えられていたが、迎撃までするとなると話が変わる。常に一定数の部隊を迎撃の為に常時動かせるようにしておかなくてはいけないし、哨戒の為の部隊も増やさなくてはいけない。また敵を追い払う為に大量の弾薬も消費する。防衛とは攻撃以上に物資を激しく消費する行動なのだ。
 チリアクスは物資の消費を補う為に本国に補給を要請していたが、本国から送られてくる物資量は消費に対して決して十分とは言えない。その為にア・バオア・クーの戦力は段々と弱体化の一途を辿っていた。
 こんな危険な最前線に総帥が視察に来るなど正気とは思えないが、時折訪れるアヤウラが伝えてくれる昨今の本国の状況を考えれば無理なからぬことかも知れぬと思える。今のサイド3はキャスバルにとって決して居心地の良い場所では無いはずだから。
 もっとも、このア・バオア・クーの将兵がキャスバルに好感情を持っているかと言われればそうでもなく、むしろ本国の分からず屋どもの親玉として嫌われていると言った方が正しいだろうか。
 チリアクスも碌な補給も寄越さずに無茶ばかり言ってくる本国に当然ながら好感は持っておらず、またファマス系の将兵を厄介者として纏めて最前線送りにしたキャスバルとデラーズにははっきりと悪感情を持っている。彼が戦っているのは部下への責任感と、今更連邦に下るのもどうかという軍人としての矜持からだ。ミネバでさえ彼にとっては忠誠の対象とは言い難いが、キャスバルたちの権力闘争の道具として言いように使われている境遇には同情していた。

「まあ、総帥が来るというのに帰れと追い返すわけにもいくまい。何時来るのか知らんが、さっさと帰って欲しいもんだな」
「まさか、本国が危ないからこっちに逃げてくるとかじゃないでしょうね?」
「おいおい、物騒な事を言うもんじゃないぞ」

 ショウの不謹慎な発現をチリアクスはたしなめたが、それは冗談にならない話だ。まだそこまで状況は悪化していないと思うが、何時その冗談が現実になるか知れたものではない。遠く離れたア・バオア・クーにいる自分にも分かるくらいだ、本国にいる連中には状況の変化が肌で感じられる事だろう。グレミー・トトを担ぎ上げたデラーズたちがキャスバルを倒してネオジオンの全権を掌握する為にクーデターを起すことは、もう可能性ではなく何時実行に移すのか、というレベルだろうから。
 そして悲しいことに、キャスバルにはそれを察することは出来てもそれを力で排除することは出来なかった。先手を打ってデラーズやグレミーを始末するという手もあるはずだが、それを実行に移すには彼に従う実働部隊は余りにも少ない。アヤウラなどはキャスバルの味方だろうが、彼の手駒は暗殺や破壊工作、情報収集といった裏方には向いているが、所詮は裏方だ。正規軍と真っ向からやりあえるような部隊ではない。

 改めて考えると、今のサイド3にはキャスバルがデラーズに対して強気に出れる要素は無いように思えた。平時ならば問題ないかもしれないが、今は動乱の時だ。物を言うのは言葉ではなく、ただ力のみ。ましてネオジオンのような混沌とした組織ではなお更だろう。キャスバルにも子飼いの部下と言うべき集団がいれば良かったのが、ダイクン派はザビ家に弾圧されて精力的にも弱く、特に軍事力という面では大きく劣っている。だからデラーズに対して強く出ることが出来ない。
 ならば自分たちを味方に引き込めば良いと思うのだが、自分たちを受け入れられない連中がダイクン派の中にも多いのだろう。愚かな事だとは思うが、それがネオジオンでは当たり前のことなのだ。

「何時来るのか知らんが、とりあえずやれる事はやっておこう。哨戒の密度を上げて敵の動きを把握させるんだ、総帥が視察している最中に奇襲でも食らったら洒落にもならんからな」

 中央の事情がどうあれ、自分たちはキャスバルが来れば事務的に対応するだけだ、必要以上に歓迎もしないが、礼を失しない程度の歓待をしてやろう。相手がたとえ、自分たちにまともな補給も増援も寄越さない総帥であったとしてもだ。






 中米を北上していた第12軍集団は、敵の頑強な抵抗を受けて一度後退して戦線の整理を行った。ティターンズは少数の伏兵を持って司令部を撃破するという賭けに出て、あと一歩という所まで達した。司令部の置かれていたビッグトレーはMSからの砲火を受けて損傷を受け、自力での移動が不可能となるほどのダメージを受けてしまった。
 この決死隊は最終的に護衛部隊が全機撃破することに成功したが、司令部を襲われたケイン大将は進軍を停止し、全軍の建て直しをする事にしたのだ。佐祐理たちも命令に従って兵を退き、後続部隊が完全に確保したラインにまで下がった。
 一方のティターンズもズタズタにされた要塞陣地から撤退を開始し、メキシコに部隊を後退させた。連邦軍はその空白を埋めるように前進することも出来たが、それはせずに増援を待つことにしたのだ。

 ただ、この司令部の方針で佐祐理たちの苦労はかえって増える事になった。ここから先は民間人の居住地域で、今回のような軌道爆撃は流石に行えない。大型爆撃機で爆弾を雨霰と降らせるのも流石に不味い。相手は敵であるが、そこに住んでいるのは連邦市民なのだから。まあ昔のジオン残党狩りをしていた北川たちのように非戦闘員を巻き込む覚悟で攻撃を加える事も当然あるのだが、今回は政治的な理由からそういった蛮行は避けるという方針になっている。
 そのおかげでこの先は十分な支援を受けられるのかどうかは微妙な状況となった。というよりこの条件ではMSもかなり使い難く、歩兵戦闘車と装甲車を戦車の護衛付きで前に出すしかない。佐祐理たちはその後ろを付いていき、支援要請を受けたらそちらに駆けつけるという戦い方に切り替えるしかない。MSの武器は威力がありすぎるし、大き過ぎて街中などでは迂闊に動けない。それに熱核ホバーなど吹かそうものなら近隣住民がどうなるか考えただけでも恐ろしい。
 そんな訳で、佐祐理の仕事は完全に後方からの指揮監督となってしまっていた。こうなるとMSからの指揮は困難なので大型の移動式車両に移り、やや後方から部下のMS部隊を統率している。大型のビッグトレーは1台で軍集団を指揮出来るほどの能力を持った移動司令部であるが、巨大なだけあって高価であり、数は多くない。そのためにもっと小型で指揮通信能力を落とした移動司令部の必要性が叫ばれ、1年戦争の頃にはビッグトレーをそのまま小型化した中型司令部のリトルトレーとホバートラックを組み合わせて前線部隊を纏める方法を取ったが、それでもミノフスキー粒子の濃度によっては通信が使えなくなる事態が頻発し、現在では新型の移動指揮車両が広く使われるようになっている。
 移動指揮車に乗って歩兵部隊の要請に応じてMSを小隊単位で派遣するということを繰り返していたが、歩兵同士の戦いなら元々の数が違うのでそれほど応援の要請は来なかった。自分たちの方よりも空軍に空爆支援の要請が行く事の方が多いのだろう。
 指揮車の中で余り仕事が無いことに苦笑いをしながら、佐祐理は自分で入れた紅茶を手に作戦図を見ていた。

「概ね順調、というところですか。味方の被害はどの程度ですか?」
「死者12名、重傷者65名が確認されています、それと戦車2台と歩兵戦闘車5台が攻撃を受けて行動不能になっています。こちらは回収部隊が回収に向かっていますが」
「そうですか、敵に援軍が来る様子はありますか?」
「偵察機からは特に何も。前線からも増援が現れたという報告はありません。敵主力は北西部に追い込まれていますし、これで全てではないかと」
「……ガンタンクにもう一仕事してもらわないといけないかもしれませんね」

 市街地北西で抵抗を続ける敵に対して、攻撃部隊から砲撃支援要請が来るかもしれないと判断した佐祐理は、ガンタンクU部隊に何時でも撃てるよう用意するように指示を出し、また紅茶を口に含んだ。これまでも敵の増援が現れて味方を窮地に追い込んだという報告はなく、ティターンズはメキシコまで本気で戦うつもりは無いのではないかという意見が出ていたが、どうやらその意見が正しかったようだ。
 ここの戦いももうすぐ終ると判断した佐祐理は方の力を抜いて椅子の背凭れに体を預け、リラックスして紅茶を口に含んだが、その時オペレーターが近隣の味方の通信を伝えてきた。

「少佐、北から侵入機だそうです」
「敵機ですか、迎撃は出ているんでしょうか?」
「近くで待機していた空軍機が迎撃に向かったそうです。ただ、相手の機種が分かりません、もしシュツルムイェーガーだったら返り討ちの可能性も」

 シュツルムイェーガーは低空では最強の存在だ。ダガーフィッシュやワイバーンはもとより、アッシマーやZプラスですら分が悪い。ただギャプラン系だけあって航続距離が短く、戦闘可能時間もそれに伴って短い。その弱点を突いて時間を稼ぎ、撤退に追い込むという戦術があるくらいだ。
 もしシュツルムイェーガーであれば、地上に対する掃射で味方にかなりの被害が出ることが予想される。ギャプランのシールドに当たる部分が強力なガンポッドとなっていて、MSや戦車にも有効弾となるだけの威力がある弾丸をばら撒いてくる。元々はやたらと頑丈なアッシマーを撃墜する為の砲であったらしい。

 もし突破されたら、不味い事になると考えた佐祐理は、万が一に備えて周囲で出撃に備えて待機している部下たちに警戒配置に付くように命じることにした。

「全機、対空警戒配置について下さい」
「敵機ですか?、少佐?」
「そうなるかもしれません、今迎撃機が向かいましたが、もしかしたら……」

 突破されるかもしれない、と続けようとした佐祐理であったが、いきなりオペレーターが大声を上げたので指示を中断してそちらを見てしまった。

「迎撃機の反応が消失しました、撃墜されたと思われます。侵入機の正体が判明、シュツルムイェーガーと確認しました!」
「最悪の予想というのは当たるものですね、こちらに来ますか!?」
「進路予想では、恐らく……」

 やっぱり最悪の予想は当たるのだ、そう 胸の内で毒づいて佐祐理は部下に迎撃を命じ、指揮車を砲撃を受け難い遮蔽の影に移動させた。MSに乗っていればともかく、こんなところでは自分はただの足手まといでしか無い。部下に任せて逃げるのが一番だ。
 やがて、高度5000メートルから2機の可変MA、シュツルムイェーガーが進入してきた。これに対して地上から15機のジャギュアがマシンガンで対空攻撃を開始し、イェーガーの周辺を大口径砲弾が貫いていく。しかし対空砲火とは中々当たらない物で、1年戦争でもザクはフライマンタの空爆にかなり酷い目に合わされていた。
 シュツルムイェーガーも火線を回避するように機体を蛇行させ、デコイとミノフスキー粒子が詰まったポッドを投下してミノフスキー粒子を散布して身を守る。ミノフスキー粒子の妨害で放たれたミサイルがイェーガーの周辺を通過して行ってしまうのを見た佐祐理は悔しさに臍を噛んだ。そしてイェーガーは地上のMSに目をつけたのか、急降下して襲い掛かってきた。
 ジャギュアー隊は地上をホバーで駆け回って敵の照準を外そうとするが、地上を這いずり回るMSや戦車など、空から見ればただのドンガメに過ぎないのだから。狙った獲物に向けてガンポッドから大口径砲弾が放たれ、地上に掃射と言うには大きすぎる爆発の列が生まれていく。
 1機がその列に捕らわれて機体上面に幾つもの閃光を生じさせる。直撃を受けたジャギュア−が仰向けに倒れ、動かなくなっている。佐祐理は急いでその機体に呼びかけたが応答はなかった。通信機器がいかれたか、パイロットが気を失ったかのどちらかだろう。見たところ機体に弾が貫通した様子は無いし、被弾後に起きる電気回路の放電も見られない。パイロットは多分生きていると佐祐理は判断してオペレーターに援軍はこないのかと尋ねた。

「空軍はもう迎撃機を送ってこないんですか!?」
「いえ、もうすぐ4機到着します。ですがダガーフィッシュなんです!」
「Zプラスは何処に居るんですか!」

 ダガーフィッシュではまた返り討ちにあうのは分かり切っているのに、何でまた。近くにZプラスは1機も待機していないのだろうか。それともダガーフィッシュで勝てる自信があるのだろうか。あのイェーガーを落とすにはミサイルを近接信管を切って直撃させるか、ビームを当てるかしなければ通用しないだろうに。過去にギャプランと交戦したアッシマーのパイロットたちは、パルスビームを放つライフルでギャプランを撃ったが正面からだとシールドに阻まれて何の効果も無いという報告を寄越している。
 アッシマーのライフルはかなり強力なものだが、ギャプランのシールドには全く効果は無かった。そしてシュツルムイェーガーはギャプランとは違って低空で使うことが前提で、対地攻撃も当然想定されている。ゆえにより頑丈に作られているから更に落とし難い機体となっている。ただビーム砲内蔵シールドは外されてガンポッドになっているので、正面からの攻撃には弱くなっている。とはいえ巨大なガンポッドそのものが極めて頑丈に作られているので、落とすには後背上部から狙う必要がある。最初から対地攻撃機としての運用も考慮されていたようで、下部の防御はかなり頑強で対空砲火では容易には落とせないのだ。
 だが佐祐理の焦りを他所にイェーガーは数度地上を掃射しただけで飛び去っていってしまった。どうやら狙いは自分たちではなかったらしい。進路上にたまたま敵の地上部隊がいたから行きがけの駄賃とばかりに通り魔のように襲撃しただけなのだろう。
 佐祐理は急いで被害を報告させたが、その被害はかなり深刻な物であった。MSはジャギュアー3機が上半身に直撃を受けて中破させられたものの、いずれも致命傷ではなく後送して修理すれば済む程度であった。これはジャギュアーの防弾性能の確かさを証明するもので、本来であれば佐祐理も焦ったりはしない。佐祐理を悩ませたのはMSの被害ではなく支援車両の損害である。
 イェーガーの掃射はMS輸送車を破壊していったのだ。地上ではMSの脚部はどうしても弱点となる。これは1年戦争から続く問題で、MSを運ぶ専用車両は当時から運用されている当たり前で、そして重要な兵器であった。これを失うとMSを遠くまで運ぶ事が難しくなり、次々に故障を起こして落伍していく機体が進撃する部隊の後方に転がっていく事になる。
 佐祐理たちの部隊も当然輸送車を使っていたのだが、これが20台近く破壊されてしまったのだ。MSと違って十分な装甲もされていない車両であり、ガンポッドから放たれる砲弾を受ければ何処であろうと易々と貫通し、大穴を穿たれてしまう。佐祐理は掃射によって孔だらけにされ、引き裂かれた輸送車の姿に頭を抱えたくなってしまった。
 そしてこの被害の為に、佐祐理たちの大隊は補給の車両が届けられるまでの4日もの間ここに足止めを受ける事となった。




 北米に連邦軍が侵攻を開始したティターンズにとって大きな衝撃であった。今現在でも連邦地上軍はキリマンジャロ基地を包囲し、インドに対しても攻撃を加えてきている。この状況で連邦は更に戦線を広げるだけの余力を残していたのだから。
 マドラス基地で地上軍全体の指揮をとっていたアーカット中将は、この事態に対してなんら打つ手を持っていなかった。支援をしようにも制海権は完全に連邦の手に落ち、軌道上の支配権もほぼ連邦に奪われている状況では援軍を送るアテが無い。いや、援軍を出す余裕があるのならマドラスに迫る敵の撃退に使っているだろう。
 アーカットは自室の壁にかけられたインド戦線の戦域図を両手を後ろで組みながらじっと眺めていたが、扉をノックする音に扉の方を見やり、入るように言う。扉を開けて入ってきたのは参謀長のスミス少将だった。

「閣下、残念な知らせが」
「たまには残念ではない知らせを聞きたいものだが、今度は何かね?」

 やれやれ、という顔で参謀長の方に向き直ったアーカットはデスクの椅子に腰を下ろし、何が起きたのかと続きを促した。スミスは頷き、報告書をアーカットに差し出す。それに目を通したアーカットの表情が僅かに曇った。

「キリマンジャロ基地に連邦軍が大規模な攻勢に出ただと?」
「防衛ラインの突破を許してはいないそうですが、猛烈な砲撃に晒されていて被害が増えていると」
「前の軌道爆撃の時は酷かったからな。山の頂が吹き飛ばされて山が低くなってしまった」

 地球軌道をほぼ掌中に収めた連邦軍は、軌道上から突入弾を大量に投入してキリマンジャロ基地を攻撃してきた事があるのだ。周囲に民間施設を持たない、完全な要塞だったからこそ使えた荒業で、巨大な山が文字通り削られてしまった。もっと大規模に、より強力な弾頭を用意すれば本当にキリマンジャロ基地を擂鉢に変えることも出来たかもしれない。
 地形が変わるほどの砲撃、というのは別に珍しい話ではない。大砲の数と砲弾さえ用意できればAD世紀の世界大戦以前でもやれた事だからだ。だが現代では砲弾は容易く迎撃されてしまう。かつては長距離からの精密兵器による正確な攻撃をもって目標だけを破壊するような戦術が使用されていたが、それも砲弾やミサイルに対する迎撃兵器が普及するに連れて確実な手段とは呼ばなくなっていった。兵器は精密誘導兵器による一撃必殺から再び弾量に物を言わせた飽和攻撃の時代に戻り、メガ粒子砲の登場で再び超長距離精密攻撃の次代に戻り、ミノフスキー粒子の登場でまた弾量の時代へと戻った。
 連邦軍は当初は現代の自走砲であるガンタンク部隊を投入してキリマンジャロを撃ちまくっていたが、これがキリマンジャロ基地の砲台に迎撃を受けて余り効果がなかった。途中から通常部隊が運んできたりヘリで輸送してきた榴弾砲が加わることで圧倒的な弾量に物を言わせた飽和砲撃が可能となったが、強固に守られた砲台を無力化するのは容易ではなく、この守りを打ち砕く為に軌道爆撃が実施されたのだ。
 この軌道爆撃で基地の砲台はかなりの数が破壊され、地上部隊が支援砲撃を受けながら前進出来るようになったのだが、今度はティターンズのMSと戦車、そして軽車両が装備する対MSミサイルの迎撃を受けることになる。特に車両から奇襲的に遠くから放たれるミサイルは高速でMSに向かっていき、その運動エネルギーでMSの装甲をぶち抜き、砕く威力がある。このミサイルは連邦軍でも使用されているミサイルであったが、キリマンジャロのような待ち伏せできる起伏が多い地形でこそ威力を発揮できる兵器であった為に大きな脅威となったのだ。通常のミサイルのような誘導は困難な為、相手への射線が通っている必要があるこのミサイルは開けた場所で使うのは自殺行為なので、威力の割には使い辛い兵器だった。
 このティターンズの迎撃に手を焼いていた連邦軍は戦力の更なる増強を進め、一気にキリマンジャロ基地への道を開くべく攻勢に出たのだ。

「とうとう来たか、というところだな。戦況は分かるのかね?」
「細かい事は不明ですが、ドスチル中将はサイコガンダムまで出動させているようです」
「サイコガンダムか、そういえばキリマンジャロに放置されていたんだったな。パイロットはまだ使えたのか?」
「余程頑丈な精神を持っているようで、いまだ廃人とならずに稼動し続けているようです。これまでの試作品は全て精神崩壊を起してしまったのですが」

 強化人間はその強化の課程で肉体と精神に重度の損傷を負う。これは連邦やティターンズでは未だに未解決の問題であったが、ネオジオンではかなり改善されて安定した強化が可能となってきている。ただその過程で生まれた犠牲者は膨大な物であり、特にジオンがフラナガン機関から続く研究の過程で犠牲にした被験者の数は計り知れない。
 かつてのデラーズ戦役においてもデラーズ・フリートから脱出してきた研究者と実験体が秋子の下に亡命を求めてきた事もあった。これはつまりデラーズ・フリートのような弱体な組織においても強化人間の研究が進められていたことを示していて、彼らはエルメスの改良型のNT専用MAまで保有していた。
 アクシズがフラナガン機関の研究を引き継いで進めたことは確実で、その成果が今のネオジオンNT部隊を支えているのだ。ティターンズもエゥーゴ施設の接収とネオジオンとの技術交換でNT関連技術を進めてはいたのだが、結局強化人間は実用化が困難だとされて研究の規模を大幅に縮小されてしまった。そんな先の見えない研究に施設と人員を使うくらいなら、もっと他の事に回すべきだとジャミトフが決定したのだ。
 この決定でサイコガンダムもキリマンジャロ基地の格納庫に押し込まれていた筈なのだが、連邦の攻勢に対抗する為にキリマンジャロ基地はこれを出撃させたのだ。試作機とはいえ強靭な装甲とIフィールドで身を守り、全身に大量のメガ粒子砲を装備して飛行までするサイコガンダムはまさに無敵の空中要塞で、攻勢に出た連邦軍の矛先を文字通りに粉砕してしまっている。
 サイコガンダムが敵の攻勢を挫き、そのほころびを拡大する為にマラサイやハイザック、グーファーが反撃に出たことで敵を押し戻す事に成功したティターンズは戦線を構成開始前のラインまで戻す事に成功していた。
 この反撃の成功はキリマンジャロ攻防戦におけるティターンズの輝かしい勝利として記録される事となる勝利だった。サイコガンダムという切り札があったとはいえ、圧倒的な物量を持って正面から正攻法で押し込んでくる連邦軍の鼻面を叩き折り、そのまま勢いを止められて敵前で足を止めてしまった連邦第44師団にMS隊が突入して文字通り蹂躙する事に成功していた。
 短時間で44師団を崩壊させたティターンズは勢いのまま後続の連邦軍の第5師団も敗走させてしまった。勢いに乗った彼らはそのまま戦果の拡大を狙って動いたが、流石にそれは司令部から止められてしまった。天然の要害で守っているからどうにか戦えるのであって、攻めに出たら広い場所で袋叩きにされるのは目に見えているから当然の判断だろう。

 珍しくこちらが一方的に勝利したという知らせにアーカットは胸を撫で下ろした。ここ最近は負け戦ばかりだったので、久々の勝利の知らせは沈みがちだった心を軽くしてくれるようだった。
 だが、今回の勝利はあくまでも幸運を掴んだだけ物でしかない。次も勝てるとは思わないほうが良いだろう。こちらがまだ拠点を維持できている間に、決定的な敗北を喫する前にグリプスの方で連邦と話をつけて欲しい。アーカットは破滅の時を少しでも先延ばしにする努力を必死で続けていた。




後書き

ジム改 ネオジオンは戦争じゃなくて内紛で滅びそうです。
栞   原作でもそうだったから良いんじゃありませんか?
ジム改 原作より叛乱側がかなり強いから、弱体化で済むかもしれんがね。
栞   連邦はジオン共和国の復活が最終目標なんですよね?
ジム改 対ジオン戦ではその通り、ネオジオン相手に妥協する気はゼロに近い。
栞   でもティターンズ相手には妥協の余地アリなんですか?
ジム改 この辺は1年戦争で醸成された反ジオン感情から来てるの、まだ10年くらいしかたってないから。
栞   世界人口が半減した訳ですからね、その大半はコロニー市民でした。
ジム改 何で逆シャアじゃあんなに支持されたんだろうねえ。
栞   きっとスウィートウォーターの住民はみんなサイド3市民だったんですよ。
ジム改 作中だと栞もかなりの反ジオン感情持ってるしね。
栞   一週間戦争の被害者ですから当然です、家族の敵打つ為に軍に入ったんですからね!
ジム改 ガンダムXを除けばこれほど悲惨なガンダムは無いからなあ。あの時代の作品の傾向とはいえ、怖い話だよ。それでは次回、重臣たちの進言を入れて前線視察にキャスバルは赴いた。その空白を利用するかのようにデラーズが動き出き出そうとするが、それは留守を任されたダンジダンとの衝突を意味していた。その対立は遂にミネバにも影響を及ぼす事に。次回「ザビ家の血統」で会いましょう。