第118章  ザビ家の血統



 

 キャスバルがア・バオア・クーの視察に赴く為、レウルーラに乗ってコア3を離れた。その後を政治をハマーンが、軍事をダンジダンが任される形となったが、ハマーンはともかくダンジダンが残された訳は明白だろう。自分がいない間、デラーズが余計な事をしないように見張る為だ。1年戦争の際にはジオンでも有数の戦巧者として知られ、その戦歴はサイド3に居たデラーズを遥かに上回っている。
 政治には関わろうとしない無骨な職業軍人ゆえにこれまでも軍事意外には口を挟もうとはしなかった彼であるが、今回はミネバの為でもあるということでデラーズの牽制役を引き受けていた。流石のデラーズもこの如何なる脅しも買収も通用しない老将だけはどうすることも出来ず、その無言の威圧感を前に歯軋りするしかなかった。
 だがデラーズがせっかくの好機を逃す筈が無く、表に出ないように密かに謀略の触手を伸ばす事になる。その手際の良さはギレン親衛隊長時代に培った手腕で、若輩のハマーンではどうしても抗しきれずに後手後手に回らされてしまっている。ギレンの側近として陰謀が渦巻く公国時代を経験してきた彼にとっては幾ら才気溢れるハマーンですら経験不足の多少厄介な小娘という程度の相手でしかない。

 しかし、デラーズの手もミネバ周辺には伸ばせなかった。ミネバの周囲を固める親衛隊は旧ドズル派で固められ、ガトーを中心にミネバに中世を誓った者たちで固められていたので、デラーズも手を焼いていたのだ。
 今も謁見に訪れた大臣の報告を受けるミネバの傍らにはガトーの姿がある。彼は誰も信用していないかのような顔で常に謁見者を見ているが、謁見者にそのような非礼な態度を取らざるを得ないほどにミネバを囲む状況は悪かった。
 一通りの報告を受けたものの、それがミネバに分かる筈も無く、実際に判断を下すのはキャスバルが居ない今ではハマーンの仕事となっている。ハマーンは報告を聞き終えると大臣に下がるように言い、改めて資料に目を向けた。

「やはり、レジスタンスの暗躍の影響は無視できんな。サイド3の生産力に深刻な影響が出ているか」

 サイド3での共和国残党を中心とするレジスタンス活動は当局の激しい取締りにも関わらず、収まる気配を見せなかった。連邦の支援があるのは間違いなく、押収された物資には連邦からの物と思われるものが多数含まれている。これらを用いたテロも無視できないが、もっと大きな問題は市民を扇動される事だ。工場などで意図的なサボタージュが行われるようになり、生産が目に見えて落ち込んできている。工場の作業員が働かないのだからこれをどうにかするのは容易ではなかった。幾度か見せしめとして大規模な逮捕が行われたりもしたのだが、かえって彼らの敵意を煽る結果を招いてもいる。
 力による弾圧は更なる敵を作る、という悪循環に陥った事がネオジオンの行政を完全に狂わせているのだ。そしてより大きな問題は、ネオジオンの中心には政治家は居ないという点である。キャスバルは軍人にして思想家だが、政治家ではない。ハマーンらも同様だ。まともに政治が出来る人間はジオン共和国に居たのだが、彼らは殆どが処刑されるか投獄されていて助けにはならない。そもそもレジスタンスの活発化はこの共和国要人の処刑や投獄への反発で進んだのだから。
 アクシズに逃れてきた物好きな官僚たちも居るが、彼らは各々の専門分野でしか能力を発揮できない。だからネオジオンはミネバとキャスバルの威光と、力による恐怖でしか統治が出来ないというのが最大の問題であった。まあ生い立ちがジオン共和国の停戦を受け入れられずに逃亡した戦争狂の集団なので、力による恐怖が先に立つのも仕方がないのだが。
 ハマーンにしてからも共和国の残党を政治犯として逮捕し、資源小惑星のキケロに繰り込んで強制労働をさせている。彼女も本質は謀略家なのだ。

 やがてハマーンも執務をする為に謁見の間を退き、謁見の間にはミネバとガトーが残された。ガトーはミネバに自室に戻りましょうと促し、ミネバもそれに頷いて玉座から立ち上がる。そしてガトーの護衛を受けながら自室へと向かう途中で、ミネバはキャスバルは何時頃戻るのかとガトーに聞いた。

「ガトー、キャスバルは何時帰ってくるのだ?」
「は、総帥でしたら、予定では6日後にはお戻りになられるはずです、ミネバ様」
「そうか、早く帰ってきてほしいな」

 何処か寂しそうなミネバに、ガトーはこの不憫な王女にかける言葉が見つけられない自分の情けなさを恥じていた。ミネバの立場はネオジオンの幹部たちに利用される神輿でしかない。キャスバルもハマーンもデラーズもミネバを道具としか考えてはいない。ただキャスバルが2人と違う所があるとすれば、キャスバルはミネバを人間として扱っているという事だろうか。他の2人はミネバをザビ家の王女としか扱わないので、自然とミネバはキャスバルを頼るようになっている。
 ただ、それはあくまでも比較の問題で、3人よりもミネバはガトーのような周囲で尽くしてくれる者たちを信頼していたのだが。ガトーが部屋の扉を開けてくれて、部屋に入ったミネバは室内で掃除をしてくれていた世話係のゼンカを見つけると、小走りに駆け寄っていった。駆け寄ってくるミネバを見て微笑んだゼンカは彼女を軽く受け止める。

「お帰りなさいませミネバ様もう政務は終られたのですか?」
「うん、今日はもう終わりだ」
「そうですか。それでしたら、お茶の用意をしましょう。ミネバ様はテラスで少々お待ちください」
「分かった、ガトーの分も頼むぞ」
「分かっておりますよミネバ様」

 ミネバはゼンカから離れてテラスにあるテーブルへと向かった。それを見送ったセンカは戸惑った様子のガトーにもあちらに行くように促す。

「ミネバ様が親衛隊長との茶会をと言っておりますよ」
「い、いや、だが私は護衛の仕事がだな」
「ならばミネバ様のお傍に付いていて下さいガトー中佐、あ、お茶の好みはありますか?」
「いや、私は茶の事は分からんのでな」
「分かりました、ではこちらで選ばせて貰います」

 ゼンカに促されたガトーはもはや断る事も出来ず、観念してミネバを追ってテラスの方へと歩いていった。その不器用な背中を見送り、ゼンカはお茶の用意をする為におくにある戸棚に向かった。彼女はアヤウラが万が一に備えてミネバの傍に残している護衛であったが、普段はミネバの世話係として働いているのだった。



 コア3を離れたキャスバルはというと、せっかくの気分転換の機会だというのに今度はデラーズが余計な事をして無いかと心配し続けていて、同行している部下たちに本国の事を考えるのは止めてくれと嘆願される始末であった。
 護衛のムサイ2隻を伴ってア・バオア・クーに向かったレウルーラの前に2隻の巡洋艦が現れたのは翌日の12時頃であった。最初は敵かとレウルーラの艦橋内は騒然となったが、すぐにそれは杞憂だと判明した。現れたのはア・バオア・クーから出迎えの為にやってきたエンドラ級巡洋艦の部隊だったのだ。
 出迎えの艦に先導されてア・バオア・クーに入港したキャスバルは、そこで同基地司令官のチリアクス中将を筆頭とする司令部スタッフ総出での出迎えを受けた。軍港は大勢の将兵で埋め尽くされ、軍楽隊の演奏が場を盛り上げてくれている。そこはまさしく最前線の空気が支配する、1年戦争の頃を思い出させるような場所であった。
 風向きの悪い戦場であるはずなのに彼らの顔には諦めの色は無く、その士気は未だに高いようだ。司令官のチリアクスが将兵から絶大な信頼を得ている証だろう。だが港に係留されている船はどれも酷く痛んでいるようで、生々しい被弾箇所が残っている船、何度も修理を繰り返して装甲の色が所々で違っている船が目立つ。儀装にも現地での改装なのか、それとも部品が無かったのか本来も物とは違う装備が取り付けられている船も多かった。特に目立つのはエンドラ級の単装砲がM級の連装砲に換えられている事だろうか。エンドラ級の生産は既に止められてM級に切り替えられているとはいえ、まだ補修部品の生産は行われている筈なので、消耗費補充が追いつかない状況なのだろうか。
 周囲を見回していたキャスバルがようやくチリアクスに向き直ると、それを待っていたかのようにチリアクスが口を開く。

「総帥、ようこそア・バオア・クーへ」
「司令官、暫くの間よろしく頼むよ」
「それでは、長旅の疲れもあるでしょうしまず宿泊施設へとご案内しましょうか。こちらへどうぞ」
「いや、疲れは無いよ。それよりも仕事のほうを優先してくれ」

 一瞬、チリアクスとキャスバルの間に不穏な空気が漂う。チリアクスとしては余計な事せずにさっさと帰れ、もしくは寝てろと言いたかったのだが、キャスバルはまずは戦況の報告を含む諸々の話を聞くまでは休む気にはなれなかった。
 結局総帥には逆らえず、チリアクスは戦況の報告をする為にキャスバルや彼の幕僚、そして自分の幕僚と共に会議室へと移動した。そこでチリアクスの参謀たちが資料を手にキャスバルたちに現在の戦況と今直面している問題を伝える。今も作戦参謀のツィンマーマン中佐が宙域図を前に状況を説明していた。

「現在、ア・バオア・クーとソロモンの間での戦いは徐々にですがこちらが押されております。最大の問題はやはり回復力と配置されている数の差でして、こちらは消耗する一方ですが敵はじわじわと数を増してきております」
「数の差を質で埋める事は出来ないのかね、こちらには強化人間とゲーマルクを回している筈だが?」
「総帥、残念ですがこの戦力差はゲーマルクの1機や2機で埋まるような物ではありません。それに質の差と仰いますが、パイロットの技量はもとよりMSの性能でも我が方は不利になりつつあるのです。連邦軍はMSは改良が進んでいるようでしてジムやゼク、ストライカーの性能はかなり向上しております。しかも敵はジムVを新型のジェダに更新を始めたようで、これに切り替わった部隊が前に出てくるようになりました。もはや性能面で当てに出来るのはザクVのみでドライセンやガザでは対抗は難しいのです」

 元々、地球圏に帰還した段階で既にガザ系は有利とは言い難かったが、アクシズのパイロットたちの多くはガザで訓練を積んでいたので、機種転換訓練をさせるよりもガザ系の改良を進めてその特性を生かす道をネオジオンは選んだ。パイロットたちを後方に下げて再訓練を施す余裕など無かったのだ。
 最終的にガザ系はガ・ゾウムにまで発展し、性能的にはジムを圧倒してゼクにも対抗できるものにまで進化したのだが、そこでガザは限界に達した。そのために連邦機の進歩に付いていくことが出来ず、せっかくの性能差も埋められてしまった。その後もネオジオンはズサやドライセン、ザクVを送り込んでいったが、連邦軍を圧倒する程の活躍は出来ないでいる。
 頼みの綱は1機で敵の1部隊を相手取れるNT専用機、とりわけ第4世代に分類されるゲーマルクであるが、これは数が少なくて主力には出来ないのが悩みどころだ。だからチリアクスたちはドーガの一刻も早い採用と配備を切望していたのだが、本国ではまだ改修を続けている状態であった。先のペズン戦で幾つかのトラブルが発生していて、その対応に追われていたのだ。
 加えて連邦が攻勢に出てきていることも大きな問題だ。現在の所はショウたち前線指揮官たちの懸命の迎撃で追い返しているが、物資の消費ペースが劇的に上がってしまっている。今現在ですでに本国から送られてくる補給量を消費量が上回っているので、遠からず物資の備蓄が限界に達すると考えられていた。

 一通りの報告を聞き終えたキャスバルは眉間に深いしわを寄せながら1つ咳払いを入れ、流石にそれは無茶だとチリアクスの求めを退けた。

「中将、君の言い分は理解できたが、現実問題として全ての要求を受け入れるのは不可能だぞ。本国での物資の生産には限界があるし、それを運ぶ輸送船にも限りがあるのだからな」
「しかし必要なのです、今お見せした書類に書かれている要求量は今この戦いを続けていく上で必要な最低必要量なのです。この要求が入れられないのならば、遠からずア・バオア・クーは陥落するとお考え下さい」
「中将、それは脅しですかな?」

 ア・バオア・クーが陥落する、そう言い切ったチリアクスにキャスバルの連れてきた部下たちが顔色を変えて色めき立つ。この臆病者が、という言葉が喉元にまで来ているだろう者も何人か居るだろう。だが喉から先に出させないだけの威厳がチリアクスにはあった。中将という階級、そして1年戦争とファマス戦役、そしてこの戦いと3つの戦争を戦ってきた彼の戦歴はその辺の参謀如きが噛みつけるようなものではない。この派閥意識が凄まじいネオジオン内において実力でファマス上がりの将兵を守ってきた勇将の貫禄はデラーズを前にしても引けを取るものではない。
 キャスバルにとってもこの歴戦の勇将は扱い辛い相手だった。政治的に動かないだけデラーズよりマシであるが、若すぎるキャスバルにとってはどうにもやり難い相手なのだ。
 双方の幕僚がしばしの間無言の威嚇を続け、それを打ち切らせるようにキャスバルが連邦が今後どう動くと思うのかを尋ねた。

「中将、君はソロモンの連邦軍が今後どう出てくると思うかね?」
「私見で宜しければ」

 そう前置きしてチリアクスは壁に埋め込まれた大型スクリーンのデータを手元の端末から操作した。モニター上には連邦軍を示す矢印が幾つか現れ、それがア・バオア・クーに向かってくる。

「現状、連邦はソロモンからア・バオア・クーを狙う動きを続けておりますが、私はこれが何時までも続きはしないと考えております。敵にはまだ十分な戦力が残されていますので、いずれ月側からも攻めて来るはずです」

 新たな矢印がサイド5に現れ、こちらには向かわずに月方面へと動いていく。

「だが月にはグラナダがあるが?」
「月面都市は艦隊の停泊地としては優れていますが、防衛拠点としてみると余りにも脆弱すぎます。所詮は都市で、防衛を考えた要塞ではないのですから。以前にも連邦の対エゥーゴ作戦において攻撃を受け、一度陥落寸前に追い込まれています。月面都市は上空を制圧されたら負けだという事を忘れないでください」

 グラナダで防衛するのは不可能だとチリアクスは言い切った。チリアクスは連邦が何故ソロモン−ア・バオア・クー間での戦いに固執しているのか疑問にすら思っている。自分が連邦の立場ならば圧倒的な戦力差を生かして多方向からの同時攻撃を仕掛けるからだ。連邦がその気になればアクシズ、ア・バオア・クー、月の3方面から十分な部隊を送り込む事が可能な筈なので、わざわざこちらに付き合う理由が無い。もしこの手に出られればネオジオンは全てに少数の迎撃を向かわせるか、全力でどれか1つを迎え撃つ選択を強いられる事になる。サイド3で迎撃するなど論外だ。コロニーは何の要害でもなく、単にこちらが守る物を抱えて不利になるだけだからだ。
 だが圧倒的な連邦軍を相手に開けた戦場で迎え撃てば数の差で圧倒されるのは目に見えている。この時点でネオジオンは完全に手詰まりとなり、奇跡でも起きない限り連邦が勝ってしまうだろう。
 こんな事を口外すれば敗北主義者と断罪されるだろうが、この戦いは連邦が攻めてこないから続いているだけだとチリアクスは考えている。連邦は何らかの理由でこちらに積極的な攻勢に出るのを控えているのだろう。政府の方針なのか、水瀬秋子がティターンズを潰す事を優先しているのかは分からないが、ネオジオンは連邦に生かされているのだ。ティターンズにしてみても単に連邦にニ正面作戦を強要する為にこちらと敵対していないだけで、もし連邦との戦いにケリが付けば間違いなく敵になる。
 流石のチリアクスでもネオジオンという組織の中にあっては負ける、とは言えなかった。ファマスではそれを言う事はタブーではなかったが、過剰なまでに戦意を養っているネオジオンでは許されないのだ。

「現状の戦力でソロモンとの小競り合いを続ける、という戦争を続けるのであれば、今のままでも後半年は持ち堪えられるでしょう。ですがそれ以上を望まれるのであればやはり補強が必要です。精神論だけでは戦艦を沈めることは出来ませんからな」
「……言い難い事をはっきりと言う男だな、君は」
「それが現実ですから仕方がありません、お気に召さないのでしたら何時でも更迭して頂いて結構です」

 それはチリアクスなりの恫喝か、それとも自分を試しているのか、キャスバルはチリアクスの目を見ながらじっと考えていた。確かに耳に痛い事を言う男だが、今のネオジオンの中でチリアクスが指折りの指揮官である事は間違いなく、ア・バオア・クーの将兵の信頼を一身に集めている。そんな男を更迭したりすれば最悪、ア・バオア・クーそのものが叛乱を起すかもしれない。ネオジオンの軍人はネオジオンという国家にではなく、各々が属している派閥の長に忠誠心を持っているという時代遅れの組織なので下手な人事が出来ないのだ。
 これはジオン公国時代から続く問題で、ギレ1つともなった。ア・バオア・クー戦でギレンが謀殺されたと知った途端、激戦の渦中だったSフィールドの防衛を放棄して敵前逃亡をしたデラーズや、本国の守りを放棄してアクシズに逃げたり暗礁宙域に隠れたジオン残党軍などが良い例だろう。国家に忠誠心を持っていた部隊は本国の守りに戻り、終戦にともなって共和国軍として再編成されているのだから。
 だから総帥といえどもデラーズやハマーンら、派閥の長には迂闊に手を出せない。ネオジオン軍とはいわば軍閥の寄り合い集団なのだから。


 一通りの話し合いを終えた後で、キャスバルはチリアクスと別室で個人的に話をしたいと伝え、チリアクスがそれに応じて司令官用の執務室でキャスバルの話を聞くことにした。人払いを求めるという事はそれなりに面倒な話であることが予想される。
 執務室のソファーをキャスバルに勧めたチリアクスは自分でコーヒーを淹れ、キャスバルの前にカップを置くと自分も向かい合うようにソファーに腰を下ろし、一口啜ってどのような用件かを尋ねた。

「それで、私に個人的な話とは?」
「うん、率直に聞きたいのだが、君はグレミー・トトをどう思っている?」
「どう、と言われますと?」
「彼が本当にザビ家の人間なのかということさ、中将」

 グレミーがザビ家の人間だという具体的な証拠が出された事は無い。今の所彼がザビ家の人間だという事を保証しているのはデラーズが忠誠を誓っているという事実だけなのだ。あのかつてのギレン親衛隊隊長であったデラーズが膝を折っていることから、グレミーはギレンの隠し子なのではないかとも言われている。
 このグレミーの存在のおかげで、ネオジオン内部は大きく揺れ動きだしている。デラーズという巨大な後ろ盾を手にしているグレミーはかなり魅力的な存在で、彼の元に集う者たちも多いのだ。その中には軍の有力な指揮官も含まれていて、キャスバルを焦らせていた。
 ただ、今の所グレミーにはミネバを害しようとする様子は無かった。デラーズも内心は分からないが表面的にはミネバに手を出す様子は無いので、ミネバの身辺に関してだけは安心していた。むしろミネバに関してはサイド3内にどれだけ居るか分からないレジスタンスに狙われる可能性のほうが高いだろうか。
 チリアクスはキャスバルは自分がデラーズに組する事を恐れているのだと理解した。底まで本国でも力関係が変化しているのかとチリアクスは思わされたが、同時にそんな所に居なくて良かったとも思ってしまっていた。そして彼は今後もそんな対立に巻き込まれるつもりはなかったので、言葉を選んでキャスバルに答えることにした。

「さあ、私は遠い最前線におりますから、グレミー・トトという青年士官の事は良く分かりませんな。私よりも彼と共に仕事をした事のあるコバヤシ准将に尋ねられてはどうでしょうか?」
「……そうか、確かに君はここに赴任して以来、殆ど本国には戻っていなかったな」
「はい、何しろ忙しいものですから」

 暗にキャスバルに皮肉をぶつけてコーヒーを啜るチリアクス。キャスバルは一瞬目元を引き攣らせて苛立ちを見せるが、そんなことをチリアクスは気にも留めなかった。彼がどんなに気分を害したとしても、自分を更迭することはまず出来ないと知っているのだ。今のアクシズで自分ほど中立的な立場で、かつ優秀な指揮官は居ないとチリアクスは自負している。もし自分を更迭したりすれば、ア・バオア・クーの指揮官には間違いなくザビ派の人間が据えられるだろうから、キャスバルにはチリアクスを首にする事は出来ないのだ。
 もっとも、あまり怒らせるのも本意では無いのでチリアクスはキャスバルの質問に答えることにした。

「私が知っているのはアクシズの中で流れていた噂程度の事ですよ。グレミーはデギン公王の非嫡出子で、密かに育てたれていたとかいう話です。まあ本当に公王の子息だというならあのデラーズ総長が傅く理由がありませんから、ギレン総帥の隠し子だっていう噂の方が当たりなのかもしれませんが」
「……ハマーンも真相は知らないらしいが、ザビ家の血統なのは間違いないらしい。真相はマハラジャ・カーンが墓場まで持っていってしまったそうなのだが」
「それが正解ですな、下手に言い残されていたら、かえって話が拗れていたでしょうし」

 もしマハラジャ・カーンが何かを言い残していたとしても、この結果は変わらなかったかもしれない。デラーズは骨の髄まで染まりきったザビズム信奉者であり、ダイクン派のTOPであるキャスバルがネオジオンの総帥の座にあることを快く思ってはいないからだ。結局彼はグレミーという大義名分を盾にキャスバルを攻撃してきただろう。
 そして、キャスバルは一番重要なことをチリアクスに尋ねた。もしネオジオンで内紛が起きた場合、君はこちらに付いてくれるのかと。

「中将、これはここだけの話として聞いてほしのだが」
「なんでしょう?」
「もし、コア3でクーデターが起きたら、君はどう動くのかな?」
「それは、なんとも大胆な質問ですな」

 デラーズがクーデターを起したら、君はどちらに付くと聞いてきているのだから、大胆というよりも無謀な問いだろう。もし自分がデラーズの側に付くつもりだと答えたら、この男はどういう反応をするのだろうか。チリアクスは意地の悪い興味を覚えたが、それを実行に移すことはなかった。現実問題としてデラーズがネオジオンのTOPに就くのは自分たちにとっても迷惑な話であるので、キャスバルに協力するか独自の行動をとるかの2択しかないのだが。
 だがここでキャスバルに付くと言い切るのも不味い。今の自分たちは言い方は悪いが、何処にも属さない食み出し者という立場のおかげで中央のゴタゴタから距離を置けているのだから。同じように最前線にいるアクシズのユーリー・ハスラー少将などはカーン派の軍人であるために今のネオジオンの内情に頭を痛めている。自分はあんな苦労人の立場になるつもりはなかった。

 結局、この場では言質を取られるようなことは言わずにはぐらかし続けるチリアクスにキャスバルが根負けする形でこの話し合いは終了した。キャスバルは何だか疲れたような表情でチリアクスの執務室を出て行き、案内の将校と共に用意されている部屋へと向かっていく。チリアクスは扉が閉まるのを確かめた後でやれやれと肩の力を抜き、出さずに隠していたスコッチを取り出してグラスに半分ほど注ぎ、一気にそれを飲み干した。

「全く、ここに面倒な話を持ってくるんじゃない。こっちは連邦の相手だけで手一杯なんだぞ。中央でクーデターが起きたって部隊を戻す余裕などあるものか」

 むしろこっちが増援を回してほしい立場だと愚痴るチリアクスであったが、デラーズとの武力による決着を付ける時が近いということを考えれば、未だに中立を保つ有力な武力集団であるア・バオア・クー駐留軍を味方に引き入れておきたいという気持ちは理解できた。それだけ彼も追い詰められているという事なのだろう。
 本国の戦力だけで考えれば、親衛隊とカーン派の部隊を除けば本国防衛隊のほぼ全てはデラーズの指揮下にある。本国の部隊だけで戦えばキャスバル達に勝ち目は全く無いだろう。キャスバルやハマーンが化け物じみて強い事は知られているが、多勢に無勢すぎる。彼に出来る事といえばミネバを連れてここかアクシズに逃げ込んでくる事くらいだ。
 だが、もしそうなったら自分はどうすればいいのだろうか。個人的には故ドズル中将には恩義があるのでミネバを守ることについては異論は無いというのが彼の偽らざる所であったが、ザビズムの信奉者でもないのでザビ家を中心としたスペースノイドの独立などというデラーズの目標に賛同する気も無いし、キャスバルの言うニュータイプの拠り所としてのサイド3の独立というお題目にも興味は無い。彼としてはそういう政治的なゴタゴタにミネバを利用するなと言いたかった。
 全く、本国の連中は何を考えているんだかと愚痴を零していたチリアクスだったが、その愚痴をいきなり緊急を告げる呼び出しが終らせた。チリアクスは司令官の顔に戻ると内線を取り、どうしたのかを尋ねる。

「私だ、何があった?」
「か、閣下、ピアーズ大尉であります。Nフィールド第33宙域を哨戒中の部隊より敵発見の報が入りました!」
「落ち着け大尉、敵の規模は分からないのかね?」
「それはまだ不明であります。申し訳ありませんが、閣下もすぐに司令部にお越しください!」
「10分でそちらに行く、君は情報をまとめておいてくれ」

 そう指示を出して内線を切ると、チリアクスは急いで執務室を飛び出した。来なければ良いと思っていた最悪の日に連邦軍はやってきたのだ。




 この時ア・バオア・クーに迫っていたのはコンペイトウで編成された第34任務部隊だった。司令官はマルムベルク少将で、補佐として歴戦のブライト中佐の艦隊が同行している。
 マンネルベルク少将はエゥーゴからの投降者であるブライトたちを全く当てにはしておらず、コンペイトウで編成された生粋の連邦部隊だけで戦うつもりであった。その為にブライト艦隊は後方に留め置かれている。この扱いにブライトはまあお手並み拝見と最初から高みの見物を決め込んでいた。

「我々を邪魔者だと言うのならそれでいいさ、こちらも楽をさせてもらうだけだからな」
「だが良いのかブライト、コンペイトウのクライフ中将から実戦の経験が少ない少将のサポートを任されてるんだろう?」

 アムロが暢気な事を言うブライトに心配そうに言うが、ブライトは気にする事は無いと投げやりに答えた。無理に前に出ても少将の不興を買うだけのことだと。
 アムロはそれもそうかと頷き、視線をア・バオア・クーに向けた。

「まあ、あいつらがいれば大丈夫だとは思うが、俺は一応格納庫で出撃準備をさせておく」
「ああ、そうしておいてくれ。しかし、もう少し良いMSを回してもらえんもんかな」

 ネェル・アーガマも含めて旧エゥーゴ勢の船には大抵ジムVが回されてくる。アムロほどのパイロットならガンダムやゼク・ツヴァイ、Zプラスといった強力な機体を回されても良い筈だが、やはり裏切り者という事で信用されていないのだ。
 アムロもたまにゼク・アインなどを使うこともあるが、大抵はジムVだった。これでもしシャアなどにぶつかればどうなるか。



 ブライトたちが愚痴っていた時、ア・バオア・クーに向かう艦隊では各巡洋艦で攻撃隊の出撃準備が整えられようとしていた。

「みんな、そろそろ出撃だよ、準備は出来てる!?」

 部下たちの間を回って声をかけているのはあゆだった。今では連邦軍きってのウルトラエースとして名を馳せる彼女であった、今の彼女は貴重なベテランのパイロットとして部下を率いる立場になっていた。これまでも部下をもったことはあったがいずれも小隊であり、祐一などの言う事を聞いていれば良かったのだが、今回はそれが出来なかった。何しろ今回の戦いでは彼女よりベテランのパイロットなど大隊長のユウ・カジマ少佐かアムロくらいしかいないのだから。
 部下たちはどう見ても年下、というかハイスクールの学生だろと言いたくなる様な上官に大丈夫ですよと返事を返す。何度見てもこの人が撃墜数三桁のエースには見えないのだが、実際に模擬戦をやるとまるで歯が立たないくらい強い。というよりも化け物じみているというレベルだった。
 あゆはこの元気のいい部下たちを気に入っていたが、経験の少なさを心配していた。祐一は実戦を一度は経験してる者を優先的に回してくれたのだが、やはり十分に訓練されているとは言い難い。とはいえそれはネオジオンも同じはずで、敵に余程の化け物が居なければ何とかなると思っていた。

「まあ、ネオジオンのNTが出てきたらボクが相手すれば良いだけだよね」

 その為にわざわざ量産試作のνガンダムを回してもらっているのだから。あとアーセン博士が雪見や住井たちと協力してなにやらシェイド用の新型機をフォスターUの工廠で組み上げたらしい。今は舞がテストパイロットを務めて完成を目指しているらしいが、これが回されれば敵のNT専用機にも優位に立てるかもしれない。
 この戦いには間に合わなかったが、でもνガンダムがあるので余り問題だとも思っていなかった。νガンダムはあらゆる面でこれまでのMSとは一線を画する超高性能機で、サイコミュを搭載する事でファンネルまで使うことが出来る。とはいってもまだ本来の搭載予定のサイコミュも完成しておらず、フィン・ファンネルも完成していないので今回はインコムを搭載しての出撃であったが。
 そしてMS隊の出撃5分前の知らせが格納庫に響き、ノーマルスーツを着ていないクルーが慌ててエアロックへと逃げていく。そして残る者は急いでスーツの気密の最終確認を始めた。これを怠るとそのまま死ぬことになるので決して怠る事は出来ない。
 あゆもスーツの機密チェックを終えると自分のνガンダムに乗り込み、機体の最終チェックを始めた。実戦では僅かな異常が命取りとなりかねないので、これも手を抜けない部分だ。少しでも生き残れる確率を上げる努力をするのがパイロットの務めだといえる。
 全てを終えたあゆはヘルメットのバイザーを上げて一息つくと、どうにもさっきから感じ続けているNTの気配に首を傾げた。

「う〜ん、ア・バオア・クーなんだからNT部隊がいるのは分かるんだけど、この感じは前にもどこかで感じた気がするんだよなあ?」

 多分ファマス戦役でだとは思うのだが、一体誰の気配だっただろうか。アムロも感じていると思うが、確認の為に通信をする事は流石に出来ないだろう。NTといってもピンキリなので必ずしも脅威だとは限らないのだが、面倒な場合が多いのでこれが出てきたら自分が相手をさせられるのだろう。
 そんなことを考えていたらとうとう出撃命令が下った。艦首のハッチが解放され、カタパルトデッキへの移動が命じられる。あゆはνガンダムをカタパルトデッキに移動させると、付いてきている部下たちに絶対に自分から離れないように念を押した。

「いい、無理をするのは駄目だからね。ボクが敵の相手をするから、みんなはボクについてくる事だけを考える事」
「でも隊長、それじゃ戦果が稼げませんよ」
「撃墜数を稼ぐのは生き残り方を覚えてからだよ。生きてれば落とせるようになるからね」

 新人は星を稼ぎたいと焦って無茶をする、そうして何人もの新米パイロットたちが初陣で、その次の出撃で命を落とすのだ。生き残り方を覚えるまでは無理をせず、ベテランの後ろで経験を積んでいた方が良いのだ。
 あゆは祐一に中隊長としての経験を積むように言われて13人の部下を与えられている。小隊長はいずれもファマス戦役で祐一の部下だった男たちで、自分を外観で軽んじるような事は無いベテランたちだ。彼らはあゆの実力とその戦歴に敬意を持っているので、彼らが自分の指示を無視するとは思っていない。問題なのは新兵達が暴走して勝手な事を始める事だ。

 中隊長の仕事は目標を達成する事と、部下を掌握して上手く動かす事だと祐一は言っていた。自分に中隊を纏めるだけの能力があるのかどうか、あゆは不安ではあったが、それでも祐一の期待に答えたいと思っていた。でも出来れば期待するだけじゃなくて小隊長に1人くらい凄い人をつけて欲しかったりする。ここで中崎や南森、由衣などが付いてくれていたらどれだけ気が楽だったろうか。
 そして機体をカタパルトに載せて待っていると、艦橋から作戦が伝えられた。

「月宮中尉、作戦開始です。中尉の独立中隊は331大隊と共にア・バオア・クーを目指し、迎撃に出てきた敵機の掃討に勤めてください」
「了解したけど、うちの中隊の大半は新人だよ。敵機の掃討は無理じゃないかな?」
「それはそうなのですが、司令部からの指示なので。それにMSも対MS戦装備で固めていますから対艦戦は無理ですよ」
「う〜、分かってるけど、不安だなあ」

 艦隊司令部の作戦だから従うが、初めての中隊指揮ということもあってあゆには不安が付き纏っていた。緊張で頭が余り回っていない状態である。あゆを落ち着かせる為に信頼出来る部下を付けてやらなかった祐一の失敗だろう。
 だが愚痴っていても事態は変わらない。あゆは機体に射出姿勢をとらせると、発艦準備完了を告げた。

「月宮あゆ、νガンダム出るよ!」

 あゆのνガンダムがクラップ級のカタパルトデッキから射出され、続けて3機のジェダが射出されてくる。他の僚艦からもジェダが次々と射出されてきて自分の周囲に集まり、16機のMSが集結を完了して戦闘隊形を作る。この隊形を組むのも時間がかかりすぎているとあゆには感じられたが、これも仕方が無いことだろう。訓練が十分ではないのだから。
 隊形を組み終わった月宮中隊はユウが率いる331大隊に後続する位置についてア・バオア・クーを目指した。331大隊は従来のゼク・アインで編成されている部隊だが、いずれこれもジェダに切り替わっていくだろう。いや、もしかしたらテスト中のゼク・ドライが配備されるかもしれない。
 ユウ・カジマ少佐率いる48機のMS隊はア・バオア・クーNフィールド、1年戦争で熾烈な消耗戦が行われたあの宙域を目指して進撃を開始した。艦隊は直衛に1個MS中隊を展開させると砲撃を行う為にMS隊の進路に被さらないように微妙に進路を変えて更に前に進み、要塞に向けて牽制のミサイルとビームの第1波を放った。




後書き

ジム改 あゆがすっかりνガンダム乗りになってしまった。
アムロ あれは俺の専用機だろう!
シャア まあそう言うなアムロ、まだ私のサザビーも出ていないのだからな。
アムロ 出るのか、サザビー?
シャア いや、出るだろう。出なかったら私は何に乗れば良のだ?
ジム改 Rジャジャがあるじゃない。
シャア まて、あれでνと戦うのは無理だぞ、性能差がありすぎる。ファンネルも無いしな。
ジム改 あんたらレベルになると、ファンネルなんて牽制にしかならないだろ。
アムロ まあそうなんだがな、ファンネルなんか使ってたらMSの操縦が疎かになる。
シャア そうだな、エルメスを駆りながらあれだけのビットを同時に動かせたララァが異常だった。
ジム改 NTも万能じゃないって事だね。そしてシャアはあゆとの再戦だな。
シャア ふ、あゆ君は私好みの女性だと聞いている、楽しみだよ。
アムロ お前、そのうちハマーンに殺されるぞ。
シャア 今ここにハマーンは居ないから大丈夫なのだよアムロ。
ジム改 後で殺されそうなフラグ立てなくても……