第119章  2人のNT


 

 連邦軍の攻撃を受けたア・バオア・クーは待機させていた部隊を速やかに迎撃に送り出し、更なる増援を送り込む為に基地全体が動き出した。チリアクスが到着する頃には既に司令部は迎撃の為に動き出しており、手馴れた様子で各部署に指示を出している。
 チリアクスは司令官席の脇に立ち、当直仕官のピアーズ大尉から報告を受けた。

「Nフィールドに敵のMS大隊が侵攻して来ています。その後方に15隻程度の艦隊を確認、うち10隻ほどがこちらに砲撃を浴びせてきています」
「大部隊じゃないか、こちらの迎撃は?」
「警戒配置に付いていた第14MS大隊が迎撃に出ましたが、敵の主力はゼク・アインと新型のジェダですので」
「14大隊はガ・ゾウムか。苦しいな」

 ガ・ゾウムはジムVには優位に立てるが、ゼクやジェダには明らかに不利だ。可変機なので逃げようと思えば逃げられるが、攻撃ならともかく迎撃では逃げる事は出来ない。早く増援を送らないと磨り減らされてしまうかもしれなかった。

「敵艦隊はこちらの衛星砲台を狙っているようで、要塞には手を出してきてはいません。また、後方に残っている部隊は今の所動く様子は見られません」
「どういう事だ?」
「理由は分かりませんが、そちらの艦はエゥーゴの部隊のようで、ネェル・アーガマとグラース級が確認されています」
「……信用されていない、という事かな。ゴタゴタはどちらも同じか」

 連邦でも対立という物はあるらしいと考えてチリアクスは場違いな可笑しさを感じて口元を日転ばせるが、すぐにそれを引き締めると敵艦隊の動きに対応できるよう、巡洋艦を何時でも出せるようにしておく様に命じた。このまま敵が接近してこないのならMSと要塞からの支援砲撃だけで済ませるつもりなのだ。艦隊を動かすと多量の消耗物資を消費するので、あまり出したくは無い。だが、敵もあれだけの数を出してきているのだ。形だけの適当な攻撃で済ませるつもりは無いだろう。
 ア・バオア・クーの台所事情の苦しさを物語るような命令に部下たちは頷いて指示を出していく。後は部下たちに任せて自分は椅子にでも座っていようかと考えた時、司令部にキャスバルが入ってきた。宙を跳びながら近付いてきた彼は椅子に捕まって自分を止めると、足を床につけてチリアクスに状況を尋ねてきた。

「中将、戦況はどうなっている?」
「ご心配なく、何時もの連邦の嫌がらせ攻撃ですよ。こちらの消耗を狙っているようで、要塞攻略は狙っていないようです」
「嫌がらせといっても、かなり多いようだが?」
「確かに少々多いですが、対応出来ないほどではありません。ただ即応している部隊だけでは足りませんので、今増援を出しているところです」
「ふむ、ならば、私も出るとしようかな」
「総帥?」

 キャスバルが出撃すると口にしたので、チリアクスは最初冗談かと思った。だが彼が赤い彗星である事を思い出し、それが本気だと悟って慌てて引き止める。

「だ、駄目ですよ、このような戦闘に総帥が出撃するなどあってはならない事です」
「……分かっているよ、中将。言ってみただけだ」

 言ってみただけと口では言っているが、表情には明らかに不満げな色がある。だが流石にここで出撃されてもし万が一の事があったら洒落にならない。ここは我慢してもらうしか無いだろう。だが変わりに親衛隊に出撃してもらう事にした。彼らの機体はここの機体とは違って状態が良いしパイロットも凄腕揃いなので敵を圧倒できるかもしれない。

 チリアクスの申し出を受けてキャスバルは親衛隊に出撃を命じる。ここはチリアクスの顔を立てて退いたが、キャスバルとしては出撃したい理由があった。彼のNTとしての感覚がア・バオア・クーに近付く2つの巨大な力に気付いていたのだ。

「まさか、こんな所でアムロ・レイに会うとはな。それとこれは、あゆと言ったかな?」

 火星で戦った時以来か。あの時は耳に痛い事を言われ、逃げ出してしまったのだった。誰かを幸せに出来るのか、その問いに対する答えを未だに自分は見出せていない。アムロはどうなのだろうか。
 あの2人が相手では、今出ている迎撃部隊だけで相手が出来るだろうか。強い力を持つNTの駆るMSの強さはまさに桁違いで、状況次第では1機で戦場の流れを変えてしまいかねないほどの戦力となることを、キャスバルは良く知っていたのだ。イリアたちが上手くやってくれればいいのだが、状況次第では自分が出なくてはいけないだろう。





 イリアの指揮で12機の改良型ドーガが出撃する事になった。このドーガは先のペズン戦で使われたものを改良した先行型で、正式採用に向けてギラ・ドーガと命名されている。主武装はビームマシンガンで、ネオジオンとしてはゴブリンやザクV以来となる久しぶりの汎用主戦機と呼べるMSに仕上がっているが、アナハイムの設計をネオジオンで完全に再現する事が出来ず、また若干の仕様変更もあって試作機のドーガからは若干様変わりしていた。

 出航したレウルーラから12機のギラ・ドーガが出撃する。イリアのギラ・ドーガを先頭に戦場に向かうが、その途中でカミーユは違和感に襲われていた。幾度か頭を振ってそれを追い出そうとするのだが、どうしてもそれを無視できない。

「なんなんだ、これは。誰かが僕に話しかけているような……」
「カミーユ、どうかしたのかい?」
「イリア中尉、何か感じませんか?」
「……確かに圧迫感みたいなものはあるけど、ね。敵に厄介な奴が居ると思う?」
「多分、かなり面倒な相手ですね」

 NTの力は個性による差はあるものの、大体において大きな力を持つほどに周囲への干渉力が大きい。1年戦争のソロモン戦後に行われたエルメスの攻撃においては、超遠距離からの攻撃でありながら多くの者がララァという音を感じ取り、NTの素養を持つ者はそのプレッシャーに気圧されていたほどだ。
 まだ戦場まで距離があるのに自分やカミーユがプレッシャーを感じているのだから、敵のNTは恐ろしく強力なのだろう。まさか連邦に下ったというアムロ・レイではないのかとイリアが最悪の想像をして冷や汗をかく。
 だがその最悪の予想は外れていた。第14大隊を苦戦させている連邦部隊の中に居たNTはアムロではなかったのだから。だが彼並みの強力な相手であり、外れても慰めとなるかどうかは疑わしかったが。



 要塞周辺で警戒に当たっていたパトロール部隊のムサイ改とM級の新旧巡洋艦が衛星砲台と共に第34任務部隊のクラップやサラミスとの砲撃戦を開始する。距離を置いてビームとミサイルが放たれ、迎撃弾がミサイルを撃ち落し、ビームを減衰させる。迎撃を突破したビームが防御スクリーンに逸らされて拡散し、ミサイルが近接防御火器の弾幕に絡め取られて破壊される。
 この応酬に撃ち勝った側が艦隊戦に勝利を得るのだが、純粋な艦隊戦だと数で勝るか砲力で勝る側が勝利を得やすい。だから攻防の性能に優れる戦艦の有無は大きな意味を持つし、この均衡を崩す為に艦載機による攻撃を加えるのだ。攻撃機が肉薄攻撃を加えて敵の戦闘力を削ってくれればそれだけ有利になるし、被害を与えられずとも敵の注意を分散させるだけでも大きな意味がある。
 だが、こちらが艦載機を出せば当然相手も艦載機で迎撃してくる。この艦載機同士の戦いに勝利を得た側が戦いを有利に進められるので、艦隊戦におけるMS戦の重要度は大きかった。そしてそのMS戦は明らかに連邦に有利に推移していた。

 ガ・ゾウムとゼク・アインの戦いはガ・ゾウム側の不利に進んでいた。MSの性能もパイロットの技量も連邦側が勝っているようで、時間の経過と共にガ・ゾウムの数が減っていき、どんどん数の差が開いてしまっている。
 ゼク・アインは見慣れた大型マシンガンとビームライフルを装備した機体に混じって大型のスマートガンを装備した狙撃使用機も混じっていて、ハイパーナックルバスターだけのガ・ゾウムを上手く追い込んでいた。
 戦場に駆けつけたギラ・ドーガ隊を含むMS部隊は半数ほどにまで撃ち減らされたガ・ゾウム隊の惨状に息を呑んだ。苦戦しているとは思っていたが、まさかここまで簡単に叩かれているとは。
 こちらに気付いたゼクがスマートガンによる砲撃を加えてきて、駆けつけてきたギラ・ドーガやドライセン、ザクVが四方に散る。先頭を行く真紅のザクVを駆っているのはエゥーゴから流れてきたジョニー・ライデン少佐だ。彼はスマートガンの射撃を気にしていないかのように敵目掛けて突入していく。まるでビームの方が避けているかのようだが、そう錯覚させるほどの巧みな回避運動を織り交ぜているのだろう。

「このまま敵中に突っ込む、付いて来れる自信がある奴は付いて来い!」

 無謀とも取れる突撃に、彼の部下と思われるザクVやドライセンが続いていく。それを阻止しようとスマートガンの砲撃が集中され、ビームの直撃を受けたザクVが一撃で上半身を撃ち砕かれ、右足を吹き飛ばされたドライセンがバランスを失って回転しながらコースを外れていく。だが犠牲を出しながらもライデンの突撃は止まらず、彼らは一丸となってゼク・アインの群れの中に突っ込んでいった。
 ユウは突っ込んできたドライセンのビームトマホークの一撃を回避し、そのまま交差しながらマシンガンを叩き込んだ。それは確実に何発かが機体を捉えた筈だったが、装甲を貫くには至らなかったようでそのままドライセンは駆け抜けていってしまった。
 敵に突入されたゼク部隊は隊形を大きく乱されてしまい、得意の集団戦術を生かせなくなってしまった。このまま乱戦になることを覚悟したユウは部下に小隊単位に分かれて戦闘を継続するように命じ、自らも3機の部下を呼び集めて獲物を探そうと思ったのだが、探すまでも無く向こうから来てくれた。
 隊長機と思われる真紅のザクVがビームライフルを向けて放ってくる。左腕にはビームサーベルを持っていて、このまま距離を詰めて接近戦で止めを刺すつもりらしい。ユウは舌打ちして機体を後退させる。元々ザクV相手では少々分が悪い上に、通常機と異なるパーソナルカラーリングを施すのはジオン系のエースパイロットの特徴だ。このザクVは名のあるエースが乗っている事は間違いないだろう。
 機体を捻らせ、紅いザクVを後ろから追い撃ちするが、向こうもスピードを殺さずに機体を捻らせ、機体を旋回させて回避しながらこちらへと向き直ろうとしている。
 もう戻ってこれるのかと驚いたユウだったが、それでも僅かな時間はある。その間にユウの部下たちは自分の回りに終結し、4機がかりでビームとマシンガンによる集中射撃を加えた。
 流石にこれにはたまらずライデンは集中射撃の火線上から離脱していく。だが、その事に安堵する時間はユウには与えられなかった。続けて遅れていた後続部隊が殺到してきたのだ。

「隊長、新手のザクVとドライセン、数は30機前後です。データに無い新型も10機前後!」
「……ザクタイプの新型、のようだな?」

 確かにデータには無いが、ユウはこの機体には見覚えがあった。ずっと前の会議で紹介された未確認機で、ボアズ防衛戦の際にネオジオンが投入してきたMSの記録映像がこんな感じのMSであったからだ。外観に若干の違いは見受けられるが、まず間違いはあるまい。そしてその性能評価はジムVを圧倒しているというものであった。
 今回の作戦目的は敵戦力の削減だ、消耗戦に引きずり込むことではない。先ほどの敵哨戒部隊を撃破したことで戦果は十分だと判断するべきだろう。こんなエースや新型機とぶつかる危険を侵す価値がある作戦では無い。

「撤退するぞ、第1中隊は敵を食い止める、第2中隊は後退して支援の用意をしておけ」

 ユウの命令を受けてアイン隊が撤退を開始するが、退避機動に入った1機がいきなり連続したパルスビームに機体の彼方此方を抉られ、瞬く間に残骸へと変えられてしまった。ビームマシンガンの特徴的な攻撃だ。
 ビームマシンガンはどの勢力でもあまり使われない珍しい火器だ。命中率は高いのだが一撃の威力に欠けるため、敵を撃破するには立て続けに命中弾を送り込まなくてはならない。しかもドライブするには強力なジェネレーターが必要で、あまり実用的とは言えない。だからどの勢力でもあまり使われない武器で、重装甲のゼク・アインを公も容易く撃破出来るほどの威力を持ったビームマシンガンが出てきたとなればそれは大きな脅威となる。威力の問題さえ解決すれば、これは命中率が高い極めて恐ろしい武器だからだ。
 だが、どんな化け物がそんな武器を持っているのかと思ったが、それはザク系の発展型と思われる、12機の新型が持っているやや小形のライフルだと判明して驚愕してしまった。

「あんな小型のビームマシンガンだと!?」
「少佐、あの新型速いです!」
「敵に構うな、お前たちは後退しろ。後ろは俺が引き受けて……」
「そういう仕事はボクの仕事だよ、カジマ少佐!」

 突入してきたギラ・ドーガやドライセン部隊とアイン部隊の間に青と白に塗り分けられた20mを越える大型MSが割り込んでくる。それが新型のガンダムタイプだと悟ったネオジオンMS隊は何かに弾かれたように突撃を止め、その場に留まった。ガンダムがどれほど敵に恐れられているのか、象徴するような瞬間だろう。
 あゆのνガンダムはビームライフルを速射モードに切り替えると、動きが止まったネオジオンMS目掛けて撃ちまくった。直結型メガ粒子砲と見まごうばかりの威力のビームを連射されたギラ・ドーガやドライセンは慌てて塵尻に散開するが、分散した所にあゆの部下のジェダ隊が突入してきて混乱を拡大しにかかってくる。とはいっても隊長機を先頭にビームライフルを撃ちまくりながらただ突っ込んでそのまま反対側へ抜けているだけなのだが。

「殿はボクがするから、少佐は部隊の後退を指揮して下さい」
「だが、お前の部隊は練度が足りていないだろう。それに虎の子の試作機を失うわけには……」
「大丈夫だよ、ボクと小隊長で少し粘るだけだから。それに、アムロたちも動き出してるし」
「エゥーゴの連中が?」

 言われて確認してみれば、確かにエゥーゴ部隊のほうから十数機のジムVが出撃してきている。こちらの交代を支援してくれるつもりなのだろうが、司令部の許可は得ているのだろうか。あのマルムベルク少将がエゥーゴ部隊の手を借りるとは思えないのだが、ブライト中佐の独断なのか。
 あゆはアムロたちと言っていた、ならあのジムVはあのアムロ・レイが使っているのだろう。だがまだ別にエゥーゴの手を借りなければいけないような場面ではない筈なのだが、何故彼らは出てきたのだろうか。

「月宮、敵は増援を出してきているのか?」
「こっちのセンサーには補足されて無いですよ」
「増援が来てる訳ではない、か。では一体?」

 こちらに向かっている部隊に対応した動きでは無いということか。ならばアムロたちは何故出てきたのか、それを考えたユウに、あゆが彼女なりの見解を告げた。

「多分、あの新型に乗ってるパイロットに反応したんだと思うよ」
「……お前がそう言うという事は、NTの類ということか」

 NTにはユウとしても些か複雑な印象がある。1年戦争でのあの忌まわしい蒼いMSを巡る戦いは彼の人生に大きな影響を残しているからだ。最も、このあゆからはNTにまつわる黒い噂のような悲壮さは微塵も感じられないので、これはこれで彼には衝撃的であったりするのだが。
 あゆの感じていたNTはイリアたち親衛隊のNT部隊だった。イリアとカミーユ、ルーという極めて強力なNTたちなので、当然ながらあゆにも脅威と捉えられている。アムロが急いで出てくるのも無理の無いと彼女は感じていたのだ。
 とはいえ、あゆはこの3人に負ける気はしなかった。今乗っているνガンダムの性能に絶大な信頼を置いている事もあるが、敵の3人のNTよりも先ほどユウと一戦交えていた紅いMSの方が厄介だと感じていたのだ。

「さてと、何とか5分は稼がないとね。あ、各小隊は無理しないでね。隊長の判断で撤退していいから。撤退後はカジマ少佐と合流する事、分かった?」
「隊長、それならヒヨッコを全員少佐に預けて、俺たちだけで即席小隊組んだ方が良いのでは。幾ら天駆けるうぐぅでも1人じゃ袋叩きですよ?」
「え、ええと……うぐぅ、じゃあそれでいこ」

 部下の小隊長に指摘されたあゆはおどおどしながらそれを受け入れた後、その渾名は嫌だって言ってるのにと愚痴っていた。今では余り敵からは使われないが、身内からは何故か親しみを込めて定着している。いや、嫌がるあゆの反応を面白がって祐一が定着させたと言うべきか。おかげでこのあゆにとって激しく不本意な異名は連邦宇宙軍や、そこから分化したティターンズやエゥーゴなどにも畏怖と愛着を込めて広まってしまった。誰もがその戦歴に畏怖を覚え、その容姿との激しいギャップに驚く、それが月宮あゆというエースパイロットだった。

 しかし、いくら子供っぽくても彼女は連邦、いや今の地球圏で間違いなく指折りのエースパイロットだ。対エゥーゴ戦ではアムロに対抗できるただ1人のパイロットとまで言われ、対抗戦力として後方に置かれていた事も多い。その両肩にそれぞれ描かれた象徴的なクリスタル・スノーマークとタイヤキマークはネオジオンにもそれが誰の機体であるのかをはっきりと教えていて、強烈なプレッシャーを与えていた。迂闊に手を出せば返り討ちにあうと思えば誰も二の足を踏むだろう。
 だが、ここにはあゆの相手が出来そうなエースが2人いる。ザクVのジョニー・ライデンとギラ・ドーガのカミーユ・ビダンだ。ライデンは薄く笑うと、コントロールスティックを握りなおして声を張り上げた。

「面白い、俺が相手をしてやろう!」

 真紅のザクVが飛び出し、νガンダムに向かっていく。それを見たあゆはバックパックに備え付けられている4基のインコムを起動させて迎撃に出た。ファンネルほどではないが普通の人には不可能な見事な機動を見せるインコムは四方からザクVを包囲してビームをザクVに浴びせかけ、ライデンが雄たけびを上げながらそれを回避して距離を詰め、反撃のビームを放ってくる。
 あゆは幾度か敵のビームを回避しながら反撃に2度撃ち返し、戻したインコムを再度放った。再び襲い掛かってきたインコムに苛立ったように声を荒げた。

「ええい、ちょこまかと鬱陶しい、目障りなんだよ!」

 ビームサーベルを左手に持ち、インコムを繋いでいるワイヤーの一本を切断する。インコムの1基を失ったあゆは、特にそれを気にする様子も無くビームライフルを連射し、ライデンを仕留めようとする。インコムで落とせるような相手とは最初から思っていなかったのだろう。
 ビームライフルのものとも思えぬ強力なビームの連射を受けたライデンは必死にそれを回避するが、NTが持つ高度な先読み、というより瞬間的な未来予知というレベルの見越し射撃に段々と追い詰められていた。周囲の部下たちも助けに入ろうとしているが残っている3機のジェダのカバーと少し後方に下がっているアインのスマートガンによる支援のせいで中々助けに入れずにいた。そもそも2機の動きが速過ぎて並みのパイロットでは付いていく事も難しいので支援に入れない。
 このライデンとあゆの戦いは、実力そのものではライデンも決して負けてはいなかったのだろうが機体性能の差からあゆがライデンを圧倒し始めた。νガンダムはザクVより速く、ビームライフルの威力も段違いだ。ザクVには強力なジェネレーター直結型メガ粒子砲という切り札があるが、機体固定なので射界が狭く、νガンダム相手では効果的とは言えない。
 ネオジオンはこの問題から通常サイズのMSにも装備できる小型の拡散メガ粒子砲の開発を進めているのだが、採用を予定している次世代NT専用機の開発が難航している事もあって実用化は先の話であった。
 ライデンは自分が押されている事が信じられず、苛立って幾度か敵と自分に罵声を放っていたが、それでもパイロットとしての冷静な部分ではこのままでは自分は負けるという現実を認めていた。途中で部下のザクV2機が助けに入ってきたのだが、どちらも僅かな間を稼ぐことも出来ずに返り討ちにあってしまっている。
 
 だが、この戦いに1機のギラ・ドーガが割り込んできた。ビームマシンガンであゆのνガンダムを撃ちまくり、ライデンを狙うのを止めさせようとする。あゆはそれを容易く回避していたのだが、攻撃とは関係なくカミーユから感じるプレッシャーに不快感を覚え、そこから離れざるを得なくなった。

「少佐、大丈夫ですか!?」
「その声、カミーユか。すまん助かった!」
「いえ、ですがあのMS……」
「ああ、化け物じみた強さだ。お前が来てくれなければ俺も殺られてたぜ。何なんだあいつは!?」
「……前に、アムロさんから聞いた事があります。水瀬秋子の部下には、自分と互角に戦えるようなパイロットが何人も居るって。もし戦えば、勝負はMSの性能と運次第だろうなって言ってました」

 その中の1人が今、目の前に居るのだろうか。カミーユはそれが気になっていたが、それ以上にもっと気になる気配がここに近づいている事にも気付いていた。

「それと少佐、少し不味いかもしれません。アムロさんが居ますよ」
「なんだと、何故分かる……て、そうか、お前らはそういう事が出来るんだったな」

 NTには常人には無い超能力とも言うべき不思議な力がある、という事はライデンも聞いている。カミーユたちNTとよばれる者たちは一様に超能力ではないと言い張るが、普通の人から見ればテレパシーとしか思えない。実際、サイコミュという彼らだけが出す脳波を利用した装置が存在し、それを用いた遠隔攻撃端末のファンネルやビットという兵器もあるのだから。
 ライデンはカミーユの言う事を疑いはしなかったカミーユがそう言うのなら、アムロはここに迫っているのだろう。自分とカミーユでこのガンダムを押さえ込んでもアムロが殴りこんできたら大変な事になるのは目に見えている。
 だが、2人が動くよりも早くガンダムが先に動いた。部下のジェダ3機と駆けつけてきたユウのアイン隊がライデンの部下たちと交戦に入っていたのだが、それに対してガンダムも戦いに加わろうとしたのだ。
 狙われたドライセンが3連マシンキャノンで近付かせまいと弾幕を張るが、瞬時に射線の下に入ったνガンダムのビームライフルに文字通り上半身を撃ち砕かれ、粉々になってしまった。それを見た僚機が激昂してガンダムに襲い掛かるが、2度交差してビームの応酬をしあった後、ガンダムのビームに腰を撃ち抜かれて撃破されてしまう。
 このガンダムの強さは異常だったが、3機のジェダと隊長機と思われるゼク・アインもまた目を見張るような強さを見せていた。ジェダの性能はギラ・ドーガにも引けを取らないようで、ドライセンを相手に優勢に戦っているし、ゼク・アインも優れた射撃能力を持っているようでマシンガンを的確に敵機に叩き込み、確実に戦闘力を削ぎ落として撃破している。
 これ以上やらせてはならないとカミーユが飛び出し、ガンダムにビームマシンガンを浴びせかける。だがその先に既にガンダムの姿はなく、代わりに3基のインコムが襲い掛かってきた。その1つを撃ち落し、残る2つからの射撃を回避したカミーユに容赦なくガンダムからの射撃が襲い掛かり、至近をビームが掠めていく。

「やるっ、でも追えない速さじゃないはずだ!」

 ガンダムの動きを見極めようと更に意識を集中するカミーユ。すると、不思議な感覚が彼を襲った。それはカミーユにとっても不思議な物であったが、けっして未知の感覚では無い。過去にも幾度かこのような状態に陥った事があるからだ。
 相手との意識が繋がるとでも言うのか、相手のパイロットの姿がMS越しに見えるようになる。それは相手も同様の状況になる場合もあるが、大抵は一方通行だ。しかし、今回は相手と相互で繋がったようで向こうもこちらを認識していた。だが、その姿を見たカミーユは正直面食らってしまっていた。その相手はどう見ても自分より年下の女の子だったからだ。

「こ、子供?」
「うぐぅ、子供じゃないよ!」

 あゆは失礼な事を言うなと頬を張って怒りを露にしたが、その仕草も威圧感よりも可愛らしさを際立たせる効果しかなく、カミーユを更に戸惑わせる。これが今までライデンや自分と互角以上に戦ったパイロットなのか。

「何で、君みたいな子が戦争なんかしてるんだ!?」
「だから子供じゃないよ、ちゃんと士官学校出てる大人だよ!」
「嘘だ、どう見ても僕より年下じゃないか!」
「うぐぅぅぅぅぅ!!」

 なにやらおかしな声を上げて怒る少女にカミーユはどうしていいか分からなくなってしまった。ただ、この少女が好戦的な人間で無いことはすぐに分かった。

「何で君は戦ってるんだ?」
「う、うぐぅ、いきなり戦争しかけてきたのはネオジオンだよ!」
「……そ、それは違う。僕は元エゥーゴでネオジオンじゃ」
「エゥーゴも連邦に戦争しかけてきたから一緒だよ」

 悪いのはティターンズなんだと言いたいカミーユであったが、どうにも分が悪かった。いや、元を辿ればそもそもティターンズの暴走を許した連邦が悪かったんだとも言いたかったが、何を言っても言い返されそうな感じがしてどうにも次の言葉が出てこない。
 そしてそれ以外にも、もう1つカミーユをと惑わせている物があった。先ほどからずっと影のように目の前の女性の気配と重なるもう1つの気配、その微かな、だがはっきりと感じ取れるほどの明確な邪気にカミーユは気圧されていた。
 それでも必死に言い返そうとしたカミーユは、突然迫ってきた殺気に咄嗟にランダム回避をとった。だが逃げた先に向かってまたビームが飛来し、カミーユは焦った声を漏らして必死に回避運動を続けていく。
 それは後方に下がろうとしていた夕のゼク・アインからのビームスマートガンによる狙撃だった。完全に射程外からの連続した砲撃にはさしものカミーユも手が出せず、そのままあゆから離れていく。それをあゆは戸惑った様子で見送っていたが、通信機からユウの撤退を促す指示が聞こえてきて我に返った。

「月宮、もう十分だ、後退しろ」
「あ……う、うん、了解」
「どうした、被弾でもしたか?」
「大丈夫、なんとも無いです。あ、ボクの部下たちは大丈夫ですか?」
「心配するな、被弾機は出てるが全機無事だ。ジェダは外見の割には頑丈に出来ているらしい」

 何時の間にやらユウたちも後退し、殿部隊の撤退支援に入ってくれていたらしい。あゆもまだ残っていた部下たちと共に急いで退避行動に入り、アイン隊のスマートガンの砲撃支援を受けながら退いていった。



 退いていく連邦軍MS隊に対してライデンは追撃をかけようかどうか迷っていたが、結局それは司令部から待ったがかかった事で止められた。チリアクスが直接通信でライデンを止めてきたのだ。

「そこまでだ少佐、MS隊を纏めて後退しろ」
「どういうことですか司令官、こちらにはまだ十分に余力があります!?」

 このままやられっぱなしで引き下がれというのか、そのような罵声が喉元までこみ上げてきたが、必死の努力でそれを自制する。流石に一介の少佐が中将を罵倒するのは不味い。それにチリアクスが退けと言うのなら何か理由があるはずだ。

「敵艦隊に向かわせた攻撃隊15機が、敵のMS部隊と交戦して敗退させられた。下手に追撃すれば君の隊も大きな痛手を蒙るぞ」
「どういう事です、まだ向こうにはそれだけの予備が残っていたと?」
「いや、数は同程度のジムVだったが、非常に錬度が高い部隊だったらしい。特に隊長機と思われる機体の強さは尋常な物ではなく、失われた5機のうち3機はそれに食われたらしい」

 まだそんな奴を残していたのか、ライデンは敵がそれだけの余力を残していた事に驚き、そして自分の迂闊さを呪った。まさか敵が嫌がらせの攻撃にこれだけの戦力をぶつけてくるとは予想だにしていなかったのだ。
 もっとも、それはライデンの責任とは言えまい。迎撃に出す兵力を出し惜しんだのは司令部であり、承認したチリアクスこそが責任を負うべきなのだから。

 重ねてもう一度撤退の命令を伝えられ、しばしの逡巡の後、ライデンは悔しそうに一度だけコンソールを殴りつけると部下に退くように命じた。

「全機後退しろ、奴らを追う必要は無い。被弾した奴はすぐに要塞に戻れ、推進剤に余裕がある奴は漂流者の捜索と救助だ」

 敵も既に撤退に入っている、戦いはこれで終わりなのだ。艦隊と砲台の撃ち合いも既に終ろうとしているようで、殿に残っている巡洋艦が牽制の砲撃を加えてくる程度になっている。
 ライデンは部下を纏めると生存者の捜索を開始しようとしたが、彼はそこでようやくカミーユのギラ・ドーガの様子がおかしい事に気付いた。先ほどから全く動いておらず、ひょっとしたら被弾しているのかもしれないと心配したライデンは彼の機体に近付いていった。

「どうしたカミーユ、被弾してるなら連れて行ってやるぞ?」
「いえ、ちょっと疲れただけです」
「そうか、では1人で帰還できるだな?」

 まだ心配そうなライデン伊カミーユは大丈夫だと返し、ヘルメットを脱いでノーマルスーツの胸元を大きく開き、たまった息を纏めて吐き出すように大きく息を吐いた。

「なんだったんだ、彼女は。あんなおかしな感じは初めてだった」

 まるで彼女があそこに2人居たかのようなおかしな違和感があった。1つは穏やかで暖かかな感じがしたが、もう1つは殺意と闘争心の塊のような危険な気配だった。あれが二重人格というものなのか、それとも2人の人間が1機のMSに乗っていたのだろうか。
 一瞬感じたあの剥き出しの殺意に晒された時、自分は殺されたかと思ってしまった。金縛りにでもあったかのように体は動かなくなり、迫る刃物を握った彼女の姿を確かに見たのだ。あれは一体なんだったのか。前に会ったハマーン・カーンからさえあれほどの威圧感は感じなかったと言うのに。
 あゆと接触したカミーユは、その強大なNT能力ゆえにあゆの中に居るつくみやとまで接触してしまったらしい。シェイドに触れてしまった為に彼らが発する根源的な恐怖にあてられてしまったのだろう。カミーユのNT能力は余りにも強いがゆえに自滅の危険をはらんでいる。あゆのように良い意味での鈍さと、そして彼の危うさを受け止めてくれる存在が彼には欠けているので、彼のNT能力は危険な方向に際限なく肥大化してしまっているのだ。




 第34任務部隊によるア・バオア・クーに対する攻撃は、偶然にもキャスバルの滞在中を襲う形となったが、その結果はネオジオンの敗北という形に終った。敗因は色々とあるだろうが、何よりも物を言ったのはMSの性能の差だろう。チリアクスの言う通り早期にギラ・ドーガを戦力化出来なければア・バオア・クーのMS隊は遠くない将来に磨り潰されてしまうかもしれない。特にガザ系列機はもはや対MS戦では戦力にはならない事をキャスバルは思い知らされてしまった。ガザ系の最終モデルと言われるガ・ゾウムがこうも一方的に蹴散らされてしまうのを見せ付けられたのだから。
 だがチリアクスを青ざめさせたのはMSの損失ではなく、早期警戒衛星と中継衛星の破壊であった。数と質の双方で劣っている今のア・バオア・クー駐留軍が唯一当てに出来る要素が地の利で、ひたすら迎え撃って連邦軍を消耗させる戦いを続けていくことが目下の戦力となっている。その為に必要なのはいかに早く敵の接近を探知するかであり、警戒衛星とそれらを繋ぐ中継衛星は非常に重要な物なのだ。
 連邦のように大量の哨戒艇を揃えることが出来れば一番良いのだが、ネオジオンにはそんな真似は出来ない。もはや戦力として意味を無くしつつあるガザ系を改修して偵察機に仕立て上げるプランが出された事もあったが、1年戦争型のMSを改修して再配備して使っているような台所事情のネオジオンにガザを前線から外す余裕などある筈もなかった。まだ対艦攻撃機としては十分に使えるのだから。

 ア・バオア・クーを発つ時、キャスバルはチリアクスになるべく早く補給と増援を送り込むことを約束していった。チリアクスはそれに感謝の言葉を返したが、ぞれが実行されるとは思ってはいない。キャスバルが不誠実だとかデラーズの妨害が予想されるとかいった人的な問題ではなく、単純にネオジオンにそれだけの国力がない事を知っているからだ。ネオジオンが勝ちたければ1年戦争でギレンがやって見せたような、開戦直後に形振り構わぬ無差別攻撃に出て短期決戦を強いるくらいしかなかった筈だが、キャスバルはそれをしなかった。地球をこれ以上汚染するべきでは無いというのが彼の考えで、大量のコロニーとマスドライバーによる質量弾攻撃を主張したデラーズを退けてている。
まあそれでも一度はデラーズの作戦を実行に移したのだが、ネオジオンと連邦の戦力差がどれほど隔絶しているのかを思い知らされるだけに終っている。あのソーラーシステムがある限りもうコロニー落としは不可能だろう。

 せめて、当初描いていたエゥーゴとティターンズの共倒れが実現し、連邦が暫く動けなくなるほどに疲弊していれば勝ち目があったかもしれないが、現実はそう上手くはいかず、連邦は戦時体制に移行して戦う準備を終えた直後という最悪の時期に帰還してきてしまった。
 チリアクスとしては本国が状況を理解して講和の方向に向かってくれれば良いのだが、と期待していたのだが、それも何処まで当てになるか。最悪、ジオンの崇高なる大義とやらの為に玉砕を強いられるかもしれない。
 最後まで負けっぱなしというのもそれはそれで悪くは無いとチリアクスは自重したが、それにずっと付き合ってくれた部下たちまで巻き込むのは流石に御免だったので、彼は彼で独自に退路の確保を考えはじめていた。



機体解説

AMS−19 ギラ・ドーガ

兵装 ビームマシンガン
   ビームソードアックス
   グレネード付きシールド(パンツァーファウスト×4)
<解説>
 元々はアヤウラがアナハイム社に依頼していたコストパフォーマンス重視の主戦機であったが、エゥーゴの敗北とアナハイム社の崩壊に伴い開発はサイド3に移され、そこで完成された。当初はデラーズがMS−06に続くMSという期待を込めてMS−19というナンバーを与えようとしていたが、ザビ派以外の勢力に配慮したキャスバルの意向もあってAMSナンバーとなった。
 系統的にはマラサイの発展型で、ジェダやジェガンとはライバル的な位置付けにある。ジェガンと同じく安価に生産出来る事が重視されており、装甲材が従来のガンダリウム・コンポジットからチタン・セラミク複合材に置き換えられている。
 性能的には突出したところは無いがザクVよりも強力なジェネレーターを搭載し、大威力のビームマシンガンのドライブを可能とした。また本体重量を軽量化することで機動性も確保するなど、防御力以外ではザクVとほぼ同等の性能を誇る。この量産に向いた高性能機の登場は実戦部隊から歓迎され、一刻も早い配備が切望されている。




後書き

ジム改 今回はネオジオンが遅れていることをシャアが思い知る回でした。
栞   そういえば、そのシャアさんは?
ジム改 怖い彼女に連行されていきました。
栞   まあロリコンはどうでも良いとして、そろそろ私の出番ですよね?
ジム改 すまん、また暫く地上はお預けだ。サブイベントくらいならあるが。
栞   で、私の出番は?
ジム改 いえ、地上ではどっちかというと北川と香里、それとジェリドがメインでして。
栞   ……まあ良いです、出番とは自分で掴む物ですからね。
ジム改 な、何をする気なんだか。
栞   で、宇宙では次は何が起きるんです?
ジム改 ティターンズがそろそろ危険なオモチャを完成させる頃なんで、そっち方面かな。
栞   ところで、宇宙に居る人たちは新しい機体に乗換えが進みそうですけど、地上では新型は来ないんですか?
ジム改 一応、ジャギュアの配備が進んでるけど、今使ってるmk−Xの方が性能は上。
栞   駄目です、νガンダムを1機地上に回してください!
ジム改 mk−Xってサイコガンダム除けば地上で最強のMSなんですけど。