第120章  コロニーレーザー


 

 グリプス、サイド7に置かれているこのティターン最大の拠点は、今では2つに分けられ片方は従来の巨大な軍需工廠兼総司令部として機能しているグリプスTとなり、もう片方はコロニーレーザー砲へと改造されているグリプスUとなった。
 このグリプスUの存在は連邦、ネオジオン共に警戒しており、その改造の状況は重要な情報として扱われていたのだが、ティターンズもこの改造状況は最重要の秘匿事項として扱っており、正確な状況を知っているものはバスクを含むごく一部の関係者だけという徹底ぶりであった。エイノーですらこれが何時完成するのかを知らされてはおらず、未だに完成は先のことだと思っていた。
 この徹底した秘匿のおかげで連邦もネオジオンもグリプスUが完成したことを把握できなかった。グリプスTでバスクから直接完成の報告を受け取ったジャミトフはそうかと頷き、巨大な砲身となったグリプスUを見た。

「現在は試射に備えてエネルギーの充填を開始しております。予定通りならば明日の今頃には発射可能になっているかと」
「確か、一度エネルギーを充填したコロニーレーザーは発射されなくてはならんのだったな」
「はい、充填したまま長時間待機しますと、最悪自爆の恐れが」

 コロニーレーザーはその破壊力においては他の兵器を追随を許さないが、その運用性では最悪の代物だ。連邦軍が切り札としているソーラーシステムが如何なる場所にでも容易に展開させる事が出来る事を思えば使い辛い兵器である。もっとも、これはツボに嵌れば恐ろしいほどに強力な兵器で、その凄まじさは1年戦争におけるレビル将軍の第1連合艦隊の悲劇を思い起こせば良く分かるだろう。ただ、そういう意味ではこれば防御用の兵器だと言えるのかもしれない。
 ソーラーシステムと違って移動は大変であり、照準をつけるのも大変な労力を必要とするので、基本的に待ち伏せ用だからだ。

「それで、試射の目標は?」
「地球軌道にある連邦軍の宇宙ステーション、ペンタです」
「ペンタ、だと?」
「はい、あれを破壊してしまえば連邦軍も地球軌道での拠点を失い、守りが薄くなります。そうなれば地球とのルートを再び開く事が可能となりますので」

 実は当初の目標は連邦宇宙軍の根拠地であるフォスターUか、サイド5の軍事コロニーであるオスロー、もしくはサイド6において連邦軍の基地が置かれているリボーコロニーであった。だが最初のフォスターUは狙っても勘付かれて移動されれば射線を外されてしまうので諦められ、コロニーに照準を合わせる方向で考えられていたのだが、これにジャミトフが待ったをかけた。
 連邦との和平交渉を始めているこの段階でコロニーを吹き飛ばすような蛮行に出れば、せっかくの交渉が流れてどちらかが倒れるまで戦うしかなくなってしまうとジャミトフはバスクを叱りつけ、攻撃を純粋な軍事目標に限定するように命じたのだ。
 これにバスクはかなり反感を覚えたが、流石にジャミトフの意向を完全に無視する訳にもいかず新たな標的を選ぶよう部下に命じ、効果を勘定した結果ペンタが選ばれた。
 ジャミトフはペンタの持つ戦略的な価値の大きさは理解できていたのでバスクがここを選んだことに理解を示し、試射に承認を与えた。これでグリプスUはエネルギーチャージの準備に入り、俄かに周辺が慌しくなった。


 

 流石にエネルギーチャージを開始すればレーザー砲が起動したことは察知されてしまう。グリプスUを常に観測し続けていた連邦とネオジオンはグリプスUの熱反応が急激に増大している事を観測し、グリプスUが試射の準備に入った事を知って大騒ぎになった。
 コロニーレーザー砲はソーラーシステムと並んで一度使用されたら防御手段が存在しない兵器の1つだ。その威力はコロニーを一撃で破壊し、要塞にさえ大損害を与える事が出来る。1年戦争のソロモン戦ではソーラーシステムの2度の照射を受けたソロモンは予備戦力ごと宇宙港の1つを消し去られ、付近の防御施設も殲滅されるという大損害を蒙ったほどだ。
 そしてネオジオンはかつて自分たちの手で使った最強最悪の兵器が敵の手にあるという恐怖を味合わされる羽目になる。かつてレビルの第1連合艦隊を一撃で粉砕した超兵器を今度は自分たちに向けられるかもしれないのだ。あれに照準を合わせられたと思えば背筋が寒くなるどころではない。射線さえ確保できれば超遠距離から直接コア3を吹き飛ばせるのだから。


 グリプスUの稼動を報告されたエニーは文字通り飛び上がり、慌ててすぐにサイド7に送り込める部隊の割り出しを指示した。合わせて全軍に警戒を発令し、コロニーレーザーに狙われるかもしれないという事を通達して何時でも逃げ出せるように準備をさせる。
 だが、この指示もどれだけ有効か。射線そのものはコロニーレーザーの向きである程度予想が立てられるが、もしそれがコロニーなどのような容易に動かせない目標を狙われれば万事休すなのだ。
 エニーは直ちにこのグリプスUに対する攻撃を決めたが、ここでも問題が起きた。送り込む戦力を集めるのにも手間取ってはいたが、問題はそれを率いる指揮官が見当たらないという事だった。フォスタ−Uで待機しているエニーの第3艦隊を除く第2艦隊から第6艦隊は各方面に展開していて敵と睨みあっていたり、防衛の為に貼り付けられたりしているのですぐには動かせない。となれば第艦3隊を中心として攻撃部隊を編成する必要があるが、流石に自分が直接サイド7に乗り込むわけには行かない。他の指揮官は1個艦隊を率いた経験は無い。それにやはり1個艦隊以上の部隊ともなれば中将以上が欲しいところなのだ。
 だが今の宇宙軍の実戦部隊には中将は数えるほどしかおらず、大将に至っては秋子1人しかいない。まさかジャブローから事務屋を連れてくるわけにはいかないしという事で、エニーも頭を抱えてしまっていた。自分が出れれば良いのだが、流石に宇宙艦隊司令長官が出て行くというのも不味い。
 この問題に対して意外な解決策を提示したのは、ランベルツ中将だった。エニーではなく彼を司令長官代理に押す声もあったほどに優秀な人物で、エニーに変わって事務的な面を取り仕切る為に先日に昇進していた。

「長官、数を揃えることは十分に可能ですが、この規模の艦隊の指揮経験を持つのはクライフ中将か、ダニガン中将くらいしかおりません。クライフ中将は現在コンペイトウにて指揮を取っていますから、今回はダニガン中将に任せますか?」
「……いえ、さすがにジオン上がりにこれだけの戦力は預けられないわ。彼の部隊も参加してもらうけど、総指揮は別の者に任せます」
「となりますと、もう療養中の水瀬提督に現役復帰を願うくらいしかありませんが?」
「そうか、その手があったわ!」

 ランベルツの呟きのような一言にエニーはハッと顔を上げ、表情を輝かせた。いないと思っていたが、まだ1人手が開いている奴が居たではないか。幸いに彼女はもう退院し、今は自宅療養に切り替わっている。復帰を要請すれば嫌とは言うまい。作戦終了後に司令長官に復帰してもらえば自分もこの気の重い役職を離れる事が出来て一石二鳥ではないか。

「すぐに秋子に連絡を。私が直接復帰を求めるわ」
「で、ですが、水瀬提督のお体は?」
「前に会いに行った時にはすっかり元気になってたわよ、いいから急ぎなさい!」

 怒鳴られたランベルツは困った顔で部下に指示を出し、水瀬提督の自宅に回線を繋がせる。そのまま暫く待ち、司令部の長官用の端末に秋子の顔が現れた。

「エニー、いきなり呼び出して何の用かしら?」
「秋子、単刀直入に言うわ、今すぐ現役復帰して艦隊を率いてちょうだい」
「……それじゃ単刀直入すぎるわよエニー」
「悪いけど時間が無いの、グリプスUが起動したわ」

 グリプスUが機動したという知らせに秋子は彼女にしては珍しい驚きの表情を浮かべた。そしてなるほどと頷き、エニーに了解を次げた。

「そういう事、ですか。分かったわエニー、詳しい話はそちらで聞かせて」
「ええ、手続きは全部やっておくから急いで。艦隊の準備も進めてる」

 秋子を呼び寄せたエニーは、彼女が到着するまでの間に現役復帰の手続きを略式で完了させた。本来ならジャブローの人事部で手続きをしなくてはいけないのだが、今はそんなことを言ってはいられない。宇宙軍総司令部のコリニー大将の許可を取り付けて秋子の現役復帰を通した彼女は、今日中にサイド5に集められる艦艇を集めて補給を受けさせた。

 そして3時間後、ようやく軍服に身を包んだ秋子が住居のあるコロニーからフォスターUへとやってきた。ランチで宇宙港に姿を現した、久しぶりに姿を見せた司令長官の姿に宇宙港に居た将兵は歓声を上げ、軍帽が港内を踊る。この人望の厚さには強気なエニーも黙って降参するしかないほどだ。彼女もそれなりに慕われている指揮官だが、秋子ほどの熱狂的な支持を得ているわけではない。

 フォスターUに秋子が戻ってきた事で、基地の中の空気は明らかに変わった。何処からかもれ出たコロニーレーザー起動の知らせに基地内は騒然としていたのだが、秋子が戻ってきたとたんに落ち着きを取り戻し始めたからだ。やはり秋子が戻ってくると何か一本芯が入る、彼女が居れば何とかなるさと誰もが思っているのだ。
 会議室に通された秋子は、そこでエニーと久しぶりの再会の挨拶を交わして現在の状況を尋ねた。

「現在、フォスターUでグリプスU攻略艦隊の編成を進めているわ。2個艦隊はないと流石に届かないでしょうしね」
「2個艦隊、ですか。グリプスUの防衛兵力は分かっているのですか?」

 秋子の問いに、エニーは情報参謀に現在分かっている敵の戦力配置を説明するように言う。命じられた参謀は壁にある大型スクリーンにサイド7を表示させ、現在のサイド7の防衛状況を説明した。

「サイド7には現在、1個艦隊程度の戦力が展開しております。うち主力艦艇はドゴス・ギアとブリタニア、パンドーラの3隻のドゴス・ギア級戦艦です」
「随分と集めていますね」
「こちらのサイド7侵攻に備えて待機させているのだと考えていたのですが、どうやらグリプスUの防衛の為に呼び戻していたようです。他にアレキサンドリア級重巡が8隻にサラミスが20隻ほどでしょうか。マゼランの姿は確認されていません。主力は依然としてルナツーに張り付いたままです。駆逐艦の数は分かりませんが」
「そうですか、ルナツーに主力が要る限り、こちらも思い切って部隊を動かせないと踏んでいるのでしょうね」

 情報参謀の報告は思っていたほど大規模な部隊が駐留しているわけではない事を教えている。ただ、情報が完全に正確であることは少なく、実際にはそれよりもう少し多いであろうことが予想される。またMSの数はサイド7の基地配備の数も加わってくるから、艦艇の数よりはるかに多い筈だ。特にグリプスTは未だにティターンズ宇宙軍の工廠として機能しており、最新鋭機の開発なども行われている。ジェガンやブレッタといった新型機もここには多く置かれている筈だ。ただ後方の拠点であるだけに、前線から下げられたロートル機の割合も多いだろう。
 続いて秋子は作戦参謀を見て、こちらの戦力と予想される敵の動きを確認した。

「作戦参謀、こちらが集められる兵力は?」
「戦艦と巡洋戦艦が10隻前後、空母が8隻、巡洋艦と駆逐艦が40隻ほどでしょうか。これに後続という形で補給船団が続きます。旧式艦を入れれば倍以上は居ますが今回は連れて行けません」
「空母の内訳は?」
「正規空母が4隻、護衛空母が4隻です。残念ながら第1艦隊配備の大型艦はティターンズ方面への増援として送られていまして」

 ティターンズ方面には現在ヘボン中将の第4艦隊とオスマイヤー少将の第6艦隊が展開しており、ティターンズと激しい消耗戦を繰り返している。当然消耗も激しく、予備艦隊である第1艦隊は損傷してドック入りしたり、メンテナンスを受ける為にドック入りしに戻ってくる艦艇と入れ替わりに前線に赴いている。そのため有力艦を出し切ってしまっていて、残っているのは旧型の巡洋艦と駆逐艦だけとなっていた。
 艦隊を集結させている割に数が少ないのは、この作戦が直接サイド7を叩くという長距離攻撃だからだ。行きで推進剤を補給していては無駄に時間を消費してしまうので、無補給でサイド7に到達し、攻撃を加えて帰ってこられる1年戦争以降の新鋭艦を集めている。補給は戻ってきた後、途中で合流した補給部隊から受けることになる。
 今の連邦軍においてはサラミスやマゼランといった1年戦争以前に建造された旧世代艦は主力艦隊から外され、2線級任務や補助戦力として扱われるようになってきている。これはカイラム級戦艦やクラップ級への代替が進み、旧型艦を使う必要が無くなって来たためだ。特にクラップ級はジャブローとコンペイトウ、サイド5の3箇所で大量建造に入っているので、前線ではこちらが中心となってきている。ただカイラム級戦艦の建造はコストが掛かるだけに順調とは言えず、マゼランを完全に代替するのは当分先のことになりそうであった。

 この時はまだ完全に集結が完了していなかったが、最終的に秋子に用意されたのはカイラム級とアキレウス級が合わせて12隻の戦艦に大小8隻の空母、これにクラップ級とリアンダー級巡洋艦が合わせて22隻に、マエストラーレ級駆逐艦16隻という中々の大部隊となった。大型艦に比して護衛艦の数が不足気味であったが、巡洋艦の需要と消耗を考えればやむを得ない所だろう。カイラム級戦艦はその多くが前線で旗艦任務に付くか、ペンタでジャブローとの航路を守る任務についているのでサイド5に運良く残っていた2隻だけで、事実上主力は10隻のアキレウス級巡洋戦艦という事になる。
 秋子は今回は戦艦ラーグスタに座上して指揮を取る事になる。これとは別に旧式艦で編成された陽動艦隊が複数編成されていて、途中で分離してエイノーの率いるサイド7とサイド6の間に展開するティターンズ艦隊を牽制する事にしていた。第4艦隊との共同作戦でもあり、数はこちらの方がはるかに多い。
 ただ、、秋子としては少数精鋭で行くという割には精鋭ではない事が気に掛かっていた。祐一は残っているが、彼女が頼りにしていた艦隊指揮官もパイロットたちもここには殆ど残っていないのだ。みんな前線で頑張っているのだから当然だろう。

「祐一さん、使えるMSはどの程度ですか?」
「ジェダとストライカー、ゼク・アインが中心ですね。νガンダムは使える機体が無いのでmk−Xとゼク・ツヴァイが切り札って事になります。後は俺のG−9ですか」
「ティターンズの超高級MSがでてきた場合の対応策は、ありませんか?」

 何とか出来ないか、と視線で問うてくる秋子に、祐一は首を左右に振った。ジ・Oの量産型と言われるブレッタや、量産型のサイコガンダムに対して連邦が繰り出した切り札がνガンダムだった。現在は一部のNTパイロットに先行生産機が支給されている程度であるが、これを更にオーガスタ系の技術で強化した量産型の勢作も進められている。
 だが、それも今回は間に合わない。後はファンネルの技術検証機であるシューティストだが、これはファンネルが無ければ大した性能でもないので持ってはいかない予定だ。
 つまり、ブレッタやサイコガンダムが出て来たら数で圧倒するしかない。問題はそれがどの程度の数で済むかということだ。

「まあ、何とかしますよ。あゆや栞たちは居ませんが、天野大隊の連中はそっくり残ってますし、エゥーゴが持ち込んできたワンオフ機の組み立てもさせていますから」
「エゥーゴのワンオフ機って、まさか?」
「Z系列機ですよ。ZZやSを組み上げて舞やトルクに使わせます。レイナルド長官代理の許可は貰っていますよ」

 一応、今の時点ではまだエニーが長官代行なので彼女が許可を出したなら正式な命令だ。秋子は言い返すことが出来ずに戸惑ったような表情になった後、降参して仕方ありませんねと呟いた。

「その辺は祐一さんに一任します。それでは何とかなりそうだって事ですね?」
「とりあえずは、ですね。でも数が足りてません。他にも何機か心当たりがありますが、まだ返答待ちです」
「心当たり?」
「提督が深山中佐やアーセン博士に許可して作らせていたMSですよ。そろそろ組みあがってるんじゃないかと思いまして」
「そういえば、mk−XをベースにしたMSと新型のシェイド用MSの試作を許可していましたね」

 どちらも過去の実績があるから許可したが、殆ど個人の道楽レベルの話だ。どちらも自分の仕事に支障はきたさないというから許可したが、まさか本当に完成させたというのだろうか。
 アーセンはフォスターUの工廠に居たのですぐに連絡が付いたのだが、残念ながらまだ1機も完成していないという返答を受けた。そもそもパイロットとしてシアンや茜を想定していたから、一弥やみさおに使わせるなら再調整が必要なので完成していても間に合わないと。
 一方、コンペイトウ方面に出撃していた雪見からは使えるという返事を貰った。自分が使わせてもらっていたゴータ・インダストリーの倉庫に2機組み上がっているから使って構わないと。ただパイロットを瑞佳と七瀬に想定しているから、それ以外の人が乗るとかなり扱い難いMSになると警告もされてしまったが。
 雪見が教えてくれた通り、ゴータの倉庫にはmk−Xが原型とは思えない2機の新型MSが固定されていることが確認された。それぞれエトワールとタイラントと命名されているようで、タイラントが七瀬用なのだろう。幸い七瀬はフォスターUに残っていたから彼女にこれを使わせれば良い。エトワールの方は協力したゴータの技師によれば瑞佳用に調整されたサイコミュが組み込まれているので他のパイロットが使うのは進められたいということだったが、今は1機でも強力な機体が欲しい祐一はとにかく急いで調整を進めるように頼んだ。パイロットはもうNTに当てが無いので、どうするか悩まなくてはいけないが。いっその事ジオン共和国軍にいる椎名繭にでも渡すべきだろうか。

 もはや使える物は何でも掻き集めろと言わんばかりの見境無い戦力の集め方であったが、それは人材でも言えることだった。超一流のパイロットの多くは前線に居て、今頼りになるのはジオン共和国のパイロットたちだったりする。あまり優遇されているとは言えず、前線に出る機械も少ない彼らであったが人材だけはかなり充実している。特に1年戦争で勇名を馳せたトップエースたちが何人も在籍しているので、MSさえ確かなら物凄く頼りになるのだ。これまでは秋子やエニーの方針でジオン共和国軍には新鋭機の配備をしないことにしていたが、祐一は彼らにも一線級のMSを支給するつもりでいた。




 忙しくなった艦隊司令部の喧騒を他所に、サイド5では今日も変わらぬコロニーの建造作業やデブリの回収作業が行われている。彼らの安全を確保する事もサイド5駐留部隊の重要な仕事だが、同時に彼らは無許可でデブリを漁る不法業者の取り締まりも行っていた。デブリの中には修理すれば使える戦争の遺物も多く残っており、そういった軍用品の横流しを防止する為だ。
 そういった武器は海賊やマニアに高く売れる。だから密売業者と取引するジャンク屋は後を絶たず、連邦軍と警察も摘発に躍起になっている。ただ、そういった違法なデブリ屋の中にはこの戦争でサイド5に移住したものの、生活の基盤を得ることが出来ずに仕方なくやっているという者も多く、対応に苦慮することも多かった。
 今も許可を受けていないグループがこっそりとジャンクを違法回収しようとしていたのだ。

「おいジュドー、早く作業しないと船長にまたどやされるぜ」
「そういうならそっち持ってくれよモンド!」

 ジャンク屋が良く使っているボールやザク・ヘッド、プチモビといった作業ワーカーを使って今は前の戦争でで撃破されたと思われるザクの残骸を捕まえてジャンクシップに縛り付ける為に運ぼうとしている所だった。勿論ジャンクを勝手に収拾するのは違法で、特に軍用品に手を出だすのはかなり罪が重い。
 だが彼らはこれまで連邦の目を掻い潜って上手くやってきていたのだろう。あるいは見かけても見逃してもらえる程度の仕事に留めていたのかもしれない。
 だが、今日の彼らはツキに見放されていた。収集していた彼らの前に、いきなりゴミを押しのけるようにして連邦軍のパトロール艇と艦載機の軍用ボールが姿を現したのだ。

「連邦軍です、そこまでですよ密業者たち!」
「げ、その声は天野のオバサン!?」
「ば、ばかジュドー、それは禁句!」
「……24歳の女性をオバサンとは、良い度胸ですねジュドー君?」

 静に怒りながら迫る天野のボール。そのプレッシャーに気圧されたジュドー・アーシタは迷わず逃げに入った。どうやら過去に幾度も痛い目にあっているようだ。

「逃げるぞビーチャ、モンド!」
「わ、わかった!」
「あいよ!」

 ジュドー、ビーチャ、モンドが散り散りになって逃げようとする。こうすれば1人の犠牲ですむからだが、天野はそんな手を許してくれるような甘い相手ではなかった。逃げに入ろうとしたジュドーたちの耳にとても聞き慣れた怒鳴り声が飛び込んできたのだ。

「お兄ちゃん、大人しく捕まって!」
「リ、リィナ、何でお前こんなところに!?」
「私が協力を依頼しました。何回捕まえても懲りないようなので、一度身内の方を交えてじっくりお話をしようかと思いまして」
「それでなんでリィナなんだよ!」

 ジュドーは天野のやり口を詰ったが、彼は諦めて逃げるのを止めた。リィナが相手では彼に逆らう術は無い。最も反省という文字は彼には無いので、ほとぼりが冷めたらまた仕事に手を出すのだろうが。
 ジュドーが観念したのを見てビーチャとモンドも逃亡を諦め、大人しくパトロールに御用となった。ジャンクシップの方は逃げたようだが、こちらは別の船が既に追いかけているので時間の問題で捕まえられるだろう。
 ジュドーたちの捕縛作業を部下に任せた天野は一足先に艇に戻り、そこですまなそうにしているリィナに気にすることは無いと言って頭を撫でてやった。

「大丈夫ですよ、厳重注意で終らせますから」
「でも、これで4度目の逮捕ですから」
「まあ、今回はMSに手を出してましたから、本来なら何日か止まっていってもらうところですが、こちらもそこまで手が開いている訳でもありませんからね。雇い主は相応の処分を免れないでしょうが、ジュドー君たちは未成年ですし、甘い対応になるんですよ」

 とはいえ、このままでは彼らは碌な大人になるまい。何か適当な理由をつけて厚生施設にでも放り込むべきなのだろうか。そんなことを考えていた天野は、ジュドーのプチモビ操縦センスを思い出して、いっそ軍人にしてパイロットになれば良いんでは無いだろうかなどと考えていた。今のご時世、軍人は食いっぱぐれる商売ではないのだから。





 連邦がグリプスUへの対応で慌てていた頃、サイド3でも同じようにネオジオンがパニックを起していた。もしサイド3を狙われたら、コロニーを狙撃されてしまうのだ。かつて自分たちが使った武器だけにその破壊力は良く分かっている。あれが自分たちに向けられたら、そう思うだけで背筋が震えてくる。
 今回ばかりは対立も起きずにすぐに合議が開かれ、デラーズが彼らしくも無い焦燥を浮かべてサイド7への即時侵攻を主張する。

「コロニーレーザーがこちらを射線上に納める前に、これを潰さなくてはならん。本国に残る戦力をもってグリプスに侵攻するべきだ!」
「それに反対するつもりは無いが、実際にそれが可能なのか総長?」

 ハマーンが実現性に疑問符を投げかける。ネオジオンの主力は本国に残っていると言ってもいいので、戦力はそれなりに集められるが、問題はどれだけの戦力を出して誰が率いるのかである。本国にはザビ派、ダイクン派、カーン派に属する部隊がそれぞれの主の指揮下に置かれていて、命令系統では繋がっていないような状態にある。まあカーン派の主力はアクシズにあるので本国には少ないので、実際にはキャスバルとデラーズの問題となるのだが。
 キャスバルも出撃に関しては反対しなかったが、やはり指揮官人事に難色を示した。仮にキャスバルが率いればザビ派の部隊を矢面に立たせるだろうとデラーズは疑い、キャスバルも同様にデラーズが自分の部下を捨て駒にすると考えているので、意見が纏まらないのだ。
 ネオジオン内である意味最も中立的な位置に居て実績もある指揮官と言えばチリアクスであるが、彼を招聘して指揮官にする事はデラーズもキャスバルも反対した。信用云々の前に彼が抜けたらア・バオア・クーが落とされかねない事を理解しているからだ。

 話し合いは双方が互いの主張を譲らぬまま平行線を辿り続けたが、結局は以前のコロニー落としの時と同じように今回もハマーンが指揮を取る事で落ち着くことになった。妥協の産物とも言えるが、適当に勢力が劣る第3勢力なのでこういう時には便利に使われ易いのだろう。
 ハマーンは内心はともかく、表面上は平静を保って2人の要請を受け入れ、すぐに出撃準備をすると言って会議室を出て行こうと立ち上がる。部屋を後にするハマーンを気にすることも無くキャスバルとデラーズは言い争いを続け、出て行く間際にチラリと彼らを振り返ったハマーンはその醜い姿に俗物どもが、と吐き捨てた。


 デラーズとキャスバルが揉めている間に、ハマーンは準備を進めた。どれだけの戦闘艦艇が回されるのかは分からないが自分の部下は使えるし、あまり煩く言われない補給部隊の編成も進められる。必要な物資を急いで予備か引き出し、すぐに動かせる貨物船に積み込ませるよう手配する。ネオジオンが保有する軍用輸送艦は1年戦争時代から使われているパプワとパゾクで、新規建造は優先度の低さから少なく、必要な数には足りていない。だからネオジオンでは徴用した民間の貨物船を物資の輸送に使うことが多いのだ。この辺りは有り余るほどのコロンブスや、より小型の輸送艦を大量に揃えている連邦やティターンズとの国力差を示しているだろう。アクシズ次代は拠点ごと移動していたので輸送艦の必要性が低く、今のネオジオンになっても守る範囲が狭いのであまり問題にならなかったのだ。
 搭載していくMSは敵地に対する強襲となる為、優先的に高性能な新鋭機を揃える方向で調整に入った。特に引渡しが始まったばかりのギラ・ドーガは先のア・バオア・クー戦でゼク・アイン相手に互角以上に戦い、ジェダを相手にも引けを取らない高性能を示したため、ハマーンもギラ・ドーガを求めたのだ。これならばティターンズが誇るグーファーや、最近になって配備されて猛威を振るっているというジ・Oの量産型らしいブレッタというMSにも拮抗できると期待されているのだ。

 ハマーンは自分の配下である騎士達を招集し、今回の作戦においては我々が中核となって行動する事を伝えた。カーン派は独特な指揮系統を持っていて、ハマーンの指揮下に騎士と呼ばれる上級士官たちが置かれ、それぞれが専用のエンドラ級巡洋艦を与えられている。大抵は2、3隻の巡洋艦を纏める戦隊司令としての役割を与えられ、主にサイド3周辺の警戒やハマーンから直々に命じられた特殊任務などをこなしている。ただ装備面では優遇されているとは言い難く、騎士用という名目で試作された物の採用には至らなかった試作機が個人用として回されてくる有様であった。また一般兵用の機体はガ・ゾウムが中心で、現在主力となっているザクVやドライセンは回されていない。
 ハマーンとしてはこの機会に一気に自分の配下の装備を更新したいと考えているようで、この戦力としては二線級に落ちかけているガ・ゾウムをギラ・ドーガに代替したいと思っていた。

 ハマーンの指示を受けてそれぞれの騎士達が自分の艦隊の準備を進める中で、側近とも言うべきマシュマーがハマーンに本当にこれで良いのかと問い質していた。

「ハマーン様、本当にこれでよろしいのですか。グリプス相手に挑むなど正気の沙汰では」
「言うなマシュマー、あのコロニーレーザーは放置してはおけん」
「それは分かりますが、あれに対しては連邦も動く筈、この際彼らに処分を任せるのも手かと」

 連邦がグリプスU慣性を見逃す筈は無く、大艦隊でもってこれを叩きに来る筈だ。いさ赤他力本願ではあるが、今回は彼らの勇戦に期待する方が良いのではないのか。そう主張するマシュマーに、ハマーンは視線を落として考え込んだ。確かに連邦軍もこの事態に気付かないはずは無く、今頃同じように侵攻軍の編成に着手しているだろう。政府の許可さえでれば部隊を動かすのはこちらより早いだろう。
 連邦との共同作戦は流石にキャスバルとデラーズが承認しないだろうが、たまたま同時攻撃になったのであれば何も言えないだろう。作戦はこちらに一任されているのだから情報さえあれば連邦を利用できるかもしれない。

「マシュマー、エンドラUはすぐに出航できるか?」
「は、勿論行けと申されれば今すぐにでも」
「では連邦の動向を監視しろ、サイド5の動きを逐一知らせるのだ。こちらは奴らの動きを見て行動を起こす」
「連邦に陽動をやってもらおうと?」
「結果を出せば過程は正当化される、そうではないかマシュマー?」
「確かにそうですな」

 だが、それはデラーズと同じ考えではないのか。マシュマーはそう思ったが口に出す事はなかった。毒力でグリプスUの破壊が不可能である以上、より強大な物を利用するしかない。そういう意味ではハマーンの考えは正しいが、薮蛇になったりはしないかという不安が拭えなかった。



 ハマーンの命令を受けてマシュマーが先発してサイド5へと向かいようやく話が纏まった事でハマーンもネオジオン艦隊を率いて出撃する事となった。ただし連れて行くのは足の長いエンドラ級やムサイ級ばかりで、長期間の戦闘を考えていないM級やレウルーラといった新鋭艦は外されている。
 この編成には流石にキャスバルとデラーズが揃って不安をぶつけたのだが、ハマーンは今回はこれで良いと言って退けている。キャスバルたちとしては自分たちの戦力を減らされるのは困るが、グリプスUの無力化に失敗されるのも困るというジレンマを抱えてるのでどうにも歯切れが悪くなり、ハマーンに強く出れなかった。ならば必要な船を出してくれと言われたら断れなくなってしまう。
 ただ、ハマーンはキャスバルからNT部隊を、そしてデラーズからシェイド部隊を一部提供させていた。NTと言っても大半は強化人間だし、シェイドもファマス戦役で猛威を振るったようなA級B級ではない、能力低下を覚悟で量産化を達成したD級ではあったが、それでも一級のパイロットとして期待できるだけの強さを持っている。このような無茶な作戦では大いに役に立ってくれる筈だ。
 旗艦サダラーンに乗り込んだハマーンは長期作戦用の艦隊を編成すると、通常航路を外れて大きく迂回しながらサイド7を目指すコースを取る。これは以前に連邦軍が外洋系艦隊を使って実施した作戦と同じもので、高度な航法技術があって始めて実施できる極めて危険な作戦であった。カーン派は元アクシズのメンバーが中心なので、航法技術に関しては問題は無い。むしろ心配なのはキャスバルやデラーズが寄越してきた部隊が迷子にならないかである。ありえないと思われがちであるが、訓練の足りない艦は上手く陣形を組む事が出来ず、気が付いたら位置を見失って自分が何処に居るのか分からなくなり、逸れて何処かに行ってしまったり最悪の場合は僚艦と衝突したりする事になる。
 だから艦隊行動訓練はとても大事であり、艦隊は頻繁に出撃して訓練を重ねているのである。普段から訓練を重ねていないと実戦で出来ないからだ。連邦軍は時折艦隊をサイド5残留艦隊と後退して前線から下げられ、休養と装備の整備、そして訓練を受けて低下した技量を取り戻してまた最前線に向かうのだ。
 このサイクルを維持出来るおかげで連邦軍の受ける損害はネオジオンやティターンズと比べると少なく抑えることが出来ていた。それは彼らが前線の部隊を交代させるだけの余裕を持てず、前線に貼り付けられた部隊が急速に消耗して形を保てなくなるという悪循環が起きている。

 ハマーンはチラリとサダラーンの後方にある超大型空母ミドロを見やり、いざという時はあれをグリプスUにぶつけてでも破壊せねばならないかと考えた。全長こそ連邦のカノンU級戦略指揮戦艦やティターンズのドゴス・ギア級戦艦に負けているが、全体的なサイズでは圧倒しており、今なお地球圏最大の軍用艦艇の座を譲ってはいない。実際には空母と言うより自走要塞であり、200機近いMSの整備、運用を十分に行う能力がある。ネオジオンにとってはアクシズと並んでかけがえのない移動拠点であり、戦場の後方にあって被弾したMSを修理して送り返してくれるありがたい存在である。これを失う事はネオジオンにとって耐え難い損失であるが、コロニーレーザーに撃たれることに比べればまだマシだろう。
 だが、ハマーンが出撃した直後にティターンズは最初の照射を行ってしまった。サイド7宙域から伸びた光は4秒ほども発光を続け、地球の近くを掠めて虚空の彼方へと消え去っていく。その射線上には再建されたばかりの低軌道ステーションペンタがあった。




後書き

ジム改 ティターンズの切り札、グリプスUが遂に動き出した。
栞   でもこれ、Zだとかなり面倒な代物じゃありませんでした?
ジム改 でかいし、撃つのに時間が掛かるからねえ。
栞   威力だけは凄いんですけどね。
ジム改 まあ、この手の超大型兵器はツボに嵌れば凄いけど、使いどころが難しすぎるんだよね。
栞   でも、ジャミトフも大変ですね、暴走ゴーグルが部下で。
ジム改 UCシリーズの敵役では一番良い人なんだけどねえ。人を見る目は無かったというか。
栞   でも、これで宇宙の戦いも山場を越えますかね。
ジム改 このグリプスUの戦いの結果でグリプス戦争は決着が見えてくるかな。
栞   ネオジオンは戦わなくても自滅フラグが立ってますしね。
ジム改 あそこは内紛が伝統化してるから。
栞   原作だとハマーンさんが敵を片っ端から粛清して独裁したんですよね。
ジム改 ネオジオンを纏めるにはそれしかないのかもしれん。
栞   あそこまで怖い人にならなきゃ生き残れない環境ですね、流石に同情します。