第121章   グリプスを叩け


 連邦軍が再建した地球軌道の守りの要、ペンタは一瞬にして猛烈な光に飲み込まれた。サイド5から警告は受け取っていたのだが、それを役立てる時間は彼らには与えられなかったのだ。
 ペンタの指揮官は万が一の事を考えて物資を満載した輸送船を僅かな護衛を付けて次々に出航させていたのだが、その努力が実を結ぶには余りにも時間が足りなかった。10隻ほどのコロンブスが巡洋艦と駆逐艦の護衛を受けて出航していくのを見送ったペンタは急いで次の準備を始める。まだ埠頭には多数の船が出港準備をしていて、護衛をする為の戦艦や巡洋艦も湾外に出て輸送艦が出てくるのを待っていたのだが、彼らは一瞬にしてサイド7から延びてきた光に飲み込まれ、蒸発してしまった。それが1年戦争で使用され、恐怖の代名詞の1つとなっている超兵器コロニーレーザー砲が使用された瞬間であった。
 この照射でペンタは消滅し、ここに残っていた軍艦も全て失われてしまった。その中には貴重なカイラム級戦艦3隻も含まれていて、この知らせを受けたエニーは神を呪う言葉を漏らしたという。また低軌道MS部隊として編成されていた貴重なZプラスC1部隊も失われている。
 だが、第1射が放たれた事は連邦軍に行動の自由を与えた。ソーラーシステムと違ってコロニーレーザー砲は連射が効く兵器ではない。一度撃てばエネルギーの再充電に数時間を必要とするはずで、何らかの故障が起きてくれていれば更に時間が稼げる。
 サイド7を目指す途中で秋子の率いる大艦隊から多数の艦隊が分離し、連邦とティターンズの激突する宙域へと進んでいく。それは多数の小艦隊が纏まって動いているだけの集団であり、ここから個々の部隊に分かれてエイノー率いるティターンズ艦隊に襲い掛かるのだ。他にヘボン率いる第4艦隊主力が動いていて、エイノー直率部隊を牽制する事になっている。この大規模な艦隊の全てがただ、秋子達のサイド7突入を支援する為の陽動作戦として動いているのだ。
 秋子率いるグリプスU破壊部隊は60隻ほどの連邦軍艦隊の他に、20隻ほどのジオン共和国軍艦隊も同行していた。旧ジオン公国の艦艇は総じて足が長く、連邦の新鋭艦にすら勝る航続距離を持っているのでこの作戦に付いてこれる。とはいえ装備しているのはチベ改とムサイ改ばかりであり、無いよりはマシだが余り当てになる戦力とは言えなかった。
 

 10隻前後の戦力でティターンズの防衛線を押しに掛かる連邦軍。ティターンズもそれに反応して動き出したが、あまりの連邦艦の数に指揮を取っているエイノーはどうしたものかと眉間に皺を寄せて考え込んだ。
 連邦軍の動きは明らかにこちらの防衛線を突破しようとする物で、こちらの防衛線を数に物を言わせて全面的に押し込み、何処か弱いところから突破する考えなのだろう。その狙いは間違いなくグリプスUの筈だ。先のペンタへの砲撃が連邦の大攻勢を呼び込んでしまったのだ。

「それで、敵の総数は把握出来たのかね?」
「いえ、未だに新たな敵発見の知らせが届いていまして。重複もあると思われ、正確な数は分からない有様です」
「だが、100隻は下回らないだろうな。相変わらず数で押してくる戦法だが、レイナルドにしては少々手緩いな。奴ならもっと押してくると思うのだが」

 エニーは勇将として知られる果敢な指揮官だから、その動きには常に積極的に攻めようとする姿勢が見られるのだが、今回はそこまで積極的な動きが感じられない。広大な戦線の全域に圧力をかけてきてはいるが、強引に突破しようという意思が感じられない。一体何を考えているのだろうか。

「やはり妙だな、正面のヘボンの艦隊に動きは見られるか?」
「いえ、こちらの正面から外れぬよう距離を取りながら、位置を保ち続けています」
「あくまでも牽制に徹するつもりか。やはりおかしいな、レイナルドらしくは無い」

 あれだけの戦力を要する第4艦隊をただこちらの押さえに使うなど、消極的に過ぎる。だが第4艦隊を牽制に使っても惜しくは無いほどの別働隊が他にあるのなら、その限りではない。
 エイノーは敵に大規模な別働隊があると考え、主戦場の外にも索敵の範囲を広げるように命令した。何処かに大規模な敵艦隊が動いている筈だと。


 エイノーの読んだとおり、秋子が率いる連邦軍の別働隊は主戦場を大きく迂回し、サイド7に迫っていた。彼女が通っているルートは通常航路を大きく外れた、民間船はおろか連邦軍の軍艦も通らないような宙域で、ナビゲーション能力に優れる外洋系艦隊のリアンダー級巡洋が先頭に立って先導しながらルナツーも無視してサイド7を直撃するルートを取っていた。
 総数80隻以上の戦闘艦艇が進む様は壮観であったが、それは敵に見つからぬよう、息を潜めて静に進む艦隊でもあった。ラーグスタから艦隊をまとめている秋子は、復帰早々の大仕事に少し疲れた顔をしていた。

「初仕事としては、少々酷だとは思いませんか、マイベックさん?」
「そう思っていたから、私を参謀長に求めたのでしょう、提督?」

 秋子の隣に立つマイベックが何言ってんだという顔で上官に文句をぶつける。秋子は久しぶりの任務に臨むにあたって、1年戦争からの相棒であるマイベックを参謀長に望んだのだ。エニーもこれを快諾し、任務部隊の1つを任されていたマイベックは艦隊ごと呼び戻され、秋子の参謀長に回されてしまったのだ。

「ところで、後ろのエンドラ級はまだ付いてきていますか?」
「ぴったりと付いてきていますよ。ただ、余り追跡に慣れている風ではありませんな。あれで発見されていないと思っているんでしょうか?」
「どうなんでしょうねえ。でも、こちらの動きを気にしているという事は、ネオジオンも動いていると見て良さそうですね」

 ネオジオンもコロニーレーザーを見て動き出しているのは間違いない。こちらの動きを監視している所からすると、自分たちが仕掛けるのを待って漁夫の利を掻っ攫うつもりなのだろう。連邦軍と共同作戦を取れるような組織でも無く、戦力的にも乏しいネオジオンの事情を考えれば確かにそれしかない。
 そして秋子は、ネオジオンがどうう動こうとこちらの邪魔さえしなければ放置するつもりでいた。自分たちがティターンズと戦っている間にグリプスUを破壊してくれるならこちらとしては大助かりなのだから。
 だから秋子は追跡しているエンドラ級には手を出さないように命じていた。役に立つのならこの際ジオンでも何でも利用してやろうと秋子は割り切っていたのだ。

「それより、艦隊は無事に目的地に向かっていますか?」
「航法参謀は問題無いって言っています、信じるしかありませんね」
「なら良いんです。この艦隊が迷子になったりしたら大変ですからね」

 秋子の率いる部隊は今連邦宇宙軍が動かせる中でも最精鋭のものだ。エニーが陽動に回したのは数は多いが装備、錬度においては明らかに劣る。この一撃でコロニーレーザー砲を破壊、ないしは無力化を果たそうというのだ。そのために用意されたMSには量産が始まったばかりのジェダと現用主戦機のゼク・アイン、対MS戦専門の要撃機であるストライカーなどが中心で、小数ではあるが小数生産の超高級機も配備されている。その中でも一際目を引くのが旧エゥーゴ系の超高級可変MS群で、SガンダムやZZガンダムといった機体はその巨体も合わせてとても目立つのだ。
 そしてそれとは別の意味で目立つのが、ようやく量産試作にこぎつけたゼク・ドライだろう。17m級というジェダより2m程度小型化されたサイズは非常に小型で、1年戦争で活躍したザクなどの18m級と比較しても小さい。小型化された機体はそのまま機体重量の大幅な軽量化に繋がり、出力重量費が劇的に改善されて機動性が大幅に向上することとなった。ネオジオンのゴブリンと並ぶ小型MSであるが、あちらがコストダウンを最優先として開発された妥協の産物であるのに対し、ドライは運用面の改善と機体性能の向上を目指した技術的挑戦とでも言うべき機体であった。
 今回の作戦では教導団のクレイ大尉率いる1個試験中隊16機がこれを使い、データ収集にあたる事になっていた。

 見事な編隊を組んで高速で激しい機動を繰り返すゼク・ドライの編隊を見ていた秋子は、MSにも新しい時代が来ようとしていることを確かに感じていた。

「あれがゼク・ドライですか。素晴らしい機動性ですね祐一さん?」
「そうですね、俺も乗ってみましたが、確かに速いです。とにかく機体が軽くて、動かすのが楽でしたよ。機体重量がジェダの7割程度って話ですから当然かもしれませんけどね。ただ、軽い分反動を吸収する力は弱くなったらしくて、使えない武器が多いって話です。ゼク・アインンの大型マシンガンなんか撃ったらえらい事になるって言ってましたよ」
「私のほうにもそんな報告が来てましたね。武器は全て専用で新規開発しているとか」
「今はビームライフルだけらしいですけど、他にも色々開発してるらしいですよ。マシンガンじゃなくて手持ちレールガンも試作してるらしいですし」

 未知への挑戦とも言うべきゼク・ドライはそれまでのMSには見られなかった問題も沢山見つかっていて、それへの対策で次々に新たな挑戦が行われている。それは従来のMS開発では得られなかった新たな発見の連続で、研究者たちを歓喜させている。ただ1つ確かな事は、このMSのサイズダウンという試みは輝かしい成功を収めようとしていることだろう。サイズダウンによる重量の軽減が生み出した高い機動性と、小型高出力ジェネレーターの搭載によるパワー、そして何より主力機でさえ20m近くに達するほどに巨大化したことによる運用面の問題が解決されたのだ。大型化したMSは巡洋艦では運用が困難になりつつあったのだが、ゼク・ドライの登場で巡洋艦の格納庫に余裕をもって収める事が可能になるのだ。
 将来的には宇宙軍のMSはゼク・ドライで統一されることになる、秋子はそんな未来を思い描いていた。

「それで祐一さん、私たちのMSでサイド7の守りを突破できそうですか?」
「質、という点では何も心配してませんね。この艦隊にあるMSは間違いなく最高の物です。ただ、パイロットにもう少し凄腕が欲しかったですか」
「地球に降りているシアンさんたちがここに居れば、ですか?」
「ええまあ、シアンさんが居てくれたら迷わずに先鋒部隊をお願いするか、俺に変わってここに居てもらうんですけどね」

 北川が居れば、天野が居れば、佐祐理が居れば、ここには自分が頼りにしていた指揮官たちが誰も居ない。だから先鋒部隊は七瀬に任せるしかなかった。だが昔馴染みのエースは数が少なく、新参のエースたちに頼るしか無い。これは祐一にとってはなんともやりにくい状況だったが、今回は仕方がなかった。


 そのジオン共和国艦隊はダニガン中将の指揮の下、従来のチベ改やムサイ改に連邦から供与されたクラップ級巡洋艦なども加えた陣容で分艦隊の1つを形成し、本体の右舷に展開していた。
 ダニガン中将はMS隊をギャビー・ハザード大佐に預け、祐一の指揮下に置いている。それは何時もの事であったが、今回の彼は何時に無く上機嫌であった。いや、彼だけではなくジオン共和国の将兵全員が上機嫌であった。この作戦で彼らは初めて補給の優先順位を最上位に上げられ、更にMSも新鋭機を優先的に支給され、部隊にまだ残っていた旧式のジムUやハイザックをゼク・アインに更新してMSをアインとジムVで統一する事が出来たのだ。
 だが、急な機種転換を迫られたパイロットたちの苦労は大きかった。幾ら操縦系の規格が統一されているとはいえ操縦の癖はMSごとに異なるのが当然で、パイロットたちはひたすらMSに乗って実地で慣れようとしていた。幸いに彼らの指揮官級は全員が1年戦争の生き残りで、機種転換には慣れていたので、彼らが若いパイロットたちを指導している。
 問題は祐一から椎名繭に特別に回されてきた奇妙なMS、エトワールの存在であった。一目でジオン系と分かるフォルムに、かなり大型のビットが6基、そしてビームライフルとは思えない大型のライフル。帰ってきたエトワールを出迎えたギャビー大佐は呆れた顔で隣に居る住井に話しかけた。

「こいつが本当にmk−Xだって言うのか、どう見てもジオンのフォルムだが」
「背中の2基のビームカノンと大型スラスター、あと脚部と腰周りは大体同じでしょ?」
「言われれば確かにそうだが、この巨大なビットはなんなんだ?」
「雪見さんがシューティストのデータをベースに作った、巡航型ビットって代物らしいですよ。何でも機体に直接積むから面倒になるんだって言って、最初から十分な大きさで推進剤も沢山積めば問題は無いってコンセプトらしいですけどね」
「はあ、技術屋さんの考える事は良く分からんな。それで使い物になるのか?」
「サイコミュはシューティストに装備した奴とほぼ同じ物ですから、信頼性は確保されてますよ。ただデカイだけあってファンネルみたいな使い方は出来ないんで、MSの火力支援砲台って感じに使うか、昔のエルメスみたいに長距離攻撃に使うかですね」
「また微妙な物を使ったものだな、深山中佐も」

 なんとも微妙な顔でギャビー大佐は唸っている。まあ彼女の趣味が前に出ているハンドメイドMSと言ってしまえばその通りなのだが、本当に使い物になるのだろうか。
 そしてコクピットから降りてきた繭に住井はドリンクチューブを手渡し、どんなものかと感想を尋ねた。

「どうだい繭ちゃん、調整の具合は?」
「う〜ん、サイコミュがまだちょっと疲れるかなあ。後は良と思うよ」
「そうか、やっぱこの辺は雪見さんでないと完全には合わせられないかなあ」
「みゅ〜、雪見さん、こういう所は相変わらず……」
「機械弄り以外じゃ本当に石橋叩くタイプなのになあ」

 雪見が手を入れるMSは高性能を手にする代償としてとにかく面倒な機械になる傾向がある。そして彼女が試したいと思っている先進的なシステムを積極的に採用してしまう、実験機のようなMSになるのだ。ファマス戦役で運用されたエトワールとタイラントも高性能ではあったが、七瀬や瑞佳レベルのパイロットでなければ扱いきれない困ったMSであった。
 指揮官としては保守的で堅実な人物なのに、技術者の性とでも言うのだろうか。ジムVの開発に関わった時も性能向上の為にかなりあれこれと無理難題を出しては連邦側の技術者とぶつかり合い、結果としてジムUから格段の性能向上を遂げたジムVが完成した。特にジェネレーターをかなり強力な物に交換するという決断はコスト高を招いたものの、おかげでこの戦争が始まって今に至るまで第1線で使い続けることが可能な主力機としての地位を保つことが可能となった。強力なジェネレーターは改良された武装を問題無くドライブする事を可能とし、搭載武装の改良だけで戦況の変化に対応できたのだ。
 だが、これは流石にやりすぎだと住井は感じていた。エトワールやタイラントはベースとなったブレッタの良さもあってまだ何とかできたが、これはベースとなったmk−Xが既に扱いやすいMSでは無いのに、それに輪をかけて面倒な代物になってしまっている。サイコミュもゴータがシューティスト用に開発していた物を多少改修した程度の物で、お世辞にも使える装備とは言い難い。瑞佳クラスのNTならば扱えるだろうが、繭では荷が重いようだ。これに関しては雪見が瑞佳でないと厳しいと警告していた通りの事なので、使わせている祐一の責任だとも言える。

 その頃、もう一方の雪見印改造MSである二代目タイラントを与えられた七瀬留美中尉はというと、こちらはサイコミュなどという面倒なものも積んでおらず、純粋に接近戦向きに作られた強襲機と化していてまさに暴君の名に相応しい暴れっぷりを披露していた。

「あはははははは、さすが雪見さん、良い仕事してくれるわね!」
「ちょっと待って、止まって、これ以上やったら機体が壊れる!」

 相手をさせられていた中崎がストライカーで必死に逃げ回っている。単純なスペックではゼク・アインすら凌ぐストライカーをベテランの中崎が使っているにもかかわらず圧倒されているのだから、七瀬の腕とタイラントのパワーがどれほどの物か伺える。
 タイラントの武装はある意味平凡な物であった。シールドは持たず、防御は装甲頼みという攻撃型になっていて、武器はタイラントを象徴するような大型の有線型ビームサーベルに予備の標準的なビームサーベルが2本、これに主砲としてνガンダムと同じビームライフルを装備している。
 そして更にオプションとしてメガランチャーが用意されている。これはエゥーゴのメガバズーカランチャーの技術が入ったことで若干小型化されていて、MSでも携行が可能となっている。これらの武器を使いながら敵の守りに風穴を開けるのがタイラントのコンセプトで、指揮下には当然のように同様のコンセプトで作られたストライカー部隊が配置されている。
 ただ、タイラントのパワーは出鱈目が過ぎるようで、今なお連邦宇宙軍の主力機の中で最強を誇るストライカーの機体が斬撃を受け止めるたびに悲鳴を上げている。mk−X譲りの強力なジェネレーターが生み出すエネルギーを駆動系に大量に回しているのだろうが、おかげで接近戦に引き込めれば絶大なパワーと機動性で大抵のMS相手には優位に立てるようなMSに仕上がっている。あのジ・Oが相手でも引けは取るまい。
 ただ1つ残念なことがあるとすれば、この2機はあくまでも雪見が秋子の許可を取り付け、アーセンや住井、ゴータインダストリーの強力を受けて開発したハンドメイド機だということだろう。ゴータにデータは残っただろうが、直系の発展型が生まれる可能性は殆ど無く、この時代に大量に生まれた多くのMSと同じように歴史の中に消え去っていく運命にある。先代のエトワールとタイラントのようにだ。
 だが、それでいいのかもしれない。このような特異なMSが生まれるというのは、決して幸せな時代では無いということの証なのだから。平和な時代にはもっと相応しい、平凡だが誰でも扱える安定したMSが望まれるものなのだから、





 連邦軍にとっくにばれているとも知らず、エンドラUで追尾を続けるマシュマーは追跡がうまくいっている事に上機嫌だった。艦橋で浮ついている上官に兵たちは勘弁してくれという表情で自分の仕事に集中し、副官のゴットン・ゴーは頭を抱えたいのを堪えながら上官に進言をした。

「マシュマーさまぁ、どう考えても俺たち見つかってますって。そろそろ逃げましょうよ」
「何を言うゴットン、発見されているならとっくにMSなり船をこちらに回す筈だろう。それが無いということは未だに発見されていないということだ」
「単に相手にされて無いだけだと思いますがねえ」

 ミノフスキー粒子の濃度はさほど高くは無い。粒子をばら撒いたりすればそれで所在がばれることになるというのだろうが、思い切りのいいことだ。こういう奴とは戦わないのが長生きするコツだとゴットンは思っていたので、こんなやばい任務はさっさと切り上げてしまいたかったのだ。そもそもたった1隻の巡洋艦であの大艦隊を追跡するなど正気の沙汰ではない。この上官はネジが何本か飛んでいるから気にしていないだろうが、こっちは胃がキリキリと締め上げられるような痛みを感じているのだから。
 艦隊には連邦艦だけではなく、足の速いエゥーゴのグラース級の姿もある。もしあれに追われたら振り切れないかもしれない。

「これはハマーン様の命令だぞゴットン、ハマーン様の期待に背くことなど出来るわけが無かろう」
「はいはい、分かりましたよ。でも何時でも逃げられるように準備だけはしときますからね」
「うむ、その辺は任せよう」

 あんまり深く考えて無い様子のマシュマーは興味無さそうにゴットンに頷いたが、任されたゴットンは本当に分かってんのかなあと呟きながら航法士官と話しに行ってしまった。マシュマーが万事この調子なのでエンドラUの実務はゴットンが全てやっているような状態となっているのだが、ゴットンとしては下手に口を挟まれても困る事になると分かるだけに状況の改善の余地は無かった。早くこの人どっかに移動しないかなーと願いながら、彼は今日も報われない努力を続けるのだ。


 だがゴットンの苦労はともかく、マシュマーが送っていた情報の量と正確さはハマーンを大いに助ける事となった。彼女は常に秋子艦隊の正確な位置を掴む事が可能となり、ティターンズが秋子の迎撃に総力を傾けなくてはいけない最高のタイミングでグリプスUを襲撃する事が出来るのだから。
 定期的に送られてくるマシュマーからの通信に目を通しながら、ハマーンは自分の期待以上の仕事をするマシュマーを彼女にしては珍しく素直に賞賛していた。

「マシュマーめ、思っていたより上手くやっているようだな。未だに連邦軍に接触を続けている」
「どうなんでしょう、連邦に相手にされていないだけかもしれません」

 参謀が総上手くいくとは思えないと言うが、相手の都合がどうあれマシュマーが貴重な情報を送り続けていることは間違いないのだ。生きて帰ってきたらその功績を認めてやら無くてはいけないだろう。
 ハマーンは連邦軍の進路と進撃速度からティターンズとの会敵予想ポイントを幾つか割り出し、何処でぶつかったらどういう風に動くのかを参謀たちと相談しあっていた。旗艦設備である作戦室で中央に置かれている大型のテーブル型戦術スクリーンに各勢力の部隊を表示させ、それを動かしながらこの後の流れを考えている。

「ティターンズと連邦の主力はサイド6とルナツーで今も向かい合っています。サイド6ではエイノー提督率いる艦隊とヘボン少将の連邦第4艦隊が交戦を続けていて、双方ともかなりの被害を出している模様です」
「2箇所に艦隊を展開させながら、更にサイド7を直撃する艦隊を用意出来るとは、羨ましい物量ですな」
「全くだが、嘆いても始まらんな。それでティターンズは連邦の3つ目の槍には気付いているのか?」

 参謀たちのボヤキを辞めさせてハマーンは問う。それに情報参謀が答えた。

「発見してはいないようですが、気付いてはいるようです。エイノー艦隊が周辺に多数の偵察機を放ったようですので」
「流石に勘が良いな。こちらとしても見つけてもらわん事には作戦に支障が出る、何とかせねばならんな」
「バスクに通信でも送ってやりますか、ここに連邦軍がいるぞと」

 そのジョークに全員が苦笑いを浮かべたが、流石にそれは不味いだろうと却下された。そんな通信を送れば自分たちの位置もばれてしまう。
 だがこのままでは確かに困るので、偵察機に連邦艦隊が見つかるように小細工をする事にした。過去に鹵獲された連邦軍のMSを使って適当に誘導してやる事を考えていた。連邦がこのままグリプスUに雪崩れ込んでくれてもいいのだが、そのまま奇襲成功して線化拡大に向かい、サイド7を制圧されてジャミトフを捕虜にされたりしたら困るのだ。もしティターンズが破れれば返す刀でネオジオンも片付けられてしまう。
 連邦とティターンズの戦いを長引かせる事こそがネオジオンの基本戦略であった。出来ればその間に連邦と停戦に持ち込むべきだとハマーンは考えていたが、それは流石の彼女でも口には出せなかった。未だにネオジオンには性質の悪い教条的な主戦派が多く、中には華々しく戦って有終の美を残すべきだなどと叫ぶ者までがいる。
 ネオジオンは停戦命令に従わなかったジオン残党軍の寄せ集めなので、どうしても軍国主義者の集団になってさいまうのだが、それが戦略の足を引っ張っている。ハマーンにしてみればどいつもこいつも額に拳銃で孔を開けてやりたくなるが、まさか本当にやるわけにもいかない。もしやるなら真っ先にデラーズに撃ち込むだろうが。
 ハマーンは部下たちが続ける図上演習を観察しながらそんな物騒なことを考えていたが、頭を切り替えようとマシュマーからの報告書に再度目を通し、1つ忘れていた事を思い出した。

「そういえば、マシュマーが送ってきた連邦の新型機に関する情報は出てきたのか?」
「ああ、それでしたらこちらに」

 情報参謀が積まれているファイルの中から1つを取り出してハマーンに手渡す。それを受け取ったハマーンはファイルに目を通し、僅かに眉を潜めた。

「ゼク・ドライ?」
「連邦がグリプス戦争前、ゼク・アインの量産ごろから開発をスタートさせたらしい次世代MS開発計画の中の1つです。試作機が幾度か戦場で目撃されたことはありますが、どうやら量産化に成功したようですな」
「性能は分かっているのか?」
「残念ながら詳細は不明ですが、これまでに目撃された際の映像データなどから機動性はゼク・アインを完全に超えていると判断されています。交戦データが無いので火力や防弾性能は不明ですが、アインより劣る事は無いかと」
「……ギラ・ドーガより強力なMSということか?」
「残念ながら、元々ゼク・アインでもギラ・ドーガにそう劣るMSではありませんでしたから、それの後継機となれば」

 こちらがやっとの事で安価で連邦軍に十分対抗できる性能の量産機を手に入れたというのに、あちらはそれを上回る新型の開発を進めていたわけだ。ティターンズはグーファーを持っているし、エゥーゴもかつてはネロという高性能量産機を使っていたから、この分野ではむしろネオジオンが遅れているだけだと言える。
 代わりにネオジオンはNT専用機の量産化やシェイドなどの実用化で質の差を埋めているのだが、このNT専用機も最近は微妙であったりする。主力機であったキュベレイ系はもう性能の不足が著しく、ハマーン自身も遂に愛機としていた白いキュベレイを捨て、サイコフレームのテストを兼ねて試作されたギラ・ドーガをベースとした試作機、ヤクト・ドーガに乗り換えている。実はこの前にもサイコミュ試験用のレーテ・ドーガという機体が試作されたのだが、サイコミュの小型化に失敗してしまい、満足な結果が得られなかった。その後レーテ・ドーガは赤く塗られてキャスバル用とされたが、彼がこれで戦場に出ることは無いだろう。彼が乗るのはヤクト・ドーガのデータを組み込む形で試作が行われている新型機になる予定であったから。
 ただ、連邦軍がサイコミュ搭載型との情報があるのにサイコミュ兵器を使わないガンダムを投入しているのを見て、サイコミュを搭載しない一般兵用として新型を少数生産してはどうかという意見も出ている。サイコミュ関連による設計変更を除けば、機体そのものは試作機は完成し、テストを実施している段階にまで来ているのだから。
 グラナダでAMS−04の番号を振られて開発されている、将来的にはキュベレイ、ゲーマルクに続く新たなNT専用量産型MSとなる予定の機体は順調にテスト項目を消化している。後は小型サイコミュが完成すればNT対応型への改修が行えるのだが、こちらは少々難航していた。アナハイムが存続していれば今頃は実戦配備されていただろうが、エゥーゴの崩壊とアナハイムの解体という混乱の為に開発が停滞していたのだ。ネオジオンがグラナダを接収して混乱を収拾した後に開発を再開したのだが、その停滞期間の間にフォン・ブラウンで行われていたNT対応型ガンダム開発計画に遅れを取ってしまったらしい。
 ハマーンが持ってきたMSN―03ヤクト・ドーガもサイコフレームを採用してサイコミュを小型化することに成功しているが、それでもギラ・ドーガがベースの機体に無理に詰め込んだ為にMSとしては問題を残す機体となっていて、量産化は見送られる事となっている。ハマーンが使っているのは試作はされた機体の1機で、彼女のパーソナルカラーである白色に塗り上げられている。最大の特徴は新形のファンネルを両肩に6基装備している事で、従来の漏斗型ファンネルより火力、稼働時間共に改善されている。ただ大型化してしまい、搭載できる数は減ってしまった。

 このハマーン艦隊にはハマーンのヤクト・ドーガの他に4機のゲーマルクと6機のキュベレイが持ち込まれていたが、グリプスUに殴り込むにはこれでも頼りない。あと頼りになりそうなのはデラーズから借りてきたシェイド部隊で、1個中隊が運用する2隻のエンドラ級巡洋艦と共に作戦に加わっている。ただこのシェイド部隊、ハマーンにも正確な情報は与えられているとはいえず、強化人間のようなものと教えられているだけだった。
 ただ模擬戦でハマーンの部下たちが交戦した際の報告ではいずれもかなりの凄腕で、NT部隊のパイロット並の実力の持ち主も居るらしく、ハマーンとしては喜んでもいられない問題となっていた。デラーズの指揮下にはこのシェイドで編成されたMS隊が1個大隊はいる事が確認されており、実際にはそれより多い事は確実とも見られている。更にアクシズ時代から研究され、実行に移されていたクローンNT、プル計画も掌中に収めているので、これも戦力化されていたらかなり厄介な事になるだろう。地球への帰還時にはまだ未完成であったはずだが、今はどうなっているか。

「まあ、この問題はサイド3に帰還後に考えればよかろう。今は目の前の事だ。グリプスの防衛はどうなっているか?」
「以前に偵察機の撮影した映像データの解析から得られた物ですが、ドゴス・ギア級と思われる大型戦艦が3隻に、巡洋艦が40隻前後、駆逐艦も同数と見られます。MSに配備数は600機前後というところかと」
「600か、思っていたより少ないな。その倍はいるかと思っていたが」
「正確な数は分かりません、あくまでも予測ですのでこれより多い事も十分に考えられます。ただ、教育部隊なども多く数ほどには脅威とはならないかと」
「だが、我々のMSはミドロの艦載機を含めても400機に届かない、やはり連邦頼み以外に手は無いか」

 400機となればかなりの大軍だが、会戦クラスの戦いに投入する数としては十分とは言えない。1年戦争、ファマス戦役における主要な戦いでは両軍が十分な準備を整えて数十隻の船と数百機の数のMSを投入しあって激突する事が多かったため、この程度では少なく感じてしまうのだ。
 だがこれはネオジオンの保有する全MSの30%にもなる。諍いの耐えないキャスバルとデラーズであったがこの作戦の重要さを考えて出せるだけの兵力を預けてくれたのだ。ただそれだけ頑張ってもまだ不足だったというだけのことだ。





 ハマーンの小細工は功を奏し、ティターンズの偵察機は不信な機影を追った先で連邦軍の艦隊を発見する事となる。1個艦隊規模の艦隊が通常航路を外れた宙域をサイド7目掛けて進軍しているとの知らせを受けたエイノーは部隊を下がらせつつ一部を割いてそちらの妨害に向かわせようとしたが、それはヘボンによって阻止された。
 エイノー艦隊の攻勢が止まった事に気付いたヘボンは、水瀬艦隊が発見されたのだとすぐに悟った。まだ水瀬艦隊がサイド7に到達する時刻ではなく、後方からの救援要請が来る筈が無い。それ以外でエイノーが退く理由があるとすれば、水瀬艦隊を自分で発見して対応に動いた場合だ。

「ティターンズは水瀬提督を発見したようだな」
「流石はエイノー提督ですな、こちらの動きを見抜いていた訳ですか」
「消極的過ぎたかもしれんな、それで怪しまれたか」

 ヘボンは提督用の椅子から降りると、全軍に全面攻勢に出るよう命じた。

「全軍に通達、敵を逃がすな、ここに拘束するんだ。水瀬提督の所に行かせてはならんぞ!」

 ヘボンの命令を受けて第4艦隊が全面攻勢に転じ、後退を開始したエイノーの直卒艦隊にメガ粒子ビームとミサイルを叩きつける。第4艦隊の追撃を受けたエイノーは後退を中止し、防御スクリーンを強化して敵の攻撃を受け止める他無かった。

「連邦艦隊、攻勢に転じました!」
「正面の旧式戦艦群が砲撃を集中してきています。両翼の巡洋艦部隊は急速に接近中!」
「くそっ、こちらの動きを見抜いたか。他の部隊はどうだ?」
「駄目です、何処でも連邦軍は攻勢に転じたようで、後退に成功した部隊はありません!」
「敵第4艦隊から艦載機が出てきました。総数およそ150機!」
「……サイド7に通信を送れ、こちらから部隊を割く事は困難、現有戦力で敵別働隊に対処されたし、とな」

 残念ながら、第4艦隊主力を相手にして別働隊を妨害できるだけの艦を割く余力をエイノーは持っていない。こうなれば危険ではあったがサイド7の防衛艦隊に任せるしかない。
 エイノーは別働隊の始末をバスクに任せると、全軍に後退を止め、総力をもって反撃するように指示した。こうなれば目の前の敵を撃破した後に反転する以外に取れる手は無く、エイノーとしては望んでもいなかった真っ向からの総力戦をするしかなかった。



 エイノーから警告されたバスクは罵声を放ったが、それで接近中の艦隊が消えてくれるわけではない。仕方なく周辺に展開中のパトロール部隊も呼び集めて迎撃する他なかった。バスクはジャミトフにグリーンノア1のティターンズ本部に移るように求めた。

「閣下、私がドゴス・ギアより迎撃の指揮を取ります。閣下は万が一に備えてティターンズ本部にお移り下さい」
「うむ、頼んだぞバスク。しかし、こうも早く動くとはな。エニーも思い切ったものだ」
「はあ、もう少し迷うと思っていたのですが」

 すぐにコロニーレーザーの破壊に乗り出してくるとは予想していたが、ここまで対応が早いとは思っていなかった。せめて第2射を照射する余裕はあると思っていたのだ。2射目は出力100%でフォスターUを撃ち、これを破壊して戦況を有利に持っていこうと考えていたのだが、まだ砲身の冷却に3日は掛かる。そこから再充電を開始しなければいけないので、発射まであと5日は掛かると見なくてはならない。
 せめて30%程度の照射を敵艦隊に向けられれば良かったのだが、冷却が終っていなければそれも叶わない。サイド7にある通常兵器で迎え撃つ他なかった。幸いにしてサイド7には新旧合わせて1000機以上のMSがある、進行してくる連邦軍に対して数では有利に戦える筈だった。





後書き

ジム改 珍しく3勢力の総力戦になりそう。
栞   ゴットンさんが可哀想でしたねえ。
ジム改 思いっきり笑ってるように見えるんですが?
栞   いえいえ、気のせいですよ。
ジム改 しかしまあ、マシュマー君が完全に道化なのは確かなんだがな。
栞   しかし今回、本当にこれまでのメインキャラが少ないですね。
ジム改 変わりに公式とMSVエースたちがわんさか出てきます。
栞   そんな知名度無いマイナーキャラに用は無いです。
ジム改 お、お前なあ。どいつも桁違いの凄腕なんだぞ。
栞   大体、何でジオン共和国にそんなに凄腕がいるんですか?
ジム改 1年戦争終盤に逃げ出さずに本国の守りに戻った生き残り部隊だから。
栞   何処までも難儀ですね、ジオンって。
ジム改 まあ、最初から最後まで1つに纏まれない組織だったから。
栞   なんというか、戦力的な問題以外にも短期決戦に拘った理由があるような気がしますねえ。
ジム改 長引くと仲間割れおこすからってか。笑えん話だなあ。
栞   それでは次回、もう説明は不要ですね、連邦とティターンズが久しぶりに宇宙で大規模な会戦をしますよ、本当に久しぶりにど派手に戦う話になりますよ。次回「三つ巴の決戦」で会いましょう。