第122章  三つ巴の決戦


 

 宇宙世紀0088年3月15日、秋子率いるグリプスU攻撃部隊は遂にL3にあるサイド7宙域に侵入した。だが彼らを出迎えてくれたのはティターンズの艦隊でもなければMSでもない、広範に散布された機雷原であった。
 慌てて撒かれたと思われる大量の機雷は整然とした配置をしておらず、最大の効果を期待することはかなり難しいだろうが、ラーグスタの艦橋にいる秋子はこれに渋い顔をし、マイベックが露骨に舌打ちをする。このまま最短コースを進む為にはこの機雷を排除しなければならないのだ。だが普通に掃宙艦で排除をしていては余りにも時間が掛かりすぎる。
 秋子はここを砲撃で突破する事にした。艦隊の砲撃を集中させ、無理やりに心理を切り開こうというのだ。秋子の命令を受けて全ての艦がラーグスタの照準に合わせて砲撃を開始し、機雷を掃除しに掛かった。艦砲の直撃を受けた機雷が1つ、また1つと吹き飛んでいき、熱源を感知した周囲の機雷が動き出す。
 暫くそうやって機雷の排除を続けていると、光学観測班から機雷原の向こうに艦影を確認した。多数の艦艇がこちらに集まってきているようで、一際巨大な艦影はティターンズの象徴とも言えるドゴス・ギア級戦艦だろう。どうやら爆発の光に集まってきたらしい。

「ふぅむ、この機雷はこちらが何処から接近してくるかを調べる意味もあったようですね」
「慌てて時間稼ぎの為にばら撒いただけかと思っていましたが、バスク・オムも考えましたね。これならミノフスキー粒子を散布していてもこちらを探せますか」
「ですが、あの数ならば恐れる事もありません。ここは多少危険ですが突破してはどうでしょうか提督?」

 マイベックがある程度開けた機雷原の穴に艦隊を突入させてはどうかと進言するが、秋子は暫く考え込んだ末にそれを取らず、MSを出して攻撃するように命じた。それは総力戦をやるつもりなのかとマイベックは尋ねるが、秋子は考えがありますとだけ答えた。

「マイベックさん、後ろのネオジオンの巡洋艦はまだ付いてきていますよね?」
「はあ、それは間違いありませんが」
「恐らく、私たちの位置をティターンズに流したのは彼らですよ。私たちに面倒なのをぶつけようとしているのでしょうね」
「……提督、それが分かっていたのならどうして始末しなかったのです?」

 囮に使われたのに秋子は涼しい顔だ。それがマイベックには不思議だったのだが、秋子の返事はある意味彼女らしいものであった。

「いえ、ネオジオンの動きを考えると彼らもコロニーレーザー砲の破壊を狙っているようですから、厄介な仕事をやっていただけるのならお任せしようかと」
「それでは、我々はここでこのまま敵艦隊と総力戦をすると?」
「はい、せっかくティターンズが虎の子の主力艦を出してきてくれたんですから、ここで沈めておきたいじゃないですか」

 最初からネオジオンに任せるつもりで事を進めていたのだろうか、この人は。流石にそれは無いと思いたいが、この人は笑顔で時々怖い判断をする事があるということを良く知っているマイベックとしては、その可能性を否定できなかった。



 作戦目標が目の前の敵艦隊の撃滅だと伝達され、各艦艇では将兵の間にどよめきが起こった。強行突破するものと誰もが思っていただけに、まさかここで敵艦隊を撃滅しろなどと命じてくるとは思っていなかったのだ。
 だが、ティターンズ艦隊を叩き潰せという明確な目標を与えられた将兵は奮い立った。それにサイド7に殴りこむよりも相手にしなければならない敵の数は少ない筈で、それだけ楽な勝負が出来る。
 総力戦を命じられた祐一はとりあえずサイド7への攻撃用に編成を済ませていたMS対をそのまま使うことにし、第1波の出撃を命じた。

「七瀬、ちょっと予定と変わっちまったが、仕事は一緒だ。第1波を率いて敵MSを叩いてくれ!」
「まあ良いけどさ、遅れずに増援を出してよ、孤立するのは嫌だからね」
「その辺は任せろ。あと俺も第2波と一緒に出るから、突破口を切り開くのは頼んだぞ」
「りょ〜かい!」

 いまいち気合の入っていない声で返事を返した七瀬はタイラントを移動させ、ラーグスタのカタパルトの上に足を乗せ、射出姿勢をとる。

「七瀬留美、タイラント行くわよ!」

 七瀬の掛け声に合わせて甲板長がOKを出し、信号灯が赤から青に切り替わってタイラントを乗せたカタパルトで射出される。それに続くようにラーグスタの反対側のカタパルトから、周囲の戦艦や巡洋艦、空母からストライカーとゼク・アインが出撃し、七瀬機を中心として隊形を組み始めた。
 七瀬隊の仕事はあくまでも敵の迎撃機の撃破と敵艦隊への進撃路を作る事で、敵艦の撃沈では無いので対艦攻撃装備の機体は1機もおらず、すべて対MS戦装備となっている。ゼク・アインも標準的な第3種兵装機に支援用の第2種兵装機が混じっている。
 100機ほどのMS部隊は隊形を組み終えるとティターンズ艦隊に向けて移動を開始するが、それを近付かせまいとティターンズのMS部隊も展開を開始する。それはグーファーとバーザムで編成された100機ほどの部隊で、質的にはこちらにやや勝っているかもしれない強力な迎撃部隊であった。

「あら、思ってたよりも面倒な相手かも……」
「おいおい、グーファーだけで40機くらい居るぞ、出鱈目だろ!?」

 幾らこちらの主力がストライカーだとはいえ、流石にこれは手に余る戦力だ。グーファーの性能は主力機としては破格でmk−Xやゼク・ツヴァイでもなければ勝つのは難しい。今回は中崎と南森がmk−Xに乗り、七瀬はタイラントに乗っているだけで高級機の支援は無い。切り札と言うべきエースたちと高級機は祐一が第2波として待機させているからだ。
 最初はそれを受け入れていた七瀬であったが、流石にこれを見せられては祐一に増援を求めないわけにはいかなかった。グーファーを相手にするなら3倍程度の機数をぶつけなくては勝てたとしても大損害を免れない。

「こ、こちら七瀬、至急増援を求めます!」
「相沢だ、こっちでも確認してる。くそっ、情報部の馬鹿野郎め、サイド7のMSは旧式機ばかりじゃなかったのかよ」
「1000機のうち100機が主力機だったっていうなら、旧式機だらけっていうのも間違っちゃ無いわよ。それより早く増援お願いね、長くは持たないかもしれないから!」

 そう言って七瀬が通信を切る、どうやら戦闘に入ったようだ。祐一はチラリを秋子を見やり、彼女が頷くのを確かめるとまだ待機させていたエゥーゴ艦隊の旗艦、アイリッシュ級戦艦カルデラのヤング准将にMS隊を出撃させるように指示を出させた。




 増援を求めた七瀬は部下たちにすぐに増援が出てくると言って部下を励まし、先手を取るべく抱えているメガランチャーを敵機の群れに向けた。タイラントはメガランチャーがオプションとしてあり、距離を詰められるまではこれで砲撃をする事ができる。近づかれたら背部のビームキャノンで牽制しつつ接近戦に持ち込めばいいのだ。

「さあ、メガランチャーの威力、見せてもらうわよ雪見さん!」

 トリガーを引き絞ると同時に強烈な閃光が走り、モニターが光量調整でしばし暗くなる。放たれたメガ粒子の束が敵MSの群れを貫き、至近を掠められたグーファー3機が装甲を融解させ、泡立たせている。その威力に怯んだのか、残りの機は慌てたように散会していく。その散った敵機を狙ってストライカーとゼク・アインが襲い掛かり、乱戦に持ち込んだ。
 そして七瀬もメガランチャーを背部に固定するとビームライフルに持ち替え、僚機とはぐれたのか1機で戸惑っている様子のグーファーに襲い掛かった。





 命令を受けたヤング准将は待遇悪いなあと零しながらも第2波用に準備していたMS隊に出撃命令を出した。この作戦に合わせてエゥーゴにはそれまで使っていたエゥーゴ用MSを返却されていて、一時的にとはいえかつての精鋭の威光を取り戻していた。
 指揮官であるフレデリック・クライン大尉は返却されたSガンダムの前で最後の調整を続けていたのだが、そこに突然ヤング准将から出撃命令が来てどういうことかと問い返していた。

「出撃、ですか。まだ早いのでは?」
「司令部からすぐに出せとのことだ、敵がいきなり数十機のグーファーを出してきたらしい」
「数十機のグーファーって、冗談でしょうそれ?」

 エゥーゴ時代、グーファーの相手はネロでさえ厳しかったということを嫌というほど知っているそれが数十機となれば冗談ではすまない脅威だ。Z系以降の超高級機ならともかく、ネロやリックディアス系ではかなり苦戦を強いられてしまう。ましてネモ系では相手にならない。そんな化け物が大量に出てきたのでは、第1波の部隊では手に余るのも仕方が無いかもしれない。
 だが、応援といわれても旧エゥーゴの部隊は数が少ない。MS隊にしてみても連邦軍の1個大隊を編成するのにも足りてはおらず、変則的な1個大隊という形になっている。ただ返却されたMSはガンダムタイプが半数を占めていたので、大隊の半数ほどがガンダムタイプという異常な状態になっている。あとの半数はネロで、質的にはこの場で最強の部隊かもしれなかった。

 命令とあっては仕方が無く、クラインは舞とトルクを呼んで出撃することを伝えた。案の定舞もトルクも何でという顔をするが、事情を説明された2人はなんとも嫌そうな顔をしていた。これまでに幾度も酷い目にあわされている相手が山ほど居るとなれば、それは嫌になるだろう。

「またグーファー、私は百式改だからちょっと不利」
「俺はZZを使わせてもらうから何とかなるが、ZZって動きが微妙なんだよなあ。バイオセンサーのせいで扱い辛いし」

 舞は使い慣れている百式改を選択し、トルクはSガンダムを除けば最強のZZを選んでいる。だが百式改は性能面でグーファーに優越できず、パイロットの技量頼みとなる。トルクは移動要塞のようなZZガンダムを貰い受けているので性能では問題は無かったが、ZZは大火力に特化しすぎて必ずしも扱い易いMSではないというのが問題であった。まあ突撃型のトルクには合っているのかもしれないのだが。
 クラインと舞、トルクが母艦から出撃したMS部隊をまとめ、それぞれ1個中隊程度の数を率いる。ZZ系やZ系、百式系が大量に含まれるMS部隊はかなり贅沢であったが、恐らくこの戦いで使用するのが最後の花道となるだろう。連邦軍では部品の供給は出来ないのだから。
 出撃したエゥーゴの部隊は七瀬たちが戦っている戦場に向かうが、その途中でそれに対応するように出てきたティターンズのバーザム部隊とぶつかる事となった。小隊ごとに散開しながら四方から迫ってくるバーザム隊の第1波の突撃で部隊を散開させられたエゥーゴMSに続けて突入してきたバーザムの2波が襲い掛かり、乱戦に引き込もうとする。
 だがエゥーゴのベテランたちは易々とティターンズの思惑に乗ってはくれなかった。彼らは中隊の形を崩す事は無く第2派を迎え撃ち、逆に彼らに大損害を強いて見せた。
 クラインがSガンダムのビームスマートガンで近付かれる前にバーザムを砲撃し、1機を撃破する。ビームスマートガンは連邦でも使われている長距離狙撃砲だが、エゥーゴが最も多用している火器だ。一方ティターンズはビームスマートガンよりも射程と威力で勝るフェダーインライフルを長距離砲として採用しており、もっぱら対艦攻撃に役立てていた。
 クラインに続いてビームスマートガン装備のリックディアスUやZUが同じように近付かれる前に叩き落そうと砲撃を開始し、更に3機のバーザムが撃墜される。だが残りは怯むことなく突入してきて、今度はトルクと舞に迎え撃たれた。ZZガンダムのダブルビームライフルが迫るバーザムに放たれ、慌てふためいたバーザムたちが四方に散る。その威力はMS用ビームライフルとしては余りにも過剰で、MAのビーム砲並の威力があるビームを2発同時に放ってくるのだ。食らう方としてはたまったものでは無いだろう。
 ZZが敵機をその大火力で寄せ付けないのとは対照的に舞率い百式部隊は敵機との距離を詰めて接近戦を挑んだ。百式の本領はその軽量な機体からくる運動性にあるので、距離を詰めないとその特性を生かせない。運動性を除けば百式系は普通のMSでしか無いのだから。
 バーザムが放ってきたビームを急な横滑りで回避した舞はそのままバーザムの脇をすり抜けながらビームサーベルを一閃し、バーザムを上下に両断して次の敵に挑んでいく。だが2機目は舞が手誰だと察したのか距離を詰められないように最初から逃げ腰になっていて上手く距離を詰められず、舞に悔しそうな顔をさせる。

「……バーザムなのに速い。背中のバックパックといい、改良されてる……?」

 このバーザムたちは舞の知っているバーザムとはやや形状が異なっていて、背中にmk−UやジムVのようなバックパックを背負っている。これはペズン製バーザムに見られた改修であったが、どうやらそのペズン製バーザムをベースに作られた改良型のようだ。だがシールドとビームライフルは見慣れない型で、全くの新型を開発して装備させているらしかった。
 このビームライフルが意外に連射性能が高く、舞に連続した回避運動を強要してきている。威力はジムVなどが装備しているボウワ社製の連邦標準型ライフルより上という程度だろうが、装甲が紙の百式改が食らえば無事では済まない。舞は知らなかったが、ティターンズはジェガン用の新型ビームライフルとシールドを標準装備として採用する事を決めていて、ジェガンの採用の前から配備を始めていたのだ。この部隊は新装備の供給を受けやすいグリプス配備の部隊だから、装備の更新が間に合っていたのだろう。
 攻撃型だけにシールドを装備しない百式系は、もう前線では使えないMSになりつつあるのだろう。これが最後の使用になることを半ば予想しながら、舞は次のバーザムにビームを放った。



 連邦軍を迎え撃っていたのはバスクから迎撃艦隊を任されていたシロッコだった。ロンバルディアを旗艦として迎撃の指揮を取っていた彼だったが、機雷で敵艦隊の足を止めたまでは良かったものの、それ以降の敵の動きが思っていた以上に鈍いことが気に掛かっていた。
 敵からは多数のNTの気配を感じる。アムロ・レイや長森瑞佳といった強力なNTはいないようだが、それでも両手で数えるくらいの気配はある。その中には何時の間に現場に戻ってきたのかは知らないがあの水瀬秋子の物もあるのだ。だが。秋子が指揮をしているのに何故こうも動きが鈍いのだろうか。

「おかしいな、彼女の立場であればここは無理をしてでも突破を図る場面だと思うのだが、何故攻めてこない。目的はコロニーレーザーだろうに?」

 相手の出方が読めずに少し苛立っていたシロッコは隣に立つサラに意見を求めた。

「サラ、お前は敵の動きをどう見る?」
「ここでこちらと総力戦をするつもり、としか思えませんね。積極的に突破しようという陣形ではありません」
「お前もそう思うか。だが、彼女たちの目的はコロニーレーザーの破壊ではないのか?」
「そこまでは流石に分かりかねます」

 困った顔で返してくるサラにシロッコも何も言い返せず、視線を前方の敵艦隊に戻す。一体何を考えているのだろうか、あの女は。何を狙っているのか分からないのでこちらも迂闊に部隊を動かすことが出来ない。もしかしたら更に未発見の別働隊が居て、そちらがサイド7を目指しているのかもしれないが、幾ら連邦軍の戦力が潤沢だとは言っても4つ目の槍を用意するほどの余裕があるのだろうか。
 まさか、ネオジオン艦隊が動いているとは思っていないシロッコは連邦軍が無理やり戦力を集めて更にもう1つ別働隊を動かしている可能性を真剣に考えていた。だがこれまでの情報を考えると連邦にそこまでの余力があるとも考え難く、もし本当に動いているならこれまで考えていた自分たちの予定を考え直さなくてはいけないだろう。

「ふむ、念のため、バスクに敵の更なる別働隊の可能性を知らせておくか。我々が目の前の艦隊を敗退させても、コロニーレーザーを失えば何の意味も無いからな」
「ですが、グリプスにはリーフとドゴス・ギアを除けば碌な戦力が残っていません。勝てるでしょうか?」
「なに、その辺はリーフの健闘に期待するさ。もし勝てないようなら、我々は独自の行動を起こすまでだしな」
「独自の行動?」

 シロッコには何か考えがあるようだが、そこまではまだサラにも話してはいない。だがその独自の行動というのがなんであるかはサラにも予想が付いた。恐らくシロッコは、ティターンズと手を切って連邦に下るか、木星への帰還を考えているのだろう。
 だが、今そのようなことに気を取られていてはこの戦いで命を落としかねない。サラはそれを危惧して敬愛する上司に注意を促した。

「パプテマス様、今は目の前の敵に集中された方が。相手はあの水瀬秋子提督です」
「……ふむ、気が散っているように見えたかな?」
「いえ、心ここにあらずと見えましたので」
「なるほどな、それはすまなかった」

 サラにこうも簡単に見破られるとは、自分もそれだけ余裕を無くしているのだろうかと反省しながら、シロッコは気持ちを切り替える為に軍服の襟を正す。そして改めて視線を正面に向けたとき、オペレーターの緊迫した報告が届いた。

「艦長、哨戒に出ていた第74哨戒艇より報告、こちらに向かう新たな連邦艦隊を発見せり!」
「なんだと、方位と数は?」
「方角は2時15分、仰角30度。艦数は8隻、うち1隻は戦艦クラスとのことです」
「その数だと、こちらに急行していた敵の任務部隊でしょうか?」
「だろうな、現地での合流を考えているのだろう。だが戦艦を含む8隻か、少々厄介だな」

 これ以上連邦軍の数が増えるのは好ましくは無い。見たところMS同士の戦いは押しも押されもせぬ消耗戦の様相を呈しているようだが、それは回復力で劣るティターンズにとっては決して好ましい状態ではないのだ。まして水瀬秋子の狙いが消耗戦に引きずり込むことにあるのだとすれば尚更だ。
 シロッコはここでの戦いを続けるか、長引かせるかを考えなくてはならなくなった。可能であれば強引に短期決戦でケリをつけ、しかる後に体制を整えて増援も撃破したい。だが、それをするには戦力差が少なすぎる。MSを艦外にワイヤーで牽引する方法まで使って数を増やしているおかげでMSの数はこちらの方が上回っているが、それでも決定的に有利と言えるほどではない。
 しかも運用能力をはるかに超える数のMSを持ってきているので補給能力はかなり劣っている。長期戦を戦える編成ではないのだ。連邦のように空母でも持っていれば別だろうが、ティターンズはその運用の関係で空母ではなく航空巡洋艦的な船を重視している。アレキサンドリア級をはじめとする重巡群はその具現化であるし、ドゴス・ギア級戦艦もその延長線上にある。それらは同クラスの連邦艦に比べると性能に勝っていたのだが、やはり巡洋艦であり戦艦なのだ。MSや航宙機の運用を専門に行う空母に比べるとどうしても効率が悪くなる。
 基本的に貧乏な勢力ほど万能艦を求める傾向が強い。空母は強力だが脆い艦で、護衛艦を付けて守ってやらなくてはいけない。それが出来るのは十分な数の船を用意できる勢力だけで、それが出来ない勢力は空母自身も自衛能力を必要とするようになり、アレキサンドリア級のような航空巡洋艦になってしまう。

 長期戦になればいずれこちらが押し切られる。そう判断したシロッコは短期決戦を目指すことにしたが、問題はどうやって連邦軍を追い返すかだ。損害を恐れないという点では間違いなく連邦に軍配が上がるので、こちらの損害を減らさなくては負けなのだ。

「サラ、タイタニアの用意は出来ているか?」
「は、何時でも出せます」
「よし、ではタイタニアで待機していてくれ。第2波で出てもらう」
「了解しました、パプテマス様」

 艦橋を出て行くサラを見送ったシロッコは、敵の右翼部隊に駆逐艦部隊を突入させることにした。何処かを崩して秋子に揺さぶりをかけ、突破口を見出したいのだ。
 シロッコの命令を受けた駆逐艦部隊が散開し、機雷原を避けながら思い思いの方向から連邦右翼部隊へと投入していった。
 連邦右翼部隊を率いるのは戦前から秋子の部下として活躍していたシドレ准将で、巡洋艦ノースカロイナを旗艦とする部隊を率いている。元々は駆逐艦部隊を率いて戦場を駆け回っていた提督も、今では艦隊の一翼を任されるほどに出世していたのだ。その彼に向かって駆逐艦部隊が突撃してくるというのも運命の皮肉という者だろうか。
 駆逐艦の運用に熟達していたシドレはマエストラーレ級駆逐艦の特性をよく理解している。あれはセプテネス級とは違い、至近距離からミサイルを発射して逃げるような艦ではなく、高速で駆け回りながら四方からビームを浴びせてくる為の艦だ。自分ならどう攻撃を仕掛けてくるかと考えたジンナは、戦い方を決めると指揮下の艦に指示を出した。

「全艦、敵艦の艦首方向に砲撃を加えて足を止めろ。奴らはこちらの左右に回り込んでくるぞ!」
「突撃してくるのではないのですか?」
「セプテネス級ならそうするだろうが、あれはマエストラーレ級だ。ミサイルよりも艦砲で戦うだろう。私ならそうする」

 シドレの命令を受けて12隻の巡洋艦が砲撃を開始し、迫る駆逐艦部隊の進路上にビームの投網を投げかける。それまで駆逐隊単位で動いていたティターンズの駆逐隊はこのビームから逃れようと激しい機動を繰り返し、技量の劣る艦から脱落していく。しかしそれでもティターンズ駆逐艦は1隻、2隻という数でシドレ分艦隊に突入し、四方八方からリアンダー級巡洋艦に砲撃を浴びせかけた。
 巡洋艦は防御スクリーンを持っているので駆逐艦の砲撃では容易に防御を破ることは出来ないが、複数方向からビームを打ち込まれればどうしても防御スクリーンに回すエネルギーを全周に回さねばならず、どうしても全体が薄くなってしまう。これが戦艦同士の同航戦ならば一方に全エネルギーを集中し、単純な力と力の勝負に持ち込むことも出来るのだが。
 立て続けにビームを撃ち込まれたリアンダー級巡洋艦の1隻が右舷側の防御スクリーンを撃ち抜かれ、船体に直撃を受けて激しく揺さぶられた。装甲は防御スクリーンで減衰したメガ粒子ビームの直撃に何とか持ち堪えたようだが、先ほど撃ち抜かれた影響で右舷側の磁性体が損傷しているので、この次同じ場所に受ければ持ち堪えられないだろう。
 だがそう簡単に陣形を崩させてくれるような連邦軍でもなく、被弾した艦をカバーするように僚艦が右舷側に付き、死角をカバーする。更に友軍の危機を見て空母部隊に待機していた攻撃機部隊が支援に駆けつけ、ティターンズのバーザムやマラサイがそれを防ごうと迎撃に向かう。連邦軍ハワイバーン戦闘機隊がMSを引き付け、スピアフィッシュ対艦ミサイルを抱えたアヴェンジャー攻撃機を突入させる考えのようだ。
 当たり所次第では戦艦さえ一撃で大破させるスピアフィッシュを駆逐艦が食らえば一撃でスクラップにされかねない。駆逐艦の脆さを知りぬいている艦長たちはこの防御火力の低い艦で敵機と戦うような危険を冒そうとはせず、MS隊が頑張ってくれているうちに戦場からの離脱を開始した。

「逃がすな、ここで1隻残らず沈めてやれ!」

 逃げようとするティターンズの駆逐艦部隊に対してシドレ准将が追撃を命じ、それまで防戦一方だった鬱憤を晴らすかのように巡洋艦が主砲を撃ちまくる。巡洋艦のビームの直撃を受けた駆逐艦が艦首を一撃でもぎ取られ、続いてもう1隻が艦首右舷側に直撃を受け、そのまま何かに誘爆したのか船体が内側からの爆発に引き裂かれ、両断されるようにして破壊されてしまう。
 だが、この短時間だが激しい激突は双方の増援を呼ぶ事態を招き、秋子はともかくシロッコは全く望んでいなかった主力艦同士の殴り合いにまで発展する事になる。ティターンズは戦艦パンドーラが駆逐艦を救う為にこちらに移動し、シドレ艦隊に強烈なパンチを叩き込んだ。
 戦艦の艦砲射撃は巡洋艦以下の物とは格が違う。パンドーラの主砲から放たれたビームは狙われたりアンダー級巡洋艦の防御スクリーンを全く問題にせずに突破し、船体を直撃こそしなかったものの左側面の構造物を一瞬で抉り取ってしまった。この一撃で中破した巡洋艦は被弾の衝撃に悶えた後、怯えたように後退していく。僚艦の被害を見た他の艦もまるで壁にぶつかったかのように急制動をかけて停止し、慌てて逃げに入る。単艦としては最強を誇るドゴス・ギア級と撃ちあって巡洋艦が歯が立つ訳がないのだ。

 シドレから救援要請を受けた秋子はついに戦艦が出てきてくれたかと満足そうに頷き、こちらからもカイラム級戦艦を中心とした打撃部隊を送り込んで砲撃戦を受けてたつように指示する。

「やっと戦艦が前に出てきてくれましたか。ここで上手くドゴス・ギア級を2隻仕留められれば嬉しいんですが」
「5隻しかないですから、ここで減らせれば確かに後が楽ですな。ですがエイブラム1隻では荷が重いのでは?」

 カイラム級は汎用性を重視した主力戦艦でマゼラン級を代替する予定であるが、生産性が高い代わりに攻防の性能はドゴス・ギア級に見劣りしている。船体サイズもドゴス・ギア級の方が巨大であるし、搭載する艦砲や防御スクリーンの出力でも上回っている。MS空母的な面が強いという点は砲戦には欠点であるが、それはカイラム級にも共通しているので余り大きな問題ではない。
 1対1ではカイラム級は不利だ、そう言うマイベックに秋子は心配しなくても大丈夫だと伝えた。

「大丈夫ですよ、巡洋艦の支援もありますし、アヴェンジャー用の新装備もありますしね」
「ああ、エゥーゴのメガライダーをベースに作ったガンシップですか。コストが掛かり過ぎると聞いていますが、良く量産できましたね?」
「エニーが便利そうだと言って作らせたんですよ。連邦軍には長距離から敵艦を攻撃出来る攻撃機がありませんからね」
「ガブスレイは生産設備ごとティターンズに押さえられましたからね。フェダーインライフルだけでも使えばよかったのかもしれませんが」
「艦隊戦力の優位を信じてスマートガンを採用しましたからね。中々思うようにいかないものです」

 連邦軍は船の数においては確実に優位に立てるという見込みがあったので、対艦攻撃機はアヴェンジャーで十分だと考えていた。現在はより新型のワイバーンへの切り替えが進んでいるが、現場からは機動性に劣っていても使い慣れたアヴェンジャーを望む声が強く、機種転換は遅々として進んではいなかった。
 対艦攻撃機用の武装も相変わらずスピアフィッシュミサイルしかないが、これだと敵に肉薄しなくてはならず、犠牲が大きくなる。ゆえに長距離から敵艦に有効弾を与える手段が考えられていたのだが、防御スクリーンの登場でビーム兵器による攻撃は絶望的となっていた。その問題に対してはメガバズーカランチャーという回答もあったのだが、エネルギー消費が酷すぎる上に巨大すぎてとても使えるような物ではなかった。
 その問題を解決したのがエゥーゴからもたらされたメガライダーとZZに使われていたメガコンデンサーだった。膨大なエネルギーを蓄えられるこのコンデンサーの採用でメガランチャーの連続使用がかのうとなり、サイズの小型化もあって攻撃機への搭載が実施されたのだ。ただ反動があるの出搭載するというより機体に直接取り付けているのだが。これの採用で遠くから防御スクリーンを力技で突破して敵艦にダメージを与えるという攻撃機が完成したわけだが、当てるには高い技量が必要ということもありベテラン部隊に回されていた。

 そして秋子は祐一に指示を出す、いよいよ勝負に出る為に、彼に預けていた強大な戦力を動かす時がきたのだ。

「祐一さん、準備は出来ていますか?」
「勿論ですよ秋子さん、何時でも出られます」
「そうですか、そろそろこちらも押し出しますので、祐一さんたちにも頑張っていただきますよ。それと七瀬さんたちは入れ替わりに撤退させてくださいね」
「了解です。でも、七瀬の隊もかなり叩かれてますね。ストライカーじゃグーファーの相手はやっぱキツイですか」
「そのようですが、七瀬さんは良くやってくれていますよ。応援に出したエゥーゴの部隊がティターンズの別働隊とぶつかってしまったのが被害を拡大させた理由ですね」
「舞たちの方が大分楽そうですがね。やっぱりエースが乗った超高性能機が複数居るってのは大きいです。特にあのZZガンダムとSガンダムは反即じみた強さですからね」

 ZZ系MSの火力は凄まじいものがあるが、改めて味方として見るとその火力の凄さを思い知らされた。ZZの持つ標準装備の2連メガビームライフル、通称ダブルビームライフルはビームライフルと言ってはいるが、実体はメガランチャー並の威力を持つ砲を2門束ねた連装メガ粒子砲である。MSに直撃すればIフィールドでも張っていない限り一撃で上半身を吹き飛ばされる。直撃でなくとも至近を掠めれば装甲が融解し、最悪四肢位は持っていかれるのだ。
 更にZZには頭部ハイメガキャノンという巡洋艦さえ一撃で沈めるような主砲が付いているし、FAZZに至っては背負い式に装備した化け物じみた大砲が付いている。これらはMSの装備する火器の常識を無視したような大火力兵器で、大型MAや戦艦の主砲並の威力がある。そんな物を装備したMSが複数集まって暴れているのだ。バーザムやマラサイが多少沢山居る程度の部隊で対抗出来る筈も無かった。
 舞たちへの支援はいらないと祐一は考えていたので、艦隊の突撃に合わせて自分率いる主力部隊が敵MS隊に突入し、その後に対艦攻撃部隊とMA隊を敵艦隊に突入させるという手順でいこうと考えている。七瀬の隊は入れ違いに空母に戻し、その後使える機体で艦隊の防空に当たってもらえばいい。

「よし、行くぞ名雪。久しぶりに前線仕事だ!」

 やっと出番だと気合を入れて振り返った祐一は、ブーツの磁力で両足だけ床に付けながらフラフラと揺れながら寝ている副官兼恋人の姿を見ることになった。

「起きろ名雪ぃぃ!?」
「うにゅ、私ちゃんと操縦出来るよ……」
「それは知ってるがとにかく起きろっ!」

 今回の作戦の為に徹夜で再編成を完了させたのだが、やはり名雪にそれは厳しかったようだ。一度寝たら絶対に起きないと言われる名雪をどうやって起すかを考えたが、いざとなれば最後の手段を使えば良いかと考えて引っ張りながら格納庫に行くことにした。





 シロッコが連邦軍とぶつかっている頃、サイド7目掛けて別方向から迫る艦隊があった。30隻に満たない小部隊であったが、それはハマーン率いるネオジオン艦隊である。空母ミドロの巨体が異様なまで際立っていて、隣にいるサダラーンが駆逐艦に見えてしまうほどだ。全長ではそこまでの差はないのだが、縦横にもかなりの幅があり、凄まじいボリュームを誇っている。あの連邦軍最大の巨艦である2代目カノンと並んでも小さいという印象は受けないだろう。
 この巨大な空母の接近に気付かなかったのは失態と言う他無いが、それだけティターンズが連邦軍の動きに目を奪われていたということでもある。誰もネオジオンが長躯サイド7まで攻撃してくるとは考えてもいなかったのだ。
 だが、その侮りこそがハマーンが付け込める唯一の隙であった。まともにサイド7守備隊とぶつかればハマーンに勝ち目はなかったが、その半数以上を連邦軍が引き受けてくれた今ならば守りを抜くことも不可能ではない。それがハマーンが手にできる唯一の勝機であった。
 サダラーンの艦橋でハマーンは内心の焦燥を押さえ込み、表面上では艦橋の窓に向かってじっと佇み、静かに偵察機からの報告を待っていた。だがどうしても隠し切れない焦りがどうしても滲み出てしまい、艦橋内にはなんとも言えない重苦しさが漂っていた。参謀たちはもとより、従卒でさえ近寄れない。
 そんな空気を打ち破ったのは待ちに待っていた偵察機からの報告であった。通信士が受信した内容をプリントし、待っていたと叫ばんばかりに駆け寄ってきた通信参謀に手渡す。それに目を通した通信参謀はホッとした顔になり、ハマーンの元へと駆け寄った。

「ハマーン様、偵察機より報告です。サイド7に戦艦1、巡洋艦ないし駆逐艦10隻前後を確認。MSは不明!」
「……そうか、ドゴス・ギアは1隻か。という事は残る2隻は連邦に向かったわけだな」
「そう思われます。ハマーン様、作戦はほぼ成功致しましたぞ」

 陽動に成功した。その事実に艦橋内に歓喜よりもむしろ安堵が広がる。そしてハマーンも緊張を解くと、全軍にサイド7への進撃を命じた。

「よろしい、全艦第2戦速。このままサイド7に突入し、コロニーレーザー砲を破壊する。それが困難な場合、ミドロに搭載されている核ミサイルを使用する!」

 南極条約は1年戦争の終結と同時に失効しているが、今でも不文律的に機能し続けている。ただネオジオンはすでにコロニー落しやペズンの破壊などでこれを破っているので、いまさら気にする必要はなかった。ハマーンが使用を躊躇うのは単に核弾頭が貴重だからに過ぎない。
 ハマーンの命令を受けて、ネオジオン艦隊はサイド7目掛けて速度を上げた。今、戦いの第2ラウンドの始まりを告げる鐘が鳴らされたのだ。




後書き

ジム改 連邦軍とティターンズが激突する裏側で、ネオジオンもついにサイド7に突入しました。
栞   シロッコさんも貧乏くじですね。
ジム改 今回の戦いじゃ誰もが貧乏くじ引いてるようなものだけどね。
栞   どの勢力も不本意な総力戦やってますからね。
ジム改 ただ、やっぱり次の手を残してる連邦がどうしても一歩有利だけどね。
栞   奴らは11台目を用意しているんだ、ですね。
ジム改 いや、もっとひどい。奴らは次の艦隊を用意しているんだ、かな。
栞   …………。
ジム改 さらに地上軍は宇宙軍の支援無しでも動けるから。
栞   第2次大戦のアメリカ以上のチート国家だけの事はありますね。
ジム改 果たしてこの時代を、ネオジオンは生き残る事はできるのだろうか!
栞   何気に酷い事言ってますよこの人!?