第123章  ハマーン猛進


 

 グリプスに突入してくるネオジオン艦隊の姿は、意外に早くティターンズの哨戒網に捉えられる事となった。シロッコから警告を受けたバスクは警戒を強化していたのだ。そのために哨戒機の数は増やされ、そのうちの1機がグリプス目掛けて全速で突入してくる艦隊を捉えたのだ。
 哨戒機からの報告を受け取ったバスクは直ちに迎撃用意を命じたが、頼みの艦隊主力は連邦軍との戦いに出払い、ここには総旗艦ドゴス・ギアを除けば旧式の巡洋艦と駆逐艦くらいしか残ってはいなかった。MSも主力機の大半はシロッコが持っていってしまい、残っている機体の大半は前線での使用に耐えないとしてマラサイやバーザムと代替されて後送されてきたハイザックやジムUで、マラサイやバーザム、グーファーの数は少ない。
 ティターンズの部隊としては碌な物が残っていないので、バスクとしては不本意ではあったがリーフの戦力を当てにする他無かった。バスクの手元にある戦力で使えそうなのは編成中の新型MS部隊と、艦載にはまるで向かない大型MAくらいだろうか。

「25隻前後の船がこちらに向かっている、か。ネオジオンにこれだけの動きを見せる余裕が残っていたとは、正直驚きだが……」

 ネオジオン軍は連邦軍と小競り合いを繰り返すばかりで、自分から大規模な作戦行動をほとんど起こしていない。もう彼らにはそれだけの力が無いのだろうとティターンズでは判断していたのだが、これだけの部隊を動かすだけの余力を残していたとは。よほど内輪揉めに精を出しているらしいとバスクは侮蔑を込めて皮肉り、コロニーレーザーに敵を近づかせるなと部下に命令した。

「よし、ドゴス・ギアに出撃命だ。それと来栖川の番犬どもにも出撃を命じろ、これを凌げば我々の勝ちだ!」

 シロッコと戦っている連邦軍は迎撃部隊と総力戦を展開している。たとえシロッコが敗北してもサイド7まで進行を続行するような余力は無くしている筈だ。だから目の前の20数隻のネオジオン艦艇を沈めてしまえばコロニーレーザーのエネルギー充填を止める者はいなくなる。
 だが問題はこちらの戦力だ。リーフの主力MSであるスティンガーは改良を重ねられてそれなりの性能向上を果たしてはいるが、所詮はマラサイと同世代の機体でしかない。ガ・ゾウムが相手ならば十分対応できるだろうが、より上位のザクVなどが出てこれば苦戦は免れない。ただ堅実な設計のおかげで稼働率はすばらしく、操縦性も良いという事でリーフでは主力機として使われ続け、ティターンズでも使い易いと現場から好評でそれなりの数が運用されている。
 だが、今のサイド7にはこのスティンガーさえ少なく、主力はハイザックとジムUという事になる。さすがにそれ以前の機体を戦力としてカウントする気にはなれない。幸いビームライフルはマラサイ用のライフルが十分にあるので、当たれば相手を撃破する事は出来るはずだ。
 さらにサイド7で開発が継続されていたサイコガンダムmk−Uと編成中でシロッコに渡されなかったサイコガンダム部隊の用意も急がせる。巨大すぎてドゴス・ギア級くらいでしか運用できない怪物MS群であったが、拠点での迎撃戦ならば何の問題も無い。出来ればシロッコが持っていったサイコガンダムも欲しかったが、向こうが負けても困るので仕方の無いところだろう。


 グリプスを中心に大急ぎで迎撃体制がとられる中で、指揮をとっていたバスクの元に戦闘の光が確認されたという報告が届いた。ミノフスキー粒子を戦闘濃度で散布したために通信での確認は出来ないが、どうやら味方の部隊が接近しているネオジオン艦隊に攻撃を仕掛けたらしい。

「味方だと、この近くに残っていたのか?」
「おそらく、作戦行動中だった部隊が帰途についていた途上で、偶然遭遇したものと思われます」

 どの勢力も多数の小部隊を編成してさまざまな任務を遂行させている。大きな作戦では主力となる正規艦隊が出動するが、そんな大作戦は稀であり、大半はこのような小規模な部隊を用いての戦いとなる。まあ小規模といってもティターンズやネオジオンが2〜3隻なのに対して連邦軍のそれは10隻前後で編成されているので、まともにぶつかるとかなり苦しい戦いを強いられるのだが。
 その送り出していた部隊の1つが帰還中に偶然ネオジオン艦隊を発見し、攻撃を仕掛けているのだろう。誰かは知らないが、生きて戻ってきたら勲章の1
つくらいはくれてやらねばなるまい。
 バスクはこの予想外の支援にありがたいと呟くと、部下たちに部隊の用意を急ぐように命じた。この攻撃は確実にこちらに貴重な時間を与えてくれるのだから。



 このネオジオン艦隊に攻撃を仕掛けていた部隊は、ジャマイカン大佐が率いていた部隊とガディ中佐の部隊の混成艦隊だった、途中で合流した両隊はグリプスに帰還するべくサイド7宙域を目指していたのだが、その途中でネオジオンの大艦隊という非常に珍しいものを発見してしまったのだ。
 この30隻近い大部隊を発見したとき、最初ジャマイカンとガディはそれを連邦の艦隊だと判断していた。こんななところにネオジオンの大部隊がいるなどという可能性は彼らの予想の範疇外にあったのだ。だからレーダーが捕らえた目標のデータを確認したとき、2人は首を捻ったのだ。

「ムサイにエンドラだと。サラミスやクラップの間違いではないのか?」
「さすがにサラミスとムサイを識別し損なうとは思えませんが」

 まったく形状が異なる両者を間違える事はさすがに無いとオペレーターは答え、ジャマイカンも確かにそうだなと言い、そうなるとこれは本当にネオジオン艦隊なのかと信じられないという感じに呟く。そしてそれはサダラーンとミドロの確認で疑いようの無いものとなった。
 ネオジオン艦隊がサイド7に、いやグリプスに向かっている。これを確認したジャマイカンはガディと話し合い、この艦隊に仕掛ける事を決めた。主力艦はガディのアレキサンドリアとジャマイカンのハリオの2隻で後はサラミスが5隻しかいないが、黙って通してやるわけにはいかない。

「敵艦隊の右側面後方、あちらから見て5時方向から追撃する形で仕掛けようと思うが、どうだガディ中佐?」
「分かりました、同時に仕掛けますか?」
「いや、今回は時間稼ぎが狙いだ。まず私が突入するから、それに続いて突入してくれ」

 ジャマイカンとしばし打ち合わせを子なった後、ガディは指揮下の艦隊に敵の艦列人突入する準備を整えるように命じた。特にMS隊には突入後、乱戦に巻き込まれないように気を付けろと注意を促す。
 一通りの指示を出し終えた後、ガディは艦長席に腰を降ろしてどうしたものかと右手を顎に当てて考え込む。

「波状攻撃で敵の足を止める、定石通りと言えば定石通りだが、ジャマイカンが先陣を切るとはな。あの男も随分と変わったもんだ」

 かつては戦場を知らない参謀上がりがと馬鹿にしていた男も、現場で経験を積んだ事でだいぶ戦い方が変わった。尊大な態度は相変わらずだが、これまでよりも積極的に戦うようになったのだ。その姿勢の変化のためか、最近では部下たちにも信頼されるようになっているらしい。
 上官が出来る指揮官になってくれるのは歓迎するべき事態なのでガディも素直に喜んでいたのだが、過去の確執を思うと複雑な気分にさせられるのであった。

「艦長、ハリオより合図が来ました。大佐の部隊が増速します!」
「よし、バーザムはカタパルトデッキで待機だ。総員戦闘配置、やるぞぉ!」

 ハリオとサラミス3隻が速度を上げ、アレキサンドリアの隣から前に出て行く。それを見送ったガディもそれに続いて突撃するべく部下に被弾への対応を用意するように命じた。間違いなく無傷では出てこれないはずだから。


 このジャマイカン艦隊の突撃を受けたネオジオン艦隊は動揺を隠せなかった。ここまで来れば発見されていない筈は無く、迎撃を受ける事は予想していたのだが、まさか後方から、それも艦隊特攻を仕掛けられるとは思っていなかったのだ。自分たちで散布していたミノフスキー粒子のためにレーダーは役に立たず、監視員もサイド7がある進行方向を警戒していたために発見が遅れ、気がついた時にはハリオと3隻のサラミスはかなり近くまで迫っていた。
 もっとも近くにいた2隻のムサイが真っ先に気づいて主砲をそちらに向けるが、それがエネルギーを充填する前にハリオとサラミスの主砲が放たれた。ここに来るまでに十分にエネルギーを充填し終え、照準も完了していた主砲から放たれたビームは狙い過たず自分たちに主砲を向けてきたムサイを襲い、その船体を撃ち抜いていく。4隻の艦から砲撃を集中されたムサイは反撃する暇も与えられずに立て続けに被弾し、複数箇所から同時に爆発を越して船体のあちこちを抉り取られ、引き千切られていく。爆発こそ起こさなかったが2隻のムサイは一瞬で撃沈してしまった。
 この一撃で他の艦も奇襲に気付き、慌てて回避運動を開始する。周辺にいた直衛機もそちらへと向かったが、彼らが迎撃配置を整えるよりも早く4隻のティターンズ艦はネオジオン艦隊の艦列に突入してきた。

 この突入を許してしまったネオジオン艦隊は艦列を崩され、たちまち陣形を乱してしまった。いくらなんでもこうも簡単に崩されるとは思っていなかったハマーンは部下の不甲斐なさを内心で嘆いた。前線での戦いをチリアクスたちに任せきりにして後方で内輪揉めに明け暮れていたツケが回ったのだろう。

「何を慌てている、たかが4隻、包囲して沈めてしまえ!」
「ハマーン様、続いて更に3隻が突入してきます!」
「近づかせるな、撃ち払え!」

 サダラーンと周囲の艦が主砲をそちらに向け、ビームを放つ。狙ってのものではなく、近づかせまいとする牽制の砲撃だ。だが敵はよほどの手誰なのだろう、戦艦の砲撃を受けているのにまったく怯む様子も見せず、速度を落とす事もなく突っ込んでくる。こちらの砲撃など当たる事は無いと見切っているような動きだ。
 逆にこちらのエンドラ級が被弾し、よろめいて艦列から落伍する体たらくだった。ハマーンは怒りを隠せずに部下を怒鳴りつけ、突破を許した右翼部隊指揮官に敵艦隊の撃滅を命じ、中央と左翼部隊は予定通りMS隊を出撃させた。ここで苛立ちを隠せなかったのは彼女の経験の浅さを露呈したものだったろう。これがデラーズやチリアクスであれば内心はともかく、表面的には眉1つ動かさなかったに違いない。

 ハマーンに敵の殲滅を命じられた右翼部隊指揮官は突破していった敵艦隊を追撃するために無傷の艦を率いて位置を離れるが、そこにティターンズ艦隊から出撃してきたMS隊が向かってきた。右翼部隊もMSを出してこれを迎え撃ち、バーザムとドライセンが2つの艦隊の間で激しい乱戦を始める。この乱戦のためにどちらも艦砲を使い辛くなってしまったが、ジャマイカンとガディはおおむね満足していた。

「7隻の敵艦を引き抜けたか、落伍させた敵艦も入れれば11隻、なかなかの成果だな」
「ですが、こちらも2隻が中破し、私のアレキサンドリアも1発貰っています。厳しい戦いになりますよ」
「なに、最初から時間稼ぎが目的なのだ。適当に戦った後は逃げれば良さ」

 目の前の敵を殲滅するまで頑張るつもりはないというジャマイカンに、それならばやれるだろうとガディも納得し、被害を受けないように注意しながら戦う方向で意見を取りまとめた。
 この違いは双方の戦い方にもはっきりと現れ、まともにぶつかるのを避けて距離を保とうとするティターンズと叩き潰そうと躍起になってそれを追うネオジオンという追いかけっこになっている。バーザム隊も無理をしないように言い含められているためか、あまり熱心に戦おうとはせずに逃げをうっている。
 ハマーンが強く命じたりしなければ、右翼部隊指揮官も途中で追撃を切り上げて本隊への合流を考えただろうが、厳命されたためにそれは選ぶ事は出来なかった。最悪の場合、粛清という運命が彼を待つ事になる。キャスバルはそういう手口を嫌っていたので表だってそういうことをする者は居なかったが、アクシズ時代において何時の間にか居なくなった高官は幾人も居たのだから。




 ジャマイカンたちの活躍で戦力をすり減らされたハマーン艦隊は攻撃予定ポイントに達したところで予定通り攻撃隊をグリプスへと放った。まずは長距離攻撃に向いたガ・ゾウムとジャムルフィンとゲタ履きのザクV部隊を送り込み、距離を詰めたところで主力であるNT部隊とシェイド部隊を含む第2波を送り出すのだ。ハマーンもヤクト・ドーガに乗って第2波として出撃する事にしており、文字通りの総力戦を展開する事になる。
 果たして投入したMSと艦艇の何割がサイド7から脱出できるのか、それはハマーンにも予想できなかった。ただ分かっている事は、たとえ勝てたとしてもこちらも壊滅状態になるという事だろう。連邦軍相手にすでにザクV以下のMSが苦戦を強いられるようになっている現状では、ティターンズ相手でも同様の結果が待っているはずであり、送り込んだ第1波のガザはそのほとんどが失われると見込まれている。未だに数の上ではネオジオンの主力を成しているガ・ゾウムであるが、戦力的にはもはや完全に2線級扱いなのだ。

 せめて、ギラ・ドーガの生産開始が3ヶ月早ければ。この作戦に参加した誰もがそう思っていたが、それは無い物強請りでしかない。艦載機の性能で差を付けられている事を理解していたハマーンたちは犠牲を覚悟で第1波を旧式機中心として囮に使い、敵の迎撃機を引きずり出したところで主力の第2派を叩き付け、敵部隊を撃破する作戦を立てるしかなかったのだ。
 
「ハマーン様、この戦い、たとえ勝利を収めても我らカーン派の力は……」
「それは言うな、誰かがやらねばならん事だ。ネオジオンの分裂を防ぐ為にな」」

 もしハマーンがこの作戦を引き受けなければ、キャスバルとデラーズとの間で何時までも終わらぬ駆け引きが続いていただろう。そしてそれは決して妥協点を見出す事はなく、いずれ双方の舌鋒は武器を手にしての武力衝突へと進んでいたに違いない。そしてそれは、デラーズによるキャスバルの排斥という結果を招く事になる。掌握している軍事力においてはキャスバルはデラーズには遠く及ばないのだから。ア・バオア・クーのチリアクスたちが手元にあれば分からないが、彼らが動くかどうかは分からないし、動いてくれても遠すぎて急場には間に合うまい。
 ネオジオンの内戦という最悪の事態を回避するためにも、誰かが引き受けなくてはいけなかったのだ。そして今のネオジオンにおいてその貧乏くじを引くのは自分の役目だとハマーンは考えていた。




 ジャマイカンたちの横槍を受けて数を減らしたネオジオン艦隊とグリプスの間に立ちふさがるようにしてリーフとティターンズ艦隊は展開していた。すでに敵がMSを出した事は分かっているのでこちらも迎撃のバーザムとマラサイ、スティンガーを進出させて迎撃を実施する。
 ドゴス・ギア艦上で迎撃部隊を率いていたマッキャンベル少将はここまでやってきたネオジオン艦隊の将兵の頑張りに素直に感心していた。良くここまでやってきたものだと。

「彼らはあの程度の戦力でグリプスを落とせると考えていたのか?」
「彼らとしては落とさなくてはならん、という気負いがあったのでしょう。兵の士気も高いのでしょうな」
「しかし、不謹慎かもしれんが私は彼らに少し感謝しているのだよ」
「と言われますと?」
「……この艦を、碌に使いもせぬままに空しく港に係留したまま終戦を迎えさせるのは不憫だったからな」

 指揮官用の椅子の肘掛を軽く撫で、少し寂しげな表情を浮かべる。ドゴス・ギア級は連邦のカノン級などの例外を除けば地球圏で最大最強の戦艦であり、本当ならばティターンズの先頭に立って連邦と砲火を交えているべきなのだが、その戦力ゆえに逆に切り札として温存されてしまい、ほとんど実戦を経験せぬままに空しく港に繋がれていた。敵のすさまじい回復力を考えれば艦隊保全も当然だが、それでもこの艦を預けられた指揮官としては残念でならなかったのだ。
 その艦にこうして出番が回ってきた、それがマッキャンベルには嬉しかったのだ。もうすぐこの戦争は終わる、彼のような立場に居ればその事が肌で感じる事が出来る。グリプス2がどうなろうとこの戦争はもう長くはなく、そして終わりはどういう形であれ自分たちは負ける。それがどのような負け方になるかがこの戦いにはかかっているのだ。
 
 そして、はるか前方の宙域、やや上方でMS隊が激突した。マラサイやバーザム、スティンガーの大群にゲタを捨てたザクVが立ち向かい、変形したままのガ・ゾウムが懸架してきた多連装ミサイルポッドから一斉にミサイルを放って四方へと散っていく。そしてMS隊を突破するようにジャムルフィンの編隊がメガブースターを吹かせて戦場を駆け抜けていく。
 艦隊に向かおうとするジャムルフィンに気付いたバーザムの一部がそれを止めようと向きを変えて加速するが、そのバーザムに横合いから殴りかかるようにガ・ゾウムの編隊が襲い掛かった。

「邪魔者は引き受ける、あんたらは敵艦を沈めてくれ!」
「ありがとよ、帰ったら一杯奢るぜ!」

 ガ・ゾウム隊の横槍を受けたバーザム隊はそれでもジャムルフィンを狙おうとしていたが、ついにガ・ゾウムの妨害に耐えかねてそちらとの戦いを優先する。
 ガ・ゾウムとしてはMS戦では分が悪いのであくまでもMA形態で一撃離脱を繰り返えしている。指揮官は可変機の戦い方をよく理解しているのだろう。接近戦になれば機体構造でどうしても劣る可変機は分が悪いのだ。

「ティターンズの蛆虫を叩き落せ!」
「そこを退きやがれ、ジオンの負け犬ども!」

 邪魔をするガ・ゾウムを突破して攻撃機のジャムルフィンを食いたいバーザム隊だったが、ガ・ゾウムは技量の差を戦術と熱意で埋めるかのようにバーザム隊を抜かせなかった。護衛が稼ぎ出した僅かな時間を生かして加速していくジャムルフィンに追いつけるのはティターンズではメッサーラかガブスレイくらいだろう。MSでは一度加速にのったMAに追い付ける訳がない。
 バーザム隊の隊長は艦隊に攻撃機が向かったと警告を送ると、邪魔をしてくれたガ・ゾウム隊へと襲い掛かった。



 ジャムルフィン隊からティターンズ艦隊に突入するという報告が届くと、各艦から歓声が上がった。あまり期待されていなかった第1波の連中が思いのほか上手くやっているという結果に格納庫の将兵たちが喜んでいるのだ。ハマーンも使い捨ての囮くらいにしか考えていなかった先発隊が敵艦隊に突入したと聞いて驚き、賞賛の声を上げている。

「彼らがやってくれるとは、情熱だげで差を埋めたという事か?」
「ハマーン様、彼らが敵の迎撃機を引き受けてくれています。このまま艦隊も突入し、第2波を出して敵艦隊を突破しましょう!」
「そうです、彼らの努力を無にするわけにはいきません!」
「やりましょう、ハマーン様!」
「…………」

 参謀たちが口々にこのまま押し切るべきだと言うが、ハマーンはそれに同意せずにしばしの間考え込んでいた。このまま突入して、果たして敵を突破できるのか。もし足が止まれば、逆にこちらだけが殲滅されてしまうのではないのかと。敵にはティターンズだけではなく、リーフの大型戦艦の姿も確認されている、砲撃戦では明らかにこちらが不利なのだ。
 だが、ここで止まっていれば第1波は叩きのめされ、せっかくのチャンスは水泡に帰す事も確かだ。ハマーンはこの望外の成功を危険な誘惑ではないかと疑っていたが、それに乗らなくては負けるだけだという現実を前に止まるという選択肢を選ぶ事はできなかった。それが勝利への可能性なのか、破滅への罠なのか、どちらにせよ今はここで勝負に出るしかない。

「分かった、全艦これより艦隊特攻をかける。防御スクリーンを正面に集中させよ。MS隊第2波も出撃させる。私もヤクト・ドーガで出るぞ!」

 ハマーンの命令を受けて16隻の艦が一斉に加速を開始し、ティターンズ・リーフ連合軍の艦列へと突っ込んでいく。このときティターンズとリーフの艦にはジャムルフィンが四方八方から襲い掛かり、対空砲火を掻い潜りながら強力なハイパーメガ粒子砲を撃ち込んでいた。艦砲以上の強力なビームは防御スクリーンを物ともせず貫通し、敵艦の装甲を打ち破って大きなダメージを与えている。3機から一斉にハイパーメガ粒子砲を叩き込まれたサラミスなどはそのまま爆沈してしまったほどだ。
 ただ、敵艦や直衛機の反撃も激しく、突入中に弾を受けてのけぞる機体や攻撃を加えて離脱にかかったところを後ろから撃たれ、木っ端微塵になる機体があちこちに見られる。
 ベテランとはいえない、初陣の者も多い筈なのにその戦いぶりは歴戦の兵士のように果敢なものだ。
 そして敵の迎撃部隊を引き受けたザクVとガ・ゾウム隊は文字通り磨り減らされながら敵を食い止めてくれている。ザクVは敵機とよく渡り合っているが、ガ・ゾウムはかなり苦戦を強いられているようでその数を著しく減らしているようだ。
 彼らへの支援を出したい衝動に駆られた艦長や隊長は多かったが、それは出来なかった。全てのMSは正面の敵艦隊を攻撃し、そのままグリプスへと雪崩れ込むのが作戦なのだから。彼らも艦隊の突入後はそれぞれの判断で戦場を離脱し艦隊に合流する事になっているので、後は彼らの腕と幸運に期待するよりほか無い。

 そして、第2波のMS隊がミドロを離れだしたのと合わせるようにしてティターンズとリーフの艦隊からもMSの新手が出てきた。こちらの考えを読みきられていたのだろうか。だが後に引くことは出来ない。ミドロは用意されていたギラ・ドーガとヴァルキューレ、ゲーマルクとキュベレイを次々に出撃させて敵艦隊に向かわせる。まだ多少のMSを残しているが、これはグリプスへ突入した時のための予備部隊だ。
 ハマーンも自分用に用意させた純白のヤクト・ドーガのコクピットに入ると、艦橋に繋いで情報をこちらにも回すように指示を出した。

「艦長、私にも状況の報告を頼むぞ。万が一の際には決断をしなくてはならんからな」
「それでしたら、艦橋に居て頂きたいのですが……」
「私もそうしたいのだが、こうも戦力不足ではな」

 ゲーマルクはともかく、キュベレイは食われるかもしれない。連邦との戦いではキュベレイの未帰還率はNT専用機としては高く、ネオジオンは貴重なNTや強化人間の消耗を嫌ってキュベレイからゲーマルクへの機種転換を進めている。ただ第4世代MSの製造コストは半端なものではなく、未だにキュベレイがNT専用機の主力を勤めている。だがこのままでは不味いという事情もあり、それなりの性能でコストも安価なMSとして次世代NT専用機としての要求には届かなかったものの、ギラ・ドーガをベースにしたおかげでコスト的に安価ながらキュベレイより強力なヤクト・ドーガの量産を求める声もあった。
 だがこれは未だに検討が行われている段階であり、現在のところネオジオンにはハマーンが使っている物も含めて2機しかヤクト・ドーガは製作されていなかった。予備部品も少なく、そう何度も使うことは出来そうにない。

 専用武器のビームアサルトライフルとラウンドシールドを装備してサダラーンのカタパルトから打ち出されたハマーンは周囲を見渡し、そして絶句してしまった。まだ第2波を出したばかり、いやまだ出している最中なのに、すでに周囲は乱戦の様相を呈している。ティターンズのMS隊は形振りかまわずにこちらに雪崩れ込んできたとでもいうのだろうか。

「敵も必死か。だそれは敵にも余裕が無いということの証、ここを抜ければもはや敵はいまい」

 両肩のファンネル2基を射出し、少数ではあるが確認できるグーファーへと向かわせる。これはキュベレイやゲーマルクの漏斗型ファンネルを発展させた新型で、円筒型をしていてサイズも大型化しているのが特徴だ。従来の漏斗型ファンネルではもう敵MSの高性能化に付いていけなくなり、ファンネルが振り切られたりレーザーが威力不足で敵機の装甲を貫けないなどの問題が指摘されていたので、新型が開発されたのだ。もっともこれでも対ビームコーティングされた装甲やシールドなどを撃ち抜く威力は無く、新型の高級機相手だと厳しい戦いを強いられてしまう。
 この次世代NT専用機用に開発された新型ファンネルの実戦での初使用は、ハマーンにもまあ納得できるものであった。2基のファンネルに襲われたグーファーは最初の攻撃を上手く回避したものの、続く射撃を回避し切れずに直撃を受け、被弾部から爆発を生じて上半身を大きく抉られている。
 ただ、最初の射撃を回避されたのはハマーンにこのファンネルの欠点を認識させた。漏斗型に比べて攻撃力、稼働時間、機動性の全てで向上している円筒型ファンネルは、漏斗型よりもかなり大型であるがゆえに視認され易く、それまでのファンネルが持っていた奇襲性が失われているのだ。ファンネルの大きな利点の1つが何処から撃たれたのか分からないという奇襲性にあったので、この問題は大きい。
 次の相手にも同様に仕掛けたが、やはりすぐに発見されて回避運動に入られてしまう。威力が上がっているのはありがたいが、このファンネルは本体のサポート用と割り切って使うべきなのかもしれないとハマーンは考えていた。そしてそれは、ゲーマルクのような砲台型MSでの使用には向かないという事でもある。

 ファンネルで相手の動きを制限したところをビームアサルトライフルの射撃で叩き落す、これがヤクト・ドーガの使い方のようだとハマーンは考えていたが、ヤクト・ドーガには充電機能がないのでファンネルは使い捨てになってしまう。これは長期戦には向かない使用で、所詮は試作品かと割り切るしかないのだろう。

 戦いはもはや単純な力と力のぶつかり合い、混沌とした乱戦に突入している。だがこの場、この瞬間においてはネオジオンのMS隊はティターンズとリーフのMS隊を凌駕しているようだった。ネオジオンが総力を挙げて開発した次世代主戦機であるギラ・ドーガはバーザムやスティンガーを防御力以外の全てで圧倒する性能を有している。ギラ・ドーガは一撃離脱でも接近戦でも格闘戦でも、あらゆる距離で好きなようにバーザムやマラサイ、スティンガーを翻弄し、ビームマシンガンでこれらを次々に撃墜している。唯一グーファーだけがギラ・ドーガに対して優位に立っているようだが、これは数が少ない。
 ティターンズはザクVと同等以上の性能を持った多数の新型機に驚き、混乱している。それに付け入るようにギラ・ドーガたちは敵に襲い掛かり、立ち直る暇を与えずに戦果を拡大しようとしていた。



 ネオジオンの予想外の健闘にマッキャンベル少将は驚きを隠せなかった。切り札のように投入してきた新型MSの性能も脅威だったが、それ以上に敵の士気の高さが意外だったのだ。まさか死兵と化しているとでもいうのだろうか。

「不味いな、ここを抜かれたら後ろには型落ちの船とMSしか残っていないんだぞ」
「使えるMSは全て持ってきてしまいましたからな、これは不味いです」

 この勢いだと突破されてしまうかもしれない、そうなればグリプスUに取り付かれてしまい、破壊されてしまうだろう。それは避けなくてはいけない。こうなれば使いたくは無かったがこちらも形振り構わずに切り札を使うしかないようだった。

「しょうがない、使いたくは無かったが、サイコガンダムを出せ、奴らの鼻っ柱を叩き折るんだ!」
「あのデカブツどもを使うのですか!?」
「気に入らんのは分かる、私とてあんな代物使いたくは無い。だが今はそんな贅沢を言っていられる状況ではないだろう!」
「あれの為に、一体何人が死んだか……あんなものに頼るしかないと……」

 サイコガンダム系はティターンズが威信をかけて完成まで持っていった超重MSだが、その開発の過程で失われた命は新型機の開発という範疇に収まらない程の数だ。特に試作機の段階では未完成のサイコミュの使用を強行した為に多くのテストパイロットの精神を破壊して廃人へと変え、そして時として暴走した機体を止める為に開発拠点に配備されていた多くのMSがパイロットと共に失われている。
 そして試作機の生み出した悲劇ほどではないが、量産型サイコガンダムkであるアトラスもまた血塗られた開発経緯を持っている。一般兵用の簡易サイコミュシステムの開発に手間取り、やはりテストパイロットに多数の犠牲者を出している。結局アナハイムを接収することで得たアナハイム製のシステムをそのまま組み込む事で問題は解決したのだが、流石に現場のパイロットや指揮官たちはこの呪われたMSに嫌悪感を隠せなかった。これに回されたインコムに適性が認められたパイロットたちは自分たちの運の無さを呪い、他部隊に転属できるように嘆願書を書く日々を送る事になるのだ。
 ただ、その戦闘能力は凄まじい。その火力はエゥーゴのZZガンダム、ネオジオンのゲーマルクにも匹敵する化け物じみたもので、あらゆる連邦MSに優越している。装甲は分厚く、Iフィールドこそオミットされているが対ビームコーティングのおかげで多少のビームの直撃には耐えられる。火力が充実しているネオジオンのMSでも手を焼く相手だと言えるだろう。

 だが、マッキャンベルたちは知らなかった。ネオジオンがこの戦場に新型MSとNT部隊以外にも、もう1つの切り札を持ち込んでいた事に。それに気付いた頃には、戦いの趨勢はほぼ決まっていたのである。





 ネオジオン艦隊がグリプスに挑んだことは、光学観測ですぐに秋子にも知れる事となった。はるか遠方で幾つもの戦闘の光が観測されれば嫌でも目立つというものだろう。
 秋子はネオジオンがうまく役目を果たしてくれればいいのだがと思っていたが、今のネオジオンにグリプスの守りを抜けるほどの戦力が用意できたのかどうか、それがどうにも不安だった。

「今皿ですけど、やっぱり敵任せというのは不安ですね」
「提督?」
「いえ、ネオジオンのほうは上手くやっているのかと思いまして」
「今更それを心配しますか、こちらだって大変だというのに」

 マイベックが呆れた顔で秋子を見た後、顔を正面の戦場へと向ける。連邦軍がMS隊の第2波を投入したのと合わせるようにティターンズも残りのMSを出してきて、今目の前では双方のMSによる熾烈な消耗戦が続いているのだ。投入されているMSは両軍合わせて300機近くにもなり、その大半が両軍の新鋭機という、文字通りの決戦が繰り広げられているのだ。
 祐一率いる連邦MS隊の主力はジェだとゼク・ドライで、これにジオン共和国軍に供与したゼク・アイン隊が加わっている。どうやらジムVは直衛機に回して、ゼク・アインを全て攻撃に使っているらしい。
 だが、このジオン共和国軍が恐ろしく強かった。これまでジムUなどの2線級MSばかりあてがわれていた為に力を発揮できなかった彼らだったが、ようやくまともなMSを得た事でその圧倒的な技量を遺憾なく発揮できるようになったのだ。1年戦争を戦い抜いたパイロットを多数抱え、その後は戦乱に巻き込まれることもなく再建に専念出来ていたジオン共和国軍の兵士たちは訓練度が高く、連邦の正規兵よりも強かった。その彼らがこれまでの鬱憤を晴らすかのように大活躍していたのだ。

「ダニガン中将の部隊は良くやってくれていますな」
「そうですね。ですがジオン系に活躍されるというのは、少し複雑な思いです」
「お気持ちは分かりますが、今は味方ですし」

 基本的に連邦は軍人も市民もジオンという名に拒否反応を示しやすい。つい10年前に人口を半減させるほどの大虐殺を起こされたのだから当然といえば当然で、ジオン共和国もその延長でかなり嫌われていて連邦政府にもあれこれ圧力を掛けられていた。ただジオン共和国は責任の全てをザビ家に押し付けるという手法を徹底する事で風当たりを逸らす事にある程度成功しており、悪いのはザビ家とその信奉者たちだ、我々もまた騙された被害者だったと事ある毎に訴えていた。
 現在ではそのザビ家と信奉者たちの残党であるアクシズが地球圏に帰還してジオン共和国を攻め滅ぼし、ネオジオンとして再起してしまったので、結果的に彼らの主張の通りジオン共和国とザビ家は違うという事が証明される事となったのだが。

 そのジオン共和国軍は、できればネオジオン方面に行きたいと思いつつもいつか来る本国開放の日の為に頑張って戦っていたのだ。士気が高いのも当然だろう。この激戦の鍵を握るのは彼らかもしれなかった。

 そして戦いは、次の幕を開ける。




後書き

ジム改 ネオジオンも総力戦に入りました。
栞   ティターンズも頑張りますね、戦力を出し切ってるみたいですけど。
ジム改 元々連邦だけが相手でも厳しいのに、ネオジオンまで来たから仕方が無い。
栞   でも、ここにきてどの勢力も新型機を出してきてますねえ。
ジム改 ちょうど世代交代の時期なんだが、連邦以外は無理だろうな。
栞   これだから物量チートは!
ジム改 イメージがWW2のアメリカだからしょうがないのだ。
栞   週間護衛空母とか日刊輸送船とか、勝てるわけ無いでしょうあんなの。
ジム改 まあ今の連邦もそんな状態だがな。
栞   早々に終戦を考えてるティターンズはその辺分かってるってことですか。
ジム改 元々彼らも連邦軍だからね、長期戦は無理という認識はあるよ。
栞   ネオジオンは戦意高すぎで止まれないんですね。
ジム改 まあ、指導部が纏まってるかバラバラかの違いも大きいけどね。
栞   ジャミトフ大将って人を見る目は無いですけど人望は凄いんですね。
ジム改 まあ、組織の性格上しょうがない面もあるからな。
栞   それでは次回、戦いは双方のエースが激しくぶつかる激戦へと移っていく。そしてハマーンは遂にデラーズから借り受けたシェイド部隊、ラスト・バタリオンを戦場に投入するが、それは惨劇の始まりであった。次回「破滅の魔獣」で会いましょう。