第124章  破滅の魔獣


 

 ハマーンが第2波として出撃した後も、空母ミドロの中にはまだ少数のMSが残っていた。それはグリプスへの突入の際の最後の護衛用であったが、その中にはデラーズから借り受けたシェイ1個中隊と運用要員も含まれている。彼らはデラーズ直属の完全な子飼いの部隊で、どういう連中なのかほとんど知られてはいない。時折デラーズの命令で出撃し、連邦軍と戦火を交えていたようであるが、それもどのような結果だったのかは外部には知る者はいない。
 この部隊を任されているのはデラーズフリート上がりでシェイド化処置を受けているベック少佐で、彼を含む12人のシェイドが12機のヴァルキューレと整備部隊と共に乗り込んでいる。そして彼らと共にデータ収集を目的として高槻博士も同行していた。
 ベック少佐が出撃用意を命じられてヴァルキューレの最終調整を確認しているところに高槻がやってきて、なんとも迷惑そうな顔で鼻に付く声をかけてくる。

「嫌だねここの臭いは、体に染み付いちまいそうだ」
「これが格納庫の臭いって奴ですよ。それより、博士がどうしてこんな所に。必要なデータは自室の端末で確認できるはずでは?」
「そう邪険にしないで欲しいねえ、俺としては俺の作品が初めて部隊規模で運用されるってんだから、ちょっと見送りに来ただけさ」

 どうやらこの男、これでもいささか興奮しているらしい。何時も変なテンションなのでどうも分かり辛いが、この男にもそんな感情があったとは驚きだ。とはいえ好意的に見る事など出来るはずもなく、シェイド部隊の誰もがこの男を心底嫌っていた。ベック少佐も仕事だから仕方なく話しているだけで、内心では早く何処かに消えてくれと願っているのだが、今日は珍しくこの男はここに長居をするつもりのようで、部下のパイロットや整備兵たちが不快そうな顔で何であいつが居るんだよとボヤキあっているのが見える。
 高槻はそんな悪意など気にも留めずにベック少佐に1つの要求をしてきた。

「ねえ少佐、もし敵に例のサイコガンダムとかいうのが居たら、一当てしてみてくれないかなあ」
「サイコガンダムって、なんでそんなヤバイ相手に?」
「ヤバイ相手だからこそだよ、データ取りには最適だと思わない。俺としては是非大型MAとの交戦データが欲しいんだよねえ。そういうの連邦にはGレイヤーしかないけど、あれなかなかお目にかかれないじゃん?」

 何時もの事だが、やはり部下を研究材料としか見ていない。まあこんな奴の言う事などいちいち真に受けていても仕方がないので適当に聞き流して本来の任務をどうするかを考えるのが何時もの彼らのパターンとなっているので、今回もそうするつもりだった。高槻はシェイド部隊の技術主任ではあるが、作戦に口出しする権限はないので無視しても別に問題は無いのだ。
 適当に聞き流しているのが丸分かりなのに珍しくしつこく食い下がってくる高槻をそろそろ出撃だからと格納庫から追い出し、自分の機体の調整に戻った。NT専用機と同様にシェイド専用機もまた数が少なく、その分色々と問題が多いので出撃の際には入念な点検が欠かせないのだ。この種のMSは決戦用とでも言うべきもので、極論すれば重要な戦いで使えれば問題は無いというかなり歪な運用をされる兵器である。
 唯一、連邦のνガンダムだけはサイコミュ以外は普通に使われているパーツばかりで作られているため、この種のMSとしては異常なほど高い信頼性を獲得しているが、これはエゥーゴが開発段階で既に量産を念頭においていた為で、連邦に渡った後も低コストで作れる超高性能機という特性はそのまま引き継がれている。

 ヴァルキューレはファマス戦役での戦訓を元に改良され、更に地球圏に帰還後に連邦との戦闘に投入された試験機のデータも加えて本格的な量産型が作られて、今回が初の実戦投入となる。基本的なコンセプトはテスト機と変わっておらず特徴的なビームグレイブなどはそのまま受け継いでいるが、従来のネオジオンMSで有用だった装備などの組み込みも行われており、全体的な性能は多少向上していた。
 ただコンセプトから対艦攻撃は苦手で、あくまでもMSを叩き落す事に特化した機体だと言える。この辺りは試作機の大火力とは懸け離れた仕様だった。



 そして、戦いの喧騒と時折響く被弾の音を聞いていたベックの元に、ようやく待ち望んでいた出撃命令が届いた。

「これより本艦はサイド7宙域に突入する。第2波MS隊は順次出撃し、敵機を迎撃せよ!」
「よし、外に出られるぞ。全機出撃だ。艦の進行方向で集結し、敵機を迎え撃つ!」

 艦と共に吹き飛ばされるのではないか、と恐れていたベックはホッとして部下に檄を飛ばし、機体をカタパルトデッキへと移動させていく。他にも出撃する部隊はいるのだが、最初に出るのはラスト・バタリオン隊と決められていたのだ。
 12機のヴァルキューレがカタパルトデッキに並び、4機ずつ同時に出撃する体勢を取る。そしてデッキのハッチが開放され外の光景が飛び込んできたのだが、その様はまさに混戦であった。すぐ近くで味方のドライセンが敵のマラサイとドッグファイトさながらの近接戦闘を繰り広げている。1年戦争の生き残りであるベテランのベックはここにカタパルトで打ち出されるのは危険すぎると判断し、管制にカタパルトは使用せず、直接出て行くと告げた。

「管制、この乱戦の中に打ち出されたら自由機動に入る前に叩き落されてしまう。カタパルトは使用せずに出撃したい!」
「了解した。射出口周辺は機銃群が弾幕を張って敵を近づけないようにしている、味方の弾に当たらないようすぐに離れろ」
「分かった、ヴァルキューレ1出撃する。作戦は変更、各小隊ごとに散って周辺の敵機を掃討するぞ!」

 スラスターを吹かせてヴァルキューレが次々に射出口を飛び出し、すぐに3機ごとの小隊を組んで四方に散っていく。その見慣れないMSの出現はティターンズのパイロットたちを警戒させ、その装備からドライセンの発展型かと思い距離をとろうとする。それは決して間違った判断とは言えなかっただろうが、今回は間違いだったと言えるだろう。彼らの前にいるMSは、ドライセンに似たコンセプトではあったがより速く、猛烈な火力を持ったMSであったからだ。
 マラサイやスティンガーが距離をとろうとしても、圧倒的な加速性能を誇るヴァルキューレから逃げ切れるものではない。瞬く間に距離を詰められた彼らはビームグレイブに文字通り真っ二つにされるか、ドライセンと同タイプの腕部3連マシンキャノンでズタズタにされる運命を辿った。 
 その異常なダッシュ力を目の当たりにしたティターンズのパイロットたちは、敵が強化人間の類だと思った。ティターンズも既に僅かな数だが強化人間を投入しているのだが、それらは人為的な改造で身体能力を大幅に引き上げ、人間の限界を超えた人間を現している。結局のところネオジオンやエゥーゴにサイコミュ技術で遅れていたティターンズではNT=サイコミュ兵器という方向には行けず、リミッターを外したギャプランのパイロットなど、常人では扱えないようなMSを扱える人間という風に認識されていたのだ。バスクは諦めずに未だにNT専用機の開発を継続させていたが、その切り札だったはずのサイコガンダムの量産型が一般兵でも使える準サイコミュのインコムを搭載している時点でもう諦めるべきであったかもしれない。
 だからティターンズのパイロットたちには、目の前のMSを動かしているのが改造を受けた強化人間だと考えた。それはある意味で正鵠を射た表現だったろう。シェイドとは、まさしく人間を改造した超人だったのだから。


 12機のヴァルキューレが飛び出して周辺の敵機を退けているうちにミドロからは次々にギラ・ドーガやザクV、ドライセンが出撃してくる。周囲の護衛艦はもうMSを出し尽くしているようでカタパルトから打ち出されるMSの姿は無く、四方に対空砲火を打ち上げられて弾幕を形成している。
 ミドロの残存機を全て出し尽くしたとは言っても、既に周辺のMSの数は80機に満たない。大半はティターンズ艦隊との戦いに拘束され、この突入部隊に付いて来る事が出来なかったのだ。
 護衛部隊の激減ぶりにミドロ艦長のトゥース大佐は顔を顰めている。まだまだ敵は沢山居るのに、これでコロニーレーザーまで辿りつけるのか。やはりハマーン様の計画通りにこの船を爆弾としてコロニーレーザーの砲口に突入させ自爆させるしかないのだろうか。
 この船を失う覚悟を固めるべきかと考えていると、部下が血相を変えて報告してきた。

「艦長、旗艦が敵の大型戦艦に!」
「何だと、サダラーンがか!?」

 4番モニターに映すように言うと、確かに旗艦サダラーンが敵の旗艦と思われるドゴス・ギア級戦艦、その儀装から1番艦ドゴス・ギアだと考えられる大型戦艦に砲戦を挑んでいた。どうやらこちらの進路を妨害しようと動き出したドゴス・ギアをサダラーンが拘束しようとしているらしい。

「馬鹿な、旗艦が何を考えている、通信は繋げられるか!?」
「駄目です、ミノフスキー粒子が濃くて届きません。それにこう激しく動き回っていてはレーザー回線も……」
「ぐ……どうしようもないのか」

 艦隊旗艦が敵の大型戦艦と真っ向から撃ちあうなどあってはならない事だが、既に戦いは混沌とした乱戦になっている。この状況では後方で指揮に専念などとは言ってられないだろう。それに、あの大型戦艦と撃ち合えるのは確かにサダラーンくらいしかこの場には居ない。ミドロの主砲も強力だが、この艦がこんなところで撃ち合っているわけにはいかないのだ。
 助けに行くわけにもいかず、ここからサダラーンの勝利を祈る事しか出来ない。その歯がゆさに艦橋に居る誰もが焦ったり苛立っていたが、それも僅かな間だった。ミドロの方にも同様の脅威が近づいてきたからだ。

「艦長、右舷側よりこちらに急速に接近してくる別の大型艦を捉えました。艦型照合、リーフのアクアプラス級戦艦です!」
「アクアプラス級、あのリーフが作ってる大型戦艦か」
「性能的にはドゴス・ギアに劣るそうですが、かなりの火力を誇る厄介な艦のようです。ただ我々との戦闘記録は無いので、正確な情報とは」
「構わん、厄介な相手だという事は分かった。こちらはこのまま直進する。右舷主砲は砲撃用意!」

 空母が戦艦と撃ち合うというのはどう考えても無謀に思えるが、このミドロにはそんな常識は通用しない。あのア・バオア・クー戦ではN,S両フィールドで文字通り無敵の防塁と化し、連邦軍の大攻勢を体を張って食い止めた実績がある。その攻防の性能は複数のマゼラン級を同時に相手取れるほどなのだ。下手な要塞並の戦闘力といわれるのは伊達ではない。その主砲は射界こそ制限されるが、その威力は戦艦の主砲をはるかに凌いでいる。もし直撃すればサラミス程度ではひとたまりも無い。その主砲が3基、エネルギーを充填しながらゆっくりと動き出した。


 アクアプラスの艦橋ではこちら側の部隊の指揮を任されていた保科智子が背筋に冷たい汗が伝う感触を覚えていた。まさかあの連邦軍2個艦隊を1隻で食い止めて見せたという伝説を持つドロス級空母と撃ち合うような事態を迎えるとは思ってもいなかった。

「不味いなあ、あんなんとやり合うとは思って無かったわ。あれ何発当てたら沈むんやろ?」
「ネオジオンの艦は防御スクリーン技術が劣っているそうですから、防御力は劣ると思われますが」
「そんなもん、力技で補えるやろ。あれだけ大きいんや、ジェネレーター出力も桁違いと違うか?」

 防御スクリーンや艦砲の威力は色々と技術的な問題もあるが、単純に積んでいるジェネレーター出力が大きければそれだけ大出力になるものだ。だから大きい船はそれだけ強力な武装をしているし、装甲も頑丈に出来る。防御スクリーンも強いというのが常識だ。
 有効射程に入ると同時に先手必勝とばかりにアクアプラスが主砲を放つ。12本のビームがミドロ目掛けて飛んでいき、そして予想した通りに防御スクリーンに逸らされてしまった。それを見た智子は右手で顔を覆い、やっぱりかと呟く。

「やっぱ効かへんやんか、どうせいっちゅうねん」
「補佐官、ミサイル攻撃に切り替えますか?」
「それで行くしかないやろうなあ、けど本当に沈むんかあれ?」
「ア・バオア・クーで2隻沈んでいますし、何時かは沈むかと」
「うちらに当時の連邦軍ほどの戦力は無いって」

 ア・バオア・クーの時の再現が出来るわけあるかと智子は突っ込みを入れ、このままぎりぎりの距離から攻撃を続けるように命じた。受けた命令はあれの撃沈だったが、サイド7に行くのを妨害するだけでも一定の仕事はしたと言えるだろう。あんな化け物をアクアプラスと護衛艦だけで始末できるわけが無い。
 そして智子はこの件を考えるのを止めると、もう1つの問題を部下に尋ねた。

「それで、フィルスノーンは何処に行ったんや?」
「ミノフスキー粒子が濃すぎて連絡が取れません。光学観測もこの乱戦ではどうにも……」
「たくっ、宇宙戦争やってんのになんで光学観測で探さなくちゃいかんのか」

 私たちは何時の時代の戦争やっているんだと愚痴り、そして肩の力を抜くと敵の動きを引き続き経過視するように指示を出す。そしてMSの動きを聞こうとした時、艦が激しい衝撃に揺さぶられた。

「敵艦の主砲、至近を通過しました!」
「直撃で無くてこれかい、どういう威力の主砲積んでるんやあれ!?」
「補佐官、このままでは危険です。回避運動の許可を願います!」
「そんなんは艦長の権限や、好きにやってくれ!」

 戦艦より砲力の高い空母って何なんだと智子は怒鳴ったが、あれは空母というより移動要塞なのでおかしいと言うほどでもない。艦載機の大半が正面のティターンズ部隊に向かってくれているだけでもかなり楽になっているのだから。
 この時リーフのMS部隊はミドロに取り付こうと頑張っていたのだが、周囲を守るヴァルキューレとドライセンの守りを突破できないでいた。改良されたスティンガーはドライセンの相手には十分な性能を持っていたのだが、流石にヴァルキューレの相手をするのは無理がある。グーファーかブレッタでなければ勝負を挑むのは無謀の謗りを免れないだろう。
 智子もスティンガーが恐ろしい勢いで消費していくのを見て顔色を変え、マッキャンベル准将に慌てて増援の要請を出した。

「准将、こちらリーフの保科です。あのデカブツの周りの守りを突破できず、MS隊の被害が増大しています。グーファーを回してもらえませんか?」
「こちらもグーファーは敵のNT専用機の相手で手一杯だ、悪いが応援は回せそうに無い」
「それじゃアトラスを頼みます。ドロス級はスティンガーの武器じゃ手に負えません。このままじゃグリプスまで抜かれますよ!」

 マッキャンベルが嫌がらせで言っているのではないのは分かるが、こちらもこのままではミドロを止める手立てが無い。なんとしてでも強力な重MSの来援が欲しかった。リーフも重MSを開発していれば良かったのだが、ティターンズではジェガンまでの繋ぎとしてスティンガーを買い入れてくれていたので、無理して経験の無い兵器の開発にまで手を出そうとしなかったのが仇となった。そういう仕事はティターンズの可変MSの仕事だと考えられていたからだ。
 一応スティンガーにもティターンズのmk−Uの採用と同時に採用された標準バズーカを装備させる事は出来るが、これは新世代艦艇には威力が十分とは言えない。連邦も同様のバズーカを標準としていたが、やはり威力不足からνガンダム用の新型バズーカを新しい標準装備として採用している。
 1年戦争時代の遺物とはいえ、頑強さでその名を残す化け物だ。耐久力ではアクアプラスやドゴス・ギア以上なのは間違いない。メガランチャーでもあればと言いたいが、艦砲が防がれる状況では奇襲で防御スクリーンが張られていないところを狙わなくては余り効果が期待できない。
 いっそ駆逐艦でもぶつけてやろうかと智子は物騒な事を考えてしまったが、実際それしかないかもしれない。少なくとも今この場であの艦に有効打を与えられそうなのは駆逐艦、特にレーザーとミサイルを武器とするセプテネス級駆逐艦だろう。これは2線級戦力としてグリプスに沢山残っていたので、今から呼び寄せて参加させる事が出来るはずだ。
 これは名案だと思った智子は、早速それをマッキャンベルに要請する事にした。

「提督、ではグリプスに残されている駆逐艦を回してもらえませんか?」
「駆逐艦だと、だがグリプスには旧式艦しか……」
「はい、旧式艦だから良いんです。武器も防御スクリーンに左右されませんし、いざとなればぶつけても惜しくはないでしょう?」
「……怖い事を思いつくお嬢さんだな」

 まさか駆逐艦をぶつけるような乱暴な手を思いつくとは。だがこれならば断る理由もなく、マッキャンベルの方からバスクに要請すれば済む事だ。マッキャンベルはこの提案を快諾し、早速バスクにレーザー回線を使って要請を出した。
 バスクもその程度なら問題は無いとして受諾し、早速使い道が乏しくてグリプスに貼り付けていた旧式駆逐艦部隊の一部をネオジオン艦隊迎撃へと向かわせた。

 駆逐艦をこちらに派遣したという連絡をドゴス・ギア経由で送られた智子はホッとした。とにかくこれであのデカブツに一撃加える目処は立ったのだ。あとはあの周りの敵MSをどうやって削るかなのだが、あの12機の新型が出鱈目な強さを見せ付けてくれていてこちらの方がすり減らされている有様だ。まあ数で勝っているので何とかなるとは思うのだが。

「こんな事なら藤田君にこっち任せりゃ良かったかもなあ。佐藤君に通信は繋がるか?」
「回線は繋がっています、3番に出します」

 返事から少しして、3番モニターに優男風の青年が現れる。

「こっちはちょっと忙しいんだけど、何かな?」
「単刀直入に聞くわ、突破できそうかな?」
「……ちょっと、厳しいかなあ。犠牲を問わずって言って貰えれば出来そうだけど」
「それ言ったらパイロットが纏めてストライキ起こすで。うちが軍隊やないんだから」
「まあそうだよね。でもこの強さ、やっぱり強化人間なのかなあ。どれも綾香ちゃんより強いよ」
「そうみたいやね、データでも比較だと姫川さんでも勝てるかどうか」
「柳川さんなら勝てそうだけどね」

 リーフにも名の通った凄腕は何人も居るのだが、地球圏で頂点争いが出来そうなパイロットなどは居ない。たとえばこの戦場に居るハマーン・カーンなどの強さは出鱈目なものので、ティターンズ最強と言われるヤザン大尉やシロッコ大佐をすら凌ぐと言われている。あのアムロ・レイやシャア・アズナブルと互角とも言われる文字通りの化け物だ。主戦場の方では凄まじい強さの純白の新型が確認されており、おそらくこれがハマーン・カーンの機体だろうと見られている。こちらには柳川が供与されたブレッタを駆って既に向かっているはずだが、対抗できるかどうか。
 
「まあ、しゃあないわ。今こっちに駆逐艦部隊が向かってるはずやから、それまで敵機を拘束するのに専念しといて」
「あれ、ちょっと状況が変わったみたいだ。なんだか敵機の様子がおかっ……」
「佐藤君!?」

 いきなり回線が切断され、モニターが白濁する。それが何を意味するのか想像した智子はまさかと思ってオペレーターに確認を取った。

「何がどうしたんや、まさか!?」
「いえ、佐藤隊長機は健在です。ですが、敵の新型の様子がおかしいですね。敵味方構わず周囲のMSに手を出し始めています」
「敵味方構わずにって、どういうこっちゃ?」

 それまで自分たちを散々妨害し続けていた邪魔な敵が、いきなり敵味方構わず攻撃しているなどと言われても状況が理解できるわけがない。オペレーターの元に駆け寄ってレーダーパネルを確認すると、確かに敵の新型機を示す表示が周囲のMSの反応に対して手当たり次第に接近を繰り返し、時折反応が消えている。どうやら本当に近くに居るMSを狙って暴れているらしい。だがどうして、何故こんな事に。シェイドの知識を持たない智子にはその理由が分かるはずも無く、一度立て直すためにMSを下がらせるくらいしか出来なかった。





 サダラーンとミドロが敵の大型艦を相手に砲撃戦を開始したのは混戦の中にあるハマーンにも確認できた。自分の周囲には数機の親衛隊のガズエル、ガズアルが残っているだけで、ほかの親衛隊機の姿は無い。どうやらこの混戦で撃墜されたか、逸れてしまったようだ。

「情けない、いくら混戦とはいえ部隊を維持する事も出来んとは」
「も、申し訳ありません。ですが、これが初陣という者も多く、指揮するベテランもこれほどの混戦の経験は……」
「言い訳はいい!」

 叩き付けるように言って部下を黙らせたハマーンだったが、実際に彼の言うとおりだったので反論する事は出来なかった。ハマーンの出撃する機会はこれまでにも幾度かあったが、親衛隊が総出で出撃するような機会は無かった。勿論訓練は積んでいたので戦えないわけではないのだが、初陣で上手くやれる者はそう多くは無い。初陣を生き残れれば何とかなるものなのだが、今回は彼らを生き残らせるはずのベテランまでが混戦の中でバラバラになってしまったようだ。ハマーンでなくても頭を抱えたくなるだろう。

「ギーレンたちは何処に居るのだ?」
「残念ながら、連絡が取れません。それぞれに自分の隊を纏めておられたはずですが」
「……やむをえんか、我々は最後の1隻の大型戦艦を叩くぞ!」

 ハマーンはサラミス2隻を伴っただけで味方のチベやムサイと撃ちあっている最後のアクアプラス級戦艦フィルスノーンを狙うことにした。アクアプラス級戦艦はカイラム級に匹敵する500mサイズの大型艦で戦場では良く目立つ、格好の標的だと言えるだろう。
 ガズエル、ガズアルを伴ってフィルスノーンを狙うハマーンのヤクト・ドーガ。それに気付いた直衛機のスティンガーが迎撃するために集まってくるが、ハマーンは残してあった2基のファンネルを起動させてこれに向かわせる。まず2機が突然のレーザーに反応する事も出来ずに撃墜され、それを見た他の機体が慌てたように四方へと散っていこうとするが、その回避中狙われた1機のスティンガーが背後からレーザーに撃ち抜かれ、胴体に大穴を開けられてしまった。
 相手がファンネルを使っていることを理解したリーフのパイロットたちは狙われないように激しく動く手に出る。余程の能力を持ったNTが訓練を積んで熟練しなければビットやファンネルはMSの機動性に付いていけなくなる。元々が奇襲前提の兵器であり、姿を晒せば牽制用くらいにしか使えない、というのがこの手の兵器の常識だからだ。だが、今彼らの前に居たのはその余程の能力を持ち、ファンネルの扱いに長けたNTであった。
 まだ動ける2基のファンネルはそれぞれが巧みな回避運動をするスティンガーに対して機敏な動きで追随し、離される事は無かった。

「馬鹿な、ファンネルが振り切れないだと!?」
「そんな、こんなに速く動ける訳がっ?」

 彼らの知っているファンネルはネオジオンが使ってくる従来の漏斗型だった。そのデータを考えれば本気で逃げるMSに追い付ける筈が無いのだが、新型はその問題を克服し、新世代のMSの動きにも十分に追随出来るようになっている。高速を誇る第3世代機や、グーファーやネロ、ブレッタといった高級機であれば振り切る事も出来たろうが、普通のMSでは無理な事だった。
 ファンネルを振り切れなかった2機のスティンガーが撃墜され、フィルスノーンを守る壁に大穴が開く。そこにヤクト・ドーガを先頭にネオジオンMSが突入していき、猛烈な対空砲火に出迎えられた。
 激しい左右の機動で対空砲火を回避しながらガズアル、ガズエルが腰に下げていたラックからミサイルを発射したり、ヤクト・ドーガがシールドに内蔵されているメガ粒子砲を放ってフィルスノーンを攻撃するが、MSの火力ではこれほどの大型艦を沈めるのは容易ではなかった。やはり戦艦の防御スクリーンの壁は厚く、ヤクト・ドーガのメガ粒子砲でさえかなり威力を落としてしまっている。ミサイルはそのまま命中しているが、元々が対MS用なので対艦として使ってもあまり効果が無い。

「駄目ですハマーン様、やはり戦艦を叩くには専用装備でないと効果がありません!」
「分かっている、ジャムルフィンは近くに居ないのか!?」
「残念ながら、近くには居ないようです」

 対艦攻撃にはそれ用の装備が無いと苦しい。対艦用のバズーカやメガランチャー、ミサイル発射筒などがそれだが、基本的にこの手の装備は専用に装備している機体以外では余り使われていない。対MS戦で忙しいネオジオンMSにはそんな物を装備している余裕が少ないのだ。
 ギラ・ドーガはこの問題を解決するべく大型シールドの裏に使い捨てのシュツルムファウストという大型対艦無反動砲を4つ装備している。これは手で持つ筒部分から炸薬で先端の大型弾頭を飛ばす変わった兵器で、射程や弾道性能でミサイルに大きく劣る代わりに安価で大威力を持たせる事が出来る。また装備スペースも食わない事からギラ・ドーガ以外のMSでも背中や腰の開きスペースに固定させて持っていくパイロットも増えている。
 だが、彼らはそれを持ってきていなかった。そのツケが対艦攻撃力の不足となって響いていたのだ。

 歯軋りしながらもハマーンは一度後退するほか無かった。チベの砲撃が目の前の艦の防御スクリーンを撃ち抜き、船体に被害を与える時を待つ他無い。船体に被弾すればその周辺の磁性体が破壊され、防御スクリーンが消失するか弱くなるからだ。そうなればMS用のビーム兵器でも打撃を与える事が出来るようになる。
 だが、ハマーンの思惑に関わり無く周辺の戦況は動いていく。フィルスノーンの両脇を固めていたサラミスにハマーンとは別部隊のギラ・ドーガが群がり、思い思いの方向からシュツルムファウストやグレネードを叩き込んで船体のあちこちに直撃の炎を上げさせている。そしてその火が弾薬にまで達したのか、2隻のサラミスは大爆発を起こして沈没してしまった。

「ずいぶんとあっさり沈んだな、リーフの艦はティターンズの艦より脆いというのか?」
「いえ、どうやら艦隊陣形の悪さのようです。左右のサラミスは周辺からの相互支援を受けられない位置に居ましたから」
「艦隊運動の錬度が劣っているという事か、それとも指揮官の無能が原因か、いずれにせよ有難いことだ」

 どうやらリーフはティターンズに比べると錬度で劣っているらしい。通常、艦隊陣形はある程度の相互支援を前提として組み、動きながらでもそれを維持できるように訓練を積み重ねるのだが、リーフはプロの軍人ほど徹底されてはいなかったようだ。これまでリーフは自分たちの艦隊がそこまで危機に見舞われる事態に遭遇した事は無く、そういう事態への対策が行われていなかったのだろう。ティターンズは延々と連邦軍と戦い続けていたので乱戦にも慣れており、動き回ってもそうそう陣形を崩したり、僚艦を見失ったりする事は無いようだ。とはいえ限界は当然あり、このような乱戦下では友軍からはぐれ、孤立してしまう事は起こるものだ。
 僚艦2隻を失ったフィルスノーンの動きには明らかに動揺が見て取れた。500mを超える大型戦艦でありながら半分程度のサイズのチベやムサイとの距離を開き、逃げようとしている。周辺にいた護衛のMS隊も突然艦が動きを変えたことで混乱しているようで、周囲の守りに乱れが生じている。
 その間隙を付くようにして2機のジャムルフィンがメガブースターを吹かせて突入していき、機首のハイパーメガ粒子砲をフィルスノーンへと叩き込もうとする。だが発射の直前に戦闘の機が対空砲火に絡め取られ、破片を撒き散らしながらフィルスノーンの傍を駆け抜け、やがて爆発四散してしまった。
 しかし後続機は先頭機の惨状にも怯まずに距離を詰め、必殺のハイパーメガ粒子砲を放った。放たれる前にフィルスノーンは回避運動に入っていたが、それでも直撃を回避する事は出来ず、防御スクリーンに逸らされた粒子が発する燐光が一瞬船体を包み、そして戦艦の艦砲以上の威力を持つビームが船体右側面を直撃し、そのまま船体を貫通してしまった。巨体だけに一撃必殺とはいかなかったものの、その一撃で右舷の船体を大きく抉られ、主砲1基を失ってしまうという大損害を蒙ってしまっている。
 敵艦の守りの壁が開いた、それを見たハマーンはその穴に突入して敵艦を叩こうと考えたのだが、動き出す前にいきなり凄まじい怖気に襲われ、動きを止める。

「な、何だ、この殺意は……?」
「ハ、ハマーン様!?」

 戦場の中で突然動きを止めるという自殺行為にも等しい行動に出たハマーンに部下たちが動揺する。いきなり止まられては護衛の為の隊形を維持しきれないし、戦場で止まるのは良い的になる事を意味している。一体どうしたのだと部下たちが戸惑う中で、ハマーンは視線をミドロの向かった方角へと向けていた。

「NTとも強化人間とも違う……この感じはシェイドか。だが、シェイドから何故これほどの殺気が?」
「あの、ハマーン様、本当にどうされたのですか?」
「誰か、すぐにミドロを追え。そしてそこで何が起きているのかを報告せよ!」
「は、あ……わ、分かりました」

 命じられた指揮官が小隊から2機を割いてミドロを追わせる。これでハマーンの護衛機は3機にまで減ってしまったが、ハマーンは気にしていなかった。そんな事などどうでもよくなるほどに、この突然の脅威の出現はハマーンを動揺させていたのだ。彼女にとっては初めて体験するロストしたシェイドの発するプレッシャーであり、なまじ強い力を持つだけにその人間に及ぼす根源的な恐怖をまともに受けてしまっていたのだ。

「シェイドなのか……だが何故、これほどの殺意が……何を隠しているのだデラーズ?」
「ハマーン様、敵機が来ます!」

 4機のバーザムが編隊を組みながら下方から突き上げるようにして自分たちに向かってくる。部下の警告でそれに気付いたハマーンだったが初動の遅れが痛かった。バーザムが撃ってきたビームが下方から自分たちを突き上げ、回避が遅れたハマーンのヤクト・ドーガの傍を掠めていく。そして遂に1発がシールドを固定しているアタッチメントごともぎ取っていき、シールドを失ったハマーンは焦りの色を浮かべる。
 だがそれでも本体にまでダメージが来た訳ではない。体勢を立て直したハマーンはビームアサルトライフルで1機のバーザム上半身を撃ち抜いて撃墜し、さらにその僚機を連射を浴びせて撤退させた。

「ちっ、このような所で醜態を晒したか」
「ハマーン様、お怪我は!?」
「心配は無用だ、シールドを失っただけだ」
「はっ、それならばよろしいのですが」
「……少し、熱くなりすぎたようだな。一度サダラーンに戻って状況の把握をするとしようか。お前たちも一度帰還し、補給を受けよ」

 そう命じてハマーンはヤクト・ドーガを砲戦中のサダラーンへと向け、親衛隊もそれに続いていく。NTの持つ直観力が彼女にこの先起きる惨劇を予見させたのだろうか、ハマーンはこれからとてつもない事が起きるという漠然とした予感を感じていた。



後書き

ジム改 さあ、遂にネオジオンとティターンズもシェイドの悪夢を見る日が来ました。
栞   ネオジオンのシェイドもロストするんですね?
ジム改 ロストし難くなった、だけだから。
栞   ……まあ前作の改造後に大半がロストするってのに比べたら低くなってますか。
ジム改 実験品の舞たちなんて何もせずとも4人にまで減ったからな。
栞   やっぱり欠陥品ですよこれ、強制的な進化なんて間違ってます。
ジム改 まあ作ってる方は欠陥を承知で作ってるしね。
栞   えうう、ガンダムの偉い人ってどうしてこうなんでしょう。
ジム改 実は地球が舞台のSFとしては、すっごく命の価値が安い世界なんだよな、ガンダムって。
栞   連邦政府も酷いですけど、対抗勢力がどれももっと酷いってのが更に悲惨ですよね。
ジム改 この世界の住民には安住の地は無いと言っていい。
栞   0080の描写を見る限り、生活レベルは地球より宇宙の方が高そうですけどね。
ジム改 地上だと一部の特権階級とやら以外だと生活レベルが低い奴しか出てないからな。
栞   実際に住むならどっちが良いんでしょうね。
ジム改 さあなあ、Vの時代の150年代になるとどっちでも良いって感じになってるけど。
栞   それでは次回、ロストしたシェイドの暴走はネオジオン、ティターンズ双方を巻き込んで戦場を引っ掻き回します。その混乱は戦場全体に拡大していき、収拾の付かない状態を生み出してしまう。その大混乱の中で、ミドロはグリプスUを目指すのでした。次回「堕ちゆく星」で会いましょう。