第125章  堕ちゆく星


 

 北米、キャリフォルニアベース基地の北20km地点で連邦軍のMS大隊がティターンズと激しい戦いを繰り広げていた。50機近いゼク・アインがティターンズ地上部隊の執拗な砲撃に晒され、回避運動を強いられている。

「敵の砲撃を探知、弾数12、続けて第2波、あ、第3波も確認、第1波と同時着弾します、着弾まであと12秒!」
「全機散れ!」

 遠距離からの連続砲撃をレーダーで捉えた後方の観測部隊からの報告に北川が反射的に指示を出し、自分のゼク・アインをホバーさせて近くの岩陰へと動かす。部下たちもそれぞれに動いて砲撃を回避しようとしているが、やはりベテランと新兵の反応の速さに差が出ている。新兵たちの駆るゼク・アインたちがもたもたしている間に重砲弾が一斉に着弾し、爆風と衝撃波に逃げ遅れていたゼク・アインが揉みくちゃにされている。不運な機体には砲弾が直撃し、食らった部位を吹き飛ばされている。

「ちっ、各中隊は損害を報告しろ!」
「こちらベータ、2機が損傷、うち1機が片足喪失!」
「チャーリー中隊です、1機が右腕を飛ばされました!」
「分かった、損傷機は後退させろ。観測班、砲撃地点を制圧できないのか?」
「位置は分かりました、30秒後にガンタンクが砲撃を開始します!」
「分かった、砲撃が終わったら前進する」

 物陰に身を潜めていると、後方から続けて砲弾が放たれ頭上を通過していった。コンピューターが弾道を割り出し、砲撃予想地点に正確に着弾していく様をCGで表示してくれる。ガンタンク部隊はなかなか良い腕をしているようだった。
 ただ、敵の砲撃部隊が自走砲で素早く動いていたら面倒だった。

「くそっ、これじゃ何時までたってもキャリフォルニアベースに辿り着けないぞ。美坂、好きな数を連れて行って良いからあの砲撃を黙らせられないか?」
「私もそうしたい所だけど、何処にいるか特定できないと無駄足になるだけよ。下手したら待ち伏せにあって袋叩き、それでも行けって言うの?」
「……空軍の役立たずは何してんだよ!」

 北川は空軍が仕事をしていないと詰ったが、空軍としてみれば大量のギャプランやシュツルムイェーガーを相手にダガーフィッシュとアッシマーで良く頑張っていた。これも全ては作戦開始直後にいきなり低軌道ステーションが配備されている戦力もろともコロニーレーザーで吹き飛ばされたせいなのだ。あれが無ければ軌道上からの爆撃や降下部隊の支援、必要なら戦艦を降下させてもらうことも出来たというのに。
 だが無いもの強請りをしていても始まらない。北川は地図データを呼び出すと進路を変えるかどうかを思案し始めた。

「砲撃を避けるんなら渓谷の方を迂回する方が良さそうなんだが、待ち伏せがありそうなんだよな」
「待ち伏せが無いルートなんて無いと思うけど」
「そうなんだが、このままだと敵の姿を見ないうちに戦力を磨り減らされそうでなあ」
「NTの勘頼みで栞に任せてみる?」
「この状況ならマヌケなセンサーより当てになりそうだけど、指揮官がそれ当てにしちゃ拙いだろ?」
「秋子さんやあゆちゃんの予測だったら信じるくせに」

 NTというものの持つ異常なまでの知覚領域の広さと直観力に関しては北川も認めるしかない。栞はさほど強力なNTではないが、それでも時として何の情報も無い筈なのに一足飛びに答えを出してしまう事がある。自分にもこれがあたらどんなに便利かと思うのだが、NTの友人たちの話ではそんな都合の良い能力ではないそうだ。自分で制御出来るわけでもなく、精神的な接触は理解よりも苛立ちや怒りに繋がる事の方が多いらしい。

 こんな砲撃を受ける度にMSが1機、2機と減っていけばキャリフォルニアベースに辿り着く前に何機残っているか分からない。いっそベースジャバーで直接乗り込んだ方が良かっただろうかと思うが、ハワイからの部隊は北方に揚陸するというのが太平洋方面軍の作戦なので位階の大尉にどうこうできる話ではない。
 だが、このまま進むのも考えものだと思っていると、いきなり通信機からシアンの声が聞こえてきた。

「お〜い、まだ生きてるか北川?」
「縁起でもない事言わないで下さいシアンさん、この忙しいのに何です?」
「ああ、ちと状況が変わった。これから俺も部隊を纏めて敵の後方に上陸した後、海岸道路を南下する。お前も支援のために突入してくれ」
「ちょっと、どういう事ですかそれ。何があったんです!?」

 何でいきなりそんな事になるのだという北川に、通信機越しにも伝わってくる呆れた空気を纏わせながらシアンが事情を教えてくれた。

「南から来てた第12軍集団がメキシコを突破して一気に旧カリフォルニアに大軍を突入させたらしい。先頭に立ってるのは佐祐理の大隊らしいぞ」
「……また無茶したのかなあ、あの人」
「佐祐理は大人しそうな顔して過激な奴だからなあ。相沢が居なけりゃあいつが突撃役やってただろうし」

 ジャブローのパイロットたちから恐れられた天使のような悪魔、倉田佐祐理少佐はその優しそうな外見通りのとても穏やかで上品な女性であったが、外見とは裏腹ににこやかな笑顔で過激な事を言う人だった。あはは――という朗らかな笑顔で言葉のナイフを振り回す彼女はジャブローの若手士官たちの幻想をぶち壊してきたものだ。
 彼女がジャブローで生産されている新型機を使っていることは北川たちも知っていたが、いまでもあの笑顔で部下たちを率いているのだろう。その突破力は祐一ほどではないがかなり高く、しかも祐一と違って頭が良いので守りに回っても強いので敵に回したくない相手だ。
 あの佐祐理が先頭に立っているのならば、ティターンズの防衛ラインを食い破っても不思議ではない。そしてそのままの勢いで行ける所まで一気に突き進もうとしているのだろう。それが続いているのは孤立しないように後方からの戦力の投入が上手く行っているという事だろうか。

「んで、佐祐理が突っ込んでこちらに来てた部隊がかなりの数南に向かって移動を始めているって偵察機が報告を寄越してきてな、ウェスト将軍が突入を命令してきたんだ」
「支援も無しで突っ込めですか、そうですか……」

 どうやら侵攻部隊を率いる将軍が南方から突き上げてくる第12軍集団に負けまいと欲を出したのが原因らしい。シアンに今1つやる気がなさそうなのも無茶な命令をごり押しされたせいだろうか。
 北川としてもそんな無茶はしたくないのだが、シアンを困らせる事もしたくは無いので、仕方なく命令を受諾して部下にそれを伝えた。まあ案の定部下たちからは無謀な命令に不満の声が漏れたが、シアンたちも突入すると聞かされては黙るしかなかった。昼行灯で有名な男ではあったが、なんだかんだで部下からの人望は厚い男だった。



 北川の大隊を含む複数のMS大隊に進撃を命じたシアンは、自らもよりキャリフォルニアベースに近い地点に強襲上陸をかけるべく準備をしていた。元々上陸する予定だったので部隊や装備は整っており、後はタイミングだけだったのでこれは問題は無いのだが、問題は上陸する地点だった。敵の動きが変わったことで上陸予定ポイントの敵の数が読めなくなってしまったのだ。

「さて、奇襲の予定が強襲になりそうなんだが、どう思うかねシーマ大尉?」
「生憎と、あたしゃ強襲作戦は慣れっこでしてね。中佐もその辺を買って私に部隊を任せたんじゃないんですか?」

 シーマ大尉は自身ありげな笑みを浮かべてシアンに返した。彼女は東南アジアで部下の大半を失ったあと、海鳴でシアンから新しい部隊の編成を命じられた。それは1年戦争時代のような敵地への襲撃を目的とした強襲部隊で、シーマ海兵隊の再建と言っていい任務だ。
 シーマとしては多少複雑な気持ちではあったが、来るべきハワイ奪還、そして北米への上陸という作戦に備えてのものと言われては断る事は出来なかった。それにこれを果たせば自分はシアンの元で強襲部隊を指揮する部隊長ということになり、多少の出世も期待できるようになるのだ。
 シアンの要請で作られたシーマ海兵大隊は陸戦型ゼク・アイン36機という装備優良部隊となり、大口径マシンガンではなくビームライフルを基本兵装とするが一部は宇宙軍のビームスマートガンに相当するレールガンを装備して支援機として使われていた。
 基本的には北川たちが使用している機体と同じであるが、シーマの経験を元に強襲用として固定火器と装甲を追加し、シールドも必ず装備している。敵弾を回避するのではなく弾き返しながら前に進むための機体なのだ。それはこの部隊がもっとも過酷な任務を任される部隊である事を示している。

「あたしの部隊はその為の部隊だ、やらせて貰いましょうか」
「よし、では上陸部隊の先鋒を任せる。揚陸艦からゲタで一気に海岸まで行ってくれ。俺は君より少し先に海から上がる予定だから」
「海からって、まさか中佐?」
「ああ、俺は水陸両用部隊を率いるつもりだよ。最近はどうもこっちに馴染んでいてね」
「中佐、アッガイは無しにしてくださいよ」

 この男、この戦争が始まって様々な機種、というか適当にその場で使える機体に乗って出撃を繰り返していたのだが、その中でも特に海鳴でアッガイやズゴックといった水陸両用機に乗ってティターンズと戦っている事が多かったせいか、単に趣味的な部部が合致したのか、アッガイをいたく気に入ってしまっていたのだ。その戦績は凄まじく、東シナ海のアッガイは同方面のティターンズにとってはとても恐ろしい存在であった。
 そしてアッガイで出撃を繰り返す基地司令に、ラウンデル少佐が日々心労を溜め込んでいた事は一部で有名な話であった。
 シーマは一応釘を刺したものの、シアンがアッガイで出ないとは言い切れないので茜にでも言っておこうと考えた。シアンに対して物理的手段も含めて言う事を無理矢理聞かせられるのはここでは彼女だけであるから。


 この4時間後、北米西海岸、ユーリカの港町跡に連邦軍の大部隊が上陸を開始した。上陸の先鋒を担ったのは海鳴基地で編成されていた水陸両用部隊で、旧ジオン系MSで編成された強襲部隊だった。特に数が多いのが東シナ海で大活躍したアッガイだったが、再生産されたズゴックやゴッグの姿もあった。連邦規格に合わせて若干の改修を受けている以外はオリジナルとほぼ同じ性能で、それがたいした守備隊も居ない、かつては栄えていただろう朽ちた港町に次々に上陸してきた。この近辺に居た少数のMSが応戦してきたが10倍以上のMSを食い止められる筈も無く、蹴散らされて町から叩き出されてしまった。
 この後すぐに近隣のおそらくは北方から移動中だったと思われるMSや戦車が現れて海岸を制圧したシアンたちを攻撃してきたのだが、彼らに少し遅れてシーマ率いる海兵隊がゲタに乗って現れ、町に降下して橋頭堡の拡大を図ってきた。
 ここに上陸されたら後退中のティターンズ部隊は退路を断たれてキャリフォルニアベースに戻れなくなってしまう。連邦軍が自分たちを包囲下に置こうとしていると考えたティターンズの将軍たちはこの上陸部隊が橋頭堡を築くのを阻止しようと部隊を繰り込んだのだが、連邦太平洋方面軍はこの上陸作戦に十分な準備を行っていた。ティターンズが続々と南下してシーマ海兵隊と交戦している間に大量のミデア輸送機が町に物資や地上部隊を下ろして離脱していく。また後方の輸送艦からはゲタ履きのMSが続々と飛びたって町の周辺へと直接降下してくる。1年戦争の時と違ってSFSが普及したこの時代ではMSは輸送機からパラシュートで降下するような事はせず、ゲターやベース・ジャバーで輸送艦から直接飛び立って目的地に降りる。
 これほどの戦力を極めて短い時間に一気に戦場に届けてしまう能力は、大量の輸送手段を有する連邦軍にしかないものだった。ティターンズが纏まった数で戦場に到着する頃には既に2個師団規模の部隊が町の周囲に展開して幅5km、奥行き8km程度の橋頭堡を構築してしまっていたのだ。連邦軍がここを狙った理由は単純で、まだ使える港が残っていたからである。接岸できる埠頭が欲しかった連邦軍はこの随分昔に捨てられた廃墟に目をつけ、シアンが率いる強襲部隊を送り込むことにした。
 防御に向いた地形に戦車やMSを配置し、上空には沖合いの空母部隊から出撃してきた艦載機が航空支援を展開させている。特にもっとも突入に向いている街道沿いを守っているシーマ海兵大隊は防御力の高いゼク・アインに更に増加装甲を施し、シールドまで持たせた重MS並の防御力を持っている。これを撃破して突入するのは容易ではないだろう。しかも時間をかければ後ろから先ほどまで戦っていた連邦のMS部隊が殺到してきて挟撃されてしまうというおまけが付いている。
 ここでティターンズの部隊の対応は大きく分かれた。橋頭堡を潰す事は諦め、内陸に迂回してでもキャリフォルニアベースへの撤退を目指して移動を開始する部隊と、上陸した連邦軍を海に叩き落す事にした部隊に分かれたのだ。
 この攻撃してきた部隊を連邦軍のMS部隊が食い止めるべく街道を中心に展開して守りを固めている。シーマ海兵隊が最も攻撃が集中する海岸街道を固め、内陸にかけてジムUやジムVが展開していく。
 街道を南下してくるティターンズのバーザムや戦闘車両の大軍を視認したシーマは乾ききった唇を舐め、部下たちに射撃用意と告げた。

「お前たち、あの程度の数にびびるんじゃないよ。海鳴で相手してもらった連中の方がよっぽど手強い相手だったさ」

 海鳴では茜たちが守る海岸に対する強襲訓練と敵の援軍を食い止めるための防衛戦の訓練を重ねてきたのだ。あの化け物どもがジムVで襲ってくるのに比べたら、ティターンズのバーザムやハイザックなど何ほどのことがあろうか。
 シーマに部下たちが威勢の良い声で返事を返す。どんな敵を前にしても怯まず強気でいる、それがシーマの信条であり、シーマ海兵隊だった。


 宇宙で秋子たちが戦っていた頃、地球ではキャリフォルニアベース攻略の前哨戦ともいえる太平洋方面軍の上陸作戦が開始されていた。それは北米の戦いに決着をつける作戦の始まりであったが、それは功績争いの様相を呈しようとしていた。もはや彼らにとってティターンズは恐るべき敵ではなく、打倒するまで後何回戦いがあるかという程度の相手に成り下がっていたのだ。






 シェイド、それは1年戦争で実戦に投入されたものの、NTのような派手な活躍を残す事も無く、ほとんど誰も注意も引く事無くひっそりと歴史の中へと消えていくはずだったジオンの投入した強化人間の一種である。
 シェイドが注目されるようになったのは、ファマス戦役においてファマスがこれを纏まった数で投入した時からである。NTとは異なる、不可視と呼ばれる念動力を操り、一部のものは更に不可思議な力を発現させるこの異能者たちはNTほどではなかったもののMSパイロットとしても極めて優れていて、部隊規模でファマスが投入して連邦に無視できない損害を強いている。
 この時の活躍で連邦にもその存在が注目されたのだが、結局技術的な資料の不足と、シェイドにもっとも深く関わっていた秋子の隠蔽工作もあって連邦ではその利用が進められる事は無かった。だがネオジオンでは研究が続けられ、ある程度安定供給が可能という段階にまで達する事が出来た。
 だが、NTや強化人間には精神崩壊という問題が付きまとうように、シェイドにはロストという自滅現象が存在する。ファマス戦役においてもファマス側のシェイドの1人がロストを起こし、周囲に見境無く攻撃を加えた後に友軍の手で始末されるという事件を起こしている。ロストは暴走状態ともいわれ、本人のそれまでの能力を遥かに超える異常な戦闘能力を発揮し、見境無く暴れまわった末にシェイド本人の肉体が破壊されてしまうのが特徴となっている。そしてロストして助かった者は、現在までのところ月宮あゆだけである。もっとも彼女のあれはロストとは違うのではないかという説もあって良く分かっていない。
 シェイドとは一体何なのか、ロストした1機のヴァルキューレを目の当たりにしたネオジオン将兵たちは誰もがその疑問を抱かずにはいられなかった。そのヴァルキューレから放たれる異常な殺気はNT能力を持たない普通の兵士たちですら竦ませ、戦意を挫いている。
 これと似た事例が1年戦争の終盤において連邦軍で報告されている。ソロモンを攻略した後、レビル将軍を向かえて侵攻を再会しようとした矢先にソロモンに展開していた連邦将兵たちの多くがララァという声を聞き、原因の判らない頭痛や圧迫感を覚えたという。シェイドのそれは震え上がるような恐怖であったが、NTとシェイドには似たような部分があるのかもしれない。

 サダラーンに帰還したハマーンはミドロからの報告を受け、シェイドという存在に疑念を抱かずに入られなかった。ミドロ艦長の話ではそれまで艦の直衛という任務を忠実に果たしていたヴァルキューレの1機が突然暴れだし、敵味方を問わず近くに居るMSを襲いだしたという。人格が不安定になりやすい強化人間ですらそこまでの事態に及んだ事は無いのに、これまでそんな話を聞いたことが無いシェイドがどうして急におかしくなったのか。

「デラーズめ、聞いていないぞ。シェイドに暴走の危険があるなどとは!」
「どうされますか、ハマーン様?」
「他のシェイドに暴走した機を始末させる、それ以外に手はあるまい!」
「しかし、報告では止めに入ったヴァルキューレですら手に余ると」
「泣き言を聞いてやる余裕は無い、シェイド部隊の指揮官にそう言うのだ!」

 厳しいのはミドロだけではない。既にネオジオン艦隊の全てが窮地に追い込まれているのだ。ミドロを突破させるためにネオジオン艦隊主力はティターンズに接近乱戦を挑み、今も殴り合いと言うのが正しいような消耗戦を続けている。
 デラーズの1人1人がエースパイロット並の働きをするという言葉を信じてミドロの守りにシェイド部隊を回したのだが、まさかそれが最大の敵になるとは。

 加えてハマーンを悩ませているのはティターンズが投入してきた量産型サイコガンダム、アトラスの存在であった。それまでこちらのキュベレイとゲーマルクは敵機に対して優位を保っていたのだが、このアトラスの参加でその優位も崩されてしまった。とにかく火力が圧倒的で、ゲーマルクにも引けを取らない。その上装甲も強靭で対ビームコーティングも施されていたので、ファンネルのレーザーがほとんど意味を成さなかった。放たれたレーザーは装甲を貫けず、表面を焼くに留まっていたのだ。
 その火力に対抗できそうなのは同じ移動砲台型のゲーマルクのみであったが、この場合ゲーマルクとアトラスの取引ではネオジオン側が大損をしてしまう。コスト的にはアトラスの方がやや高いのだが、失うパイロットの差が大きすぎる。アトラスに乗っているのは腕が良いとはいえ普通のパイロットであるのに対し、ゲーマルクに乗っているのは補充の難しい強化人間やNTなのだ。これを失うのは耐え難い損失である。
 だが、アトラスはその代替の効かないパイロットの消耗も覚悟しなくては対応は不可能な相手だった。特にその防御力は連邦軍のMSではどうすることも出来なかった。νガンダム用の大型ビームライフルを使う案もあったのだが、あれは従来のMS用ビームライフルとは異なる構造、1年戦争時代のMSのようなジェネレーター直結型のライフルなので他のMSで使うには大改造が必要になる。そこまでするならメガランチャーでも持たせた方が楽だということで廃案になっていた。
 ネオジオン軍は初めてこれと遭遇したのだが、まさかこれほどとは思っておらず、その大火力に逃げ回る羽目になっていた。ゲーマルクにも劣らぬ火力を持った重MSが全身のビームを撃ちまくりながら迫ってこれば、ザクVやドライセンでも近づく事は出来なくなる。
 ここで活躍したのは機動性に優れ近接戦闘力も高いギラ・ドーガと、同じく高い機動性を持つガ・ゾウムだった。ギラ・ドーガは全身のメガ粒子砲や拡散ビーム砲の乱射を掻い潜りながら新型の多用途ビームサーベルを手に格闘戦を試みて強力なビームアックスを叩きつけようとし、ガ・ゾウムが周囲を飛び回りながらアトラスの目を引き付け、時折ハイパーナックルバスターを放って嫌がらせをしている。大口径のビーム砲だけに威力は大きく、当たればビームコーティングを気化させ、装甲を削ってくれるのでアトラスも無視は出来ない。サイコガンダムmk−Uのような全面Iフィールドバリアではないのだ。
 あの巨人に果敢に向かっていく部下たちの姿に、ハマーンもアトラスを叩くべく再度の出撃をすることにしたが、それは艦長に止められた。

「お待ちください、ハマーン様」
「何だ艦長、留まれというのならば聞かんぞ」
「いえ、そうではありません。ここは彼らに任せ、ハマーン様はミドロの方に向かって頂きたいのです」
「ミドロにだと?」

 怪訝そうな顔をするハマーンに、艦長は部下たちを信じて任せて欲しいと言う。

「ハマーン様、この場にいる者たちは皆がこの日の為に訓練を重ねてきたのです。確かに未熟な者も多いですが、誰もがこの作戦の重要性は理解しております。何があろうとも奴らにミドロの後を追わせはしません」
「…………」
「ミドロをグリプスUに突入させ、搭載している核を起爆させねば作戦は失敗なのです。ですが今のミドロでは」
「シェイドが暴走し、暴れているか」
「はい、報告を聞く限り、あれの相手が務まるのはハマーン様だけでしょう。親衛隊を伴ってどうかミドロの救援に。この場は私が支えますので」
「……分かった、任せよう。だが引き際を見誤るな、我々との合流などは考えず、時期を見て艦隊を撤退させるのだ」

 ミドロが止められたら作戦は失敗になる、確かにその通りなのだが、目の前の戦況も最悪に近い。この状況でどちらかを選べといわれたら、ミドロ突入を選ぶしか選択肢は無かった。何故なら、グリプスUを発射可能な状態で残せばネオジオンは降伏するしかないのだから。
 ハマーンと親衛隊、それに直衛から割いた少数の護衛機を伴ってハマーンのヤクト・ドーガがサダラーンを離れたのを確認すると、艦長はこの場に残っている全軍に可能な限り粘るように命令を出した。

「いいか、我々の仕事はここで敵を足止めすることだ、1分でも長く踏み止まる。敵を倒すことよりも自分が生き残ることを考えろ!」

 ミドロが突入するまでここで時間を稼ぐ、それを念頭に艦長はとにかく味方の戦力を維持し、ひたすら持久する事にした。玉砕するのならば、もっといい戦場があるはずだと自分に言い聞かせながら。





 ハマーンたちがミドロに追いついた頃には、戦場は奇妙な静けさが支配していた。戦いの輝きは何処にも見られず、ティターンズやリーフの船もMSの姿も見られない。進撃するミドロの周辺には護衛機と思われる少数の友軍機が放心したように漂っているばかりだ。
 ハマーンがミドロに近づこうとすると、放心していた護衛のガ・ゾウムが驚いたようにハイパーナックルバスターを向けて撃ってきた。だが狙わずに放った射撃など当たる筈もなく、ハマーンは眉をひそめるとそのままガ・ゾウムに体当たりを食らわせてライフルを押さえ込んだ。

「落ち着かないか、馬鹿者!」
「あ……み、味方機?」
「落ち着いて話せ、一体何があった、暴走したシェイドはどうしたのだ!?」

 相手がハマーンだと知ったパイロットは顔面蒼白になって慌てたが、先ほどの責は一切問わないと断言して説明を促した。彼によれば突然暴れだしたシェイド部隊のMSは同じ部隊のMS2機を撃墜した後、しばらくの間は敵味方のMSに見境無く襲い掛かっていた。最初は両軍共にそれを何とか止めようとしていたのだが、余りの強さにどちらも手に負えず、ティターンズは撤退してしまったという。その後はシェイド部隊の生き残りが相手をしていたのだが、戦闘中に突然その暴れていたシェイドのMSが動きを止めた。その後しばらくは様子を見ていたのだが、動く様子が無いのを確かめてから機体をミドロに運んでいった。

「では、暴走したシェイドはミドロに居るのだな?」
「その筈ですが、それからどうなったかは私には分かりません」
「分かった、直接行って確かめるとしよう。ランス・ギーレンは付いて来い、他の者はミドロの護衛を」

 ハマーンは親衛隊から直属の部下のランス・ギーレンを伴ってミドロへと向かった。格納庫に機体を入れ、格納甲板へと降り立った。すぐに甲板士官がやってくるが、彼が何か言うよりも早くハマーンは要件を告げた。

「暴走したシェイドとやらは何処に居るのか?」
「は、それが、その……」
「どうした、何があったのだ!?」
「……その、口で言うよりコクピットの中をご覧頂くほうが、分かると思います」

 士官はハマーンを回収したヴァルキューレへと案内した。それはメンテナンスベッドではなく開けた場所に横たえられており、シェイド計画のスタッフと思わしき技術者たちが取り付いて何かをしている。ミドロのスタッフが近づかないように兵士が周囲を固めているが、ハマーンが来たのを見て流石に動揺を見せた。おそらくデラーズからは誰も近づかせるなという命令を受けているのだろうが、ネオジオンの指導者の1人であるハマーンに対してはどう出ればいいか迷っているのだろう。機嫌を損ねれば自分たちの身が危ない。
 銃口を向けることはせず、とにかくハマーンの進路を塞ぐように壁を作った警備兵たちであったが、彼らに対してハマーンは声を荒げて怒鳴りつけた。

「痴れ者が、そこをどけい!」
「この機体には部外者は一切関わらせてはならぬと、デラーズ総長の命令があります」
「貴様と問答をするつもりは無い、黙って通すか、戦死者の中に加わるか今すぐ選べ!」

 叩きつけるようなハマーンの怒鳴り声に、背後のランス・ギーレンは腰の銃を手に取り、ミドロに乗り込んでいた海兵隊が銃を構える。ここはハマーンの勢力下であり、将兵はハマーンの部下たちだ。空気が変わった事に気付いた兵士たちは流石に動揺を隠せず、引きつった顔で周囲を見回していた。元々が招かれざる客として歓迎はされていなかった彼らだったが、ここにきてもはや完全に敵扱いされてしまったようだ。ハマーンが指でも鳴らせば蜂の巣にされてエアロックから放り出されかねない。
 作業をしていた技術者たちも流石に空気の変化を感じ取ったのか、手を止めて戸惑った視線を周囲に向け、見方のはずのミドロの海兵たちが銃をむけているのを見て恐怖を浮かべた。
 そして、遂に根負けした警備兵たちが道を譲り、ハマーンがヴァルキューレのコクピットへとやってくる。そこでは技術者たちが怯えながら離れて行く中で、見覚えのある男が敬礼をして待っていた。

「ベック少佐か、久しぶりだな。訓練では世話になった」
「あの頃が懐かしいですなハマーン様、もう3年になりますか」

 ベック少佐が固かった表情を僅かに緩める。ハマーンも緊張を解き、それで格納庫内の張り詰めた空気が僅かに緩んだ。デラーズフリートの生き残りには腕の良い古参兵が多数いたので、その多くが教官としてアクシズの新人たちを鍛えていたのだ。ハマーンもその1人として訓練を受けていたのだが、その過程でハマーンは彼に世話になった事があったらしい。実戦の経験はその頃にはもう済ませていたが、訓練は終えていなかったのだ。

「それで、何がどうしたというのだ。暴走したと聞いたが、量産型のシェイドは暴走しないのではなかったのか?」
「いえ、正確には暴走し難くなっただけで、可能性が無くなった訳では無そうです。とはいえ、まさか初陣でこうなるとは」

 ベックが周囲の技術者たちを見やると、技術者たちは慌てて視線をそらせた。

「まあ、それはありえない話ではないのでまだ良いんです、問題はこっちでして」
「ほかに何が?」

 その問いにベックは答えず、指でコクピットの中を示して見せた。それでハマーンもコクピットを覗き込み、そして表情を変えた。コクピットの中には人間とノーマルスーツの部品が撒き散らされていたのだ。まるで内側から爆発でも起きたかのように。

「なんだ、これは……何があったと?」
「……詳しい事は私にも話せませんが、高槻博士によれば暴走、奴はロストと言っていますが、暴走したシェイドの末路は常にこうだとか」
「強化人間以上に面倒な代物だな、一度その男からも話を……」

 言い終わる前に、艦内に警報が鳴り響いた。戦闘配置が命じられ、将兵が慌てて動き出す。後退していたティターンズが再度襲来したのだ。

「ちっ、間の悪い時に」
「仕方がありませんな、話はまた後で。ただハマーン様」

 ベック少佐はハマーンの傍によると、小声で彼女に耳打ちした。

「高槻には気を付けて下さい、デラーズ総長とは別の意味で何を考えているのか分かりません」
「…………」
「とにかく得体の知れない男です、シェイド計画をデラーズ総長に持ち込んだのも奴だという話ですから」
「分かった、感謝する少佐」

 礼を言ってハマーンはヴァルキューレから離れ、ヤクト・ドーガへと戻った。そしてランス・ギーレンを近くに呼び寄せると、いくつかの命令を出した。

「ランス・ギーレン、すまんが頼まれてくれるか」
「シェイドの事、でございますか?」
「ああ、ベック少佐から多少気になる事を聞かせてもらった。シェイド計画の責任者である高槻という男を調べてくれ。だが気をつけろ、かなり面倒な相手らしい」
「ご心配には及びません、魑魅魍魎がうごめくアクシズの闇を潜った我らです」

 新鋭隊長は快く引き受けてくれたが、ハマーンはあのデラーズに嗅ぎ付かれないように動けるかどうか不安だった。それにキャスバルがこの危険すぎる化け物のことをどの程度知っているのかもわからない。もし全てを承知していてこの計画に賛成していたとすれば面倒な事になる。
 誰か、他に使えて信頼できる人間が居ればいいのだが、生憎とハマーンの手元にはそういう方面に強い人間は居なかった。何処かにそういう人材が居ないか、ハマーンは考えなくてはいけなかった。



 接近してくるティターンズは後退していたリーフに加えてグリプスから進出してきた旧式艦隊が参加していた。これには護衛として前線では使えなくなったジムUやハイザック、ジムクェルが搭載されていて、数だけなら十分な護衛部隊を展開させている。
 これに対してミドロ防衛部隊は文字通りの中央突破を仕掛けた。正面に壁となって立ち塞がっている駆逐艦部隊に対してミドロの正面に展開している新旧の巡洋艦部隊が道を切り開くべく突撃をかけ、至近距離からの砲撃でセプテネス級駆逐艦を沈めるべく奮闘している。大量のセプテネス級駆逐艦が投入されるのはファマス戦役を思い出させる光景であった。
 駆逐艦部隊はネオジオンのムサイやエンドラを無視してミドロへと突入して行った。ティターンズもミドロを沈めるのに全力を傾けているようだ。突入してきた駆逐艦を食い止めようとネオジオンの重MSが強力な火器を手に迎撃しようとするが、それには数に物を言わせるティターンズの旧式MSが群がっていった。
 ミドロ周辺では護衛の艦載機やハマーンの連れてきた親衛隊機が群がってくるハイザックやジムUの相手をしていたが、数が多すぎて手を焼いていた。いくらギラ・ドーガやでも同時に3機を止める事は出来ない。それが出来るのは少数の第4世代機であるゲーマルクだけであった。無数のファンネルと全身のビーム砲で迫る敵機を寄せ付けない戦いをしている。
 その戦いに補給を済ませたハマーンのヤクト・ドーガが加わってきた。補充を終えたファンエルを2基放ち、正面に現れた2機のジムUを片付けてしまう。

「ティターンズめ、まだこれだけの数を残していたのか。連邦軍はどれだけのジムUとハイザックを作っていたというのだ!?」

 連邦軍は開戦前に膨大な数のジムUやハイザックを運用していた事は知っているが、これまでの戦争で落としても落としてもまだ沸いてくる。ネオジオンではもっとも多数生産されているガザ系ですら全て合わせても1000機程度だというのに。ハマーンが苛立つのも無理は無いが、連邦軍は改修も含めてジムUだけで約2万機を生産し、ハイザックも4000機程度が調達されている。この2機種は消耗も激しいので現在ではかなり数が減っているが、それでもまだ連邦、ティターンズで1万機程度がさまざまな任務で運用されている。
 特に地上では旧式機でも余り性能差が出難いので、ジムUやハイザックは今でも多くの戦場で活躍をしている。何しろより旧式のジム改ですら前線で問題なく使われているくらいだ。むしろ現場では絶大な信頼性を誇る故障知らずのジムUやハイザックを歓迎しているくらいであった。何しろジムU以降のMSは地上では稼働率に難がある。

 落としても落としても減った気がしない敵機と、防御スクリーンを問題としないレーザーとミサイルで攻撃してくる駆逐艦の突撃に流石のハマーンも焦燥を絶望に変えつつあった。旧型とはいえセプテネス級駆逐艦の武器は防御スクリーンで防げないので、接近されたらミドロといえども無傷ではすまないのだ。
 迫る駆逐艦からの砲撃を機体を左右に振っての回避運動で避けた後、駆逐艦の周囲を回るように動いて連続してビームを叩き込んでこれを大破させた。だが味方艦の惨状にも怯まずに2隻目、3隻目と新たな駆逐艦が突入してくる。高い士気に支えられた特攻を全て防ぎきる事などできる筈がなかった。
 加えて少数ではあったがジムUやハイザックに混じっているグーファーやハンムラビ、ガブスレイといった高級機に手を焼かされていた。グーファーはギラ・ドーガ以上に強力なMSであるし、ハンムラビやガブスレイは最高レベルの可変機だ。どちらもフェダーインライフルを装備しており、MA形態で手呈した一撃離脱を加えている。この長射程、大威力のビーム砲は長射程火器で劣っているネオジオンMSには対応し切れない厄介な武器であった。ネオジオンMSは基本的に中・近距離での戦闘に主眼が置かれていたので、こういう長距離戦用の装備が無い。
 そしてミドロの船体をレーザーが切り裂き、対艦ミサイルが直撃して爆発する様を見たハマーンは流石に焦りを見せていた。幾ら旧式艦とはいえ駆逐艦はMSや戦闘機のように簡単には破壊する事が出来ない。そしてその火力はやはりMSや戦闘機とは比較にならない。大火力のMSと言えども圧倒的なペイロードを有する船とでは比較するのが間違いだ。
 そして突撃してくる駆逐艦を仕留めようとしても、後から後から群がってくるジムUとハイザックがそれを許さない。性能に勝るMSでもよほど世代差が開いているならともかく、同時に多数を相手取れば逃げ回るしかないのだ。既に味方の数は少なく、周囲には親衛隊機の姿も無く2機のギラ・ドーガがビームマシンガンを撃ちまくって敵機を近づかせ舞と必死に弾幕を張っているだけだ。

「……これが、ティターンズとネオジオンの力の差かっ!」

 ここまで来て、どうしても届かない。連邦軍への対応に主力を割いている筈なのに、その余力で自分たちを食い止めてしまえるだけの絶対的な差がここにはある。認めたくない、だが認めなくてはいけない、これ以上進むことは不可能だと。
 そしてハマーンは、遂に作戦の第2案に移す事を決定した。防爆処置を施した上で総員退艦させたミドロを慣性航行でこのままグリプスUに体当たりさせる質量爆弾とする作戦を発動させたのだ。


 


後書き

ジム改 ネオジオンは遂に攻勢限界点に達してしまいました。
栞   割と早かったですね。
ジム改 ネオジオンも総力を挙げてれば突破出来たんだけど、一部じゃ厳しかった。
栞   でも、ネオジオンって結局どうなってるんですか?
ジム改 その辺はちょっと後で。まあ1年戦争の3兄弟対決が続いてるような状態だな。
栞   それでも組織として残ってるのは凄いのか凄くないのか。
ジム改 ミネバが絶対的なカリスマとして存在してるから、だね。まあシャアみたいに利用してるだけってのも居るけど。
栞   ハマーンは何だかんだでミネバちゃんを大事にはしてるんですよね?
ジム改 計算も入ってるが、まあそうだね。
栞   これだけバラバラでも、誰もミネバを殺そうとは考えないんですよね。
ジム改 だから絶対的なカリスマなの。下級兵士の中には本気で忠誠誓ってるのも多いし。
栞   一般将兵からの人気ではグレミーよりずっと上なんですね。
ジム改 というか、グレミーは一般にはただのデラーズ派将校Aだし。
栞   人気とかいう以前のレベルでしたか。