14章  戦場へ



 宇宙におけるティターンズの弱体化は、そのままエゥーゴの活動の活発化を招いていた。サイド7に向かう航路がエゥーゴの攻撃に晒されるようになり、ティターンズ向けの輸送船団が襲われる事件が続出したのである。エゥーゴもそれなりに考えてはいるらしく、狙われたのはティターンズ向けの船団だけで、連邦軍や民間用の船が襲われる事はこれまで無かった。だが、増大する危険を感じ取ったスペースノイドの中には、サイド5への疎開をする動きまでが出始めていた。
 宇宙のコロニー群は未だに再建途上であり、さらに一年戦争における人口の激減により、スペースノイドの数自体が大幅に減少している。最も再建が進んでいるサイド5でさえ居住者は多いとは言えない状態になのだ。だが、サイド5はもっとも再建が進んでいるだけに空コロニーも多く、疎開者を受け入れる事は入れ物としては何の問題も無かった。

 だが、この事態にサイド5行政府は危機感を募らせていた。疎開者と言えば聞こえは良いが、サイド5にしてみれば難民にも等しい。流入してくる人間を受け入れるだけの施設は決して充分ではないのだ。コロニーは確かにあるが、中の家などはまだ作ってはない。元々、コロニーの管理はコロニー公社に委ねられており、ここまで急激な人口増加は考慮されてはいなかったのだ。また、これだけの雇用を確保するのも容易ではない。
 最大の問題である食料の不足がある。とりあえずは農業コロニーの整備を進めると共に食糧の輸入を増やしているが、輸入量の増加程度の対応では間に合う筈も無かった。
 治安の悪化も問題となっており、サイド5行政府は防衛を担当している秋子に協力を求めてきたのである。サイド5駐留軍は各コロニー駐留軍の中では群を抜いて強力なので、この要求に応じる事は充分可能だった。だが、治安維持以外には協力する事は出来ない。他に秋子ができる事があるとすれば、軍需物資の一部を放出して物資不足に対応する事くらいだろう。
 秋子はこの事態に対応する為、連邦政府と宇宙艦隊司令部に支援を要請していた。とりわけ食料と日用品の不足は大問題であり、これらの物資を急ぎ送って欲しいと要請したのだ。連邦政府はこの要請に即座には対応してくれなかったが、ルナツーのリビックは物資を輸送してくれた。今の所はこれで何とか凌いでいる有様である。
 
 しかし、この緊迫した情勢下で、起きてはならない事が起きてしまった。遅ればせながら連邦政府から送られた輸送船団がエゥーゴ艦隊の襲撃を受け、全滅させられたのである。理由はごく単純なもので、月−サイド7間の危険極まりない航路を長時間に渡って航行していた為、エゥーゴ艦隊がそれを敵と誤認したのである。これがサイド1、4、5の駐留艦隊や、各地の航路を巡る商船だったならこの航路を使う危険性を熟知しており、必要以上にこの航路を使おうとはしなかっただろう。だが、今回この船団を護衛していた護衛部隊の指揮官は地球軌道で軍務に付いていたので、この航路の危険性への認識が薄かったのだ。
 派遣されていたのは輸送艦6隻で、これを駆逐艦1隻、フリゲート艦4隻が護衛していた。戦争中という事を考えるといささか弱体ではあるが、それでも危険の存在をある程度は認識していたといえる編成ではある。
 だが、この船団を襲ったのは戦艦1隻、駆逐艦2隻という部隊であった。エゥーゴは経験豊富であり、MSも前線部隊には第2世代MSが定数一杯に充足されているのに対し、連邦軍は一部の装備優良部隊を除けば未だにジムUやジム改であり、支援機にボール改を採用している。パイロットにも経験の少ない者が多い。勿論ベテランも居るのだが、その多くはアースノイドはティターンズに走り、スペースノイドはエゥーゴに走ったのだ。
 数と質で負けている上に、無力な輸送船を守らなくてはならないという連邦軍の不利は絶望的なもので、その結果は戦うまでも無く明らかであった。彼らに出来たのは、敵が来る前に救援を求める通信を発する事ぐらいであった。
 そして救援要請を受けたサイド5から出撃した艦隊が到着した時には、ただ輸送艦と護衛艦の残骸が空しく漂っていただけだったのである。
 これは、戦争ではごく当たり前に起きる通商破壊戦の中の1コマに過ぎない。たかだか6隻の輸送艦とその護衛艦が失われただけの小さな事件に過ぎないが、それが持つ政治的意味は余りにも大きかった。エゥーゴは、連邦の権威に傷を付けてしまったのである。

 


 この事件が地球圏にもたらした影響は計り知れない。連邦政府は自分の命令で派遣された船団が襲われた事に不快感を露にし、リビックと秋子はエゥーゴの無差別攻撃に激怒した。逆にティターンズはエゥーゴの危険性を声高に唱え、幾つかの政治的失点を取り返す好機にしようと動いている。
 この一件に関し、エゥーゴもまたパニックに陥りかけていた。要するに連邦のサイド5に対する援助物資輸送船団をティターンズの船団と誤認したのであって、故意に連邦の船団を狙ったわけではない。だが、結果はこうであり、連邦軍、とりわけ公式に怒りを表明した秋子とリビックの動きは要注意であった。もしこれを理由にエゥーゴ討伐の軍が派遣されたりしたら、一週間と立たずに月の全土に連邦軍の部隊が展開している事だろう。

 実際、激怒した秋子はこれまでの不干渉方針から一歩踏み出し、月軌道へ複数の威力偵察部隊を送り込むという示威行動から明らかに踏み出した、戦闘行動を取っている。これに対してエゥーゴの各部隊指揮官は怒りを露にして迎撃を主張したのだが、ブレックスを筆頭とするエゥーゴ首脳はこれを絶対に許さなかった。もしこの偵察部隊に手を出せば、次は確実に月上空を緊急展開軍の大艦隊が遊弋する事態になるからだ。
 秋子ほどではないが、リビックもエゥーゴへの牽制に打って出ていた。毎年一回行われている宇宙艦隊の総合軍事演習を、何とサイド5近海で行うと公表したのである。合わせて千隻を超える戦闘艦艇と支援艦艇が参加し、技量や戦力の確認を行うこの一大イベントは、まさに宇宙軍にとって最大のお祭りである。しかし、この演習ほど反連邦勢力を震え上がらせる脅威は無いと言ってもいい。よく連邦軍は腑抜けているだの、数が多いだけの張子の虎だのと嘲笑われているのだが、ファマス戦役を戦い抜いたリビック率いる連邦主力艦隊や秋子の率いる緊急展開軍の戦闘能力は、その悪評が根拠の無い大嘘である事を教えている。
 今年はそれを月の傍にあるサイド5でやると言うのだ。そこにこめられた政治的意図は明白である。

 このニュースを聞かされたアナハイム会長、メラニー・ヒュー・カーバインは苦虫を噛み潰しながらもその有効性を認めないわけにはいかなかった。

「これは所謂砲艦外交だよ。今度手を出したら叩き潰すぞ、という無言の脅しだ」
「そうでしょうな」

 エゥーゴを纏めるブレックス准将。そしてエゥーゴに参加した将校の中で最高位にある老将、ダグラス・ベーダー中将がいる。ベーダー中将はレビル将軍と同期の、リビック長官に匹敵する経験を持つ提督である。
 ブレックスはメラニーの言葉に頷くしかなかった。確かにこれは脅しだ。

「しかも、先の連邦船団の件ですが、どうやら情報操作が行われていたようです」
「エゥーゴの中に工作員が紛れていたと?」
「いえ、諜報部が一杯食わされたようです。連邦の船団をティターンズの船団と思わせる情報が流され、それを信じてしまったようです」
「・・・・・・裏に居るのは、ティターンズか」

 ベーダーが苦々しい声で呟く。腹の中は怒りで煮えくり返っているのだろうが、これは騙された方が悪いのだ。情報戦の敗北は艦隊戦1つに勝る深刻な打撃を与える事があるが、今回がまさにそれだ。ティターンズは輸送計画の情報を操作するだけで政治的な劣勢を挽回し、軍事的には強力な援軍を得たといっても良い状態にある。秋子とリビックが示威行動を取るだけでエゥーゴはその動きを封じられてしまうのだから。
 メラニーは状況がこれ以上悪化しない事を祈りつつ、2人の腰掛けるソファーと向かい合うように座った。

「それで、地上に残っているパイロット達を回収する計画は上手くいきそうですかな。機体はどうでもいいから、アルハンブル大尉と川澄大尉には何としても宇宙に戻って欲しい」
「それはこちらとて同じです。機体は幾らでも作れますが、彼らのような優れたパイロットは宝石よりも貴重です」
「その通り。ZUを初めとする新型MSの開発も順調に進んでおるが、肝心のパイロットが居ないでは話にならん」
「ティターンズも新型機の開発と配備を進めているそうです。アナハイムが供給を止めたマラサイも来栖川の工場やグリプス工廠でコピー生産を続けているそうですし、幾つかの強化バリエーションもテストに入っているとか」

 RMS−108マラサイはアナハイムがティターンズに供給していた第二世代MSで、ティターンズはこれを主力機として採用していたのである。だが、両者の関係が事実上断絶した為に、マラサイの供給は止められていたのだ。しかし、既に主力機となっているマラサイに今すぐ取って代われる機体も無く、ティターンズはライセンス料を払わないままマラサイの生産を強行したのだ。実際、こうでもしないと補修部品さえも欠乏してしまうのだ。MSとは絶え間ない整備によって動く精密機械なのである。
 メラニーは忌々しげに頷くと、自分の掴んでいる情報を語りだした。

「ティターンズはグリプスで進めているガンダムマークVの開発で、どうやらハーピュレイをベースとする新型高級量産機の開発に着手したらしい。これとニューギニアで開発中のバーザムが出て来れば、ティターンズはマークUとマラサイに替わる新しい基幹戦力を手に入れることになる」
「我が方のネロはどうなっていますか?」
「開発が難航しておる。何しろMSZ−010がある。MSF−007とMSZ−007は開発を中止してこれに全力を振り向けているからな」
「MSF−007の主任技師だったフジタ技師は、キリマンジャロへ行ってしまったとか?」
「今はオークランドに居るらしい。技術者というのは自分の作りたい物を作らせてくれる所に行くようだ」

 フジタ技師は、アナハイムで百式を設計した技術者である。だが、その後MSF−007ガンダムマークVの開発計画が凍結された事に腹を立て、ティターンズの招きに応じてキリマンジャロに行ってしまった。そこでRX−166イグレイの開発に協力した後、オークランド研究所でMSF−008/ORX−012ガンダムマークW(G−W)を開発し、更にORX−013ガンダムマークX(G−X)の開発にも関わっているという。このG−Vは量産を考慮された新型MSで、マークUに替わる新型高級機として連邦とティターンズの双方に供給される予定であるという。
 噂によると、このG−Wは数機がテスト目的で連邦の部隊に供給されているらしく、その内敵として出て来るのではと考えられている。そしてG−Wが既に配備されているとなると、問題のG−Xの開発もかなり進んでいると見ていいだろう。既に実機は完成している可能性さえあるのだ。
 このオークランド研究所と、協力関係にあるオーガスタ研究所の2つは連邦とティターンズの双方に協力しており、ティターンズにはギャプランを初めとする可変MAやサイコミュ、強化人間の開発に協力しつつ、連邦にはG−Vとインコムという非NT用の機体を提供し、関係を維持している。これはアナハイムなどにも見られる生き残り工作であり、同研究所の微妙な立場を示してもいるのだろう。

「とりあえず、うちもネモに梃入れをする事で強化したネモVの開発を進めている。これはもうすぐ量産ラインに乗るだろう。また、リックディアスも武装強化をしたキャノンディアスと機動性向上型のリックディアスUの開発も大詰めの段階だ。なんとかティターンズの新型機には対抗できるだろう」
「助かります。新型機の開発で遅れをとる事は、この戦いの敗北を意味しますからな」

 ブレックスはメラニーに頭を下げた。数でエゥーゴは優位に立てないので、性能で対抗するしかないからだ。これはメラニーの尽力に期待するしかないのである。

 このエゥーゴとティターンズの開発競争は既に際限が無くなっており、MSは恐竜的な進化を遂げていく事になるのだが、この時にはまだ流石のメラニーもそれを予想する事は出来なかった。彼がその現実を認識するのは、目の前にMSZ−010、ZZガンダムの実機が現れた時だったのである。

 

 


 海鳴では、いよいよ北京攻略作戦の発動が間近に迫っていた。作戦に参加するのは海鳴基地守備隊、スードリ隊、北川機械化大隊の3部隊を中心に、周辺の連邦航空隊が援護してくれる事になっている。
 だが、折角準備が進んでいながらも、肝心の攻略作戦の方はさっぱり立案が進んでいなかった。何しろ任された祐一が最初に提出した作戦案は、シアンに「ボツ」の一言で切り捨てられたからだ。このままだと祐一はシアンの「地獄巡りツアーご招待」を受ける事は間違いないだろう。

「ああああ、不味い、このままでは俺は地獄巡り決定だ!」

 頭を抱えて苦悩する祐一を、名雪はやれやれと呆れ気味に見ていた。名雪は祐一の副官ではあるが、士官学校を出ていないのでこの手の作戦立案能力は無い。せいぜい意見を求められた時に答えるくらいだ。
 だが、恋人が地獄巡りツアーに行ってしまうのは流石に不憫なので、名雪は祐一に状況の打開案を提示した。

「ねえ祐一、このままだと地獄巡りは確実だよ」
「分かってるうう、だからこうして考えてるんだああ!!」
「だからさあ、困った時は助けを呼ぶのがいいと思うよ」
「・・・・・・助け?」
「北川君と香里は自分の隊に戻っちゃったけど、まだ久瀬さんと倉田先輩がいるもん。2人に助けてもらえばきっと良い作戦が立てられるよ」
「・・・・・・助けてもらう?」

 それは考えなかった。宿題だから自分の力で何とかしなくてはと必死になっていたが、確かにそれも1つの手ではある。

「だけど、助けてもらったらシアンさんにどやされないかな?」
「仲間の助けを借りるのは卑怯でも何でもないってのが私達の考えだし、大丈夫じゃないかな」
「だが・・・・・・・う〜ん」
「何もしなくても、どうせ祐一は地獄巡りなんだよ」
「・・・・・・俺には選ぶ権利すらないのか」

 ガックリと項垂れ、祐一は内線で仕方なく2人を呼び出した。恥だろうがなんだろうが、地獄巡りよりははるかにマシなのだ。
 暫くしてまず佐祐理が、ついで久瀬がやってきた。祐一は2人に事情を話し、作戦立案への協力を求めたのだが、久瀬が難色を示した。

「少佐、悪いのですが、僕は断らせていただきます」
「な、何故だ。パーティーの司会を邪魔したからか。それとも折原と基地内を暴れまわって始末書30枚出したからか。それともアレか、いや、アレか!?」
「・・・・・・いえ、それとは別です。いや、個人的には既に十分すぎる気もしますが、僕が居ないと司令が遊ぶものですから」

 少しこめかみを引き攣らせながらも答える久瀬。ちなみに彼の苦労はスードリ隊が合流して以来、これまでの5倍くらいに増えている。浩平が天性のお馬鹿で、祐一にも先天的なお馬鹿気質がある。この2人が合わさった事によって基地内の騒動は飛躍的に増加してしまい、久瀬は事態の収拾に文字通り奔走して回ったのだ。被害の6割は浩平、3割は祐一、残り1割をその他大勢というところだ。ちなみに浩平はぶち切れてしまった久瀬に実力行使でとっ捕まえられ、そのまま独房へとぶち込まれてしまった。かつての戦友に対して随分酷い処置だが、切れた久瀬が怖くて誰も浩平を助けようとはしなかった。ただ1人浩平の味方となると思われた瑞佳はというと、わざわざ独房まで赴いて懇々とお説教をしていたそうだ。

 久瀬を説得する言葉が浮かばず、困り果ててしまった祐一に変わって、今度は佐祐理が久瀬に頼んでくれた。

「久瀬さん、そう言わずに助けてあげましょうよ」
「いや、ですが、司令に決済してもらわないといけない書類は沢山あるんです」
「それに付いては大丈夫です。里村さんにお願いすればいいんですよ」
「いや、確かに僕よりも彼女の方が司令には強く出られますが」
「じゃあ問題無しです。さあ頑張って作戦を立てましょう」
「・・・・・・・・・・・・・」

 佐祐理の勢いに押し切られるように、久瀬はつい頷いてしまった。

 だが、作戦案の立案はまず久瀬と佐祐理のお説教から始められた。何しろ地図が足りない、敵戦力の分析が甘い、味方部隊の配置がいいかげん、各部隊間の連携がとれないような原案を作ってるのは何考えてるんだとまで言われてしまっている。

「結論から言いますと、駄目駄目です」
「そうですね、祐一さんには悪いですけど、これでは大軍を揃えた意味が無いです。大軍は一度に相手を上回る数をぶつけるか、続けての波状攻撃に使ってこそ意味があるんです。祐一さんの作戦ですと、各部隊が連携もとれずに個々で敵にぶつかってしまうので、最悪全部隊が各個撃破されてしまいます」

 祐一は北京を包囲するように3部隊を配置していたのだが、久瀬と佐祐理はこの配置がいたく不満らしかった。だが何処が悪いのか分からない祐一は2人に反論する事も出来ず、黙って言われるがままになっている。

「良いですか、佐祐理達の中で一番機動力と戦力に欠けているのは北川さんの部隊です。ですから北川さんの部隊は最後、出来れば後詰に使うんです」
「は、はあ。でも、北川の強さだったらそれくらい何とか出来ると思うけど」
「良いですか祐一さん、指揮官の多少の能力差は数で補えます。双方の装備に絶対的な差が無いのでしたら、数の暴力に勝る力はありません。ファマス戦役ではファマスは装備と人材で勝っていましたが、結局連邦の数には勝てなかったんです。ファマス戦役中、圧倒的な数に質で拮抗できたのはフォスターUの終盤で斉藤艦長と久瀬さんが行った機動防御戦だけですよ」
「つまり、2人はそれだけ凄かったと」
「そうです。久瀬さんは防御に徹すれば3倍の敵を食い止められる、とまで言われるほどの指揮官です。佐祐理も北川さんもそれなりに名声を得ていますが、久瀬さんには勝てないです」
「・・・・・・じゃあ、最初にぶつけるのは久瀬の部隊という事で」
「ですから、最初の段階がまず間違ってるんです。折角航空支援が受けられるのにどうしていきなり突撃するんですか!」

 佐祐理は笑顔に青筋浮かべてテーブルに広げられた地図を右手で叩いた。その迫力に祐一は気圧され、助けを求める目で久瀬を見る。久瀬は腕組みしてどうしたものかと考えていたが、仕方なく2人の話に割って入った。

「まあまあ、倉田さん。とりあえず僕の作戦を聞いてください」
「そ、そうですね。すいません、見苦しい所をお見せしました」
「いえいえ、それでは」

 久瀬は地図を指差しながら説明を開始した。

「まず航空隊の空爆で敵を荒ごなしに叩きます。どうせ空爆では敵の抵抗を無力化することは出来ませんし、トーチかなり砲台なりを幾つか潰してくれれば助かるくらいの期待にしておいてください。空爆後、スードリ、ノルマンディーからミサイル攻撃を行い、更に叩きのめします。まあ、発射台周辺は対空砲火が厚いでしょうから、狙うのはこの周辺にある防御施設です」

 久瀬は地図に示されている砲台やトーチカなどを示す。これらの防御施設は現代においてはさほどの脅威ではないが、厄介な存在である事には変わりは無い。

「その後、ビッグトレーやガンタンクVの砲撃支援を受けつつまずスードリのMS隊を投入、ついで海鳴の隊をぶつけます。北川隊は予備として残し、伏兵や敵の増援に備えます」
「あれ、シアンさんたちじゃないのか。あの人たちは化け物揃いだぞ?」
「それは認めますが、スードリ隊の主力はシュツーカです。海鳴基地の主力はジムRMとシュツーカが合わせて10機にジムVが3機。これはそれなりの数ですが、スードリ隊の半数に満たない。残りは新兵の乗るジムUです」

 久瀬は祐一の戦力把握の甘さに呆れつつも質問にきちんと答えていく。この辺りはリシュリュー隊で自分より優勢な敵と戦い続けてきた久瀬と、シアンに従うだけで良かった祐一の経験の差であろう。祐一は戦場でのその場の判断力を必要とする前線指揮官としてはそれなりの実績を上げ、経験も積んでいるのだが、この手の全軍を束ねる総指揮官としての能力は低かった。
 その後の久瀬と佐祐理に徹底的に扱き下ろされ、間違いを散々指摘されながらも祐一は何とか1つの作戦計画を纏め上げた。2人の意見を取り入れながらも、纏めたのは確かに祐一である。というか、2人は意見を出しつつも祐一に無理やり考えさせたのだ。ここはどうすれば良いのか、こういう時はどうすれば良いのか、消費する弾薬は、砲撃支援は、戦力を投入するタイミングは、とにかく全てを自分で考えさせた。
 そんなこんなで完成した作戦計画書を持って、祐一はシアンの執務室を訪れたのである。
 
 だが、シアンはシアンで何やら憔悴しきっていた。隣では茜が書類を整理している。

「・・・・・・どうかしたんですか?」
「いや、茜の奴が、仕事を終わらせろと無理強いしてきてな。超特急で仕上げたんだ」
「・・・・・・なるほど。ああ。俺の方も作戦案もって来ましたよ」

 祐一はよろよろと執務机の前まで来ると、ドサリと計画書を机の上に置いた。シアンはそれを手に取り、ざっと目を通して少し考えている。

「・・・・・・・・・むう、文句の付け様が無いほどの完璧な計画書だな」
「そ、そうっすか」
「しかし、この完璧ぶりは久瀬と佐祐理の手を借りてるな。お前の計画ならここまで几帳面には作るまい」
「うぐっ・・・・・・」

 祐一は思わず唸り声を上げてしまった。確かにシアンの言う事は当たっている。まさか個々の癖で見抜かれるとは思わなかった祐一は、仕方なくそれを認めた。

「はい、2人に手伝ってもらいました」
「そうか、まあそうだろうな」

 だがシアンは、特にそれを咎めようとはしなかった。怒鳴りつけられる事は覚悟していた祐一にしてみればむしろ拍子抜けしてしまい、逆に不思議そうに聞き返してしまう。

「あ、あの、お咎めは無し、ですか?」
「なんだ、咎められた方が良いのか?」
「いえ、全然」
「別に怒る事など無いな。お前は指揮官で、部下を使うのが仕事だ。佐祐理や久瀬の手を借りるのだって当然の事だ。俺が何時お前1人で作れなどと言った?」
「いや、そりゃ言われてませんけど」

 戸惑う祐一に、シアンはやれやれと肩を竦め、両手を組んでその上にあごを乗せる。

「良いか相沢、お前は緊急展開軍の戦闘隊長だ。お前の仕事は前線指揮ではなく、部下達の力を発揮させてやる事だ。各大隊の指揮統率なんぞは北川や佐祐理、久瀬に任せておけばいい。お前の仕事はあいつらを上手く使う事なんだ」
「俺は、前線に出るなと?」
「そうは言わん。それがお前のスタイルなら前線に出るのも良い。だが忘れるなよ、お前は指揮官で、部下を使うのが仕事だって事を。全体を把握する目を持て、癖を付けろ。常にお前だけは回りの動きに気を配れ。それが今のお前の仕事なんだ」
「・・・・・・・・・前に、秋子さんにも似たような事を言われましたね」
「そりゃそうだ。秋子さんもお前には期待してる。いや、ファマス戦役中は北川も、佐祐理も、天野も、七瀬もお前を指揮官だと認めてた。分かるか、これだけの連中を何も言わずに引っ張れるのはお前の才能だ。お前は人を惹き付ける何かを持ってる。だから俺はお前を後釜に据えたんだからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 シアンの真剣な目と言葉に、祐一は何も言えなくなってしまった。今更ながらにズシリと肩に圧し掛かる責任と前任者の大きさを実感してしまったのだ。
 表情に怯みを見たシアンは、そこで口を閉ざした。言いたい事は言ったし、後は祐一がどう取るかなのだ。

「・・・・・・ゆっくり考えろ。作戦計画は出来たわけだし、後は俺の方で進める」
「はい、そうさせてもらいます」

 祐一は敬礼をするとシアンの前から去っていった。それを見送ったシアンは疲れたように背もたれに体を預け、どうしたものかと天井を仰ぎ見る。そして、そのままの姿勢で義妹に問いかけた。

「俺や秋子さんは、あいつに過剰な期待をしてるのかな?」
「どうでしょう。私は相沢少佐をよく知りませんから」
「さっき見た印象で良い。どう思った?」
「・・・・・・正直、義兄さんの期待は、少佐にはただの重荷だと思います。義兄さんは前任者としては余りにも巨大な存在ですよ」

 ペンを置いて茜はシアンを見た。その目には非難というより、忠告をするような色が見て取れる。

「まあ、分かってはいる。俺も秋子さんもあいつに多くを期待し過ぎてるって事はな」
「では何故。もっと時間をかけても良かった筈です。もしくは北川大尉か、久瀬中尉か、2人とも相沢少佐と較べても遜色ないだけの才幹の持ち主ですよ」
「そう、あの2人も相沢と肩を並べる、いや、指導者としてみるなら久瀬は相沢を凌ぐだろう。俺は稀代の人材3人を同時に教育してきた。だが、俺と秋子さんが選んだのは相沢だった」
「相沢少佐には人の上に立つカリスマ性がある、ですか?」
「そう、こればかりは才能の産物だ。それに相沢は時代を引っ張る英雄に必要な全てを兼ね備えている。確かに能力で2人に及ばない所もある。だが、残念だが北川では心が脆いし、久瀬は運が無い。2人とも相沢を支えるには文句ない人材だが、相沢の代わりにはなれない」

 そう、祐一は秋子やシアンが将来を託す気になるほどに優れた才能を持っている。黙っていても人が付いて来るカリスマ性、繊細に見えて実は結構タフな精神、ここぞという時に結果を掴み取れる運、パイロットとしての実力、戦場での柔軟で素早い判断力、清濁を知り、時には汚い手段も使える。
そして、何よりも重要なのは、祐一は民間人を守ることが軍人の責務だと馬鹿正直に考えている。北川も同じように考えているが、戦えば民間人に犠牲が出るのは当然で、祐一はそれを背負いながらも立っていけるが、北川は重さに耐えられない。逆に久瀬は犠牲が出るのは仕方のないことだと受け入れている。この辺りが3人を分けているのだ。だから北川はTOPには立てず、久瀬はTOPには立てるが秋子やシアンの目には適わなかった。祐一が選ばれたのは彼の精神の図太さと、当たり前の事を当たり前と言える性格にあるのだ。
祐一は間違いなく秋子の後を継いで連邦を支えていける人材になれる。だからこそ2人とも祐一に過剰な期待をかけ、彼の成長を少しでも早めようと無理を言ってしまう。本当は1人の人間を大成させれようというなら十年単位の計画が必要なのだが、時代がそれを許してはいない。だから祐一には超短期、スペシャルハイグレードコースでそこそこのレベルにまで成長して貰わなくてはならないのだ。

「まあ、俺だって何時死ぬか分からないしな」
「・・・・・・義兄さん、郁未さんと未悠ちゃんを残して死ぬ気ですか?」

 その呟きを聞いたのか、茜が刺すような目で睨んでくる。ついでに威力を抑えた不可視まで飛ばしてきた。とっさにそれを力で相殺したが、その余波で茜と自分の間に衝撃波が走り、床のカーペットを引き裂いている。

「茜、怒るのはいいが、不可視を使わないように。俺でなかったら病院送りだったぞ」
「義兄さんだから使ったんです。でも良いですか、あの2人を泣かせたりしてはいけませんよ」
「・・・・・・努力するさ。可能な限りな」

 戦争である以上、絶対に生きて帰ってこれるという保障は無い。シアンにも予期できない流れ弾に当たって死ぬ事はあるだろう。シェイドとしての力もとっさに反応できなければそれまで出し、NTとしての力も殺気を持たぬ一撃は感知しようが無い。どれだけ強くても、死ぬ時は死ぬのだ。
 生への執着がどこか薄い4人の試作シェイドだが、シアンは死ねない理由を持ったという点で3人とは異なる存在である。みさきも茜も舞も守る人を持たない身だが、シアンは妻子を持っている。だから、シアンは2人の為に生きて帰ってこようとは思っている。そして茜は些か奇妙ではあるが、郁未と未悠の為にシアンには死んでもらっては困ると考えている。茜はシェイドでありながら人並みの幸せを掴んだ郁未に羨望と妬みの入り混じった感情を抱いているが、娘の未悠は自分の実の姪のように可愛がっている。茜にとって、未悠は明るい日常の象徴に見えていたのだ。

 

 

 

 遂に出撃準備が終わった北京攻略部隊が海鳴を出発する時が来た。スードリとノルマンディーに戦闘部隊が搭乗し、出撃していく。シアンたちもノルマンディーに移り、自ら陣頭指揮を執ることになっている。海鳴基地はラウンデル少佐が預かり、戦える力の大半を注ぎ込む一大作戦である。これには訓練生の中から教官が選んだ実力者も加わっており、実戦の空気を感じさせるために後方支援任務につくことになっている。
 そんな中で、最後まで作戦の摺り合わせを行っていた佐祐理と久瀬も些か寝不足気味の顔で苦笑を交し合っていた。

「やれやれ、いよいよ出撃か」
「はい、久瀬さんと共に戦うのは初めてですけど、よろしくお願いしますね」
「任せておいて下さい。期待を裏切らない活躍はするつもりです」

 久瀬は右手人差し指で眼鏡を押し上げながら答えた。これが彼なりの気持ちの切り替え方であり、照れ隠しの手段である事を知る佐祐理は、久瀬の変わっていない部分を見られて嬉しそうに笑みを作る。
 久瀬は書類の入ったファイルを小脇に抱えながら、自分の乗艦となるノルマンディーに視線を転じる。

「実戦に出るのは、3年ぶりですか。あの時はファマス、今は連邦、皮肉なものです」
「久瀬さん、それは・・・・・・」
「いえ、すいません。ちょっと感慨に浸っていただけです。生き残りの詰まらない感傷だと思って聞き流してください」

 だけど、その横顔はどこか寂しそうだ。ファマス戦役で生き残った事は、彼から色んなものを奪ってしまったのかもしれない。
 だけど、こちらを見た久瀬さんはもう何時もの久瀬さんでした。どこか鋭さを感じさせる、連邦屈指のMS戦指揮官にして、海鳴基地の副官である久瀬中尉になってます。

「さてと、それでは北京に行くとしますか。川澄さんにキツイお灸を据えないといけませんし」
「え・・・・・・、久瀬さん?」
「士官学校同期として、彼女の暴走を見過ごしては置けません。彼女は我々の手でしっかりと修正してあげましょう」

 僅かに目尻を緩める久瀬。それを見て、佐祐理は久瀬もまた舞と戦う事に忸怩たる思いを抱いている事を察した。そして、彼は自分が落ち込んでいるのではと気を使っているのだという事も。

「・・・・・・大丈夫ですよ久瀬さん。佐祐理は指揮官です。舞は佐祐理の親友ですが、私情を軍務に優先させたりはしません」
「そうですか。なら別に川澄さんと話し合う機会を作る必要はありませんね」

 私の覚悟を聞いた久瀬さんは残念そうに聞き捨てならない事を言ってくれました。

「は?」
「いえ、僕はてっきり倉田さんは川澄さんをもう一度説得するだろうと思っていたので、里村さんや葉子、晴香、名倉さんに頼んで川澄さんを押さえ込んでもらう計画を立てていたのですが、どうやら無駄だったようですね」
「あの、えっと、それは・・・・・・」
「いや、僕の要らぬお節介だったようです。では里村さんたちには通常の攻撃任務に戻ってもらうという事で、川澄さんは集中攻撃で早々に撃破するとしましょう。倉田さんの手にかけさせるのは流石に忍無い」
「いや、待ってください久瀬さん!」

 私は去っていこうとする久瀬さんの腕を掴んで引き止めてしまいました。その声には必死さが出ていますが、今は形振りに構ってなんていられません。

「久瀬さん、あの、その・・・・・・本当に、良いんですか?」
「ええ、里村さんたちも協力してくれると言ってくれましたし。昨日は相沢少佐を扱き下ろしましたが、力押しでも楽に勝てるほどの戦力差があるんですから、これくらいの余力は十分にあります。それに、川澄さんを押さえ込むのにシェイドをぶつけるのは間違っているわけでもないですから」

 あっさりと言い切る久瀬。まあ、戦力的な余裕は確かに大きい。北京に展開するカラバ部隊など、本当はスードリ隊抜きでも始末する事は可能なのだ。そこにあえてこれだけの戦力を集めた以上、これくらいの小細工はしても良いだろうと思う。久瀬も出来れば友人を問答無用で手にかけるのは避けたかったのだ。
 佐祐理は久瀬の手回しに、一筋の涙を零してしまった。

「ありがとう、ございます、久瀬さん」
「いえ、僕にとっても彼女は大切な友人ですから」

 礼は不要だと身振りで示す久瀬。だが、久瀬はそこで一度言葉を切り、視線に些か厳しさを加えた。

「ですが倉田さん、出来ればこれは貴方から言って欲しかった。川澄さんを説得したいから手を貸してくれと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「まあ、今すぐ何とかしろとは言いませんが、たまには誰かに我侭を言った方が良いですよ。何でも自分で抱え込むと、何時か壊れてしまう」
「分かっては、いますよ」
「ふむ、分かってるなら良いです。では、続きは帰ってきてから話しましょう」

 そう言って、久瀬はノルマンディーの方に歩いて行ってしまった。佐祐理はその背中を見送っていたが、何となく久瀬に言われた言葉が胸の中を反響し続けている。

『たまには誰かに我侭を言った方が良いですよ』

 自分は我侭を言って周りに迷惑をかけていると思っていたのだが、久瀬から見ると自分はそこまで我を出していないように見えるのだろうか。自分の、倉田佐祐理が今望んでいる事、それは・・・・・・・・・

「く、久瀬さん!」
「はい?」

 振り返った久瀬は、両手をメガホンのようにして口に当てている佐祐理を見て少し呆気に取られたが、佐祐理はそんな事を気にしてはいなかった。

「佐祐理は、舞に直接会って一言文句を言ってやりたいです。だから協力してください!」

 大声で久瀬に言いたい事を言うと、佐祐理は身を翻してスードリに戻るランチの方に走って行ってしまった。それを見送った久瀬は小さく噴出すように笑うと、自分もノルマンディーへと歩いていった。



後書き
栞  あの腐れ作者は何処に行きましたかあ!!
名雪 どうしたの、栞ちゃん?
栞  何が私の出番があるですか。あの大嘘つきがあ!
名雪 あ、その事なら私が手紙を預かってるよ
栞  手紙?
名雪 うん、読んでみるね。ええと・・・・・・

『すまん、話が伸びて次回に送られてしまった。次まで待ってくれ』

栞  無計画の大馬鹿です!
名雪 でも、次回も私と祐一の出番はあるみたいだね(予定表見ながら)
栞  どうせ次でも「予定は未定」とか言うに決まってます!
名雪 せ、説得力あるねえ、栞ちゃん
栞  伊達に後書きの支配者じゃないですから
名雪 色々大変だね
栞  では後書きらしく、簡単な状況解説を入れましょう
名雪 うん、お願い
栞  今のティターンズは何故か宇宙戦力が減少してるので、エゥーゴが勢力を拡大しています。おかげでサイド7に向かう航路がエゥーゴの通商破壊戦に晒されています
名雪 そうだねえ。そのせいで今回お母さんが怒っちゃったもの
栞  一方、連邦宇宙軍はまだ中立を保っています
名雪 地上は混戦状態だけどね
栞  連邦主力が介入するとエゥーゴは自棄になって無差別のゲリラ化しかねませんから
名雪 ちなみに、連邦とエゥーゴ、ティターンズって戦力比はどれくらいなの?
栞  単純な総戦力比較でしたら2:3:50というところです
名雪 泣きたくなるような差だね
栞  宇宙限定ならずっと縮まります。1:1:12くらいですね
名雪 それでも酷い差だね
栞  エゥーゴ系は大半が宇宙にいますから。ティターンズと連邦は地上にもそれなりの部隊を展開しています。もっともここれは数の比較ですから、将兵の実力や兵器の性能を加味すれば多少変動しますけどね
名雪 まあ、数だけじゃ余り参考にはならないかな
栞  ですね