16章  動き出す連邦

 

 奇襲を受けて崩された北京攻略部隊。久瀬は必死に部下を纏めて下がらせているが、混乱した状況では思うように進まない。敵もこちらの混乱を狙って仕掛けてきたのだから当然だが、完全にしてやられたのだ。久瀬は敵の伏兵を見抜けなかった自分の愚かさに歯噛みしつつも指揮をとり続けている。
 だが、そこにようやく北川率いる6機が駆けつけてきた。味方を攻撃しているシュツーカ部隊に攻撃を加えてその動きを封じる。

「北川大尉!?」
「久瀬中尉、俺達が前に出る!」
「後は任せてください!」

 北川と香里が久瀬のジムVの傍を通り過ぎていく。たったの6機で敵を押し返そうというのだろうか。

「・・・・・・まあ、相沢少佐たちもいるし、何とかなるかな」

 残ってる連中の技量を考えた久瀬は心配するのをやめると、再び部下の掌握に戻った。

 撤退を進める連邦軍だったが、その中には取り残された部隊もある。問題は取り残されたのが名雪の部隊であった事だ。スナイパーとして離れた所に居たのが災いし、敵中に完全に孤立してしまっている。
 名雪のジムスナイパーUは狙撃用としては今尚絶対とも呼べる性能を持つ高級機だが、それ以外では既にロートルでしかない。ジムUよりも劣るのだ。名雪は護衛のシュツーカ2機と協力して迫り来る敵機を必死に撃ち払っているが、中距離以内に踏み込まれると名雪の能力は著しく制限されてしまう。
 窪地を遮蔽に使いながら必死に抵抗する名雪に、部下のシュツーカのパイロットが名雪に脱出を進めた。

「少尉、我々で敵を押さえます。その間に少尉だけでも!」
「馬鹿言わないで。2機でどうやってあの数を押さえるつもり!?」

 無茶を言う部下を叱責する名雪。だが、部下達は引かなかった。

「しかし、ここで少尉が死んだら、少佐に申し訳が立ちません!」
「このままでは3機とも全滅です。それよりは少尉だけでも脱出するべきです!」
「大丈夫だよ。きっと、きっと祐一が助けに来てくれるから!」

 狙撃銃で走り回る敵機を狙い撃つが、近すぎる為に敵の動きが早すぎ、狙撃する所ではない。だが、それでも名雪は諦めていない。祐一が助けに来ると信じて疑っていないからだ。

 しかし、名雪の孤立を知らされた祐一は部下を連れて救出に向かったのだが、敵機の分厚い壁に阻まれて名雪に辿り付けないでいた。いや、祐一はよくやっている。随伴してきた栞でさえ攻めあぐねる壁を食い破り、単身で敵中に踊り込んでいるのだから。
 だが、さしもの祐一でも限界があった。彼はNTのような反応速度も直観力も持たない、シェイドのような不屈の肉体を持つわけでもない。ただひたすら研磨してきた技量だけで彼らと並び立つほどの強さを持っているのだ。だが、それでも同時に相手にできるのはせいぜい3機、それ以上を相手取るのは不可能だ。そして今、祐一の周囲には5機のシュツーカがいて、祐一の前進は完全に封じられてしまっていた。

「畜生、退け、手前等の相手をしてる暇は無い!」

 マシンガンを掃射してシュツーカを追い払おうとするが、正面の2機が退いても左右に散った3機が銃撃してくるのだ。撃ち込まれるビームを回避する為にひたすら動き回るのでまともに照準も出来ない。残弾を示すカウンターが恐ろしい速さで回るのを気にしつつ、祐一は焦燥感に包まれて突撃を繰り返しては追い返されてしまっている。

 この祐一の突出を苦々しい目で見ていたのが北川である。

「あの馬鹿、何を焦ってやがる。仲間との連携を忘れて突っ込むなんざ、指揮官としては最低の行動だぞ」
「大尉、相沢少佐の焦りも分らない訳では・・・・・・」

 北川の呟きを通信機で聞いた香里が反感を覚え、祐一を弁護してしまう。だが北川は別に香里の言葉を否定したりはしなかった。

「そんな事は分ってる、俺だって水瀬を見捨てるつもりは無い」
「大尉?」

 地球に降りてからというもの、戦闘中の北川は機械的に任務をこなす無機的な軍人としての面を表に出す。だが、今の北川の返事はまるで昔の北川のように感情を感じさせる物であった。

「美坂少尉には部隊を纏めて後退の指揮を頼む。栞ちゃんたちの方も束ねてくれ」
「・・・・・・えっと?」
「ふぁいと、だよ。だとさ」

 訳の分らない返事。誰が聞いても首を捻るであろう返事。だが、香里にはそれが何を意味するのか良く分かってしまった。自分達の親友は、いつもそう言って自分達を立ち上がらせてきたのだ。そして、今回もまた彼女は友達にお節介を焼いてくれたらしい。
 香里は噴出すように小さく笑うと、仕事を押し付けてきた上官に軽い口調で注文を付けた。

「私たちの親友を頼むわね、北川君。2人とも五体満足で連れ帰れなかったらただじゃおかないわ」
「了解」

 軽い口調で答え、北川のジムUATが突進していく。それを見送った香里は気持ちを切り替えると、通信機の回線を開いた。

「北川大尉より全権を委任されたわ。全機、正面に向けて5秒間全力射撃。北川大尉の突入を援護しなさい!」
「お姉ちゃん!?」
「香里さん!?」

 突然指揮をとり始めた香里に栞と一弥が驚くが、それ以上口を挟む事はしなかった。香里の命令に従って10機ほどのMSが正面に向けて全ての火器を全力で撃ちまくる。狙いなどお構い無しの制圧射撃だ。栞たちを防いでいたシュツーカ部隊もこれにはたまらず回避行動をするしかなく、北川が突入するべき道は切り開かれた。

「行きなさい、北川君!」

 香里のけしかけるような言葉に北川は行動で答えた。突入していくジムUATをシュツーカ部隊は食い止めようとしたのだが、左右から撃ちこまれたビームは北川機を掠りもしなかったのである。逆に反撃のジムライフルで1機が損傷させられる始末だった。
 3機のシュツーカがそれを追撃しようとしたのだが、香里の指揮を受けた北川隊と祐一の先鋒隊の猛攻を受けてその場に拘束されてしまった。サイレンとして有名な香里だが、ファマス戦役中から少数部隊を任されて巧みな指揮振りを見せている。地球に降りるときには北川から副官にと望まれ、その北川の期待に完璧に答え続けた才女なのだ。
 香里は北川が突入したのを確認すると、少しずつ部隊を後退させ始めた。北川は帰ってくると言ったのだ。ならば、自分は約束した通り、部隊を纏めて後退防御戦をしなくてはならない。3人の身を案じる自分を力ずくで抑えながら、香里は部隊の最後尾に立って後退を続けたのである。

 

 


 祐一は正面に立ち塞がるシュツーカを憎しみの篭った目で睨み付けた。邪魔だ、こいつ等のせいで名雪の所に行けないじゃないか。

「退きやがれ、名雪が、あいつが死んじまう!」

 祐一がどれだけ叫ぼうが敵機が居なくなるわけではない。祐一を嘲笑うかのように2機のシュツーカがグレネードを放ち、その至近弾の衝撃にゼク・アインが激しく揺さぶられる。だが、祐一が罵声を発して反撃の砲火を放つより早く、正面のシュツーカの1機がいきなり直撃弾の火花で機体の上半身を受け尽くされていた。それで頭部を破壊されたシュツーカが慌てて後退して行くのを見送った祐一は、続けて後方から放たれてきたマイクロミサイル群が残る4機のシュツーカの動きを止めたのを見て驚いた。

「な、何が、誰だ?」
「この馬鹿相沢、何をアホみたいに突進してやがる!」

 祐一のゼク・アインの隣に滑り込んでくる白と赤に塗り分けられた機体。その過剰とも言える重武装と肩に描かれた八木アンテナを見て、祐一はその機体が自分の相棒の物だと知った。

「北川、お前、どうして?」
「水瀬が危ないのに黙っていられるか。相沢こそ、ブランクが長すぎて腕が落ちたみたいだな。このくらいの敵も突破できないとは」
「何だとこのアンテナ!」
「んだと、このヘタレ野郎!」

 背中を合わせつつ文句をぶつけ合う2人。だが、これが2人の何時ものスキンシップである。どのような時でも余裕を見せる。たとえ10倍の敵に囲まれても皮肉を出すのがカノン隊魂である。秋子を筆頭とするお気楽能天気軍団の面目躍如というところだろう。
 そして、祐一は背後の北川に、まるで近所の買い物に付き合えとでも言うかのような気安さで無茶なお願いをした。

「北川、ちょっと名雪の所に行ってくる。手伝ってくれ」
「その為に来たんだからな」

 それで十分だった。祐一は正面の2機のシュツーカに向けて突撃していく。左右の2機には目もくれないその動きはかなり無茶なものであったが、それは祐一の北川に対する絶対の信頼の現われだった。
 そして、北川はシアンをして『神技』とまで言わしめた移動射撃を見せ付けていた。祐一同様、才能の不足をひたすらの努力で補い続けた彼の移動射撃は寸分の狂いも無く正確に敵機に集中される。NTである栞や瑞佳にさえ出来ないレベルの見越し射撃だ。それは膨大な実戦経験から弾き出される勘という名の計算で、それによる敵の未来位置の予測はほとんど外れた事が無い。これはみさきと同じ戦い方である。
 北川に狙われた2機のシュツーカはたちまち数え切れない直撃弾を浴びてボロボロにされてしまった。1機は動きが鈍った所にミサイル2発を撃ち込まれて爆発炎上し、もう1機も直撃弾に右足をへし折られて地面に転がされている。祐一のように5機を相手にするなら圧倒的に不利なのだが、2機なら十分勝てる数なのだ。
 北川が相手にした2機を始末した頃には祐一も1機を蜂の巣に変え、もう1機を牽制して一息に名雪の立て篭もっている窪地へと突入して行った。

「名雪、無事か!?」
「ゆ、祐一〜、ちょっと遅いよ〜!」
「これでもかなり無理したんだ。辿り付けただけでも褒めてくれ!」

 見れば護衛のシュツーカの1機は擱座しており、脱出したパイロットは同僚のコクピットに逃げ込んでいる所だった。

「悪いなお前ら、護衛ご苦労さん」
「い、いえ、これが仕事ですから」

 緊急展開軍の戦闘隊長という、彼らからしてみれば雲の上の存在に礼を言われて、護衛に付いていた2人は慌てふためいている。祐一はそれに対しては答えを返さず、マシンガンで周囲を掃射して敵機を軽く追い払った。

「殿は引き受けた。さっさと味方の所まで逃げ込め。途中は北川が押さえ込んでる!」
「北川君が!?」
「ああ、だから早く行け!」

 祐一に大声で指示され、名雪は急いでその場から逃げ出した。近距離にまで踏み込まれている以上、スナイパーである自分はただの足手まといでしかない事をよく知っているからだ。生き残りのシュツーカがその後ろを守り、最後に祐一のゼク・アインが続く。追撃してくる敵のシュツーカは8機を数えているが、これで怯む祐一ではなかった。機体を横滑りさせながらこれが最後だと言わんばかりに弾幕を張っている。
 そして、祐一を援護するように北川のジムU・ATと、見慣れぬ胸部が黒いジムUが出てきた。最初は北川の部下かと思ったのだが、自分や北川に見劣りしない射撃を見せる事に驚いた祐一は北川に問いかけた。

「おい、誰だよあのジムU?」
「ん? ああ、相沢は知らなかったか。あれはシアンさんだよ」
「なっ、出てきたのか!?」
「ほう、俺が不甲斐ないお前達を助けに出てきちゃいかんのか、相沢?」

 些かドスを聞かせたシアンの問いかけに祐一は文字通り震え上がった。まずい、こういう声を出すシアンは大抵怒っている。

「あ、あの、シアンさん?」
「帰ったら北川共々地獄巡りフルコースにご招待だ」
「ちょ、ちょっと、それだけはご勘弁を!」
「何で俺まで!?」

 シアンの『地獄巡りフルコース』に悲鳴を上げる2人。もはやふざけているとしか思えないが、この状況で3人は追撃してくる敵部隊に2機完全破壊、2機撃破という損害を与えている。こんな連中を相手にしたアクシズ部隊の方がいい迷惑だっただろう。

 

 

 

 だが、もう一方の激戦区ではまだ戦いが終わる気配を見せていなかった。舞の援護に駆けつけたのはアヤウラ直卒の部隊で、ガルタンと真希の2機のガーベラテトラを従えてもいる。戦力的には祐一たちにぶつけた部隊よりも有力であったが、こちらには敵のエース級が集中していたので数は少なくとも恐ろしい強さを発揮していたのだ。ただ、久瀬が後方に下がった為に動きが統制を欠き、その力を十分には発揮していないのが問題だったが。 
 アヤウラとしては余り損害を大きくしたくは無かったのだが、相手が相手なので手を抜けば逆に蹴散らされかねないと悟ってしまい、全力でこれの相手をしている。

「もう少し堪えろ。敵は少数な上に連戦で疲労している筈だ。弾薬も多くはあるまい。あと少しで必ず崩れる筈だ!」

 アヤウラの指揮は的確だったと言える。この時、確かに浩平たちの弾薬は欠乏し、戦闘続行不可能になっていたのだ。

「ちっ、嫌らしい奴らだ。さっきからあれ以上一歩も近付いてこない」
「どうするの浩平、このままじゃ弾切れで嬲り殺しだよ。まだ弾があるうちに退こうよ」

 瑞佳がビームライフルのエネルギーを確認しながら弱音を吐く。だが、それは怯懦故とは呼べまい。退くべき時を弁えない猟犬は猛獣の餌食にしかなれないのだ。澪や氷上、葉子、名倉友里も自分達と一緒にがんばってはいるが、圧倒的な数の不足だけはどうにも出来なかった。
 その一方で、舞という強敵を相手取っているのは今では茜と巳間晴香、名倉由衣の3人だけになっている。後はシュツーカが6機しか居ないのだ。ここにアヤウラのシュツーカ隊までが加わっているので敵味方の確認さえ困難となる笑えない事態が生じている。

「くっ、流石にこれでは・・・・・・」

 茜は一対一で舞とぶつかるという状況に臍を噛んでいた。幾らなんでもジムV1機で百式改は手に余る。さらに舞を援護するシュツーカまで居るのだ。これでは勝負にならない。
 その時、ようやく撤退を決意した浩平が信号弾を打ち上げ、それを見た由衣のシュツーカが茜の隣にまで来た。

「茜さん、撤退信号です!」
「分かってます、由衣、私たちも退きますよ!」

 退こうとする茜と由衣だったが、それは舞の突撃とシュツーカ部隊の攻勢の為にそう簡単な事ではなかった。茜は由衣を庇いながら巧みに撤退戦を行っていたのだが、横合いから突っ込んできた舞には対処し切れなかった。

「舞!?」
「・・・・・・・・・・・・」

 至近距離に踏み込んでのビームサーベルの一閃。それはまさに必殺の一撃だったが、かろうじて割り込んできたもう1機のシュツーカに阻まれた。

「そう簡単には殺らせない!」
「晴香!?」
「茜、早く撤退を。由衣を連れて!」

 だが、舞を一対一で防ぐには晴香は余りにも役不足だった。機体もただのシュツーカでしかない。せめてヴァルキューレならば五分の勝負も出来ただろうが、百式改とシュツーカの機体性能にパイロットの技量差まで加わっては晴香に勝ち目はなかった。舞は自分と茜の間に立ち塞がったシュツーカのパイロットがかなりの凄腕だとは分かったが、自分を止められるような腕ではないと悟るとすぐに攻勢を強めた。連続して振るわれる斬激に必死で対応する晴香。

「こいつ、何て強さ!」
「遅い」

 晴香の防御を掻い潜った一撃がシュツーカの左腕を切り落とす。片腕となったシュツーカはそれでも抵抗を諦めずに右腕の110ミリ速射砲を至近距離で放つが、それは百式改の背部にあるバインダーを毟り取っただけで、致命傷を与える事は出来なかった。そして、真横に振るわれた百式改のビームサーベルがシュツーカの胴体を薙ぎ払い、直後にシュツーカは爆発を起こして四散してしまった。
 晴香のシュツーカが破壊されたのを見て、茜と由衣が一瞬動きを止めた。

「嘘、晴香、さん?」
「・・・・・・舞、よくも!」

 茜から放たれる濃い殺気に舞は流石に怯みを見せたが、茜は舞に手を出したりはしなかった。由衣のシュツーカを連れて舞の前から大きく距離を取り、急いで撤退していってしまう。周囲のシュツーカ部隊は動かない舞を訝しみながらもそれを追撃しようとしたが、舞に止められてしまった。

「もういい、追撃の必要はない」
「邪魔をしないで貰おう。我々は君の部下ではない」
「・・・・・・死にたくなければ、黙っていて」

 舞に凄まれたシュツーカパイロットはシェイドの持つ特有の殺気に気圧されて素直に引き下がった。舞は撤退していく連邦機を視線で追っていたが、もう追撃する気にはなれなかった。戦いは終わったのだ。

 どうにか部隊を戦場から後退させた久瀬は最後の集団となった茜たちを迎えると自らも後退していった。だが、その中に自分の部下がいないことを悟った久瀬は悪い予感を押し殺しつつ由衣に問いかけた。

「由衣、晴香はどうした?」
「・・・・・・死にました。敵の金色に、ビームサーベルで」
「晴香が、死んだ?」

 ファマス戦役以来、ずっと部下として頑張ってくれた女性の死に、久瀬はこれまでにない衝撃を味わっていた。ファマス戦役において彼は多くの部下を失っているが、直属の部下は1人も欠いてはいない。それが遂に失われてしまったのだ。
 姉御肌で面倒見が良かった晴香は訓練生達にも人気が高い、優れた教官でもあったのだ。それが今日失われてしまった。もうあの背中を蹴り飛ばされるような威勢のいい声が生徒達を叱咤する事も、困った顔で恐る恐る溜まった書類の束を持ってくる事もないのだ。
 晴香を失ったという悲しみは久瀬と由衣、葉子を失意の底に突き落としてしまったが、報告を受けたシアンもまた苦渋を隠そうともせずにただ「そうか」とだけ呟いて、それっきり一言も語ってはいない。彼にしてみても久しぶりの部下の死であり、同時に妻の友人の死でもあるのだ。彼はこの事を妻と娘に伝えるという気の重い大役があるのである。


 結局、この戦いは連邦にとって失う物のみ大きな戦いであった。作戦目的であった北京からの脱出は阻止できたのだが、カラバ部隊を完全に覆滅する事は叶わず、あまつさえ伏兵に側面を衝かれて大きな損害を蒙るなどという失態を犯してしまっている。この件でシアンが叱責を受けるのは免れないだろう。
 だが、この一戦は連邦軍に大きな教訓をもたらしたとも言える。あのシアン・ビューフォートが敗北するほど、カラバの戦力は強大なのだと各地の部隊に認識させたからである。

 

 

 


 連邦軍を追い返したことで虎口を脱したカラバは生存者の救出を行いつつも、突然現れた援軍に不躾、という言葉では表しきれない不信の目を向けていた。カラバは反連邦組織ではあるが、だからといってジオニストに好意的でもないのだ。この辺りはエゥーゴとはかなり異なっている。
 カラバ指揮官であるハヤトは香港以来となるアヤウラとの対面に表面平然としていた。

「礼を言うべきなのでしょうね、こういう時は」
「別に礼など不要だな。こちらも善意だけで助けたわけではない」
「では、何か見返りを要求すると?」
「いやいや、カラバに見返りなど求めてはいないよ。我々に君達を助けるように要請してきたのはグラナダだ」
「まさか、エゥーゴ?」

 つまりはこういう事だったのだ。エゥーゴとしては地球に下ろした舞とトルク、そしてその部下達を回収したい。だがカラバの戦力では不安がある。だからアヤウラたちにカラバの援護を要請したという事なのだ。
 だが、それだけでは説明が足りなかった。どうしてエゥーゴはアヤウラとそのような取引が出来たのだ。その疑問に、アヤウラは他人に嫌われる原因の1つである皮肉めいた冷笑を浮かべて答えた。

「簡単だよ。我々アクシズとエゥーゴは協力関係にあるということだ」
「何ですって!?」
「別におかしな事でもないだろう。確かに考え方は違うが、同じく連邦に敵対する者同士だ。単独では連邦やティターンズには抗し得ないのだから、協力し合うのは当然の選択だ」
「では、このシュツーカは?」
「いや、これは私がアクシズから一年かけて少しずつ取り寄せていたMSだよ。一度に沢山持ち込むと流石にばれるのでね。それをアナハイムの協力を受けて地球に持ち込み、現地で集めたパイロットに与えて部隊を編成したわけだ」

 つまり、これがアヤウラの仕事であった。アクシズから派遣されてきたアヤウラは連邦の目を掻い潜って地球に降り、地球に残っていたジオン残党を糾合して地球ジオン軍を密かに再起させようとしていたのだ。その為の実働部隊としてアクシズから取り寄せた新型MSを用意し、アナハイムの協力さえ取り付けて地下で力を蓄えていたのだろう。

「まあ、流石に地球に残っている友軍は熟練兵揃いだ。新型機を与えて機種転換さえ終わればかなりの戦力になってくれる」
「ですが、どうやってアナハイムの協力を取り付けたのです?」
「簡単な事だよ。アナハイムが生産するMSに使われているガンダリウムγ合金。これはアクシズで開発された物だ」
「それを、アナハイムに提供したと?」
「そう。おかげで地球圏での活動が随分やり易くなった。アナハイムの船舶を使えば物資や人員の移動も楽だし、情報も入手しやすい。今回のように無茶を言われる事もあるが、見返りとしては十分すぎるものがある」

 アヤウラは人の善意や義侠心など信用はしない。そういうものがあるのは理解しているが、そんな物を頼ったりはしない。協力関係とはすなわちお互いを利用しあう事であり、実利益を追求してこそ意味がある。必要とあらば自軍の重要機密を惜しみなくポーカーのカードのように切り捨てる事が出来るのである。

「まあ、とりあえず敵は蹴散らした。シャトルについてはこちらから小型の往復シャトルを提供しよう。アウドムラが成層圏まで持っていけば自力で宇宙に出られるはずだ」
「それは助かります」
「何、これもお互いのためさ」

 ハヤトに伝えたい事を伝えると、アヤウラは身を翻してハヤトの前から去って行った。残されたハヤトは胸につかえた何かを溜息と共に吐き出すと、アヤウラの顔を脳裏から追い出すように軽く左右に振り、気持ちを切り替えた。

「まあいいか。シャトルを貰えるのなら、文句を言うことでもない」

 ハヤトもわりと現金であった。

 

 

 ハヤトの前を辞したアヤウラは駆け寄ってきたカーナを一瞥すると、周囲に聞こえないくらいの声で問いかけた。

「クルーガーの方は、どうなっている?」
「アフリカでノイエン・ビッター少将との接触に成功し、現在アフリカでゲリラ化している友軍を集結させている最中だそうです」
「急がせろ。宇宙が些かきな臭くなってきた」
「それは分りますが、指揮系統の建て直しも容易ではありません」

 カーナの苦言にアヤウラは渋い表情で頷く。彼にも分っているのだ。アジアのジオン残党を纏め上げるだけでも一年以上かかっており、ティターンズ勢力の強いアフリカでは困難を更に極めているのだろう。

「ふん、まあ仕方がない。とりあえず戦力の再建が急務だ。1度の戦闘で半数近くを失うとは思わなかったぞ」
「仕方ありません。敵はほとんど化け物でした」
「出てきた敵の半数以上がエースでは仕方があるまい」

 実の所、アヤウラは北京で連邦軍を襲撃するのは最初から考えていた事であった。そのために香港に来たアウドムラを北京に行くように誘導してやったのだから。つまりアヤウラはカラバ部隊を利用して連邦に打撃を与え、ついでにエゥーゴに恩を売るという綱渡りをしていたのである。
 今回の部隊は2週間前から入念に偽装して用意しておいたもので、航空偵察が始まる前には偽装を完了しておいた。その上近隣の連邦部隊の幾つかに金銭をちらつかせる事で好意的中立を取り付け、更に情報の操作までを行っていたのだ。その成果が側面からの奇襲として現れたのだが、それだけやっても結果は辛勝という所だった。彼の当初の計画ではシアンや北川大隊までが出てくる事は入ってなかったのだ。

「まあ、シアンを相手に奇襲を成功させたのだ。無駄ではなかったのだろうな」
「閣下?」
「いや、何でもない。お前は部隊を纏めて次の作戦の準備に入れ。仕事はまだまだ幾らでもあるぞ」

 アヤウラの指示に敬礼をしてカーナは走っていってしまった。アヤウラはその後姿を見送った後、酷く疲れた溜息を漏らした。ハヤトと相対していた時の活力に溢れた様子は消え去り、年齢以上に老け込んだ印象さえ与えている。

「・・・・・・一年戦争からもう6年、か。流石に疲れてきたな」

 アヤウラほどの男でさえ部下の居ない所では弱音を吐いてしまう。無理もない。シアンたち連邦軍とは異なり、アヤウラは敗軍の将でありゲリラなのだ。その為に常に現場で部下を率いて困難に立ち向かい続けている。後から後から湧き出す問題を必死に処理し、脱落していく部下を纏め上げ、強盗紛いの方法や裏取引で物資を集めて回った。
 秋子には多くの信頼できる部下が居る。彼らは有能で忠誠心が高く、人間的に信頼できる者達だ。だがアヤウラにはそんな部下は居ない。彼に従う部下の多くは能力でも信頼度でも秋子の部下達には及ばない。右腕たるクルーガーは確かに有能で信頼できるが、それでも秋子のマイベックやシアンに較べることは出来ない。ガルタンや真希に至っては上司だから仕方なく従ってるという態度が見え見えで、いつ裏切るかもしれない。現在の副官であるカーナはまだ分からないが、どうにも何を考えているのか読めない所がある。

 ファマス戦役以降、アヤウラはこんな部下を率いてひたすら頑張ってきたのだ。連邦軍の中にいる金を欲しがる高級士官を見つけては金を掴ませて物資を横流しさせ、アナハイムの機嫌を損ねないようにご機嫌を伺い、少しずつ地道に勢力を固めてきたのだ。今回アヤウラが用意したMSの中に含まれている4機のガーベラテトラも、アナハイムが開発したGP−04ガーベラを改修した機体だ。本来ガーベラは連邦向けの機体なのだが、ファマス戦役終結に伴って強襲機が不要となった為に行き場を失ったそれをアヤウラが地上のジオン軍向けに回してくれるように要請し、幾つかの改修を経てガーベラテトラとして量産したのだ。
 実際、これらの無理を通させる為にアヤウラはアナハイムやエゥーゴの為に地下活動を行っていた時期もある。エゥーゴの勢力拡大の契機ともいえる30バンチ事件以後、反連邦感情が急激に煽られた背景にはアヤウラの暗躍もあったのだ。
 こんな無茶な綱渡りを曲りなりにも破綻させずに運用してこれたのは、まさにアヤウラが有能な人物であった事の証左だったろう。もし彼が連邦に居れば、恐らく連邦情報部において辣腕を振るい、連邦史にその名を残していたであろう。
 だが、現実ではアヤウラの名は陰謀とは切り離せず、数々のテロ活動や幾つかの重大な犯罪に関わった人物として忌避される名として残るのである。

 

 


 シアンたちが敗北したという知らせはジャブローにいるマイベックにもたらされた。それをマイベックは最初、何かの冗談かと思った。シアンの手元にある部隊は質的にも量的にも決して弱体ではない。いや、通常の連邦軍が相手ならば5割り増しの敵を相手取っても負ける事などないだろう。それが敗北し、シアンは部隊を一度海鳴にまで後退させたと言うのだ。
 送られてきた報告書を丹念に読み上げたマイベックは、シアンが敵の増援を読み誤っていた事を知った。だが、これはマイベックにも責める事は出来なかった。新たに現れた敵は新型MSとF型以上の性能を持つシュツーカ系MSを1個大隊もそろえ、側面から完全な奇襲をかけてきたというのだから。
シアンが索敵に手を抜いていたと言うよりは、敵が巧妙だったのだろう。敵が立ち去った後にシアンたちが調べたところ、航空偵察によって確認した筈の地域にMSが収まるほどの窪地が幾つも発見されており、擬装用の資材が多数発見されている。それらの状況から、敵は周到な準備を整えた上でシアンたちを北京に誘い込んだのだと考えられた。
 このシアンからの報告に、マイベックは些か考えさせられた。

「30機以上の新型機をカラバが保有しているだと。しかもシアンたちを罠に嵌めるほどの周到さで。俄かには信じられん話だな」

 シアンが嵌められた原因は分っている。シアンはカラバにこれだけの部隊があるとは想像もしていなかったのだ。もしあるならばもっと早く出していただろう。なのにこの部隊はまるで北京守備隊が壊滅状態に陥るのを待っていたかのようなタイミングで出てきているのだ。

「カラバではなく、別の勢力なのか? それとも、カラバ内にも駆け引きがあるということか?」

 分らなかった。今の段階では余りにも情報が少なすぎる。このシュツーカ部隊が何処で作られたのか、誰が後ろにいるのか、目的はなんなのかさえ全く掴めてはいない。
 だが、1つだけ分かったことがある。それは、自分達が相手にしているのは徒党を組んだゲリラ風情ではなく、連邦正規軍を敗北させられるだけの実力を備えた軍隊であるということだ。あのシアンでさえ一敗地に塗れた以上、これはいよいよ本腰を入れるしかあるまい。
 マイベックは副官を呼ぶと、幾つかの指示を出して下がらせた。この時、マイベックとアヤウラの幾度目かになる戦いが始まったのだと言えた。

 

 


 ダカール。連邦の首都が置かれている大都市で、連邦直轄地としてティターンズでさえ足を踏み入れることが出来ない聖域である。今、ここでここ最近の地球圏の混乱に対処するべく、連邦緊急議会が開催されようとしていた。各地から集まった議員や軍官僚がホテルなどへチェックインする中、首都防衛を任されている連邦地上軍、第1師団は首都の警備をいよいよ強化していた。
 そして、ダカールにある宇宙港に下りてきた往復シャトルから降りてきたティターンズ総帥ジャミトフ・ハイマン大将は久しぶりの地球の日差しに僅かに目を細めた。

「ダカールか。相変わらずここは暑いな」
「砂漠化が少しずつ進んでいるようです。連邦の緑化計画は効果を上げていないようですな」
「宇宙移民政策を中止し、地球に10億もの人口を残した報いだよ。戦後に移民政策を継続しておれば緑化計画もそれなりの効果を上げていただろうに」

 ジャミトフは地球至上主義者らしくない事を呟きながらシャトルのタラップを降りていく。実際の所、ジャミトフは地球を愛しており、人は地球から出て行くべきだという点ではエゥーゴと同じ考えを持っている。ただ、彼は宇宙に出たからといって人類の革新などというものは信じていなかったし、現在のスペースノイドの反抗的な動きを容認するつもりもなかった。
 ただ、彼は人間の活動で地球の自然環境が完全に崩壊してしまうのを避けたいだけであり、その為に人は地球から出て行くべきだと主張していたのだ。もしブレックスとジャミトフにもう少し歩み寄ろうという考えがあれば、あるいは今の内戦はおきていなかったかもしれない。
 その時、もう1機の宇宙−地球間往復シャトルが宇宙港に下りて来たのを見て、ジャミトフは足を止めた。そのシャトルに描かれているマークはサイド5のものであり、中にいるであろう人物に興味を持ったのだ。
 そして暫く待っていると、取り付けられたタラップから降りてきた穏やかな表情の女性将官がいた。それを見たジャミトフが面白そうな顔でそちらに歩いていく。慌てた側近が制止の声をかけるが、ジャミトフは気にした様子もなくそのシャトルのタラップの下まで来た。

「やあ、久しぶりだな、水瀬提督」
「ジャミトフ閣下、お久しぶりですわ」

 ニコニコと笑顔で挨拶を返す秋子。それはまるで友人同士の再会のようであるが、2人はまさに対立する陣営の中心人物なのである。少なくとも双方の随行員達は露骨な警戒感を見せている。
 だが、秋子とジャミトフはそんな部下達を気にする事もなく平然と会話を交わしていた。

「どうかね、最近のエゥーゴの動きは?」
「中々に活発ですわ。でも、流石にこの間の輸送船団事件以降は静かにしてますね。流石に反省したのでしょうか」
「君に凄まれて虚勢を張れる者など、居るとは思えないがね」

 苦笑を浮かべるジャミトフに、秋子は少し困った顔になった。

「私はそんなに怖い女でしょうか?」
「ああ、怖いとも。私でさえ君を怒らせるのは怖い」
「あらあら」

 なんとも返事に困ってしまった秋子だったが、特に文句を返したりはしなかった。これが宇宙で対立しあうティターンズと緊急展開軍の指揮官同士だというのだから、ジャーナリスト辺りが見かければ驚愕したに違いない。
 そして2人は議事堂へと入っていった。これからここで小さな、だが重要極まりない戦いが行われるのだ。そう、連邦議会という名の戦いが。



機体解説

ADF−101 シュツーカ
兵装  ビームライフル 又は マシンガン
    110ミリ速射砲×2
    ビームサーベル×2
    シールド
<解説>
 ファマスの主力MSであったシュツーカをアクシズの技術を元にファマス系の技術者達が再設計した機体。ガンダリウムγ合金製の装甲を持ち、全体の性能を大幅に向上させた汎用MSである。アクシズ内ではガザ系、ザク系の2つが主力機としての座を争っており、ファマス系列機は冷遇される傾向にあったのだが、ファマス系列機の優秀さを知るアヤウラが開発を継続させ、どうにか生産にこぎつけたMSだ。
 第1世代機ながらも現在のアクシズが保有するMSの中では最もバランスに優れ、操縦し易く、生産性も申し分ない傑作MSであるのだが、ジム系とザク系の融合とも呼べるシュツーカ系列機を嫌う者は多く、結果としてアクシズの主力の座にはつけないでいる。派閥抗争に巻き込まれた悲運のMSと言えるだろう。

 

AGX−04 ガーベラ・テトラ
兵装  ビームマシンガン
    110ミリ機関砲×4
    ビームサーベル×2
<解説>
 元はガンダム開発計画で開発された試作4号機ガーベラなのだが、ファマス戦役終結に伴って強襲機が不要となり、浮いてしまった機体。行き場をなくした本機をアヤウラが求めた事により地上用に再設計が行われ、装甲材やムーバブル・フレームをガンダリウムγ合金製にするなどの変更が行われている。結果として生産性が向上した本機は地上ジオン軍向けに細々と生産が行われることになった。最初はグラナダで生産されていたのだが、後にキャリフォルニアベースのアナハイム工場に生産ラインが移されている。
 アクシズとアナハイムの繋がりを示す機体といえよう。


後書き
ジム改 追い返されたシアンたち
栞   私、一言しか喋ってないです
ジム改 前回は活躍してたでしょ
栞   まあそうなんですけど
ジム改 そして、遂に表に出始めたアヤウラ
栞   おのれえって感じですね。小悪党のくせに
ジム改 まあ、彼も苦労してるんだよ
栞   無能な部下を率いて左遷地域で1人孤軍奮闘ですか
ジム改 実も蓋もない言い方だね
栞   しかし、秋子さんとジャミトフ、地球に来てますね
ジム改 2人はこれから連邦議会に出席するのだよ
栞   大変ですね。ところで、なんか2人とも仲良さそうなんですけど?
ジム改 別に2人ともお互いを個人的には嫌ってはいないからな
栞   あれ、秋子さんってティターンズが嫌いじゃなかったんですか?
ジム改 うむ、大嫌いだ
栞   でもジャミトフは嫌いじゃないんですか?
ジム改 秋子さんはジャミトフの主張の正しさは認めてるからねえ
栞   でもティターンズは嫌いなんですよね?
ジム改 うむ、ティターンズは過激な事ばかりするから大嫌い。というかバスクが嫌い
栞   あのゴーグル腹黒親父ですか
ジム改 うむ、ジャミトフに心酔する部下は多いが、バスクに心酔する奴はいないからな
栞   悲しい現実です。ところで私に心酔する部下はいないのでしょうか?
ジム改 ・・・・・・・・・ロリコン系のストーカーか?
栞   そんな事を言うのはこの口ですか!