17章  連邦の決定

 


 ダカールの地球連邦議会において、定例総会を除いて全ての議員に招集がかけられる事態はそう滅多にあることではない。だが、今回は違う。連邦大統領であるエニギア・ノバック大統領が最近世界を騒がしているエゥーゴについて、連邦としてどう対応するかを決めるべく緊急総会を開く事にしたのだ。
 この総会を妨害しようとする動きは当然起きており、ダカールの防衛に当たっている第1師団はダカール周辺を完璧に封鎖している程の対応を迫られている。ダカールの防衛は完璧だと地球連邦軍統合作戦本部長ユースフ・オンデンドルフ元帥が豪語する通り、第1師団は文字通り蟻一匹通さない守りを敷いているのだ。
 ただ、この防衛線に挑んだ愚かな連中は幾つか居た。その多くは反連邦系ゲリラの襲撃で、砂漠に残された旧ジオン系のMSや車両で武装していた。その中で一度だけカラバと思われる部隊の襲撃を受けている。その部隊だけはジムUやジム改、ザク等に混じってエゥーゴが主力としているネモを装備していたからだ。
 だが、首都防衛を任務とする第1師団の装備はジャブロー防衛隊のそれに匹敵するほどであり、連邦地上軍の最新装備が与えられている。第1師団はジムUやジムUAT、ハイザック、ジム・RM、シュツーカといったファマス戦役時代の技術で作られた機体のみならず、生産が始まったばかりのジムVやティターンズが開発したガンダムMk−U、マラサイまでを装備している。更に空軍基地には戦闘機や爆撃機以外にも海軍と共用のアッシマーや、オーガスタ研究所が開発を終えたばかりのギャプランまでがあるのだ。
 エゥーゴから装備の供給を受けていたらしいカラバは余りに強力すぎる防衛隊にあっさりと弾き返され、何も得る事無く撤退に追い込まれていたのである。

 

 


 この戦闘の光はダカールに集まっている議員や高級軍人達にも目撃されていたが、全てがダカールに近づく事も出来ずにいるという事実が彼らを安心させていた。ダカール守備に責任を負っている統合作戦本部にしても、たかがゲリラやカラバ風情にダカールまで入られたとあっては面子が丸潰れになるので、第1師団には過剰なまでの戦闘力を与えていたのだ。
 統合作戦本部長ユースフ・オンデンドルフ元帥は第1師団の奮闘に満足しつつ自らも総会会場となる連邦議事堂へと入っていく。その後ろには彼の幕僚達が続いており、この総会が如何に軍事色が強い内容であるのかが伺える。
 議事堂内には既に多くの議員や各地から集まった高級軍人が自分の席に付いており、オンデンドルフも制服組の最前列に着く。その近くにはティターンズの総帥であるジャミトフ大将や宇宙艦隊司令長官のリビック大将といった軍部を代表する人物達が陣取り、その後方に彼らの参謀達が座っている。秋子のような立場だと宛がわれる席はだいぶ後ろになってしまうのだ。
 そんな中で些か異質なのは、軍服ではなくスーツに身を包んだブレックスだろうか。彼はフォン・ブラウン代表の隣に腰掛けている。

「さて、ジャミトフ大将とブレックス准将、どちらが上手く立ち回るでしょうね。その決定次第では祐一さんたちを呼び戻さないといけませんか」

 今は海鳴のシアンの元に預けているが、それはたとえ有事が起きてもエゥーゴの散発的な襲撃程度なら苦も無く撃退できるという判断があったからこそだ。もし本格的な攻勢に出るなら祐一と、彼に預けた戦力を呼び戻す必要がある。七瀬や美汐でも緊急展開軍の艦載機部隊を纏め上げる事は出来るのだが、やはり何かが足りないのだ。祐一が地球に降りて以来、パイロット達の士気は今1つ上がらず、全体の統制を欠くようになっている。
 事ここに至ってようやく祐一の存在に常々疑問を感じていたジンナ参謀長を筆頭とする新参者たちも祐一の存在の大きさを認識することとなった。

 緊急展開軍の将兵は秋子に対しては絶対ともいえる信頼を持っているが、彼の幕僚の1人である祐一に対しては概ね二分した評価を下している。機動艦隊出身の将兵は祐一に全幅とも言える信頼を置いているのだが、緊急展開軍となってから加わってきた者は祐一よりも七瀬や美汐をTOPに据えるべきだと主張していたのである。
 祐一とこの2人を比較すれば、指揮官としては間違いなく劣っている。祐一を推薦したシアンでもそれは間違いなく同意するどころか、祐一を平気で扱き下ろすだろう。だが現実として七瀬も美汐も祐一を指揮官として認めている。機動艦隊出身の経験豊富な指揮官達が祐一を信頼している為にこれまで大きな問題とはならなかったのだが、祐一がいなくなった事でまたぞろ祐一排斥論が出て来たのだ。
 この動きに対して秋子は美汐を祐一の代わりとして指揮官を代行させていたのだが、能力的に勝る筈の美汐の指揮を受けながら、演習などの結果は祐一が指揮した時の結果に劣っていたのだ。理由は簡単なもので、MSや戦闘機のパイロット達の士気が今1つ上がらなかったからだ。各部隊の指揮官も美汐の指揮や判断には高い評価を下しているのだが、祐一の指揮を受けていた時に較べるとどうにも違和感が拭えなかったと言っている。
 幾度かの演習を経て得られた答えは、祐一は役割を割り振る能力が極めて長けているということである。美汐の指揮能力は確かに優れているのだが、部下の長所や短所を把握し、適材適所を行うことに関しては美汐は祐一に及ばなかったのだ。美汐の指揮を受けた指揮官達が感じた違和感は、自分に向かない仕事を回されたり、向かない仕事を任された部隊と連携をとらされた部隊が感じたストレス、動きのタイムラグやぎこちなさだったのだ。
 かつてシアンは秋子に「指揮官に必要なのは部下を引っ張っていく人格だ」と言った事があるが、シアンは祐一に人の向き不向きを見抜く目が備わっている事を知っていたのだろう。
 
 結局、海千山千、どいつもこいつも一癖二癖もある緊急展開軍の戦闘隊を纏めるには天性の何かが必要だということなのだ。だからもし攻勢に出るのなら祐一を呼び戻さなくてはならない。シアンを手元に戻せれば万事解決なのだが、それは流石に他の方面軍司令官達が良い顔をしないだろう。
 実の所、秋子はティターンズとは別勢力で軍閥化の恐れのある人物として警戒されてもいる。何しろ彼女の派閥は広く深い。彼女に心酔する者は数え切れず、一声かけるだけで一軍を形成しえるだけの将兵が集まると言われているのだ。そして、彼女の派閥に属する主だった士官達は悉くが有能の誉れ高い連中であり、特にシアン・ビューフォート中佐とマイベック・ウェスト准将は群を抜く存在である。
 潜在的な脅威としては実はティターンズよりも秋子の方が危険なのでは? という意見さえ囁かれるほどに秋子の勢力の実力は高かったのである。だから秋子の手元にシアンとマイベックが戻るのを嫌っている者は多いのだ。最も、秋子をよく知るコーウェンやリビック、クライフらにしてみれば、秋子が連邦を裏切る頃には誰も連邦には残ってないだろうと考えるほど秋子の連邦への忠誠度が高い事を知っているので、そんな疑いを抱く者達には失笑を禁じえないでいたりする。

 秋子は視線を軍人達から政治家達へと向けた。明らかに強硬派、中道派に分かれた配置で席に付いている。強硬派は更にティターンズ寄りとエゥーゴ寄りに別れており、両者は激しく対立を繰り返している。今回ではエゥーゴ系の議員が暴走する危険を孕んでもいる。何故なら、今回の議題はエゥーゴに対し、連邦としてどう対応するかなのだから。

 

 


 そして、連邦大統領エニギア・ノバックが席に付き、議長が総会の開会を宣言する。遂に連邦総会が始まったのだ。まずオンデンドルフ元帥自らが現在の地球圏におけるエゥーゴとティターンズの戦闘と戦火の拡大状況、地球における混乱などを簡潔に説明していく。それを聞き終えた強硬派議員達は口々に敵対する陣営を罵っているが、中道派議員たちの反応は冷ややかだった。彼らにしてみればどちらも同じ穴の狢なのだ。
 その騒ぎの中、ティターンズ系の強硬派議員の筆頭格であるデビット・ロレンス議員がブレックスに問いかけた。

「ブレックス准将、貴方はいつまでこの戦いを続けるつもりなのです?」

 その一言に、議場はたちまち静まり返った。ブレックスがエゥーゴのTOPであることはいわば公然の秘密であり、表向きには彼はフォン・ブラウン市の顧問という形でここに来ているのだ。一応軍は退役した事になっている。
 問われたブレックスは別段慌てる事も無く、何を言われているのか分らないという態度を見せた。

「どういう事ですかな。私がエゥーゴと何か関係があるとでも?」
「違うのですか?」
「私は、知りませんな」

 暫し激突する両者の視線。そこには巷で言われているような無能な連邦議員ども、というイメージは微塵も感じられず、後には引かない覚悟を持った1人の政治家の姿がそこにはある。そう、無能で愚かな政治家や官憲などというのは漫画や物語の中にしか出てこない。実際に彼らがその地位に付くまでにはそれなりの努力と能力を必要としているのであり、何も持たない馬鹿が政治家になれたりするほど世の中は決して甘くは無い。
 実際、エゥーゴ寄りやティターンズ寄りの議員達の相当数は双方の勢力から金銭を積み上げられているのだろうが、言い換えるなら買収されるだけの価値がある議員だということである。何処の誰が金を積むだけ無駄だと分かっている馬鹿に金を渡すというのだ。

 最初の混乱が過ぎ去ると、ようやく進行役が次の議題を出してきた。

「えー、次の議題ですが、軍部より提出されましたティターンズの権限拡大法案についてであります。ジャミトフ大将」
「はい」

 名を呼ばれたジャミトフが議場の中央、演台の上に立つ。その連邦制服とは異なる黒い装束はなんとも言えぬ威圧感を醸し出しているが、そのジャミトフに対してまず質問をぶつけたのは以外にもエゥーゴ系議員たちではなく、中道派の大物、倉田議員だった。

「ジャミトフ大将、このティターンズの権限拡大法案だが、これのもつ意味が本当に分っているのだろうね?」
「無論です。この内戦において、連邦軍に対する全面的な指揮優越権をティターンズが保有する事になる。それによって我々は宇宙での劣勢を挽回し、エゥーゴを掃討する事が可能となるのです」
「つまり、ティターンズ単独ではエゥーゴには勝てぬ、と言うのかね?」

 その言葉に、議場の中が水を打ったかのように静まり返った。ここ最近のティターンズの惨憺たる敗北の連続。エゥーゴ勢力の拡大。そして遂に発生したエゥーゴ艦による連邦所属船団への襲撃事件。この船団襲撃事件の悲劇も、元を正せば制宙権を奪われたティターンズの怠慢によるものであり、戦火の拡大を危惧した各サイド市民がサイド5に流れ込んだ事に原因があるのだ。
 現在のティターンズの存在意義と、その与えられている数々の特権は全てこのような事態に対処する為の物の筈である。それが有効に機能しえないのならば、何のためのティターンズだと言うのだ。
 だが、これまでその事に触れた者はいなかった。ティターンズの持つ暴力集団としての側面を恐れる者が多かったわけだが、それ以上にティターンズが役に立たないのなら、何故こんな組織を作ったのかという事が問題になるからだ。
 この問いに対し、ジャミトフは大変心苦しそうに表情をかすかに歪め、自らの力不足を詫びた、

「確かに、現在の我々の戦力だけではエゥーゴを打倒し得ないと思われます。何しろ奴らはアナハイムや月面都市群の支援を受け、飛躍的に戦力を拡大しておりますからな。加えて旧ジオン残党を吸収する事で兵士の錬度も高水準を保っております。地上のカラバなども含めればその勢力は我々を凌いでおりましょう」
「その為に連邦軍を動員したいと、そう言うのかね?」
「はい、連邦軍が出てくれば兵力差は10倍以上となり、エゥーゴを完全に圧倒できます。そうすれば年を越す前には月面全ての完全制圧も可能でしょう」

 ジャミトフのの発言に場がざわめき出す。焦りだしたエゥーゴ系議員たちが何やら相談しあい、ティターンズ系議員たちは戸惑った顔を向け合っている。そして中道派議員たちもまた小声でどうしたものかと相談しあっている。
 連邦軍をティターンズが掌握する。これは制度上では絶対に認められない提案だ。ティターンズは確かに大きな権限を保有し、各地の所轄を無視した活動を行う事が出来る。だが、それでもティターンズは宇宙軍総司令部や地上軍総司令部よりは格下であり、まして統合作戦本部にどうこう言う権限は無い。
 この序列は絶対の物だ。余程の理由が無い限り覆される事は無い。それが連邦軍という地球圏最大最強の暴力装置を制御する手段なのである。縦割りの指揮系統はいざという時に対応が遅れるという弊害もあるが、それでも連邦軍が政府や統合作戦本部の統制を外れて動くなどという最悪の事態だけは避けねばならない。
 その大前提を崩す事を、ジャミトフは要求しているのだ。

 暫くのざわめきの後、今度は中道派の実質的なリーダーであり、次期大統領候補と目されているアルバート・クリステラが口を開いた。

「ジャミトフ大将。君の意見は分かったが、それならばティターンズに指揮権を与えなくとも、直接連邦軍が乗り出せば良いのではないのかね?」

 アルバートの言葉に、ジャミトフが答えるよりも早くエゥーゴ系議員達のヒステリックな叫び声が上がった。

「馬鹿な、たかが宇宙の片隅で起きたゲリラ戦風情に連邦軍を出すと言うのかね!?」
「そんな必要は無い。何の為のティターンズなのだ!」
「アルバート議員、貴方は事の軽重をどう考えておられるのだ!?」

 騒ぎ出したエゥーゴ系議員たちに議長が静粛にするように求めるのだが、それで収まる様子は無い。彼らにしてみれば連邦軍が動くなど許せる事ではないのだから当然だ。もし連邦軍が動けば、エゥーゴなど波に攫われる砂の城よりも脆いだろう。
 収拾が付かなくなった事態に困り果てた議長は軍人達の中にある秋子の姿を見やり、声をかけた。

「水瀬提督、君は連邦軍の中ではこれまでで最も多くエゥーゴとの戦いを経験している。君の目から見て、エゥーゴをどう思うかね?」

 議長の問い掛けを受けて秋子は視線を議場全体には知らせた。それまで騒いでいた議員達も皆自分の方を向いている。秋子は暫し瞑目すると、自分なりの感想を語りだした。

「エゥーゴの戦力は確かに強大です。彼らの所有するMSは我々のMSよりも高性能ですし、パイロットの錬度も高い。また、彼らは少数戦力による奇襲戦法に長けており、適当な出兵を行えば逆に手酷い痛手を蒙る恐れはあります。現に緊急展開軍は幾度かエゥーゴ艦隊と放火を交え、その都度無視し得ない損害を蒙っています」
「エゥーゴの戦力は緊急展開軍を持ってさえ苦戦を強いられると?」
「我が軍のみで相手取るとすれば、かなりの苦戦を強いられると思います。負けるとは思いませんが、こちらも壊滅状態になるでしょう」

 秋子の発言に議場の空気が変わった。秋子の擁する緊急展開軍は宇宙軍における第2位の武力集団であり、その精鋭ぶりはティターンズを凌いで連邦軍最高であるとまで言われている。そして水瀬秋子自身も実績を積み重ねることで名将の名を確固たるものとした提督なのだ。その秋子が緊急展開軍でも無事ではすまないと言い切った。
 これにより、これまで方向性に統一を欠いていた中道派議員達がエゥーゴに対する危機感を持ってしまった事が、この総会の方向性を決定付けてしまった。

 議長は「なるほど」と頷き、議場の議員達を見渡した。

「水瀬提督はああ言っているが、各議員の方々はこの発言についてどう思いますか?」

 この問いかけに対し、エゥーゴ系議員たちは秋子の弱腰を非難したり、過剰に敵を評価していると言い立てだした。過剰に敵を評価しているか否かに付いては秋子は何も言わない。実際に戦ってみなければ敵の正確な実力は分らない物であり、軍人ではない彼らに何を言っても理解はされないだろうからだ。
 だが、ティターンズ系の議員達は事の進展に満足げであり、既に議場の流れは自分達に向いている事を確信していた。そう、倉田議員が口を開くまでは。

「なるほど、水瀬提督の意見は分かりました。つまり、エゥーゴの戦力はゲリラというレベルではなく、連邦軍として本腰を上げて対処するべき敵だというわけですな」
「私の考えとしてはそうです」

 秋子は倉田議員の問い掛けに頷いた。そして秋子の後を受けるようにオンデンドルフ元帥が口を開いた。

「すでにエゥーゴは地球低軌道艦隊を撃破し、緊急展開軍と砲火を交えながらジャブローに強襲降下、制圧を目論んだことがあります。これは許し難い暴挙であり、ジャブロー守備隊は全力を挙げてこれを撃退いたしましたが、ジャブロー守備隊からもこのエゥーゴMS隊が恐ろしい強敵であったという報告を寄越していります」
「だが、ジャブローに侵攻したエゥーゴ部隊は壊滅状態に陥ったという話ではなかったのですか!?」

 エゥーゴ系議員の怒ったような問い掛けをオンデンドルフは肯定して見せた。

「その通り。ジャブロー守備隊は侵攻してきたエゥーゴMSの半数以上を撃破しております」
「ならば、その程度の実力だということなのでは?」
「エゥーゴはたった70機程度のMSでジャブローに挑み、守備隊に大きな損害を与えております。ジャブロー守備隊の戦力を考えれば降下部隊は数分の1という寡兵でありながら、ジャブローに打撃を与えているのです。これはエゥーゴの実力が無視し得ないレベルにある事を示しています。ジャブロー守備隊は航空機46機、戦車31両、MS34機を失っているのです」

 圧倒的な大軍を相手に少数で挑み、打撃を与えて逃げたエゥーゴの実力を、オンデンドルフは数字付きで示して見せた。確かに連邦軍の装備は些か旧式だが、数で圧倒できる筈だったのだ。それが実際にはエゥーゴを遙かに上回る大損害を受けて取り逃している。これは無視できない結果だった。
 軍部は共通認識としてエゥーゴに脅威を感じている。それがオンデンドルフの答えであった。実際、エゥーゴの協力していると思われるカラバの活動も無視できなくなっている。先の北京戦ではあのシアン・ビューフォートが高性能機で編成された1個MS大隊の奇襲を受けて一敗地に塗れるという屈辱を受けている。幾ら辺境で飼い殺しにされているとはいえ、シアンが有能な指揮官であることは誰もが認めるところであり、そのシアンが大軍を揃えて挑みながらも負けたという事実が地上軍に危機感を募らせていたのだ。
 そして、そのカラバと思われる部隊がエゥーゴから供給されたと思われるネモを装備してダカールに迫ってきたという事実がある。これまでカラバはファマス戦役や一年戦争で使われていた機体のマイナーチェンジ機ばかりを使っていたのに、ここに来て連邦軍の装備するMSの大半を上回る性能を持つ高性能機を持ち出してきたのだ。
 これに対する連邦の新型機がジムシリーズの更なる改良型のジムVと、宇宙軍でサイド5とペズン宇宙基地で開発が進められているゼク・アインだ。双方とも既に実戦を経験しており、このデータを下に細部を改良した量産型が生産に入っている。一度量産に入ってしまえばすぐに数を揃えられるのが連邦の強みで、特に改装ですむジムVの配備数は急激に伸びている。既に緊急展開軍にはジムVやゼク・アインだけで編成された新世代のMS隊が幾つも作られ、完熟訓練に入っているくらいだ。

 オンデンドルフの話が終わった所でまた議員達が騒がしくなる。それを軍人達は黙って見ていることしか出来ない。連邦の軍人は政治家の判断に従わなくてはならないので、こうやって何時も彼らの決定を待たなくてはいけないのだ。彼らが自由に動けるようになるのは議員達が決定を下した後である。

 

 

 もう慣れてしまった議員間の問答と罵り合い、罵声と怒声の応酬。それを聞きながら、ジャミトフはどうしようもない空しさを感じていた。
 一年戦争が起きた時、自分はジャブローで事態を楽観視する連邦軍高官達とさして変わらない考えを持っていた。サイド3と連邦宇宙艦隊の兵力比は1対10、とてもジオン公国に勝利の可能性などは無いだろうと思っていたのだ。
 それがいともあっさりと裏切られ、宇宙軍はジオン公国に惨憺たる敗北を喫した。そして、現在の自分を作り出す契機となった事件がおきた。ジオンのコロニー落とし、ブリティッシュ作戦である。頭上を通過していく巨大なコロニーを見た時、自分は心の底から震え上がってしまった。後に言われる「空が落ちてきた」と言う表現が決して誇張ではないと、見た者なら誰もが言うだろう。
 そしてオーストラリアに落着したコロニーの残骸は地球環境に回復不可能ではと思わせるほどの損害を与えたのだ。その落着後を確認しにいった時、眼下に広がるかつてシドニーがあった場所、今は巨大なクレーターによって湾になってしまったが、その光景を目にした時、はっきりと悟ったのだ。スペースノイドどもは、もはや自分達と同じ地球人ではない、と。
 地球で生まれ育った者にはこの作戦は思いつかない。いや、たとえ思い付いたとしても実行することは出来ない。こんな、地球という存在に対する許されざる犯罪を犯した連中を放置しておくことなど、出来る訳が無いと考えたのだ。
 この体験が、ティターンズを作り出す土壌となっている。スペースノイドを統率するのは理ではなく力。2度とこのような真似をさせないことが自分の義務だと考えたのだ。
 そして、それと同時に彼は一年戦争の敗戦処理を生ぬるい形で行った連邦政府にも不満を持っていた。当時の軍事力を考えれば仕方がなかったのかもしれないが、もう少し強気に出るべきだと考えていたのだ。そしてファマスの決起とデラーズフリーとのコロニー落しに翻弄され、何一つ有効な対策を打ち出せなかった事が彼の絶望に拍車をかけてしまった。ジャミトフはもはや連邦政府を見限っていたのだ。確かに気骨ある者はいる。有能と褒めても良い者も居る。だが、全体としてみれば今の連邦議会には、地球圏を引っ張るだけの力はないと判断したのである。

 ジャミトフのような考えを持つ者は、実は連邦軍の中にそれなりの勢力をなしている。形こそ違うが、ブレックスなどもジャミトフの同類と言えるだろう。連邦内部からの改革を捨て去り、武力闘争の道を選んでいるのだから。


 やがて、相談しあっているエゥーゴ系議員たちの中から一人が進み出てきて、ジャミトフに質問をぶつけてきた。

「ジャミトフ大将、貴方はティターンズの戦力がエゥーゴに及ばないと言われますが、ティターンズはグリプスに未だに相当数の艦艇を保有しているではありませんか。何故これを前面に出さないのです?」
「我々が保有する艦艇は度重なる戦闘で疲弊し、多くがオーバーホールに入っております。幾らグリプスのドックでもそう簡単には終わりません。我々が総力を上げて戦闘をするには、まだ数ヶ月はかかるでしょう」
「それはおかしい。私の調べた所では、ティターンズはまだ無傷の艦隊を3つは保有している筈だ!」

 その議員は机を叩いて力説したが、ジャミトフの表情はその程度で崩れはしなかった。

「ほう、何処からそのようなデマが流れたのですかな?」
「誤魔化すのもそれくらいにしたらどうかね。グリプスで建造された艦艇数を考えれば、まだまだティターンズには余力があるはずだ!」
「ふむ、確かに、艦艇そのものはまだあるにはありますが、建造したばかりの艦というものはすぐには使えないのですよ。艦艇の完熟航海や乗組員を艦に慣らす時間も必要です。戦艦1隻を戦力化するには長い時間が必要なのですよ」

 ジャミトフの言う事は軍関係者ならば常識であり、そういう知識を持たない議員には反論の言葉が出てこない。だが、ジャミトフはあえて言っていない事があった。完熟航海をいつ始めて、いつ頃終わるかを明白にしていなかったのである。

 

 


 延々と続いた相談も、業を煮やした議長の一声で終わりを強いられることとなった。

「それでは議員の方々、このティターンズの権限拡大法案の投票を行いたいと思います。よろしいですね?」

 議長の声に全員が頷き、机に上に置かれているボタンを押していく。これで投票数が出されるわけだが、集計結果はなんともはっきりとした物であった。議席数の過半数がこの法案に反対票を投じていたのだから。今回は常識が勝ったという事なのだろう。エゥーゴ系議員たちからは安堵の声が漏れ、ティターンズ系議員達からは悔しげな声が聞かれる。
 だが、自分の出した法案が否決されながらも、何故かジャミトフは余裕の態度を崩さず、議長に発言の許可を求めたのである。

「議長、発言許可を頂きたいのですが」
「どうぞ」
「ありがとうございます」

 礼を言ったジャミトフは、もう一度壇上に立ち、とんでもない事を言い出した。

「今回の議案が否決されたことは個人的には残念でなりませんが、私も連邦政府に従う軍人である以上、結果を受け止め、現在の戦力で最善を尽くそうと思います」

 ジャミトフの第一声には誰もが当然だと頷いているが、幾人かは不思議そうにジャミトフを見ていた。そんな殊勝な事を言う為だけに壇上に上がったわけではないだろうと思ったのだ。
 そして、彼らの予感は当たっていた。

「ですが、このままエゥーゴを放置することは出来ません。しかしながら、我々単独ではエゥーゴに対抗しきれないのは事実。この状況を打開する為に、私は1つの決断を下しました」
「それは、何なのかね?」

 ここで始めて大統領が声を発した。これまで黙って議会の流れを見守っていた大統領だったが、ここに来て遂に動いたのだ。ジャミトフは大統領の問いを受けて、一拍の間をおいてその考えを明かした。

「これまで、我々ティターンズは対エゥーゴ戦をほとんど単独で遂行して来ました。連邦軍の参加を拒否して自力での打倒を目指していたわけですが、これを我々は撤回し、連邦軍に対エゥーゴ戦の主導権を譲ろうかと思います」

 ジャミトフの発言に、暫くの間、誰も反応を返さなかった。余りと言えば余りに意外な事をジャミトフは口にしたからだ。
 そして、その硬直の時が過ぎ去ると、今度は物凄い混乱が場を包み込んだ。あのティターンズが、連邦軍に既得権を譲ると言い出したのだ。これまで連邦軍が対エゥーゴ戦に本格介入しなかったのは、ティターンズが連邦の介入を頑なに拒んでいたからであり、秋子やリビックは戦闘が月−グリプス間で行われる限りは手を出さないという暗黙の了解をしていた。
 そのティターンズが自らの力の限界を持ち出し、連邦軍の介入を求めてきたのだ。秋子やリビックでさえ驚愕を隠せず、驚き混乱しているほどだ。
 暫くの混乱の後、何とか復活した議員達はとりあえず自分の席に戻った。そして、幾人かがジャミトフに質問をぶつけてくる。

「ジャミトフ大将、本当にそれで良いのかね? 連邦軍の介入を認めるという事は、ティターンズは連邦軍の主導下に完全に置かれるということなのだぞ?」
「仕方ありますまい」
「では、エゥーゴの始末をリビック長官や水瀬提督に任せる、と?」
「その通りです。連邦軍主力艦隊や緊急展開軍が一度に攻め寄せれば、エゥーゴに対抗する術は無いでしょう。勿論、我々もそれなりの戦力を出す予定であります」

 ジャミトフは連邦軍の出動を重ねて求める発言をし、エゥーゴ系議員たちをパニックに陥らせてしまった。これはティターンズが連邦軍を使うよりも更に性質が悪い。あのファマス戦役を戦い抜いた連邦主力艦隊が出てきたら、エゥーゴがどれだけ頑張っても押し切られるだろう。
 エゥーゴ系議員たちは口を揃えてジャミトフを非難しだしたが、ジャミトフはそれを完璧に無視して見せた。彼にとって話すべき相手は中道派であり、彼らが同意すれば連邦軍は動くのだ。
 特にジャミトフが意識しているのが倉田議員とクリステラ議員である。この2人こそが中道派の中心人物であり、ジャミトフも認める大物政治家なのだ。
 騒ぎが続く中、この2人は顔を見合わせて何やら話し合っている。そして、ようやく2人はジャミトフを見た。

「ジャミトフ大将、1つ聞きたいのだが、そうなった場合、ティターンズ部隊はリビック提督の指揮下を受けることになるが、それで良いのかね?」
「勿論です。ファマス戦役でもそうでしたし、問題は無いでしょう」
「では、この場で我々にエゥーゴ討伐に軍を出す決定をしろ、と?」
「そこまでして頂かなくとも、統合作戦本部の方でエゥーゴ討伐の作戦立案をして頂ければ問題は無いでしょう。彼らが連邦に歯向かう武力集団であることは確かなのですから」

 確かに、ティターンズが対エゥーゴ戦の優越権を放棄するなら、連邦軍を出してこの内戦にケリをつけることが出来る。それを止める理由は確かに何処にも無かった。
 エゥーゴ系議員たちが抗議の合唱をしている中で、アルバートは軍人達の中に居る宇宙艦隊司令長官ハンフリー・リビック大将を見た。

「リビック長官、連邦宇宙艦隊の出動には、どれほどかかりますか?」

 問われたリビックはクルムキン参謀長と言葉を交わした後、「フム」と唸って返答した。

「そうですな。とりあえず第2艦隊だけでしたらすぐにでも出動できますが、流石に第2艦隊だけでは無理でしょう。主力艦隊の全力出撃となりますと、準備に2ヶ月はみていただかないといけませんな」
「そんなにかかりますか?」
「各部隊の編成と訓練、作戦に必要な物資の集積、作戦立案などの準備期間を考えますと、2ヶ月でも苦しいのですよ」

 連邦宇宙軍の総力を上げるのなら、準備期間に出来れば3ヶ月は欲しいのだ。それを2ヶ月で実行するとなると、部下達に相当の無理を強いることになるだろう。だが、やれと言われればやる。それが軍隊というところだ。
 リビックの答えにアルバートは頷き、大統領を見る。

「大統領、私は連邦軍の出動を支持します」
「クリステラ、貴様!?」

 エゥーゴ系議員たちがいきり立って立ち上がるが、アルバートは怯んだりはしなかった。逆に相手を睨みつけている。

「君達はこの内戦が続くのを容認するのかね?」
「いや、そういうわけではないが」
「ならどうして反対する。今なら戦場を月面に限定できる。確かに月面都市の市民達には被害が出ることは避けられないだろうが、トータルではこれが最も被害を低く抑えられる選択だろう」

 アルバートの言葉に非難の声を上げていたエゥーゴ系議員たちが徐々に声を小さくしていく。確かに今ならコロニー群には被害が及ばないし、一撃でエゥーゴを壊滅状態に追いやることも出来る。もしエゥーゴが月面都市を巻き込みたくないのなら、彼らは不利を承知で艦隊決戦に応じるしかなくなる。
 だが、エゥーゴ系議員たち、とりわけ月面都市出身の議員達にとって、これは許容できる事ではなかった。

「だが、それでは月面都市の住人はどうなるのです。戦闘に巻き込まれればどれだけの犠牲がでるか分っているのですか!?」
「攻撃日時の勧告をして、エゥーゴに月面都市からの退去を勧告すれば良い。彼らに本当にスペースノイドを巻き込みたくないという事を考えているのなら、彼らは月面都市を戦場とはするまい」

 あっさりと言い切るアルバート。それで月面都市の代表達は黙り込んでしまった。問題がエゥーゴの方針そのものに転嫁されてしまったからだ。連邦が攻撃日時を勧告した上で、それでもエゥーゴが月面都市に立て篭もって戦闘を行うなら、全ての責任はエゥーゴにあることになる。
 エゥーゴがスペースノイドやルナリアンの支持を失いたくなければ、不利を承知で出て行くしかないのだ。負けると分っていたとしても。
 だが、もしエゥーゴが月面全てを焦土にする気であるならば、連邦軍といえども不利は免れないかもしれない。艦艇は月面では行動を制限されるので単純なMS戦になり易い。MS同士の勝負に限定するならエゥーゴはまだ善戦できるし、都市を盾に取れば連邦軍の行動にも制約が入る。
 エゥーゴ系議員の反論が小さくなってしまった事で、連邦軍出動が決定したも同然になってしまった。状況を見ていたノバック大統領もこれ以上の反対は出るまいと判断し、オンデンドルフを見る。

「オンデンドルフ本部長、連邦大統領として、連邦軍の出動を要請しよう」

 それで、全てが決してしまった。この日、遂に連邦軍によるエゥーゴ討伐が正式に決定したのである。この決定を聞いたブレックスは身体を小刻みに震わせてこの現実に耐えている。
 この日、エゥーゴは地球連邦から正式に敵とみなされたのである。

 



後書き
ジム改 遂に連邦議会でエゥーゴ討伐が決定
栞   秋子さんも動き出しますね。私たちはまた宇宙ですか?
ジム改 うむ、忙しくなるぞ。とりあえず宇宙を目指そう
栞   まあ、私たちは安全に宇宙に出られそうですね
ジム改 ちょっとメンバーが増えるけどな
栞   あれ、誰か来るんですか?
ジム改 うむ、その辺りは次回で
栞   分りました。では、後書きらしく疑問を1つ
ジム改 何かね栞ちゃん?
栞   月面都市に勧告した後攻撃って、民間人を巻き込んだら犯罪なのでは?
ジム改 うむ、実はこれはイラクで起きた人間の盾と同じ対処法なのだ
栞   どういうことです?
ジム改 いつ何処に攻撃するよと公式に発表してビラまでまく
栞   ふむふむ
ジム改 そしてそこを勧告した日時に攻撃する。人が居ようと関係無しだ
栞   それって、良いんですか?
ジム改 攻撃される側には危険地帯から非戦闘員を逃がすという義務があるのだ
栞   そんな義務があるんですか
ジム改 で、勧告を受けたという事は、そこは危険地帯な訳だ
栞   そりゃそうです
ジム改 そこに民間人が居たなら、それは退避させなかった守備側に責任がある
栞   怖い話ですね
ジム改 これが人間の盾への対処法。民間人を盾にしても意味は無いのだよ
栞   軍隊は民間人が居ても撃つという事ですね
ジム改 それが現実。抵抗しなければ撃たれない何て事は無い
栞   でも、理想を唱える人が武器を持つのは反対なんですよね?
ジム改 まあね。理想を唱えるなら武器に関わるべきじゃない
栞   よく分らない思考です
ジム改 理想や信念ってのは、何よりも流血を生むからね。結局死ぬのは理想に踊らされた兵士達であって彼らじゃない。兵士だって自分の知らない所で理想主義者が決めた妄想を押し付けられて死ぬんじゃ堪らないぞ。人類の為になんて理由より、金の為、家族の為、故郷を守る為に人は戦うのだから