第19章 帰還  


 月面が連邦に襲撃された頃、サイド5の傍にある暗礁宙域の一角に集結している艦隊があった。その姿を見れば誰もが驚愕した事だろうが、それは全てエゥーゴの艦艇であった。ファマス戦役で使われた艦艇のほかにもアーガマ級機動巡洋艦やアイリッシュ級戦艦の姿も多数見受けられる事から、これがエゥーゴの主力艦隊であることが知れる。
 その中には歴戦のアーガマ、ラーディッシュの姿までがあるのだ。彼らが集まっているのは、かつてデラーズ・フリートが拠点としていた『茨の園』であった。エゥーゴの側についたジオン残党より渡された情報からこのステーションを発見していたエゥーゴは、ここを密かに再建して緊急時の拠点として機能するようにしていたのだ。それが役に立ったのである。サイド5のすぐ傍の暗礁宙域にエゥーゴが集結しているとは誰も思わない。その先入観を付いた拠点なのだ。
 茨の園の重力ブロックに作られた作戦室に集まったエゥーゴの各部隊の指揮官達は、中心的な存在であるブライトとヘンケンに纏められながらこれからの事を相談しあっていた。

「緊急展開軍は月面の主要都市を襲撃した。軍事的な損害は大したものではないんだが、月面都市と我々の繋がりを暴露されてしまった」
「メラニー会長からの報せだと、月面都市は我々と手を切るかどうかを話し合ってると言うじゃないか。もし見捨てられたら、俺たちは干上がるしかない」

 ヘンケンが忌々しそうに呟くが、月面都市が生き残りに走るのも仕方が無いだろう。連邦が本気で月面を討伐しに来たとすれば、エゥーゴの敗北は確実だ。エゥーゴと連邦の兵力は比較する事さえ馬鹿馬鹿しいほどの差があるのだから。
 だが、メラニー・ヒュー・カーバインはエゥーゴに連邦に打撃を与えろと言ってきた。月面都市群をエゥーゴの側に引きとめておく為にも、エゥーゴは華々しい戦果を上げる必要があるとメラニーは言っており、これが持つ意味はブライトにもヘンケンにも分かっている。フォン・ブラウンのブレックスもメラニーに同意しており、これが既に決定事項ではることを伝えている。

「まあ、メラニー会長やブレックス准将の言う事も分かる。連邦の攻撃で民間人の死者多数が出た事で、世論は我々に有利に傾いている」
「政治的に世論を味方につける為にも、連邦に勝利しろという事なんだろうがな」
「上手く煽って連邦を悪、自分を正義という立場にしたいんだろう。世論がエゥーゴに味方すれば確かに連邦にしてみれば困る事になる」

 連邦は民主国家であり、世論が否と言えば議会も政府も無視は出来ない。それはそのまま次の選挙に露骨に反映するのだし、それが原因で選挙に落選したりすれば目も当てられないことになるからだ。
 世の流れを自分の方に向けて軍事的劣勢をカバーしようという戦略をメラニーとブレックスは選択した訳で、そのための宣伝材料としての軍事的勝利を欲していたのだ。

 だが、言うのは簡単でも実行するのは果てしなく難しい。茨の園から一番狙い易いのはサイド5だが、ここは真っ先に却下されている。サイド5には水瀬秋子の他にも知将、勇将が数多おり、歴戦の将兵と多数のエースパイロットを抱えている。その戦力はルナツーに次ぐ規模なのだ。これに挑んでも跳ね返されるのがオチだろう。
 となれば狙うのは航行中の艦隊となるが、これがまた難しい。少数の部隊を襲っても宣伝材料とはなり難く、自然と狙うのは正規艦隊となる。現在行動しているのは第2艦隊だが、これもまた容易い敵ではない。その艦艇数は60隻に達し、緊急展開軍と共同で動いていることも多い。これを狙うなら大きな痛手を蒙らないように注意しなくてはならない。
 この点がエゥーゴの指揮官達を悩ませた。連邦正規艦隊は任務部隊などとは異なり、バラけて行動することが少ない。これで1つの集団として機能するように訓練を積んできたのであり、それをわざわざ分けることはしないのだ。それくらいならもっと少数の部隊を同行させるだろう。
 緊急展開軍はこの辺りかなり要領が良く、大軍でも少数でも作戦行動できる利点がある。最も、少数と言っても10隻以下で動くことはないので、ティターンズのように1隻単位で動くという事は流石に無い。

 各部隊の指揮官達は悩んで悩みぬいた挙句、とうとう妙案を出すことは出来なかった。ただ、ブライトが第2艦隊に対するエゥーゴらしい作戦を立案している。それはかつてホワイトベース隊のライバルとも言える存在であったシャア・アズナブルが自分達の属していた連邦第3艦隊に仕掛けてきた戦術の焼き直しであり、機動戦を得意とするエゥーゴの特徴を表に出した戦術であった。
 実は似たような作戦をファマス戦役でチリアクスやみさき、ショウらが実行して大きな戦果を上げていたりするので、ブライトは敵に学んだのだろう。

 


 そして、エゥーゴの待ち望んだ連邦第2艦隊は、遂に彼らの居る暗礁宙域の傍を通りかかった。緊急展開軍と第2艦隊は共同で月の封鎖を行っており、月の諸都市はこの航路封鎖によって物資の流通を遮断されて困窮しているのだ。各都市の市長達は連邦軍による封鎖を公に非難し、自分達はエゥーゴではないと声高に主張しているのだが秋子もリビックもこれを受け入れることは無かった。2人の主張は常にただ1つ、その証拠を提示せよである。要するに潜伏するエゥーゴ構成員を拘束して引き渡せと言っているのだ。
 今の所これに応じた都市は無いが、それが月面都市群の結束の高さを示す物かどうかは微妙であろう。既に秋子がエゥーゴに対する攻撃で民間人を巻き込む事を覚悟した戦略攻撃を実施しており、これ以降の月都市では連邦艦隊が接近するとシェルターへの非難が行われるようになっている。意地とかそういうレベルではなく、連邦艦隊はその気になれば各都市に対する無差別攻撃を行う可能性がある事を示したからだ。あの水瀬秋子がこういう攻撃を実施したという事実そのものも月の住民達にある種の絶望感を与えている。水瀬秋子はスペースノイドに寛容的な人物として知られており、サイド5には彼女を慕った、あるいは庇護を求めて多くの人々が流れ込んでいる。そしてサイド5ではティターンズの影は一切見られないので、スペースノイドに対する弾圧もこのコロニーでは外の世界の出来事となっている。勿論連邦政府の決定した政策による締め付けは行われているが、それでも安全という何物にも替え難いものを得られるのだ。
 それだけに秋子の人望は大きい。この内戦においても秋子は最後までエゥーゴに味方してくれると信じる者が多かったのだが、結果としてこれは裏切られてしまった。それどころか秋子は連邦の尖兵となってエゥーゴを、しいては月都市に対して攻撃を仕掛けてきたのである。
 この事実が月の住民を愕然とさせた。自分たちは水瀬提督に敵とみなされているという恐怖がその裏にはある。いや、エゥーゴ将兵の間にさえある。ファマス戦役最高の名将、不敗の名将と呼ばれる秋子を敵に回すことは、それだけで兵士達に抜き難い恐怖となって圧し掛かるのだ。
 ブライトたちはこの秋子の影とも戦わなくてはならなかった。実はブライトやヘンケンですら秋子に対するコンプレックスを持っているのだが、指揮官という手前、それを前に出すことは出来なかった。
 実績で地位と名声を作り上げた相手は恐ろしい。その名を聞くだけで味方は勝利を確信し、敵は自らの敗北を予感してしまう。戦う前から既に負けてしまっているのだ。かつて、シャア・アズナブルを前にした連邦兵士も同じ気持ちを味わったそうだが、指揮官としては部下がコンプレックスを持つのは非常に困るのである。それはそのまま士気の低下に繋がり、更なる敗北を呼び込んでしまう。
 これらの事から、ブライトたちは秋子を避けて通らなくてはならなかった。だから第2艦隊を狙ったのだ。

 


 アーガマに集まった各部隊の指揮官たちは、その作戦室で最後の作戦のすり合わせを行っていた。

「つまりだ、各部隊が連携しつつ交互に敵艦隊に突撃を仕掛け、徹底した一撃離脱を繰り返して敵艦隊の戦力を削ぎ落としていく」
「確かに良い作戦だとは思うが、敵が態勢を立て直したら突撃も効果を無くすのではないか。そうなれば守りを抜くことは出来ないだろう」
「無理だと感じたら逃げれば良い。無理して出血することは無い」

 ブライトは事も無げに答えて見せる。そう、終結して傷を広げることは出来ない。彼我の兵力差と回復力の差が致命的なまでに開いている以上、損害を受けるわけにはいかないのだ。
 ほかにも幾つかの疑問が出たものの、いずれも建設的でもなければ前向きでもない質問ばかりだった。既に戦うことは決定されており、戦わずに逃げることは許されない。エゥーゴは逃げられない戦いの時を迎えたのだ。しかもその覚悟はティターンズにではなく、連邦軍に向けられたのである。

 

 

 連邦第2艦隊は予定通りに月を目指して航行していた。周囲を駆逐艦と巡洋艦が固める中、中央に旗艦であるエディンバラの姿がある。他にも旧式のマゼラン級戦艦が5隻、ラザルス級大型空母1隻の姿がある。他にも珍しい事に敷設艦多数を同行している。
 彼らは月都市に対する機雷封鎖を行う為に月を目指していたのだ。既に幾つかの都市上空は機雷で完全に封鎖されており、船舶の出入りは不可能となっている。そしてまた1つの都市が孤立しようとしているのだ。
 エディンバラの艦橋にあるクライフ・オーエンス少将は既に視界に大きく広がっている月を見つめながら参謀に話しかけた。

「仮に、俺たちがこのまま封鎖を続けたとして、エゥーゴは音を上げると思うか?」
「それは、エゥーゴは月都市群と関係を持たないという意味でしょうか?」
「いや、それは無いだろう。だが封鎖を続けて苦しむのは民間人だ。民間人が苦しんで、エゥーゴが果してどこまで困るのかという事だよ」
「エゥーゴと月都市の行政府は、市民の苦境を見て見ぬ振りするだろうと?」

 参謀の問い掛けに、クライフは頷いた。確かに月都市住民の支持を失えばエゥーゴは困るだろうが、ある程度の苦境は連邦への憎悪を掻き立てる材料となる。余りに酷い損害を受ければ、その怒りは自分達を守れないエゥーゴへと向く危険性も孕んでいるのだが、当面は連邦へとその怒りは向くだろう。エゥーゴにしてみれば自分達の戦力に影響が出ないのならば月都市住民の苦境をむしろ喜ぶのではないだろうか。

「我々のしている事は、ただ悪戯に市民に苦痛を与えるだけのような気がするよ」
「この作戦は、無意味だと仰るのですか?」
「いや、それなりの効果はあるだろう。だが、エゥーゴ討伐という目的を考えると、どれほどの効果があるのかと思ってな」

 憂鬱そうに顔を顰めるクライフ。参謀も帽子を被り直し、姿勢を正した。

「早く終わらせたいものですな、こんな戦争は」
「そうだな」

 参謀の言葉の同意して頷いたクライフ。だがその時、いきなりオペレーターが悲鳴のような報告を飛ばした。

「9時方向より熱源が急速に接近!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 クライフは何も言わずに9時方向に目を向ける。すると、そこに配置されていた駆逐艦が直撃弾の閃光に包まれた。

「レンシムV撃沈!」
「くっ、全艦迎撃戦用意、防御スクリーンを展開させろ!」
「やってくれるな。このタイミング、待ち伏せか」

 参謀が防御の指示を出す中で、クライフは敵の手際に感心していた。まさか打って出てきて、自分達に挑戦してくるとは考えていなかったのだ。これは完全に自分達の傲慢が呼んだ事態であった。
 第2艦隊の混乱を付くように4隻のエゥーゴ艦艇が全ての砲を撃ちまくりながら突入してくる。それに対して混乱しながらも第2艦隊が反撃を試みたが、味方艦が射線上にかかったりしてその砲火の密度は薄かった。突入してきたエゥーゴ艦は当たる当たらないに関わらずそのまま連邦艦隊を突破して反対側に抜けていく。それを追撃ちしようとして砲が旋回しようとするが、それを邪魔するかのように第2派が襲い掛かってくる。それも1部隊ではなく、複数の集団が同時に襲い掛かってくるのだ。その姿はまるで巨大なクジラに襲い掛かるシャチのような様子を見せていた。
 態勢を立て直せずに混乱している自分の艦隊を見ていたクライフは、遂に怒りを面に出して部下を怒鳴りつけた。

「醜態を見せるな。各戦隊指揮官は部隊を掌握しろ!」

 それまで指揮官席から動かなかったクライフが立ち上がって指示を出していく。すると、それまでの混乱が嘘のように収まり、艦隊陣形の乱れが直されていった。それを確認したクライフは更に指示を出していく。

「敵は少数だ。各戦隊は落ち着いてそれぞれに突入してくる敵艦隊に応戦しろ。敵を突入させるな!」

 続いて突入してくるエゥーゴ艦に態勢を立て直した連邦艦隊の砲火が集中される。先頭に立っていたサラミスは集中される砲火に防御スクリーンを撃ち抜かれ、瞬時に爆発して四散した。それを見たブライトが舌打ちして悔しがる。

「チィ、流石にクライフ・オーエンス提督か。立ち直りが早い!」
「どうします、艦長!?」
「アーガマを前に出せ。突破した艦隊と共に第2艦隊を挟撃する!」

 ブライトの指示に従ってアーガマを中心とする艦隊が暗礁宙域を抜け、第2艦隊の側面に現れる。そして突破した艦隊もラーディッシュを中心として集結し、第2艦隊に襲い掛かってきた。
 左右から殺到する砲火に第2艦隊の動きが乱れるが、クライフは意に介した風も無くそれに対応した指示を出した。

「怯むな、挟撃されたとはいえ、敵の数はこちらの半数より多いくらいだ。各艦は落ち着いて敵艦に対処しろ。MS隊を全部出せ!」

 クライフの指示に従って各艦が少しずつ立ち直り、反撃の火蓋を切っていく。その砲火の下を両軍のMS同士が行き交って激しいMS戦を展開しているのだが、これは何と連邦の方が不利であった。MSの数では連邦の方が勝っていたのだが、未だにジムUやハイザック、ガリバルディΒ主体の連邦MSに対して、エゥーゴMSは既にネモやリックディアスですらロートルになりかけているのだ。その性能差は如何ともしがたかった。せめて頼みのジムVの数が揃っていればよかったのだが、生憎と第2艦隊への配備数はまだ少なかった。
 艦艇の居ない筈の宙域からいきなり艦砲射撃としか思えない強力なビームが続けて8発も撃ち込まれ、巡洋艦2隻が直撃の閃光に消えていく。連邦側は何事かと驚愕したが、これは連邦がまだ知らない強力なMS用砲撃兵器メガバズーカランチャーだった。エゥーゴは艦艇の不足をメガバズーカランチャーで補おうと考えたのだ。ただ、これの弱点は連射機能であり、数発撃ったら終わりなのだ。そしてすぐに次弾を撃つ事も出来ない。そこを敵機に狙われたら無力なのである。
 味方MS隊の苦戦を見ていたクライフは悔しそうに唸ったが、こればかりはクライフにもどうにもならなかった。

「くそっ、サイド5に援軍の要請は?」
「最初の襲撃の段階で既に出しています。上手くすればそろそろかと」
「それまで持ってくれれば良いのだが」

 ここからサイド5はかなり近い。確かにそろそろ来る頃だろう。だが、それまでに第2艦隊のMS隊はボロボロにされてしまいそうだった。

 

 

 クライフの想像通り、既にサイド5を発った艦隊は第2艦隊とエゥーゴ艦隊の戦いの閃光を確認できる所まで来ていた。各艦からはスペース・ジャバーに乗ったMS隊が次々に発進して戦場へと向かっていく。その全てがジムVであった。先頭に立つのは天野美汐である。
 美汐は第2艦隊が苦戦していると聞かされたとき、まさかと疑ってしまった。第2艦隊の戦力はかなり大きな物であり、そう簡単に破れるとは思えなかったのだ。だが現実はこうであり、第2艦隊はボロボロにされてしまっている。悔しいが、2倍の戦力差でも連邦正規軍はエゥーゴに苦戦を強いられてしまうようだ。

「間に合ってくれれば良いのですが」

 ここからあそこに到達するまでそんなにかかりはしないと分かってはいる。だが、その僅かな時間の差で敗北する事があると美汐は知っていた。


 第2艦隊はMS戦に敗れた。数で勝りながらも敗北したと言うのだから、質に決定的な差があったということなのだろう。それはかつて、自分達がワイアット大将の指揮で行われたフォスターT攻略戦におけるシュツーカと交戦した時に似ていた。ジムコマンドやジム改ではシュツーカに全く歯が立たず、一方的に蹂躙された時の光景が蘇ってくる。あの時は何とか勝てたが、今回は勝てないようだ。
 
「MS隊を下がらせて艦隊の防空に専念させろ。傷付いた艦は後方に下がれ。敵に気付かれないよう、少しずつサイド5まで退くんだ!」

 味方の不利を悟り、艦隊を後退させようとするクライフ。だがエゥーゴは第2艦隊の後退に付込むように攻勢を強め、MSが襲い掛かってくる。それに対して全艦が対空砲火を撃ち上げるのだが、それは敵を僅かに怯ませる事しか出来なかった。
 MSに集られて被害を増す第2艦隊。そこにエゥーゴ艦隊の何隻が突出してきたのだが、これは完全に連邦を甘く見た行動だった。クライフはそれらの艦にエディンバラの主砲を向けさせ、全力射撃を加えさせたのだ。
 ファマス戦役に建造されたとはいえ、正面火力では今もって地球圏最強を誇るバーミンガム級戦艦の砲が旧式のサラミス級に向けられたのだ。その暴力的なまでの砲力にサラミスの装甲が持つ筈も無く、そのサラミスはあっという間に宇宙の塵となってしまった。
 それを見たブライトは床を蹴り付けて苛立ちを露にした後、突出した艦を下がらせた。幾ら追い込んでいるとはいえ、甘く見ればどうなるかを証明されたのだ。距離を詰めるのは危険すぎた。

「このまま長距離からの砲撃に専念する。MS隊で敵艦隊を潰すぞ!」
「艦長、サイド5方向より熱源多数接近、MSだと思われます!」
「何、数は?」
「およそ50機!」

 50機、その数自体が既に脅威だ。だが、それでもこの戦局をひっくり返すには些か少ない。ブライトは戦闘を継続するべきか否か、少々迷っていた。


 そして何とか戦場に到着した美汐は、自分の最悪の想像が当たっていた事を知った。

「・・・・・・よくも」

 美汐の目の前でマゼラン級戦艦の巨体が爆発の閃光に引き裂かれていく。ジムUが百式改に追い詰められて撃墜される。それはまさに一年戦争序盤の再現であった。艦艇数で勝り、艦載機の数で勝りながらも敵MSに対抗する事が出来ず、艦隊を崩されてしまうのだ。
 美汐は歯を鳴らして怒りを見せると、部下の全機に命令を出した。

「第2艦隊の退路を確保します。全軍、第2艦隊後方の敵MSを殲滅しなさい!」

 美汐の命令に従って天野大隊48機のジムVが一斉にエゥーゴMSに突入していく。エゥーゴ機もその部隊に気づいて迎撃に出てきたが、交戦した傍からたちまち撃ち落されてしまう。
 この連邦軍の増援はエゥーゴMS隊を突き崩しにかかった。最初はジムUと勘違いしていたエゥーゴも、それが新鋭機のジムVだと気付いた時には流石に慌て、それが全てクリスタル・スノーをつけていると知って恐慌に代わってしまう。
 そして、天野大隊出現の報は直ちにアーガマにももたらされた。

「天野大隊、あのクリスタル・スノー最後の大隊か!?」
「MS隊が蹴散らされています。敵は全てジムVを装備しているようです!」
「馬鹿な、いまさら48機程度が加わったくらいで、そんな事が・・・・・・」

 ブライトには信じられなかった。勝っていたのだ。既に第2艦隊は壊走状態であり、天野大隊が蹴散らした後方から離脱を図っている。それをエゥーゴMSが追撃しているのだが、立ちはだかるジムVに阻まれて行き足を止められたようだ。追撃機の中にはZガンダムや百式改まで居ると言うのに、たかがジムVを突破できないでいる。

「ふざけた奴らだな、さすがに全員が教官レベルとまで言われるだけはあるか」

 ブライトはすでに十分に勝ったと判断した。月を目指していた連邦第2艦隊は敗走したのだ。月への侵攻しようとした連邦艦隊を撃破し、機雷封鎖という作戦を挫折させたのだから勝利を誇って良いはずである。それに、確かに押していたのだが、実は既にビームエネルギーもミサイルも使い果たしており、戦闘力を喪失する寸前だったりする。それを悟られないように攻撃を続行していたのだが、もう逃げなくてはならないのだ。
 
「よし、敵の艦隊が来る前に引き上げるぞ。撤退信号を上げろ!」
 
 アーガマから信号弾が打ち上げられ、それを見たエゥーゴ艦艇やMSが一斉に撤退を始めた。美汐たちと戦っていたMSも同様に退こうとするのだが、僅かな隙を見せて落とされる機体が続出している。美汐自身もリックディアス1機を仕留めていたのだが、途中で出会った百式改に手を焼いていた。

「くっ、しつこい奴。2番機、右に回りなさい。3番機は援護!」

 美汐の指示に従って部下の1機が右に回り込もうとし、美汐ともう1機が百式改を弾幕で拘束する。狙われた百式改は上手くそれを避けながら撤退しようとしていた。
 皮肉なことに、狙われていたのはかつての機動艦隊のライバルであったエターナル隊の戦闘隊長、フレデリック・クライン大尉だったりする。クラインは目の前の敵が天野美汐だと気付いており、クリスタル・スノー3機を相手取ることの辛さをまざまざと再確認していた。

「ちっ、やっぱりこいつらは嫌いだ。こんなに強いくせに徒党を組んで攻めて来やがる!」

 エース級3機掛りで袋叩きにしてくる戦法を得意とするような連中だ。はっきり言って卑怯だと叫びたかったが、そんな台詞は戦場では何の意味も持たない。連携してくれる部下を持たないクラインが悪いのだ。
 だが、結局美汐はクラインを仕留める事は出来なかった。戦場の火消し役となって動き回っていたZガンダムに割り込まれてしまい、包囲を崩されたのだ。その隙を突いて脱出した百式改を一度は追おうと考えたのだが、すぐにそれを捨てた。両群の艦隊は既に射程外にまで離れており、戦いが終わった事を物語っている。ならば無理に追うことも無いだろうと美汐は考えたのだ。

「まあ良いでしょう。チャンスはこれからもあるでしょうし、今は味方の方を優先しましょう」

 機体を翻し、第2艦隊に合流した美汐は、夥しい損傷艦の群れに腹立ちを抑えられなかった。ヘルメットを脱ぎ、息苦しいノーマルスーツの首元を緩めて外気を取り入れる。それでようやく一息つくと、部下に損傷艦の救援を命じた。

 

 

 結局第2艦隊は60隻の艦艇のうち、実に15隻を失い、残る全艦が損傷するという甚大な損害を蒙った。事実上第2艦隊は暫くの間作戦行動は不可能となり、損傷軽微な艦艇はサイド5の浮きドックで修理を受けた後にルナツーへと向かい、損傷の酷い艦はフォスターUやオスローのドックに入渠して本格的な修理を受ける事になった。クライフも敗戦の責任を問われて暫くの間謹慎処分を受けている。
 この敗戦は連邦軍首脳に衝撃を与えた。クライフは無能な指揮官ではなく、第2艦隊は弱兵ではない。それが幾ら奇襲を受けたとはいえ、こうもあっさりと敗北したのだ。エゥーゴなど恐れるに足りないとするこれまでの想定を根底から覆されたも同然の事態で、統合作戦本部は暫し混乱する事になる。
 この敗北の要因はクライフ自身の口から語られているのだが、結局MS戦力の不足に他ならない。艦隊戦ではクライフは先制された不利を覆し、数の利を生かしてエゥーゴ艦隊を押し返しているのだ。それがMS戦になった途端あっさりと突き崩されている。その原因は連邦の主力であるジムU、ハイザックがエゥーゴのネモやリックディアスに歯が立たないという現実にあった。
 この問題はずっと以前から秋子らが指摘し、一刻も早い新型機の配備を求めていたのだが、現状認識が甘かった軍上層部の怠慢で更新が遅れていたのだ。連邦議会が予算を割いてくれなかったのも響いている。
 だが、その現状認識をこの敗北がようやく打ち壊した。連邦の装備は現代戦に対応していくには明らかに古すぎるものであり、サイド5のように全面的な更新が必要であると認められたのだ。おかげでルナツーにもジムVの生産ライン建設が承認され、宇宙軍主力艦隊も本格的に装備の更新を行う事が可能になった。ルナツー工廠は級しいのジムUを次々にジムVへと改装して送り出すという作業を繰り返すようになり、ファマス戦役以降久々に活気が戻ってきた。

 だが、その一方で軍事的に連邦がエゥーゴに大敗したというニュースはスペースノイドの間を瞬く間に駆け抜け、エゥーゴに対する喝采を上げさせることになった。これは潜在的に反連邦的な市民が如何に多いかを物語っていたが、その声は流れをエゥーゴに向けさせるほどに大きな物ではなかった。敗れたのは確かに連邦主力艦隊の1つではあるが、連邦の最強部隊ではない。秋子やリビックが負けた訳ではないのだ。連邦将兵もショックは受けてもまだ負けたとは考えていない。
 そして、エゥーゴ指導部もまた勝ったとは考えていなかった。彼我の損失を比較すれば確かに圧勝ではある。エゥーゴは連邦の半数程度の艦艇で挑みながらも損失6隻、損傷18隻であり、MSも敵の7割弱程度でありながら自軍の倍以上の損害を与えている。これは少数で多数を撃破した珍しい戦いとなったわけだが、その実体はエゥーゴ首脳部を青褪めさせた。失われた6隻はもう帰っては来ないし、18隻の損傷艦も戦列復帰に最低1ヶ月はかかる。中には3ヶ月は出て来れない艦もいるだろう。失った乗組員やパイロットも補充しなくてはならないが、これもエゥーゴには難題であった。熟練した艦艇乗組員は一朝一夕には養成できるものではなく、新兵をどんなに訓練しても半年はかかる。かといって未熟な兵士を乗せた艦などどんなに高性能でもただのガラクタでしかない。少数精鋭に為らざるを得ないエゥーゴは、全ての面で予備を持たないという弱点を抱えているのだ。

 だが連邦は違う。大量のドックを使って損傷艦をすぐ戦列復帰させて来るだろうし、艦艇乗組員もパイロットも訓練を積んだ将兵を大量に揃えている。新造艦にベテランと基礎訓練を終えた兵士を乗り込ませ、3ヶ月も訓練させて前線に送り込むという事が出来る。パイロットも熟練とは言わないが新兵は卒業した程度の者を大量に抱えているのだ。この辺りの教育システムと人材のプール能力は連邦の蓄積してきたノウハウであり、急増組織のエゥーゴではどう頑張っても真似出来ない底力と言える。
 エゥーゴの指導部は連邦軍が各地に置いている教育施設や訓練基地、大規模な建艦ドックや修理用ドック、浮きドックといった設備、数えるのも馬鹿らしいほどの工作艦、補給艦、輸送船、病院船、各種支援艦艇や小型艦艇などの後方支援部隊をとても羨ましがり、アーガマ級の建造を減らしてでもこの種の支援艦艇を増やしてくれ! とアナハイムに求めた艦長がいるほどだ。
 結局は正面戦力に全力を振り向けるしかないエゥーゴとアナハイムの悲しさが根底にあるわけで、これはもう熱意や現状把握といったことだけではどうにも出来ない問題である。そもそもその正面戦力がすでに連邦からの離脱組で半ば賄われている時点で何かが間違っている。

 

 

 第2艦隊の敗北という事態を前に、秋子は遅れ気味だった戦力の整備を急がせた。MSや艦艇の整備が進められ、人員の召集が行われる。そのような状況の中で、遂に祐一たちも海鳴を去ることになった。斉藤艦長がノルマンディーごと秋子の元に移ることになり、それに祐一たちも便乗する事になったのだ。北川たちも同行することになり、シアンたちの見送りを受けている。
 シアンは祐一の前に立つと、右手を差し出した。

「まあ、命を大事にしろよ。宇宙はこれからいよいよ激戦だというしな」
「はい。シアンさんもあまり周りに迷惑をかけないで下さいよ」
「おいおい、お前が言うのか?」

 苦笑するシアンの右手を祐一が握り返した。短い間だったが、この人の下で久しぶりに戦えたのは良かった。やはり気心の知れた上官の下というのは気が落ち着く。

「出来れば、シアンさんにエゥーゴ戦に参加して欲しいです」
「おいおい、俺が宇宙に出なくちゃならんほど苦戦するつもりか。いい加減に休ませろよ」
「何言ってるんです。まだ引っ込むには早いでしょう?」
「いや、もう十分さ。余生はこの基地でのんびりと過ごしたいねえ」

 それは多分本気で言っているのだろう。心なしか目元が緩んでいるくらいだ。祐一はシアンの平和ボケに呆れつつも、どこか羨ましく感じていた。20代半ばで隠遁を望むこの男の生き方を祐一は間違っているとは言い切れない。祐一も時々疲れを感じることがあるのだから。
 祐一たちを乗せたノルマンディーはミノフスキークラフトを起動して遙か上空へと上っていく。打ち上げ用シャトルとは異なり、Gの影響を受けないこの方式の上昇は本当に楽だ。これ以外にもガルダ級輸送機から成層圏で切り離されてシャトルで打ち出される方式や、各地の宇宙港からマスドライバーで打ち出されるなどの方法がある。
 ノルマンディーの側舷窓から地球を見下ろしていた祐一に名雪が声をかけた。

「どうしたの、祐一?」
「ん? ああ、別に大したことじゃないんだかな」
「そうかな、祐一、なんだか寂しそうだったよ」

 心配そうな名雪に、祐一は負けを認めて白状した。

「まあ、久しぶりの地球、しかも日本だったからな。懐かしかったのさ」
「・・・・・・そうだね」

 名雪も祐一と肩を並べて地球を見下ろした。既に日本は形が一目で確認できるほどに小さくなってしまっているが、あそこで自分達は生まれたのだ。2人にとっては久しぶりの帰郷であり、そこを離れるというのではしんみりしてしまうのも無理は無い。
 
「祐一は、宇宙は嫌?」
「何で?」
「ううん、何となくかな。ちょっと気になっただけ」

 照れくさそうに笑う名雪。祐一はその問い掛けをしばし真剣に考え込んだ。そんな事これまで考えたことも無かったのだが、いざ言われてじっくりと考えてみれば、確かにそうかもしれないと思う。

「そうだな、俺は地球のほうが良いかな」
「どうして?」

 首を傾げる名雪に、祐一は少し昔を思い出しながら答えた。

「宇宙には、戦った記憶しかないからな」
「そっか、祐一は、戦うために宇宙に出たんだもんね」

 あの一年戦争の序盤、空を覆ったコロニーの姿は祐一にも深い傷を残している。あの後祐一は軍に志願して水瀬家を離れたのだ。一年戦争の開戦間際に宇宙にでた秋子に名雪を任されていたにも関わらず、祐一は名雪を残して軍に行ってしまった。幸い名雪は、その後地球に降りてきた秋子の元に行くことが出来たが、祐一の行方はようとして知れなかった。それがしれたのは秋子の耳にルナツーで頭角を現したエースパイロットの噂のおかげである。
 一年戦争後も軍に残り、ファマス戦役を戦い抜いた祐一にしてみれば、宇宙には辛い思い出しかないというのも無理の無い事だろう。名雪には色々と楽しい事もあったのだが、それは自分の記憶でしかない。
 そこまで考えた名雪は、ふと生粋のアースノイドである祐一にはティターンズへの誘いが来なかったのかと今更ながらに気になってしまった。

「ねえ祐一?」
「うん、何だ?」
「祐一は、ティターンズに来いって誘われたことは無かったの?」
「いや、何度かあったぞ。中佐の階級をやるから来ないかって言われた事もある」
「どうして行かなかったの。休暇もお給料も増えるのに?」
「・・・・・・いや、それはだな」

 名雪の問いに何故か祐一は顔を赤くして目を逸らせてしまった。その急激な変化に名雪は首を傾げ、逸らされた祐一の顔を覗きこもうとする。

「ねえ、どうしたの祐一」
「な、何でもない、お前が気にするようなことじゃない」
「えー、でも祐一、真っ赤だよ。それに行かなかった理由も聞かせて貰ってない」
「そ、それは、だから・・・・・・」
「うん、だから?」

 祐一の答えを待つ名雪。その目にジーと見つめられていた祐一は渋々白状することにした。

「・・・・・・ティターンズに行ったら、お前になかなか会えなくなるだろうが」
「えっ?」
「まさか秋子さんの娘をティターンズに引っ張る訳にもいかんしな。だからまあ、こっちに残ったわけだ」

 恥ずかしい台詞を一気にまくし立てた祐一はそのまま顔を逸らせ続けていたのだが、言われたほうの名雪はなんだか嬉しいのか可笑しいのか分からない笑みを浮かべ、祐一に横から抱きついた。

「もお可愛いんだよ祐一〜〜〜!」
「のわああああ、だ、抱きつくな、離れろ!」
「大丈夫だよ祐一、これからは私が面倒見てあげるからね〜!」
「それは普通男の台詞では!?」
「帰ったらお母さんにもっと凄いMSを回してもらって、祐一を守ってあげるからね〜!」
「いや、だからそれだと俺の立場が無いだろうが!」

 じゃれあいながらギャアギャアと騒ぎ立てる2人の微笑ましい姿を、実はそっと覗いていた栞と浩平がいたりする。

「むう、相沢の奴、こんな所でいちゃつくとは」
「祐一さんやりますね。見直しましたよ」
「だが栞よ。これはなかなかに面白いネタだとは思わないか?」
「・・・・・・浩平さん、何故か不思議なことにここにカメラがあるんですが」
「・・・・・・偶然とは恐ろしいものよな」
「ええ、実に恐ろしいです。ああ、何故かシャッターを押してしまいました」
「これはいかんな、人目に触れないよう何処かに隠すとしよう」
「イエッサーです」
「「ふっふっふっふっふっふっふっふっふ」」

 この後、何故かノルマンディーの共用データの中に抱き合う祐一と名雪の画像データが流れ、祐一は憲兵まで動員してこの犯人を追跡したのだが、犯人を捕まえることは遂に叶わなかった。
 ただこの後、このデータが何故か秋子にも渡り、サイド5でちょっとした騒ぎを巻き起こしたりしている。



後書き
ジム改 さて、ついに祐一くんたちも地球を離れ、宇宙に向かう事に為りました
栞   私も宇宙ですね。シアンさんたちはどうするんです?
ジム改 祐一たちが離れるから暫くお休み。正確にはインターミッションまで
栞   じゃあまた宇宙組が主役なんですね
ジム改 うむ、北川たちも来たし、忙しくなる
栞   では、いよいよしおりん軽騎隊の出番ですね
ジム改 多分ね
栞   ところで、祐一さんや名雪さんも機体を乗り換えるんですか?
ジム改 その予定
栞   名雪さんはやっぱりゼク・アインの第二種兵装ですかね?
ジム改 かもねえ。狙撃用スマートライフルがあるし
栞   祐一さんはゼク・ツヴァイですか?
ジム改 さあねえ、そのうち分かるさ
栞   では次回、しおりん遂に立つ、ヒロインへの長き道にご期待ください!
ジム改 出鱈目を言うなああああ!!