21章  茨の園

 


 かねてよりエゥーゴの拠点を探し回っていた連邦宇宙軍は、幾つかの候補を絞り込んでいた。その中の1つにサイド5の暗礁宙域が含まれている。捕虜から得た情報で、そこにはかつて茨の園と呼ばれた旧デラーズ・フリートの拠点が利用されていると判明し、これの制圧を連邦宇宙軍総司令部は求めてきた。


 宇宙における航路維持を任されている宇宙港路維持局という組織がある。部署としては宇宙軍総司令部の直下にあり、宇宙艦隊司令部と同列ではあるが、その戦力は航路維持に必要なデプリや機雷の掃宙、救助、捜索に使う小型艦艇と海賊程度に対抗する為のフリゲートが主力だ。一応旧式巡洋艦も配備されてはいるがその数は少ない。MSに至ってはジム改が中心で、ジムUがあれば恩の字という惨憺たる有様である。
 だが、平時ではこれで十分であり、地球圏の航路を維持する戦力としてはこれで十分なのである。だが今は航路維持局の戦力では対処できなくなっている。襲撃者がただの海賊ではなく、エゥーゴになったからだ。
 これに対抗するべき宇宙艦隊は、実は敵がエゥーゴと認定されるまで艦艇を出す事が出来なかった。セクショナリズムの弊害とでも言うか、こちらは航路維持局の縄張りであり、宇宙艦隊が勝手をする事も出来なかったのだ。
 航路維持局と宇宙艦隊は警察と軍のような関係でもあり、両者の仲は良いとは言えない。お互いに縄張り意識も強く、航路維持局は「艦隊がでしゃばる!」な、と釘を刺せば宇宙艦隊は航路維持局を「素人に何が出来る」と言って馬鹿にする。これまではこれで特に問題とはならなかったのだが、敵がエゥーゴとなったことで宇宙艦隊が出る必要に迫られたのだ。
 エゥーゴがティターンズと交戦しだした時、一度は宇宙艦隊が出るという話にもなったのだが、敵が正式に宣戦布告をしてきて訳ではない以上、宇宙艦隊が大手を振って出張るには宇宙軍総司令部の許可か、航路維持局が要請してくる必要がある。そして航路維持局は要請を頑として拒否し続けたのだ。
 この状況下で唯一出撃可能だったのが、有事に独自の判断での行動を認められていた緊急展開軍とティターンズだけであり、ティターンズは当初から積極的に動いていた。

 この問題において局内を説得し、航路護衛に宇宙艦隊から戦力を出してもらうように手を尽くしたのが航路維持局の部長でもあるリーブ大佐で、彼はファマス戦役時にも地球、火星間の航路維持に力を尽くした人物でもある。元々は宇宙軍総司令部の参謀であったのだが、火星航路での大量損失の責任をとらされる形で航路維持局に飛ばされたのだ。
 実は秋子に補給路の確保に付いて念を押された事もあり、会議の席などで恥をかかされたこともある人物である。言うなれば秋子に恨みを持つ人物ではあるが、職務にはそれなりに忠実な男でもあり、今回の事態に航路維持局だけで対処するのは不可能と判断して秋子に戦力の出動を内密に要請し、さらに上層部を動かす為の協力を打診してきている。
 この願いを秋子は快諾し、リビックを巻き込んで航路維持局に圧力をかけ、宇宙艦隊の出動を認めさせたりしている。この辺りはファマス戦役の英雄という肩書きが大きく物を言っている。
 これが地球軌道を巡る戦いの前に起きた一幕であり、今では危険な航路や軍需物資を運ぶ船団には必ず宇宙艦隊の護衛艦が同行しているのだが、それでも損害を無くす事は出来ないでいる。航路の維持に大量の戦力を割かせ、それでも損害を無くす事は出来ない。これが通商破壊戦の恐ろしさであった。

 

 

 敵拠点の1つが茨の園、これを知らされた秋子はどうしたものかとジンナ参謀長を見た。

「まさか、すぐ傍の暗礁宙域に潜んでいたとは、油断でしたね」
「灯台もと暗し、でしたな。しかし、すぐに捜索隊を出すにしましても、暗礁宙域を捜索するのは骨の折れる仕事です」
「それは分かっていますが、やるしかないでしょう。通商破壊戦の行動範囲を狭めるには拠点を制圧するのが一番の近道です」

 通商破壊戦を長期に渡って継続するにはそれなりの後方拠点が必要不可欠となる。これを叩いてしまえば補給を断たれた部隊は後退して別の拠点に逃げ込むしかないのだ。
 しかし、問題は場所である。ただでさえ暗礁宙域の捜索は困難を極めるのに、そこで更に戦闘まで行わなくてはならないとは。

「敵の庭先で戦闘という事になりますが、出て行く連中の苦労が思いやられますな。しかも余り大軍を展開できる場所ではありません」
「既に斉藤さんたちは通商破壊戦に対抗する為に出払っていますし、やるのでしたら新たに部隊を編成して投入する事になりますね」
「指揮官は誰にしますか?」
「そうですね」

 秋子は胸の前で腕を組み、少し考え込んだ。彼女の手元には多くの人材が居るが、だからと言って無限に湧き出てくるわけでもない。今回のように広範囲に渡って複数の部隊を動かすとなると流石に人手不足になるのだ。加えて手持ちの艦隊も分散してしまっている為に余裕が乏しい。本当はリビックに主力艦隊を動かして欲しいのだが、あちらはまだ戦争の準備が終わってはいない。

「バークさんが、もうすぐ帰ってきますね?」
「はい、今日中には輸送船団と共にサイド5に入るはずです」
「では彼に任せましょう。この間の失敗を挽回するチャンスもあげたいですし」
「もし、失敗したらどうします?」
「その時は流石に査問会は免れないでしょうが、バークさんもそれ位は分かっているでしょう。今度は慎重にやりますよ」
「なら良いのですが」

 ジンナは今二つほど気が乗らないようであった。アーレイ・バーク准将は確かに優れた指揮官だが、些か血の気が多い。そういう意味では使い所が難しい駒だと考えている。だが、秋子はジンナよりはバークを認めているらしく、彼を分艦隊指揮官から外してはいない。今もバークは分艦隊を率いて輸送船団の護衛に当たっている。
 しかし、同時にこれはかなり危険な任務でもある。輸送船団というのはとにかく脆く、もし有力な敵艦隊に襲われればその損害は計り知れない。しかもバーク艦隊は高速の巡洋艦戦隊であり、巡洋艦4、駆逐艦8しか保有していない。先のエゥーゴ戦以来、補充を受けていないのだ。いかな潤沢な補給を受ける緊急展開軍とはいえ、艦艇の補充は簡単ではない。しかも秋子の直属艦隊、オスマイヤー艦隊といった主力部隊、斉藤やみさきの任務部隊に新鋭艦が割り振られており、分艦隊には旧式艦が多いのも問題となっている。
 現にようやく竣工したリアンダー級の拡大発展型であるクラップ級巡洋艦はリビックの第1艦隊とオスマイヤー艦隊にしか配備されてはいないし、新鋭戦艦のカイラム級もオスマイヤー艦隊の旗艦として1隻が配備されているにすぎない。まだ2番艦以降は就役していないのだ。比較的建造数が多くなってきたマエストラーレ級駆逐も正規艦隊が優先され、バークのような小艦隊には回っては来ない。

 そして、その問題のバーク艦隊はいま、44隻の輸送船団を護衛してサイド5まであと6時間の所まで来ていた。旗艦であるサラミス級のノーザンプトンに座乗するバーク准将もどうにか肩の荷が下りた、という感じで肉眼で捉えられるようになったサイド5を見ている。

「やれやれ、やっとここまで来たか」
「あと少しですな。帰ったら少しは休暇が取れるでしょうか?」
「もぎ取るさ。全く、襲撃を受けないよう航路を遠回りにして、10日の道を2週間かけてフィフス・ルナから採掘された資源を運んできたんだ。3日位の休暇は貰ってもいいだろうさ」

 かく言うバーク自身もかなり疲労している。船団護衛部隊の指揮官は絶えない緊張に晒される、実に報われない仕事だ。その指揮官の精神的重圧はかなりのものがある。サイド5を見て安堵してしまうのも無理は無いだろう。

 だがしかし、刺客はまさにサイド5の傍にいたのである。バークの不幸は、その情報をまだ貰っていなかった事であろうか。実は、既に彼の船団はエゥーゴに狙われていたのである。

 エゥーゴ艦隊は巡洋艦1隻、仮装巡洋艦2隻、駆逐艦4隻、特設空母1隻という寡兵ではあったが、勝算は十分にあると考えていた。確認するかぎり、直衛に出ている機体は大半がジムUで、最近になって自分達を苦しめるようになったジムVは少数しかいない。ましてネモでは対抗出来ないとまで言われるゼク・アインの姿は無いようだ。

「よし、攻撃に出るぞ。護衛はたったの12隻しかいないからな」
「ですが、些かサイド5に近すぎませんか。援軍がすぐに駆けつけてきますよ?」
「情報では、すぐに出てこれるのは巡洋艦が4隻という話だ。幾ら水瀬艦隊でも戦力が無限にあるわけじゃないらしい」
「では?」
「ああ、奴らの鼻を鼻を明かしてやろう」

 この一言で攻撃が決定された。旗艦となるのはエゥーゴの新鋭巡洋艦、グラース級1番艦、グラースである。設計の大半をアーガマ級の流用で賄ってはいるものの、徹底した簡易化、コストと工数の削減、規格化を推し進めた事によりアーガマ級というより小型のアイリッシュ級と言えるような外見になってしまった。何よりもこの艦を特徴付けているのがカタパルトの下に設置されたハイパーメガ粒子砲で、現行の艦載砲でこれを超えるのは連邦で使われているプロメテウス砲しか存在はしない。
 グラース艦長イサン中佐の命令を受けハイパーメガ粒子砲が照準を付けていく。巡洋艦である為にパワープラントが不足気味なので、流石に連射は出来ないのが欠点だが、当たれば一撃で戦艦さえ大破させる主砲だ。

「目標、輸送船団中央!」
「照準固定、砲撃準備良し!」

 オペレーターたちが照準を完了し、艦長が振り上げた右手を振り下ろす。それと同時に主砲が咆哮し、強力なエネルギーの束が輸送船団めがけて放たれた。
 バーク率いる船団は油断していた所をいきなり側面から撃ち抜かれ、大混乱に陥った。バーク自身もノーザンプトンの艦橋でその一撃に唖然としてしまっている。

「な、何だこれは、プロメテウスか!?」
「違います、メガ粒子反応があります。あれは強力なメガ粒子砲です!」
「噂のハイパーメガ粒子砲とかいう奴か。まさか、そんな物まで投入してくるとはな」

 バークは苦虫を噛み潰したように表情を顰めると、軍帽を被りなおして指揮官席に着いた。

「サイド5に救援要請を出せ。船団は急いでこの場から退避、戦闘艦は直ちに戦闘準備、MS隊を全機発進させろ!」
「駆逐艦ウニオンV中破、船団と共に離れると言っています!」
「許可する。無事を祈ると伝えろ!」

 バークは戦闘隊形をとる艦隊とMS隊を見ながら、正直何処まで持つか疑問を感じてもいた。経験豊富な将官である彼は双方の戦力比に余り幻想を抱かない。敵の5割り増し程度では負ける可能性が十分にあるのがエゥーゴと自分達の差である。いや、第2艦隊は倍近い差ですら敗北している位だ。そして自分は、流石にクライフと比較されるほどの指揮官ではない事も承知している。

「いいか、船団を逃がすのが目的だ。サイド5から援軍がくるまで無理はするな」

 バークの指示が何処まで守られるかは分からない。旧式艦主体の部隊で何処までやれるかも分からない。だが、逃げる訳にもいかないのだ。無限とも思える一瞬の間を持って、遂にエゥーゴが姿を現す。

「敵部隊を発見。デプリから出てきました。巡洋艦3、駆逐艦4、巡洋艦3隻は全てデータにありません!」
「仮装巡洋艦か?」
「恐らくはそうだと思われますが、中央の1隻だけエネルギー反応がかなり大きいです」
「新型艦、か」

 バークは渋い顔で呟いた。勝算がまた更に下がったからだ。MSも大半がジムUで、対抗できるジムVは片手で数える程しかいない。何処まで持つか、正直疑わしいと言えるだろう。

 

 

 バークからの救援要請を受けて、もっとも早く駆けつけられる位置にいたのは巡洋艦アラスカと護衛の駆逐艦2隻である。リアンダー級巡洋艦で、今回は訓練の為に出てきていたのだ。訓練をしに来たのは祐一と北川で、機種転換が目的である。2人とも適正が高い為に機体に慣れるのが凄く早いという取り得がある。
 祐一のガンダムMK−Xと北川のゼク・ツヴァイが訓練を終えて戻ってきた時、既に艦内は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていたのだ。祐一が整備兵を捕まえて事情を問い質すと、救援要請を受けて急いで駆けつける所だと教えられた。
 それを聞いた祐一は艦内電話を取ると、艦長に繋いだ。

「艦長、俺たちをスペース・ジャバーで出してください!」
「相沢少佐、だが、今日の訓練が終わったばかりだぞ!?」

 艦長は驚いたが、祐一にとっては無用の心配だった。

「その辺の新兵と一緒にしないで下さい。多少の連戦は何度も経験済みですよ」
「・・・・・・分かった、頼むぞ」
「任せてください」

 祐一は艦長に感謝して内線を切ると、整備兵たちに急いで実戦装備とスペース・ジャバーの準備をさせた。北川のゼク・ツヴァイはフル装備だとスペース・ジャバーに乗れないほどの巨体なのが問題なので、今回は通常の装備で我慢する事になる。

「兵装転換急げ、MK−Xとゼク・ツヴァイを5分で出すぞ。ここからならすぐに到着できる!」
「少佐、MSに乗っててください。準備はこちらで全部やります!」
「分かった、任せる!」

 祐一はMK−Xに乗り込むと、少しだけ体を休ませた。艦長には強がって見せたが、流石に訓練から即実戦というのは結構辛い物がある。ふと視線を転じれば、香里と何かを話している北川もいた。香里は今はジムUからゼク・アインに乗り換えており、自分たちと共に訓練をしている。

「地球で再会した頃はあんなにグレてた癖に、古巣に戻ったらすっかり元に戻ってやがる」

 それが悪いと言うわけでもないが、現金な奴だと思わずにもいられない。あんなに鬱陶しかったというのに、何ともまあ。

「俺は名雪と離れ離れだって言うのに・・・・・・ふう」

 懐から名雪の写真を取り出し、コクピットに貼り付けてなにやらブツブツと語りかけている。まだ離れて数日しか経っていないのに、もう寂しがっているこの男は困ったものだ。ようするに寂しがり屋というか、恋人離れが出来ない馬鹿野郎と言うか。

 そして、きっかり5分で準備を終えた2機のMSはカタパルトの前に並べられていた。

「ようし、北川、先に出るぞ」
「おお、いいぞ」

 北川の返事を聞いて祐一がMK−Xをスペース・ジャバーに載せて固定する。そして3カウント後に機体が打ち出された。それに少し遅れて北川のゼク・ツヴァイも打ち出される。2機は高速でバーク隊の援護に向かうのだった。

「相沢、間に合うと思うか?」
「俺は間に合うと思うぞ」
「だと良いが」
「そんなに心配するなって、ほれ、もうはっきりと見えてきた」

 祐一の言う通り、もう戦場の光が肉眼で確認できた。ここからならばすぐに辿り付いてしまう。2人は火器の安全装置を外すと、戦闘準備を整えた。

「さてと、それじゃとりあえず注意をこっちに引き付けるぞ」
「届く武器があるのか?」
「ビームスマートガンを使う。こいつなら問題はないだろ」

 ゼク・ツヴァイが左腕1本で長大なビームスマートガンを操作する。2本のサブアームを使う事でゼク・ツヴァイはこの通常なら両腕で保持する砲を片手で操作する事が出来るのだ。レドームが捕らえた情報から敵の位置を割り出し、目標を割り出す。狙ったのは的がでかい巡洋艦だが、当てる自信は無かった。この距離で当てる腕は自分には無い。

「まあ、水瀬じゃないしな」

 何となく自己弁護をして、北川はトリガーを押した。スマートガンから放たれたビームが宇宙を駆けて目標へと向かうが、残念ながらそれは巡洋艦を掠りもしなかった。防御スクリーンに弾かれる事も無かったからかなり遠くを貫いたらしい。
 だが、こちらに注意を向けさせるという目的は達成できた。明らかに敵は動揺を見せ、MS隊が向きを変えてこちらに向かってきているのが確認できる。

「ざっと6機、という所だな。いつもならちょっとやばいんだがな」
「ああ、こいつなら十分勝てる数だ」

 中距離に入った所で北川は左腕で保持していたスマートガンを速射モードに変え、右腕のマシンガンの安全装置を外す。そして祐一もまたビームライフルを構えさせる。

「さてと、インコムの実戦初使用だ。上手くいってくれよ」

 祐一の脳波をコンピュータがサンプリングし、インコムを起動させる。NT用のサイコミュならこれを直接伝えさせられるのだが、祐一はNTではないのでそこまで強力な脳波を発しない。故のインコムなのである。
 解き放たれたインコムは祐一のいささかぎこちないながらも思い描いた通りに動き、こちらを狙うネモを照準に捕らえていた。

「まず、1機!」

 その途端、ネモは全く予想外からのビームに貫かれ、爆発してしまった。自分に向かってきている残りの2機は明らかに動揺しているようで、慌てて周囲の捜索に入っている。これがサイコミュ兵器、または準サイコミュ兵器の利点で、不意を付く奇襲用としてはとにかく強力である。弱点は充電無しの連続使用が難しい事、余り遠くの目標には使えない事、ビームガンであるため威力が弱いことなどである。
 IMPCによる予想が出来ないこの種の兵器は熟練兵でなければ防ぐのは難しい。祐一は落ち着いてもう1機のネモをインコムで仕留め、もう1機は混乱して動きが止まった所を自機のビームライフルで仕留めて見せた。

「よし、こっちは終わったな。北川、そっちはどうだ?」
「ああ、こっちも終わった」

 北川の方も負けてはいなかった。ばら撒かれるマシンガンとミサイル、スマートガンからのビームの連射による弾幕の威力はこれまた凄まじく、ネモ隊は有効射程に踏み込む事さえ出来ずに全滅させられたのだ。ゼク・ツヴァイの大火力とレドームによる有効射程の延長がただでさえ驚異的な北川の射撃能力を更に凶暴な物へと変えてしまい、ネモは有効射程外から一方的に撃たれるままという惨敗を喫している。
 この有効射程というのは、実際に弾が当たる事を期待できる距離で、実際の銃撃戦はこの範囲で行われる。カタログ上では数百メートル届く拳銃も実際には20mも離れれば熟練者でもないと当てられないので、拳銃での射撃戦は10m以内が有効射程となる。ちなみに1kmの射程を持つ突撃銃なども実際には2〜300m以内程度が有効射程で、それ以上離れると当たらなくなる。これに障害物の問題が入ると交戦距離は更に短くなり、数十mで使われる事が多くなる。
 有効距離の差は残酷に出てきてしまう物で、小刀は剣に、剣は槍に、槍は弓や銃に負けて戦場から消えていく事になる。ナイフだけは白兵戦用として残されてはいるが、実戦で使われる事はほとんど無く、作業用という性格が強い。日本でも既に戦国時代には刀での白兵戦は廃れ、槍と銃だけで勝敗が決していたのだから。MS戦もこの例外ではなく戦闘の9割以上は中・近距離での射撃戦なのだ。
 祐一や北川が強いのはこの距離での戦闘に強いからである。特に祐一は距離を詰めるほどに強くなり、至近距離では射撃戦、格闘戦の双方で驚異的な技量を見せる。北川は中・近距離での射撃戦においては神技とさえ言われる程の腕を持つが、格闘戦は得意ではないし、至近距離での撃ちあいになると弱くなる。
 この2人の特性が前衛祐一、後衛北川というスタイルを完成させて、単体では勝負にさえならない強さを持つあゆに勝てるほどの強さを発揮させているのだ。

 


 祐一と北川の出現はエゥーゴ部隊にかなりの混乱を与えた。データに無い2機のMSに6機をぶつけて始末しようとしたエゥーゴ部隊の指揮官の判断は戦術的には正しかったのだが、今回は敵の戦力がネモ6機ではどうにもならない程に大きかったのだ。
 正面にあるバーク隊と正面から激突しているというのに、まさかこんなにも早く側面から、しかもこれほど強力な部隊が出てくるとは思っていなかった。このまま突入されると艦隊を殲滅されかねない窮地に陥るだろう。

「くそっ、たかが2機に艦隊が潰されるのか!」
「艦長、どうしますか?」

 部下の問いにイサン艦長は忌々しそうにサブモニターに移る2機のMSを睨み付けた後、部下に逆に問い返した。

「攻撃隊の合流ポイントは変えられるか?」
「それは、いくつかのポイントが決められていますから、信号弾で変更を知らせることは可能です」
「よし、では後退だ。正面の艦隊の注意を引きつつ暗礁宙域まで下がるぞ。MS隊を呼び戻して側面から来る2機を止めさせろ」

 イサン艦長の判断でエゥーゴ艦隊は後退を始めたが、これはこれで難題であった。祐一たちがかなり早く駆けつけた為にバーク艦隊は未だに健在であり、追撃をかける余裕を持っていたのだ。
 エゥーゴ艦隊が退き出したという報告を受けたバークは高速部隊の指揮官らしく、すぐさま決断した。元々攻勢に強い提督であり、地球軌道会戦では果敢な艦隊行動でエゥーゴ部隊の動きを押さえ込んだりもしているのだ。

「駆逐艦は輸送船団に戻せ。巡洋艦だけで敵部隊を追撃する!」
「ですが、それだと輸送船団が手薄になりすぎませんか?」
「健在な駆逐艦6隻にMS12機が戻るのだ。十分だろう」

 実際、これでも戦艦なんかが出てくれば到底持ち堪えられないのだが、今の所戦艦が通商破壊戦に出てきたという話は無いのでバークの選択は間違ってはいない。
 バークの命令で未だに無傷の駆逐艦6隻と損傷艦1隻、そっしてその所属機が輸送船団に方に戻り、巡洋艦4隻が残存MS10機と共に前に出る。これに対してエゥーゴ艦隊も牽制の砲火を放ってくるが、既に逃げに入っている為にそれは正確さを欠いていた。

「逃がすな、暗礁宙域に入られる前に2隻は仕留めて見せろ!」

 バークの嗾ける様な命令に部下達は忠実に答えて見せた。突撃した4隻の砲火を集中された仮装巡洋艦の1隻が直撃の光を発して艦隊から落伍してしまう。集中される砲火に防御スクリーンを撃ち抜かれたらしい。落伍した艦は良い的で、たちまち砲火を集中されたその仮装巡洋艦はあっけないほど簡単に爆発四散して消えてしまった。
 そしてMS戦もいよいよ激しさを増していた。残っていた10機のジムV、ジムUはエゥーゴのネモ、リックディアスに全般的に不利であったが、駆けつけて来た祐一のMK−X、北川のゼク・ツヴァイが加わった事でエゥーゴMSは大苦戦を強いられている。連邦MSも最初はデータに無い機体の参加に警戒していたのだが、それが祐一と北川の機体だと知ると歓声を上げている。超エース2人の加入は士気を引き上げる効果があったのだ。
 エゥーゴMS隊はインコムを駆使するMK−Xと、絶対的な大火力を持つゼク・ツヴァイという超高性能MSの出現に混乱の極みに達していた。この内戦が始まって以来、連邦MSに性能で負けたことが無いエゥーゴ部隊にしてみれば初めての強敵の出現であり、しかも初めてのサイコミュ兵器との戦闘にパニックを起こす者も多かったのだ。

「何だ、何処から撃ってきた!?」
「後ろに敵、そんな馬鹿な!?」
「落ち着け、回りを確認しろ!」

 インコムを理解できないエゥーゴパイロットは周囲を探し回りながらも、どうしてもそれを見つける事が出来ないでいる。加えてMSからの攻撃もあるからインコムばかりに構ってもいられないのだ。猛烈な制圧火力を持つゼク・ツヴァイも厄介な相手である。
 敵MSを圧倒していると考えた祐一は北川に通信で指示を出した。

「北川、このまま押し込むぞ。援護頼む!」
「待て相沢、エゥーゴは退いたんだ。無理押しするよりも、船団に戻ったほうが良い。どうも嫌な予感がする」

 北川はゼク・ツヴァイを突っ込ませようとはせず、後退を主張した。彼は一年戦争で自ら通商破壊戦に参加し、地上では敵のゲリラ戦に対抗する側として戦っている。祐一も北川と共に通商破壊戦に参加しているが、守る側の経験はほとんど無いので、攻める方に考えが行きがちになるのだ。
 北川に待ったをかけられた祐一は不満そうではあったものの、戦術家としては自分より明らかに上である北川の進言を無視するような事はせず、渋々追撃を諦めた。

「分かった、船団に戻ろう」
「バーク提督の方はどうする?」
「流石に暗礁宙域にまでは追わないだろ。すぐに戻ってくるさ」

 そう言って祐一はMK−Xを船団へと向けた。それを見送った北川は嬉しそうに口元に笑みを浮かべている。

「相沢、やっぱりお前は、指揮官の器だよ」

 部下の進言を受け入れられる度量を持つ上官というのは良い上官である。何度も無能な上官と付き合ってきた北川から見れば、祐一のような上官は中々に得がたい上官である。多少指揮官として能力が劣るのは仕方が無いが、そんなものは部下が補佐すれば良いのだ。祐一には自分も、天野もいる。いや、もうすぐあの戦場の魔術師とまで呼ばれた久瀬までが加わるのだから。

 


 結果として北川は正しかったのだが、戻るのは間に合わなかった。祐一たちが船団の傍まで戻るよりも早くエゥーゴの特設空母から発進していたアヴェンジャー攻撃機16機とMS3機が輸送船団に襲いかかったのである。
護衛に付いていた、未だに健在の駆逐艦6隻が対空砲火で弾幕を張り、護衛MSがこれを迎え撃ったのだが、ジムU部隊は3機のネモの迎撃を受けて7機が拘束されてしまい、攻撃機には5機しか取り付けなかった。それでもジムU部隊は4機のアヴェンジャー攻撃機を叩き落して見せたが、残る12機が船団に突入して対空砲火の盛大な歓迎を受けた。
パルスレーザーの火線が作り上げた弾幕に飛び込んだアヴェンジャーは機体を撃ち抜かれて、搭載する対艦ミサイルを直撃されて次々に爆発、あるいは落伍して離脱していく。だがそれでも弾幕を突破した7機がここまで苦労して運んできた対艦ミサイルを発射し、そのまま輸送船団の頭上を抜けて船団の反対側へと抜けていった。
 アヴェンジャー隊が放った対艦ミサイルはそれぞれが狙った輸送船を正確に直撃し、輸送船を紅蓮の炎に染め上げていく。搭載してきた鉱石を宇宙にばら撒きながら身悶える輸送船から慌てふためいた様に乗組員が脱出し、危険を承知で横付けした駆逐艦がそれらを収容していく。戻ってきたMSが消化弾を撃ち込んで輸送船を救おうとしている。


 祐一たちが到着した時には既に攻撃隊は退避した後であり、輸送船団の惨状を見守る事しか出来なかった。祐一は悔しさに拳を握り締めていたが、以外にも北川は平然としている。ざっと味方の被害を纏め、その数字にむしろ安堵の息を漏らしている。

「ふう、喰われたのは7隻だけか」
「北川、7隻だけじゃない、7隻もだ!」

 北川の呟きを聞いた祐一がそれに感情を害したのか、北川に食って掛かった。だが、北川は別段怯む事も無くそれに言い返した。

「主力を引き離されてこの程度の被害だ。これまでの経験から言うなら少ないさ。相沢だって攻める側で考えれば少ないとは思うだろ」
「・・・・・・ちっ!」

 祐一は舌打ちして引き下がった。悔しいが、確かに自分が攻撃する側なら損害と戦果が引き合わないと愚痴っていただろう。
 

 


 結局、この日の戦いではエゥーゴは仮装巡洋艦1隻を失い、駆逐艦2隻が損傷、MS10機、攻撃機10機喪失という被害を出している。対する連邦軍は駆逐艦2隻が損傷、輸送船5隻撃沈、2隻損傷、MS4機喪失という被害を出している。通商破壊戦における戦闘の1つとしては大規模な戦いであったが、損害ではエゥーゴ側のが大きいが、輸送船を食われた時点で連邦の敗北であり、祐一と北川がたまたま近くにいなければより大きな損害を受けていた事を考えればバークにとっては更なる失点となる事態であった。
 サイド5に帰還したバークは左遷覚悟で秋子の前に立ち、今回の戦いにおける詳細を秋子に報告している。今回の報告には参謀長のジンナ准将に艦隊副司令官のオスマイヤー少将、後方事務総監のランベルツ少将が会議室に同席し、バークに厳しい視線を向けている。他にも今回の戦闘に参加した祐一と北川もオブサーバーとして同席していた。
 秋子は他の同席者とは異なり、別段険しさを見せてはいないのだが、彼女の場合は表面に出ていないことが多いので油断は出来ない。あの青い瞳に見つめられるとバークは喉を締め上げられたような苦しさを感じてしまう。
 そして秋子は、この査問会モドキが開始されて5分ほどして、ようやく口を開いた。

「バーク准将」
「はっ!」
「輸送船団の護衛任務において、1隻でもこれを失えば敗北であるというのは知っていますね?」
「勿論、承知しています」

 そんな事は言われなくとも知っている。バークにはどうして秋子がそんな事を聞いてきたのかが分からなかった。
 秋子はバークの答えを聞くと、バークが出してきた戦闘レポートに目を落とした。その瞬間バークの肩がビクリと震えたが、視線を上げた秋子は別に起こってる様子でもなく、何時もと変わらない様に見える。

「バーク准将、今回の事で別に貴方の過失を責めるつもりはありません」
「は?」
「まあ、輸送船5隻の喪失は減点ですが、対応自体はそれ程攻める必要は無いでしょう。最後に敵を追って巡洋艦部隊を前に出したのは褒められませんが、それ以外には問題は感じません」
「お咎めは、無しと?」

 何だか拍子抜けした顔でバークが聞き返し、秋子はそれに頷いて見せた。だが、その直後にいきなり視線に険が混じった。

「ですが、損害を出した事の責任は取って頂きます。もしあの場に祐一さんと北川さんがいなければ、損害比でも貴方は負けていました」
「それは、否定しません」
「よろしい。今回の損害はバーク准将の部隊の戦力不足、敵拠点に関する情報の遅れという問題もありますから、特に懲罰は科しません。ただし、バーク准将にはこのまま暗礁宙域の掃討作戦立案を命じます」

 秋子の命令に驚いたのはバークよりもむしろ同席していたオスマイヤーやジンナであった。幾らなんでも帰還したばかりの指揮官に休み無しで作戦計画の立案など、疲労が大きすぎる。

「提督、バークは作戦も終了したばかりで、疲れているはずです。作戦を立てても良い物が出来るとは思えません!」
「そうです、計画ならば我々参謀で作りますから!」

 だが、オスマイヤーやジンナがどれだけ言っても秋子は聞き入れず、バークはこのまま作戦立案をする羽目になったのである。バークが肩を落として会議室を後にした後、秋子は同席している祐一と北川に問いかけた。

「祐一さん、北川さん、2人は、バークさんの戦い方をどう思いましたか?」
「・・・・・・秋子さん、一介のパイロットが作戦を批評しても良いんですか?」
「私が聞いているのですから、構いませんよ」

 上官権限をちらつかせる秋子に、祐一と北川はやれやれと溜息を吐き、それぞれの感想を語りだした。

「俺は、バーク准将は特にミスはしてないと思います」
「俺は、深追いしたのはミスだと思いますが、後は問題無いと考えてます」

 2人の意見が違うのはそれぞれの性格の為だろうか。祐一は積極的に動いたバークを評価し、北川は輸送船を放って前に出たバークを非難する。それを聞いた秋子は小さく頷き、小さく笑った。

「今回のバークさんの動きは、輸送船団の護衛としては褒められないのは事実ですが、今回はあの人に向かない仕事だったかもしれませんね。今回の損害は私の人選ミスもあります」
「水瀬提督、それは」

 オスマイヤーが驚くが、秋子は本気で言っていた。バークの本領が攻勢にある事を知っていながら、地味な護衛任務に回したのは自分のミスだと。実際、バークは護衛部隊の指揮官としては良くやっていたのだが、最後の最後で守りより攻めをとってしまったのだ。
 そして、秋子は椅子の背もたれに体を預け、前髪を右手で梳きながらボソリと呟いた。

「全力で潰しますか」
「何をです?」

 秋子の呟きにジンアが問い返す。

「決まっています。茨の園をですよ。バークさんに討伐隊を任せる気でしたが、どうやら本気を出したほうが良さそうです。現在再編中の緊急展開軍主力を挙げて茨の園を完全に叩き潰し、そこにあるエゥーゴ部隊を殲滅します」
「主力と言いますと、編成したばかりのMS隊もですか!?」
「はい、ジムV、ゼク・アインで編成した大隊全てを投入して、一撃でケリを付けます」
「ですが、バーク准将への命令は?」

 オスマイヤーがその事を問うと、秋子は原案は原案だと答えた。それを聞いてオスマイヤーは憮然とし、ジンナも不満そうな顔をしている。秋子のやり口が些か酷く思えたのだ。
 いずれにしても、司令官の意思は示された。こうして緊急展開軍主力を挙げた茨の園攻略作戦の準備に入る事が決められたのである。

 


機体解説

グラース級巡洋艦
兵装 ハイパーメガ粒子砲
   連装砲塔×3
   連装レーザー機銃×12
   ミサイル発射管×4
   MS搭載数6機
<解説>
 エゥーゴがサラミス級、アーガマ級とは別に主力とするべく建造したコストパフォーマンス重視型の巡洋艦で、旧式化しているサラミス級に変わる主力となる事を目指して設計されている。サラミス級の代替艦を目指しただけに性能的にはバランスが取れているが、ハイパーメガ粒子砲を搭載した分やや高価となっている。
 グラース級の設計は後のネェル・アーガマ級にも影響を及ぼしている。



後書き
ジム改 祐一と北川、新型機のお披露目
栞   サ、サイコミュです。オールレンジ攻撃です
ジム改 どったの、栞?
栞   なんでグリプス編最初のオールレンジ攻撃が祐一さんなんですか!?
ジム改 そりゃ、出来る機体に乗ったからだろ
栞   普通、これはNTの特権の筈ですよ!
ジム改 連邦にNT用のサイコミュを求められてもなあ
栞   こうなったらアクシズに渡ってキュベレイを貰います!
ジム改 良いけど、その場合祐一たちと敵対するぞ?
栞   ・・・・・・で、出番の為なら、少し位は
ジム改 香里と北川も敵になるぞ?
栞   えうう、意地悪です
ジム改 ふっ、サイコミュ使いたいから敵になる、などと考えるからだ
栞   でも、やっぱり羨ましいです
ジム改 でもねえ、G−Xって欠点も多いんだよ
栞   あんなに強いのにですか?
ジム改 インコムでも結構負担が大きいのだよ
栞   そうなんですか?
ジム改 考えてみろ、インコムの軌道を考えながらMS動かすんだぞ
栞   ・・・・・・・・・疲れそうですね
ジム改 そういう事、祐一も楽じゃないよ
栞   私は大人しくデンドロに乗ってます
ジム改 いや、それって大人しいか?