第24章  休暇は終わりぬ

 


 これまで緊急展開軍を相手に優勢を保っていたエゥーゴであったが、斉藤率いる3個任務部隊に背後を付かれ、遂に撤退に追い込まれることになった。元々連邦軍ほどには統制の取れていないエゥーゴだけに、背後を付かれて混乱したとたんにその脆さを露呈してしまっている。
 斉藤は目の前で統制も何も無く、出鱈目に逃げ出したエゥーゴ艦隊を見て最初唖然とし、次いで全艦に追撃は無用と指示を出した。

「敵の撃滅などどうでもいい。友軍の救援が先だ!」
「ですが艦長、多少なりとも損害を与えておいた方が良いのでは?」
「所詮はゲリラの集団だ。茨の園を失くせば月に逃げるしかない。そこで決着を付けるさ」

 斉藤はエゥーゴとの決着はつきでいずれ付けるときが来るという事を確信しているらしく、ここで戦う事には固執しなかった。それよりも今は友軍の救助が優先されると考えているらしい。
 本隊の方は残念ながら主力部隊は壊滅状態で、大半の艦が損傷している有様だった。秋子の旗艦リオ・グランデさえラーディッシュとの砲戦で中破しており、これ以上の戦闘続行は不可能だろう。
 リオ・グランデにノルマンディーを近づけた斉藤は、近距離通信でリオ・グランデとの通信回線を開いた。メインスクリーンに映し出されたリオ・グランデの艦橋にも僅かだがダメージの様子が見られ、相当に激しい戦いをしていた事が伺われる。

「水瀬提督、御無事でしたか」
「斉藤艦長、よく戻ってくれましたね」
「まあ、連絡が完全に途絶えましたので。独断で任務部隊を集め、任務を変更した件に付いては私が全ての責任を負っております」

 命令違反の責は全て自分が負うという斉藤を、秋子は別に叱責したりはしなかった。指揮官は戦場において臨機応変に動けるようでなければ部下を無駄死にさせる事になる。秋子はその事を良く知っていたので、斉藤を責めるなど最初から考えてはいなかったのだ。

「斉藤中佐、艦隊はまだ健在ですか?」
「それは、被害は受けておりませんが」
「では、ここには1個任務部隊を残し、残る2つを率いて茨の園を攻略してください。もう敵は居ないと思いますが、油断はしないように」
「茨の園をですか。ですが、あそこは占領する意味は無いと思いますが?」

 秋子の命令に斉藤は首を捻った。この状況で茨の園を攻める意味は無いのではと思ったのだ。流石にまたエゥーゴがここに集結するというのも考え難い。
 秋子も斉藤の判断は正しいと分かってはいたのだが、ここまで来て何もせずに帰るというのも癪だという事と、万が一の危険を考慮して再度命令した。斉藤も2度も言われては逆らう事も無く、2個任務部隊を纏めて茨の園攻略へと出撃していった。

 斉藤が茨の園攻略に向かい、秋子は部下達の救助作業と補修作業を艦橋から眺めていた。そこに被害を集計したボスウェル中佐が近付いてくる。

「提督、被害が大体纏まりました」
「そうですか」
「喪失は13隻、損傷が酷く、放棄する艦が6隻、大破は12隻で、曳航の必要があります。他の全ての艦が損傷を受けています。MSの喪失は52機にも及びます」

 ざっと本隊の半数の艦が損失、又は大破という数字だ。空母や戦艦といった主力艦の損害は少ないが、それでもサイド5に戻ってドック入りする艦が多く、暫くは使い物にならないだろう。秋子は自分がエゥーゴの実力を過小評価していたと認めるしかなかった。

「今回は負けを認めましょう。ですが、次はこうはいきませんよ」

 負けたことは受け入れるしかないが、このままやられっぱなしでいるような秋子ではない。その内心では、この借りをどうやって返そうかという思案が既に渦巻いていた。

「・・・・・・月攻略には、カノンは間に合わないでしょうね。リオ・グランデはドック入りが必要でしょうし、新しい旗艦を決めないといけませんね」

 エゥーゴ攻略の準備は既に整っている。秋子はこの為にこれまでにない大胆な作戦を考え出していたのだ。それはかつてジオン軍でも考案され、実行に移すべく準備が進められていた計画である。それが形となってエゥーゴの脅威となるのはまだ少し先のことであるが、それは秋子の戦略家としての凄さを当時の人々に知らしめる様なとんでもない代物だったのである。

 

 


 茨の園を完全破壊してサイド5に帰還した攻略部隊は直ちにその傷を癒すべくドック入りし、参加した将兵には休暇が出された。負傷兵も多いので何処の軍病院も手一杯になってしまい、負傷者の一部を民間病院の移すべく手続きがとられている。
 そんな中で、数日かかって事後処理を終えた祐一は名雪と共に軍病院に入院している北川を見舞いに行った。祐一は緊急展開軍の幹部であるので、通路で擦れ違った兵士達が慌てて敬礼をしながら道を譲る。敬礼されるたびに苦笑してしまう祐一たちだったが、それは機動艦隊時代のフレンドリー過ぎる気風に染まっているせいだろう。同じ機動艦隊出身の兵などは敬礼と共に気安く声をかけてくるのですぐにそれと分かる。
 北川の病室に来た祐一は扉をノックし、中から乱暴に「入れ」という返事が返って来るのを聞いて扉を開けた。

「よう、元気そうだな。心配して損したぞ」
「何だ相沢か。わざわざ文句言いに来たのか?」

 北川はベッドの上に上半身を起こしており、文庫本のようなものを持っていた。祐一は北川の傍に置いてある椅子を引いて腰を降ろし、名雪はお見舞いに持ってきた果物の籠を棚の上に置いた。

「しっかし、胸にでかいガラスが刺さって出血多量だって聞いてたんだが、ぴんぴんしてるな?」
「ああ、危うく心臓と肺を結ぶ血管が切れる所だったそうだけどな。傷付くだけで済んでたらしい。傷を塞いで、増血剤で何とか命を繋いだよ。4日は眠りっぱなしだったそうだけどな」
「おいおい、それじゃ死ぬ半歩手前だったんじゃないか」

 飄々と教えてくれる北川に、祐一も流石に呆れた声をかける。それは北川にも良く分かっているのだろうが、どうにも北川はこの辺りで何処か自分を軽く見ている節がある。地球に降りてからの日々で擦り切れかけた心は、未だに修復したわけではないようだ。
 その危うさに顔を顰める祐一の隣に、なんだか心配そうな名雪が立った。

「駄目だよ北川君、自分は大切にしないと」
「み、水瀬・・・・・・」

 怒ってる名雪は怖いが、悲しそうな名雪は相手に異様なまでの罪悪感を与えてくれる。北川は名雪にじっと見詰められて額に脂汗を流しながら固まってしまっていた。
 
「香里、ずっとここで北川君が目を覚ますまで付き添ってたんだからね。だから香里を置いて死んだりしちゃ駄目だよ」
「それは、分かってるけどさ」
「分かってるなら、早く治して香里にお礼を言うこと」

 言い聞かせるように念を押してくる名雪に、北川はコクコクと頷く。このまま名雪の機嫌が悪い方へ傾いてくる事だけは何としても避けなくてはいけないのだ。
 幸いにして名雪は納得してくれたらしく、祐一の傍から離れてベッドの端にちょこんと腰を降ろした。

「そうそう、北川君の隊の被害だけど」
「・・・・・・何人、死んだんだ?」
「戦死者は3人。失ったMSは8機。あの混戦に巻き込まれた部隊としては、一番損害が少なかったよ」
「3人か。あの戦いなら上出来だな」
「お前の部下は、確かに良くやってたよ。流石はファマス戦役最高のMS隊指揮官の部下だな」

 あの戦いで本隊を助けに来た北川大隊は、北川と第1大隊を欠いた状態でなお奮戦している。最終的に6機のMSを失い、パイロット3人を戦死させはしたものの、彼らは自分の前に現れたエゥーゴ部隊を壊滅させているのだ。
 北川大隊に限らず、機動艦隊は混乱して連携できなくなった状態でも決して圧倒されていたわけではない。それぞれの部隊指揮官たちは有能揃いであり、将兵にも経験豊富な者がそれなりに居る。彼らはそれぞれに反撃を開始し、緒戦の損害を除けばエゥーゴに一方的に叩かれていた訳ではないのだ。

「それで、俺の隊の事務仕事は誰がやってくれたんだ? 美坂はここに居たんだろ?」
「ああ、それは簡単。天野に全部押し付けた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 北川は無言で右手を額に当て、名雪が困った顔で曖昧な笑みを浮かべる。どうやら名雪も止めなかったらしい。

「お前な、天野だって自分の隊の仕事があるんだろうが。半分位分担してやれよ」
「あのなあ、俺が全部丸投げするような酷い奴に見えるのか?」

 やれやれと呆れた感じで肩を竦める祐一を見て、名雪はますます罪悪感にかられたかのようにしょんぼりとしてしまう。逆に北川は訳が分からず表情を困惑させていた。

「何だ、半分はお前がやったのか?」
「あのなあ、それならこんなに早く終わるわけないだろう」
「祐一、それ威張って言う事じゃないよ」

 名雪に窘められて一瞬しょげたものの、すぐに気を取り直して祐一は北川に事情を説明してくれた。

「半分は久瀬に押し付けてきた。あいつ、事務仕事が得意だって話だからな」
「・・・・・・お前って奴は」
「祐一、地球でシアンさんに隊長の極意は部下をこき使う事だって教えてもらったんだって」
「あの人は〜〜〜〜」

 北川と名雪は、かつて自分達を率いてくれた上官の人を喰った笑顔を思い出し、ほとんど同時に頭を抱えてしまった。あの人は良い意味でも悪い意味でも祐一に大きな影響を与えている。

 ちなみに、この時久瀬と天野は2人で祐一を呪う言葉を吐きながら事務整理を続けていたとか。

 

 

 北川の前を辞した2人は、前の約束を果すべく街に出ていた。祐一が名雪にイチゴサンデーを腹いっぱい奢ってやると約束してしまったのだ。祐一は隣で楽しそうに鼻歌を歌っている名雪を見ながら幸せを感じながらも、一体どれだけ食うんだろうという不安も感じていたりする。
 だが、そんな2人の前を何とも興味深い2人組みが通りかかった。その2人に気付いた名雪が右手を振って声をかける。

「あ、みさおちゃんに一弥君だ」

 呼ばれた2人は吃驚してこちらを見て、そして何やら慌てふためいていた。

「わっわ、どうしよう一弥君、見られちゃったよ!?」
「お、落ち着いてみさおちゃん、名雪さんだから大丈夫だよ!」
「で、でも、隣に相沢さんもいるよ!」
「相沢少佐! さ、最悪じゃないか!」

 何となく2人してとても失礼な事を言っている。祐一はこめかみに青筋を複数浮かべて近付き、とっても自然な動作で一弥のこめかみに拳を押し当ててグリグリしだした。

「そ、れ、は、どういう意味かな一弥〜〜〜〜?」
「い、痛い、痛いです相沢少佐っ―――!!」

 悲鳴を上げる一弥と何だか楽しそうにグリグリしている祐一。その隣ではみさおがオロオロと取り乱している。そんな何とも言いようのない状況に溜息をつきつつ、名雪は腰に手を当て、大きく息を吸い込んだ。

「あなたたち、いい加減にしなさいっ!!」
「「「は、はいっ!」」」

 名雪の怒号を受けて、3人はその場でピシッと姿勢を正したのだった。

 

「ふうん、折原君の目を盗んでデートしてたんだ」

 あの後4人は名雪のお勧めの店に入り、それぞれに好きな物を注文していた、ちなみに払いは全部祐一である。祐一は当然文句を言ったのだが、名雪を怒らせたという手前もあって強くは出れず、不承不承頷いている。
 みさおは名雪と同じくイチゴサンデーを頼み、クリームを嬉しそうにスプーンですくいながら名雪に答えた。

「はい。お兄ちゃんったら「みさおが欲しくば俺を倒してからにしろ!」とか言って邪魔するんです」
「よく瑞佳ちゃんが怒らなかったね?」
「瑞佳さんは、その、お仕事が忙しいそうで、中々帰ってこれないんです。それでお兄ちゃんいじけちゃいまして」

 心底情け無さそうな顔で教えてくれるみさお。その表情には実の兄の醜態ぶりにいかに頭を痛めているかが伺えるだけの疲労が見て取れる。彼女は瑞佳を尊敬しているそうだが、それは浩平を受け止められるだけの包容力があるからだろう。自分だったら張り倒しているに違いない。

「だから、出来れば今日の事は内密にしておいて欲しいんです。ばれたらお兄ちゃんに一弥君が苛められます」
「うん、分かったよ」

 名雪が右手で胸を叩いて任せてよとゼスチャーをしてみせる。そしてチラリと隣でブレンドコーヒーを飲んでいる恋人を見やり、視線をみさおに戻した。

「祐一も一言も漏らさないから、安心してね」
「そ、そうですか。助かります名雪さん」

 安堵の笑みを浮かべるみさお。だが、祐一の頭の中では既にどうやってリークしてやろうかというシミュレーションが始まっていたりする。そして幾つかの手順を考案して頬が緩みかけた時、いきなり隣から強烈なプレッシャーが放たれた。

「祐一、また良からぬ事を考えてるでしょ?」
「な、何のことかな、名雪さん?」
「惚けても無駄だよ。何年付き合ってると思うの?」

 自分の恋人が、ぽややんとした外見とは裏腹に、実はとても聡明な女性である事を祐一や香里、北川は良く知っている。祐一は自分の内心を読み切られていたことに冷や汗をかいたものの、これ位で引き下がるような男でもない。

「な、何のことかな。人聞きの悪い事を言わないで欲しいぞ」
「ふうん、なら良いけど、もし祐一が漏らしたら謎ジャムの刑だからね」
「すいません名雪さん、不埒な事を考えてました」

 極刑を言い渡された祐一はプライドを投げ捨てて謝った。それが何を意味するのか分からず2人は首をかしげて名雪に問いかけた。

「あの、謎ジャムの刑って何ですか?」
「ああ、そういえば2人は知らなかったよね、謎ジャムの刑って言うのは機動艦隊時代から続くうちの艦隊伝統の罰でね。これを聞かせたら大抵の人は顔を青くして逃げてくんだよ」

 楽しそうに話す名雪。だが、2人にはますます訳が分からなくなるだけ説明で、顔中に困惑を浮かべまくっていた。この後、黙っている事が出来なかった祐一が情報をリークした為に一弥が浩平に追い掛け回されるという事件が発生し、怒った名雪は祐一に瓶1つ分のジャムを祐一に食わせたのである。この時の祐一は白目を剥いて痙攣をしており、みさおと一弥を震え上がらせる事になるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 秋子の敗北によって一時的に緊急展開軍が作戦行動能力を激減させてしまった為、月面に対する封じ込めはもっぱらルナツーから出撃してくる第3、第4艦隊が行っていた。この封鎖で月面上における物資の輸送が滞っており、軍用のみならず民用の物資さえ満足に供給できない状態が続いている。寸断された幹線道路は再建される事もなく、慢性的な物資不足は月都市の住民を少しずつ蝕みだしている。
 エアーズ市ではとうとう住民暴動までが発生した事もあり、事態の悪化に困窮した市長達はエゥーゴに輸送船の護衛を依頼したのだが、これはエゥーゴには不可能な事であった。物資を都市に運ぶとなれば船団輸送が必要であり、せれだけの輸送船は用意できるのだが、それを護衛する護衛艦をそろえる事は出来なかったのだ。
 連邦軍は40隻で1つの船団を作り、それを10隻前後の小型艦艇で護衛するのが標準となっていたのだが、エゥーゴの襲撃に被害が積み重なって、今では倍の20隻前後にまで膨れ上がっている。更にこれとは別に戦闘部隊が前衛哨戒に付いているのだ。だが、これでもエゥーゴの襲撃による被害を失くす事はできないのである。
 エゥーゴは連邦ほどの護衛部隊をそろえる事は絶対に出来ない。護衛に回す小型艦艇、つまり護衛駆逐艦やフリゲート、コルベットの数が少ないというより、ほとんど無いからだ。また、仮に護衛艦を揃えられても、それを指揮する士官だけはどうやっても揃えられない。連邦は長い年月をかけて予備役を拡充しており、必要に応じてそれを招集することが可能だったが、エゥーゴには予備役士官など存在しない。僅かに月都市の住民にかつての連邦士官がいるくらいだ。
 それでもエゥーゴは幾度か生産力を持たない都市に対して物資を輸送しようとした事があったのだが、その船団は連邦軍の徹底した妨害を受けて夥しい犠牲を支払わされていた。今では船団輸送は諦め、高速の輸送戦や軍艦を使ってのゲリラ的な輸送に頼ったり、道なき道を地上車両で行くという泥縄的な手法で連邦の目を逃れている有様だ。
 
 現在ではエゥーゴ指導部は犠牲ばかり多くて成果の上がらない船団輸送を強行するより、月周辺の制宙権の奪還を目指して連邦軍との決戦を考えるようになっていた。ようするに身動きの取れない輸送船の盾となって死ぬのは嫌だという事だ。
 この為、月周辺では両軍の小部隊同士が激しい戦いを頻発させるようになっている。駆逐艦数隻程度の小部隊で編成された哨戒部隊同士が一週間に2度、3度と激突するようになり、砲火の応酬が繰り広げられる。その代わりに戦艦や巡洋艦が出て行くようなことは少なくなり、断続する局地戦に終始し続けている。
 この状態を連邦軍上層部は歓迎していた。消耗戦となれば勝利の女神はこちらに必ず微笑むからだ。エゥーゴが本当の勝利を得るには自分達の5倍以上の損害を連邦に与える必要があるのだが、開戦時ならともかく、兵器の性能が向上し、戦時体制に移行してきた連邦にこのような勝利を望むのは余りにも夢を見すぎている。

 

 エゥーゴは今、各地に点在している戦力を結集させてもいた。それは地球にいる舞たちも同様であり、舞とトルク、そしてアムロは来るべき決戦に備えて宇宙に上がる事になった。宇宙には民間船に偽装した迎えの船が来ているはずだ。
 アウドムラに搭載されたシャトルに移乗する前に、3人は見送りに来たハヤトと握手を交わしていた。

「頑張ってきてくれ。宇宙ではいよいよ連邦が月を攻めるそうだ」
「あの秋子さんが出て来るんだ。正直気が重いな」

 アムロがからかい混じりにそう答えたが、反部に常は本気でもある。水瀬秋子と彼女が率いる戦闘集団の実力は半端なものではない。彼らを相手にしたら自分でも生き残れる自信が無いほどなのだ。
 だが、些か不安げなアムロの肩を舞が叩いた。

「大丈夫、私達はそう簡単に負けたりしない」
「・・・・・・舞にそう言われると、不思議と信じられる気がするな」

 アムロは微笑を浮かべて頷き、ハヤトに別れを告げてシャトルへと歩いて行く。舞とトルクもハヤトにこれまでの礼を言ってシャトルへと歩き出した。

「でも舞、勝てると思うか?」
「・・・・・・トルクどう思うの?」
「勝てたら神様信じてもいいかなあ」

 何とも他力本願な事を言うトルク。しかし、これはもうそういうレベルの戦いなのである。エゥーゴが勝つには奇跡が必要というのは、決してジョークではないのだ。

「でも、やるしかない」
「ああ、いつもの事だけどな」

 毎度毎度こんな事をしている2人の辞書には諦めるという言葉は無い。今回だってきっと何とかなると考えられる2人は、結構頑丈な精神の持ち主であるだろう。まあそうでなければとっくに死んでいただろうが。

「じゃあ、行こうぜ舞」

 そう言ってトルクは舞の肩に手を回し、舞は無言でシェイド能力を開放した肘をトルクの厚い胸板に叩き込んだ。ボグゥという物凄い音が響き渡った後、呼吸が止まり、悶絶してその場に転がるトルク。

「トルク、セクハラは駄目」

 言い返すことも出来ずに痙攣しているトルクを置いて、舞はさっさとシャトルの方へと歩いていってしまう。川澄舞、ガードが恐ろしく固い女であった。現在までの所、勝手に彼女の体に抱きついて問答無用で殴り飛ばされない男はシアンだけである。
 ハヤトは通路で悶絶しているトルクに近寄り、心底同情した眼差しを彼に注いでいた。

 

 

 

 この戦況を上から見下ろすようにじっと傍観し続けているものが居た。ジャミトフである。彼は連邦が前面に出て以来、ティターンズを積極的に動かす事は無くじっと温存し続けていた。
 彼はこの2ヶ月の間、じっと状況の推移を見続けてきた。秋子の敗北などの予想外の自体も起きはしたものの、全体として状況は彼の望む方向に向かっている。
 グリプスにあるティターンズ本部に居るジャミトフは、バスクやシロッコを自室に招いてこれからの事を聞かせていた。

「状況は我々の望む方向に向かっている。連邦軍とエゥーゴの決戦の日は近いだろう」
「リビック提督がいよいよ動くと?」

 バスクがジャミトフの前に立て問いかけてくる。ティターンズ宇宙軍の指揮権を握る彼としては、そのあたりが一番気になる所なのだ。

「間違いないな。リビックはルナツーのある連邦主力艦隊を総力出撃させるつもりのようだ」
「合計400隻を誇る連邦主力艦隊ですか。全力出撃するのはファマス戦役以来ですな」

 バスクの顔に渋いものが混じる。ルナツーを母港とする連邦主力艦隊は5個艦隊、300隻の戦闘艦艇と2個支援艦隊、100隻の支援艦艇と護衛艦を要する大艦隊であり、人類の生存圏においてこれと抗しえる武力集団は存在しない。たとえエゥーゴとティターンズが同盟を結んだとしても、その戦力は主力艦隊の半数を上回る程度でしかないのだ。しかもこの他にもルナツーには独自の守備隊や、小規模の艦隊が複数駐留しているのだ。難攻不落の要塞と謳われているのは伊達ではない。
 
「エクソダス計画の要の1つであるルナツーの制圧の為には、主力艦隊が出払っている必要があります。そうでなければ、この計画は発動させられません」
「分かっている。だからこそ連邦の介入を容認したのだからな。リビックは必ず全軍で出撃してくれるだろう。奴も水瀬も、物量に物を言わせる作戦を必ず選択するだろうからな。それが連邦軍の体質なのだよ」

 ジャミトフはそう言って連邦の動きを批判してみせたが、それが最も有効な手段である事は否定していない。圧倒的大軍というのは単純な力であり、如何なる策略もこの力の前には意味を失ってしまう。力とは単純であるほどに絶対的な意味を持つからだ。小細工を駆使した攻撃は防ぐにも小細工を駆使する事で可能となるが、正面から大軍で押し寄せられると、小細工でどうにかするのは非常に困難となってしまう。
 幾らティターンズが精鋭揃いといえども、自分達の数倍の大軍を相手どる事は出来ない。その意味でもリビックにはルナツーから退いてもらわなくてはならないのだ。

「コンペイトウのエイノー提督らは味方にしてある。地上の方もアーカットが準備を大体済ませて、後は作戦を発動する時期を待つだけだ」
「その時こそ、我らの理想が現実のものとなる」

 バスクが感慨深げに呟く。彼がジャミトフに誘われてティターンズに入ったのも、ジャミトフの語る自分達の手による地球圏の浄化という理想に惹かれたからだ。勿論その中にはティターンズ内で自己の栄達を目論む部分もあったのだが、バスクのような人物であってもジャミトフには尊敬の念を抱いてはいるのである。
 2人が未来に思いを馳せていると、それまで一言も発していなかったシロッコが口を開いた。

「ですが、仮にルナツーを制圧できたとしても、それだけでは我々の勝利とは言えませんな」
「シロッコ、貴様!」
「よせバスク、シロッコの言う事は間違ってはいない」

 激昂するバスクを制し、ジャミトフはシロッコに視線を転じた。

「シロッコ、確かに我々の現有戦力ではルナツーを制圧できたとしても、それだけでは勝利とは言えない。だが、君には何か策があると言うのかね?」
「無い訳でもありません。連邦に少しでも大きな損害を与え、反撃に出てくるまでの時間を稼ぐ策が」
「それは?」

 ジャミトフの視線に圧力が加わる。だがそれはシロッコの面の皮一枚さえ貫く事は無かった。シロッコは前の前にあるテーブルに置かれた紅茶のカップを取り、その香りを楽しんだ後で口を開いた。

「エゥーゴと我々は、この作戦中においてならば共同戦線を張れる相手ではないでしょうか?」
「まさか貴様、エゥーゴと手を組め、などというつもりではなかろうな!?」

 バスクがシロッコの意図を読み取って怒気を漲らせるが、シロッコはそれを意に介する事は無く、涼しい表情でカップをソーサーに戻す。

「我々は連邦という余りにも強大な敵に挑むのです。確かに腐敗しているかもしれませんが、全てが腐敗しているわけではありますまい」
「だが、エゥーゴが飲む筈があるまい。奴らは我々の不倶戴天の敵なのだぞ!?」
「現実の前にはプライドなど無力でしょうに。それともバスク大佐はエゥーゴが誇りと共に自滅の道を選ぶと仰るのかな?」
「ぐ、き、貴様・・・・・・」

 シロッコにからかわれ、バスクは顔を赤くして怒りを露にしたが、それが激発するよりも早くジャミトフが口を挟んできた。

「シロッコ、言葉が過ぎるぞ」
「・・・・・・これは失礼しました」
「しかし、ブレックス率いるエゥーゴは理想に準じて滅びる可能性も無いわけではないが、大半はそうでもなかろうな。特にアナハイムは利己主義者の集団だ」
「閣下はアナハイムと交渉をしようと?」
「メラニーめに交渉を持ちかける価値はあるだろうな。やって損をするわけではあるまい」

 意外そうなバスクにジャミトフは頷いてみせる。ジャミトフにしても最初の一撃で何処までやれるかが勝敗を決すると考えているだけに、出来る手があるなら全て打っておきたいというのが正直な所なのである。何しろ、これまで周到に準備を進め、やれる限りの事をやったという自負がある今でさえ、将来の予想にはかなりの割合で幸運や他力本願が混じっているのだから。
 もっとも、ジャミトフはシロッコの提案をただそのまま受け入れるつもりは無かった。

「シロッコ、自分で出した案だ。この交渉は貴様に任せても良いのだろうな?」
「勿論です。ジャミトフ閣下の期待に必ずや答えてみせましょう」

 ソファーから立ち上がり、シロッコは恭しく一礼してみせる。その芝居がかった動作にバスクが苦虫を噛み潰したように渋い顔になるが、ジャミトフは鷹揚に頷いてこの件をシロッコに任せた。
 ジャミトフはバスクを信頼してはいたのだが、実戦指揮官としての能力しか持たない無骨な軍人でしかないバスクではこういった任務は任せられない。些か信頼度に欠けるとはいえ、交渉能力と智謀に長けたシロッコはジャミトフの手駒の中では貴重な存在だったのだ。
 そしてジャミトフはシロッコと向かい合うように座っているもう1人の青年に視線を向けた。これまで一度も口を開かず、じっとコーヒーと睨めっこをしている変な男である。

「それで、リーフの方はどうなのかね、藤田浩之?」
「ん、ああ、その事か」

 ジャミトフに問われた浩之は面倒くさそうに顔をジャミトフの方に向けた。その余りに礼儀知らずな口調に腹を立てたのか、バスクの額に何やら青筋が浮かんでいる。だがさしものバスクも来栖川の重要人物であり、私設企業軍リーフの司令官に暴言を吐く事だけはしなかった。

「うちはとりあえず2個艦隊を出す事になってるよ。それぞれ20隻ずつ、MSは80機だ」
「ふむ、40隻、160機か。仕事を任せるには十分だな」

 ジャミトフの呟きに、浩之は足を組み替え、視線に険を加えた。そのせいで更に人相が悪くなってしまっている。

「俺達にやらせる仕事って、一体何なのかそろそろ教えて欲しいんだけど?」
「そうだな、そろそろ教えても良かろう」

 浩之の言葉に頷き、ジャミトフはリーフにやらせようと思っている仕事を語りだした。

「リーフにはサイド6、及びサイド5の攻略を担当してもらいたい」
「おいおい、一寸待ってくれ。サイド6はともかく、サイド5ってあんたな」

 浩之は目を細め、正気を確かめるかのように聞き返すが、生憎とジャミトフは狂言を言っている風ではなかった。それを確かめた浩之は不機嫌そうに鼻を鳴らし、居心地が悪そうに身動ぎする。

「サイド5にはどれだけの戦力が居るのか、知らない訳じゃないだろ?」
「勿論だ。サイド5守備隊と緊急展開軍を合計すれば艦艇200隻以上、MSは1000機を越えような」
「それに更に小型艦艇や宇宙戦闘機まで居るんだぜ。それを俺達だけで叩けってか?」
「緊急展開軍は月への攻撃に出払っていよう。サイド5守備隊だけならばリーフだけでもどうにかなるだろう」

 ジャミトフの答えに浩之は腕を組み、じっと考え込んだ。リーフは民間企業の作った素人軍隊だが、装備、訓練度は連邦軍の平均を上回っている。並みの部隊が相手であれば同数を相手取って圧倒できる自身はある。だが、サイド5駐留軍は並みの部隊とは言えない相手なのだ。

「やっぱり無茶だろ。サイド5駐留軍だけでもこっちの1個艦隊以上の戦力なんだぜ」
「自信が無いか?」
「ああ、無いね。仲間を無駄死にさせる趣味は無いんだ」

 きっぱりと言い切った浩之にバスクは顔を赤くし、シロッコは興味深そうな顔で浩之を見ている。はっきりと拒絶の意思を見せられたジャミトフは顔を顰めたが、浩之は部下ではなく協力者なので怒鳴りつけるわけにもいかない。
 仕方なくジャミトフは妥協案を切り出す事にした。

「分かった。サイド5攻略部隊にはこちらからも兵を出そう。それでどうだ?」
「・・・・・・後はうちの方で話してみよう。俺からはこれ以上のことは言えそうも無い」

 不承不承頷いた浩之に、ジャミトフは表情に出さないように苦労しながらも安堵の息を吐いた。実の所、リーフが参加してくれなければ戦力が絶対的に足りないのだ。その意味では浩之の機嫌1つにエクソダス計画の成否が掛かっていたとさえ言える。
 


 だが、ジャミトフさえまだ気付いていない事だが、連邦情報部はティターンズのエクソダス計画にようやく手が届きだしていた。柚木詩子の協力を得たバイエルラインはティターンズの現有戦力とこれまでの不可思議な動きを丹念に調べ上げ、ティターンズが1治安部隊としては明らかに過剰な戦力を揃えているばかりか、書類上ではまだテスト段階の筈のRMS−108E・マラサイE型とRMS−154A・バーザムが配備されている事まで掴んでいる。
 集めれば集めるほどにティターンズの動向に不穏な影を感じずにはいられないバイエルラインは、この事実を上層部に上申したのだが、これといった返事は返って来てはいなかった。上層部はティターンズの行動をどうやら黙認しているらしいと悟ったバイエルラインは、この事実を話の分かる幾人かの人物に流していた。秋子やリビック、コーウェン、クリステラ議員や倉田議員といった中道派の中心人物たちである。残念ながらバイエルラインの立場からでは警告をする事しか出来ないのだ。
 警告を受けたこれらの人物はそれぞれにティターンズに探りを入れたのだが、かなり巧妙に偽装されている為に彼らではバイエルラインが送ってくれた情報以上のものを掴む事は出来なかったのだが、彼らの内に警戒心というものを植え付ける事は出来たのである。
 だが、それが功を奏するかどうかは、また別の事であったりするのだ。どれだけ頑張っても方面軍司令官や管区司令官といった立場では出来る事が限られているし、リビックはこういう事には向かない。俄然頼みの綱はアルバート・クリステラや倉田幸三になるのだが、この2人は政治家であって軍人ではないので、こういう事に単独で挑むのは無理がある。
 少なくとも、今この時の風は間違いなくティターンズに向けて吹いている様だった。




後書き
ジム改 やっとここまできたぞ。
栞   いよいよエゥーゴに止めを刺す時が迫ってますね
ジム改 うむ、月面ならば君の部隊を使い放題だ
栞   では久々にデンドロビウムに乗れるんですね!?
ジム改 何でそんなの嬉しそうなの?
栞   ふっふっふ、あれに乗ってれば無敵ですから。アムロさんだって怖くありません。
ジム改 まあ、無敵と言えば無敵なんだが
栞   これで私もエースパイロットです!
ジム改 そんなことに拘らんでも
栞   エースってカッコいいじゃないですか
ジム改 まあ、同じ元サイレンでも栞を知ってる人は少ないからねえ
栞   と言うより一度も怖がられた事が無いです!
ジム改 香里は時々怖がってる人がいるからな
栞   私も知名度を上げて2つ名を手に入れるんです!
ジム改 2つ名?
栞   そうです。名雪さんの「美貌の死神」とかアムロさんの「白い悪魔」です
ジム改 栞だとバニラの魔女とか?
栞   ・・・・・・せめてもうちょとカッコいいのが良いです
ジム改 じゃあ、呪い絵師とか、シオえもんとかは?
栞   何でそういうのしか出て来ないんですか!?