25章  理想と現実の乖離

 

 上を見上げればコロニーの人口の空が広がり、うっすらと雲の隙間から向こう側の陸地が見えている。そよぐ風は自然のものではないが、確かに心地がいい。ここは病院の敷地で、患者のメンタルケアのために広がっている公園だ。北川はそこで車椅子に座りながら静かな時を過ごしている、筈であった。

「どうした北川、お前もこっち来て一緒に騒げよ!」
「そうだよ北川君、せっかく料理も沢山あるんだから」

 なんでこいつらはこんな所でレジャーシートを広げて騒ぎまくってるのだろうか。頭痛を堪えながら視線を転じれば、そこには重箱を前に騒いでいる祐一と浩平、楽しそうに談笑している名雪と瑞佳、料理を口にしてしきりに唸っている栞とみさおまでいる。
 北川はやれやれと呆れた溜息を吐き、自分の車椅子を押してくれている女性に声をかけた。

「まったく、退屈だけはさせてくれない奴らだな」
「そうね。でも、私達らしくて良いんじゃない?」

 北川の呆れた呟きに、香里は微笑みながら答えてくれた。思えば香里も変わったものだ。自分達がカノンで顔を合わせた頃は、香里はこういった馬鹿騒ぎに顔を顰める人間だった筈なのだが、いつの間にかこの空気を大切なものと感じるようになっている。
 そして、北川もこの仲間達の中に戻る事で少しずつ昔の自分を取り戻しだしていた。何時でも何処でも、どんな時でもこのお祭り根性を忘れず、明るく楽しくやって行こうとするカノン隊魂は何処までいっても死滅しないものであるらしい。だが、この救い難いお気楽さが彼らの持ち味であり、これまで戦い抜いてきた原動力なのである。
 香里に車椅子を押されてレジャーシートの傍に来た北川は体を起すと、車椅子から降りてレジャーシートの上に腰を降ろした。

「お前ら、病院の中なんだから余り騒ぎまくるなよ?」
「大丈夫だ、院長の許可は貰ってある」

 既に手を回していたらし祐一。昔に較べると馬鹿をやるにも隙がなくなってきている。

「お前、だんだんシアンさんに似てきたぞ」
「はっはっは、褒めるな北川」

 褒めているわけではない、と言いたかったが、言ってもどうせ聞きはしないと分かっているので何も口にはしなかった。仕方なく視線を弁当の方へと転じる。作ったのは誰かは分からないが、そこにはまさに弁当が1個師団をなしていた。
 重箱の1つを手に取り、料理を口に運んで目を大きく見開く北川。

「むう、冗談抜きで美味いな。誰が作ったんだ?」
「あ、私だよ」

 名雪が嬉しそうに名乗り出る。それを聞いて何故か栞とみさおがいじけだした。

「か、完敗です。どうして何時も寝てる名雪さんにこれほどの腕があるんですか?」
「瑞佳さんを越える人がいたなんて」

 栞さん、どうやら名雪より料理能では上だと自信を持っていたらしい。みさおも自ら師と仰ぐ瑞佳の料理上手さに憧れていたようで、それを平然と超えられたのはショックだったようだ。2人の呟きを聞いた祐一が得意げに箸を揺らしながら説明してくれる。

「甘いな2人とも、名雪は一見ただの万年冬眠大ボケ娘だが」
「ちょっと祐一、それってどういう意味?」

 名雪が不満げに聞いてくるが、祐一は笑顔でそれを無視していた。

「名雪はこれでもあの秋子さんの娘で、家事全般は秋子さんの直伝だぞ。そんじょそこらの料理上手では対抗する方が無茶なのだ」
「あの、それじゃあ名雪さんは完璧超人なんですか?」

 考えてみれば、名雪には寝る事以外に欠点が無い。運動神経は抜群で香里ほどではないが頭も良いし、性格も良い。おまけにスタイルも抜群で絶世とまでは言わないが物凄い美人だ。軍人としてもMSパイロットとしては超エースで、事務仕事全般に高い能力を示し、目立ってはいないが戦術判断も確かだ。これで家事全般までこなせるとなると、もう対抗のしようがないではないか。

「えうう、人間じゃないです」
「何を言ってる栞、秋子さんは運動神経以外のほとんど全てで名雪以上だぞ?」
「あの人は例外です。もう人類の規格外でしょうが!」

 栞は秋子と較べられる事に恐怖さえ感じてしまう。どうしたらあんな超人になれるというのだろうか。いずれ名雪も秋子の域に達してしまうのだろうか。そう考えると末恐ろしい女である。
 ちなみに、この栞の悲鳴に対して名雪はというと、何とも納得し難い答えを返した。

「そんな事無いよ。私なんて大した事無いよ」
「「嘘つかないでください―――!!」」

 名雪の答えに栞とみさおが絶叫した。名雪が大した事無かったら、自分達はどうなってしまうというのだ。
 2人の反撃を受けて名雪はビクッと身を引いてしまった。そして助けを求めて瑞佳を見る。

「み、瑞佳ちゃん、なんか2人が怖いよ〜」
「あ、ええと、私に言いわれても困るんだけど」

 話の矛先を向けられた瑞佳は困った顔で浩平を見るが、浩平は祐一と何やらあっち向いてホイに興じていて、こっちの事など気付いてさえいなかった。恋人の駄目駄目ぷりに名雪と瑞佳がガックリと肩を落としてしまう。苦労の絶えない2人であった。

 北川と香里は顔を見合わせて苦笑した。香里も北川の隣に腰を降ろし、名雪が作ったという弁当を口に運んで眉を寄せている。

「相変わらず美味いわね。秋子さん並みになってるわ」
「香里だって作れるのに、何で作らないのかな?」
「あたしは料理作っても名雪みたいに食べさせる相手がいるわけじゃないからね」

 些か不満そうに言い返してきた香里を、名雪は彼女らしくないニヤニヤ笑いを浮かべて見ていた。親友のらしくない表情に香里がビクッと肩を震わせている。

「な、何よ名雪?」
「ふーん、香里には作ってあげたい人はいないんだ?」
「い、居ないわよ、決まってるでしょう」
「そうなんだ。じゃあ栞ちゃんも美汐ちゃんも遠慮しなくて良いってことなのかな?」

 からかうような名雪の問い掛けに香里は表情に明確な焦りを浮かべてしまった。しかしそれは一瞬の事で直ぐにもとのポーカーフェイスに戻る。だが、一瞬の変化を見てた名雪には香里の意固地な部分が面白くて仕方がなく、クスクスと笑ってしまっていた。名雪に笑われた香里は憮然としてしまっていたが、口に出しては何も言わなかった。言ってもどうせ遣り込められるだけだと分かっているから。

 そして、最後の客が病院へとやってきた。それに最初に気付いた栞が手を振ろうとして右手を上げた姿勢のままガチリと固まってしまう。そんな栞の様子のおかしさをみて瑞佳やみさお、名雪がそちらを見てやはり同じように固まっていく。
 やって来たのは、天野と久瀬と葉子であった。ただ、3人とも些か様子がおかしい。顔色は悪いし、目の下には大きな隈があるし、何だか全体的にくたびれまくっている。ようするに連日徹夜でやり続けた仕事がやっと終わった後、という風体をなしていたのだ。3人から殺気の篭もった視線を叩きつけられた祐一は、歴戦の経験から得た直感で自らに迫る死の気配を察してしまった。同じようにそれを察した名雪はそそくさと祐一の傍から退散してしまう。何とも薄っぺらい絆だ。
 3人は固まっている一同の所まで来ると、凶悪さを増している目でギロリと祐一を睨んだ。睨まれた祐一は表面平然と、背中には滝のような汗を流しながらその視線を迎えた。

「よう、ご苦労さん」

 この状況でも皮肉な口調で軽口を叩ける祐一は大物だと、3人を除く一同は思った。もっとも、そんな事をすれば相手の怒りに油を注ぐだけなのは明らかなのだが、それが分かっていても言わずにはいられないのが相沢祐一という男であった。

「・・・・・・相沢さん、人に仕事を押し付けてのほほんとピクニックですか?」
「くっくっく、シアン中佐からやっと解放されたと思ったら、またこんな上司とは。僕は呪われているとでも言うのかい?」
「今だけはこの呪わしい体に感謝しますよ」

 露骨に殺気立つ天野と久瀬、そして自分の周囲を不可思議に歪めながら葉子が近付いてくる。祐一はじりじりと後ずさりながら、必死に弁解を始めた。

「ま、待て、落ち着け!」
「良いでしょう相沢さん、せめて言い訳のチャンスくらいは上げましょう」
「あ、あの、天野さん。それで納得してくれなかったらどうなるんでしょうか?」

 祐一の問い掛けに、天野は懐からお札の束を取り出し、久瀬は拳銃の安全装置を外し、葉子の傍にあった木の枝が捻り切れた。それを見て祐一は察した。次の一言を間違えれば、俺は死ぬと。

「さあ、相沢さん、どうぞ」

 天野から最後通牒が突きつけられる。それを受けて祐一は必死に言葉を捜したが、実は何にも言い訳など考えていなかったので、咄嗟にそんな良い知恵が出てくるはずもなく、口に出てきたのは言い訳がましい言葉でしかなかった。

「い、いや、俺がやるより天野たちの方が仕事も速いし、適材適所というか,ねえ」
「・・・・・・面倒だから押し付けて逃げた、の間違いではありませんか?」
「天野、俺がそんな男に見えるのか!?」
「見えないと言って貰えると思っているのですか?」

 まったく、この人は何を言っているのでしょう。とばかりに上官に向けて蔑むような視線を向ける天野さん。この時、祐一は悟った。自分の命運が尽きた事を。

「・・・・・・ふ、天野、1つだけ言いたい事がある」
「何ですか?」
「一応女性なんだから、顔ぐらいは洗ってこような」
「死んでください、今すぐに!」

 3人がかりでボコボコにされていく祐一の惨状を見ながら、名雪は情け無さそうに呟いた。

「祐一〜、どうして直ぐそうやって自分の命を縮めるような事言うかのな〜?」
「そ、それは、俺が相沢祐一だからだ――――!!」

 この男は命よりもボケる事の方が大事なのだろうか。同類である折原浩平だけは涙を流して拳を突き出し、天高く親指を立てて彼の偉業を称えているが、名雪と瑞佳とみさおは頭を抱えて頭痛を堪えていた。

 

 


 月の制宙権をかけた連邦とエゥーゴの戦いは、確実にエゥーゴの敗北へと傾いていた。失った戦力をすぐに補充してくる連邦と、失った兵力を補充できないエゥーゴでは余りにも差がありすぎ、エゥーゴは着実にジリ貧となっていったのである。
 エゥーゴの指導者であるブレックスはこの事態に対処するべく、主だった指揮官達をエゥーゴ本部のあるグラナダに集めていた。その中にはブレックスより高位であるダグラス・ベーダー中将なども居たのだが、ブレックスが指導者という立場は変わってはいない。
 ブレックスは集まってくれた士官達を前に、今の状況を説明しだした。

「現在、我々の置かれている状況は限りなく悪い。これを見て欲しい」

 ブレックスが背後のモニターに月周辺の宙域図を映し出した。更に操作盤を弄り、宙域図に赤と青の色が加わる。赤い色が圧倒的に多い。

「これが現在の月周辺の状態だ。いうまでも無いが赤色が連邦、青色が我々を示している」
「見るだけで気が参ってくるな」

 忌々しそうにヘンケンが呟く。月周辺の制宙権は大半が連邦に奪われており、僅かに都市部周辺と幾つかの航路上をエゥーゴが押さえているというのが現実である。唯一環月方面司令部周辺だけはエゥーゴの制宙権が突出して広がっており、この要塞には連邦軍を手を出しかねている事が分かる。ただ、環月方面司令部も散発的な攻撃は受けており、その圧力がだんだんと強くなっているのは確かだ。
 連邦の弱点は補給線が長い事で、サイド5やルナツーから物資を運んで前線部隊に送り届けなくてはならない。これがかなりの負担で、エゥーゴの通商破壊戦にあって大きな損害を出している。
 言い換えれば、この距離がエゥーゴの命脈を保っていると言える。この差があるからこそ、エゥーゴは補給力の差をどうにか埋めることが出来ているのだ。

「連邦は次々に駆逐艦で編成された小艦隊を送り込んできています。また、MSと戦闘機による戦略爆撃も継続されており、防空力の低い都市は第1階層は居住不能になってきている。これらの都市の住人は最初は連邦軍を激しく非難していましたが、今では我々の不甲斐なさを非難している有様だ」
「我々とて連邦の跳梁を黙って見過ごしているわけではない!」

 ブライトが握り締めた拳でテーブルを叩いて怒鳴った。それは事実だったが、軍事は結果論で語られるものであり、敵の跳梁を許している時点で言い訳以上のものでは無い。
 悔しさに体を震わせているブライトに代わって、隣に座っているヘンケンが口を開いた。その顔には苦々しいというよりも苦衷に満ちている。

「問題なのは連邦が投入しだした新型MSだ。ジムVとゼク・アインの2つだが、これにはネモやリックディアスでは苦しい。かつて連邦がネモに対してジムU数機で対抗したようにこちらも数で対抗したい所だが、残念だがこっちのが数が少ない。今の所は緊急展開軍だけで、他の連邦部隊はそれほど沢山は持っていないようだが、いずれ全てがこれに切り替わるぞ」
「それに付いてはこちらも対抗策を講じている。既に新型MSへの機種転換訓練を終えた部隊がグラナダとフォン・ブラウンで編成に入っている」

 ヘンケンの苦渋に満ちたぼやきに、にブレックスが対策を切り出す。それを聞いてヘンケンとブライトは目を見開いてブレックスを見た。

「新型MSだと?」
「何時の間にそんな物を?」
「ZプロジェクトはZガンダム完成以降も進められていたのだよ。既にZガンダムのデータをフィードバックしたMSや既存機の改良型などだ」

 2人に答えつつ、ブレックスはモニターの画像を切り替える。そこにはこれまで見たことも無い新型機もあれば、見慣れたネモやリックディアスの姿も見える。

「新編された部隊は大きく2つに分けられている。可変MSで編成された高速展開部隊。これは戦場の火消し役として戦場に即座に投入できる戦力となる。これにはメタスをベースにしたメタス改と、ZUで編成される事になっている。もう1つはリックディアスを改良したリックディアスUとネモF型、ネモVを中心として編成される。支援機としてガンキャノン・ディテクターも配備される予定だが、これはむしろ拠点の防空用に使用することになるだろう」

 コストは高いが強力な第3世代MS部隊のMSは、メタス改はこれまで対艦攻撃に使用されていた簡易可変MSだったメタスを強化した機体で、特に防御力と機体強度が引き上げられている。これでMS戦にも対応可能となった上、ハイメガキャノンの搭載で単純な火力では現行機でも最大のものを持っている。ZUは強力なメガビームライフルを装備し、強力な対艦攻撃能力と共にZ並みの対MS戦闘能力を持っている。この2機種は苦戦する味方部隊への増援として戦場に急行する高速部隊となるはずだ。
 これに対し、主力となる第2世代MS部隊は既存機の強化、改修機で編成されている。リックディアスUはリックディアスの性能を強化しつつ生産性とコストを改善した高性能機で、整備性と信頼性も高いというリックディアス系の特徴をそっくり受け継ぐ名機である。もっとも、コストが改善されたといっても完全な主力機とするにはまだまだ高価であり、ネモシリーズに取って代わる事は出来ていない。
 これにネモシリーズの最新型であるネモF型と、火力強化型であるネモVが加わる。ネモ系は火力不足とコスト高が指摘されてはいるものの、使い易く信頼性も高いという事でパイロット達の評判は高い。
 高性能であると兵器として優れているは必ずしもイコールで結ばれるものではなく、例え性能面で見劣りしても信頼性が高く、使い易い兵器を兵士は好むのだ。そういう意味ではエゥーゴのネモ、連邦やティターンズのハイザック、ジムV、マラサイなどは現用主力機として兵士のニーズをほぼ完璧に満たしていると言える。リックディアス、ゼク・アイン、バーザムといった機体群は数が十分でなかったり、一般兵士用としては使い難いなどの問題があるので、その性能の割には評価は今1つとなっている。
 そして、これらの量産機群と一線を画す性能を持つ高級機も存在する。所謂第3世代MSと呼ばれる可変機と、第2世代でありながら第3世代機と対等に渡り合う超高級機である。前者にはZガンダムやガブスレイ、メッサーラやアッシマー、ギャプランなどがあり、後者には百式やガンダムmk−V、ゼク・ツヴァイなどがある。これらはパイロットを選ぶ為、一般兵士では扱えない場合が多い。
 そしてこれらを超える超超高級機も僅かだが存在している。今のところ連邦軍が持っているだけだが、ガンダムmk−X、GP−03系列機といった機体がそれで、これらは現行機を完全に圧倒する性能を持ち、オールレンジ攻撃などの極めて特殊な攻撃手段を持っていたり、単機で一部隊を壊滅させてしまう程の攻撃力を持っている。

 新編されたエゥーゴの新型MS部隊は性能向上が著しい連邦部隊に対して十分な優位性を得られるものと判断されていた。少なくとも開発した設計チームと、これらの機体群をテストしていたパイロット達はその性能に満足しているという。
 だが、ブライトやヘンケンはそれを額面通りに受け取る事は出来なかった。機体性能だけで数に勝てるなら、先のファマス戦役での勝者はファマスだったろう。だが、結果は連邦の勝利で終わっている。そして自分達が相手にしているのはそのファマスを打倒した名将たちと、彼らが率いた軍なのだ。

「それで、その新しいMS部隊は、どれだけの数があるのですか?」
「2個大隊分は編成が終わり、更に3個大隊が編成中だよ」
「たった2個大隊ですか?」

 ブレックスの答えにヘンケンが天井を仰ぎ見た。2個大隊はそれなりの数ではあるが、連邦正規艦隊は1艦隊ごとに4個MS大隊と2個航空隊を保有している。それが2つも月の近くに展開しているのであり、僅か2個大隊では焼け石に水ほどの戦力でしかないだろう。
 だが、ブレックスにはこの戦力で勝算があるらしく、不敵な笑みを浮かべて見せた。

「確かにこの戦力では第3、第4艦隊を撃退するのは無理だろう。だが、痛撃を与える事は出来るかもしれん」
「どうやってです?」

 ブライトが問う。

「地球からは川澄大尉達が帰還している。大尉達にこの部隊を任せ、環月方面艦隊と共に連邦第3艦隊にぶつけようと思う。敵は月面全てを押さえようとして戦力を分散させているから、第3艦隊といえども本隊は20隻程度でしかない」
「旗艦を沈めると?」
「俺が前にやって失敗したことだな」

 ブライトが首を傾げ、ヘンケンが苦々しく過去を振り返る。あの後、連邦は茨の園を占領し、暗礁宙域の掃宙の為の拠点として利用しているという。皮肉にも茨の園に残されていた軍事拠点が戦後処理に生かされているのだ。デラーズ・フリートの将兵がこれを見たらどう思うだろうか。
 右手で顔を押さえていたヘンケンが指の間からブレックスを見た。

「例え20隻でも、こちらにそれを撃破出来るだけの戦力は無いはずだ? 何処から艦を集めるのだ?」
「それについては・・・・・・」

 ブレックスはチラリと視線をテーブルの片隅に走らせる。そこにはこれまで一言も発せず、じっと腕を組んで瞑目しているベーダーがいる。自分の視線を受けても微動だにしないベーダーの態度にブレックスは溜息をつき、連邦軍人のジオンに対する反感の根深さを再確認した気になりながら口を開いた。

「実は、アクシズの先遣隊が地球圏の近くに到達しているのだ。先遣隊は20隻の艦艇を持つアクシズの第3艦隊だが、これが加われば戦力差がかなり解消される」

 アクシズ、という単語にブライトとヘンケンの顔が露骨に引き攣った。2人とも一年戦争に参加しており、ブライトはファマス戦役にも参加している。2人にとってアクシズとはジオン残党の総本山であり、仇敵なのである。
 実の所、家族を一年戦争で失っているブレックスもこの件に関しては穏やかならざる部分があるのだが、自らジオン残党をエゥーゴに取り入れた経緯もあり、あえて自分の意見を封じ込んで今日まで来ている。それに、エゥーゴの結成にはアクシズの協力があったのも確かなのだ。
 これはブレックスを含む、エゥーゴ指導部の一部しか知らないことだが、エゥーゴの結成はアクシズを含むジオン残党の協力がなければ不可能だった。結成そのものはティターンズの興隆の少し後でファマス戦役中なのだが、この頃に地球圏に侵攻して来たアヤウラがアナハイムや反ティターンズ勢力と接触し、エゥーゴの結成に一役買っていたりする。更にアクシズとエゥーゴのパイプを完成させたのも彼だ。いまの地球圏の混乱は、探せばかなりの部分にアヤウラの影を見ることが出来るのだ。後の調査でその事が明らかになった時、人々はこのテロリスト寸前の軍人の能力に驚愕する事になる。

 

 

 エゥーゴが実戦について悩んでいるのと同じ頃、1人の男がフォン・ブラウンにあるエゥーゴ関係の建物に足を踏み入れていた。ここは表向きには中華料理店であるが、その内実はエゥーゴ幹部が非公式の会見を行う場所である。
 そして、今も2人の男がここで会見をしようとしている。1人はアナハイムのメラニー・ヒュー・カーバイン会長。もう1人はティターンズに協力するジュピトリスの大尉パプテマス・シロッコである。テーブルを挟んで向かい合うように座った2人は、一見物腰穏やかに、だが内心では互いへの不信感を満たしながら話し合いを始めた。

「ようこそ、パプテマス・シロッコ大尉」
「会見に応じて頂き、ありがとうございます。メラニー会長」
「ふん、木星開発事業団から打診をしておいてよく言う。木星のヘリウムを材料にされては断る事は出来んよ」

 重要な戦略物資を交渉材料にするシロッコのやり口に嫌悪感を見せるメラニーだったが、シロッコは気にした風も無かった。これは木星側の常套手段であり、地球圏では入手するのがほとんど不可能なヘリウム3を握っている彼らにとっては唯一にして最大の武器だから利用しない手は無い。
 戦略戦において、卑怯などという言葉は存在しない。それが理解できるだけにメラニーには悔しくて仕方が無いのだ。このような若造の要求に屈するしかないという自分達の弱さを衝かれた形になったのだから。

「それで、我々に何を要求しに来たのだ。まさか降伏の勧告に来たとでも?」
「まさか、それでしたら私のような若輩者が送り込まれる筈もありますまい」
「では、何の用があるというのだ?」

 メラニーの目に厳しさが混じり、周囲からの殺気が濃さを増す。この場において、シロッコは自分が招かれざる客である事を承知している筈なのだが、例え表面的だけでも彼は微塵も恐怖や焦りを見せてはいない。その胆力はメラニーも認めない訳にはいかなかった。
 そして、シロッコは実際焦ってはいなかった。今の状況でエゥーゴはともかく、アナハイムが自分に手を出す筈が無いという確信を持っているからだ。

「私は単なるメッセンジャーボーイに過ぎません。ジャミトフ閣下の意思を伝えるだけの、ね」
「それで、そのジャミトフの意思とは?」

 テーブルの上で腕を組みなおし、メラニーは内心の苛立ちを抑えるのに苦労しながらと聞く。自他共に認める古狸である自分がこんな若造の考え1つ読むことができないという事実が更に自分を追い詰めている。
 そしてシロッコは、自分の交渉技術が世界に通用するものであると自負しているだけあり、メラニーの内心の苛立ちを見透かしてしまっていた。彼にとってエゥーゴなど弁舌1つで躍らせる事が出来る程度の相手なのだ。
 もっとも、この辺りの優越感から来る相手への過小評価が彼の若さの発露なのだが、不幸にして彼はそこまでは気付いていなかった。

「近く、連邦によるエゥーゴへの総攻撃が行われます」
「そんな事は知っている。だからこそ我々も迎撃の準備を進めているのだ」
「ですが、エゥーゴだけでの力であの連邦宇宙軍主力艦隊に抗しえますかな。戦力差は数倍でしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 メラニーは口を噤んでしまった。ハンフリー・リビック大将の率いてくる連邦主力艦隊。これは連邦にたて突く勢力全てにとって恐怖の象徴だ。その進撃を阻むのは不可能であり、如何なる戦術を駆使してもその圧倒的な物量に押し潰される以外の運命は存在しない。エゥーゴでも一度彼らに対抗する術を考えようとして、不可能という結論が出されたほどだ。
 そして、ここまで来てようやくメラニーはシロッコが何を言わんとしているかに気付いた。それは最も有り得ない、エゥーゴと自分にとって余りにも屈辱的な提案。

「まさか、ジャミトフは我々を、エゥーゴを支援しようとでも言うのか?」
「流石はメラニー会長。その通りですよ」
「ふざけるな、ティターンズがエゥーゴを助けるだと!?」

 メラニーは何時もの冷静さをかなぐり捨てて激昂した。冗談ではない。これまで、ティターンズの打倒を至上命題として戦ってきた自分たちが、生き残るためにティターンズの手を借りるなど本末転倒も甚だしい。そんなプライドを溝に捨てるような真似は、メラニーに出来る筈は無かった。
 だが、シロッコは激昂するメラニーを右手で制すると、落ち着くように言い、話を再開した。

「確かにこれまでの我々の対立構造を考えれば、受け入れ難い提案だとは思います。ですが、では貴方がたはこのまま理想と共に潔く散ると仰いますかな?」
「むっ」
「メラニー会長、ここは現実を見てはどうでしょう? ジャミトフ閣下はエゥーゴの協力を必要としています。そしてエゥーゴはこちらの提案を飲むだけで生き延びる事が出来るのですよ」
「・・・・・・ティターンズは、クーデターを起すというのか?」
「そうです。今の連邦に世界と人類を引っ張る力はありません。人類には新たな支配者が必要なのですよ」
「理想主義者らしい考えだな。世界を自分が救うというのか」

 メラニーはそう言って皮肉ったが、シロッコの提案を否定したわけではなかった。ティターンズと手を組むなど論外ではあるのだが、確かにこのまま無策に滅びるつもりも無い。だが、月を失ってしまえば自分達は全てを失ってしまうだろう。例えエゥーゴの戦力が残っていても、アナハイムという基盤を失ってしまえばアクシズのように流浪の民となるか、全てを投げ捨てて人々の中に消えていくしかない。そんな屈辱的な生き方はメラニーには出来ないだろう。
 そしてそこに思い至った時、メラニーの中で何かが囁いた。元々形振り構わぬ商売で成り上がってきた自分が、今になってプライドなどと言い出すのは間違っている、と。
 そして、この時メラニーは信じ難い行動にでてしまう。後に歴史を変えた決断と言われ、後世と同時代の人々から非難される事になる裏切りが起きたのである。

「・・・・・・今すぐには決められん。返事は後日で構わんかな?」
「勿論です。ですが、連邦の侵攻が間近であるという事だけは覚えて置いていただきたいものですな」
「それは承知しておる。だが、エゥーゴ内部にも話を通さなくてはならん」

 メラニーの返事に、シロッコは初めて口元に笑みを見せた。それは、メラニーが自分の持ち込んだ提案を受け入れた事を確信する笑みであり、ティターンズ内での自分の立場が強化された事に対する笑みである。ティターンズ内でバスクなどと対抗していかなくてはならないシロッコにとって、こういう時に得点を稼ぐ事は大きな意味を持つのだ。ジャミトフも既にシロッコの価値を認めており、こういった交渉事に彼を多用している。ティターンズには武断的な人物が多いので、シロッコのような存在は貴重なのだ。


 こうして、時代を戦乱の終結と安定へと向かおうとした流れから、今まで以上の混乱へと叩き込むことになる会談は集結した。後世において、戦史研究者たちはこの時に内戦は終わり、グリプス戦争が始まったのだとしている。



後書き
ジム改 今日は書くこと無いな
栞   待ってください、私の出番は!?
ジム改 今日は無し。本編で出てたから良いだろ
栞   私もmk−Xに乗れませんかね
ジム改 インコムでもNTが乗った方が強いのは確かなんだけどね
栞   じゃあ乗りたいです
ジム改 ま、考えておこう