第26章  演習の影に蠢くのは…

 

 地球連邦宇宙艦隊の出撃が間近に迫っているこの時期、各地で連邦とエゥーゴ・カラバの激突は激化しており、まるで一年戦争中期の膠着期のような消耗戦が行われている。そんな時期に、何故かぽっかりと戦闘空白地帯と化してしまったサイド5では、月への総攻撃を控えて訓練に余念がなかった。特に今日は艦隊を2つに分けての総合演習が行われる事になっている。
 秋子は臨時旗艦となっている新型巡洋艦のクラップ級巡洋艦タナトスからこの演習を観戦する事になっており、双方数十隻の艦艇を動かす演習を楽しそうに見守っている。

「楽しみですね、双方ともどれだけの用兵を見せてくれるでしょうか」
「ブルーはオスマイヤー少将が率いておりますが、レッドの方は宜しいのですか?」

 ジンナ参謀長が今回の演習のプランに納得がいっていないようで、訝しげな声を秋子に向けてくる。
 だが、ジンナの懸念も当然と言えるだろう。ブルーはオスマイヤーを司令官としてバーク、エインウォース、モースブラッカー、シドレと緊急展開軍を支えている分艦隊司令官が勢揃いしており、彼らが直接指揮する部隊で艦隊を編成している。訓練度も実戦経験も申し分無い戦闘集団である。MS隊にも祐一を中心とする緊急展開軍の古参幹部が揃っており、侮れない陣容を誇っているのだ。
 対するレッドは斉藤を指揮官とし、みさき等の新参者の指揮官ばかりで編成されている。MS隊はMS隊司令として同行している北川に預けられている。数の上でも人材の充実度でも比較しようが無いほどの差が開いていると見えるのだ。
 
 だが、秋子はこれが良い勝負になると考えているらしい。その顔には楽しそうな笑みが浮かんでいる。

「斉藤さんを侮るのは危険ですよ」
「ですが、彼はファマス戦役でも今でも10隻前後の部隊を率いている身に過ぎません。それがいきなり30隻の艦隊を纏めるなど、無茶ではありませんか?」
「咄嗟の判断で20隻以上の艦隊を纏めた経験もありますよ」
「オスマイヤー提督の艦隊は50隻です。これだけの数の差が合って勝負になると思いますか?」
「うふふ、参謀長も一度、斉藤さんの指揮振りをしっかりと見ておいたほうが良いですよ。彼は私が知る限り、最高の用兵家ですから」

 何時もの笑みを浮かべて秋子はジンナの懸念に答える。ジンナは「はあ」と気の抜けた返事を返してメインスクリーンに視線を向ける。斉藤の実力を噂でしか知らない彼には、外見印象だとうだつの上がらない何処にでも居る艦長にしか見えない男がそれ程の名将には思えなかったのだ。
 まあ、これはジンナだけの印象ではなく、実際に斉藤と用兵を競った経験を持たない者に共通する印象なのだが。斉藤と共に戦った経験を持つみさきたちはその実力に全幅の信頼を置いているし、彼の策に嵌って敗北した事のあるエニーなどは「私の部下に寄越せ!」と人事局に掛け合った事もあるほどだ。
 秋子は自分の指揮下に組み込んだものの、今ひとつ評価の低いこれらのファマス上がりの士官たちの実力を一度はっきりと見せ付けようとしていたのだ。最も、その割には用意した部隊は強大であり、指揮官達も全て信頼する将官で固めるという徹底振りであり、むしろ斉藤たちが勝てると考える方がおかしい陣容なのだが。

 

 

 この演習に挑むに当たって、斉藤は指揮下に入った面子を前に苦笑を隠せなかった。そこに居るのはいずれもファマス戦役時代に顔を合わせた事のある者ばかりだったからだ。特にみさきとは長い付き合いをしている。

「やれやれ、まさかまた君達と戦う事になるとはな」
「斉藤さん、一応これは演習なんだけど」

 みさきのツッコミに斉藤は「なるほど」と頷き、端末を操作して演習予定宙域を映し出した。そこはデプリも少なく、隠れる場所が少ない典型的な航行可能宙域である。

「まったく、こっちは数が少ないってのに、こうも隠れ場所が少ないんじゃやってられんな」
「でも、負ける気はないんでしょう?」
「まあな、相手はオスマイヤー提督だ。相手にとって不足無しだ」

 みさきの問いに、斉藤は愉しげに口元を歪めた。ファマス戦役時代から同格の指揮官であり、緊急展開軍で再会して旧交を温めている2人の間には格差などは無い。そして、もう1人が口を挟んできた。

「みさき、茶化すんじゃないの。斉藤艦長も悪乗りしないで下さい」
「むう、すまん深山中佐」

 3人目の中佐である雪見が話をもと戻そうとする。雪見に叱られると逆らえないみさきは直ぐに引っ込み、斉藤もばつが悪そうに作戦説明に戻る。

「オスマイヤー提督は水瀬提督と同じ正攻法を好む提督だが、艦隊を使う事にかけては多分緊急展開軍の提督の中で一番バランスの良い名将だ。おかげで弱点をつくっていう戦法は使えそうも無い」
「じゃあ、少数部隊に分かれて奇襲を繰り返す?」

 みさきがファマス時代に繰り返し使った戦法を提案し、他の指揮官達も頷く。機動力を生かした戦法こそ自分達の戦い方だと確信しているのだ。だが、斉藤はあえてそれに異を唱えた。

「いや、今回は少数部隊での攻撃はしない。オスマイヤー提督はファマス戦役を水瀬提督の下で戦い抜いた人だからな。多分こっちがそう出てくる事を予想しているだろう」
「じゃあ、正面から戦うの?」
「いや、その辺りはちょっと考えがある」

 斉藤が同席している久瀬に目配せをすると、久瀬は頷き、上官である北川と共に操作パネルを弄って戦術スクリーン上に幾つかの光点を表示させた。

「これはMS隊の配置図です」
「配置図って、これだとMSが単独で動いてるように見えるんだけど?」

 雪見が久瀬に問うと、久瀬は大きく頷いた。

「そうです。MS隊は防宙隊を除き、全て艦隊から離れてもらいます」
「そんな、MSの推進剤じゃ帰ってこれなくなるわよ!?」

 雪見は驚きの余り声を荒げてしまった。みさきも口には出していないが、見えていないはずの目を見開いて驚きを表している。それを見て久瀬と斉藤が同時にくぐもった笑い声を漏らし、北川が肩を竦めてしまった。

「まあ、その辺りは北川大尉に説明してもらおうか」

 斉藤に指名された北川はみさきたちに自分の案を説明した。

「ファマスじゃ使われていませんでしたが、機動艦隊じゃスペース・ジャバーを大量投入してMSの機動力と航続距離を増やすという作戦が使われてました。これを今回も使おうと思います」
「ベース・ジャバーを使おうと言うの?」
「はい。ベース・ジャバーでMSをこれらの宙域に待機させ、可能な限りのエネルギー反応を消して隠れさせます。後は艦隊が敵を何とかこの宙域まで引きずり込んで、周囲から一気に襲い掛かります」

 北川の操作に従ってブルーを示すシンボルがMS隊の布陣内にまで移動し、そこでそれまで点滅していなかったMS隊のシグナルが点滅し、一斉にブルーのシグナルに襲い掛かった。

「これって、宇宙での縦深陣地を作るって事かしら?」
「はい」

 布陣から2人の意図を読み取った雪見の問いに、久瀬が頷いた。宇宙において縦深陣地を作るというのはほとんど前例が無い事だが、全く無かったわけでもない。一年戦争終盤やファマス戦役で幾度か行われた要塞攻防戦において、守備側が採用した事があるのだ。だが、これは守備側に十分な兵力がある場合の話で、宇宙空間での遭遇戦で、しかもこれほど少数で縦深を敷くなどというのは前例が無い。
 斉藤もこの作戦を承知しているのだろうが、これはみさきや雪見の意表をつく作戦だった。みさきたちは今回もファマス戦役で多用した機動防御を行うのだと思っていただけに、まさかこんな作戦を立てているとは想像もしていなかったのだ。

「でも、縦深の奥に敵を引き摺り込めなかったら意味ないよね?」
 
 だが、この作戦を聞いてみさきが笑顔できつい事を言ってくれた。それを聞いて久瀬と北川は苦笑し、斉藤は渋面を作った。

「まあ、そこは斉藤艦長の腕の見せ所ですね。頑張って下さいとしか言えません」
「でも久瀬君。この作戦、もう1つ問題があるでしょ?」
「さすが川名中佐、気付きましたか」

 久瀬は素直にそれを認めた。そして少し困った顔で斉藤を見る。

「この作戦は敵を先に見つける事が絶対条件です。これは攻撃力の確保よりも重要な事です。もし敵に先手を打たれれば、戦力を分散した我々は各個撃破の見本となってしまうでしょう」
「今回の演習では情報収集艦は使わせて貰えないからな。あるだけの早期警戒機で索敵を行うしかないだろう。場合によっては艦隊の守りを薄くしてでも索敵機を増やす。二重、三重の索敵網で必ずオスマイヤー提督を見つける」

 この場に居る全員がファマス戦役で索敵の重要性を学んでいたので、斉藤の考えに反対する者は居なかった。広大な宇宙では敵を発見する事が難事であり、レーダーが大して役に立たなくなっている現代戦では索敵は重要な任務となっている。一年戦争のソロモン戦では、ソロモン側は最後まで連邦主力艦隊の位置を掴めず、ソーラーシステムの使用をむざむざと許しているが、これはミノフスキー粒子下での索敵の困難さを如実に物語っている。逆に連邦側は軌道計算でソロモンの位置を正確に把握する事が出来ていたので、最後まで自分のペースで戦う事が出来た。
 これがファマス戦役では要塞まで到達する途中で幾度もファマス艦隊の襲撃を受ける事になるのだが、その大半は要塞までの航路上であったり、目印となる小惑星群のそばだったりである。広大な宇宙では航路から外れる事そのものが自殺行為であり、一度座標を見失えば帰る事が出来なくなり、空しく漂流という運命を辿る事となる。よって両軍の戦闘は航路上での遭遇戦となるのが常なのだが、この航路上に限定されてさえ索敵は困難を極める作業なのである。

 

 

 こうして斉藤隊の作戦は決したが、対するオスマイヤー艦隊の方では意見が割れてしまっていた。斉藤の実力を知るオスマイヤーはレッドを少数とはいえ侮る事は出来ないと言い、先の暗礁宙域での見事な指揮振りを知る諸提督もこれには反論しなかったのだが、その後で意見が対立していたのだ。
 オスマイヤーは何でも出来る万能型であるが、ファマス戦役時代から秋子の下で幾度も斉藤やみさきと戦った経験を持つだけに2人の恐ろしさは熟知しており、数の利を生かしての正攻法を主張し、敵を早く見つけて全軍でこれを叩き潰す事を主張したのだが、バークやシドレ、モースブラッカーといった提督が反対したのだ。彼らの戦法は機動力を生かした機動攻撃であり、全軍を纏めたままでの攻撃では機動力が殺されるというのだ。
 オスマイヤーは伝統的な艦隊戦指揮官であるのに対し、彼らは高速部隊指揮官だという性格の違いがこの対立を呼んでいた。秋子はこれらの高速部隊にはある程度の自由行動を認めており、鈍重な戦艦部隊と一緒に動かすという事はしなかったため、これらの提督には戦艦部隊の側面を固めろというオスマイヤーの指示が不満だったのである。勿論艦隊戦となれば定位置を離れての行動が認められてはいたが、戦艦同士の砲戦が始まってからでは最大の武器である高速性能を発揮させても容赦のない艦砲射撃に晒される事は避けられず、防御スクリーンを持たない駆逐艦には分の悪い勝負になってしまうのだ。
 オスマイヤーは駆逐艦部隊を敵駆逐艦への迎撃部隊と考えていたので、バークらの不満が理解できなかったのである。

 この為に作戦決定は難航したのだが、最終的には上官であるオスマイヤーにバークたちが従う事で決着がついた。艦隊は一丸となって行動し、予想されるレッド部隊の襲撃に備えるとされたのだ。このレッド部隊は間違いなくファマス戦役においてファマスが使用した突撃戦法を採用するだろうと考えられており、バークたちにはこれに対する迎撃が期待されていた。
 この決定を聞かされた祐一はパイロットルームで主だった部下達にこの事を聞かせ、自分達の仕事は艦隊防空になりそうだと伝えた。だが、それを聞いた天野は少し不安そうな顔で祐一に質問をぶつけてきた。

「相沢さん、斉藤艦長は本当にそんな機動戦を仕掛けてくるでしょうか?」
「どうしてそう思うんだ、天野?」
「いえ、ファマスが一撃離脱の突撃を繰り返してきたのは、基本的に艦隊戦をするだけの戦力が無かったからだった筈です。ですが、今回の斉藤艦長にはこちらの6割の戦力があります」
「でも、それでも少数だろ?」
「ファマス戦役の頃に較べれば僅かな差ですよ。斉藤艦長は何時も数倍の敵と戦ってきたんですよ」

 言われて見て祐一は考えてしまった。確かにこちらの6割というのは少ない兵力だが、斉藤たちは何時も半数以下の戦力でこちらを翻弄してきていたのだ。その斉藤たちが十分な戦力を得たとなると、どういう手に出てくるのだろうか。

「……レッドは真っ向勝負を挑んでくるかもしれないと言うのか?」
「そう考えます。向こうには2隻のノルマンディー級もありますから、砲戦でもそう簡単に負けたりはしないはずですから」

 ノルマンディー級の名を出され、その場に居るパイロット達が渋い顔になった。ノルマンディー級はバーミンガム級と真っ向から撃ち合う事が可能であり、ファマス戦役ではこれ1隻と対決したサラミス1個戦隊が撃ち負け、全滅した事さえあるのだ。オスマイヤーが座乗しているラーカイラムといえども、これと砲戦をすれば負けると言われている。
 だが、それでも真っ向から勝負を挑んでくるかと問われると、誰もが首を傾げてしまう。あの戦上手の斉藤が何も考えずに真っ向からの砲戦を挑んでくるだろうか。

「……なんか、腑に落ちないよなあ。名雪がビームサーベルで格闘戦してるくらいに違和感があるぞ」

 その例えにその場に居る全員が頷き、名雪が頬を膨らませて抗議してきた。

「ちょっと祐一、それって私には格闘戦は出来ないって事?」
「出来ないだろ、お前?」
「そんな事無いもん。それは、祐一に較べたら弱いけど、新人の子達に較べたらずっと上手いよ!」
「お前、個人撃墜数42機のうち、格闘戦で落としたのは何機だ?」
「…………」

 1機もないので、黙ってしまう名雪だった。
 だが、実は名雪、ファマス戦役における個人撃墜スコアではTOP5に入ってしまっているのである。指揮官である祐一は個人スコアを上げるよりも部隊の掌握と指示を出す事に努力を振り向けないといけないのでファマス戦役におけるスコアは意外と低いし、サイレンのエースたちは敵エースへのカウンターに使われていたのでやはり個人スコアは低い。だが、名雪は祐一の下で狙撃に専念していた為、馬鹿みたいにスコアを伸ばしていたのだ。ぶつかる前に名雪が敵機を何時も3機前後は減らしてくれるので、祐一の大隊はわりと楽をさせてもらっていたりする。
 祐一の手元には今回の演習に参加した部隊として緊急展開軍最強の天野大隊がある。しおりん軽騎隊とかいう部隊もあるが、あれは今回参加していない。というか、流石の祐一もあれを使う事には二の足踏んでしまうのだ。戦争に卑怯もクソもあるか、というのは分かっているが、あれを使うのはパイロットとして納得していないのだ。ジャブロー降下を目指したエゥーゴがこれに襲われ、迎撃に出た部隊が何の抵抗も出来ずに蹴散らされる様を目の当たりにしているのだから。あれはもう戦闘と呼べるものではなかった。
 その栞は今日はマークUで参加しており、みさおと一弥を纏めている。他にもあゆ、中崎といった面子が参加している。七瀬はサイド5守備隊から離れては居ないので不参加だが、一弥は特別に守備隊からの参加になっている。みさおは浩平の元から秋子の直訴してこっちに来たらしい。その裏に名雪と瑞佳の影を見た祐一は直ぐに承認したりしていた。

「まあ、余り負けることは考えなくてもいいと言いたいんだが、正直MS戦はきついかもなあ。天野の部隊はともかく、向こうには北川と久瀬が居る」
「だよねえ。2人とも出鱈目に強いからねえ」

 名雪もうんざりした顔で同意した。ファマス戦役における3大MS部隊指揮官である久瀬、北川、佐祐理のうち、2人が向こうに居るのだ。優秀な指揮官に率いられた部隊は桁違いの強さを見せる事は常識であり、久瀬にいたっては3倍の敵を食い止められるとまで言われるほどの名指揮官で、戦場の魔術師の異名さえ持っているのだ。
 そして、向こうには浩平と瑞佳、澪と香里、葉子が居るのだ。流石にあゆと戦えるような腕の持ち主は居ないのだが、総合的には向こうの方が強い。しかも、向こうには最強のパイロットであるみさきが居るのだ。今回ではさすがに無いだろうが、本気を出したみさきはあのシアンが絶対に負けると言い切るほどの強さなのである。正直言ってあゆでも負けるだろう。

「でもまあ、今回の北川はノルマンディーからは出れない体だ。今回の北川大隊はそれ程怖がる必要は無いさ」
「まさか、北川さんがもう退院してくるとは思わなかったです」
「そりゃそうだな。俺だって体をコルセットで固めたあいつを見たときは流石に目を疑ったぞ。まあ、MSには乗らないって聞いたから仕方なく頷いたけどな」

 北川は今回は作戦士官としての参加なのだが、これも病院から無理を言って飛び出してきたもので、本来ならベッドの上に居る筈の人間である。だが、北川がMS隊司令と作戦参謀を兼任したという事を祐一はかなり警戒しているらしく、その脅威を繰り返し部下達に強調している。
 機動艦隊時代においても北川はシアンと並んで戦術の先駆者であり、スペース・ジャバーを用いてのMSの長距離輸送による高速展開という思想は、現在では戦術の一つとして確立されているのだが、皮肉な事にそれは連邦よりもエゥーゴで多用されている。秋子を初めとする連邦の提督たちは巡洋艦とMS1個小隊を組み合わせた戦術単位を多数用意する事で対処する選択をし、サラミスの改装を進め、新型戦艦、巡洋艦の建造を進めたのである。その回答がラーカイラム級戦艦であり、クラップ級巡洋艦だった。
 この複数の艦隊を整備し、あらゆる宙域に艦隊を即座に展開できるようにするというのが秋子とリビックの思想であり、連邦宇宙軍はまさにその為の整備をされてきている。おかげで緊急展開軍という大規模な遊撃部隊が誕生し、主力MSの開発も進められたのだ。ただ、その結果として連邦軍は可変機に対しては冷淡となってしまい、エゥーゴやティターンズが続々と第3世代MSを開発、配備していく中で、連邦だけは黙々と第2世代MSの開発を続けている。連邦が所有する可変機は空軍のアッシマーを除けば、僅かにルナツーと第1艦隊にガブスレイと、新型のハンブラビが少数配備されている程度である。
 秋子やリビックの可変機への無理解が連邦宇宙軍での可変機開発を阻害したとも言えるが、これは実戦においては複数の艦隊を維持できるという連邦軍の強大さのおかげで大した問題とはなっていない。エゥーゴにしてみればちょっとした戦闘に巡洋艦部隊を投入してくる連邦の物量に羨望の叫びを上げているのである。

 そして、堅苦しい作戦会議を終えた祐一はやれやれと方の力を抜くと、目の前に居る長年の友人達に改めて1つの指示を出した。

「相手はかなり手強いぞ。悪いがあゆ、中崎、栞、みさお、一弥は敵エースへのカウンターとして投入させてもらう」
「サイレンの再来ですね」

 栞が古巣の名を持ち出した。だが、みさおと一弥はサイレンの名を聞いて何だか複雑な表情をしている。それを不思議に思った栞がどうしたのかを問うと、一弥が少し困った顔で答えてくれた。

「いえ、僕達からしてみれば、サイレンは一番厄介な相手でしたから」
「あ、そういえばそうでしたね。私達って何度も一弥君たちと戦ったんでした」
「そうですよ。おかげで僕達がどれほど苦労した事か。栞さんたちには分からないかもしれませんが、機動艦隊ってのは僕達には死神にも等しかったんですよ。エース級が3機がかりで袋叩きにしてくるんですから」

 一弥が恨みがましい目で栞を見る。みさおも当時の事を思い出したのか、何だかムッとした顔をしている。栞たちには分からない事だったが、機動艦隊のパイロット達はこの3機一体の集団戦法を徹底して叩き込まれ、完璧とも言えるチームワークを見せる事に特徴がある。考案したのはシアンだったが、ようするに腕が悪くても3機がかりなら普通は勝てるし、生き残れる。という当り前の理屈を推し進めた結果が、いつの間にか無敵の戦闘集団を生み出してしまたのである。実はシアンもここまでの効果を発揮するとは想像しておらず、その結果に驚いたのである。
 この戦術は現在も祐一や佐祐理に継承されており、エゥーゴやカラバを恐怖のどん底に叩き込んでいる。エゥーゴでも機動艦隊出身のパイロットがこの陣形を試みた事があるのだが、結局それは3機のMSの集団にしかならず、3機一体の動きには達しなかったのだ。この戦法には技量よりも訓練に費やした時間のほうが重要だという事である。

「でもまあ、味方となった今では心強い限りですが、相手がなあ」
「お兄ちゃんに瑞佳さんに澪さん、葉子さんですよ。はっきり言って私達じゃ相手になりません」

 弱音を漏らすみさおと一弥。シェイドが情けない事を言うなと言われるかもしれないが、実際に向こうのほうが強いのだから仕方が無い。特に瑞佳は最強レベルのNTなので手に負えない強さを誇っている。癖が無く、どんな距離でもどんな戦い方でも戦える万能パイロットなのでタチが悪いのだ。

「まあ、その辺りはあゆに任せよう。化け物には化け物をぶつけるのが俺達のやり方だ」
「祐一君、化け物は酷いよ!」

 化け物呼ばわりされたあゆが頬をパンパンに膨らませて抗議してくるが、周囲にいる全員が何言ってんだこいつは、という目で見てきたので、たちまち涙ぐんでしまった。

「まあ、あゆの戯言はさておいて」
「うぐぅ、さておかないで」

 涙目で抗議してくるあゆを爽やかな笑顔で無視して祐一は話を続けた。2人の掛け合いに慣れてしまっている面々は気にもしなかったが、まだ毒されていない真人間であるみさおと一弥は気の毒そうにあゆを見ていた。

「あゆは俺達の中で最強のカードだ。機体も今回の演習にあわせて俺と同じガンダムmk−Xが用意されたし、相手が長森さんでも鹿沼さんでもまず勝てる」
「でも、もう1人はどうするの? 祐一は指揮官だから、後は中崎君か栞ちゃんだよ?」
「ちょっと名雪さん、何ですかその残り物みたいな表現は!?」
「まあ、俺があの2人を相手にできるとは思えないからなあ」

 栞がプライドをかけて抗議し、中崎が自分の実力を考えて頷いている。しかし、名雪の言う通り、あの2人を相手に栞や中崎では対抗は無理だろう。かと言ってあゆ1人では流石に無理がある。経験不足なみさおと一弥は既に数にさえ入っていない。
 祐一も手駒の不足だけはどうにも出来ないので、この件に関してはこれ以上考える事はしなかった。

「まあ、その辺りには数で対抗するさ。天野の部隊から幾つか小隊引き抜いてぶつければどうにかなる。みさきさんじゃないんだからな」
「あの人が出てきたら私は迷わず逃げますよ」

 みさおが真顔で答えてくれたので、祐一はどう返したら良いかと暫し考えこんでしまった。

 

 


 観戦している秋子からは両軍の配置状況が手にとるように分かる。これで会戦したら分からなくなるだろうが、双方の考えが秋子には大体読めていた。既に手元には双方の作戦案の叩き台が届けられている。それに目を通した秋子は数度頷き、視線を戦術スクリーンに向けた。

「オスマイヤーさんは無理をしない方針のようですね。斉藤さんはかなり無理をするつもりのようですが。この細かい作戦は久瀬さんか北川さんでしょうか」
「提督、双方の作戦はともかく、これは些か酷いのではありませんか?」
「あら、そうですか?」

 ニコニコと笑いながら小首を傾げて見せる秋子に、ジンナは大きな溜息を吐きつつ戦術スクリーン上に表示されているもう1つのシグナル。グリーンを見た。

「幾らなんでもやり過ぎです。オスマイヤー提督も斉藤中佐も後で絶対に抗議してきますよ」
「あら、これ位の事でオスマイヤーさんは怒ったりはしませんよ。むしろ何時私の考えを読まれるかと、ちょっとヒヤヒヤしてるんです」
「それは、オスマイヤー提督も大変ですな」
 
 秋子と付き合うのは大変な事だということを、ジンナも短い付き合いながらしみじみと実感していたので、彼女とファマス戦役からずっと付き合っているオスマイヤーには同情の念を禁じえないのであった。

 

 演習の開始の信号弾が上げられると同時に、双方はそれぞれの作戦案に従って行動を起した。双方共に偵察機を放って相手の捜索を開始する。既にお互いにミノフスキー粒子を散布しているのでレーダーが役に立たず、接近しての光学索敵と熱源探査に頼る事になる。
 お互いに先手を取るべく多数のMS、航宙機を索敵機として放っていたが、ブルーの22機に対して、レッドは保有機数で劣っているにも拘らず42機を放っていた。この辺りは索敵に対する意気込みの差と言えるだろう。
 だが、この索敵は双方が考えていた以上に難事だった事が直ぐに判明した。索敵の重要性を理解していた筈の斉藤の予想さえも超えるほどに、広大な宙域のどこかに居ると思われる艦隊を探すのは難しかった。ソロモン戦で守備側が連邦の動向を最後まで掴む事が出来ず、要塞のすぐ傍に来るまで何も出来なかったという故事を思い出させる。
 斉藤は索敵機から届けられる「敵影無し」の報の連続に苦みばしった顔になってしまった。

「参ったな、まさかここまで見つけられんとは」
「索敵機を増やしますか?」

 副長の提案に斉藤は首を横に振った。既に限界とさえ言えるほどの数を出しているのだ。ここで更に索敵に兵力を割けば攻撃力が不足し過ぎるだろう。だが、この斉藤の判断に北川が異を唱えた。

「いえ、ここは索敵機を出すべきだと思います」
「大尉。だが、これ以上アヴェンジャーを出せば、対艦攻撃機が不足しすぎるぞ」
「まずは発見する事です。見つけることが出来なければ、どれだけ戦力を残していても意味は無いんです」

 北川の進言に斉藤は暫し考え込んだ。まず見つけることだという北川の主張も誤りではないのだが、戦力が不足すればその後の艦隊戦で押し切られる可能性もある。だが、もし先手を取られて側面、ないし背面に回り込まれたら一方的に殲滅されてしまうだろう。
 悩んでいた斉藤は、遂に決断した。まずは先に敵を見つけることだ。

「1個飛行隊を索敵機として出そう。味方の索敵線と重なるように出して、見落としてないかどうかを探させるんだ」

 斉藤の決断に、北川は黙って頭を下げた。この決断がレッド隊に福を呼び込む事となり、斉藤はブルーの位置を知る事が出来たのである。ブルーは斉藤の予想したとおり、味方の索敵機の捜索ライン上にいたのである。この時の経験から水瀬艦隊では索敵の回す兵力を分厚くする事になる。

 そして先に発見された事に気付く事も無く、予定進路を維持しているオスマイヤーは、何とも言えない面白く無さそうな顔でじっと正面の宙域を見続けている。それに気付いた副官が声をかけた。

「提督、どうかしましたか?」
「うん……この演習、どうにも引っかかるんだ」
「引っかかると言われますと?」
「あの水瀬提督が、確かに面倒ではあるが、こんな単純な演習を仕組むというのがどうもな。何か良からぬ企みをしてるんじゃないかという気がしてならん」
「良からぬ企み、ですか?」

 この副官もオスマイヤーと共に長年秋子と付き合ってきた身だ。ジャムの洗礼を受けたのも1度や2度ではない。そのこれまでの経験に照らし合わせれば、確かに上官の危惧も最もだと頷けてしまう。自分達が敬愛する司令官殿は、部下を鍛える事に関してはとことんまで意地悪になれる人なのだ。
 この演習の影に不穏なものを感じてしまった副官は胃の辺りを押さえ、オスマイヤーと同じような苦味ばしった顔になった。

「確かに、嫌な予感がしますね」
「ああ、絶対に何かあるぞ」

 それは恐らく目の前に居るはずの敵よりも遙かに厄介なものに違いない。オスマイヤーは疲れを感じながらも、秋子が罠を用意しているはずだという事だけは常に頭の片隅に入いれて置くように心がける事にした。



後書き
ジム改 久々の訓練だ。いや、実際は何時も訓練してるけどね
栞   私は今回もマークUですか
ジム改 演習でデンドロなんかホイホイ使えるかい
栞   でも、みさきさんが出てきたりはしないですよね?
ジム改 安心しろ。彼女は特性上戦闘は滅多に出来ん
栞   一度本気出すとしばらくMSには乗れないんですよね
ジム改 そう。まあ、手抜き状態でもシアンと渡り合えるけど
栞   だから無茶苦茶なんですよ
ジム改 でもこの状態なら天野大隊から1個小隊ぶつければ勝てるぞ
栞   ちなみに、私はどれ位?
ジム改 正規兵の乗ったリックディアス2機かな
栞   強いのか弱いのか分からないです?
ジム改 実戦では同格の機体を2機同時に相手取れるってのは凄い技量だよ
栞   でも祐一さんは3機相手にできるんでしょう?
ジム改 祐一はお前より強いからな
栞   ……………
ジム改 どうした?
栞   私にもNT専用機を下さい!!
ジム改 デンドロ乗れるのに何が不満だあ!?