第27章 最後の参加者 


 オスマイヤーの放った索敵隊は敵を発見できないままに時を費やしていたのだが、遂にオスマイヤーの前に斉藤の放ったと思われる艦隊が姿を現した。それは艦隊周辺に展開していたピケット部隊の駆逐艦に発見され、オスマイヤーに報告されている。
 報告を受けたオスマイヤーは、自分達の傍を航行している敵艦隊に首を捻るしかなかった。

「僅か4隻だと?」
「はい。それも足の長いリアンダー級4隻の巡洋艦部隊です。レッド側の戦力を考えればこれはかなり有力な部隊と言えますが……」

 報告をした参謀長も当惑気味だ。戦力の分散は各個撃破の良い的となってしまう。それが分からないほどに斉藤は無能な指揮官ではない筈だ。それならばこれは陽動か、さもなければ囮という事になるのだが、それにしては戦力の割き方が中途半端である。

「普通に考えれば囮でしょうが、この数では囮の役も出来ないでしょう。斉藤中佐は何を考えているのでしょうか?」
「今は情報が少なすぎるな。せめて敵の主力の位置が知れればまだや
り様があるのだが、どうするか」

 顎に手を当ててオスマイヤーは考え込む。陽動か囮なのは間違いないだろうが、斉藤は何を狙っているのだろうか。こちらの戦力を分断する事で各個撃破を狙っているのだろうか。それともあれを追う事でこちらを何らかの罠に引きずり込むつもりだろうか。

「……追うのは危険、か」

 敵が何を考えているにせよ、数を分散させない限り負ける事は無い。そう考えたオスマイヤーはこの巡洋艦4隻を無視する事にした。主砲の射程に入ってくるようなら総力を挙げて叩き潰すが、そうでないなら無視すれば良い。
 そう決断すると、オスマイヤーは予定の進路を進撃する事を部下に伝えた。隣にいる4隻は近付かない限り放っておくことにしたのだ。だが、これにはバークとモースブラッカーが抗議してきた。敵がすぐそこにいるのに、どうして放置するのだと。
 この抗議を艦橋で受けたオスマイヤーは、自身に忍耐の二文字を課して2人の説得を始めた。

「バーク、モースブラッカー。斉藤は水瀬提督もリビック長官も認める用兵家だ。ここは迂闊に兵力を分散するべきではない」
「何を言われる。たかが4隻ではないですか。私に任せていただければすぐに始末して御覧にいれる」

 モースブラッカーが自信ありげに断言して見せた。彼の手勢はそれぞれ4隻の巡洋艦と6隻の駆逐艦なので巡洋艦4隻などすぐに片付ける事が出来るだろう。だが、もし始末に手間取り、戦力を削ぎ落とされた状態で斉藤の主力とぶつかったらどうなるか。オスマイヤーはそれを恐れていたのだ。

「まあ待てモースブラッカー。慌てなくても斉藤はいずれ必ず我々の前に現れる。戦うのはその時でも遅くはあるまい」
「ですが、敵がすぐそこに居るのに黙って放置しておくのでは士気に関わりますぞ。敵は叩ける時に叩くべきです!」
「私も同意します。それに、4隻といえど放置しておけばどのような障害になるか分かりません」

 2人とも勇将であるだけに、敵を前にすると些か我慢に欠ける所があるらしい。これを御するのがオスマイヤーに与えられた仕事の筈なのだが、2人ともオスマイヤーの静止を聞く様子は無かった。暫し意見をぶつけ合わせたオスマイヤーは、とうとう諦めの溜息を吐き、2人の意見を受け入れた。

「分かった、モースブラッカー、君に任せる。だが深追いだけはするなよ。各個撃破されたくは無いからな」
「分かっています。それでは!」

 敬礼を残してモースブラッカーがスクリーンから消え、次いで残念そうにバークも消えた。オスマイヤーはやれやれと指揮官席に腰を降ろし、疲れたように目頭を押さえた。

「やれやれ、総指揮官なんかになるものじゃないな。俺には艦隊副司令官が分相応らしい」
「提督、宜しいのですか? もし川名中佐の隊にでもぶつかれば逆に全滅する危険がありますよ」
「流石に引き際くらいは心得ているだろう。念の為、モースブラッカーが離れ過ぎないよう、連絡を密にしておけ」

 モースブラッカーが孤立して帰れなくなる可能性も考慮しつつオスマイヤーは指示を出した。だが、それから僅か10分後、モースブラッカー隊との通信は途絶したのである。

 

 

 モースブラッカー隊10隻が本隊から離れて自分たちの方に来たのを見て、みさきはしてやったりという顔をした。オスマイヤーの予想した通りこの4隻は陽動部隊だったが、オスマイヤーが間違っていたのはこの部隊は充分過ぎるほどの攻撃力を備えていたということである。
 この陽動部隊を率いていたのは何とアプディールに居る筈のみさきであった。オスマイヤーもみさきの存在を警戒していたのだが、みさきの旗艦はアプディールだと考えていた為、まさか巡洋艦に移っているとは思わなかったのだ。
 そしてこの艦隊にはみさきの指揮下にあって主力とも言える浩平、瑞佳、澪の3人が揃っていたのだ。

「とりあえず、敵を引き離すよ。予定通り後退して」

 4隻の巡洋艦はモースブラッカー隊から逃げるように距離を取り始めた。それと同時にミノフスキー粒子を戦闘濃度で散布し、突入してくるモースブラッカー隊を本隊から切り離してしまう。ミノフスキー粒子の濃度が高くなっていることにモースブラッカーは多少の危惧を抱いたのだが、敵艦隊をもう少しで射程に捕らえられるという報告で目の前の事に意識が向いてしまった。実はみさきが後退速度をそのように合わせていた為なのだが、自軍有利を信じているモースブラッカーはその事を考慮はしなかったのだ。
 巡洋艦部隊を味方の巡洋艦の射程に捕らえたモースブラッカーは直ちに砲門を開かせたが、それに対して敵が取ったのは何とも卑怯の戦法であった。叩きつけた演習用レーザーがまるで敵艦を捕らえられない事にモースブラッカーが機嫌を損ねるよりも速く、監視所からの報告が寄せられる。

「敵艦隊は個艦レベルで出鱈目な回避運動を行っています。これでは照準がつきません!」
「何だと。馬鹿な、それでは向こうの砲撃も当たらないではないか?」

 モースブラッカーの危惧を裏付けるかのように飛来した敵艦の砲撃は全てあらぬ場所を貫いており、一発として有効弾は出ていない。ただし、これではこちらも敵を中々捕らえられない。主砲を発射しても敵はランダムに動いているので予想位置に来ないのだ。
 これは斉藤とみさきが連邦軍との戦いの中で見出した時間稼ぎの戦法だった。自艦の位置を不断に変更し続け、敵に牽制の砲撃を加えていく。こうすればこちらが直撃を受ける可能性は低く、敵はこちらを無視できない。結果として自分よりも多数の敵を長時間拘束できるのだ。
 みさきはこの戦訓を生かし、数に勝るモースブラッカー隊を本隊から引き離したのである。そして、十分な距離を稼いだと判断した所でみさきは全速で部隊を後退させた。それを見たモースブラッカーは慌てて艦隊を急進させたが、それはみさきの誘いだった。
敵が急速前進してきたのを見てみさきは頷き、全軍に後退中止、全艦前進を指示した。

「全艦反撃開始、敵の鼻っ面を叩き潰して!」

 それまで逃げるだけという状況に甘んじてきた各艦の艦長は喜んでこの命令に従い、一斉に反撃に転じた。ランダム回避運動を止め、前進を開始した巡洋艦から放たれた演習用レーザーが突撃してきた駆逐艦を捕らえ、判定撃沈させる。その駆逐艦はコンピューターが全てのシステムを停止し、その場に漂う漂流物となった。その他の艦も次々に被弾して損害が計上されていく。
 モースブラッカーはそれまで出鱈目な動きで逃げ回っていた敵がいきなり反撃に転じたことに驚き、混乱した艦隊を立て直すのに忙殺される事となった。
 モースブラッカー隊の混乱を見たみさきは素早く次の指示を出した。

「敵の指揮系統を圧迫するよ。MS隊発進!」

 みさきの命令を受けて待機状態だった浩平と瑞佳、澪のマークUと9機のジムVが発進した。それに対抗してモースブラッカーもMS隊を発進させたが、20機のジムV隊はたった12機の浩平隊に碌な抵抗も出来ずに無残な敗北を喫したのである。
 結果だけを言うなら、ファマス戦役の生え抜きの兵が集まったみさきの下には凄腕パイロットが多いので、同じ機体ならば互角以上に戦えるのだ。そしてモースブラッカー隊のパイロットは浩平隊のパイロットより腕も劣り、集団戦法も十分に生かせてはいなかった。それは確かにエゥーゴやティターンズには通用したかもしれないが、クリスタル・スノーと熾烈な戦いを続けてきた浩平隊から見れば児戯にも等しかったのである。
 浩平と瑞佳、澪で8機のジムVを引き受け、残る12機を9機が相手取ってこれを撃破してしまったのだ。浩平たちが4機を仕留め、ジムV隊は浩平隊が2機、モースブラッカー隊が5機を失っており、モースブラッカー隊の生き残りは慌てて艦隊の方へと後退して行った。
 浩平は部隊を纏めるとこれを追撃した。いつもなら無理せずに引く所なのだが、ここは無理をしてでもここでモースブラッカー隊を叩き潰さないといけないのだ。本隊からみさきと自分達を引き抜いて別行動をさせているのも、敵の戦力を削ぎ落とすためなのだから。
 浩平隊に襲われたモースブラッカー隊はみさき艦隊を砲火を交えつつ対空戦闘を開始した。だが、味方機が傍にいることで対空射撃が思うようにいかず、次々にジムVやマークUに取り付かれていった。

 

 

 モースブラッカー隊が連絡を絶ったことで、オスマイヤーは斉藤の狙いをこちらの戦力分断だと見抜いた。これで兵力差は26隻隊40隻。だいぶ差を詰められてしまった事になる。

「ふむ、これ以上被害を受けるわけにもいかんな。MSを出して全方位を警戒させろ。そろそろ何か仕掛けてくるぞ」
「斉藤中佐は何を仕掛けてくるつもりでしょうな?」
「さてな。だが、こいつだけは言えるぞ」
「何ですか?」

 興味深そうに聞いてくる副官に、オスマイヤーは悪戯小僧のような顔でこう答えた。

「あの男は、俺達が嫌がる事をしてくるのさ」

 そう言って、呆れた顔をする副官に肩目を瞑って見せた。
 だが、斉藤はオスマイヤーの想像を超えた行動に出てきた。周囲に展開していたピケット艦が斉藤の本隊26隻を発見したのだ。正面から堂々とやってきたレッド艦隊にオスマイヤーは意表を衝かれたように呆然としたが、すぐに気を取り直すと全艦隊に迎撃用意の指示を出し、エインウォース艦隊を前衛として少し前に出した。

「エインウォース艦隊はMSを展開させて前に出ろ。バーク、シドレ艦隊はいつでも突撃出来るよう準備だけはしておけ。全艦砲撃戦用意!」

 オスマイヤーの指揮を受けた艦隊がただちの戦闘隊形を取る。戦艦2隻、巡洋艦6隻で編成されたエインウォース艦隊が前に出て防御スクリーンを張り、MSを展開させる。その後ろで戦艦3隻、空母1隻、巡洋艦8隻のオスマイヤー艦隊が空母を守りつつ密集隊形を取る。その両翼を巡洋艦4隻、駆逐艦6隻のバーク、シドレ艦隊が縦列隊形で固める。その威容は、敵対する斉藤をして感嘆の吐息を漏らすほどに見事なものだった。

「流石にオスマイヤー提督だな。重厚な布陣を敷くものだ」
「このまま一戦交えますか?」
「予定通りならそうするしかないだろうが、あれと撃ち合うのは御免こうむりたいものだな」

 副長の言葉に肩を竦めた斉藤は面倒くさそうに答え、軍帽を被りなおした。やりたくは無いがやらない訳にもいかないのだ。ここからが稀代の戦術家、斉藤直樹の実力の見せ所である。

「よし、そろそろやるか。全軍、敵前衛艦隊に砲撃を集中。戦艦を沈めるんだ!」

 斉藤の命令を受けて、レッド艦隊が全ての砲撃を前衛部隊の2隻の戦艦に集中させていく。その砲火は防御スクリーンの判定を超えられず中々有効弾とはならなかったのだが、エインウォースの戦意を煽る効果はあった。自分の艦に集中されている砲撃を見てエインウォースは環境に仁王立ちして反撃を指示した。

「撃ち返せ、目標は敵旗艦、ノルマンディーだ!」

 2隻の戦艦、6隻の巡洋艦が砲撃を開始し、演習用レーザーの光が虚空を貫いていく。更にエインウォースは先手を取ってMSを繰り出し、斉藤隊にぶつけてきた。
 敵の動きを見た斉藤は敵が乗ってきた事を悟り、次の指示を出した。

「よし、アプディール隊は後退。我々はもう暫くここで踏ん張る。撃ち負かされるなよ!」
「艦長、敵MS隊が来ます!」
「そちらは北川大尉に任せろ。我々はここで撃ち合いに専念する。引き際を誤るなよ!」

 斉藤は厳しい顔で正面を見据えている。既にその意識は敵艦隊に向けられており、MSの事にまで気を回す余裕は無いのだ。何しろこれから彼は40隻の艦隊を相手にたったの13隻で立ち回らなくてはならないのである。
 ノルマンディーの第2艦橋に移っている北川はそこから防宙隊全体の指揮をとっていた。戦術モニター上にはブルー集団から出撃してきた多数のブリッツが3つの集団で三角形を形成してこちらに向かってきている。それに対して北川は26隻の艦隊から集められたMS隊を一元指揮下に置き、迎撃体制を取らせていた。
 北川はMS隊を再編して香里と葉子の2つの大きな戦闘集団を作り、更に3個小隊で編成した小部隊4つを手元に置いていた。これとは別に艦隊直衛機が存在するが、こっちは本当に最後の保険程度の数しか残っていない。

「いいか、こっちは数が少ないんだ。狙うのは対艦装備を持った機体に絞れ。敵のエース級には極力手を出さず、無視を決め込むんだ」

 北川の指示は些か消極的過ぎるものだったが、それがおかしいと感じないほどに今の戦況は悪かった。13隻対8隻の勝負であるが、向こうには更に多数の後続部隊が控えているのに較べて、こちらはMSに関しては余裕が無い。この数でやるしかないのだ。
 エインウォース艦隊のMS隊には栞と中崎がいた。2人ともそこそこ名の知れたエースであり、エインウォース艦隊のパイロット達からも指揮官として認められている。全体の指揮をとっているのは栞だったが、その攻撃隊の編成は北川を感心させるほどのものである。

「栞ちゃんも成長したな。よく考えるようになった」
「大尉、敵集団とまもなく接触します」
「よし、美坂の隊をぶつけろ。鹿沼さんはまだ待たせておけ」

 北川としてはここで戦力を使い切るわけにもいかず、いつもなら大軍で叩き潰してしまう所をあえて1部隊だけに留めている。
 栞はエインウォース艦隊から出てきた30機を引き連れて迎撃に出てきた香里の部隊と激突しようとしていた。栞のいる先鋒は10機で香里の率いる24機と対向しており、すぐに激突する状態になっている。マークUを駆る栞は敵集団の中に姉の気配を感じ取り、少しだけ考え込んでしまった。

「お姉ちゃんですか。きっと北川さんに良い所を見せようと張り切ってますよね」

 そう考えると何だが沸々と黒いものが湧き上がってきてしまう。未だに北川への気持ちを残している栞としてみれば、北川の気持ちが姉に向いている事を知りつつも隙あらばと狙っているのだ。前回は名雪に止められたが、名雪は正々堂々なら良いと言っていたから、今回は妨害はされないだろう。

「お姉ちゃん、ここでどっちが上なのか、決着を付けましょう!」

 栞は自分の隊で香里の部隊を正面から受け止めると、両翼の10機ずつの部隊で香里の隊の側面から襲わせた。たちまち乱戦となる。ゼク・アイン主力の香里の部隊がジムV主力の栞の隊に優位に戦いを有利に進めていくかと思われたが、予想外に栞の部隊は香里の部隊に対して互角の勝負を見せていた。北川大隊の3機一体の戦法に対して、栞は2機一組で対抗したのだ。2機一組では一部隊同士の戦闘だと数で押される事になるが、元々こちらの方が数が多い上に戦術単位の数が増やせるという利点がある。結局は指揮官が運用性と攻撃力のどちらを取るかということなのだが、この問題で栞は運用性を取った事になる。
 両部隊の戦闘はたちまち消耗戦の様相を呈し、直撃を受けたと判定された機体がコンピューターロックによって動かなくなり、周囲に撃墜判定のシグナルを発信していく。そんな中で一際目を引くのは香里と栞の壮大な姉妹対決であった。

「お姉ちゃん、今日こそ決着を付けましょう!」
「栞、貴女、いきなり何言ってるわけ?」
「ここでお姉ちゃんに勝って、北川さんに良い所を見せるんです!」
「……はあ?」

 いきなり訳の分からない事を言い出す我が妹に香里は呆れた顔をしたが、栞が本気だという事はすぐに分かったので操縦にも手が抜けない。気を抜けば簡単に自分を撃ち落すであろう銃撃が続けて撃ち込まれて来る。悔しいが射撃戦では栞のほうが上らしい。

「腕を上げてるじゃない、栞」
「当り前です。地球で北川さんとイチャついてたお姉ちゃんとは違うんです!」
「だ、誰がイチャついてたのよ!」

 顔を赤くして言い返し、私情交じりの猛反撃を開始する香里。だが栞の方も熱くなってきたのか、マークUの限界反応ギリギリの機動でゼク・アインを振り回そうとする。互いの放ったレーザーが交差するが、相手は一瞬たりとも同じ位置にはおらず、全ての攻撃が空しく宙を抉るに止まっている。それどころか迂闊に援護に入ろうとしたそれぞれの僚機が撃ち落されている有様だ。
 その凄まじい戦いを見ていた中崎は、コクピットの中でやれやれと肩を竦めていた。

「男を挟んでの姉妹喧嘩か。手を出さないほうが吉だろうな」
「あの、我々はどうすれば?」

 困惑した感じで部下が指示を求めてくる。何だかやる気がなくなってしまった中崎は周囲の状況を簡単に確かめると、適当な答えを返した。

「戦ってる振りだけはしとけ。あれには手を出しても落されるだけだぞ」
「はあ、それで良いんですかね?」
「良いんだよ、俺たちは給料分の仕事をしてればな」

 サラリーマン根性が染み付いてる中崎の返事に納得し、部下も戦場へと戻っていった。だが、中崎は戦闘に加わろうとはせずにじっと美坂姉妹の対決を眺めている。栞が劣勢になったら加勢してやろうかと考えているのだ。

 そして、この2人の戦いに頭を抱えて唸っているのが北川である。ミノフスキー粒子が散布されているとはいえ、これだけ近ければ通信位は届いてしまう。その通信を傍受したノルマンディーの艦橋と第2艦橋に流れた通信の内容にある者は苦笑し、ある者は北川に同情し、緊急展開軍内に蔓延るある派閥抗争に明け暮れる男達は北川への殺意を募らせていた。
 艦橋でこの通信を聞いていた斉藤は笑いを噛み殺しながら副長に話しかけている。

「こいつは、大尉も大変だな」
「演習中に不謹慎だと思いますが?」
「でも手は抜いてないようだぞ。周りのMSも手が出せないでいる」

 香里がシェイドの身体特性を生かして高機動力で栞を翻弄しようとし、栞は香里の戦い方に付き合う気はないとばかりに正確な射撃でこれに対抗する。たがいに反応速度は似たようなものであるらしく、敵の攻撃への対応が遅いという事はなかった。

「さて、どっちが勝つのかな?」
「出来れば美坂少尉に勝って欲しいですね。向こうにはまだ相沢少佐や天野大尉がいます」
「月宮少尉もだな。やれやれ、気が重い」

 出来れば敵は弱い方が良いとぼやくと、斉藤は全軍に後退を指示した。美坂姉妹の喧嘩に何だかやる気が削がれてしまったが、それは相手も同じらしく何やら動きが止まっている。折角だからそれを利用して次の段階に進もうと考えたのだ。
 斉藤が退いたのを見てエインウォースは追撃を開始したが、出足が遅れたので些か距離を離されてしまった。それに追いつこうと足を速めるエインウォースだったが、それが斉藤の誘いだとは気付いてはいなかった。
 後方でエインウォースと斉藤の戦いを見ていたオスマイヤーは眉を顰め、演習予定宙域図に目をやった。

「この先には何もないが、斉藤中佐は何を考えている?」
「モースブラッカー隊の時のように、こちらの戦力分断を狙っているのでは?」
「向こうは手持ち戦力を全て出してきてるはずだ。今更分断などする意味がない」

 参謀の意見を否定してオスマイヤーは考え込む。逃げているとは思えない。だが、何を考えているのかがまるで読めないのだ。周囲に出している索敵機からも何も報告がないことから、伏兵の可能性も少ないだろう。

「……エインウォースを孤立させるわけにもいかんな。我々もエインウォースの後を追え。それと、直衛機を全部出すんだ」

 念の為の迎撃準備をして、オスマイヤーは全軍を斉藤の艦隊へと向けた。これは斉藤の思惑に乗る事になると分かってはいたのだが、今の時点ではそれを承知で進むしかなかったのだ。それに、双方の戦力差を考えれば仮に罠があっても食い破れるという判断もあった。
 

 


 後方で演習全体の様子を確認していた秋子は、斉藤の手並みに満足していた。オスマイヤー艦隊が斉藤の作り上げた包囲網の中に誘い込まれていく様子が詳細に戦術スクリーン上に再現されており、秋子と共に居る参謀達が唖然としている。

「まさか、こんな戦術を用いるとは」
「斉藤さんも賭けだと分かっていたでしょうね。ですが、成功したら戦力差を覆せるかもしれません。少なくとも、これで斉藤さんは状況を五分五分にまで持ち込んだわけです」

 戦術スクリーン上ではオスマイヤー艦隊を追撃する2隻の巡洋艦がある。モースブラッカー隊を全滅させたみさき隊の生き残り部隊だ。包囲網が完成した所にみさきが背後から襲いかかれば、幾らオスマイヤーでも無事ではすまないだろう。
 秋子は楽しそうに数回頷き、ボスウェル大佐に問いかけた。

「ボスウェルさん、招待客は今どの辺りに?」
「そろそろ、演習宙域に突入する頃です。確認されている艦艇数は60隻、情報通りですね」
「そうですか。さて、オスマイヤーさんたちはどう反応するでしょうね?」

 笑みがどんどん人の悪いものへと変わっていく。それを見てボスウェルは苦笑を浮かべ、ジンナは困ったように顔を顰めている。秋子の性格に付き合うのはなかなかに大変なのだ。
 そして、秋子の見ている前で斉藤はオスマイヤーに対して実に巧妙な迎撃戦闘を行いだした。斉藤の部隊が後退すれば雪見の隊が敵とぶつかり、ある程度斉藤が退いたら今度は雪見の隊が斉藤隊の援護を受けて後退していく。反撃を受けるたびにオスマイヤー隊の動きが鈍るので、その隙にどんどん後退していく。

 斉藤と雪見のコンビネーションは相対しているエインウォースにこの上ない負担を強いた。交互に後退と援護を繰り返しながら退いていくその様は敗走と呼べるものではなく、確固たる戦術目標を持っての整然とした艦隊運動である事を誰にもはっきりと示している。
 ここに至ってエインウォースも斉藤が自分をここまで誘導したのだと悟っていた。だが、罠が張られている可能性が何処にあるというのだろう。周囲には暗礁宙域もデプリ群も無く、時折小さな隕石が漂っている位でしかない。

「今回の参加兵力は既に決められている。こちらが50隻、向こうが30隻。ならば更なる伏兵は居ない筈だ。何を考えている?」

 分からない。斉藤が何を考えているのかが分からない。この認識がエインウォースを不快にさせている。彼は指揮官として十分な能力は持っていたが、それだけに用兵にはそれなりの自負を持っている。その自分が敵の策を読めないという現実が彼を苛立たせていたのだ。
 分かているのは、自分の後ろに居るオスマイヤーの本隊が未だに援護をしてくれない事である。

「一体何をしてるんだ。ラーカイラムに援軍の要請は?」
「既に出しています。ラーカイラムからは月宮少尉の隊を出したと言ってきましたが……」
「天駆けるうぐぅ、か。それなら何とかなるか」

 少しだけ表情を緩め、エインウォースは正面の宙域を見据える。前方の戦場では双方のMSが激しい戦闘を繰り広げているのが見て取れ、どちらのものかは分からないが動かなくなった機体が空しく漂流している。
 前方の戦いの決着を付けると思われる栞と香里の対決は、栞のマークUの懐に香里のゼク・アインが飛び込めた事でケリが付こうとしていた。射撃戦が得意な栞に対し、どの距離でも戦える香里は栞の苦手な接近戦で栞を仕留めに出たのだ。演習モードのビームサーベルでの斬り合いをする2機のMS。この戦闘は経験で勝る香里の勝ちかと思われた。頼みの中崎は新たに加わってきた葉子の部隊への対応で手一杯になっており、栞の援護どころではなくなっている。
 孤立無援なのを悟った栞は流石に不味いと思ったか、姉に詫びを入れようかと考えてしまった。目の前のゼク・アインから感じるものは怒気一色であり、このままでは演習後に自分は血祭りに上げられるだろう。

「あ、あの、お姉ちゃん?」
「………何、今更命乞い?」

 通信機越しにさえ感じてしまうほどの殺気に栞は震え上がった。不味い、これは絶対に不味い。

「お、お姉ちゃん、ここは姉妹仲直りが良いと思うんですけど?」
「……私には栞なんて妹は居ないわ」
「お、お姉ちゃん、落ち着いて、正気に戻ってくださいぃぃ!!?」

 殺る気満々だと悟った栞は悲鳴を上げて助けを請うたが、香里がそれに答える事は無かった。こうなるともう完全に相手に飲まれてしまっている栞は香里の相手ではなく、あっさりビームサーベルに切裂かれたあげく、思いっきり蹴りまで入れられたのである。
 衝撃で目を回した栞は情けない呻き声を上げながら香里に抗議した。

「ひ、酷いですお姉ちゃん。撃墜した機体に蹴り入れるなんて……」
「愛の鞭よ」

 栞の抗議にはっきりと答える香里であった。だが、この直後に彼女はとんでもない敵と戦う羽目になる。栞との決着がついたとみて集まってきた部下の機体がいきなり直撃を受けて動作停止してしまったのだ。それを眼前で見せられた香里はすぐにその攻撃に見当を付けた。訓練で幾度と無く見てきた攻撃だからだ。

「インコム!? 相沢君なの、それとも……」

 1つの絶望的な予想が香里の脳裏を過ぎる。G−Xを使うパイロットには祐一の他にもう1人、緊急展開軍最強の彼女が居るのだ。
 そして、香里の最悪の想像を裏付けるかのようにもう1機が直撃を受けて動かなくなってしまう。それを見て香里は確信してしまった。祐一ではこれほど上手くインコムは使えまい。

「出てきたのね、月宮さん」

 最強のパイロットの出現に香里は喉が渇いてくるのを自覚してしまう。そして、程なくして香里の前にG−Xが率いるMS部隊が現れたのだ。その戦力は20機前後といったところだ。

「全機、先頭のG−Xには手を出すんじゃないわよ!」
「ですが少尉、こちらの方が数は多いですよ!?」
「無駄よ、2機や3機で勝てる相手じゃないわ」

 香里はあゆの強さを知っている。あのアムロ・レイやシアン・ビューフォートにさえ迫るであろう桁外れた強さを。彼女を相手にできるのは最強レベルのNTか、最強レベルのシェイドに限定されてしまう。自分のレベルで戦うならせめて同格のパイロットがあと2人は欲しい所だ。
 どう対応したらいいか分からない香里は自分から手を出す事が出来ず、接近してきたG−Xをじっと見詰めている。すると、向こうから通信を入れてきた。

「栞ちゃんを助けに着たんだけど、間に合わなかったんだね」
「ええ、栞じゃ私の相手はまだ早かったわね」
「じゃあ、次はボクが相手だよ、香里さん」

 G−Xから2基のインコムが飛び出し、香里のゼク・アインに襲い掛かる。だが、祐一相手でインコムとの戦闘に慣れていた香里はこのオールレンジ攻撃を上手く避けていた。
 だが、あゆの使うインコムは祐一のそれとは比較出来ないほどに鋭い動きを見せ、正確な射撃をしてくるのだ。

「相沢君とはまるで違う。これがNTの使うインコムなの!?」

 あらぬ方向から続けて撃ち込まれるインコムからの射撃を必死に回避しながら香里は、あゆの使うインコムの威力に戦慄していた。インコムの攻撃に慣れている香里だからこそここまで持ち堪えているが、これでは香里より技量に劣る者、インコムに慣れていない者では何が起きたかさえ分からずに撃墜されてしまうに違いない。
 香里は栞から聞かされていたNTの持つ空間認識能力の広さというものを理解できた。祐一はインコムを使うにはインコムを動かすイメージが問題だと言っていたが、それは祐一のようなエースでさえ困難な事で、インコムの操作に気を取られる余り機体の操作が疎かになってしまう程だ。それがNTならば簡単に操作できてしまう。

「NTか、シェイド以上の化け物だっていうのかしらね」

 香里自身はこの呪わしい力に喜んだ事は無いが、この力に助けられた事は幾度もあるので、今ではそれ程気にしては居ない。だが、NTという存在がこれほどの力を持つというのなら、些か嫉妬を感じてしまう部分があるのだ。
 そして、嫉妬を感じるという事はどこかでこのシェイドという力を誇る部分があったということだ。それに気付いた香里は何だかおかしくなり、くぐもった声で笑ってしまった。

「何よ、なんだかんだ言って、私は結構この力に頼ってたんじゃない」

 ようやく認識した事実。だが、それは別に香里に衝撃を与えたりはしなかった。もう長年付き合ってきた力であり、それは事実を再確認しただけの事でしかない。ただ、受け入れていなかったものを受け入れただけなのだ。
 そして、香里は気を取り直すと再び絶望的な戦いへと身を躍らせた。勝ち目は無いだろうが、時間を稼ぐだけなら出来るかもしれないから。そうすれば後は久瀬や北川が何とかしてくれるだろう。既に敵は懐に飛び込んでいるのだから。

 

 

 そして、遂にオスマイヤー艦隊が包囲陣の中央にまで進んできた。それを確認した斉藤が信号弾を打ち上げさせる。そして、それを合図に戦場の様相は一変してしまった。

「よし、全機、突撃だ!」

 停止させていたジェネレーターを再起動し、久瀬のジムVが宇宙を駆ける。その周囲に居た機体も次々に動き出してそれに続いていく。それまで隠れ蓑にしていたダミー小惑星の陰から飛び出す機体も居る。オスマイヤー艦隊は突然周囲に出現した無数のエネルギー反応にパニックを起してしまった。

「な、何だと、何処からこれだけのMSが!?」
「すぐそこに敵機が居るぞ。弾幕を張れ!」
「畜生、直衛機は何処に居るんだ!?」

 次々に艦隊に取り付いてきたジムVに慌てて対空砲火が撃ちまくったが、それは味方の直衛機を撃ち落すような出鱈目なものであり、襲撃者を食い止めるのに必要な統制を著しく欠いていたのだ。
 久瀬率いるジムV隊は対空砲火を易々と潜り抜けると駆逐艦や巡洋艦に取り付いて攻撃しだした。防御の弱い駆逐艦がまず食われ、開いた穴から突入した機体が巡洋艦を襲おうとしたのだが、いきなりそのうちの2機が直撃を受けて判定破壊となってしまった。驚いた久瀬が慌てて周囲を捜索すると、旗艦の近くにとんでもない敵が居たのである。

「第2種兵装のゼク・アインだと。だがこの機体識別は……水瀬さんか!」

 美貌の死神、水瀬名雪は最高のスナイパーだ。彼女に狙われて逃げ切るのは容易な事ではない。その死神が艦隊に残っていたのだ。そして更に直衛機のジムVとは明らかに動きの違うゼク・アイン隊も出てきている。名雪が居る事から考えてこれは相沢大隊の機体だろう。

「ちっ、まだこんなに残ってたのか!」

 突っかかってきた1機を撃破して久瀬は部隊を纏めて反撃に出ようと思ったのだが、その久瀬の前に素早い動きで距離を詰めてくるG−Xが現れた。

「G−X、相沢少佐!?」 
「見つけたぞ久瀬。お前を叩いて状況を変える!」

 ビームライフルで狙いを付ける祐一。久瀬もそれに対して反撃しようとしたが、いきなり計器が新たな警告音を発しだした。祐一と久瀬が驚いてその警報に目をやり、慌てて周囲の状況を確かめる。そして、レーダースクリーン上に表示された新たな光点の数に声を失ってしまった。

「おいおい………」
「新手、だと?」

 それは、演習項目に入っていないはずの新たな敵の出現であった。多数の艦艇から次々に飛び出してくる反応はMSだろう。だが、何処からこれだけの戦力が出て来たというのだ。

 

 この新たな敵の出現で一時的にブルーとレッドの戦闘は止まってしまっていた。たがいに新たな敵の出現に戸惑い、その戦力に唖然としてしまっている。だが、双方の旗艦では新たな敵出現に呆然としている暇は無く、慌ててこの敵の識別を進めている。だが、それが弾きだした答えは斉藤とオスマイヤーを驚愕させるに足るものであった。

 新たに出現した敵の旗艦は、バーミンガム級戦艦エディンバラだったのである。

 


後書き
ジム改 遂にあゆが超高級機に乗り換えた
栞   セイレーンは超高級機じゃないんですか?
ジム改 そうだけど、既にロートルでマークUやリックディアス程度の性能だから
栞   時代の変化ですねえ。
ジム改 G−Xもすぐに時代においていかれるかもよ。
栞   大丈夫です、私のデンドロビウムに敵は居ません!
ジム改 NT用の機体はいらないのかね?
栞   それはそれで欲しいですけど。
ジム改 この贅沢者め。香里にボロ負けしたくせに。
栞   えうう、妹が姉に負けるなんて不条理です。
ジム改 何故?
栞   時代は妹でしょう?
ジム改 いや、俺には別に妹属性はないし。
栞   くう、世の中の道理が分からない愚か者。
ジム改 ふん、なんとでも言え。栞は半端に強いキャラで良いのだ。
栞   でもなんか不条理ですよ!
ジム改 どうせ大した差じゃないよ。奇襲とかに対してはお前さんのが強いし。