第30章  砂の堤防

 


 絶望的な戦闘。エゥーゴはその言葉を今日ほど噛み締めた事は無かっただろう。環月方面司令部に迫る120隻の大艦隊と、その背後に展開する60隻の予備兵力。これが攻略部隊で、更に100隻を超える封鎖艦隊と100隻近くの支援艦隊がある。
 環月方面司令部の司令室から迎撃部隊の指揮をとっているダグラス・ベーダー中将は、司令室のメインスクリーンを埋め尽くしている無数の光点を見て呆れ混じりの溜息を漏らしている。

「リビックの奴、本気でケリをつけに来たようだな」

 あれだけの大軍に纏まって行動されると、それだけで打てる対策が限られてしまう。既に第1防衛ラインの機雷原は工作艦と艦砲射撃で突破されており、防空砲台と隕石ミサイルによる第2防衛ラインも突破されかかっている。この次は艦隊による第3防衛ラインで、これを突破されたら要塞そのものを盾とする最終防衛ラインしかない。
 いや、エゥーゴとしては時間を稼げばそれだけで勝利に繋がる。ティターンズが決起するまでの時間を耐え凌げば連邦は撤退する筈だからだ。ただ、それまでにどれだけの犠牲が出るか。
 ベーダーがこれから出る犠牲の多さを想像して瞑目していると、遂にオペレーターが最悪の報告を寄越してきた。

「閣下、第2防衛ライン突破されました。連邦艦隊接近してきます!」
「そうか、来たか」
「カニンガム提督が主力艦隊を前に出しました。全艦戦闘体制に入ります!」

 前進してくる100隻を超える大軍の前に壁を作るように60隻ほどの艦隊が横列陣を敷いている。要塞から出した物も含めればMSの数も400機に達する大兵力だが、これでもリビックの主力に較べれば劣る数でしかないのだ。しかも後方にまだまだ予備戦力を残している。
 そして、ベーダーたちの見ている前で遂に両軍は激突した。双方の戦艦同士が射程に入ると同時に砲門を開き、強力な艦砲射撃のビームが虚空を切裂いて双方の艦艇を襲い、防御スクリーンに弾かれて燐光を撒き散らす。
 これを皮切りに両軍は総力戦に突入していく。だが数で圧倒的に劣るエゥーゴは最初から攻勢に出るという選択肢は無く、逆に連邦は最初から火力差にものを言わせて押し切ろうとする。ゆえにエゥーゴは守り、連邦は攻める。この構図が最初から作り上げられていた。
 だが、この砲戦はエゥーゴには絶望的な戦闘となった。元々連邦艦艇は砲戦向きに造られているものが多く、未だに現役に残っているマゼラン級戦艦などはMSを搭載できるように改造されたものもあるものの、主力艦隊に配備されている艦は砲戦仕様で残っている。これは主力艦隊は空母を伴う為、無理に改造してMSを数機積むよりも砲撃力で空母を守った方が良いと判断されたからだ。この為マゼラン級戦艦は強力な砲力と防御スクリーンをもって艦隊の前面に立ち、エゥーゴ艦隊に多大な犠牲を強要していた。
 これに対抗するべきエゥーゴの戦艦はマゼラン級はMSを積める様に改造されているので砲火力が巡洋艦並みに落ちており、真っ向から対決できるのはアイリッシュ級戦艦くらいである。この為砲撃戦は最初からエゥーゴ不利で進んだのだ。
 こうなった理由は単純なもので、連邦第1艦隊は完全な打撃部隊であり、他の艦隊よりも戦艦が多く配備されているからだ。旧式艦とはいえ数が揃えばその火力は恐ろしいものであり、MSの支援さえあれば十分にその威力を発揮できるのだ。
 だが、エゥーゴ艦隊に混じって行動している20隻ほどのアクシズ艦隊はエゥーゴ艦隊より健闘していた。ノルマンディー級とエンドラ級は十分な火力があるので連邦艦の暴力的な火力を前にしても撃ち負けないのだ。ただ、アクシズは個艦の能力を追求した為に単価が高騰した為、消耗したら補充がきかないのだが。

 双方の距離が詰ってくると、両軍はMSを発進させた。エゥーゴの主力はネモとリックディアス、連邦の主力はジムUとガルバルディβ、ジムVで、数では圧倒的にジムが勝っている。この戦闘もまたこれまでの連邦とエゥーゴの戦いと同じく、数で勝る連邦機にエゥーゴが質で対抗するということが繰り返されている。ただこれまでと異なるのは、連邦側に新型機が増えている事だ。ルナツーで生産されている可変機のRX−110ガブスレイも纏まった数が投入されており、主力機にもRMS−141ゼク・アインやRMS−154バーザムといった高性能機が配備されているのがこれまでと違う。これらの新鋭機にはエゥーゴMSも苦戦を免れず、これまでのようにMS隊を突破して艦隊を襲うことが出来ないでいる。
 味方のMS隊が苦戦しているのを見てカニンガムは苦虫を噛み潰したような顔で呻き声を漏らした。

「連邦も馬鹿ではないな。何時までもやられっぱなしではいないか」
「提督、このままでは押し切られますぞ」

 参謀の焦りを含んだ言葉にカニンガムを頷いた。MS戦でこれまでのような優位を保てないとなると、単純に数の差で圧倒される事になる。それはかつてファマスが辿った末路と全く同じものだ。あの時、カニンガムは幸いにして勝者の側に居られたが、今度は敗者の側に立とうとしている。
 ファマス戦役におけるファマスの最後を思い出してカニンガムは屈辱に肩を震わせた。冗談ではない、同じ負けるにしても、あんな負け方はしたくない。知略の限りを尽くした戦術をただ数で踏みにじられるなどという負け方だけは。

「くそっ、アーガマ隊とラーディッシュ隊はまだか!?」
「もうすぐ戦闘宙域に到着する筈です!」

 焦りさえ見せるカニンガムは、部下の返事を聞いても落ち着いたようには見えなかった。このまま接近戦になれば自分はリビックやクライフと用兵の妙を競う事になる。あの2人と戦術を競って勝てる自信などありはしない。いや、戦術など関係なく数の前に踏み潰されるだろう。

 そして連邦艦隊を率いるリビックは、カニンガム艦隊を撃破するのに時間をかけるつもりは全く無かった。

「参謀長、このまま一気に押し込む。MS隊の第2波の準備は?」
「既に出来ております」
「うむ、ならば迷う必要は無い。全艦前進!」

 リビックの命令に従って第1、第2艦隊が前進を開始し、強大な圧力をカニンガム艦隊にかけていく。カニンガムはこの圧力に屈するように徐々に後退し、戦線に綻びを生じだしていた。
 この時、エゥーゴMS部隊を率いていたのはあのデュラハン・カニンガム少佐で、指揮下には元も部下達を含めてかなりのエースを抱えているのだが、それでもどうしようもなかった。物量差が大きいので叩いても叩いても次の相手が来るので、パイロットが持たないのだ。
 デュラハン自身はリックディアスUに乗り、迫り来る敵MSを蹴散らしていたのだが、その過程で歴戦の3人と離れ離れになってしまい、完全に孤立してしまっている。時折別部隊のネモ隊やリックディアス隊と合流することは出来ても、すぐに彼らは撃墜されたりまた別れてしまう。

「ええい、何機いやがるんだ!」

 デュラハンは苛立ちを隠そうともせずに怒鳴りつけたが、それで敵が居なくなるわけではない。目の前には敵機ばかりで、少数の味方機が必死に逃げ回っているのが僅かに見て取れるだけなのだ。
 この現実を前にしては、流石に強気のデュラハンといえども楽観的な見方をする事は出来ない。しかも連邦軍の基本戦術を考えてみれば、必ず第2波、第3派がある筈で、敵の分力に対してこちらは全力を出してさえ押されている事になる。
この連邦軍の圧倒的なMS戦力の出所は4隻の空母で、この4隻だけで200機近いMSを運用可能なのだ。これに戦闘艦の搭載機を加えれば600機を優に越えてしまう。しかもこちらにはもう余力が無いというのに、向こうにはまだ現在自分たちが戦っている戦力を超える規模の予備兵力が控えているのだ。何かの奇跡で目の前の部隊に大打撃を与えられたとしても、敵はその穴を埋める事が出来る。
 絶望的な状況を前にしてデュラハンもようやくファマスでずっと自分達を相手に戦ってきた奴らの凄さが分かった。どうしてあの水瀬秋子が自分を苦しめたファマス士官たちを積極的に登用するのか、誰もが冷遇した裏切り者を戦力として組み込んだ緊急展開軍がどうしてあれほど強いのか。こんな無茶苦茶な状況で戦い続け、幾度も連邦に苦杯を舐めさせ続けたような連中なら、確かに部下にする価値は十分だろう。

「やれやれ、負ける戦い、退けない戦いってのは俺の趣味じゃねえんだがな」

 ぶつくさ言いながらも素早く機体を操作し、自分の横を過ぎようとしたジムVにクレイバズーカを叩き込んで破壊する。このトリガーを引いた時、デュラハンは初めて敗北を覚悟した。

 

 

 この主力部隊同士の激突する戦場に向かって、ブライト率いるアーガマ隊が迫っていた。ヘンケンのラーディッシュ隊も迫っている筈だが、通信妨害が酷くて連絡が取れないでいる。このアーガマ隊はアーガマの他に同型艦のベルフォリスと6隻のグラース級巡洋艦という新鋭艦だけで編成された高速打撃部隊だ。
 ブライトは通信傍受で断片的に得られる情報から味方の苦境を悟り、出来る限り急いでやって来たのだが、間に合ったかどうかは微妙なところだった。

「戦闘宙域を有効射程に捉えました!」
「よし、ミサイル第1波を撃て。発射後、MS隊を出す!」

 アーガマがミサイルを放ち、他の7隻の僚艦もそれに続く。40を越すミサイルが戦場へと向かっていき、それを見送る間もなくカタパルト上にMSが搬送されてくる。右側のカタパルトに出て来たのは赤と白に塗り分けられたZガンダムだった。左側には青と白に塗り分けられた普通のZガンダムが出てきている。
 ブライトは艦内電話を取るとその赤いZガンダムに繋いだ。

「アムロ、敵の揚陸艦を叩いてくれ!」
「だが、俺達が出ると艦隊が危なくなるぞ?」
「構わん、艦隊は直衛機で持たせる」
「……分かった」

 アムロは自分のZガンダムをカタパルトに乗せると、ハイパーメガランチャーを横持ちで構えて対G姿勢をとらせた。

「ガンダム、行きます!」

 Zが打ち出され、すぐにウェイブライダーに変形して戦場へと向かっていく。それに続いて左のZガンダムも射出体勢に入った。

「カミーユ、出ます!」
「カミーユ、お前はアムロの指示に従え。分かってると思うが勝手な真似はするなよ!」
「分かってますよ、ブライトキャプテン」

 カミーユは言い返すとZを発進させてアムロの後ろに付けた。幾らアムロといえども単独で突っ込むのは自殺行為なので、ある程度の数で編隊を組む必要があるのだ。だが、近くに来た所でアムロから通信が入った。

「カミーユ、またブライトに叱られたか?」
「別に叱られてなんていませんよ」

 アムロの問いに憮然とした態度で返すカミーユ。アムロはその少年らしい分かり易い反応に苦笑し、年下の同僚に語りかけた。

「ブライトは君に死んでほしくないのさ。だから色々きつい事もいったりする」
「ですから、僕は怒ったりしてないですよ」
「そうかな?」
「そうです!」

 向きになって言い返してくるカミーユ。その反応にアムロは小さく笑ったが、その笑いを別の声が遮った。

「アムロ大尉、全機集結しました」
「そうか、それじゃあ行くか」

 部下が集結したのを見てアムロがウェイブライダーを加速させた。その後に1機のZ、12機のZU、24機のメタス改が続く。これらの可変機で編成された高速機動部隊は当初は封鎖部隊との戦闘ですぐに駆けつけられる援軍として使われる筈だったのだが、方針が二転三転して結局はこのような航続距離を生かした打撃部隊として使われている。
 敵艦隊に向かっていくMS隊を見送ったブライトは艦隊を密集させると、MS隊に続くように艦隊を前進させた。攻撃目標は敵主力の後方にいる支援艦隊と一緒に行動している6隻のグレイファントム級強襲揚陸艦である。これさえ叩けば連邦軍が大兵力といえも月面を制圧する事は出来ず、撤退を余儀なくされるからだ。連邦が撤退した後にグラナダを奪還すればとりあえず虎口はしのいだ事になる。


 


 同じ頃、グラナダの上空も圧倒的多数の連邦艦艇によって埋め尽くされていた。秋子の緊急展開軍主力の総攻撃が行われているのだ。僅かな抵抗を排して降下ポイントを制圧し、そこからグラナダとその周辺に向けて徹底したミサイル攻撃とアヴェンジャー攻撃機による空爆を加えて地ならしをするという奇をてらわない地味な攻撃が延々と繰り返され、グラナダの地上部分は完全にスクラップになってしまっている。
 この攻撃だけでも見ている分には生きている者など居ないのではと思えるような壮絶な光景であり、新兵達は大した抵抗も受けずにグラナダを制圧できるのではないかと楽観的な考えを抱いてしまっている。だが、祐一たちベテランはそんな楽観論を信じる気にはなれなかった。砲撃や爆撃だけでは強固に作られた防御陣地は無力化できない事を、ベテランは良く知っているからだ。
 空母のパイロットルームに備え付けられているモニターでこの様子を見ていた祐一は、隣の天野に問いかけてみた。

「どう思う?」
「どう思うとは、この攻撃の効果でしょうか?」
「ああ、地上部分は派手に壊れてるみたいだけどな」

 祐一の問いに美汐は暫しモニターに映る光景を観察し、余り期待の篭もらない声で答えた。

「防空設備はあらかた潰せていると思いたいですね。守備隊は穴に篭もっているでしょうから望み薄でしょう」
「防空設備が沈黙してくれれば御の字、という所かな」

 憂鬱そうに祐一は表情を曇らせた。頭の中の冷静な部分は天野の正しさを認めてはいるのだが、どうしても期待感が出てしまうのだ。この攻撃で敵の防衛戦力が激減しているのではという期待が。そんな事は有り得ないと分かっているのにだ。
 祐一はモニターに向けていた視線をパイロットルームの中へとは知らせる。そこには自分の初陣の時よりはマシ、というほどに若いパイロットが全体の半数近くもいる。自分の部下となった後はみっちりとしごいてきたが、実戦の経験はまだ数えるほどしかない者も多い。降下作戦は大きな犠牲を要求される危険が高く、第1陣は精鋭部隊でなければ成功の確率は著しく下がってしまう。そして祐一と天野の隊はその第1陣を受け持つのだ。
 祐一が部下達を不安げな目で見ているのに気付いた天野が、困ったように眉を顰める。

「相沢さん、パイロットなら何時かはこういう戦闘を経験しなくてはならないんです。余り思い詰めないで下さい」
「分かってるさ、どんなに頑張っても戦死者をゼロには出来ないしな」

 そう、どんなに優秀な指揮官でも犠牲をゼロには出来ない。ほんの僅かな不運で、命を落とす者が必ず居るからだ。指揮官の仕事は極端に言えば効率よく味方を死なせる事であり、自軍の損害よりも大きな損害を敵に与えて収支の帳尻を黒字にする事にある。
 その意味では祐一も天野も優れた指揮官である。ただ、そんな2人でもこの作戦には色々と忸怩たる物を抱えていた。幾ら敵地とはいえグラナダは都市であり、地球と違って非難する場所も無い閉じた世界なのだ。ここを戦場にすればどれほどの数の民間人が巻き込まれるか知れたものではない。

「出来れば、早く終わらせたいな、天野」
「全くです。早く降伏してくれれば助かるんですが」

 戦わなくてはいけないのは分かっている。終わらせなくてはいけないのも分かってはいる。ただ、こんな嫌な作戦は早く終わらせたかった。
 だが2人はまだ愚痴をぶつけられる相手がいるだけマシと言える。本当に辛いのはこんな作戦を立案し、実行している宇宙艦隊司令部であり、総指揮をとっているリビックなのだから。祐一たちなら上官の命令に従っただけと逃げる事も出来るが、司令部にはそれは出来ないのだ。

 

 

 連邦の猛烈極まりない攻撃をエゥーゴとグラナダ守備隊はただひたすらに耐え凌いでいた。一切の反撃をせず、ただひたすらに防御陣地に篭もってこの空爆に耐えているのだ。これは防衛の指揮をとっている舞が反撃を硬く禁じていたからなのだが、実戦経験があるエゥーゴの兵はともかく、これが初陣という者が多いグラナダ防衛隊や志願兵たちには舞へ不満を漏らす者が多かった。
 舞は愛機のコクピットで静かにこの空襲が終わるのを待ち続けている。今飛び出したら上空で待ち構える連邦艦隊の良い的になってしまう事を舞は良く知っている。だから舞は一切の反撃を許さず、ただ耐えろと指示を出している。
 だが、これは舞自身にも精神にヤスリをかけるような精神的負担を与えている。通信機からはひっきりなしに悲鳴や罵声、助けを求める声が聞こえ、すぐに消えていく。その度に舞は無力感に苛まれ、飛び出したくなる衝動を強固な精神力で押さえ込んでいる。
 舞は苛立つ自分を抑える為にグラナダの作戦室に回線を開いた。

「敵はまだ動かない!?」
「降下軌道上にMS隊を展開させてはいますが、まだ射程には降りてきません!」
「……そう、分かった」

 もう何度繰り返したか分からないこのやり取り。いっそ今すぐに降りてきてくれればと思ってしまう自分がいるが、このまま降りて来ないでくれと願う自分もいる。もし降りてくれば迎撃する事が出来るが、舞は少数のエゥーゴ部隊を除けば素人同然の守備隊だ。秋子の部隊を相手にまともな勝負ができるとは到底思えない。祐一たちは殺戮を好むような性格ではないが、戦闘となれば容赦などせず敵が降伏してくるまで徹底的に叩いてくる。そうしなければ自分たちの犠牲が増えるのだから当然だ。
 そして、そんな舞のジレンマにもいよいよ終止符が打たれるときが来た。遂に空襲が止んだのだ。大規模空襲が終わったあとの僅かな空白を守備隊の兵士達が呆然として浪費していく間に上空から月面降下用パックを装備したMS部隊が降りて来る。ゼク・アインの第1種兵装は軽装という弱点はあるが、こういった支援パックを運用できるのだ。両肩のマウントラッチが塞がるのでマシンガンではなく、ガンダムマークUと同系のビームライフルを装備している。
 第1波として祐一と天野の2個大隊が投入されており、艦隊の援護を受けながら地上へと降下していく。そして、それを見た舞はMS隊がすぐそこまで降下してきたのを見て、遂に攻撃命令を出した。

「全軍攻撃開始、敵MSを1機も月面に降ろさないで!」

 舞の命令を受けてエゥーゴや守備隊の兵士達はこれまでの鬱憤を晴らすかのごとく一斉に砲門を開いた。生き残っていた対空レーザー機銃やビーム砲が降下隊を撃ちまくり、MSやプチMSが近付いてくる敵機を狙撃しようとする。降下部隊を指揮している祐一は想像以上に分厚い対空砲火の密度に顔を顰め、上空の艦隊に支援を要請した。

「降下隊の相沢だ。敵の迎撃が激しい、支援を頼む!」
「了解、10秒後にミサイル攻撃を行います。当たらないように気を付けて下さい」
「まて、当てるんじゃないぞ!」

 旗艦のオペレーターの物騒な回答に祐一が怒鳴り返したが、それ以上向こうは何も返事を寄越さなかった。そしてきっかり10秒後に艦隊から一斉に発射されたミサイル群がMS隊の脇を通過し、グラナダに次々に着弾していく。たちまちグラナダは着弾の煙と噴き上げられた粉塵で覆われて視認不可能になってしまったが、対空砲火は目に見えて衰えた事からそれなりの被害を与えた事が推測できる。
 この程度の密度の砲火なら問題無いと判断した祐一は急いで部下と共に地表に向かい、途中で対空砲火で7機を失ったものの何とかグラナダの近くに降下し、部隊を展開させて橋頭堡を確保する事に成功している。舞はこの橋頭堡を潰す為に自らMS隊を率いてグラナダを出ようとしたのだが、間を置かずに天野大隊が降下してきたのを見て橋頭堡への攻撃を諦めた。祐一の部隊だけでも勝てるかどうか分からないのに、更に天野大隊まで相手にする事は出来ない。

 祐一は自分と天野の大隊を纏めると、橋頭堡の維持に1個中隊を残して全部隊でもってグラナダへ攻撃を開始した。何機かは地上に持ってきたウェポンコンテナから取り出した3種装備や2種装備に切り替えており、強力な火力を持っている。
 グラナダへ進軍を開始した祐一たちは、クレーターを利用したグラナダの周辺に広がる何も無い平地で猛烈な迎撃を受けることになった。クレーターの縁に設置されているレーザー機銃や艦砲が俯角をかけてMSを撃ちまくってくるのを見て、祐一他と天野は慌てて部隊を後退させ、第2種装備の機体を使ってすぐにこれを潰して回った。レーザー機銃や艦砲は確かに強力だが移動する事は無いので、遮蔽物の多い地上でならビームスマートガンの好餌でしかない。最初から車両として開発されていればまだ装甲もあるのだが、艦載兵器には装甲など有りはしない。
 特にここで活躍したのが名雪だった。ビームスマートガンを使う彼女はジムスナイパーUを使っていた頃よりも更に高い狙撃能力を発揮できるようになり、他のガンナーとは一線を画する命中率でもって次々に砲台を潰している。
 地上を侵攻して来る祐一たちに、舞は防御設備が潰される前に迎撃に出た。クレーターの縁を利用した遮蔽をとり、ゼク・アイン部隊に反撃を開始している。祐一は対空銃座の火点が潰れるまで部隊を近くのクレーターで遮蔽をとりながら待機させていたのだが、MS部隊が出て来たのを見てどうしたものかと天野に相談を持ちかけた。

「参ったな、MSが出てきた。どうする天野?」
「全速で移動すれば向こうのクレーターまでおよそ30秒ですが、その間は完全に無防備です。ちょっと危険すぎますね」
「そうだよなあ。いっその事ここで第2波の降下を待つか?」
「MS隊をここに引き付けておけば確かに第2波の効果は楽になりますね。私も賛成です」

 祐一の提案に天野も同意した。元々自分たちの仕事は橋頭堡の確保であって敵部隊の殲滅ではない。ならばこのままここでエゥーゴMS隊を拘束し、他の部隊によるグラナダへの直接降下を待った方が犠牲も少なくて済む。そう考えたのだ。橋頭堡の方には続々とコロンブスを改造した揚陸艦が降下して地上車両と歩兵、補給物資を下ろしており、ここで無理をする必要は無い。

 そして、この問題に誰よりも頭を痛めているのが舞だった。祐一たちが考えている事は舞にもとっくに分かっていることで、出来ればここを離れてグラナダに戻りたいのだ。だが、ここを明け渡せば敵はクレーターの縁を占領し、グラナダに砲撃を加えてくるだろう。そうなれば軌道上から行われる艦砲射撃よりも正確な砲撃が可能となり、グラナダ守備隊にはこれに対抗する手段も無く、むなしく壊滅してしまう。だから舞はここを明け渡せないのだ。例えそれが、全滅という結果を先延ばしにするだけの空しい努力でしかないと分かっていても。


 

 このエゥーゴ部隊の迎撃の様子を軌道上から眺めていた秋子は、思っていたよりも良く動く敵部隊に賞賛の言葉を漏らした。

「あの寡兵で祐一さんたちを止めましたか。よく考えていますね」
「提督、第2波を降下させますか?」
「そうですね。第2波の用意をお願いします。余り待たせると祐一さんたちが拗ねてしまいますから」

 秋子は上機嫌でジンナの提案を了承した。これまでのところ作戦は順調であり、グラナダ上空の制宙権は完全に制圧している。おかげで航宙機隊は我が物顔でグラナダの上空を飛びまわり、守備隊と戦闘を繰り返している。グラナダ守備隊はプチMSなどの作業用MSまで迎撃に出しているようで、航宙機隊は予想外の一撃で撃ち落されている物が多い。ただ、それでも全体の趨勢は圧倒的に連邦側に傾いており、グラナダ守備隊は瞬く間にその数を減らしている。
 そして、更に秋子の機嫌を良くする報告がもたらされたのは、作戦が始まって6時間後であった。通信参謀が驚きを顔に貼り付けて秋子の元に駆け込んできたのだ。

「て、提督、大変です!」
「どうしました。グラナダから新手でも出てきましたか?」
「いえ、そうではありません。月面都市からエアーズ市が離反して中立を宣言したんです!」

 それを聞いた秋子は珍しく表情を驚きに変えて通信参謀を振り返った。これは政府が各都市に対して送った提案に乗ってきたという事だろうが、これは大きな意味を持つことだ。1つの都市が傾けば、ドミノ式に他の都市も生き残りに走る事になる。まして親連邦系の都市ならば尚更だろう。
 この朗報を皮切りにエアーズ市に隣接する都市が次々に離反し、遂にはエゥーゴ側の有力都市であったアンマンまでがエゥーゴを見限って中立を宣言するに至った。これに対してブレックスは残していた部隊に市庁舎の制圧を命じたのだが、都市を守る市民軍や防衛隊に阻まれて戦闘が発生していた。
 これらの都市に対してリビックは封鎖を継続している第3、第4艦隊に支援を命じており、月面に降下した連邦軍がエゥーゴから都市を守るという何かがおかしい状況が生まれている。


 この報がエゥーゴ部隊に与えた影響は計り知れなかった。守っている筈の月面市民から見限られたという現実を明白に突きつけられたのだ。これはエゥーゴ将兵の士気を明らかに低下させた。母都市を守ろうという守備隊などは大した影響は受けなかったのだが、やはり理想で動く軍はその支えを失うと脆い。
 士気の衰えたエゥーゴはたちまち崩れだした。グラナダで祐一と天野を押さえ込んでいた舞でさえも余りの衝撃に暫しの間呆然としてしまい、他の兵達も信じられないという顔でその報告を聞いている。この隙は大した時間ではなかったものの、秋子には十分すぎるものであった。直ちに第2波の降下を命じ、降下用に準備してあったジムV部隊が次々に飛び出していく。
第2波の主力となっているジムVはその圧倒的な汎用性で如何なる局面にもその攻撃力を維持したまま投入する事が可能だ。ゼク・アインでさえ月面降下パックを装備するには軽装の第1種装備を余儀なくされるというのに、ジムVは基本装備を維持したままで降下パックを装備できる。これはジムVがいかに完成された機体であるのかを証明するものであるが、残念ながらジムVにはこれ以上の性能向上はほとんど望めない。完成されすぎているとは、つまり性能の限界に達しているという事だからだ。
迎撃の砲火は第1波が降下した時に較べれば悲しいほどに弱々しく、その密度は投網のように薄い。こんなもので降下部隊を阻止できる筈はないのだが、これが今のグラナダ守備隊の精一杯の抵抗なのである。祐一たちにエゥーゴMS部隊と対空砲の一部が拘束されている為に戦力が決定的に不足していたのだ。 
連邦軍の第2波の降下を確認した舞は時が来た事を悟った。

「……これまで。全軍グラナダへ後退。各砲座の要員は持ち場を放棄してグラナダの地下へ退避して」
「大尉、それでは敵が雪崩れ込んできます!」
「どうせもう防げない。ここを確保していてもグラナダが制圧されれば意味はない」

 部下の反対を一言で切って捨てると、舞は自ら率先して撤退を開始した。早い話が真っ先に逃げ出したのである。それを見た部下達が慌ててその後に続き、砲座に付いていた兵士達が車両に飛び乗って続いてくる。
 突然反撃が無くなった事を不審に思った祐一と天野はすぐに飛び出す事はせず、じっと様子を伺っている。おかげで舞たちを悠々とグラナダまで帰らせてしまうという失策を犯してしまった。
 グラナダの天蓋部に降下してきた連邦MS部隊はそこで対MSミサイルを担ぎ、ノーマルスーツを着た歩兵や、ハイパービーム砲を装備したプチMSやミドルMSの執拗な迎撃を受けることになった。これは余程当たり所が良くなければMSを仕留める事など出来ないが、圧倒的な数でこれを補おうとしている。
 これに対して連邦MS隊は持てる火器を撃ちまくることで対抗した。所詮は対MS兵器とは呼べない代物であり、60mmバルカンの一撃でさえ容易く破壊されてしまう。だがパイロット達にはあちこちで吹き上がる赤い染みを見て戦意を失くしたり、嘔吐する者が続出していた。MS戦では敵の死を見ることが無く、殺人を実感として捕らえる事は難しい。だが今の光景は自分達が殺戮をしているのだという事をまざまざと見せ付けるものであり、赤い染みがノーマルスーツを傷つけられ、気圧差で瞬時に弾けている人間である事は誰にも容易に想像が付いてしまう。
 誰もが祐一や北川、シアンのような地獄の一年戦争を潜り抜けてきたわけではない。寧ろそんな古参兵は前線には少なくなっており、大半はそんな悲惨な光景を目にした事も無い兵士達だ。舞や名雪、あゆといったファマス戦役の開戦期から参加している兵でさえ歩兵をMS火器で撃った事などは無い。そんな悪夢のような光景に、ファマス戦役後にパイロットになった兵が耐えられる筈が無かった。
 だが、耐えられなくても生存本能の赴くままに彼らは撃ちまくった。そのための訓練であり、頭が麻痺してきても体がトリガーを引いてくれる。しかし、そんな状態ではMSと戦う事は出来ない。立ち直る間も貰えず、駆けつけてきたエゥーゴMSに撃破される機体が続出する事になる。舞も1機のジムVを仕留めて周囲を確認し、その惨状に顔色を青褪めさせた。辺りに戦闘の衝撃波で漂うノーマルスーツの残骸。その中の人間がどうなったかなど、考えるまでも無い。その中にはエゥーゴ用の物までがあるのだ。
 だが、舞には悲嘆に暮れている暇は無かった。上空からは次々とMSが降下してきており、味方の被害は加速度的に増えている。この状況で舞は部隊を纏めなくてはいけないのだ。
 だが、どうすれば良いというのだろう。これ以上敵を進ませるわけにはいかない。既に自分達に退くべき退路は無い。そんな状況で自分は部下達に何を指示すれば良いというのだろう。
 通信機から飛び込んでくるのは悲鳴ばかり。敵は増え続けているのに、味方はどんどん減っているのだから当然だが、グラナダに篭もっているというのは全滅を先延ばしにしているというだけでしかないようだ。

 自分の力の無さに歯を噛み締め、舞は手近なMS部隊に襲い掛かった。接近戦で真価を発揮する舞にとって、遮蔽物が多いこの戦場はまさに最高の戦場であり、連邦のジムUやジムVはいきなり現れた百式改に反撃に出る間もなく倒されていった。勿論味方が堕とされてる間に距離を取って反撃に出た機体もあるのだが、舞を止める事は叶わなかった。エゥーゴ内で舞は接近戦においては最強を誇っており、そのビームサーベルの斬撃を3度防げたら超一流とまで言われる彼女は、エゥーゴ内では『剣姫』の名で呼ばれるようになっていたのだ。
 そして今、その剣姫が全ての力で持って連邦MSを仕留めて回っている。全体としては圧倒されているのだが、舞の居る所だけは両者の立場は逆転しているのだ。舞の部下達は上官が剣姫と呼ばれるわけを再確認し、その姿に勇気付けられて戦っている。
 この厄介な部隊の存在はすぐに攻撃の指揮をとっている祐一の知る所となった。転送されてきた映像を確認し、すぐにその正体に察しをつけてしまう。

「積極的に接近戦を仕掛けてくる百式改か、舞かトルクだな」

 これはもう自分が行くしかないと考えた祐一だったが、その機先をあゆに制されてしまった。

「駄目だよ祐一くん、祐一くんは攻撃隊指揮官なんだから」
「じゃあどうするんだ。あゆが行くか?」
「…………」

 祐一の問い掛けにあゆは黙り込んでしまったが、その沈黙が何よりも雄弁に肯定の意思を伝えていた。

「あゆ、お前、出来るのか?」

 あゆのその決意が以外だった祐一はあゆに問いかけてしまう。本当にお前はあいつらを倒せるのかと。確かにあゆには力がある。最高のシェイドとしての体と、強力なNTとしての力が。だがあゆはその力を決して喜んではおらず、ファマス戦役以降は全力を発揮した事が無い。だからジョニー・ライデンにも苦戦したりもする。
 だが、祐一の指揮下には舞やトルクと戦って勝ち得るパイロットはあゆしか居ない。みさきならば圧倒できるが、彼女は部下ではない。自分ではあの2人を苦戦させる事は出来ても勝つことは出来ないのだ。
 それを知っているからこそ、あゆは祐一を止めたのだ。

「ボクなら大丈夫だよ。機体もmk−Xになったし、何とか出来るよ」
「……相手は舞かトルクだぞ」
「……うん、それは分かってる」

 あゆの答えを聞いて、祐一は重苦しい溜息をついた。そして、これ以上は聞こうとせず、あゆに百式改を任せることにした。

「分かった。ただし、無理するんじゃないぞ」
「祐一くん、S級シェイド相手に、それは無理だと思うよ」

 祐一の心配そうな言葉に、あゆは苦笑で返した。幾らなんでもあの舞やトルクを相手に楽な勝負など出来る筈も無い。S級シェイドは1人でも大きな脅威となるのはファマス戦役でイヤというほどに思い知らされている。S級シェイドを相手にする以上、あゆといえども絶対に勝てるとは言い切れないのだ。

 祐一に断わってあゆは百式改と戦うべく2機の部下と共に戦場を目指して行ってしまった。祐一はそれを見送った後、隊のMSに指示を出してクレーターの縁から市街への道を確保しようとする。後続してくる歩兵部隊の為に道を作っておかなくてはならないのだ。
 頭を左右に振ってあゆと舞の事を頭から追い出し、祐一は副官の名雪を呼び出した。

「名雪、陸戦隊の連中はまだか?」
「装甲車には移ったみたいだけど、まだ動けないみたいだよ」
「ちっ、愚図愚図してないでくれよ。こっちだって楽じゃないんだぞ」
「祐一、気持ちは分かるけど、陸戦隊の人たちだって遊んでるわけじゃないよ。作戦通りいくなんて今まで一度でもあった?」
「そんな事は分かってる、これは八つ当たりだよ」

 名雪に窘められた祐一は悔しそうに言い返したが、それに反応したのは名雪ではなく周囲で聞いていた部下達であった。通信機から漏れ聞こえてくる押さえ切れない笑いに祐一は顔を顰め、名雪はおかしそうに笑みを零す。戦闘中にこんな事をしていたら怒鳴りつける士官もいるが、祐一はこのくらいのことで咎めたりするような男ではなかった。

 

 
 そして、エゥーゴと連邦が死力を尽くして戦っている時、その背後ではいよいよティターンズが動き出していた。グリプスを出航した艦隊はそれぞれの目的地を目指して散っていき、地上ではマドラスとキリマンジャロにあるティターンズ拠点から一斉に駐留師団が動き出す。そしてそれと連動するように各地で不穏な動きが表に出てきている。宇宙で最大の集団はルナツーを目指し、地球で最大の集団はダカールを目指す。


 この日、遂にグリプス戦争が始まった。



後書き
ジム改 エゥーゴは頑張ってます。
栞   あの、私の出番は?
ジム改 もうちょっと待ってね。当面は君が出る戦闘じゃないから。
栞   ううう、金食い虫が仇に。
ジム改 軽騎隊は一度出撃すると弾薬消費量が物凄いからねえ。
栞   でも良いんです。折角持ってきたんですから、きっと出番があります!
ジム改 ……まあ、多分ね。
栞   あああ、出てきなさいサイコガンダム。そうすれば私も出れます!
ジム改 サイコ対デンドロ。周りの被害が凄そうだな。
栞   でも派手でしょう。
ジム改 派手にすれば良いってものではなくてだね。