第32章  ティターンズ、立つ




 それは、まさに計画的に行われたと言っても良い。ファマスの決起ほど完璧ではなかったのだが、それはほとんど完全に成功したクーデターであった。ティターンズは緊急展開軍の後背に艦隊を置き、マドラスとキリマンジャロから地上部隊を繰り出し、グリプスからルナツーへ向けて艦隊を発進させた。
 この動きはティターンズの動向を警戒していた連邦情報部の知る所となったが、彼らが警告を発した時には既に事は起きていたのだ。
 全ての始まりは地球と宇宙の通信がミノフスキー粒子で遮断された事であった。地球圏各地の連邦拠点は衛星を使えなくなった為に交信に不自由するようになり、すぐにこの事態の調査を行おうとしたが、彼らは近くを大軍で移動しているティターンズに注意を払っていなかった。ティターンズには独自の命令系統があり、連邦軍に通達無しで動く事も珍しくは無かったので、どこかでカラバやジオン残党でも暴れているのだろうと考えてしまったのだ。
 だから、連邦軍の多くは最悪の事態の、その瞬間まで何が起きようとしているのかに気付かなかったのである。バイエルラインから警告を受け取っていた秋子もリビックも目の前の問題に目が向いてしまい、ティターンズへの警戒が疎かになっていた。
 ここまで全てを隠蔽してきたティターンズが巧みだったと言うしかないが、こうしてティターンズは予定通りに事を運ぶ事が出来たのである。
 そして彼らは、ジャミトフがグリプスから発した暗号を受け取ると同時に計画を実行に移した。

 ティターンズは地上では連邦首都ダカールを、宇宙ではルナツーをまず攻撃してきた。ダカール周辺は第1師団が恒常的に起きていたジオン残党の襲撃に対して警戒配置をしていたのでこのティターンズの攻撃にもすぐに反撃を行ったのだが、圧倒的な装備と数でティターンズは第1師団を押し切ってダカールへと侵攻した。
 ルナツーでは先手こそ打たれたものの、すぐに駐留艦隊とMS部隊が迎撃に出ている。幾ら主力を欠いているとはいえ、ティターンズが単独で攻め落とせるほどルナツーの防衛力は甘くはなく、ティターンズ艦隊はルナツーの要塞砲と駐留艦隊にたちまち進撃の足を止められてしまう。だが、ルナツーに残されていた主力艦隊の1つ、第6艦隊がティターンズに呼応するように決起した事がルナツーの命運を決した。駐留艦隊や独立艦隊も数を合わせれば第6艦隊に負けはしなかったのだが、ティターンズ艦隊も相手にするとなると数が不足しすぎる。そして何より、第6艦隊は自分たちの懐にいたのだ。
 ルナツー駐留軍はこの絶望的な状況でなお奮戦していたのだが、腹背に敵を抱えたという状況では善戦以上の事は出来ず、大きな犠牲を支払った上でルナツーを放棄して脱出している。

 だが、この情報がリビックたちに伝わるよりも早くティターンズは秋子達にも牙を向いていた。ドゴス・ギア級戦艦ヘラクレスからティターンズ艦隊を指揮しているジャマイカン中佐はエゥーゴが主力艦隊に敗北したという報告を受けると、満足げに頷いた。

「ふん、丁度良いタイミングだな。エゥーゴも潰れてくれたし、全て計画どおりだ」
「では?」
「決まっている、緊急展開軍を背後から撃つぞ。一応エゥーゴの味方をしてやる事になっているのだからな。我々は嘘吐きではないだろう?」

 ジャマイカンの問いに副官は厭味ったらしく答えると、全軍に攻撃開始を命令した。



 

 もはや完勝気分で油断していた秋子は、いきなり背後から殺到するビームとミサイルに対処する事が出来なかった。
 秋子はタナトスの艦橋でのんびりと月面を眺めていた。後は祐一に任せておけば全て片付けてくれると考え、自分はこれからの事に思考を向けている。本隊の方からもエゥーゴ艦隊主力を壊滅させたという報せが入っており、後は掃討戦のレベルでしかない。月面が完全に制圧されるのも時間の問題だろう。

「チェック・メイト、ですね。これで平和が戻ってきます」

 後はティターンズを時間をかけて縮小し、地球圏に近付くアクシズを叩き潰せば連邦に歯向かえる勢力は見当たらなくなる。戦争は終わり、また暫くの安定した時代が来ると秋子は考えていた。
 だが、その秋子の妄想を、艦橋の脇を貫いていった一条のビームが粉々に打ち砕いてしまった。その輝きに顔を染めた秋子が驚くよりも早くオペレーターたちが被害報告を次々にもたらしてくる。

「後衛のエインウォース艦隊からの通信が途絶えました!」
「空母セント・ロー被弾!」
「駆逐艦アリエス被弾!」

 秋子はゆっくりと後方を映し出すモニターを見上げた。そこには自分達に向けて発砲してくるティターンズ艦隊と、次々に被弾し、沈んでいく自分の部下達が映し出されている。秋子は何が起きたのかすぐに理解する事は出来たが、感情がそれに付いてこれなかった。
 だが、秋子に混乱している余裕は与えられなかった。旗艦であるタナトスはティターンズ艦隊の集中砲火の目標とされており、艦長が咄嗟には後方に展開させた防御スクリーンで防ぎきれなかったビームが艦を直撃したのだ。複数の直撃弾を受けたタナトスは各所で爆発を起し、艦橋も天井のパネルが電気スパークで爆ぜ、構造材が落下してきた。事態に付いていけなかった秋子は驚愕の余り動けないでいたが、その背中を誰かが強く押した。
 前に飛ばされた秋子はオペレーターの操作パネルに体を強くぶつけて一瞬目の前が暗くなったが、何とか意識を繋ぎ止めると背後を振り返った。そこには爆発で飛ばされて来た天井の構造材と共に力なく漂っている参謀長、ジンナ少将の姿があった。

「参謀長!?」

 慌てて秋子が駆け寄り、すぐに他の参謀も駆けつけて来た。幸いにジンナはまだ息をしていたが、鋭利な破片が背中に多数刺さっており、すぐに医務室に運ぶ必要があった。秋子は参謀の1人にジンナを医務室に運ばせると、艦橋の機能を復旧させ、怒りの篭もった目でスクリーン上のティターンズ艦隊を睨み付けた。

「全艦反転、ティターンズを叩き潰します!」

 秋子がここまで感情的に命令を出した例は過去にほとんど無い。いや、秋子が表情を怒りに歪ませているなど、秋子の側近であるマイベックも見た事が無いだろう。秋子の命令を受けた各部隊の指揮官達は直ちに反撃を開始したが、その中にエインウォースの姿はなかった。
 エインウォースの乗艦、戦艦ジュノーが撃沈したという報せを受けた秋子は沈痛そうに表情を曇らせ、暫し瞑目して部下の死を悼んだ。秋子の指揮下において、将官級が戦死したのは初めての事である。
 そしてそれを皮切りにここまでの被害集計が纏まってきたのだが、それは秋子をよろめかせるに足るほどに凄まじい損害であった。月面に持ってきた艦艇のうち、3割以上が撃沈、もしくは被弾しているのだ。特に秋子に衝撃を与えたのは空母セント・ローの損失であった。被弾後に起きた弾薬の誘爆を消化する事が出来ず、搭載MSとGレイヤー1機もろともに爆発してしまったというのだ。貴重なGレイヤーを空母の腹に抱えたまま空しく失ったという事に秋子は眩暈さえ起すほどのショックを受けている。
 このセント・ローの喪失の衝撃に打ちのめされている秋子に、空母エンタープライズに居た栞が意見具申をして来た。

「秋子さん、私達を出させてください!」
「栞ちゃん……」
「飛び立つ事も出来ず、船の中で死ぬのは嫌です!」

 これはパイロットの本能のようなものだ。母艦の中で死ぬより、自分の機体に乗って死にたい。そして秋子もパイロット上がりであるから栞の気持ちは良く分かった。だが、デンドロビウムやGレイヤーは発進に時間がかかる。そこを狙われたらひとたまりも無いのだ。すぐに敵MSが来る事を考えれば、出撃させるのも難しい。
 だが、この状況でティターンズMS隊は少数の直衛機に食い止められる事になる。出撃していた久瀬が20機ほどのMSをまとめて敵の正面に立ちはだかったのだ。この部隊の壁はすぐに突破されてしまうのだが、ティターンズ部隊の足を一瞬とはいえ止めたのは確かだ。その僅かな時間が艦隊の直衛部隊に反撃に出る余裕を与えてくれた。
 敵MS隊が止まったのを見た秋子は栞に発進許可を与えた。

「分かりました栞ちゃん、出撃を許可します。ティターンズに私たちの恐ろしさを骨の髄まで教え込んでやりなさい」
「はい、任せてください!」

 薄い胸を右拳でドンと叩き、栞は秋子の命令にやる気マンマンで応じて見せた。そして、栞は残っている3機の部下に命令を出した。

「しおりん軽騎隊発進です。ティターンズの人たちに身の程を教えてあげますよ!」
「「「了解!」」」

 空母から4機の獣が解き放たれた。エゥーゴに対しては使われなかった切り札がティターンズに向けて切られたのだ。



 

 同じ頃、リビックの主力艦隊もフォン・ブラウンへの降下を前に動きを止めていた。ルナツーからミノフスキー粒子を貫いて断片的にもたらされた報告がリビックの足を止めさせたのだ。
 その文面を見たリビックは不快そうに眉を顰め、そして重苦しい溜息を漏らした。

「ルナツーをティターンズが総攻撃してきた、か。第6艦隊もティターンズに呼応して反乱を起しおった」
「どうします。今すぐに戻ってティターンズを叩きますか?」

 参謀長のクルムキン少将が問うたが、リビックはそれに首を横に振る事で答えた。

「間に合わんよ。ルナツーは持ちはすまい。かといってこのまま月攻略をして物資を使い果たすわけにもいかん」
「何故です。このまま月を攻略し、月を拠点にルナツーを奪還すれば良いではないですか?」

 参謀の1人がリビックに異論を唱えたが、それにはリビックではなくクルムキンが答えた。

「それは無理だ。月を攻略したとしても、そこは暫くは敵地だ。そんな不安定な場所をすぐに根拠地には使えんよ」
「では?」
「……サイド1辺りに戻り、現状を確かめるしかあるまい。このままでは全軍揃って宇宙の遭難者だ」

 渋々、という感じでリビックは参謀達に答えた。環月方面司令部をこのまま占領していても良いのだが、ルナツーが落ちたのでは補給物資の供給元も無く、艦も動けなくなってしまう。ここにはたいした生産設備は無いのだ。

 リビックは全軍に集結を命じた。月を封鎖している第3、第4艦隊も呼び寄せて再編成を開始する。これだけの数になると再編成と補給、損傷艦の補修も一苦労なのだが、既にエゥーゴは壊滅しているので襲撃される心配はほとんどない。
 そこで再編を完了すると、リビックは第2艦隊をエゥーゴへの押えとして環月方面司令部に残し、連邦側に流れたアンマンやエアーズなどの月面都市の支援をさせる事にした。消耗したとはいえ、第2艦隊にはまだ52隻が残っている。これに支援艦隊である第9艦隊から20隻を分派して物資を残しておく。
 第2艦隊を割いてもなお4個艦隊、消耗したとはいえまだ200隻を数える戦闘艦を持っている。これに70隻の支援艦隊が続き、サイド1を目指して残念そうに月を離れていく事になる。エゥーゴ幹部はこれに直ちに追撃を加えて損害を与えたかったのだが、彼らの手元には大破して航行不能な物まで含めても30隻に届かない程度の数しかなく、これを追撃する事など不可能だった。
 フォン・ブラウン攻撃を目前にしていきなり月を離れて行った大艦隊を見送ったブライトとヘンケンは、まるで夢を見ているかのような気持ちにさせられていた。何故連邦が撤退したのかが理解できず、呆然とそれを見送ってしまった。
 その後第2艦隊が環月方面司令部に入り、宙域ががら空きになったのを確認して2艦隊はおっかなびっくり戦闘宙域にやってきた。そこで残存MSと損傷艦の回収を行う為だ。艦を近づけたブライトとヘンケンは疲れた顔をモニター越しに向け合い、お互いの顔色の酷さに苦笑いを浮かべた。

「また、今回も生き残ったな」
「悪運が強いと言うべきか。しかし……」

 ヘンケンは言葉を切って無念そうに残骸の散らばる宙域を見回す。エゥーゴの総力を集めた主力艦隊は、結局完膚なきまでに敗北してしまった。膨大な資材をつぎ込んで建造した艦隊も、増産に次ぐ増産で数を揃えたMSも、血の滲むような努力で育て上げたパイロットもこの一回の戦闘で全て磨り減らしてしまったのだ。あの日々はなんだったのかと思うとやりきれないものがある。

「もう一度再建できると思うか、ブライト中佐?」
「時間が貰えればね」
「時間か、そいつは問題だな」

 ここまで来るのにエゥーゴは4年かけている。それで何とか連邦と戦えるだけの戦力を整えたのだが、それは真っ向から連邦と戦える戦力ではなかったのだ。だからエゥーゴは出来れば連邦と戦いたくはなかった。ティターンズの悪行を広めて連邦内に自分たちのシンパを作り、連邦を潜在的な味方にする予定だったのだ。だが結果はこうだ。もう秘密裏に事を薦める必要も無いのだから戦力再建は早くなるだろうが、それでも半年は身動きできないだろう。

「半年、連邦が動かないでいてくれるかな」
「半年待つ理由は無いな。明日にも再攻撃できる筈だ」
「ああ、俺もそう思うんだが……」
「なんで今日退いたのか、か」

 軍事的には不可解極まる行動である。連邦がフォン・ブラウンを目指していたのは確実で、そのための障害は全て排除していたにも関わらずいきなり撤退してしまった。物資不足はありえない。あれだけの支援艦隊を編成していたのだから。
 結局この事は考えても分かるはずが無く、暫く2人は救助活動に専念する事になる。だが、2人はその疑問の答えを最悪の形で得る事になる。

「艦長、フォン・ブラウンから新たな命令が来ました」
「命令だと、今更か?」
「はい、それで、内容が……」

 通信士が言い難そうに口を閉じてしまったのを見て不審に思ったブライトは、自ら通信席に足を運んでその通信内容を読み取った。そこに書かれていた内容を見てブライトは最初絶句し、次いで怒りに顔を赤くした。

「馬鹿な、グラナダに向い、ティターンズと共に緊急展開軍を攻撃しろだと!?」
「どういう事なのでしょうか?」

 わけが分からない部下は困惑した顔でブライトを見るが、ブライトはそれに答えなかった。怒りの余りそんな考えも浮かばなかったのだ。
 ブライトにもようやくカラクリが掴めた。どうして連邦と真っ向から勝負したのか。どうして連邦が退いたのか。この命令が全てを物語っている。上層部はティターンズと結託していたのだ。

「ふざけやがって。我々を何だと思っているんだ、上の連中は!」

 ブライトは激昂のあまり口汚く上層部を罵った。上層部の選択が理解できない訳ではないが、そのために末端の自分達にこんな無茶を強いたのが気に食わない。おかげで自分達は膨大な犠牲を支払う羽目になったのだ。それ以前に、エゥーゴがティターンズと結託して連邦と戦うなど、初期の理想は何処に行ったのだ。
 だが、命令とあれば仕方が無い。ブライトは不満の色を隠そうともせずにラーディッシュとの回線を開かせた。すると、案の定ヘンケンも苦みばしった顔をしているではないか。

「ヘンケン艦長、事情は分かってると思うんだが」
「ああ、ムカつく話だがな。行くんだろ?」
「行くしかないだろ。我々はアナハイムの意向には逆らえない」

 これがエゥーゴの限界だ。その成立に月企業体の強力な支援を受けているエゥーゴは、意思決定機関をこれらの後援者に握られていると言っても良い。ブレックスが間に立って調整をしている筈なのだが、今回の事はブレックスも承知しての事なのだろうか。戦死したベーダー中将やカニンガム少将はどうだったのか。軍の指導部はこの作戦を承知していたのだろうか。
 一度浮かんだ疑念は消す事は出来ない。ブライトもヘンケンも上層部への不信感を抱いたままにそれぞれ巡洋艦を残し、10隻をまとめてグラナダの救援に向った。だが、その戦力は弱体と言うしかない。MSは収容した健在機で満たしているが、パイロットは激戦の疲労と敗戦の屈辱に打ちのめされて使い物にならず、艦隊の将兵も既に戦意を喪失している有様だ。あれだけ完璧に負ければやる気もなくなるだろう。
 ここでブライトとヘンケンは意図的に命令違反を犯した。わざと艦隊の再編成に時間をかけ、救助活動に時間を費やしたのだ。明らかな命令拒否だが、ブライトもヘンケンもそんなのは知った事ではなかった。例えた戦いに行った所で何が出来るわけではないのだ。

 この救助作業が結果として多くの将兵の命を救うことになった。その中にバーミンガムに撃破されたカミーユの姿もある。大破したZのコクピットからライデンが救出したのだ。カミーユのZを見つけたライデンはコクピットハッチを空け、中で気を失っていたカミーユを見つけたのだ。ヘルメットの中には血が漂っており、内臓を傷付けた可能性さえあった。

「カミーユ、おい、しっかりしろ。死ぬんじゃないぞ!」

 コクピットの中からカミーユを救出したライデンは急いでアーガマへ戻った。既に自分の母艦は沈んでいたのだ。母艦の収容能力に対して集った数が多かったので損傷している機体から次々に放棄されていたのだが、幸いにしてライデンのZは健在だったのでアーガマに収容してもらえた。コクピットから出たライデンはすぐにカミーユを救護班に任せ、ようやくそこで一息ついた。ここまでの戦いで疲れ切ってしまったのだ。
 そして格納庫の中を見回すと、これまた不機嫌そうな顔でデュラハンが近くのコンテナに背中を預けているのが見えた。

「よおデュラハン、あんたも生きてたか」
「なんだ、ライデンか。お前も無事だったんだな」
「ああ、何度か死にかけたけどな」

 ヘルメットを小脇に近付いたライデンは次々に運び込まれてくる負傷者を見て顔を歪めている。

「酷いもんだな」
「負け戦さなんてこんなもんだ」

 ライデンの言葉にデュラハンは詰まらなそうに答えた。もう慣れてしまったのだろう。ライデンはデュラハンの答えに眉を顰めたが、特に何も口にはしない。
 だが、そこにデュラハンの部下であるセルゲイとレベッカがやってきた。

「よう、お前らも生きてたか」
「少佐」
「おい、フェイはどうした?」

 近くに見当たらないもう1人の部下の所在をデュラハンは問い掛けたが、レベッカは辛そうに顔を逸らし、セルゲイは黙っている。それを見てデュラハンの顔色が少し変わった。

「おい、冗談はよせよ」
「……フェイは、俺達から切り離された所を集中攻撃されて」
「…………」

 セルゲイの話を聞いたデュラハンは不快げに顔を顰めたあと、右拳で背にしていたコンテナを殴りつけた。

 救助作業も一段落したと感じたブライトとヘンケンはようやくグラナダ救援に向おうと準備を始めた。だが、ブライトとヘンケンはこの作戦にやりきれないものを感じていた。疲労しきった上に士気も喪失した艦隊を率いてあの地球圏最強の武力集団と呼ばれる緊急展開軍を相手にするという無茶をするだけでもふざけているのに、ティターンズと手を組んで水瀬提督を倒せと言われたのだ。敵味方に分かれたとはいえ、親スペースノイド派の秋子をティターンズと共に討てなどと言われてはやる気が起きる筈も無い。

 そして、この問題をより深刻に受け止めた者がグラナダにいた。

 祐一たちの猛攻を凌いでいた舞は、いきなり敵の圧力が無くなった事に驚いた。何故かあゆのmk−Xまでが自分との戦いを切り上げて後退を始めている。

「……何?」

 最初は罠かと思ったが、この状況で罠など張る意味は無い。力押しだけで十分自分達を壊滅できるからだ。
 やがて状況の変化が舞にも掴めて来た。撤退している連邦MSは明らかにグラナダの外へ出ようとしている。外で爆発の光が見える事を考えると戦闘をしているようだが、援軍でも来たのだろうか。

「……フォン・ブラウンの主力艦隊が連邦艦隊に勝ったの?」
 
 呟いてからその可能性の低さに思い至る。馬鹿馬鹿しい、あの大軍相手に勝つ可能性など、蟻が象を噛み殺すような確立だ。だが、それではあゆたちは何と戦っているのだろうか。それを確かめるために舞は健在な部下を4機連れて天蓋部に開いた穴から外に飛び出した。
 そして、グラナダ上空で行われている戦闘の光景を見た舞は、すぐにそれが現実だと受け入れられなかった。連邦軍がティターンズの攻撃を受けて大苦戦を強いられている。グラナダ上空には時折見かけていたガブスレイの他にも見慣れない可変機が飛び回り、地上に出ている連邦MSと交戦している。

「……何が、起きてるの?」
「わ、分かりません。連邦とティターンズが戦っているようですが」

 舞の呟きに部下が戸惑った声で返してきたが、別に舞は部下に質問をしたわけではなかったので、それを気にかけはしなかった。ただ、自分の見ている先で連邦MSが不慣れな対空戦闘で次々に撃破されている姿を見て怒りを覚えていた。
 そして、舞は背部のメガ粒子砲を起動すると発射位置にスライドさせ、上空を旋回している見慣れない大型MA、ギャプランに照準を付けた。

「……当てる」

 舞の怒りを込めたメガ粒子砲は、残念ながら狙ったギャプランを掠りもしなかった。舞は中距離射撃が余り得意ではないので、こういう時は余り役に立たない。だが、その射撃で舞の存在に気付いたゼク・アインがいた。ビームスマートガンを構えて既に2機の可変機を撃ち落している、どこかで見た蛙のマーキングがされている機体だ。
 その機体はこちらに砲身を向けてきたのだが、なにやら戸惑っているようだ。エゥーゴ機が自分たちの援護をしたのが理解できないのだろう。舞は周波数を連邦機のものに合わせると、懐かしい友人に声をかけた。

「名雪、状況を教えて欲しい」
「ま、舞さん、なんで……?」
「今は戦う気は無い。それより、どうしてティターンズと戦ってるの?」
「う〜、私にも分からないよ。いきなり攻撃してきたんだもん」
「……そう」

 なるほどと舞は頷いた。どういう事情があるかは分からないが、ティターンズは連邦に反旗を翻したのだろう。舞は少し考えた後、司令室に回線を開いた。

「司令室、何がどうなっているのか教えて」
「川澄大尉か。よかった、まだ無事だったか!」
「そう簡単には死なない。それより、ティターンズが連邦を攻撃してる。私は今からティターンズを討つから」
「ま、待て、それは駄目だ!」

 舞がティターンズ機を撃とうとしたが、それを慌てた声が引きとめた。舞はトリガーにかけた指を離し、通信機に訝しげな声をかける。

「何故? 連邦とティターンズが敵同士になったなら、私達が連邦と戦う理由は無いでしょう?」
「理由は後で話す。今はティターンズと協力してくれ」
「…………」

 舞はその言葉を聞いたとき、明らかな殺意を覚えた。シェイドの持つ特有の異常な殺気が僅かな間とはいえ全身から噴出し、周囲にいる全ての者の恐怖心を呼び起こす。殺気を制御できなかったのはほんの僅かな時間だったが、それはこの辺り一帯の戦闘を確かに止めてしまった。
 この止まった戦闘の中で、このシェイドの殺気を浴びた事のある者たちは何とか竦みあがった気持ちを無理やり立て直して動く事が出来たが、それはごく僅かでしかない。その中の1人である名雪は舞に話しかけた。

「ま、舞さん、力を抑えて!」
「……御免、名雪。ちょっと気が立った」

 すぐに気を沈めようとした舞だったが、内心から沸きあがってくる怒りは完全に消す事は出来なかった。馬鹿げている。どうして自分が30バンチ事件を起すようなティターンズと手を組まなくてはならないのだ。自分はティターンズと手を組みたくて大切な友人を裏切ったわけじゃないのだ。
 暫しの葛藤の後、舞は大声で雄たけびを上げ、メガ粒子砲を直上に撃ち放った。あの寡黙な舞が雄たけびを上げた事に名雪も舞の部下達も驚いてしまう。そして舞は司令室からの通信を切ってしまった。

「名雪、ティターンズをグラナダから追い出す!」
「え、で、でも、舞さんはエゥーゴでついさっきまで戦ってた相手だよ。私は良いけど、周りの人が納得しないよ」
「構わない。名雪の傍に居るから」
「う〜〜〜」

 舞の嘆願に困り果ててしまった名雪は仕方なく祐一に通信を繋いで判断を仰ぐ事にした。

「祐一〜、舞さんが手を貸してくれるって言ってるんだけど、どうしたら良いと思う?」
「なんじゃそりゃ?」
「舞さんがティターンズ相手なら手を貸すって言ってきたの」
「おいおい、ついさっきまで殺し会ってたんだぜ。いきなりそんな事言われても……」

 祐一もどうして良いか分からなくなってしまった。舞が何を考えてそんな事とを言い出したのか分からないが、舞が敵に回らないのは正直言ってありがたい。この状況で舞が敵に回ったら混乱に拍車がかかってしまう。
 暫く悩んだ末に、祐一は舞を名雪に任せる事にした。何だかんだ言って温厚で人当たりが良く、良識派の名雪は部下と上司を問わず人気がある。名雪に任せておけば他の誰かに任せるよりも問題を引き起こす可能性は低いだろう。それに、あゆにでも任せて下手に突っ込まれては良い的になってしまう。

「名雪、そのままお前と一緒に行動させてくれ。分かってると思うが、前に出すなよ。背中から撃たれるからな」
「う、うん、でも祐一、本当に良いの?」
「事情は後でゆっくり聞くさ。今はティターンズのクソッタレ共を叩き落すほうが先だ」
「分かったよ。あと祐一」
「なんだ?」
「クソッタレなんて、行儀が悪いよ」

 変な所に突っ込みを入れて名雪からの通信は切れた。祐一は名雪に窘められて憮然としてしまったが、こういう一歩ずれた所が名雪らしいといえば名雪らしいと言えるので怒る事も出来ない。

「……惚れた弱みって奴なんだろうけどなあ」

 我ながら贔屓が過ぎると思いながらも祐一はそれが悪いとは思わなかった。自分の彼女を贔屓して何が悪いのだ。そう自分で勝手に決めてしまうと、切り札のインコムを起動した。2機のインコムが上空へと向い、旋回している新型MA、祐一は知らないがメッサーラである、を上空から狙い撃ちした。予期していなかった上空からの攻撃を受けたメッサーラはビームガン2発の直撃を受けて炎上し、月の重力に引かれて離れた所に墜落していった。


 

 月面での戦闘は精鋭だけに頑張っていたが、撃ち降ろされるというのは物凄い不利を強いられる戦いだ。祐一たちは残骸と化した天蓋部で遮蔽をとりながら空を飛ぶMAに対空砲火を撃ちまくったが、空を飛ぶMAは中々堕ちなかった。
 だが、艦隊同士の戦いはしおりん軽騎隊の投入で完全に決しようとしていた。空母と運命を共にした1機の損失はあったが、残る4機が怒りを込めて暴れまわっている。ウェポンコンテナから放たれたミサイルがMSを蹴散らし、物干し竿と渾名される大口径メガ粒子砲は一撃で巡洋艦さえ沈めてしまう。Iフィールドで自らを守り、圧倒的な機動力で攻撃の全てを回避してしまう。
 これと交戦したティターンズパイロットは「あれは卑怯だ!」と叫んだ程で、この4機が暴れまわった後には文字通り何も残らないほどの破壊が繰り広げられていた。特に栞のデンドロビウムの活躍は凄まじく、巨大なビームサーベルで駆逐艦を真っ二つにしてティターンズ兵士の心に恐怖を植え付けるような事をやっている。
 だが、この無敵部隊には最大の欠点がある。それは、実体弾主体なために交戦可能時間が短いという事だ。栞たちはティターンズ艦隊を突き崩した所で弾切れを起し、ヒーローになり損ねてしまうのであった。

「何でビーム主体じゃないんですか!」

 エンタープライズに帰艦した栞はコクピットから出るなりこう怒号したと整備士たちは語っている。



 しかし、栞たちの活躍は秋子達に何よりも必要なもの、時間を稼ぎ出した。最初の奇襲でエインウォース准将の戦死をはじめとする多大な犠牲を支払ったものの、秋子たちは何とか陣形を再編してティターンズ艦隊に向き直った。だが、損傷艦が余りにも多く、空母部隊と補給部隊を後方に残した後に残ったのは僅かに45隻でしかない。当初は115隻も居たというのにだ。
 空母や損傷艦を秋子はモースブラッカーにまかせると、オスマイヤーとバーク、斉藤、みさきを連れてティターンズに復讐戦を挑んだ。

「卑劣なティターンズに私たちの強さを教えてあげましょう。私達を騙まし討ちした事がいかに高く付いたか、骨身に思い知らせてやりましょう。全軍、ティターンズ艦隊を殲滅しなさい!」

 この秋子の命令を受けて緊急展開軍はティターンズに挑んだ。お互いに連邦の最精鋭部隊と呼ばれている身であり、これは地球圏最強を決める戦いでもある。ただ秋子の方は主力が月に降りており、ティターンズは栞たちにボロボロにされているので些か力不足になってはいる。
 この時の緊急展開軍は精鋭部隊の大半を月に降ろしている為、主力は香里率いる北川大隊から分派されたゼク・アイン1個中隊であり、残りはジムVとジムUで編成されている。これに対してティターンズはマラサイとバーザムを主力にガブスレイやギャプラン、メッサーラを投入してきている。総合的にはティターンズのが有利と言えた。
 この時緊急展開軍のMS隊を率いたのは久瀬大尉、ティターンズのMS隊を率いたのはラルフ少佐である。連邦は直衛機がティターンズの攻撃に未だに引っ掻き回されている為、組織的反撃が行えないでいたが、秋子の指示で指揮を任された久瀬がまだ艦に残っていた待機組みをまとめてどうにかMS部隊を作り上げたのだ。
 この久瀬隊とラルフ隊は真っ向から激突したが、久瀬隊は数と質の双方で劣る久瀬隊は最初から苦戦を強いられた。唯一の救いは久瀬隊には残されていたエースたち、浩平、澪、葉子らがいる事で、これらの駆る機体は数の差を跳ね返す強さを見せている。特にA級シェイドである葉子の強さは凄まじい。

 この久瀬たちの勇戦はティターンズに予想外の損害を強いていた。性能で勝り、数でも勝るはずのティターンズが連邦MS隊を突き崩せないのだ。とにかくやたらとしぶとい奴らであり、何度攻撃を加えても崩れない。もしくは崩れてもすぐに修復してしまう。
 皮肉な話だが、久瀬や浩平といった連中は負け慣れているせいで、どんな苦境でも諦めないしぶとさが培われていたのだ。だが、この勇戦がティターンズ艦隊に引き篭もっていた男を呼び出してしまう。
 ロンバルディアの艦橋で戦況を見ていたシロッコは面白そうに眼前の光景を眺め、その中に複数の強烈なプレッシャーを感じていた。

「この感じには覚えがあるな。30バンチの時にあの川澄舞から感じたものと同質のものだ。それにNTの気配もある」

 なるほど、MS隊が苦戦するわけだとシロッコは納得すると、自ら艦橋を離れてMSデッキへと向った。そこにはまだ自分用のメッサーラが残されており、シロッコ自身がいつでも出撃できるように常に万全の状態に整備されている。普通に考えれば指揮官であるシロッコの為に完全状態の新鋭機を用意しておくなど意味の無い事なのだが、これが許される所にシロッコ率いる木星師団の異質さがある。
 MSデッキにやってきたシロッコはノーマルスーツも着ずにコクピットに入ると、その目に楽しげな光を宿らせた。

「さてと、シェイドとか言ったか。何処まで楽しませてもらえるかな」

 30バンチでは川澄舞は自分と互角の強さを見せ付けた。ならば、ここにいる連中も自分と戦えるだけの強さを持っているのだろうか。そう思うとシロッコは楽しくて仕方が無かった。それは若さゆえの危険な衝動とも言えたが、シロッコ自身に些か英雄願望があったのだ。
 だが、強力なNTであるシロッコの出撃は緊急展開軍にいる2人の女性の注意を引いてしまった。自身も強力なNTである秋子と、最強のシェイドであるみさきはシロッコの放つ強大な力を敏感に感じ取ったのだ。

「これは!?」

 秋子はティターンズの中に一際強大な力を感じ取り、指揮官席から腰を浮かせた。周囲にいる艦橋クルーや幕僚は何事かと秋子を見たが、秋子はそんな視線は気にも留めていない。ティターンズ艦隊の中に出現した自分と同等、ないしそれ以上のNTの気配に驚愕を浮かべている。
 そして、それはアプディールのみさきも同様だった。シロッコの気配に驚愕して立ち上がり、ぐっと口を噛み締める。

「……いけないよ、浩平君たちが危ない」
「みさき、どうしたの?」

 実際に指揮をとっていた雪見がみさきを見る。みさきは何時になく真剣な顔でティターンズ艦隊を見据え、一つの決意を持って雪見を見た。その瞳は既に金色に変わっている。シェイドの力を解放しているのだ。

「雪ちゃん、出るよ」
「出るって、ジムVしかないわよ。ここは折原君たちに任せておきなさい」
「ううん、浩平君たちじゃ持たない。私が出るしかないんだよ」
「みさきが相手をするしかないって……」

 雪見はまじまじとみさきを見た。みさきでなければ相手が出来ないパイロットなど、自分たちの知人でも数人しかいない。目の前のティターンズにはそんな化け物がいるというのだろうか。
 少し考えた雪見は、説得を諦めて格納庫に回線を開かせた。

「悪いけど、ジムVを1機用意して頂戴。みさき使用でね」
「は? 艦長が出るんですか?」
「ええ、言っても聞きそうにないわ。だから急いで準備して」
「了解しました」

 雪見は指示を出し終えると、やれやれとみさきを見た。

「行って来なさい。ただし、分かってるわよね?」
「うん、きっちりと給料分以上は働いてくるよ。それと、味方を裏切ったティターンズに倍返しもしなくちゃね」
「分かってるなら良いわ」

 うんうんと頷き、雪見はみさきを送り出した。何となく貧乏根性が染み付いてる気もするが、苦労が多かったせいだろう。結局彼女達は何処に行ってもこういう苦労をし続けるのだ。余程運が無いのだろう。



機体解説

PMX−000 メッサーラ
兵装 メガ粒子砲×2
   ミサイルポッド×2
   クローアーム
   腕部クロー
   グレネードランチャー×2
   ビームサーベル
<解説>
 パプテマス・シロッコの開発していた可変MA。木星圏での運用を考慮されていたのか、過剰なほどの推力を持っている。地球圏の技術系統に属さない特殊なMAであるが、その優秀性はティターンズにおいて評価されており、一定数が生産されている。連邦は本機の存在は知っていたが、その性能は理解していなかった。


ORX−005 ギャプラン
兵装 メガ粒子砲×2
   ビームサーベル×2
<解説>
 オーガスタ研究所が開発した高高度迎撃用可変MA。大気圏内ではブースターを装備する事で衛星軌道まであがる事が出来、その後は滑空で目標まで到達する。開発計画には当初からティターンズの影響が強かったようで、ティターンズが優先的に本機を採用している。宇宙空間ではメリットが無いと言われていたのだが、ティターンズはギャプランを宇宙で使用して大きな戦果を上げ、この評価が間違っていた事を証明している。
 その使い易さからガブスレイと並ぶティターンズ可変機部隊の主力となるかと思われたが、高コストが災いしてガブスレイの座を奪う事は出来なかった。



後書き

ジム改 次はティターンズだ。
栞   私の出番あれだけですか!
ジム改 御希望通りに暴れ回ってましたが。
栞   こう、八面六臂の活躍をしたいんです。
ジム改 そんな事したら秋子さんが破産してしまうじゃないか。
栞   デンドロの敵はティターンズじゃない、補給なんですね……
ジム改 そう、史上最強の金食い虫の2つ名は伊達ではないのだ。
栞   やっぱりビーム主体の方が良かったです。
ジム改 それはそれで運用コストがかかるのだ。実体弾にもメリットはあるし。
栞   なんです?
ジム改 整備がし易いの。ビーム主体だとジェネレーターや冷却問題もあるし、中々ね。
栞   一長一短ですか。
ジム改 額面だけのスペックに惑わされちゃいけないよ。
栞   ところで、今回は可変機が一杯出ましたね。
ジム改 うん、この時代は可変機の全盛期だから。
栞   連邦も可変機を出さないと不味いですねえ。
ジム改 連邦に可変機は合わないんだけどなあ。
栞   何でです?
ジム改 一応、それぞれの戦い方と言うものがあるからね。強けりゃ良いって物じゃないの。