第35章  復活の巨艦




 ノーマルスーツを着てMS格納庫にやってきた北川は、損傷を受けた機体でごった返している様を見て戦況の悪さを再確認していた。やはり新兵や訓練生に実戦はまだ無理だったのだ。
 その混乱の中で北川は機動艦隊時代からの整備長である石橋を探し出し、近くのMSを蹴ってその近くへと飛んだ。

「石橋さん!」

 声をかけられた石橋は忙しい中でも北川の方に視線を向け、ニヤリと野太い笑みを浮かべた。

「よう、ようやく出て来たな」
「MSはありますか。何でも良いです」
「そうくると思ってたよ。ゼク・アインを準備させてあるから、さっさと乗りな。第三種兵装にしてある。ちゃんと八木アンテナも描いてあるぞ

「助かります」

 北川は敬礼をして感謝の意を示すと、石橋の指差す方へと飛んでいった。それを見送った石橋は近くの部下を捕まえると、現在使えるMSを集めるように指示を出した。あの男が前線に出るなら、まだ何とかなると思えるのだ。
 それに、この格納庫には未だに前線に出せないでいる最終兵器があるのだから。

「ようし、Gレイヤーの準備も急げよ。あれを出せれば外の奴らなんぞ蹴散らせる!」



 ゼク・アインに乗った北川は機体を起動すると、集ってきた7機のMSをまとめて外に出た。とにかく部隊を立て直して組織的な反撃に出なくてはならない。だが外に出た北川はいきなり現れた敵機と交戦する羽目になった。突然の遭遇に一瞬呆気ににとられたが、頭で考えるよりも早く体が動いて戦闘に入った。機体を横に流しながらマシンガンを向け、弾を送り込む。
 目の前に現れたリックディアスは北川ほど咄嗟に反応する事は出来なかった。その一瞬が両者の明暗を分けてしまう事になる。そのリックディアスは回避運動に入る間さえも与えられずに次々に弾丸に機体を抉られ、誘爆の光の中に消えていった。
 北川はいきなりの事に驚きを隠せなかったが、落ち着くと事態の想像以上の悪さに舌打ちしていた。こんな所まで押し込まれているとなると、既に防衛線など破られているだろう。

「ちっ、この様子じゃ取り付かれてるかもしれんな」
「どうしますか、大尉?」
「勿論迎撃する。このまま奴らの好きにはさせない」

 不安そうな部下に北川は軽い調子で言い返し、フォスターUの正面へと向った。とにかく今は指揮系統の建て直しと敵部隊を押し戻す事が最優先される。
 この北川機の参戦が持つ意味は大きかった。フォスターUを守るパイロット達は自分たちより凄腕のパイロットの操る強力なMSに苦戦を強いられていたのだが、北川のゼク・アインはこれらの新兵たちの中に混じって中隊長クラスを集め始めだした。
 この北川の登場は失われかけていたMS隊の士気を再び盛り上げる事になる。

「北川大尉だ、北川大尉が出て来たぞ!」

 北川の新兵たちからの人望は大きい。祐一や名雪などの機動艦隊出身のエースたちはパイロット間たちからの人望がある。エースという称号への尊敬と、ファマス戦役で作りあげた数々の伝説のような戦いに憧れを抱く者は多かった。何時か自分達も相沢少佐や北川大尉のようなエースになりたい、という夢を抱いてパイロットを志願する者は未だに居る。アムロやあゆといった超人NTとは異なり、これらのエースたちは凡人でも届くレベルの最強だから後進たちの目標にされている。
 その北川が直接戦場に出てきた。その驚異的といわれる射撃の技を持って敵の数を確実に減らしていく姿はまさに話に聞いた北川の姿であり、教官も兼ねていた祐一が決して敵に回したくはないとまで言ったエースパイロットだ。
 だが、北川の出現に瑞佳と北川大隊のパイロット達は驚きを隠せなかった。幾ら復帰したとはいえ、ドクターストップがかかっているはずなのに、どうして無理をして出てきたのだ。

「北川君、どうして?」
「長森さん、黙って奥に引っ込んでいられるほど、俺は我慢強くないんだよ」

 瑞佳に答えながらも北川は次の敵を見定めた。ビームサーベルを構えて高速で懐に飛び込んできたスティンガーの一撃を機体を僅かに後ろに動かして空振りさせ、まともにできた隙を突いてマシンガンでバラバラにしてしまう。そしてそのまま、まるで予定表でも作っていたかのように機体ごと90度右を向いてそこを通過していくハイザックを撃った。おそらく先程のスティンガーと連携した動きだったのだろうが、動きを読み切られていたらしい。
 銃口の先で無防備に真横を向けているハイザックに北川は迷わずトリガーを引いた。放たれた大口径砲弾は容易くハイザックの装甲を貫き、引き裂いてしまう。
一瞬で2機のMSを仕留めた北川は集ってきた直属の部下達に周囲を守らせると、早速近くの部隊の掌握にかかった。

「全中隊長は俺に通信先を合わせろ。部隊を掌握して俺を中心に集結するんだ。これ以上好き勝手はさせんぞ!」
「ですが大尉、既に指揮系統は崩壊しています。中隊レベルで動ける部隊はほとんど残っていません!」

 北川の命令に部下の1人が情けない事を言ってくる。しかし、それが現実なのだ。特に中隊長レベルのパイロットの消耗が激しく、規模は中隊でも実質上小隊の集りでしかなくなっている部隊も多い。北川でもこの問題だけは解決できないのだ。
 だが、この場にあって北川たちは1人の仲間の事を失念していた。このフォスターUにはもう1人、ファマス戦役からの仲間が残っているのだ。その男と通信が繋がった時、北川は歓呼の声を上げた。

「おい北川、俺の預かってる2個中隊は何処に行けば良いんだ?」
「中崎、お前まだ生きてたのか!?」
「……喜んでるのか、それは?」

 なんとも微妙な歓呼の声に中崎は微妙な顔になった。実のところ、中崎はここまで自分が教えていた24人、2個中隊分の新兵をずっと纏めていたのだ。ここに来るまでに6人を失っていたものの、まだ18機のジムUを残している。
 しかし、中崎を含めて北川の指示に応じて集る事が出来たのは僅かに26機に留まった。瑞佳と一緒に戦っていた部隊の残りや自分に最初から付いて来た部隊をあわせても50機を超える程度、全体の1/3程度の数だ。これはこれで大きかったが、戦局を逆転させるには数が心許なかった。敵のが技量でも機体性能でも勝るのだから同数では駄目なのだ。
 既に要塞に取り付かれるところまで来ている。もはやこれを押し返すことはできないという現実を前に、北川は重要部分の防御に集中して逆転までの時を稼ぐ作戦を取らせた。

「全機、とにかく宇宙港の入り口を死守するぞ。ここが開いて艦隊が出撃できればこの勝負、俺たちの勝ちだ!」
「だがどうやって? 向こうのが勢いがあるぞ?」
「とにかく何が何でも持たせるんだ。あと少しでGレイヤーもでてくる!」

 Gレイヤー、その名にその場に集ったパイロット達は納得した。確かのあの化け物ならこの戦局を変える事が出来る。単独で1部隊を撃破し得る言語道断の最終兵器なら、この追い込まれた戦況を打開してくれるかもしれない。
 こうして北川たちは宇宙港のメインゲートの前で絶望的な戦いを繰り広げる事になる。でもそれは決して無意味な抵抗ではなかった。そして、歴戦の優秀な指揮官に直接率いられた部隊がどれほどの強さを見せるのかをリーフは知る事になる。




 その変化に気付いたのはアクアプラスの浩之であった。各部隊からの報告を纏めていた浩之は、フォスターU宇宙港のメインゲート正面に異常なほどの抵抗を示す部隊があることに気付いたのだ。

「なんだ、こいつらは?」

 これまでそんな部隊はいなかった。もしこれほどに強力な部隊がいれば、自分たちの進撃はこうも順調にはいかなかっただろう。サイド5のコロニー群での戦闘には七瀬留美のゼク・ツヴァイの姿が確認されているので、これ七瀬の仕業ではない事になる。
 だが、この最終局面で躓く訳にもいかない。浩之は出来れば投入したくは無かった切り札を使うことにした。

「格納庫に繋げ。雅史たちを使う」
「良いのですか?」
「仕方ないだろ。出来れば出したくは無かったけどな」

 元々人相の悪い浩之だが、不満そうになるとより一層に悪くなる。部下達は浩之の指示に従って格納庫に回線を繋ぎ、サブスクリーンの1つに格納庫を出した。すぐに浩之の親友、佐藤雅史が現れる。彼は浩之と違って見た目爽やか系だったりする。

「何、僕たちの出番?」
「ああ、出番無いと言っといてなんだけどな」
「構わないよ。でも、そんなに苦戦してるの。主力部隊はいないんでしょ?」
「伊達に連邦軍最強と言われてないって事だな。主力が居ないと言っても、居残りにも化け物が残ってやがった」

 浩之の口調は苦々しい。言い換えるなら、居残り部隊に残っている程度の、ほんの数人のエースにさえ自分達は手を焼いてしまうという事だ。これではもし主力と交戦したらどうなるか、考えたくも無い。

「ジャミトフの奴、この事を知ってたんじゃないのか?」
「知ってたかもしれないね。僕たちをぶつけて自分の戦力を温存してるんだよ」
「……ちっ、面倒を押し付けられたわけか。先輩も人が良いからな」
「あははは、あの人は他人を疑わないからなあ」

 スクリーンの中で「あははは」と笑った雅史は、略式の敬礼を残してスクリーンから消えた。それを確認した浩之は再び戦況に視線を戻し、大苦戦を強いられている戦況を見詰めていた。既に敵の艦隊は要塞にまで追い詰められ、ただの浮遊砲台と変わらなくなっている。MS部隊も要塞表面にまで追い詰められ、自軍の一部は要塞内に突入を開始している。確かに梃子摺ってはいるが、全体では順調な筈だ。

「なのに、何でこう嫌な予感が消えないんだろうな」
「は、何がですか、司令?」
「いや、何であいつらはこんなに頑張れるのかと思ってさ。まるでまだ勝てると思ってるみたいだろ」
「勝てるって、まさか、この戦況で……」

 部下は浩之の答えを笑い飛ばそうとしたが、浩之の表情を見て途中で途中で固まってしまった。有り得ないと言うのは簡単だが、では何故彼らはまだ抵抗を続けている。あそこにはまだ、何かとんでもない切り札でも隠されているというのだろうか。

「……まさかな。奴らに手があるとすれば宇宙港から艦隊を出すくらいだが、今の状況なら出てきても狙い撃ちにされるだけだ」

 だが、それでも浩之の不安は晴れなかった。雅史たちが出撃してもそれは何故か晴れる事は無く、そしてその不安の答えは、後少しで彼らの前に姿を現すことになる。






 要塞正面でメインゲートを守っていた北川は集ってくる敵機を確実に食い止めていた。北川は直接戦場に立つことでリーフの動きが硬い事に気付いていたのだ。群がってくる敵機は確かに訓練された動きを見せているが、そこには実戦経験からくる慣れが見られない。初陣の兵に見られる及び腰があるのだ。
 こいつらは実戦慣れしていない。そう看破した北川はここを守りきる事に関しては自信を深めた。訓練は十分なので連携や技量などは問題無いようだが、実戦の駆け引きではこちらに遙かに分がある。奴らにはこちらの裏をかくような動きは出来ないと読んだのだ。
 あえて敵機との直接戦闘を避けて敵の動きを見張った北川は、相手の動きから次の手を読みきって先手を取り出した。

「右から敵集団が回り込んでくるぞ。中崎、弾幕を張って敵を近づけるな!」
「あいよ!」

 北川の指示を受けて中崎の率いる18機が撃ちまくった。この部隊は中崎を含めて全機がジムUだが、敵集団の先頭部隊の正面に弾幕を張ってその行き足を止める事に成功した。

「第2中隊、動きの止まった敵部隊を側面から攻撃、隊列を分断しろ!」

 動きの止まった部隊に北川大隊の第2中隊が側面から襲い掛かり、敵の僅かな抵抗を撃砕してこれを分断する事に成功した。これで戦力を分断され、動きも止まったリーフ部隊は弾幕を張っていた中崎隊の攻撃で崩され、ほうほうの体で逃げ帰っていく。
 北川はそれに対しての追撃は行わず、次の攻勢に対処する為に態勢を立て直した。今の優勢は守りに徹しているからで、攻勢に出たりすればたちまち消耗してしまう事を分かっていた。

 しかし、北川たちの手の届かない所では次々に防衛線を突破され、要塞に取り付かれ出していたのである。防御の手薄になった箇所を突破したリーフMSは採掘時代の坑道などから内部に侵入しだしたのだ。そのうちの一部は迷路のような内部の構造で道に迷ったりしたが、内部の軍事施設に到達して破壊を行った機体もいた。
 これらのMSに対して内部の守備隊は損傷したMSや旧式機を転用した作業MSなどで迎撃をした。MS用の多連装ミサイルランチャーを即席で取り付けた作業車は通り魔のようにミサイルを撃ち放って通路に消えたりもした。とにかく武器になる物は何でも投入して彼らは戦おうとしたのだ。
だが、何よりも威力を発揮したのはボール改だった。内部に潜入したMSはMSが潜めないような窪みや坑道の交差点で待ち構えていたボール改の奇襲攻撃の十字砲火を受け、次々に破壊、あるいは撃破されていった。
 突入した部隊のMSのパイロットは友軍機がいきなり目の前で奇襲を受けて撃破されるのを見て表情を青褪めさせていた。

「くそ、どこを見ても敵だらけだ。しかもあんな旧式の棺桶なんぞにやられるとは……」

 リーフのパイロット達は悔しくて仕方が無かった。ボールは現代戦では完全に2線級の兵器で、工作部隊や警備隊などが運用する程度でしかない。整備と補給が簡易なこと、意外と器用に動ける事が作業機として有用であり、未だに多数が現役に留まっているのだが、既に実戦に使うような代物ではない筈なのだ。
 それが目の前でMS以上の脅威となって自分達を邪魔している。ボールは突然現れて砲撃を加え、あるいは機雷をばら撒いて通路を封鎖し、時としてMSの自由が聞かない場所で作業用の簡易ビームサーベルを手に格闘戦を仕掛けてくる場面さえあった。とにかく数だけは沢山おり、酷い時には何機かを坑道でわざと擱座させ、物理的に通路を塞いでしまう様な事までしている。動力は電池で弾薬も降ろしたボールは銃撃しても誘爆で吹き飛ぶ事も無く、ビームサーベルなどで切り分けて通路を開く必要がある。
 だがボールの砲撃ではハイザックですら一撃で倒すのは難しかった。ファマス戦役では150mmライフル砲を装備していたボール改だが、今では掃宙用の60mm連装機関砲に換装している機体が多く、ハイザックさえ一撃で破壊する事は出来ないでいる。複数機で滅多撃ちにして擱座させるのが精々だ。稀に150mm搭載型に狙われて破壊される機体も居るが、全体では致命傷を負わされた機体は少ない。逆にボール改は一撃で破壊できるので、圧倒的多数のボールたちは膨大な残骸を通路に晒しながら、文字通り体を張って敵の足を止めていた。
 でもそれは、敵を押し返すほどの力ではなかった。


 

 要塞守備隊は攻撃側の想像を超えて頑張りはしたが、それは所詮良く頑張った以上のものではなく、MS部隊の侵攻を食い止めるには至らない。リーフMS隊は犠牲を出しながらもこの守りを突破し、生産施設や格納庫などの主要施設まで迫ってきていた。
 石橋は本来の整備の仕事を放り出して迎撃の指揮をとる羽目になり、作業用のプチMSや作業車まで動員して必死の防戦を行っていた。

「今外で頑張ってる奴らは全て第4区画まで後退させろ。後退後隔壁を封鎖するんだ!」
「班長、ジムU2機、出撃可能になりました!」
「よし、通路脇に待機させろ。ゼク・アイン用のマシンガンは床に据えつけてリモコンで操作するようにするんだ。とにかく奴らをここに居いれなければいい!」

 形振り構わない防衛戦を繰り広げるのも、勝利まであと一歩だからだ。もうすぐ、もうすぐこの戦局をひっくり返してくれるMAの準備が完了する。とにかくそれまで持ち堪えられれば。
 だが、石橋の願いも空しく、遂に奴らは現れた。隔壁を貫いたビームが格納庫を横切り、反対側の壁に着弾して溶解させる。遂に最後の隔壁を突破されたのだ。

「ちっ、くるぞ。迎撃隊は奴らをここに入れるな!」

 隔壁は続いて撃ち込まれたらしいミサイルか何かで破壊され、吹き飛ばされてしまった。そして狭い通路を一気に突破しようと2機のネモがシールドを構えて突入してくる。だが、入り口にはあるだけの火器が備え付けられており、先頭のネモは大量のマシンガンとビームを叩きつけられて一瞬で粉々にされてしまった。2機目も同様の運命を辿り、3機目もたちまち破壊されてしまう。
 だが4機目は残骸となりながらも通路を突破して銃座を押し潰してきた。そして5機目、6機目と被弾しながらも通路を突破した敵機が備え付けられていた銃座を蹴り倒し、銃を向けていたMSにビームサーベルを突き立てる。
 そして食い破られた通路入り口には更に4機のネモやハイザックが現れ、合計6機が格納庫に侵入してきた。この6機はマシンガンやビームライフル、ミサイルなどを格納庫の中で発射し、まだ修理中の機体を吹き飛ばし、MSベッドを破壊し、兵員を殺傷し始めた。そして連邦側も修理中の機体を動かして、歩兵が対MSミサイルランチャーを担いでこれを迎撃したが、狭い格納庫の中では味方撃ちの危険が大きすぎ、リーフMSに対してかなり及び腰の動きを見せている。
 だが、格納庫で暴れ回ろうとしたリーフMSたちも、そこに横たわっている2機の巨大な何かを見て度肝を抜かれてしまった。

「こ、こいつは、まさか……」
「間違いない、Gレイヤーだ。まだ残ってたのか!?」

 パイロット達は驚愕してしまった。まさかまだフォスターUに残っている機体があったとは。これがもし出てこれば外に居る味方は壊滅的な打撃を蒙るに違いない。冗談ではなく、過去にこれが投入された戦闘の記録がその未来を教えているのだ。曰く、しおりん軽機隊は、一部隊で正規艦隊に相当する攻撃力を持つ。
 こんな物を外に出すわけにはいかない。格納庫に残るリーフMSは3機にまで減っていたが、その3機が火器をまず手前の一気に集中し、これを破壊した。兵装コンテナに詰まっていた弾薬が誘爆を起して周囲を吹き飛ばしてしまう。
 その爆風に顔を顰めながら石橋ははじめて顔に絶望を浮かべた。切り札だったGレイヤーを宇宙に飛び立たせる事も出来ず、格納庫の中で無為に破壊されてしまったのだ。

「これまでか」

 外にいる機体だけでは敵を押し返す事は叶わない。修理中だった機体も大半が防衛に使われてしまった。もうこちらに余剰戦力は無い。
 そしてリーフMSは爆風が収まり、無残な残骸と化したGレイヤーを見てもう片方へと向おうとした時、いきなり残骸の向こうで何かが動いた。それが何かと気付く間もなく巨大なビームサーベルが横殴りに振るわれ、1機のハイザックが上半身を失って動かなくなる。

「な、なんだ!?」
「おい、まさかこいつ、動くのか!?」

 ネモ2機が怯えたようにビームライフルを向ける中、それは残骸の向こうから姿を現した。固定具から開放され、無重力状態でアポジモーターだけで動いているそれは、如何なる敵をも寄せ付けぬ凄まじい迫力があった。2機のパイロットは悲鳴を上げてビームライフルを撃ったが、強力なIフィールドに守られたGレイヤーにMSのビームなどは通用しない。
 その巨体に圧倒されて動きを止めたネモ2体はたちまち砲火を集中されて撃破され、ようやく格納庫内の戦闘は終わった。
 石橋たちは何故か動き出しているGレイヤーを呆然と見上げていた。まだ兵装搭載中の筈の機体がなぜ動いているのだ。
 その答えはGレイヤーの来た以上にわらわらと居る整備兵たちが教えてくれた。

「班長、全調整完了です。出せますぜ!」
「何とか間に合いました!」

 それを聞いた格納庫内の兵士達が喝采を上げた。1機を失ってしまったが、もう1機は出せるのだ。石橋も力強く頷くと、帽子を被り直して指示を出した。

「よし、Gレイヤーを出すぞ。手空きの奴は負傷者を運ぶんだ。急げよ!」

 



 要塞正面で防衛線を構築している北川たちに雅史と綾香、琴音の率いられた48機のMS隊が襲い掛かっていたが、彼らは旧式機主体の防衛線を破れないでいた。理由は簡単で、総指揮をとっていた雅史の攻め手を北川に読まれてしまったのだ。
 雅史は数の利を生かして味方部隊と交戦中の北川たちを左右から包囲して一気に殲滅しようとしたのだが、この雅史の考えを北川は完全に読みきって先手を打ってきた。現在戦闘中の部隊は無理を承知で中崎の隊に任せ、自らは最初に付いてきた7機と直属の第2中隊の生き残り8機を連れて雅史の部隊に襲い掛かった。包囲するために回り込もうとしていた雅史たちは逆に北川たちに先手を打たれて叩かれてしまう。
 まさか読まれてるとは思わなかった雅史は慌てて反撃を命令したが、北川と直属の8機のゼク・アインに戦列に突入された為に部隊はたちまち混乱し、乱戦に持ち込まれてしまた。雅史はこの混乱から脱出しようと全ての小隊長に後退を指示し続けたが、混戦の中で指揮系統と保つのは難しい。こういう状況で物を言うのはただ訓練の蓄積量で、部隊での集団戦闘能力を重んじる北川大隊は乱戦中でも統一した動きが出来る。
 北川自身が乱戦の中で2機のスティンガーを中破させる戦果を上げていたが、この時北川は自分の戦火に寧ろ眉を顰めた。

「撃墜し損ねただと?」

 必中を確信した射撃だったのに、どちらも仕留め損ねている。それが意味する所を悟って、北川は歯を噛み締めた。





 雅史には信じられなかった。この状況で編隊行動が出来るという事が。何故この状況下で部下を掌握できるのか。

「何であんなふうに動けるんだ。何で……」

 24機いた攻撃隊があっという間に17機に減らされ、突入しようとした矛先は完全に砕かれて後退を余儀なくされてしまった。こうなっては一度仕切り直すしかなく、最後の期待は綾香と琴音のもう一方の部隊にかけられる事になるのだが、こちらはこちらで瑞佳率いる部隊の猛攻を受けていたのだ。
 瑞佳の部隊は北川第3中隊と初期の戦闘から後退してきたMSを纏めて編成されている。この部隊は北川の部隊よりも強力であり、綾香と琴音の部隊は真っ向勝負で瑞佳隊に足を止められていた。ここでは瑞佳の圧倒的な強さが物を言っており、綾香や琴音でさえ振り回されていた。

「ああもう、何であんなに速く動けるのよ。琴音、右抑えて!」
「無理です!」
「性能はそう変わらないはずなのに。第2小隊、弾幕であいつの足を止めて!」

 たった1機のストライカーの足を止められない。ストライカーの性能はリーフ情報部によって完全に把握されており、スティンガーより全体の性能で上回る優秀な機体だとは判明しているが、2対1なら十分勝てるはずなのだ。それがどうしてここまで出鱈目に強いのだ。
 
 結局必要以上の消耗を嫌った雅史が一度全部隊を後退させることでこの混戦はケリが付いた。この戦闘はリーフ側の一方的な敗北だったが、実はそれ以上に深刻な打撃を北川たちは受けていた。長期に渡って連戦を続けた為、武器は弾薬も消耗し尽くしてしまったのだ。

「ちっ、銃身がもう駄目だな。撃ち過ぎだ。威力も落ちて来た」
「弾がもう残ってません。このままじゃ持ち堪えられませんよ」
「敵部隊が再編を終えたら、また来るよ。どうする北川君?」
「……新兵どもは後退して補給して来い。残りの弾は全部こっちに渡すんだ。意地もここは守りきるぞ!」

 北川の命令に慌てて新兵達が残りの弾薬をベテラン達に渡していく。それを受け取る古参兵たちは余裕さえ見せて新兵を送り出したが、本当は余裕など浮かべている状況ではない。残った古参兵たちに北川はすまなそうに謝罪を口にした。

「悪いな、みんな。今回はちょっと勝算が立たない」

 北川が勝てないというのは、これが初めてかもしれない。だが、それでも部下や瑞佳、中崎は恨み言を言ったりはしなかった。寧ろさばさばとした態度でこの現実を受け止めていた。

「しょうがないか。あの子達が居ても、無駄死にさせるだけだもんね」
「これまでも無茶し通しだったんだ。今更勝算も何も無いさ」

 瑞佳と中崎の言葉にパイロット達が笑い声を上げる。この状況でも笑えるというのはどういう神経をしているのだろうか。
 だがその笑いも敵が来るまでだった。再編を終えたリーフMS部隊が、今度は全部隊を纏めて正面からこちらを粉砕しようと前進してくる。その絶望的な大軍を前にして北川はマシンガンに弾を送り込んだ。左手にはジムUから貰ったビームライフルもある。

「全機、迎撃用意。いいか、俺より先に死ぬなよ!」

 それを合図としたかのようにリーフMS隊が突撃を開始した。






 その時、戦場の片隅で1つの変化が起きた。1つの光が要塞から宇宙に躍り出たのだ。それはリーフにとっては形を持った災厄であり、連邦にとっては救いの神である、圧倒的な破壊力の塊であった。
 解き放たれた悪魔はその巨体からたちまち敵に捕捉される事になる。しかし、それで良いのだ。余りに強大な存在は、寧ろその存在を誇示する事で相手に無言の圧力を与える事が出来る。

「司令、フォスターUから何かが出てきました。小型艦艇くらいのサイズですが、速度が尋常ではありません」
「尋常ではない? どれ位だ?」
「それが、戦闘機レベルを超えています。今照合をかけていますが……」

 そこまで言って、そのオペレーターは絶句してしまった。顔色は見る見ると青褪め、何やら小刻みに震えだしている。浩之はそれを見て何が出てきたのかと少し身構えてしまう。

「どうした、何が出てきたんだ?」
「Gレイヤーです。Gレイヤーが出てきました!」

 その名に艦橋の中が凍りついた。まさか、あの化け物が残っていたというのか。

「G、Gレイヤーだと……」
「間違いありません。現在S3フィールドで友軍機を駆逐しています。友軍機はまるで歯が立っていません!」

 オペレーターが悲鳴のような報告を読み上げていく。そして青褪める浩之たちの見ている前でスクリーン上から味方機を示すシンボルマークが次々に消えて行く様子が残酷に示されていた。

「これが、たった3機で地球に進出してきたエゥーゴ部隊を壊滅に追い込んだGレイヤーか」
「司令、このままではSフィールドに向ったMS隊が壊滅させられます!」

 参謀が切羽詰った声で浩之に指示を求めてきた。それに対して浩之は苦々しそうな表情で少し考え込み、オペレーターに問うた。

「オペレーター、Gレイヤーの継戦能力はどれ位ある?」
「さほど、長くは無い筈です。Gレイヤーは実体弾消費型ですから」
「……台風みたいなもんだと諦めて待つか?」

 ほっとけばいずれ弾薬切れになって撤退するなら、多少の消耗を覚悟でメインゲートを突破する方が良いかも知れない。
しかし、既に浩之はここまでに時間をかけすぎていた。確かに連邦は先手を打たれて艦隊を封じられてはいたが、何時までもそのままではいないのである。





 フォスターUの建艦ドック。多くの艦艇を送り出してきたそこで、今1隻の艦が出港準備を整えようとしていた。正規のクルーも居ない。まだ公試運転もしていない艦を何と建造していたスタッフが動かしているのだ。
 艦橋で指揮をとっているのは何と艤装長だ。艦長は全て艦に乗って前線に出ているので、艦を指揮できる人間は居ない。この艤装長も小型艦の指揮をしていた事があるというだけでこの大任を任されているに過ぎない。

「機関部、起動確認」
「全兵装起動確認。使えると思われます」
「各種レーダー、センサーも起動確認。多分大丈夫です」
「防御スクリーンも展開を確認しましたが、何処まで持つやら」

 艦橋にいるメンバーが艦の状況を報告してくれるが、何一つ安心させてくれそうな材料が無いのが恐ろしい。何しろどの装備もテストしてないのだ。本来なら実戦に出せるような艦ではない。だが、今はこんな艦でも出さなくてはならないのだ。何しろこの艦は、まともに動けば間違いなくこの宙域最強の戦艦なのだから。
 艤装長は頭を抱えたくなるようなこの状況でふうっと疲れた溜息を漏らし、如何したもんかという目で艦橋を見回した。

「推進器に点火した途端大爆発なんてしないだろうな?」
「ど、どうでしょうね」

 艤装長の不吉極まりない言葉にクルーは一斉に引き攣った。誰もその可能性を否定できないのだ。だが発進しないわけにもいかず、艤装長は遂に発信の指示を出した。その瞬間誰もが神に祈るかのように両手を組み、目を閉じてしまった。自分で作ってた船なのに誰も信じてない事が丸分かりである。
 そして誰もが神に祈る中で、遂に推進器に点火された。同時にドックのゲートが開放され、艦が少しずつ前へと進みだす。

「推進器は順調です。ジェネレーター正常に稼動中。推進剤供給に問題見られません!」
「と、とにかく動いたなら良しだ。全兵装にエネルギーを回せ。出航と同時に艦首を敵艦隊へ向けろ。主砲を使う」

 額に浮いている汗を拭いながら艤装長が指示を出す。乗っているだけで命の危険を感じる船とは恐ろしいが、テスト前の船なのだから仕方が無い。
 外で戦っていたMSはいきなり開放されたゲートに驚いてそこから散ってしまった。その開いた空間にドックから出てきた巨艦がゆっくりと前進してくる。その白く輝く姿を見たリーフのパイロット達は驚きの余り息を飲んだ。
 そしてその姿を見た浩之たちもまた息を飲んだ。それは余りにも巨大で、優美な姿をした船だったから。

「まさか、完成していたのか、カノンは」
「ぜ、全長800メートル以上、観測できる限りのデータでは、異常に強力な防御スクリーンを展開しています。艦隊表面の輝きは恐らく対ビームコーティング!」
「……バーミンガム級に続く旗艦級戦艦だって話だからな。防御面は完璧だろうさ。でもあれは何だ?」

 浩之はカノンの艦首に見える2つの巨大な開口部に気を取られた。その浩之の見ている前で両方の穴に光が生まれだしているのが映し出されている。

「何が……」
「エ、エネルギー反応急激に増大中です!」
「ハイパーメガ粒子砲か!?」
「違います。このエネルギー量から考えますと、あれは恐らくプロメテウスです!」
「ふざけるな、2門のプロメテウスを同時発射できるわけが……!」

 浩之はオペレーターを怒鳴りつけようとしたが、それを言い終わるよりも早く連装プロメテウス砲が咆哮した。膨大なエネルギーの奔流がカノンの艦首から溢れ、リーフ艦隊へと向って解き放たれる。

「エネルギー波来ます!」
「っんだとお!?」

 プロメテウス砲2門の同時射撃というふざけた攻撃はリーフ艦隊を残酷に捕らえた。光の奔流に飲み込まれた巡洋艦や駆逐艦が膨大エネルギーを受けて蒸発していく。その傍に居た艦もエネルギーの余波を受けて艦内でプラズマ雲が発生したり装甲の剥離がおきるなどの被害が相次いだ。
 浩之のアクアプラスもすぐ真横をプロメテウスに通過され、艦内に余波の被害が及んでいた。

「これまでに無いほどに強力なプロメテウスです。艦内各所にプラズマが発生!」
「各所で電源がダウンしました。通信網の2割が遮断されています!」
「艦隊が混乱しています。現在の損害不明!」

 次々に寄せられる混乱した報告に浩之は頭を抱えたくなってきたが、何故かプロメテウスの第2射はこなかった。実はこの時カノンも戦闘可能な状態ではなかったりする。

「プロメテウス砲からのエネルギーリバースです。機関部に異常発生!」
「防御スクリーンに影響が出ました。出力低下!」
「対空レーザー機銃の照準にズレがあります。これでは敵機を落とせません!」
「参ったな。プロメテウスの照準もずれていたようだし、所詮は未完成品か」

 困り果てた顔で艤装長は自分の端末を埋め尽くすエラー表示を見た。まさかプロメテウスを一度撃っただけでこんなにガタが来るとは。

 浩之たちは大変な脅威に感じていたが、実の所カノンは既に壊れていたりする。現在でも艦のあちこちに設置されたレーザー機銃群が猛烈な対空砲火を撃ち上げているが、それは見た目こそ派手だがまるで有効ではない攻撃になっている。これが歴戦のパイロットならすぐに気付いて懐に飛び込んだだろうが、リーフのパイロット達にはまだ些か荷が重かったようだ。対空砲火とは怖い物で、全ての火線が自分に集中しているような錯覚を受ける。実戦の経験が無い兵士にはこの中へ突っ込むというのは少々酷なのだ。





 そして、リーフ部隊を必死に食い止めていた北川たちの背後で、開かなかったメインゲートが遂に開いた。いや、内側からの爆発で扉が吹き飛ばされたのだ。それを見た北川がコクピットの中で右拳を突き上げて喝采をあげた。

「やったぞ、これで艦隊が出てこれる!」

 そう、これまで閉じ込められていた戦艦や巡洋艦部隊がやっと外に出てきたのだ。新鋭艦では無いものの、マゼラン級やサラミス級、リアンダー級で編成された艦隊およそ20隻が北川大隊の確保していた宙域で陣形を整えだした。
 これに対して浩之は艦隊を前に出して砲戦を挑もうとしたが、この連邦艦隊は頑強にリーフ艦隊と撃ち合った。元々艦隊戦なら連邦艦隊は最強を誇る。まして秋子指揮下の艦隊はファマスやエゥーゴとの熾烈な戦いで豊富な実戦経験を持つ精鋭部隊だ。リーフのような連中に負けるなど、その矜持が許さない。
 これに対して浩之は数に物を言わせた統制射撃で戦力を削り取りに出た。とにかく戦力ではまだ負けたわけではない。敵が全部集れば負けるだろうが、今の状況ならまだ勝てる。そう信じて浩之は攻撃を続行させたが、送られてくる報告は少しずつ友軍が押し返されているという報告に変わりだしていた。要塞に進入した部隊は後続か続けなかったので要塞内部から叩き出されてしまった。制宙権はGレイヤーが暴れまわった為に友軍機が撃ち減らされてしまい、再び伯仲してしまっている。
 何よりも大きな問題は先のプロメテウスに対する恐怖心で、艦隊将兵の士気は既に打ち砕かれている。彼らはまたあれが発射されたらという恐怖と必死に戦いながら連邦艦隊と交戦していたのだ。

 浩之はだんだんと押し返される戦況に焦りを隠しきれなくなっていた。Gレイヤーの出撃、カノンの登場、そして封じ込めていた艦隊の出撃と次々に躍起な事態が頻発し、もはや初期の計算は完全に崩壊してしまった。もっとも、まだ彼我の戦力差を考えれば負ける可能性は無いのだが。こっちにはまだ無傷の戦力が後方に残っているのだか

「くそっ、MS隊は如何した。雅史たちは!?」
「駄目です。連邦は態勢を立て直しています!」
「雅史に繋げ!」

 暫く待った後、音声のみの通信だが雅史が出た。

「如何したのヒロ?」
「雅史、何とかできないか?」
「ははは、ちょっと難しいかな。この人たち物凄く強いよ」

 雅史の声は穏やかだったが、実はかなり追い詰められていた。艦隊が盛り返し、敵機の数も減った事で北川の負担が減ったため、自身で敵のエース級を相手にできるようになったのだ。雅史と一緒に出ていた来栖川綾香と姫川琴音は瑞佳のストライカーを相手に苦戦を強いられており、雅史も北川本人との戦いですっかりボロボロにされている。

「クリスタル・スノーに八木アンテナ。これが北川潤か。カノン隊の中じゃそれ程強くないって話だったけど、噂半分だったね。しかも悪い方だ」

 目の前で見事な韜晦運動をしてみせるゼク・アイン。自分の射撃は悉く宙を抉り、まるで有効弾にならない。決して速い訳でもないのにだ。そして逆に北川の射撃はやたらと正確で、雅史のスティンガーはところどころに弾痕が目立つようになってきている。

「ヒロ、どうするの。このままでも多分勝てるけど、消耗も凄いよ」
「逃げろって言うのか?」
「今ならまだ退けるよ」

 雅史の進言に浩之は悩んだ。ここまで追い込んだのに何も得る所無く退くというのか。その決断は中々できるものではなく、浩之も決断できないでいる。確かに消耗は激しいが、勝ちは確定している戦いなのだ。このまま戦闘を続行すればフォスターUは間違いなく陥落させられるだろう。だが、リーフは来栖川の私設軍だ。ティターンズの協力者ではあるが、ティターンズの私兵ではない。奴らの為に過剰な消耗を我慢する必要があるかどうか、浩之は悩んだ。
 だが、その浩之の決断の背中を押す報告がアクアプラスにもたらされた。

「司令、ティターンズから緊急伝です!」
「何だ、いきなり?」
「それが、月面で水瀬艦隊を押さえていた筈のジャマイカン艦隊が敗北したそうです。水瀬艦隊は月面を離れ、こちらに戻ってきているそうです」
「……戻って来てる?」
「はい。既にこちらに向っていると」

 その報告に浩之は絶望してしまった。連中がサイド5の状況を知ればすぐにでも戦力を送ってくる筈だ。下手をすればあのしおりん軽騎隊がくるかもしれないのだ。あれがやってきたら自分達は殲滅されてしまう。
 
 結局、この報告が撤退を決定づけた。例えここで勝ってもすぐに水瀬艦隊主力が来るのでは防衛は出来ない。居残り部隊でも自分達と張り合えたのだ。主力部隊とぶつかれば一方的に叩き潰されてしまうに違いない。
 いや、主力が戻ってくると知ればここの連中は死に物狂いで抵抗するに違いない。そうなったら要塞陥落よりも先に敵主力が戻ってきて、自分達は叩き潰されてしまうだろう。

「……要塞の拠点としての機能はあらかた叩き潰した。暫くは無力かできた筈だ。ティターンズへの義理は果したよな」

 ティターンズはとにかく少しでも時間を欲しがっている。ならば、フォスターUの機能を著しく低下させたことで満足するべきだろう。無理をして犠牲を増やしてまでティターンズのために働くことは無い。

「雅史、MS隊をまとめて引き上げてくれ。艦隊も後退する」
「うん、分かった」

 浩之の許可が出てほっとした表情で雅史は通信を切った。浩之は視線を正面に戻し、なんだか不満そうな顔で右手で頭をかいている。

「ちっ、今日は退いてやるけど、次はこうはいかねえぞ」
「司令、負けず嫌いですね」
「煩い!」

 負け惜しみを呟いていた浩之に撤退の指示を出していた参謀の1人が律儀にもツッコミを入れてくれたので、浩之は額に青筋浮かべて怒鳴り返した。





 一度撤退と決まったらいっそ潔いとさえ言えるほどの早さで撤退していったリーフ部隊。残された北川たちにはそれを追撃するような余力は無く、ただ自軍の被害の大きさに呆然とする事しか出来ないでいる。
 この攻撃でフォスターUは内部に進入してきたMS部隊の攻撃を受け、ジムVやゼク・アインの生産ラインに大きな被害を受けてしまった。他にもドックが幾つか潰され、MS格納庫もズタズタにされてしまっている。倉庫も襲われて備蓄していた物資をかなり破壊されており、要塞としての機能を著しく低下させられてしまった。
 各種の自動防衛システムも破壊されてしまい、この再建にどれだけかかるかと考えるだけでも気の思い問題だ。更にサイド5のコロニー群にも被害があり、民間人の死傷者は6千人に及んでいる。世界でもっとも安全と言われたサイド5で犠牲者が出てしまったのだ。

 フォスターUに帰艦してきた艦隊とMS隊は全てボロボロになっており、残された僅かな完全稼動施設で修理するしかない状況だ。瑞佳や中崎も格納庫に帰艦したものの、その惨状には息を呑んでしまった。

「何処もかしこもボロボロだね」
「まるでファマス戦役のフォスターU攻略戦の後みたいだ」

 破壊の限りを尽くされた格納庫の中で石橋がとにかく使える物の復旧を急がせている。そこに北川のゼク・アインがやって来てとりあえずの固定位置に機体を置き、コクピットから出てくる。瑞佳と中崎は機体から降りて来る北川の元にやってきたが、その顔色を見て驚いてしまった。

「き、北川君!?」
「おい、如何したんだその顔色!?」
 
 北川の顔色は土気色になり、大量の脂汗が浮かんでいる。

「は、はははは、ちと無茶しすぎた。傷が開いたわけじゃないんだが、流石に凄く痛むわ」
「無茶しすぎなんだよ、北川君は」
「たくっ、こいつは。長森さん、悪いけど医務室まで連れて行ってやってくれ。鎮痛剤でも打ってどこかに転がしといてくれれば良いから」
「中崎君は?」
「俺はこいつの代わりにMS隊の損害をまとめるよ。誰かがやらなくちゃいかんからな」

 やれやれと肩を竦めて中崎が床を蹴ってパイロット達の方へ飛んでいく。瑞佳はそんな中崎の背中にペコリと頭を下げ、北川の体を両手で抱えて医務室へと向った。



 リーフ部隊はサイド5を陥落する事は叶わなかったが、サイド5の拠点としての機能を著しく低下させる事には成功した。備蓄していた物資もかなりの量を破壊したので例え秋子たちが帰って来ても暫くは身動きできなくなるのは確実だろう。戦略的には占領できなかったので最善の結果を出したとは言えないが、かなりのダメージを与えて暫く基地として仕えなくはしたので、まあ成功と言えるだけの戦果は上げたことになる。
 エゥーゴも壊滅した今、地球圏の制宙権は一時的とはいえ、ティターンズがほぼ握ったと言える状態を作り出すことに成功した。


 宇宙世紀0086年5月3日。この日、宇宙は群雄割拠の時代に突入した。




機体解説

カノン級戦艦
兵装 連装プロメテウス砲
   連装大型砲塔×5基
   連装砲塔×3基
   大口径レーザーブラスター×4門
   連装レーザー機銃×36基
   6連装ミサイルランチャ−×2基
   MS搭載数42機
   大型MA1機
<解説>
 火星で戦没したカノンの2代目で、バーミンガム級に続く旗艦級戦艦である。全長は800メートルを超す大型戦艦だが、サイズの割には火器の数が少ない。これは容積のかなりの部分を指揮管理設備とコンピューターに割いている為で、1隻で連邦宇宙艦隊の全てを統一指揮することも可能。バーミンガム級もかなりの容量を増設しているが、それでも対応しきれなくなった為に本級が建造された。船体サイズの大型化によって艦内容積の不足は根本的解決が果されている。
 指揮系統を守る為に防御力は群を抜いており、かつて無い程に強力な装甲と防御スクリーンを搭載し、艦隊前面に最新の対ビームコーティングを施している。近接防御火力も過剰に充実しているので敵機に接近されても対応可能になっている。
 サイズの割には火力は低いが、それでも現行の如何なる戦艦にも打ち勝てる砲火力を有している。MS搭載数が先代よりも激減しているのは、過剰な搭載数はかえって運用を困難にするという戦訓に基づいた選択で、1個大隊程度にまで減らされた。
 最大の火器である連装プロメテウス砲は最強無比の艦載砲であるが、本艦の性格を考えると使う機会は少ないと思われている。



後書き

ジム改 サイド5はボロボロだ。
栞   この後どうするんですか。誰が地球の平和を守るんです!?
ジム改 とりあえずティターンズが守るのではないかと。
栞   あんな腹黒ゴーグルに任せるのは嫌です。
ジム改 でも勝ってるのはティターンズなのだよ。
栞   酷いです。私達は負けてません!
ジム改 戦略的にはボロ負けだよ。拠点も無くしたし。
栞   このまま行くと完全敗北ですか?
ジム改 ダカールが落ちて、連邦政府をティターンズに制圧されたら終わりだな。
栞   私たちの手は届きませんか?
ジム改 君達は全員宇宙だからねえ。
栞   ……大丈夫です、きっと守りきれます!
ジム改 守りきれると良いねえ。
栞   奇跡は起きます。起してみせます!
ジム改 それは君の台詞じゃないような……