第37章 熱砂の撤退戦


 

 ダカールの第1師団を破り、ダカールを制圧したティターンズはそのままアフリカ各地の連邦軍に自分たちの正当性を唱え、その指揮下に加わるように呼びかけた。元々地上軍はアースノイドが多いためか、ティターンズに共感を覚えている将兵の数は決して少ない数ではなかった。このことが関係してか、アフリカ方面軍の部隊は次々にティターンズに鞍替えをしていった。ダカールの連邦政府と連邦軍統合作戦本部が陥落した事も彼らの士気を削いだかもしれない。
 だが、それでも多くの部隊がティターンズに歯向かって各地で抵抗を始めてもいる。ティターンズはこれらの抵抗をする部隊に対しては徹底的な攻撃を加えていたが、彼らの多くは1年戦争生え抜きの部隊であったり、あるいは終戦によってジオン共和国軍から追い出された元ジオン軍人が連邦に再就職した部隊だったりしており、数と質には勝るがアフリカでの戦い方を知らないティターンズ系部隊を良い様に翻弄していた。
 この小癪な連邦部隊に対してティターンズは力で持って対抗しようとしたのだが、それは更に多くの損害を積み重ねるだけの愚挙でしかなかった。ティターンズが主力としているマラサイ、バーザムは確かに強力であったが、彼らの機体の多くは砂漠で闘うように作られた機体ではない。特に配備されて間もないバーザムは戦闘よりも砂漠の環境で次々に動けなくなり、空しく後送されるものが相次いでいる。
 更にはアフリカに尚多くが残っていたジオン残党部隊の存在もある。彼らの多くはゲリラの域を出ないものだったが、中にはノイエン・ビッター少将の率いる第3突撃機動師団の残存部隊などもあり、決して侮れるような存在ではない。
 だが連邦軍はまだしも、ジオン残党は所詮敗残のゲリラでしかない。彼らはティターンズに多大な損害を強いる事は出来たが、すぐに物資を消耗しつくして撤退を余儀なくされている。このジオン残党部隊の多くは中央アジアから東アジアに抜けてアヤウラの率いるアクシズ軍に合流しようとしているが、中には南に抜けてユーコン部隊と合流しようとする部隊もあった。

 このアフリカの動きに対して、アヤウラは指揮系統に取り込むことの出来た全てのユーコン部隊を投入していた。MSなどどうでも良いから、とにかく兵員だけは収容してこいと言って送り出したのだ。アヤウラが欲しいのは実戦経験豊かな将兵であり、1年戦争で実戦投入されたような骨董品になど興味は無かったのだ。パイロットさえ来てくれれば、手元には乗り手の無い最新鋭機があるので問題はないのだ。

 このジオン残党の撤収はかなり過酷な任務ではあったが、それでも彼らは戦友の為と頑張り、大勢の残党を海に脱出させる事に成功している。この成功の影にはティターンズとの戦いで連邦海軍の妨害がまったく無かった事が大きい。もし連邦海軍が平時の状態にあれば、このような大規模な作戦はすぐに察知されて徹底的な掃討作戦を受けていたに違いないのだから。


 


 

 この時、奇妙な事にアフリカのジオン残党軍とティターンズの追撃を逃れる連邦部隊はあちこちで共同戦線を張っている。追い詰められて主義主張を言っている余裕が無いからかもしれないが、これまで敵同士だった両者が一時的とはいえ肩を並べて戦っている光景には、どこか奇妙なおかしさを感じずにはいられないものがある。
 彼らはとりあえずアレキサンドリア基地を目指しており、そこで部隊を再編成して戦える部隊は前線に戻り、戦えない部隊は負傷者や民間人を守りながら中東、バルカン半島を経由してヨーロッパへと脱出している。
 海軍が現在アレキサンドリアとアテネを繋ぐ航路を整備する為にイタリア半島のタラント軍港に集結しているという情報があるのだが、それが稼動するまでは陸路での脱出を進めるしかない。
 アレキサンドリア基地から少し離れたリビア砂漠で防衛線を張っており、シャグブーブの街を拠点としてティターンズ部隊を必死に追い返している。ここにはアフリカの各地から集った部隊の指揮官達が集っているが、その中にはかつてジオン軍に所属し、現在は連邦に移っているロイ・グリンウッド大尉やゲラート・シュマイザー大尉、アレキサンドリアで評価試験部隊を率いていたブレニフ・オグス少佐、かつてホワイト・ディンゴを率いていたマスター・P・レイヤー大尉などが集っており、人材という面では桁外れた陣容を誇っていたと言える。
 全体の指揮を取っているのはアフリカ方面軍第12師団を率いていたウォルコット中将で、ほぼ完全な4個師団の戦力でティターンズの追撃部隊を阻み続けている。もっともウォルコット中将はMS戦に関しては理解が浅いので、MS部隊はオグス少佐に一任されている。
 ウォルコット中将が司令部としているホテルでは、現在も戦況が纏められていたが、それらは決して喜べるようなものではなかった。

「全域で押されている、か。ティターンズめ」
「航空戦力は概ね互角かやや優勢ですが、MSの性能差が酷すぎます。ハイザックやジムUはともかく、マラサイやバーザム、ガンダムマークUにはジムVが無いと歯が立ちません」

 参謀が苦戦の原因を説明するが、そんな事はウォルコットにも分かっていた。装備の更新を進めていただけにティターンズの装備は全般的に連邦軍に勝る。特に超高性能機にかんしてはティターンズの占有状態と言っても良い。連邦軍は一部の装備優良部隊を除けば未だにジム改やジムUが主力となっており、このアフリカにはジムVはごく僅かしか配備されていない。この戦場でジムVは何機居るだろうか。
 もっとも、このアフリカで本当に恐ろしいのはバーザムでもガンダムマークUでもない。本当に恐ろしいのはマラサイの砂漠戦使用型であるG型、ストライク・マラサイである。砂漠での使用を考慮してホバー移動ができる様になり、冷却系や駆動系にも大幅な考慮が施されている。まだ完成して日が浅く、改良を受けていないバーザムやジムVよりも、ある程度改良されて信頼性が高く、砂漠戦に適応しているマラサイG型の方がずっと厄介なのだ。このG型は地上のティターンズ部隊に少しずつ数が増えており、かなりの人気機種だということが伺える。
 これ等のMSを装備したティターンズ2個師団と相手にウォルコットたちが戦えているのは、オグスやグリンウッド、レイヤーといった練達のMS隊指揮官たちの活躍のおかげと言えた。百戦錬磨の彼らが率いるMS部隊が質で勝るティターンズ部隊に痛撃を与え続けてくれるおかげでどうにか戦線を維持できているという状況が続いている。
 また、シュマイザー大尉が主導で行っている後方撹乱作戦も一定の戦果を上げているようで、彼が編成した複数の特別攻撃隊の奮闘によってティターンズ部隊は通信を混乱されたり補給部隊を叩かれたりして思うように前進できないでいるらしい。

 だが、彼らの活躍に期待するばかりではそう何時までも戦線を支えられはしない。何とか後方から更なる援軍が欲しかった。

「緊急展開軍には聞いた話じゃ2倍の敵を正面から一方的に撃破できるなんていうMS大隊があるそうだが、そんな部隊がうちにも欲しいもんだな」
「クリスタル・スノーの生き残り、天野大隊ですね。ジャブローにも倉田大隊が居るそうですが」
「まあ、そう贅沢も言ってられんか。アレキサンドリアに航空支援を要請してくれ」
「ですが、それだけで足りますかね?」
「駄目なら、ここが突破されてアレキサンドリアに敵が雪崩れ込み、大量の敗残兵と避難民が虐殺される事になるぞ」

 ウォルコットの言葉には苦渋に満ちた響きがある。現在のアレキサンドリアには戦闘力を喪失した将兵が再編成と装備の支給を待っており、さらに膨大な数の負傷兵と民間人が後送を待って集められている。だがそれは海軍の頑張りに全てがかかっており、自分達はただ支え続けて時間を稼ぐしかない。
 せめてダカールの総司令部が健在ならばこうも一方的に負け続ける事は無かっただろうにと思ってしまうが、それは甚だ建設性を欠く愚痴でしかない。
 机の上に広げられた地図に書き込まれた敵部隊と味方部隊の位置を示す線に視線を落としたウォルコットに、ゲラート大尉がちょっとした作戦案を提示してきた。

「中将、ティターンズの通信網を断つ事が出来れば、多少は敵の動きが鈍ると思いますが」
「それはそうだろうが、何処にそれがあるというのかね?」
「敵は多分移動中継車両を使って通信網を確保してる筈です。そうでなければこの濃いミノフスキー粒子の中で円滑に部隊を動かせる筈がありませんからな」
「……それで?」
「アンテナを立てるなら高い所が望ましいですな」

 それでゲラートの言いたい事を察したウォルコットは地図上の一点を指し示した。そこは丁度ティターンズ部隊の後方にある等高線で示された小高い丘であった。

「ここに闇夜のフェンリル隊を送るという事かな?」
「今はミッドナイト・フェンリルですが。昔の部下が4人、まだ私の手元に残っています。あいつらはこの手の仕事に慣れていますから、上手くやるでしょう」
「だが、4人だけでやらせるわけにもいかん。陽動でどこかで攻勢をかけさせ、救出用の部隊も編成しないとな」
「それは助かります。正直、昔は自力で行って目標を攻略、自力で友軍勢力圏まで撤退なんて仕事が日常茶飯事でしたから」

 昔、というのが1年戦争を指すということぐらいはすぐに分かる。この男も色々苦労した口なのだろう。そしてこの男にとっても、自分にとってもあの戦争はもう過去なのだ。何故なら、今こうして昔は敵同士だった自分達が同じ場所で戦っているのだから。

「当り前だろう。戦友なのだからな」
「……では、私は作戦計画を立てます。やるからには急がないと」

 ゲラートは完璧な敬礼をすると、急ぎ足にテントから出て行った。それを見送ったウォルコットは作戦参謀に陽動作戦の準備と輸送用のベースジャバーの用意を命じ、更に救出部隊として腕利きのパイロット達を集めさせた。これ等を引き抜かれた部隊は一時的に弱体化するのは避けられないが、敵地に単身赴くような無茶をさせるのだ。これくらいの事はしてやらなくてはならないだろう。
 そしてウォルコットは司令部の人員を見回すと、気迫の篭もった声で指令を出した。

「諸君、ここが正念場だぞ。アフリカ方面軍の意地にかけて、何が何でも戦線を支えきるんだ!」

 ここを突破されればアレキサンドリアが落ち、まだ残っている連邦軍も退路を断たれて壊滅する。それを防ぐ為にも、自分達はここに踏み止まらなくてはならないのだ。ウォルコットの檄を受けて参謀達が慌てて動き出し、伝令が各地に走り出す。戦力を引き抜かれて弱体化した各地の部隊はこれから絶望的な戦いを強いられる事になるが、どれだけ持ち堪えられるかは神のみぞ知るというところだろう。




 

「なんか、俺たちって何時もこんな事ばっかりしてるよな」

 フェンリルのマークを付けたジムRMに乗ったパイロット、ニッキ・ロベルト少尉が愚痴を漏らす。ティターンズの後方に1部隊だけでの単独奇襲など、無茶苦茶もいいところだ。だが、それを聞いた仲間の反応は冷ややかであった。

「煩いわねニッキ、文句ならこんな仕事を回してきた隊長に言いなさいよ」
「まあ、少尉の愚痴も分かりますけどね」

 近距離通信で文句に文句を返してきたのが1年戦争からの腐れ縁とも言えるシャルロッテ・ヘープナー少尉、同意してきたのがリィ・スワガー曹長だ。この3人で1年戦争はチームを組み、各地を転戦して終戦まで戦い抜いた。
 そしてこの部隊を纏めているのがオデッサ戦後にゲラートの部下に加わり、多くの作戦で指揮を任されてきたソフィ・フラン中尉だ。1年戦争ではジオンで少尉の階級にあった彼女だが、連邦でもその能力を認められて中尉に昇進している。
 ニッキたちがジムRMに乗っているのに対し、彼女だけはジムVに乗っており、オプションの追加武装の変わりに大型通信装置と索敵システムを積んできている。

「皆さん、どうやら目標を見つけたようですよ」

 ソフィが仲間達に情報を伝える。武装を減らしてまで積んできた索敵システムがミノフスキー粒子の妨害を掻い潜って移動中継車両を見つけたのだ。当然ながらニッキたちのレーダーには影も形も捉えられないのだが、その辺りは流石に大型のシステムである。

「連邦の技術ってのも大したもんだよな。ジオンは正面装備だけは充実してたけど、後方装備はまともに無かったし、一度壊れると中々直らないし」
「給料も良いしね。ジムに乗り換えた時は凄く使い易くて驚いたわ」

 ニッキの感想にシャルロッテが頷いた。
 彼女達が乗り慣れているザクに較べると、ジムは最初から訓練不足の兵が乗る事を前提にされていたので非情に使い易い機体となっている。そのくせ装甲も武器もパワーもザクを全面的に凌ぐというふざけた機体であった。これで使っているパイロットがそれなりの経験を積んだベテランであったらと思うと、ニッキたちは薄ら寒いものを感じたものだ。
 4人はジオン本国に帰っても仕事が無く、困っていた所にやってきたゲラートの誘いに乗って連邦に再就職したのだが、そこで彼らは連邦の物量の凄さを改めて実感する事になった。充実した設備、膨大な武器弾薬と各種補充部品、MSも常に整備状態良好で前線部隊は2交代制、場合によっては3交代制という戦力の厚みまである。
 昔は連邦なんて数だけだと馬鹿にしていたが、いざ自分が使う側になるとそのありがたさに感激してしまったのは、骨まで染み込んだ貧乏性ゆえだろうか。

 そしてソフィのナビゲートに従って移動したニッキたちは、ほどなくして小高い丘の上に1隻の陸戦艇を見つける事になった。それは昔にオデッサで倒した小型のビッグトレーとでも言うべき陸戦艇に似ていた。どうやらそれをベースに改良した車両らしい。
 4機は地形を生かしてできる限り目視されないように接近し、周辺を観察した。

「どうやら、あれのようですね」
「でも、護衛にハイザックが3機にマラサイも2機いますよ。こっちは4機ですから、数で負けてます」
「確かにね。流石に1年戦争の頃みたいに腕が悪いとも思えないし、どうします中尉?」

 ニッキの指摘にシャルロッテが頷く。1年戦争の頃の連邦パイロットは殆どが雑魚同然のパイロットであったが、流石にあの時と同じに考えるわけにもいかないだろう。ましてこんな重要目標の護衛なのだ。それなりのパイロットが配置されていると考えた方が良い。
 ソフィは2人の指摘に暫しじっと地形図と睨めっこをし、暫くして作戦を全員に伝えた。

「私とスワガー曹長は3分後にここから攻撃を加えて護衛の目をひきつけます。ロベルト少尉とシャルロッテは岩陰を利用してあそこのオーバーハングまで行って、私たちの攻撃で護衛機が動いた隙を付いて一気に陸戦艇を撃破。その後は大急ぎで逃げ出すという辺りでどうかしら?」
「……まあ、やってみますか」
「マラサイの相手は遠慮したいなあ」
「やれやれ、重火器なんか持って来たせいで貧乏くじですか」

 3人は3人なりに文句を交えながらもソフィの作戦に頷き、ニッキとシャルロッテが移動していった。そしてソフィのジムVが90mmマシンガンを、スワガーのジムRMがゼク・アインなどが装備している大型マシンガンを構える。これはジムRMが使うにはやや大型なので、スワガーは両手でこれを保持し、腰の後ろにゼク・アインのそれより小型の弾薬コンテナをつけてベルト給弾している。ゼク・アインはこれを片手で操り、両肩に大型の弾薬コンテナを付けられるほどに頑丈な機体構造をしているのだが、これは機体の性格の差だろう。ジムRMに限らず、ジム系列機はこんな強力な重火器を振り回す事を考えて造られてはいないのだ。
 ジムVはこのマシンガンを何とか片手で扱う事ができるが、ゼク・アインの弾薬コンテナは流石に使えないのでジムRMと同様の小型コンテナになる。
 そしてニッキたちが移動してきっかり3分後、ソフィとスワガーは護衛機に向って一斉に攻撃を開始した。90mmマシンガンの猛射を浴びたマラサイが機体表面に火花を散らせるが擱座するには至らず、ソフィに狙われたマラサイは近くの岩陰で遮蔽をとってしまった。一方スワガーの狙ったハイザックは大口径弾を立て続けに浴びて瞬時にスクラップに成り果てている。
 この差を見たソフィはスワガーの持つ大型マシンガンが羨ましくなってしまった。

「凄いですね、そのマシンガンの威力は」
「使った私が一番驚いてますよ。まさか、ハイザックが一連射でスクラップになってしまうなんて」
「宇宙軍も凄い武器を使ってますね」

 ソフィは気楽に言っているが、実際の所、状況は気楽などとは言えない。残った4機がザクマシンガン改やビームライフルをこちらに向けて撃ちまくってきたからだ。この猛射のせいで2人は頭を上げることもできなくなり、ひたすら物陰に隠れて時折牽制の砲火を放つくらいしか出来ないでいる。
 だが、別にそれでも良いのだ。2人の仕事は護衛MSの目を引き付けることなのだから。



 ソフィとスワガーが撃ちまくられている頃、別の物陰に移動していたニッキとシャルロッテのジムRMは移動中継車両を射界に捕らえていた。ニッキがジムライフルを向け、シャルロッテがバズーカを向ける。

「よし、一気に仕留めるぞ、シャルロッテ!」
「了解、さっさと終わらせてソフィさんたちの援護に行かなくちゃ」

 それと同時に2人は移動中継車両に攻撃を開始した。ジムライフルから放たれた徹甲弾が陸戦艇の装甲を貫き、内部の機器を抉っていく。連邦軍の標準である360mmバズーカから放たれた大口径の成型炸薬弾が装甲に穴を穿ち、内部を高熱のガスで焼き尽くしていく。ごく短時間の攻撃でその移動中継車両はスクラップへと変わり果ててしまった。
 1年戦争時代にはやたらと梃子摺らされた陸戦艇だったのだが、こうもあっさり撃破できてしまうのは武器の威力が向上したせいだろうか。90mmマシンガンは昔のザクマシンガンなど比較にもならないほど優れた銃であるし、360mmバズーカはザクバズーカよりずっと破壊力が大きい。

 この攻撃でソフィたちを攻撃していたハイザックとマラサイが2人に気付いたが、同時に自分達が前後から挟撃される位置に居る事にも気付いた。シャルロッテもバズーカから90mmマシンガンに持ち替えて銃撃を加え始め、更にソフィとスガラーも物陰から身を乗り出して銃撃を再開する。
 前後から銃撃を受けたハイザックとマラサイは不利を悟って逃げ出そうとしたが、装甲の薄いハイザック2機が銃撃を受けて撃破されてしまった。逆に装甲の厚いマラサイ2機はどうにか攻撃を耐え凌ぎ、スタスターを吹かせて戦場から離脱して行った。
 逃げていったマラサイを追撃はせず、ソフィたちは集結すると一目散にその場から逃げ出した。もう仕事は終わったのだし、こんな危険な場所にいる必要はない。あとは味方のいる戦場まで脱出するだけだ。

「皆さん、急がないと敵が集ってくるわ!」
「大丈夫ですよ。地上の走行性能ならジムRMは連邦軍で最高ですから」

 急がせるソフィにスワガーが笑いながら言う。第1世代最高の陸戦用MSと言われるジムRMは脚部を徹底的に強化することで絶大な走破性能を誇っており、走破性能だけを取るなら第2世代MSにも本機に勝る機種は存在しない。唯一ホバー移動が可能なドム系列機だけが本機を上回るが、それでも長距離移動力を考えればジムRMに軍配が上がる。
 ソフィは移動しながら味方に通信を入れ、作戦の成功を伝えようとした。ミノフスキー粒子の濃度を考えれば戦闘用MSの貧弱な通信機など役に立ちはしないが、ソフィはわざわざ通信機能をオプションで強化しているからどうにか連絡を取る事ができる。

「こちらミッドナイト・フェンリル01、作戦は成功せり。これより帰還します」
『了解した。これよりティターンズの部隊に攻撃をかけ、君たちの退路を作る。何とかここまでたどり着け、いいな』
「分かりました。私達が付くまでに切り開いておいてください」
『その辺りはワンショット・キラーを信用してもらおうか』

 それを最後に通信が切れ、4人の進路上に幾つもの閃光が輝きだす。どうやら先ほど連絡を取った友軍部隊がティターンズ部隊に攻勢をかけているようだ。
 だが、先ほど通信に出たパイロットが言い残した言葉が4人に沈黙を与えていた。ワンショット・キラーという異名を持つパイロットに、彼らは心当たりがあったのだ。

「な、なあ、今、ワンショット・キラーって言ってたけど」
「もしかして、さっきの人って、あのブレニフ・オグス中佐なの?」

 ブレニフ・オグス元ジオン軍中佐。1年戦争において両軍を通じて最高の撃墜スコアを上げているTOPエースで、その射撃技量は百発百中と言われている。その神業からワンショット・キラーの異名が与えられているのだ。戦後は連邦軍に再就職したとは聞いていたが、まさかアフリカにいたとは。

「じゃあ、今頃目の前のティターンズ部隊は大変でしょうね」
「赤い彗星や白狼がいるようなもんですからね」

 ソフィの同情交じりの言葉にスワガーも頷く。この手の超エースは敵に回すと手に負えないのだ。まして戦況が伯仲している中に1人いると、とんでもない痛手を負わされることもある。




 

 ティターンズの戦線に突撃をかけたのはオグスの率いる試験部隊を含む3個MS隊であった。それぞれが名の知られた歴戦の指揮官に率いられた精鋭部隊である。オグス少佐が率いる小隊はクリスタル・スノーを付けた千堂瞳少尉の他にもハレック・ボードマン少尉、ガレルキン中尉が付き従っている。彼らが使用しているのは全てジムUだが、臆す事も無くティターンズに砲撃を加えていた。
 ティターンズ部隊もすぐに反撃を加えているのだが、逆に飛来する銃火に1機、また1機と撃破されるものが相次いでいる。正面から攻撃を加えている4機のうち、2機の射撃が馬鹿みたいに良く当たるのだ。勿論その2機はオグスと瞳のジムUであったが。
 オグスはある程度敵を叩いたと判断すると、小隊に後退の指示を出した。それを受けて瞳たちが2機ずつ援護と後退を交互に行いながら下がっていく。するとそれまで一方的に叩かれていたティターンズ部隊が復讐の念にでも駆られたのか、まるでスポイトで吸いだされる水のように前に出てきた。
 大きく突出してきたティターンズ部隊は、今度はいきなり両翼から激しい攻撃を受ける羽目になった。これまで攻撃に参加せず、じっと伏せていた部隊があったのだ。更にこれまで後退していたオグスたちも反撃に転じ、十字砲火がティターンズ部隊を絡め取っていく。
 この時両翼から襲い掛かったのはグリンウッド率いるMS小隊と、レイヤー率いるMS小隊である。2人とも名高い部隊を纏めていた歴戦の指揮官であり、自分の役割というものを良く理解してもいた。このオグス、グリンウッド、レイヤーの3人が見事な連携を見せた事で、ティターンズ部隊は絵に描いたような両翼包囲状態に陥ってしまっている。
 だがそれでも連邦機は全てジムUである。これに対してティターンズ側にはマラサイやバーザムという高性能機があり、これ等の装甲はジムUが標準装備している90mmマシンガンでは中々倒せない強固な装甲を持っている。マラサイとバーザムはガンダリウムγ合金製の装甲にものを言わせて弾幕の中で反撃を加えてきたのだ。
 流石の3人もこの機体性能の差だけはどうしようもなく、全身に兆弾の火花を散らせながらもビームライフルやマシンガンを向けてくるこれ等のティターンズMSに罵声をぶつけていた。

「くそっ、なんて装甲なんだ!」
「流石にこれは、ビームライフルを持ってくるべきだったかな」
「とにかく撃ちまくるしかないな」

 90mmマシンガンでは威力不足だとは分かっていたが、今は撃ちまくるしかない。どんなMSでも無限に攻撃に耐えられるわけではないのだから。
 だが、結局3部隊の苦境はミッドナイト・フェンリルの到着によってけりが付くことになる。ミッドナイト・フェンリルの4機が敵の後背を付いた事で完全包囲状態となり、流石のティターンズ部隊も次々に倒れていったのだ。特にスワガーの持っている大型マシンガンの威力はマラサイやバーザムさえ簡単に破壊してしまうほどの威力が有り、これが決定打となったのだ。
 ティターンズの部隊を撃破した4つの小隊はどうにか合流したものの、その姿はまさにぼろぼろという表現が正しかっただろう。破壊された機体こそ無かったが、彼らは既に死に体だったのだから。

「フラン中尉、任務ご苦労さん」
「いえ、皆さんが退路を確保してくれたからです」

 オグスの慰労の言葉にソフィは謙遜して返したが、実は内心はガチガチだったりする。この場にいる4人の隊長のうち、自分を除く3人は1年戦争のエースとしてその名を轟かせたパイロットばかりなのだ。緊張するなという方が無理だろう。
 ソフィは長距離通信で司令部のウォルコット中将に指示を仰ぎ、このままオグスの指揮でティターンズ部隊を側面から襲撃しろという指示を受け取った。それをソフィはオグスに伝え、オグスはソフィから回してもらった最新の戦域図を元に移動ルートと攻撃目標を決定した。
 だが、例え自分達が側面攻撃をかけてもまたマラサイやバーザムがいたらさっきの再現になってしまうのではないか。あんな防御力のMSを相手にどうすれば良いのだというのだろう。連邦地上軍はファマス戦役においても実戦に巻き込まれた事は無く、もっぱら地上のジオン残党との戦いに終始していた為、装備が完全に1世代置いていかれてしまったのだ。現に宇宙軍から試験的に供与されていたゼク・アイン用のマシンガンはマラサイやバーザムさえ容易く撃破出来ているのだから。






 アフリカ方面軍が必死にティターンズを食い止めている頃、アレキサンドリアにはようやく待ち望んだ船団が入港していた。輸送船からはMSや物資が降ろされ、負傷兵や民間人が病院船や輸送船に乗せられていく。
 そしてアレキサンドリアの湾口部に着水している巨大なガルダ級超大型輸送機からシュツーカが何機も運び出されている。それを指揮しているのは朗らかな笑顔を浮かべている妙齢の女性士官で、本当にこの人が指揮官かと疑いたくなるのだが、一応本当に指揮官だったりする。
そんな彼女の元にアレキサンドリアの駐留部隊の士官が通信文を手に駆け寄ってきた。それを受け取った女性は軽く眉を潜めると、部下達を振り返って出撃を指示した。

「みなさ〜ん、折角アフリカまできましたが、残念ながら観光する暇は無さそうですよ〜〜」
「観光する気だったんですか大尉?」

 それを聞いた中尉の階級章を付けた部下がおいおいという顔で聞き返してくる。驚いてないのはよほど図太い神経をしているのか、もう慣れたからなのか。

「半分位はその気だったんですけどね。でもまあ、仕方ありません。皆さん今すぐスードリに戻ってお仕事に行きますよ〜!」

 アレキサンドリアにジャブロー名物と言われる能天気な「あはは〜〜」という笑い声が響き渡る。そう、ジャブローを守っていた筈のあの倉田MS大隊がアレキサンドリアに現れたのだ。






 通信網を断たれたティターンズは指揮系統に混乱をきたし、その動きが目に見えて鈍くなった。それは確かにティターンズの攻撃力を著しく殺ぐ事には繋がったのだが、残念ながらここのティターンズ部隊は孤立してもまだ十分に脅威であった。先にオグスたちが大苦戦したように、連邦の主力であるジムUではマラサイやバーザムには余りにも分が悪く、圧倒的優位な状態を作っても中々突き崩す事が出来ずにいた。やはり機体の差は大きい。
 そしてオグスたちも迂回路を通ってティターンズの左翼部隊に側面から襲い掛かったのだが、やはりティターンズは崩れなかった。側面包囲を受けているというのにティターンズはMSの優位にものを言わせてその場に踏み止まり、逆に連邦部隊に逆撃をかけてくる有様だ。
 通信の混乱を利用して行われた連邦軍の攻勢も、残念ながらこれといった成果を挙げることは無く限界点に達してしまい、ウォルコットは逆に戦線の縮小を迫られる事になる。やはり装備と訓練度の差は如何ともしがたかったのだ。戦意だけでは装備の差は埋めきれない。先のファマス戦役でも連邦軍は圧倒的大軍を擁しながら、MSの性能で常に負け続けたせいで最後まで苦戦を強いられ続けたのだ。
 弾薬を使い果たした部隊が逐次後退する中で、数少ない歴戦の部隊であるオグスたちは自ら殿に残って敵を食い止めていた。向こうも指揮系統の混乱で全軍が追撃に出ているわけではないようだが、それでも殿部隊はどんどんその数をすり減らしている。

「くそっ、これじゃどうにもならない。レイヤー大尉、右に回りこめないか!?」
「出来ないことは無いが、今ここを離れたら突破されますよ」

 オグスに問われたレイヤーは目の前に迫っているティターンズMS部隊を見てそう答えた。今ここを離れればそこから防衛線が崩壊しかねないだろう。オグスもその判断を否定する事は無く、苦虫を噛み潰したような顔で敵を睨みつけ、八つ当たり気味に目に付いたハイザックに90mmマシンガンを叩き込んだ。

 そのオグスの隣で90mmマシンガンを撃っていた瞳は、銃が空打ちした音を聞いて予備の弾装を取り出そうとしたが、既にラックに残っていないのに気付いて慌ててハレックのジムUを見た。

「ハレック、弾無いかしら!?」
「だああ、撃ちすぎだぞ瞳。これが最後の弾だ!」

 ハレックは文句を言いながら予備の弾装を瞳のジムUに手渡した。これでハレックも弾無しになってしまったが。
 弾不足から弾幕が途切れがちになった事で、ティターンズのMS部隊はいよいよその圧力を増してきた。それを押さえ込むにはもはや援軍に期待するしかないが、現在の所援軍の当ては無い。せめてウォルコットが新たな戦線を再構築してくれれば逃げ出す事もできるのだが。
 その状況に変化が生じたのは、上空に多数のフライマンタが現れた時だった。上空に飛来した多数のフライマンタがティターンズ部隊に向けて中高度から水平爆撃を行い、一時的にティターンズ部隊を混乱させてくれたのだ。流石の高性能MSも航空用爆弾の直撃を受けたりすればひとたまりも無い。
 この空襲で撃破された機体は居なかったものの、それが生み出した僅かな時間はオグスたちに撤退のチャンスをくれた。そのチャンスを見逃さずその場に居た全機が遮蔽物を放棄して一斉に後退を開始する。
 これに対してティターンズのMS部隊があわてて攻撃を開始したが、それは正確さを欠く攻撃であり、全力で逃げていくMSを撃破するには至っていない。だがそれでもまぐれ当たりはどうしようもなく、スワガーのジムRMが右腕に直撃を受けてしまった。爆発の衝撃による転倒だけは避けられたものの、殿部隊の最強火器であったマシンガンは吹き飛ばされてしまった。
 よろけているスワガーのジムRMにニッキが慌てて駆け寄ってくる。

「スワガー、大丈夫か!?」
「大丈夫ですか、武器を失いました。戦闘不能です!」

 スワガーの答えを聞いてニッキは渋面を作った。マラサイやバーザムに有効な武器が遂に失われたのだ。これでもう敵を食い止めるのは不可能になったと見ていいだろう。

「分かった、スワガーはとにかく逃げろ。俺が後ろに付いてやる!」
「すいません、少尉」

 スワガーは礼を言って機体を走らせ、ニッキは90mmマシンガンを牽制に撃ちながら後退防御戦を行っていく。だがその火力は余りにもか弱く、敵を食い止めるにはまるで足りない。この時ニッキは、初めて自分が死ぬかもしれないという事を認識した。

 だが、その最悪の予想が実現する事は無かった。ティターンズ部隊の最前列を、いきなり飛来したミサイルのシャワーが襲ったのだ。そのミサイル攻撃は敵の足を止めさせるだけの圧力を持ち、実に的確な間隔を開けて敵に撃ち続けられている。
 そしてこの攻撃に続いて、なんとも珍妙な声が通信波に乗って戦場に響き渡った。

「あはははは〜〜。お待たせです。正義の味方、ただいま参上ですよ〜〜!」

 その声と共にニッキたちのMSが何かの影に入る。何事かと頭上を見上げれば、そこには史上最大の超巨大飛行機械、ガルダ級の姿があった。先程のミサイルのシャワーはこのガルダ級が放ったものだろう。
 そしてそのガルダ級の腹から次々に連邦軍では珍しいMS、シュツーカが飛び出してくる。彼らは地上に降りる前に全身のスラスターを全開にさせて着地の衝撃を殺すと、シールドとビームライフルや大型マシンガンを構えてティターンズのMS部隊に向った行った。その中にはなんとクリスタル・スノーマークを付けた機体も多く、これまで自分達が圧倒されていたティターンズのMS部隊を押し返しだしている。
 この部隊は何処の部隊なのだと誰もが思っていたが、その疑問には瞳が答えをくれた。

「その声は、倉田大尉ですか!?」
「はえ? その声は確か……郁未さんとシアンさんを取り合ってた千堂少尉ですか?」
「はい、お久しぶりです!」

 瞳が歓喜の響きさえ込めて話しかけている。だが、瞳の出した倉田大尉という名は、周囲のパイロット達に驚きを与えていた。

「く、倉田大尉って、あのクリスタル・スノーの4つの大隊の1つを率いていたっていう、あの倉田大尉か!?」

 クリスタル・スノーの名は良くも悪くも有名だ。流れ飛ぶ噂には尾鰭が付いて真実とは懸け離れた物もあるが、ただ1つ共通しているのは、この部隊は味方にとっては最高の友軍、敵にとっては最悪の死神だという事である。その名を聞くだけで敵対した部隊は敗北を予感してしまうほどだ。宇宙で秋子を敵に回したエゥーゴは、その実力以外にもこの名声から来る敗北感とも戦わなくてはならず、大変な苦労を強いられている。
 全機がシュツーカF型で統一された倉田大隊の強さはティターンズの部隊に較べれば機体性能でこそやや劣っていたものの、おおむね互角以上の勝負ができていた。佐祐理によって徹底的に鍛えられたその技量はティターンズのパイロットに対しても互角以上に戦えたのだ。
 ビームライフルは確実にマラサイやバーザムを仕留め、大型マシンガンは弾幕射撃によって容易くこれ等の機体を粉砕してしまう。シュツーカF型はゼク・アインの参考となったD型の改良型で、ゼク・アインのマシンガンを両手で保持して撃ちまくっている。ただし、それでもやや重いようで、3機小隊のうちこれを持っているのは1機のみであり、後の2機は取り回しのいいビームライフルを装備している。
 この火力と連携に優れた無傷の倉田大隊の加入はティターンズの追撃部隊に大きな打撃を与える事に成功し、これを一時的に押し返す事ができた。
 本来ならここで退くのだろうが、佐祐理の判断は違った。彼女はここから更に攻勢に出たのだ。オグスたちもスードリから投下された武器弾薬のコンテナから取り出したビームライフルやジムライフルを手に反撃に加わり、その凄まじい技量を見せ付けている。得にオグスの射撃技量は凄まじく、佐祐理の見ている前で立て続けに敵機を撃破して見せている。それを見た佐祐理は目を見開いて驚いていた。

「ふえええ、物凄い命中率ですね。ひょっとして北川さんよりも上なんじゃないですか?」
「それはそうですよ。伊達にジオンのトップエースじゃないですから」

 佐祐理の驚きに瞳がちょっとだけ自慢げに答えたが、それを聞いた佐祐理の反応は瞳の想像の斜め上を飛んでいた。

「じゃあ、あの人がブレニフ・オグス中佐なんですか!?」
「ええ、まあ。今は少佐でアレキサンドリア基地にいますけど」
「ふええ〜、あの伝説のトップエースがこんな所に居たなんて、驚きです。サイン頼んでみましょうか」
「……いや、倉田大尉も十分に有名人だと思うんですけど」

 何故にサインをねだるかと瞳は呆れた頭で考えてしまった。
 だがそんなボケた会話もここまでで、佐祐理はすぐに自分の仕事に戻ってしまった。サブモニターに表示された戦域図を元に自分の部下達やその場に残っている指揮官達に指示を出していく。

「第2中隊はそのまま前進。第3中隊は第2中隊を援護してください。第1小隊は佐祐理と一緒に2時方向の敵の突出部を潰しますよ! レイヤー大尉とグリンウッド大尉は佐祐理たちの後詰をお願いします。オグス少佐とフラン中尉の隊はこの辺りで待機、敵が近付いてきたら撃ちまくってください!」

 そう指示を出して佐祐理は部隊を率いて敵中に突入していった。2手に分かれた大隊はそれぞれの目標を叩き、隊列に亀裂を作ってそれを広げていく。そしてその亀裂に踊りこんで更にそれを拡大し、戦線を突破してしまった。彼らの動きはその後も止まる事は無く、今度はお互いがゆっくりと近付いていった。
 この様を後方から見ていたオグスは、倉田大隊が敵の部隊をそっくり包囲殲滅しようとしているのが良く分かった。突入した両翼が敵部隊を包み込むように閉じていき、遂には敵部隊を完全に孤立させてしまう。その鮮やかな手並みに驚く間もなくティターンズ部隊は前後左右から殺到する砲火に叩きのめされ、壊滅させられてしまった。
 そしてティターンズ部隊の一部を壊滅させた倉田大隊は今度は汐が引くように逃げ出し、ティターンズ部隊と自分たちの間に戦力の空白地帯が生まれていた。その空白地帯めがけて慌てたようにティターンズが前に出てきたが、それはオグスたちとソフィたちの弾幕射撃によって阻まれてしまった。
 これでティターンズ部隊の行き足は完全に止まり、被害の大きさから一度再編成をする必要に迫られる事になる。その為に自然とお互いの距離が離れ、佐祐理たちは後方にウォルコットが築いた新たな防衛線まで退く事ができた。






 倉田大隊がアフリカまで出てきたのは、オーストラリアのコーウェンの指示によるものだった。コーウェンはアフリカ戦線を守りきる事はできないと早々に見切りを付け、残存部隊を撤退させようと考えたのだ。そのためには早急に強力な増援が必要で、それだけの輸送力を持っているのはジャブロー駐留軍だけであった。コーウェンの要請を受けてマイベックは手持ちの最強部隊である倉田大隊をガルダ級超大型輸送機スードリに乗せて送り出し、何とかこのアフリカの敗北寸前に間に合わせたのだという。
 これはジャブローに複数のガルダ級超大型輸送機をはじめとする大量輸送能力があること、倉田大隊などの強力な戦闘部隊が複数存在する事などの条件を満たした上で、マイベックの即断が生み出した綱渡りな勝利であった。
1年戦争からずっと前線で指揮を取り続けてきたマイベックは、所要に満たない戦力の逐次投入だけは避けなくてはならないという原則を理解しており、手持ちの最強部隊である倉田大隊を丸ごとスードリで送り込んできたわけだ。
結果的にこの判断は成功し、アフリカの残存戦力はアレキサンドリアから船舶でヨーロッパへと脱出する事ができた。海上に出ればそこは完全に連邦の勢力化であり、海軍の殆どを味方に付けられなかったティターンズは制海権を完全に連邦に握られているので、海に出られると手の出しようが無いのだ。ティターンズは強力な可変MAギャプランを多数装備しており、その性能は連邦海軍が空母艦載機として採用したアッシマーB型を上回るのは確実であるが、流石に足が短すぎる。
倉田大隊はアレキサンドリアから最後の1隻の輸送船が出航するまで留まって守備につく事を決めており、オグスたちの精鋭部隊もこれに加わっていた。脱出にはスードリがあるので逃げれなくなる心配は無い。
自分の愛機の足元で海軍が出してくれた偵察機からの報告を受け取っていた佐祐理は即席の机の上に広げた地図に赤ペンで書き込みを加え、困った笑顔を浮かべて同席しているレイヤーとグリンウッドを見た。

「参りましたねえ。ティターンズの皆さん、後方から増援を受けたみたいですよ。81式戦車隊の姿も多数あるそうですから、どうやら味方に取り込んだ連邦の部隊を送り込んだみたいです」
「だが、こちらはもうすぐ撤退を完了できる。もう間に合わないだろう」
「それもそうだな。ここで無理に戦う必要も無い」

 レイヤーが敵は間に合わない事を指摘し、グリンウッドも同意する。佐祐理もその事は分かっており、2人の意見に反論する事は無かった。たとえ高速の可変MA部隊を投入してきたとしても、こちらには海軍のヒマラヤ級空母のアッシマー部隊もあり、逃げながらの迎撃は十分可能なのだ。

 そして結局、ティターンズ部隊はアレキサンドリアの連邦部隊を捕捉する事は出来なかった。あるいは間に合わないと悟っていたから手を出さなかったのかもしれないが、ティターンズ部隊は連邦のアフリカ方面軍の脱出を許してしまう事となった。
 アレキサンドリアからの撤退に際して、この基地の守備隊であったブレニフ・オグスはMS隊指揮官としての責任感からか、自ら最後まで踏み止まり、最後の1人が輸送船に乗り込むのを確認してから自分も輸送船に移っている。そして最後の輸送船が埠頭を離れるのに少し遅れてスードリもアレキサンドリア港を離水して行った。彼女らはこの後中東を移動中の部隊の支援を行い、ジャブローに戻るらしい。

 こうしてアフリカは完全にティターンズに制圧される事になったが、その戦略的な目標は半分も達成できたとはいえなかった。大統領も閣僚も捉えることはできなかったし、自分達に反抗的な連邦部隊を壊滅させる事も出来なかったのだから。
 この後ティターンズはヨーロッパに逃げ込んだ連邦部隊と激しい戦いを繰り広げる事になるのだが、その時、このアフリカで奮戦した部隊が最前線で頑張ることになる。




後書き

ジム改 アフリカの攻防でした。何気に連邦地上軍の装備の情けなさが酷い。
栞   無茶苦茶弱いですね。逆にマラサイが強い事強い事。宇宙じゃやられメカなのに。
ジム改 これには地上軍と宇宙軍の事情の違いだ。地上軍はジオン残党を倒せれば良いから。
栞   ザクやドムを倒すのなら90mmマシンガンで十分だと。
ジム改 逆に宇宙軍はファマス戦役から続く戦乱で装備がどんどん更新されている。
栞   地上軍はジムUやジム改で通じるのに、宇宙軍はジムVやゼク・アインが必要ですからね。
ジム改 両軍に差ができてしまったのだ。おかげでティターンズにはまるで対抗できない。
栞   前に海鳴基地が出たときは主力がジム改でしたしね。
ジム改 シアンはこの装備ではカラバと戦えない事を知っていたから装備を更新したのだ。
栞   この後もボコボコにされる部隊は出るんでしょうね。
ジム改 地上は何処もこんな感じだよ。
栞   大変ですねえ。それでは次回、アジアに迫るティターンズの牙。
ジム改 戦いつつも撤退していく連邦軍とジオン、エゥーゴ。仲間を助けようと頑張るシアンたち。
栞   でも、頑張るのは茜さんやアヤウラなんですね。