第43章  コンペイトウ攻防戦




 お互いに全く予期していなかった遭遇により始まったコンペイトウ戦は、エイノーにとってはともかく、斉藤にとっては全く不本意な形での戦いとなっていた。既に駆逐艦部隊は完全に乱戦に突入しており、どちらが優勢なのか斉藤にもエイノーにも判然としない状況となっている。
 戦艦と巡洋艦による時代錯誤な同航戦も行われているが、こちらはもう砲力と装甲厚、防御スクリーンの強度が全てを決するという我慢較べの様相を呈している。斉藤が乗るノルマンディーもエイノーが乗るブル・ランも防御スクリーンがメガ粒子砲を弾く時に生じる燐光に数え切れない回数包まれており、その都度艦が激しく振動している。
 この旗艦同士の砲撃戦はエイノーにとってはまさに武人の本懐であったのだが、斉藤はそんなものに何時までも付き合ってはいられなかった。ノルマンディーの砲力はエイノーの乗るブル・ランを遙かに上回っているので、ブル・ランと砲戦を交しながら別の艦にいくつかの砲を向けるという無茶をやっている。現在のマゼラン改は緊急展開軍で使用されている艦以外は全て艦首をMSカタパルトに改装されており、砲を減らしてMS格納庫を増設している。この改装によりMS2個小隊を運用できるようになっているので総合力は向上しているのだが、その最大の特徴であった砲力は激減している。
 秋子が旧来の砲戦型マゼラン改を未だに現役艦として運用しているのは、その砲力がノルマンディーやバーミンガムに較べれば劣るとは言っても、十分に強力だったからに他ならない。また緊急展開軍は多数の空母を保有しているので、わざわざマゼラン改がMSを搭載しなくても十分な数のMSを前線に投入できるという判断もあった。
 この為、斉藤艦隊はノルマンディー1隻でエイノー艦隊の戦艦2隻、重巡1隻を相手取る事が可能だったのである。斉藤艦隊のもう1隻の戦艦であるマゼラン改級のタイタンはリアンダー級4隻を率いてエイノー艦隊のサラミス改8隻と砲戦を行っていた。
 この時斉藤艦隊に同行していた空母2隻にリアンダー級2隻をつけて戦場から逃がしていた。砲撃戦においては空母はただの邪魔者でしかないからだ。連邦の主力空母であるラザルス級は護衛艦が必ず同行する事を前提に砲戦能力を排除された、純粋な空母として建造されている。




 この状況下で出撃した祐一たちであったが、最初の混乱の中で母艦が直撃を受けて発艦できなくなった部隊も居るようで、集合の信号弾を上げても部隊は全て揃いはしなかった。祐一の部隊は合計60機居る筈なのに、集ってきたのは48機に過ぎなかったのだ。

「これだけか。残りの4個小隊はどうした!?」
「ミノフスキー粒子が濃くて長距離通信が使えなくなってる。これじゃ何処に行ったかなんて分からないよ!」

 祐一の非難のような問いかけに名雪が悲鳴を上げていた。この乱戦で双方はミノフスキー粒子を後先考えずに散布してくれたらしく、現在戦場における電波通信は近距離に限られるという状況になっている。流石に実戦慣れしている祐一などはこの状況でも特に困る事は無いのだが、経験の浅いパイロット達にはかなりの負担を強いる事になる。ファマス戦役から戦っている名雪でさえ困惑を隠せないほどに混沌としてしまっているのだから。
 この状況でMS隊を攻撃に向けるのはかえって犠牲を増やすだけだと判断した祐一は、全部隊に艦隊の防空に専念するように指示を出し、敵艦隊への攻撃は艦隊に任せる事にした。空母部隊はダガーフィッシュ戦闘機とアヴェンジャー攻撃機の準備をしていたのだが、祐一はこれも待機するように言い、守りに専念する姿勢を見せている。
 祐一の率いる部隊と天野の部隊が艦隊の少し前方に進出し、直衛隊が艦隊の傍に展開する。久瀬の部隊は空母で待機し、祐一や天野の部隊が消耗した際に交代させる予備部隊となった。

 そして、エイノー艦隊からMS部隊が斉藤艦隊に向かって進撃してきたのを見た祐一は迎撃をするべく部隊を回そうとしたが、その機体がゼク・アインであるのを確認していささか焦りを見せてしまった。

「ゼク・アインだと。こいつら、戦技教導団か!」
「教導団って、あのペズンを脱出した部隊の事?」
「ああ。連邦軍の中でも天野大隊と並んで最強と言われてるMS部隊だ。半数がペズンで反乱を起こしたけど失敗して、コンペイトウに逃げ込んだとは聞いてたけど、出てきてたのかよ」
「どうする、祐一?」

 名雪に指示を求められた祐一は、吐き捨てるように答えた。

「決まってる。あいつらに勝てそうなのは、うちでも天野の部隊だけだ!」
「でも、美汐ちゃんの部隊だけだと辛くないかな?」
「向こうの数は24機。天野の部隊は倍の48機だから、まず間違いなく勝てるだろ。でもまあ、念のためサイレンから何人か付けておくか」

 名雪に言われて、祐一は天野の部隊に栞と一弥を付けて天野の部隊を出す事にした。これで数は50機、しかも超エース級2人が同行するという豪華さだこれなら負ける心配はまず無いと祐一は考え、後は天野に任せる事にした。



 この天野大隊と教導団の激突は、そのままゼク・アイン同士の激突という珍しい状況を生み出した。ゼク・アインは連邦軍でもペズンとフォスターUにしか生産施設が無い珍しいMSで、大々的に運用しているのは緊急展開軍のみである。その為にゼク・アインといえば緊急展開軍だというイメージが生じているが、元々このMSのテストをしていたのは教導団なので、教導団は定数一杯のゼク・アインを装備しているのだ。
 今回はブレイブ・コット大尉率いる24機のゼク・アインは全機が第2種兵装で、艦隊の下方から突き上げるようにして突入してきた。途中で教導団は2つの部隊に分かれて天野の防衛線の突破を図ってきたのだが、これに対して天野はそれぞれに第2、第3中隊をぶつける事にした。天野大隊は1個中隊16機なので、敵の12機に対して数の優勢を確保する事は出来る。突破されたとしてもまだ天野直属の第1中隊があるので十分に対処は出来るだろう。
 ただ、もし部下達が苦戦するようなら援軍を出す用意はしてある。その為に天野は栞と一弥をいつでも投入できるように自分のすぐ傍に待機させてある。




 天野大隊と教導団という地球連邦を代表する最強の部隊同士の激突が始まった頃になると、他のティターンズ部隊やリーフの部隊もやってきた。これ等はハイザックやマラサイを装備していたが、一部はバーザムやスティンガーといった最新機種を装備している。
 これに対して祐一はゼク・アインとジムVで編成された52機の部隊を持って対抗していた。到着が遅れていた部隊も少しずつやってきたので数が少し増えている。
 この時のティターンズ部隊を率いていたのはアレキサンドリアのヤザン・ゲーブル大尉だった。彼は結局ギャプランの整備が上手く行かなかった為、部下と共に予備機のマラサイを使っている。
 ヤザンは部隊の先頭に立って祐一の部隊に挑んできたが、祐一の部隊はかなり強力であったのが彼の不幸であったかもしれない。ゼク・アインこそ祐一直属の中隊しか装備していないが、他のMSはジムVで固められ、更にあゆと七瀬、中崎というサイレンまでが居たのである。
 突入してきたヤザン機を迎え撃ったのはゼク・ツヴァイに乗った七瀬であった。敵の中で一際良い動きをしているマラサイを狙った七瀬の好判断と言えるのかもしれないが、元々ヤザンは前線指揮官としてはさして有能ではないのでヤザンが敵機に拘束されても混乱は起こさなかった。ただ、ヤザンは部下からの人望は意外にも高く、部下を引っ張れるという意味では指揮官に向いていると言えるかもしれない。

 七瀬のゼク・ツヴァイを見たヤザンは低い唸り声を発していた。その肩に描かれている雪の結晶とサイレンマーク、胸にある漢字で書かれた『乙女』の字が嫌でもこの機体がどういう相手なのかを教えてくれているのだ。

「サイレンの血塗られた戦乙女、七瀬留美か。味方のときは一度戦ってみたいと思ったことはあったが、いざ敵として見るとこんなに嫌な相手は無いな」

 七瀬の化け物じみた強さはファマス戦役に参加したパイロットなら誰でも一度は耳にした事がある。その強さはサイレンの中でも屈指のもので、特に接近戦で無類の強さを見せるという。
 その事をヤザンは知ってはいたが、マラサイでは長距離からの砲撃戦も機動力を生かした一撃離脱も出来そうに無い。相手の機体が何かはヤザンには分からなかったが、ゼク・アインより強そうだという位は予想できる。

「ラムサス、ダンケル、左右に回れ。七瀬に近付かれたら負けるぞ!」

 ヤザンは部下と共に七瀬を包囲する手に出た。3機で絶えず攻撃を加えて近付かせないようにすれば何とかなるだろうと考えたのだ。
 これはそれなりに有効な手であった。幾ら七瀬でもティターンズの凄腕3人に包囲されそうになっては無理に突っ込むことは出来ない。これではマシンガンを使った中距離からの砲撃戦を強いられる事になり、七瀬は得意の近距離戦に持ち込む事は出来そうも無かった。

 しかし、七瀬を押さえ込めたヤザンは良くやっていたのだが、その他が不味かった。ヤザン隊と教導団を除けば他のティターンズ部隊は良くも悪くも普通の部隊であり、祐一たちと戦うには役不足だったのである。何しろ半数以上はコンペイトウ守備隊なので、その錬度は緊急展開軍とは比較できないほどの低く、更にティターンズ部隊もジェリドたちのように経験の浅い兵が多かったのだ。
 数は双方とも似たような物だったのだが、元々が寄せ集めの為に統一した指揮官を欠いていたティターンズ部隊は祐一の戦術に完全に嵌められる事になった。
 ティターンズ部隊は各々の所属部隊ごとに1つのチームを編成してバラバラに突入して来たのだが、これに対して祐一も部隊を5つの中隊に分けてぶつける事にしたのだが、自分の直属の中隊にサイレン3機を組み込んで自分がぶつかる部隊を速やかに排除し、すぐさま取って返して他の部隊を襲うという各個撃破に出たのである。祐一の部隊は全機がクリスタル・スノー出身者で固められており、その中には名雪も含まれている。これにあゆと中崎が加わった時の破壊力は桁外れで、これを相手にしなくてはいけなかった敵部隊の方がいっそ可哀想というべきかも知れない。

 祐一に狙われたのはエイノー直属の艦隊から出てきたMS隊で、主力はジムUやガルバルディβ、ハイザックである。ガルバルディβはジオン軍のガルバルディαを再設計して連邦規格に直したMSで、連邦軍の要塞駐留部隊やコロニー駐留部隊などに配備されている。性能は第1世代MSにしてはかなり優れているが航続距離は短いという性格から迎撃機に分類される機体だ。
 この数は多いが質は劣る部隊に、祐一とあゆを先頭にしたMS隊が襲い掛かったのである。名雪だけは護衛の2機を伴って狙撃の態勢に入っているのだが。
 エイノー艦隊のMS隊は祐一の部隊に襲われる前にまず名雪の長距離狙撃の洗礼を受ける嵌めになる。この名雪の狙撃は祐一の部隊が敵と交戦する際に必ず敵機を減らしてくれるという恐るべき援護射撃で、今回もエイノー艦隊のMS隊は祐一の部隊と激突する前になんと3機ものMSを撃墜されるという大損害を受けてしまっている。
 この遙か彼方から飛来した脅威の攻撃に動揺したのか、エイノー艦隊のMS隊は隊形を乱して回避運動に入りだした。光速の数%という凄まじい速さで飛来するビームを見てから回避するのは不可能で、戦闘宙域に入ったMSはある程度の回避運動をしている必要がある。生物である以上、脳内伝達物質よりも速く動く事は反射行動でも不可能なのだから。これは強化人間だろうとNTだろうと同じであるが、NTはビームの発射前にそれを感じ取るという予知紛いの回避をしているので、見た目にはビームを回避しているように見えたりもする。強化人間は反応速度を劇的に高めているが、流石に光速に反応する事は出来ない。
 動きの乱れた所に祐一のゼク・アインとあゆのガンダムmk−Xが突入し、ハイザックがマシンガンに粉々にされ、ガルバルディβがインコムで簡単に撃破されたのを皮切りに他のMSが突入してきて傷口を広げにはいった。こういう乱戦下では訓練度と実戦経験の蓄積の差がはっきりと出る物で、祐一の部隊は数で勝る旧式MSを短時間のうちに一方的に壊滅状態に追いやってしまった。
 残存の敵機が艦隊の方へと逃げていくのを見た祐一はそれを追撃するような事はせず、急いで部隊を纏めて他の部隊の援護に向った。この作戦で要求されるのはスピードであって敵部隊の殲滅ではない。
 ただ、名雪だけは祐一の部隊の動きから離れて護衛機と共に狙い易い目標を手当たり次第に狙撃するという事を繰り返しており、数の減らすという仕事を淡々とこなしている。
 




 祐一と天野が敵のMS隊を食い止めている間にも艦隊同士の砲撃戦は続いていた。今の所ノルマンディーには目立った被害は見られず、元気に砲撃を続けているのだが、流石にジェネレーターが悲鳴を上げだしていた。旧式戦艦2隻と新型重巡1隻の砲撃が立て続けに飛来してその都度防御スクリーンが弾き続けているので、いい加減にジェネレーターに掛かる負担が馬鹿にならなくなってきているのだ。防御スクリーンを展開し続けるというのは燃料であるヘリウム3を大量に消費してしまう為、余り好ましい事ではないのである。
 加えて、防御スクリーンを展開していると自分のビームも発射できない。強力な磁界を展開しているので、発射したメガ粒子がそこで反発して散ってしまうからだ。だから主砲を撃つ際には一瞬だけ防御スクリーンを解除する必要があるのだ。レーザーブラスターはこの問題とは無縁なので平気で撃ちまくれるのだが、ノルマンディーにはレーザーブラスターは装備されていない。
 そういう問題もあってノルマンディーは敵の砲撃の間隙を狙って防御スクリーンを解除、砲撃したらまた防御スクリーンを展開して砲を冷却、再充電という辛い戦いを強いられているのだ。唯一の慰めは充電時間をたっぷり取れるので、発射時には全力射撃が出来るという事だろうか。
 
 斉藤は艦橋からこの砲撃戦の推移を眺めていたが、だんだん焦りが見えるようになっている。幾らノルマンディーが強力な戦艦でも、これ以上は危険だと思えたのだ。

「副長、巡洋艦部隊はどうなっている。まだ敵を撃破出来ないのか?」
「敵艦2隻を落伍させていますが、まだ6隻が残っております」
「残り6隻か。タイタンをこっちの援護に戻せないか?」
「出来ない事は無いですが、そうなると巡洋艦部隊が不利になりますよ?」
「こっちがもう限界だ。巡洋艦部隊には悪いが、こっちのケリを付けたい」

 巡洋艦部隊には悪いが、サラミス6隻とリアンダー4隻なら良い勝負ではある。こっちがさっさと敵を始末すれば直ぐに援護に回って方を付ける事も出来ないわけではない。
 斉藤の指示を受けてタイタンが巡洋艦部隊から離れて砲をアレキサンドリアに向け、砲撃を開始した。右舷を向くことが出来る5基10門の砲が一斉にメガ粒子の束を発射し、それまで一度も砲撃を受けていなかったアレキサンドリアの防御スクリーンを激しく打ち据える。
 ノルマンディーがもっぱらブル・ランを狙っているおかげでこれまで平然と砲撃を行っていたアレキサンドリアにしてみれば、いきなり不意討ちを食らったようなものである。激しく艦を揺さぶる振動にジャマイカンが顔色を変えて艦長のガディにどこからの砲撃かを聞いた。

「艦長、どこから撃ってきた!?」
「どうやら、巡洋艦部隊を支援していたマゼラン級が戻ってきたようです。これは不味い事になりました」

 ガディが目付きを鋭くしてジャマイカンに答える。アレキサンドリア級は砲戦能力も高い優秀な艦ではあるが、流石に戦艦と真っ向から撃ち合うのは分が悪い。まして相手は砲戦能力の権化のようなマゼラン改級である。砲力も防御スクリーンの強度も装甲厚も相手の方が勝っているのだ。
 敵は既に巡洋艦部隊との砲戦で照準の誤差を出し終えているようで、狙いは残酷なまでに正確であった。敵の放つ全力斉射が艦を撃ち据えるたび、防御スクリーンを展開する強磁性体が悲鳴を上げ、ジェネレーターが過負荷に警報を発する。このまま砲撃を集中されれば強磁性体が過負荷で破壊され、スクリーンの強度が低下する事になるだろう。そうなればアレキサンドリアは敵の砲撃に対して無防備になってしまう。
 その事を危惧したガディは、ジャマイカンに敵艦から離れる事を進言した。

「ジャマイカン中佐、このままでは、本艦は敵に撃沈されます!」
「ではどうしろと言うのだ。ブル・ランはノルマンディーの相手で手一杯だぞ」
「ここは砲戦を中止し、敵と距離を取りましょう。このまま砲戦を続ければこちらが一方的に不利になります!」

 ガディは必死だった。このままマゼラン改と撃ち合えば間違いなく負ける。戦艦と重巡が真っ向から小細工抜きで撃ち合えば当然の結果だが、このままでは一方的に撃ち負かされてしまう。そうなる前に一度仕切り直すべきだとガディは言っているのだが、ジャマイカンは中々頷こうとはしなかった。
 そうこうしているうちに遂にタイタンの砲撃がアレキサンドリアの船体を捉えた。防御スクリーンを撃ち抜かれたのだ。著しく減衰しながらも磁界を突き破ってきたメガ粒子の束が艦首のカタパルトに突き刺さり、そこに小規模な爆発を引き起こしている。そして光が収まった跡には、カタパルトレールの片方が引き裂かれてしまっているのが見えた。

「ジャマイカン中佐!」
「わ、分かった。敵と距離をとれ艦長!」
「了解です」

 ジャマイカンの許可を得たガディは急いで艦を敵から離しだした。アレキサンドリアが急に進路を変えたためにタイタンの次弾は大きく離れた場所を通過していき、再び計算をやり直すことを強いられている。
 ガディは隊列から離れる事をブル・ランのエイノーに伝えたが、これを受け取ったエイノーは渋い顔で離れていくアレキサンドリアを振り返った。

「ティターンズめ。存外に意気地の無い奴らだ」
「どうしますか閣下。これではこちらも撃ち負けますが?」

 ノルマンディー1隻でも3隻を相手に撃ち合えたのだ。それが1対1となればもはや敗北は決定したと言ってもいいだろう。参謀長にどうするかを問われたエイノーは仕方無さそうに頷き、戦艦と巡洋艦に対ビーム榴散弾でビーム撹乱幕を形成しつつ砲戦を切り上げて後退し、態勢を立て直すように指示を出した。
 これを受けてエイノー艦隊とジャマイカン艦隊、リーフ艦隊がそれぞれに対ビーム榴散弾を発射して敵のビームを防ぎつつ後退を開始した。対ビーム榴散弾は敵のビームを減衰、撹乱させる事で効果を著しく減じ、無力化するという防御兵器だ。1年戦争ではパブリクの大型ミサイルに詰められ、ビーム撹乱幕を形成するのに使われていた。
 これは使い所は難しいが、確実にビームを防いでくれる信頼性の高い防御兵器として現在でも価値を維持しており、どの艦にもある程度の量が搭載されている。

 ビーム撹乱幕を形成されたことで砲戦は強制的に中止される事になった。連邦軍の6隻のリアンダー級はレーザーブラスターを撃ちまくっていたのだが、流石に距離が離れてくると当たらなくなってしまう。
 仕方なく斉藤もエイノーに少し遅れて後退の指示を出し、艦隊の再編成を行う事にした。これにより戦場の主役はMSに移る事になる。この時点で斉藤艦隊は駆逐艦4隻を喪失していた。

  


 艦隊の立て直しを図ろうとした斉藤であったが、指揮下の艦が想像以上にボロボロにされているのを知って衝撃を受けていた。お互いに予想外の状態から近距離での殴り合いをしたのだから当然の結果なのだが、秋子からなるべく船を傷付けてくれるなと念を押されていただけにどう言い訳したものかと考えてしまったのだ。
 まさか全艦が何らかの傷を負うほどの被害を受けるとは。斉藤は困った顔を副長に向け、そして祐一にMS隊の状況を尋ねた。

「相沢少佐、MS部隊はどうかね?」
「現在は天野と久瀬が敵部隊を押さえてくれています。数の差はともかく、質ではこっちが概ね圧倒しているようですね」
「教導団は?」
「所詮は24機でしたから。天野大隊にサイレン付けてぶつければ数の差で押し潰せましたよ。まあ天野は同型機が相手だからちょっと混乱したみたいですけど」
「ゼク・アインを敵にしたのは初めての事だからな。まあ仕方あるまい。それでコット大尉は?」
「逃げられました。流石は天下の教導団ですよ。天野が全力で相手をして、半数の敵を殲滅できないとは思いませんでした」

 天野大隊48機に栞と一弥という戦力で殲滅できなかったのだ。教導団のパイロットの強さはもしかしたらクリスタル・スノー級よりも更に上だったのかもしれない。天野大隊にも撃墜4機、撃破8機という大損害が出ており、撃墜機のパイロット4名が戦死している。これまでの戦績から考えると信じられないような大損害だ。
 この損害で再編成の必要に迫られた天野であったが、敵部隊の波状攻撃に晒されて後退できなくなっている。教導団を除けば対して強いわけでもないのだが、とにかく数は多かったのだ。
 これに対してはティターンズ部隊を全滅状態に追い込んで後退させた祐一が急いで援護に回ろうとしたのだが、錬度に問題があった祐一の部隊はすでに武器を消耗し尽くしており、母艦に戻って補給をする必要に迫られていた。この為に後方で待機していた久瀬大隊が祐一と入れ替わるようにして前に出て、祐一は部隊を纏めて空母に帰還、補給と再編に入っている。この作業は七瀬に任されていた。
 これ等の戦況を聞かされた斉藤は思っていたよりもMS隊が苦戦しているという事を思い知らされる事になった。

「どうする。一度サイド5に退くか?」
「それも選択の1つでしょうが……」

 副長が答えを濁す。流石にそこまで来ると副長の判断を超えてしまうという気がするのだ。副長の権限はこのノルマンディー1隻に限定され、意見を述べるにしても戦術的な判断に限られる。作戦の中止などという戦略的な判断をするのは司令官である斉藤と彼を補佐する参謀たちの仕事なのだ。
 斉藤も言ってみただけなので話を長引かせる気などは無く、思考を再び作戦の立案に戻した。もはやお互いの位置ははっきりと割れてしまっているので小細工をする余地はほとんどないが、それでも仕事を放棄するつもりはない。
 暫く考え込んでいた斉藤は、何とかプランを組み立てると宙域図に表示されている味方の表示から幾つかの光点を分離させた。

「このまま天野大隊と久瀬大隊は敵との戦闘を続行。艦隊と相沢大隊は敵艦隊と再度交戦する。今回は戦闘機部隊も同行させよう」
「真っ向からの総力戦ですか。ですが、天野大隊も久瀬大隊ももう限界です。これ以上長引いたら持ちませんよ?」
「それはあちらも同じだろう。撤退の判断は大隊長2人に任せる。我々は敵艦隊の戦力をある程度削り取った後、空母部隊と合流して撤退する」

 撤退、という言葉に参謀達が驚いた顔を向けてきた。確かに艦隊戦力は多少は落ちているが、敵に対して劣勢を強いられているわけではないというのに。
 この参謀たちの不満に対して、斉藤は肩を竦めて答えた。

「そりゃ、私だって今の戦力でコンペイトウを叩けるなら叩きたいさ。だが、コンペイトウが全くの無防備という事はないだろう。エイノー提督に勝てたとしても、その後の戦力でコンペイトウにある無傷の守備隊に勝てると思うのか?」
「ですが」
「それに、これ以上傷付きたくはない。余り艦を沈めると帰った後で水瀬提督にどやされる」

 些かおどけた口調でそういう斉藤。秋子を出されて参謀たちはすこし怯んだようで、渋々と斉藤の判断に頷いた。ただ、それを聞いていた祐一がちょっと顔を青褪めさせてしまった。

「……確かに、謎ジャムの刑にかけられそうですね」
「謎ジャムの刑?」
「機動艦隊時代から続くうちの伝統ですよ。あれを食べた人間は例外なく地獄の苦痛に悶え、暫くはベッドから起き上がれなくなるという」
「…………」
「何しろ、あの折原が一口食べただけで2度と逆らわなくなったり、みさきさんが食べられないと言うような最終兵器ですから」
「そ、それは本当に食い物なのか?」

 毒物の間違いじゃないのかと斉藤は思ったが、あの秋子が人に毒物を食わせるとも思えない。斉藤は一度だけ秋子の手料理を食べる機会があったのだが、一度食べたら暫く艦の食事が不味くて困ってしまったという笑える経験をしている。あれほどの料理上手がそんな不味い物を人に食べさせるというのだろうか。
 この件に関して祐一は余り深くは語らなかったのだが、この作戦から帰還した斉藤はそれを身を持って味わう事になる。




 再編成を完了した斉藤艦隊は直衛機を周囲に貼り付けて前進を開始した。これに対してエイノー艦隊は迎撃の体勢を取って迎え撃つ準備を整えている。その前衛にはまだ先の戦いで祐一にボロボロにされたティターンズMS部隊とリーフMS部隊が展開し、斉藤艦隊の突撃を阻む壁となっている。
 このMS隊の中にはジェリドやカクリコン、エマといったティターンズの新人も含まれていたのだが、彼らは接近してくる斉藤艦隊を見て戸惑いを隠せないでいた。

「おいおい、連邦のMS部隊は何処に行ったんだ? 相沢隊が後退してたはずだろ?」
「気を付けろジェリド。水瀬艦隊はMSの扱いに関しては誰よりも慣れてる奴らだ。今この場に居ないからと言って、本当に居ないとは言い切れん!」
「そうは言っても、近くにMSの反応は無いぜ?」
「だから不気味なのさ。たんに補給が間に合ってないなら良いんだが」

 カクリコンはジェリドの先走りを諌めつつじっと周囲の捜索を続けていたが、何処を捜索してもMSの反応は無かった。いや、空母から出撃してきたらしい戦闘機部隊の反応が少し離れた所にはあるが、MSはこんな高速では移動しない。
 この時点でカクリコンは斉藤の策に嵌められていた。水瀬艦隊はMSをスペーズ・ジャバーに乗せて長距離を高速で移動させるという戦術をファマス戦役で確立しており、常に大量のスペース・ジャバーを揃えている。これを大量投入することで水瀬艦隊は他の部隊よりも遙かに高速で、しかも広範囲にMSを展開することが可能となっているのだ。
 この戦術は他の部隊にも知られている筈なのだが、他の部隊ではこの手のサポートユニットの運用に余り熱心ではない。流行とでも言うのか、スペース・ジャバーを使うよりも第3世代の可変MSを配備する方が良いという考えが定着しているからだ。
 ただ流石に教導団などの戦術を良く研究している部隊などではこの戦術の有効性を高く評価していた。既存のMSを安価な手段で効率的に運用可能にするというコンセプトがあったからこそ、秋子はわざわざ高い金を使って第3世代MSを開発する必要性を感じていなかったのだから。
 この秋子の判断によって本来なら可変機の研究に回されている筈だった資金がゼク・アインやジムV、ストライカーといった第2世代MSに回され、水瀬艦隊は早い段階で第2世代MSに装備を改変する事が可能となっていたのである。連邦とは巨大なダイナモであり、一度動き出せば恐ろしいまでの生産力を見せ付ける。既にジムVの生産ラインは地球各地で整備されてきているので、遠からず連邦の主力機はジムUからジムVに移行する事になるだろう。それまでに敗北しなければであるが。

 この戦闘機部隊に対してカクリコンたちは特に注意を払ってはいなかったのだが、エマがようやく変化に気付いた。戦闘機部隊がいきなり進路を変えて自分達に突入してきたのだ。

「ジェリド少尉、カクリコン少尉、きます!」
「何だと、戦闘機がMSに挑むつもりか?」
「いや待てジェリド。様子がおかしい!」

 嘲笑を浮かべるジェリドにカクリコンが注意を喚起する。戦闘機だと思っていたのだが、それにしては熱源反応が大きすぎるのだ。そして、カクリコンの予想は程なくして現実の物となった。
 スペース・ジャバーに乗ったゼク・アインやジムVが虚空から湧き出すように現れ、一斉に足場を棄ててジェリドたちに襲い掛かってきた。ジェリドたちはその最初の一撃を見事に回避し、砲弾やビームに空しく宙を切らせる事に成功したのだが、それ以外の隊は3人ほどの技量には恵まれていなかったのか、次々に被弾して爆発したり擱座する機体が出ていた。
 ジェリドは罵声を放ちつつ自分を銃撃してきたゼク・アインに反撃のビームを放ったが、そんな物は相手に掠りもしなかった。だが、再度攻撃しようとしていたジェリドは唐突に敵の正体に気付いてしまった。その機体の肩に描かれている部隊長マークから、相手はあの祐一だと分かったのだ。

「緊急展開軍のMS隊隊長のマーキングだと。まさかこいつ、相沢祐一なのか!?」

 直ぐ手の届くところに歴戦のエースが居る。そう考えたジェリドは喜び勇んで祐一の機に襲い掛かったが、ジェリドでは祐一に歯が立つわけもなく、放ったビームは悉く宙を抉っている。

「ええい、何故当たらん!?」
「落ち着けジェリド、相手を見くびるな!」
「しかし!」
「3機掛かりで行くんだ。エマ、左に回れ。俺は右だ!」
「了解しました!」

 カクリコンの指示を受けてエマが左に回り、カクリコンが右に回り込もうとする。このまま包囲してしまおうというのだろうが、彼らは1つだけ間違えている事があった。それは、今彼らが戦おうとしている相手は、彼らがこれまでに訓練でも相対した事が無いほどの凄腕だったという事である。
 祐一はマラサイ3機が自分を囲むように動いたのをみて、適当に自分から見て左に回りこんできたカクリコン機に狙いを付けてマシンガンを撃ち放った。大口径弾が驟雨の如くマラサイに降り注ぎ、カクリコンのマラサイは驚きの声を上げて回避運動を始めたが、努力も空しく右足を吹き飛ばされてしまった。

「ぬお!」
「カクリコン、大丈夫か!?」

 被弾したカクリコンを心配してジェリドが声をかけてくる。カクリコンは祐一の砲撃圏内から脱出するとこれ以上の戦闘は無理だと判断した。

「すまんジェリド、これ以上は……」
「いいさ。先に帰って休んでろ」

 ジェリドに詫びてアレキサンドリアに戻っていくカクリコン。カクリコンの無事を祈りながらもジェリドはエマと共に祐一に挑んだ。

「よくもカクリコンをやってくれたな!」
「ジェリド少尉、私が側面から援護しますから、その隙に距離を詰めてください!」
「頼む、エマ!」

 エマのマラサイがエネルギーパックを使い切ろうかという勢いでビームを撃ちまくり、一時的に祐一のゼク・アインの動きを拘束する。その間隙をついて距離を詰めたジェリドがビームライフルを向けつつ左手にビームサーベルを持たせた。
 ジェリド機が懐に入ってきたのを確認した祐一はマシンガンによる銃撃は諦めると、マシンガンを腰のマウントラッチに固定してビームサーベルを抜き放った。

「落ちろ、ゼク・アイン!」

 懐に入ってきたマラサイがビームサーベルを大きく横薙ぎに振るう。それをゼク・アインは後退する事で回避し、逆に上段に振り被ったビームサーベルをマラサイの頭部めがけて振り下ろしたが、これはジェリドに受け止められてしまった。
 そしてジェリドはまた攻勢に出ようとしたのだが、ゼク・アインはビームサーベルを引くと同時にいきなりショルダーチャージをかけてきた。巨大な質量がぶつかってきた衝撃でジェリドのマラサイは吹き飛ばされ、ジェリド自身もリニアシートから弾き飛ばされかけるほどの衝撃を受けて目を回しかけている。

「な、何だ、体当たりだと?」

 こんな戦い方はティターンズでは教えていない。こんな無茶をすれば自分の機体にも確実にダメージがいくからだ。だが祐一はそんな事は気にしていないらしく、吹き飛んだマラサイに更に蹴りを見舞ってきたのである。これでまた吹き飛ばされたジェリド機に祐一は容赦なく腰にマウントしておいたマシンガンを取り出して止めの銃撃を加えようとしたのだが、それはエマのマラサイの側面からの射撃に妨害されてしまった。
 エマはジェリドと祐一が距離を詰めた後は味方撃ちを恐れて撃てずにいたのだが、ジェリドが吹き飛ばされて距離が離れたのを見て再び射撃を再開した。しかし、1射目こそ祐一の動きを邪魔するのに成功したのだが、2射目からは祐一の回避運動のせいで掠りもしなくなってしまった。
 もっとも、この援護射撃のおかげでジェリドは祐一から更に離れる事ができたので効果はあったと見るべきだろうが。
 エマはビームで祐一を牽制しつつジェリドに近付くと、機体をマニュピレーターで掴んで話しかけた。

「ジェリド少尉、動けますか?」
「あ、ああ……俺は動けるが、機体はガタガタになってる。こいつは戻らないと不味いな」
「私が援護します。先に戻って下さい!」

 エマはそう言って祐一に対する攻撃を続行しようとしたのだが、エマの目論みは一瞬で打ち砕かれてしまった。中距離に下がった祐一はマシンガンの連射でエマを圧倒する手に出たのだ。ゼク・アインの大口径砲弾は一撃でマラサイの装甲を貫通する事が可能なので、この銃撃はエマにとって脅威以外の何物でもない。
 エマはごく短時間交戦しただけで機体に3発の命中弾を受け、援護すると言った言葉をまるで達成できずに沈黙させられてしまったのだ。
 事実上3機のマラサイを撃破した祐一はそれ以上戦闘力を喪失した敵に拘るような事は無く、そのまま次の目標を探して移動していってしまった。結局、ジェリドたちは祐一には歯が立たなかったのだ。
 ジェリドは祐一が撃ってこなかった事にホッとし、そしてエマのマラサイを掴むと急いで戦場を離脱しにかかった。もう戦闘力は喪失してしまったのだから、これ以上ここにいても仕方が無い。

「エマ、機体のほうは大丈夫か。危ないならこっちに移れ」
「いえ、大丈夫です。被弾箇所の電源供給はカットしました」
「なら良いが、無理だと思ったらすぐに言ってくれよ。持ってるこっちも巻きこまれる」

 流石に助けた味方機の誘爆に巻き込まれての戦死、などという馬鹿げた死に方はしたくないらしい。
 そしてジェリドは、自分たち3機を一方的に撃破してくれた連邦のエースに対して、不思議と怒りは湧き起こっては来なかった。ここまで力の差が開いていては怒る気にもなれない。だが、屈辱はある。なにしろティターンズのエリートであるという矜持を粉微塵に打ち砕かれるほどに完敗してしまったのだから。

「……次は、負けないぜ」
「ジェリド少尉、それは、また相沢祐一と戦うという事ですか?」
「ああ、そうだ。次に会うときまでにはもっと腕を上げて、今度こそぶちのめしてやるさ」

  若さに任せた発言をするジェリドに、エマもまた力強く頷いた。

「私も、同感ね」
「ああ、次もカクリコンと3人で、今回の仕返しをしてやろうぜ」
「そのためにも、また訓練の日々」

 3人は訓練校時代から気の遠くなるほどの訓練を積み重ねてきている。言い換えるなら、それだけの積み重ねがあったから3人は新兵でありながら祐一を相手にして生き残れたのだろう。祐一を相手にして生き残るというのはかなり困難な事なのだから。
 この戦いでジェリドは貴重な経験をした。この世界には今の自分など問題にならないほどの強さを持つ化け物が居るのだ。そして自分はこれからあんな桁違いの怪物と戦っていかなくてはならないのである。

「……負けるかよ。そうさ、俺は、このまま負けっぱなしで済ませるような男じゃないぜ」

 エマにも聞き取れないような声で決意を呟いたジェリドは、主戦場を避けながらアレキサンドリアへと戻っていった。




 この後の激突で、結局斉藤艦隊はエイノー艦隊を撃破することは叶わなかった。流石に戦術を凝らす余地が少ない正面からの激突となると数の差が大きく、その名を轟かせる用兵巧者の斉藤といえども覆す事が出来なかったのだ。また、エイノーもかなり強かった。
 斉藤はMSで敵のMSを押さえ込みつつ戦闘機隊を使って敵艦隊を叩こうとしたのだが、これをリーフ部隊を率いていた長瀬中佐に阻まれてしまったのだ。彼は旧式のハイザックやジムUを多数手元に残していて、この戦闘機隊の長距離からの奇襲に対して迎撃に使ってきたのである。ゼク・アインやジムV相手には劣勢を強いられるこれ等の旧式機であっても、相手が戦闘機や攻撃機であれば十分な戦力となるからだ。
 しかし、斉藤が繰り出してきたダガーフィッシュはジムUやハイザックとも戦う事が可能な、1年戦争やファマス戦役の戦訓を生かした強力な戦闘機である。これ等の迎撃機に対して、戦闘機隊は果敢に挑みかかっていった。彼らはファマス戦役において活躍したかつての機動艦隊戦闘機隊隊長、キョウ・ユウカ少佐の部下達が指揮官をしており、その気質は現在に至るまで脈々と受け継がれていたのだ。
 MSに対して果敢に一撃離脱戦を仕掛ける戦闘機隊の尽力を無駄には出来ないとばかりにアヴェンジャー隊が対艦ミサイル2発を抱えて敵艦隊に突入を開始する。これに対してエイノーは弾幕射撃を行わせたが、アヴェンジャー隊は勇敢にもこの弾幕を突破して対艦ミサイルを発射してきた。本来ならもっと遠くから発射したいのだがレーダー誘導は期待できず、ミサイル単体に備わっている光学、熱源索敵システムに期待するしかないという現在の戦場では長距離発射はミサイルを無駄にする可能性が高いのだ。しかもミサイルに搭載できる程度の索敵機器では十分な対ミノフスキー粒子防御が施せないので、電子機器が壊れてしまう可能性も高い。流石に艦載用の大型ミサイルなら十分な防御が施せるので長距離から発射も可能となっているのだが。
 ただ、これ等の装備の追加のためにミサイルの単価が高騰してしまった為、戦闘機やMSが搭載するレベルのミサイルだと誘導装置などあって無きが如しの代物で、むしろコストを抑える目的でロケット弾よりはマシという安いミサイルが使われるようになった。この為に戦闘機やMSは敵に少しでも近付いて発射するという危険を冒さなくてはならない。まるで大昔の雷撃機のような苦労である。
 アヴェンジャー隊も果敢に弾幕を突破し、護衛の駆逐艦を突破して敵主力艦まで30キロくらいにまで近付いてからミサイルを発射した。ここに到達するまでにアヴェンジャー隊は全体の2割に当たる7機を失うという大損害を出していたが、残る29機は抱えてきたミサイルを発射して離脱していった。
 これに対して狙われた戦艦や巡洋艦は一斉に回避運動を開始し、ミサイル迎撃弾と対空機銃で撃墜を図る。ミサイルはビームとは異なり、ソフトキル防御は出来ないのでこういったハードキル防御に頼るしかない。この中で最も効果的なのはミサイルの進行方向に対して多数の子弾を投射してミサイルを撃ち落すミサイル迎撃弾であるが、ミサイルの熱源反応に付いていけないことも多い。
 これ等の防御で大半の艦艇はミサイルを回避、あるいは迎撃する事に成功したが、よりにもよって旗艦のブル・ランが直撃弾1発を受けて中破してしまった。他にもサラミス1隻が3発のミサイルを受けて大破させられている。


 しかし、これが斉藤艦隊の限界だった。装備を使い果たしたアヴェンジャー隊は母艦へと帰還し、それを見て護衛のダガーフィッシュ隊もMSとの戦闘を切り上げて撤退していく。加速性能ではMSは戦闘機にはまるで歯が立たず、ジムUやハイザックは逃げていくダガーフィッシュに悔し紛れの攻撃を加えることくらいしか出来なかった。
 そして、これを最後に斉藤は全軍の撤退を命じた。正面からの砲戦では数の差で勝ち目はない。祐一率いるMS隊は優勢に戦いを進めていたのだが、流石に天野と久瀬の大隊はもう限界に来ており、後退させるしかない状態になっている。そうなれば祐一の大隊が孤立する事になり、数の差で圧倒されるのは確実だ。
 これらを踏まえて、斉藤はもう戦闘力が枯渇したと判断したのだ。これ以上戦えばMS隊は弾切れで壊滅させられるだろうし、艦隊も危ない。余力がある今のうちに退くしかないのだ。

 斉藤からの撤退命令を受けて祐一は自分の大隊を殿に付け、エイノー艦隊の追撃部隊に備えた。だがこの時既にエイノー艦隊も限界が見えてきており、追撃するほどの余力はなかった。
 撤退していく斉藤艦隊を見てエイノーもコンペイトウに戻る事を決意し、全軍に戦闘中止と救助作業の開始を命じた。斉藤とエイノーの二度目の対決は終わったのだ。

 この戦いは戦術的には水瀬艦隊の敗北に終わった。斉藤が率いた艦隊はエイノーの艦隊を突破する事が出来ず、揚陸部隊や空母部隊と合流してサイド5へと撤退していった。しかし、秋子はこの敗北を特に気にすることは無く、帰還した斉藤の艦隊には直ぐにドック入りして再度の出撃に備えるよう指示を出すに留めている。
 この戦いは、実は秋子にとっては負けたとしても考え込むほどの問題とはならなかったのである。斉藤と激突したエイノーの受けた損害もかなり大きく、再度同規模の攻勢をかければエイノーには対処する術が無いのは明らかなのだ。そして秋子には、コンペイトウ攻略の為の第2波の用意があった。環月方面艦隊司令部に入っているクライフの第2艦隊で、総数60隻の大部隊である。秋子はこの部隊をサイド5に呼び戻すついでに、コンペイトウの攻略を依頼することにしていたのだ。
 この事はエイノーも見抜いており、斉藤を撃破して直ぐにコンペイトウからの撤退準備を開始させていた。今のコンペイトウの戦力で第2艦隊を戦う事は不可能だと分かっていたから。援軍を送ろうにもジャミトフには第2艦隊に対抗できるだけの戦力を割くことは出来ないだろう。


 こうしてコンペイトウを巡る戦いは秋子の戦術的敗北には終わったものの、コンペイトウ攻略という戦略的目標は達成される事となった。ただコンペイトウの基地施設はかなり念入りに破壊されていた為、復旧にはかなりの時間が掛かりそうではあるが。
 これでようやく秋子とリビックは全戦力をルナツーに向けることが可能になるかと思われたのだが、この直後に更なる混乱が訪れる事になる。

 宇宙世紀0086年5月20日、アクシズが遂に地球圏に帰還してきたのだ。



後書き

ジム改 コンペイトウ話終了!
栞   …………
ジム改 今回はどっちかというと横道話だったな。って栞さん、その拳銃は何でしょう?
栞   私は何処に居るんですか!? 折角もらったガンダムmk−Xは!?
ジム改 天野の部隊と一緒に頑張っていた、らしいな。
栞   ああ、開き直りましたね。出てないのを誤魔化す気も無いんですね!
ジム改 だって、デンドロを降りた栞は特徴が無いんだもの。
栞   あるじゃないですか。NTですよ。サイコミュ兵器ですよ!
ジム改 敵にNTが居ないから精神感応起きないし。七瀬のが強いし。
栞   ひ、酷いです。そんなに弱いNTが居るわけないでしょう!
ジム改 カツ・コバヤシとか、シャングリラ・チルドレンとか。
栞   ……私はあのレベルですか?
ジム改 あの辺よりは強いけどね。基礎能力高いし。
栞   それで、コンペイトウ攻略が終わって、次はアクシズですか?
ジム改 そうだな。次はアクシズがメインだ。
栞   でも、この展開はジオンファンの方々の怒りを買いませんかね?
ジム改 買うかもな。