第44章  アクシズの帰還




 宇宙世紀00865年5月20日、月の裏側に位置するサイド3の近くに今、1つの小惑星が現れていた。その名はアクシズという。
 この5日ほど前にフォン・ブラウンに小規模なアクシズ艦隊がやって来ていた。その中にはアクシズ艦隊の旗艦であるグワンザンがあり、総帥たるキャスバル・レム・ダイクンが乗り込んでいたのだ。
 彼はエゥーゴ指導部とフォン・ブラウンにあるアナハイム本社で会見を行い、幾つかの条件交渉を経て友好関係を同盟関係にまで発展させていたのである。アクシズの思想とエゥーゴの思想とは大きなすれ違いを持っていなかったことが同盟関係を成立させた表向きの理由ではあったが、実際には連邦とティターンズという強大極まりない敵の存在が弱小勢力2つを結び付けたに過ぎない。この2つの勢力が手を組んだとしても連邦はおろか、ティターンズにさえ及ばないのが現実である。これほどの兵力差があって戦おうという気になる方がおかしいのだ。
 この会見でアナハイムの代表であるメラニー・ヒュー・カーバインはキャスバルに対して技術協力を求める代わりに、キャスバルはアクシズがサイド3に入り、ネオジオンを名乗る事の了承を求めていた。
 この会見でエゥーゴがネオジオンを承認した為にエゥーゴはムンゾ市民を売り渡したという非難を浴びる事になるが、これでエゥーゴは戦略的には月の正面だけに戦力を集中する事が可能となるので、その主力をルナツーのティターンズ方面に向けることが可能となった。
 これに対してアクシズはサイド5の連邦軍と向き合うことになるが、連邦とティターンズはエゥーゴに加えて更なる敵の出現による2正面作戦を強要されるというジレンマに陥る事になった。これはただでさえ膠着状態に陥り、小規模な消耗戦が延々と続くという戦いを余儀なくされている連邦とティターンズにとっては最悪の事態である。
 この時、メラニーと向かい合ったキャスバルはメラニーにこんな質問をしていた。

「メラニー会長は、今後の地球圏はどのように統治されるべきだと思いますか?」
「また、随分と唐突は話ですな」
「今後の事ですから」

 キャスバルの問いに、メラニーは少しだけ不快そうに眉を顰めた。

「キャスバル閣下。いや、シャア・アズナブルの方がよろしいのかな?」
「今はキャスバル・レム・ダイクンです。それ以外の何者でもない」
「なるほど。それではキャスバル閣下、貴方が望むのは、ニュータイプが支配する明日ですかな?」
「いずれはそうなるのが望ましい、とは考えています」
「私はそうは思ってない。ニュータイプなど、ただの突然変異種に過ぎんよ」

 キャスバルはニュータイプの手による時代の変革を信じていたが、メラニーはそんな物を信じてはいなかった。少なくとも今の時点でニュータイプが世界を変えてくれると信じているような人間は本当にごく一部だけだろう。大多数はメラニーのようにニュータイプの存在は知っているが、それが世界を変えられるとは考えていない。
 というか、ニュータイプの中には自分達を指して「電波を受信してる人みたいな感じですかね」などと言っている奴までがいるのである。誰の事かはあえて言うまい。

 このニュータイプに関する考えでは大きな隔たりを感じさせたものの、地球主導による地球圏の支配体制の打破という大綱では合意できていた為、2人は軍事同盟を締結する事が出来たのである。
 こうしてアクシズはエゥーゴの妨害を受ける事無く、サイド3宙域へ侵入する事が可能となったのである。この時のアクシズの艦艇戦力はグワンザン級戦艦2隻、グワダン級戦艦3隻、ノルマンディー級戦艦3隻、ドロス級空母1隻、グワジン級戦艦1隻、チベ級重巡洋艦6隻、エンドラ級巡洋艦12隻、ムサイ級巡洋艦各種合わせて42隻、各種支援艦艇61隻である。その数だけを見れば緊急展開軍にも匹敵するような大軍であるが、実体は1年戦争からさほど変わり映えしていないムサイ級が戦力の大半を占めており、MSもガザC、ガザDといった新型機もあるが、やはり1年戦争型の改装機が大半を占めている。これ等はジムUやガルバルディβ、ハイザックといった機体群にも劣勢を強いられるような旧式機で、既に2線級MSに格下げされているジム改辺りと良い勝負というレベルである。
 このアクシズが直接連邦やティターンズとぶつかろうとしなかったも当然だったろう。もしこんな戦力で交戦すれば、MSの世代の違いというものを思い知らされた挙句、一方的に殲滅されかねない。
 

 同じく1年戦争時代の兵器を連邦軍も改良し続ける事で現在も使っているわけだが、艦艇もマゼラン、サラミス共に1年戦争の頃と較べれば格段の性能向上を遂げている。特にサラミスは別の艦と言えるくらいにまで改装されている。
 更にMSも格段に性能向上を遂げている。既に地球圏で第1線で通用するのは最低でもジムUやハイザック級の機体であり、それ以前のMSは全て2線級の機体と扱われ、辺境基地の守備隊などに配備されている。
すでに地球圏の戦いは第2世代、第3世代MSによって行われている。アクシズはガザ系で第3世代MSを手にしてはいるが、その性能はネモやマラサイの初期生産型と良い勝負というレベルである。今配備が進んでいるジムV、ゼク・アイン、バーザム、ストライカー、スティンガーといった新型機に対しては対抗できる量産機をまだアクシズは持っていないのだ。
 この圧倒的な技術格差は、ファマス戦役の戦訓がそのまま影響している。連邦軍はファマス戦役においてファマスの開発した高性能機に対抗する為、自身も技術開発を急ぐ必要に迫られていたのだ。この為に連邦はジムUやハイザック、ジム・FBといった機体を完成させ、幾つかの強力な試作機も完成させている。更にファマスから得られた技術資料によって技術開発の更なる加速がおきて、今に至るのである。
 アクシズにはこのファマス戦役で得た物が余りにも少なかったのだ。ファマス戦役でガザBを投入した事でガザの実戦データを得る事が出来たのが唯一とも言える収穫であっただろう。おかげでガザC、ガザDを完成させる事が出来た。しかし、言い換えればこれだけなのである。
 連邦軍はこの戦いでムーバブルフレームの有効性の確認、ガンダリウム合金の改良とチタン合金装甲材の改良、リニアシートと全天周スクリーン、脱出ポッドといった装備の完備、MS搭載火器の性能向上などを果している。他にも有形無形の大きな成果を挙げており、これ等の差がそのままアクシズと地球圏の差となっていたのだ。
 言い換えるなら、アクシズは田舎に居たせいで時代に取り残されてしまったのである。

 だが、そんな事を理解していないアクシズの前衛艦隊である6隻のムサイと1隻のチベはエゥーゴの妨害も連邦軍の攻撃も受ける事無く、悠々とサイド3の領空に侵入しようとしていた。この時連邦軍にはまだ旧ア・バオア・クー、現在のドリル駐留軍が居たのであるが、この艦隊はアクシズの接近に対してなんら積極的な行動を起こそうとはしなかった。この要塞はジオン共和国の管理下に置かれている要塞で、駐留軍はあくまで要塞の軍港の1つを間借りさせてもらっているだけなのだが、それでも駐留軍は大小20隻程度の艦艇と100機近いMSを保有しているのだ。これで動かなかったのだから、彼らの戦意は枯渇していたと言っても良いだろう。
 この余りの積極性に欠ける動きは将兵の反感を買っていたようで、後に駐留軍がサイド5に撤退してきた時、司令部の幕僚からこの事を聞かされた秋子は激怒してドリル駐留軍司令官を解任してしまうのだが、それも無理の無い事であっただろう。
 
 この前衛艦隊は連邦艦隊の襲撃を警戒しながらサイド3宙域に侵入したのだが、侵入したとたんに彼らは全く予期していなかった通信を受け取る事となる。それはサイド3、ジオン共和国政府からの勧告で、自分達を領空侵犯をしていると非難し、即座に領空外に退去しない場合、実力を持って排除するという内容である。
 これを受け取った前衛艦隊司令官は困惑を隠しきれなかった。ようやく帰ってきたというのに、ジオン本国が自分達を受け入れないというのだろうか。それも売国奴のジオン共和国政府如きが。
 そしてそれを無視した前衛艦隊は、それから少ししてジオン共和国軍の艦隊の迎撃を受けることとなる。






 前衛艦隊からの連絡がジオン共和国軍の迎撃を受けたとの報せを最後に途絶した。それが何を意味しているのかは確認するまでも無いだろう。
 アクシズの総帥府でこの報せを受けたキャスバルは予想外の事態に驚きを浮かべて自分を補佐しているスタッフを見回した。現在キャスバルのいる執務室には補佐官であるハマーン・カーン、軍を纏めている参謀総長のエギーユ・デラーズ中将、居住ブロックであるモウサの責任者であるオリヴァー・ウッド、エゥーゴに協力していた先遣艦隊の指揮官であったショウ・コバヤシ准将、アクシズの施設運営を任されているステッセル少将などである。

「これは、ジオン共和国は我々と一戦交える事も辞さない覚悟でいるという事なのか?」
「恐らくそうでしょう。ジオン共和国は1年戦争後、新規の艦艇の建造を禁止されているはずですが、それでも1年戦争の生き残りの艦艇多数を保有している筈です。MSもアナハイム社などから購入したり連邦軍から購入したりしていたようですから、それなりの数を揃えている筈です」

 キャスバルの問いに一足早く地球圏に来ていたおかげで情報を纏める余裕があったショウが答えた。彼はサイド3に帰還するというアクシズ統帥部の方針には反対する立場の人間であったのだが、地球圏の実情を把握できていない、あるいはザビ家の掲げた理想を妄信する傾向が強いアクシズの中ではその声は大きくなることは無く、半ば遠ざけられるような形で先遣艦隊の司令官として地球に送り込まれてしまった。
 キャスバルは地球圏の実情を完全に把握しているわけではなかったが、ショウの言葉に耳を傾けてくれる稀有な人物ではあった。今彼がここに居るのもキャスバルが望んでくれたからである。
 ショウの話にキャスバルは小さな唸りを発し、困った顔でデラーズを見た。

「デラーズ中将、我が軍の現有戦力で、サイド3のジオン共和国軍を叩けるか?」
「それは容易いかと。所詮奴らは連邦に尻尾を振った臆病者ですから」
「だが、装備はこちらとさほど差は無いかもしれん。コバヤシ准将からの報告でも、連邦軍やティターンズの最新鋭機は我が軍のガザC、ガザDでは対抗出来ない程の高性能機だというぞ?」
「それは確かに脅威ではありますが、こちらにもキュベレイがありますし、ガザ系も改良型が出てきております。ドライセン、ズサ、ガルスJ、ザクV、バウの開発も進んでおります。残念ながらザクVとバウはまだ試作機がテスト段階ですが、他の機体は既に先行生産型が試験部隊に引き渡されております。これらも加えれば決して引けは取りますまい」

 アクシズでは強力なMSの開発が急ピッチで進められている。ただ、アクシズ内では何故か複数のMSが同時並行で開発されており、明らかに無駄だと思えるような機体の開発も行われている。キュベレイを初めとするNT専用機は強化人間技術、ニュータイプのクローニング技術の完成によって初めて意味を持つのだが、それらの技術はまだ未完成なのだ。ガルスJは陸専用MSなのだが、アクシズが地球に降下できるような目処は立っていない。そもそもガザ系という主力MSがありながら、更に別の系列の量産機を開発するのは貧乏なアクシズからすれば愚かしい行為のはずなのだが。
 これ以外にもファマス系列に属するシュツーカのシリーズと、これを発展させたコストパフォーマンス重視型のMS、ゴブリンの開発も進められている。これはファマス戦役に初期から参加していたアヤウラ准将の肝いりで開発が推進されたポズト・ザクMSの1つで、性能はそこそこでコストは激安、というのも目指している。他のMSが全て高性能を追求しているのに較べると随分と性格の違う機体であるが、これはアヤウラが数の不足は性能だけでは補えない、という持論を持っているからである。
 もっとも、アクシズ内ではファマス系列のMSは冷遇されているので、ゴブリンの開発は遅々として進んではいないのが実情だ。主力機はガザ系が占め、ドライセンがそれに取って代わると見られている。故にゴブリンはファマスに参加していた技術者だけで細々と開発を継続される事になり、結果としてファマス系列の純正MSと化してしまっている。
 そして更に馬鹿馬鹿しい事に、アクシズ内で冷遇される事になったファマス技術者たちはアクシズへの反感をゴブリン開発にぶつけた為、なんと試作機の段階でネモやマラサイより安いコストを達成しながら、性能でそれらを上回るという驚異的な成果を挙げている。だが、それでもアクシズ内ではゴブリンの価値を見直そうという動きはなかったのである。





 アクシズ内に蔓延る連邦蔑視の風潮もここに極まっていたと言うべきだろうか。連邦の技術とジオンの技術が融合して結実したファマス系の技術をデラーズらの狂信的なザビ派の人間は露骨に疎み、アクシズから切り捨てようとした結果である。キャスバル自身は特にそういった思想とは無縁であったのでファマス系の技術を導入する事に問題は無かったのだが、内部の反感の大きさを無視することも出来ず、ゴブリン開発に力を入れることは出来ないでいた。
 もしゴブリン開発に最初から力を入れていれば、いやその前にシュツーカの量産配備を進めていれば、アクシズは地球圏に帰還するまでに主力MSに信頼性が今ひとつのガザ系などではなく、実戦でその完成度と発展性の高さを実証していたシュツーカの発展型を多数配備することが出来ただろう。そうすればアクシズはネモやマラサイと何とか互角に戦う事が可能な汎用量産機を手にすることが出来る筈であった。
 もっとも、ガザCが主力の座にあるのはジオン軍人のファマス系への嫌悪感だけではない。流石にそんな理由だけでガザCに勝る性能を持つ量産機を採用しなかったなどということになれば、現場で頑張るパイロット達が暴動を起こしかねない。
 本当の理由はアクシズのおかれていた環境にあった。アステロイドベルトという人類の辺境に置かれていたアクシズでは要求されるのはまず航続性能なので、総合性能でシュツーカが勝っていても足の長さだけはガザCが圧倒的に勝っていた為、アクシズ首脳部はガザCを採用したのである。その後もガザCはガザDへと改良され、ガザE、ガ・ゾウム、ガザWといった発展型へと進んでいく事になる。

 そんなガザCの裏で細々と生産されていたシュツーカも改良を重ねられてはいた。元々シュツーカはD型でジャギュアーに近い性能を達成し、連邦のジムFBとさえ戦える超高性能量産機となっていたのだ。それをアクシズの技術であるガンダリウムγを用いて改良したのがアヤウラが地球に持ち込んだシュツーカで、この時点で性能はネモやマラサイに迫るものを持っていた。第1世代MSでこれだけの性能を達成したのだから、ファマス技術陣は恐ろしく有能だったと言えるだろう。そしてこのシュツーカは更に改良を施されて今ではK型となっている。このK型を最後にシュツーカは設計の大幅な見直しが行われ、次なる進化を遂げる事となる。それがゴブリン。シュツーカの2/3のコストと資材でシュツーカと同等以上の性能を達成したMSである。
 このシュツーカ系列機はショウやアヤウラといったファマス縁の士官が率いる部隊で細々と運用されるに留まっており、アクシズ内で主力MSの地位を確保する事は不可能と見られている。もしアヤウラが地上での決起を成功させるだけの時間を与えられていれば、あるいは地上において大々的に運用されたのかもしれないが、その可能性ももはや消えた。


 手元にある戦力の大半は1年戦争型の改修機が占め、一部の打撃部隊だけはガザ系を装備しているというアクシズは、実力が未知数のジオン協和国軍との対決を覚悟しなくてはならなくなった。キャスバルはこの戦いの前途に不安な物を感じつつ、デラーズに艦隊主力を前に出すように指示を出している。
 この時はデラーズをはじめとする多くの武官はこちらが武力を見せ付ければジオン共和国など直ぐに屈するとたかを括っていたのだが、彼らの予想は最悪の形で裏切られる事となる。ジオン共和国はアクシズに対し、断固たる態度で立ち向かってきたのである。






 この時、ジオン共和国のダルシア首相は共和国軍に対し、アクシズを叩き出せと命令を出している。これを受けてジオン共和国艦隊の司令官であるキリング・J・ダニガン中将は指揮下にあるチベ改級重巡洋艦4隻、ムサイ改級巡洋艦26隻、連邦から購入したサラミス改級6隻、輸送艦12隻を出動させ、サイド3に被害が及ばない宙域にまで艦隊を前進させていた。
 この時のジオン共和国軍のMSは大半が1年戦争型の改修機であるが、アナハイムから購入したリックディアスの輸出使用型であるシュツルムディアスを筆頭にマラサイやネモ、連邦から供与されていたジムUやハイザックなども装備している。第1世代MSは連邦やティターンズとの戦いでは旧型でしかないが、ジオン共和国では新型機扱いとなる。
 ダニガン中将は旗艦カディシュの艦橋から迎撃用の方陣形に展開していく自分の艦隊を眺めつつ、かつての同胞と戦う羽目になるというこの状況に皮肉な物を感じてしまっていた。敵の戦力はこちらの2倍にも達するほどで、正直何処にあれだけの数があったのやらと感心してしまうほど艦艇を揃えている。余程軍事力整備に偏重した政治体制を持っている組織だったのだろう。
 自分達より強大な敵を迎え撃たなくてはならない。この現実に、ダニガンは過去を思い出した。

「ふむ、かつてルウムで我々と戦ったレビルや、地球軌道でコロニーを迎撃したティアンムもこんな気持ちだったのかな」

 いや、彼らよりも皮肉さでは勝っているかもしれない。少なくとも彼らはジオン公国という敵と戦ったのに、自分はアクシズという昔の仲間と戦わなくてはならないのだ。それも昔の仲間の攻撃から祖国であるサイド3を守らなくてはならない。
 まさかサイド3に直接侵攻をかけてくる初めての敵が連邦軍ではなく、他ならぬ元ジオン公国軍の残党だとは皮肉でなければなんだと言うのだろうか。

「だが、退くわけにはいかん。サイド3を放り出して逃げ出したような連中を通す気は無い」

 そう、アクシズがジオン共和国を売国奴と罵るように、ジオン共和国からすればアクシズは敗戦の責任から逃げ出した卑怯者の集団でしかない。地球圏に残ったジオン共和国のスタッフは、自分達で敗戦の混乱から国内を立て直し、連邦との交渉を繰り返す事でサイド3の自治権そのものは存続させたのだ。今に至るまでに数え切れないほどの交渉を重ね、数え切れないほどの侮辱や恫喝に歯を食いしばって耐えてきた。
 そんなジオン共和国からすれば、戦争の責任も後始末も放棄して連邦の手の届かないアクシズに逃れた者たちや、各地に潜伏した残党どもなどただの卑怯者としか映らない。貴様らが好き勝手に暴れている間に、自分達は国と国民を守る為に必死に頑張っていたのだから。
 ダニガンは敵と接触する前に自らの姿を宇宙空間に投影させ、前将兵に訓辞を行った。

「将兵諸君、今回の戦いに関して、諸君らの中には忸怩たる思いを抱く者も多いことだろう。アクシズは我々にとって、確かに同胞ではある。だが、私は彼らにサイド3を渡すつもりは無い。サイド3の自治権を守ってきたのは彼らではなく、我々なのだから。それを戦後の苦労を全て投げ出して逃げ出したような恥知らずどもに渡す事など、断じて許せる事ではない。将兵諸君の奮闘に期待する!」

 この演説が終わった直後、まるでタイミングを計ったかのようにアクシズ艦隊がジオン共和国軍の哨戒ラインに接触してきた。その数は艦艇数52隻、こちらの6割り増しといった戦力である。その中には行方不明だったドロス級空母ミドロの姿も確認されている。
 この報せを受け取ったダニガンは小細工抜きの真っ向勝負を決意した。既にサイド3の傍であり、下手に小細工を仕掛けて突破されでもしたらこちらの負けが確定してしまう以上、不利を承知で迎え撃つしかない。
 せめてもの希望は連邦軍に要請した救援部隊が到着してくれる事だが、今の世界情勢ではこちらに来るのは難しいだろう。地球圏がこんな状態でなければ、アクシズがサイド3に到着する事など不可能であったから。アクシズには連邦軍の外洋系艦隊を撃破するだけの戦力くらいしかなく、連邦軍の主力艦隊を相手にすればひとたまりも無く殲滅されてしまっただろうから。




 しかし、この時既に連邦軍は艦隊をアクシズ方面に向けてはいた。数こそ多くは無かったが、オスマイヤー率いる8隻の艦隊は秋子の名を受けてサイド5を出発し、サイド3に向っていたのだ。これはジオン共和国からの救援要請以前にアクシズに対する牽制目的で出撃させた艦隊で、敵と本格的な戦闘を行う事は考えられてはいない。
 だが、それがジオン共和国の救援要請を受けて変わってしまった。単なる示威行動のはずが救援艦隊となり、アクシズ艦隊との艦隊戦を覚悟しなくてはならなくなったのだから。
 艦隊を率いていたオスマイヤーは全艦にサイド3へ急行するように命令を出すと共に、秋子に増援の要請を出した。こうなった以上、自分の艦隊だけでは手に余ると判断したのだ。これに対して秋子は自身が直接動かせる艦艇の大半を率いてサイド5を進発し、更にコンペイトウに入ったばかりのクライフにも部隊を送るように要請している。
 これは一時的にサイド5の戦力が薄くなる事を意味していたが、アクシズの帰還とはそれだけの意味を持っている。後背に新たな敵勢力が増えるなど、冗談ではないからだ。これに関してはティターンズも同じであるはずだが、彼らはリビックとの睨み合いのせいで戦力を割くことは出来ないようである。

 秋子は旗艦であるクラップ級巡洋艦タナトスに座上してサイド3を目指しながら、こんな時期に帰還してきたアクシズに忌々しさを隠しきれずにいた。

「田舎で大人しくしてくれてれば良かったのに、何で今頃帰ってくるんでしょうね。あの人たちは?」

 帰ってくるならもっと早くか、もっと遅く帰ってくればよかったのに。それなら戦力差にものを言わせて一撃でカタをつけることが出来たのだ。敵の戦力予想を聞こうにも地球との間の通信は未だに回復しておらず、ジャブロー側がティターンズの決起の際に破壊されたレーザー通信システムを復旧してくれないとどうにもならない。電波通信はティターンズが地球軌道にミノフスキー粒子を散布しているので通じ難い。
 しかも、出撃が完全に後手に回ってしまった。自分達が到着する前にジオン共和国軍は叩き潰されている可能性も高い。せめて先行しているオスマイヤーが間に合ってくれればと期待するしかないが、オスマイヤー艦隊は弱体な偵察艦隊なので返り討ちにあう危険も十分にあるのだ。

「オスマイヤーさんに戦艦を持たせるべきでしたね。偵察だからと巡洋艦と駆逐艦だけで編成したのは失敗でした」

 それで十分だと言って来たのはクライフだが、承認したのは秋子である。サイド5にも動かせる船が余りなかったという現実はあるが、その現実にばかり目がいって、アクシズの戦力を甘く見ていたのだ。アクシズに対する示威行動ならこの程度の数で十分だと。
 最初に十分な戦力を回してあればこんな事にはならなかっただろうに。そう思うと自分の愚かさに呆れ果ててしまうが、全ては後の祭りだ。こうなった以上ジオン共和国軍が自分たちの到着まで持ち堪えてくれるという奇跡を信じるしかない。

 そう自分の考えを纏めると、秋子はサイド3があるはずの宙域をじっと見詰めた。今時分が率いている艦隊は34隻というそれなりの規模の艦隊であり、両翼はバークとモースブラッカーが固めている。サイド5にはまだ100隻を越える艦艇があるが、それらは全て整備待ちの状態でサイド3に急行させるのは難しい。自分が率いている艦隊とて動かせる艦に急いで出撃指示を出しただけの寄せ集めの艦隊なので、実際の戦闘能力には疑問が残る状態である。
 そんな悩みを抱えている秋子の隣に、少し疲れた顔の北川がやってきた。

「秋子さん、MS部隊の点検作業が終わりました。3機が重大な故障を起こしていて、現在整備中です。ほかは全機使えそうだと報告が来ました」
「上出来ですよ。この短時間でよくやってくれました」

 大慌てで出撃してきた割には高い稼働率だ。斉藤に付けてやった精鋭部隊はエイノーとの戦いでボロボロにされてしまい、現在再建途上にあるので殆ど動かせないから、今もってきているのは通常のMS部隊でしかないが、北川をMS隊司令に据えて少しでも戦力を高めてはいた。パイロットにはサイレンから動かせる状態にあったあゆと栞、葉子が同行してくれたのが救いだったろう。
 北川は秋子が見ている先に視線を向けると、北川らしくない皮肉の混じった笑みを浮かべた。

「しかし、何て言うのか、前の大戦じゃあ遂に行く事が出来なかったサイド3への航路を、今になって行く事になるとは思いませんでしたね。しかもその目的はジオンの救援だなんて」
「確かにそうですね。私たちはア・バオア・クーを攻略した時点で力を使い果たしてしまっていた」
「秋子さんはどう思います。あの時、連邦軍はサイド3に侵攻していれば勝てたと思いますか?」

 北川の問いに、秋子は首を横に振った。ア・バオア・クーを攻略した時点で連邦宇宙軍はボロボロだったのだ。確かに後方では新しい戦力が作り上げられつつあったが、それが実戦で使えるようになるまでには長い時間が掛かる。勿論ジオンもボロボロであっただろうが、まだサイド3を守るくらいの戦力はあったはずだ。
 勿論、これは即座に侵攻したらの話であって、少し時をおいて再攻勢に出るならば今度は止められる事は無かった筈だ。もっとも、その前にコロニーレーザー砲を破壊する必要はあっただろうが。
 結局、秋子はあの時点での停戦は後を考えれば下策だったと誹られる物ではあったが、あの時点では他に取りようも無い政治的選択であったと考えている。双方共に憎しみが支配してはいたのだが、戦意だけでは戦争は継続できない。国家が崩壊してしまう瀬戸際まで来ていたのだから、停戦も止むを得ない選択であったのだ。
 その結果として連邦政府は世界の再建に着手ることが出来て、世界中の人たちが崩壊した世界を立て直そうと必死に働いてきたが、その影でジオンの残党が海賊行為を開始して人々の生活を脅かしてきた。これに対処する為に連邦軍は軍事予算を拡大して残党狩りを開始したのだ。
 どちらが正しかったのだろうかと、今でも秋子は考える事はある。あの時戦争を継続してジオンを根絶やしにしておけば、今のような混乱は無かったのだろうか。だがそれは世界の再建が今ほど進まない可能性も持っている。そして、結局どの選択も全てを満たす事は不可能だったのだという結論に終わる。

「……歴史のifを考えるのは時間の無駄かもしれませんが、考えたくはなりますね」
「秋子さん、それは……」
「あの時、ルウム戦役で勝てていたら、カニンガン准将が生きていたら、レビル将軍が戦死されなければと、今でも思います」

 レビルが生きていたら。それはジオン側におけるギレンが生きていたらと同等のifである。もし彼が生きていたら、あるいは世界をリードして今よりマシな方向に持っていけたのではないかと。だがそんな夢は夢でしかなく、現実に対してはいま生きている自分達が立ち向かわなくてはならない。
 秋子は過去に思いを馳せるのを止めるように小さく頭を左右に振ると、話題を別の物に切り替えた。

「そういえば北川さん。私、実はもう1つ歴史のifを考えた事があるんです」
「何です?」
「あの時、もしオレンジではなく、ブルーを選んでいたら、皆さんはもっと食べてくれたのかなあ、と」
「……な、何のことです?」
「ジャムの色のことですよ」

 あのジャムはオレンジ以外にも可能性があったというのか。しかも色はブルー。一体何を材料にしているというのだ? そもそも青いジャムって何?
 北川は焼きたての食パンに青いジャムを塗った様子を想像し、余りのショッキングな予想に顔色を悪くしてしまった。そりゃ確かにそういうジャムもあるのだろうが、自分にはまだオレンジ色の方がマシに思えてしまう。

「いや、オレンジで正しい選択だったと思いますよ。きっと……」
「そうですか。でも、それならどうして食べてくれないんでしょう。あんなに美味しいのに」

 はう、っと深い悩みを溜息に乗せる秋子。それはとても艶っぽい仕種であったが、北川にしてみれば悪魔の嘆きにも等しかった。秋子さんはまだあれを食わせる事を諦めていなかったというのか。ついこの間も斉藤大佐が食べて悶絶し、医務室送りになったばかりだというのに。
 そんな北川の戦慄など気付く様子も無く、明子は更にとんでもない事を言い出した。

「でも、次のは自信作なんですよ。きっと皆さん喜んでくれる筈です」
「つ、次の?」
「はい。オレンジのジャムを更に改良した自信作なんです。これの開発には2年も掛かりました」
「…………」

 あれの改良型って、それは毒物になってしまうのではないだろうか。いや、下手をすれば蓋を開けただけで周囲の人間は倒れてしまうのではないか。

「あ、そうです。この戦いが終わったら、北川さんに早速試食してもらいましょうか」
「は、はいっ!?」

 名案を思いついた、とばかりに胸の前でポンと両手を合わせた秋子に、北川は悲鳴のような声を上げた。何故にいきなりそうなるのだ。秋子さんは自分に死ねと言っているのだろうか。
 だが、とっても楽しそうな秋子の笑顔からは悪意は欠片も伺えない。ああ、そうだ、そうなのだ。この人はあのジャムを美味しいと思っていて、みんなにも食べて欲しいという単純な善意で動いているだけなのだ。時に善意は悪意以上に迷惑をかけると言ったのは誰だったろうかと頭の中で考えつつ、北川は目の前が暗くなっていくのを感じていた。この戦いが終わっても、自分にはもう死あるのみなのだから。






 そして、とうとうアクシズとジオン共和国軍が会敵する時が来た。実はこの時、ジオン共和国側の方が将兵の技量では勝っているという笑えない状態になっていた。アクシズ側の精鋭は旧デラーズフリートの将兵たちとファマスからの移籍組であるが、ジオン共和国には1年戦争の終戦後に捕虜収容所から帰ってきた古参兵たちが数多く居たのだ。彼らは地球で連邦に降伏した将兵、ソロモンやア・バオア・クーなどで戦った兵の生き残り、あるいは本国に残っていた将兵で、皮肉な事にアクシズに逃れた兵よりも熟練兵がずっと多かったのである。
 その中にはファマス戦役でエターナル隊に属していて、現在はサイド3の親元に帰っていた椎名繭中尉や1年戦争のエースであるギャビー・ハザード大佐、ロバート・ギリアム大尉を初めとして数多くの著名なエースを含む、大戦生え抜きのエースが幾人も参加しているという中々に豪華な陣容を誇っている。
 勿論ブレニフ・オグスのように連邦軍に再就職してしまったエースも数多いのだが、古巣で頑張る人物もちゃんと居たのである。ジオン共和国はこれ等のエースたちに優先的に高性能機を支給していたので、その戦闘能力は侮れるようなものではない。また、一部のパイロットは連邦軍の対エゥーゴ戦に参加した経験も持っている。
 彼らはそれぞれに自分の機体に乗り込み、艦隊の少し前に出て敵機の襲来に備えていた。

 一方でアクシズ艦隊も迎撃に出てきたジオン共和国軍艦隊も総力を振り絞っていた。艦隊司令官はエギーユ・デラーズ中将で、旗艦はグワダン級大型戦艦グワダンである。本当はグワデンに座乗したかったのだが、今回は周囲の猛反対にあって仕方なくグワダンに乗っているのだ。グワダン級は1隻でガザ系なら100機以上を運用する事が可能という恐るべき艦だが、その内実はグワジン級戦艦を改造して恐竜的に肥大化した大型艦に過ぎないので、見た目ほどには恐ろしい船ではなかったりする。
 しかし、展開している艦隊の数は敵の2倍には届かないが、それでも圧倒的な大軍である。出撃させてあるMSの数は2倍以上。これだけの兵力差があってなおジオン共和国軍は退く様子も見せない。その毅然とした態度に流石のデラーズも認識を改める必要に迫られてしまった。

「むう、この大軍を見ても退く素振りも見せんか。勇敢な連中だな」
「どうされますか。ここはまず降伏勧告をなさっては?」
「無用だ。戦う前からそのような物を出しても、彼らは退きはすまい。それで退くようならばとっくに退いている」

 デラーズは副官の提案を一蹴した。同じジオン軍人としての誇りを相手にも適用しているようだが、指揮官があのドズルの腹心であったダニガン中将である事を考えれば的外れな見解ではなかったかもしれない。それ程に敵もジオンの型に嵌っていたからである。
 そして、デラーズはグワダンの艦橋の正面の窓の傍まで行くと、気迫の篭もった声で号令のような命令を出した。

「全艦、砲撃開始!」

 この命令に少し遅れてアクシズ艦隊は一斉に発砲を開始し、それとほぼ同時にジオン共和国艦隊も砲撃を開始する。そして両軍のMSが一気に加速して距離を詰め、乱戦を開始する。かつての仲間同士の壮絶な戦いの火蓋が今、切って落とされた。




後書き

ジム改 今回はジオン同士の激突、序章という感じでした。
栞   何気に結構強くないですか、ジオン共和国って?
ジム改 そりゃねえ。地球圏でひたすら力を蓄えてたんだし。1年戦争じゃ本国は無傷だし。
栞   部隊は意外にベテランが多いみたいですし、アクシズよりひょっとして有利なのでは?
ジム改 むう、そうかも。数じゃ負けてるけどな。
栞   でもこれって、エゥーゴがサイド3を売ったんですよね?
ジム改 原作でもやってるが、その通りだぞ。
栞   ジオン共和国の人は怒りますよねえ。
ジム改 怒るだろうな。俺は原作でもこの時点で既にエゥーゴは変質していると見てたし。
栞   結局、理想は現実には勝てないんですね。
ジム改 まあ、例え協定を結んで無くてもエゥーゴにはアクシズを止めるだけの戦力は無いわけだが。
栞   そういえば、エゥーゴって今どうなってるんです?
ジム改 戦力再建中。まだ暫く作戦行動は出来ない状態が続く。
栞   徹底的に叩き潰されましたからねえ。正直よく組織が残ってるものだと感心しますよ。
ジム改 では次回。ジオンVSジオンの勝利者はどちらか。秋子は間に合うのか。
栞   そして私の出番はあるのか!?
ジム改 ……次回はむしろ成長した繭が大活躍では?
栞   え、えううう〜。