第45章  ジオンの名の下に




 ここで行われている戦いは、戦略的には何の意味も無い戦いかもしれない。連邦軍とティターンズにとっては遙か辺境で弱小勢力が小競り合いをしているという程度のものでしかなく、しかも戦っているのは共にジオン軍である。ムサイとムサイがビームの応酬をし、ザクとガザCが戦場を疾駆する。
 ただ、この戦いは意外なことに数で勝るネオジオン側の方が苦戦を強いられていた。その理由はものすごく単純で、そして深刻な物であった。そう、アクシズ軍の艦艇は、防御スクリーンを装備していなかったのである。この防御スクリーンはファマス戦役後に実用化された装備で、アクシズにはまだ伝わっていなかったのだ。勿論ジオン共和国側の艦艇はこれを装備しているので、砲撃戦では圧倒的優位に立つことが出来ていた。
 自分たちの砲撃が次々に弾かれていく様を目の当たりにしたアクシズ艦隊の将兵は絶望感に捕らわれてしまっていた。何しろこちらの攻撃はまるで効いていないのに、向こうからの砲撃はこちらに確実にダメージを与えているのだから。
 デラーズは敵艦の装備が防御スクリーンと呼ばれる物だという事は察しが付いたのだが、まさかこれほど厄介な物だとは思っていなかったのだ。

「これが防御スクリーンか。話で聞いた限りではそれ程面倒な物ではないと考えていたのだが、いざこうして相手をしてみるとその脅威は否定できんな」

 だが、そうは言っても退く事は出来ない。しかたなくデラーズは砲撃を少数の艦に集中させる事で防御スクリーンを破るという手に出た。これが一番確実な攻撃手段なのだ。sかし、やはり防御力の面で圧倒的な不利は否めず、苦戦を余儀なくされていた。
 一方、MS同士の戦いは一進一退の激戦となっていた。お互いに装備のレベルが似たようなものであるから数の差を生かして相手を押し切れるアクシズ側の方が優位に立てるはずなのだが、ジオン共和国側はパイロットの質の高さでネオジオンと対等に渡り合っていたのである。これはアクシズ側からすれば信じられない事態であったが、ジオン共和国のパイロット達は確かに強かったのだ。いや、アクシズパイロットが弱すぎると言うべきかもしれない。
 この戦いにおいてデラーズは思うように動けず、敵の動きに常に後手に回っている味方の不甲斐なさを幾度と無く罵っていた。

「ええい、何をしているのだ。敵はこちらより少ないのだぞ。落ち着いて陣形を維持しろ!」
「ですが閣下、我が軍の将兵は経験が浅く、それ程機敏には動けません」

 怒りに声を荒げるデラーズを副官が落ち着かせようとするが、頭に血が上っているデラーズにはかえって怒りを煽るだけの効果しかもたなかった。怒りの矛先が危うく副官に向きかけたのだが、その口から罵声が飛び出すよりも早くオペレーターの1人が警告を発してきた。

「敵艦4隻、突入してきます!」
「何だと!?」

 言われてデラーズがモニターを確認すると、確かにムサイ4隻が敵の艦列から飛び出し、味方の右翼部隊に向って突撃をかけてきていた。周囲にはハイザックやジムUが展開してアクシズMSの防衛ラインを食い破っている。

「何をしている、敵は少数ではないか!」
「MS部隊が突破されかけています。増援を送り込んで防衛線を補強させます!」

 歯軋りをするデラーズに換わって副官が予備隊からMSを引き抜いて突破されかけている戦線に投入し、敵を押し戻そうとした。しかしこの部隊の先鋒隊は想像を超えて強力だったようで、応援として送り込んだMS隊まで次々に食われていったのである。
 実はこの先鋒隊は水瀬艦隊のサイレンや1年戦争のキマイラを手本に編成されたエース部隊だったのだ。その中でも一際群を抜く活躍をしているのがグレニス・エスコット大尉、ロバート・ギリアム大尉、椎名繭少尉、ジョン・クエスト軍曹などで、彼らの前に立ちはだかったアクシズMS隊は虐殺と表現してもいいほどに一方的に撃破されていた。
 彼らのうち、ロバート・ギリアム大尉だけがマラサイを駆っていて、他の3人はハイザックという編成であったが、4人は性能で劣る1年戦争型MSなど歯牙にもかけず、更に性能で勝るはずのガザC、ガザDさえも蹴散らして回っていた。
 もっとも、幾ら盛況とは言えども多勢に無勢なのは明らかで、アクシズ側の物量作戦を前に流石の繭たちも攻めあぐねてはいた。

「むー、数が多すぎて前にいけない」

 ザクマシンガン改をこちらを突破しようとしているリックドムに向けて高速弾を叩き込み、これを破壊してしまう。どうやらアクシズのパイロットは機体を動かすくらいの訓練しかしていないようで、とにかく真っ直ぐに突っ込んでくる傾向がある事を繭は見抜いていたのだが、それには若干の疑問が含まれている。彼女の知る限り、ファマス戦役で友軍となっていたアヤウラの部下達はこんなに弱くは無かったし、終盤にやってきたアクシズの本隊もここまで貧弱ではなかったのだ。
 この違和感が繭に積極的な行動をとらせ難くしていた。何しろ相手の方が数は多いのでこちらから積極的な攻勢には出難い。もし突出して背後を遮断されでもしたら流石に洒落にならない事になる。加えて敵の方が消耗が大きいのだろうが、こちらもじわじわと数をすり減らされているのだ。

「みんな、無理をしないで、余り前に出ないで!」

 繭は余り前に出る事を部下に禁じた。ファマス戦役では舌足らずで何時も澪や瑞佳にくっついていた怖がりの甘えん坊も、月日が立って少しは成長していたらしい。まだまだ少女という印象は拭えないが、今では部下を束ねる隊長をやっているのだ。
 結局巡洋艦を中心としたジオン共和国側の突撃はジオン共和国側が巡洋艦2隻を失って撃退される事となったが、アクシズ側はそれ以上の損害を受ける事となった。やはり防御スクリーンの有る無しがかなり大きく響いている。距離と角度によってはグワジンの主砲をムサイが弾くなどという状況さえ見られたのだから、アクシズ将兵の苛立ちは相当な物であっただろう。


 暫く正面から砲戦を行っていたデラーズだったが、敵より味方の損害のが大きいという現実を前に作戦の変更を余儀なくされた。最初は正面から踏み潰すつもりでいたのだが、これではお互いが消耗し尽くしてしまいかねない。
 デラーズはまだ戦闘に参加させていない巡洋艦部隊を戦場を迂回するように移動させ、サイド3を直撃するコースを取らせた。勿論そんなものが成功するとは考えてはおらず、あくまで敵戦力の分断を狙った陽動である。投入したのは新型MSを運用できるエンドラ級巡洋艦4隻で編成された戦隊である。
 これに対してダニガンは暫し対応に苦慮した。何しろ自分の手持ちの戦力には予備が無い。全力でアクシズ艦隊と渡り合っているのだ。この状況でこの部隊を止めるとなると戦線から艦を引き抜く事になるが、それは状況がかなり不利になる事を意味している。
 しかし、それでもダニガンはチベ級1隻、ムサイ級2隻を割いてこのエンドラ級4隻の部隊を迎撃させた。この迎撃作戦に持てる力の全てを投入しているジオン和国軍にはもう予備はほとんど無い。今サイド3を守っているのは少数の航宙機や旧型MSくらいだ。もしここに敵が侵入すれば抵抗は不可能だろう。
 派遣された巡洋艦部隊はアクシズの巡洋艦部隊の前方を塞ぐ形で進出し、ビームの弾幕を張ってこれを食い止めようとした。アクシズ艦隊はこの旧式巡洋艦部隊に対して砲撃を加えて突破しようとしたのだが、旧式艦とはいえ一応防御スクリーンは装備しているので中々有効弾が出ず、逆に反撃を受けて1隻を大破されるという有様であった。
 あんな1年戦争型の旧式艦にまだ量産が始まったばかりの新鋭艦を叩かれた指揮官は怒りと屈辱に顔を真っ赤にして怒鳴り散らした挙句、まだ温存していたMS隊を発進させた。この部隊から出撃したMS隊は1年戦争型の艦では運用が困難な最新型のMSで編成されていたので、この戦場にあってはかなり強力な部隊といえた。
 健在な3隻から出撃したMSはドライセン3機、ガ・ゾウム6機、ズサ3機、ザガD6機という編成であった。本当は更にドライセン3機、ガザD3機があったのだが大破した母艦と共に出撃する事も出来ずに破壊されてしまっている。
 これに対して迎撃部隊もザクUとリックドムで果敢に迎撃してきたのだが、数と質で圧倒されていては話にもならなかった。幾らアクシズのパイロットが全体として技量未熟だとはいえ、流石に最新鋭機には優先的に熟練兵が割り振られていたのだ。
 MS隊が瞬く間に壊滅させられたのを見て迎撃部隊は慌てて後退しようとしたが、アクシズMS隊は余勢を駆って艦隊も潰そうと襲い掛かってきた。しかし、ここでも彼らは防御スクリーンの威力に苦しめられる事になる。ビーム兵器を主体としているアクシズ系MSでは艦砲さえ逸らせてしまう防御スクリーンを撃ち抜けなかったのだ。これを破るのに有効なのは接近する事なのだが、まだアクシズのパイロット達はその戦訓を知らない。
 逆に威力を発揮したのはズサだった。ミサイル主体という装備は継戦能力ではやや問題があるが、防御スクリーンの搭載が当り前になってきている地球圏では対艦攻撃機として極めて有効といえる。ビームに対しては持ち堪えていたチベやムサイも、このズサに集られるとどうしようもなく、奮闘も空しく全艦が撃沈される事となった。護衛のMSも僅かにザク2機が脱出できただけで他は殲滅されてしまっている。

 この迎撃部隊が殲滅された事で、アクシズとジオン共和国の戦力バランスは一気に傾いてしまった。元々苦しい台所から身を切る思いで送り出した迎撃部隊が殲滅された為に、このエンドラ級3隻が後方に回りこんでしまったのだ。これで後方が遮断され、ジオン共和国艦隊は前後から挟撃を受ける恰好となっている。
 ダニガンはこの後方に回り込んだ部隊を撃破したかったのだが、残念ながらそれ程の戦力はもう何処にも無かった。元々自分達の方が数において遙かに劣勢なのだ。エースパイロット達は良く働いてくれているが、それでも数の不利は覆せないでいる。1年戦争やファマス戦役で連邦軍が実証してみせた事だが、やはり数の差というものは何者にも勝る威力が有る。
 逆に、ジオン共和国艦隊を追い詰めている事を実感したデラーズの表情には余裕が戻ってきていた。確かに目の前の部隊も頑張っているが、このまま推移すれば遠からず撃破することが出来る筈で、デラーズとしては落ち着いて攻撃を集中させるだけでよかった。

「ダニガン中将も良く頑張ったが、この辺りが限界のようだな。まあ、あの戦力にしては良くやったというところか」

 既に勝った気になっているデラーズであったが、その時前線では彼の余裕を吹き飛ばしかねない事態が起きていた。この時前衛を勤めていたラカン隊が少数のMS部隊の突破を許し、艦隊に突入されるという失態が起きていたのだ。
 ラカン隊はドライセン3機を含む比較的強力な部隊だったのだが、突入してきたジオン共和国の部隊もシュツルムディアスやジムU、ハイザックを装備した部隊だった。特に先頭に立っていたのは繭とジョンのハイザックで、これがラカン隊の防衛線に風穴を開けてくれた。
 この時ラカンはドライセンを駆ってこれを食い止めようとしたのだが、これはギリアムのマラサイによって食い止められてしまった。中距離から正確な射撃を加えてくるマラサイをラカンも無視する事が出来ず、これとの戦闘に入ってしまっている。
 やや砲撃能力に欠けるドライセンは左腕のハンドキャノンでギリアムのマラサイを狙ったのだが、距離がありすぎてギリアムを捉えるのは容易ではなかった。仕方なくラカンは加速性能の差に物を言わせてマラサイとの距離を詰めて格闘戦に持ち込もうとしたのだが、相手もそう容易く距離を詰めさせてくれるような事は無く、マラサイとドライセンの追いかけっこは意外と長く続く事になった。
 ここでギリアムがラカンを引き付けてくれている間に繭とジョンが残る2機のドライセンを撃破し、防衛線の完全突破を果した。この穴から少数のMS部隊が突入し、アクシズ艦隊に取り付いて攻撃を加えていく。
 これに対して護衛のガザCやザク、リックドムが果敢に立ち向かってきたが、所詮は敵MSと真っ向から張り合うのが苦しいから後方に置かれていたような未熟なパイロットの駆る機体である。ニュータイプ2人を食い止める事など出来るはずも無かった。
 立ち向かってきたMSを蹴散らして繭とジョンは目に付く巡洋艦を襲いだした。繭たちが切り開いた穴から他のMSも突入してきて次々と艦船に取り付いてゆく。その艦艇を襲うときは懐に飛び込むというセオリーを迷う事無く実行している辺りにこの部隊の実戦経験の豊富さが伺えている。これがアクシズの新米パイロットなら対空砲火にビビッて及び腰になる所なのだが、このパイロット達は対空砲火は余り当たらないということを良く知っているらしい。
 しかし、繭が1隻のエンドラ級を血祭りにあげて次の目標を探そうとした時、いきなり天頂方向からビームを撃ち込まれてしまった。いきなり体を駆け抜けた悪寒に反射的に機体を動かしたおかげで直撃は免れたが、その射撃は正確そのものであった。
 何が来たのかとビームの飛んできた方を見た繭の視界に飛び込んできたのは、見覚えのある青いジャギュアーであった。そう、こんな色のジャギュアーを使っているのは繭の知る限り1人しか居ない。

「もしかして、ガトー少佐?」

 かつてファマス戦役で途中から仲間に加わってきたデラーズフリート。彼らはファマスのメンバーを連邦と手を組んだ恥知らずな連中と言って卑下していたのだが、その中にあってガトーは自分達に好意的に接してきた珍しい人物であった。彼もデラーズと同じくジオンの大儀を妄信している傾向のある人物だが、実力のある人間には一定の敬意を払うタイプでもあるようで、ファマスを支えてきた3強部隊には敬意を持って接してきてくれた。
 繭は余り話したことは無かったが、訓練などで幾度か世話になり、アドバイスなども貰った事がある相手なのだ。その実力は浩平と同等かそれ以上というレベルである。

 この時ガトーが駆っているのはファマス戦役で彼が愛機としていたジャギュアーの改修型である。ジャギュアーはシュツーカ、ブレッタと続くファマス系列機の最終型で、総合性能でファマス戦役の最初から最後まで最強の座にあり続けた脅威のMSであった。連邦はジムFBを投入したがそれでも劣勢は否めず、最後までMS戦では苦戦を強いられる原因の1つともなっていた。
 現在のアクシズではジャギュアーのデータをフィードバックして改良したシュツーカD型を更に発展させる事で当時のジャギュアーを凌ぐ性能を達成しているのだが、ガトーのこれは基本設計でシュツーカに勝っているジャギュアーを現代技術で改良を施した、開発系統から外れたMSとなっている。言うなれば技術試験機に近い。だがベースとなった機体の設計の優秀さ故か、その性能は第1世代機でありながらアクシズの現用第2世代MSと較べて見劣りしないほどのレベルを達成する事が出来た。これを見たアクシズの技術者達は激怒してますますファマス系技術に冷淡になったという経緯もある。
 ただ、ガトーはファマスでファマス系MSを使った際にその性能に惚れこんだという事もあって、ファマス系の技術に理解を示す数少ない軍人となっている。この問題で彼はデラーズの派閥の中で些か浮いてきている為、今は微妙な立場に立たされていた。
 このガトーが4機のシュツーカを連れて繭たちを止めようと襲い掛かってきた。繭はザクマシンガン改をシュツーカに放ったのだが、ファマス戦役ですらファマスMSに対して威力不足が指摘されていたザクマシンガン改がこのジャギュアーに効く訳も無く、ガトーは弾丸を装甲とシールドで弾き返しながら繭のハイザックに襲い掛かってきた。

「好きにはさせんぞ!」
「みゅ、みゅう……やっぱりあの装甲は反則」

 分かってはいたのだが、平気な顔で銃弾蹴散らしながら接近されてしまうと流石に凹んでしまう。あのふざけた装甲はやはり反則だろう。実はファマス系列機の特徴の1つに機体の堅牢さがあり、重量の割には高い防御力を達成している。ファマス戦役ではジムライフルを何発も叩き込まれても平然としているシュツーカやブレッタが良く見られたものだ。
 繭は連邦軍がマラサイやハイザックにビームライフルを配備しているという話は知っていたのだが、それを連邦軍が供与してくれないという事にこれまで文句を言った事は無かった。しかし今、繭はその事を激しく後悔する羽目になってしまった。こんな化け物が相手ではビームライフルでないと対処できないではないか。
 仕方なく繭は別の手を使うことにした。バックパックから細かい金属片を射出し、ガトー機をそこに誘い込むように逃げていく。

 もっとも、繭が悲鳴を上げているのと同じくらいにガトーも苦労していたりする。繭もエターナル隊に配属されていたフラナガン機関出身のNTパイロットであり、その実力はサイレンの名だたるエースたちと互角に渡り合えるほどだったのだ。その繭を前にしては流石のガトーも簡単に勝たせてもらえないのも仕方が無いだろう。
 暫しの間逃げるハイザックをジャギュアーがビームライフルで追撃ちするという戦闘が繰り広げられたのだが、いきなりジャギュアーのシールド下部で大爆発が起き、ガトーは吹き飛ばされた衝撃に顔を顰めた。

「な、何だ、ミサイルの直撃か!?」

 見ればシールドが半分吹き飛んでしまっている。だがミサイルの接近をレーダーは捉えていない。幾らミノフスキー粒子が濃いとはいっても、至近距離で効果が無いというのは流石にありえないのだが。
 そんなガトーの疑問に答えてくれたのは、視界の片隅を漂っていた小さな金属片であった。それが小型の機雷だと理解できたがトーは目を見開いて驚きを表している。

「対MS機雷か。また随分と使い難いものを出してくる!」

 対MS機雷は1年戦争で連邦軍が使っていた待ち伏せ兵器の1つで、主にボール部隊が使っていた兵器の1つである。予め想定戦闘宙域に散布しておき、あとは自分たちを囮にしてザクを機雷原に誘い込むという方法で多くのザクを仕留めている。流石に1発でMSを破壊できる兵器ではないのだが、手足を吹き飛ばす程度の事は出来るだけの威力がある。また、コクピット周辺に着弾すればMSといえども撃破されてしまう。
 更に繭の援護に2機のハイザックが加わった事でガトーの不利が決定的になった。繭だけでも手強いのに、援護までが入っては洒落にならない。元々敵が1機増えるというのは洒落にならないほどの負担の増加を招くものである。

「カリウス、今何処に居る? 援護に来れそうか!?」
「少佐、申し訳ありませんが、こちらも手一杯です!」

 カリウスのシュツーカは別のマラサイと激突していた。こちらの相手もそれなりの実力者のようで、流石のカリウスも手を焼いている。ガトーは舌打ちして顔を顰めると、こちらに向ってくる3機のハイザックを睨み付けた。





 しかし、繭たちの奮戦はアクシズの前衛部隊の一部を混乱に陥れる事には成功したのだが、残念ながら全体の劣勢を覆すには至らなかった。ダニガン中将は部隊を密集させて防御スクリーンの効果を上げる作戦に出て少しでも被害を減らそうと努力していたが、そんな物は所詮は一時しのぎに過ぎない。このまま行けばジオン共和国艦隊はアクシズ艦隊に全滅させられるのは確実だろう。
 この状況に変化が訪れたのは、ジオン共和国艦隊が消耗し尽くしかけた頃になってであった。被害の蓄積で態勢を立て直すのも難しくなってきたジオン共和国艦隊にアクシズ艦隊は容赦なく攻勢に出ていたのだが、彼らはいきなり左側面からの砲撃を受ける羽目になる。
 この突然の砲撃はムサイ級2隻を瞬く間に撃沈し、更に3隻を損傷させるという大損害をアクシズに与えていた。この攻撃でアクシズ艦隊の艦列は乱れ、ジオン共和国艦隊はかろうじて態勢を立て直す余裕を得る事が出来た。
 これはようやくサイド3宙域に到着したオスマイヤー艦隊の砲撃であった。オスマイヤー艦隊はリアンダー級2隻、サラミス級3隻、マエストラーレ級3隻という編成で、些か非力ではあっても無視できるような戦力ではなかった。
 デラーズはこの突然の乱入者に激しく憤り、すぐさま10隻の艦艇を割いてそちらへの迎撃に当てた。しかしデラーズはここで大きな判断ミスをしている事に気付いていなかった。デラーズは連邦軍の実力をジオン共和国軍と同レベルと見積もっていたのだ。その報いは直ぐにアクシズ艦隊に降りかかってくる事になる。

 戦場に到着したオスマイヤーは砲撃を加えつつ艦隊を何とかジオン共和国艦隊に合流させられないかと暫し考えたのだが、アクシズ艦隊の数の多さに断念するしかなかった。そしてアクシズ艦隊から10隻が分離してこちらに向ってくるのを見て、オスマイヤ−は自分の艦隊だけで戦う事を覚悟した。

「仕方ない、こちらはこちらでやるとしよう。MS隊を出撃させろ!」

 オスマイヤーの命令を受けて各艦から次々にジムVが出撃していった。何だかんだ言って連邦軍、とりわけ水瀬艦隊の第2世代MSへの機種転換はそれなりに順調に進んでおり、既に第1線部隊はジムUからジムVに完全に機種転換を完了させている。これはジムUとジムVの操縦系統に大きな差異が無かった事、ジムUとの部品の共有度が高いうえに連邦の整備兵はジム系に慣れている為、大きな混乱がおきなかったという事が機種転換に大きく寄与していた。
 これはカタログスペックだけでは把握できないジムVの長所である。ともすれば第2世代MSの落第機などと嘲笑われ、世代的にはゼク・アインやバーザムと同時期に出てきた機体でありながらネモやマラサイと同レベルの性能と揶揄され、安いだけが取り得の駄作機などと言われてしまうジムVであるが、実際には整備性、操縦性が良く、潤沢な補修部品のおかげで第2世代MSとしては最高の稼働率を示している。
 これ等の特徴はジムVの大量運用を容易にした。錬度の低い部隊であっても問題なく運用できるという一点でジムVは他機種より優位に立っており、多くの部隊に瞬く間に配備されていったのである。これがネモやマラサイなら機種転換に時間をとられ、纏まった数を運用するのは難しかっただろう。
 だが、ジムVは性能的には今1つなのも事実であり、数で敵を上回れないと苦しい戦いを知られる事になる。もっとも、今回の戦いでは些か事情が違ったのだが。
 出撃したジムV部隊は艦隊の射線から離れた宙域を進撃し、すぐにアクシズ艦隊から出てきたMS部隊と激突する事になたのだが、そこで彼らは信じられないものを目にする事となった。

「おい、何だありゃ?」
「俺たちは1年戦争の時代にでも迷い込んじまったのか? SF小説じゃあるまいし、何の冗談だよ?」

 ジムVのパイロット達はそう言って迫り来るアクシズMS隊への戸惑いを表した。そう、いまジムV部隊に向ってきているMSは全てがザクやリックドムだったのだ。まだ若いパイロットはともかく、1年戦争を経験しているパイロット達には苦笑を通り越して同情さえ誘うような相手である。

「アクシズってのは余程MSに困ってるようだな。田舎に篭もってるからこうなるんだよ」
「無駄口はその辺にしておけ。あんな雑魚はさっさと片付けて、敵艦を叩くぞ!」

 部下たちのお喋りを指揮官が止めさせ、迫る旧式MS部隊に対して攻撃開始を指示する。この指示に従ってジムV部隊は一斉にアクシズMSに襲いかかったのだが、ここでアクシズMS部隊はMSの世代差というものを思い知らされる羽目になった。地球圏ではせめてジム改レベルでないと前線で使うのは無理というのが常識なのだが、アクシズはそれを知らないらしい。数で上回っているためか、真っ向からぶつかろうとしている。
 アクシズ本国のMS部隊は連邦MS部隊と初めての会敵の時を迎え、そして初めての敗北を喫する事となった。幾らなんでも多少改良した程度のザクやリックドムでジムVの相手をするというのは無茶を通り越して自殺行為でしかなかったのだ。ジムVは自分達より速く、そして猛烈な火力を持っていた。最初の交戦でジムVの攻撃を受けたザクやリックドムが数機撃墜され、それを見たアクシズのパイロット達は文字通り度肝を抜かれてしまっている。彼らはジムVを単なるジムUの改良型としか思っていなかったのだ。
 そして、彼らが壊滅するのにさほどの時間を必要とはしなかった。幾ら数で上回っていても、ザクやリックドムではもう数には数えられない。そういう時代になっているということなのだ。
 もっとも、地上軍は宇宙に較べるとまだ旧式機でも活用する余地があるためか、1年戦争型のMSもそれなりの活躍をしてはいるのだが。

 この迎撃部隊が一方的に敗北させられたという知らせはデラーズを驚愕させた。あれだけの数をぶつけたのに歯が立たなかったとでも言うのだろうか。

「連邦如きに何をしているのだ!?」
「敵のMSの性能はこちらのMSの性能を圧倒しています。迎撃部隊は既に半数を喪失しました!」
「たかがジムふぜいに、圧倒されていると言うのか……」

 屈辱に顔を赤くして体を震わせるデラーズ。しかし、既にザクやリックドムはファマス戦役でお払い箱にされていたような機体であり、あの時よりも更に進歩した機体を前にしては勝てないのも無理はないのだが。
 連邦の力に忌々しさを隠せないデラーズではあったが、とにかく対処のために手は打っていた。質に差があるというなら数で補えというレベルの話ではないと考えたデラーズは、手元にある新型MSを纏めてこちらに叩き付ける事にしたのだ。実はこの段階ではまだミドロのMS隊は実戦に加わっておらず、ミドロは他艦のMSの補給や整備をしているだけだったのである。ジオン共和国軍がMSの数で勝りながら追い込まれている原因の1つにこのミドロの絶大な後方支援能力があるのだが、MSの補給、整備に掛かる時間がとにかく短いのだ。この為に最初は数のおかげで互角に戦えていたジオン共和国も補給や整備のためにMSが母艦に戻った後に復帰するまでの時間で差をつけられてしまい、数の優位を覆されてしまった。
 デラーズは予備兵力として温存していたこのミドロのMS隊を連邦艦隊の迎撃に振り向ける事にした。ミドロの艦載機もやはり1年戦争型が主体ではあるが、ガザ系やドライセン、ズサの数もかなり多い。そして何より数が連邦軍に対して圧倒的に多い。オスマイヤーは戦線の少し後方で支援に徹していたドロス級が護衛艦を連れてこちらに向ってくるのを見て度肝を抜かれてしまった。

「ド、ドロス級がこっちに来るだと!?」
「提督、どうしますか!?」
「どうもこうも無い。我々だけであいつに勝てるわけが無いだろう。あんなのと渡り合えるのは先代のカノンくらいだ!」

 火星で戦没したカノンはドロス級に対抗する目的で建造された戦闘空母であった。その戦闘能力は空前絶後のもので、現在の連邦軍でも単艦であの化け物と戦える艦は存在していない。そのカノン級の仮想敵であったドロス級空母などを相手にするのはしんどいを通り越して自殺行為だった。

「ふう、やはりこの数では苦しいか。水瀬提督が早く来てくれれば良いが……」

 自分の手持ち戦力では長くは持たない。それが分かるだけにオスマイヤーは秋子が一刻も速く来てくれる事を願っていたのだが、それはどうやら無理のようだった。オスマイヤーが来た事で多少戦力が落ちたとはいえ、すでにジオン共和国にはアクシズを食い止めるほどの力は残っていない。オスマイヤーたちの見ている前で崩れだしたジオン共和国艦隊はアクシズ艦隊に蹂躙され、艦隊としての形も保てなくなりだしていた。

 この状況を見かねたオスマイヤーはダニガン中将に背に機からの脱出を進めたのだが、自分達が退いたらサイド3を守る者が居なくなると言ってダニガンは頑なに拒否し続けている。
オスマイヤーにもダニガンの気持ちは分からないではないのだが、それに自分の艦隊がつき合わされるのは正直言って堪ったものではなかった。1年戦争で苦しんだ経験を持つオスマイヤーにはジオンは敵という認識がまだあるので、何でジオンのために俺たちが体を張らなくちゃならないんだという不満もあるのだ。
もっとも、不満があるからといって手を抜いているわけでもない。秋子から正式に受けた出動命令である以上個人的な感情で手を抜くような事は出来ないし、そんな事をしていたらこっちが死んでしまいかねない。

 この混沌とした戦況を打開するきっかけをもたらしたのは、ジオン共和国のダルシア首相であった。彼はダニガンに対して残存戦力を纏めて連邦に亡命するよう命令を寄越してきたのだ。命令を受けたダニガンは指揮官用の椅子から腰を浮かせて驚きを表し、どういうことなのかを問い質した。それに対してダルシア首相はこれ以上の抵抗は無益だという判断を伝えたのである。

「政府はアクシズに対し、降伏を決定したのだ。我々は負けたのだよ。残念だがな」
「我々は、まだ戦えます!」
「残念だが、君の艦隊はもう持ち堪えられまい。戦場を離脱し、連邦軍と合流して何時かサイド3をザビ家の支配から開放してくれ」
「…………」

 本国はこちらの状況を正確に把握しているらしいと悟り、ダニガンは口を噤んでしまった。確かにダルシア首相の言うとおり、既に戦いは全滅を免れる為の最後の抵抗という様相を見せている。折角来てくれた連邦軍には悪いが彼らの来援も戦局を逆転するほどの助けにはならなかった。
 だが、幾ら命令とはいえ本国を捨てて逃亡するというのはアクシズと同じになってしまうのではないか。その問題がダニガンを暫し迷わせている。しかし、その悩みもすぐ傍で味方の巡洋艦が爆沈した光に照らし出されるまでだった。
 爆発の衝撃に艦が揺さぶられ、艦橋のクルー達が座席から飛ばされないように必死に何かにしがみ付く。ダニガンも自分の椅子の肘を強く掴んで衝撃に耐えた後、屈辱にやや震えた声で戦場からの脱出を命じた。

「……全軍、損傷艦を庇いつつ、連邦艦隊と合流して戦場を離脱せよ!」

 この命令を出した後、ダニガンはダルシアに敬礼をした。自分達が撤退した後、全ての責任を取るのはダルシアの最後の仕事となる筈だ。そして、アクシズがジオン共和国を裏切り者と呼び、ダルシア以下ジオン共和国政府関係者を売国奴と呼んで激しく嫌悪している事を考えれば、彼らの今後の処遇は想像に難くは無い。特に首相たるダルシアには処刑以外の道は残されていないだろう。
 ダニガンの決断を受けてジオン共和国軍の残存部隊は敵を通さない為の戦いから一転して生き残る為の戦いへと向っていった。アクシズ艦隊もこれを止めようとしてはいるのだが、今回は生き残る為に必死になっているジオン共和国艦隊の戦意が上回り、アクシズ艦隊は押し返されようとしていた。
 デラーズはジオン共和国艦隊を通すなと全軍に檄を飛ばしていたが、ジオン共和国艦隊の動きから自軍の勝利を予感したアクシズ艦隊の艦長たちは無理にジオン共和国艦隊の正面に立ちはだかろうとはしなかった。この段階で戦死しては勝利の栄光を手にする事が出来ないのだから当然かもしれないが、この時のアクシズ艦隊の動きはデラーズの期待をはっきりと裏切る物であった。
 ジオン共和国の最後の力を振り絞った一点突破攻撃は、アクシズ艦隊の僅かな抵抗を排除して防衛線に風穴を開けることに成功する事となる。この結果の最大の理由はアクシズ艦隊将兵の戦意の低下が上げられるが、やはりアクシズ側の戦力にも余裕が無かったのだ。予備兵力であるミドロ部隊は連邦軍との戦いに駆り出されてしまっていて、この場にはもう予備が無かったのも響いている。
 デラーズは突破されたジオン共和国艦隊を追撃する為の艦隊の編成に着手すると共に、サイド3への障害がなくなった事を後方にいるキャスバルに報告した。

「総帥、裏切り者どもは敗走いたしました。もうサイド3への道を阻む輩はおりませぬ」
「そうか。ではアクシズを前進させ、ムンゾ宙域に進出させるとしよう。デラーズ提督はそのままムンゾに進出し、制宙権を確保してもらいたい」

 キャスバルの命令にデラーズは恭しく頷き、グワデンを中心とする艦隊を持ってサイド3に進出するように艦隊に指示を出した。それを受けてオペレーターたちが駆け回るをの確認した後、改めてキャスバルに声をかけた。

「ところで総帥、裏切り者どもの艦隊が戦場から離脱しております。これを逃がして妄動させては後日の禍根となりましょうから、追撃したく思いますが?」
「ジオン共和国軍をか? だが、それだけの余裕があるのかね?」
「御心配なく。すでに健在艦を集めて追撃隊を編成させております」

 デラーズの険しい目とキャスバルの疑わしげな視線が暫しぶつかりあう。ザビズムに傾倒している人間は戦果を何よりも重視する為か、将兵に無理を強いる事が多い。今回もその類ではないのかとキャスバルは疑っているのだが、デラーズの表情から意図を読み取るのは不可能に近かった。
 暫しの間視線を使っての戦いが行われた後に、キャスバルは目を逸らせてデラーズの進言を受け入れた。この辺りに2人の微妙な力関係が伺えるだろう。デラーズは僅かに口元を緩めると、慇懃に敬礼をして通信を終えた。
 デラーズとの通信を終えたキャスバルは苛立たしげに執務机を指の先で幾度か叩き、隣に控えていたハマーンに問い掛けた。

「デラーズ大将は、何を考えていると思う、ハマーン?」
「さあ、私には何とも言えません。ですが、デラーズ大将の言い分も間違ってはいないのでは?」
「ああ、間違ってはいない。ジオン共和国艦隊をここで取り逃せば、いずれ彼らは必ず我々に牙を剥いて来るだろう」

 キャスバルにしてもジオン共和国艦隊を残しておく事がどれだけ危険かは分かっている。だが、それと同じくらいにデラーズに功績を立てさせる事の危険性も理解していた。デラーズはアクシズ内におけるザビ派の頭目であり、その影響力は無視できないほどのものがある。その事がアクシズ内において段々と深刻な問題となってきていたのだ。
 キャスバルはアクシズ内の命令系統の歪みを何とかしたいとは思っていたのだが、この余りにも強固な派閥意識と対立構造はどうする事も出来ないでいる。ニュータイプでも人間の心まではどうする事も出来ないのだ。
 キャスバルの傍に控えているハマーンにしてもカーン派の頭目であり、個人的にキャスバルとは対立しているわけではないがやはり派閥の壁を感じさせる時はある。もっとも、どの派閥もミネバに対しては敬意を払い、忠誠心を見せているという点だけは共通している。ここまで異なっていたら派閥抗争ではすまなかっただろう。





 しかし、結局デラーズがジオン共和国艦隊を殲滅する事は出来なかった。デラーズは新型艦を中心に追撃艦隊を編成して追撃をさせたのだが、彼らはジオン共和国艦隊を捉えるよりも早く、別の艦隊と遭遇する事になったのである。
 ジオン共和国艦隊をサイド3の領空の外側に出て追撃していたアクシズ艦隊は、ア・バオア・クーと月の中間宙域で30隻ほどの艦隊を発見する事が出来た。ようやく追いついたかと追撃艦隊の指揮官が安堵の溜息を漏らし、さっさと始末するべく全軍に攻撃開始を命令しようとしたのだが、逆にとんでもない目に合わされることになった。
 敵がMS部隊を出したのを見て追撃部隊もMS隊で迎撃に出たのだが、MS部隊から直ぐに悲鳴のような報告がもたらされてきたのである。しかもMS部隊は敵がジオン共和国軍ではなく、連邦軍だと言ってきている。
 この報せを受けた指揮官は何故連邦軍がこんな所にと疑問に感じていたが、それよりももっと大きな問題があった。そう、この連邦軍は桁違いに強く、追撃部隊の指揮官は必死に指揮を取る事を強いられたのだ。
 この部隊から出撃したいたMSにはかなりの数のガザ系MSとドライセンが含まれているはずなのに、連邦艦隊から出てきたジム系の新型と見たことも無い重MSに一方的に叩きのめされているではないか。この余りの惨状にアクシズのMSパイロット達は慌てふためく事になった。何なんだこいつ等は。何で連邦のMSがこんなに強いんだという疑問が脳裏を駆け抜けるが、その答えを得る事も出来ずに次々に撃ち落されていく。
 この攻撃隊には香里が率いる北川大隊の第1中隊やあゆ、栞、葉子といったサイレンまでが加わっていたのだ。はっきり言って多少数が多い程度の戦力で対抗できる相手ではない。元々水瀬艦隊の技量はティターンズと並んで連邦最強の座を争っていたほどに高いが、その中でも最強と言われるクリスタル・スノーとサイレンを相手に出来るのは地球圏では教導団くらいである。ファマス戦役に参加した事があるパイロットの中には敵の中にあの死神の如く恐れられた雪の結晶のマーキングを見て悲鳴を上げる者が続出する騒ぎになっている。

「こ、こいつら、クリスタル・スノーだ!」
「ちょっと待て、何でこいつらがこんな所にいるんだ!?」
「俺が知るかよ!」

 このマーキングを見たら逃げても恥ではない。そう言われるほどにクリスタル・スノーはファマス参加部隊から恐れられていた。何しろ遭遇した部隊の大半がほぼ間違いなく壊滅状態に追い込まれるようなふざけた部隊だ。その技量は精鋭で知られたデラーズ・フリートのパイロットさえ超えていた。
 あの時の悪夢が時を越えて再び再現されようとしている。動きの速いジムV部隊から逃げ回っていたドライセンが懐に飛び込んできたガンダムmk−Xにビームランサーで攻撃を加えたのだが、mk−Xはこれを回避して懐に入り、シールドでビームランサーを跳ね上げると、右手に持ったビームサーベルでドライセンの胴体を横薙ぎに切払って破壊してしまった。

「ふう、2機目ですね。アクシズのMSは格闘戦装備が充実してるんでしょうか?」

 ドライセンが大型の格闘戦装備を持っていたことに栞が物珍しそうに呟く。連邦軍にはあそこまで格闘戦武器偏重の機体は試作機のエクスカリバーくらいのものだったのだが。
 そんな事を考えている栞に今度はミサイルが降り注いできた。栞は回避運動に入ってバルカンで迎撃しつつデコイとフレアーを出してミサイルを防御し、発射してきたズサめがけて2基のインコムをはなってこれを撃墜した。
 栞が暴れている戦場以外では香里が部下を引き連れてアクシズMS隊の側面に回って半包囲状態を作ろうとしていたり、あゆが「うぐぅ!」と鳴く度に1機撃墜していたり、葉子が中隊を率いてアクシズMS隊を綺麗に2つに分けてしまったりと、アクシズ部隊には悪夢のような戦いが行われていた。圧倒的に優勢なおかげで秋子は何もすることがなく、MS隊に指示を飛ばしている北川の背中を頼もしそうに眺めていた。
 北川はMS部隊に指示を出して戦場を支配しようとしているのがはっきりと分かる。既にアクシズMS隊の半数は本隊から切り離されて各個撃破されている有様だ。負傷して以降は後方から指揮を取る事が多くなった北川であったが、今ではこういうスタイルもすっかり板に付いてきている。いずれは前線に復帰してもらう事になるだろうが、この後方勤務は北川を更に成長させたのかもしれなかった。

 このままいけばアクシズ艦隊を殲滅できるかもしれなかったが、秋子はそこまで戦うつもりは無かった。自分達もまだ再建途上であり、余り被害を受けてはティターンズとの戦いに支障が出てしまう。先のコンペイトウ攻略作戦の失敗で受けたダメージも決して軽い物ではなかったのだ。確かにサイド3がアクシズの手に渡るのは痛いのだが、秋子にとってはティターンズこそが最優先で倒すべき敵であり、その為に危険を冒す気は無かった。それに、アクシズなどドリルとコンペイトウに戦力を常駐させておけば封じ込められるという判断もあった。
 かくして秋子はジオン共和国の艦隊とオスマイヤー艦隊を後方の移動サービス部隊に預けるまでの時間を稼いだ後、交戦を打ち切って撤退してしまった。元々間に合うとは考えてもいなかったので、この撤退は予定の行動でもあった。せめてもの収穫はアクシズのMSとの交戦データを得れた事くらいだろうか。特に新型と思われるドム系の重MSとミサイルの塊のような支援機、あと奇妙な可変機のデータは次の交戦できっと役に立つ筈だ。






 この戦いの後、秋子はサイド5に帰還する途中でジオン共和国の解体と、ネオジオンの発足宣言を知る事となる。その際にジオン共和国の主要な人物全員が反逆罪の名目で銃殺に処されたという知らせもである。
 この放送をタナトスの司令官用の個室のモニターで見た秋子は、彼女にしては珍しく忌々しさを表情に浮かべる事となった。

「ジオンの亡霊が、再び地球圏に蘇ってしまいましたか。地球圏がこんな状態でなければ、過去の遺物なんかをのさばらせはしないのに……」

 1年戦争を体験している者にとって、このネオジオン発足宣言は悪夢以外の何物でもない。あの人類の半数が死滅するような悲惨な戦争を忘れている人間は恐らく居ないだろう。しかし連邦もティターンズも今は睨みあっていて動ける状態ではない。秋子はサイド5で当分は戦力再建を続けなくてはならない状態だ。こういう状態でなければネオジオンなど結成させる事さえ許さないどころか、アクシズを地球圏に到達させる事さえ許さなかっただろう。もっともこういう状況だからこそアクシズは帰ってきたのだろうが。


 こうして、地球圏の覇権を争う4つの勢力が勢揃いした。それはつまり、宇宙が今以上の混乱に包まれる事を意味していた。



機体解説

AMX−008 ガ・ゾウム
兵装 ハイパーナックルバスター
   9連装ミサイルランチャー×2
   ビームサーベル×2
<解説>
 ガザ系の最終発展型と言われる汎用可変MSで、攻撃、防御、生産性の全てを満たした可変機の理想を実現したMSである。その使い易さからネオジオンの主力機の地位を約束されているような機体であるが、ガザ系の限界を露呈させた機体でもある。
 ジオン共和国との戦闘では他のガザ系MSと共にかなりの数が投入されていた。


AMX−009 ドライセン
兵装 ビームランサー
   トライブレード×2
   ハンドキャノン×2
<解説>
 ドム系の発展型である重MSで、ネオジオンの次期主力機の1つに目されている。ガ・ゾウムとは異なり第2世代に分類されているが、その攻撃能力はかなりのレベルを達成している。本来は重力下戦闘用に開発された機体であるが、結果的に宇宙空間での使用が主となってしまった。その特性から空間戦闘よりも要塞戦やコロニー戦闘に活用されている。


AMX−102 ズサ

兵装 多連装ミサイルパック×2
   多連装ミサイルランチャー×2
   ビームサーベル×2
<解説>
 本来はガルスJやドライセンと同じく地球降下作戦用に開発されたMSだが、宇宙で支援機として使われる事となった。防御スクリーンが普及している地球圏では意外なほど効果的なMSで、対艦攻撃機として絶大な威力を発揮する。しかし、その動きの鈍さから地球圏の現用主戦機に対抗するのは困難なので、護衛機を必要としている。



後書き

ジム改 脇道話はこれくらいにして、そろそろ本筋に戻らないとな。
名雪  うみゅう、ジオンが復活しちゃったよ。
ジム改 おや、栞は何処行った?
名雪  今日はまだ帰って来てないから、代役だよ。
ジム改 ふむ、まあ栞よりは平和そうだから良いか。
名雪  それで、これからどうなるの?
ジム改 とりあえず、話の本筋を進めないといかん。でないと何時までたっても終わらないからな。
名雪  じゃあ、次は世界情勢が動くお話なの?
ジム改 そう。次回は連邦軍の再建と、連邦と戦う3勢力がどう動くかの話だ。
名雪  となると、私の出番は無しかな。そういう仕事はお母さんの独壇場だし。
ジム改 いや、心配せんでもちゃんと出番はある。というか、サイド5キャラはほぼ全員ある
名雪  ほんとに?
ジム改 つうか、今の状況でエースを遊ばせておく暇は無いし。
名雪  でも私の場合、書類仕事かもしれないね。
ジム改 ……では次回、ボロボロにされていた連邦軍もようやく立ち直ってくる。各地でティターンズを食い止め、新たな戦線を構築していく連邦にティターンズは焦りの色を隠せないでいた。次回「巨人の鼓動」
名雪  否定しないんだね。