第47章  虚構と裏切りの宇宙



 地球連邦が落ち着きを取り戻しつつあるという現実は、ティターンズとネオジオン、エゥーゴにかなり深刻な危機感を抱かせるに十分な意味を有していた。ティターンズは確かにアフリカ、北米、中央アジアを事実上掌握する事には成功したのだが、地球連邦の生産力の拠点とも言えるヨーロッパ、南米、オーストラリアなどを押さえる事は出来なかった。これはジャブロー、ニューギニア、ベルファーストといった主要軍需工廠を押さえられなかったことを意味しており、特にジャブローの無力化に失敗した事は痛かった。
 地球上におけるティターンズの拠点はキリマンジャロとキャリフォルニアベースとなるが、この2つを合わせてもジャブロー基地の生産力には対抗できない。しかもジャブロー基地には宇宙艦艇建造ドックまでがあり、ここで新世代の戦艦や巡洋艦の建造が行われている事は言うまでも無い。
 また、最近になってジャブロー基地は物資打ち上げ用に大小のマスドライバーを建設しており、これが完成すればますます脅威度が大きくなる事になる。すでに連邦はニューギニア基地のマスドライバーで宇宙へ物資の打ち上げを行っているのだが、これがサイド5の再建に多大な貢献をしていることはティターンズにも分かっているのだ。

 だが、これを完全に遮断するだけの戦力がティターンズには無かった。ティターンズの主力艦隊はリビックの連邦主力艦隊に対する押さえとしてルナツーに貼り付け状態であり、せっかく味方に引き入れた連邦第6艦隊もルナツーから動かせずにいる。
 この為に連邦軍に対する戦力の主力は開戦前から運用している任務部隊に任せる事になっているのだが、この勝負はティターンズにとって決して有利ではなかった。確かにグリプスの生産力はジャブローほどではないにしても凄まじいの一言に尽きる。だが、兵器を幾ら作ったところで乗せる人員が居なくては話にもならない。連邦軍は今回の内戦で大量の志願兵を受け入れ、更に予備役を招集することで兵員を満たせているが、ティターンズには志願兵など大して期待出来はしない。元々国民には人気が無い組織なので人が集らないのだ。
 この為にティターンズは緒戦こそ質の差に物を言わせて連邦を押していたのだが、だんだんと回復してくる連邦に対して消耗を重ねるだけのティターンズはじり貧になってきていた。

 これ等の問題に関してティターンズ宇宙軍の内部では意見の激しい対立が起きるようになっていた。バスク中将率いるティターンズ強行派は実戦部隊の拡充を唱え、連邦艦隊との早期決戦による決着を求めているのだが、エイノー中将率いる穏健派は補助艦艇の拡充と周辺航路の安定化を唱え、連邦主力は補給線寸断によって枯死させる事を唱えている。
 バスクの主張にもエイノーの主張にもそれぞれに一理はあった。バスクの言う短期決戦は時間を置けば連邦の戦力は強化され、ジオンの二の舞になるという現実から来ている主張なのだ。ただし、現在ティターンズが動かせる戦力ではリビックに勝つのは難しいだろう。
 対するエイノーの言う補給線寸断作戦は確かに大兵力のリビックには大きな効果がある割にリスクは小さくて済む、一見とても堅実な手に見えるのだが、その為には通商破壊戦の為に大量の艦艇を動員しなくてはならない。しかも最近ではサイド5で秋子が各地の連邦部隊を糾合して再編成と訓練を行っており、これとぶつかれば兵力差で各個撃破される可能性が高いのだ。特にもし同数であの化け物だらけの秋子の直属部隊とぶつかったら一方的に殲滅されかねない。
 ただ、双方とも現状を把握しているという点では一致していた。ようは敵がこれ以上強大化する前にこちらから打って出るか、無理をせずに敵の力を削ぐかの違いなのだ。バスクの案を取るなら今動くしかない。時間を置けばそれだけ敵は強大化するからだ。エイノーの案を取るなら焦る必要は無いのだが、戦力の増強は急務となる。
 これ等の案を受けたジャミトフはかなり悩んだあとでバスクの案をとる事にした。やはり国力勝負となってしまうエイノーの案では勝ち目が無いと考えたのだ。ただ、仮にバスクの案を取ったとしてもサイド1に展開しているリビックの主力艦隊を相手取れるだけの戦力はティターンズには無い。拠点の防衛を無視して手持ちの戦力を全て掻き集めれば何とかなるだろうが、そんな事をすればリビックには勝ったが戦争には負けた、などという状況になってしまう。
 そして最大の問題だが、ティターンズにはルナツーの主力部隊をリビックにぶつけられるだけの物資を運ぶ手段が無い。リビックが月の攻略の為に支援艦隊を全て動員してしまった上に、ルナツー駐留軍が残っていた輸送艦を全て持ち出すか破壊してしまたので、ティターンズは輸送能力が不足していたのだ。
 ならば輸送艦を量産すれば良いのではないかと言う人も居るだろうが、事はそう単純ではない。ルナツーの生産設備は守備隊が撤退する際に徹底的に破壊しており、ティターンズの生産力はグリプスに依存している状態なのだ。ルナツーの復旧も進められてはいるが、まだまだ先は長い。こんな状況では輸送艦の建造など進む筈も無く、連邦との戦いで消耗を重ねている戦闘艦邸や護衛艦艇の建造を進めるだけで手一杯の状態である。
 もっとも、艦艇の補充も満足に行えないでいる連邦軍に較べればまだマシな状況ではあるのだが。

 結局ジャミトフはまた来栖川重工の力を借りる事でこの問題の解決を図る事になる。リーフはサイド7に独自の工業コロニーを有しており、そこから自社規格の輸送船を大量に送り出しているのだ。ジャミトフはこのラインをティターンズ用に回して欲しいと要請し、来栖川芹香はこの要請を快諾する事となる。この為にまたティターンズ内での来栖川の発言力が大きくなってしまい、内部から不満の声が上がるようになってしまっている。
 更にジャミトフは来栖川を経由してアナハイムとネオジオンに接触を図ってもいた。この2つの勢力は将来に雌雄を決しなくてはいけない相手であるが、当面は連邦を倒す為に手を組む事が出来る相手ではある。両者とも連邦に対抗できるほどの力はなく、ティターンズからの協力の打診を無視することは難しい状況に置かれているからだ。もし秋子が先に彼らを潰す気になったりすれば、彼らは碌な抵抗も出来ずに攻め滅ぼされてしまうだろう。
 
 こうしてティターンズとエゥーゴ、ネオジオンは切羽詰った状況下で生き残る為に水面下で手を組む事になる。もっとも、手を組んだところで連邦軍に対して優位に立てるわけではない。リビックの主力艦隊だけでティターンズを叩きのめせる戦力があるのだ。そしてエゥーゴとネオジオンが手を組んでもサイド5の戦力には対抗できない。つまり連邦は戦力を分けて全ての勢力に対応する事が可能な状況にある。
 この状況下でそれでもまだ勝算を立てる事が出来るのがリビックと向かい合うティターンズである。つまり秋子の援軍さえなければティターンズはリビックに勝てる可能性があるのだ。どうせ共同戦線など不可能なので、エゥーゴとネオジオンは協力して秋子を引きつけ、ティターンズは単独でリビックを撃破するほうがまだ勝てる可能性がある。






 だが、この計画は簡単には進まなかった来栖川の手を借りて話し合いの場を設けることは出来たものの、ティターンズ、エゥーゴ、ネオジオンはそれぞれの主張を繰り返すばかりで妥協点を見つけられなかったのだ。
 元々思想的には相反する双方の主張が折り合うはずも無く、話し合いは遅々として進んでいない。この状況にジャミトフは頭を痛めていたが、より苦しんでいたのがキャスバルだった。ティターンズ以上にナショナリズムの塊と化しているネオジオンにあってティターンズと手を組むというのは容認しかねる事態なのだ。
 特にデラーズ率いるザビ派の反対が物凄く、キャスバルは国内の調整に必死にならざるを得なくなっている。さらにサイド3内ではネオジオン政権に対するレジスタンスが結成されているようで、ネオジオン基地が襲われたり政府や軍関係者が襲撃を受けたりしている。
 このどうにも手の付けようのない状況下で帰還してきたのがアヤウラだった。彼は地球で糾合したジオン残党軍を纏めてサイド3に無事に戻ってきたのだ。これを知らされたキャスバルは驚きと喜びの声を上げ、デラーズは舌打ちを隠そうともしなかった。
 この2人の反応はそのままアヤウラの影響力の大きさを物語っている。元々はギレン直属の将校であり、現在はミネバに忠誠を誓っている生粋のザビ派であるのだが、アクシズ内での彼の行動は常に支配体制の堅守にあった。マハラジャ・カーンが健在だった頃は彼に忠誠を近い、キャスバルに政権が移ってからはキャスバルを全面的に指示している。これ等の行動から彼の目的はあくまでジオンの存続であり、特定の個人や思想に入れ込んでいるのではないことが伺える。
 ただ、この動きはデラーズを初めとする教条的なジオン系軍人からは変節漢として忌避される事となり、アヤウラは地球圏に追いやられてしまったのだ。
 だが、結果としてアヤウラは地球圏でもその力を発揮してジオン残党の糾合に成功し、大勢の熟練兵をジオン本国に連れ戻す事に成功している。この成功はアヤウラの立場を更に強化することは疑いなく、デラーズらは歯軋りして悔しがる事となるのだ。
 サイド3の市庁舎コロニーであるコア3に帰還したアヤウラはその足でミネバに帰還の挨拶を行い、そしてキャスバルの元へとやってきた。

「キャスバル総帥、ただいま戻りました」
「アヤウラ准将、待っていたよ」

 キャスバルは入ってきたアヤウラを自らで向かえ、その手を握って肩を叩いている。総帥が一介の指揮官に見せる歓待としては異例なほどではあるが、アヤウラがキャスバルにとって最大の味方だという現実を考えれば不自然でもないのだ。
 アヤウラはキャスバルの歓待に特に表情を変える事は無く、キャスバルに促されるままにソファーに腰を降ろして地球の状況を伝えだした。

「地球圏はティターンズと連邦の激突が続いています。地上ではエゥーゴ、カラバ共に大打撃を受けており、纏まった戦力とはなり難い状況でありまして、我々は彼らを頼む事は出来ません」
「ふむ、では、我々は宇宙に全力を注ぐべきだと?」
「はい。仮に地球に兵を送ったとしても、悪戯に各個撃破されるだけでしょう。地球連邦軍はデラーズ閣下らが言われるような弱兵でも、無能でもありません。そして連邦市民の多くは戦時下となれば連邦政府を支持するでしょう。現に各サイドのスペースノイドたちは我々でもエゥーゴでもなく、連邦軍を全面的に信頼し、支持しています」
「それは私も驚いている。戦争が始まる前はあれほどに連邦を非難しておきながら、どうしてこうも変わってしまったのだ?」

 キャスバルはスペースノイドが連邦政府を支持する理由が分からなかった。地球圏に戻る前に収集した情報ではスペースノイドは連邦政府に対して深い失望と怒りを感じており、自分たちが地球圏に戻ればかなりの数の人々が自分達を指示してくれるはずだと分析されていたのに、いざ帰って来てみればサイド3市民でさえ自分達を拒絶している有様だ。
 このキャスバルの質問にたいして、アヤウラは困った顔になった。

「それは簡単に申しあげるのなら、連邦政府が市民の生活を保証してくれるからです。確かに連邦はスペースノイドの権利を制限していますし、無思慮な事もします。ですが彼らは治安を守る側であり、有事には市民を守ろうと戦います。1年戦争でもそうでしたし、今回の戦争でも連邦軍は市民を守ろうと全力を尽くしています。だから市民は平時においては政府を非難していますが、だからといって彼らが連邦を憎んでいる訳でも無ければ、連邦軍を信頼していない訳でもないのです」
「スペースノイドたちは、連邦政府の支配を受け入れていると?」
「連邦政府が彼らの生活基盤を脅かさない限り、彼らは本心から連邦政府を否定する事は無いでしょう。一般市民にとってみれば政治理念よりも明日のパンの方が大事なのですから。そして連邦政府は確かに色々な問題を抱えていますが、市民の生活を破壊するような政策は取りません」

 これはアヤウラがアクシズから離れて地球に降りた後に実感した事である。連邦市民は連邦の悪口を言いはするが、連邦政府を本心から嫌ってはいない。連邦の政治家達は彼らの生活を最低限保障してくれているので、無理に打倒しようとはしないのだ。
 そんな市民の中で活動していたアヤウラもまた変わらざるを得なかった。これまでのようにジオンの理想を唱えるだけでは誰も付いては来ない。スペースノイドの支持を集めたければ自分達は演説をするのではなく、自分たちの支配がより良い生活を保障してくれるという事を示さなくてはならないのだ。
 そして、それは自分達には不可能だとアヤウラには分かっていた。ネオジオンにはそれだけの国力も政治力も無い。キャスバルは確かに稀代の指導者だろうが、指導者がどれほど偉大でも国力が直ぐに増す訳でもないし、国家の政治指導力が向上するわけでもない。連邦に取って代わるにはネオジオンは余りにも軍事に偏り過ぎた、歪な政治体制なのだ。

 この現実に気付いたアヤウラはこれまでのようなジオン主義から他勢力との強調を考えるように方針を転換して行くことになる。地球でシアンと手を組んだのも異常なまでのナショナリズムから脱却できた事の証だったのだ。
 そんなアヤウラにしてみれば、現在のネオジオンの情勢は歪以外の何者でもない。こんな主義主張丸出しの内部対立を繰り広げていて連邦に勝てると本気で信じているのだろうかと思えてしまうのだ。もっとも、昔は自分も勝てると思っていたのだから、人の事を笑う事は出来ない。

「キャスバル閣下、私がこのような事を言うのはおかしいと感じられるでしょうが、私は連邦と妥協の道を探るのが我々の生き残れる唯一の道だと思います。我々がアステロイドベルトに居た数年の時間は、連邦軍を著しく強化してしまっています」
「ネオジオン軍では連邦軍には勝てないと?」
「勝てません。いえ、個々の兵器の性能なら渡り合えるでしょうが、数や運用能力で差を付けられています。連邦はこの数年でMSの運用を完全に身に付けていますし、それを扱える指揮官も育ってきています。確かにリビックなどの諸将はMSを理解していないでしょうが、前線の指揮官達はもう扱えるのです」
「ファマス戦役の戦訓が生きている、ということか」

 アクシズもファマス戦役に参加してはいるのだが、それは終盤にちょっと顔を出した程度に過ぎない。連邦はファマスと1年近くに及ぶ激戦を繰り広げていたのだが、この戦いで連邦は半ば強制的にMSを運用できて、少数部隊による高速機動戦闘に対応していったのだ。
 その鬼のように強い連邦軍を相手にするにはネオジオンは余りにも弱体すぎた。人も武器もまるで足りていない。戦争はある程度までは質か数を圧倒する事が可能である。それは1年戦争でジオンが自ら証明して見せた事例を見ても分かるだろう。だが、今の連邦軍とネオジオンの兵器の性能差は大した物ではない。いや、部分的には連邦の方が勝っているだろう。そんな連邦を相手に訓練の足りない兵士と実戦の洗礼を浴びていない量産機で戦わなくてはいけないのだ。

「これは私見なのですが、地球への侵攻は中止した方がよろしいかと。ただでさえ戦力が不足している現状で更なる戦線の拡大を行うのは自殺行為です。むしろ連邦から奪取したア・バオア・クーにアクシズをもって新たな防衛ラインを構築し、ひたすら持久するべきではないかと」
「連邦を相手に持久戦か。そんな事をすれば数の差で押し潰されはしないか?」
「連邦とて無限の戦力を持っているわけではありません。彼らは現在3正面作戦を余儀なくされていますから、こちらに戦力を余りまわせないでしょう」

 3正面作戦などという無茶苦茶な状況に置かれている連邦軍もまた物凄い苦しみの中にいる。この状況を最大限に利用してサイド3の防御を固め、連邦との講和の機会を待つというのがアヤウラの戦略プランだ。
 これはかなり消極的な作戦案ではあったが、エゥーゴと連携を取りながら連邦とティターンズの消耗を進められれば実現の芽はある戦略ではある。ただ、これをやるにはネオジオンの人間が余りにも好戦的過ぎるのではあるが。

 ただ、このアヤウラの提案にキャスバルは一定の理解を示しており、アヤウラに早期に宇宙戦力を整える手段があるかを問い質し、アヤウラはこれにエゥーゴに依頼していた幾つかのプランを提示して見せた。それはネオジオン軍に不足している艦艇の設計プランと、次期主力MSの開発プランであったのだが、これを受け取ったキャスバルはどういうことかをアヤウラに聞いた。

「これは?」
「ムサイ級をアナハイムの技術を元に再設計した巡洋艦で、M級というコードが与えられています。単純な宇宙巡洋艦ではありますが、性能はエンドラ級にやや劣る程度でコストは遙かに安価となっています。設計はアナハイムで行われていますが、これを受け取ってサイド3の工廠で建造してはどうでしょうか。地球に降りないのであればエンドラ級を造る意味は無いでしょうし」
「ふむ、我が軍でもサダラーン級はコストがかかり過ぎて数が揃えられないと報告が上がってきている。それでより宇宙戦闘能力に特化したレウルーラ級の設計を進めてはいるが、こちらはまだ建造にかかれないでいる。どうもジオン系の技術者は量産向きの兵器を作るのが苦手なようではあるが……」

 キャスバルは考え込んでしまった。アヤウラの提案はネオジオンの戦力を確かに強化してくれるかもしれないが、ネオジオン内に蔓延る病的な反連邦主義者達がアナハイムの技術で作られた艦艇を使うだろうかという不安はある。
 そしてアヤウラが持ち込んだMSの開発プランはザク系の発展型とも言えるもので、アヤウラの命名でドーガと名づけられている。

「これはドーガと呼んでいる機体で、まだプランでしかありませんが、ネオジオンにとってどうしても必要となる機体だと思います」
「具体的に言ってくれないか?」
「ネオジオンには主戦機と呼べる汎用量産型がありません。ドライセンやザクVですら局地戦用機ですからな。我が軍はあれもこれも専用機をと歪な考えを推し進めた結果、どんな任務にもとりあえず投入できる真の意味での汎用機を開発できていないのです」
「それは分かるが、1年戦争の戦訓を考えれば専用化も仕方ないのではないか?」
「連邦もティターンズもエゥーゴも専用機を主力には置いていません。連邦は未だに主力をジムで通してますし、ティターンズはマラサイとバーザム、エゥーゴはネモとリックディアスです。局地戦にはこれ等のバリエーションで対応するというのが地球圏の常識となっているのです」

 これは極めて単純な理由がある。MSはとにかく高いのだ。そんな高いMSを複数機種同時に運用していたらコストがとんでもない事になってしまうし、整備なども煩雑になって非効率的過ぎる。それでどんな任務にも投入できる汎用主力機がどの勢力でも使われるようになったのだが、アクシズではどうも1年戦争でMAを投入した過去の戦訓から、局地専用機の方が強いと考えるようになってしまったらしい。
 この方向性の失敗がNT専用機の開発や局地専用機の開発を推し進め、気が付けばザクに代わる汎用機は存在しなくなっていたのだ。その性能を満たしていたシュツーカは冷遇されていて主力にはなれそうも無い。
 このような状況をアクシズの外から考えていたアヤウラは、独断専行と叩かれるのを承知でアナハイムに新型の開発を依頼していたのだ。ただこれ等のMSや艦艇はアナハイムの規格、つまり連邦規格で作られているのでネオジオンの生産ラインにはそのままのせられない。規格が違うというのは非常に重要な問題なのだ。

「あと、ネオジオンは正面装備に偏り過ぎています。現状では哨戒艇の数が不足し過ぎていて警戒ラインを維持しきれませんし、掃海艇の不足で機雷封鎖に対応できません。フリゲートも無いので輸送路の安全も確保できません」
「それは分かっているが、現状では対処の仕様が無い。無い物は無いのだからな」

 アヤウラの苦言にキャスバルは顔を顰めている。それらが不足している事は分かっているが、無い物は無いのだ。連邦は輸送路の確保に軽空母まで投入してくるほど補給線の維持に躍起になっているのだが、この護衛部隊はネオジオンから見れば涎が垂れるほどに羨ましい存在である。
 ただ、これだけの後方部隊を用意できるのは連邦だけだ。ティターンズでもこれだけの部隊をそろえることは出来ない。シーレーンが短いネオジオンはそれ程多数の艦艇が必要なわけではないが、やはり揃えるのは不可能だ。

 これ等の事を考えていけば連邦にネオジオンが喧嘩を売るのは自殺行為でしかない。ここまで来ると兵器の質とか兵員の質とか言うレベルの話ではなく、もう国家のレベルそのものの差というしかないのだ。アヤウラはだからこそネオジオンを破滅的な戦争から手を引きかせ、連邦と話し合うべきだと考えている。その裏にはあの水瀬秋子の脅威がある。リビックが動けない現状ではネオジオンを相手にするのは間違いなく秋子だ。
 ただ、秋子は話の分からない相手ではない。そういう意味ではありがたい相手でもある。幸いアヤウラは詩子という秋子と連絡を付けられるルートを確保しているので、秋子と直接話すことも不可能ではない。これはアヤウラの隠し持っているカードの1つである。






 連邦との和解を唱えるアヤウラであったが、世界はアヤウラの考えとは全く別の方向に走り出していた。ティターンズが対連邦の作戦においてネオジオンに協力を求めてきたのである。これに対してデラーズとキャスバルは珍しく意見を一致させて拒否の姿勢を見せようとしていたのだが、困った事にショウらの前線部隊指揮官達が賛成に回ってしまった。キャスバルやデラーズにしてみればティターンズと組むなど冗談ではないという事になるのだが、前線指揮官達にしてみれば最大の脅威を弱体化できるチャンスなので、これを逃す事は出来なかったのだ。
 前線部隊と後方の指導部の間で激しい意見の対立が起きたのだが、結局この戦いは前線部隊が押し切る形で終結する事になる。これは指導部が前線部隊の離反を恐れた為に譲歩したのだが、ネオジオンの内部の力関係の歪さが露骨に現れた決定といえただろう。
 キャスバル、デラーズ共に人望の厚い指導者なのだが、この2人でさえ完全に制御し切れていないのがネオジオンなのである。
 この決定に伴ってキャスバルはショウに艦隊を預けて前線に送り、アヤウラを月に送ってどうやってサイド5を押さえ込むかを話し合わせる事にした。とにかく戦うならネオジオンとエゥーゴがきちんと連携しないと瞬く間に消耗して殲滅されてしまいかねない。

 アヤウラが宇宙港で月行きのシャトルバスに乗り込もうとしたとき、彼を背後から呼び止める男がいた。

「お久しぶりですな。アヤウラ閣下」
「……高槻、か」

 アヤウラを呼び止めたのはシェイド開発部門の責任者である高槻だった。アヤウラはこの男が嫌いであったが、話を聞くために足を止めた。

「何の用だ。私はこれから月に行かなくてはならないのだぞ?」
「いえ、ちょっとお耳に入れておきたい事がありまして。ラスト・バタリオン。とりあえず1個中隊が実戦でテストされる事になりましたよ」

 その言葉にアヤウラの表情が動いた。

「ラスト・バタリオンだと。完成していたのか?」
「ええ、あなたが地球に行っていた間にも開発は継続されていましたので。このたびショウ・コバヤシ提督の艦隊に1個中隊9機が配属する事になりましたよ」
「ショウの艦隊にか。という事は、水瀬を引きつける作戦にシェイドを投入するという事か」
「まあそうなのでしょうな。私には作戦の事は分かりませんが」

 アヤウラの問いに高槻は嫌らしい笑いを浮かべながら答えている。その態度の裏には自分はシェイドの事しか分からないという考えが見え見えで、アヤウラは胸の内がどす黒いもので満たされるのを感じてしまっている。
 結局アヤウラは高槻に形ばかりの礼を言い残してシャトルへと移って行った。それを見送った高槻はシャトルが発進するのを見送りながら、小さな笑いをこぼし始めた。

「ふ、ふっふふふふ、アヤウラ閣下、貴方はシェイドの危険性を知りながら、どうしてそれを止められなかったのです。おかげで私はラスト・バタリオンを完成させてしまったではないですか」

 それは自嘲だった。自分が作り上げたものがどういう結果をもたらすのか、何を意味しているのかを知るが故の自嘲であった。

「もう止められない。ネオジオンはニュータイプ以上の危険物を手にしてしまった。これで世界は1年戦争を超える災厄に見舞われるのですよ。それを貴方は分かっていた筈なのに、どうして私を止めなかったのです、アヤウラ閣下?」

 そう呟いた後、今度こそ高槻は狂ったように笑い出してしまった。宇宙港でそんな狂ったような笑い声を上げられて周囲の人間は驚いたように高槻の方を見ているが、高槻は笑いを止める様子が無い。だが、彼は何を言っているのだろうか。シェイドとはいえ数の前には押し潰されるだけの存在でしかない事はファマス戦役で証明されている筈なのだが。
 





 だが、このネオジオンとエゥーゴの動きは即座に連邦にキャッチされてしまっている。連邦は月とサイド3を監視しているので、兵力の移動があれば直ぐに分かってしまうのだ。
 ネオジオン艦隊が動いたという知らせは直ぐにサイド5の秋子の元に送られ、これを受け取った秋子はネオジオンが動いたという知らせに少し驚いている。

「驚きましたね。まさか、ネオジオンに動くだけの余裕があるとは思いませんでした。てっきりサイド3の支配確立に躍起になっていると思っていたのですが」

 ただ、動いたと言っても戦艦1隻に巡洋艦が8隻だということなので、さして脅威でもない。これでは輸送船団の護衛部隊にさえ歯が立たないのは間違いないからだ。この程度の部隊を動かして何をするつもりなのかが分からない秋子は自分の執務室で考え込んんだ後、宙域図に目をやった。

「ネオジオンの勢力圏はせいぜい月とドリルのライン。ここら打って出てくるつもりでしょうか。でも、この程度の戦力ではコンペイトウの戦力を抜く事は出来ない。一体何をしに出てきたんでしょうね?」

 コンペイトウにはクライフの第2艦隊を主力とする艦隊が入っている。この戦力だけでネオジオンの全力を封じ込める事が出来るのだが、ネオジオンはこのクライフの部隊に一泡吹かせる妙案でも考え付いたのか、それとも自分達が知らない切り札でも持っているというのだろうか。

「……可能性があるとすればファマス戦役に出てきたあの緑色の大型MAを持ち出してくる事ですかね。ですが、1機や2機では滅多打ちにされて終わりですし、何を考えているのか」

 考えてみても今の時期にネオジオンが動く理由が分からない。流石の秋子もネオジオンがティターンズと組むなどという事態は完全に想像の埒外にあったのだ。両者の政治的理念は余りにも懸け離れていて、手を組もうとしても内部からの反発が強過ぎて上手くいかないのではないか、と考えていたからである。
 しかし、秋子はティターンズとネオジオンを連邦軍と同じようにしっかりとした指揮統制システムが確立された軍隊だと考えていた。これがそもそもの過ちで、両者とも連邦ほどにはしっかりとしていなかったのだ。特にネオジオンは各部隊が勝手に動く可能性が高く、指導部は前線部隊に暴走に常に警戒している有様なのである。
 少なくとも昔のジオン軍はここまで酷くは無かったのだが、この数年でジオンもすっかり変質してしまったらしい。

 しかし、とにかく敵が動いた以上はこちらも動かなくてはならない。秋子はオスマイヤーに出撃を命じ、オスマイヤーは訓練途中だった祐一たちを集めて自分の艦隊を率いて出撃する事となる。オスマイヤー艦隊は比較的錬度の高い部隊であるが、オスマイヤーとしてはもう少し訓練に時間が欲しかったというのが本音である。
 艦橋で宙域図を前に艦隊の展開を指示したオスマイヤーは名雪が手渡してくれたドリンクを口に含み、そして祐一に話しかけた。

「相沢、ネオジオンは何でこんな中途半端な数で出てきたんだろうな?」
「さあ、俺はキャスバル総帥じゃないですから」
「10隻にも満たない数で連邦の制宙圏下に進入、このまま単艦行動に入ってゲリラ戦をするつもりかな」
「それなら見つけるのは面倒ですけど、向こうがやれる事もたかが知れてますよ?」

 流石に1隻や2隻の船と艦載機ではやれる事など大したことではない。輸送船団は常に多数の護衛に守られているから安全だし、各地の基地にも守備隊は存在するのだ。そんな所にこの程度の戦力で挑んでも返り討ちにあうのが関の山だろう。

「そうなると防御力が低くてそれなりに重要なものを狙ってくる、か」
「そんな都合の良い物があるんですかね?」
「こっちには重要じゃなくても、向こうにとっては重要かもしれんぞ」

 オスマイヤーと祐一が悩んだ顔を突きあわせてウンウンと唸っていると、横から名雪が口を挟んできた。

「私、心当たりあるよ〜」
「何ぃ!?」
「何だ名雪、何か知ってるのか!?」
「知ってるんじゃないよ、予想だよ〜」

 まさか名雪に分かるとは思わなかった2人は色めきたったが、名雪はいつもののほほんとした態度で2人の勢いを受け流している。しかし、この2人は自分の方が名雪より頭が良いと思っているのだろうか。名雪は「香里には負けるよ〜」というレベルの頭脳の持ち主なのだが。

「う〜んとね、防御は無いけどとっても重要だって言うなら、警戒ライン上に設置されてる警戒衛星じゃないのかなあ?」
「警戒衛星を狙ってくるってのか?」
「うん。あれ壊されたらこっちも有人哨戒一本になっちゃうでしょ。警戒衛星は大した武装も持ってないから狙われたら終わりだし、無くなると私たちはとっても困る事になるよ」
「……なるほどな」

 警戒衛星が潰されれば警戒網に穴が開く事になる。そこから進入されたら目も当てられない事になってしまうのは想像に難くは無い。これが今のような緊急事態でなければ壊されても代わりの衛星を設置すれば済むのだが、今は衛星の生産が進んでいないので壊されたら替えが無いのだ。
 名雪に指摘されて改めて戦力の薄いエリアに設置されている警戒衛星の多さに目を向ける祐一とオスマイヤー。確かに名雪に指摘されて初めて気付いたのだが、この辺りの警戒網を突破されたらこちらはかなり困る事になるだろう。パブリク哨戒艇の数は決して十分とは言えないのだから。

「なるほど、な。警戒衛星を狙ってくるか」
「これを叩かれたら確かに困りますね。航路の安全確保にも支障が出ます」
「何より、この広い宇宙を人手だけで哨戒するのも無茶な話だからな。そいつを考えれば確かに衛星を狙われるのは不味い。奴らがこれを狙ってくる可能性は大きいわけか」

 名雪の見解になるほどと頷いたオスマイヤーではあったが、事態はそう単純ではなかった。警戒衛星は数えるのも嫌になるほど設置されており、それらの全てをカバーするのは難しい。この可能性に思い至ったまでは良かったのだが、それへの対処となるとオスマイヤーの手持ち戦力では余りにも不足し過ぎていた。

「こりゃ、サイド5に増援を仰がなくちゃいかんな。それと、コンペイトウにも出撃要請を出すか」

 だが、この予想は半分外れて、半分当たることとなる。オスマイヤーが言うとおり連邦の輸送船団には十分な護衛が付けられていたのだが、何とこの護衛部隊が立った4隻のネオジオン艦隊の襲撃を受けて大損害を出したという報せが届いたのだ。
 この報せを受けたオスマイヤーは直ぐに現場に急行して生存者の救助作業を行ったのだが、生存者の証言と現場に残されていた敵機の残骸から、祐一たちは輸送船団を襲った敵部隊の正体を察する事が出来てしまった。
 ラーカイラムに搬入されてきた敵MSの残骸。それは前に見たことのあるガザDやドライセンであったが、1機だけ信じ難いMSが含まれていたのである。それはかつてファマス戦役においてジャギュアー以上に恐れられたシェイド専用MSである。

「ヴァルキューレだと……」
「ゆ、祐一〜」

 残骸を目にした祐一が驚きの声を漏らし、名雪が不安そうに祐一の腕を掴んでいる。ヴァルキューレ。かつてファマス戦役でシェイドパイロットという強化兵によって運用された最強のMS。その性能は圧倒的で、1機でMS中隊を撃破してしまうことさえあったという化け物である。
 その性能は第1世代から第2世代へと移行する過渡期のMSの中にあって第2世代MSレベルの性能を達成していたというふざけた機体で、リックディアスやゼク・アイン以上の戦闘能力を持っていた。もっとも、ファマス戦役時代のジムUやジムカスタムでは確かに対処できない相手ではあったが、ジムVやゼク・アインが配備されている現在であれば苦戦する事はあっても勝てない相手ではない筈なのだが。ジムUでさえ当時よりは性能が強化されているのだから。
 機体を調査していた整備兵たちの傍にやってきた祐一は1人を捕まえて状況を問い質した。

「どうだ、何か分かったか?」
「あ、相沢少佐。まあ幾つかのことは分かりましたが」
「分かっている事だけで良い、教えてくれ」
「はあ……」

 整備兵はボールペンで頭を掻いた後、仕方なさそうに教えてくれた。
 このヴァルキューレは装甲材をガンダリウムγ系か、それの発展型に変えられていて、ムーバブルフレーム構造をしている。つまり外見はヴァルキューレだが、全く別の第2世代MSなのだという。
 武装は確認できる限りでビームライフルにビームグレイブ、頭部バルカンに両腕の速射砲、グレネードなども装備していたらしい。シールドは持っていたと思われるが確認されていない。
 ようするに基本装備はファマス戦役時代と余り変わっていないということだ。当時より強化されている可能性はあるが、その辺りは余り気にせずとも良さそうである。

「ふうん。しっかし、まさかヴァルキューレが出てくるとはなあ」
「まあ元々ジオンの技術なんだから、出てきても不思議じゃないんだけどね」

 艦橋に戻りながら祐一は困った顔で頭を掻き、名雪が心底迷惑そうな顔で答えている。ファマス戦役に参加したパイロットならみんな2人のような反応を見せるだろう。

「でも、これではっきりしたね。ネオジオンは勝算があって私達に手を出して来たんだよ」
「シェイドを揃えて投入してきた、か。確か一弥たちが量産試作型とか言う話だったから、量産型が出てきたって事かな」
「一弥くんやみさおちゃんみたいなのが沢山出てくるのかあ。ちょっとやだなあ」
「ちょっとかあ? 俺は絶対に嫌だぞ」

 シェイドが相手となると祐一でも苦しい。何しろ一弥やみさおレベルの力を持っているからだ。下手をすれば舞や茜、最悪シアン並みの強さを持っている可能性さえある。できれば相手をするのは遠慮したいのだ。

「秋子さんにサイレンの派遣を要請するか。流石に相手がシェイドとなるとあゆたちが必要だ」
「そうだね。あゆちゃん凄く強いし」
「たく、昔はあんなにヘッポコだったのになあ」

 まだ訓練をしていた頃を思い出し、祐一は苦笑いを浮かべていた。あの頃はまだ、あゆも凄く弱かったのだ。



後書き

ジム改 ようやく連邦を叩き潰す準備が整ってきたぞ。
栞   ラスト・バタリオンですか。前から名前だけは出てきてましたけどね。
ジム改 正式登場は今回が初めてだぞ。
栞   でも、シェイドの部隊ですか。相手をするのは久しぶりです。
ジム改 3年ぶりだからな。ヴァルキューレも新型だぞ。
栞   でも大丈夫です。もうヴァルキューレなんか怖くありません!
ジム改 何ゆえに?
栞   デンドロビウムを前に多少高性能だからどうだと言うのですか!?
ジム改 ……貴様、それは虐めだぞ。
栞   弱い者虐めをするのが戦争の基本ですから。
ジム改 そりゃそうだけどさ。
栞   ところで、みさおちゃんや一弥くんレベルで実際あゆさんに勝てるんですか?
ジム改 勝てるわけ無かろう。みさおや一弥なら祐一でも一対一で何とか勝てる。
栞   微妙な強さですね。
ジム改 それでは次回。ネオジオンとエゥーゴの動きに乗せられてしまった秋子は少しずつ兵力を動かしてしまう。陽動に引っ掛かったことでサイド5からの援軍が無くなったのを見たティターンズは遂にサイド1攻略を決意した。迫るティターンズの大艦隊を見てリビックは……、次回「宿将の決断」でお会いしましょう。