第48章 宿将の決断




 サイド5に拠点を置く緊急展開軍に対するネオジオン軍の嫌がらせとも取れる攻撃は、その規模においては大したものではなかったのだが、その質においては無視しえるものではなかった。彼らは3隻程度の小部隊に分かれて連邦の哨戒部隊や輸送船団などの比較的狙い易い部隊を襲撃しているのだが、数を見ればそんな狙い易い部隊にも蹴散らされかねないほどの寡兵に過ぎない。
 こんな部隊が何故秋子たちの脅威になっているかというと、彼らが数機のシェイドMS、ヴァルキューレの改良型を投入してきたからである。勿論ファマス戦役の頃とはこちら側のMSの性能が格段に向上しているのであの頃ほど一方的にやられている訳ではなく、数機を返り討ちにするという戦果も上げてはいたが、それでもやはり脅威である事には代わりは無く、襲われた部隊は例外なく大きな被害を受けていた。
 この襲撃部隊の1つを一度だけ捉えた祐一は敵に数倍する大軍を叩きつけて壊滅させ、捕虜から得た情報から敵の規模を把握することに成功した。また、この戦闘で祐一たちは3機のヴァルキューレと交戦しており、祐一はこれを1対1で撃破するという戦果を上げているのだが、この時の戦闘から感じた敵の強さに祐一は疑問を抱いていた。シェイドの強さは祐一もよく知っているのだが、今回戦ったシェイドはファマス戦役で祐一が戦った相手たち、みさきや茜、トルクは兎も角として、葉子や一弥、みさお、晴香よりも弱く感じたのだ。機体性能の差も当時より縮まっているのは確実だが、それだけではない。

 これは同じくシェイドを相手にしていた名雪も同じ感想を抱いたようで、オスマイヤーに同じ報告をしていた。ただその実力は最後の1機は通常部隊のパイロット達が相手取った為、8機が撃破されて6人のパイロットが戦死するという被害を出している。1機を相手に祐一は1個中隊12機をぶつけて対処したのだが、結局壊滅状態にさせられた事になる。

「12機出して9機か。幾ら訓練不足とはいえ、ちょっと弱すぎないか?」
「相手が相手だもの、しょうがないとは思うよ。不満があるなら最初から直属部隊を連れてくればよかったんだよ」
「まさか、シェイドが出てくるなんて思わなかったからな」

 名雪に窘められた祐一は拗ねたような態度を見せたが、名雪はそれには取り合わず、捕虜から聞きだした情報を纏めたレポートと、それを元に割り出した敵戦力の予想を提示した。

「敵の指揮官はショウ・コバヤシ准将。ファマス戦役で活躍したあのアリシューザ隊の指揮官だった人だよ。みさきさんや斉藤さんと一緒に私達と戦ってた人」
「そうか、あのアリシューザ隊、ね」

 ファマスの主力となった3つの艦隊があった。数あるファマスの部隊の中でも最強と言われ、連邦軍に最大の被害をもたらした斉藤率いるリシュリュー隊。優秀なパイロットを多数抱え、連邦軍の予想外の動きをする事で秋子やリビックを散々に梃子摺らせてきたみさきのエターナル隊。そしてファマス最高の攻撃力と突破力を併せ持ち、常に激戦の渦中にあって連邦艦隊を突き崩してきたショウのアリシューザ隊。
 このアリシューザ隊の指揮官が出てきたという事は、祐一たちにとって決して無視できない意味を持つ。その実力は過去の戦績が証明していると言う事が出来るので、こちらが数で勝っていると言っても油断のできる相手ではない。

「アリシューザ隊、か。また面倒な」
「どうするの、祐一?」
「それを考えるのはオスマイヤー提督の仕事なんだけどな。まあ、やれる事はもうやってあるよ」
「何を?」
「サイレンを含む部隊を呼んだ。とりあえずあゆと中崎、みさおが来る。残ってるシェイドが4人なら、俺と名雪にサイレン3人がいれば十分に対応できるだろ。後、俺の部下も1個中隊送られてくる」
「でも、サイレンが居ても相手を見つけられないと意味が無いよ。この間はたまたま捕まえられただけだし」

 流石に少数でゲリラ戦をやられると宇宙で補足するのは困難を極める。それはファマス戦役で祐一たちが斉藤やみさき、ショウに散々やられて振り回されてきた過去からも証明されている。これを見つけるには多数の哨戒部隊を出して数で探し出すしかないのだが、そんな事をすれば哨戒部隊は良いカモにされてしまう。かといって全ての哨戒部隊にシェイドに対抗できるだけのパイロットを配置できる訳ではない。
 その事はどうするのかと聞くと、祐一はお手上げとでも言うのか、両手を大きく上に上げてしまった。

「その辺はパス。俺の頭じゃそこまで名案が浮かばん」
「……はあ、やっぱり祐一だよ」
「名、名雪さん。それはちょっと酷くないでしょうか?」

 横を向いて情け無さそうに言う名雪に、祐一は本当に情けない声を出してしまっていた。こんなだから周囲から将来は間違いなくカカア天下だと言われてしまうのである。もっとも、秋子の部下に女性をリードできそうな甲斐性のある奴は片手で数えられるくらいしか居ないのであるが。






 祐一の要請を受けた秋子は仕方なくサイレン3人にクリスタル・スノーを付けた部隊を送り出そうとしたのだが、それはコンペイトウから送られてきた知らせによって中断を余儀なくされてしまった。

「ネオジオンの部隊が更に複数こちら側にやってきている?」

 ジンナが持って来たコンペイトウからの緊急伝を聞いた秋子は聞き返してしまった。先の部隊でさえ意外だったと言うのに、さらに部隊を出す余裕がネオジオンにあったとは。

「ネオジオンは、私が考えていた以上の兵力を持っている、という事でしょうか?」
「そうかもしれませんが、それならジオン共和国との戦いでもっと多くの艦を出していたでしょう。連中は相当無理をしているのではないでしょうか?」
「こういう形で無理をして、彼らに何の得があると?」
「さあ、そこまでは」

 予想で言っているだけなのでジンナも突っ込まれた質問をされると困ってしまうのだが、何となく無茶をしている気がするのだ。まあ自分達が苦しい時にわざわざ出てきた連中に対する苛立ちも混じっていたかもしれないのだが。
 ジンナの予想を聞かされた秋子は少し憂鬱そうに前髪を右手でかきあげた後、少し恨みがましい目をジンナへ向けた。

「しかし、何でこんな忙しい時に彼らは動くんでしょうかね。少しはこっちの迷惑も考えて欲しいものです」
「いや、それはちょっと理不尽なのでは?」
「分かってますよそんな事、言ってみただけです」

 こういう時期だからこそ動いたのだ、というのが正しいのだろうが、秋子にしてみれば忌々しいだけである。
 ただ、例えネオジオンが総力を挙げて動いたとしても秋子はこれを殲滅する事が出来る。確かに面倒ではあるし、時間も掛かるだろうが負ける可能性はゼロなのだ。何しろ秋子の手持ち戦力はネオジオンの総力のざっと3倍にもなるのだから。時間を置けば修理中や整備中の艦艇もドックから出てくるし、新造艦艇も揃ってくるので時間を置けば更にこちらが有利になるのだ。
 これが連邦とネオジオンの格の差だ。ネオジオンがどれほど力を振り絞って軍拡をしようと、基礎的な国力の差がありすぎるので対等となる事は不可能だと断言できてしまう。
 だからこそネオジオンは奇策に頼るしかないのだが、今回もそういった策があるのだろうか。

「ジンナさん、それ以外に動きはありませんか?」
「それ以外ですか。エゥーゴにも動きが見られるようですが、これはコンペイトウに任せておけば大丈夫でしょう。問題なのはティターンズですが」
「ティターンズにも動きが?」
「かなりの数の哨戒部隊や情報収集艦を出してこちらの動きを探っているようです。他にも輸送路に対する攻撃が強化されたようで、敵部隊と護衛部隊との交戦回数が急激に増えています」
「……騒がしい、事ですね」
「はい。相沢の要請に応えて部隊を送るのは構いませんが、ネオジオンの動きを押さえるだけでも相沢の言って寄越した戦力では間に合いますまい」
「そうですね。こうなると、それなりの部隊を出す必要があります」

 仕方なさそうに溜息を漏らし、秋子はジンナに打撃部隊を編成して送り出すように指示を出した。打撃部隊となると戦艦や空母も伴う編成となるので流石にジンナも戸惑っていたが、秋子としてはシェイドが出てきたということにかなりの脅威を感じており、戦力を出し惜しみするつもりは無かった。ただ、練成中の部隊を出すのは避けたかったので、サイド5に残っていた古参部隊を使う事になってしまったが。教官役である天野大隊やサイレンなどの主力は動かしていない。これ等はシェイドを相手にしても負けない戦力ではあるが、それだけに軽々しくは動かせない。何しろ消耗したら補充できない、最強の切り札なのだ。
 だが、秋子が主力を動かさなかったことに付いてはティターンズの動きが気になっていたせいもある。先の月攻略作戦においてエゥーゴとティターンズの共同戦線を張っていたことが明らかとなっていたので、秋子は今回のネオジオンとエゥーゴの動きがティターンズの動きを助ける為の助攻ではないのかと疑っていたのである。あの時、秋子は敵の罠にかかってエインウォース准将を含む多くの将兵を無為に失っており、これ等の敵勢力が共同して連邦に当たる可能性を常に考慮するようになっていた。

「流石に、裏切りで負けるのは1度で十分です。2度は多すぎます」

 あの敗北は秋子に更なる慎重さを身に付けさせていた。勝利は人を奢らせるが、敗北は人を成長させる事があると言われているが、秋子はまさにそれであった。どんな状況でも勝率は100%にはならないと知っている秋子ではあるが、この敗北は秋子に苦い経験として生かされたのである。それは、ティターンズにとって秋子がさらに厄介な相手となった事を意味していた。




 この空母まで出す出撃にサイド5では何が起きたのかと騒ぎになっていた。ネオジオンとの戦闘で秋子率いる艦隊が出撃して以来、空母は護衛の軽空母を除いて出撃した事は無かったからだ。
 この事態に驚いた栞が何事が起きたのかと北川に聞きに行き、北川はなんとも忌々しそうな顔で栞に教えてくれた。

「どうも、シェイドがまた出てきたらしい。相沢が応援を要請してきた」
「シェ、シェイドですか!?」
「ああ。でもまあ、ファマス戦役の頃よりも弱いらしいけどな。相沢でも何とか勝てたらしい」
「そうですか。でも、何とかってことは、祐一さん並の強さって事ですよね」
「そうなるな。聞いた話じゃ一弥たちの後には量産型が控えていたって話だから、今度出てきたのが本当のシェイドなのかもな」
「祐一さん並のパイロットを量産ですか。正直、冗談じゃないんですけど」

 栞が不満そうに頬をパンパンに張らせている。それを見た北川は微笑を浮かべて頭をポンポンと叩いた後、少し表情を改めて声を潜めた。

「まあ、そっちは相沢に任せよう。こっちは何でかしらんが準待機命令が出てる」
「どういう事です。私たちも出撃するんですか?」
「さあな。ただ、秋子さんは出撃させるつもりで準備をさせてるみたいだ。相沢に出した援軍よりも大規模な編成を取るつもりみたいだな」

 北川も把握していなかったのだが、この時秋子は何時ものタナトスを旗艦として準備し、戦艦8隻、巡洋戦艦6隻、空母5隻、巡洋艦52隻、駆逐艦60隻、支援艦艇64隻という正規艦隊2個分の戦力が出撃の用意を整えていた。これはサイド5の守備を一時的に弱体化させてしまうほどの動員兵力であり、秋子にしては珍しい動きを見せていた。
 この部隊にはしおりん軽騎隊全機が揃っており、まるでネオジオンを一気に殲滅する気にでもなったのかと疑いたくなるような大軍である。
 これとは別にダニガン率いるジオン共和国艦隊22隻も動員される事になっていた。この命令を秋子から受け取ったダニガンは暫し沈黙した後、感情を感じさせぬ声で問い掛けている。

「これは、我々に先鋒を勤めろ、という意味にとって宜しいのでしょうか?」
「そうです」
「つまり、我々に死ねと仰るので?」
「そうは言いませんが、私が貴方たちを信用していると思いますか?」

 秋子の問い掛けに、ダニガンは首を横に振った。

「思いませんな。水瀬提督のジオン嫌いは有名ですから。それに、私の戦績を思えば銃殺されていてもおかしくは無い」
「自覚されているのは大変結構です。私は貴方がコロニー落しを指揮していた事を忘れてはいませんから」
「あれは、戦争でした」
「それは分かっています。だから貴方はこうして生きているのですから。もし当時の罪を今裁いて良いのでしたら、貴方はここから銃殺場に直行していただきます」

 ダニガンの反論に秋子はニッコリと微笑みながら恐ろしい事を言ってくれた。それを聞いたダニガンは背筋に冷たい汗を流しつつ、秋子の信用して欲しかったらそれを証明して見せろ、という命令をを受けたのだった。
 ただ秋子はジオン共和国軍を嫌ってはいたものの、自殺してこいなどと言うようなことはしなかった。秋子は旧式化が著しかったジオン共和国軍の装備の更新を行わせており、彼らの装備しているMSはザクやリックドムからジムUやジムV、ジム・FBに更新され、これ等を運用出来る様に艦艇は簡単な改装まで受けていた。この改装で防御スクリーン発生装置も連邦の物に更新されており、性能が大きく向上していた。
 この復讐者になれない辺りが秋子の甘さというか、人の良さであるだろう。マイベックに言わせれば甘すぎるとなるのだろうが、秋子にそんな事を言えるのはマイベック以外ではシアンくらいなのだが。






 ネオジオンの出撃に遅れてエゥーゴもアーガマ隊とラーディッシュ隊を月の周回軌道上に浮かぶ環月方面司令部から送り出している。両部隊には最精鋭の部隊が乗せられており、連邦軍との激突を意識しているのが分かる。
 アーガマ隊にはカミーユとライデン、アムロが、ラーディッシュにはトルクと舞が乗っている。
 この出撃に際してはブライトとヘンケンは上司であるブレックスにかなり噛み付いていた。まだ戦力の再建途上であるという現実もさることながら、ティターンズの作戦を支援する為に連邦軍に対して陽動攻撃をかけるという内容が気に食わなかったのだ。

「どういうことです。またティターンズと組むと!?」
「うむ。ウォンさんが動いたようだな。リビック提督を倒せるチャンスだと」
「それでは、前線で戦う我々は何なのですか!? 先の連邦との戦いで将兵は裏切られたと考えているのですよ!」

 ブライトは机を叩いてブレックスに抗議していた。これでは自分達は単なる道化ではないか。エゥーゴは何時からティターンズの使いっ走りになったのだ。エゥーゴの理念から言うならば、むしろ連邦と共同でティターンズの打倒を目指すべきだろうに。
 エゥーゴの創始者であるブレックスがそれを知らないわけは無く、彼もまた苦労しているのだろうが、前線で体を張っているブライトにしてみればたまったものではない。

「分かってはいるのだが、メラニー会長の意向もあるのだよ。スポンサーを完全に無視することは出来ないのだ。我々は連邦軍ではないのだからね」
「ですが、それでは将兵の士気はどうします?」
「それは君達に何とかして欲しい。私に出来る事はアナハイムと交渉を続ける事だけなのだ。ただ、メラニー会長もティターンズと手を組む事に関しては快くは思っていないようではある」
「……何時までも続きはしないと?」
「今回で最後かもしれん。リビック提督を倒せたなら、次は我々とティターンズの対決だろうからな。仮にティターンズが敗れたならばそれはそれで構わない」

 どう転んでもこちらが損をするわけではないというブレックスの言葉に、ブライトは渋々矛を収めた。そういわれては反論の余地が無いからではあるが、ブライトにしてみればこんな作戦は心情的に嫌であった。

「将兵を1人でも多く連れ帰って欲しい。我々には余裕は無いのだからな」
「分かっていますよ。それで、持っていける戦力は?」
「アーガマ隊とラーディッシュ隊だ。Zを失っているカミーユには新たに製作したZ4号機を支給する」
「主力は、ネモとリックディアスですか?」
「まあな。残念ながらネロはまだ正式量産に入っていない。流石にリックディアス以上の高コスト機ではな。だがまあ、とりあえず先行生産型4機を回せることにはなってる。壊さないでくれよ」
「ZZや百式は回せないのですか? 特に量産型百式改はかなり強力です」

 ZZは試作機がグラナダで破壊された為に開発が遅れに遅れていて、未だに試作2号機さえ組みあがっていない。その為に他のMSの生産を急いでいるのだが、エゥーゴの開発しているMSはどれもこれも高価なので数を揃えるのが大変なのが悩みの種だ。連邦製が性能を一歩抑えて量産性と実用性を高めているのとは対照的だが、エゥーゴは少数で多数を相手にしなくてはいけないのでどうしても性能優先になってしまうのだ。だから稼働率も高いとは言えない。
 ブライトの求めに対してブレックスは首を横に振った。

「無理だ。今はネモとリックディアスの生産で何処のラインも手一杯なのだよ。それに、百式は与えても使えるパイロットが少なすぎる」
「……ですが、川澄やトルビアックならば問題は無い筈です」
「確かにあの2人ならば問題は無いだろうが、あの2人には既にZUが渡してある」
「あの2人は接近戦を得意としています。そんな2人にZUですか!?」
「大佐、無い袖は触れんのだよ」

 随分と情けない事を言うブレックスに、ブライトは次を言う気力さえ奪われてしまった。確かにエゥーゴには全てが足りない。だが、それを何とかするのがブレックスの仕事ではないのか。

 しかし、結局ブレックスに要求を通す事は叶わず、ブライトは失意のままに環月方面司令部に戻ってくることとなった。そこで待っていたヘンケンや舞、トルクにアムロ、カミーユ、ライデンといった主要スタッフが待っていた。

「ブライト大佐、上はなんと?」
「何も無かったさ。命令に変更は無しだ」

 吐き捨てるようなブライトの答えに、ヘンケンはやれやれと肩を竦め、ライデンとトルクが疲れた顔で肩を落とし、舞が無表情なままにブライトを睨み付けている。彼らは彼らなりに納得は出来ていないだろうが、やはりこうなったかという諦め交じりの予想はあったのだろう。
 ただ、この答えに納得できない者は居た。

「それじゃあ、僕たちはティターンズの為に動くんですか!?」
「そうなるな」
「ふざけてますよ。僕たちは、エゥーゴなんですよ!」
「分かっているよ。私だけでなく、ブレックス准将だってな!」

 カミーユの非難にブライトは苛立ちを持って答えた。自分が散々ブレックスにぶつけた言葉を、今度は自分がカミーユからぶつけられているのだから当然かもしれないが。
 
「それで、僕たちに連邦と戦えと?」
「そうさ。勿論私だって嫌だ。だが、今は戦うしかない」
「でも、水瀬提督は僕たちの敵なんですか!?」

 カミーユの言葉に、ブライトは口を噤んでしまった。秋子はスペースノイドの敵ではない。それは間違いないので、カミーユの言葉を否定できないのだ。
 だが、ブライトに代わって舞がカミーユの問いに答えてくれた。

「秋子さんは私たちの敵じゃない。ううん、多分、悪い事をしてるのは私たち」
「川澄大尉!?」
「私はエゥーゴに来る時、絶対に秋子さんは私たちに手を貸してくれないと思ってた。秋子さんは、連邦に歯向かう者を許さないから」
「何故です?」
「秋子さんは連邦と、そこに生きてる人を守る人だから。それがあの人の戦う理由だから」
「……それは、僕たちと同じじゃないんですか? なのにどうして!?」

 秋子がそういう人間なら、ますますエゥーゴと対立する理由が分からない。同じ目標を持ち、同じものを見ているのに何故敵対しなくてはならないのか。

「どうして。それはカミーユ、秋子さんに会ってみないと分からないと思う。あの人や、私の大切な人たちに会ってみれば、多分理解出来ると思う」

 舞の答えは謎賭けのようなものであったが、それはカノン隊を知る者にならば理解できる言葉であった。あの隊の不思議な空気はそこに居た者でなければ理解できないだろう。ライデンが首を捻る中でアムロとトルクが苦笑いを浮かべた顔を見合わせ、舞の言葉に頷いていた。

「そうだな。確かにあそこの不思議な空気は、あそこに居ないと分からないよな」
「秋子さんも直接会って話さないと分からないからなあ。何せ、初対面で部下に秋子さんと呼んでください、なんて言うような人だし」
「ああ、あれは驚いたよ。クリスもバーニィも目を丸くしてた」

 そんな人だからあんな変人集団を纏めていられたのだという事は分かるが、だからこそ秋子を理解するのは難しい。一度も面識の無いカミーユでは無理な話だろう。
 この人を煙に巻くような、だが彼らと関わった者には理解できるらしい話の内容にカミーユは訳が分からないという顔をしていた。彼がカノンの風を感じるのは、まだずっと先のことであった。




 ネオジオンとエゥーゴが動き、これに対応するようにサイド5とコンペイトウから艦隊が出撃したという報せを受けたジャミトフは遂にバスクに出撃を命じた。命令を受けたバスクはルナツーに駐留していた戦力の大半に出撃を命じ、負けた後のことを考えていない全力出撃を行う事にした。

「いいか、我々の戦いはここが正念場だ。この戦いで敗北すればティターンズに明日は無いと思え!」

 この命令はティターンズの現状をはっきりと物語っていた。連邦はこの戦いでリビックを失ってもまだ秋子が居るが、ティターンズはこの戦いで敗れれば次は無いのだ。そしてもしティターンズが敗れれば自分達は反逆者としてファマスの加わった者たちと同様に収容所に送られ、復帰後も閑職をたらい回される事になるだろう。
 ティターンズの将兵にはもはや後が無いのだ。ここで勝たなくては自分達に未来は無い。それが分かるだけに、彼らの士気は否応無く高かった。

 しかし、このティターンズの出撃は実はリビックにとって最悪の動きであった。サイド1にはまだ大勢の市民が残っており、これを守って戦うとなるとサイド1から出撃しなくてはならない。
 リビックとしてはサイド1市民を巻き添えにするつもりは無かった。そしてリビックにはサイド1市民の残りを一度に脱出させるための手段もある。ただし、それを選択すればリビックは敗北を覚悟しなくてはならない。
 リビックからこの作戦を打ち明けられたクルムキンは驚いたが、リビックは考えを変える気は無かった。

「参謀長、市民を巻き込むわけにはいくまい。ルウムの悲劇を繰り返すつもりかな?」
「ですが、第3、第4艦隊を市民の輸送に回すとなれば、戦力的にこちらが著しく不利となります」
「しかも、儂らはその乏しい戦力で船団が追撃されないようティターンズをサイド1で食い止めなくてはいかん。どうじゃ、嬉しくて思わず銃を乱射したくなるじゃろう?」
「バーミンガムの主砲で全力射撃をしたい気分ですよ。さぞかしスッキリするでしょう」

 呆れた顔でクルムキンは答えた。市民を巻き添えに出来ないというリビックの考えは理解できるが、それならば全力をもってサイド1からうって出れば良いではないか。その事を問うと、リビックは困った顔になった。

「残念じゃが、これだけの部隊がうって出るには弾も推進剤も足りんよ。交戦しても長くは持たんじゃろう。それを見抜かれなければ何とかなるやもしれんが、バスクは実戦部隊の指揮官としてはそれなりに有能な男じゃ」
「それに、エイノー提督もいらっしゃいますな」
「そういう事じゃ。奴らの相手は儂がする。船団はエニーに任せよう」
「後は、水瀬提督頼みですか」
「水瀬が間に合えば良いのじゃがのう」

 諦め顔で呟くクルムキンにリビックは豪快に笑い声を上げてしまっていた。この時点でリビックの出したサイド1市民の避難は決定され、あるだけの船舶と第3、第4艦隊の戦闘艦艇にまで市民が詰め込まれる事となった。どんな事をしてでも全員を乗船させよという命令が走り抜け、市民は貴重品と僅かな私物だけを手に船にすし詰めにされる事となる。
 こんな状態の艦隊が敵艦隊に掴まれば抵抗も出来ずに全滅させられてしまう。それを防ぐには誰かがここに残って敵を食い止めなくてはならない。その役をリビックがやるという。この話が伝えられた時、第3艦隊の将兵はエニーも含めて猛反対しだした。残るなら自分達が残ると言い出したのだ。リビックが死ねば連邦軍は大きな柱を失うと。
 だが、これ等の意見をリビックは、簡潔な問い掛けをする事で封じ込めてしまった。

「そうか、この寡兵でエニーは儂より上手くやれるのじゃな?」

 その問い掛けに、エニーは反論の言葉を出せなかった。リビックが自他共に認める連邦宇宙軍最高の用兵家であるのは疑いないことで、エニーが自分以上なのかと問われたら違うと答えるしかないのだ。
 反論の出来ないエニーに対して、リビックは初めて表情を緩めて見せた。

「若い者が年寄りより先に死ぬのは間違いじゃよ。お前さんは生きて水瀬に合流せい」
「ですが閣下」
「何、心配は無用じゃ。儂もそう簡単にバスク風情に負けてやるつもりは無いでな。散々な目にあわせてやるわい」
「ですが、それなら私も残ったほうが。私でもバスクに負けたりはしません!」
「それでは、誰が民間人を守るのじゃ。彼らを丸裸で送り出すつもりかの?」
「それは……」

 その悪戯子のような笑いに、エニーはとうとう反対するのを諦めた。もとより一度言い出したら聞くような上官ではない。

「ずるいと思いますよ、提督」
「ふむ、そうかの?」
「ええ、ずるいです」

 微笑を浮かべてエニーはリビックに敬礼をし、その場を後にした。こうなった以上、少しでも早くサイド1を後にしなくてはいけないのだ。こうしてリビックはサイド1の戦力の大半をサイド5へ送ることとし、自分は僅か2個艦隊でティターンズを迎え撃つ事となった。ただ、2個艦隊を運用するだけならば十分なだけの物資がサイド1には備蓄されていたので、この手勢を使うだけならリビックは後先考えずに戦う事は出来る。補給切れの心配をしながら多数で戦うより、補給を気にせずに戦える戦力で当たる事をリビックは選んだとも言えた。

 宇宙世紀0086年7月8日、これまで恐ろしくて手が出せなかったリビックの主力艦隊に遂にティターンズが挑戦をする。そこでティターンズは、その結成以来最大の戦いを経験することとなる。



後書き

ジム改 とうとうリビックとティターンズの激突です。
栞   なんですか、弾が無いから戦力の半分を逃がしたってのは!?
ジム改 弾と推進剤の無い兵器など屑鉄と一緒だぞ?
栞   数の無い連邦はただの雑魚でしょうが!
ジム改 失敬な。連邦軍だってそんなに弱くないぞ。
栞   説得力がありません。ジムでどうしろって言うんですか!
ジム改 では、何を装備しろと?
栞   ゼク・アインの大量生産とか?
ジム改 フォスターUのラインが壊されただろうが。
栞   じゃあジェガンを。
ジム改 そりゃアナハイム製だろ。
栞   じゃあGレイヤーの大量生産を。
ジム改 出来るかぁ!
栞   どうせ趣味丸出しなんだから良いじゃないですか。
ジム改 戦車だけで突っ込んだら歩兵にボコボコにされた第4次中東戦争のイスラエルの再現になるぞ。
栞   え、そんな事あったんですか?
ジム改 あったんだよ。だから戦力バランスを考えないといかんのだ。
栞   偏った戦力じゃ駄目ですか。
ジム改 戦艦や空母だけで海戦は出来ないし、戦車だけで地上戦は出来ないの。
栞   でも、駆逐艦だけや歩兵だけなら出来るんですよね?
ジム改 それでも限界はあるけどね。駆逐艦も機雷には無力だし、歩兵は弱いし。
栞   となると、やっぱり頼れるのは核ですか。
ジム改 …………。
栞   どうしました?
ジム改 いや、核なんだけどな。あれってビーム兵器より強いのかな?
栞   そりゃ強いでしょう。
ジム改 でもなあ、宇宙じゃ使っても精々数百メートルが吹っ飛ぶだけだぞ。
栞   それだけあれば十分凄くないですか?
ジム改 宇宙艦艇は少なくとも数十キロ間隔で布陣するのだが、それでもか?
栞   ……あれ?
ジム改 当たっても1隻しか沈まないんなら、ビーム兵器でも一緒だと思うのだが。
栞   …………。
ジム改 では次回、リビックとバスクの対決が遂に始まる。大軍で迫るバスクであったが、リビックはそう簡単な相手では無かった。そして、ティターンズの動きを警戒していた秋子はティターンズの予想を上回る迅速さでフォスターUを出撃してくる事に。次回、「ザーン会戦」でお会いしましょう。