第49章  ザーン会戦




 7月8日、午前5時38分、公式記録ではこの時間にザーン会戦の最初の砲火が交されたと記されている。それはリビック率いる第1艦隊と、バスク率いるティターンズ前衛艦隊の最初の激突でもあった。サイド1から前進してきた第1艦隊はサイド1の領空ギリギリのところで敵と接触したのだ。

「ティターンズ艦隊、接近!」
「射程内に入り次第砲撃開始。以後は予定通りの行動に移れ」

 バーミンガムの艦橋でオペレーターに指示を出したリビックは、長官席に座りながら腹の前で両手を組み合わせた。

「さて、上手く乗ってくるかな?」
「バスクは血の気の多い男です。こちらが挑発してやれば、直ぐに乗ってくるでしょう」
「じゃが、すぐ後方にはジャミトフの本隊がおる。奴が後退させるかもしれんぞ?」
「その時はその時です。今は所定の作戦で」

 参謀長のクルムキンと会話を交しつつリビックはじっと戦術コンピューターの画像を見ていた。そこには数でこちらの3倍近いティターンズ艦隊がこちらを包囲しようと両翼を広げている様が映し出されている。
 だが、その伸ばされた両翼が突然動きを止めた。

「ティターンズの両翼は機雷原に突入したようです。動きが止まりました!」
「そうか、とりあえずここまでは予定通りじゃな」

 オペレーターの興奮した声に頷き、リビックは全艦に後退する様に命令した。左右が機雷で塞がれている以上、バスクは正面からこちらを追撃してくる筈だ。
 そしてリビックの想定どおりバスクはリビックを追って正面からサイド1に突入してきた。リビックの後退路を辿れば機雷は無いのだから当然の行動だろう。
 もっとも、機雷で敵の動きが鈍ったからといって、それが何時までも続くわけではない。機雷原など大きく迂回すればそれだけで回避できるものであるし、掃宙艇で排除する事も出来るのだ。稼げた時間はそれ程長いものではないだろう。
 サイド1へと下がっていくリビックを追う形でバスクは自分の艦隊を前進させた。一部を左右に分けているとはいえ、まだ彼が率いているのは1個艦隊強の戦力なので数だけならばリビックよりも多い。

「このまま正面から数で押し切る。駆逐艦は敵艦隊へ突撃せよ!」
「しかし中将、それではサイド1に入ってしまいます。危険が大きくはありますまいか?」
「多少のリスクは覚悟の上だ!」

 参謀が危惧するほどにはバスクは油断も慢心もしていなかった。リビック長官を相手にして油断できるような者など、連邦軍には1人としていないだろう。かくいうバスクも胃をキリキリと締め上げるようなプレッシャーにとにかく耐えているのである。
 そしてティターンズの先鋒隊24隻がMSの護衛を受けつつサイド1に侵入しようとした時、連邦軍は動いてきた。コロニーの陰に隠れていたセプテネス級駆逐艦が次々に飛び出してきてティターンズ艦艇にレーザーとミサイルを浴びせてきたのである。
 これに対して奇襲を警戒していたティターンズ艦隊も即座に反応し、砲を旋回させて近付いてくる駆逐艦を撃ちまくった。護衛に付いていたマラサイとバーザムが迎撃に向い、駆逐艦から発進したジムUやジムVと交戦している。
 最初の突撃を受けたティターンズ艦隊は連邦の駆逐艦3隻を仕留める代わりに1隻のサラミスを失い、何隻かが被弾するという被害を出した。MS部隊はまだ交戦している。ティターンズ艦はそのまま勢いを殺さずに逃げていく駆逐艦に照準を合わせようとしたが、見張りの絶叫がそれを止めさせた。

「敵駆逐艦第2波、突入してきます。仰角60度、2時の方向!」
「主砲、そいつを狙え!」

 逃げていく駆逐艦に向けられていた砲が慌てて新たな敵へと向けられる。そしてまた先の戦いと同じ事が繰り返されていく。いや、戦闘が繰り返されるたびにティターンズの反撃力は削がれていくので、損害比率は直ぐに逆転してしまっていた。ティターンズの先鋒部隊はこの駆逐艦部隊の執拗な突撃を受け続け、その戦力を瞬く間に磨り減らされてしまった。
 自分が突入させた先鋒隊がまるでシャチに襲われたクジラの如くボロボロにされてしまうのを見たバスクは絶句してしまっていた。強力なMSが出てきたわけではない。ファマス戦役時代に造られた急造駆逐艦の部隊に精鋭と見込んで送り出した先鋒部隊が叩きのめされてしまったのだ。それもこんな短時間で。

「駆逐艦の間合、とでも言うのか!?」
「中将、艦隊を前に出しましょう。このままでは先鋒隊が全滅します!」

 参謀が焦った声で部隊を前に出すよう進言してくる。バスクもそれを受け入れ、乗艦のドゴス・ギア級戦艦イスパニアを中心とする70隻の艦隊を前進させた。空母こそ含んでは居なかったが、搭載量が多いドゴス・ギア級1隻にアレキサンドリア級4隻を含む強力な艦隊である。
 突入しようとする艦隊からマラサイやバーザム、ハイザックが次々に出撃していく。それに混じって少数ではあるがガブスレイやハンムラビ、メッサーラといった強力な可変MSやMA、ガンダムmk−Vの量産型とされるグーファーなどが出撃してきた。

「敵は奇襲を繰り返す事で数の不利を補うつもりだ。MS隊は広く展開し、敵の突入を防げ!」

 バスクの指示を受けてMS隊が散開していく。これで駆逐艦部隊の奇襲は防げると考えたが、リビックの手は既に次の段階に入っていた。
 それは隣のコロニーからいきなり襲い掛かってきた。戦艦の主砲並の威力を持つビームがコロニーの外壁から放たれ、サラミスを直撃して中破させてしまったのだ。何事かとハイザック3機がそちらに向うと、そこにはコロニーからエネルギーを取ってメガバズーカランチャーを使っているジムVがいた。

「メガバズーカランチャーだと!?」
「コロニーからエネルギー供給を受けて、連続発射してきています。艦隊のみならず、MS部隊にもかなりの被害が出ています」
「潰せそうなのか?」
「どれほどランチャーを用意していたのかが問題ですが、バズーカランチャー自体は乱戦になれば使えなくなる兵器ですから、直ぐに片付くかと」
「リビック長官の第1艦隊は正面に居るが、残る第5艦隊は見つかったか?」
「それが未だに。左右に回した部隊が機雷原を迂回していますが、こちらからも敵発見の知らせは来ておりません」

 バスクはまだ60隻の第1艦隊しか見ていない。しかし、脱出した部隊から逆算すればここにはまだデスタン少将率いる第5艦隊が残っている筈なのである。だがそれは、まるで魔法でも使ったかのように何処にも居ない。一体何処に隠したというのだろうか。

「……暗礁も無い場所で艦隊を隠せる場所、か」

 じっと考えていたバスクの視界に、ゆっくりと回転を続けるコロニーの姿が入ってきた。今もその周辺でMS同士の戦闘が行われているようで、時折光が見える。だが、それをじっと見ていたバスクの脳裏に、いきなり天啓のように1つの可能性が閃いた。まさか、常識で考えればありえないことだが、リビックは第5艦隊を……。

「コロニーの中だ!」
「何ですと?」
「連中は艦隊をコロニーに隠しているのだ!」

 バスクが急いで艦隊をコロニーから離すように命じたが、それは少し遅かった。急いで艦隊が距離を取ろうと動き出したが、十分離れるよりも早くコロニーの外壁から幾つものビームが飛び出してきた。至近距離から飛来してきた艦砲は防御スクリーンを貫いて戦艦や巡洋艦を容赦なく打ち据えていく。
 バスクは怯む部下を叱咤してコロニーから艦隊を離し、損傷艦を後ろに下げて陣形を立て直していた。その間に周辺のコロニーの搬入用ハッチから、あるいは河の部分のガラスを破壊してコロニーの中から次々に連邦艦が出現し、バスクたちを包囲するように隊形を組み替えだした。
 これを見てバスクは先鋒隊にはサイド1外に脱出するように命令を出し、自らは後方へ避退しようとした。このままでは身動きが取れないからだ。
 だが、リビック提督が急進してきてこの後退を阻止した。正面からの圧倒的な砲撃にさらされたティターンズ艦隊は防御スクリーンを正面に集中して必死に耐えている。
 このまま一気にバスクを仕留めようと攻勢を強めるリビックであったが、艦隊を密集させて防御スクリーンの強度を増したバスクは中々にしぶとく、リビックは舌打ちを隠せなかった。

「結構やりおるわ。伊達にティターンズの宇宙軍を任されておるわけではないの」
「長官、このままでは後方の主力が動きますぞ。こちらは全軍を動かしてしまっています!」

 クルムキンがリビックに注意を促すが、リビックはどうしたものかと首を傾げるだけでどうにも考えが掴めない。元々この老将が奇策を使っていることが既に珍しいのだから、ここから先どういう手を打つのかは2年間の付き合いになるクルムキンにもまるで読めなかった。






 この戦いが始まった頃、バーク准将率いる打撃艦隊はエゥーゴの襲撃を受けていた。エゥーゴ艦隊はアーガマを旗艦とするアーガマ隊とラーディッシュを旗艦とするラーディッシュ隊が交互に攻撃と後退を繰り返すという方法でバーク艦隊の動きを上手く阻害する事に成功していた。
 バークはちょこまかと動き回るエゥーゴ艦隊に苛立ちを募らせていたが、彼にしては珍しく自分を抑えて突撃を控えていた。貴重な空母を預けられているという精神的な重圧もあるだろうが、やはりこれまで幾度か負けて秋子に叱られたのが効いているのだろう。
 そして双方から出撃したMS隊は砲戦宙域の少し上方で激突していたが、この戦いの中で一際目を引いているのはやはりあゆのガンダムmk−Xと舞とトルクのZUの戦いであっただろう。インコムとビームライフルを駆使するあゆに対して、舞とトルクはZUの利点を殺して格闘戦を挑んでいたのだ。
 舞の黒いZUがビームサーベルを抜いてあゆの放ったインコムの制御ワイヤーを切裂き、一気に距離を詰めてビームサーベルを振るうが、これはあゆのビームサーベルに容易く弾かれてしまう。やはり可変機ではmk−Xのような高級な第2世代MSにはパワーでは差を付けられてしまう。
 
「あゆ、あの頃より腕を上げてる」

 幾度かビームサーベルをぶつけ合わせながら舞は予想以上に速く動くあゆに舌を巻いていた。ファマス戦役時代のあゆは確かに凄まじい強さであったが、距離をつめれば自分にあゆは対抗出来なかった。元々あゆは中距離での射撃戦闘が得意だったから、格闘戦なら祐一でも互角にやりあえていた。
 それが僅か2年間で自分と互角にやりあうまでに成長している。舞はその事に驚きと同時に、わずかばかりの嬉しさも感じていた。舞にとってあゆはカノンの後輩なのだ。

「でも、まだ負けてあげるわけにはいかない」

 まだこちらの方が強い。そういう自負が舞にはあった。そしてそれは確かな事実であった。あゆが舞が作ってみせたごく小さな隙を見逃さずにビームサーベルを付きこんできたのだが、舞はそれをビームサーベルで弾く事はせず、機体を無理に横に流してmk−Xを前に飛び出させてやった。

「あっ!?」
「まだ、甘い」

 自分の前に無防備な姿を晒したmk−Xに容赦なくビームサーベルを振り下ろす舞。その一撃はmk−Xの左肩から二の腕を一太刀で溶断し、ただの金属の塊へと変えてしまった。
 あゆは左腕を失いながらもとにかく機体を加速させた。接近戦では舞には勝てないと再確認させられたような思いを抱きつつ逃げるあゆに、舞は容赦なくメガビームライフルで砲撃を浴びせてくる。これに対してあゆはインコムで応戦しようとしたが、自分が逃げようとした方向に今度はトルクが回りこんできた。

「逃がさんよ、あゆ!」
「ト、トルクさん!?」

 舞とトルクに挟まれたあゆは慌てて下へと逃げるが、変形したZUから逃げ切るのは簡単な事ではない。舞とトルクは常にどちらかがMA形態となってあゆを逃がさないように動き回り、あゆを確実に仕留めようとしていたのだ。
 ただ、2人がこの条件であゆを倒せないでいるのは機体のせいだった。やはりZUは格闘戦向きの機体ではなく、基本性能ではmk−Xにかなり負けているのが響いている。
 そういう理由でmk−Xを手負いには出来ても詰める事が出来ないでいる2人は時間をかけすぎていた。あゆの苦戦を見てみさおのゼク・アインが援護にやってきたのだ。大口径の砲弾が雨霰と降り注いできたのには流石の舞もトルクも慌ててしまい、あゆへの攻撃を止めて慌てて退避行動に入っている。どうしても装甲が弱くなる可変機ではこんなものを一発でも食らえば即大破してしまう。
 この援護のおかげであゆはどうにか2人を振り切ることが出来た。急いでみさおの傍まで逃げてきて、そこでようやく一息つく。

「助かったよ、みさおちゃん」
「あゆさんが追い詰められるなんて、初めて見ました」
「うん。あの2人は物凄い強さだからね。やっぱり1人じゃ無茶だったかな」
「あゆさんは、あのMSのパイロットとは知り合いなんですか?」
「うん、片方は元サイレンの舞さん。もう一方が黒い雷のトルクさん。ファマス戦役じゃ漆黒とか言われてたね」
「舞……トルク……もしかして、あのS級シェイドの?」
「そうらしいよ。2人とも桁多ずれて強いから、気を付けて」

 あゆは使い物にならない左腕をパージして身軽にすると共に、機体の設定を左腕が無くなった事で少し調整した。そうこうしているうちにあゆとみさおの周囲に4機のゼク・アインがやってきてくれた。どうやらクリスタル・スノーらしい。

「川澄大尉か。また厄介なのと戦ってるな、月宮」
「うん、1人じゃかなり大変だから、手伝ってくれるかな?」
「報酬は?」
「タイヤキ4匹」
「じゃあな、1人で頑張りな」
「わ、待ってよ。じゃあ奮発して8匹で!」
「1人3匹が最低ラインだな」

 あっさりと引き上げようとするゼク・アイン隊にあゆは泣きついて引き止めることになった。しかし、何故に交渉材料が食い物なのだろか。その会話を聞いていたみさおは、コロッケでも話に応じてくれるのだろうかと少し真面目に考えてしまっていた。彼女もだんだん毒されてきているようだ。


 あゆたちとは別の場所では、2機のZガンダムがゼク・アインやジムVの集中攻撃を受けて逃げ回る羽目になっていた。

「ちい、こいつら!」
「アムロ大尉、これじゃ敵艦に取り付けませんよ!」
「分かってるが、この攻撃では近づけない!」

 クリスタル・スノーのパイロットが使っているゼク・アインはアムロやカミーユであっても軽く見れる相手ではない。ましてクリスタル・スノーのパイロット達はZガンダムの強さもアムロの強さも知っているので、下手に近付かれたら自分が危ないという事を良く知っている。だから数を揃えて弾幕を張って近付かせないでいるのだから。
 エゥーゴMS隊の迎撃を指揮していたのは中崎だった。彼は指揮官としては2流だったが、アムロたちを食い止めるのには十分な力を持っている。だが、この2機に意識を集中しすぎた為にもう1機の脅威を見過ごすというミスを犯した。
 中崎が気付いた時には、既にその真紅のZガンダムは迎撃部隊の作り上げた壁の薄いところを突破しようとしていたのである。

「真紅のZが突破しだあ。まさか、真紅の稲妻まで居たのかか!?」

 部下の報せを聞いた中崎は急いで艦に行かせるなと指示を出して近くに居る直属の部隊にそこに向うように指示を出したが、Zガンダムの足を止めるのは容易な事ではなかった。まして使っているのはあのジョニー・ライデンである。
 ライデンは素早く戻ってきたジムV2機にビームを放って牽制しようとしたが、その2機は怯む事も無くシールドを構えてビームで反撃してきた。

「ちっ、連邦のくせにいい度胸してやがる!」

 そのままウェイブライダーの状態で距離を詰め、敵の傍でMS形態に変形してビームライフルを振り被る。その銃口にはビームサーベルが形成されていた。

「邪魔をするな!」

 ジムVの1機をビームサーベルを袈裟懸けにふるって真っ二つにし、最後の守りを突破した。MSの守りを突破したライデンが連邦艦隊に迫る。これに対して艦隊は全ての対空砲火を打ち上げて通すまいとしたが、この程度の対空砲火はライデンには突破するのは容易いことであった。

「ルウムの時より弾幕が薄いんだよ、連邦!」

 ルウム戦役の時には視界の全てが真っ赤に染まるような弾幕が張られていた。余りに濃い弾幕のせいで目標とした艦の姿さえ見辛かったほどに。そして沢山の僚機が弾幕に捉えられて四散していったのだ。あの時の対空砲火に較べれば、この程度は大したものではない。
 機体を左右に振りながら、時折大きく上や下に機体を振りながらライデンは手近にいたリアンダー級に目を付け、一気に機体を加速させた。照準の中で見る見る船体が大きくなり、狙わなくてもあたる距離にまで来た所で船体の周囲を一回回るように機体を動かしながらビームライフルを撃ちまくった。合計8発のビームを叩き込まれたリアンダー級は内側から幾つもの誘爆の光を生じながら爆発、四散してしまった。
 巡洋艦を仕留めたライデンはそのまま艦隊から離脱を図ったのだが、その進路を塞ぐようにジムUやジムV、ゼク・アインが集ってきたのを見て背筋に冷たい汗を流してしまっていた。

「おいおい、コケにした奴は逃がさねえってか?」

 その数が10機を超えたのを見たライデンは乾いた笑いを漏らしながら、操作レバーを強く握り締めていた。



 アムロたちが連邦MS隊を突破出来ないでいるという現実はブライトとヘンケンに少しずつ焦りを呼んでいた。このままでは消耗戦に引きずり込まれない。

「ヘンケン艦長、どうする、このままではMS隊が消耗し尽くしてしまう!」
「確かに不味いな。連邦と違って、こっちは消耗したら補充が出来ない」

 だから水瀬秋子に手を出したくなかったんだとブライトは吐き捨てている。秋子の部下は連邦軍最強の戦闘集団なのは今更言うまでもない事で、そんな部隊とぶつかればこちらも消耗するのは避けられない。だが消耗したらその後どうするというのだ。

「幸い、艦艇にはまだ損傷艦は無い。ティターンズの陽動作戦の為に損害を出すのも馬鹿馬鹿しいな」
「それはそうだが、それじゃあこれで退くかい?」
「それが出来たら大喜びするだろうな」

 バークも決して無能な指揮官ではない。こちらが逃げに入ればその勇猛な指揮振りを発揮して追撃してくるだろう。そうなったらこちらはどういうことになるか。
 だが、このまま戦いを続ければこちらは消耗しつくして消滅してしまう。多少の無理をしてでもここは退くしかないのだ。
 2人は暫く相談したあと、まずヘンケンのラーディッシュ隊が後退を始めた。その間はアーガマ隊が単独でバーク艦隊の攻勢を支えなくてはならない。ブライトはアーガマと指揮下のグラース級巡洋艦3隻にハイパーメガ粒子砲の準備をさせた。

「当てる必要は無い。奴らの足を止めろ!」
「そんな事言われたって、こうミノフスキー粒子が濃くちゃ狙えませんよ」
「やるんだよ!」

 情けない事を言う部下を叱咤してブライトはバーク艦隊に視線を戻した。バーク艦隊は整然とした陣形を整えて砲撃を加えてきており、今の所綻びが見られない。それどころかラーディッシュ隊が退いたのを見てか前進を開始しているではないか。

「あれを止めなければ、我々は踏み潰されるぞ!」
「脅かさないで下さいよ」

 オペレーターたちが必死に照準を付けている。ブライトは当てなくても良いと言っているが、当てるつもりで撃たなくては相手の足は止められない。延々と数字と格闘していた彼らはどうにか満足できる数値を弾き出して照準コンピューターに入力していき、それにあわせてハイパーメガ粒子砲の砲身が微かに上下する。
 そして3隻のグラース級からも発射準備完了の報せが届いたのを受けて、ブライトはハイパーメガ粒子砲の発射を命じた。アーガマの左舷から突き出したハイパーメガ粒子砲が、グラース級の中央カタパルト下部に装備されたハイパーメガ粒子砲が咆哮し、膨大なエネルギーの奔流を叩き出す。
 4つの輝きは真っ直ぐに連邦艦隊に向かっていき、2隻のセプテネス級駆逐艦を大破させ、サラミス1隻を中破させてしまった。この一撃に驚いたバーク艦隊は足を止めてしまっている。
 敵の混乱を見て取ったブライトは全軍に急速後退を命じた。MS隊もアーガマからの指示を受けて急いで逃げていく。これを連邦軍のMS隊と艦艇の一部が追撃しようとしたが、彼らは先に後退していたラーディッシュ隊からの砲撃を受けることとなり、その行き足を止められてしまう。このラーディッシュ隊の援護を受けながらアーガマ隊も避退していき、ある程度距離を取った所で一目散に逃げていてしまった。

 エゥーゴの見事としか言いようのない逃げっぷりを見てバークはいっそ拍子抜けしてしまっていた。何故奴らはあれだけの戦力を出しておいて、こんな中途半端な戦いで逃げてしまったのだろうか。

「何をしに来たんだ、あいつらは?」
「さあ」

 問われた参謀も困惑してしまっている。戦いに来たと言うには余りにも中途半端に戦っただけで直ぐに逃げてしまった。あれではこちらを撃破する意思があったとは言えないだろう。まるで適当に戦ったフリをしただけのようだ。

「水瀬提督の言っていた通り、陽動という事なのかな」
「どういう事ですか?」
「水瀬提督に言われたんだがな、このエゥーゴとネオジオンの動きはティターンズの動きと連動したものではないかって」
「まさか、そんな事は」
「いや分からんぞ。何しろエゥーゴの奴らは前にティターンズと組んだ前科がある」
「それでは?」
「ああ、本当に、ティターンズが動いてるのかもしれん。あの戦い方じゃ、エゥーゴにやる気があったとは思えんしな」

 適当に戦って逃げて行ったエゥーゴを見送ったバークは仕方なくMS隊に帰還を命じ、損傷艦艇の状況を確かめると共に生存者の救助作業に入った。殺す為の戦いが終わった後には、生かすための戦いが始まる。それは矛盾しているのかもしれないが、少なくとも現場で頑張っている人間達には当然の事なのだ。





 リビックとティターンズの激突はいよいよ激しさを増していた。バスクは包囲されながらも頑強に抵抗を続け、リビックの想像以上の粘りを見せたために各個撃破の目論みは崩されてしまった。
 そしてMS同士の戦いも消耗戦の様相を呈している。互いに膨大な数のMSを戦場に投入している為に高性能機であっても予期しない方向から攻撃を受けて次々に撃墜されてしまい、完全に腕の悪い者、運の悪い者から死んでいくという状態になってしまっていた。
 この状況下で大活躍していたのが新鋭機である3機のハンムラビを駆るヤザンたちである。

「ラムサス、ダンケル、右のジムU3機を逃がすな!」
「了解隊長!」

 3機のジムU小隊がハンムラビを見て逃げに入ろうとしているが、ヤザンは加速性能と火力にものを言わせてこの3機の退路を断ち、あっという間に全滅させてしまう。このヤザン隊は見事なチームプレーで確実に連邦MSを落として回っていた。
 この他にもパプテマス・シロッコの率いる木星師団やティターンズ生え抜きのパイロットで編成されたジェリドたちも所属するスペシャルズも同様に暴れまわっている。連邦軍は数では負けていなかったが、やはり主力をジムUに頼っているという事で性能面での劣勢はどうしようもなく、確実に数を減らされていた。
 流石のリビックもMS隊の劣勢ばかりはどうしようもなく、制宙権が敵の手に落ちつつあるという現実に歯噛みする事しか出来ないでいる。
 だが、そんな連邦部隊の中でも奮闘している部隊はあった。ライラ・ミラ・ライラ大尉率いるガルバルディβ小隊やユウ・カジマ少佐の率いるジムV中隊はティターンズ部隊を相手に互角以上の勝負を見せている。


 この戦場を後方から見ていたジャミトフはリビックの策に嵌められたバスクの醜態に渋い顔をしていた。

「バスクめ、リビック長官に乗せられたか」
「どうなさいますか、閣下?」
「あの乱戦ではここから砲撃を加えるわけにもいくまい。MSの増援を出せ。それと、主力を前に出せ」
「乱戦に加わると言うのですか?」
「水瀬が来る前にケリを付けなくてはいかん。他所の無茶は止むを得まい。それにな……」
「それに?」

 部下が問い返してくる。それに対してジャミトフは背凭れに背中を預け、天井を見上げながら答えた。

「リビック長官の最後を見届けなくてはなるまい。愚かな連邦にあって、あの御仁は数少ない本当に尊敬できる軍人だった」
「閣下……」
「これは私の我侭だよ。下らないロマンチシズムだ。連邦の宿将が戦いの果てに消えるというのなら、せめて私の手で引導を渡してやりたい」
「…………」

 部下はジャミトフの珍しい本音を前にそれ以上の反論をせず、前に向き直ってドゴス・ギアを前に出すよう命じた。
 ドゴス・ギアが前進していく振動を感じながらジャミトフは目を閉じ、過去に思いを馳せながら呟いていた。

「リビック長官、出来れば貴方には私の理想を見て欲しかった。ですが、貴方は連邦に残ってしまった。貴方は最後まで連邦と運命を共にされてしまった……」

 ジャミトフが連邦軍に入隊した時、既にリビックは自分の前に居た。あれから何十年も立ったが、やはりリビックは前に居る。信頼できる上官でもあった。頼れる同僚でもあった。そして手強い抗争相手でもあった。リビックが居なければこのクーデターはもっと順調に行っていただろう。リビックは最後の最後まで自分の前に居たのだ。
 リビックこそが連邦軍の象徴なのだ。リビックを倒した時こそ連邦軍は崩壊する。ジャミトフはそう考えようとして、そこでもう1人居た事を思い出してしまった。

「……まさか、後を彼女に、次の世代に託されたのか、リビック提督。彼女に連邦を守れると思っているのか?」

 サイド5にある水瀬秋子中将。リビックと連邦宇宙軍の人望を二分する名将。彼女にリビックは連邦を託したというのだろうか。自分はその露払いをするつもりなのか。ここでティターンズ艦隊をすり減らし、秋子の負担を少しでも軽くするつもりなのか。
 それはジャミトフの妄想かもしれなかった。だが、そうであるならばリビックがここに残った理由も説明がつく。後進に全てを託し、自分は死ぬことで連邦市民と将兵を鼓舞するつもりなのだとしたら、リビックは最初から死ぬつもりだったという事になるからだ。

 だが、水瀬秋子に連邦を背負うほどの力があるのか。ジャミトフにはそれが解せなかった。リビックは秋子に何をみたと言うのだろうか。
 自らの思考の中に沈みこんでしまったジャミトフであったが、その肩が揺さぶられたことで我に返った。

「閣下?」
「あ、ああ、ちょっと考え込んでしまった。何か?」
「ジャマイカン中佐の別働隊が、サイド1を出立した船団を補足したとの事です。これで取り逃した敵も殲滅出来ましょう」
「そうか、分かった」

 報告を受け取ったジャミトフは頷くと、それ以上の興味を無くしたかのように視線を正面に戻した。避難民を腹一杯に抱えた船団など、戦闘部隊に掴まれば瞬く間に殲滅されてしまうような弱い存在でしかない。この時点でジャミトフの中ではエニーたちはもう全滅とされてしまっていたのだ。
 だが、この少し後でジャミトフは驚かされることとなる。そう、秋子はジャミトフの予想を遥かに超える速さで動いていたのだ。




後書き

ジム改 次回は大量虐殺のお話。
栞   た、大量虐殺というと、コロニー落しとか?
ジム改 いや、ある意味とても辛いお話ではある。
栞   私たちはどうなるんです?
ジム改 一応出てくるけどね。栞は間に合うし。
栞   ……まさか、NTの勘で超遠距離射撃を照準器無しでやるとか?
ジム改 お前は何時から超人になった!?
栞   違うんですか?
ジム改 違う。超人は海鳴に沢山居るがお前は違う!
栞   居るんですか、沢山?
ジム改 御神とかメイドロボとか退魔師とか妖怪とか吸血鬼とか魔法少女とか鬼とかシェイドとか……。
栞   …………。
ジム改 …………。
栞   そ、それでは次回、抵抗もままならずに沈む船。軍人は何故戦うのか。何を守らなくてはいけないのか。どうして軍人は武器を持っているのか。次回「守りきれない事」でお会いしましょう。
ジム改 ……俺の台詞が。