第50章 守りきれない事



 エニーが率いる避難船団がジャマイカン艦隊に捕捉されたのは12時15分の事であった。避難民を腹に抱えているせいで戦艦と巡洋艦、そして各種の輸送船は身動きが取れないので回避運動も取れない。そんな事をすれば中に乗っている民間人は程よくシェイクされて死傷者が続出するだろう。彼らは何の訓練も受けていないのだから、咄嗟のGには対応できない。
 だがそれでも決断はしなくてはならない。エニーは戦艦と巡洋艦に船団後方で方形陣をとらせ、後方に防御スクリーンを展開させたのである。

「何が何でも船団を守り通すわよ。我々はここで盾となる!」
「ですが、それでは戦闘艦艇に乗せられた避難民を危険に晒すことに」
「他にビームを防ぐ手段が無いわ。戦闘艦艇ならまだ自分で身を守れるけど、輸送船はそうもいかない」

 他に策があるなら言ってくれという態度を見せるエニーに、参謀は黙り込んでしまった。この状況を打開するには援軍に期待するしかないが、サイド1から援軍が来る見込みは無い。

「秋子に期待するしかないわね。とにかく、秋子を信じて祈ってなさい!」
「神頼みならぬ、水瀬提督頼みですか」
「神様は助けてくれないけど、秋子は助けてくれるのよ!」

 神頼みよりはマシかもしれないと思いつつ、参謀は急いで迎撃態勢を整えだした。各艦からMSを発進させ、艦隊を防御スクリーンが重なるように配置していく。連邦側が圧倒的に不利な状態で戦闘が開始されようとしていた。


 そして追撃をかけていたジャマイカンは高速部隊を分離、迂回させて敵艦隊の頭を抑えるように動かし、自らはアレキサンドリア級の最新型であるロンバルディアに座上しており、指揮下には戦艦2隻、巡洋艦8隻、駆逐艦14隻がある。これに高速部隊としてガディ中佐率いるアレキサンドリアを旗艦とする巡洋艦4隻、駆逐艦6隻の部隊がある。
 ジャマイカンはロンバルディアの艦橋から各艦に砲戦距離に入り次第発砲しろと指示を出している。MS隊はまだ待機している。

「さあて、エニー・レイナルド少将もこれで最後だな」
「ジャマイカン中佐、第3艦隊司令官、エニー・レイナルド少将の名でレーザー通信が着ておりますが、どうしますか?」
「通信だと? なんだ?」
「はあ、それが、我々はサイド1の避難民を満載した船団である。交戦の意思は無い。ティターンズは攻撃を控えられたし。以上です」
「ふん、馬鹿馬鹿しい。今更交戦規則を出してくるか」
「ですが、避難民を満載していると宣言された後で攻撃するのは不味いのでは?」

 連邦軍の規則では明確に民間人を対象とした攻撃は禁止されている。勿論戦時の事なので多少の間違いはあるし、軍施設への攻撃で巻き込まれる民間人は出るのだが、この規則は概ね守られてきたものである。
 その原則から考えれば避難民を満載して戦闘能力を喪失した船団であると宣言された後では攻撃するのは問題があるのではないか。
 もっとも、部下がこれを出してきたのは、彼自身がこの攻撃に不満を抱いているからであった。これはティターンズ将兵の大半に共通する感情でもある。彼らとて人間であり、別に人を殺すのが楽しいなんて性癖を持っているわけではないし、恨みがあるわけでもない相手に銃を向けるような趣味があるわけでもない。上層部からの命令だから仕方なく従っているだけで、出来れば抵抗も出来ない避難民を攻撃などはしたくは無いのだ。
 この部下の制止に対してジャマイカンは酷く迷惑そうな顔になり、そして仕方なく通信士に幾つか質問をした。

「通信士、敵は降伏の意思を見せているか?」
「いえ、降伏するとは言ってきていません」
「ならばこう返信しろ。戦闘の回避を望むのであれば即時停船し、無条件降伏をされたし。それが避難民を救う唯一の道であるとな」
「中佐、そのような勧告、受け入れられるわけがありません!」
「黙っていろ!」

 止めようとする部下をジャマイカンは一喝して黙らせた。何処の世界に戦ってもいないのに無条件降伏する軍隊があるというのだ。
 このジャマイカンの勧告を受けたエニーは提督用の席で怒りに体を震わせていた。まさか屈辱的な無条件降伏を勧告されるとは思っていなかったのだ。

「い、言ってくれるじゃない。バスクならまだしも、ジャマイカン如きがこの私に無条件降伏ですって」
「て、提督、ですが、どうやって戦うと言うのです。こちらは戦艦も巡洋艦もまともに戦えないのですよ。防御スクリーンにも限度があります」
「駆逐艦部隊はフリーだわ。敵を数で圧倒させる!」
「ですが、駆逐艦では危険すぎます!」
「やるのよ。連邦軍の意地を見せなさい!」

 参謀の進言を退けたエニーは駆逐艦部隊に突撃を命じた。それは砲撃の援護を受けられない状況下での無謀とさえ言えるものであったが、駆逐艦部隊の指揮官達は悲壮な覚悟でそれを受け取った。第3艦隊の駆逐艦だけで駆逐艦は32隻もあり、ジャマイカンの手勢を相手取るだけならば何とかなるとも言える。ただし、膨大な犠牲を支払う事になるだろうが。
 駆逐艦部隊は各戦隊8隻ずつに分かれ、それぞれに別方向からジャマイカン艦隊へと向っていったが、彼らは即座に巡洋艦部隊から一方的な砲撃を受けることとなる。更にMS部隊の迎撃も受けてしまい、これとの戦いに忙殺される事になる。


 その一方でジャマイカンとは別行動を取っているガディの別働隊では、些か奇妙な空気が流れていた。何時もなら艦橋で威張っているジャマイカンが新鋭艦のロンバルディアに移ったおかげで気楽になったせいか、艦長のガディもクルー達も珍しく笑顔を見せている。

「ジャマイカン中佐が出て行ってくれて、肩が随分軽くなったな」
「はっはっは、艦長、思いっきりすっきりしてますね?」
「まあな。あんな奴の指示に従って作戦行動しなくちゃならんのは苦痛だったからな」

 オペレーターの問い掛けに笑いながら答えた後、ガディは軍帽を少し目深に被りなおして表情を改めた。

「もっとも、今回の嫌な仕事も、そのジャマイカンの指示なんだがな」
「……艦長」
「愚痴っても何かが変わるわけじゃない、と分かってはいるんだがな。どうにもこういう仕事は好かん。同じ戦うならバスク大佐の部隊に加わってリビック提督と戦いたかった」

 色々と不満を溜め込んでいるガディであったが、任務は任務と割り切っていた。どれだけ嫌な仕事であろうと、一度上層部で決められた方針を前線部隊の指揮官風情が私情で変更するなど許される事ではない。そんな事をすれば軍の指揮系統が崩壊し、以後の作戦に支障を来たす事になりかねない。
 だから、ガディ自身はこの作戦に嫌悪感さえ抱いていながらも、作戦そのものは成功させるつもりであった。そう、サイド1市民を満載した第3、第4艦隊を船団ごと葬り去るという作戦を。
 この作戦が成功すれば労せずして第3、第4艦隊を殲滅する事が可能となり、その後の秋子との戦いにおいて戦力的な優位を保てるのだ。もし十分な訓練を受けた将兵が運用している120隻を超える艦隊がそっくり秋子の指揮下に入りでもしたら、いずれ自分たちの命でツケを支払わされる事になるのだ。

 そのアレキサンドリアの艦内ではMSの出撃準備が大急ぎで行われている。新鋭機のバーザムの整備が進められる中で、キャットウォークからそれを見下ろす2人のパイロットが居た。

「あ〜あ、やる気起きねえなあ」
「何だモンシア、何時になくだらけてるじゃないか?」

 それはMS中隊を任されるようになったベルナルド・モンシア大尉とガブスレイ小隊を率いているアルファ・A・ベイト大尉であった。2人ともファマス戦役終戦後にティターンズに入隊しており、今日までエゥーゴを相手に戦い続けていた。彼らは別にティターンズの主張に賛同しているという訳でもなかったので、今回連邦と戦うという現実に忸怩たる思いを抱えていた。
 モンシアはヘルメットを抱えてやってきたベイトを横目で見やると、鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

「ふん、やる気なんざ出るかよ。敵はエゥーゴのクソッタレどもじゃねえ。ただの民間人なんだぜ」
「そりゃまあ、そうだが……」
「俺たちゃ何時からジオンの真似事をするようになっちまったんだ。ああっ?」

 モンシアはこの作戦にかなり強い不満があるようで、しかもそれを隠そうともしていない。それを聞いたベイトはここにアデルが居てくれればなあと思ってしまったが、居ないのだから仕方が無くモンシアを宥めにかかった。

「命令なんだからしょうがないだろうが。俺だって好きでやってるわけじゃない」
「わーってるよ、んな事わよ。でも気にくわねえもんは気にくわねえんだよ!」
「たく、相変わらずだなお前は」
「性格だからな。今更直せるかい」
「でもまあ、物分りのいいモンシアなんざ、見ていて気持ち悪いんだけどな」

 やれやれと肩を竦めつつ、ベイトはからかい混じりにモンシアに同調して見せた。それを聞いたモンシアはまた鼻を鳴らすと、視線をバーザムに移した。

「なあ、あの時、バニング大尉の言う通り、連邦に残ってりゃ良かったかな?」
「ああ、ファマス戦役が終わって俺たちがティターンズの誘いに乗った日か」
「ああ。あの時、バニング大尉は言ってたよなあ。何時か絶対に後悔するぞって。あんときゃ深く考えなかったが、今思えばバニング大尉が正しかったのかなって思ってさ」
「……そうだな」

 モンシアの言葉にベイトも頷いた。確かにあの時、バニングの言葉に従って連邦軍に残っていればエリート部隊の恩恵には与れなかっただろうが、今のような不快な仕事をやらされることも無かっただろう。バニングは今はヨーロッパでシナプス准将の下でMS隊司令を勤めているそうで、MS部隊を巧みに動かしてティターンズを苦戦させているそうだ。聞けばウラキやキースも居るらしい。
 あの時バニングの言う事を聞いておけば、と今でも思うが、今更過去は変えられない。嫌な仕事であってもやるしかないのだ。

「さて、そろそろ行くか、モンシア」
「ああ、そうだな」

 何時までも愚痴ってはいられない。ベイトはキャットウォークを蹴ってガブスレイの方に行き、モンシアもバーザムの方へと飛んでいった。もうすぐ艦隊は船団の前方に回りこめるのだ。




 ジャマイカン艦隊に襲い掛かった駆逐艦部隊は船の性格に合わせて違う行動を見せた。砲力で著しく劣るセプテネス級駆逐艦は強力な対艦ミサイルランチャーを生かして突撃を行い、小口径とはいえ連装メガ粒子砲2基を持つマエストラーレ級駆逐艦は高速で動き回りながら砲撃戦を行っている。マエストラーレ級が敵駆逐艦を相手にし、その隙にセプテネス級が巡洋艦部隊に突撃を行うのが基本戦術となっている。
 だが、やはり敵に戦艦があるというのは大きい。砲力がまるで違うのだ。誘導できないのである程度接近しないと命中が見込めないミサイルとは異なり、光速の数パーセントという速さで飛んでいくメガ粒子砲は距離があっても命中させることが出来る。その為にセプテネス級駆逐艦は戦艦と巡洋艦部隊の砲撃を受けて次々に撃沈されていったのである。
 だが、全てを防げたわけではない。戦艦や巡洋艦の苛烈な砲撃を掻い潜って接近し、必殺のミサイルを叩き込んでいく駆逐艦も居た。ミサイルを放たれたティターンズ艦隊は急いで回避運動に入り、全身の対空機銃を撃ちまくって弾幕を形成する。その弾幕に捉われて次々にミサイルは破砕していったが、それでもマゼラン級戦艦1隻にミサイル1発が命中し、サラミス級巡洋艦3隻がやはりミサイルを受けて損傷している。特にサラミス級の1隻は3発ものミサイルを受けて大破しており、航行不能となるほどの大損害を受けていた。
 一瞬にして主力艦の半数を傷物にされたジャマイカンは当然ながら怒りを見せていたが、それ以上にエニーは焦りを見せていた。32隻の駆逐艦が瞬く間に撃ち減らされ、14隻が撃沈、あるいは大破に追い込まれているのである。既に砲撃はこちらにまで届くようになり、防御スクリーンがビームを逸らす時に発する燐光が増えてきている。

「MS隊は!?」
「敵に押さえ込まれています!」
「性能差が大きすぎるわね。秋子のとこで作ってるゼク・アインがもっとあれば……」

 ジムVはマラサイとは互角以上に戦えるが、バーザムには苦しい。これと戦うには連邦軍最強の量産機であるゼク・アインが欲しい所なのだ。だが、これはフォスターUとペズンでしか作ってはおらず、しかも大量生産できるのはフォスターUのラインだけとなっている。そのラインがリーフの攻撃で破壊されて以来、ゼク・アインはペズンから送られてくる補修部品だけが生産品と呼べる状態と化している。多少は完成機体も送られてくるのだが、その数は微々たる物でしかない。
 ただ、地上ではバーザムを作っていたニューギニア工廠がラインをバーザム用からゼク・アイン用に切り替えを開始しており、遠からずここでもゼク・アインの生産が開始されるものと期待されている。バーザムはティターンズでも使っているので、連邦でも使うと敵味方の識別が困難になって戦場で混乱を招くという理由で、連邦軍は生産を中止していたのである。
 もっとも、リビックの主力艦隊はMSの更新が遅れていたので、バーザムやジムVといった第2世代MSの配備数はどうしても少なく、ゼク・アインに至っては第1艦隊の熟練兵だけにしか支給されていないというお粗末さだった。これがエゥーゴを圧倒できたのは数にして数倍の優位を確保し、真っ向勝負で押し潰したからである。

 そして、エニーにとって破滅の使者が遂にやってきた。なんと自分たちの進行方向にティターンズの艦隊が居るという報告が届いたのだ。驚いたエニーはこれの確認をさせ、間違いないという報せを聞いて呆然としてしまっている。

「参ったわね。まさか、更に別働隊を回り込ませてたなんて」
「どうなさいますか、提督?」
「どうするって、ヘボン少将の方はどうなの?」
「無理でしょう。状況はこちらと変わらないはずです。一応正面に艦隊を展開させていますが、駆逐艦部隊がティターンズを蹴散らせなければ船団は……」

 後はどうなるかなど、言う必要も無いだろう。無防備な輸送船団が戦闘艦艇に襲われれば、一方的な虐殺が繰り広げられる事になる。第4艦隊の駆逐艦部隊は果敢にこの別働隊に挑んでいったが、MS隊の主力が後方に行ってしまったのが痛く、こちらではMS戦で押される事になる。
 向ってくるジムUやジム・FBを見たモンシアはつまらなそうにベイトに通信を入れた。

「おいベイト、出てきたのは雑魚ばかりだぞ」
「ああ、楽な仕事でいいじゃねえか」
「ふん、あんな奴らは俺のとこで十分だ。お前はとっとと護衛艦を叩いちまえ」
「まあ、お前がそう言うならそうさせてもらうがよ。本当に大丈夫か?」
「大丈夫だって。ジムUなんぞに後れを取るわけねえだろ」

 ベイトの問いにモンシアは気にするなと答え、頷いたベイトは自分の小隊を率いて駆逐艦部隊に向かっていった。それに続くように他の可変機部隊も駆逐艦部隊に襲いかかっていく。それを見送ったモンシアは向ってくるジムを見て些か酷薄な笑みを浮かべた。

「さあて、やるぞお前ら。あんな旧式に負けんじゃねえぞ!」

 その声と同時にバーザムとマラサイが散開していき、それに合わせるようにジムも散開していく。こちらでもMS同士の激突が始まったのだった。





 その頃、エニーが頼みの綱としていた秋子はとっくにサイド5を進発し、ザーンへと向っていた。その数は2個艦隊相当の大軍で、もしこれがザーンの戦いに加入すればティターンズは事実上壊滅させられるのは間違いない。何しろこの艦隊は新鋭艦を多数含み、新型MSも多数配備された極めて強力な艦隊だったのだから。
 今この艦隊からは投入している6隻の空母から各1機の大型MAが出撃しようとしていた。それは栞のデンドロビウム1機、Gレイヤー5機で編成されるしおりん軽騎隊、その全力出撃である。
 更に6機のMAには変わった支持アームが仮設されており、1機辺り4機のMSを牽引できるようになっている。それは全て天野大隊のMSであった。その数は2個中隊になる。

「装備は第3種で。全機固定金具の強度チェックを忘れないように。Gレイヤーの加速は普段のMSが出せる加速度とは比較になりません。歯を食いしばってGに耐えなさい!」
「天野大尉、ですが、間に合うのでしょうか。仮に間に合って、我々だけでは焼け石に水では?」

 第2中隊の中隊長が疑問を投げ掛けてくる。幾ら自分達が精鋭といっても、数の前には飲み込まれるしかない。果たして狙ったような効果が上がるのかどうか、彼には疑問だったのだ。
 しかし、この問いに対して天野は予想外の答えを返してきた。

「やれるかやれないかではないのです。やらなくてはいけないんですよ」
「それは……勝算が無くても行くという事ですか?」
「目前で友軍が、民間人が殺されているのです。これを助けに行かなくて、何が連邦軍ですか。私たちは戦友を見捨てたりはしません!」

 強い口調で向けられる決意に、部下はそれ以上反対はしてこなかった。上官が一度言い出したら聞かない事を彼は良く知っていたのだ。
 そして軽騎隊を率いる栞は整備班をとにかく急がせていた。

「急いでください。1分の遅れで10人死にますよ!」
「分かってます。あと5分で出せるようにしますよ!」

 整備班長が栞の要求に返す。それを受けて栞はコクピットの中で苛立たしげにコントロールスティックを指で弾いている。整備班が殺人的なスケジュールで頑張ってくれているのは栞も理解しているのだが、焦燥感はどんどん強くなって抑えられなくなってきているのだ。
 そこん、秋子から通信が入ってきた。サブモニターに秋子の顔が表示される。

「栞ちゃん、天野さんたちを避難船団の援護に降ろした後、貴女たちはそのままサイド1に突入してください!」
「でも秋子さん、サイド1はまだ持ち堪えていると思いますか?」
「……もし終わっていたら、その時は撤退してきてください」
「分かりました。それと、うちから2機を船団の護衛に回します。こちらは4機でサイド1に行きます」
「栞ちゃん、それでは戦力が不足するのではないですか?」
「最優先で守らないといけないのは、避難船団じゃないんですか?」

 不思議そうな栞の問い掛けに、秋子は暫しの逡巡を見せた後で栞の進言を受け入れた。サブモニターから秋子が消えた後もそのモニターを見ていた栞は、秋子が何を言いたかったのか、何となく察してしまっていた。秋子はサイド1で頑張っている友軍を優先しようとしていたのだ。

「秋子さん、その考えは理解できますけど、多分名雪さんや祐一さんは怒ると思いますよ」

 そう、あの2人はきっとこういう時秋子に対して怒っただろう。でも、自分はこういう時に理解を示してしまう。戦争なのだから効率最優先で考えなくてはいけないのだが、その割り切りがすんなり出来るか否かが栞と2人を分けている。

「私も、冷たい女なんですよね」

 フウッと小さな吐息を漏らした栞の元に、整備班から出撃準備OKの報せが来た。それを受けて栞は整備班に退避を指示し、退避完了を待って全機に出撃を命令した。

「しおりん軽騎隊、出撃です!」




 アレキサンドリア隊に襲われた避難船団を連邦艦隊は必死に守っていたが、身動きの取れない戦艦では守る事など不可能だった。駆逐艦部隊は瞬く間に磨り減らされてしまい、突破されてしまっている。
 駆逐艦部隊とMS隊の懸命の防戦を突破したティターンズ艦隊は砲を連邦艦艇に向けると、ガディの命令と共に一斉に砲撃を開始した。これに対してヘボンは反撃を許さず、ひたすら防御に徹させている。

「こちらからは一切発砲するな。射線から位置を特定されるぞ!」

 ミノフスキー粒子のおかげでレーダー照準は出来ない。そうなれば後はレーザーを使うか、光学で照準を付けるしかないのだが、これは相手の位置がある程度特定できないと難しい。連邦艦隊はひたすら防御に徹して反撃をしない事でこちらの位置を割り出される危険を少しでも下げる事にしたのだ。
 しかし、これもMSには通用しない。こんな策もMSがやってくるまでの悪足掻きでしかないのだ。
 
 そして遂にMS隊がやってきた。ベイト率いるガブスレイ隊である。強力で射程の長いフェダーインライフルが発射されるが、これは艦隊の防御スクリーンに容易く弾かれてしまう。この時代にあってはMSのビーム兵器で艦を沈めるのは容易い事ではない。
 だが、ベイトは別に戦艦を狙っているわけではなかった。こんな奴らは後から来るモンシアたちに任せておけば良いのだ。

「空母だ、空母を探し出して沈めろ。正規艦隊には必ず2隻のラザルス級が配備されてる筈だ!」
「ですが隊長、どうも見当たらないようなのですが」
「そんな訳があるか。よく探せ!」

 だが、ベイトがどれだけ探し回っても艦隊の中に空母の姿は発見できなかった。実は空母は沢山の人員を格納庫に収容する事が出来たので、どうせ艦隊戦の役には立たないからと船団と一緒に行動していたのだ。この為に護衛艦隊の中にいると思っていたベイトたちは中々空母を見つけられなかったのである。
 空母部隊を見つけたベイトは何て嫌な所に居やがると吐き捨てるように言い、部下を率いてこれを沈めようと突撃をかけようとしたが、これは空母の甲板に固定されていたMS隊が発進してきて妨害されてしまった。これに対してベイトは舌打ちして船団の傍から退避にかかった。流石に数が多すぎる。
 だが、その時いきなり艦砲と思われるビームがガブスレイ隊の傍を通過して船団の方へと駆け抜けて行った。恐らく護衛艦隊の防御スクリーンを突破したものだろう。そのビームは、恐らくは偶然の産物であっただろうが、船団のコロンブス級輸送艦の1隻を直撃し、これを大破させてしまった。損傷箇所から収容されていた大勢の民間人が逃げる暇も無く真空の宇宙へと吸い出され、一瞬で体内の水分を失って即死していく。
 その様を拡大して確認したベイトは流石に見るに耐えかね、顔を顰めて映像を消してしまった。

「クソッタレめ!」

 こうなる事は分かっていたが、いざ見てしまうと流石に吐き気さえ込み上げてくるような光景だ。かつてはジオンの奇襲を受けた各サイドでこの何万倍もの悲劇が生産されたわけだが、それを今度は自分達がやってしまっている。

「べ、ベイト隊長……」
「一度退け、直ぐに反撃が来るぞ!」

 自分と同じ物を見たのだろう。部下達から呆然とした声がかけられてくる。ベイトはそれらに対してとにかくこの場を離れるように指示した。直ぐに連邦軍の怒りの反撃が来る筈だからだ。


 この攻撃はアレキサンドリアが放ったビームの流れ弾であった。その一撃がコロンブスを大破させたのはアレキサンドリアでも確認しており、ガディはその後味の悪さに顔を顰めている。

「……砲撃の手を緩めるなよ。まだ敵はいるのだ!」
「で、ですが艦長、これでは……」
「民間人を巻き込むのは最初から予定のうちだ。怯む理由にはならん!」

 腰が引けている部下を叱咤してガディは砲撃を続けさせた。これ以降は流れ弾で輸送艦が次々に沈んでいく事だろう。もう自分達はやってはいけない一線を超えてしまったのだ。
このガディの命令で再び砲撃が開始され、ヘボン率いる第4艦隊の防御を抜けたビームが船団を襲うようになった。この流れ弾は艦隊にMSが取り付きだし、艦隊が乱れだした事でますます増えていき、船団を直撃するものが増えていった。防御力など持っていないコロンブスや民間船に容赦なくメガ粒子砲が飛来し、時折不幸な船が直撃を受けてしまう。被弾した船からは例外なく避難民が零れ、それを見た経験の浅い兵が嘔吐する様が護衛の艦でも見られるようになった。
 これに対してこちらはドン亀のような鈍い動きしか出来ず、回避運動など望むべくも無い。腹一杯に避難民を乗せたせいで身動きできなくなってしまったのだ。この動けない船団に対して容赦なくビームは浴びせかけられ、確実にその数をすり減らしていく。これはもう戦闘ではなく、一方的な虐殺であった。
 この船団の惨状を見たヘボンは遂に砲撃を許可した。もうMSがすぐそこまで来ており、これ以上こちらの位置を隠す意味も無い。ヘボンの許可を受けて戦艦や巡洋艦は一斉に砲門を開き、ミサイルランチャーからミサイルを発射する。
 しかし、自由に戦闘機動が出来るアレキサンドリア隊と身重な上に船団を守らなくてはいけない第4艦隊ではハンデがありすぎる。ヘボンはバーミンガム級6番艦ブリストルの艦橋から檄を飛ばし続けていたが、劣勢に追い込まれていくのは避けようも無かった。
 そして、遂に恐れていた事がおき始めた。

「敵MSが防衛線を突破、船団に向います!」
「いかん!」

 ヘボンが焦った声を上げる。この時第4艦隊のMS隊を振り切ったバーザムやマラサイが次々に船団へと向い、これと護衛のMS隊の死闘が繰り広げられた。第4艦隊も無傷ではなく、同じようにマラサイやバーザに集られて損傷したり撃沈する艦が相次いでいる。
 こうなってはもうどうする事も出来ない。かつて起きたルウム戦役ほどではないが、MSの脅威に艦隊が容赦なく叩かれていくという悪夢が再現されようとしていたのだ。

「どうにかならんのか。このままでは、全滅する」
「提督、もう、降伏するしかないのでは……」

 ボロボロになっていく艦隊。このままたいした抵抗も出来ずに全滅するくらいなら、屈辱に甘んじてでも降伏して民間人と将兵の命を救った方が良いのではないかという者が増えだした。ヘボンもその事には思い至っていたのだが、中々それを切り出す事が出来ないでいる。

「後方の第3艦隊はどうなっている。エニーは?」
「第3艦隊はまだ健在のようです。防衛線も何とか維持できています!」
「……そう、か」

 エニーが頑張っているなら自分もまだ頑張るかと気持ちを持ち直そうとしたとき、ヘボンの元に最大級の悲報がもたらされた。

「輸送艦コニー・ジャンソン撃沈、輸送艦ハンソー撃沈しました!」
「……なんだと?」

 コロンブス級の大型輸送艦には1隻当たり5千人は乗っていたはずだ。避難民の数は合計で300万に達する。それを近隣から掻き集めた輸送艦や商船、果てはボートやシャトルまで動員して詰め込んできたのだ。本来なら船団を守って戦わなくてはいけない戦闘用艦艇にまで民間人が詰め込まれており、戦えるのは乗せる余裕無しと判断された駆逐艦だけとなってしまった。
 この状況下でむしろ連邦軍は健闘していると言えたかもしれない。特に駆逐艦部隊の奮闘は後にまで語り草となるほどの凄まじさで、ジャマイカンの本隊ではドゴス・ギア級戦艦がセプテネス級駆逐艦を相手に必死にならざるを得なかったなどという洒落にならない事態までが起きている。
 第4艦隊でもその士気の高さは異常なほどで、名艦長として知られるガディの指揮するアレキサンドリアでさえ2隻のマエストラーレ級の突撃と後退を繰り返す戦法に翻弄され、攻撃を邪魔されているくらいだった。この戦いでティターンズ艦隊の将兵は決死の覚悟を持って突入してくる駆逐艦はMSの援護があっても阻止するのは困難だという戦訓を得る事になる。

 同じ頃、後方を固めていたエニーもいよいよ最後の時が来たかと覚悟を決めようとしていた。いよいよティターンズ艦隊の攻撃を激しさを増し、こちらの防御を抜けて船団に届く攻撃が増えてきている。

「秋子からの、連絡はまだ無い?」
「あ、ありません……」
「そう……ここまでかしらね」

 流石のエニーにも諦めの色が見え出した。このまま300万の民間人を犠牲にするより、諦めて降伏するべきではないのかと考え出したのだ。リビックには悪いが、自分の力ではこの辺りが限界だったのかもしれない。

 しかし、エニーが挫けそうになった時、いきなり艦隊の進行方向、第4艦隊のほうで多数の爆発光が観測された。その報せを受けたエニーは第4艦隊が崩れたのかと思ったのだが、どうも様子がおかしい。そして、いきなり通信士が歓喜の声を上げた。

「提督、援軍です!」
「援軍、ですって?」
「水瀬艦隊からMA隊が到着しました。あのしおりん軽騎隊が来たんですよ!」

 しおりん軽騎隊。何時もならふざけた名前だと馬鹿にするその名前が、この時ばかりは救いの神に聞こえてしまったエニーであった。


 戦場に到着した栞は一方的な攻撃を受けている第4艦隊の惨状と、後方で虐殺されるままになっている船団を確認して怒りを露にしていた。

「全機、第4艦隊を襲っている敵MSを蹴散らします。ミサイル第1波後、天野さんたちは分離してMS戦を!」
「分かりました」
「5番機、6番機はここに残って船団の護衛を。残りは私と一緒にサイド1に行きますよ!」

 デンドロビウムとGレイヤーから一斉にコンテナミサイルが発射された。その数6基。これが向ってきたMSめがけて無数の子弾をばら撒いたのだからたまったものではなく、ティターンズMS隊は慌てふためいて隊形を崩して逃げ回る事になる。そして、このミサイル弾幕は13機のMSを完全破壊し、それと同数の損傷機を作り上げる事になった。
 この一撃で開いた風穴にMA隊は突入し、ここまで牽引してきたMS隊を切り離した。切り離された天野大隊のMS隊24機は小隊ごとに集ると手近にいる敵MSめがけて攻撃を開始した。

「全機、何時もの手で行きます、散開を!」

 天野の指示を受けて一斉に散っていくゼク・アイン隊。その動きはティターンズMS隊を囲うように球を描き、追い込まれるようにティターンズのバーザムやマラサイが一箇所へと集められていく。これを見たモンシアが通信機に怒鳴りつけた。

「馬鹿野郎、そいつはクリスタル・スノーの常套手段だ。早く散れ、死ぬぞ!」

 だがモンシアの叫びは些か遅きに失した。モンシアに言われて慌ててその場から逃げに入った反応の良い機体はその後の集中砲火から逃げ出す事が出来たのだが、多くはゼク・アインの大型マシンガンが生み出す四方八方からの集中砲火を浴びて撃破されてしまうことになった。
 モンシアは周囲の機体を集めると激昂してこれに立ち向かって行ったが、この突撃を見た天野は薄い笑みを浮かべて部下に指示を出した。

「向こうから来てくれるなら好都合ですね。このまま数を減らします。第2中隊は艦隊と船団の援護に。私たちは彼らを殲滅した後、敵艦隊を叩きます」
「了解しましたが、1個中隊で大丈夫ですか?」
「第4艦隊のMS隊もいますし、何とかなります。それより、早くお行きなさい」
「はっ」

 天野の命令を受けて第2中隊12機のゼク・アインは艦隊の方へと向かっていった。そして天野は向ってくるティターンズのバーザムやマラサイを迎え撃とうとしていたが、その時コクピットに敵側の通信が流れた。どうやら無線を傍受してしまったらしい。

「敵はあの天野大隊だが、隊長の天野はカノンの中じゃ珍しい雑魚だって話だ。まず隊長機を仕留めろ!」

 ぴくっ、と天野の眉が不快げに動いた。そして向ってきたマラサイやバーザムにマシンガンを向けて照準を合わせると無造作にトリガーを引いて銃撃を加える。勿論こんな狙いが簡単に分かるような射撃にやられるティターンズではなく、マラサイやバーザムは楽々この射撃を回避することが出来た。

「馬鹿が、こんな撃ち方で当たる訳が……」

 マラサイのパイロットが銃撃を回避したのを確認して嘲るように言うが、視線を戻すと既に天野のゼク・アインの姿はそこには無かった。慌てて何処に行ったかと思って周囲を探すと、いつの間にか自分の下方に回りこんでいるゼク・アインを見つけることが出来た。

「気付くのが、遅いですよ」

 下方から撃ちこまれた大口径砲弾を受けたマラサイは四肢をもぎ取られて爆発してしまう。天野を雑魚と侮った代償を支払わされた同僚を見て他の機体の動きに動揺が走る。それを見て天野はますます不満そうな声を漏らした。

「私を雑魚扱いしておいてその様ですか。確かに私はカノンの中では弱いですが、それは回りが化け物過ぎるだけなんですよ」

 決して自分が弱い訳ではない。天野はそう主張したいようだった。まあカノンの有名どころと言えばサイレンや各部隊長だが、その中に混じれば天野は最弱レベルと言える。しかし、最弱と言ってもカノンの大隊長を務めるだけはあり、クリスタル・スノーの平均からすれば強いのである。どうもこの辺りで天野は不当に低い評価をされているようであった。


 崩壊しかけていた避難船団は、天野と栞の戦線参加によって再び立て直されようとし、逆にティターンズ艦隊が突き崩されようとしていた。だがしかし、その頃既にサイド1の戦いは、終焉を迎えようとしていた。




後書き

ジム改 久々にデンドロ軍団が出た。
栞   見ましたか。これが力というものです!
ジム改 いやまあ、確かに絶対的な力なんだけどね。
栞   最初から私に任せてくれればティターンズなんかに苦戦しないんですよ。
ジム改 お前、毎度毎度弾切れで撤退してるの忘れたのか?
栞   そんな過去の事は忘れました。
ジム改 こ、こいつ、都合の悪い現実からは目を背けてやがる。
栞   しかしなんと言いますか、連邦軍もだらしないですね。
ジム改 仕方なかろう。今回は守る為の戦いだし。
栞   でも、みさきさんたちは成功させてますよ。
ジム改 向こうは護衛艦の割合が多いからな。直衛とは別の哨戒部隊もあるし。
栞   ……ネオジオンやエゥーゴに聞かれたら殺されそうな話です。

ネオジオン 話は聞かせてもらったぞ!
エゥーゴ  貴様ら全員鉱山送りだ!

栞   こんな感じで。
ジム改 まてやこら。
栞   では次回。数で勝るティターンズを相手にしたリビックは遂に限界を迎える。崩壊する連邦艦隊の脱出させようとするリビックに、容赦なくジャミトフの攻撃が加えられる。そして避難船団には更なる脅威、リーフ艦隊が迫っていた。次回「決着」でお会いしましょう。