第51章  決着




 サイド1で戦うリビックとバスク。リビックの策に嵌り、半包囲下で苦戦を強いられるバスクを救出しようとジャミトフは直卒の主力部隊を動かした。それまで何とか優勢に戦っていたリビックであったが、ジャミトフが動いたのを見て流石に次の手を考えさせられる事になる。

「ジャミトフが動きおったか。奴はバスクより手強いの」
「1年戦争において、アフリカへの反撃の指揮を取った経験がありますからな。ですが、宇宙戦の指揮は初めてでは?」
「小規模なものなら経験があるはずじゃよ。じゃが、流石にこれほどの大軍を動かした事は無いはずじゃな」
「では、我らが取るべき手は一つですな」
「貴官もそう思うか」

 リビックは我が意を得たりという笑みを浮かべ、第5艦隊のデスタン少将を呼び出した。少ししてサブモニターに妨害を受けて荒い画像ながらもデスタンの顔が映し出された。

「長官、何か?」
「儂はこれからジャミトフと一戦交える。この場は貴官に任せて良いかな?」
「おお、長官自らが戦われると。ならば、喜んでこの場を引き受けましょう!」
「すまんの」

 戦いの場を得たデスタンが興奮した声で引き受ける。だが、それは数で劣勢を強いられるという事でもある。デスタンに無茶を頼む事をリビックは詫び、そして第1艦隊にバスク艦隊との交戦を打ち切り、ジャミトフの本隊に向かうよう命令を出した。
 リビックの命令を受けて第1艦隊がバスク艦隊への砲撃を中止し、離れていく。それを見たバスクは直ぐにリビックの意図を見抜き、焦った声で逃がすなと檄を飛ばした。

「リビック提督はジャミトフ閣下を狙うつもりだ。行かせるな!」
「バスク中将、第5艦隊が攻勢に出ました!」
「なんだと!?」

 リビックを追撃しようと艦隊を動かそうとした途端、それを阻もうとするかのように第5艦隊が攻勢に出てきた。それまで砲戦を交していた部隊が第5艦隊の圧力に押し負けて崩され、防御スクリーンの壁が崩壊した為にたちまち被弾して損傷する艦が続出していく。
 艦隊が艦列をきちんと整えるのはまず敵と戦う為である。計算された配置はそれぞれの目的に特化しており、極めて重要な意味を持つ。それ以外にも艦隊運動の為であり、接触事故を防ぐ為でもある。一見大した事でもないように思えるが、実際には整然とした陣形を組み上げ、自在に艦隊運動が出来るというのは凄まじい技量を有する証なのである。
 そしてグリプス戦争ではこれ以外に、防御スクリーンを効率的に運用するという目的もある。整然と並んだ戦艦や巡洋艦が作り出す防御スクリーンは巨大な壁であり、敵の砲火を受け止める事が可能となる。ゆえに双方はこの陣形を崩そうと様々な手段を工夫する。数の差が有るなら正面から火力差で押し切るという手もある。
 今回のように艦列が崩れるというのは防御スクリーンの壁が崩れるという事であり、各艦は各々の防御スクリーンと対ビーム榴散弾による防御をするしかなくなる。そうなると艦隊戦は一気に不利になるのだ。

 目の前でサラミスが側面にビームの直撃を受けて中破し、よろよろとイスパニアの前から逃れていくのを見たバスクはここで戦う事を決意した。このままではここで全滅させられてしまう。

「止むをえん、第5艦隊をまず叩くぞ!」

 バスクは遂に決断した。まず目の前の敵を叩くことだ。だが、バスクはジャミトフに援軍を出す事は忘れなかった。何しろ最精鋭部隊は自分が掌握しており、ジャミトフが率いている部隊は些か頼り無いのだ。
 
「ヤザンとシロッコの部隊を戻らせろ。ジャミトフ閣下をお守りするのだ!」

 バスクの命令を受けてヤザンのハンブラビ3機を中心とするMS隊が急いで引き返していく。ヤザンとしてはここで戦いを続けたかったかもしれないが、命令とあっては仕方が無い。一方のシロッコもメッサーラを自分の艦であるアレキサンドリア級の改良型であるハリオに戻った。メッサーラを整備兵に預け、急いで艦橋に戻ってくる。

「全く、バスク中将の忠臣ぶりには感心させられるよ」
「シロッコ大尉、どうします?」
「行くしかあるまい。艦隊を第1艦隊の追撃に向かわせろ。ここはバスク中将に任せるとしよう」

 この状況で艦隊から離れるというのはかなりの危険を伴う。そんな任務を軽々と命令してくれるバスクにシロッコは苦々しさを禁じえなかったが、こちらも命令に逆らう訳にはいかないのだ。

「バスク中将の実力を拝見するとしよう。全艦、後方に真っ直ぐ下がれ!」

 シロッコの命令を受けてハリオを中心とする巡洋艦2隻、駆逐艦4隻の部隊が持ち場から真っ直ぐに下がっていく。バスクの命令なのだから別に問題は無いのだが、一時的とはいえ戦線からいきなり1個戦隊が抜けたのだ。周囲の部隊は何の連絡も無く突然シロッコの部隊が下がっていくのを見て驚き、そして直ぐに大騒ぎをする事になる。何しろいきなり戦線に大穴が開いたのだ。その穴は中々に厄介で、バスクはそこを付け込まれないようにかなり苦労する事になった。

「ええい、シロッコめ、わざと穴を開けおったな!」

 幾ら自分が命令したとはいえ、周囲との連携も無しにいきなり後退したのは明らかに自分へのあてつけだろう。バスクはシロッコの悪辣ぶりにあらん限りの罵声を放った後、再び陣形の再編に取り掛かった。




 バスクとの戦いを打ち切ったリビックはジャミトフに向いながら艦隊陣形を解き、散開させた。リビックはここに来てジャミトフと自分の最大の違いを利用した。それは、現場の経験の差であった。

「各戦隊は直属部隊の指揮が有るまで、各個に敵艦隊への攻撃を行え。巡洋艦部隊は砲撃を、駆逐艦部隊は突撃せよ。MS隊は各隊の判断で行動し、敵MSを撃滅せよ!」

 リビックの命令を受けた各戦隊は一斉に動き出した。戦艦部隊と巡洋艦部隊は縦列陣でティターンズ艦隊に砲戦を挑み、駆逐艦部隊はミサイルをランチャーに装填して突撃をかける。別に戦艦を狙っているわけではなく、手近な艦を狙ってぶっ放しているようだ。
 これとは逆に空母2隻は駆逐艦の護衛を受けて戦場から離れようとしている。この手の乱戦では空母の出る幕は無い。MS隊を出した後は砲戦に巻き込まれないように後方に退避したのだ。
 これに対してジャミトフは慌てずに艦隊陣形を崩さず、近付いてくる敵を砲撃で叩くように指示した。数では空母を切り離した事で残り44隻の第1艦隊に対し、ジャミトフの艦隊は100隻を超えている。まともにやりあったら勝負になる筈が無い。
 だが、この時はジャミトフは思いもよらない苦戦を強いられる事になった。連邦軍の動きはジャミトフの対応できる速度を超えており、ジャミトフは各戦隊に対応を委ねたのだが、これが裏目に出てしまった。連邦軍の正規艦隊に配属されている軍人は宇宙軍のエリートである。エリートと聞くと無能やら腐敗やらの単語が浮かんできそうだが、彼らは艦隊を動かす事に生涯をかけてきたプロ中のプロと言える職業軍人である。ジャミトフの周りに群がって甘い汁を吸おうとしていた連中とは出来が一味も二味も違うのだ。
 ジャミトフ指揮下の部隊が連邦艦隊を迎え撃とうと散開を始めたのだが、その動きはリビックの艦隊の動きとは比較にならないほど緩慢だった。彼らは易々と第1艦隊に機先を制され、有利な位置を占められて不利な戦いを強いられる事になった。

 この艦隊戦の行われている中間宙域では双方の艦砲が飛び交っているのを物ともせずに距離を詰めあったMS隊が熾烈な消耗戦を行っていた。ティターンズの主力はバーザムとマラサイ、ハイザックであり、連邦はジムVとジムU、ジム・FBとなっているが、小数のゼク・アインやジムキャノンUも含まれている。
 このMS同士の乱戦を迂回してティターンズ艦に襲い掛かっているアヴェンジャー攻撃機の姿もある。これは連邦の空母から発艦してきた艦載機だ。この時代でも連邦軍は航宙機に一定の価値を見出しており、運用を続けている。これは水瀬艦隊で顕著であり、この時代にあっても航宙機で編成された飛行隊を維持していた。
 航宙機の利点は整備、維持費の安さと稼働率の高さにある。MSは実用性においては最高の出来、とまで言われるジムVですら整備にはそれなりの手間がかかるものである。だが航宙機はMSほどには複雑な構造をしておらず、運用にかかるコストも手間も遙かに低く抑えられる。 
 この利点を生かして秋子は哨戒や航路警備などに航宙機を運用する護衛空母を揃えて運用している。海賊が主に運用している1年戦争型のMSなら護衛空母に搭載されているダガーフィッシュで十分撃破出来るので、エゥーゴやネオジオンの通商破壊戦にもある程度対応可能なのが強みだった。両勢力とも新鋭機は秋子やティターンズとの交戦圏に貼り付けておかなくてはならないので、連邦の輸送路への攻撃は旧式機を使っているからだ。エゥーゴは少し前は最新兵器をこの任務に投入していたのだが、今ではそんな余裕は無くなってしまった。

 突入してきたアヴェンジャー隊は対空砲火の作り上げた弾幕を掻い潜って巡洋艦や駆逐艦に肉薄し、抱えてきた2発の対艦ミサイルを発射して離脱していく。この時代の航宙機用の対艦ミサイルは射程を犠牲にする代わりに威力は艦載ミサイルに匹敵する威力がある。他にも対要塞用や地上攻撃用など、様々な兵器を運ぶ事が出来る。
 発射されたミサイルは目標となった艦めがけてロケットモーターを点火して突入していく。狙われた艦は急いで艦を上下に振って、あるいは急制動をかけてミサイルの進路上から艦を外そうとするが、全ての艦が回避できた訳ではなかった。
 直撃を受けた巡洋艦が光の中で悶え、駆逐艦が1発のミサイルで船体を引き裂かれ、爆沈していく。その一方で反撃を受けて撃墜されるアヴェンジャーも出ていた。逃げようとする機体を狙って放たれた複数パルスレーザーの火線の網に絡め取られて撃墜される機体、護衛のハイザックのザクマシンガン改に狙い撃たれて砕け散る機体が続出する。
 逃げていくアヴェンジャーを追撃しようとするハイザックに護衛のダガーフィッシュが高速で襲い掛かり、ビームガンを進路上に撃ち込んで牽制する。頭上から飛来したビームをみてハイザックが慌てて回避運動に入り、周囲を捜索するが、既にそのダガーフィッシュはアヴェンジャー隊からハイザックを引き離したのを見てアヴェンジャー隊の護衛に戻ってしまっていた。


 優勢なティターンズ艦隊が寡兵の連邦艦隊に押されている。この現実にジャミトフは顔を顰めていた。
 
「何をしておるのだ、半数以下の寡兵に押されておるとは!」
「どうも、敵の艦隊運動はこちらより1枚も2枚も上手のようです」

参謀長のエルバト少将が第1艦隊の見事な動きに感心しながら答える。自分たちの放った戦隊には教科書どおりのT字を描かれ、一瞬にして先頭艦を沈められている部隊までがある。ここまで振りまわされればいっそ爽快というものだ。

「どうなさいますか閣下、このままではこちらが戦線崩壊しかねません」
「……バスクは何をしている?」
「第5艦隊と交戦しております。だいぶ撃ち減らされておりますが、第5艦隊だけが相手ならば何とかなりましょう。現在シロッコの艦隊とヤザン大尉のMS隊がこちらに向かっておりますな」
「そうか、シロッコがな」

 旗艦であるドゴス・ギアの周辺にも砲火が及び出し、護衛艦が周辺を固めつつ応戦している様を見ながら、ジャミトフは視線を宙域図に移し、別働隊を示す光点を見た。

「ジャマイカン中佐の方は上手くいっておるのか?」
「先ほど定時連絡のレーザー通信が届きました。現在避難船団と交戦しているそうです」
「そうか、では、第3、第4艦隊もこれで終わりだな」

 民間人を抱えた船団を守りながらではまともに戦えまい。エニーとヘボンは虜囚として自分の前に出てくるか、艦と運命を共にする以外に道はあるまい。

「……いや、そう何でも自分の思う通りになるとは、思わぬ方が良かろうな」
「閣下?」
「避難船団の行く先には水瀬がおる。奴の事だ。今頃こちらに大軍を向けておるだろうよ」「水瀬提督が、ですか?」
「ああ、リビック提督ほどではないが、私も彼女の事はそれなりに買っておる。陽動に引っ掛かってこちらの動きに遅れを取っていたとしても、大した時間は稼げまい。急がねばジャマイカンは叩きのめされるぞ」
「ですが、それ程能動的に動くでしょうか? 幾ら水瀬提督が名将とはいっても、全てのカードを知っているわけではありますまい」
「そう、知っている筈は無い。その通りだ」

 誰もが全てのカードを持っているわけではない。自分も連邦も、エゥーゴもネオジオンも違うカードを持っている筈だ。ただ、切れるカードは連邦が一番多い。それだけは間違いない。この戦いで仮に自分の目標を全て達成し、リビックの主力艦隊を殲滅できたとしても、なおサイド5には、秋子の手元にはティターンズ宇宙軍の総力に匹敵するほど、いや、やや上回るほどの大軍が集っている。つまり、ティターンズはこの戦いに完勝してようやく宇宙における勢力争いを互角に持ち込めるのだ。
 秋子は厄介な相手ではあるが、リビックよりは相手にしやすいとジャミトフは思っている。所詮は40そこそこの若輩者であり、戦闘の経験も人望もリビックには及ばない。リビックさえ倒せば、いずれ連邦宇宙軍は瓦解すると考えているのだ。

「この戦いに勝てば、歴史は変わる。連邦宇宙軍を叩けば地上は制圧できる。そうすればエゥーゴもネオジオンも物の数ではない」
「そう願っております」

 自分自身に確かめるように呟くジャミトフ。それを聞いたエルバトは真面目な顔でそれに頷いた。実際には秋子でも宇宙軍をまとめる事は可能だろう。せめて連邦政府が瓦解していれば崩壊する可能性も十分にあったのだが、連邦政府がジャブローで再建され、コーウェンの指導の下に各部隊の統制が回復してきている今では秋子を中心に宇宙軍は纏まってしまうだろう。
 この戦いに勝ったとしても、まだ次の戦いがある。それを分からない2人ではなかった。ただ、そういう未来を予想したかったのだ。





 ジャミトフとリビックの戦いを高みの見物していたシロッコは、リビックに圧倒されているジャミトフの艦隊の醜態を見て嘲笑していた。

「ティターンズといえど、創設時の古参部隊を除けばこんなものだな。連邦軍にああも無様に叩かれるとは」
「ですがシロッコ大尉、余りティターンズの事は言えないのでは? 我が木星師団も現状では決定的な戦力を持っているわけではありません」
「分かっている。木星からの援軍がある訳ではないからな。当面はジャミトフに忠誠を誓う振りをしつつ、人材を取り込んでいくさ」

 バスクの存在を豪快に無視した発言をするシロッコであったが、それをおかしいと思う人間は艦橋の中にはいなかった。シロッコの部下は全て木星師団の人間であり、その忠誠心はティターンズにではなく、木星に向けられている。その彼らからすれば、ティターンズは利用するだけの相手でしかない。そして、彼らにとっての敵はジャミトフただ1人である。
 だが、今この段階でジャミトフに倒れられては困る。だからシロッコはジャミトフを助けなくてはいけないのだ。

「敵の主力は戦艦部隊だ。それに砲撃を集中させろ!」

 シロッコの命令を受けて6隻は一斉に砲門を開いた。背後からの砲撃を受けた連邦艦隊は防御スクリーンの薄い場所を撃ち抜かれてたちまちマゼラン2隻とサラミス2隻が被弾し、サラミス1隻が機関部に直撃を受けて動けなくなってしまう。
 それでようやく後方からの敵に気付いたリビックであったが、ジャミトフとの戦いに全ての艦艇とMSが拘束されており、そちらに回す戦力など何処を探しても有りはしなかった。

「むう、バスクが援軍を送ってきおったか」
「あれはハリオですな。ティターンズの新鋭艦です」
「さて、どうしたものかな。あれに部隊を振り向ければ、こちらの兵力が不足する」
「いえ、既に限界を超えているかと。後方からの一撃でこちらの動きが止まりましたから。ティターンズの一部がその隙に態勢を立て直しています」

 最初はこちらの動きに付いていけず、振り回されていたティターンズ艦隊が落ち着きを取り戻し出している。それはつまり、リビックの勝利する可能性が失われた事を意味していた。機動力の勝負に持ち込めば双方の技量が物を言う乱戦に持ち込めるが、落ち着いて態勢を立て直されたら数が物を言う総力戦になってしまう。

 勝ち目が無くなったと悟ったリビックは顎に手を当て、どうしたものかと考えた。全軍をまとめてドゴス・ギア撃沈を狙うか、それとも諦めて全軍を脱出させる道を選ぶか。
その時、バーミンガムに第3艦隊からの通信が飛び込んできた。それを受け取ったクルムキンは少し驚いている。

「提督、エニー少将からです。水瀬艦隊よりMA隊と天野大隊の一部が到着、敵を蹴散らしてくれていると」
「ほお、あのしおりん軽騎隊がか。それでは、秋子の奴はすぐそこまで来ておるのじゃな」

 そうかそうかと頷き、リビックはクルムキンを見た。

「参謀長、戦場から脱出するぞ。全軍に伝えたまえ」
「逃げると仰いますか?」
「もう、時間は十分に稼いだじゃろう。総力戦になる前に逃げるのじゃよ。まだイニシアチブはこちらが握っておるからな。退ける時に退くのじゃ。デスタンにも撤退を伝えておいてくれ」

 リビックの退却命令を受けて連邦艦隊は敵を撃破するための戦いから生き残る為の戦いに目的を切り替えた。バスクと戦っていた第5艦隊は後方が開いていたので簡単に脱出できたのだが、やはりジャミトフの本隊を相手にしていた第1艦隊は苦戦を強いられていた。
 この場で活躍していたのは以外にもMS隊であった。逃げようとする第1艦隊の進路上を塞ごうとするティターンズのMS隊に果敢に立ち向かった連邦MS隊は、数と性能を不利を勢いで埋めて戦っていた。

「邪魔をするんじゃないよ!」

 ライラ大尉率いるガルバルディβ中隊が先陣を切ってティターンズMS隊に挑み、マラサイやハイザックと接近戦に持ち込んでいく。ガルバルディβの特徴は軽量から来る運動性の高さで、この点だけは第2世代MSにも対抗することが出来る。ライラはそれを生かす手に出たのだ。
 その隣ではジムVの部隊がマラサイやバーザムを相手に獅子奮迅の活躍をしていた。この部隊には凄腕のユウ・カジマ少佐がいる。ユウに率いられたジムV隊はもっぱらジムUでは対処できないバーザムを狙って数を減らしていたが、やはり先鋒を務めているだけあって消耗も激しく、その突破力はじりじりとすり減らされていた。

「くっ、このままでは……」

 撃ち減らされていく部下達に焦りを見せるユウ。彼自身は冷静に敵の数を減らしているのだが、やはり味方の消耗が馬鹿にならないのだ。部下の状態を把握したくてもすぐに次の敵が来るのでその暇が得られない。
 そんな悩みを抱えていると、また直ぐにバーザム1機とマラサイ2機が突っ掛かってきた。ビームライフルを構えてそれを迎撃しようと意識をそちらに向けたユウだったが、その新たな敵機の進路上をいきなり強力なビームが貫いていく。
 それを見た3機が急制動をかけようと四肢を動かすが、停止する間もなく次弾が飛来してマラサイの左腕を吹き飛ばした。もう3機はユウのジムVなど忘れたかのようにその攻撃を加えてきた新手を探している。それを見たユウは些か呆れながらも、体はバーザムをロックオンしてトリガーを引く。放たれたビームはこちらに無防備な側面を向けていたバーザムを貫き、一撃で破壊してしまった。
 このユウの攻撃を受けて残るマラサイ2機は動揺を見せる。戦場で止まる事は危険な行為だという事を2機のパイロットは忘れたらしかった。残る2機も続けての攻撃を受けて破壊され、ユウはようやく一息付く事が出来るかと思われたが、その目論見は通信機から飛び込んできた元気な女の声によって阻まれた。

「ちょっとそこのジムV、あんた指揮官機でしょ。早く部隊を纏めなさいよ!」
「……誰だ?」
「フォクス・ティースの沢渡真琴って言えば分かる!?」
「フォックス・ティースの沢渡真琴、あの水瀬艦隊の火力中隊の?」
「そうよ。分かったなら、さっさとやる事やってよ。こっちは忙しいんだからあ!」

 現れたのはジムキャノンUだった。肩には牙を見せる狐と雪の結晶が描かれている。これに続いて同じマーキングの2機のジムUが現れ、近くに居るマラサイやハイザックを撃ち落している。もっぱらジムキャノンUが砲撃して動きを止め、ジムUが止めを刺すという典型的な支援隊形で戦っているようだ。こういう小隊が他にも3つ、動き回ってこの辺りのティターンズ部隊の数を減らしている。

「これが、クリスタル・スノーの戦いか」

 ファマス戦役時代に一度だけ北川大隊の強さを見た事があったが、この部隊は北川大隊より強いのではないかと思わせる強さを見せている。伊達にフォックス・ティースなどという渾名を貰っている訳ではない様だ。
 真琴たちの参入でどうにか優勢に持ち込んだユウは急いで部下を取りまとめ、再び突撃を加えるべく再編成に入った。

「フィリップ、俺のウィングを頼む」
「おいユウ、何だあいつらは、化け物か?」
「あいつらは、あのフォックス・ティースだそうだ」
「フォックス・ティースだあ、あの天野大隊の火力中隊か!?」

 フィリップは驚いてもう一度突然やってきた援軍を見やる。確かに言われて見ればこの部隊は12機が1つのチームとして常に互いの支援を意識した動きを見せ、決して1対1の勝負はしようとしていない。これは秋子が昔率いていた機動艦隊、とりわけクリスタル・スノー出身者に見られる特有の動きだ。他の部隊も集団戦は行うが、ここまで連携の取れた動きが出来る部隊は他に類を見ない。これだけのチームプレイをするというのは、全体に極めて高い技量が必要となるからだ。
 
「たはあ〜、そりゃ、まあ納得するしかねえんだな」
「……行くぞ、フィリップ」

 余りの強さに呆れて二の句が告げないでいるフィリップにユウが声をかけ、機体を加速させる。それを見てフィリップもユウの右後方に機体をつけた。

「おいユウ、何張り切ってるんだよ!?」
「何でもない」

 フィリップの問い掛けに不機嫌そうに答えるユウ。それを聞いたフィリップは呆れた顔になり、そしてやれやれと苦笑いを浮かべた。

「ガラにも無く熱くなりやがって」

 第一印象だけならクールで暗めの男なんだがねえと呟いて、フィリップはライフルを向かってくるバーザムに向けた。彼としても、目の前であんな戦いを見せられては些か穏やかではいられなかったのだ。




 ジャミトフの囲いを突破しようとひたすら前進する第1艦隊。その眼前に立ち塞がったティターンズの部隊は悉くが撃破されていたが、第1艦隊の被害も馬鹿にならないレベルに達してきている。旗艦であるバーミンガムの3発被弾しており、第2砲塔が全壊、艦橋にも被害が出ている。この時、僅かな間だがバーミンガムが通信能力を喪失したようで、一時的に指揮系統が混乱をきたすという苦境に追い込まれた。幸いにしてそれは一時的なもので、直ぐにバーミンガムからの通信は回復したのでティターンズの攻撃に突き崩される事は無かったのだが、これ以降の第1艦隊の動きは不自然なまでに鈍くなってしまった。
 この状況下でやってきたのが栞のデンドロビウムと3機のGレイヤーだった。背後から高速で迫ってくる大型の物体にティターンズが何事かと騒ぎ出したが、その騒ぎは彼方から飛来した戦艦の主砲並のメガ粒子砲によってパニックへと変わった。まさか、この状況で連邦の増援艦隊が現れたというのだろうか。
 この新手に関して一番正確な情報を掴んだのはシロッコだった。

「なに、デンドロビウムだと!?」
「他にGレイヤー3機を確認しました。大尉、これはまさか!?」
「そんなふざけた部隊は他には無い。しおりん軽騎隊だ!」
 
 あの連邦軍の鬼子が、最強最悪の化け物部隊が戦場に現れたのだ。この部隊が本格的に運用されたのは過去に2回、エゥーゴの地球降下作戦時と、ティターンズの決起の時の2回で、いずれもMSの大軍を圧倒的な火力と機動性で壊滅させ、艦隊を突き崩してしまうという異常なまでの強さを見せ付けている。ただ、欠点として運用コストが高すぎるという問題を抱えており、易々と戦場に投入できないという欠点も抱えている。だが、戦場に出てきたこれが死神であるのは確かな事実だ。
 シロッコは友軍にこの部隊が現れた事を伝えると、この化け物部隊とぶつかる愚を避ける為に主戦場から距離を取り出した。自分が現在使っているメッサーラでどうにかなる相手ではないのだ。

 栞たちの登場でティターンズの包囲網は崩壊した。時間制限付きとはいえ4機のMAの攻撃力は凄まじく、巡洋艦が真っ二つにぶった切られたりMS中隊がミサイルのシャワーで壊滅させられるという悪夢のような戦いが繰り広げられていく。
 特にこの時の栞の強さは驚異的であった。戦場の外ではともかく、戦闘の真っ最中でも冷静さを保って他の者のブレーキ役となる事が多い栞にしては珍しく、感情を荒げてティターンズ部隊を蹴散らして回っていた。栞は1年戦争緒戦で全滅したサイド2の数少ない生き残りで、彼女のいたコロニーは生物兵器で殲滅されている。彼女自身も戦中に発病し、生死の境を彷徨ってきた。そんな経験があるからこそ、彼女は民間人を狙った無差別攻撃を酷く忌避している。

「貴方たちも、元は連邦軍でしょう。それが、何時からジオンと同じになったんですかっ!」

 物干し竿から放たれたビームが狙ったセプテネスを田楽刺しにし、1発で完全破壊してしまう。その余りの猛威にティターンズのMSたちが怯み、後退していく中で無謀にも突っ掛かっていくマラサイ隊がいた。

「ジェリド、バズーカで奴の兵装コンテナを狙え。あれに当てれば1発で奴は吹き飛ぶ!」
「待てカクリコン、あんな化け物に手を出す気か!?」
「そうですカクリコン少尉、危険過ぎます!」

 圧倒的な戦闘力を持つデンドロビウムに挑もうとするカクリコンの無謀さにジェリドとエマが制止の声を上げる。幾らなんでもあんな化け物を自分達でどうにかできるとは思えなかったのだ。
 カクリコンはビームライフルではなく、予備に使っているザクマシンガン改を持ってデンドロビウムを撃ちまくる。これは何発かが機体を捉えたのだが、強靭な装甲に守られたデンドロビウムは小揺るぎもしなかった。

「くそっ、噂通りの化け物か!」

 120mm弾など豆鉄砲だと言わんばかりの重装甲にカクリコンが口汚い罵りを上げる。だが、それで諦めたわけではなく、距離を詰めてビームサーベルを使おうと試みる。それを見たジェリドがサイド制止の声を上げながら援護にバズーカを放っているが、それはデンドロビウムに掠りもしなかった。そう、彼らは敵を見誤っていた。デンドロビウムの性能の凄まじさにばかり目が行ってしまって、それを使っているパイロットが水瀬艦隊でも上位に位置する、1年戦争から戦歴を重ねているベテランのエースパイロットだという事を失念していたのである。
 栞は小賢しくも立ち向かってきたマラサイを確認すると、苛立たしげにビームサーベルを起動させた。

「マラサイが3機で私を止める? 馬鹿にしないで下さい!」

 そのマラサイ3機は手練れのようだったが、あくまで一般レベルから見ての話である。栞クラスのパイロットと比較できるような技量ではない。栞は接近するマラサイの動きを先読みし、巨大なビームサーベルを横薙ぎに振るった。

「なにぃ!?」
 
 カクリコンはデンドロビウムの下部からいきなり巨大なビームサーベルが出現した事に驚愕し、慌てて後退しようとしたが間に合うはずもない。カクリコンはMAがそんなふざけた武器を持っていることに理不尽な怒りを感じながらビームサーベルに焼き殺されてしまった。

「カ、カクリコ――ンッ!」

 目の前で同僚のマラサイが真っ二つにされたのを見たジェリドが悲鳴のような声でそのなを叫び、エマが小さな悲鳴を漏らして顔を伏せる。訓練校時代からの仲間がまた1人、戦場に散って行ったのだ。

「くそっ、よくもカクリコンを!」
「待ってくださいジェリド少尉、私たちになにが出来るというんですか!?」
「エマ、お前は、カクリコンの敵を討ちたくないのか!?」
「そんな訳無いでしょう。ですが、今の私たちには不可能です!」

 エマの説得を受けてジェリドは歯軋りしながらも追撃を思い止まった。確かにエマの言う通り、マラサイであれがどうにかなるとは思えない。ジェリドはカクリコンの復讐を誓いながら、エマに引き摺られるように後退していった。





 この戦いは栞たちの突入によってようやく終了した。この時避難船団にはリーフの派遣した艦隊30隻が迫っていたのだが、この部隊は栞に続いてやってきた水瀬艦隊主力と真っ向から相対する事となり、無理な戦闘を回避して撤退している。流石に歴戦の名将に率いられた100隻を超える大艦隊を前にしては戦う気も起きなかったらしい。ジャマイカン艦隊は水瀬艦隊の接近を察知すると、秋子が瞠目するような速さで逃げていってしまった。
 秋子はボロボロになった避難船団と護衛艦隊の惨状に最初言葉を失い、次いで絞り出すような声で怒りの声を紡いでいた。

「まるで、1年戦争緒戦の再現ですね。あの時も、救い出した民間人を壊滅状態だった各サイド駐留軍が必死に守ってルナツーやサイド5に逃げ込んできました」

 1年戦争を体験した者にとって、この光景はまだ過去のものではない。あの時の戦いで、たった一週間で世界の人間の2人に1人が死んだのだから。あの時の衝撃波恐らく一生忘れる事はできまい。
 悔しさを隠せない秋子の元にようやく朗報がもたらされた。サイド1から連邦の第1、第5艦隊が脱出してきたというのだ。第5艦隊は戦力の3割ほどを喪失、第1艦隊に至っては半数以上が失われるという大損害を出していたが、とにかく彼らは脱出してきたのである。
 しかし、その朗報の喜びも長くは続かなかった。何とかバーミンガムとの回線を確保した秋子だったが、メインスクリーンに出てきたのはリビックではなく、参謀長のクルムキン少将だったのである。頭に血の滲む包帯を巻いて、こちらに敬礼をしている。

「クルムキン参謀長、長官は、リビック提督はどうされたのです?」

 秋子の問いにクルムキンは辛そうに顔を顰めて俯いてしまった。

「リビック提督は、バーミンガムの艦橋付近への被弾で重傷を負い……先ほど、医務室で息を引き取られました」
「……なん、と言いました?」
「リビック提督は、戦死されたのです。水瀬提督」

 クルムキンの言葉を反芻した秋子は、余りの衝撃に眩暈を覚えた。これまで連邦宇宙軍を支えてきた連邦の宿将が、あの皮肉屋の老人が死んだというのだ。

「そんな……そんな事が……」
「リビック提督からの、最後の命令をお伝えします。今後は水瀬提督が全軍の指揮を取り、政府の元で戦いを継続せよ、と仰っていました」
「私が、全軍の指揮を?」
「はい。もう、宇宙軍にはそれだけの人材は水瀬提督しか残っていません。エイノー提督は敵に回られ、久瀬中将は刑場に消え、ベーダー中将は環月方面司令部で自決していますから」
「…………」

 自分が宇宙軍を一元指揮する。そんな事はこれまで考えた事も無かった秋子は即座に返事を返す事は無く、生存者の救助を行ってサイド5へ帰還するよう命じるにとどめている。
 この時ジャミトフは全軍をまとめて決戦を挑む事も出来たのだが、流石に傷だらけの艦隊で勝てるとは思えず、仕方なくルナツーへと帰還して行った。ただ、後にジャミトフの側近が漏らした言葉によれば撤退した本当の理由は戦力不足ではなく、リビック提督を戦死させた事からくる喪失感で、彼自身が戦意を無くした為であったらしい。
 サイド1、ザーン会戦はこうして幕を閉じた。この戦いは宇宙での戦闘としては一週間戦争以来となる大量のコロニー市民を巻き込んでの凄惨な戦いとして記録される事となり、グリプス戦争もまた1年戦争と同じく、悲惨な犠牲を伴うものとなる事が確実視された戦いとなった。

 この戦いでティターンズは当初の目的であった連邦主力艦隊の殲滅という目標を達成する事は結局出来ず、かなりの損害を受けてルナツーへと帰還している。連邦軍は1.5個艦隊相当の艦艇を喪失し、司令長官であるリビック提督を戦死させられるなどの甚大な損害を受けたが、それでもなお正規3個艦隊相当の戦闘艦と膨大な数の輸送艦がサイド5に辿り付いており、今後の戦略において優勢を保つ事は可能であった。ただ、この時点でまだサイド2は健在であったため、こちらの防衛を固めると共に住民のサイド5への移送を急ぐ事となる。
 そしてサイド1の脅威が消滅した事により、ティターンズは艦隊を動かす自由を得る事となった。この結果が、次なる戦いの幕を開けることとなる。




後書き

ジム改 連邦軍はまた負けてしまった。
栞   と言いますか、私たちって数で負けると何時も惨敗してますね。
ジム改 いや、勝つ時もあるぞ。
栞   滅多に無いじゃないですか。今回の敗戦は致命傷ですよ。
ジム改 リビックが戦死したからねえ。これで宇宙軍は秋子の独裁状態だ。
栞   次は地球ですか?
ジム改 宇宙は再編成に入るからね。地上編も少しやる。シアンたちやマイベックもあるし。
栞   でも、この予定表は不味いのでは?
ジム改 心配するな。何とかなる。海鳴だし。
栞   ……あの街を特異点かなにかと勘違いしてるような。
ジム改 では次回、再編成を迫られる事になった連邦宇宙軍。勢力を拡大するティターンズの次の標的は弱体化が著しいエゥーゴだった。一方、地上ではコーウェンがジャブローに入り、いよいよ反撃の体制が整おうとしている。だが、そんな中で今や最前線となった海鳴にはティターンズの脅威がすぐそこまで迫ってきていた。今、エース部隊の手でアッガイの雄姿が蘇る。次回「まだ、負けてない」でお会いしましょう。
??? 貴方のハートに、ディバインバスター!
栞   な、何者ですか!?
ジム改 なお、今回の予告は本編とは一部異なっている場合がございますので、御了承ください。