第52章  まだ、負けていない



 リビック提督の戦死、この知らせは連邦の市民と将兵を震撼させた。連邦市民に人気の高かった老将の死は連邦市民を落ち込ませ、軍は喪に服している。特に宇宙軍の受けた衝撃は計り知れず、秋子でさえ丸一日は立ち直る事ができなかった。もっとも、復帰後もその指揮は精彩を欠いており、未だに立ち直っていない事が分かる。
 秋子の命令を受けて帰還してきた祐一たちもそのフォスターUに漂う暗い雰囲気に面食らってしまい、一緒に帰ってきた仲間達にどうしたものかと問い掛けた。

「まさかなあ、こんなにうちが落ち込むとは思わなかった」
「仕方ないさ。俺たちと違って、こっちの奴らは助けに行って間に合わなかったんだからな」

 祐一の問いに中崎が答える。2人はリビックの戦死を聞かされてもそれ程応えてはいないようだ。その後に続いているあゆと名雪、みさおは要塞内の雰囲気の暗さに参っているというのにだ。

「祐一〜、これじゃまるで、フォスターTで惨敗した時みたいだよ〜」
「ああ、分かってる。たく、どいつもこいつも」

 まあ、リビックの存在感の大きさを思えば、彼の戦死が与える影響は分かるのだが、1年戦争のもっとも悲惨な時期を見てきた祐一にしてみれば今更の事だ。一週間戦争こそ経験していないが、その後の熾烈な消耗戦を潜り抜けてきた祐一にとって、上官の戦死は珍しい事ではない。
 ただ、これは祐一が歴戦の兵士だからこその心理で、経験の浅い兵士には無理な注文ではあった。
 出迎えに出てきた北川と香里、天野は不機嫌そうな祐一を見て顔を見合わせてしまった。

「どうした相沢、そんな怖い顔して?」
「怖い顔してってな。俺はどこかの鬼軍曹か?」
「似たようなもんだろ。新兵なんかお前を見たら逃げてくぜ」

 機動艦隊時代から続く地獄の猛特訓は健在であり、その実行犯である祐一は新兵達からは訓練の鬼として恐れられる存在だ。まあ、海鳴基地のシアン校長に較べればまだマシなのではあるが。あっちは鬼を通り越して拷問係扱いされている。どちらも教え子の尊敬を受けているという点では共通しているのだが。
 祐一は北川と握手をした後、基地がどうなっているのかを問い質した。それを受けた北川は肩を竦め、両手を肩の高さまで挙げる仕種をしてお手上げだと言った。

「どうにもならないって。俺が言うのもなんだけどさ、どいつもこいつも負け犬の顔してる」
「秋子さんもか?」
「秋子さんはリビック提督と仲が良かったからな。他の奴らよりショックはでかいんだと思うぜ」
「……そうか」

 秋子まで落ち込んでると聞かされて、祐一も処置なしと匙を投げてしまった。こうなってしまったら秋子に早く立ち直ってもらうのを期待するしかない。

「しょうがないか。今元気なのはお前ら3人だけなのか?」
「いや、沢渡も元気だよ。1年戦争組は大体大丈夫だ」
「沢渡? 真琴の奴もここに来てるのか?」

 意外な名前に祐一は驚いて天野に問い返す。天野は頷き、少し嬉しそうに微笑んでいる。

「第1艦隊と一緒に脱出してきたんです。相変わらず、ジムキャノンUに乗ってましたよ」
「まだそんな旧式に乗ってたのか?」
「仕方ありません。コロニー守備隊のMSは旧式で十分とされてきましたから」

 緊急展開軍のMSの更新が連邦軍としては異常な速さだったのだ。元々が2線級部隊である治安維持部隊に最新鋭機が回されて来るはずが無いのだ。なにしろ、主力であるリビックの第1艦隊でさえジムVへの更新が間に合わず、ジムUを主力としていたのである。
 
「それで、今あいつは?」
「栞さんと昔話に花を咲かせています。やはりあの2人とは仲が良いようですね」
「ふむ、そうか。それじゃあ久々にナイチチーズが勢揃いしたわけか」

 顎に手を当て、何時に無く真剣な顔と口調で馬鹿な事をいう祐一。天野は額にぶっとい血管を浮かべ、どす黒い殺気を撒き散らしだす。それをまともに受けて北川と香里が音も立てずにその場から逃げ出した。

「ふ……ふっふっふ、あ、い、ざ、わ、さ〜ん」
「ま、ま、待て、落ち着け天野、基地内で発砲は御法度だぞ!」

 その手が腰の拳銃に伸びているのを見た祐一が流石に焦った声を上げて周囲を見渡すが、何故か仲間達は既に祐一の傍から退避済みであった。恋人の筈の名雪までがちゃっかり逃げ延びている。

「な、名雪、お前まで俺を見捨てるのか!?」
「祐一〜、セクハラは駄目だよ〜」
「このままじゃ俺の命が危ないんだってば!」

 悲鳴のような声をかけられた名雪はどうしたものかと少し考え、そして何か思いついたように表情を輝かせた。

「祐一」
「お、な、何だ名雪!?」

 助けてくれるのかと期待の眼差しを向ける祐一。だが、その視線の先で何故か名雪は小さくガッツポーズを作っていた。

「祐一、ふぁいと、だよ!」
「お前はそれしか言えんのかあああ!」

 期待した恋人は何の助けにもならなかった。もはや孤立無援となった祐一に天野は抜いた拳銃の安全装置を外し、その銃口を祐一の胸に突きつけている。勿論その拳銃には模擬弾なんて生易しいものは込められていない。

「ふふふふふ、悪かったですねえ。どうせ私はまだバスト80に達していませんよ」
「あ、あの、天野さん、安全装置外した拳銃を人に向けるのは危ないと思うんですが?」
「そうそう、真琴はもうナイチチではないですよ真琴の胸は当の昔に80以上に達していますから」
「な、なにぃ、となると天野と栞とあゆはまだ70台だったのか!」

 祐一はそう叫んだ後、天野と背後にいるあゆになんとも言えない、とても同情した優しげな眼差しを向けていた。それを向けられたあゆは半泣きでいじめっ子を見る目になり、名雪にしがみ付いてうぐぅうぐぅ言っている。その頭をよしよしと撫でていた名雪はムッとした顔で祐一を睨み、睨まれた祐一は唸って半歩あとずさる。

「祐一、あゆちゃん苛めたら駄目だよ〜」
「い、いや、俺は別に苛めていたわけでは」
「でもあゆちゃん泣いてるよ?」
「いや、それはきっとお前の胸に顔を埋めてるからではないか?」

 因みに水瀬名雪、現在バスト88。ファマス戦役時代の川澄舞に匹敵するサイズになっていたりする。その胸を見ていたあゆは、まるで親の敵でも見るかのような目で名雪を見上げていた。

「うぐぅ……名雪さんもいじわる」
「あ、あははは……」

 あゆの非難に、名雪はどうしたものかと苦笑いを浮かべ、助けを求めて自分の隣で腕組みしている香里を見た。視線を向けられた香里はビクッと体を震わせている。

「香里〜、何とか言ってあげてよ〜」
「私に何を言えって言うのよ?」
「だって〜、香里は私よりも大きいでしょ〜。前に90超えたって言ってたじゃない」
「な、何言ってるのよ、あんたは!」

 名雪の爆弾発言に香里は顔を真っ赤にして焦った声を上げている。それを聞いた中崎は羨ましそうな顔で北川に問い掛けた。

「本当なのか北川? 水瀬もそうだが、外見だとそうは見えんのだが?」
「いや、俺も見たこと無いから、聞かれても困るんだが」
「……ああ、北川。ハイスクールのガキじゃないんだし、何照れてるんだよ。お前らもう何年一緒に居るんだ?」

 それを聞いた中崎は北川が冗談を言っているのだと思って笑いながらその背中を叩いた。まさか、この2人が未だに正式に付き合っているわけでもなく、関係もキス止まりだなどとは思えなかったのだ。
 この中崎の反応に対して北川が乾いた笑いを漏らし、香里が悲しそうに横を向き、祐一と名雪が表情を曇らせている。他のメンバーも触れてはいけない話題を振るんじゃないと言いたげに中崎を睨んでいる。この反応に中崎は困り果てた顔で名雪に問うた。

「あ、あの、本当に? だってこいつら、3年前に地球に降りてからずっと一緒に居たんだろ?」
「き、北川君も香里も奥手なんだよ。私たちが何度気を利かしても全然進展しないんだよ。ねえ、あゆちゃん?」
「う、うぐっ、そう、そうなんだよ。ほんとに困っちゃって」

 名雪に同意を求められたあゆは思いっきり怪しい返事を返してしまい、名雪の表情を引き攣らせる事になる。だが、それでもこの話題にはこれ以上深入りしない方が良いと中崎に教える効果はあったようで、中崎は2人の応えに頷いて見せた。
 中崎が引いてくれたことで高まった緊張が一気に解け、全員がホッと息を漏らした。そのやりとりで毒気を抜かれてしまった天野も拳銃を仕舞って祐一に小声で問い掛ける。

「しかし相沢さん、香里さんはまだ自分がシェイドだという事を?」
「……ああ、それもあるんだがな」

 香里の過去を知っているのは同じシェイドのシアンや恩人の秋子を除けば、親友である名雪と、その恋人である祐一だけだ。シェイドの研究材料として捕られた後に散々体を陵辱され、弄繰り回された香里の体は、秋子の元で受けた検査で子供を作るのは難しい体だと知らされている。その現実と、研究所に居た過去がトラウマが一線を踏み越えるのを躊躇わせている。
 これを北川が知るのは何時の日だろうか。

 なんだか微妙な空気が流れるこの場において、いきなり何処からともなく腹の虫が鳴り響いた。全員の視線が自然と音の発生源へと向けられる。そこには、なんだか元気の無いみさおの姿があった。

「はう〜、お腹空きました」

 その一言で場の空気がたちまち砕けてしまった。全員がおかしそうに笑い出し、祐一が全員を食堂に誘った。それで全員歩き出したのだが、名雪がそっとみさおに小声で話しかけた。

「みさおちゃん、一弥君には聞かれないようにしなよ」
「な、名雪さんなんでその事を?」
「……みさおちゃん、みんな気付いてるよ」

 みさおもこの艦隊のメンバーらしい抜けた性格になってきたようだ。まさに朱に交われば赤くなるという事だろう。





 リビックの主力艦隊をサイド1から追い出した。この戦果はティターンズに行動の自由を与えたが、ティターンズの受けた損害も大きく、サイド5に攻め入るほどの余裕は無かった。
 ただ、これからどうするかは決めなくてはならず、ジャミトフはバスク中将とエイノー中将、キャラガン少将、アントン少将、ホルティ少将といった宇宙軍の主要な指揮官達が集められ、今後の方針に付いて話し合いが行われた。
 バスクが会議室のメインスクリーン上に宙域図を表示し、今後の作戦案を話していく。

「連邦主力を敗退させた我々は、今後の作戦において3つの計画を立てている。第1にグリプス2のコロニーレーザー砲への改造を進め、ルナツー宙域に移動させる計画。これにより、我々は地球圏の全てを支配下に置くことが出来る。2つ目は月面侵攻作戦。勿論この計画の狙いはエゥーゴの殲滅であるが、とりあえずは連邦側の都市であるアンマンやエアーズを攻略し、月面制圧の為の橋頭堡とするのが目標だ。3つ目はサイド5攻略だ。これは連邦軍の脅威を恒久的に取り除く狙いがある」

 バスクの説明を聞いていたエイノーが手を上げ、バスクに質問をした。

「バスク、コロニーレーザーなどは構わんだろうが、現状でサイド5と戦うのは無謀ではないか。サイド5には我々の総力を圧倒できるだけの戦力がある。そこに攻め込めば、返り討ちにあうのは目に見えている」
「それは分かっております。これらの作戦案はまだ計画で、どれを採用するかはこの会議で決定するのです」
「……それで、貴官は月とサイド5、どちらを攻めるべきだと思うのだ?」

 エイノーの視線に厳しさが混じる。エイノーは先の戦いでバスクが主張したサイド1への攻撃が採用された事に多少含む部分があったのだ。ティターンズ宇宙軍ではバスクとエイノーが勢力争いをしているのだが、この間の作戦でバスク派が勢力を伸ばしたのは事実なのだ。
 バスクとしてもこの提督が目の上のたんこぶであるのは間違いないので当然この人物に好意的ではいられないのだが、表立ってそれを見せるほど馬鹿ではなかった。

「私としては、月に行くべきかと思います。エゥーゴとは現在でこそ手を組んでいますが、奴らを叩く事こそティターンズの本来の目的ですからな」
「それに、月を押さえればネオジオンを叩く事も出来ますし、連邦軍を追い込む事も出来ます」

 アントン少将がバスクに助け舟を出した。彼はバスク派の軍人である。それを聞いたエイノーは腕組みして目を閉じると、じっと考え込んでしまた。エイノーが黙ったので会議は補給の確保や地球との航路の確保などの実務的な話へと移っていく。連邦軍の反撃は決して少なくは無く、こちらに割かれる戦力もかなりの大軍になっている。
 補給という問題はティターンズでさえ大きな問題だ。輸送船を一番多く保有しているのは連邦軍で、これを護衛する為の艦も連邦が一番多く保有している。この膨大な船舶量がサイド5を中心とする連邦の生産拠点群を動かしているのだ。
 そして、ようやく考えが纏まったのか、エイノーは目を開いてジャミトフを見た。

「閣下、月面攻撃は構わないでしょうが、こちらが動けば連邦も動くでしょう。私はそちらの押さえを指揮したいのですが」
「エイノー提督は連邦軍を相手にしていたいというのかね?」
「リビック長官が倒れた以上、私に対抗できる指揮官は水瀬くらいでしょうからな。私は武人として戦いがいのあるい相手と戦いたいのですよ」

 つまり、弱体化が著しいエゥーゴなど相手にしてもつまらない、と言っているのだ。そんな雑魚はバスクに任せ、自分は強大な連邦軍と対峙したい。これがエイノーという男だった。それが分かるだけにジャミトフは薄笑いを浮かべてそれを了承し、バスクに月を任せる決定をする。ただ、この決定はエイノーがティターンズ艦隊の主力を率いる事になるので、バスクは当然ながら不満であった。
 この会議終了後にバスクはこの決定に対する不満を漏らしていたのだが、それも落ち着くとジャマイカンを呼び出してアンマンへの攻撃を命令した。

「アンマン、ですか?」
「そうだ。目的は攻略だが、他にも連邦に下った都市はあるから、みせしめに破壊してしまえばいい」
「破壊と言われましても、それ程の大軍を動かせば連邦を刺激しますぞ?」

 流石に月面都市を完全に破壊するとなると数十隻の艦隊が必要だろう。それ程の部隊を動かせばサイド5から必ず大艦隊が出てくる。先の戦いの損害から立ち直っていない今の状況でそんな事になったら後に響く。
 だが、このジャマイカンの疑問に対して、バスクはとんでもない答えを返した。

「GP−02Aの使用を許可する」
「G、GP−02Aですと。バスク中将、あの機体は!?」
「そうだ、核攻撃用の機体だ」

 驚するジャマイカンに当然だと言いたげな口調で答えるバスク。だが、この機体を使うという事は、最悪核の封印がとかれる事を意味している。勿論核を使ったからといって宇宙空間ではそれ程恐れる事はないのだが、それでも気分の良いものではない。もしそれが地上で使われたらどうするというのだ。
 だが、ジャマイカンではバスクの決定に逆らう事は出来ず、ハリオには核を搭載したGP−02Aが搭載される事になる。





 一方、地球では東アジアの大半を制圧したティターンズがいよいよ極東最後の連邦拠点である海鳴基地の攻略を行おうとしていたのだが、ここの堅牢さは他の基地とは隔絶していた。何しろ1年戦争時代にはジオンの攻勢に耐え切り、最後まで陥落しなかったほどの拠点である。
 この基地を攻めるには海から攻めるか、別の場所に橋頭堡を築いて陸路から攻めるかだが、どちらにせよ海を渡ってこなくてはならない。だが、ティターンズの海軍力は連邦海軍に対して比較するのも馬鹿らしくなるほどの差が存在する。海を渡るのはかなり困難だろう。
 それでもティターンズは船団を組んで海を渡ろうとしたのだが、その船団は水中からの刺客の襲撃を受けることとなった。

「うおおお、見てろ未悠、パパの強さを!」

 海中からロケットブースターで飛び出したアッガイが輸送船の甲板上に着地し、そのフレキシブルアームを艦橋に叩きつけて破壊した後、左腕から240mmロケット弾を放ってその輸送船を炎上させた。
 この輸送船上に乗り上げてきたアッガイを護衛の駆逐艦が主砲で狙おうとしたが、この駆逐艦はいきなり艦底部に大穴を空けられてしまう。アッガイは1機ではなかったのだ。周囲の船も次々に炎上したり傾いたりしており、この攻撃にかなりの数の水中用MSが参加しているのが分かる。
 これに対してティターンズはザクマリナーで応戦しようとしたのだが、これは旧ジオンのMシリーズとは比較できないような機体であり、相手がアッガイとはいえ勝負出来るものではなかった。原型機が所詮はザクM型なので、安物とはいえMSMナンバー機には勝てない。
 ザクマリナーはサブロックガンでアッガイに挑んだのだが、ザクマリナーは水中での機動性でアッガイに遙かに差を付けられている。加えて、ザクマリナー部隊を迎え撃ったアッガイを操っているのは茜であった。
 茜はサブロックを回避しながらザクマリナーとの距離を詰め、アイアンネイルで1機、また1機としとめていく。その向こうでは友里のアッガイがやはりティターンズの水陸両用機を仕留めている。

「友里さん、余り離れないで下さい。艦隊から離れるとドン・エスカルゴに食われます」
「分かってるわよ!」

 友里は茜に言い返しながら更に1機のザクマリナーを仕留めた。実のところ、アッガイは水陸両用機としては余り使える機体ではない。勿論ザクM型の発展型であるザクマリナーぐらいが相手ならば優勢を保てるのだが、余り深くは潜れない、搭載している弾薬量が少ないなどの欠点が多く、実戦向きではないのだ。
 この機体をシアンたちが使っている理由はただ1つ、ザクのパーツで直せるからである。連邦軍には1年戦争の終結でジオンから鹵獲したザクが大量にある。海鳴基地にもザクだけは練習機、工作機として多数配備されている。というか、半ば廃物を押し付けられたような形で山ほど保管されている。それらの使う予定の無かったザクを解体し、部品に転用することがアッガイは可能だったのだ。
 このアッガイは地球でゲリラ化していた残党軍から入手したものだ。シアンはティターンズに追われて逃げ惑っていた残党軍に広く連邦軍への投降を呼びかけたのだが、これらの残党達はティターンズに掴まるよりはと次々に連邦軍に投降してきたのだ。呼び掛けを行ったシアンが驚いたほどあっさり投降してきた。残党達に話を聞くと、彼らの多くも山賊のような生活に嫌気がさしており、身の置き場所を求めていたらしい。
 シアンは彼らの装備を押収し、兵員は捕虜として憲兵に預ける事にしたのだが、希望者には連邦軍兵士としての道を用意してやったりもした。下手に解放したらまた犯罪者と化す可能性も高いので、再就職先を斡旋してやるのはそれなりの意味があるのだ。もっとも、彼らは元ジオン兵なので連邦兵士として再教育する必要はあるのだが。これ以外にも秋子の元に居るジオン共和国軍に加わるという道も用意されている。

 シアンたちは押収した装備の中からアッガイを採用し、こうして海上で敵を迎え撃っていたのである。もっとも、押収品の中にはMSM−03ゴッグやMSM−07ズゴックの姿もあり、これらの修復が終わり次第戦線に投入される予定になっている。アッガイが今戦線に投入されているのは、これが一番直し易く、かつシアンたちがザクに慣れていたので乗り易かったというだけに過ぎない。
 かくしてシアンはジオン残党兵から押収した武器を自分達で使ってティターンズ艦隊に立ち向かっていたのである。一部の機体は連邦に参加したパイロットが動かしていた。

 こんな連中に襲われたティターンズは運命を呪ったに違いない。輸送船の上で105mmバルカンを放ち、240mmロケットを発射して輸送船を次々に炎上させていく悪鬼のようなアッガイを仕留めようとMS輸送艦の甲板上にマラサイが現れてマシンガンを向けたのだが、それが弾を吐き出すより早くその背後から現れた別のアッガイがそのマラサイを海中に引き摺り込んでしまった。
 そのマラサイのパイロットは短い悲鳴だけを残して海中へと消えてしまい、他のパイロット達は恐れを抱いて甲板上に出ようとしなくなった。海に引き摺り込まれたら水陸両用機に勝てるはずが無いからだ。
 この大損害を見てティターンズ艦隊の指揮官は遂に作戦の中止を決意し、船団にこの海域からの撤退を命令した。これを見たシアンは自分の機体を海に飛び込ませ、部隊を集結させて母艦へと戻っていった。





 この時期、連邦軍は北東アジアの防衛線を海鳴基地に定めており、ここに精鋭部隊を集めてティターンズを食い止めようとしていた。幸いここには司令官にファマス戦役で勇名を馳せ、ティターンズの反乱に対してはアジア方面の連邦軍の瓦解を防いでみせた指揮官、シアン・ビューフォート中佐がおり、彼に部隊と装備を送れば何とかすると考えられたのだ。
 シアンはここに来て初めて大規模な補給と増援を受けることが出来た。これまで不足する装備と足りない兵員で頑張ってきたのだが、ようやく上層部が本腰を入れてくれたことで、やっと連邦本来の姿、圧倒的な物量を得る事が出来たのだ。
 ただ、これだけの大軍となると中佐のシアンでは統制し切れなくなる。既に部隊の規模は将官が必要なほどに膨れ上がっていたのだ。幾らジャブローがシアンに佐官の枠に収まらない過剰な権限を与えていても、階級が低いと無理が出てきてしまう。この問題に対して、ジャブローのコーウェンは思い切った人事で持って解決を図った。
 
 苦労しているシアンの元にその増援部隊が現れたのは、7月22日の事であった。出迎えたシアンの前に、海鳴の新しい司令官がやってきたのだ。その人はシアンにとって、とても馴染み深い人であった。シアンは彼に対して気軽に敬礼をし、そして直ぐに右手を差し出す。

「お久しぶりです、マイベック参謀長」
「おいおい、参謀長だったのは3年前までだぞ。これからはマイベック司令だろ」

 シアンの気安い声にマイベックは朗らかに笑いながらその右手を握り返した。この2人こそファマス戦役における秋子の両腕であり、あの機動艦隊を作り上げた功労者である。コーウェンは海鳴に最高の人材を配置する事でティターンズの攻撃に対処しようとしたのだ。
 そして、マイベックの後から更にシアンの部下として昔馴染みの士官2人も着任してきた。

「お久しぶりです、シアンさん」
「あははは〜、私はこの間会いましたけど、お久しぶりです、シアンさん」
「キョウ、佐祐理、良く来てくれたな。歓迎するよ」

 シアンはキョウと握手しながら佐祐理の肩を叩いた。マイベックの移動と共にジャブローを守ってきた名指揮官2人も送り込まれてきたのだ。

「しかし、マイベック准将やキョウ、佐祐理が来たという事は、ジャブローは本気でここを守り切るつもりなんですね?」
「ああ、追って後続の部隊も来る予定だ。MSも新旧混ざってるが、数だけは揃ってるぞ」
「となると、まずはムラサメ研究所の攻略ですね。あそこにはサイコガンダムとかいう試作機があるはずですから、放置しておくと厄介です」

 戦力が揃うのなら、日本列島の中にある親ティターンズ系の機関を放置しておく理由は無い。変な化け物が完成しないうちに止めを刺してしまおうと考えていたのだ。

「こっちの方で人を集めて、ムラサメ研究所を叩いて見ますよ。基地の主力を動かすとティターンズが動きます」
「だが、そんな事が出来るのか?」
「私の知り合いはみんな腕に自身がある奴ばかりでしてね。並のコマンドじゃ勝負できない奴がゴロゴロしてます」
「お前のツテは、相変わらずだな」

 自身ありげなシアンにマイベックは頷き、ムラサメ研究所はシアンに一任してくれた。実はシアンの元には、ムラサメ研究所に関して相談を持ちかけられていたのだ。柏木千鶴と名乗った妙齢の女性だったのだが、行方不明になった自分の妹がその研究所に居るらしいと話し、救出したいので手を貸して欲しいと頼んできたのだ。
 この求めに対してシアンは情報局に調査を依頼し、程なくしてバイエルラインから裏付け情報を得る事が出来た。前からティターンズが強化人間の研究に為に人体実験を繰り返しているという噂は耳にしていたのだが、まさかその実験体まで無差別に集めていたとは。シアンは死刑囚などを使っていると考えていたのだ。
 情報を得た事でシアンはこの柏木千鶴という女性の求めに応じる事にしたが、事が事だけに正規軍は使い難い。腕の良いコマンドをこんな任務に回してもらえるとも思えない。そこでシアンは自分の個人的なツテを頼る事にしていたのだ。何しろ自分の周りには完全武装の歩兵1個小隊に匹敵する戦闘力を持つ義姉や、コマンド部隊を制圧できる甥や姪がいるのだから。




 マイベックに事務仕事を引き継いだシアンはやれやれと肩を回し、なんだか凄くすっきりした顔で背筋を伸ばしていた。

「あ〜あ、やっぱ俺には司令官なんて肩書きは似合わんな。人の下で使われる身分の方が気が楽だわ」
「あははは〜、シアンさんらしいですね〜」

 それを聞いた佐祐理が満面の笑みを浮かべて同意している。何となく彼女のシアンに対する評価が垣間見える評価だったかもしれない。隣では同じようにキョウが大笑いしており、副官の茜は不服そうにむすっとしている。散々苦労させられた身としては言いたい事の10や20もあるのだろう。
 シアンは仲間を連れて家族の待つ家へと戻るのかと思われたのだが、佐祐理やキョウの予想に反してシアンが案内したのは結構大きな日本家屋であった。2人の知る限り、シアンの家は軍支給の官舎だった筈なのだが。

「シアンさんは、引越しをされたんですか?」
「いや、ここは俺の親戚の家なの。戦時の基地司令官なんて多忙な身の上じゃ、中々家にも帰れないんでね。安全を考えて郁未と未悠にはこっちに移ってもらったんだ」
「……郁未さんなら、暴漢がダース単位で来ても勝てると思うんですけど?」

 佐祐理がちょっと笑顔を引き攣らせてシアンにつっこむ。シェイドの白兵戦闘能力の凄まじさを旧カノンメンバーは良く知っており、A級シェイドの郁未が完全武装の兵士1個分隊くらいなら圧倒できるほどの戦闘能力を持っている事も承知している。シアンや舞に至ってはアヤウラ率いるコマンド部隊を壊滅状態に追い込んでしまったほどだ。
 佐祐理にその事をつっこまれたシアンは苦笑を浮かべて茜を見た。茜もそれに付いては同感なのか、佐祐理の言葉を否定しようとはしていない。シアンはそれを見て佐祐理とキョウに事情を聞かせた。

「まあ、確かにそうなんだがな。郁未には不可視は使うなと言ってあるんだ」
「何でですか?」
「あの力は、危険すぎる。郁未にはもう使って欲しくない。こいつは俺の我侭だよ。それに、未悠の事もある」
「未悠ちゃんが、どうしたんです?」
「未悠は俺と郁未の子供だ。つまり、あの娘は俺以上に人間とは違う生き物なんだよ。勿論体は完全に人間なんだがな。でも、あの娘は不可視を使う事ができる。それも、生まれ付きの能力としてだ。あの娘は手足を動かすのと同じ感覚で不可視を自在に操れる」

 シアンの告白に、佐祐理とキョウは驚きを隠せなかった。2人とも未悠に会った事はあるのだが、未悠がそんな危険な存在だとはとても思えなかったのだ。確かにシアンに似て豪快な部分もあるが、人見知りがちょっと激しい内気な女の子に見えた。

「あの未悠ちゃんが、ですか?」
「不可視は使っちゃいけないと昔から散々に教え込んできたから、人前で使うような事はしないがね。今でも時々皿を取ったりとかテレビのリモコンを取ったりとかに使う事がある」
「あ、あははは、とても建設的な使い方ですね」

 シアンと使う方向性が同じだ、と思ってしまった佐祐理とキョウであった。
 しかし、それでは郁未たちがこの家に来るのは不味いのではないのかと思えるのだが、それに対してはシアンと茜はどう説明したらいいのかと考えた挙句、見てもらった方が早いと言って2人を家に案内したのだった。

「ただいま〜」

 既にこの台詞が自然と口から出てくる辺り、この基地司令となって2年間の間に随分と馴染んでいるらしい。シアンは玄関で靴を脱いで廊下を歩き、リビングに出た。そこではこの家の家主である高町桃子さんの娘のなのはが、友達なのか、見知らぬ金髪のツインテール少女とボードゲームをしていた。
 なのははシアンが帰ってきたのに気付いたのか、駒を動かす手を止めて振り返り、シアンを見て笑顔を浮かべた。

「あ、お帰りなさい、シアンおじさん」
「ああ、ただいまなのはちゃん。桃子さんと、義姉さん、郁未は?」
「お母さんと郁未さんはまだお店に。美沙斗さんはお姉ちゃんと道場です。未悠ちゃんは部屋でお昼寝です」
「恭也は、また彼女の所か」
「そうみたいです」

 シアンの残念そうな返事になのはは少し困ったような笑みを浮かべた。そしてシアンは視線を見慣れない少女へと向ける。

「なのはちゃん、その娘は?」
「あ、私の友達で、フェイトちゃんです」

 なのはに紹介されたツインテールの女の子はシアンを見上げながらペコリと頭を下げた。

「フェイト・テスタロッサです」
「あ、なのはちゃんの叔父のシアン・ビューフォートと言います。こっちこそよろしく」

 なんだか年に似合わず礼儀正しい対応にシアンもつい真面目に返してしまった。そしてシアンは連れてきた部下と共に庭にある道場へと歩いていったのだが、その道中でシアンは腕を組んで考え込んでしまっていた。

「どうしました、義兄さん?」
「ああ、なのはちゃんはしっかりしてるなあと思って。未悠もあれくらい立派に育ってくれればいいんだが」
「…………」

 なのはちゃんが異常なほど出来が良いんです、とつっこみたい衝動を、茜は必死に押さえ込んでしまった。




 道場では美沙斗と美由希が鍛錬をしていた。道場の扉を開けて中に入ったシアンは連続した攻撃で美由希を追い込んでいる美沙斗の技量に見惚れてしまい、その場で足を止めてしまった。

「凄い、な」
「はええ〜、シアンさんには見えるんですか〜?」
「俺、あの2人が何してるのか、良く分からないんだけど」

 シアンの後ろから道場の中を覗き込んだ佐祐理とキョウが目を丸くして驚いている。2人の目には道場の中で2人の女性が時々瞬間移動しているように見えていたのだ。勿論その手に握られている木刀の動きは追う事も出来ないでいる。
 実はシアンでさえこの動きを完全に追えている訳ではない。シアンの動きはシェイドと化した身に備わった能力で超人的な力を得ているだけで、今鍛錬している2人のような修練を積み重ねた訳ではないのだ。
 そして4人の見ている前で遂に美由希が美沙斗の一撃を受けて吹き飛ばされ、道場の壁に叩きつけられてしまった。

「いたたたたたた……」
「まだまだだね。神速を使いこなせていないよ」
「うう、すいません」

 母親に叱られた美由希はしょんぼりと項垂れてしまった。それを見た美沙斗は僅かに口元を緩めると、それまでの張り詰めていた空気を一気に緩めてしまった。壁にかけていたタオルを手に取り、美由希に放る。

「少し休憩を入れようか。お客さんも居る事だしね」
「あ、うん」

 タオルで汗を拭きながら美由希が頷く。そして木刀を戻した美沙斗がシアンの所まで歩いてきた。

「どうしたんだい冬馬、後ろの人たちは……茜さんは分かるけど、他の人は初めて見るね」
「あははは、ちょっと訳有りで。すまないけど、少し話せるかな。仕事を頼みたいんだ」
「仕事? 言っておくけど、私はもう裏から足を洗ってるんだよ」

 些か美沙斗の視線に険が混じる。彼女はついこの間に行われたクリステラのコンサートで美由希に倒されるまで裏家業を営んでいたのだが、今ではそれから足を洗い、警備員などの仕事をしている。その方面のプロフェッショナルとして海鳴基地から仕事を依頼する事もあるのだ。
 美沙斗が過去の自分の仕事を嫌悪している事を知っているシアンとしては、美沙斗にそんな仕事を回す気は勿論なかった。

「ああ、それは大丈夫。暗殺とかじゃなくて、人助けだよ。でもまあ、かなりやばい仕事ではあるけどね。そう、義姉さんレベルの」
「……分かった。でも、これから食事だよ」
「まあ、食事中でも構わないよ。この家の人はそういうのに慣れてるみたいだし」

 2人の会話を後ろで聞いていた佐祐理とキョウは引き攣りまくった笑顔を浮かべている。自分達も変な状況には慣れているし、この世界に不思議な力を持った人間が居る事も知っている。何しろシェイドなんて連中やNTがカノン隊にはゴロゴロしていたのだから。
 しかし、この2人の会話は何かがおかしい。なんと言うか、知らない方が良い世界の話に聞こえるのだ。




 この後、高町家で人を集めたシアンは基地のレンジャー部隊と共にムラサメ研究所襲撃を実行するが、残念ながらサイコガンダムは取り逃してしまう事になる。この時の戦いに参加したレンジャー達は何故かその時の戦いを語ろうとはしなかったという。




後書き

栞   何でとらハキャラが暴れてるんですか!?
ジム改 わりと前から出てきてただろ。
栞   うう、MSに乗らないと私はただの可愛い女の子でしかないというのに。
ジム改 それにはノーコメントで。
栞   ところで、次はエゥーゴvsティターンズですか?
ジム改 いや、ちょっと違う。次回はカノン完成だ。
栞   ……あの超巨大戦艦ですか。
ジム改 そう、全長800メートル級という、ラーカイラム級の2倍くらいの怪物。
栞   私は乗るんですか?
ジム改 処女航海には祐一と愉快な仲間達は全員乗ってる予定。
栞   とうとう愉快な仲間達扱いですか。
ジム改 それでは次回。祐一が艦長代理となって遂にカノンが処女航海を兼ねた訓練航海にでる。そしてティターンズではジャマイカン率いるアンマン攻撃部隊が出撃する。しかしアナハイムは裏切り者を助ける義理は無いと見捨てる決断をしてしまう。次回「カノン出航」でお会いしましょう。
栞   ところで、ムラサメ研究所戦は?
ジム改 余りにもファンタジ−な戦いになってしまうので、外伝に回す事にした。
栞   ファンタジー?
ジム改 御神とか魔法少女とか妖怪とか超能力者とか鬼とか武装メイドとかが暴れ回るんだぞ。
栞   御神の剣士が一番弱そうなんですけど……。