第53章  カノン出航



 サイド1からの敗残者の集団がサイド5に集結しておよそ2週間が過ぎた。その間連邦軍はこれといった軍事行動は起こしておらず、周辺宙域の哨戒と残っているサイド2、地球との連絡線の確保に終始している。ティターンズ側からも積極的な軍事行動は行われておらず、宇宙には久しぶりに平穏な時が流れていた。
 この間にもサイド5にある全てのドックはフル稼働しており、膨大な数の艦艇の整備、補修作業に追われている。サイド5、特に軍事拠点であるフォスターUのドックや宇宙港、生産施設などもようやく再建が終わり、その圧倒的な基地機能に物を言わせて連邦艦隊の再建を進めているのだ。ただ、サイド5に集った戦力が余りにも膨大になり過ぎてしまい、逆にドックの能力が不足するという、他の3勢力からすれば呪い殺してやりたくなるような問題も生じている。
 現在サイド5には主力艦隊に配属されていた第1、第3、第4、第5艦隊と、支援艦隊である第9、第10艦隊がそっくり加わっている。これらの艦隊は全てが定数を割り込んでいたうえにどの艦も大きな損害を出していたので、これの修理もしなくてはいけない。さらには任務から帰ってきた艦の点検やオーバーホールなどもあり、ドックの忙しさは殺人的なレベルに達している。
 フォスターUの再建が終わった事で、秋子は資材と人員を浮きドックなどの周辺設備の復旧に力を入れると共に、建設中のまま戦争で中止されていたコロニーの建造を再会させている。これらのコロニー建造によって人口過多となったコロニーから住民を移動させる事ができ、さらに就職口も作る事が出来る。
 そして皮肉な事に、ティターンズの反乱とエゥーゴの変節、ネオジオンの地球圏帰還という事態は連邦市民の連邦への評価の向上という事態となって現れた。彼らは連邦政府に不満を持っていたのだが、ティターンズやエゥーゴやネオジオンよりは連邦の方がマシだという現実を突き付けられ、連邦を支持するようになったのである。何故なら、少なくとも連邦軍は建前上でもとりあえず自分達を守ってくれるからである。

 圧倒的な大軍を得た秋子であったが、これを運用するにはまだ暫くの時間が必要となる。その間はただひたすら訓練と新兵器の戦力化に勤しむ事になるのだが、あわせて戦力の再編成も行っていた。幸いと言うか、第3艦隊司令官レイナルド少将、第4艦隊司令官ヘボン少将、第5艦隊司令官デスタン少将といった一線級の指揮官達は揃って健在であり、艦隊を任せられる指揮官は何とか間に合っている。提督級の人材は消耗すると補充できないのでこれは秋子を喜ばせた。
 
 そして、この大軍を統一指揮できるだけの指揮管制能力を有する超大型戦艦カノンも遂に竣工した。この艦は別名スーパーカノン級とも呼ばれ、現在の地球圏にこの艦に勝る戦艦は存在しない。ただ余りにも巨大である為に運動性能は悪く、敵の攻撃は回避するのではなく弾き返すことを前提にされている。
 船体は最新の対ビームコーティングで包まれており、優美な白い輝きを放っている。防御スクリーンは強大なパワープラントに物を言わせて圧倒的な強度を誇り、Iフィールド並とまで言われている。その砲力はカイラム級やドゴス・ギア級といった最新の戦艦に撃ち勝てるだけのものを与えられ、全身ハリネズミのように対空火器を配置している。
 この巨艦の艦長は本来ならデヴィソン大佐なのだが、今は航路を守る哨戒艦隊を指揮しており、前線から戻ってこられるのは当分先になるという事がわかっている。そこで秋子は、この艦の完熟航海の指揮を祐一に任せる事にした。
 この事を秋子から告げられた祐一はしばし二の句が告げなくなり、秋子が何を言っているのか理解するのに時間がかかってしまった。

「え、ええっと、俺にカノンの艦長代理をやれって言うんですか?」
「はい、やはりカノンですし、処女航海くらいは昔の人たちでやるのが良いかなと思いまして」

 困惑する祐一とは異なり、秋子はニコニコ顔だ。多分彼女は楽しんでいる。いや、間違いなく楽しんでいる。それを察した祐一は、この処女航海が単なるお祭りである事を察した。

「秋子さん、カノン完成が嬉しいんですね。本当は自分で艦長やりたいんでしょう?」
「あら、分かりますか?」
「分かりますよ。でも自分はここから動く事は出来ないから、最初は俺たちに使わせようって言うんですか?」
「ええ、カノンは私たちの家ですから。私的使用と言われるかもしれませんが、最初くらいは祐一さんたちだけで動かして欲しいんですよ」

 どうやら秋子も火星で沈んだカノンの事を忘れられないでいたらしい。祐一はなるほどと頷きはしたが、今度は別の問題が浮上してきた。祐一には艦長経験は無いのだ。そんな人間に艦が動かせる筈が無い。

「秋子さん、俺は艦長をやったことは無いですが、その辺りはどうするんです?」
「その辺は大丈夫です。祐一さんが素人考えで言った事を実行できるだけの人たちが乗ってますから。カノンは私たちの家だって言いましたよね」

 意味ありげな笑みを浮かべる秋子。その笑みを見て祐一は今度こそ呆れた顔になった。まさかこの人は、本当にカノンを復活させたと言うのだろうか。

「まさか秋子さん、昔のカノンの連中を掻き集めたんじゃあ」
「うふふ、私、これでも今じゃ宇宙軍総司令官と宇宙艦隊司令長官を兼任する立場ですから。ある程度は人事も好きに出来るんですよ」

 人はそういうのを職権乱用というのだ。


 しかし、秋子がやれと言うのならば祐一に逆らう権限は無い。仕方なく祐一は護衛にリアンダー級巡洋艦4隻を手配してカノンの完熟航海に出発する事になるのだが、そこにいたのは本当にあのカノンのクルー達であった。聞けばみんなが秋子からカノンの出航祝いをしないかと持ちかけられて、全員が快く応じたらしい。これだからカノンの空気に染まった奴らは度し難いと祐一は呆れ果てて呟いたが、直ぐに彼も笑い出してしまう事になる。彼もこういう馬鹿は嫌いではないからだ。





 連邦主力艦隊の敗北とサイド1の壊滅。この事態は宇宙の勢力図に大きな変化をもたらす事となった。これまでティターンズとエゥーゴは連邦軍の勢力圏によって直接的な戦闘行動を行えないでいたが、サイド1が空白地帯となった事でティターンズが月面に直接攻撃をかけることが可能になったのである。
 これにより、ティターンズは連邦とエゥーゴ・ネオジオン連合との2正面対決をする事になるが、この時点ではまだお互いに正面切っての戦闘は望んではおらず、表向きには対連邦で協力し合っている。
 ただ、ティターンズは月面の連邦に寝返った都市、アンマンへの攻撃作戦を実行に移し、エゥーゴにもそれを通達してきていた。これを受け取ったブレックスは強硬に反対し、アンマンに援軍を出すべきだと主張したのだが、フォン・ブラウンのエゥーゴ指導者達は難色を示していた。特にメラニーが渋っている。

「ブレックス准将、貴方の言い分は分かるが、現実問題として今のエゥーゴにティターンズと戦うだけの力はあるのですかな?」
「それは……」
「そう、エゥーゴはまだ痛手から立ち直っていない。確かに戦力はある程度再建され、環月方面司令部に30隻ほどの艦艇を配置できるまでにはなっているが、まだティターンズと戦えるほどの力は無いのだよ。今はただ耐えることだ」
「ティターンズはGP−02AにMK−82戦術核を搭載したという情報もあります。奴らがこの作戦でアンマンに核を使うつもりなのは明らかです!」

 核攻撃を見過ごせというのか、とブレックスは憤ってメラニーに食い下がる。これを許したらどういう結果をもたらすか、彼は理解していたからだ。だが、メラニーはブレックスの執拗な抗議にも意見を変えようとはしなかった。

「所詮は裏切り者だ。我々が守ってやる義理はあるまい」
「誇りを溝に捨てろと言われますか。既にスペースノイドの支持は我々から離れているというのに、ここでアンマンを見捨てればルナリアンの支持まで無くしますよ!」
「……ふっ、誇りで戦争は出来んよ、ブレックス准将」

 スペースノイドはティターンズと手を組んだエゥーゴを敵と看做している。ネオジオンはジオンの残党扱いなのでサイド3市民からの支持が低く、内部に複数のレジスタンスが組織されてしまっている。このレジスタンスはサイド3市民の協力を得ているようで、更に連邦軍からの支援も受けているという噂がある。実際に襲撃を受けたネオジオンは、レジスタンスが使っていた武器にはかなりの数の連邦軍正式装備が含まれている事を確認しているらしい。
 これに対して国内を纏めているデラーズ大将はレジスタンス狩りを行い、密告を奨励するなどの方法で確実にレジスタンスを追い詰めているというが、その割にはレジスタンスの活動が激減したという話は聞かない。
 ブレックスはネオジオンの苦境からある事を学んでいた。それは市民の支持は一度失うと、取り戻すのに気の遠くなるような時間と努力を必要とするという事だ。かつてサイド3市民はザビ家を支持し、戦いに疑問を挟んでいなかった。それが僅か数年でザビ家は完全に部外者扱いを受け、ジオン残党として毛嫌いされる有様だ。もしエゥーゴがこんな状況になったら空中分解してしまうだろう。
 しかし、アナハイム上層部にはそういう方面には理解が無かった。エゥーゴ上層部を支配しているのは商人であって政治家ではない。この問題がエゥーゴの政治力の無さとなって現れ、連邦との関係を回復する為の糸口を自ら失わせてしまった。連邦とティターンズの対立はエゥーゴにとっては絶好のチャンスであったのに、エゥーゴ上層部は連邦の報復を恐れてティターンズと手を組み、連邦軍の弱体化を図った。それは一応の成功を見たのだが、その見返りとしてスペースノイドの支持を失い、更にティターンズの敵という一点で味方とすることも可能だった秋子を敵にしてしまった。
 しかし、アナハイムがティターンズの行動を黙認すると決めた以上、ブレックスはエゥーゴを動かす事は出来ない。それを聞かされたブライトたちは当然ながら憤慨したが、半ば諦めも混じっている。
 だが、そんな中でどうしても納得できない人間がいた。舞である。

「ふざけないで!」

 ブレックスの話を聞かされた舞は顔を赤く紅潮させて怒りを露にしていた。これまでも舞は散々に我慢に我慢を重ねてきたのだが、これはもう彼女の我慢できる限界を完全に超えていた。ティターンズを友軍として扱う事も舞は納得できなかったのだが、軍人として叩き込まれてきた命令には忠実たれという原則と多くの部下に責任を持つ指揮官としての立場が彼女をかろうじて押さえ込み、作戦に従ってきた。しかし、幾ら連邦に寝返ったとはいえ、月面都市に対するティターンズの攻撃を見過ごせと言われたのだ。それも核攻撃を。
 この舞の反応はブレックスも予想していたのだろう。舞の怒りを向けられても驚きはしなかった。ただ、舞が怒りの余り制御し切れなくなったシェイドとしての部分が殺気を撒き散らした為、一瞬その場にいた全員が顔を青褪めさせていたが。

「川澄大尉、君が怒るのも分かるが、メラニー会長がNOと言うのでは、エゥーゴとしては従うしかないのだ。それでも君が行くと言うのなら、エゥーゴとしての肩書きを外してもらう事になるぞ」
「肩書きを外せば、出撃しても良いの?」

 舞の脅すような確認に、ブライトやヘンケンといった実戦指揮官達は眼を剥いてしまった。舞はエゥーゴの中心的なパイロットであり、彼女がエゥーゴを抜けたなどという事になれば将兵の士気がどん底まで下がりかねない。ただでさえエゥーゴ指導部に対する将兵の信頼は落ちる所まで落ちているのだから。
 しかし、この舞のエゥーゴからの離反を匂わせる発言に、なんとトルクとクラインが同調してしまった。

「俺も同感だな。正直、もうエゥーゴのやり方には付いていけそうも無い。アンマンへの核攻撃を黙認なんて、正気じゃないぜ」
「俺もだ。ティターンズは嫌いだが元ジオンって事で連邦に行く気にもなれないからエゥーゴに参加したが、これじゃ連邦に手を貸した方がマシだ。みさきさんたちが水瀬提督の所にいるが、あっちにしとけば良かったと今じゃ後悔してるぞ」

 トルクは元々舞に誘われてエゥーゴに参加しただけで、エゥーゴに思想的に同調しているわけではない。というか、彼はティターンズにそれ程不満を感じているわけでもない。舞が来なければ本当にジャンク屋家業で生涯生計を立てていたことは疑いが無く、エゥーゴにいるのも舞が居るからという、極めて私的な理由でしかない。そんな彼だから、舞がエゥーゴを抜けるというのならそれに付いていく事に躊躇いはなかった。
 そしてクラインは選択肢がエゥーゴしかないという状況だったのでエゥーゴに流れただけで、連邦とティターンズが完全に敵同士となった今では元ジオンという過去に拘るのもどうかと思うようになっている。むしろ昔の仲間達、浩平たちのように自分も秋子の元に馳せ参じ、ティターンズと戦うべきではないのかと考えている。

 舞だけでなくトルクやクラインまでエゥーゴからの離反を口にしだす。これはどれだけエゥーゴの求心力が低下しているかを如実に教えていたが、ブレックスには彼らにかける言葉は無かった。何しろ他ならぬブレックス自身がエゥーゴの支配層である月の投資家たちに対して抜き難い怒りを感じており、ともすれば舞に同調してしまいそうになるのだから。
 だが、それでもブレックスはエゥーゴとして部隊を出す事は出来ない。そんな事をすれば、指導部の方針に反して動けば彼らはブレックスをあっさりと更迭し、自分たちの意に沿うだけのイエスマンを新たなエゥーゴ指導者に据えるだろう。そしてそれはエゥーゴの終焉を意味する。エゥーゴとはティターンズのやり方は間違っているという共通の認識から集ったレジスタンスのようなものであり、理想を持つ人間が多い。それだけにモラルの高さは目を見張るだけのものがあり、士気もきわめて高い。だが、それだけに一度失望を覚えればたちまち瓦解してしまうのだ。
 舞などは理想を持つエゥーゴ兵士の最も足る人間だが、その彼女が連邦に戻ろうとしている。彼女のような人間が少なくなればエゥーゴは変質し、単なるアナハイムの道具になり下がる事になるだろう。今はブレックスが頑張っているからまだマシなのだ。

 説得の言葉を持たず困り果てるブレックスと、返答次第では本当にエゥーゴから出て行きかねない舞。そして2人の次の言葉をじっと待っている他の参列者達。この一瞬即発の空気の中で、それまで一言も口を開かないでいた男が初めて口を開いた。

「ようするに、エゥーゴでなければ宜しいのですな?」
「アヤウラ准将?」

 そう、エゥーゴとの交渉に来ていたアヤウラだ。彼はエゥーゴとの意見調整のために度々月を訪れているのだが、今回もそんな用事でたまたま月に居たらしい。アヤウラはブレックスに対してとんでもない提案をしてきた。

「私はネオジオン軍です。ネオジオン軍の私がたまたま遭遇したティターンズと遭遇戦を行うのなら別に問題は無いでしょう」
「しかし、准将の部隊は僅か3隻、ティターンズは18隻の艦隊ですぞ。とても歯が立ちません!」
「何、エゥーゴの部隊を1つお貸しくだされば、それで構いません。そうですな、月の防衛状況の視察の案内とでもいう名目で。そちらからの命令は残留ミノフスキー粒子の影響で届かなかったとでも言っておけば、アナハイムは何も言えますまい」
「アヤウラ准将、どうして?」

 ブレックスにはアヤウラが何を考えているのか理解できなかった。ブレックスの知る限り、アヤウラとは自分達に得にならない事をするような人物ではない。彼がこのような事を言い出すという事は、背後にそれなりの理由があるはずなのだ。
 このブレックスの疑惑に対して、アヤウラは皮肉な笑みを浮かべて見せた。

「まあ、決してアンマンの市民を守る為にとか、普遍的な正義に元づいてとかの下らない抽象論で協力しようと言っている訳ではありません。私には私なりの思惑があります」
「つまり、貴方にとって必要だから手を貸すと?」
「そう取っていただいて結構。勿論エゥーゴに貸しを作るのは言うまでも無いですが」

 こういう事を顔色1つ変えずに平然と言ってのけるからアヤウラは嫌われているのだが、言った事は大抵成功させてしまうので彼を嫌う者もその有能さを否定する事は出来ないでいる。
 そしてアヤウラの提案にブレックスは反対はしなかった。アンマンを助けに行ってくれるのならこの際アヤウラでも構わないと彼は考えたのだ。その中にエゥーゴの巡洋艦が1隻でも加わっていればアンマンを見捨てなかったと強弁することも出来る。
 ブレックスの黙認を取り付けたアヤウラは早速出撃する為に軍港に向おうとしたが、その先に舞が立ち塞がった。

「アヤウラ」
「何かな川澄大尉?」

 舞の視線を真っ向から見返したアヤウラは、内心に冷や汗を掻きながらも表面的には眉1つ動かさなかった。流石のアヤウラも自分を一瞬で殺せるだけの力を持つ相手と向かい合うのは良い気分ではない。

「アヤウラ、貴方の案内は私がする」
「……良いのかね。私と共に戦うという事だぞ?」
「構わない。私はアンマンを守りたいから」
「なるほどな。それでは大尉、エスコートを頼むとしよう。言っておくが、戦闘中に誤射とか言って私を撃たないようにな」
「大丈夫、私は貴方じゃないから」
「……こいつは、手厳しいな」

 アヤウラは将来的な脅威と看做せば、味方であってもチャンスがあれば撃つ奴だ。と舞は言い切ってしまった。まさか皮肉にこうも真面目に返されるとは思わなかったアヤウラは首筋に冷たい汗を伝わらせながらも、最期まで冗談で済ませようとした。
 だが、舞はアヤウラに対して全く油断はしていなかった。舞にとってアヤウラは憎むべき敵であり、許す事の出来ない犯罪者でしかない。今回はあくまでアンマン救援にはアヤウラの手を借りるしかないからやむなく共闘するだけなのだ。
 ただ、舞にはどうしても気になることがあった。自分の知る限り、アヤウラはこういう状況ではむしろアンマンをティターンズに攻撃させ、その非を大々的に非難してティターンズを蹴落とし、変わりにネオジオンの印象を上げるような策を使う男ではなかっただろうか。
 会議室から出て少し歩いたところで、舞はアヤウラにその事を問い掛けてみた。

「アヤウラ、どうしてアンマンを助ける気になったの?」
「こっちにも色々思惑があるのだよ。それだけだ」
「ならアンマンを犠牲にしてもやれる手は幾らでもあるはず。わざわざ自分達が危険を冒す必要があるとは思えない。寡兵でティターンズと当たっても勝ち目があると思うほど、貴方は馬鹿じゃないはず」

 舞に馬鹿じゃないはずと評価されたアヤウラは右の眉を軽く浮かして驚きを表した後、苦笑を浮かべて舞の質問に頷いて見せた。

「まあ、確かにそうだな。アンマンを助けようなんて、私らしくない」
「では何故?」
「……実は突然正義の心に目覚めて」
「貴方にそんな物は無い」
「いや、そこまではっきりと断言されると流石に傷付くのだが」

 まあ、過去の所業を考えれば舞がそう思うのは無理も無いのだが、一応アヤウラにも守るべき規範くらいはあるので、そこまではっきり言われると流石に面白くは無い。
 しかし、何時までもこんな事をしていても始まらない。舞が自分を疑うのも分かるので、仕方なくアヤウラは本心を口にする事にした。

「今回の件で連邦は、水瀬は必ず動く。地球で私はシアンと手を組んでティターンズと戦った事があってな。この際連邦との関係を修好し、講和に持ち込むのがネオジオンが生き残る最善の道ではないかと考えているのだ」
「お兄ちゃんと、貴方が?」
「お互いに追い詰められていたのでね。お互いの主義主張は全部放り投げて東南アジアで闘っていた」
「つまり、アンマン救援に秋子さんは絶対に動くから、その際に共同戦線を張れば秋子さんに貸しが作れると?」
「そこまでは期待していないが、将来交渉を持ちかける際のツテくらいは作れるのではないかと思っている。
「貴方にしては、殊勝な心がけ」

 無理に欲を見せないアヤウラに舞が意外そうに言う。それを聞いたアヤウラはそれまでの軽い雰囲気を改め、表情をまじめなものに変えた。

「川澄、この戦争、エゥーゴやネオジオンに勝ち目があると思うか?」
「……無理」
「その通り、このままでは我々に待っているのは先のファマスの運命以上に悲惨な結末だけだ。私は連邦の矛先がティターンズからこちらに向く前に、何とか講和に持ち込もうと考えている」
「……意外、貴方は連邦を滅ぼしたがってると思ってた」
「1年戦争なら可能だったかもしれんが、今は不可能だ。私に出来ることはネオジオンの滅亡を防ぐ為に全力を尽くす事だけだ。その為に連邦に膝を屈しなければいかんのなら、膝を折る。それだけだ」

 自分のプライドを戦略に優先させるような事はしない。それがアヤウラという男だ。ともすれば節操無しとも取られるであろうアヤウラの動きは、弱小勢力を生き残らせる為の必死さゆえのものだ。
 舞はアヤウラに対して好感情など1つも持っていないが、この常に優先順位を見失わない姿勢だけは認めることが出来た。それは舞のエゥーゴへの失望感の裏返しの感情であって、生き残る為ならエゥーゴ設立の理念すらゴミ箱に捨て去る変節振りにたいする皮肉である。

 宇宙港に着いた舞は、既にブレックスが手配していたグラース級巡洋艦ヘイミングに乗り込み、僚艦としてサラミス1隻を伴ってフォン・ブラウンを出立した。既にフォン・ブラウン上空にはノルマンディー級バルジと旧型のムサイ級の改装艦2隻が既に待機して舞を待っていた。
 ヘイミングのメインスクリーンにアヤウラが現れ、簡単に作戦を説明していく。

「川澄、ティターンズはアンマン上空から進入してくる筈だ。これと真っ向から打ち合っても勝ち目は無い。そこで我々は危険ではあるが月の表面すれすれを航行し、ティターンズ艦隊の下腹部を狙い撃ちする。上手くすれば奴らの混乱を誘い、付け込む隙が出来る筈だ」
「……でも、たった5隻で何処までやれる?」
「それはやってから考えるのだな。せめて降下軌道を機雷封鎖でも出来れば助かるのだが、アンマン守備隊の戦力に期待するほか無い」

 流石のアヤウラにも今からではやれることにも限界がある。本来の彼の戦い方は先の先を取る、常にキャスティングボードを握る戦いだ。このように後手に回っての戦いは彼の戦い方ではないのだ。こういう後の先を取る戦いは秋子たちの領分だろう。
 だが、行かないわけにもいかない。アヤウラはとにかくアンマンに急行するようにと伝えて回線を切ってしまい、舞は困った顔で艦長席の隣にある予備シートに腰を降ろした。

「……今回も苦しい戦いになりそう」

 舞の呟きに艦橋クルーたちの顔色が悪くなった。元々あわせても5隻、アンマン守備隊がどれほどいるかは不明だが、数は多くあるまい。この戦いは死にに行くようなものなのだ。
 ただ、舞にとって数少ない有利な点としてMS部隊が破格に強力な事が上げられる。舞の部隊に配備されたMSは百式改3機にリックディアスU3機、ネモF型4機で、パイロットにはトルクやクラインらのベテランが揃っている。ティターンズの最精鋭部隊を相手取れる質の高さだ。
 だが、所詮10機でしかない。10機で艦隊を相手取れると思うほど舞は自惚れてもいなければ、現実が見えないわけでもない。だから舞は、勝てないのなら助けを呼ぶしかないという結論に達し、それを実行に移した。

「……サイド5に、祐一に状況を伝えて」
「どういうことだ、川澄?」

 艦長が突然とんでもない事を言い出した舞に驚いた顔を向けるが、舞は別におかしな事を言ったつもりは無かった。

「アンマンは連邦側の都市。なら、状況を知れば秋子さんは、祐一は必ず動くから」
「だが、月面に連邦軍を引き入れて大丈夫か?」
「……分からない。でも、ティターンズよりはマシ。祐一たちが来るくらいの時間なら稼いでみせる」
「…………だが、もし来なければ全滅だぞ」
「でも、退くわけにはいかないから」

 自分は曲げられない一線を超えるつもりは無い。舞はそういう思いを込めて断言した。それに艦橋クルー達は一様に頷く。エゥーゴとは元々こういう連中の集まりなのだ。
 そして舞は呼びシートに座りながら両手を膝の上で組み、誰にも聞かれぬよう小さな声で本心を漏らした。

「……お願いみんな、早く来て。私たちだけじゃ持たない」

 ティターンズの力は侮れない。そして自分たちは余りにも非力に過ぎる。この状況を打開するには、祐一たちが一刻も早くここに来てくれる事だ。だから舞は真剣に祈っていた。祐一たちが来てくれる事を。






 その頃、祐一たちはカノンの処女航海にかこつけて久々の訓練に励んでいた。何しろカノンメンバーは全員が管理職や新兵の訓練などの任務に付いており、これまで自分たちの訓練をする暇が無かったのだ。だから祐一たちはこの航海中にやれなかった自分達の為の訓練を繰り返していた。
 カノンに乗船しているパイロットは全員がクリスタル・スノーを持つパイロットで、サイレンメンバーや隊長級が勢揃いしている。使っている機体もガンダムmk−Xやゼク・ツヴァイなどの強力なMSがゴロゴロしているのだ。
 だが、それだけの面子が揃っているにしては、その訓練風景はいささか滑稽なものであった。たった1機のジムVを相手に数機がかりで襲い掛かって遊ばれていたのだから。

「祐一君、左に動く時の隙が直ってないよ」

 ジムVがゼク・ツヴァイの左側面からシールドを叩きつけ、ゼク・ツヴァイを吹き飛ばす。それを受けた祐一は悔しそうに右拳を左手に打ちつけた。

「くっそお、なんでジムVでそんな動きが出来るんだよ、みさきさん!?」
「う〜ん、MSっていうのは装甲やパワー、速度や火力なんてのは性能で決まるけど、反応速度とかはどれもあんまり変わらないんだよね。機体ごとに差はあるけど、どうせ人間が追いつけないからリミッターがかかってるし」
「みさきさんはそれを全部外してるとは聞いてたけど、外すとジムVでもそんなに速く動けるのか」

 なるほどと感心して頷く祐一に、みさきは違うよと訂正した。

「そうじゃないよ。後でシミュレーションを見れば分かると思うけど、ゼク・ツヴァイに乗った祐一君は私より速く機敏に動いてるよ」
「じゃあ何で俺が側面を取られたんだ?」
「それは、私の方が上手いからだよ」

 笑顔できつい事を言ってくれたみさき。祐一はみさきの解説にグサッときて項垂れてしまった。まあ、みさきの場合は未来を計算して予測して動けるので、祐一どころかシアンやアムロでも動きを読まれてしまうのだが。

「そりゃ、みさきさんがシアンさんより強いのは知ってるけどさ」
「まあまあ。それじゃ、そろそろ戻ろうか。もうお腹すいたよ」
「……カノンの食糧庫がどんどん空になっていく」

 みさきを運用するには補給艦の随伴が不可欠だ、というのがみさきを知る者の常識だが、まさか補給艦不要の食糧庫を持つカノンでさえこんなに苦しむとは。良くファマスはみさきを戦場に出せたものだと旧エターナルクルーに言ってみたら、何故か全員頭痛を堪えるように頭を抱えてしまった。特に雪見は「その事は聞かないで」と言って来るぐらいに酷い有様だった。一体どういう状態だったのだろうか。

 訓練を終えて艦に戻ってきた祐一は、そこで艦橋からの呼び出しを受ける事になる。何事かとみさきと共に艦橋に来て見ると、補佐役の深山雪見とMS隊隊長の北川潤、参謀役の久瀬隆之、副官の水瀬名雪とスタッフが勢揃いしていた。

「どうしたんだ、何があった?」
「ああ、それが、川澄さんから通信が入ったんだ」
「舞から?」

 久瀬の答えを聞いて祐一が首を傾げる。舞はエゥーゴのパイロットで連邦の人間ではない。その舞がどうして連絡を取ってきたのだ。

「なんて言ってた?」
「それが、アンマンにティターンズの核攻撃が迫っている。来援を請う。と」
「か、核攻撃だあ!?」

 核という部分に祐一は驚愕してしまった。そんなまさかという思いと、あのティターンズならやるかもしれないという考えが同時に浮かんでくる。

「北川、名雪、お前たちはどう思う?」
「俺は行くべきだと思うぜ。ここからなら月はすぐ傍だ」
「私もそう思うよ。それにアンマンは味方の都市だし」

 北川と名雪は今すぐ行くべきだという考えらしい。祐一もそれには同感なので頷こうとしたのだが、それに雪見が異議を唱えた。

「待ちなさい相沢君、カノンはまだ完熟航海も終わっていないのよ。そんな状態で実戦に臨むつもり?」
「でも、アンマンの核攻撃を見逃すわけにはいかないだろ」
「少しは頭を冷やしなさい。ソロモン、じゃ無かったわね、コンペイトウには第2艦隊がいるのよ。あっちから行って貰っても時間的にはそう差は無いわ」

 自分達が無理をして動かなくても、コンペイトウから部隊が出れば良いのだ。雪見はまだ実戦配備されているわけでもない艦を実戦に出すのは反対なので、祐一の考えに真っ向から異を唱えている。
 彼女とみさきは秋子が祐一に付けたオブザーバーだ。艦を指揮した経験の無い祐一を補佐できるよう、艦隊指揮官の経験がある2人を付けてくれたのだ。おかげで祐一は随分楽をさせてもらっている。
 幹部の意見が割れてしまう中、祐一はどうしたものかと考え込んでしまった。心情的には今すぐ助けに行きたいが、確かにカノンを戦場に送るのは不安が残る。だがアンマンを見捨てるのは問題がある。どちらの言い分にも理はあるのだ。
 この祐一の悩みに答えてくれたのは、カノンの外に居た。通信士がフォスターU空の通信を受信したのだ。直ぐに映像がメインスクリーンに表示され、ミノフスキー粒子の影響で不鮮明ながらも秋子が現れる。

「祐一さん、舞さんからの通信はそちらでも受け取りましたか?」
「はい、アンマンが核攻撃されると」
「そうですか。では、祐一さんたちは直ちに月に直行してください」

 秋子からの月への救援命令に、祐一は素直に喜ぶ事は出来なかった。

「ですが、カノンはまだ完熟航海の途中で、どんなトラブルが起きるか分かりませんよ。特に兵装関係が」
「あ、その事でしたら既に対策済みです。前にリーフが来た時にプロメテウス砲の全力射撃まで全部やっていますから」
「……え?」

 それを聞いた祐一はちょっと待てと思ってしまった。確かリーフが来た時はカノンはまだ未完成状態で、無理やり出撃させたのは知っていたが、まさか全ての兵装をテストも無しで撃ちまくっていたというのか。

「おかげで色々不具合が出まして、その対策のせいで完成がこんなに遅れたんですよ」
「……被弾して直してたんじゃなかったんですか?」
「違いますよ、武器を使ったら艦が壊れたんで、手直ししてたんです」

 そりゃ設計ミスじゃないのかと誰もが思ったが、口に出す者はいなかった。

「でも、おかげで防御面の確かさは保障されましたよ。リーフの集中攻撃を受けてもビクともしなかったんですから」
「……乗ってた奴らに同情しますよ」

 モルモット以下の扱いを受けた連中に祐一は心から同情していた。なんつう経歴の船なのだ、この艦は。しかしまあ、先代カノンもたらい回しにされた挙句、秋子が掠め取ったようなものなので、カノンと名づけられた艦はまっとうな出生にはならないのかもしれない。
 だが、秋子の命令が来た事で今後の方針が決まった。カノンはこれからアンマン救援に行くのだ。

「よし、全艦航路を月に変更しろ、ティターンズにサイド1の借りを返すぞ!」
「祐一、張り切ってるね」
「おお、やっぱり俺は前線で体動かしてる方が性に合う。どうもデスクワークは疲れる」

 久しぶりに元気になった祐一を見て名雪は嬉しかった。ここ最近の祐一はどこか疲れ気味で、何時もの精彩を欠いていたから。やはり祐一は何時も明るく前を向いている方が良い。

「ねえ、祐一」
「何だ名雪?」
「うん、ふぁいと、だよ」

 小さくガッツポーズを作って訳の分からない事を言う恋人に、祐一は何故か苦笑を浮かべて頷いてしまった。それを見ていた面々は何だか酷く苦いものでも食べたかのように渋面を作ったり、あるいは肩を竦めてフルフルと首を横に振っていた。

 こうして、地球圏最大の巨艦は月へと進路を変えた。目指すは月面の連邦側の都市、アンマン。この都市を部隊として、またしても戦いが起きようとしていた。



後書き

ジム改 次はティターンズvsエゥーゴだ。
栞   私たちは間に合うんですかね。
ジム改 それはアヤウラたちの頑張り次第。
栞   こうなったら私のデンドロビウムで急行して。
ジム改 カノンは1機搭載できるけど、今回は積んでないよ。
栞   何故ですか?
ジム改 だって、戦闘目的の航海じゃないから。
栞   じゃあ私はガンダムmk−Xなんですね。
ジム改 まあね。他のエースも大体揃ってるから、今のカノンは撃墜王クラブだ。
栞   ……ひょっとして私、雑魚キャラですか?
ジム改 ひょっとしなくても雑魚扱いだな。
栞   ひ、酷いです、これでもエースなのに。
ジム改 まわりが化け物過ぎるからな。
栞   くすん、それでは次回、アンマンに迫るティターンズ艦隊。アンマン守備隊とアヤウラ、舞は共同でこれに立ち向かうが、敵の戦力は圧倒的でたちまち追い込まれてしまう。そして出撃したGP−02Aの姿に、舞はこれまでかと覚悟をする。次回「アンマンの炎」でまた会いましょう。