第54章  アンマンの炎



 アンマンへの核攻撃。この報はアンマンにももたらされていた。アンマンの守備隊は直ちに出撃して警戒配置に付き、市民には最下層部への避難が勧告される。アンマンは戦争前から配備されていたジムU、ジム改、ジムキャノンUを主力としているが、エゥーゴから供与されたネモ、連邦軍から供与されたジムVなども装備している。
 そしてサラミス2隻も保有しており、月面都市の守備隊としてはそれなりの規模を持っていた。
 しかし、これはあくまで海賊程度なら排除可能という戦力であり、正規軍を相手にできるような戦力ではない。まして敵は連邦軍を叩き潰しているティターンズである。市民軍程度がどうにかできる相手ではない。

 アンマン市長は周囲の都市に援軍を求め、更にコンペイトウのクライフ提督に応援を求めている。この求めに応じて連邦側の都市からは援軍が出撃し、更にコンペイトウからはこの要請を受ける前から艦隊が出動していた。上手くすればコンペイトウ艦隊は月に向かうティターンズ艦隊を途中で捕まえる事が出来るかもしれない。
 しかし、この期待は脆くも崩れ去ってしまう。ティターンズ艦隊は連邦艦隊に捕捉されることも無く、堂々と月軌道に侵入してきたのだ。エゥーゴがこれを妨害していない事が、この作戦がエゥーゴの黙認のもとに行われている事を教えている。
 アンマン守備隊はこれを都市に入る前に迎撃しようと上昇を開始し、ティターンズ艦隊は軌道上を塞ぐ形で出撃してきたアンマン艦隊を始末しようと砲を向ける。18対2という圧倒的な戦力差であるが、母都市の命運がかかっているとあって後退の動きを見せるような者はアンマン艦隊には居なかった。

 この蛮勇としか言えないアンマン艦隊の挑戦を、ジャマイカンは嘲り交じりながらも賞賛していた。

「ふん、命知らずな奴らだ。だが、その勇気は認めてやら無くてはいかんだろうな」
「ジャマイカン中佐、どうなさいますか?」
「作戦に変更は無い。奴らが妨害をする気ならば、容赦なく蹴散らしてやれ!」

 ハリオ艦長の問い掛けにそう答えて、ジャマイカンは視線を正面の艦隊に戻した。

「馬鹿な奴らだ。こちらの攻撃意図を看破しての行動だろうが、勝ち目などあるはずが無かろうに。降伏するくらいの可愛げがあればこちらも見逃してやれたものを」

 ジャマイカン自身も今回の作戦には些か不満を持っている。彼は生粋にティターンズ士官であり、アースノイド至上主義に凝り固まっている。だが、1年戦争を経験した身でもあり、流石に民間都市への核攻撃などという一週間戦争のジオンのような手段を使うのは気に食わなかった。
 この感情をストレートに表に出したのがヤザンで、彼は今回の作戦を気に入らないと言って最後まで拒否し続け、遂にルナツーに残ってしまった。ジャマイカンとしてはヤザンの行動は苦々しくはあったのだが、わずかばかりの羨ましさもあった。
 しかし、ここまで来てそんな事は気にしていられない。ジャマイカンは全艦に戦闘準備を命じ、砲撃開始の指示を出そうとする。
 だが、次の瞬間、ティターンズ艦隊は下方から突き上げてくるように飛来した艦砲に襲われた。これの直撃を受けた駆逐艦1隻がたちまち爆発四散してしまい、巡洋艦2隻が防御スクリーンの燐光に包まれる。

「な、何だ、下から!?」
「確認しました。ノルマンディ級1、ムサイ級2、グラース級1、サラミス級1、ネオジオン、エゥーゴの混成艦隊です!」
「ネオジオンとエゥーゴだと。馬鹿な、何故エゥーゴが動く。奴らはこちらの動きを黙認している筈だ!?」
「大方、エゥーゴにも言う事を聞かない奴が居るんだろうよ」

 艦長が驚きの声を上げ、ジャマイカンが忌々しげに答える。何処にもそういう奴は居る。ティターンズにもヤザンのような使いにくい男は居るし、シロッコのように勝手に動く奴も居る。エゥーゴにもそういう奴が居るのだろう。
 だが、奇襲が効くのは最初の一回だけだ。新手に気付いたティターンズ艦隊は下方への対処を始めている。
 ティターンズ艦隊の一部がこちらへの防御隊形を取っているのを見たアヤウラが苦々しい顔になった。あのまま混乱してくれるのを期待していたのだが、敵の指揮官はなかなかに実戦慣れした人物であるらしい。

「ちっ、崩れなかったか。思うようにはいかないものだな」
「准将、どうされますか?」
「このまま砲撃を続行しろ。防御スクリーンは上方に集中。MS隊はまだ待機させろ」

 アヤウラはこの下方から突き上げるというポジションを堅持する事にしていた。通常、艦隊戦では行動の制限される月面は不利だと言われているのだが、アヤウラは防御スクリーンの登場で別の意味を見出していたのだ。つまり、月面は確かに行動の自由が制限されるが、下と四方が障害物で遮蔽される為、上方に集中出来るという利点である。これにより防御スクリーンを一点に集中することが可能となり、砲撃戦において必ずしも不利とは言えない環境を生み出す事が出来る。
 しかし、それは防御スクリーンに頼りきった戦法だ。行動の自由が無いという事は集中砲火を受けるという事で、防御スクリーンがどれだけ持ってくれるかが勝負の分かれ目になるだろう。
 ティターンズ艦隊は月面を這い回る敵艦隊めがけてビームとミサイルを発射し、撃ち上げられてくる敵の反撃を回避運動で回避する。行動の自由が利く宇宙に居る側は防御スクリーンのほかに回避運動を取る事が出来るので、こちらの方がやはり有利なのだろう。
 もっとも、アヤウラにとしては上昇しても消耗戦に持ち込まれて終わりということも分かっていたので、不利を承知でこの勝負をしているのだが。
 そして舞がヘイミング艦長に艦首を敵艦隊に向けろと言う。それを聞いた艦長は舞の意図を悟ったが、直ぐには賛成しなかった。

「川澄、艦首を向ければ艦隊から落伍する事になるぞ」
「でも、このままだとこっちがジリ貧」
「……なるほどな」

 どうせ負けるのなら、やれる事はやっておこうと言いたいのだろう。艦長もそれには頷き、艦首をティターンズ艦隊に向けさせる。グラース級は艦首にコロニーレーザー級の破壊力を持つ強力なハイパーメガ粒子砲を装備しており、このクラスの巡洋艦としては圧倒的な砲撃能力を持っている。その艦首にメガ粒子の光が生じたかと思うと、宇宙に向けて強力な光の束が撃ち上げられた。
 このハイパーメガ粒子砲の一撃はティターンズ艦隊の主力艦であるアレキサンドリア級のガウンランドを直撃し、一撃の下に完全破壊してしまう。この戦争が始まって以来、戦場で完全破壊されたアレキサンドリア級はこれが初めてである。
 しかし、その報復は直ぐに来た。他の艦がヘイミングを脅威と見たのか、攻撃を集中させてきたのだ。この攻撃を受けてヘイミングは防御スクリーンに不調を来たすほどの被害を受けることになる。


 アヤウラ艦隊とティターンズ艦隊の一部が砲戦を行っている頃には、すでにジャマイカン直卒の部隊がアンマン艦隊を撃破していた。所詮サラミス2隻であり、まともに撃ち合えば勝負になるはずも無い。
 ハリオとサラミス2隻、マエストラーレ4隻がアンマン守備隊を蹴散らしてアンマンを捉えようと降下していく。だが、アンマン市に辿り着いたアヤウラがアンマン艦隊に代わって市の防衛を勤めていた。

「砲撃を絶やすな。MS隊は直ちに発進しろ。敵のMSが降下してくるぞ!」

 アヤウラの命令でバルジとムサイから次々にMSが出撃していく。その主力はアヤウラ指揮下の部隊でのみ主力機として扱われているシュツーカの最終バージョンであるK型で21機で、これに量産試作型であるゴブリンが4機ある。他にヴァルキューレが3機もある。新型のゴブリンが16メートル級の標準より小型のMSである事を考えると、19メートル級のヴァルキューレはかなり大型のMSである。

 ネオジオン艦隊がMSを出したのに少し遅れてエゥーゴ艦隊からもMSが出撃した。これにアンマン守備隊のMS26機が加わり、数だけは64機とそれなりの陣容を誇っているが、降下してくるティターンズ艦隊も60機近いMSを降下させてきている。ティターンズの主力はマラサイとバーザムであるが、ガブスレイやハンブラビも10機以上あり、防衛側の不利は変わらない。
 舞はビームライフルの安全装置を外すと、降下してくるティターンズMS隊に迷わず一発放ったが、これは空しく外れてしまった。

「……射撃は苦手」

 何だか言い訳がましい事を呟いた後、舞は全機に散開を命じた。そしてトルクとクラインに指示を出す。

「トルク、クライン、貴方たちは可変機をお願い。他の人じゃ手に負えないと思うから」
「そいつは構わないが、舞は?」
「私も可変機を狙う」

 そう言って舞の百式改がガブスレイに挑んでいく。それを見てトルクは舞のサポートをしようかとライフルを構え直したが、いきなり感じた悪寒に機体を蛇行させた。

「何ぃ!?」

 襲い掛かってきたのはバーザム2機であった。バーザム風情が生意気なとトルクは少し怒って反撃を加えるが、このバーザムはトルクの射撃を掻い潜って距離を詰めてきたのだ。

「ちょっと待て、こいつら、腕が良いぞ!?」

 慌ててビームサーベルを抜いて斬りかかってきたバーザムのビームサーベルを受け止めたが、それに意識が向いた隙を付くようにもう1機のバーザムが側面からビームを放ってくる。それをシールドで防いだトルクは肩のビームガトリングを放ってこれに回避運動を強要する。
 そして目の前のバーザムに頭部バルカンを叩き込んで後退させ、仕切り直した。そして周囲の様子を確かめたトルクは息を呑んでしまう。なんと、周囲の味方は敵に一方的に押されていたのだ。

「こいつら、クリスタル・スノーほどじゃないが、かなりの凄腕部隊なのか?」

 自分を梃子摺らせるほどの部隊だ。一般兵の駆るMSでは対抗するのは難しいだろう。まして旧式機では歯も立つまい。しかもまるでクリスタル・スノー隊のように複数機で1機を確実に仕留めるという戦法を使ってきている。
 トルクの知る故もない事であったが、クリスタル・スノーの圧倒的過ぎる戦闘能力はティターンズも目を付けていて、所属していたパイロットに執拗な引抜をかけていたのだ。ただ、クリスタル・スノーを持つパイロット達は何故かティターンズ嫌いで、しかも変人でモラルが高い者が多かった。
 しかし、それでもティターンズに流れた者が居ないわけではない。流石に隊長級の中にティターンズに流れた者は居ないのだが、そのティターンズに流れたパイロットは当然ながら凄まじい技量を持っている。そして彼らはクリスタル・スノーの戦術に習熟していたのだ。彼らからクリスタル・スノーの戦術を導入したティターンズは、彼らを真似た部隊をティターンズ生え抜きのパイロットたちを使って編成していたのである。この部隊はアンマン攻撃で実戦テストを兼ねる予定だったのだが、予想外の抵抗にあう羽目になったのだ。

 舞たちは自分達でも苦戦を強いられる強敵を前に苦戦を強いられ、アンマンに押し込まれていた。そしてこの部隊は指揮系統が統一されていない事が災いし、各個撃破されかけてしまう事になる。
 この戦況を見ていたアヤウラは自分のMS隊にアンマンに降りて防衛戦を行う事を指示した。もう残存戦力で敵を食い止める事は出来ない。

「ちっ、まさかここまで強力な部隊が出てくるとはな」
「准将、このままアンマンに留まっていますと、まとめて核で吹き飛ばされますぞ」
「分かっているが、あの強さでは逃げ出すのも難しいぞ」

 部下の進言にアヤウラが忌々しそうに答える。ティターンズが精鋭揃いなのは知っていたが、まさかここまで強かったとは。

 だが、この辺りから状況は少しずつ変わりだした。ようやく各都市に要請していた援軍が到着し始めたのだ。この報告を受けたジャマイカンは不快げに顔を顰めた後、敵の増援部隊の進路からその正体を判断している。

「ちっ、周囲の連邦寄りの都市からの援軍か。だがまあ、気にすることは無かろう。たかが知れた数だ」

 集ってきたのは僅かに巡洋艦2隻に駆逐艦3隻、搭載しているMSも所詮は旧式兵器の寄せ集め部隊なのでさほど恐れる必要は無い。だが、敵はこれだけではなかった。なんと艦隊の上から被さるように2機の戦闘機が急降下をかけてきたのだ。それを見たティターンズ側の直衛機が迎撃に出るが、この2機は彼らの目の前でMSへと変形し、立ち向かってきた。そう、この2機はZガンダムだったのだ。
 エゥーゴの象徴とも言えるZガンダム2機の登場は戦場の流れに変化をもたらした。このZを駆るのはエゥーゴでも最高レベルのパイロットであるアムロ・レイ大尉、カミーユ・ビダン中尉なのだ。まあ、カミーユは軍属なので中尉待遇なのだが。

「アムロ、カミーユまで!?」
「おいおい、何考えてんだお前ら!?」

 トルクとクラインが自分達以外のエゥーゴ部隊が動いている事に驚いている。ブレックスは自分達が動く事を黙認しているが、他の部隊を動かす気は無かった筈だ。そして舞が指揮官と思われるアムロに通信を繋ぐ。

「アムロ、どういう事?」
「なに、訓練にでてたんだが、何だかドンパチしてるのが見えてね。ちょっと寄ってみただけだよ」
「……プロペラントタンクに対艦ミサイル、ハイパーメガランチャーまで持ってきておいて、訓練?」

 彼らの装備は長距離攻撃用の重武装だ。何処をどう見ればこれで訓練と言えるのだろうか。彼らは上層部の決定に背いてまでも駆けつけてくれたのだろう。そしてこれだけの装備を出しているという事は、エゥーゴ内部にも協力者が相当数居たという事だ。
 エゥーゴは確かに腐ってきているかもしれないが、まだ全てが腐っているわけではないらしい。それを確かめられた舞は、嬉しそうに笑顔を作っていた。

「……負けられなくなった」

 正直駄目かと思っていたが、次々に駆けつけてくる援軍が舞の心に再び勇気を取り戻させていた。数の差もだいぶ縮まっており、このままいけば何とかなるのではないかという気さえしてくる。
 舞は大きく頷くと、トルクに通信を入れて支援を求めた。

「トルク、私のサポートをお願い。敵を突き崩す」
「突き崩すって、この数をか!?」
「大丈夫、やれるから。私と、貴方なら」

 舞から向けられた、ひょっとしたら初めてじゃなかろうかという信頼の言葉に、トルクは一瞬脳が停止した。

「え……え……あの、舞さん?」
「トルクの腕は信頼してるから。そうでないなら、探したりしない」

 混乱しまくっているトルクにそれだけ言い残して、舞は敵部隊に反撃に出た。それを見たトルクが慌てて続くが、その顔が少しどころではなく緩みきった、何ともだらしない状態になっていた。

「よ、良かった、俺ってちゃんと必要とされてたんだ。何時も袖にされてたから、ちょっと自信無くしてたけど、まだ舞と俺の縁は切れてないぜ!」

 顔は緩んでいるが、どうやら気合は十分以上に入っているようだ。舞が手近な敵機にビームライフルとシールドを手に近接戦闘を仕掛け、相手が左右に躱そうとした所をトルクが攻撃を加えて始末する。もしトルクの攻撃を回避できたとしても、この距離で舞い以外の相手に意識を向けるというのは完全な自殺行為でしかない。近接戦闘なら舞はシアンやアムロとさえ互角かやや優勢に戦う事が出来る。
 この2人が反撃に出たのを見て、アンマンを守っていた他のMSも動き出した。このままこんな所に篭もっていても敗北は避けられない事は分かりきっていたので、この際2人の後に続こうとしたのだ。
 しかし、やはり重力下で頭を抑えられるという不利は如何ともし難いものがあった。駆けつけた友軍もアムロたちを除けば旧式で、実数ほど頼りになっている訳ではない。アヤウラの部隊もシュツーカはマラサイB型となら互角以上の勝負をするが、流石に現在のマラサイの主力となっているE型が相手だと苦しい。ましてバーザムの相手は出来ない。
 バーザムに対してはゴブリンが互角に渡り合えているが、試作機ゆえの不安定さの為か劣勢は否めなかった。ただ、ゴブリンは試作機でもネモより安いので、量産型では何処まで価格が下がるかが期待されている。上手くすればエゥーゴに輸出してネオジオンの資金不足を解消できるかもしれない。上層部にそんな気があればの話であるが。


 周辺都市の支援とアムロとカミーユの来援はアンマンの防御力を確かに向上させた。だが、それはアンマンの寿命を少し延ばす程度の意味しか持たない。アンマンの戦力は時間と共に確実にすり減らされ、戦力差が開くと共に損失の比率も開きだしている。アムロや舞、トルクやクラインといった一騎当千の化け物のようなパイロット達が一人当たり3〜4機の敵を引き受けて奮闘し、ヴァルキューレ部隊がその圧倒的な攻撃力でティターンズを混乱させる。ここの戦いではエゥーゴ側有利という場面もあるのだが、全体では既に圧倒的不利という状況に追い込まれてしまっていた。





 このアンマンの戦いを軌道上から指揮していたジャマイカンは、ようやく敵の抵抗が終息しつつある事を感じ取っていた。敵の抵抗は激しかったが、最終的には数と装備の質が物を言い、敵の抵抗を封じ込める事に成功したのだ。
 エゥーゴやネオジオンの艦艇はもう動く事もままならないのか、アンマンの市街周辺に着底してしまっている有様で、反撃の砲撃も少なくなっている。ジェネレーターが落ちた艦もあるのだろう。MS隊も同様で、既に敵は各所で分断され個人個人の勇戦という状態にまで弱体化している。
 もはやアンマンの制宙権は押さえた。そう判断したジャマイカンはMS隊の予備を護衛としてGP−02Aを出すよう命令した。
 それを受けてハリオからGP−02Aが発進し、左右を6機のマラサイとハイザックが護衛する。これを見たエゥーゴのパイロット達が慌ててこれに向おうとするが、彼らの動きは直ぐに敵に押さえ込まれてしまった。
 そしてアヤウラはバルジの艦橋からこのGP−02Aを見上げ、今度こそ死を覚悟してしまった。

「これまでだな」

 流石に艦も動けない、MSも敵を突破できないとあっては、負けを認めるしかない。あの核がアンマンに発射されれば、付近にいる自分達も纏めて吹き飛ばされてしまうのは確実で、逃げることも出来そうに無い。

「まあ、フォスターTで核を使って連邦を吹き飛ばした俺だ。ティターンズの核で焼かれるのも、因果応報というものなのかも知れんな」

 まあ、ここで死ぬ事に特に恐怖は無かった。むしろここで倒れればネオジオンの滅亡を見ずに済むという気さえしている。
 艦橋内の兵士たちが恐慌状態に陥る中、アヤウラはGP−02Aがその核バズーカをこちらに向ける様をじっと見上げていた。

 そして舞とトルクはまだ健在であったが、アンマンの天蓋部から困った顔でGP−02Aを見上げていた。

「舞、あれ撃ち落せるか?」
「名雪なら簡単に落とすと思うけど……」

 名雪の腕は人外魔境で、あれと並ぶスナイパーを舞は知らない。つまり、自分にはどうしようもないという事だ。トルクもそれを悟り、流石に諦めの溜息をついた。

「参った。今回は年貢の納め時だ」
「……ごめん、トルク」
「良いって、俺の意思でやった事だ」

 済まなそうに謝る舞に、トルクは気にしてなさそうに答えた。確かに誘ったのは舞だが、選んだのは自分なのだ。ここで死ぬ責任を舞に擦り付ける気は無かった。いや、むしろトルクにはもっと別のことが気になって仕方なかったのだ。

「な、なあ舞。今更聞くのも何なんだが、舞って、まだシアン隊長の事が好きなのか?」
「……本当に、今更」

 こんな時に何を聞いてくるのかと舞は呆れてしまったが、まあ良いかと思い、正直に答えてやる事にした。

「……今でも、気持ちは変わらない」
「そっか」

 最初から俺には勝ち目は無かったわけだ。などと思ってどんよりと落ち込みかけたトルクであったが、ここで舞は意外すぎる言葉を口にしてくれた。

「でも、トルクも嫌いじゃないから」
「へ?」
「お兄ちゃん程じゃないけど、トルクも嫌いじゃない」
「ま、舞〜!」

 感極まってトルクは百式改で抱きつこうとした。結構器用な奴だ。だが、そのメインカメラに舞がビームライフルの銃口を突きつける。

「……でも、こんな事をするなら嫌い」
「ごめんなさい」

 もし動いたら迷わず撃たれる。それが確信できたトルクは素直に謝っていた。




 そしてGP−02Aのアトミックバズーカがアンマンに指向され、誰もが死を覚悟した瞬間、遂にアトミックバズーカが光を放った。それを見て誰もが目を閉じて顔を伏せたが、予想していた衝撃と高熱は襲ってこず、恐る恐る目を開けてもう一度上を見上げる。すると、そこにはアトミックバズーカの砲身が破壊されて戸惑っているGP−02Aの姿があった。

「な、何が?」

 もう誰もあれを阻止する力など残していなかった筈だ。一体誰があれを防いだというのだ。そのトルクの疑問に答えるように遙か彼方の宙域から一条のビームが飛来し、GP−02Aの傍にいたマラサイを一撃で撃墜してしまう。そのふざけているとしか思えない超長距離狙撃に、トルクは震える声を紡いでいた。

「ま、まさか、こいつは……」
「トルク、こんな出鱈目をやってのけるのは、1人しかいない」

 そうだ。こんな超長距離からビームを正確に当てられる者など、彼女しかいない。あのカノン隊最高、いや、地球圏最高のスナイパーであった彼女しか。

 そのとんでもない長距離狙撃に続いて多数のMSがスペース・ジャバーに乗ってこちらに近付いてきた。それは秋子たちが運用している主力MS、ゼク・アインとジムVが多いが、中にはゼク・ツヴァイやガンダムmk−Xといった高級機も含まれている。
 この部隊はティターンズ艦隊の上方を守っていた直衛機の迎撃を一蹴し、艦隊に攻撃を加えて駆逐艦3隻を撃沈してアンマン市街とティターンズ艦隊の間に割り込んでティターンズMS隊に襲い掛かった。
 ティターンズ部隊はこの部隊を迎え撃ったのであるが、それまでエゥーゴやネオジオン部隊を相手に優勢に戦いを進めていた精鋭部隊が、この部隊には碌な抵抗も出来ずに叩きのめされたのである。

「な、何なんだこいつ等は、化け物か!?」

 ガブスレイを駆るパイロットが悲鳴を上げる。性能なら自分のガブスレイも引けを取らないだろうに、敵が余りにも強すぎる。そして彼は見る。周囲のMS全てがクリスタル・スノーをつけ、さらに連邦の中でもそれなりに知られたマーキングをつけた機体がゴロゴロしている事に。

「突き上げる拳に、アイスクリーム、蛙にイチゴ、八木アンテナ、乙女の字、タイヤキ……ちょ、ちょっと待て、まさかこいつらは!?」

 こんな愉快なマーキングが踊っている部隊など1つしかない。そう、あのクリスタル・スノーの中でも最精鋭と言われるサイレン。そしてこれと並び称される隊長級のパイロット達。こいつらが群れで襲ってきたと言うのだろうか。もしそうならば、この部隊は化け物パイロットだらけという事に。

「冗談じゃないぞ。そんな奴ら、相手に出来るわけ無いだろ!」

 そう叫ぶガブスレイのパイロット。だが、彼の予想はまだ甘かった。連邦最強と言われるカノン隊。そのカノン隊だけでも脅威なのに、これに更にファマス戦役で名を馳せたエターナル隊のパイロットやリシュリュー隊のパイロットたちまでが加わっているのだ。今ここに現れた連邦軍のパイロット達は、最低でも10機以上の撃墜数を記録する反則のようなパイロット達である。ティターンズが一方的に蹴散らされているのも無理は無いだろう。

 そしてこれに続いて月に向っていたカノンを指揮していたのは雪見だった。祐一はMS隊を率いて飛び出してしまったのだ。カノンの艦橋で戦況を眺めていた雪見は、この一方的過ぎる戦いに失笑を漏らしていた。

「全く、本当に化け物じみてるわ、この部隊は」

 こんな連中を相手にさせられたティターンズ部隊にいっそ同情さえしたくなるような戦力差である。戦うよりも逃げた方が賢明だったろう。もし自分が戦えと言われたら、多分階級章をその場で捨てている。

「ま、お仕事はしないとね。プロメテウス発射用意」

 多分必要は無いだろうと思いつつ、雪見はプロメテウスの起動を命じた。もし敵艦隊がこちらに向ってくるだけの余力を持っているならば、これで吹き飛ばしてやるつもりだったのだ。





 この援軍が戦況をたちまち覆してしまう様を、ジャマイカンは恐怖と共に見つめていた。馬鹿な、あれほど優勢だったのに、それがこうも簡単に覆されるとは。
 信じられない、いや、信じたくない一心でジャマイカンは頭を左右に振ろうとしたが、体が硬直していてそれも出来ない。そう、これは現実なのだ。
 そして、ハリオのレーダーが接近してくる5隻の艦隊を捉えた。そのうちの1隻は異常なほど巨大な艦だと言う。それを知らされたジャマイカンはそちらの望遠映像を表示させ、荒い画像が解析されてクリアになるのを待つ。そして映し出されたのは、これまでの連邦艦とはまるで違う、異常なまでに巨大な船であった。隣にいるリアンダー級巡洋艦が駆逐艦か突撃艇に見えてしまう。
 艦橋クルーもその巨艦に驚きの声を上げている。その中で、ジャマイカンだけはその正体を見抜いていた。彼だけはかつてリーフがサイド5で遭遇した巨艦の映像を見た事があったのだ。

「あれは、まさかカノン」
「カノン? あの火星で戦没した?」
「それは先代だ。これはフォスターUで建造していた2代目のカノンだ。もう完成していたのか」

 白く輝く船体は優美であり、これまでの連邦艦艇には見られない流線型の外見に見惚れる者も少なくは無い。だが、ジャマイカンにとってはそれどころではない。GP−02Aのアトミックバズーカが失われ、更にアンマンに出していたMS隊が一方的に殲滅されているのだ。


 そして、これに加えてジャマイカンは更なる敵部隊の攻撃を受けることになったのだ。

「中佐、グラナダ方向より艦隊接近、数は6隻、エゥーゴ艦隊です!」
「エゥーゴが動いただと、どういう事だ!?」

 舞たちはただの跳ね上がりだと思うことが出来たが、6隻もの艦が部隊を組んで動いているとなると、これはもうエゥーゴの正規の軍事行動と見做すしかない。だが、黙認を約束した筈のエゥーゴがどうして動いたのか。


 このエゥーゴ部隊はグラナダの艦隊だった。かつてブライトの指揮下にあったアーガマ級巡洋艦のベルフォリスを旗艦としてグラース級2隻、セプテネス級駆逐艦3隻で編成されている。
 この部隊の接近はアンマンを守っている舞たちにも直ぐに知らされ、驚いた舞がヘイミングを経由してベルフォリスを指揮するキリルパトリック大佐に理由を聞いたのだが、その答えは驚くべきものであった。

「ブレックス准将の命令だ」
「どうして……あれほど動くなと言っていたのに」
「君たちの行動に准将も心を動かされたらしい。自分がアナハイムを押さえるから、我々にアンマンに急行しろと命令が来たのだ。グラナダはアナハイムの影響力が小さい都市でもあるしな」
「……准将が」

 ブレックスもまだ誇りを失った訳ではなかったのだと知り、舞は嬉しくなった。自分が参加したエゥーゴは、こういう組織だった筈なのだ。確かにアナハイムの影響力が増大して企業の道具に成り下がった感はあるが、まだ芯まで腐っている訳ではないらしい。

 もはやティターンズの勝機は失われた。エゥーゴとネオジオン、そして連邦がどういう訳かは知らないが共同戦線を張っているのだ。これではどうする事も出来ない。ここで手間取っていては、最悪コンペイトウの第2艦隊が到着してしまいかねない。
 ジャマイカンは撤退を決意すると、全軍に戦場からの離脱を指示した。これ以上損害を出す事は出来ない。


 こうしてアンマン防衛戦は終結した。駆けつけてきたカノンはエゥーゴ部隊と睨み合う事になったが、双方とも手を出すような事はしていない。どうしたら良いのか、互いに判断をしかねているのだ。
 この状況下で、エゥーゴとネオジオンの使者がシャトルでカノンを訪れた。それを完全武装の警備兵込みで幹部クルーの一部と共に出迎えた祐一は、エアロックから入ってきた舞とトルクを見て緊張を解いてしまった。

「舞、久しぶりだな。トルクも生きてたんだな」
「……祐一、来てくれてありがとう」
「おいおい、俺は死んだ事にされてたのか?」

 祐一の言葉に舞が謝辞を口にし、トルクが顔を顰めて文句を言う。まあトルクの場合は行方不明になっていたので、何処かで野垂れ死んでいたとしても不思議ではないので、生きてたのかと言われるのも無理は無いのだが。
 そして2人に続くように、こんどはネオジオンの将官が護衛の兵2人と共にやってきた。それを見た雪見ら旧ファマス勢が驚きの声を上げる。

「ア、 アヤウラ〜〜!?」
「む、川名みさきに深山雪見に……その他か」
「俺らはその他扱いか!?」

 その他扱いされた浩平が声を上げて抗議しているが、詰め寄られたアヤウラは腕組みをして悩むような仕種をした。

「いや、顔は覚えているのだがな。名前が出てこんのだ。流石にパイロット1人1人の名前と顔まで覚えてはいられんのでな」
「うぐぐぐ、そういや一応幹部だったな」

 浩平が悔しそうに歯軋りしている。アヤウラはファマス内では中心人物の1人であり、確かにエターナル隊のパイロットでしかなかった自分たちの事など覚えていなくても不思議はない。みさきと雪見はよく顔を合わせていたから覚えていたのだろう。
 だが、みさきと雪見の方は洒落にならない状態になっていた。雪見は嫌悪の眼差しを向けており、みさきに至っては表面笑顔で、実は抑えきれないシェイドの力が漏れ出て近くの人たちを凍り付かせている有様だ。

「久しぶりだねアヤウラ准将。それで、今日は何の用?」
「みさきか。まあそう怒るな。今回は救援の礼を言いに来ただけだ」
「それがおかしいんだよ。何で貴方がアンマンを守るのかな?」
「実は正義に目覚めて心を入れ替え……」
「嘘は駄目だよ、アヤウラ准将」

 ニッコリと百万ドルの笑顔できっぱりと否定してくれるみさきに、アヤウラはまたどんよりと落ち込んでしまった。それを見て流石に気の毒になったのか、お人好しな瑞佳が恐る恐る声をかける。

「あ、あの、大丈夫ですか?」
「……いや、大丈夫だ」

 落ち込むのも早かったが立ち直るのも早かった。なかなか打たれ強い男である。
 そして、これ以上ここにいるとますます場が険悪になると判断してか、アヤウラはシャトルの方に戻ろうとした。それを見てファマス勢が嬉しそうに手を振っている。まあここまで嫌われていればいっそ清清しくさえあるかもしれない。
 その様を見ていた舞は苦笑し、そして昔の仲間達に深々と頭を下げた。

「今回は助かった。おかげでアンマンを守りきれた」
「それは秋子さんに言ってくれ。俺たちは命令だから動いただけさ」
「……でも、命令が無くてもきっと動いてくれた」
「おいおい、俺たちはプロの軍人なんだぜ。命令無しで動いたりはしないよ」

 舞の言葉に祐一は苦笑した。幾らなんでも秋子の命令無しで救援に来る事など出来るわけが無い。だがまあ、命令が無ければ秋子に通信を入れて許可を求めてはいただろうが。命令無しでは軍は例え人助けが目的であっても動く事は許されない。人でなしと言われようと、それが軍という組織であり、シビリアンコントロールの下に置かれているという証明である。
 そして祐一の隣にいた名雪が舞にこっちに戻ってこないかと聞くと、舞は残念そうに首を横に振った。

「……もしエゥーゴが本当に腐ったとしたら、その時は連邦に戻る人も多いと思う」
「舞さん」
「ご免名雪」
「トルクさんは?」
「俺は舞に付いて行ってるだけなんでな。別にどっちでも良いっちゃ良いんだ。だから舞がエゥーゴに残るなら、俺も残るよ」

 結局舞は今回も連邦へ戻る誘いを断わり、シャトルに戻ろうとした。それにトルクが続こうとした時、いきなりエアロックの向こうからアヤウラが顔を出してきた。

「そうそう、重要な事を言い忘れていた」
「なっ、まだ居たのか?」

 まさかまた出てくるとは思っていなかった一同が身を引いてしまうが、そんな事は気にした風も無くアヤウラは祐一に用件を伝えた。

「一度非公式に会談の場を持ちたいと水瀬秋子に伝えてくれないかね。お互いの関係改善のために話し合いたいと」
「話し合う、あんたが?」
「そうだ、頼んだぞ」

 それだけ言い残してアヤウラは今度こそシャトルに戻っていってしまった。そして舞とトルクもシャトルに戻っていく。それを硬直して見送ったみさきたちに、アヤウラの事を良く知らない祐一と名雪が不思議そうに首を傾げていた。向こうが話し合いを持ちかけてくるのは、長期的に見れば良い事のはずなのだが、何故かみさきたちはありえる筈が無いものでも見たかのような顔をしていた。




 今回の戦いは現場レベルの行動ではあったものの、ティターンズに対して連邦とエゥーゴ、ネオジオンが共同で戦ったという初めての事例となると同時に、どの勢力も必要とあれば平気で手を組む可能性があるという事を教えるものとなった。何しろ偶然とはいえ、連邦とネオジオンが共同戦線を張ったのだから。
 そしてこの攻撃の失敗により、ティターンズ内におけるバスクの発言力は低下してしまい、代わりにエイノーが前に出てくる事となる。これはティターンズの戦略がひたすら攻勢をかける短期決戦から、通商破壊などを重視する長期戦に変更された事を意味する。連邦とティターンズは再び苛烈な消耗戦に突入する事になった。

 そして、アヤウラの動きなどまるで関係ないかのようにネオジオンはアクシズとア・バオア・クーを新たな主防衛拠点と定め、連邦との対決姿勢を鮮明にしていく。この動きに対してコンペイトウの連邦軍はネオジオンとの戦いに備えて戦力の増強を求め、こちらも戦う準備を整えようとしていた。




後書き

ジム改 今回の戦闘、ひょっとしてアンマン側の半数以上はエースだったのではないだろうか。
栞   何て滅茶苦茶な戦力ですか!
ジム改 仕方なかろう、久々の同窓会状態なんだから。
栞   でも、乗ってるパイロットが最低でもスコア10機って何ですか!?
ジム改 だって、祐一や名雪なんかもう70機以上は確実だぞ。
栞   アムロさんなんか200機くらいいってるんじゃないでしょうか。
ジム改 戦う方としては泣きたくなるような相手だよなあ。
栞   逃げても恥じゃないですね。
ジム改 まあ、こいつ等は危険すぎるから普段は分散させているのだが。
栞   スパロボのロンド・ベルみたいなものですからねえ。
ジム改 では次回、遂に激突の時を迎える連邦とネオジオン。皮肉にもネオジオン軍の指揮を取るのはチリアクス中将であった。一方でエゥーゴは遂に内部対立が表面化し始める。次回「何の為に戦うのか?」でお会いしましょう。
栞   そういえば、私たちは何で戦ってるんでしたっけ?
ジム改 祐一は仲間と給料、シアンは家族の為だそうだが。
栞   私は?
ジム改 他に就職口が無いからじゃないの?
栞   え、えうううう〜。