第55章  何の為に戦うのか




 連邦とエゥーゴ、ネオジオンの共同作戦は宇宙の趨勢に変化をもたらした。これまでは連邦が単独で3勢力を相手取る戦争になると誰もが思っていたのだが、どうやらどの勢力に限らず、攻勢に出た勢力を叩く為に他勢力が手を組むという構図になったらしいと誰もが考えるようになったのだ。
 この情勢下において、ティターンズは真っ先に戦略を変更した。いや、内部の勢力関係に微妙な変化が生じ、実戦部隊を掌握しているバスクの影響力が低下し、代わりに軍政面を預かっていたエイノーが指導的な立場に付いたのだ。これによりティターンズの戦略がバスクの主張した短期艦隊決戦から、時間のかかる通商破壊戦と任務部隊による奇襲をメインとした体力勝負の消耗戦になった。
 ただ、ジャミトフの指導力の元に1つに纏まってはいるのだが、現場レベルではバスク派とエイノー派の対立は結構根深いものとなっている。

 これに対して連邦宇宙軍は秋子に殆ど独裁者とさえ言えるほどの権限が与えられ、軍政と軍令、そしてコロニーの行政を事実上掌握してしまっている。おかげで戦時体制への行くもスムーズに行われ、避難民たちの空きコロニーへの配分や軍事協力態勢の徹底などが行われている。
 スペースノイドたちにとってはこのサイド5と、まだ連邦が確保しているサイド2が最後の生命線である為か、秋子の強権を盾にした強制処置に対して特に抵抗は無かった。つい6年前には1年戦争を経験していた事も大きかっただろう。文句を言っていられる状況ではない、という事を彼等は理解していたのだ。
 ただ、流石に1人で全てを統括する事は不可能なので、各部門に実務を担当する次席を置く事で負担を軽減させている。言い換えると本当に死ぬほど忙しいのはその次席という事であるが、それはツッコンではいけないだろう。
 ただ、4勢力中で最大、と言うより桁違いの戦力を持つだけに再編成も容易ではなく、未だに全力を発揮できない状態だったりする。

 エゥーゴは先のアンマン防衛戦におけるブレックス准将の独断行動が問題となり、再び機能を喪失していた。アナハイムを初めとするエゥーゴ後援企業群は自分たちの命令を無視してアンマンに援軍を送ったブレックスの行為を許せない暴挙だと非難し、ブレックスはこの後援企業群に対してアンマンを見捨てればエゥーゴそのものが内部から瓦解していたと主張し、貴方たちははエゥーゴに集まった将兵を理解していないと反論している。
 この対立構造はエゥーゴ内部や各都市にも波紋を呼び、フォン・ブラウンはアナハイム寄り、グラナダはブレックス寄りなどといった対立が生じだしていた。エゥーゴもギクシャクし始めており、部隊間の軋轢から、果ては入港した港側との衝突までが見られるようになった。

 ネオジオンはキャスバルの黙認の元にアヤウラが連邦との接触を始めていたが、キャスバルの考えなどお構い無しにデラーズ率いる軍部は連邦との決戦の準備を整えていた。奪還したア・バオア・クー(連邦名ドリル)に大部隊を送り込むと共に、連邦の出城とも言える存在となっているペズンへの牽制と連邦への前線拠点の意味を込めてアクシズが移動してきている。
 デラーズは自分が信頼するベルム・ハウエル少将にア・バオア・クーの司令官とし、アクシズには無派閥ではあるがデラーズと親交のあるユーリー・ハスラー少将に預けた。そして連邦と砲火を交える主力艦隊は4つに分けられている。戦艦を主力とするデラーズ直卒の第1艦隊はサイド3にあって本国の守りとレジスタンスへの対処に当たり、橘啓介少将率いる巡洋艦主力の第2艦隊は月方面の制宙権確保に当たっている。第4艦隊はトワニング少将率いる潜宙艦と小型艦部隊で、偵察や通商破壊戦などの仕事に従事する。
 そしてチリアクス中将率いるのが空母と巡洋艦で編成された第3艦隊で、連邦との戦いにおいては主力を勤める事になっている。この部隊は強力ではあったが、消耗すると補充できない切り札でもあった。ただ、チリアクスが司令官だけあってファマス系の将兵が中心なので、軍上層部には疎まれている。装備は一流で補給もそれなりに優先されてはいるが、ようは上層部にとって疎ましい連中を前線で使い潰すつもりなのだ。





 このような情勢下で、ア・バオア・クーにネオジオン軍の大軍が集結しているという報告を受け取った秋子は、正直迷惑そうであった。このまま黙ってサイド3に引っ込んでいればティターンズとケリを付けるまで見逃してやる気だったのに、まさか向こうからちょっかいをかけてくるとは。

「ネオジオンはいつの間にか自分達が強いと錯覚するようになったみたいですね。一度厳しく教育してあげる必要がありそうです」

 秋子の冗談なのか本気なのか分からない軽口を聞いたジンナ参謀長はどう答えたものかと少し考えてしまった。
 そして秋子は少し考えた後、ジンナに今動ける艦隊はあるかと問い、ジンナは少し考えて秋子に質問をした。

「出すのは正規艦隊でしょうか?」
「いいえ、さすがにそれは無いですよ。コンペイトウにはクライフさんの第2艦隊もありますし、独立艦隊で十分でしょう」
「そうですか。それでしたらバーク准将やオスマイヤー少将の部隊で良いのではないでしょうか。シドレ准将とデッシュ准将はまだ戻っていませんから」
「……ではバーク准将の隊に出撃命令を。祐一さんに久瀬さんを付けてMS隊を任せます。空母エンタープライズと護衛隊を付けて下さいね」
「エンタープライズに相沢までですか。相沢は残し、久瀬大尉に任せれば宜いのでは無いですか。相沢はMS隊の要ですので、余り前線に出すのはどうかと思います」

 ジンナはここ最近祐一が前線に出てばかりで後方の仕事が疎かになっている事を問題視していた。確かに祐一は優秀なパイロットであるし、指揮官としてもそれなりの能力があるが、彼に代わる前線指揮官は今の秋子の手元には幾らでも居るのだ。無理に祐一を出す必要はない。
 だが、秋子はジンナの進言に頷きつつも、命令を変えることはしなかった。

「祐一さんの仕事は北川さんに代行してもらいます。当面の仕事はパイロットの訓練と機体の更新ですから、祐一さん抜きでも問題は無いでしょう」
「それはそうでしょうが、鼎の軽重が問われかねませんぞ」
「参謀長、今の戦況は、鼎の軽重がどうこう言っていられるほど楽では無いと思いますよ」
「……提督は、こちらが追い込まれる可能性もあると?」
「ありますよ。ティターンズの通商破壊戦の拡大のせいで、こちらも航路の護衛や通商破壊艦狩り部隊の増強を強いられています。正直、手が足りません。しかも新造艦がドックから出てきても扱う乗組員が不足していますからね。志願兵は続々と集っているようですからありがたいんですが、これを訓練する為の船もMSも教官も足りません」

 流石の秋子もこればっかりはどうにもならなかった。兵器は増産すれば数を揃えることが出来る。フォスターUは万が一の事態に備えてルナツーと並ぶ恒久要塞になっており、大規模な生産施設をもって大艦隊が必要とする物資全てを生産することが出来る。だが、人材だけは数ヶ月かけて訓練するしかないのだ。これだけはすぐに数を揃えるというわけにもいかない。

「新兵の訓練にかなりの数の艦とベテランのクルーを回してますからね。練習艦代わりにしてる旧式艦でも航路護衛には使えますから、痛いですよ」
「……つまり、相沢を出して敵を短期間で叩き潰したいと?」
「はい。出来れば当分立ち直れないくらいに叩いて欲しいですね」

 祐一と久瀬、そして彼等と一緒に行動している連中を加えればそれだけでMS戦においては圧倒的な優位を確保できるだろう。アンマンにおける戦いでは秋子の手元に居る著名なパイロットが徒党を組んで参戦した為、ティターンズにとって虐殺とも言える戦いが繰り広げられたという。ガブスレイやハンブラビといった高性能な可変MSがゼク・アインやジムVに歯が立たなかったと言うのだから、その凄まじさが伺えるだろう。
 この連邦とティターンズの戦いを目の当たりにしたエゥーゴとネオジオンの将兵は、もう驚くを通り越して恐怖に震えていたらしい。自分達はこんな連中を相手に戦っているのか、これが水瀬秋子の部下たちなのかと。

 ただ、秋子にとってはネオジオンとエゥーゴを黙らせたい理由が他にもあった。現在L1にあるサイド5とフォスターUは秋子の戦力で守られているが、L4にあるサイド4は同じくL4にあるサイド6のティターンズと睨みあっている。幸いこちらにはペズン基地があるが、これは安定宙域から少し外れた場所にあるので、サイド2を直接守るのは難しい。
反対側のL5にはコンペイトウとサイド4があるが、再建が遅れていたサイド4の住民は少なかった事が幸いし、既にサイド5への避難が完了していた。
 秋子としてはL5に回す戦力があるなら、サイド2に振り向けてサイド6を奪還し、L4を安定させたかったのだ。そうすればサイド2の安全が確保できる。
 結局、連邦は守る範囲が広すぎるのだ。だから3勢力全てを叩き潰せるほどの戦力を有しながら、守るものが多すぎてその戦力を分散させてしまっている。これは敵よりも厄介な連邦の足枷であったが、連邦軍である以上、それは止むを得ないことであった。連邦軍は連邦という国家を守る為に存在するのだから。


 こうして祐一と久瀬がバーク艦隊と共にコンペイトウに向かう事になった。エンタープライズには新兵1個中隊分が乗せられ、ベテラン2個中隊と組まされている。本来ならデンドロビウムかG・レイヤーが搭載されるスペースには、今回は何も乗せられてはいない。
 祐一は何時ものように名雪を伴って各部隊を回り、指示を出したり激励して回っている。祐一が来ると新兵達は慌ててぎこちない敬礼を向けてきて、祐一は苦笑を堪えながらそれに答えていく。そして彼等は祐一に少し不安そうに質問をぶつけてきた。

「あの、少佐、今度の相手はネオジオンだそうですが、ネオジオンは強いんでしょうか?」
「ネオジオンの強さか。まあ、俺は直接やりあったことは一度しかないから、なんとも言えないんだけど、まあ大丈夫じゃないかな」

 自分より年上の新兵の問い掛けに、祐一は何でもないことのように答えた。祐一にしてみれば相手が何であれ、負ける気はしない。ゼク・アインもジムVも良いMSだし、自分の腕ならゼク・アインでZタイプやティターンズの可変機にも負けない自信がある。
 だが新兵にはそれは無理な注文だ。祐一が大丈夫と言っても、それは祐一レベルの話しなのだから。不安の色を隠せない新兵に対して、祐一は仕方なく真面目に答える事にした。

「これまでネオジオンと交戦した部隊の報告や、交戦記録を検証した限りではネオジオンのMSはこちらの機体と大差は無いな。ネオジオンは可変機と重MSが多いのが特徴だが、数は多くない。戦力ならこっちが圧倒しているから、落ち着いて隊長の指示に従ってれば生き残れるさ」
「ですが……」
「心配するなって。先鋒は俺の隊が務めるんだ。総指揮官の俺が一番危険な仕事を引き受けるんだから、お前等がそんな弱気じゃ困るぞ」

 今回、祐一の直属小隊となる僚機は栞のガンダムmk−Xと、真琴のジムキャノンVだ。ジムキャノンVはジャブローの18局で開発していたジムVの砲戦使用で、ジムキャノンUの設計をジムVに移植した久々の中距離砲戦MSである。ジムキャノンUで運用されていた重装甲はジムキャノンVにも受け継がれており、ゼク・アインのマシンガンやジムUやVが持つ連邦標準型のビームライフルに持ち堪えることが可能という装甲となっている。ただ、その分運動性は犠牲となっているが、中距離砲戦型は足を止めて狙いを付けることが多いので、回避よりも防御が重視されたのだろう。
 ベース機の基本性能が大幅に向上したおかげでジムキャノンUをあらゆる面で上回る性能を持ち、現在の主力MSに追随することが出来る。ジムキャノンUではゼク・アインやジムVの動きには付いて来れなくなっていたので、これは助かった。ただ、攻撃力そのものは余り変わっていないのが問題だが。

 ジムキャノンVは今回の戦闘に評価試験目的で3機が持ち込まれており、実戦で最終的なテストを行う事になっている。ただ、テスト部隊からの評価は好評だったものの、実際にこれを渡された真琴は今1つのようであった。なんでも火力が弱いのが気に食わないらしい。
 今も真琴は機体に取り付き、整備兵と熾烈な文句の応酬を繰り広げている。

「だっかっら、あんたは黙って主砲のパワーを上げれば良いのよ!」
「無茶言わんで下さい。テスト機でそんな仕様変更したらただじゃ済みませんよ」
「そんなのは後で考えれば良いのよぅ!」

 どうやら真琴がビームキャノンの破壊力を上げろとごねているらしい。祐一はまたかと顔を顰め、そちらへと飛んでいった。

「こら真琴、また無茶苦茶言ってるな!」
「な、なによう祐一、これは命に関わる事なのよ!」
「そういうのは正式に採用されてからやれよ。それに、ビームキャノン以外にもミサイルランチャーやらビームライフルやらも追加されただろうが」
「そんなんじゃ駄目なの。真琴はあれ位でないと嫌なの!」
「あれ位って言うと?」
「デンドロビウムくらい」
「…………」

 祐一は何も言わず、思いっきり真琴の頭を殴りつけた。






 しかし、この時のネオジオンの動きは祐一たちのこれまでの戦争を根底からひっくり返してしまうような、これまでに無い戦争のやり方をして見せた。ネオジオン艦隊の旗艦、戦艦サダラーンに座上するチリアクス中将は、自分の艦隊を追い越すように通過していくア・バオア・クーから発進してきた部隊を見やり、やれやれと困った声を出した。

「ア・バオア・クーから直接ソロモンを攻撃して帰還してこれるMA部隊。確かに凄いだろうが、本当に大丈夫かね」
「何がでしょうか?」
「パイロットが持つかどうかだよ。ただでさえMSパイロットの負担は大きいというのに、幾ら性能上は往復できるといっても、こんな超長距離攻撃など前代未聞だ」

 ネオジオンはなんとア・バオア・クーとソロモンの間を無補給で往復する事が可能な可変MS、というよりもうMAな気もするが、長距離巡航性能に優れるガザEを保有している。ネオジオンはこのガザEに対要塞ミサイルを搭載したりMSを運ばせたりして、ソロモンを直接攻撃する作戦を開始したのだ。更にこの攻撃で弱らせた後に艦隊を突入させる。これでネオジオンは投入できる艦艇数で負けているという不利を補おうと考えたのだ。
 この作戦の元はファマス戦役で秋子たちがスペース・ジャバーを使ってMSの作戦半径を延長させた事にある。ネオジオンはここに着目し、SFS機能を有する可変MS、ガザEを完成させたのだ。ただ、作った後でドダイベースのSFSで十分じゃないのか、という意見が出て一度量産中止されかけたりしたが、現在の情勢から長距離を飛べる有人の対艦・対要塞攻撃機が必要であった事と、SFSが必要との理由からガザEの量産は行われる事になった。
 このガザE部隊にはドライセンが乗せられている事が多いが、中にはまだ正式採用はされていないザクVの姿もあった。ザクVはバウと次期主力MSの座を争っていたMSであったが、戦争が当初想定していた局地戦ではなく、正面切って戦う消耗戦になることが確実になったことで生産しやすいザクVが量産される事になった。バウは高性能だったが、余りにも面倒な構造で作り難く、数を揃えるのが難しいと判断された。ただ、内定した祭に口のビーム砲は生産性を阻害させるだけとしてオミットされている。

 この部隊がソロモンの連邦軍に挑戦するわけだが、チリアクスには訓練が十分とは言えないパイロットに操縦された新鋭機が何処まで性能を発揮できるかを危惧していた。将兵に関してはファマス上がりで編成された自分の第3艦隊がもっとも高い質を持っているのだから、あの新型はこっちに回してくれればよかったのにと常々思っている。

「まあ、私はデラーズ大将に嫌われてるからなあ。仕方ないか」
「何がですか、提督?」
「いや、なんでもない。気にするな」

 部下に聞かれて良い内容ではない。チリアクスは慌てて口を噤んでしまった。
 しかし、チリアクスが愚痴りたくなるのも無理は無い。現在のチリアクスの手元にはアヤウラの尽力で細々と生産が続けられているシュツーカK型を除けば、ガザCとガザDばかりなのだ。出撃前に配備を望んでいたガ・ゾウム、ズサ、ドライセンといった新鋭機は数の余裕無しといって遂に1機も回されてこなかった。
 ついでに言うならば彼の艦隊も旧式艦ばかりだ。新鋭のエンドラ級の姿は一隻も無く、1年戦争の生き残りのムサイとチベばかりだ。中にはジオン共和国の残存艦から接収された艦もある。旗艦のサダラーンだけが新鋭艦と言えるが、これとてより強力なレウルーラ級の建造が進んでいるからという事情で渡されたに過ぎない。また、20隻ほどの艦隊を指揮できるだけの能力を持つ艦がネオジオン製の戦艦にはサダラーン級しかないという事情もある。グワジン級は事実上空母であるグワダン級に改造されてしまった。

 最前線に向う艦隊に新鋭機を回さずに何処に回すのかとチリアクスはデラーズに抗議したものだが、デラーズは遂にチリアクスの抗議に耳を貸すことは無かった。ネオジオン内で最大派閥であるザビ派のTOPであるデラーズにしてみれば、ファマス派に属するチリアクスの進言などを軽々と受け入れては面子に関わるという事だろう。
 チリアクスはアヤウラに頼んでキャスバルに直接言って貰おうかとさえ考えたのだが、運の悪い事にアヤウラはエゥーゴとの相互防共協定の調整のために月に行って居なかったのだ。
 こうしてチリアクスは性能では完全に1世代置いていかれている旧式機をもって連邦に制圧されているソロモンに挑戦する事になってしまった。せめてもの救いはシュツーカK型が航続距離が短いという問題さえ除けばジムVとは互角にやりあえるという事だろうか。流石にゼク・アインが相手では分が悪すぎるが。

「よし、ア・バオア・クーの部隊に続くぞ。ガザCを正面180度で12機出して索敵をさせろ。どこから敵艦隊が来るかしれんぞ!」
「分かりました」
「それと、全艦に第1級戦闘配置を指示しろ。ここはもう、連邦の庭先だ」

 チリアクスは連邦軍の能力を侮ってはいない。ましてソロモンに居るのはあのファマス戦役で活躍し、以後も地球圏で活躍し続けた名将、クライフ・オーエンス少将だ。油断などすればたちまち全滅させられるだろう。
 だが、デラーズたちは違う。彼等はファマス戦役やデラーズ戦役で連邦軍に叩かれた過去があるにも拘らず、未だにジオンの奢りを捨てられず、連邦軍は烏合の衆で数で上回らなければ自分達には勝てないと思い込んでいる。

「勝てるのか、我々は。ジオン公国の独立戦争とは状況が余りにも違いすぎるのだぞ」

 自分たちの前途には暗い未来しか待っていないのではないか。そう思ってしまったチリアクスは、あの攻撃隊が帰って来れないのではないかと不安に思ってしまった。もしあの部隊が全滅すれば、次は自分達だ。

「逃げるわけにもいかん訳だが、何で戦ってるんだろうな、私は」

 連邦には守るものがある。だが自分には守るものは無い。サイド3は実際には敵地と言える場所だ。
 別にファマスの頃と何かが変わったわけではない。連邦が敵で、自分達は何を守るわけでもなく、ただ命令に従って戦っていた。だが、あの頃とは何かが違う気がする。何故かは分からないのだが、今の自分には戦う理由が見出せない。ファマスにいた自分と今の自分と、一体何が変わったのか。それをチリアクスは知りたかった。




 チリアクスの最悪の予想は結局外れる事になる。流石にMSを使ってのこんな長距離攻撃は連邦も想像しておらず、完全に意表を突かれる事になった。とはいえ哨戒網の密度はたいしたもので、この攻撃隊は直ぐに発見されてソロモンに通報されている。ただ、これを聞かされたクライフはこれがア・バオア・クーから出撃した部隊だとは考えず、近くに艦隊が居るのだと判断してその艦隊を捜索させた。
 あわせて迎撃機の準備を進め、艦隊を展開させて1機も通すまいと防御を固めている。ただ、防御施設はまだ完全に修理されているわけではないのが問題だろうか。12ある宇宙港もまだ3つしか修理が終わっておらず、駐留艦隊も第2艦隊だけとなっている。

 迎撃の為に動き出した自分の艦隊を見据えながら、クライフはコンペイトウの司令部でどうしたものかと考えていた。

「奴らは何処から来たんだ。索敵機からはまだ報告がこないが」
「余程上手く韜晦運動をしているのでしょう。何処からとも無くMSが沸いてくる筈がありません」
「うむ、そうだな。まさかア・バオア・クーから来た訳ではあるまいし」
「ははは、パブリクでもなければ、片道特攻になってしまいますよ」

 クライフの言葉に参謀達が笑い出した。それにクライフも苦笑しながら頷いている。だが、その後も敵艦隊発見の知らせは来ず、遂に敵部隊はコンペイトウにやってきた。


 ソロモン攻撃隊の指揮を取っていたのはドライセンに乗るウォーレン・クルーガー少佐だった。彼は迎撃に出てきたジムVの大群を見て羨ましそうに呟いている。

「連邦も最前線部隊は第2世代MSに更新を終えたようだな。となると、考えていたほど楽な勝負にはなりそうも無いな」

 クルーガーはアヤウラ配下の優秀な指揮官で、艦隊を任される事もある。その能力を買われてこの攻撃隊の指揮を取っているのだが、内心ではこの攻撃に不満を持っていた。この作戦は確かにネオジオンにとってソロモンの連邦軍に打撃を与える事が出来るだろうが、こんな負担の大きい作戦を繰り返されたらパイロットが参ってしまうだろう。ここに来るまでにクルーガーもかなり疲労していたのだ。

「よし、直衛機は予定通りガザEから離れ、敵MSに向え。ガザE隊はこのまま突撃し、ソロモンの宇宙港や艦艇、施設にミサイルを叩き込め。分かってると思うが、無茶はするなよ。死んでも誰も褒めてくれん!」
「はい!」
「それと、被弾した者は戦場を離脱しろ。近くに潜宙艦が複数待機して拾ってくれる手筈になっている。信号弾で自分の位置を知らせれば来てくれる筈だ」

 これはクルーガーが上層部に要請して飲ませた条件だった。こんな無茶な作戦を強行する以上、犠牲は大きなものになるに違いない。特に被弾機はア・バオア・クーにまで辿り着けない。そうなったらネオジオンのパイロットはたちまち枯渇してしまう事になる。それを防ぐ為、帰還できなくなった機体やパイロットを回収する部隊を潜宙艦で編成させていたのだ。

「上の連中は前線の苦労など何も分かっていない。デラーズ大将も昔は前線で戦っていたはずなのに、随分と軍令部の椅子の座り心地が良かったみたいだな」

 作戦の不備を前線の兵士の負担で補おうとするデラーズの作戦はクルーガーには到底許容しかねるものだった。勿論連邦との戦力差を考えれば仕方ないという面もあるのだが、それでもこの作戦が継続されれば自分達は消耗しつくしてしまうだろう。
 そんな事を考えながら、クルーガーは自分のドライセンをジムV部隊に向けて加速させた。まずはここを生き残る事だ。
 戦闘システムを起動し、光学照準でスクリーン上にターゲットをロックした表示が出される。レーダーが有効に機能するならここでミサイルを発射して始末すれば良いが、ミノフスキー粒子の散布された現代の戦場ではロックオンしただけでは当たらない。まして複数の目標を同時に攻撃する事など出来ない。
 操縦スティックを緩やかに操作しながら1機のジムVに狙いを付け、その背後か側面を取ろうと急激な旋回に入る。ドライセンは接近戦に主眼をおいて開発されているので、運動性はジムVに勝っている。狙われたジムVも負けじと旋回に入ってきたが、すぐに勝てないと悟ったのか旋回を止めて離れにかかった。
 退避の為にこちらに死角を一瞬向けるのをクルーガーは見逃さず、ハンドキャノンのトリガーを引いた。右腕の3連装ビーム砲からビームが次々に発射されたが、狙われたジムVも機体を上下に振って上手く攻撃を回避している。
 それでも4度目の射撃でようやくジムVを捉え、これを破壊する事が出来た。クルーガーは久々の実戦に大きく息を吐き、その直後に警報が鳴り響いて反射的にスティックを左に倒した。
 ドライセンが無理に左に走り、それまで居た場所を幾条ものビームが貫いていく。一瞬気を抜いた隙を衝かれたのだ。クルーガーはそのまま勢いを止める事無くそこから離れたが、内心では冷たいものを感じていた。

「連邦軍はよく訓練されていて、実戦慣れしているな。これでは他のやつ等は……」

 ネオジオン軍のパイロットの多くはこれが初陣だ。対して相手はティターンズやエゥーゴとの戦いでだいぶ慣れている。これではどれほどの犠牲が出るか見当も付かない。クルーガーは自分の指揮してきた隊が無事にはすまない事を覚悟していた。






「どういう事だ。何故敵艦隊が発見されない!?」

 コンペイトウの司令部でクライフが部下をどやしつけた。怒鳴られた部下がビクッと肩を震わせるが、頭に血が上ったクライフはそんな物お構いなしで苛立ちを隠そうともせず、送り狼として出したジムV隊の報告を見せた。

「追撃に出した部隊は途中で推進剤が限界に達して引き返してきている。つまり何か、やつ等はア・バオア・クーから来ていたという事なのか。やつ等はそんな長距離をMSだけで往復できるというのか!?」
「し、信じ難いことではありますが、そう考えるより他に無いかと」

 参謀が困り果てた顔でクライフに答える。先の攻撃でコンペイトウはMA形態のガザEの攻撃を受けたが、距離を詰めないで行われたミサイル攻撃であった為に被害は大した事が無かった。僅かに2発が防空砲台を破壊したが、そんなものは直ぐに修復できる。艦隊にも被害は無く、逆に迎撃機の攻撃を受けてガザEはやってきた108機中12機が撃墜されている。また迎撃隊の主力と激突したのはネオジオンの新鋭機部隊で、敵の撃墜数は不明だがこちらは8機を落とされている。ただ、敵にもこちらと同等の被害は与えたと指揮官は報告を寄越していた。
 問題はこれらがア・バオア・クーからやってきたという可能性だ。もしそうなら、ネオジオンMSの作戦半径は地球圏のMSの常識を超えている事になる。足の長さで定評があるZガンダムやガブスレイ、メッサーラでも無理な芸当だろう。これはつまり、艦隊が無くともネオジオンはコンペイトウを攻撃できるという事だ。そうなれば投入してくる機数は洒落になるまい。今回の攻撃隊とて合計で150機以上の大部隊だったのだから。艦隊だけでこれだけの数のMSを運用するのは簡単ではない。
 だからクライフは最初、なんとガザ系列機なら100機を単艦で運用できるという超大型戦艦、グラダン級を含む大艦隊が参加しているものと考えたのだが、ある限りの索敵機を放っても遂に巡洋艦1隻見つける事は出来なかった。こうなっては敵はア・バオア・クーから来たと考えるしかなく、クライフはネオジオンにはそれだけ広範な作戦半径があるのだと受け入れる事になる。




 しかし、クライフは読み違えていた。ネオジオンは攻撃隊とは別にチリアクス率いる艦隊を動かしている。チリアクスは作戦行動に関してはある程度の自由裁量件が与えられている(前線指揮官の権限が極端に大きいのはジオン系の特徴)のを利用して、コンペイトウの後方に回り込んでいたのだ。
 チリアクスは今回の作戦でコンペイトウが落とせると考えてはいない。そんな事を考えるとしたら余程の夢想家か、ただの馬鹿だ。チリアクスの狙いはコンペイトウそのものではなく、コンペイトウに物資を運んでくる輸送船団であった。彼はコンペイトウに関する情報を受け取ったとき、コンペイトウの施設が撤退したティターンズによって徹底的に破壊され、未だに復旧していない事を知り、コンペイトウの連邦軍を苦しめるには直接攻撃よりも補給線の寸断の方が効果が大きいと考えたのである。

「提督、ソロモン後方に回り込みましたが、船団が来てくれますかね?」

 ジャレット参謀長がチリアクスに少し不安そうに問い掛けた。正直、そう都合よく船団がやって来てくれるとは思えなかったのだ。

「来ない時はさっさと引き上げるさ。見たところ攻撃隊は碌な戦果を上げられなかったようだし、私たちが危険を冒してソロモンに手を出す必要はない。連邦と違って、こっちは補充がきかないんだからな」

 チリアクスは気にするなという感じで答えた。チリアクスにしてみればそもそもこんな無茶をさせる上層部が間違っているのだから、どうしてもやる気が出ない。こんな馬鹿げた作戦で部下を死なせたくないのだ。
 しかし、幸運の女神はチリアクスに微笑んだようだ。索敵に出していたガザCから連邦の輸送船団を発見したという報せが届いたのである。それを受け取ったチリアクスはどうだという目で参謀長を見やる。

「負けましたよ、提督」

 ジャレット参謀長は肩を竦めて負けを認め、攻撃隊を発進させるかどうかを問い掛ける。チリアクスはそれに頷き、待機させていた攻撃隊を出撃させた。






「酷くやられたもんだな」

 コンペイトウ宙域に到着したバーク艦隊であったが、その途中で壊滅した輸送船団を発見して救助作業をする事になった。既に残存艦が救助作業を行っていたのだが、数が足りているとは思えなかったのだ。
 護衛部隊の旗艦まで撃沈されていたが、司令部のスタッフが何人か生き残っており、彼等から事情を聞いたバークは苦いものでも食べたかのように顔を顰めている。敵は高速で輸送船団に襲い掛かり、一撃しただけでさっさと逃げ出したというのだ。しかもMSの運用に長けている。
 敵の動きを一通り聞かされた祐一はなんとも言えない顔で久瀬を見た。

「久瀬、こいつはひょっとして」
「ああ、間違いない。これはジオンの戦い方じゃない。ファマスの戦い方だ」

 ジオン軍は奇襲もするが、基本的にしつこい。一度見つけた目標に対して一撃で終わらせるという事はしない。しかも輸送船ではなく戦闘艦を狙う傾向が強い。彼等は極端に名誉を貴ぶ気質があるせいで、非効率的と分かっていながらも強力な敵を狙う傾向がある。
 だがファマスは違う。彼等は名誉よりも現実を見る。彼等の戦術は一撃離脱が多く、こちらが到着する前に逃げてしまうのだ。そしてまた別の目標を探す。これは主に斉藤やみさき、ショウといったファマスの一線級の指揮官が多用した戦術である。

「今のアクシズに、ファマスの指揮官はいるのか?」
「チリアクス提督とショウ大佐が居るはずだな。チリアクス提督は連邦と幾度も戦火を交えた優秀な指揮官だし、ショウ大佐はアリシューザ隊の指揮官として活躍していた。君たちも酷い目にあってきただろう?」
「ああ、確かにお前等は強かったよ。でも、そうなるとこの攻撃をした奴はその2人のどちらかか」
「多分チリアクス提督だと思う。ショウ大佐ならこちらを見て一回くらい手を出してきただろうからな」

 久瀬はショウの血の気の多い性格を思い出しながら答えた。昔は彼と組んで幾度か作戦を行ったものだが、随分と状況が変わってしまったものだ。
 祐一と久瀬の会話を聞いていたバークは、なるほどと頷いて久瀬に予想を聞いた。

「久瀬大尉、それでは、敵艦隊は二度目を仕掛けて来ると思うかね?」
「いえ、一度戻ると思われます。ファマスの指揮官は基本的に無理はしませんから。補給部隊をどれだけ伴っているかによりますが、ネオジオンにそれ程大規模な補給部隊は用意できないと思われます」
「なるほど、確かに奴等がそれ程物資を持ってるとも思えんしな」

 バークが可笑しそうに言って大笑いし、それにつられて他の者も笑い出した。ジオンに物が無いのは昔からのことだが、小惑星帯に引き篭もっていたネオジオンにそれだけの物量があるはずも無い。そう考えればそれほど深刻になる必要も無いのだ。こんな消耗戦を続ければ、体力に勝る連邦が絶対的に有利なのだから。


 そしてチリアクス艦隊は結局、久瀬の予想通りア・バオア・クーへと帰還していた。それを迎えたハウエル少将の表情は苦々しいもので、悔しくてたまらないのが伺える。何しろ自分が送り込んだ攻撃隊は碌な戦果を上げられなかったのに、チリアクスは輸送船団を襲って輸送艦16隻、護衛の駆逐艦4隻を仕留めて帰ってきたのだから。ネオジオン上層部、特に軍令部ではソロモン攻撃を行わなかったという理由でチリアクスを非難する声もあったが、そんなものは所詮負け犬の遠吠えでしかなく、戦果を上げて帰ってきたチリアクスにサイド3のデラーズは内心忌々しさに猛り狂いながらも、表面上は冷静に功績を称えていた。そしてチリアクスは自分の艦隊の戦力増強を求め、何隻かの新型巡洋艦を回してもらうという約束を取り付けたのである。

 こうして、ネオジオンと連邦の本格的な戦いの幕は上がった。この決着がどういう形で付くのか、それはまだ誰にも分からなかった。




機体解説

AMX−011 ザクV
兵装 ビームライフル
   正面スカート部ビーム砲×2
   ビームサーベル×2
<解説>
 バウと主力機の座を争ったネオジオンの次世代型MS。性能的にはゼク・アインやネロの対抗馬であるが、量産性にかなり難がある。それでもバウよりはマシという事で採用された。性能的には可も無く不可も無くというところで、ネオジオン製としてはバランスの取れたMSといえる。 
ただ、ネオジオンの第2世代MSとしてはやや火力が劣っている事が目に付く所だろう。ネオジオンは少数で多数を相手にする事が前提なので、1機に少しでも火力を詰め込む傾向があるのだ。


RGC−86 ジムキャノンV
兵装 ビームライフル
   肩部可動式ビームキャノン砲×2
   脚部10連装ミサイルランチャー×2
ビームサーベル
シールド
<解説>
 ジムVをベースとして開発された中距離支援機。両肩のビーム砲はジムキャノンUと同じく使用しない時は収容する事が可能である。ジムVはゼク・アインの支援機として開発され、中距離砲戦能力は満足できるレベルに達している。ただ、ビームキャノン2基はこの時代の支援機としてはやや火力不足と認識され、脚部に10連装ミサイルランチャーを2基取り付けられている。このミサイルは3射分の弾薬が搭載されていて、いざという時にはランチャーごとパージする事が可能となっている。
 この時代には中距離支援機の有効性に疑問符が付けられていたのだが、エゥーゴがキャノン・ディアスやガンキャノン・ディテクターを投入してその有効性を証明して見せた為、連邦でも必要性が叫ばれた為に製作された機体である。



後書き

ジム改 ネオジオンと連邦の戦争が遂に開始されました。
栞   ネオジオンのMSって特徴がありますねえ。
ジム改 足が長い、大火力、がネオジオン製の特徴だからな。可変機も多いし。
栞   連邦軍とはまるで違う設計です。うちは面白みがありません。
ジム改 連邦は、目立つ特長も欠点も無い、壊れない、生産性が良い、だからな。
栞   本当に地味です。もっと他勢力みたいにケレン味のある機体を出さないといけないです。
ジム改 というと、どんなの?
栞   ずばり、ガンダム・カバードの後継機の量産です!
ジム改 …………。
栞   あれ、どうしました。やっぱりあれは黒歴史ですか?
ジム改 いや、あるにはあるんだが。フォスターUに。
栞   あるんですか、あのオーバーテクノロジーの塊!?
ジム改 それなんだよな。あれが1年戦争時代に作られたという問題をどうするか。
栞   でも、なんでそんな物持ってるんです。誰が乗るんですか?
ジム改 ……気にするな。そのうち出てくる。
栞   まさか、アリスさんが出てくるとか言いませんよね?
ジム改 ふっ、そんなわけが無かろう。
栞   何でこっち見ないんですか。駄目ですよ、少女キャラは私だけで十分です!
ジム改 いや、お前もう少女じゃないだろ。それに年も似たようなもん。
栞   見た目はそうなんです。私の貴重なセールスポイントなんですよ!
ジム改 遂に受け入れたのか、まあいいが。それでは次回、ネオジオンと連邦の戦いが激しさを増す中、秋子はアヤウラの申し出を受け入れ、バイエルラインに調整を依頼する。しかし、バイエルラインはアヤウラと接触する過程で妨害を受ける事となった。次回「闇に蠢く者」でお会いしましょう。
栞   と言いますか、本当に恐ろしいのは詩子さんでは?