第57章  上海の激突




 海鳴基地。そこは瀬戸内海に面した天然の良港を有する地球連邦の巨大な軍事基地である。1年戦争においては極東における連邦の数少ない拠点として最後まで確保され続け、秋子の指揮の下に頑張り続けていた。戦後は地位が低下し、予備基地として拠点機能こそ残されていたものの、その役割は広大な敷地を生かした物資集積基地にまで落ち込んでいた。
 ただ、この寂れた基地の司令官として左遷されてきたシアン・ビューフォート中佐は戦前からこの基地の錆付いた施設の修繕を始め、防御施設の整備を行っていた事がこの事態に幸いしていた。シアンもまさか戦争になるなどとは思っておらず、単なる地域振興の一環として基地施設修復を民間業者に委託したいとジャブローに申し出て、マイベックの口添えで認められただけなのだ。それが結果的に連邦軍に反撃の拠点を与える事になった。
 今、海鳴基地には大規模な海上艦隊が集っており、支那に逆上陸する為にまず上海を攻略する作戦の準備に入っている。この作戦を立案、指揮しているマイベック准将は攻撃部隊の第1陣を率いるシアンと最後の打ち合わせを行っていた。

「シアン、今回の作戦は東シナ海を抜け、上海を攻略して橋頭堡を作る事にある。お前が上海を落としてくれれば、直ぐに輸送船団が2個師団を上海に揚陸して橋頭堡を拡大して一体を確保する手筈になっている」
「まあ、東シナ海を抜けると言っても、今回はガルダ、スードリとメロウドの3機のガルダ級を投入した空挺作戦ですから、海上の妨害は考慮する必要は無いですね」

 地図を見ながらシアンは気楽な口調で答えた。制海権、制空権はこちらの手中にある以上、敵に取れる作戦は2つしかない。上海の防御を固めて水際阻止するか、後方に下がって持久戦をするかだ。ただ、持久戦に持ち込まれると体力勝負になる為、今の連邦だと少し苦しいかもしれない。ガルダ級を擁するとはいえ、連邦軍の生産拠点は遙か後方のジャブローなのだ。ガルダ級はこの間を高速で往復する事が出来るが積載能力は9800トンでしかなく、大船団を組める船舶輸送には到底及ばない。
 この点はティターンズも同じなのだが、ティターンズはマドラスに拠点を持ち、更に北京やタンユワン基地といった連邦拠点を制圧した事でこれらからも物資を供給する事が出来る。つまり長引くとシアンは確実に不利になるのだ。

「海上からは第3艦隊の艦艇と艦載機が支援してくれるわけですが、これはアッシマーですか?」
「ああ、海軍のアッシマー隊だな。ヒマラヤ級空母2隻から18機がこの作戦に参加してくれる事になっている。この部隊はブラン・ブルターク少佐が率いている」
「ブラン少佐というと、あのアッシマーのテストパイロットを勤めていた?」

 ブラン・ブルターク少佐はティターンズ寄りの士官として知られている人物だ。パイロットとしての技量も大したもので、1年戦争では戦闘気乗りとして活躍している。この戦争ではティターンズに寝返ると思われていたが、意外にも連邦に留まり続けている。

「まずガルダ級2機から強襲でMS1個大隊36機と地上部隊2個大隊を電撃作戦で投入する事になる。作戦の成否はお前がどれだけ早く上海を押さえられるかにかかってるぞ」
「ガルダとスードリで俺と佐祐理の隊を18機ずつですか。佐祐理の方は隊を2つに割る事になりますね。これは後詰めですか?」
「ああ、メロウドで残りの地上部隊と共に送る予定だ。お前達が上海を制圧したら直ぐに輸送船団を送り込むから、頑張ってくれ」
「頑張ってくれ、と言われてもねえ」

 簡単に言ってくれるマイベックにシアンは少し顔を顰めていた。この作戦はそんな簡単なものではない。空挺作戦というのは後続がちゃんと続いてくれるという保証がなければ自殺作戦と同義だ。しかも情報部からの報告では敵は上海に戦力を集めだしており、現在どれだけの敵が居るのか分からないと寄越している。これがたんに偶然の産物ならば良いのだが、もし作戦を見抜かれていて迎撃準備を整えられていたらどうすれば良いのだ。降下した真下は敵の防御陣地だった、というのは効果作戦における最大の悪夢である。

 しかし、シアンもマイベックほど楽観的ではなかったものの、負ける事はないだろうと考えてはいる。MSはジャブローから優先的に送られてきたジムVに統一されて戦力は充実している。佐祐理の隊もシュツーカからジムVに改変されたので、整備部隊は雑多な機種を相手にするという苦労から解放されて喜んでいる。ジャブローではジムUのジムVへの改修作業がどんどん進められて、連邦軍の主力機はこれに切り替える予定となっている。やはり主力機種は1つに絞った方が何かと便利なのだ。


 シアンは更にマイベックと作戦に付いて意見を交し合った後、司令部の外に出て部下たちの仕事振りを眺めていた。作戦に参加する3機のガルダ級には実戦装備のMSと車両、補給物資と降下用装備の積み込みが行われており、兵士たちが大声ど怒鳴りあいながら作業を進めている。
 シアンたちが乗る予定のガルダの格納庫ハッチの前では副官の茜が指揮を取って海鳴基地の物資を積み込みを指揮していた。海鳴基地には使う予定の無かった物資が腐るほど積み上げられているので、こういう時には本当に助かる。何しろ部隊さえ集めれば、必要な物資は全部ここで揃うのだから。
 物資の搬入でも視察するかと考えてそちらに歩いて行こうとしたのだが、ふと自分と同じようにじっと搬入作業を眺めているシーマを見つけて、どうかしたのかと声をかけた。

「どうしたシーマ大尉、こんな所で?」
「中佐ですか。いや、大したことじゃないんですがね」

 シーマは連邦の士官制服に身を包み、腕組みをしてじっと作業を見守っている。その目には、何だか羨望の色が見とてれた。

「ジオン時代からずっと、あたしらは使い捨ての駒扱いでしてね。こんな風にまともな作戦行動に参加するなんて、初めてじゃないかと思いまして」
「そういえば、大尉は悪名高き海兵隊上がりだったね」
「はん、海兵隊とは名ばかりの、ゴロツキの寄せ集め部隊ですよ。装備だけは良かったんですが、消耗しても惜しくないからって危険な仕事ばっかり押し付けられて、挙句の果てには戦犯扱いで追われる身ときた」

 開戦時は毒ガス作戦をやらされて汚名を背負い、その後もキシリアの命令で非合法な作戦を繰り返し、ルナツー攻撃などの危険な任務に投入され続けてきた。そんなシーマが連邦に寝返ったのは当然だったかもしれないが、その連邦でもジオンからの寝返り組みとして冷遇され続けてきた。
 自分達にはこんな運命しか用意されていないのだと、もはや疲れきったシーマは全てを投げ捨てようとした事もあったのだが、そんな彼女が流れに流されて辿り着いたのがシアンの元であった。シアンは実力とやる気さえあるなら重用してくれる指揮官だったので、優れたパイロットであり、高い指揮能力と指導力を併せ持つシーマはシアンの元でMS隊指揮官に任命されて新しい部隊を任されるまでになった。
 シアンにしてみれば久瀬が抜けたことで自分に変わるMS隊指揮官が居なくなってしまい、その代わりを欲していた所にシーマが現れてくれたので渡りに船だっただけなのだが、シーマにしてみれば初めて自分を厚遇してくれる上官に巡り合ったのだ。これは彼女にとって人生の転機だったとも言える。ただ、彼女に付いてきてくれていた昔からの部下の大半は東南アジアの戦いで戦死しており、現在彼女の元にはパイロット3名を含む11名しか残ってはいない。負傷者も入れればまだ居るが、彼等は病院送りだ。

「正直、落ち着かないんですよ。友軍の援護を受けて、これだけの物資に支えられて戦うってのが。これまで貧乏で通して来たんでね」
「ま、連邦とジオンでは違うからな。こっちじゃ物量作戦が主流だよ」
「物量作戦、ね。あたし等にゃ縁の無い世界の話だと思ってましたよ。ジオンじゃ馬鹿にしてましたが、自分が使う側になってみると、そのとんでもなさが身に染みます」

 アヤウラと同じような事を言うシーマ。シアンはジオンの台所事情など知らないのだが、ジオンも大変だったんだなあと感じさせてくれる感想ではある。
 しかしまあ、こんな所で辛気臭い話を続けていても仕方が無い。シアンはシーマの背中を叩くと、一緒にガルダの方に行こうと誘った。

「上海では佐祐理と一緒に上海に降りて部隊をまとめてもらう事になる。今のうちに話をしておいた方が良いぞ」
「若い娘と話が合うかどうかねえ」
「なるほど、年の差は大きいからなあ」

 自分もカノン時代は若いパイロット達を相手に苦労したもんだと笑いながら、シアンはガルダに向けて歩いていく。シーマをそれに半歩遅れて付いていった。






 同じ頃、上海では大急ぎで迎撃準備が行われていた。シアンの悪い予感は最悪の形で当たっていたのだ。ただ、地球上の全ての戦線で連邦と睨みあっているティターンズには戦力の余裕が無く、MSの数はそれ程多くはない。
 上海の防衛を任されていたのはスタンリー・ホーキンス准将であった。彼は連邦軍が上海を狙っているという報告を受け取った後、各地から戦力を集めて迎撃の態勢を取っていたのだ。制海権と制空権は連邦の手にあり、上陸阻止は不可能と考えている。
 制海権はともかく、制空権を失ったのは海鳴に進出してきた連邦の新たな航空部隊のせいである。ダガーフィッシュ戦闘機とアヴェンジャー攻撃機で編成されたごく普通の航空隊なのだが、余りにもパイロットの腕が良かったのだ。東シナ海や日本海を舞台とした航空戦が支那や朝鮮のティターンズ空軍と海鳴の連邦空軍の間で繰り広げられ、ティターンズ側が消耗しきってしまったのである。航続距離の関係で切り札とも言えるギャプランが参加できなかったのが致命傷だった。
 この航空戦に敗れて制空権を奪われたので、ホーキンスは敵を水際阻止する考えを放棄していた。制空権を失った地上軍は悲惨なので、海岸線などという開けた場所で決戦をすれば勝ち目はない。まして連邦には海岸から50キロくらいまでを主砲の射程に収めるプレジデント級戦艦がある。これの砲撃は速く、正確に飛んでくるのであっという間に地上軍は制圧されてしまう。

「上海の建造物を防御施設として使う。市街戦ならば航空機も威力を大きく落とすはずだ」

 ホーキンスの決定を聞かされた幕僚達は驚いてしまった。それは上海の市民を巻き込む決定だからだ。

「しかし将軍、それでは上海の市民は?」
「彼等は今すぐに避難させる。市街に脱出するように指示を出したまえ。これは命令であり、要請ではない事を付け加えておくんだ」
「ですが今からでは間に合いません。情報部は3日以内に連邦軍が来ると!」
「逃げ遅れた市民には悪いが地下鉄などに逃げ込んでいてもらうしかないな。こちらには彼等を守ってやる余裕は無いだろう」

 敵はあのシアン・ビューフォート中佐率いる精鋭部隊で、総指揮をマイベック准将がとっているという。つまり、自分はカノン隊を相手にするような覚悟を要求されているのに等しい。そんな状況で、市民の安全まで考えているような余裕はないだろう。
 ただ、ホーキンスはカノン隊の軍人としての理性を評価している。敵ではあるが、シアンやマイベックは民間人を巻き込む戦闘を潔しとする人物ではないと考えていた。

「シアン中佐なら、逃げた市民を故意に襲うような真似はよもやするまい。地下鉄に逃がしてある事を伝えておけば、考慮はしてくれるだろう」
「それは楽観的過ぎませんか?」
「かもしれんが、これ以外に取れる策も無い。とにかく、逃がせるだけの市民を逃がしたまえ」

 部下を退室させて、ホーキンスは上海の地図を見た。人口20万の都市を舞台に市街戦をやろうとしている自分は、歴史にはなんと記される事になるのだろうか。

「ふん、今更そんな事を機にしても仕方がないか。今はやれる事をやるだけだ」

 周辺の部隊も集結を開始している。遠からずここには大軍が集り、戦う準備が整う事になるのだ。他に手があるとすれば自分たちが上海を放棄する事だが、それは上層部が許すまい。となれば戦うしかないのだ。
 それに、ホーキンスの軍人としての部分はシアンやマイベックと戦えるという事に興奮してもいた。1年戦争、ファマス戦役において多大な武勲を挙げ、ファマス戦役後は秋子の力の増大を恐れたティターンズによって秋子から切り離されるほどの2人だ。これほどの軍人と用兵を競えるというのは、軍人としての美学に叶う。これは軍人という人種の救い難い、だが確かに存在する一面である。秋子のような人物であってもこれは存在するのだから。


 ホーキンスの決定によって上海からは住民の避難が開始された。住民は当然ながら抗議したのだが、ティターンズ側はそれに取り合うことはなく、強権を持ってこれを排除して避難を推し進めている。皮肉な話だが、この絶対的な力で無理やりやらせたという事が功を奏し、住民の避難は予想以上に上手く運ぶ事になる。人命を救う為には時として人権を踏み躙る必要があるという事だが、それが出来る立場にティターンズがあったという事でもある。これが連邦軍だったら手続きにもっと時間がかかっていただろう。
 住民が避難した区画にはティターンズ部隊が入り、大急ぎで陣地の構築に入っている。陣地の構築は念入りにやっておかないと爆撃や砲撃で簡単に無力化されてしまうので、将兵は真剣そのものだ。

 これらの作業を観察しながら、ホーキンスは胸中に広がって行く苦々しさを自覚していた。確かに部下は良くやっているが、これがどれほど役に立つだろうか。もし連邦が上海を更地にするくらいの覚悟を持って攻撃してきたら、この程度の防御では気休めにもなりはすまい。
 だが、ここで敵を撃退できれば連邦の反攻の意思を挫く事が出来る。先鋒隊は間違いなく敵の最精鋭部隊なので、失えば再建は簡単ではないだろう。勝ち目は薄いかもしれないが、負けられない戦いではあるのだ。




 そして、ホーキンスが上海市民に避難命令を出して2日後、対に連邦軍は動いた。機動部隊が海鳴基地を出航したという知らせに続き、ガルダ級超大型輸送機2機が飛び立ったというのである。更に海鳴の空軍基地から多数の戦闘機、攻撃機が飛び立った。これが上海を攻略するための部隊である事は疑いようもなかった。
 ホーキンスは直ちに戦闘配置を命じ、近隣の空軍基地に支援要請を出した。これを受けて各地の基地から多数の戦闘機や可変MAが出撃し、連邦空軍を迎え撃とうと出撃して来て、これとガルダを守っていた連邦空軍機との間で空戦が開始された。
 ガルダから敵機接近の報を受け取ったキョウは部下に注意を促すと共に、武器の安全装置を外した。これはファマス戦役時代からずっとダガーフィッシュに乗っており、この機体を手足のように動かす事が出来る。
 そして、暫くすると眼前にぽつぽつと黒い点が出現した。それが敵機である事は言うまでも無い。

「全機、敵編隊が来たぞ。奴らをガルダに近づけるな。だがまあ、ガルダにも下駄履きのMSがあるから、そんなに気にする必要はないかもしれんがな」

 キョウの冗談に部下達から笑い声が返って来る。それを聞いたキョウは頷いてヘルメットのバイザーを下ろそうとしたが、いきなり聞き慣れた声が通信機から聞こえて来た。

「おいキョウ、こっちは降下作戦用だ。空戦をする気はないぞ」
「聞いてたんですか、中佐?」
「聞いてたんですかじゃないだろ。まったく、真面目に仕事してくれよ」
「心配無用ですよ。俺は空戦ならシアン中佐が相手でも負ける気はありませんからね」
「……言ってくれるな」

 生意気言うなこの野郎、という感じの脅しを言外に込めて、シアンはキョウの軽口に返した。

「まあ良い。それより、敵にはギャプランやアッシマーの姿がある。ダガーフィッシュでは正直苦しいぞ、気を付けろ」
「ギャプランは厄介ですが、アッシマーなら何とかしますよ。これでも2機落とした事があります」
「それだけの自信があるなら任せる。空母部隊のアッシマー隊も出撃してる筈だから、持たせろよ」
「了解!」

 キョウはシアンとの通信を打ち切ると、ヘルメットのバイザーを下ろして武器の安全装置を解除した。

「さてと、お手並み拝見といこうか、ティターンズ君!」

 超音速巡航状態から戦闘加速に入る。たちまち両軍の距離が詰まり、中距離ミサイルの射程に入るが、この距離ではまだ撃たない。レーダーが無効化されているため、中距離ミサイルと言ってもかなり近付かないとただのロケットになってしまうのだ。このため、中距離ミサイルは今では熱源誘導の短距離ミサイルと変わらない扱いを受ける兵器となってしまった。変わりに中距離で威力を発揮するようになったのがビームガンで、1年戦争で実用化された航空機用ビームガンはダガーフィッシュにも2門装備されて高い攻撃力を与えている。
 キョウは迫る敵機に照準を合わせると、当たるかどうか自信がないながらも発射した。メガ粒子の光が高速で叩き出され、敵機へと向っていく。だが、それは残念ながら敵機を捕らえる事は無かった。

「外れたか。まあ良い、全機散開だ。くるぞ!」

 部下に指示を出して自らも機首を引き起こし、上昇に入る。それに少し遅れて次々に反撃のビームやミサイルがそれまで部隊がいた場所を貫いていくのが見えた。
 これを合図に両軍が空戦に入った。ある者は格闘戦を仕掛け、ある者は一撃離脱を試みる。そんな乱戦の中でキョウは手近にいた敵の上方から逆さ落しに近付いていき、ミサイルを発射した。そのパイロットはミサイル発射の直前にこちらに気付いたのだが、もう遅い。

「周りを見てないからそうなる」

 ミサイルを受けて爆砕されて落ちていくダガーフィッシュを見送ったキョウはそう呟いて、また別の敵機に向っていった。


 キョウが敵戦闘機隊と空戦に入ったのを横目に、ガルダとスードリは上海上空に迫っていた。地上からは成層圏高射砲が放たれ、時折両機の傍で炸裂している。その衝撃に揺さぶられながら両機の格納庫では出撃準備が整えられていた。

「ちっ、なかなかの反撃じゃないの。敵は思ってたより武器を溜め込んでたみたいだな」
「中佐、どうしますか?」
「シーマ大尉と佐祐理に出撃待機させる。これから地上に向けて高度を下げるぞ。対空砲火に注意しろ」
「注意したって、このデカブツじゃ回避運動なんて不可能です!」
「なら神様にでも祈ってろ!」

 コクピットクルーに言い返してシアンは内線を取り、格納庫の佐祐理を呼び出した。

「佐祐理、これから降下する。合図があり次第、お前達は降下しろ」
「了解ですけど、シアンさんは?」
「俺は暫くガルダから全体の指揮を取らなくちゃいかん。後で行くが、当面はお前とシーマ大尉で地上を押さえるんだ」
「そうですか、それじゃあ仕方ありませんね」
「すまん、無理をさせる」
「あはは〜、大丈夫ですよ、この程度の無理なら慣れてますから」

 全く気にしていない佐祐理に、シアンはちょっとだけこめかみを引き攣らせた。ファマス戦役の頃から部下達に無理難題を吹っかけて困らせていたのは彼なのだから。もっとも、彼も秋子から無理難題を吹っかけられていたので、元を辿れば秋子が悪いのだが。
 対空砲火の中を2機のガルダ級が航空機に護衛されながら降下していく。途中でアヴェンジャー攻撃機が敵の対空陣地を潰す為に降下して行き、少しして対空砲火の密度がガクリと低下した。アヴェンジャー隊の攻撃が成功したらしかったが、戻ってきたアヴェンジャー隊は3機を失っていた。
 これに続いてシアンが佐祐理とシーマに出撃命令を出し、ドダイ改に乗ったジムVが次々に出撃していく。彼等が降下ポイントを確保すれば地上部隊も降ろす事になっているのだが、シアンはそう簡単には行くまいと考えていた。

「敵の抵抗が激しすぎる。空軍の迎撃はまだしも、これだけの対空砲火を受けるとなると、相当な数の部隊を集めているな」

 空挺作戦の要諦は奇襲にある。強襲は最悪の下策なのだが、どうやらその最悪の下策を実行に移してしまっているらしい。

「速めに援軍を送り込まないと不味そうだな。メロウドは何処まで来ているか?」
「既に海鳴基地を発ったと連絡が来ています。恐らく、あと20分ほどで到着するかと」

 シアンの問い掛けに部下が答える。それを聞いたシアンは20分なら何とかなるかと考え、とりあえず我慢する事にした。もう作戦は始まっているのだから、今は佐祐理たちの頑張りに期待する事だ。




 シアンの心配は当たっていた。降下した佐祐理たちはそこで猛烈な反撃を受ける事になったのだ。地上には多数の車両やMSが展開しており、降下してくるジムV隊を迎え撃っている。大半は旧式兵器のようだが、それでもこれだけ集れば十分な脅威だ。

「はええ〜、また沢山いますねえ」

 こっちはたった36機のMSでしかないというのに、よくもまあこれだけ集めたものだと感心してしまう。

「少佐、どうしますか?」
「シアンさんの許可もないのに撤退は出来ませんね。楽な仕事じゃないですが、頑張るとしましょう」

 佐祐理はビームライフルを腰にマウントすると、予備に持ってきていたジムライフルで地上を掃射しだした。両肩に備え付けられているミサイルポッドからもミサイルを発射し、目に付く場所に居る戦車や装甲車を始末していく。部下もそれに習っていたのだが、佐祐理たちに少し遅れて到着したシーマ隊がこの敵の大軍の中へと強襲降下していくのを見て驚きの声を上げていた。

「少佐、シーマ隊が!?」
「分かっています。なんて無茶な攻撃をするんですか、あの人は!?」

 佐祐理は急いでシーマに通信を繋ぎ、戻るように命令を出した。

「シーマ大尉、直ぐに戻ってください。まだ早いです!」
「倉田少佐かい。そんな所でもたもたしてるより、こういう時は懐に飛び込んだ方が上手くいくもんさ」
「そんな、無謀すぎますよ。せめて空軍機の支援を受けながら!」
「まあ見てなって。ジオン流って奴を見せてやるよ!」

 シーマの隊のは海鳴のMS隊が配属されている。海鳴のパイロットにはファマス上がりが置く、結果的に元ジオンパイロットも多い。シアンの副官であり、今回シーマの元で小隊長を務めている里村茜や、茜の隊にいる名倉友里、名倉由衣もそうである。
 佐祐理はシーマは止められないと判断して茜に通信を繋いだ。

「里村さん、シーマ大尉を止めてください!」
「……倉田少佐、いまは、このまま降下します」
「里村さんまで、死ぬ気ですか!?」
「御心配なく、この程度の作戦で死んだりはしません」

 茜までが佐祐理の静止を聞かずに降下して行ってしまう。佐祐理はそれを見て滅茶苦茶だと思ったが、放っておく事も出来ないので自分の隊も降下させる事にした。このままでは孤立してしまう。
 しかし、シーマ率いる海鳴のMS隊とシーマ配下の古参兵たちは、佐祐理たちの持つ正規軍としての強さとはまた違った強さを持っていた。そう、彼女達は海賊のような戦い方に、敵の懐にあえて飛び込んで勝利するという戦法に長けている。MSとは本来、戦艦の主砲という長射程、大威力の武器を持つ相手に対し、懐に飛び込んで戦う事を前提に開発された兵器であり、その先駆者であるジオン軍上がりの彼等がそういう戦い方をするのも当然だ。
 圧倒的な対空砲火の中へ怯む事もなく降下していき、次々に地上に足を降ろすジムV隊。その中で一番早く上海に降り立ったシーマは周囲から集ってくる戦車やMSを確認して、舌なめずりをしていた。

「今日は大漁だねえ。久々に暴れさせてもらおうじゃないか!」

 ビルの陰から飛び出してきたジムU2機のうち1機がシーマのジムライフルに蜂の巣のようにされて破壊されてしまう。もう1機はシールドでそれを防いだものの、不利を悟って後退してしまった。
 さて、前進するかと前に出ようとしたシーマに、すぐ近くに下りてきた茜が注意を促す。

「シーマ大尉、あまり広がると、各個撃破されますよ?」
「なあに、あたし等の仕事は橋頭堡の確保だからね。最初だけ無茶をして、後はシアン中佐や倉田少佐たちに任せりゃ良いのさ」
「なるほど、そういう考えもありですね」

 納得して頷くと、茜はビームライフルを構えて手近なビルの頂上へと機体を跳躍させた。それを見送ったシーマも機体を走らせ、目に付いたMSや車両めがけて次々にジムライフルを叩き込んでいく。完全破壊する必要はない。被害を与えて追い払えればそれで十分なのだ。
 地上に降下するなり周辺に展開して制圧していくシーマ隊。その速さは佐祐理をして瞠目させるものだった。海兵隊とは敵地への強襲、確保が任務なので、こういう仕事はシーマの方が佐祐理よりずっと向いているのだ。
 地上に不完全ではあるが降下ポイントが確保されたのを確認して、佐祐理はシアンに一部の制圧を完了と報告し、自らも地上に向けて機体を跳躍させる。周囲の部下達もそれに習って地上に降下を開始したが、途中で2機が砲火に捕まって破壊されてしまった。

 地上に降り立った佐祐理は降下してきた部下を直ぐに周辺に展開させ、この辺り一帯の制圧を完了しようとしたが、事はそう簡単でもない。この橋頭堡を潰そうと周辺からMSや戦車が集ってきて、数で圧倒しようとしたからだ。




 上海内に敵が降下し、一部を制圧されたという報せを受け取ったホーキンスは我が耳を疑った。まさか、戦闘開始から1時間もたたずに降下を許し、そればかりか橋頭堡まで作られたというのだろうか。

「敵を甘く見ていたのか、私は?」

 これだけの大軍を揃え、それを集中運用して敵の降下部隊を殲滅するという作戦に誤りはなかったと考えていたのだが。確かに揃えた兵器は旧式が多かったが、それは数で補えると考えていたのだ。
 ホーキンスが読み違えていたのは敵の戦闘能力であった。マイベックが先鋒隊として送り込んできたMS隊は、ホーキンスが見積もっていた質よりもずっと上だったのである。この橋頭堡を潰そうと集ってきたMS隊や戦車隊は次々に撃破され、連邦の制圧地域周辺はMSや車両のスクラップ置き場というような惨状を呈していた。ただ、シーマ隊も倉田隊も無傷では済まず、弾薬も恐ろしい速さで消耗しているので、このままではいずれ押し切られてしまうだろう。

 ガルダから地上の様子を確認していたシアンは、橋頭堡は確保されたと判断して作戦を第2段階に移す事を決定した。ガルダとスードリ、そして30分ほど前に合流したメロウドに乗せられている地上部隊が降下装備で次々に地上に降ろされ、補給物資の投下が行われる。あわせて海鳴基地のマイベックにも作戦の第2段階への移行を伝達し、海上艦隊の出撃を要請した。
 しかし、全く問題が無いわけではない。キョウ率いる戦闘機隊は燃料と弾薬が枯渇して海鳴に引き返してしまい、今は別の飛行隊が頑張っているのだがどうにも押され気味なのだ。

「ブラン少佐のアッシマー隊はまだか?」
「どうも、艦隊の到着が遅れているようです」
「ちっ、この手の作戦は短時間でどれだけの戦力を投入できるかが勝敗を分けるってのに」

 時間を置けば地上の部下達が全滅しかねない。それはシアンにとって許容できるような事ではなかったので、シアンは最後の戦力を出す事にした。

「輸送機部隊は後方に下がれ。後はマイベック准将の指揮に従うように」
「は?」
「俺が出る。後は頼むぞ」

 キャプテンシートから立ち上がってシアンはそう告げると、格納庫に向けて走って行ってしまった。それをコクピットのクルーは唖然として見送った後、慌てて僚機に後退命令を出した。






 上海を巡る戦闘は激しさを増している。海鳴基地にいるマイベックはその事を感じながらも、少しだけ悩んでいる事があった。何故ティターンズは動かないのだ?

「この辺りの戦線も膠着状態に近かった。その中でこちらがこれだけの戦力を動かしたのだから、当然ティターンズはこちらの弱くなった場所を押してくると思っていたのだが、想像していた以上にティターンズの動きは鈍い」

 おかげでマイベックは作戦計画どおりに戦力を動かす事が出来ている。それはありがたい事なのだが、なんだか不気味でもあった。ティターンズはこちらが気付かないように戦力を動かしているのではないかという不安が拭えない。
 
 実はこの頃、偶然にもハルビン周辺でティターンとカラバ、ネオジオンの連合軍が武力衝突を起こしていて、そちらにもティターンズの戦力が向けられれていたのだ。こちらの戦線に新鋭機が少なかったのはそのせいである。連邦情報部はこの戦いのことを掴んでいなかったのだ。
 まあ、たとえ掴んでいたとしてもさほど重要視はしなかっただろう。カラバと地上のネオジオン軍は弱体化の一途を辿っており、ティターンズに沿海州やシベリアに追い込まれている。そのカラバやネオジオンが予想外に頑張っていて、両者の戦いが予想外に長引いているというのは、ティターンズにとっても連邦にとっても完全に予想外の事態だったのである。
 だが、それでも遅ればせながらティターンズは援軍を送ろうとはしていた。それが何時到着するかによって、上海の命運も決まるだろう。



後書き

ジム改 次回はアッシマーの男、ブラン・ブルターク少佐が登場。
栞   相変わらず地上軍は装備悪いですね。
ジム改 新鋭機は双方とも宇宙に集中してるからな。
栞   ところで、カラバってまだあったんですね。とっくに全滅したと思ってました。
ジム改 一応まだ生きてるよ。もう地方の軍閥扱いだけど。
栞   装備を開発する能力は無いでしょうしねえ。
ジム改 武器ってのは高いからねえ。まして新型機の開発なんて幾らかかるか。
栞   でもアウドムラ持ってるんですよね。
ジム改 あれ帰すって言ったらカラバって連邦に受け入れられたかもな。
栞   そういえばサイコガンダムは何処に行ったんです?
ジム改 今頃はキリマンジャロ辺りじゃないかな。
栞   遠いですね。
ジム改 まあ、エルクゥのお嬢さんを巡る問題もあるけどね。
栞   所でもう1つ質問があるんですけど。
ジム改 何かね?
栞   私が種世界のオーブに居るという疑惑があるのですが?
ジム改 …………。
栞   ああ、何で黙るんですか!?
ジム改 それでは次回、上海を巡る戦いは最終局面を迎える。迫るティターンズ部隊と連邦の艦隊。ティターンズは上海の橋頭堡を潰す為に虎の子の新型量産機、ガンダムマークVグーファーまでも投入してくる。次回、「反攻頓挫」でお会いしましょう。
栞   質問に答えてください!