第58章  反攻頓挫



 上海の戦いは後続部隊の投入によって連邦有利に推移しようとしていた。降下したシアンはさっそく制圧地域に仮設司令部を設置し、シーマと佐祐理を指揮下に置いて周辺の制圧から、湾口部の制圧へと重点を移しだした。湾口を制圧すれば、輸送船団から素早く部隊を上海に揚陸する事が可能となるからだ。

「上海内部の敵部隊の数は?」
「まだ把握できてはいませんが、残り2個機械化大隊程度ではないでしょうか。すでに北部の敵は敗走し、西部の敵もシーマ大尉が蹴散らしつつあります。
「倉田少佐は?」
「北部の制圧をほぼ完了。現在歩兵隊が残的掃討を行っております。倉田少佐は大隊から1個MS中隊を割いて西部の援軍に回したいと言ってきていますが、どうしますか?」
「許可すると伝えろ。それと、海鳴基地に哨戒機を要請するんだ。ティターンズも何時までもやられっ放しの筈が無いからな」

 司令部要員に指示を出し終えて、シアンはじっと地図を凝視していた。地図から地形を読み取り、敵の動きを読むのは指揮官に求められる能力の1つである。
 上海は2つの大河に挟まれた巨大な三角州の中にあるような都市だ。真西には大きな湖があり、平野部にある都市としては守り易いといえる。古くから貿易港として栄え、発展してきたのだ。
 シアンは周辺の地形を考慮して、やはり西部方向からの反撃を警戒していた。西部には杭州という都市があり北部にある南京よりも近いのでこちらから先に援軍が来る可能性が高い。

「とにかく、今は湾後を押さえて海鳴からの援軍を迎え入れる。それに成功すれば、反攻の拠点を確保できる。今はそれに全力をあげるんだ」

 それ以外に出来ることは無い。そう言外に出してシアンは仮設司令部にしているホテルの外に出た。空には雲が増えてきていて、航空支援が難しい条件になってきている。天気予報なんて当てにならないなと苦々しく呟き、まだ戦闘が続いている西部方面に視線を転じた。そこではシーマ率いる部隊がティターンズの地上部隊を追い払おうとしている筈なのだ。

「……空軍の援護を受けられない状態で、敵の大軍に押し込まれたら持たないかな。港にガルダを1機回してもらった方が、いざという時に慌てないで済むが、さて」

 空には3機のガルダ級がいるが、これを降ろせるとなると海しかない。もしティターンズの大反撃を受けて逃げるしかないという事態となれば、装備を全部捨てて兵員だけガルダで逃がすのが一番速くて確実だ。
 最悪の想像を元にした最悪の未来であるが、マイベックの援軍が到着するまではありえる未来だ。シアンはとりあえず指揮官として逃げ道くらいは準備しておこうと考え、スードリとメロウドは海鳴に戻らせ、ガルダだけは港に着水するように指示を出す事にした。




 シアンの最悪の予想は当たっていた。この時杭州、そして南京から大挙して部隊が出撃していたのだ。ただ、南京の方が動きが遅く、必要な時には間に合いそうも無いのだが。杭州はホーキンスの救援要請を受けて直ぐに部隊を編成したおかげで、どうにかまだ上海の戦闘が継続している間に部隊を送り出す事が出来ていた。数はさほど多くは無いが、質的にはそれなりに充実した部隊だ。ただ、周囲の空軍はすでにキョウの戦闘機隊の迎撃に出撃して返り討ちにあっており、援護は期待出来そうも無いのが痛かった。

 杭州を出撃したティターンズの部隊は直ぐに連邦の哨戒機に発見される事となった。この辺りは平野で身を隠すのには向かないので、空から探されたらどうにもならない。この情報は直ちに海鳴のマイベックの元に送られ、マイベックはこの援軍を阻止する為に航空攻撃を決定した。

「フライマンタからデプ・ロッグまで、ありったけの爆撃機を投入してこの援軍の前進を阻止しろ。これを食い止めなければシアンが海に蹴落とされるぞ!」

 マイベックの命令で動員できるだけの空軍機が全力出撃をした。燃料と弾薬は腐るほどあるのでこれが足りなくなることは無い。大挙して出撃した連邦機は途中のティターンズ空軍の微弱な抵抗を粉砕して進み、杭州を出撃したティターンズ地上部隊に爆弾の雨を降らせた。
 ティターンズもこれに対して果敢に応戦したが、やはりMSは航空機には弱い。これは1年戦争でザクが戦車には優勢であったが空軍機には手を焼き、ドップが急ぎ送り込まれた事からも分かるのだが、MSといえども陸戦兵器であり、陸戦兵器は空からの攻撃には絶対的な不利を強いられるという法則を覆す事は出来ないでいたのだ。
 今回も例外ではなく、MSは走り回って必死に航空攻撃から逃れ、時折反撃を加えるが敵機を落とせずに切歯扼腕するという事を繰り返している。ティターンズの誇るマラサイやバーザムが旧型のフライマンタの落とす爆弾の雨から必死に逃げている様は遠くから見れば滑稽に映る事だろうが、直撃を受けたら木っ端微塵、至近弾でも損傷するのは避けられないので、必死になるのも当然なのだ。航空機の攻撃は一過性だが、破壊力は凄まじい。

 最初の空襲が去った後、ティターンズ部隊は広く散開して上海を目指しだした。これなら空襲で狙われた奴は確実に撃破されるが、狙われなかったその他大勢は上海に辿り着く事が出来る。味方を犠牲にする非情な策ではあるが、これも止むを得なかった。空で敵機を防ぐ手段はもう失われてしまったのだから。




 ティターンズの駐留軍を駆逐したシアンは上海の大半の制圧をほぼ完了した。港にはガルダが停泊しており、外洋には機動艦隊の空母や駆逐艦の姿がある。空には今日の戦闘機隊の姿は無く、変わりに数機のアッシマーが飛行していた。シアンのいる港の開けた資材置き場には6機のアッシマーが降りてきていて、パイロット達が機体から降りてこちらに歩いてくる。その戦闘に立っている精悍な顔付きの軍人を、シアンは映像データで見たことがあった。

「ようこそ、危険地帯へ。一度会いたいと思っていた、ブラン・ブルターク少佐」
「こちらこそ、絶対者のシアン・ビューフォート中佐。1年戦争やファマス戦役、ハノイでの防衛戦での御活躍は聞き及んでおります」

 シアンとブランは目尻を緩め、右手でがっちりと握手を交わしていた。ブランは武人型の軍人で、シアンのこれまでの戦績の凄まじさに敬意を払っている。それを感じ取ったシアンも、この男とは上手くやれそうだという手ごたえを感じていたのだ。
 シアンは早速ブランを仮設司令部に案内し、現在の戦況を簡単に伝えていた。

「我々は市街の大半を制圧する事には成功したが、まだ西部でティターンズの部隊が頑張っている。装備はたいした事は無いんだが、数が多くてこちらも梃子摺ってる。それに近隣の部隊が五月雨式に集ってきている」
「なるほど、ティターンズも遅ればせながら反撃に出てきているという事ですな」
「そうだ。現在杭州から有力な部隊がこちらに向ってきている。空軍が波状攻撃をかけて食い止めようとしてるが、敵も散開した様で空爆が思ったほどの効果を上げていない」

 シアンは地図の一点を指で叩き、どうしたものかと眉を顰めている。

「これが上海に現れれば我々は持ち堪えられまい。これにはかなりの数のマラサイやバーザムが確認されている。こちらも同数なら負けるつもりは無いが、向こうの方が数が多い。しかも南京からも部隊が出撃準備に入っているという情報もある」
「四面楚歌ですな。こちらの援軍が間に合わなければ、海に蹴落とされてしまいます」
「そうだ。万が一に備えてガルダを待機させてはいるが、尻尾を巻いて逃げ帰るのはやはり悔しいからな」
「それは同感ですな」

 シアンの言葉にブランも頷き、顎に右手を当てて少し考え込んだ後、シアンに自分の部隊の出撃許可を求めた。

「中佐、敵が散開しているのでしたら、私が空中から掃討戦を行いましょうか?」
「アッシマーでかい?」
「はい。アッシマーの戦闘能力は汎用機に対して優位にあります。敵が少数に分散しているならば好都合、アッシマーで各個撃破していきましょう」

 ブランの提案に、シアンは腕組みして考え込んだ。確かにアッシマーの性能はバーザムに勝る。しかも空を飛んでいるのでかなり有利に戦う事が出来る。航空機と違って反復攻撃も問題無くできるので、地上のMSを叩くのには確かに向いているかもしれない。だが、海軍から借りている虎の子のアッシマー隊をこんな作戦で消耗していいものかどうか、それが悩みどころだった。
 この件に関してはシアンは直接マイベックに確認を取り、ブラン隊の攻撃任務への投入許可を貰っている。このブラン隊はあくまで海軍から寄越された制空権確保用の部隊で、シアンには指揮権が無いのだ。


 マイベックの許可を得たシアンは早速ブランのアッシマー隊に対地攻撃装備を施して前線に投入する事にした。ティターンズ部隊の足を止め、時間を稼ぐ事が出来ればこちらが確実に勝てるのだから。






 この頃、本来ならシアンたちの援護に向う筈だったキョウのダガーフィッシュ隊は、何故か日本海でウラジオストックから出撃してきたティターンズ空軍と交戦していた。敵も同じ機体を使っているので、IFFと機体色だけが判別する際の頼りになる。
 多数の戦闘機が飛び回る空の中を、キョウ自身は2機の部下を連れて横旋回に入り、大回りにティターンズの戦闘機隊の側面を付こうとしていた。僅かにかかる雲の間に8機のダガーフィッシュを見つけたキョウは薄笑いを浮かべ、両機と一緒に短距離ミサイルを発射する。
 それに気付いたティターンズ機が散開に入ったが、この距離で赤外線追尾のミサイルを回避するというのは相当の技量が要求される。狙われた3機のダガーフィッシュのうち1機が無茶な機動でミサイルを自爆させたが、残る2機は食われてしまった。

「これで6対3か、尻に付かれないようにしろよ、お前等!」
「了解です!」
「そんなヘマはしません!」

 キョウに付いてきているこの2機はファマス戦役時代からやってきたクリスタル・スノーを持つエースパイロットだ。その実力はそんじょそこらのベテランなどが相手にできるようなものではない。
 散開したティターンズ戦闘機に対して、キョウは2倍の敵など恐れるに足らず、という余裕を持ってこれに立ち向かっていった。


 ウラジオストックから出撃したティターンズ空軍は3派に分かれて攻撃したのだが、キョウの部隊の迎撃を受けて悉くが返り討ちにあっていた。ティターンズのパイロットにはとんでもない災厄といえたが、彼等の犠牲で上海のエアカバーが激減し、上海を目指すティターンズ部隊を食い止める為の空襲が出来なくなったのは致命傷となった。






 この戦いは全く予想外の方向からの動きでこれ以上の戦闘継続が不可能という状態に陥る事となった。ようやく連邦軍の反撃を知ったマドラスでは、海鳴の戦力が、あのシアンを中心とする化物たちが海鳴から出撃したという事を遅ればせながら掴んだ。更にハワイにいた第3艦隊が極東に移動していた事も知り、ようやく極東の部隊に海鳴への攻撃命令と、上海に攻撃してきた敵部隊の殲滅命令が出された。マイベックが恐れていたチェスゲームの論理が動き出したのだ。
 この極東ティターンズ部隊の動きは、警戒していたマイベックに直ぐに察知される事になる。ティターンズの海軍力は恐れるほどのものではないが、SFSを使えば華北や沿海州からなら日本に辿り着く事が出来る。海鳴を直撃する事も十分可能なのだ。そして空軍機なら直接海鳴を攻撃する事が出来る。
 
 これまで海鳴をティターンズが攻めあぐねていたのは海に隔てられているというのが大きかったのだが、シアンを筆頭とする海鳴の化物パイロットたちの存在も大きかった。これまでにティターンズは幾度か海鳴に部隊を差し向けたのだが、輸送力の不足から大軍を一度に送る事が出来ず、少数部隊を送り込んではシアンたちに各個撃破されるという失態を繰り返していた。数にさほどの差が無ければ、シアンたちに勝つことは極めて困難なのだ。これは東南アジアでの戦いにおいて、シアンたちが僅かな数でティターンズの1個師団を食い止めてしまったという事例から分かりきっていた筈なのだが、ティターンズはシアンたちを相手に多くの犠牲を支払い、遂に海鳴の攻略を断念するに至っている。
 その化物どもが海鳴を離れたと知ったティターンズはこれがチャンスとばかりに海鳴を狙おうとしていたのだ。もっとも、海鳴にはマイベックの指揮する大軍が展開していたので、仮に大攻勢をかけたとしても撃退されていただろうが。1年戦争の頃から秋子の参謀長として苦労に苦労を重ねてきたこの若き将官は、その苦労の積み重ねに恥じない名将なのである。

 ティターンズが動いたことを知ったマイベックは直ちに海鳴基地の守備隊を迎撃配置に付かせると共に、シアンに上海が確保できるかどうかを直接尋ねてきた。

「シアン、ティターンズが動き出してる。上海の攻略を急ぐ必要があるが、落とせそうか?」
「敵の増援が迫っていますから、正直手持ちの戦力だけでは苦しいです。増援が緊急に欲しいくらいですね」
「そうか、こっちではキョウが海鳴に近付く敵機への迎撃に回って、そちらに出せなくなってしまった。このままでは制空権が敵に奪われるだろう」
「ちょっと待ってください。それじゃ我々はどうなるんですか?」

 敵地のど真ん中で航空支援を受けられないというのは、死ねと言われているに等しい。マイベックの言葉は事実上の切り捨て宣言とさえ取れるものだったのだ。シアンの声に避難するような響きが混じるのも当然だが、マイベックは何もそこで頑張れなどと言うつもりは無かった。

「そこで頑張るか、それとも退くかはお前の判断に任せる。お前に預けた部隊は貴重な精鋭だ。無理だと思ったら消耗を避けて撤退してくれ。装備は幾らでも補充してやるが、経験を積んだ兵士は量産できん」
「……アヤウラが聞いたら自分が流した悔し涙で溺死しそうですね」
「何の話だ?」
「いえ、気にしないで下さい。状況は理解しましたが、そういう事でしたら無理をせずに撤退した方が良さそうですね。敵の増援が来る前に」
「判断は任せる。退くなら早めに退いてくれよ。それじゃあ」

 下駄をシアンに預けてマイベックは通信を切った。それでシアンは肩の荷が下りたように大きく息を吐き、参謀連中を振り返った。

「地上部隊には直ぐに湾口に集結し、ガルダ輸送機に移乗するように伝えろ。上海から撤退するぞ!」
「し、しかし、まだ敵の反撃は微弱です。このまま行けば上海を確保する事は可能です!」
「援軍の当てが無いのに、どうやって占領地を維持するつもりだ?」

 撤退に反対する参謀達にかけられたシアンの問い掛けに、答えられる参謀はいなかった。援軍の当てのない篭城戦はまず間違いなく敗北する。それが分からないような人間を、シアンやマイベックは要職につけたりはしない。
 撤退となって大急ぎで準備を始める参謀達。シアン自身は先任参謀に撤退準備の指揮を任せ、前線部隊の後退の指揮を取り出した。

「佐祐理とシーマ大尉を後退させろ。急がないと敵の増援が来て退けなくなるぞ!」
「今呼び出しています」

 通信兵が通信機を操作し、ミノフスキー粒子の妨害を突破してどうにか佐祐理との回線を開く事に成功した。雑音交じりの佐祐理の声が通信機から聞こえてくる。

「はい、何でしょうか?」
「佐祐理、上海から撤退する事になった。お前は急いで部隊を纏めて後退しろ。敵が来てからじゃ退けなくなる」
「はええ、何でですか?」
「アジア全域でティターンズが動き出して、そちらの対応に部隊が動いちまったらしい。このままじゃ敵中に孤立して全滅させられる」
「……仕方ありませんね、分かりました」

 佐祐理も残念そうであったが、戦略的にこれ以上は無理だという事になったのなら仕方がない。補給さえ維持出来るならここで頑張る事も不可能ではなかっただろうが、補給も援軍も来ないというのではどうしようもない。
 こうして佐祐理の隊は後退を開始したのだが、シーマの方とはさっぱり通信が繋がらなかった。暫しイライラしながら待っていたシアンであったが、遂に待てなくなって直接連れ戻してくるといい、自らMSに乗ってシーマの守る西部方面へと向った。こちらではシーマが敵の掃討を行っている筈だ。


 この時、シーマ隊は五月雨式に集ってきたティターンズMS隊の迎撃に当たっていた。数は多くないのだが後から後から湧いてきて、シーマ隊に休みを与えない。上空ではギャプランを含むティターンズ空軍とブランのアッシマー隊が空戦を行っていた。

「こいつ等、後から後からしつこいねえ」
「シーマ大尉、弾薬が底を付いてきました!」
「言われなくても分かってるよ。本部との連絡は!?」
「まだ取れません。ミノフスキー粒子が濃すぎます!」
「ちっ、撤退の許可がないのに退くのは、不味いよねえ」
「それは、多分」

 ジオン時代だったら平気でやったのだが、流石に今の上官に迷惑かけるのは気が引けた。シーマにしてみれば恩人とも言える相手なのだ。色々と悪い噂の多い彼女だが、これで意外と義理がたい面もあるのだ。そうでなければシーマ海兵隊を戦後も束ねる事は出来なかっただろう。
 退くか粘るかで悩んでいると、上空のブランがシーマに通信を入れてきた。

「シーマ大尉、また新手が来たぞ」
「ちっ、本当にしつこい奴等だね」

 忌々しげなシーマの呟きにブランも頷き、部隊に集合をかける。連れてきていた6機のアッシマーも、今では半数の3機にまで減らされていた。まだ6機があるのだが、それは湾口部の防空に回している。
 その時、ブランのアッシマーが上海の方から近付いてくるMSをレーダーに捉えた。その識別を確かめたブランが軽い驚きの声を上げる。

「これは、シアン中佐のジムVではないか。何故中佐がこちらに?」

 ブランは直ぐにアッシマーの通信機を操作してこのシアンのジムVに通信回線を繋いだ。アッシマーの通信機はジムVのそれよりよほど良い物が搭載されている。この辺りは高級機種の強みだった。

「シアン中佐、どうされたのですか?」
「ブラン少佐か。丁度いい、君の近くにシーマ隊は居るか?」
「はあ、シーマ隊でしたら足元に」
「そうか。なら、直ぐにシーマ隊と一緒に後退するんだ。我々は上海から撤退し、海鳴に戻る!」

 撤退する。その言葉にブランはまさかと思ったが、同時に頷く部分もあった。このまま反撃が続けばシーマ隊も持たない。

「ですが、援軍は?」
「援軍は来ない。アジア全域でティターンズが動き出して、そちらの対応に回ってしまった。このままでは孤立する」
「ティターンズが……」

 向こうもこちらの動きに何時までも黙ってはいなかったという事だが、まさかアジアの全域で動くとは。それにブランが返事を返すより早く、アッシマー隊の至近をビームライフルのビームが貫いていった。次の敵がやってきたのだ。
 ブランは残る部下2機に散開を命じると共に、自らも機体を加速させた。

「了解しました中佐、何とか後退させます!」
「頼む。俺も今そちらに向っているから!」

 それを聞いたブランは了解と言って通信を切った。

「退きたいのは山々なんですがな、中佐。少し手間取りそうですよ」

 また新たなギャプランとダガーフィッシュ隊が視界に入ってきたのだ。どうやら後から後から湧いてくるらしい。更に地上の方にも見たこののない新型、それもガンダムタイプが出てきている。形状もこれまでのティターンズ機とは些か異なっており、むしろエゥーゴ機に近いように見える。
 ブランがそう感じるのも当然で、この機体は百式を開発したフジタ技師が試作機を作り上げたMS、MSF−008グーファーであった。これはエゥーゴで開発されたMSF−007ガンダムmk−Vの次の機体で、アナハイムからキリマンジャロにやってきたフジタ技師によって開発され、マークUに変わるガンダムタイプの量産機となった。ただ、当然ながら高級機であり、その生産はなかなか進んでいない。

 その大推力によってオプション無しでホバー移動を可能とするグーファーの機動性に付いてこれるのはストライク・マラサイだけで、ジムVを使うシーマたちにはかなり苦しい相手といえた。ただ、グーファーは3機だけで、後はマラサイだったのが救いといえたが。

「ガンダムかい、とことんついてないね、今日は!」
「シーマ隊長!?」
「慌てんじゃないよ。全機、湾後部まで下がるんだ。上海市街の建物で遮蔽をとりつつ退がりな!」

 ビームライフルを連射して相手の足を止めようとするが、なかなか上手く行かない。性能で勝る敵を相手にするのはかなり大変なので、シーマたちは急いで上海市街に逃げ込んでしまった。この時、既にシーマの部隊は佐祐理の応援を加えても14機にまで減っていた。
 しかし、グーファーの戦闘力はシーマの予想を超える物だった。グーファーのうち2機はビームライフルとシールドを装備したごく標準的な武装だったのだが、1機が巨大なビーム砲を担いでいたのである。その破壊力は圧倒的で、遮蔽に取った建造物ごとジムVを破壊してしまうような代物だったのだ。
 まさかビルを一撃で崩したり、瓦礫の山を丸ごと吹き飛ばしてしまうような火器を持っているとは思わなかったシーマは完全に当てが外れた形となった。これでは遮蔽を取る意味さえない。遮蔽物に隠れていても、それごとまとめて吹き飛ばされれば一緒だからだ。

「なんてこったい、あんな代物まで持って来てたとはね!」
「メガバズーカランチャーを改良した物でしょうか。MSの形態火器であれほどの攻撃力を実現するなんて、驚きです」

 茜が悔しそうに呟く。ファマス戦役では猛威を振るったシェイドも、こうなっては形無しだ。時代は既にパイロットの能力差を機体性能で補えるようになってしまったらしい。

「シーマ大尉、ここは私と友里さんで食い止めます。他の機体を連れて下がってください」
「何言ってるんだい、あれを相手に、2機でどうなるってんだい?」
「御心配なく、もうすぐ兄さんも来ますから。ファマス戦役のTOPエースの実力、信じてください」

 ファマス戦役のTOPエース、そう言われてはシーマも下がるしかない。残念ながら、パイロットとしての実力ではこの小娘は自分より確実に上なのだから。

「分かった、死ぬんじゃないよ」
「はい」
「ブラン少佐、私等は退くよ。少佐も早く!」
「了解した」

 ジムV隊とアッシマー隊が後退していく。後には2機のジムVが残って遅滞戦闘を繰り広げていたが、これはかなり無茶な戦いであった。ただ、茜の実力も半端な物ではなく、機体性能差を技量で埋めていたので、簡単に落とされる事もないのだが。

「友里さん、こんな無茶に付き合わせて、すいません」
「別に良いわよ、いつものことなんだから!」

 友里の放ったビームが瓦礫の影から出てきたマラサイを撃ち抜いて擱座させる。もう数えるのも馬鹿馬鹿しくなったので、撃墜数のカウントは止めている。
 そして直ぐにシアンも駆けつけてきた。走りながらビームライフルを放ち、続けて2機のマラサイを仕留めている。

「茜、友里、お前達も早く退け。ガルダが出てしまうぞ!」
「兄さん、少し来るのが遅いです」
「これでも急いで来たんだってば!」

 義妹に抗議を受けてシアンは焦って抗議したが、それでも体はちゃんと攻撃を続けていた。アムロ級のパイロットの参入で戦況は少しだけ余裕が出て、ジリジリと後退できるようになって来ている。
 3機のうち1機が後退し、2機が支援するという態勢でシアンたちも退き始めたのだが、ティターンズも簡単には退かせてくれず、数に物を言わせた追撃をかけてきていた。3機に次々に数を減らされているというのに、全く追撃が止む様子がない。

「こいつ等、本当にしつこいな」

 シアンが肩のミサイルランチャーからミサイルを放って2機のマラサイの足を止めたが、直ぐに別方向から2機のマラサイが迫ってくる。一体何機いるというのだろうか。
 その時、いきなり茜の鋭い悲鳴が聞こえてきた。

「キャアッ!」
「茜、どうした!?」

 見ればグーファーの1機に茜のジムVが吹き飛ばされ、左腕を落とされていた。どうやら奇襲を受けたらしい。だが、そのグーファーも何故かその場で崩れ落ち、動かなくなる。

「茜、無事か!?」
「は、はい、何とか」
「その新型はどうした?」
「咄嗟にビームライフルの銃口をコクピットに突き刺しました。おかげでライフルも使えなくなりましたが」
「そ、そうか……」

 一瞬ビームライフルの銃口に押し潰されるパイロットの事が頭を過ぎり、相手に同情してしまったシアンだった。だが、これで茜のジムVは戦闘力を失った事になる。茜の機体を先に下がらせたシアンと友里は尚暫く遅滞戦闘を繰り返していたが、だんだんと追い詰められるのを自覚するようになっている。

「中佐、この際、思い切って後方に飛びませんか?」
「敵に背後を見せてか。かなり危険な賭けだぞ」
「それでも、このまま嬲り殺しにされるよりは!」

 友里の焦ったような叫びに、シアンも返す言葉はなかった。このままでは嬲り殺しにされるのは間違いない。一か八かの賭けに出るのも確かに悪くないのかもしれない。
 だが、まだシアンたちは見捨てられてはいなかった。

「中佐、これからミサイル攻撃をおこないます。巻き込まれないで下さい!」
「何!?」

 驚いて振り返れば、ガルダが飛び上がってこちらを向いていた。両翼と本体にある多連装のミサイルランチャーが連続してミサイルを発射し、シアンたちの周辺に降り注いでくる。どうやら巻き込まれるなというのは、躱せという意味だったらしい。

「なんて無茶苦茶しやがる!」

 至近に落着したミサイルの爆風に機体を揺さぶられながらもシアンはなんとか攻撃を回避して安全圏に逃れようとしていたのだが、友里の方はシアンほどの幸運にも技量にも恵まれてはいなかった。こちらは至近弾を回避し損ね、機体の駆動系をおかしくしてしまったのだ。
 友里のジムVが動かなくなったのを見たシアンは急いで友里の傍に駆け寄り、友里に機体を捨てるように言った。

「友里、こちらに移れ。ガルダに飛ぶぞ!」
「は、はい!」

 コクピットが開き、友里がジムVから出てくる。シアンは友里が爆風で飛ばされないように両手でカバーしながら、コクピットを解放して友里をシートの裏に乗せた。
 その頃にはドダイ改に乗ったジムV6機が降下してきてシアンの援護を始めており、敵機がシアンの方にはこれないようになっていた。それを見てやれやれと安堵の息を吐くと、近くに1機のジムVが乗ったドダイ改が降りてきた。ドダイ改は2機のMSを乗せられるのだ。

「お姉ちゃん、シアン中佐、早く乗ってください!」
「由衣か、助かった!」

 急いでドダイ改に乗り込み、上昇していく。周辺にいた機体もシアンが撤退したのを見てガルダへと戻り、ガルダは高度を上げて上海を離脱して行った。連邦の試みたアジア戦線のバランスを崩すという作戦は、こうして失敗に終わったのである。結局、揚陸作戦ではどれだけ短時間で多数の戦力を揚陸できるかが勝負であり、精鋭MS部隊による橋頭堡確保を行った後に大軍を安全に揚陸するという揚陸作戦に付き物のリスクを嫌った作戦は、そんな虫の良い事は出来ないという当り前の教訓を残して失敗する事となった。ただ、橋頭堡の確保そのものは成功しており、精鋭MS部隊による橋頭堡の確保そのものは不可能ではないという教訓を得る事が出来た。






 この作戦の失敗により、連邦軍は新たな作戦を練り直す事になる。マイベックはこのまま海鳴基地司令官として海鳴に展開する大部隊の運用に当たり、シアンが現場に戻る事になった。

 海鳴基地に戻ったシアンはその足でマイベックの元へと行き、上海での戦闘の推移を報告した。それを聞いたマイベックは小さく頷き、そしてシアンに謝った。

「すまなかったシアン、お前達を見捨てる事になってしまった。スードリとメロウドを使って援軍を送る手もあったのだが」
「そんな少数を小出しにされても、各個撃破されるだけでしたよ。撤退の下駄を預けてもらっただけでもありがたかったです」

 シアンはあそこで事実上の中止を決定したマイベックを責めるつもりはなかった。ティターンズが近隣の全域で動き出したのでは、海鳴だけの戦力では対応し切れないのも無理はない。むしろその後の行動の自由を与えてくれただけでも感謝している。もしあそこで馬鹿な死守命令でも出されていたら、今頃全滅させられていただろう。
 1年戦争の緒戦では、ジオンのMSの威力を分かっていなかった連邦軍上層部は各地で死守命令を出し、次々に部隊を失うという愚行を繰り返していた。そしてジオンの戦争終盤において死守命令を繰り返して同じ事を繰り返している。あれに較べれば、撤退の時期を失わなかっただけでもありがたかったのだ。
 すべき報告を全て終えたシアンは、マイベックに敬礼して背を向けた。

「何処に行くんだ、シアン?」
「戦争から戻って来れたんで、今日は家に帰りますよ。久々に郁未や桃子さんの手料理が食べたいんで」
「郁未君か。元気か、彼女は?」
「娘共々元気ですよ。今度顔を出してやってください。きっとあいつも喜びますよ」
「そうだな、適当に時間を作って、一度お邪魔するとしようか」

 シアンの誘いにマイベックは楽しげな笑みを見せた。それにシアンが笑顔で返し、司令室を後にする。すると、外では茜がシアンを待っていた。

「義兄さん、お疲れ様です」
「どうした茜?」
「私も、高町家にご相伴に与ろうと思いまして」
「なるほどね。ま、良いんじゃないの。あ、佐祐理とキョウも誘ってやるか」
「そうですね」

 戦場から戻ればいつもの生活が待っている。アンバランスかもしれないが、これが戦士たちを支えている物なのかもしれなかった。




機体解説

MSF−008 グーファー

兵装 ビームライフル
   背負い式2連装ビームキャノン
   ビームサーベル×2
   バルカンポッド
<解説>
 エゥーゴが開発したガンダムmk−Vをティターンズが招いたフジタ技師がティターンズの技術を加えて再現した高性能量産機。ゼク・アインやストライカー、ザクV、百式改、ZUといった他勢力の高性能MSに勝ちうる高性能量産機を欲していたティターンズの要求を満たす機体であり、追加兵装で様々なオプションを取り付けることも出来る。
 その性能は既存の量産機の中では最高であり、押され気味だったティターンズの重要な戦線に送られ、これを立て直す事に成功している。装備の中にはFAZZ並のハイパーメガキャノン並の巨砲があり、上海防衛戦で投入され猛威を振るった。
 

   


後書き

ジム改 シアンたち敗北〜。
栞   シアンさん、最近負けが込んでますね。
ジム改 今回はシアンのせいじゃないけどね。
栞   それで、次はどうするんです?
ジム改 ティターンズのヨーロッパでの反撃をやるか、それとも宇宙でのエゥーゴの動きを出すか。
栞   エゥーゴ、まだ動けるんですか?
ジム改 そろそろ装備の更新が終わるの。ネロとかFAZZとかが出てくる。
栞   ネモやリックディアスだけじゃなかったんですね。
ジム改 ネモじゃジムVにも苦しくなって来たからな。ジェガンの開発もしてはいる。
栞   ZZは出てこないんですか?
ジム改 出てくるぞ。ただ、パイロットが未定。
栞   大人気のZプラスやSガンダムはどうするんです?
ジム改 Zプラスはカラバが使う予定。生産工場を地球に作ってる。SガンダムはZZの後継機だからまだ無理。一応作ってるけどね。パイロットはアムロかカミーユか。
栞   アムロさんが使うSガンダムなんか絶対に相手したくないですね。
ジム改 同感だ。
栞   ところで、次回の予告は?
ジム改 まだどっちにしようか決まってないから今回はパス。
栞   そ、そんな、私の仕事がないじゃないですか!?
ジム改 そんな事言われてもねえ。
栞   因みに、それぞれにはどんなイベントがあるんです?
ジム改 ヨーロッパだとバニングたちが出てくる。宇宙だとエゥーゴ新型展示会。
栞   微妙ですね。