第59章  ロンド・ベル




 月の表側にある大都市、フォン・ブラウン。アナハイムの拠点として知られるこの月面都市から、7隻の艦艇が出航しようとしていた。そのうちの6隻はエゥーゴの主力巡洋艦の地位を築きつつあるグラース級で、1隻はアイリッシュ級戦艦である。これらは幾度も実戦を潜り抜けてきた艦艇であろうが、最後に出航してきた大型戦艦は完全な新型艦であった。全体はアーガマ級の発展形を思わせるが、むしろホワイトベースに近い外観を持っている。これこそエゥーゴが旗艦級戦艦として建造したネェル・アーガマであった。
 このネェル・アーガマの艦長はアーガマの艦長であったブライト・ノア大佐がそのまま横滑りし、アムロ・レイ大尉をMS隊隊長として迎えている。この艦隊はロンド・ベルと命名され、ある程度の自由裁量権を与えられた独立艦隊として編成されている。
 ただ、この艦隊の編成には政治的な意図があった。先のアンマン防衛戦においてアナハイムの妨害によってアンマンを危うく見捨てる所まで追い込まれたという苦い過去がブレックスをはじめとするエゥーゴ指導部にはあり、アナハイムの意向に左右されない戦力としてロンド・ベルが編成される事となった。まあ、ようするにブレックスがアナハイムの意思を無視して動かせる戦力が欲しいと考えて、作り上げた部隊というわけだ。
 当然ながらロンド・ベル隊の編成はアナハイム上層部を刺激することとなり、アナハイムとブレックスの関係はますます冷え込む事となる。いや、もう敵対していると言っても良いかもしれない。

 ブレックスに従うエゥーゴ部隊は実戦部隊に多い。彼等はティターンズのやり方に付いていけなかった元連邦軍が中心で、エゥーゴの思想に共鳴しているというよりも反ティターンズでエゥーゴに手を貸している。故にエゥーゴがティターンズと手を組んで連邦と戦った頃からエゥーゴへの抜き難い不信感を抱くようになり、最近ではそれが敵意に近い物に変わりつつある。特に反ティターンズ思想が強い舞やブライトといった指揮官達はもうブレックスへの義理だけでエゥーゴに残っているという状態だ。
 こんな状態ではあるが、それでも部隊は編成と装備の更新は進んでいた。相変わらずエゥーゴの主力はネモとリックディアスであるが、最近になってようやくネモに変わる新たな量産型MSが完成したのだ。MSA―007ネロという名で、性能はゼク・アインにさえ勝るという高性能機である。ただ、元となったのが不採用となった2つのガンダムタイプであるため、量産機としては破格の高コスト機となってしまったのが玉に瑕であったが。
 ロンド・ベル隊にはネロ以外にもようやく試作機が完成した汎用試作型可変重MSZZガンダム1機に、ZZの先行量産型であるFAZZが3機、ZU6機が配備されており、同数の他勢力部隊に対しては圧倒的な優位に立てる事は間違いないだろう。また、リックディアスをベースにアクシズの技術を投入して開発されたNT用試作MSレッテン・ディアスも1機配備されている。
 旗艦であるネェル・アーガマに座乗するブライトは新品の艦長シートの座り心地を楽しみつつ、全艦を集合させると予定されている訓練宙域へと艦隊を向けさせた。そこでヘンケンのラーディッシュ隊と訓練を行う事になっているのだ。

「新鋭艦で編成された最強艦隊、か。体の良い便利屋だな」

 ホワイトベース時代から散々苦労させられてきたせいか、ブライトはどうも物事を斜めから見る癖がある。艦長の愚痴り癖に慣れている艦橋クルー達は誰もそれに付き合うことはなく、黙々と自分の仕事をこなしている。
 ブライトは反応が無い部下達につまらなそうに鼻を鳴らし、内線を取って格納庫のアムロを呼び出した。

「アムロ、居るか?」
「何だブライト、まだ訓練宙域じゃないはずだが?」
「ああ、もう少し時間がある」
「じゃあ何の用なんだ?」
「ZZの事だ。あれは使い物になりそうか?」

 ZZガンダムの使用を聞かされたブライトは最初、アナハイムは気でも狂ったのかと本気で疑ったものだ。機体は3つに分割され、それぞれが変形して戦闘機形態となる。更にその3機が変形合体して1機のMSになるというのだ。機体強度は当然最悪であり、整備性などという言葉は口にするのも憚られる。そもそも運用するにはネェル・アーガマ級戦艦1隻が必要という無茶苦茶な機体だ。
 こんな物を渡されたアムロは最初困惑した。これがMSと認識できなかったのだ。これを見たアムロは「アニメに出てくるスーパーロボットか?」と呟いているが、まさに的確な表現だったろう。実際、渡されたアストナージ整備班長はスパナを手に途方に暮れてしまったくらいだ。
 ただ、テストをしたアムロの感想としては、動きそのものは悪くは無いらしい。恐竜のように肥大化した外見とは裏腹にZガンダムについてこれるだけの運動性能と速度性能を併せ持っている。更に攻撃力はこれまでのエゥーゴMSとは一線を画すものであり、ハイパーメガランチャーを装備できるZガンダムにさえ遙かに勝るほどだという。
 後はこの機体で何処までやれるかをテストするのだが、その相手役をヘンケン率いるラーディッシュ隊が務める事になっている。相手には舞とトルクがおり、パイロットの総合技量ではロンド・ベル隊を超えているのではと思わせるような陣容を誇っている。油断の出来るような相手ではない。


 このテストの後、ロンド・ベル隊とラーディッシュ隊は月周辺宙域に出没するティターンズ艦隊に対して索敵攻撃を行う事になっており、上手く立ち回ればティターンズ艦隊に大打撃を与えられるかもしれない。






 訓練宙域に侵入したロンド・ベル隊は、そこでラーディッシュ隊の盛大な歓迎を受ける事が出来た。ラーディッシュ隊は開戦期から戦い続けている歴戦の部隊の1つであり、主要な作戦の大半に参加している。本来なら他部隊の訓練に付き合っている暇など無いのだが、今回は相手が相手なので特別に参加する事にしたのだ。
 ラーディッシュの艦橋から新造戦艦であるネェル・アーガマの姿を見たヘンケンは、その優美な姿に感嘆の声を漏らしている。

「見事な艦だな。2番艦は俺に回して欲しいもんだが」
「そりゃ無理でしょ」

 ヘンケンの物欲しげな独り言に通信士が突っ込みを入れ、ヘンケンが何か言い返してくる前に素早く通信文を差し出す。ヘンケンはそれを悔しそうな表情で受け取ると、何が起きたのかとそれに目を通した。

「……なるほどな。ティターンズの部隊と、連邦の部隊がこの近くで動いているから、それを叩いて来い、か」
「どうしますか。どちらも規模は不明ですが?」
「目的もな。全く、こんなゴミが浮いてる所に何の用があるんだか」

 面倒な時に面倒な奴等が出てきたとヘンケンはウンザリした顔で呟き、舞とトルクを艦橋に呼びつけた。2人は直ぐにやってきてヘンケンから事情を聞く事になるが、それを聞いた舞は迷う事無くティターンズを攻撃するべきだと主張した。

「迷う事は無い、ティターンズを討つべき」
「だが川澄、敵の規模が分からんぞ?」
「なら連邦軍に協力を求めれば良い」

 すでに頭の中では連邦軍は名札が違うだけで友軍、となっている舞は連邦との共同作戦を主張した。確かにティターンズがこちらより多かったとしても、連邦軍の戦力も加えて襲いかかれば数で劣る可能性はほとんど無い。いや、上手くすれば質の差も加わってワンサイドゲームで終われるかもしれないのだ。
 だが、この舞の主張に以外にもトルクが反対してきた。

「待て。お前の気持ちは分かるけど、相手が分からないんじゃ連邦を味方に引き込めるかどうか分からないだろ。俺たちの顔見知りじゃなかったらどうする?」
「……祐一に連絡を取って」
「そりゃ流石に無理だろ」

 拘る舞に、トルクは少し冷たい声で突っ込みを入れてしまい、舞をいじけさせてしまうのだった。


 この事は直ちにネェル・アーガマにも伝えられたのだが、ブライトはこの部隊に対してティターンズにラーディッシュ隊をぶつけ、自分達は連邦軍を叩くと返答してきた。これっを受け取ったヘンケンはブライトがやる気を出していると感じ取り、すまなそうに舞を見る。

「悪いな川澄、俺たちはティターンズだ」
「……別に文句は無い」
「そうか?」

 ヘンケンの問いに答えず、舞は艦橋から出て行ってしまった。それをトルクが追っていく。2人が出て行ったのを確認した後で、ヘンケンは気がすすまなそうな顔で右手で髪を掻き毟っていた。

「ああ、俺だってそうしたいんだよ。でもしょうがないだろ。俺たちはエゥーゴなんだから!」
「艦長、あんまり怒ると血圧上がりますよ」
「余計な事は言わなくても良い!」

 部下を一喝して、ヘンケンは自分の艦隊をティターンズ部隊の進路上に伏せさせる為に移動させた。決まった以上、戦わなくてはいけないのだから。

 だが、この時ヘンケンたちも想像も出来なかった事が起きていた。ティターンズと連邦の月周辺宙域への侵入。この報せを受けたフォン・ブラウンのアナハイムは、自分達に忠実なエゥーゴ部隊に出撃を命じ、連邦の迎撃を命じたのである。ブレックスとは異なり、アナハイムは秋子率いる連邦宇宙軍と間には関係改善の道が見出せずにいたのだ。


 宇宙軍総司令官の地位について以来、秋子は連邦に反旗を翻す3勢力に対して徹底抗戦する意思を見せており、その圧倒的な生産力と人口に物を言わせて大軍を整備し続けている。既にその戦力はエゥーゴやティターンズ、ネオジオンの全戦力を集めたよりも多いと言われており、開戦期の頃に較べて、差は開く一方になっている。そして秋子はこの物量を背景にエゥーゴに対して秘密交渉で降伏を要求してきたのだ。
 既にアナハイムはこの戦争に見切りをつけていた。アナハイムは元々商売に邪魔なティターンズを倒せればよかったのであって、連邦と全面戦争などするつもりは無かったのだ。それが意に反して連邦と全面衝突する羽目になってしまったのだが、運良くティターンズが連邦に対してクーデターを起こしてくれたのでかろうじて命脈を保つ事が出来た。
 その後にネオジオンもやってきて、何とかアナハイムは一息つくことが出来たのだ。そこでアナハイムは一度連邦と接触し、事態の打開に向けて話し合いを持った事がある。秋子の方も話し合いには快く応じてくれて、最初は何もかもが上手く行くかと考えられていたのだ。
 だが、その交渉でアナハイムは自分達がどれほど甘い考えを持っていたのかを思い知らされた。秋子は交渉には応じてくれたが、アナハイムを許す気などさらさら無かったのだ。勿論秋子には外交権限は無いので、秋子がそうだからといって連邦政府が同じ事を言ってくるとは限らないのだが、アナハイムはこの回答を連邦の回答だと判断していた。秋子はスペースノイドに好意的な人物であり、この戦争の前にはアナハイムにも好意的に接してくれた提督であった。その秋子が降伏を要求してくるのだから、スペースノイドに非好意的な連邦政府が秋子以上の譲歩をするとも思えなかった。
 現在の連邦政府を実質的に指導しているのは大統領のエニギア・ノバックではなく、国防長官のアルバート・クリステラである。ジャブローに逃げ込んだノバックは行方不明の閣僚の席をジャブローに逃げ込めた議員で埋めるという、議員は官僚にはなれないとした連邦憲章を無視した行為を戦時大権を理由に押し通してしまったのだ。アルバートがこの時期に最も重要と考えられる国防長官となったのは、その表れだろう。
 だが、アルバートはスペースノイドに対して好意的であるとは言い難い。彼はアースノイド主義者であり、考え方はむしろティターンズに近い人間だ。ただ、ティターンズとは違って暴力を容認していないので、ティターンズとも対立していた。そんな人物が、エゥーゴとアナハイムに譲歩を見せるとは到底考えられなかった。


 秋子との交渉が失敗に終わった今、アナハイムに出来る事は徹底抗戦して生き残る事である。最低でも連邦軍に自分達を責めれば無事では済まない、と思わせるくらいの抵抗をして見せなければ、アナハイムが存続できる可能性はゼロだろう。メラニー会長を中心とするアナハイムの幹部達、そしてアナハイムと共にある月面企業群の代表達はそういう結論に達し、生き残る為にネオジオンとの結びつきを強くすると共に、水面下でティターンズとの協力体制の確立も目指していた。
 すでにアナハイムは会社の存続という生き残りの為に形振り構わぬ動きを見せるようになっている。しかし、それがエゥーゴの変質を招き、分裂を呼ぶ原因となっている事を分かってはいない。エゥーゴに協力する月面企業群の中にはブレックスの理想に共鳴して参画した企業もあり、それらはアナハイムの暴走を苦々しく思っているのだ。
 この動きは月面都市群の分裂さえ呼んでいた。フォン・ブラウンなどのアナハイムの力が強い都市はアナハイム寄りに、グラナダなどのジオンよりの都市はネオジオンと結びつきを強くし、エアーズやアンマンといった都市は連邦側に寝返った。そして立場をはっきりさせない都市群は一応アナハイムに従っているのだが、先のアンマン戦でアナハイムがアンマンを見捨てたという話が伝わると連邦への帰属を望むようになって来た。少なくとも、秋子はアンマンを見捨てる事無く援軍を出してくれたからだ。
 
 これらの分裂の動きがでてくるのは、エゥーゴという組織の性格を考えれば必然だったのかもしれない。彼等は元々は反ティターンズという思想の元に集った寄せ集めの集団であり、ティターンズが信用できないという一点さえ除けば考え方がバラバラなのだ。そんな集団が、一度組織に反感を抱けばどうなるかは想像に難くは無い。もう、エゥーゴは限界を迎えていたのだ。

 こうして、ブレックス指揮下の部隊とアナハイム指揮下の部隊が別々に同じ敵を狙うという異常事態が生まれる事になった。それは、ロンド・ベルという部隊のこれからの運命を皮肉な色に物語る事態であったかもしれない。

 



 

 この時近くにいたのは、偵察にやって来ていた斉藤の艦隊だったのだ。旗艦ノルマンディーとクラップ級4隻で編成された小部隊を率いた斉藤は、エゥーゴの防衛ラインを押す事でエゥーゴの現在の防衛体制を測ろうとしていたのだ。もっとも、サイトの予想ではとっくにエゥーゴ部隊の接触を受けているはずだったので、ここまで何の抵抗も受けずに接近できた事にむしろ驚いていたのだが。

「エゥーゴの警戒網はザル同然か? 何でこんなに簡単に月面に接近できる?」
「戦力の低下がこちらの予想を上回っていたという事では無いでしょうか。月面ではチタンなど、一部の金属材料を除けば資源も何も無いですから、順調な回復が出来ていないのでは?」
「その可能性もあるが、ネオジオンから輸入している筈だぞ。それに環月方面軍司令部も要塞化されたとはいえ、まだ十分に資源衛星として機能する筈だ。不足している物資はあるだろうが、そこまで影響が出る物か?」
「では、何故こうも警戒が手薄なのでしょう?」

 参謀と斉藤が首を捻っている。無人の偵察衛星も重要な哨戒索敵システムの1つであるが、ミノフスキー粒子が登場してからは有人機による目視索敵こそが最良の哨戒手段となっている。だから普通はどこかで哨戒艇に発見されて当然なのだ。連邦の勢力圏なら常に濃密な哨戒網が維持されており、拠点から遠い場所でも足の長いパブリク哨戒艇があちこちをうろついている。
 だが、エゥーゴにはそれが無かった。ティターンズでも哨戒網はしっかりしているだろうに、何故エゥーゴの哨戒はこんなに手薄なのだ。

 実はエゥーゴは正面戦力の再建に力を入れすぎて、哨戒艇や無人衛星の量産を怠っていたのだ。まあ両方を同時に数を揃えるのはエゥーゴのには、そして後援企業のアナハイムには不可能な事だったのだが。連邦やティターンズのように充実した軍需工廠を多数保有し、必要な物を全てそろえる事が出来る軍隊ではないのだから。
 そのツケがこんなところに回ってきた訳だが、そんな事情は斉藤の知った事では無く、どうしてこんなに手薄なのかとしきりに首を捻ってしまう事になる。

「一応、周辺の警戒を強化するか。北川大尉に索敵機を出させろ」

 この偵察艦隊には久々に艦隊勤務に復帰した北川が率いる部隊が乗り込んでいた。使用しているMSの主力はゼク・アインで統一されており、隊長の北川も副長の香里もゼク・アインに乗っている。
 今回の任務は北川にとっては実戦の艦を取り戻す為のリハビリのような仕事であり、余り緊張感の無い状態でここまで来ていた。部下には気楽にやれと言っていた。どうせ今のエゥーゴには自分達と戦うほどの力は無いと考えているのだ。
 その北川のところに斉藤から偵察機を出すように指示が来ると、北川は部下3機を1チームとした偵察隊を4つ編成し、12機を正面40度の角度をつけて120度の範囲に放った。

 この時、斉藤艦隊に近付いていたのは月を発ったアナハイム艦隊の方だった。こちらはロンド・ベルと渡り合えるほどの装備優良部隊で、ネモF型やリックディアスUを主力として更に生産されたばかりのネロも装備している。少数ではあるがZUや百式改も装備している。これだけの部隊があるならエゥーゴ艦隊に組み込めよと言われそうだが、これは完全なアナハイムの私設部隊だったのでエゥーゴの指揮系統からは意図的に外されている。
 これがどういう意味を持つのか、ちょっと考えれば直ぐに分かってしまう。エゥーゴがアナハイムを信用していないように、アナハイムもエゥーゴと距離を置きだしたという事だ。





 この連邦、アナハイム、ロンド・ベルの3つ巴の戦いの火蓋は索敵機の投入で切って落とされた。連邦はジムV2機に護衛されたアイザックを4部隊送り出し、アナハイムとエゥーゴはそれぞれEWACネロを3機ずつ放って索敵に勤めている。ただ、この後の動きでアナハイム艦隊は完全に置いていかれてしまった。
 斉藤艦隊とロンド・ベルは索敵機を放った後一斉に進路を変更して韜晦運動に入ったのだが、アナハイム艦隊はこういった動きを見せていなかった。斉藤はここが敵地である事を理解していたし、ブライトにとっては敵が近くに居るのだから当然の動きと言える。だが、アナハイム艦隊の指揮官には敵に位置を掴ませないという事の重要性が理解で来ていなかったらしい。どうもこのアナハイム艦隊の指揮官は1線級の提督では無いらしい。
 この索敵勝負で最初に敵を見つけたのは機材で勝るロンド・ベルだった。EWACネロはまばらにゴミが漂う宙域を航行する5隻の艦隊を見つけたのである。それがノルマンディー級とクラップ級4隻だと知ると、急いで後方に通信を送る。

「連邦艦隊を発見。位置はチャートD504、艦隊からみて左側へ抜けるルートを取っています。数はノルマンディー級1、クラップ級4、MSは不明」

 だが、この通信を送った後いきなり機内に警報が鳴り響いた。それが接近警報である事を悟ると、相手が何であるかさえ確かめずに逃げに入った。この機体にはまともな武装など無く、相手がジムV程度であっても戦う事は出来ないから。
 だが、それは無駄な抵抗だった。EWACネロを見つけたのはゼク・アインだったのだが、それは香里のゼク・アインだったのだ。機体性能ではネロの方が勝っているのだが、このゼク・アインは逃げようとするEWACネロの進路上に巧みに弾を送り込んで行き足を止めてくる。まるでネロの逃げる方向が分かっているかのように。
 そして遂にゼク・アインのマシンガンがEWACネロの機体を捉え、ネロは高価な部品をタダのスクラップへと変えて、ついにコクピットを撃ち抜かれて止めを刺されてしまった。
 香里は爆発を起こさない所から武装はしていなかったようだと考えながら、スクラップ同然の見た事も無い新型偵察MSを両手で確保していた。

「ふうん、多分これ、エゥーゴの新型ね。何となくネモに似てるし」

 落としたEWACネロの残骸を確かめて、それをノルマンディーに曳航し始めた。折角爆発せずに形を保っている機体が手に入ったのだ。持って帰って技術部に引き渡せば何か分かるだろう。

 斉藤艦隊は周辺に索敵機狩りの為にMSを展開させていたのだ。それに早くも1機引っ掛かったのだが、それが未知の新型だという事が事態を複雑にしていた偵察機というのは大抵が量産機を改修したものなので、偵察機にはベースとなった機体が存在する筈なのだ。アイザックのベースはハイザックである。だが、この新型偵察機はこれまで知られていた如何なるエゥーゴMSとも違っていた。機体を分解した整備兵からアナハイム製であるのは間違いないという報告を受けており、これがエゥーゴ機なのはほぼ確実となっている。

「つまり、エゥーゴは新型を出してきたって事か?」

 少し嫌そうに言う北川。楽な仕事のはずだったのに、まさかこんな面倒な事になるとは思っていなかった。

「斉藤大佐、一度戻った方が良いんじゃないですか?」
「何故そう思うのかね、大尉?」
「折角拾った新型です。これをフォスターUに届ける事を優先したほうが良いんじゃないかと」
「ふむ、そうだな」

 確かに折角新型を拿捕したのだ。無理をしてこの船が撃沈されでもしたらそれを届ける事は出来なくなる。元々この任務は敵の警戒線を押す事なので、敵と無理に戦う必要は無いのだから。

「……よし、引き上げよう。ここで敵の接触を受けたのだから、一応の目的は果した。敵艦隊が出てくる前に逃げるとしよう」

 撤退を決断して全軍を後退させようとする斉藤。だが、それは少し遅かった。ミノフスキー粒子の逆探に何かが引っ掛かったのだ。これはミノフスキー粒子を散布した空間で、周辺のミノフスキー粒子の結晶構造が崩れるのを感知する事でそこに何かが進入してきた事を知る索敵システムである。わりと早くに登場しており、1年戦争の頃には既に実用化されていた。これのおかげでレーダーほどではないが、不意討ちを受ける可能性は減った事になる。
 それを聞いた斉藤と北川は顔を見合わせ、直ぐに北川が艦橋を飛び出して行った。この状況で考えられるのは1つだけだ。そう、敵が索敵機の情報に従ってやってきたのだ。

「全艦対空戦闘用意、MSを出すんだ!」

 斉藤の命令を受けて、5隻は戦闘態勢を取った。この辺りの対応の早さが連邦軍の技量の向上振りをよく表していると言えるだろう。秋子がティターンズとの戦いをひたすら防戦に徹しながら黙々と積み重ねさせた訓練がようやく成果を上げてきたのが伺える。

 格納庫に着いた北川は小隊長を集めて作戦を伝えた。

「俺は18機を率いて艦隊上方に居る。美坂は15機を率いて艦隊下方に展開してくれ。残る3個小隊は艦隊直衛に残す」
「それは良いけど、敵が何処から来るか分からないわよ?」

 北川の指示に香里が疑問を口にし、小隊長の幾人かも同感だと頷いている。

「なあに、近くに居るのは分かってるんだ。俺が上から押し込むから、下から頼むぞ香里」
「……はいはい、分かりましたよ隊長さん」

 こんな説明で納得できるわけが無いのだが、香里はそれで引き下がってしまった。よほど北川の作戦を信頼しているのだろう。周囲の小隊長たちが困惑した顔を向け合わせているのを見て、北川は苦笑して全員の顔を見回した。

「心配するな、俺の言う通り動いてくれれば生き残れる。伊達に秋子さんの下で指揮官をやってきてないさ」
「それは、カノンの北川大尉は有名ですから、信用はしていますが……」

 ここに居る者は北川の古参の部下でもなければカノンに居た連中でも無い。だから北川の名声は知っていても、初めてその指揮を受けるとなれば不安にもなってしまう。これに関しては北川でもどうにもならないので、命令に従わせるしかない。彼等にどれだけ不満があろうと、戦場では命令に従わなくてはいけないのだから。好き嫌いの話ではなく、そうしなければ彼等が死ぬ事になる。

 命令を受けて自分の機体へと散っていった小隊長たちを見送った北川は、どうしたものかなと香里を見た。

「昔の奴等はもっと話が分かったんだけどな。そんなに俺って信用無い?」
「ま、北川君は相沢君の陰に隠れて目立たないから、しょうがないんじゃない」
「俺は相沢の引き立て役じゃ無いぞ」
「私たちはみんな知ってるけど、彼等はそうじゃないわよ。文句があるなら実力を見せ付けてやれば良いじゃない」
「簡単に言ってくれるよな」

 渋い表情で苦々しげな声を出す北川。それを聞いた香里は悪戯っぽく笑うと、その背中をトンと叩いた。

「少なくとも、ここに1人は信頼してる部下が居るわよ」
「そりゃありがたいことで」

 まあ、香里は北川にとっては半身とも言えるような補佐役で、彼女が自分の作戦に反対するようだったら北川は自分の作戦を引っ込めるだろう。それくらいに彼は彼女を信頼している。
 北川はヘルメットを小脇に抱えて自分の機体に向おうと1歩を踏み出し、その隣に香里も続いた。

「よし、じゃあ行くか」
「ええ、久々の実戦だわ」

 

 斉藤艦隊を先に見つけたのはアナハイムの艦隊であった。些か距離が有ったが彼等は先に適を見つけれたという利を重視して攻撃隊を繰り出してきた。攻撃隊指揮官はエゥーゴに初期から在籍する1年戦争から戦い続けるベテランのアロイス・バスカット大尉だ。アロイス大尉は戦後にアナハイムにテストパイロットとして就職した元軍人で、今回の内戦で現役復帰している。
 大尉は優れたナビゲーション能力で正確に部隊を連邦艦隊へと誘導してきていた。エゥーゴは先の連邦の大攻勢で古参部隊の大半を失うという大損害を受けており、現在はあの大攻勢後に集められた新兵が中心となっている。まあ、あれ以降大きな戦いを避けて地道に戦力の回復に努めていたので、将兵の技量は実戦レベルになってはいた。

「気をつけろよ、そろそろ敵艦隊が居る宙域だ」

 敵が近い事を部下に知らせ、周囲への警戒を促すアロイス。しかし、返って来たのは了解の返事ではなく、不安そうな質問であった。

「大尉、連邦軍は、どれくらい強いんでしょうか?」
「マルチェンコ軍曹、余計な事は考えるな!」

 質問してきた部下を叱責して黙らせるアロイス。だが、その不安も分からないでは無いと思い直すと、敵の実力を知る限りに教えてやった。

「普通の連中なら我々でも十分に勝てる。連邦軍の技量は全体を見ればそれ程高くは無いからな。ただ、今連邦宇宙軍を指揮しているのは水瀬提督だ。あの御仁は過剰なくらいの訓練好きだから、連邦軍全体の技量は上がってると見たほうが良いだろう」
「では、敵の方が強い?」
「それはやってみないと分からんが、まあまず大丈夫だろう。我々が神に見放されていなければな」

 そう、もしまかり間違ってあの連中が居たら、水瀬提督直属の緊急展開軍、現在は解体されて幾つかの部隊に再編成されたらしいが、あの連中が出てきていたら不味い事になる。そして、その中にもし連邦最強の死神がいたとしたら。
 そこまで考えて、アロイスは頭を振ってその考えを追い出した。敵の数を考えれば奴等に当たる可能性は低い筈であるし、敵が何であれ戦うしかないのだ。今は迷っていても仕方が無い。


 ただ、結果としてアロイスの不安は現実の物となる。現れたのはアロイスが想像した最悪の相手だったのだ。
 それに最初に気付いたのは編隊の上方にいたネモFのパイロットだった。

「隊長、敵機を視認しました。上から来ます!」
「被ってきたか、定石通りだな!」

 ライフルの安全装置を外してネロをそちらへと向ける。だが、攻撃命令を出そうとした瞬間、その声は驚きの声へと変わっていた。敵はこちらの有効射程ギリギリのところで3機小隊で綺麗に散開したからだ。見事、としか言いようの無い動きにアロイスが一瞬見惚れ、慌てて我にかえって部下に指示を出す。

「全機散れ、こいつらは手強い!」

 密集隊形を解いて各個に迎撃させようとしたが、エゥーゴは先手を取られた不利を思い知らされる事になった。散開してエゥーゴMS隊の上にお椀を被せるように展開したゼク・アイン隊がマシンガンを一斉に撃ちまっくてきたのだ。これにネモやリックディアスが何機か食われ、アロイスはたまらず下方に逃げるように指示する。

「下だ。奴等の集中砲火から離れて態勢を立て直す。各小隊長は自分の部下を連れて下に行け!」

 驟雨のような銃撃に押し込まれるように下方へと移動していくエゥーゴMSたち。だが、彼等が逃げた先にはまた別のゼク・アイン隊が待ち構えていたのである。その中には栞が使っているガンダムmk−Xの姿まであった。

「ふふ、狙い通りね」

 それは北川の指示で伏せていた香里率いる別働隊だった。下方を守っていた彼女だったが、北川から連絡を受けてこちらに伏せていたのだ。まさに北川の作戦通りという展開であり、敵はこちらに気づいて明らかに焦っているのが伺える。

「即座に対応できないって事は、向こうもベテランは少ないみたいね」
「お姉ちゃん、撃ちますよ」
「ええ、良いわよ栞」

 それなら楽な勝負でありがたい、と香里は呟いて、全機に銃撃を命じた。上からだけではなく下からの火線にも晒されたエゥーゴ部隊は次々に被弾し、爆発の光の中へと消えていく。こうなってしまうと、もうまともな反撃など望む事も出来ない。更に悪い事に艦隊の艦砲射撃までが飛来するようになり、エゥーゴ部隊は総崩れになってしまった。

「全機、陣形を立て直せ。乱れると損害が増えるだけだぞ!」
「駄目です隊長、どいつもこいつも逃げ腰になってます!」

 それどころか、既に逃げ出している機体までがある。アロイスはもうどうにもならない事を認めて歯軋りして悔しがったが、それで戦線を立て直せるわけでもなく、遂に負けを認めて全機に散開して戦場を離脱するように指示した。こうすれば必ず食われる機体が出るが、生きて戻れる機体も必ず居るからだ。アロイス自身も逃げ道を塞ごうとするゼク・アインと交戦してこれの左腕を破壊し、囲いを突破する事に成功している。
 しかし、大多数はこの囲いを突破できなかった。ネロは性能上ではゼク・アインを凌ぐ高性能機なのだが、包囲された上に僚機との連携も取れないでは集団戦を仕掛けてくる北川に勝つことは出来ない。その高性能を生かす事も出来ずにマシンガンに撃ち砕かれる機体が続出していた。

 敵の数が半数くらいになったのを見て、北川は敵に降伏を勧告しようかと考えていた。もう勝負は付いている。向こうも既に戦意など残ってはいないだろうと考えたのだ。だから全機に攻撃中止を命令しようとしたのだが、それを遮るようにノルマンディーから通信が飛んできた。

「北川大尉、新手が来たぞ。数は20機ほどだ!」
「新手、今頃?」

 すでに目の前の部隊は壊滅している。なのに今頃増援が来たというのだろうか。20機ほどなら各個撃破の見本にしてやろうかと北川は考えていたのだが、その考えはいきなり修正を余儀なくされる。
 ネモやリックディアス、ネロを包囲していたゼク・アイン隊の一角が、いきなり遠距離から飛来した強力なビームによって崩されてしまったのだ。戦艦の艦砲と同等かそれ以上の思われるビームが包囲網に3連射され、直撃こそしなかったもののゼク・アイン隊の陣形は崩されてしまった。

「何だ、艦隊なのか!?」

 MSと聞かされていたが、戦艦がいたのだろうか。それともメガバズーカランチャーか?と北川が考えていると、またビームが飛来して遂に1機が食われてしまう。

「くそっ、全機散開、新手を迎撃する!」

 これ以上包囲陣形に拘っているとこちらの犠牲も無視できない物になると判断した北川は、全機を散開させて砲撃の的を絞らせない手に出た。おかげでそれ以上の被害は出なかったが、陣形を解いて散会してしまたので残りの敵を取り逃す結果となってしまう。それを見て北川は攻撃を強化して全滅させるべきだったと自分の甘さを悔やんでいた。


 しかし、直ぐに北川はそんな後悔などしていられなくなる事態に直面する事となった。部隊に迎撃態勢を取らせて敵を迎え撃つ態勢を取ったのだが、やってきた敵部隊を見た北川は唖然としてしまったのだ。敵には先の新型機を主力に、見た事も無いガンダムタイプが4機も居る。そのうち3機は異常とさえ言えるような巨大な大砲を担いでおり、先程の砲撃はこの3機の仕業だと推測できる。

「何だこいつらは。エゥーゴはこんな物まで開発してたのかよ」
「北川君、あれ見て!」

 敵部隊の戦闘に立つ新型の胸に描かれたパーソナルマーク。それに香里は、そして北川も見覚えがあったのだ。そう、あれはかつての戦友がつけていたマークだ。

「あれは、アムロのペガサスか?」
「間違いないわね。最悪の相手だわ」

 敵はあの白い悪魔だ。アムロと戦えるのはサイレンでも片手で数えるほどしか居なかった。その数少ない面子であるあゆはここには居ない。シアンは地球に居るからどうしようもない。北川は流石に頭を抱えたくなってしまった。

「だああ、ここに居るのが斉藤艦長じゃなくてみさきさんだったらあ!?」
「……北川君、いきなり泣き事言わないでよ」

 対峙する22機のロンド・ベル隊と29機にまで減っている北川隊。今、第2ラウンドの幕が上がろうとしていた。



機体解説

FA−010B フルアーマーZZガンダム(FAZZ)
兵装 ダブルビームライフル
   ビームキャノン兼用ハイパービームサーベル×2
   ハイパーメガランチャー
   スプレーミサイルランチャー
   ミサイルポッド×2
   頭部60mmバルカン×2
 <解説>
 ZZの先行試作機で、変形機構はオミットされている。ZZを象徴するようなハイメガ砲はダミーが付いているだけだが、主砲であるハ
イパーメガランチャーがそれを補い、圧倒的な火力を与えている。基本性能はZZと互角という物凄い機体。


MSA−007 ネロ
兵装 ビームライフル
   ビームサーベル×2
   頭部60mmバルカン×2
   シールド
<解説>
 ガンダム系超高性能機を開発の成果として生まれたジム系に属する高級量産機。性能ではティターンズのグーファーを除けば最高を誇り、グーファーに生産性で勝っている。エゥーゴはネモに変わる新たな主力機として期待をかけているが、余りの高性能に逆に錬度の低い兵士には扱い辛い機体となってしまった。
 この時代においては間違いなく最強の量産機の1つに数えられる名機であるが、実用性ではゼク・アインなどのライバルに負けていた。



後書き

ジム改 ネロが遂に登場、エゥーゴのMSも世代交代が始まったぞ。
栞   強いのか弱いのか分かりませんね。
ジム改 大丈夫だ、アムロのZZは無茶苦茶強い。
栞   そっちは反則です。勝てるんですか?
ジム改 一応、アムロでも同格の機体だったら北川と香里同時には相手できないぞ。
栞   ここに祐一さんがいたら、久々のゴールデンコンビでしたがね。
ジム改 まあ、北川と香里のブロンズコンビに頑張ってもらうさ。
栞   あれ、じゃあシルバーコンビは誰なんです?
ジム改 浩平と瑞佳。
栞   瑞佳さんの方がかなり強いような気が。
ジム改 まあ、サシでアムロとなんとか戦えるからな。
栞   んで、次回はどうなるんです?
ジム改 次回は珍しくアムロと北川の対決だ。それでは次回、激突するアムロと北川、技量で勝る連邦を、エゥーゴは機体性能で上回ってみせる。決定打を欠く北川たちは徐々に追い詰められていくが、その時ZZに異変が。次回、「白い悪魔」でお会いしましょう。