第60章  白い悪魔



 質に勝るエゥーゴと数に勝る連邦。この構図はいつもの物であったが、対峙していたアムロと北川たちは互いに警戒心を露にしていた。北川たちにしてみればアムロは手に負えない最強の敵であり、アムロにしてみれば北川は最悪の指揮官だし、美坂姉妹は元サイレンの同僚で侮れるような相手ではない。
 ただ、この勝負は北川たちの方が有利だった。数では連邦の方が勝っているので、その気になれば北川たちは3人がかりでアムロを袋叩きにする事が可能なのだ。幾らアムロでもこの3人を同時に相手取るのは流石に分が悪すぎる。
 対峙したまま双方とも中々動こうとはしない。そんな中で、ロンド・ベルのレッテンディアスのパイロット、カツ・コバヤシがアムロに話しかけた。

「アムロ、どうするのさ。このままただ睨みあってるだけなの?」
「カツ、相手が並大抵の連中じゃないんだ。このまま艦隊が来るのを待った方が良い」
「何言ってるのさ。向こうも動けないなら、先制して数を減らすべきだろ!」
「カツ、先走るな!」

 アムロが制止するが、それは間に合わなかった。飛び出したレッテンディアスはクレイバズーカを北川のゼク・アインに向けてトリガーを引いたのだ。勿論そんな攻撃を食らうような北川ではないのだが、その一撃がこう着状態を打ち破ったのは確かだった。

「美坂、栞ちゃん、悪いけどアムロの相手を頼む!」
「ちょっと、本気で言ってるの!?」

 アムロを任せると言われた香里が流石に焦った声を上げる。連邦の白い悪魔として恐れられているアムロを相手取れなどと、無茶も良いところだ。しかし、北川は香里の抗議を受け入れる事は無かった。

「無茶は承知だよ。でも、他の奴じゃ束になってもアムロは押さえられない!」
「それはそうだけど……」
「腕利きを3機預ける。何とか頑張ってくれ。俺も手が空いたら応援に行くから」

 そう言って北川は向ってきたネロめがけてマシンガンを数射してこれに回避運動をさせ、動き先を読んで弾を送り込みこれの右足を吹き飛ばした。これで動きが鈍った所に更に弾を送り込んで破壊してしまう。それは傍で見た香里や栞ですら背中が寒くなってくるほどの射撃センスであった。北川との近距離射撃戦闘はシアンたちサイレンでさえ二の足を踏む程の危険を伴う。祐一なども格闘戦ではシアンや舞とさえ互角とは言わないが渡り合えるほどの強さを見せるのだ。
 元サイレンであるアムロも北川の強さは知っているので、北川を暴れ回らせるわけにはいかないとこれの正面に回りこみ、これに気付いた北川が舌打ちしながら牽制射撃を加えてくる。それを急旋回で回避したアムロがダブルビームライフルでゼク・アインを撃とうとしたのだが、不意に感じた悪寒に慌てて機体を走らせると、それまでいた場所を銃火が貫いていった。

「くっ、この感じ、香里だな!」

 自分を狙ってきたゼク・アインから感じるプレッシャーに覚えがあるアムロは忌々しそうに毒づく。香里はアムロと比べれば弱いパイロットだが、シアンに認められてサイレンに加えられたエースである。その技量はアムロの知る限り超一流で、恐らくはファマス戦役の頃より腕を上げているだろう。暫く後方に居た自分とは違い、北川も香里も地上でずっと戦い続けていたのだから。

 そして栞は、何故かリックディアスに似た、だが色々とゴテゴテパーツが追加された奇妙なMSを相手にしていた。しかし、自分の前を飛び回るリックディアスモドキ、レッテンディアスをじっくりと観察した栞の感想は、ある意味彼女らしい感想を口にした。

「何だか、不細工なMSですね」

 どうやらレッテンディアスは彼女の美意識には馴染まなかったようだ。だが、その性能は凄かった。リックディアスどころかリックディアスUさえ凌ぐと思われる運動性はガンダムmk−Xを使う栞から見てもたいした物に思える。だが使っている武器はリックディアス系におなじみのクレイバズーカのようであり、最初栞はこの機体をリックディアス系の単なる改良型としか思わなかった。
 だが、その安易な予想は直ぐに裏切られる事になる。自分の射撃を余裕を持って回避している敵に、カツは苛立ちを隠さずに感情に任せて切り札を出したからだ。

「ば、馬鹿にするなよ。僕だって訓練を積んできたんだ!」

 レッテンディアスのバックパックから1基のインコムが発射され、それを見た栞が驚きの声を上げる。

「インコム。エゥーゴも開発してたんですか!?」

 簡易サイコミュは連邦の専売特許とも言える技術だ。ガンダムmk−Wで実用化され、mk−Xで完成したこの非NTでも扱えるサイコミュ兵器は、ティターンズやエゥーゴにとって凄まじい脅威となった。ただ、祐一のようなベテランであっても使いこなせないパイロットは多く、簡易サイコミュといえども使いこなすにはNTほどではなくともある程度の空間認識能力が要求される事が分かっている。ただ、連邦軍は多くのパイロットを抱えている為、適性検査を行う事でインコムを扱う能力を持つパイロットをそろえる事は出来た。
 パイロットが揃えば機体の配備も進む。現在こそ高コストなガンダムmk−Xであるが、現在開発が進められている新型量産機が出てくれば配備数も一気に増える筈だ。

「エゥーゴのが量産型では一歩上を行ってたんでしょうかね。それともあれはただの試作機ですか?」

 レッテンディアスの攻撃を回避しながら栞は首を捻っていた。インコムを投入してきた事は確かに驚きなのだが、それだけに思えるのだ。運動性も優れてるが、周囲に居る新型の量産型、ネロに較べて特に優れているようには見えないし、火力もリックディアスと同じではたいした物ではない。これはひょっとして実用機ではなく、研究機か何かではないのかと栞は思い始めていた。

 一方、カツは自分を相手にまるで遊んでいるかのような動きを見せるmk−Xに怒っていた。自分の放つインコムの射撃を軽々と回避し、クレイバズーカの弾など相手にしていないかのような余裕を持った動きに、舐められていると感じていたのだ。

「このお、馬鹿にするなよ!」

 クレイバズーカだけでは埒があかないと考え、左手のビーム砲まで発射し始めた。レッテンディアスの両腕は有線ビーム砲でもあるのだ。これは栞の意表を突くことは出来たが、栞を慌てさせる事は出来なかった。それを見たカツはますますいきり立って攻撃を加え続けているが、それは栞に限界を教える効果しかない。1年戦争とファマス戦役を戦った栞はカツなど比較しようも無いほどのベテランなのだから。

「反応は良いですが、動きが新米ですね」

 ただ闇雲に突っ掛かってくるだけの相手に栞はたいしたパイロットではないと判断していた。機体が幾ら良くても、パイロットが3流では宝の持ち腐れでしかない。エゥーゴの弱体化振りもここまで来たかと思いながら、栞はインコム2基を起動させた。

「教えてあげますよ、インコムっていうのは、こう使うんです!」

 放たれた2基のインコムがレッテンディアスの左右から迫る。それを見たカツは動揺して動きを止めて片方を頭部のバルカンで撃ちまくったが、流石にインコムのように小さな目標に当てるのは容易ではない。逆にインコムから放たれたビームがレッテンディアスのスカートに命中し、ここの装甲を吹き飛ばしてしまった。

「うわあっ!」

 インコムはネオジオンが投入してくるキュベレイの持つファンネルがレーザー砲であるのに対し、ビームガンが搭載されているので破壊力ではファンネルにやや勝る。ただし動ける範囲は著しく限定されるのだが。
 インコムの攻撃を受けて吹き飛ばされた所に栞が容赦なくビームライフルを叩き込む。それは狙い過たずレッテンディアスの胸部装甲を捕らえて爆発させたのだが、驚いた事にレッテンディアスは大きな被害を出しながらも爆発する事は無かった。

「ビームライフルの直撃に耐えた。何て装甲ですか!?」

 まさかそんな事がと栞が目を見開いて驚いているが、これはエゥーゴMSが装備するようになりだした対ビームコーティング技術の賜物だった。メガ粒子砲に限らず荷電粒子砲は粒子密度が濃いと減衰して射程と威力が極端に落ちる。地上ではビーム兵器は射程が短く、周囲の空気の流れや地磁気で偏向され易いのでビーム兵器を嫌うパイロットも多い。
 対ビームコーティングとは塗布されたビーム撹乱塗料の事で、塗布された面にビームが着弾する寸前で高熱により気化し、ビームを減衰させる効果がある。これによって威力を低下させてしまうというお手軽なビーム防御だ。
 これは他勢力でも研究がされているのだが、エゥーゴは一歩抜きん出ている分野である。現在はZZなどの一部の機体に使われているだけだが、将来的には量産機にも使われるようになるだろう。

 九死に一生を得たカツは急いでmk−Xから離れようとしたのだが、栞は逃がすまいと距離を詰めようとしてくる。だが、mk−Xの進路を塞ぐようにアムロのZZが割り込んできたため、栞は慌てて距離を取り直した。アムロを相手にしたら自分など簡単に撃破されてしまうからだ。
 栞からカツを救ったアムロは、カツに怒り混じりの声をかけた。

「カツ、その機体じゃそれ以上は戦えない。早くさがれ!」
「ア、 アムロ……」
「これは命令だぞ、カツッ!」

 勝手に戦端を開いて勝手にやられていれば世話は無い。そんな怒りを込めたアムロの命令に、カツは力なく頷いて機体を翻し、艦隊の方へと戻って行く。それを見たアムロは近くにいたネロにカツの護衛をするように言いつけると、自分の前に集ってきた北川と香里、栞を見据えた。

「結局、こうなるか。出来ればご免蒙りたい展開だったんだがなあ」

 この3人を相手にしたら、幾らZZを使っていても何処まで戦えるか。だが他に任せられる人間も居ないので、アムロは勝てないと分かっている戦いをしなくてはいけなかったのだ。






 この時、ロンド・ベルと斉藤隊の激突を知った連邦とエゥーゴはそれぞれに援軍を出していた。グラナダからはアーガマ級1隻、サラミス4隻を中心とする艦隊が出動しており、コンペイトウからはマゼラン級2隻、リアンダー級6隻、駆逐艦8隻が出動している。この辺りの動員兵力に両者の差が見て取れるが、必死なのはエゥーゴであった。
 この時グラナダから出撃した部隊を率いていたのはグラナダ駐留艦隊の司令官を務めているヤング准将だった。アイリッシュ級戦艦カルデラに座乗し、交戦宙域へと急行している。

「しかし、まさかブライトたちが苦戦しているとはな。敵はノルマンディー級を含む艦隊だったな?」
「そのはずですが……」
「となると、相手は川名みさきか斉藤だな、厄介な」

 2人ともファマス戦役で名を馳せた名将だ。しかし、ロンド・ベルもかなり強力な編成の筈なのだが、何故に援軍を求めるほど苦戦しているのだろうかと思ってしまう。ロンド・ベルは最新鋭機が大量にあるはずなのに。

「まあ、今考えても仕方が無いか。とにかく急いで向うぞ」
「はっ」

 部下が元気良く返事を返すのを聞きながらヤングは指揮官席からじっと正面の宙域を見据えて、ふとある事に思い当たった。

「もしかして、またZZが壊れたのか?」

 試作機の頃から何度も壊れては開発スタッフを泣かせてきたZZである壊れたのだとしても不思議はあるまい。それでもしアムロが戦えなくなったのだとすれば苦戦もありえるのかもしれない。
 だが、ブレックスがあれだけの意気込みで送り出したロンド・ベルがいきなりこんな目に会うとは、あの艦隊には疫病神でも居るんじゃないのかとヤングは少し心配してしまっていた。


 そして連邦サイドでも斉藤の苦戦は予想外の物であった。斉藤は歴戦の指揮官であり、引き際は心得ているはずだからだ。その斉藤が敵に掴まり、いまだに振り切れないでいるというのが連邦側には予想外の事だったのだ。
 コンペイトウに居るクライフは援軍を派遣しながらも、エゥーゴがどれだけの部隊をぶつけてきたのかが気になって仕方が無かった。

「斉藤の報告では最初に30機ほどのMS部隊が来て、その後に20機ほどの部隊がやってきたという事だったな」
「はい、総数で50機以上の攻撃隊です。敵艦隊の戦力は斉藤艦隊の倍は居るのではないかと」

 斉藤艦隊は40機ほどのMSを持っている筈だが、敵は攻撃隊に50機以上を投入してきた。常識で考えれば艦隊の防空用にそれなりの数を残している筈だから、敵の保有数は80機くらいになるだろう。幾ら斉藤でも分の悪い勝負となる筈だ。
 まさかエゥーゴの内部対立で2つの部隊が別々に動いた結果、偶然波状攻撃の形になったなどとは思うはずも無く、クライフは敵が大部隊なのだと考えている。

「80機のMSを運用できる艦隊か。エゥーゴにそれだけの部隊を運用できるだけの力が残っていたとはな」
「MSも新型で編成されていたそうです。どうも、上はエゥーゴの回復力を見縊っていたのではないでしょうか?」
「そうかもしれんな。秋子さんといえど、読み違えはするという事だ」

 部下の返事に頷いて、クライフは戦場となっているであろう宙域を見据えた。送り出したのはかなりの大部隊なので間に合えば敵を蹴散らしてくれるだろう。だが、間に合うのだろうか。

「まあ、斉藤のことだ。何時までも戦闘を継続するような事は無いだろう」

 ファマス戦役で散々苦しめられた斉藤の手腕を知っているだけに、クライフはこの問題をそれ程気に病んではいなかった。斉藤なら上手く切り抜ける、そう考えていたのだ。






 ロンド・ベル艦隊が逃げる斉藤艦隊に追いつき、ついに砲戦距離に達して砲戦を開始した。ネェル・アーガマ級とアイリッシュ級各1隻、グラース級6隻が一斉に砲門を開き、ビームとミサイルがノルマンディーとクラップ級4隻に襲い掛かる。これに対して斉藤は無理な砲戦を避け、ひたすら逃げようとしていた。流石にこれでは撃ち合っても勝つのは難しい。

「まともに撃ち合うな。こちらの方が足は速いから、振り切るぞ。信号弾を上げて北川大尉に撤退の指示を出せ!」

 ノルマンディーの艦橋で焦りを見せながら指示を出す斉藤。北川たちを待とうとここに留まっていた為に敵艦隊に追いつかれてしまった。これ以上留まる事は出来ない。北川には多少の無理をしてでも退いて貰わなくてはならなかった。

「ノルマンディーの砲撃を敵旗艦に集中しろ。あれの動きが鈍れば敵の追い足も鈍る!」

 斉藤の命令を受けてノルマンディーの砲撃がネェル・アーガマに集中される。ファマス戦役時代に建造された、この時代ではやや旧型に属するノルマンディー級であるが、その砲力は連邦のバーミンガム級と並んで最強を誇っている。これは連邦のラーカイラム級、ティターンズのドゴス・ギア級とリーフのアクアプラス級そしてエゥーゴのネェル・アーガマ級やネオジオンのサダラーン級といった新鋭戦艦が登場しても、その絶大な戦闘能力は揺らいでいない。ただ、所詮はファマス戦役時代の艦なので第3世代、第4世代の大型で複雑なMSを運用できるような設備は無く、これらを運用することは出来ない。

 ノルマンディーの砲火を集中されたネェル・アーガマは大変な事になっていた。砲力で差があるので断続した砲撃がネェル・アーガマに飛来し、これを防ぐ為に防御スクリーンを展開し続けた為、反撃が出来ずに追い込まれていた。

「これじゃ嬲り殺しにされる。対ビーム榴散弾を使いつつ艦を後退させろ!」

 この砲撃に耐えかねたブライトが命令を出したが、相手の砲撃が激しすぎてそれも思うに任せない。旗艦の窮地を見て他の艦がノルマンディーを砲撃しているのだが、ノルマンディーは巨体に似合わぬ軽快な回避運動で不断に位置を変え続けており、容易に直撃が出せないで居る。
 このノルマンディーの高い機動性にエゥーゴ艦の艦長たちは我が目を疑っていた。ラーカイラム級などの500メートル級戦艦に較べれば一回り小さいが、それでも十分大型に分類されるノルマンディーがまるで巡洋艦のように軽やかに動いているのだ。一体あの艦はどういう性能をしているのだ。

「ふざけるな、あの巨体で、何であんなふうに動けるんだ!?」

 グラース級の艦長がそう怒鳴った。下手をすれば自分の艦より機動性が上ではないのかと思えるような動きをしている。戦艦がどうしてあんな動きをするのだと怒鳴りたくなるのも当然だろう。
 だが、これがノルマンディー級の恐ろしさだ。ノルマンディー級はファマス戦役において幾度と無くMS隊を率いて戦場を駆け抜けてきた殊勲艦で、ムサイやサラミスを率いて連邦の大艦隊を引っ掻き回してきたのだから。ファマス製の兵器は連邦製より数年先を行っている、というのは誇張ではないのだ。
 
 だが、感心しているエゥーゴ艦長たちのことなど知る由も無い斉藤は、とにかく必死に操艦を続けていたノルマンディーの機動性を身体で覚えている斉藤だからこそここまでの動きをさせられるのだが、流石にこれだけの砲火を集中されては疲れてくる。

「艦長、これ以上は無理なのでは?」
「黙っていろ副長、気が散る!」

 鬼気迫る形相で命令を出し続ける斉藤。それを見て副長は言っても無駄だと判断し、艦の被弾箇所への対処指示を出し始めた。副長とは艦長の補佐がお仕事なのだから。






 そしてMS戦はというと、こちらはアムロが押さえ込まれたことでエゥーゴが徐々に追い込まれ出していた。ロンド・ベルもケーラ中尉率いる増援を繰り出したのだが、斉藤も直衛機まで送り出しての迎撃戦を展開し、消耗戦の様相を呈した為だ。ただ、ここで問題になったのがエゥーゴ側の可変機であった。彼等も戦闘で消耗して母艦に補給に戻ったりしているのだが、一度戻ったZUやFAZZは2度と戦場に戻ってはこなかったのである。可変機や第4世代MSの稼働率が如何に悪いかを示す好例と言えただろう。
 ただ、MS隊の技量は平均的に連邦側が上のはずで、数も勝っているにも拘らずネロ隊はゼク・アイン隊を相手に戦えている。これはネロの性能がゼク・アインを上回っているという事を意味していた。
 戻ってこない高級機のツケはネロ隊が支払わされる事となる。技量そのものは北川の部下達の方が勝っていた為、ネロ隊は確実にすり減らされてしまったのだ。クリスタル・スノ−も幾人か混じっている北川隊に押されるエゥーゴ部隊は、遂に艦隊の方へと退き始めている。

「勝手に退くな、態勢を立て直せ!」

 まだ中尉に昇格したばかりのケーラが必死に叫ぶが、一度崩れたら立て直すのは容易ではない。経験の浅いケーラにはそれは無理な注文であったろう。部下が崩れたのを見たアムロも流石にこれ以上は無理かと考えていた。

「カミーユを連れてくるべきだったな。俺だけじゃ無理か」

 ハイパービームサーベルで栞が使っていたインコムの2基目のワイヤーを切断し、mk−Xのインコムを無力化して僅かに後退する。既にZZの機体には多数の弾痕が刻まれ、幾度も直撃を受けたのが伺える。対する北川や香里のゼク・アインは四肢が欠けているのだから向こうの方がダメージが大きいのだが、ZZはもう限界だった。エネルギー消費の激しさも問題だったが、それ以上に機体各所からくる警報が凄い事になっている。右足などは故障して動かなくなっているくらいだ。

「まだテストが必要だったな。まあ、右足に食らったマシンガンの弾のせいかもしれないんだが」

 北川の射撃はアムロでさえ忌々しくなるほどに正確に飛んでくる。普通、正確な射撃というものは読み易いという面があるのだが、北川のそれは読めても全てを回避しきれない。何しろ向こうもこちらの回避運動を読みきって先読み射撃をしてくるので、巧みに回避したつもりでも何発か貰ってしまうのだ。
 更に悪い事にバックパックの動きもおかしい。推進器が幾つか止まったようで、先ほどから思ったような動きが出来ないでいる。ついでに言うなら被弾の影響でフレームに歪みが出たようで変形機構もいかれてしまった。まったく、これだから複雑すぎる機械はとアムロが愚痴っている。
 これ以上戦うとZZを破壊されかねないと考えたアムロは撤退の動きを見せたのだが、直ぐにそれを見抜いた香里によって邪魔されそうになった。アムロがそれに反撃を加えようとしたのだが、それは第3者の介入によって止められてしまった。
 香里のゼク・アインが抜いたビームサーベルがZZの装甲を抉るよりも速く、割り込んできた金色の機体がビームサーベルでそれを受け止めたのだ。

「なっ、百式!?」

 慌ててビームサーベルを引いて距離を取る香里。それを何故か百式改は追撃してこず、ZZの側面をカバーするように佇んでいる。その右肩に描かれているマーキングはウサギと西洋剣という、なんともアンバランスな組み合わせのマークである。だが、これは香里たちにとっては馴染み深いマークであった。

「か、川澄さん……」

 ごくり、と香里が喉を鳴らして生唾を飲み込む。接近戦においてはシアンと同等とまで言われる、エゥーゴでも最強のパイロットの1人で、自分の友人の中でも最強レベルのパイロットが目の前に居る。
 舞の百式改の介入で北川と栞も手を出すのを止めた。アムロだけでも大変なのに、舞まで加わっては勝ち目が無いからだ。
 だが、舞は北川たちに手を出そうとはせずアムロに後退するように告げた。

「……アムロ、ここは退いて」
「舞、お前どうしてここに?」
「私たちが相手したティターンズがたいしたこと無かったから、ヘンケン艦長にこっちの応援に回れって言われてきた」

 見ればネモやリックディアスが戦闘に加わっている。ただ、彼等はネロ隊を連邦から引き離そうとしているようだ。

「舞、どういう事だ?」
「……戦闘を終わらせる」
「終わらせるって、お前等が来たなら勝てるだろう?」

 舞たちが駆けつけたなら戦力差は逆転してこちらが有利になったはずだ。後はこのまま押し切れる筈だというアムロの口を、舞はピシャリと遮った。

「多分、ううん、間違いなく連邦は援軍を出してきてる。ここは月よりもコンペイトウに近いから、直ぐに敵も増援が到着する」
「こちらにだって、援軍は来てるはずだ」
「……連邦より多いとおもうの?」

 そう聞かれてはアムロも黙るしかない。数に関してはどう足掻いてもエゥーゴは連邦には及ばないのだから。だが、それでもこの状況で退くのはおかしい。アムロは舞が考えている事を察し、それを口にしてしまった。

「舞、お前まさか、北川たちと戦うのが嫌だから止めてるのか?」
「……そう思う?」
「舞、それは流石に……」
「公私混同は分かってる。でもアムロ、祐一たちは敵なの?」
「それは……」

 舞の問い掛けに、アムロは反論できなかった。アムロもファマス戦役終盤ではカノン隊に加わっていたので、北川たちとは顔なじみなのだ。戦後も幾度か顔を合わせたこともあり、仕事の関係で助けてもらった事もあった。そんな事もあって、アムロも彼等を敵とは思っていなかったのだ。
 だが、敵味方に分かれた以上は戦わなくてはいけない。それは舞も分かっていた筈で、開戦後暫くは大親友の佐祐理にさえ銃を向けて戦っていた。だが、それはエゥーゴの、いやアナハイムの変節によって大きく揺らぐ事になってしまう。それはアムロも同じであり、常に忸怩たる想いを抱えて戦い続けてきたのだ。

「アムロ、ここは退いて」
「…………」

 舞の説得を受けて、アムロは仕方なく後退していった。どうせ機体もがたがたなのだから戦闘継続も難しい。
 アムロが後退した頃には連邦とエゥーゴのMS隊の距離も開いていた。舞も北川たちとにらみ合いを続けるだけでぶつかりあう様子は無い。斉藤艦隊とロンド・ベルも被弾機の収容をしながら距離をとっているので、戦いはこれで終わりのようだ。暫く警戒していた北川も撃ってくる様子が無いのを見て、香里と共に部隊の掌握のために移動していき、その場には栞と舞だけが残されている。
 1人残った栞は、何を思ってか舞に通信で話しかけてみた。

「舞さん、お久しぶりです」
「……栞」
「あの、舞さんは何しに来たんですか? 私たちとアムロさんの戦いを止めたように見えたんですけど?」
「…………」

 栞の問いに、舞は答えなかった。栞の言うとおり戦いを止めに来たのだが、その理由が連邦と戦うのは間違ってるという今の舞の考えからだなどとは流石に言えないからだ。
 だが、栞は舞の内心を察してくれたのか、それ以上は聞いてこなかった。代わりに舞に別のことを聞いてくる。

「舞さん、何か、祐一さんたちに伝言とかは無いですか?」
「伝言?」
「はい、何でも良いですよ。私がちゃんと伝えますから」

 通信モニターの先でニッコリと笑う栞に、舞は微笑を浮かべて少し考え、浮かんできた言葉をそのまま栞に伝えた。

「……暖かかった、カノン隊の頃が懐かしい」

 それが、舞の心からの言葉だった。あの頃は秋子の元で、シアンの指揮を受けて迷う事無く戦う事ができたものだ。自分達が正義だなどとは思っていなかったが、それでもあの頃は気持ちよく戦っていられた。何時死ぬか分からないような激戦の連続であったが、不思議と自分が死ぬとは思わなかった。
 あの頃に戻りたい、それが舞の偽らざる心だった。大勢の信頼できる仲間に囲まれて、信じられる司令官の元で未来を信じていられたあの頃に。

 それだけを言い残して、舞は通信をきると自分もエゥーゴ部隊を追って戻っていってしまった。それを見送った栞は、舞はこちらに戻りたがっているのだという事を知って複雑な思いに捉われてしまっていた。

「舞さん……」

 舞は今や連邦の敵で、エゥーゴにとっては最も重要な人材の1人になる。当然彼女によって受けた被害は馬鹿にならず、連邦に戻ってきても白い目で見られる事だろう。だけど、戻ってきてくれるなら戻ってきて欲しいと、栞は思っていた。彼女にとって舞は敵であったが、憎むような相手ではなかったから。

「秋子さんに、ちゃんと伝えますよ。舞さん」

 秋子に言えばきっと何とかしてくれる。栞はそう思って、舞がこちらに戻りたがっていることを秋子に伝えようと固く誓ったのだった。これが後にエゥーゴに楔を打ち込む事となる。






 連邦とエゥーゴの遭遇戦はこうして終結した。エゥーゴは大きな被害を出したものの、新型MSの性能テストが出来たという点でこの戦いを評価していた。ただ、ZZガンダムにはまだまだ改善の余地が大きいという評価が出され、特に機体構造の脆弱さが指摘されている。これに関してはアナハイム内で新型のなんらかの追加装備の開発が行われる事となった。
FAZZ、ネロに関しては概ね良好な評価が得られた。特にネロはゼク・アインに対して互角以上の勝負を見せており、これまでこれに苦戦を強いられてきたエゥーゴとしてはネロが性能でゼク・アインに優位に立つという確証が得られた事になる。ただ、ややコストが高すぎるので数を揃える面で問題があったのだが。FAZZは元々ZZの増加試作機を改修しただけのリサイクル機なので、支援機としての性能が満たせていれば他の事は問題視されなかった。


だが、アナハイムは今回の戦闘にかなり大きな衝撃を受ける事となる。それはアナハイムが期待を込めて放った私兵部隊が連邦軍に歯が立たなかったためだ。ブレックス主導のエゥーゴ部隊に見切りを付けているアナハイムとしては新たな実戦部隊の実力を測る意味もあっただけに、新鋭機を与えられてこのザマかという落胆があったのだ。
もっとも、アナハイムの手元に居るのはブレックスの部下達に較べると質が落ちるので、斉藤たちとぶつかったのは運が悪かったとも言えるのだが。
この報告を受けたメラニーは苦虫を噛み潰したようなしかめっ面になり、幹部たちの前でこの醜態をあげつらっていた。

「同数で歯が立たぬとは、これではエゥーゴの代わりにはならん!」
「ですがメラニー会長、どうされるというのですか?」

 ウォン・リーがメラニーに質問をぶつける。私兵が頼りにならないのなら、当面はブレックスに協力を求めるしかない。

「……新型の開発はどうなっているかね?」
「はあ、ネロの改良などでまだ開発チームが拘束されておりますが、時期主力機の開発は始まっています。ジム系にネロの設計も加えた新型と、ガンダムmk−Uの設計を発展させた機体の2つが進められていますが」
「バージムはどうだ?」
「未だに上手くいっていません。入手したバーザムの設計図が完全では無かったせいでしょうが」

 新型量産機の開発で遅れを取ったエゥーゴはティターンズが使っている高性能量産機、バーザムの設計データを非合法な手段で入手し、これを元にエゥーゴ版バーザムを作ろうとしたのだ。バーザムは量産性と性能のバランスで非常に優れており、一時はゼク・アインを除けば地球圏で最強の量産機であった。これを量産できればMSの性能で追いつけると考えたのだが、入手した図面が不完全だった為に目標性能を達成できないでいる。
 複数の高級試作機を並列開発したエゥーゴは量産型の開発で後れを取ってしまい、ティターンズがスティンガーやグーファーを、連邦がストライカーを実戦投入してもまだネロから試作を外せないでいる。今回交戦したネロは全て増加試作機と初期ロットの機体なのだ。ネオジオンでさえザクVとバウの開発競争からザクVを採用して量産型が出てきている。

「このままでは、我々は確実に負けるな」
「エゥーゴが我々を見限る可能性もありますな。そうなれば、連邦は直ぐにでも月面を制圧するでしょう」
「……ネオジオンと一層の協力を進める必要がありますな。ティターンズとのパイプもまだ生きておりますし」
「企業存続の道を探るべきでしょうな。負けるのは仕方が無いにしても、より良い負け方をしなくては」
「左様、このまま連邦に下ればアナハイムを含む月企業体は解体されてしまいます」
「来栖川とも話をして見ましょう。お互いに利害の一致する分野もあるはず」

 生き残りをかけてアナハイムはエゥーゴとは別の方向へ舵を切った。ただ、ティターンズの指導者であるジャミトフとアナハイムの会長であるメラニーは思想的にソリが合わないので、アナハイムとティターンズが本気で手を組むのは困難である。

 戦いを続ける4つの勢力中で、最初に脱落しそうなエゥーゴは、アナハイムと実戦部隊に分裂しての消滅という事態を迎えようとしていた。




 このエゥーゴの分裂という情勢下で、宇宙を震撼させるようなイベントがフォスターUで起きた。ようやく再建を終えたフォスターUと宇宙艦隊が秋子の元で観艦式を挙行したのである。それは、連邦宇宙軍の復活を内外に知らしめるイベントであった。



後書き

ジム改 ロンド・ベル隊の初陣は終わりました。
栞   ふ、カツ君では私の相手は無理ですよ。
ジム改 カツに勝ってもなあ。
栞   はい、実は全然威張ってる気がしません。
ジム改 今回はエゥーゴ側のお披露目みたいなもんだったな。
栞   アムロさん強すぎです。私たち3人を相手に戦えるってどういう人ですか?
ジム改 ZZもボロボロにされたけど。
栞   これからもこんな人を相手に戦わないといけないなんて憂鬱ですよ。
ジム改 まあ、ZZも格が違うかなら。
栞   それで、次回は再建が終わった連邦艦隊ですか。
ジム改 うむ、やっと連邦軍の艦隊が動ける時が来た。カノンも旗艦任務に戻れるぞ。
栞   因みに、どれくらい居るんですか?
ジム改 秘密。それでは次回、「観艦式」でお会いしましょう。