第62章  ワルシャワの嵐


 

 アフリカとユーラシア大陸中央から叩き出された連邦軍はヨーロッパに集結し、反撃の準備を整えていた。戦闘正面が減った事で大軍を狭い地域に集中させる事が可能になったので、圧倒的大軍で質の差を埋める事が可能になったから出来ることだったが、それを指揮したエイパー・シナプス准将の指揮能力の高さもあっただろう。
 戦線が東欧で安定したことで、シナプスは各戦線から精鋭部隊を少しずつ引き抜き、ワルシャワ周辺で再編成を行なっていた。攻撃目標はウクライナの重要都市キエフで、ここを攻略してモスクワにあるティターンズのヨーロッパ方面軍の補給線を圧迫することが目的だ。その後にハリコフ、ロストフ、ヴォルゴグラードを落とせばモスクワのティターンズ部隊は完全に孤立し、枯死する事になる。それはティターンズにとって計り知れない打撃となる筈なのだ。
 シナプスはワルシャワのホテルを1つ借り切って司令部としており、ここで精力的に作戦の立案をしていた。シナプス准将の傍には中佐に昇進して現場を退き、MSの専門家としてシナプスを補佐する参謀となっているサウス・バニングの姿もあった。
 バニングはシナプスの作戦立案においてMSの運用を元に修正案を提示し、それを受けてシナプスが案を見直すという作業が続いている。連邦もMS戦がすっかり定着した感があるが、まだ参謀クラスとなると理解できていない者も多いのだ。
 そんな立案作業の合間の休憩に、シナプスはバニングにMS隊の事を聞いてきた。

「バニング中佐、MS隊の様子はどうかね?」
「はっ、まだまだ訓練が必要かと思われますが、実戦に出せるレベルには仕上がってきていると思います。総指揮を取っているブレニフ・オグス少佐は良い指揮官ですよ」
「ロイ・グリンウッド大尉も居たな。かつては敵側にいたエースが今は味方として同じ戦線に立っていると思うと、不思議なものだ」
「同感であります」

 シナプスの言葉に頷いて、バニングはコーヒーを啜った。そんなバニングを観察するような目で見たあと、シナプスは昔の部下の事を尋ねた。

「ところで、ウラキ中尉とキース中尉はどうかね?」
「2人とも成長していますよ。今ではウラキがMS中隊一つを纏めて、キースがその部隊内の火力小隊を率いています」
「ほう、2人とも立派になったものだな」
「あれからもう4年です。立派にもなりますよ。この戦いで武勲を立てれば大尉になれるでしょう」
「それは楽しみだな」

 シナプスがアルビオンの艦長をしていた頃、試作MSのテストで乗り込んできたのがあの2人だった。自分の下でバニングに扱かれていた新米パイロットが、いつの間にか一人前のパイロットに成長して後進の指導をしているかと思うと、何となく子供の成長を喜ぶ親のような心境にさせられる。
 だが、2人が昔話を交えながら話をしていると、参謀のゲラート・シュマイザー大尉が大きな音を立てて扉を開け、室内に入ってきた。

「如何した大尉、そんなに慌てて。コーヒーでも飲んで落ち着きたまえ」
「准将、それどころではありません。リヴォフにティターンズのMS師団が侵攻してきたと報せが来ました!」
「リヴォフに?」

 リヴォフとはワルシャワの南方に位置する都市で、ティターンズとの最前線の街である。当然強力な守備隊が配備されており、敵の攻撃を受けてもそう簡単に攻略されるとは思えないのだが。

「苦戦しているのかね?」
「そのようです。敵はハイザックとマラサイを主力とする標準的な部隊のようですが、バーザムやグーファーの姿もあるようです」
「グーファーもか!?」

 グーファーの名を聞いたバニングが血相を変えて驚いている。これはつい最近になって上海攻略戦で初めて姿を現した機体で、海鳴の精鋭部隊が大苦戦を強いられたらしいと聞かされていたのだ。性能では連邦地上軍には対抗できる機体は無いとも。

「不味い。リヴォフにはジムVの数も多いですが、あのシアン・ビューフォートが率いる海鳴の部隊でもグーファーには苦戦したと聞いています。リヴォフは持たないかもしれません」
「リヴォフが落ちればワルシャワは目と鼻の先か。確かに不味いな」

 今ワルシャワを落とされれば戦線のバランスが崩れ、ティターンズが西ヨーロッパに雪崩れ込んでくる。それを止められないとは思わないが、何処まで食い込まれるかは分からない。それは反撃の日をさらに遅らせる事になるだろう。
 コーヒカップを作戦図の載っている机に置き、暫し顎に手を当てて考えていたシナプスだったが、ここは再編中の部隊を動かす事を決めた。部隊はまた集められるが、ワルシャワを失えば戦線そのものが後退してしまう。

「バニング中佐、リヴォフにMSと偵察機を出してくれたまえ。相手の規模によっては周辺の師団を動かすぞ」
「は、了解しました。直ちに!」

 敬礼を残してバニングが部屋を飛び出していく。それを見送ったシナプスは疲れたような溜息を漏らして椅子に腰を下ろし、ゲラートを見た。

「大尉、君ならリヴォフを如何落とす?」
「私でしたら、少数の遊撃隊を複数編成し、浸透攻撃をかけます。リヴォフの司令部を叩けば守備隊は混乱して弱体化しますから」
「ジオンの得意な急所への一点攻撃か」

 1年戦争の緒戦においては、ジオンはザクで連邦の司令部や旗艦を真っ先に潰すという戦法を徹底して採用し続けた。軍というものは、頭を潰せば末端の部隊は統制を失って著しく弱体化するからだ。1個師団とは連携できてこそ強大な武力集団なのであって、連携できなければ単なる群れでしかない。そうなればジオンに対抗する事は出来ず、ザクによって各個撃破されてしまう。この手でどれほど多くの将帥が失われた事だろう。
 あの手に対処する為に連邦は司令部周辺の守りを極端に厚くするようになり、以後はそういう事は余り起きなくなった。だが根絶する事は出来ず、この戦法がどれだけ防ぎ難いかが伺える。

「では、君なら如何守るかね?」
「リヴォフには1個師団が入っていますから、一気に押し通るのは無理でしょう。私ならリヴォフとワルシャワの間をゲリラ戦で分断しますよ」
「補給線を立って枯死を狙うか。我々の作戦と同じだな」
「正面から戦うのが危険ならそうするのが一番無難です。連邦もオデッサまではそうしていたではないですか」

 1年戦争の連邦は正面から物量でジオンを押し潰したというイメージが強いが、そんな事が出来たのは終盤の怒涛の反抗に出た時だけで、1年戦争の大半を補給路の遮断と陣地防御という消極的作戦に徹してきた。戦力が回復するまでひたすら防御に徹してこちらからは仕掛けない、という戦略を立てたからなのだが、その為に連邦はゲリラ戦がとても上手くなってしまった。ゲリラといえばジオンというイメージは間違いで、ゲリラ戦に慣れてるのは連邦の方なのだ。
 その連邦から枝分かれしたティターンズなら補給戦寸断作戦を狙うのは当然の作戦に思える。しかし、ティターンズは政治的な問題があって余りこういった消極的戦法を使わない。ジオンもそうだったが、ティターンズも正面から連邦を撃砕し、打ち倒してこそ地球圏の支配者となれるのだ。それが組織のイメージを強固な物にし、連邦市民に新たな支配者に従う空気を作る。戦争とは政治の延長線上であり、政略があって戦略が立つ。ティターンズが犠牲が大きくなる力技を多用するのはそういった政治的な枷があるせいなのだ。
 ただ、この事は連邦に有利に働いている。正面から仕掛けてくる傾向が強いという事は、出方を読み易いという事でもある。東南アジアでシアンがハノイに防衛線を築いて迎え撃ったのも、敵が小細工をせずに真っ直ぐハノイに来ると予想しての事だった。これをティターンズは力業で抜く事が出来ず、仕方なく迂回挟撃に切り替えてやっと抜いたのだ。

「しかし、リヴォフを抜いて、ワルシャワを狙う意味は理解できるが、ティターンズは正面からの攻撃でリヴォフを抜けると思っているのだろうか。それともただこちらの戦線を押してみただけか?」
「余程の大軍を揃えたのではないでしょうか?」
「それなら航空偵察に引っ掛かっている筈だ。何か策があるのかも知れんな」
「策ですか?」
「あるいは、戦力に余程の自信があるかだろう」

 少数で多数を叩くというのは口で言うほど簡単ではない。ジオンのザクは連邦の戦闘機や戦車に対して圧倒的優位にいたが、その消耗は凄かった。1年戦争でジオンが失ったザクは数千機に及ぶと言われている。ティターンズは高性能機で多数の連邦機を相手にしているが、その為に装甲がぼろぼろになっているマラサイやバーザムが戦場では良く見かけられる。装甲が頑丈な証だが、気の毒にもなってしまう。これは61式戦車の相手をしたザクにも見られた。
 敵の主力はハイザックとマラサイという事なので、これまでと同じ編成だと思うのだが、何か切り札でも用意しているのだろうか。シナプスはその事が気にかかっていた。





 リヴォフでは侵攻してきたティターンズを連邦軍の防衛隊が迎え撃つという毎度おなじみの光景が広がっていた。ただマラサイの多くは陸上で高い機動力を誇るストライク・マラサイで、ジムU主力の連邦軍は振り回されていた。これはドムがジムを翻弄した事からも分かるが、速さは防御力になるのだ。
 ただ、それだけでは連邦の守りは崩せない。連邦軍の数は攻撃側のティターンズの3倍にも達しており、連邦はティターンズが攻撃してくるすべての場所に部隊をおく事が出来る。
 こうなるとティターンズといえども守りを崩せずに撤退するのが常だったのだが、今回は些か様子が違った。ティターンズはストライク・マラサイであちこちの陣地を攻撃しつつ、ハイザックとバーザムの全てを一点に集中して突破を図ってきたのだ。狙われたのは防御陣地の中でも何故かかなり強固な陣地で、ティターンズは意図的に頑強な陣地を潰しに出たのだ。
 この陣地にはマラサイと互角に戦う事が出来るジムVが配備されており、ビームライフルとミサイルランチャーを武器にハイザックを圧倒していた。ジムVの装甲は新型のチタン・セラミック複合装甲で、ガンダリウムβ並みの防御力があるのでザクマシンガン改では苦しいのだ。
 しかし、ティターンズはこの戦線に纏まった数のグーファーとギャプランの改修型であるシュツルム・イェーガーが投入されていたのだ。また、マラサイをベースにバーザムとの部品の共有を図り、性能と整備性と運用性を向上させたグリフォンも初めて実戦参加している。
 グーファーは基本装備でホバー移動できる為に厄介な相手であり、イェーガーはギャプランのシールドバインダーが大型ガンポッドに換装されていて、この大威力の砲を使った地上掃射が恐ろしい威力を発揮している。


 このティターンズの大攻勢は最初こそ連邦軍を混乱させ、司令部が状況を把握するまでに幾つかの陣地を落とされるという危機を迎える事になったのだが、司令部が状況を把握して統制するようになってからはティターンズの攻勢を支えられるようになった。奇襲の利は先の先を取れる事にあるが、物量で圧倒する連邦は後の先を取る事で対処できる。
 今回もティターンズの攻撃が集中している場所に膨大な予備兵力を投入し、これを押し返しだした。リヴォフ全体の守備隊の数とティターンズの攻撃部隊では話にならない。当初の陣地戦でさえ3倍の差があったのに、そこに予備兵力までも注ぎ込まれては差は5倍以上に開いてしまう。こうなっては性能差も何も無いのだ。
 マラサイやハイザックが正面から殺到するビームや徹甲弾に装甲を抉られ、四肢を吹き飛ばされて次々に擱座していく。バーザムでさえ当たり所によっては1発で吹き飛ばされているのだ。性能が完全に一世代上にあるグーファーはこの弾幕を受けても中々倒れず、逆に反撃して連邦機を仕留めているが、それは個の勇戦でしかなく全体の流れを変えられるものではなかった。

 この連邦の反撃が始まった頃にベース・ジャバーに乗ってウラキ率いる18機のジムV隊が到着した。彼等は空中から地上が優勢な事を確認して、如何するか迷っていた。

「コウ〜、味方のが優勢だぜ。如何する?」
「キース、そんな事言って帰ったらバニング中佐にまたどやされるぜ」

 同じバース・ジャバーの反対側に乗っているジムキャノンVのパイロット、チャック・キース中尉がウラキにやる気が無さそうに話しかけてきた。彼とウラキはデラーズ戦役で実戦を経験して、以後もずっとバニングの下で働いているバニングの子飼いのパイロット達だ。エースというには今一歩だが、優れたパイロットに成長している。
 2人は暫しの間上空から地上を観察していたのだが、ウラキは戦場の前方を見据えてそちらに部隊を誘導し始めた。

「おいコウ、何処行くんだよ?」
「地上の方はキースの言う通り大丈夫そうだから、向こうの方を偵察してみようと思うんだ。何かあるかもしれない」
「何かって、何だよ?」
「それを探しに行くの。ティターンズが何でこんな負け戦を仕掛けたのか、気にならないか?」
「そりゃ、気にはなるけどさ」

 確かにこれではティターンズは無駄に損害を出す為に連邦に仕掛けてきただけになってしまう。リヴォフの防衛体制を調べる為の攻撃にしては規模が大きすぎるが、リヴォフを落とすにしては少なすぎる。ティターンズはどうしてこんな中途半端な戦力で出てきたのだ。

「でも、変なのが居たら嫌だぜ」
「何も無ければ、それが一番良いさ」

 ウラキに率いられてMS隊はリヴォフを飛び越え、キエフを目指して飛んでいた。余り行くとギャプランの迎撃を受けるので程ほどにしないといけないのだが、その辺りは運次第だ。
 そのまま暫く何も無い飛行が続き、そろそろウラキが引き返えそうかと考え出した頃、キースが大きな声を上げた。

「コウ、北の方に何か反応がある。かなりの数だ!」
「北? 敵はリヴォフを目指してるんじゃ……まさか狙いはブレストなのか!?」

 ブレスト、それはワルシャワの東にある都市で、ワルシャワを守る最後の壁である。ここを失えば敵はワルシャワを直撃できるようになるので、リヴォフの戦いは何の意味もなくなってしまう。しかも困った事に、ブレストはリヴォフほどには防御が固められていないのだ。やはりリヴォフに較べると後方という印象があったせいなのだが、それが仇となったかもしれない。

「と、とにかく確かめよう。もし本当なら大変な事になる!」
「ああ、分かった!」

 慌てて北に進路を取るジムV隊。そして直ぐに彼等は西進するティターンズの大部隊を発見する事が出来た。こちらはマラサイとバーザムを主力とした、完全に第2世代MSに切り替わった強力なMS師団である。中にはグーファーなどの上位機種も含まれていて、確認したウラキは息を呑んでしまった。

「こいつは……」
「コウ、ワルシャワに伝えるぞ!」
「あ、ああ、そうしてくれキース」

 キースがワルシャワに通信を繋いで報告をする。それが終わるのを待つ間、ウラキはじっと敵の大部隊の移動を見続けていた。それは3個MS師団にもなるのではないだろうかという大軍で、ティターンズの何処にこれだけの戦力が残っていたのか考えてしまう。

「持つのか、ワルシャワは?」
「コウ、報告が終わった!」
「よし、それじゃ俺たちはブレストの防衛隊と合流しよう。これじゃ手の出しようが無い!」

 攻撃されないよう距離を取りながら接触していたウラキたちは、進路を変えてワルシャワに向っていった。ただ、この間ティターンズは何故かウラキたちに手を出そうとはせず、黙って帰している。そんな事をすれば迎撃体制を整えられてしまうというのに、一体何を考えているのだろうか。





 ウラキたちから警告を受けたブレストは直ちに迎撃態勢を取り、ワルシャワから援軍も出して万全の態勢を取っていた。ウラキもここに入り、ワルシャワから急いでやってきたオグス少佐らのMS隊と合流している。
 ジムVをブレストの傍に下ろしたウラキとキースは、機体を整備兵に預けると急いでオグスの所に行った。オグスはブレストの守備隊司令部にいて、街を如何守るかに付いて話し合っている。そこに2人がやってきた。
 ようやく来た2人を見て、オグスが待ちくたびれたような声を出した。

「来たか、待っていたぞ」
「申し訳ありません」
「謝らなくても良い。それより、敵の事を教えてくれ」

 オグスの求めに応じてウラキは自分が見た敵の規模を説明していくが、それを聞いたオグスたちの顔色は見る見る間に青褪めていった。

「200を越すMSが先頭に立ち、後方に地上車両多数だと。何処にそれだけの部隊が居たんだ?」
「はい、しかもマラサイやバーザムばかりで、ハイザックは見ませんでした」
「……リヴォフに来た敵の主力はハイザックらしいが、そういう事か。旧式機中心の部隊で陽動をかけて、新型中心の部隊でブレストを狙うとはな」
「後方には大型陸戦艇も確認できました。用意は万端と見て良いとおもいます」

 ウラキの持って来た報告に、司令部の空気はたちまち暗くなってしまった。正直今のブレストの戦力では苦しいのではないだろうか。

「シナプス准将に増援を頼もう。今からでは遅いかもしれんが、やらないよりはマシだ」

 司令官がそう言って通信をする為に通信士に命令を出しているが、それを聞いていたウラキとオグスの表情は晴れなかった。今から援軍を呼んだとしても、それが来るまで敵を支えられるのかどうか。その点において2人は自信が無かったのだ。





 この2時間後、ティターンズとブレスト守備隊は激突した。ブレストには十分な防御陣地が無いので、双方ともMSを先頭に立てての機動戦を展開している。連邦は相変わらずジムUやハイザックが主力なのでティターンズのMSには分が悪い。今回も各所でマラサイやバーザムに翻弄され、撃破される機体が相次いでいる。
 ただ連邦もMSの更新は遅れているが装備の更新はそれなりの物で、旧式MSの武器はジムライフルが中心になり、一部は更に貫通力を増したM−85マシンガンに替えられている。これは完全な新規設計のMS用90mmマシンガンで、弾薬は従来の90mmと同じだが弾丸の初速が向上し、マラサイの装甲を撃ちぬくことが可能になっている。これはゼク・アイン用の大型マシンガンを除けば火薬火器としては最強の武器だ。
 このためティターンズ側にも破壊される機体が出てきている。これまでなら装甲で楽々に弾いていた筈の距離で撃破されるマラサイが続出するのを見て驚き、距離を取る機体が出ているくらいだ。宇宙でゼク・アインを相手にしている連中からすれば何をしているのかと罵られるかもしれないが、地上でワンランク落ちる連中を相手にしていたパイロットからすればこれは脅威だった。

 だが、火力の強化は確かに連邦にとってありがたい事ではあったが、MSの基本性能の差は如何ともし難かった。ストライク・マラサイがホバーで駆け抜けるのに対応できるのはジムVだけで、ジムUやハイザック、ジム改では照準をつけるのも大変という有様で話にならない。FCSの進歩に旧型は付いていけないのだ。
 ウラキも部下を纏めてもっぱらバーザムの相手をしていた。連邦地上軍ではバーザムの相手はジムVがするしかない。ジムV以下の機体では勝負にならないのだ。陸戦特化型のジム・RMは良い勝負になるが、全体の性能で負けている。

「キース、正面の3機を仕留める、足を止めてくれ!」
「や、やってみる!」

 ジムキャノンVの両肩のビームキャノンがメガ粒子を射出し、メガ粒子の光がウラキの攻撃しているストライク・マラサイ3機の進路の先を貫いていく。これを見たストライク・マラサイは慌てて向きを変えようとしたが、一瞬減速した所をウラキに狙われ、1機が蜂の巣になって上半身の部品とパイロットの遺体をばら撒いて地面に転がる。それで残りの2機が周囲に散ろうとしたのだが、間に合わずに1機がキースの放ったビームキャノンに右足を吹き飛ばされて横転してしまった。

「やったぜ、1機落とした!」
「キース、喜ぶのは後で!」

 一応キースも撃墜記録8機を持つのでエースと呼ばれる資格があるのだが、この軽い部分のせいでどうにもエースとは認識してもらえない。部下からも今1つ信頼を得られないのだ。まあウラキは信頼しているのだが。これで射撃の腕は一流なのだ。

 地上戦が進んでいると、今度はシュツルム・イェーガーが上空に現れて地上掃射をしてきた。ガンポッドから放たれる大口径弾が地上を掃射して戦場の全てを撃ち砕いていく。この掃射に捉われたジムUが構えたシールドごと機体を撃ちぬかれて爆発するのを見たウラキは、キースにあれを撃ち落せと頼んだ。

「キース、あれを頼む!」
「対空射撃は苦手なんだけどなあ」
「あれ落とせるのはジムキャノン系しかないだろ!」

 MSの持つライフルは対空用ではない。重力に逆らって高高度を飛ぶ敵機に砲弾を当てるような砲ではないのだ。だがジムキャノンン系は違う。これらの機体の砲なら空を飛ぶ敵も狙い易い。
 飛び回るイェーガーを狙ってビームを交互に連続発射するキース。ジムキャノンVは新型ビームキャノン2門を円滑に使うために強力なビームジェネレーターを搭載しているので、他の支援機には見られない連続砲撃が可能になっている。
 このビームの弾幕はイェーガー隊を震え上がらせたようで、低空を飛んでいたイェーガーは次々に高度を取っていく。距離が開けばビームは当たらなくなる。
 だが、悔しがるウラキやキースの目の前でいきなり1機のイェーガーがいきなり被弾の閃光をあげ、機体を半ば砕かれて墜落してきた。何事かと視線を転じてみれば、後方から援軍に現れたらしいダガーフィッシュやフライマンタの編隊がやってきた。MSは間に合わなかったが、空軍機を出してくれたらしい。

 現れた空軍機に銃を掲げてエールを送るMSが居る。後方の歩兵や戦車兵が手を振ってあらん限りの声で歓声を張り上げる中、ダガーフィッシュがシュツルム・イェーガーに立ち向かい、フライマンタやデプ・ロッグがMSや地上車両を狙ってミサイルやロケット、爆弾の雨を降らせる。陸戦兵器は航空兵器に対して不利、という原則はMSにも当て嵌まり、マラサイやバーザムが焦ったように地上を走り回っている。幾ら新鋭の第2世代MSでも航空機の放つ対MSミサイルや爆弾の直撃を受ければひとたまりも無い。
 ただティターンズもシュツルム・イェーガーで対抗しており、ダガーフィッシュを振り切ってデプ・ロッグに襲い掛かり、これを数機纏めて叩き落すような機体もいる。


 この空戦を部下を引き連れて戦場の火消し役として活躍していたオグス少佐は、ふと1つの問題に気付いた。シュツルム・イェーガーのようなギャプラン系の機体は航続距離が短い迎撃機であり、基地から遠くには出て来れない。この部隊はキエフから来たと思われるのだが、どうしてキエフからこんな遠くにシュツルム・イェーガーがいるのだ。
 そんな事を考えていると1機のイェーガーが急降下してオグスの部隊を攻撃してきた。隊のMSは機敏に反応して散開してこれを回避し、イェーガーは悔しそうに再び上空に駆け上がろうとするが、引き上げて加速に入るところをオグスにビームライフルで狙われ、空中で大爆発を越してしまった。どうやらガンポッドの弾薬に当たったらしい。

「何処から出てきたんだ。こいつらは?」

 近くにティターンズの基地は無い筈だ。ましてギャプラン系は空軍基地に配備される類の機体。整備の問題も考えれば主戦機を常駐させる前線の急造基地では運用できない。となると、イェーガーの行動半径内に密かにティターンズが整備施設を完備した秘密基地でも作ったのだろうか。

「……そんな馬鹿馬鹿しい話があるか!」

 そんなとんでもない基地を秘密の場所に建設するなど出来る筈が無い。連邦のジャブローは平時に徹底した情報規制を連邦政府がやったから正確な場所の隠蔽が出来たが、戦時下の最前線でそんな物を作る事が出来る筈が無い。第1、この戦線のためだけにそんな金をかける馬鹿が何処に居るのだ。
 戦闘を行いながらオグスはいくつかの可能性を考えた。一番高いのはビッグ・トレーを改造して地上母艦にしてしまう事だが、そうするとビッグ・トレーの何よりも貴重な大軍を統率できる指揮・通信システムを犠牲にしてしまう。故にこれは考え難い。
 次の可能性としてはミノフスキークラフト装備の戦艦、ないしはガルダ級を運用している可能性だが、ティターンズが保有するガルダ級はマドラスにあるキャメロットだけのはずで、これはマドラスに居る事が確認されている。そしてミノフスキークラフト搭載艦はティターンズは保有していないはずなのだ。

「情報が間違っていたのか、それとも新造艦か?」

 連邦もミノフスキークラフト搭載で何処にでも展開可能な新型戦艦、ラーカイラム級を建造しているのだから、ティターンズがそういう艦を作った可能性はゼロではない。他にも色々な可能性があると思いながらオグスは戦っていたが、その時、いきなり戦場の片隅を無数のビームが薙ぎ払う様を見てしまい、何事かとそちらを確かめる。
 そしてオグスは見た。視界の先でゆっくりと動く、巨大な空を飛ぶ黒い化物を。

「な、何だあれは。MAなのか?」

 それは巨大な飛行要塞としか思えなかった。MSが放つビームはIフィールドらしきバリアに弾かれ、実弾は装甲に悉く弾かれているようだ。更に火力は戦艦級ときている。立ち向かっていったMS隊は悉くが返り討ちにあている。

「あれは、ビグザムか何かか。どういう化物だ!?」
「少佐、あれはひょっとして、上海でティターンズが投入したサイコガンダムじゃないでしょうか。前に映像で見た事があります」
「サイコガンダム? あのシアン・ビューフォート中佐がムラサメ研究所を攻撃した際に仕留め損ねたっていう巨大MSのことか?」

 サイコガンダムの情報は海鳴基地から全ての連邦軍に回されている。その性能もムラサメ研究所のデータからある程度割り出されており、現用の連邦MSには対抗できる機体は存在しない事が分かっている。
 オグスもこの情報は知っていて、そういう化物が存在する事は分かっていたのだが、いざ目の前に出てこられると流石にその圧倒感に息を呑んでしまう。あれは反則ではないのか。

「くそっ、あんな化物の相手が出来るか。全軍に後退するように言え。このままでは損害が増すだけだ!」
「しかし少佐、司令部の許可がまだです!」
「総崩れになったら目も当てられん!」

 敵前からの撤退はもっとも困難な作業だ。こちらが逃げにかかったと知れば敵は勢いをまして追撃を開始し、止めを刺そうとしてくる。戦場とはおかしな物で、それまで互角の戦いを繰り広げていても、撤退戦と追撃戦になるとそれまでの戦いが嘘としか思えないほどに一方的なものとなる。戦場には流れがあると言われるのもこのせいで、流れを掴んだ側は神の加護でも得ているかのような強さを見せ付ける。逆に相手は神に見放されたかのように何故か圧倒されてしまうのだ。
 引き際を見誤って大損害を出し、再起不能になった部隊の事例は過去に数えるのも嫌になるくらいに転がっている。オグスはまだ余力があるうちに上手く撤退させ、被害を最小にとどめたいと考えたのだ。

 しかし、サイコガンダムに続いて更に後続のMS隊が戦場に突入して来ていて、連邦軍は敵を押さえ込む事も困難な状況だ。果たしてこんな状態で撤退できるのだろうか。





 ティターンズの地上における最重要拠点、キリマンジャロ。ここは1年戦争時にジオンに占領され、戦後は連邦が奪還して要塞化を進めた巨大基地だ。宇宙に物資を上げる為のマスドライバーも保有していて、工廠まで有する恒久基地として機能している。
 この地上の一大拠点に司令部を置くのがティターンズ地上軍の総司令官に任じられているハムリン・アーカット中将だ。彼はここから地上のティターンズ全てを指揮していて、今も自分のオフィスでヨーロッパの作戦の推移を見守っている。

「サイコガンダムをもう出したのか。早過ぎるな」

 サイコガンダムの前線投入の報せを受け、アーカットは少し眉を顰めた。あれは今回の作戦における攻撃力の要だ。それをもう投入しては、ワルシャワまでいけなくなるのではないか。

「モスクワの第5軍はどうしているのだ?」
「現在の所、第3波として第34師団を移動させていると言ってきておりますが」
「モスクワ正面を守る師団をか。もし攻め切れずに押し戻されたらどうするつもりだ?」

 モスクワに司令部を置き、シナプスと対峙している第5軍は勝負に出ているようだが、防御をかなぐり捨てての攻撃にはさすがのアーカットも顔色を変えた。上手くワルシャワを落とせれば良いが、もし失敗したらその後はどうなるのだ。モスクワを失えば戦線は一気に中東にまで後退するというのに。

「量産型が揃うまで待つべきだったかな?」
「それまで待っていたら、連邦の装備の更新が終わっていました。地上軍がゼク・アインを装備してからでは遅かったでしょう」
「ゼク・ドライとGD計画も進んでいるようだしな。これらが出てきたら、マラサイでは対抗できんのは分かっているが」

 連邦とは巨大なダイナモなのだ。動き出すのは遅いが、一度動き出せばとてつもない力を発揮する。そしてその連邦という巨大なダイナモは動き出してしまったのだ。各地の拠点では新型機の開発が加速され、幾つかは戦場に姿を見せようとしている。ゼク・ドライより先にジード、GDシリーズと呼ばれる新型が投入されるだろうが、どちらもゼク・アイン以上の高性能機なのは確実で、投入されれば軍事バランスを崩しかねない。既にゴータ製のストライカーが投入され、マラサイやバーザムを蹴散らしているのだ。

「連邦の底力、敵に回してみるとその恐ろしさが良く分かる。ジオンが一週間戦争であれほどの暴挙に出てきたのもな」

 ジオンもこの連邦の巨大すぎる底力を恐れたのだろう。複数のMSの開発を同時に進め、艦艇を増産し、遂に宇宙軍は短時間で再建されてしまった。正直どれほどの被害を与えれば連邦を倒せるのか、見当も付かない。
 しかも、連邦はその気になれば宇宙艦隊を地球に降ろすことも出来るのだ。新型のラーカイラム級はミノフスキークラフトを使う事で地球と宇宙を往復する能力を持っている事が明らかになっている。クラップ級は出来ないようだが、いずれ可能になるかもしれない。連邦の建艦部門にはペガサス級から続くミノフスキークラフトの技術蓄積があり、それが他の艦にも転用される可能性は否定できないのだ。元々連邦軍は宇宙艦隊を宇宙と地球の両方に展開させる事を目指している。
 
「エゥーゴはネロに続く新型の開発をスタートさせたらしいな」
「そのようです。ネオジオンもアナハイムと手を組んで色々やっているようですが」
「我々の開発は停滞気味、か」

 ティターンズは連邦に対抗しうる唯一の勢力であるが、連邦の物量に対抗するために既存機の生産を優先する余り、新型機の開発が疎かになってるのは否めない。新型の開発は金も時間もかかる上に設備も使うので、中々大変なのだ。ゼク・アインとストライカーが敵にある宇宙軍では仲が良いとは言えないリーフが開発したスティンガーを採用しているくらいだ。
 最近になってようやくキリマンジャロ工廠がグーファーを送り出して一息ついたものの、次の新型はまだ目処がたっていない。バーザムを開発したニューギニア工廠は連邦に付いてしまったので、バーザム系の発展は停滞している。技術者の一部がキャリフォルニアベースに流れていて、そこで開発が継続されてはいるようだが、まだ芳しい報告は来ていない。
「宇宙ではサイコガンダムmk−Uのテストが終了したらしいが、こんな決戦兵器ばかり作っていても戦争には勝てん。やはり戦場の主力を勤めれる主戦機が必要なのだ」
「グーファーはそれを満たすと思いますが?」
「コストが高すぎる。あれ2機を作る予算でマラサイなら5機を作れる」

 グーファーはストライカーやスティンガー、ネロを凌ぐ性能を持つ高性能機だが、そんなMSは当然ながら高コストになる。生産が進めば徐々に安価になっていくだろうが、今の状態では数が揃わないのだ。
 グーファーで時間を稼ぎつつ、グーファーと同レベルの性能でより安価な主戦機を手に入れる。それがアーカットの目標であった。それが完成すれば、地上で連邦を圧倒する事が出来る。

 だが、それを待っている時間は無い。連邦の戦備が整う前に少しでも打撃を与えなくてはいけないのだ。アーカットとしてはヨーロッパを攻略し、こちらに振り向けている軍を南米とアジアの攻略に向けたかった。その為に多少の無理をしているのだ。





 しかし、この時連邦とティターンズ以外にも動いている部隊が居た。そう、カラバである。カラバ所属のガルダ級輸送機アウドムラが北欧を発ち、戦場に向ってきていたのだ。

「ワルシャワのシナプス准将がティターンズの攻撃に苦戦しているか。これは好機なのかな?」

 キャプテンシートに座るハヤトはカラバに妥協を示したシナプスを助ける事で貸しを作り、連邦に合流後の立場を強化する材料にする。それがカラバ指導部の考えだった。その為にアウドムラには数少ない貴重なZプラスをあるだけと、ネモK型を積んできたのである。これも連邦に対する取引材料になる。何しろ連邦は可変機の開発競争には興味が無いようで、この分野では大幅に遅れを取っているからだ。アナハイム系の新技術の塊といえるZ系最新鋭機の実機と開発データは最高の手土産となる。
 だがそれも全てはシナプスを助けてからの話だ。シナプスが戦死するような事があれば、カラバは折角掴んだ連邦との窓口を失う事になる。それだけは避けなくてはいけなかった。
 ハヤトは内線を取ると、格納庫を呼び出した。

「マルセイユはいるか?」

 暫く待つと、内線に気安い声が聞こえた。それを聞いたハヤトが少し顔を顰める。

「何ですキャプテン?」
「……マルセイユ大尉、Zは出せるか?」
「それは勿論、何時でも行けますよ」
「では待機していろ。そろそろ出てもらう」
「了解」

 内線が向こうから切られ、ハヤトが不満そうな顔で乱暴に受話器を戻す。そして苛立ちを口に出してしまった。

「全く、何時まで立っても礼儀を覚えん奴だ。何時か独房に叩き込んでやる」

 規律に煩いハヤトはこの男の命令系統に対するある種の反抗に苛立つ毎日を送っていた。腕は超一流なのだが、こういう男が居ると戦場に混乱をもたらしかねない。だがアムロ無き今、カラバには宝石のように貴重な凄腕であるので、ハヤトも処分する事が出来ないでいる。
 そして、ようやくアウドムラはZプラスの作戦半径にブレストを捉えた。連邦のレーダーにはとっくに捉えられているが、成層圏を飛ぶアウドムラに手を出すのは容易ではないのか、攻撃してくる様子は無い。

「よし、MS隊を出せ!」

 ハヤトの命令を受けてドダイ改に乗るネモとZプラスが次々に出撃していく。これがどういう結果を残すのか、それはまだ分からなかった。



後書き

ジム改 サイコガンダム遂に再登場。
栞   何でこんな化物がヨーロッパに?
ジム改 今回の作戦にあわせて持って来た。
栞   シナプス艦長も大変ですね。
ジム改 宇宙軍の戦力ならサイコガンダムにも対処できるけど、地上軍は弱いからな。
栞   やっぱりゼク・アインを回した方が良いんじゃないですか?
ジム改 一応ジャブローでラインの整備と陸戦用の追加オプションの開発が進んでいるが。
栞   当面は間に合わないという事ですね。
ジム改 海鳴は昔のツテで秋子から送ってもらってる。
栞   うわ、それって卑怯です。
ジム改 スッピンだから地上じゃ少し足遅いけどね。
栞   それでもあるだけマシですよ。どうせ海鳴で改修するんでしょ?
ジム改 まあね、その為の工廠だし。
栞   やっぱりセコイです。
ジム改 それでは次回、暴れるサイコガンダムに圧倒される連邦軍。駆けつけたカラバの援軍もティターンズの壁を崩すことは出来ない。ブレストを突破された連邦はワルシャワ前面に最後の防衛線を築いて徹底抗戦を試みるが。次回「破壊の権化」でお会いしましょう。