第63章  破壊の権化


 

 黒い化物が通り過ぎた後には、ただ破壊された残骸が転がるだけであった。化物を止めようとしたMSも戦車も航空機も、一切の例外なく破壊されていった。誰も化物の足を止める事は出来なかった。



「全軍を後退させろ。ワルシャワを放棄する!」

 事態を把握したシナプス准将はそう命令を発した。たった1機の巨大MAを止める事ができないという現実にシナプスは歯軋りしていたが、それは確かな現実なのだ。そのMAはビームもミサイルも砲弾も受け付けないふざけた防御力を持ち、全身ビーム砲の塊で如何する事も出来ないという。
 ただ、そんな機体なら消費エネルギーも馬鹿に出来ない筈であり、継戦時間が長かろう筈もない。戦力を温存して時間を稼いでいれば、いずれ限界が来て動けなくなるか撤退する筈だ。それを待って反撃に転じれば良い。
 シナプスはそう考えて全軍を後退させ、そして困った顔でバニングを見た。

「中佐、ティターンズの切り札はこれだな」
「はっ、恐らくは。何時の間に運んだのかは分かりませんが、敵もやりますな」
「偵察機からは後方にガルダ級1機を確認している。サイコガンダムやシュツルム・イェーガーを運んできたのはこいつだろうな」
「マドラスに居ると聞いていましたが、ダミーに一杯食わされたようです」
「作るのは大変だったろうが、成功したのだから努力も報われたのだろうな」

 ガルダ級の模型を完成させた工員たちの苦労を思うと、素直に賞賛の言葉を送ってやりたくなるシナプスであった。
 だが状況はお世辞にも良いとは言えない。この最悪の戦況を打開するべく、シナプスとバニングは何らかの手立てを考えなくてはいけないのだ。

「中佐、反撃の策はあるかね?」
「余り上手い手とは言えませんが、ワルシャワに付近から集めた2個師団が集結しています。各戦線を後退させた後、ティターンズの動きが止まるのを待ってこれで反撃に出ては?」
「後退後の反撃か。出来れば迂回する部隊を編成して退路を立ってしまいたいところだな」
「残念ですが、こちらにもそれほどの余力はありません」
「分かっているよ中佐、言ってみただけだ」

 分かってはいるのだが、言いたくもなってしまう。あれほど時間と資材を投じて構築した防衛線が、まさかたった1機のMAによって崩されるとは思わなかったのだから。せめて突出してきた部隊だけでも仕留めないと割に合わない。

「いずれにせよ、サイコガンダムの動きが止まれば反撃できる。空軍はどれほど集りそうかね?」
「西ヨーロッパの航空隊が集結しています。後方の飛行場は何処も満杯ですよ」
「そうか。ティターンズめ、この借りは倍返ししてやるぞ」

 ただでは帰さんという決意を込めてシナプスが呟く。それにバニングが頷いたが、その時通信兵がやってきてバニングに何か耳打ちをした。それを聞いたバニングが怪訝そうな顔になり、チラリと地図に視線を走らせた。

「准将、カラバが近くに来ているそうです」
「カラバが?」
「アウドムラに攻撃部隊を載せてブレストに向っていると。こちらを援護すると言っています」
「……援軍を感謝すると返信しておいてくれ」

 カラバがこちらに恩を売ろうとしているのは明白だったが、シナプスはそれを受け入れる事にした。恩には着てやるがそれをどう返すかはこちらの裁量次第なのだから。向こうの取らぬタヌキの皮算用など知った事ではない。利用出来るなら利用するまでだ。それに、カラバがどれだけやれるのか見てみたいという気持ちもあった。
 本当に構わないのかと視線で問い掛けてくるバニングに、シナプスは口元だけで笑って心配するなと言った。

「心配するな中佐、向こうがどういう未来図を描いてるのかは知らんが、それにこちらが付き合う必要は無い」
「カラバの戦力は使うが、要求は呑まないと?」
「呑める条件なら呑むがね。まあ、今は手を貸してもらおうではないか中佐。下手に敵に回してちょろちょろされても鬱陶しいからな」
「は、准将がそう仰るのでしたら」

 シナプスがそこまで言うのなら自分がとやかく言う事ではないと割り切ったのか、バニングはそれ以上なにも言わなかった。ただ、一応警戒だけはしておこうと心の片隅に留めておいた。





 前線ではミノフスキークラフトの力で飛行しながら連邦を蹂躙していくサイコガンダムを前に、連邦軍は必死に逃げ回っていた。残念だがあれを倒す手段が今の自分達には無いのだ。
 更に逃げる連邦MS隊を両翼から囲むように高速のストライク・マラサイがホバ−の土煙を立てながら走り回っている。これがまた厄介で、殿に付いて追撃を食い止めているオグスたちの怒りを沸き立たせていた。

「くっそお、煩い!」

 M−85マシンガンを走り回るストライク・マラサイに向け、一連射する。放たれた90mm高速弾がストライク・マラサイの進路上に突き刺さり、その行き足を止める。動きが鈍った所に容赦なく追撃の砲弾を叩き込んでこれをスクラップにしてしまうのがオグスの戦い方だ。簡単そうに思えるが、実際にやるには神業的な射撃技量が要求される。ウラキやキースでは出来ない芸当なのだ。
 1機、また1機と確実に敵の数を減らしていくオグスの凄まじい射撃技量に近くで戦っていたウラキとキースは驚きの目を向けていた。これまでもバニングやアムロといったエースを見た事がある2人だが、射撃戦に関してはオグスが一番に思えたのだ。そしてそれは正しかった。

「凄いな、オグス少佐は」
「そりゃあ、あのワンショット・キラーだからな。俺たちとは違うさ」

 1年戦争最高のエースパイロットを自分達と較べるのは流石に無理だと笑うキース。その彼は両肩のビームキャノンを使って正面から来るバーザムを迎え撃っている。バーザムは装甲が分厚く、弱いビームなら装甲で止めてしまうほどだ。実は宇宙での戦闘ではゼク・アインの大型マシンガンやガンダムmk−Xのビームライフルでも装甲を抜けなかった事例が報告されている。地上戦では連邦の標準ビームライフルであるBR−S−85では完全な威力不足となっている有様だ。場合によってはマラサイの装甲でも抜けない時がある。
 ティターンズは威力不足のビームライフルをより新型のBR−87に切り替える事で対処していたのだが、連邦はまだ更新が進んでいなかった。ジムVも未だに旧型の85を使っているのだから。ただ、ガンダムmk−Uのライフルを元にした安価な量産型の開発を進めており、順調に行けば順次85型ライフルと交換していく事にはなっている。

 この為、バーザムを撃破するのはM−85マシンガンでも苦しい。幾らオグスの腕が良かろうが効かない武器では意味が無いので、バーザムを狙うのは大火力・長射程を持つジムキャノンVがやっていたのだ。
 でも、ビームキャノンは威力は大きいがその分エネルギー消費も大きいので、あまり撃ちすぎるとプール分が無くなって暫く撃てなくなるという欠点もある。その辺りを考えて砲撃をするのがキャノン乗りに求められる資質だ。
 キースはジムキャノンUからキャノン系に乗り続けるベテランのなのでそんな心配は無いのだが、中には撃ちすぎて後退する新米の姿もある。
 だが、順調にバーザムを砲撃していたキースの前に、いきなり1機のストライク・マラサイが飛び出してきた。

「マ、マラサイ!?」
「キース、退がって!」

 ウラキが慌ててキースのカバーに入ろうとするが、それより早くストライク・マラサイがビームサーベルを抜いて斬りかかってきた。振られたビームサーベルにキースはシールドを前に出して受け止めたが、ビームサーベルの熱量でたちまち装甲が溶断されていく。キースはシールドが斬れる前にシールドを捨てて逃げようとしたが、間に合わずに左腕を半ば持っていかれてしまった。

「うわあああっ!」
「キース!」

 ようやく割って入れたウラキの振るったビームサーベルをマラサイが後ろに飛んで避け、ウラキがそれを追って3度ビームサーベルをぶつけ合ってお互いにまた離れた。格闘戦は連続してやるとジェネレーターへの負担と駆動系のダメージが大きすぎる。
 距離を取った両者は暫しにらみ合いを続けていたが、マラサイがまたビームサーベルを突き込んできた。それをウラキが自分のサーベルで弾き、頭部バルカンで牽制をする。これは現代のMSを仕留められるような火器ではないが、当たり所によっては駆動系やカメラを破壊する事が期待できる。
 マラサイのパイロットもそれに気付いたのか、バルカンが集中する至近距離から慌てて離れると、今度はビームライフルを構えて高速移動を始めた。

「逃がすかよ!」

 また走り回ろうとするマラサイにマシンガンを向けて撃ちまくるウラキ。その砲弾はマラサイの左腕に続けて直撃し、この左腕をもぎ取る事には成功したのだが、残念ながらマラサイの足を止める事はできなかった。
 敵をとりのがしたウラキは舌打ちしてそれ以上の射撃を止めた。弾は無限にあるわけではないのだ。

「キース、ダメージは!?」
「盾ごと左腕を持ってかれたよ。ほかは大丈夫みたいだけど」
「シールド無しじゃ苦しいな。キースは後退してくれ」
「わ、分かった。ご免コウ!」

 キースのジムキャノンVが後退していくのを見送りながら、ウラキはマシンガンを戦場へと向ける。MS同士の戦闘は全体を見れば連邦有利に推移しているようなのだが、やはりサイコガンダムの存在が大きすぎる。距離を測り間違えてサイコガンダムの射程に踏み込んでしまったジムVが拡散ビームの餌食になって瞬時にバラバラにされてしまうのを見てしまったウラキは顔を苦渋にゆがめた。

「くそっ、なんて物を作りやがったんだ、ティターンズは!」
「ウラキ、空軍機だ!」

 ビームを何発叩き込まれてもビクともしないサイコガンダムに毒づくウラキに、隣に来ていたオグスが上空に注意を促す。見上げてみればダガーフィッシュに護衛されてアヴェンジャー攻撃機の編隊がやって来ていた。腹に抱えている2発の大型ミサイルはファマス戦役で投入された対要塞攻撃ミサイル、スピアフィッシュのようだ。その絶大な破壊力を買われて対艦用にも使われるようになったミサイルだが、まさかあれをサイコガンダムに叩きこむというのだろうか。

「なるほど、小惑星砲台や地下構造物さえ吹き飛ばすスピアフィッシュならあの化物の装甲だって破れるかも知れん。考えたなあいつ等」
「でも大丈夫でしょうか、あれはかなり重いはずですよ?」

 確かに当たれば凄い武器だろうが、あの弾幕を掻い潜って射程にまで踏み込めるのだろうか。そう疑問を提示するウラキの前で、まず散開したダガーフィッシュ隊が四方八方から一斉に襲い掛かり、ミサイルを発射して次々に身を翻していく。拡散ビーム砲の弾幕に捉われて3機が空中に散ってしまったが、多くのミサイルはサイコガンダムめがけて飛んでいく。
 だが、あんな空対空ミサイル程度ではサイコガンダムには通用しない。MSは搭載する対MSミサイルやロケットでさえ煤けるだけなのだ。あんな攻撃をしても無駄だと誰もが考えていたのだが、その放たれたミサイルはサイコガンダムに当たる前に次々と炸裂し、サイコガンダムの周辺にキラキラと光る何かを撒き散らした。ウラキにはそれが何か分からなかったが、オグスは一目でその正体を見破った。

「ビーム撹乱幕か!」
「ビーム撹乱幕って、あの1年戦争で要塞攻めに使われたっていう?」
「ああ、ビームを重金属粒子の雲で減衰、無効化する防御兵器だ。地上では直ぐに重力に引かれて落ちてしまうから役にたたんのだが、こういう使い方をするとはな」

 一瞬時間を稼げれば良いのが航空攻撃だ。サイコガンダムほどの機体のビームの乱射を受けてはこの程度のビーム撹乱幕では直ぐに消費されて効力を無くしてしまうのだが、それはアヴェンジャーにとって十分すぎる時間だった。アヴェンジャー隊は次々にサイコガンダムに対する攻撃位置に突入して行き、抱えてきたミサイルの発射態勢に入る。

「よし、絶好のポジションだ。このまま3000まで行くぞ!」
「無茶です、近すぎますよ!」
「あれに確実に当てる為だ、ビビるな!」

 パイロットの無茶苦茶な指示に後部席の偵察兼火器管制手が悲鳴を上げるが、パイロットは聞く様子も無かった。高密度のミノフスキー粒子のせいでレーダー誘導はおろか、赤外線誘導も当てにならない。レーザー誘導でさえ戦闘濃度のミノフスキー粒子の中ではレーザーが上手く直進しないので頼れない。このふざけた粒子の登場で戦法は第2次大戦レベルに逆戻りしてしまったのだ。
 せめてレーザー誘導や赤外線誘導が有効なら戦闘はここまで激化しなかったはずだ。1年戦争緒戦でもいくらレーダーが無力化されたとはいえ、光学による視認は可能なのだから、光学で目標を捉えた後はレーザー誘導でミサイルを撃ち込めばそれでMSなど始末できた。艦隊戦でもレーザー照準でケリが付けられたのだ。
 それが出来なくなったのは、それまで有効だった全ての照準・索敵システムが役立たずになったからだ。レーザー誘導兵器が使えなくなった為に空軍は再び急降下爆撃などのアナクロな戦術を復活させる事を余儀なくされた。唯一の救いは高空ではミノフスキー粒子の濃度は低いので、ここでは各種誘導兵器がまだ何とか使えるという事くらいだろうか。それでも精度の低下は拭えないのだが。

 アヴェンジャー隊はそんな時代の中で、かつて行われていた雷撃に近い方法でミサイルを発射しようとしていた。普通に考えれば地上目標を狙うなら上空からの急降下なのだが、相手が余りにも巨大な上に宙に浮いているのでこの方法を選択したのだ。
 だが、ミサイルを発射する前にビームが遂に撹乱幕を突破して飛来してきだした。凄まじい攻撃力だ。そのビームはだんだん増えていき、被弾して地面に叩きつけられ、スピアフィッシュの誘爆で
粉々に吹き飛ぶ機体が出てくる。
 だが、それでも多くのアヴェンジャーが射点に辿り着いてミサイルを発射し、上空へと駆け抜けていった。放たれたスピアフィッシュは一直線にサイコガンダムへと向っていき、拡散ビームの弾幕を受けて次々に破壊されていく。だが、それでも何発かが直撃してサイコガンダムを爆発の煙で包み込んだ。
 それを見て連邦のパイロット達が歓声を上げたが、それは直ぐに凍り付いてしまう事になる。爆煙の中から、一際巨大な黒いMSが現れたからだ。

「なんだ、あれは!?」
「あれが、サイコガンダムの本当の姿……」

 なるほど、確かに顔を見ればガンダムに見える。だが、その姿は余りにも異様だった。並みのMSの倍以上の身長に、全身装備されているビーム砲口、右腕に付いているのは余りにも巨大だがシールドだろうか。Iフィールドで身を守り、シールドを装備し、装甲はミサイルなど受け付けないというのか。こんな物をどうやって倒せというのだ。まさかスピアフィッシュでも倒せないとは。

「くそっ、海鳴の連中はこいつをどうにかできたのか!?」

 オグスが罵声を吐いてビームライフルを放ったが、MSのビームライフル程度ではIフィールドに逸らされて何の役にも立たない。まだ装甲に当たるだけマシンガンの方がマシではないだろうか。
 だが、オグスは直ぐにサイコガンダムの動きがおかしい事に気付いた。あの巨体だから足が遅いのは分かるのだが、なんだか右足の動きがおかしい。上手く歩けないようだ。どうやら先程のスピアフィッシュがサイコガンダムの右足に何らかのダメージを与えたらしい。よく見ればそれ以外にも数箇所で装甲を破られたようで、内部の構造材が覗いている。流石にスピアフィッシュ対要塞ミサイルを受けては無事では済まなかったらしい。

 だが、それでもサイコガンダムを止める事は出来そうも無かった。侵攻を遅くする事は出来たので無駄ではなかったのだろうが、未だにあれは動いている。

「全機、サイコガンダムの行き足は落ちた。今のうちに逃げろ!」

 これはチャンスだとばかりにオグスが怒鳴り、全軍が慌てふためいて撤退していく。サイコガンダムはただでさえ遅い足が更に遅くなったので振り切れそうだったのだが、今度はシュツルム・イェーガーが妨害してきた。マラサイやバーザムも両翼から包囲するように追撃してきている。これらに対してはベテランが駆るジムVが中心に迎撃し、他の旧式機を逃がそうとしている。それは悲惨な後退戦となるかと思われたのだが、ここに来て空からの脅威がいきなり消える事になる。上空から襲いかかろうとしていたシュツルム・イェーガーたちに背後からビームの光が飛来したのだ。
 後方から砲撃されたイェーガーたちが慌てて反転急上昇していく。ギャプランを低空用に手直ししたとはいえ、その急上昇性能は母体となったギャプラン譲りの素晴らしさだ。
 そして、イェーガーが遭遇したのはこれまで見た事も無い戦闘機であった。遠目にはアヴェンジャーに近いが、近付くとまるで違う事が分かる。コンピューターに照合をかけた結果、出てきたのは形式不明という答えであった。ただ、類似機としてエゥーゴのZガンダムが表示されており、これの系列機だと推測できる。

「Zガンダムとなると……カラバか?」

 Zガンダムはエゥーゴの代表的なMSだ。その性能は圧倒的で、ティターンズが装備する如何なる現用MSも凌駕すると言われている。実際、同じ可変機なのだがガブスレイやメッサーラ、ギャプランでも勝てないと言われているのだ。その簡易版らしいZUでもガブスレイなどと互角にやりあえるらしい。だが、目の前の敵はZUよりもZガンダムに近いように見えた。
 そしてこの戦いはそのまま機体の性格の違いが露骨に出てきた闘いとなった。空力特性など考慮せず、圧倒的な大出力推進器に物を言わせてパワーで飛ぶギャプラン系の機体は加速性能と最高速度に勝っていたが、Zプラスは旋回性能と高高度性能に勝っていた。故にイェーガーは一撃離脱に拘り、Zプラスは旋回格闘戦に持ち込もうとする。そしてこの戦いで両者の明暗を分けたのは、火器の差であった。正面しか撃てないイェーガーのガンポッドに対して、Zプラスの2門のビームガンは旋回式で側面も撃てるという特徴があるのだ。
 擦違いざまにビームガンを叩き込まれたイェーガーが3機、側面を破壊されて落ちていく。2機は空中でMS形態に変形して地上に着陸したが、1機は錐揉み状態になって地上に激突、爆発してしまった。
 この高速でこちらを擦違いざまに撃つ事が出来たという現実にイェーガーのパイロット達が驚いている。距離データも正確に得られない現代戦でここまで正確な照準を付けられるとなると、敵はかなり優秀なFCSを装備している事になる。

「カラバの連中、良いMSを使ってるじゃないか!」

 イェーガーは確かにZプラスより速かったが、総合力では向こうの方が勝っているようだった。機体上部に取り付けられているビーム砲は長射程のようで、こちらのガンポッドより遠くから正確に射撃をしてくる。
 特にその中の1機が、白地にオレンジという目立つ配色をしたZプラスが出鱈目に強かった。最初の交差で1機を落としたのを皮切りに短い間に更に2機のイェーガーを落とすという凄まじさを見せ、イェーガーパイロット達を震え上がらせている。

 この可変MA同士の編隊空中戦という珍しい戦いは、短時間でZプラス側の勝利に終わる事となった。シュツルム・イェーガーも多少押されていた程度で数では尚勝っていたのだが、迎撃機がベースである為か航続力が致命的に短く、交戦限界が来てしまったのだ。
 シュツルム・イェーガーが撤退した事で制空権は完全に連邦空軍とカラバに握られてしまい、ティターンズの動きは途端に窮屈な物となった。陸戦において制空権を失うというのはかなり大きな問題なのだ。1年戦争のオデッサでも、連邦空軍が我が物顔で暴れ回ったためにジオンは緒戦を除けば殆ど蹂躙されたといっても良い。
 このカラバのMS隊と連邦空軍の援護を受けて、連邦部隊はどうにかティターンズの追撃を振り切ってワルシャワ方面に脱出する事ができた。そして彼等は反撃の為に送り込まれてきた2個師団と合流することが出来た。
 ブレストの町はティターンズに占領されてしまったが、サイコガンダムが後退したようで戦力的には著しく低下している。これをサイコガンダムが戻る前に叩きだし、ブレストを取り戻して戦線を立て直すのが目標だった。


 後退したオグスたちは、そこで整備と補給を受ける事になった。MSを戦力として運用するには膨大なバックアップが必要で、この面においては連邦は他の3勢力の追随を許さない充実振りを誇っている。伊達に金持ちではないのだ。連邦が叩かれても叩かれても直ぐに立ち直ってしまうのはこの後方部隊が健在だからである。宇宙軍もティターンズにあれだけ叩かれたのに、凄まじい回復力で立ち直ってしまった。
 今回もオグスたちは沢山のMSキャリアーにMSを預け、整備兵たちに任せている。そしてオグスは、近くの平地に下りてきたZプラス隊と話しに行っていた。同行者はウラキとキースだ。アウドムラはこの近くに降りられる場所が無く、北の湖に向ったらしい。あの巨体を下ろせる飛行場は限られているので、ガルダ級は水上に降りるのが常識になっている。
 現れたZプラス隊の指揮官は、オグスが思っていたよりも若い男だった。彼はオグスに型通りの敬礼をした後、気さくな口調で話しかけてきた。

「写真で見た事がある。あんたがあのジオンのトップエース、ワンショットキラーのブレニフ・オグス中佐だろ?」
「知って頂いてるとは光栄だが、今は少佐だな。それで君は?」
「俺はハンス・マルセイユ大尉。アウドムラ所属のZプラス隊、18TFASの隊長をしている。まあ試験部隊さ」
「マルセイユ、あのカラバが誇る北欧の星か」

 ハンス・マルセイユの名は有名だ。アムロが去った後のカラバでエースとしてその名を轟かせており、ティターンズからは死神のように忌み嫌われている存在だ。海鳴基地守備隊と交戦した事もあり、連邦空軍を相手にスコアを稼いだ事もある。
 そのカラバ最高のエースが目の前に居る。この男を出してきたという事は、カラバは本気で連邦に味方する気なのだろうか。

「1つ聞きたいんだが、カラバはどうしてここに?」
「そいつはキャプテンに聞いてくれ。俺は言われたから来ただけさ」

 随分といい加減な答えだ。単に知らないだけか、命令以上の事はしないという性格なのだろうか、それとも連邦に対して含む所でもあるのだろうか。まあどれでも構わない。戦力として期待出来て、裏切らないで居てくれるならどうでも良い。カラバの処遇を決めるのは上の仕事なのだ。

「で、君たちは今後も我々に協力してくれるのか?」
「そういう命令を受けているからな。言われた事はちゃんとこなすぜ」
「なら結構、味方で居てくれるなら多くは求めん」
「そうしてくれ。俺もとりあえず裏切る気は無い。政治の事は俺には分からんからな」

 この一言で、典型的な職業軍人だとオグスは判断した。この手の人間は放っておいても害は無いので、オグスは好きにやらせる事にした。カラバとはこれまで共に行動した事も無いので、共同戦線を張ろうにも上手くやれるとは思えないからだ。
 そう決めると、オグスは戻ろうかと背後の2人を振り返って、そこに居る筈の2人の姿が無いのを見て首を傾げてしまった。

「ウラキとキースは何処に行った?」
「ああ、後ろの2人ならほれ、あっちだ」

 マルセイユが指差す先では、Zプラスを前に騒いでいるウラキと、それに呆れ混じりに付き合っているキースの姿があった。

「うわあ、これ凄いぜキース、こんな華奢な機体なのに、TMSだ!」
「コ〜ウ、これカラバの機体なんだから、あんましジロジロ見るのは不味いって」
「写真で見ただけだけど、Zガンダムってのに似てるよなあ。これもガンダムなのかな?」
「かもな。ガンダムって聞くと、アルビオンを思い出すけど」

 MSオタクであるウラキを止める事はキースではできないようだ。既にウラキはZプラスにベタベタ触りまくっている。その様子を見たオグスは右手で顔を押さえて頭痛を堪え、マルセイユは大笑いしていた。





 この後、連邦とカラバの共同部隊はサイコガンダムを失ったティターンズ部隊に襲い掛かり、彼等をブレストから叩き出す事に成功していた。今回の連邦の敗北はサイコガンダムという想定外の強敵の登場によってもたらされた物で、普通のMS同士の勝負なら数で圧倒できる連邦側の方が有利なのだ。加えて今回はカラバのネモとZプラスまでが参加している。このZプラスとダガーフィッシュの大編隊で制空権を完全に押さえる事が可能になり、デプ・ロッグ重爆撃機やフライマンタ戦闘攻撃機、アヴェンジャー攻撃機などが猛威を振るう事が出来たのだ。
 圧倒的な航空戦力の援護の元に地上を進む連邦軍を阻む物は既に無く、オグスたちが進む大地には空襲で撃破されたティターンズのMSや車両の残骸が点在するだけの荒野であった。制空権を完全に失った地上軍がどういう目にあうのか。その答えがこの光景だろう。

「凄まじいもんだな、ウラキ」
「はい、自分は大規模な地上戦はこれが初めてですが、空を握られるとここまで一方的になるんですね」
「俺も大規模な地上戦はアフリカが初めてだったが、あの時は制空権を握れなかったから地上戦が消耗戦になったんだがな。こんなに楽になるならアフリカにもっと空軍を回してもらえばよかったよ」

 オデッサでジオンが惨敗したのもこの圧倒的な航空優勢の確保にある。レビル将軍は空爆によってジオンの後方基地を残らず破壊してしまい、前線部隊の補給と整備を途絶させた後に正面から物量攻撃をかける事で勝利を収めたのだが、それは現在でも有効な戦術の1つとなっている。
 今回はZプラス隊がシュツルム・イェーガーを押さえてくれた事が大きかった。この意味ではカラバはその存在を連邦に強く印象付ける事に成功したと言える。またネモも安定性の高い優秀な機体で、ジムV頼みだった連邦軍パイロット達から羨望の眼差しを向けられていた。
 この戦いの後、カラバはシナプスの仲介で連邦軍に帰属する事になるのだが、その際にZプラスやネモといったエゥーゴ系の技術が連邦に流れ、MSK−006の連邦版、RMS−006C1Zプラスの開発がスタートする事になる。
 またネモの安定した優秀なジェネレーターが連邦技術者の注目を集め、ジャブローでこれを搭載したジム系の開発がスタートする事になる。これには宇宙から秋子が送り込んだ技術者も加わっており、連邦の技術の粋を結集した機体になると期待されている。
 そして、エゥーゴから鹵獲したネロなどのエゥーゴ系技術が連邦に流れ込んだ事で、ジャブローで開発されていた鬼子がその姿を現しだしたのである。実験機PX−180、ジャブローの18局で開発されている、大型化していく世界の流れから逆行するような18メートルサイズに収まる最強のMS開発計画が生みだした怪物がジャブローのテスト場でテストを始めだしたのだ。未だに実験機の域を出ない機体だが、宇宙軍の技術とエゥーゴの技術が流入した事によって幾つかの問題が解決したのだ。
この機体が完成した時、それは何かの変化をもたらすのだろうか。





 ヨーロッパでの戦いはティターンズにとって不満ではあったものの、幾つかの物を得ることが出来た。ワルシャワの防衛ラインはズタズタにされ、連邦軍は大きな損害を出している。ティターンズは敗北はしたがトータルの損害では連邦より小さく、東欧の戦線を巡る両軍の戦力バランスは僅かながらティターンズ側へと傾いた。
 このヨーロッパの敗戦は連邦の反撃をさらに遅らせる事になると思われたのだが、この敗北を知らされた連邦軍総司令官ジョン・コーウェン大将は地上軍に対して許可を得るまで攻勢に出ることを禁じる布告を全軍に発した。これは前線の将軍達の反感を買い、猛烈な抗議が各戦線から寄せられたのだが、コーウェンはこれを跳ね除けている。
 この決定はジャブローの総司令部で決定された物であったが、決定を下したコーウェンの考えは秋子に近い物であった。

「地上軍の装備ではティターンズに抗しきれない。ここは我慢し、装備の更新が終わるまで損害を増やすような真似を避ける」

 これがコーウェンの判断であった。装備で負けているなら強力な機種が出揃うまで待てば良い。防衛線なら数の差が生きるからまだ戦えるはずなのだ。
 現時点でも既に量産型がロールアウトしている新型はある。FF−08WRワイバーンがそれだが、全領域戦闘機として開発されたのは良いのだが、試作機では現用の改良を重ねられたダガーフィッシュに対して優位を確保できず、様々な改良を受けてようやく生産にゴーサインが出された。AMBACの概念を取り入れたテールスタビライザーが特徴だが、MSに対して格闘戦を仕掛けるパイロットは居ないので無いよりマシ、程度の特徴になってしまっている。ダガーフィッシュの方を高く評価するテストパイロットも居るので、ダガーフィッシュの代替機となりえるかどうかは今後に掛かっているといえるだろう。
 他にも宇宙軍から提供されたゼク・アインのデータを元に整備されたゼク・アインの生産ラインもジャブローで整備される事になった。陸戦改修型の設計も進められているが、当面は昔に祐一が使ったホバーユニットを標準で装備する事で機動性の不足を補う。武器は宇宙軍で大量に使われている大型マシンガンをそのまま装備する予定だ。まだラインは稼動してないが、ラインの整備が進めば大量生産できる予定だ。
 そして、地上軍が独自に進めている新型の開発も大詰めを迎えていた。それはシュツーカをベースにした発展改良型で、連邦に投降したファマス系技術者が中心になって連邦の技術を取り込んで開発した機体だ。機体名は、かつてファマス戦役で連邦軍パイロットを恐怖のどん底に叩き落し、死神と同義にさえ扱われたファマス戦役最高の量産型MS、ジャギュアー。その名を受け継ぐ機体が連邦軍で生まれようとしていたのだ。
 ジャギュアーはファマス戦役ではほとんど改良を受ける事は無かった。それ程に完成度が高く、またその圧倒的な性能ゆえに改良を受けずとも敵を圧倒し続けたからだ。だが、ファマスの技術者はジャギュアーにも改良型のプランを持っていた。それが連邦に来て、現代の技術を加えて再現された物がMDF−05Cジャギュアーである。


 これらの新型が実戦配備を待っている。ならば無理をせず、パイロットを温存して新型が揃うのを待った方が良い。それがコーウェンの判断であった。ゼク・アインはバーザムを制しえる性能を持つ事が実戦で証明されているのだし、ジャギュアーはまだ試作機がテスト中だが、地上軍の現用量産機とは次元違いの性能を持っていることが分かっている。そして空軍にもワイバーンの配備が進めばティターンズのTMAに対して少しはマシな勝負が出来るようになるだろう。最も、ワイバーンはひょっとしたら戦闘機ではなく、大火力を生かした地上攻撃機になってしまう可能性もあるのだが。軽快な運動性も地上攻撃には有効だったりする。

 これらの新型が出揃うまで積極的な攻勢を控える。場合によっては宇宙軍から戦力の一部を転用してでも現状を半年維持する。それが連邦軍総司令部の地上戦の基幹戦略となった。後の先を取って戦争に勝つ。それが連邦の伝統的な戦い方なのだ。1年戦争もファマス戦役もこの戦略で勝ってきた。そして、この戦略に出られることこそティターンズやネオジオン、エゥーゴが最も恐れていた事だった。こうなると物を言うのは単純な国力差になる。そうなったらエゥーゴとネオジオンは話にならず、ティターンズでさえ体力負けしてしまうだろう。
 反攻に出てくる様子を見せていた連邦が地球各地で突然鳴りを潜め、挑発にも乗ってこなくなった事は直ぐにティターンズにも知られる事になる。それは連邦が守りに入った事を意味しており、ジャミトフを焦らせる事になった。

「連邦に時間を与えてはならん。奴等を休ませるな!」

 こう檄が飛ばされ、ティターンズは各戦線で動き出す事になる。しかし、ティターンズにも余裕があるわけではなく、一度戦線の整理と戦力の建て直しが必要な時期に来ていたのだ。こうして世界は小競り合いこそ続くものの、一種の休戦状態に突入する事になる。後に「インチキ戦争」と呼ばれる事になる、半年間の静かな時が始まった。



後書き

ジム改 サイコガンダムは空軍が止めました。
栞   ガンダムなのに、何で戦闘機が大活躍?
ジム改 相手に通用する武器を運べるならMSである必要は無いぞ。
栞   まあそうなんですけど。
ジム改 まあジムVの相手はああいう化物じゃないからな。ここは我慢してくれ。
栞   で、これからどうなるんです?
ジム改 流石にこれまで戦争しすぎたからな。連邦もティターンズも暫く休む。
栞   じゃあ、次に動くのは何処です?
ジム改 ネオジオンとエゥーゴの共同軍だな。部隊はソロモンに移る。
栞   久々に私の出番が?
ジム改 あるだろうな。
栞   なら良しです。
ジム改 それでは次回。戦略的な停滞を迎えた地球。連邦もティターンズも戦力の整備と戦線の整理に入る中、ネオジオンとエゥーゴは協力してコンペイトウの奪取を目論む。その指揮を取るのは、あの男だった。次回「戦場に戻ってきた男」でお会いしましょう。
栞   またこの人と戦うんですか。