第64章  戦場に戻ってきた男


 

 宇宙に幾つもの光が生まれては消えていく。その輝きは見る物を惹き付ける危険な死の輝き。その輝きが生まれている場所では多くの命が散っているのだ。そう、それは戦闘の光だった。
 エンドラとサラミス、リアンダーといった巡洋艦が中距離から艦砲射撃を繰り返し、直撃を逸らした防御スクリーンの燐光が艦体を包み込む。
 連邦の艦隊とネオジオンの艦隊が激突している。別に珍しいことではなかったが、それはいつもと少しだけ違っていた。

「左右を固めろ。8機来るぞ!」

 ネオジオン側の指揮官が部下達に懸命に指示を出しているが、連邦軍の動きは彼の努力を嘲笑うかのような速さで、悉くが後手に回っている。敵はジムVが主体だったが、ゼク・アインも混じっている。そして、その中に化物じみて強いゼク・アインが居た。
 左右から4機ずつで襲いかかってきたゼク・アイン隊。これを迎え撃ったガ・ゾウムがハイパーナックルバスターを構えて弾幕を張るが、先陣を切って突っ込んできたゼク・アインはこれを楽々と突破して擦違いざまにガ・ゾウム1機をマシンガンでバラバラにしてしまった。
 このMS隊を率いているのは祐一だった。祐一のパーソナルマークである剣を両足で掴んだ鷹が肩に描かれたゼク・アインが戦場を駆け抜け、部下を率いてネオジオンMS隊を引っ掻き回している。ただ、このマークは妙に可愛く描かれていて、迫力が欠けていたのだが。描いたのは誰なのだろうか。

「ジムV隊は分断した敵を包囲殲滅しろ、このまま各個撃破を繰り返す!」

 祐一は性能に勝るゼク・アインで敵を分断し、ジムV隊の物量で各個に押し潰していく戦術を繰り返しているようだった。これはジムV隊の弱さを補う為の戦術で、シアンが編み出した3機で1機の敵を袋叩きにする包囲戦術を部隊レベルに拡大した物と言える。祐一も技量と性能に劣るMSで勝つための策を編み出したのだ。
 この戦術はシアンの3機連携型に較べると運用面で問題が多かったが、ベテランは少数でも何とかなるという点がメリットだった。
 このジムV隊には栞のガンダムmk−Xが加わっていて、栞が恐ろしい攻撃力を発揮していた。mk−XはザクVにも勝てる性能を持っているのでありがたい機体だ。栞はジムV隊の負担を肩代わりするかのようにインコムとビームライフルを武器にガザDやガ・ゾウムを次々に落としている。NTが扱うインコムはファンネルやビットに匹敵する脅威で、並みの兵が扱うガザDでは対応し切れない。
 更に嫌な事に、ネオジオンMSは何処からともなく飛来する長距離ビームの狙撃も受けていた。艦隊とは違う方向から時々飛来してきて、正確にネオジオンMSを撃ち抜いていく。その腕前は化物じみていて、ネオジオンパイロットたちの士気を著しく低下させていた。目の前の敵と激突して武運つたなく敗れるならまだしも、何処から飛んでくるのか分からないビームに落とされるのは溜まったものではない。
 この狙撃をしているのは言うまでもなく名雪だ。ビームスマートガンを構えたゼク・アイン第2種兵装型が護衛機2機を伴って戦場を大きく迂回し、戦場に向けてビームを放っている。それは傍から見ると間抜けな光景であったが、名雪の長距離狙撃能力はアムロやシアンでさえ恐れるほどの精度で飛んでいくのだ。その射撃は百発百中とまで言われている。このような乱戦状態でも3発撃てば1機落とすという。

「う〜ん、エネルギーは後5発分、か。どうしようかな?」

 予備のEパックを使っても良いのだがもう戦闘の趨勢は決したように見える。ここは弾を温存し、祐一からの要請に対応できるようにしておいた方が良いだろうかと名雪は考えてしまった。それに、長距離からの狙撃は名雪であっても誤射の可能性が付き纏うのだ。過去に名雪が味方を撃ってしまった事は幾度もある。だから乱戦状態の戦場に狙撃をするのは避けたいのが名雪の本音なのだ。
 それに、祐一への信頼もあった。祐一は確実に勝つと名雪は何時も信じているから。



 MS戦の趨勢は決した。もうネオジオンに逆転のチャンスはなく、それどころか祐一たちが艦隊に迫っている有様だ。指揮官のザクVが中心になって祐一たちの突撃を食い止めようとしているが、もはや勝負は見えている。
 ザクVがスカートのビーム砲2門とビームライフルを使って祐一のゼク・アインを止めようとしている。だが、祐一を止めるには余りにも役不足だった。

「邪魔するなよ!」

 祐一は圧倒的な火力で自分を寄せ付けないザクVに苛立った声を上げると、指のランチャーから小型のダミーバルーンを射出した。技術的な問題でまだ小さなバルーンしか出せないが、相手の視界を奪う程度には使える。そのバルーンに一瞬動きを遮られたザクVが苛立たしげにそれを銃で払いのけると、開けた真正面にビームサーベルを構えたゼク・アインが居た。
 祐一がビームサーベルを一閃し、ザクVのビームライフルを真っ二つにしてしまう。それでザクVは慌てて後退してビームサーベルを抜いたのだが、祐一が離されないように動いて格闘戦を仕掛けてきたため、ビームサーベルでの斬りあいになってしまった。この戦いは3度切り結んだ後、祐一がザクVの右腕を肩から切り落とし、止めとばかりに胴体を横薙ぎにして離脱、直後にザクVが爆発する事で終わった。

 このザクVの撃破で組織的なMS戦は集結した。ネオジオン艦隊は弾幕を張りながら撤退して行ったが、連邦艦隊との砲戦でエンドラ級1隻が損傷して取り残されており、集中砲火を受けて撃沈されている。
 敵艦隊の撤退を確認した祐一は全機に生存者の捜索と帰還を命じるが、周囲が動き出す中で1人だけじっとネオジオン艦隊が撤退して行った方向を見つめていた。それをみてどうしたのかと栞が話しかけてくる。

「どうしましたか、祐一さん?」
「ちょっとな、何時までこんな戦いを続けるのかと思って」
「ネオジオンが、ですか?」
「違うって、俺たちだよ。何時まで受身なのかと考えてたんだ」

 こんな所でこんな戦いを続けるより、ア・バオア・クーを攻め落としたほうが良いのではないか。祐一はそう考えていたのだ。こんな消耗戦にいい加減嫌気がさしていたのである。だが、秋子はこちら側で攻勢に出るつもりは無いようなので、まだ暫くこんな戦いが続く事になる。





 コンペイトウ、連邦第2艦隊を主力とする艦隊が駐留し、ネオジオンとエゥーゴに対する押さえの位置にある重要拠点である。ここを抜かない限りネオジオンとエゥーゴは連邦に手を出す事が出来ず、両勢力は幾度となくこの要塞を攻撃している。だが、かつてソロモンと呼ばれていたこの要塞の防御力は凄まじく、また守備隊も頑強に抵抗していた為に思ったような戦果は上がらず、事実上の消耗戦となっていた。
 ネオジオンの参謀総長エギーユ・デラーズ大将もコンペイトウ攻略の重要性をようやく認めて新型機と新型艦を優先で配備しだしたのだが、ゼク・アインとジムVの配備数を増やしている連邦軍の戦力は凄まじく、跳ね返されている有様であった。ネオジオンの主力を勤めるガザD、ガ・ゾウムはジムVには互角、ないしは優勢という勝負を出来たのだが、ゼク・アインやより新型のストライカーが出てくると分の悪い勝負を強いられている。そしてこの2機種はだんだん数を増やしていたのだ。
 ネオジオンはガ・ゾウムでさえ苦戦を強いられているという事態に対し、遂にドライセンと生産が始まったばかりのザクVを投入する事にした。艦艇もムサイ級だけではなく、主力艦であるエンドラ級が回されてくるようになっているが、その数はまだ多くは無い。元々艦艇を建造する能力に差がありすぎるのだ。



 そして今、このア・バオア・クーにチリアクスには懐かしいと感じる艦が、巡洋艦4隻と輸送艦12隻を伴って入港して来た。それはかつてファマス戦役の緒戦から終盤まで前線で戦い続けた歴戦の殊勲艦、エアーであった。既に建造から4年が過ぎているが、数度の改装と基本設計の優秀さから未だに主力艦の1つと認識されている。特に指揮、通信機能は高く、チリアクスが使っているサダラーンより旗艦としては優秀だった。

「エアーか。見るのは久しぶりだが、外観に大きな変化は無いようだな」

 宇宙港で入港してきたエアーを出迎えたチリアクスは、連絡路から出てきた将官を些か困った笑顔で出迎えていた。

「ようこそアヤウラ准将、いや、少将になったのだったか」
「はい、お久しぶりですな、チリアクス提督」

 かつて激しく対立し、身内の敵とさえ思っていたアヤウラだが、今ではアクシズ中枢にいる人間の中では数少ないファマス出身者に好意的な人物としてチリアクスたちの後援者的存在になっている。

「しかし、君が前線に出てくるとは思わなかったな。情報部に行くと思っていた」
「それが、デラーズ閣下に疎まれてましてな。前線で戦死して来いという事です」
「では本国には戻れないと?」
「いえ、キャスバル総帥はそう遠くないうちに呼び戻すことを約束していますから、こっちで少し働いたらまた戻る事になると思います」
「そうか。しかしまた随分と仰々しいな」
「ああ、アレは提督への土産ですよ」
「土産?」

 次々に入港してくる輸送艦。アヤウラと共にそれの荷下ろしを見に行ったチリアクスは、運び出されてくるMSを見て驚いてしまった。それはネオジオンでは準生産機に位置づけられているシュツーカの後継機、ゴブリンだったのだ。

「これは、ゴブリンじゃないか!」
「本国防衛隊に回される予定だった物をこちらに回させました。全部で80機持ってきてます。他にガ・ゾウムとドライセン、ザクVを持ってきました。総数120機です」
「良く、それだけの数を揃えられたな。デラーズ閣下は何も言わなかったのか?」

 チリアクスの驚き混じりの質問に、アヤウラは何故か薄く笑うだけで答えようとはしない。それを見たチリアクスは、これは本当に正規ルートで手に入れた物なのかと不安に駆られてしまった。この男は昔から目的の為には平気で無茶をする男だからだ。

「お、おい、このMSはどうやって入手したんだ?」
「聞かない方が宜しいかと。まあ、帳簿上では問題は無いので安心して使ってください」
「その答えにどうやって安心しろというんだ?」

 この野郎、やっぱり非合法手段を使ってるなとチリアクスは確信してしまったが、これまで碌な機材を送ってこなかった本国への反感もあり、アヤウラの行為を咎めはしなかった。実際、こうでもしないと優秀な機体が回ってこないのだ。

「それと、ヴァルキューレを6機、キュベレイを2機持って来ています。これはかなり役立つと思いますよ」
「キュベレイもか。NTをよく本国が出したな」
「総帥の格別の好意ですよ。もっとも、ハマーン殿や総帥に較べるとかなり見劣りしますが。多少の強化も施されているようです」
「あの2人と較べるのは酷だろう。しかし、これだけの戦力を揃えたからには一戦して勝たなくてはいかんだろうな」
「その為に私が来たのです。エゥーゴも部隊を出していますから、忙しくなりますよ」

 アヤウラは彼を特徴付ける丸眼鏡型のサングラスを揺らして楽しそうに笑うが、その姿はどう見てもただの不審人物にしか見えず、装飾過剰なネオジオンの将官制服も相まってその怪しさを一層際立たせていた。

「ア、 アヤウラ、その眼鏡は何とかならないか。今のままだとただの不審者だぞ」
「失礼ですな提督、これは私のポリシーですぞ」
「嫌なポリシーだな」

 この男とこうして普通に話せるようになるなどとはファマス戦役の頃には思いもしなかったが、状況が変われば関係も変わるものであるらしい。おかしな話だが、チリアクスたちにとってアヤウラは頼れる戦友になっていたのだ。

「ところで、娘さんは元気かね?」
「元気ですよ。この間久々にスキンシップをしようとしたら思いっきり引っ叩かれました。ついでに性犯罪者呼ばわりです」
「……君は年頃の娘に何をしとるのだ?」
「3年ぶりの再会だったんですよ、少しくらい良いじゃないですか」

 シクシクと鬱陶しく泣くアヤウラ。その背中は娘に冷たくあしらわれた中年親父の悲哀が滲んでいた。





 そして、コンペイトウを巡る戦いは明らかな変化を見せた。輸送船団が襲われるのは毎度の事なのだが、これが艦隊の襲撃だけではなく、航路の機雷封鎖や潜宙艦の投入、果てはこれまで要塞攻撃にしか使われなかったガザWの長距離攻撃を用いて行われるようになった。この多種多様な攻撃に連邦軍は振り回されていた。しかもネオジオン軍だけではなく、エゥーゴ部隊までが参加するようになった事で、コンペイトウの状況はかなり悪くなっていた。特に潜宙艦部隊の動きが活発になり、連邦はフリゲートの大量投入を強いられている。

「第26輸送船団が半数を喪失、か。また食われたな」

 コンペイトウの司令部で報告書を見ていたクライフが憂鬱そうに呟き、どうしたものかと背後を振り返った。そこには秋子から派遣されてきたバークと斉藤がいる。

「どうしたら良いと思う?」
「私はこの手の狩り出しは苦手ですな」

 バークが困った顔で頭を掻いている。バークは高速部隊を率いて宇宙を駆け回る指揮官なので、細々としたゲリラ狩り作業などは苦手なのだ。まあクライフもそれは分かっているので、この手の仕事のエキスパートである斉藤に話を向けた。

「どう思うかね、斉藤君?」
「……正直言いますと、これほど大規模な通商破壊戦を前にしては今ある戦力だけで対処するのは困難です。護衛をもっと強化し、哨戒網を拡大して遊撃部隊を複数編成して、これだけの事をやるには複数の空母が必要になります」
「空母か……」

 クライフが腕組みして考え込んだ。宇宙軍の空母といえば頭に浮かぶのがまずラザルス級大型空母だろう。MS40機程度を運用できる、ラーカイラム級が登場するまでは連邦で最大の量産型艦艇だった。現在でもその価値は変わらず、1隻でMS大隊1つを運用できるという能力は重宝されている。しかも空母は他の戦闘艦とは異なり、豊富な弾薬と予備部品を搭載しているので長期間に渡ってMSを運用できるのだ。戦艦や巡洋艦では2回も戦えばMS隊の装備を消耗し尽くしてしまう。
 だが、これは高価な艦なので易々と投入できない。まして哨戒任務になど回すのは論外だ。となると候補に挙がるのはカウンペンス級軽空母か、フォレスタル級空母という事になる。だがカウンペンス級はサラミス級ベースで足が速くて、しかも航続距離も長いので輸送船団の護衛として重宝されている。こうなると回して貰うとすればフォレスタル級になるだろう。航宙機80機を運用する能力は哨戒網を構築するには十分過ぎる物だ。ただMSは運用できない。

「水瀬さんに頼んでフォレスタルを2隻ばかり回してもらうか。ラザルス級は頼んでもくれないだろうからな」
「まあそうでしょうな。哨戒用ならフォレスタル級で十分だと私も思います」

 クライフの答えに斉藤が頷いた。これに基づいてクライフは秋子にフォレスタル級を哨戒用に2隻、交代用に1隻、護衛艦付きで回してくれと要請し、秋子は予備部隊からこの戦力を抽出してコンペイトウに送る事になる。
 この派遣を知ったアヤウラはア・バオア・クーの会議室で列席している同僚たちやエゥーゴ士官たちを前に大きな溜息を漏らし、「航路の哨戒任務で空母部隊を出してくるのか。羨ましい限りの物量だな」と漏らしている。アヤウラたちは主力艦まで通商破壊戦に注ぎ込んでおり、ア・バオア・クーの防衛さえ疎かになっているというのに、連邦は平気な顔で複数の部隊を追加してくるのだ。
 だが、この哨戒部隊が到着する前に、コンペイトウ周辺では幾度も戦闘が発生する事になる。コンペイトウ司令部は護衛を強化し、護衛部隊に精鋭を配置した為にネオジオンやエゥーゴの襲撃に対して熾烈な迎撃戦が繰り広げられたのだ。護衛部隊の戦力によっては襲撃側が返り討ちにあう事さえ起きている。

 この護衛部隊にはフォスターUから秋子が自分の直属部隊を付けており、北川たちや七瀬たちが付いている。北川の駆るゼク・ツヴァイや七瀬のストライカーを相手にするネオジオンパイロットたちの負担はかなり大きなものがある。
 その輸送船団がコンペイトウに入港して物資を荷降ろししている。それを護衛してきた部隊はコンペイトウで出航までのんびり休んでいたが、中には休めない人もいる。北川は司令部に顔を出し、祐一たちから周辺の情勢を聞いていたのだ。

「よお相沢、まだ死にぞこなってたか」
「お前こそいい加減人生に疲れてんじゃないのか?」

 物騒な言葉を交し合って握手を交わし、祐一は視線を北川の背後に移した。

「よっ、香里」
「ふふ、相変わらずのようね、相沢君は」
「そうなんだよ香里、祐一ってばいっつもいっつも馬鹿ばっかりでさ〜〜」

 香里と名雪が笑顔で再会を喜び合っている。互いに指揮官として任地が離れてしまっているので、会える機会が減ってしまったのだ。それでも崩れない友情は美しいと言うべきだろうか。
 祐一は早速北川たちにコンペイトウ周辺の戦闘状況を伝える事にした。

「ネオジオンの攻撃はかなり巧みだよ。こちらの輸送ルートを読みきられてるみたいだ。しかもエゥーゴの部隊と手を組んでるみたいで、双方の部隊が戦場で確認されてる」
「エゥーゴもか。いよいよ向こうも本気になったってことか?」
「さあね。新型の姿もあるし、こっちはかなり困ってるよ。オマケにこいつを見てくれ」

 端末を操作する祐一。そしてモニター上に表示された艦艇を見て、北川と香里は驚きの声を上げていた。

「こいつは、エアーじゃないか!?」
「まさか、あいつが来てるの!?」

 あいつ、というのが誰を指すのか、祐一たちにとっては確認するまでも無い。ファマス戦役における機動艦隊にとっての最大の敵、アヤウラ・イスタスだ。エアーを強奪した後、この艦を自分の乗艦として使い続けた宿敵にして優れた敵将。あの男によって連邦軍はどれだけ苦しめられただろうか。
 あの男が出てきたなら、ネオジオンの通商破壊戦が巧みになったのも頷ける話だ。フォスターT陥落後にアヤウラは大規模な通商破壊戦を連邦に対して仕掛け、多大な戦果を上げていたのだから。あの通商破壊戦のために連邦軍はフォスターUへの侵攻を一月遅らされたと言われている。

「アヤウラが出てきてるのか。それはかなり厄介ね」
「ああ、だが、今の所はこっちの戦力強化に付いて来れてない。まあ無理も無いんだがな。今問題になってる敵の新型はこいつらだな」

 祐一はコンソールを操作し、表示データを切り替えていった。

「まずネオジオンの新型、ザクVだ。最近数が増えて、かなり手強い相手になってる。ゼク・アインでも少し苦しいか」
「また随分とゴツイ機体だな」
「全くだ。だが、こいつには厄介な奴が混じってるから気をつけろ。ザクVの中に白い機体が居るからな」
「白いザクV?」
「ああ、白狼シン・マツナガさ。生きてたらしい」

 シン・マツナガ。ジオン公国を代表するエースパイロットの1人で、白狼の名は赤い彗星や真紅の稲妻と並び称される程で、はっきり言って相手にしたくないパイロットである。行方不明と聞いていたが生きていたわけだ。
 白狼がコンペイトウ周辺で暴れていると聞かされた北川と香里は顔を見合わせ、出てこられたらどうしようと不安そうな視線を交し合っている。2人とも腕には自信があるが、白狼相手となると流石に何とかなると言えない。あのレベルの相手が務まるのはあゆや七瀬たちで、自分達では多分勝てない。

「……コンペイトウはどうする気なんだ、相沢?」
「当面は受身に徹するらしい。まだコンペイトウの施設は直って無いからな」
「そうか、クライフ提督も消極的というか堅実と言うか」
「まあ、無理をされるよりは良いんだけどな。こっちはジムVが主力だから、正直ドライセンやザクVの相手は辛い」

 主力艦隊に配備されているゼク・アインやストライカーがあればもっと楽が出来るんだがと愚痴る祐一。だが、地上軍はジムVでも贅沢品なのを考えれば祐一たちはまだ恵まれている方だ。
 そして祐一は、今度はまた別の機体を表示させた。

「こいつはキュベレイと言うらしい。NT専用機らしくて、ファンネルとかいうビットを小さくしたようなサイコミュ兵器を飛ばしてくる。同時に4〜6個くらい使ってくるみたいだな」
「また厄介なのが出てきたな」
「そうでも無いぜ。サイコミュ兵器はこっちにもインコムがあるし、あゆや栞が使う為にビットの開発も進んでる。そういう物があるって分かってりゃ、対応は出来るな。1年戦争の時は訳も分からなかったけどな」
「ああ、ソロモンの亡霊か。確かエルメスとか言ったっけ、あれ?」
「ファマス戦役の時のアレの同系機みたいなMAが秋子さんのところに亡命してきたらしいな。デラーズ・フリートが作ってた機体らしくて、強化人間が乗ってたらしいぞ。名前はディアブロとか言ったかな。クリスとディーナとかいう女の子が乗ってたそうだけど」
「強化人間って、ティターンズが使ってるアレか?」
「ああ、シアンさんがムラサメ研を落として大量の資料や被験者を入手したって言ってたが、シアンさんの話じゃ吐き気が込み上げるような代物だったらしいぜ」

 ムラサメ研究所を攻略した事で連邦軍のサイコミュ研究はかなり加速される事になった。連邦のNT研究はかなり閉鎖的で、個々の研究機関や組織でバラバラに行っているのが現状だ。秋子もサイド5で行ってはいたのだが、秋子の元にはディアブロの他にもファマスから接収した繭や澪が使っていたテンペスト等もあり、実機開発の面では群を抜いている。特にサイコミュの完成度は高く、ビットを組み込んだMSの試作がゴータ・インダストリーで行われている。ただ、秋子は強化人間には興味を示してはいない。彼女の発想には人間を戦争用に改造するという類の物は無いのだ。本当はサイコミュも嫌っているのだが、NTの軍事利用が常識化している現状では避けることは出来なかった。
 この秋子の主義が成り立ったのは、彼女の元に多くのNTパイロットが揃っていたからでもある。ティターンズのような事をしなくても開発をフォローしてくれるNTに事欠かなかったのだ。秋子自身も強力なNTであるが、他にもあゆや栞は勿論、テンペストのパイロットだった澪、サイコミュを使った経験は無いが強力なNTである瑞佳なども居るのだ。特に瑞佳は長期に渡ってゴータ・インダストリーに出向していて、ストライカーのテストパイロットを勤めるついでにNT研究にも協力していた。今では更にジオン共和国軍から椎名繭とジョン・クエストが加わってくれて更に陣容が充実している。
 ただ、ゴータの試作機がこのネオジオン製NT専用機に勝てるかどうかはまだ分からない。サイコミュは元々ジオンの技術であり、ファマス戦役では火星ジオン軍はテンペストという4基のビットを運用できるMSを投入してきたのだから。このテンペストと同レベルの機体を連邦軍は遂に開発できなかった。
 ゴータが開発しているのはこのテンペストのデータをベースに、連邦の持つ小型核融合炉技術を生かして小型化したビットと、ゴータの持つ機体開発技術を生かした高性能MSだ。エクスカリバー系の弱点だった中・長距離での能力不足をビットで解決しようとするこの試みは一定の成果を上げそうではあったが、サイコミュの性能が不足気味なのが難点だろうか。シアンのような低レベルNTではこの機体のビットは扱えないのだ。

 この、まだ研究施設から出て来れないNT専用機を秋子は早期に投入したがっていた。既にティターンズがサイコガンダムのシリーズを戦場に投入し始め、エゥーゴもレッテンディアスのようなNT用の機体を投入しだした。これに対して連邦にもガンダムmk−Xがあるのだが、インコム型なのでどうしても劣ってしまう。まあNTでもなくても使えるという強みはあるので、数で補うという考えもある。
 
「ゴータの新型はあゆが使う事になるらしい。アムロとかにはあいつで無いと対抗できないからな」
「俺たち2人がかりなら何とかなるだろ」
「それが出来るならな」

 北川の自信ありげな言葉に祐一も笑いながら頷いた。祐一と北川のコンビはシアンやアムロにさえ勝てる最強のコンビだ。この2人が手を組めばZに乗ったアムロが相手でも確実に勝てると言い切れてしまう。この事は機動艦隊に参加していた者には知られている事実で、アムロや舞、トルクでさえこの2人が同時に戦場に出てきていないか注意を払っている。
 ただ、祐一は今では秋子直属のMS隊隊長であり、北川はその指揮下で1個大隊を任されている。この緊急展開軍に所属していたパイロット達を中心に編成されたMS隊は秋子の判断で様々な戦線に投入される遊撃戦力として編成されている。主に秋子直属の第1艦隊と行動を共にしているが、各方面を支える為の基幹戦力となったり、苦戦中の戦線に火消し役として投入されることもある。

「まあこんなのが出てきて、こっちは苦労が多いよ。秋子さんはティターンズ方面を重視してるから、こっちには余り新型が回されてこない。もう少しゼク・アインが欲しいんだけどな」
「ティターンズの方が機材が優れてるってイメージがあるからなあ」
「その辺もそろそろ修正して欲しいぜ。ゼク・ツヴァイやmk−Xももっと数が欲しい。あと、優秀な指揮官も」
「MSはともかく、指揮官は無理だろ」

 新型MS以上に前線指揮官の確保は困難なのだ。MSは工場に増産を命じれば出てくるが、人材は簡単には揃わない。何処の戦線でも優秀な指揮官、特に中隊長クラスの人材は喉から手が出るほどに欲しい。
 だが、祐一はそれでも諦められないのか、昔を思い出してとんでもない事を呟いてしまった。

「あ〜あ、もう一度カノンの頃みたいな連中が揃わないかなあ」
「お前な、アレは秋子さんが職権乱用して集めた化物集団だぞ」

 あの頃は佐祐理や北川が中隊長をして、シアンが全体を纏めていた。香里クラスが小隊長という無類の贅沢さだった。あれをもう一度再現できたら、多分他の戦線が穴だらけになる。
 だが、祐一の気持ちも分からないではなかった。現在コンペイトウ周辺で活動しているのはチリアクスをTOPとしてアヤウラやショウ、ブライト、ヘンケンといった1級の艦隊指揮官に率いられた部隊だったのだから。





 祐一がコンペイトウ周辺で行われている戦闘の変化と、登場しだした新型に付いて説明をしていたが、事態はそうしている間にも急激に悪化していた。アヤウラと大量の補給を受けたネオジオン艦隊は同時に複数の部隊を動かし、連邦の哨戒部隊を襲いだしたのだ。連邦軍はネオジオンやエゥーゴの襲撃部隊に対処する為に駆逐艦主体の哨戒部隊を幾つも編成し、敵を発見する事に全力を注いでいる。発見したら近くの打撃部隊を呼び寄せるのだ。
 ネオジオンとエゥーゴはこの哨戒部隊を狙って動き回り、少数で動いているこれらを次々に撃破していった。哨戒部隊は足が速いので何時もなら逃げられるのだが、今回は逃げられなかったのか敵襲の報を残して消息を断つ部隊が次々に出ている。
 これをコンペイトウの司令部で伝えられたクライフは苦々しい顔で苛立ちを表し、出ている哨戒部隊をコンペイトウに呼び戻させた。このままでは各個撃破を重ねられるだけだ。

「とにかく情報が欲しい。哨戒機を放ってこの煩い奴らを探せ。それと遊撃部隊にこいつらを始末するように命令を出せ!」

 駆逐艦よりずっと逃げ易い哨戒機なら情報を持ち帰れるとクライフは考えて多数の戦闘機、攻撃機を哨戒機として放たせた。駆逐艦の他にもパブリク哨戒艇もあるのだが、やはり未帰還機が多くなっている。
 このクライフの試みは哨戒機に多くの犠牲を出したものの、ある程度の成果を上げる事が出来た。敵はネオジオンとエゥーゴで、10隻程度の部隊が確認されただけで6つほど動いている。それはネオジオンやエゥーゴとしてはかなり無理をしていると思われる動員数であった。
 これを知らされたクライフは、正直これほどの部隊が動いているとは思わず驚いていた。これはコンペイトウを巡るこれまでの戦いで最大規模のものでは無いだろうか。

「これは敵が総力戦に出てきた、という事かな?」
「そのようですが、それに踏み切らせるだけの何かがあったという事でしょうな」

 斉藤は敵の動員数に驚くよりも、それに踏み切らせるだけの何があったのかが気になった。これだけの艦艇を揃えたのも驚きだか、格納庫を満たせるだけのMSや運用に必要な物資をどうやって揃えたのだろうか。
 だが、今はそれを考えている暇は無い。敵を迎撃する為に自分達も出撃しなくてはいけないのだ。斉藤は自分の部隊の他にも輸送船団に付いてきた護衛部隊も加える事になる。予定されていた船団の帰還は暫く待たせる事になるようだ。

「まあ、何とかして見せますよ。敵が出てきたという事は、撃破するチャンスでもありますからな」

 ア・バオア・クーに引き篭もっていられては撃破するのも容易ではないが、外に出てきたなら捕捉撃滅する事ができる。一度捕捉出来れば後は数の差で押し潰すのみ。それが連邦軍の強みだ。
 斉藤の言葉にクライフもバークも頷いた。2人とも艦隊戦には自信があり、外でぶつかれば負けはしないという自負もある。最悪競り負けても、損失差が2倍以上に開かなければ国力差で損害を補充し、次の戦いで勝つ事が出来る。
 だが、今回の相手は彼等の想像よりもずっと厄介な相手であった。彼等が出撃の準備に入ろうと司令室を後にしようとするよりも早く、いきなりコンペイトウ全体が振動したのだ。

「何だ、事故か?」

 これまでの経験から何かの爆発が起きたのだという事は察したのだが、攻撃を受けたのだという答えが出てこなかった。まさかコンペイトウに直接攻撃してくる度胸は無いだろうという侮りがクライフの中にあったのだ。
 そして連続した振動が再びコンペイトウを襲い、オペレーターが逼迫した声で報告をしてきた。

「第1宇宙港内で爆発が発生、ミサイルのようです!」
「ミサイルだと!?」
「更に移動熱源、無数に接近!」
「迎撃しろ!」

 コンペイトウの砲台が弾幕を張り巡らし、迫るミサイルを次々に撃ち落していく。まず長射程のビーム砲がミサイルを砲撃し、中距離に入られたら迎撃ミサイルが迎え撃つ。これさえ突破したミサイルにはレーザーファランクスの盛大な迎撃が出迎える。これは艦載のレーザー機銃とは異なり、要塞のジェネレーターを使える利点を生かした大出力レーザーで弾幕を形成する新型の近接防御システムだ。最近の量産機は装甲が強化された上にエネルギー兵器への防御力も目覚しく向上しているため、ファマス戦役では猛威を振るったレーザー機銃でも威力不足になった事で開発された。
 ただ、これはやや大きく艦載砲には向かないので、より威力を強化した艦載レーザー機銃の開発が行われているが、まだ完成しそうにも無い。

 飛来したミサイルの数はそれ程多くはないようで、要塞本隊を直撃するミサイルは出なかった。ただ、要塞の索敵システムと通信システムがミノフスキー粒子の干渉で使えなくなってしまい、敵が近づいている事を教えている。
 この事態の推移に慌てている部下達。彼等もコンペイトウが大軍で攻められる筈が無いという根拠の無い自信を持っていたのだろう。それがいきなり崩されて動揺しているのだ。その醜態を見て、クライフは自分のデスクを大きな音を立てるように叩き、全員の注意を自分に向けさせた。

「全軍を出撃させろ、敵を迎え撃つぞ。要塞全体に第1級戦闘配置を伝達、急げ!」

 クライフの叱咤を受けて慌ててオペレーターたちが自分の仕事に戻る。それを見たクライフはドサリを自分の椅子に腰を下ろすと、苦笑いを浮かべた。

「どうも要塞に腰を落ち着けてると実戦の勘を無くすらしいな。こういう事も起きて当然なのに、来る筈が無いと頭で決め付けてしまう。私でもな」

 要塞に篭もっていると色々と臆病になるようだと呟くクライフに、斉藤は小さく頷いていた。要塞という物には不思議な安心感があり、ついつい頼ってしまうこれはファマスにもあった傾向なのだ。フォスターT、フォスターUにいると何故か落ち着き、安心してしまう。そういうものなのだ。

「バーク准将、出てくれるか?」
「分かりました、艦隊を率いて前に出ます。クライフ提督はここから全体の指揮をお願いします」
「分かった、そうしてくれ。艦隊は君に総指揮を任せる。斉藤大佐と協力して上手くやってくれ」

 クライフの命令に敬礼をして出て行くバークと斉藤。それを見送って、クライフは両手で自分の頬を叩くと、気合を入れなおして全軍に号令を発した。

「いいか、ネオジオンやエゥーゴにこの要塞をくれてやるわけにはいかないんだ。気合を入れていくぞ!」

 司令部にクライフの激励が轟き、オペレーターたちが大声でそれに答えて司令部が活気付く。これが戦闘開始の合図となったかのようだ。


 宇宙港から次々に艦艇が出撃していき、MS隊や戦闘機隊が発進する。それを指揮していた祐一も自ら出撃する準備をして格納庫を移動していた。

「緊急発進だ、準備の出来た機体からカタパルトで出せ!」
「了解!」
「敵の数は不明だが、怯むなよ。数で俺たちが負ける可能性はまず無いんだ。落ち着いていけ!」

 ベテランが各地の戦線に分散してしまったため、全体の技量は今1つだ。当然経験も少なく、こういった事態には対応し切れないでいる。動揺している者も多く、それらに声をかけて安心させようというのだ。落ち着きを失くせば実力は普段以下になってしまうのだから。
 そんな状況では祐一のようなベテランの姿は安心感を与える効果がある。祐一以外にも名雪や久瀬やあゆ、栞、葉子、北川に香里がいるのだ。これらのエースたちはコンペイトウ駐留部隊に絶大な信頼を寄せられている、まさに精神的な支えなのだ。
 祐一がゼク・アインに乗り込み、名雪とあゆが笑顔で挨拶を交し合ってゼク・アインとmk−Xに向う。久瀬が祐一は何処に行ったと探し回っていたり、葉子が困った顔をしていたり、北川と香里が栞にからかわれながら格納庫を飛んでいたりと、いささか新人が抱くエースパイロット像とは懸け離れた姿ではあったが。


 そして0086年8月15日、コンペイトウを巡ってネオジオンとエゥーゴの初めての共同攻撃作戦が実施された。それはこの方面で行われた、初めての大規模戦闘となる戦いであった。



後書き

ジム改 第1次コンペイトウ会戦の開始。
栞   またいきなりですね。
ジム改 ネオジオンが久々に大軍を揃えられたからな。
栞   ところで、私は何時までmk−Xなんですか?
ジム改 何だ唐突に?
栞   いえ、あれも良い機体だとは思うんですが、そろそろ私もNT専用機が欲しいと。
ジム改 今回出てきた新型か?
栞   はい、あれを是非とも私に!
ジム改 お前にはデンドロがあるだろ。
栞   あれも良い機体なんですが、やはりMSこそガンダムの華です。
ジム改 貴様、最後にはサザビーが欲しいとか言わんだろうな?
栞   そんなわけ無いじゃないですか。
ジム改 そうか、なら良いが……。
栞   私なら白が映えるνガンダムですよ。
ジム改 似たようなもんだあ!
栞   カルシウムが足りないですよ。ここに良い薬がありますから飲みます?
ジム改 いや、お前の薬は強すぎるだろ。
栞   残念です。それでは次回、コンペイトウに襲い掛かるネオジオンとエゥーゴの精鋭部隊。白狼が、ソロモンの悪夢が、真紅の稲妻が、白い悪魔がソロモン宙域を駆け抜けます。これを迎え撃った祐一さんたちは。次回「ジオンの残光」でお会いしましょう。