第67章  欧州を救え


 

 コンペイトウでバークを失った秋子は暫く意気消沈していた。エインウォースに続いて、2人目の頼りにしていた将校の戦死である。これで秋子の手元にはシドレとオスマイヤーしか残っていない事になってしまったのだ。歴戦の将官の補充は容易ではなく、バークの穴を埋めるのは不可能に近い。
 まだまだ戦いは続くというのに、まさかこんな所でバークを失う事になるとは。秋子は今後の作戦が窮屈になる事を嫌でも理解していまい、憂鬱な気持ちに捉われてしまっていた。
 そしてバークの戦死はフォスターU全体にも暗い影を落としていた。あの豪快で分かり易い性格の提督は将兵からそれなりの人望を集めていたのだ。特に駆逐戦隊の将兵は嘆いていた。駆逐艦の用法を理解する事、バーク以上の提督は連邦にはいないという事は彼等が一番良く知っていたから。


 だが、秋子たちに悲しみに暮れている時間は与えられなかった。ジャブローのコーウェンから欧州への救援要請が届けられたのだ。

「救援、ですか?」
「そうだ。現在欧州戦線はギュンテル中将の総指揮の下、旧ドイツとオーストリアを戦場として戦っている。だが、ティターンズの攻撃はいよいよ激しくなり、もはやこのままでは戦線を支えられなくなっているのだ。特に新型量産機に手を焼いておる」
「グーファー、ですね?」

 秋子の問いにコーウェンは忌々しそうな顔で頷いた。グーファーの威力は秋子もよく知っている。エニー・レイナルド中将に任せているティターンズ方面に出てくるようになったガンダムタイプの新型は、性能面ではゼク・アインをさらに超えるとんでもない性能を持っていることが分かっている。エゥーゴが投入してきたネロというMSよりも更に上にいるらしい。
 連邦軍にとって、この新型機の問題は頭が痛い。サイド5とペズンで量産しているゼク・アインでさえ性能で及ばないとなると、現用量産機では数を揃えて対抗するしかない。これはファマス戦役においてジムUがシュツーカに対抗できなかった事例と良く似ていた。

「ジャブローで開発中の機体で、使えそうなのは無いのですか?」
「残念だが、ジムWは望みが薄い。ジムはもうVで限界に達しているそうなのでな。とりあえずカラバからデータ提供を受けたエゥーゴ系MSをSNRIに研究させておる。いずれ何らかの成果を出すだろう」
「SNRI? それは何ですか?」

 聞いた事の無い呼称に秋子が不思議そうに問い掛けると、コーウェンは何かに気付いたような顔になり、すまんすまんと謝ってきた。

「ああ、戦略戦術研究所の事だよ。1年戦争以来、ここはMSに関しての研究を密かに進めていたのだ。まあ元々戦略兵器の研究機関で、表向きにはMSには関わっていないとされていたがね。実際にそれ程大規模な事をしていたわけでも無いのだが、それを今回正式に軍の研究機関としたのだ。主なメンバーには元アナハイムの技術者やジオン系だが、ファマス系の技術者も多い」
「ジャブローの17局、18局とはまた別の開発ラインを作ったというのですか?」
「いや、こちらはただの研究機関だ。本格的な開発局ではないよ。まあMSの開発もする部署だ。とりあえず、発足してすぐに面白い事を言ってきたな」
「面白い事ですか?」
「まあな。MSを現行の18メートル以上等サイズから一気に小型化し、15、6メートル級にしようと言ってきおった」
「MSの小型化ですか」

 MSの小型化、それ自体は決して珍しい発想ではない。重量と推力の比率を考えれば、同等の推力を持つ機体なら軽い方がはるかに速くなり、しかも航続距離を伸ばせるからだ。小型MSには大型MSのような大火力化、重装甲化は望めないだろうが、秋子が昔から提唱している「MSは宇宙の機動歩兵である」という理論と合致する構想である。
 ネオジオンはMSのコストダウンという命題に挑んだファマス系技術者達が、結果的にMSの小型化という目的を達成して見せた。シュツーカK型と同レベルの性能を維持しつつ、サイズを一回り小型の17メートル級に抑えたゴブリンというMSを完成させ、実戦に投入してきている。これはシュツーカK型と同程度の推力を持つMSとなり、コストや資材も2/3で済むとあって開発スタッフの目標は達成する事が出来た。だが、このゴブリンは予想外の性能を叩き出している。それは小型化した分だけ重量が軽くなり、同じ推力でも機動性が大幅に向上した為だ。
 これは連邦でも同様のデータが得られている。やっとゼク・ドライの試作1号機が組みあがってテストを始めているのだが、ゼク・アインを上回る推力を与えられたゼク・ドライは19メートル級のゼク・アインより2メートル以上も小さい17メートル以下に押さえられ、機体重量は27t程度にまで軽くなっている。全備重量も60tを超えない予定だ。しかもこれは試作段階なので、更なる軽量化を望む事が出来る。
 この軽量化によって推力がゼク・アイン級でも、機動性は劇的に向上しているのだ。それはエゥーゴのネロさえも超えている。このデータから、MSを単純に小型化するだけでも性能は大幅に向上すると言う事が実証された事になる。

「ジャブローで本格的に研究していただけるのでしたら、こちらとしても助かります。ドライを速く仕上げる事が出来ますから」
「うむ、それに付いては何とかなりそうだ。ネオジオンと一緒に開発をしておったらしいアナハイムの技術者が面白い話を持って来たからな」
「面白い話?」
「まあ、それは目処が立ったら教えよう。今はまだ可能性の話に過ぎんからな」

 コーウェンは彼にしては珍しい事を言って秋子の興味を躱すと、話を欧州戦線に戻した。

「水瀬提督、君の方も楽な戦いをしているわけでは無いという事は分かっているが、ここは援軍を出して欲しいのだ。サイド5で編成中のMS部隊を欧州に降下させてくれ」
「ですが、地球軌道はティターンズと制宙圏争いが続いていて、未だにこちらが完全に奪取したわけではありません。欧州の上空はティターンズの方が優勢ですし、ここに降下部隊を送るとなりますと、敵の大規模な迎撃を突破する事になります。それだけの部隊を護衛に割いて出せと言うのですか?」

 秋子の問いに、コーウェンは苦しそうに視線を逸らせた。宇宙軍の戦力再建はかなり進んでいて、フォスターU要塞には前線からの要請を受ければすぐに出す事が出来る援軍がある。フォスターUには第1、第5艦隊がいつでも出撃できるよう交代で待機状態にあり、その気になれば確かに地球軌道に艦隊を振り向ける事も可能ではある。だが、フォスターUの部隊を動かすという事は最後の予備兵力を動かすという事だ。それがどういう結果をもたらすか、理解できないコーウェンではあるまい。
 だが、地上軍の苦境も理解できる。未だにジムVさえ配備数が揃わない状況では、バーザムやグーファーの相手は辛いに違いないのだから。
 さらに言えば、コーウェンは連邦軍全軍を束ねる統合軍総司令官でもある。幕僚会議が事実上消滅している今、コーウェンは制服組のTOPとして宇宙軍と地上軍の両軍を束ねている最高責任者だ。そんな人物の要請を無視すれば、それは後に大きな禍根となって残るだろう。それは連邦軍の指揮系統の混乱を呼ぶのだ。
 本心では反対だった秋子だが、コーウェンの立場と友軍の苦境という現実を前にしては自分の考えを押し通すことは出来なかった。遂には仕方が無いと折れ、艦隊を出す事を承諾した。

「分かりました、艦隊を出して地球軌道の制宙権を一時的にでも押さえましょう」
「すまんな」
「いえ。しかし、ペンタが残っていれば、もっと楽になるんですけどね」
「ティターンズとの戦いで失われたのだ。仕方があるまい。一応第2ステーションの建設も進めているのだろう?」
「まあ一応、静止軌道を守るステーションは必要な物ですから」

 連邦軍とティターンズの地球軌道周辺を巡る戦いで、本国艦隊の母港であった静止軌道ステーションのペンタは両軍から狙われ、争奪戦の末に破壊されてしまったのだ。おかげで今は両軍とも地球から遠い場所の拠点から部隊を派遣して地球軌道を押さえようとしている。
 この問題を恒久的に解決するため、秋子は地球軌道に新しいステーションを設置するべく、ブロック毎に分けてサイド5で建設を進めていた。完成すればこれを地球軌道に運んで組み立てるのだ。
 だが、それはもう少し先の話だ。今は艦隊戦力で地球軌道に展開しているティターンズ艦隊を叩きだし、制宙権を確保してMSや物資を送り込まなくてはいけない。

「まあ、何とかやってみます。作戦などはこちらに任せて頂けるのでしょうか?」
「ああ、その辺りは君に任せるよ。上手くやってくれたまえ」

 部隊さえ送ってくれるなら、細かい事は秋子に任せるといってコーウェンは通信を終えた。残された秋子は困った顔になって暫し自分の机に向って考えこむ事になる。

「……私が出るしか無いですね。第1艦隊を独立艦隊を幾つか。それに第7、第8艦隊にMSと物資、ペガサス級と往還シャトルを使用して短時間で欧州に補給と増援を送る。これがベストですか」

 物資はまあ、難民に仕事を与える目的もあって建設を進めてきた各種工業、農業、軍需プラントが稼動を始めているから問題は無い。MSもゼク・アインやジムVの生産が軌道に乗っているので、前線に回す予定だった機体をこちらに転用すれば出す事は出来る。
 問題はパイロットだ。前線に出せるレベルのパイロットは秋子の手元にも決して余裕があるわけではない。ましてMS隊を纏められるパイロットとなると本当に少ないのだ。

「祐一さんか北川さん、あるいは七瀬さんですか。美汐ちゃんはエニーのところで前線を支えてますから外せませんし、久瀬さんは能力はあっても周りが命令を聞くかどうか分かりませんし」

 ファマス出身の士官は能力的には優れているが、ファマス出身という事がネックになっていて未だに要職に付けられないでいる。斉藤はクライフが一時的に正規艦隊規模の艦隊を預けたようだが、その後は元の独立艦隊指揮官に戻されている。
 秋子は認めているのだが、やはり周囲からの目は厳しい。コーウェンでさえファマス出身者を重用する事には難色を示すくらいだ。1度裏切った人間は2度裏切る、それは何時の時代でも普遍の法則として受け入れられてきた考え方であり、幾度と無くそれが迷信ではない事を証明してきた。ファマス出身者は未だに裏切り者というレッテルを背負わされているのだ。

「祐一さんに任せますか、これ以上指揮官は割けられませんし。補佐に久瀬さんをつけて、栞ちゃんと中崎さんをつければどうにかなるでしょう」

 多分名雪も付いて行くと言うだろうから、それはもう祐一とセットで勘定に入れている秋子であった。実はそろそろ孫が欲しいなあと密かに考えていたりする。この戦争が無ければそろそろウェディングドレス姿の名雪を見れたかもしれないのに、惜しい話だ。

「私が戦死したりおばあちゃんになったりする前に孫を抱かせて欲しいんですけどね」

 出来れば遠く無い未来に訪れて欲しいなあとか考えて、秋子は表情を柔らかく崩していた。基本的に彼女は家族の事が第一に来る女性である。


 
 だが、欧州を救援に向かうと言っても事はそう簡単には運ばない。まず作戦を立案して必要な兵力を算出し、揃えなくてはいけない。更に大量の輸送艦やMSも必要だし、欺瞞作戦もしなくてはいけない。輸送船団の護衛部隊も揃えてそれの指揮官も探す必要がある。一体どれだけの艦艇が必要となるのだろうか。
 この作戦の立案を任されたジンナ参謀長は余りの困難さに頭を抱え、神とティターンズとジャブローのお偉方を呪う言葉を暫し漏らし続けていたという。だが何時までも落ち込んでいるわけにはいかず、ジンナは現実と向かい合う事にした。嘆いていても仕事は終わらないのだ。

「第1艦隊と第7、第8艦隊を動かすのは良いが、それ以外の仕事に回す部隊が何処にあるんだ?」

 第1艦隊は秋子直属の部隊で、空母を多数擁する強力な艦隊だ。だがその仕事は正規艦隊として動く事ではなく、援軍を欲する戦線にとりあえず投入される即応戦力である。その為に必要に応じて艦が抽出されて1つの部隊として編成されるという方式を取っており、全艦艇が1つの艦隊として動いた事は無い。まあ秋子が直接出るというので各部隊の指揮官達は嫌でも奮起するだろうが、問題は何処から他の戦力を集めるかである。そして降下させる部隊を何処から抽出するのか。

「ゼク・アインとストライカーを降下させる事になるな。ゼク・ツヴァイ、mk−Xは重力下戦闘には向かないから外すとして、足りない分はジムVで補うしかあるまい。だが、既に編成が終わっている部隊を動かして本当に大丈夫なのか?」

 ジンナとしては貴重な予備兵力を出したくは無い。最近やっと余裕が出てきたばかりだというのに、その余裕をいきなり宇宙とはまったく関係の無い地上の戦線に投入する事になるとは夢にも思っていなかった。
 だが、出せと言われれば出すかしか無い。マイベックは各戦線への戦力補充の予定表をじっと見つめ続け、どの戦線に送る予定の機体をどれだけ削るかと延々と考え続けることとなった。






 ネオジオンの行政府が置かれているコア3の宮殿では、これからの戦略を巡ってキャスバルとデラーズが対立をしていた。サイド3の独立自治権の確立を最優先の目標とし、適当な所で戦争を終わらせようと主張するキャスバルに対し、デラーズはあくまでスペースノイドによる地球圏の統治という考えを変えてはいない。
 この戦いはネオジオン結成当初から存在していた問題で、戦争をどういう形で終わらせるかで未だに意見が対立している。ただ、現実を見ればデラーズの言うスペースノイドの手による統治など不可能なのは明白であった。連邦宇宙軍はコンペイトウに展開させている戦力だけでネオジオン、エゥーゴの全軍を相手取る事が可能なほどの戦力を有しており、連邦宇宙軍全体を撃破することなど出来る筈も無い。もし何らかの理由で秋子が先にネオジオンを潰す気になったりしたら、ネオジオンは碌な抵抗もできずに潰されてしまうだろう。
 連邦を黙らせるのに何か策はあるのかと問うキャスバルであったが、デラーズはこれに対して自信がありそうに答えた。だが、その回答はキャスバルらのダイクン派を驚愕させるものであった。

「コロニー落とし、だと?」
「そうです。地球の南米に新たなコロニーを落とし、ジャブローに止めを刺すのです。さすれば連邦は混乱し、大幅に弱体化するでしょう」
「君は、まだ地球を汚染するというのか!?」

 デラーズの主張はキャスバルにとっては決して受け入れられない類の作戦だ。キャスバルはこれ以上地球を汚染する事を避けたいと考えているし、そのためにも地上の人類は全て宇宙に出て地球を自然浄化に任せるべきだと考えている。この思想はエゥーゴのブレックスと良く似ており、ネオジオンとエゥーゴは協力体制を作る事が出来た。
 だがデラーズは違う。彼は生粋のザビズム信奉者であり、ジオンの名の下に世界を統治するためならば如何なる手段でも採用する。理想主義的なところがあるキャスバルに較べれば彼は思想的にはともかく、軍人としては恐ろしく現実的な男なのだ。
 そしてだからこそデラーズとキャスバルはそりが合わない。そもそもダイクン派のキャスバルとザビ派のデラーズでは水と油だ。更にキャスバルは3年前の星の屑作戦でのデラーズ・フリートのコロニー落しを暴挙だと考えている。あの1発でどれほど多くの市民が犠牲となり、地球全体の環境に悪影響を及ぼしただろうか。落とされたコロニーの破片と巻き上げられた土砂は未だに地球を包み込むベールとなっており、地球全体を寒冷化させているのだ。この為に気象変動まで起きている。これはキャスバルのような人間からすれば許しがたい行為にしか思えなかった。

「今度コロニーを落とせば、地球は人が住めなくなるかもしれんのだぞ!」
「そうなれば人は嫌でも地球を離れましょう。宰相殿の主張されておられる地球から日を葉は慣れるべきだという考えが現実となりますぞ」
「私は地球環境を再生したいのだ。破滅させたいのではない!」

 これだけは譲れないという気迫を込めてキャスバルが怒鳴る。彼は何があろうとも地球へのコロニー落しなど認める気は無いし、そんな事をして最終戦争への引き金を引くつもりも無かった。もし地球にコロニーなど落とそうとすれば、連邦は恐らく核の封印を解いてでも反撃してくるだろう。南極条約は現在でも不文律として守られており、それを破ればネオジオンは全世界を敵に回す事になる。もしかしたらエゥーゴも敵に回るかもしれない。そうなればネオジオンは一息に滅ぼされるのは確実だ。現在の膠着状態は、連邦が他の3勢力全てを同時に相手取っているという状況だからこその物で、このバランスが崩れれば連邦は全ての勢力を撃破してしまうだろう。


 怒鳴った後で気を落ち着ける為に暫し黙って頭の中を整理し、怒りを鎮めてキャスバルは冷静な声を努力して口から出した。

「デラーズ提督、君はコロニーを地球に落とすと言うが、どうやって連邦の防衛ラインを超えるつもりなのだ。現状の戦力ではソロモンを抜く事も出来ないのだぞ?」
「戦力の不足は作戦で補います。連邦はその巨体ゆえに細かい変化には対応し切れませぬゆえ、その辺りに付け込む隙がありますからな」
「星の屑の再現、か」

 星の屑作戦はまさにそういう作戦だった。連邦はその巨大さゆえに柔軟な対応が出来ず、後手後手に回った挙句にデラーズの策に嵌って艦隊を月に誘き出されてガス欠になってしまった、あれはデラーズの作戦立案応力と指揮能力の高さを示すエピソードであるが、連邦の対応が遅いという事例でもある。
 ただ、現在の宇宙軍を指揮しているのは秋子なので、当時のような対応の遅さは期待できない。もしコロニー落しを察知すれば、即座にとんでもない大軍をぶつけてくるだろう。彼女は星の屑でデラーズの策に嵌められた事があり、2度も同じ手に引っ掛かりはしないだろう。


 もっとも、戦力的にはコロニー落しは実現させる事は不可能では無いかもしれない。アヤウラが持ち込んでいたM級巡洋艦、ネームシップからムサカ級と呼ばれる事になる次世代巡洋艦の建造はスタートしているからだ。これはアナハイムが設計したムサイ級の設計を取り入れた艦艇で、優れたMS運用能力と高い火力、巡航性能と生産性を併せ持つ傑作艦である。連邦のクラップ級に対抗できる艦艇で、コストが安価で量産性に優れることから直ちに量産命令が出されたのだ。これの建造開始に伴い、エンドラ級の新規建造は全てキャンセルされている。
 このM級巡洋艦は大量に調達できる予定なので、数が揃えばコロニー落しをする事も可能になる筈だ。ザクVも改良を受けてより安価にするよう努力をしているが、既に軍需省は次期主力機として開発が続けられているドーガに目を向けていた。こちらはザクVと同等の性能を持ち、ザクVより安価なコストで作れる量産機が目標となっていて、完成すれば現在の雑多な機種が運用されている前線部隊の状況を改善する事が可能になる。
 この2つの新型の配備が始まれば、連邦の防衛線を破ってコロニーを地上に落着させる事も可能になるかもしれない。ただし、その1度の攻撃でネオジオンは戦力を磨り潰す事になる。キャスバルはデラーズほどには連邦を甘くは見ていなかった。

「デラーズ提督、現在の戦力ではやはり無理だと私は思う。あれだけの戦力を揃えたチリアクス中将率いる艦隊によって行われたソロモン攻撃でさえ失敗しているという事を忘れるな」

 エゥーゴの精鋭とネオジオンの精鋭の多くを投入して行われた先のソロモン攻略戦は、結局連邦の守りを崩せずにエゥーゴ、ネオジオン連合の敗退で終わっている。キャスバルはこの戦いの敗戦を自軍の戦力不足が原因と見ており、被害を拡大する事無く退いたチリアクスの判断を評価していた。
 だが、デラーズの考えは違ったらしい。彼は先の戦いにおけるチリアクスの指揮には問題があるとしていた。

「チリアクス提督の力量は私も認めておりますが、先のソロモン戦では些か臆病に過ぎたのでは有りますまいか?」
「臆病と言うと?」
「連邦がこちらの数倍の戦力を持つ事は先刻承知の筈。なのにチリアクス提督はたかだか2倍の戦力差を見ただけで何もせずに退いております。艦隊保全も勿論大事でしょうが、敵が多ければ逃げる、という事では戦には勝てませぬ」

 デラーズの意見にはデラーズに賛同している者達だけではなく、キャスバルの側からも同調者が多数出ていた。ジオン系の軍人は基本的に敵を見たら戦わないのは卑怯、と考える者が多く、数で負けているからと言って簡単に退くのは怯懦と映る。キャスバルにしてみれば最小の被害で最大の戦果を上げたと思えるのだが、他の多くの将帥はあそこで更なる戦果の拡大を目指すべきだと考える。
 これはどちらが悪いという話ではない。デラーズは戦果を重視し、キャスバルは被害を重視したというだけの話だ。長く戦うならばキャスバルの考えるように被害をなるべく抑えて敵に多大な損害を強いる戦いを繰り返した方が良いに決まっているが、デラーズの戦い方のほうが敵に与えるダメージは大きくなる。どちらの一長一短なのだ。




 結局この会議では話し合いは纏まらず、今後の方針としてソロモンの奪取を目指すと共に、アナハイムとの関係強化も図る。必要ならばソロモン以外の方面に牽制程度の攻撃も加える。人事、戦力の配置換えなどは今回は特に無く、本当に方針の摺り合わせだけで終わった事になる。
 会議を終えたデラーズは参謀本部に戻り、部下達を集めてこれからの事を話し合っていた。

「ふん、キャスバル総帥は相も変らぬ及び腰よな。このような戦い方では戦には勝てんというのに」
「ですが、総帥の言葉にも一理はあるのでは? 戦力を簡単に磨り潰しては、今後の戦いに響きます」

 忌々しげなデラーズに参謀の1人が自分の考えを述べる。ネオジオンの国力では艦艇の補充は容易では無いので、艦隊保全を考えているキャスバルの言う事にも頷ける部分はあると彼は言った。
 だが、それはデラーズの考えにはそぐわなかった。デラーズはその参謀を睨みつけると、怒りを抑えたような声を出す。

「貴公の考えは分かるが、そのような考えはジオンには合わぬのだ。元々ジオン公国軍は長期持久戦ではなく、電撃作戦による短期決戦こそが本分。多少の損害など意に介さず、攻勢に出てこそ力を発揮できる」
「それは、依存はありませんが……」

 これも正しい。ジオン軍は1年戦争緒戦の電撃戦に見られるように速攻で勝負を決める短期決戦型の軍隊だ。連邦のように膨大な国力とインフラを持っている訳では無いので、長期戦をするだけの国力もなければ能力も無い。広大な戦線を支えるだけの輸送艦も物資生産能力も無いのだ。
 故にデラーズは消耗を恐れずに攻勢に出るべきだと主張している。ネオジオンは長期戦になればいずれ消耗し尽くして負ける。それは参謀総長であるデラーズにとって簡単に予想できる未来なので、軍人としてそんな戦いはしたくないのだ。例え勝てないにしても、全力を尽くした末での戦死ならば、それは軍人としての美学に叶う。


 だが、美学はともかく、現実に立ち向かうに当たってはデラーズも深刻にならざるを得ない。現在分かっているソロモン周辺宙域の連邦軍の哨戒網の分厚さは半端なものでは無い。更にペズン基地との間に哨戒ラインを作り上げようとしており、完成されたら通商破壊戦が一気に困難になってしまう。

「羨ましい物量だ。これだけの哨戒艇に哨戒機、空母と護衛艦を常時貼り付けられるのだからな」
「哨戒部隊用の中継基地として小型の小惑星を使った基地の建設も進めているようです。正直、厄介極まりないですな」

 連邦の戦力には底が見えない。前線部隊でこちらの数倍の戦力を整備しながら、こちらの動きを封じ込める為に平然とこんな大部隊を動かしている。しかもこれで更にティターンズとエゥーゴの相手もしているのだから、総力はどれほどなのだろうかと考えてデラーズは身震いしてしまった。

「とりあえず、問題は戦力の補充だな。先のソロモン戦の損害の回復にはどれほどかかるのか?」
「M級の建造が始まっておりますので、巡洋艦の数は短時間で揃えられそうです。エンドラ級に較べて半分程度の工期で作れるそうですから」
「戦艦は、まだレウルーラ級の設計は終わっていなかったな」
「はい、まだです。とりあえずサダラーン級の3番艦と4番艦は建造中ですが、やはり時間がかかりすぎます」

 連邦はラー・カイラム級の量産を始めているのに、ネオジオンはまだサダラーン級を2隻しか持っていない。サダラーン級はラー・カイラム級やドゴス・ギア級、ネェル・アーガマ級、ノルマンディー級に対抗できる戦艦だが、なにぶん建造にかかる費用と手間が大きすぎる。その為に宇宙空間戦闘に限定したレウルーラ級の設計を進めているが、まだそれは1番艦の起工にさえ至ってはいない。
 工業力が不足していると言ってしまえばそれまでだが、その限界の中で必要な艦艇を揃えるのも重要な仕事なのだ。戦力が揃えられなくて悪かった、では済まないのだ。その失態のツケは将兵の命で支払う事になるのだから。

「何とかせねばなるまい。戦艦の不足は痛いが、当面はM級の増産で数の不足だけでも埋めた方が良かろうな。サダラーン級の5番艦以降の建造予定は中止し、資材とドックをM級に回しておけ」
「巡洋艦だけで大丈夫でしょうか?」
「数が足りないのも困るからな。やむを得まい」

 戦艦は艦隊戦力の要だ。強大な砲力は過去の1年戦争、ファマス戦役でも威力を見せ付けており、MSをお互いが投入するようになった現在では艦隊戦力の中核をなしている。戦艦が有ると無いでは砲戦に大きな差が出るのだ。特に防御スクリーンが登場している現代では砲力の差は大きい。巡洋艦の攻防の性能では戦艦に撃ち勝つのは困難を極める。
 だが、艦艇が不足するのは致命的だ。どんなに強力な艦でも同時に2箇所は守れない。つまり敵が複数箇所から同時に侵攻してきたら、艦の数が足りなければ対応できない場所が必ず出てくるのだ。数の不足は質だけでは補いきれないのである。

「ザクVとドライセンの生産体制はどうなっておる?」
「生産ラインは安定していますが、月産30機程度が限界です。今以上に増やすのでしたら更なるラインの拡張が必要かと」
「そんな事をすればガ・ゾウムやズサの生産ラインに支障が出るぞ。それに、それだけの資材もあるまい」
「ではどうするのだ!?」

 参謀達が色めき立って議論をぶつけ合わせている。現在のネオジオンでは主力としてガ・ゾウムが使われていて、これの生産が最優先されている。また支援機・対艦攻撃機として使えるズサも重要生産機種となっており、基本的にこの2機種がネオジオン軍の主力機となっている。
 これに対して新しい主力の座につけようとして開発されたのがドライセンとザクVで、ドム系とザク系の機体となっている。これは第2世代MSとしては最強クラスの機体で、ネオジオンの求める質で量を補うという考えに合致する機体だ。ただ、これらの新型機は整備性が悪く高コストで、しかもパイロットにとって扱い易い機体ではない。性能第1なのでどうしても運用面で無理が出てくる。
 更に言うなら、ネオジオンのパイロットの多くはガザライダー、つまりガザ系で訓練をしてきたパイロットだ。ガザ系列機は特殊な機体で、ガザ系独特の操縦の癖を持っている。つまりネオジオンパイロットはガザ系に慣れているせいで、普通の第2世代MSは上手く扱えないのである。勿論再訓練を施せば問題は無いのだが、戦況は彼等に後方に下がる余裕を与えてはくれない。その為、無駄が多いとは承知しながらもネオジオンはガザ系列機の改良と拡張を推し進めるしかなく、最終発展型とされるガ・ゾウムにまで行き着いてしまった。ガ・ゾウムはおかげでジムV以上の性能を持つ中々に優秀な機体となったが、可変機ゆえの高コストは無視できなかった。

 主力機に出来るMSはいずれも高コストで運用性に難がある、当たり前といえば当り前の話にネオジオンは苦しんでいる。しかも高性能化は同時に大型化の道を突き進む事にも繋がっており、更なる高コスト化、複雑化が進んでいる。しかもこの問題により艦艇1隻辺りの搭載数も減少するという結果を呼び込んでおり、更に数の面で不利を知られるのだ。
 この悪循環を断ち切る術は無いのかとデラーズたちはずっと考え込んできた。いや、その答えは本当はもう目の前にある。もしデラーズたちがそれを受け入れられれば、ネオジオンはこれらの問題の幾つかを解決できるのだ。参謀の1人がおずおずと手を上げ、デラーズにそれを進言する。

「総長、いっその事、ギラ・ドーガ完成まで、ゴブリンを主力としては」
「ゴブリンだと、あのファマスのMSを使えと言うのか!?」

 デラーズは激昂してその参謀を怒鳴りつけたが、参謀の言い分も間違ってはいない。ゴブリンはシュツーカの後継機で、ネオジオンが初めて開発、配備したコストパフォーマンスに優れる汎用主戦機だ。その生産コストと資材は各勢力の主力MSの7割程度で済み、ジムV並みの低コストを実現している。これまでのネオジオン製可変機や重MSとは実は半額程度の物で、比較にならない安さだ。しかも運用性、整備性も考慮されていて、未熟なパイロットでも扱えるよう操縦性にも考慮がされている。これはファマス系技術者には連邦の技術が入っている為に考慮された部分であった。ジオン系技術者はこういったことは余り考慮しない傾向が強い。
 ゴブリンを準生産の状態から本格生産に移行させ、不足している第1線MSの穴を埋めれば、という参謀の意見は現状打破のためには効果的な手であったが、参謀本部のメンバーの大半はデラーズのようなギレン信奉者を含むザビ派で占められており、どれだけ優秀でもファマス系には見向きもしていない。いや、それどころか嫌悪さえしている。
 この軍首脳部のファマス系に対する差別意識が、折角開発された優秀なMSをスポイルする結果となっている。開発したネオジオンよりも戦っている連邦の方がゴブリンを高く評価しているというのは笑えないジョークだ。

 結局、この話し合いでもゴブリンの生産ライン増強は見送られ、当面はザクVの生産ラインの強化と改良の推進をする事で終わっている。



 そして、話は国内の事に向けられた。サイド3の中には未だにジオン共和国の残党や市民が結成したレジスタンスの活動がかなり深刻な問題となっている。これに対処するのもデラーズたちの仕事であった。

「共和国軍残党もそうだが、レジスタンスがどこから武器の供与を受けているのか、調べは付いているのか?」
「いえ、それが未だに。連邦軍の装備を使っているようですが、たんに戦争前に購入した物を溜め込んでいただけかもしれませんし」

 レジスタンスはMSのような重装備は持っていないものの、歩兵用の武器を装備して立ち向かってきている。地理は向こうの手にあり、こちらの追跡の手を平気で掻い潜ってこちらの要所を叩き続けている。特に大きな被害は工業プラントでの爆弾テロで、MSの生産ラインにまで被害が及び、一時的とはいえガザDの生産が止まった事があった。
そして更に困った事に、サイド3市民の多くはレジスタンスに賛同しているという事だ。表向きはネオジオンに従っていても、裏ではレジスタンスに手を貸している者が多いようで、警察や憲兵の捜索はまるで効果をあげていない。聞き込みをしても相手がレジスタンスの味方なら偽情報を掴ませられるだけなのだ。

「レジスタンスはなるべく速く狩り出さねばな。リーダーは誰か、分かっているのか?」
「レジスタンスと言いましても複数のグループがありまして、誰が纏め役なのかも判然としませんが、共和国軍の軍人のようです。現在確認されているのは共和国軍の軍需局長であった椎名華穂、本国防衛軍のユライア・ヒープ大佐らです。逮捕者を尋問した結果からの情報ですが」
「椎名華穂に、ユライア・ヒープか。2人とも一年戦争で活躍した官僚と軍人だな」

 椎名華穂はあの椎名繭の義理の母親でもある。彼女は1年戦争時代から一貫して軍需局の官僚として前線が欲する物資の調達を行い、兵站を整えてきた。そういう意味ではジオン軍にとっては恩人とも言える人物だ。そしてユライア・ヒープはオーストラリアでカーティス大佐の元で活躍した軍人で、何処からとも無く大量の物資を調達してくることで知られている。後方事務要員としては優れた人物だ。
 この2人が居るのならばレジスタンスが何処からとも無く装備を調達してくるのも分からないではない。もしかしたらネオジオン内部にも彼等への内通者がいるのかもじれないし、連邦などから武器の供与を受けているかもしれない。それらの仕事を完遂できる能力をこの2人は間違いなく有しているのだから。

「有意の人材とは、敵に回せば厄介な物だな」
「はい、他にも連邦に逃れたダニガン中将たちもおりますし……」

 寡兵で持って自分達を相手に立ち向かってきたダニガンは憎むべき敵だが、有能である事は疑いようが無い。彼は現在ではティターンズ方面で共和国艦隊を率いて連邦の一翼を担っており、中々の戦績を上げているそうだ。
 皮肉な事だが、ダニガンはデラーズと同じジオンの理想に忠実な士官だ。その姿はジオン士官の理想像に近く、不屈の戦意と鉄の意志を持つ艦隊指揮官として知られている。恐らく彼は今でもジオン共和国の再建を夢見て戦っているのだろう。裏切り者では有るが、手から零れ落ちた得がたい名将であった。

「まあ、去った者をとやかく言っても仕方があるまい。今は国内のレジスタンスを狩り出す事だ。とりあえず憲兵隊に陸戦隊を協力させようと思うが」
「それしかないかと。ですが、対処にしかなりませんな」
「レジスタンスを支持する市民が多いですからな」

 会議の場に重苦しい沈黙が立ち込める。市民を敵に回すとこれほど厄介だとは、彼らは思っていなかったのだ。連邦とは違い、慰撫宣伝工作にはまるで理解が無いネオジオンでは、こういった事態には対処出来ない。そういう工作はキシリア派の分野だったのだが、彼女の派閥はアクシズでは根絶やしにされたにも等しい。マ・クベ大佐など、そういった細かな仕事が出来る官僚型の軍人を多く失った事も響いている。前線で戦う武人だけでは戦争は遂行できないという事だ。



 このネオジオン参謀本部はネオジオン軍の頂点に位置する筈だが、実際には参謀本部に従う部隊と、キャスバルの統帥部に従う部隊が存在する。今前線で戦っているチリアクスなどは統帥部に従っている部隊で、参謀本部とは仲が悪い。勿論名目上は全部隊が参謀本部の指揮下にあり、キャスバルの統帥部は必要に応じて参謀本部に要請するという形を取るのだが、実体は参謀本部と統帥部が指揮権を2分している状態である。
 歪な組織のままこの戦争に加わってしまったネオジオンは、ジオン公国と同様に内部からゆっくりと崩れようとしている。その不協和音は未だ致命的では無いものの、ゆっくりと、確実に組織を侵食しており、いずれ致命的な事態を引き起こす事になるだろう。それに多くの者が気付いていながら、それを正す事が出来ない。連邦は腐敗していると糾弾しながらも、すでにネオジオンも同様の状態になろうとしていたのである。




 そして、0086年10月12日、秋子率いる連邦の大艦隊が出撃準備に入り、各地から艦隊を結集する。それはおよそ3ヶ月ぶりの宇宙艦隊の大規模な動きであり、ティターンズを刺激する事になる。そしてそれは久々の連邦とティターンズの艦隊決戦を誘発する事となった。



後書き

ジム改 地上軍を救う為、宇宙軍が動く事になりました。
栞   まあ、未だに地上じゃジム改まで使ってますしね。
ジム改 地上はこの戦争が始まるまではジオン残党くらいしか敵がいなかったから、装備の更新が遅れたんだよ。
栞   でも、これで宇宙軍に配備予定のゼク・アインやジムVが地上に行くんですから、迷惑な話です。
ジム改 仕方があるまい、味方なんだし。
栞   地上軍の怠慢ですよ。ジムVくらいさっさと揃えればいいのに。
ジム改 地上のラインは本格稼動して間もないから、まだ数が揃わないんだよ。
栞   ジャブローって凄いんじゃないんですか?
ジム改 凄いよ。グリプス以上の生産力だから。
栞   それでも数は揃わないんですね。
ジム改 もう少しかかるな。
栞   それで、次回はどうなるんですか?
ジム改 うむ、次回は集結する連邦艦隊と、それに気付いて警戒に入るティターンズ。久しぶりに迫る両軍の艦隊決戦の時。地球軌道を巡る戦いが今、始まろうとしている。この戦いに勝利した側がヨーロッパを制するのだ。次回「宇宙の覇権」でお会いしましょう。