第71章  雪の女王


 

 戦況は刻一刻と変化していた。カノンの艦橋で集められた情報に目を通していた秋子は困った顔で戦術スクリーンを見ている。そこには両軍の兵力配置が大型のスクリーンに図案化されて表示されているのだが、エイノー艦隊を食い止めているダニガン艦隊と、リーフ艦隊を食い止めている斉藤艦隊は共に押し込まれている。
 秋子はサイド5から動かせる予備兵力を洗いざらい動かしたつもりだったが、これでもまだ戦力が不足していたのだ。ティターンズに対して大規模な陽動を仕掛け、ルナツーの戦力を全て引き出したことで安心していたが、グリプスにもまだこれだけの部隊が残っていたとは完全な読み違いだ。その為にダニガンは苦戦を強いられている。

「降下はまだ終わりませんか? 早く増援を送らないと、ダニガンさんと斉藤さんが抜かれます」
「まだ少々かかります。MS隊の降下は完了しましたが、物資の降下がまだ途中ですので」
「ではヘープナー大尉の隊を斉藤さんの方に向けてください。そのくらいの余力はあるでしょう?」
「MS隊1つくらいならば可能ですが、天野大隊は良いのですか?」
「美汐さんは最後の守りですからね。撤退が始まるまで動かせませんよ」

 流石に無防備な船団を逃がすまでは天野大隊は動かせない。確かにこの大隊を投入すれば戦局が動くだろうが、それで輸送船を大量損失すれば後に響く。そんな無茶は出来なかった。
 ただ、そろそろ降下が終わるのなら部隊の再編成を始めなくてはいけない。物資の搬出を終えた輸送艦を纏め、護衛をつけて逐次後退させて直衛艦隊の負担を減らす必要があるからだ。
 これらの指示をジンナに与え、作業にかからせた秋子は地上の方の戦力配置を表示させた。降下した先鋒隊は佑一の指揮の下に橋頭堡を確保したようで、後続隊と補給物資が降りたことで橋頭堡を拡大させようとしているようだ。連邦軍の前線と手を結ぶのも時間の問題だろう。ティターンズ部隊の大軍がこちらに向いているようで、フランスの連邦軍も戦線を押し戻せているように見える。

「こちらは成功ですね。ティターンズは明らかに勢いを衰えさせています」

 一度止まった勢いを取り戻すのは容易ではない。逆に今度は援軍と補給を得た連邦軍が息を吹き返し、反撃に転じるだろう。元々数では連邦の方が圧倒的なのだか、勢いさえ止めることが出来ればティターンズは寡兵の弱点を曝け出して崩れるはずだ。
 まあ、こちらは祐一に任せれば上手くやってくれるだろう。親の贔屓目もあるかもしれないが名雪は補佐役としては極めて優秀だし、北川や香里は指揮官としても参謀としても1流といえる人材だから、上手く祐一を支えてくれるだろう。これまでもそうだったのだから。

「しかし、あの4人は一緒に動かすとバランスが良いですね。1人1人で動かすと不安ですけど、上手く足りないものを補っているというか……」

 1年戦争の頃から祐一と北川は一緒に上手くやっているようだが、そこに名雪と香里が入って指揮集団として上手く機能するようになった。何だかんだ言って自分が何時もあの4人をチームで動かしているのもその信頼の大きさ故だろう。
 ただ、それでもやはりこれだけ部隊の規模が大きくなると祐一たちだけでは心許ないのも確かだ。特に今回のような大作戦では祐一以上に信頼できるベテランの指揮官を祐一の上に置き、全体の指揮をして欲しいと思う。まあ要するに、秋子は帰ってきて欲しかったのだ、自分が最も信頼するMS隊指揮官であるシアン・ビューフォートに。そして同じく最も信頼している参謀長、マイベック・ウェストに。

「でも、コーウェン将軍が手放さないんですよね。あの2人が抜けると極東戦線が落ちるとか言って」

 秋子が両腕と頼む2人であるが、それだけ有能であれば当然他の職場でも能力を遺憾なく発揮する。現在2人は海鳴基地にあって極東に侵攻して来たティターンズと激突しているらしいが、寡兵でよく戦線を支えているそうだ。マイベックが全体の作戦指導をし、シアンが現場で指揮をするというファマス戦役の機動艦隊の頃のコンビを復活させたようで、ティターンズに夥しい損害を強要しているという。
 この活躍を考えればコーウェンが頼りにするのも分かるのだが、やはり秋子はこの2人を呼び寄せたかった。この2人がいれば戦いは随分と楽になるのだから。





 宇宙を駆け抜ける5機のMS。それはシロッコのジ・Oと、それ攻撃する浩平たちだった。ジ・Oはその巨体に似合わず軽快な機動性を持つMSで、浩平のゼク・アインどころか瑞佳のストライカーでも追うのに苦労している。そしてシロッコは必死に追いかけてくるゼク・アインやストライカーを嘲笑するようにジ・Oを動かし、浩平たちの傍を通過していく。

「どうした、その程度かね?」
「この野郎、舐めやがって!」

 馬鹿にされた浩平が怒ってマシンガンを向けるが、既に狙おうとした場所にはジ・Oの姿はない。悔しいが機動性が余りにも違いすぎるのだ。浩平と澪、葉子のゼク・アインではそもそも追いつけない。相手のが遥かに速いので、常に有利な位置を占められてしまう。
 この状況で頼れるのは瑞佳のストライカーなのだが、このストライカーでさえジ・O相手には遅かったのだ。

「浩平、マシンガンで動きを止めて!」
「そうしたいんだが、速すぎて上手く射界に捕らえられないんだ!」
「瑞佳さん、足を止められませんか!?」

 浩平が忌々しそうに言い返し、葉子が逆に瑞佳に頼んでくる。頼まれた瑞佳はジ・Oに追い付こうとするが、残念ながらやや不利だった。そしてシロッコはそんな瑞佳にからかうな声をかけてきた。

「どうした、君の力はその程度ではあるまい?」
「また、この声が!?」

 通信が繋がっているわけでもないのに聞こえてくるシロッコの声。それがNTに見られる精神感応だというのは頭では理解しているのだが、瑞佳はそれが好きではなかった。彼女は別に人の内心など知りたくはない。そんな覗き趣味など持っていないのだ。
 連邦でもNTの研究は進んでいて、これらのNT特有の現象がフロイトやユングの提唱した無意識領域の共有や共時性を意識化する能力を得たのではないかという説がある。それが事実なのかどうかを知る術は研究者には無いのだが、少なくとも瑞佳は今、シロッコと通信機を介さずに意思を疎通させている事は確かだ。

「NTなら私の考えが分かるはずだろう!」
「訳が分からないよ。私は貴方の考えなんか知らない!」

 ビームライフルを向け、苛立ちを込めてジ・Oに連射するが、そんな射撃ではジ・Oには掠りもしなかった。シロッコは余裕を持ってそれを回避しており、瑞佳の精神のムラを訝しがっている。

「ふむ、本物のNTだと思うのだが、こうも乱れやすいとはな。それでは人を導く事は出来んよ」

 瑞佳をNTだと認めながらも、その資質には疑問を投げかけるシロッコ。どうやら瑞佳もシロッコの眼鏡には適わなかったようだ。そして人差し指でコンソールを幾度か叩き、じっと考え込む。

「……まあ良いか、今後の成長というものもある」

 今の未熟には目を瞑る事にし、とりあえず今回は手を引く事にする。そして、意識をさっきからちょろちょろと五月蝿い雑魚の方に向ける。そう、3機のゼク・アインはさっきからずっとジ・Oを攻撃し続けていたのである。シロッコはこの3機の銃撃を余裕で回避し続けていたのだ。
 浩平と澪、葉子はジ・Oを包囲するように動き、十字砲火を浴びせてくる。その砲弾の雨の中をジ・Oは動き回り、瑞佳の相手をしていたのだ。

「遊んでやるつもりだったが、そろそろ邪魔なのだよ、お前たちは!」

 側面に回り込んできた澪のゼク・アインにビームライフルを向け発射する。ビームライフルを向けられた澪は慌てて回避したが、2発、3発と撃ち込まれるにつれて回避しきれない一撃が機体を削り、確実にその動きを鈍らせていく。
 狙われた澪が悲鳴を通信波に乗せて仲間の機体に送信する。わざわざこんな物をコンピューターにインプットしていたのは用意周到と言うべきか、遊んでるんじゃないと叱るべきなのか。少なくとも浩平はその芸人根性を本心から賞賛していたりする。
 だが、そんな余裕を見せていたシロッコのジ・Oがいきなり側面から飛んできた銃弾に直撃されて大きく仰け反ってしまった。ジ・Oを揺るがすほどの大口径弾を放てるような銃は、ゼク・アインが使っている大型マシンガンしかない。
 そして驚いた浩平たちのスピーカーに七瀬の威勢の良い声が飛び込んできた。

「何やってんのよ折原、随分苦戦してるじゃない!」
「七瀬か!」

 七瀬のゼク・ツヴァイが助けに来てくれたのだ。ジ・Oに劣らない巨体を持ちながら俊敏な機動性を持ち、高機動を誇るジ・Oにも追随できる名機である。残念ながら整備性の悪さなどの欠点でもジ・Oに匹敵するため、少数生産で終わってしまったが。生産された機体は七瀬などの腕利きに支給されて各地で猛威を振るっている。ただ、その整備性の悪さと巨体ゆえにラーカイラム級戦艦かラザルス級大型空母でもないと運用が困難という欠点がある。巡洋艦では載せるのも一苦労なのだ。まあ北川などが訓練でクラップ級を母艦にしていたりしたが、あれは結構無理をしていた。
 七瀬のゼク・ツヴァイの登場はシロッコを苦戦させた。何しろ基本性能がストライカーやゼク・アインなどを大きく引き離す強力なMSを下手なNTやシェイドよりよほど恐ろしいと言われる七瀬が使っているのだ。ジ・Oの方が高性能であるが、それまでのような楽な勝負は出来なくなった。

 機体を操りながらシロッコは2門のマシンガンを巧みに操り、ジ・Oに迫る機動力を持つ機体で迫ってくる七瀬に苛立ちを見せていた。自分がオールドタイプに手を焼かされているという現実が不満で仕方がなかったのだ。
 勿論七瀬だけが相手でこんなに苦戦しているのではない。七瀬を援護するように3機のゼク・アインがマシンガンで弾幕を張り、ジ・Oの退避軌道を潰している事も響いている。これまで浩平たちが歯が立たなかったのはジ・Oの性能にゼク・アインが全く歯が立たなかったことが大きかったのであって、ゼク・ツヴァイがジ・Oと正面から渡り合えるのなら戦いようはある。元々実力的にはシロッコでも認めざるを得ない3人なのだから。
 そして、接近戦を挑んだ七瀬の隣に瑞佳のストライカーが付けてきた。こちらはビームライフルとシールドを構えている。

「留美、バックアップするよ!」
「助かるわ、背中をカバーしていて!」
「任せてよ!」

 瑞佳がバックアップに入ってくれた七瀬は喜びの声を上げ、それまでよりもさらに攻撃的な動きに出た。背後を瑞佳が守ってくれるという事で回り込まれる心配をする必要が無くなり、より思い切った動きをすることが可能になったのだ。



 浩平たちの連係プレーはそれまで余裕の戦いをしていたシロッコを完全に追い詰めようとしていた。それまで掠り傷さえ受けなかったジ・Oの機体には幾つもの弾痕が刻まれ、ビームサーベル同士の鍔迫り合いによるプラズマで機体に焼き後がつく。悔しいがシロッコは自分が負けたことを認めざるをえなかった。

「私がこうも追い込まれるとはな。傲慢が綻びを生むという事か。水瀬秋子の部下たち、噂に聞くエターナルのエースたちを侮りすぎたか」

 浩平、瑞佳、澪、七瀬、通信波に乗って聞こえてきたこれらの名はシロッコも知っている。かつてファマス戦役で連邦軍に恐れられたファマス最強の戦闘集団エターナル隊のエースたちだ。その実力は化け物揃いと言われたカノン隊でも手を焼くほどで、秋子はこれらの強力な独立部隊に対処するためのカウンター部隊としてエースを集めたサイレンを設立したほどである。このサイレンの強さは現在でも語り草となっているほどで、サイレンマークはクリスタル・スノーと並んで絶対に敵にしてはいけない相手とされている。
 シロッコはその戦場神話のような噂話を思い出し、それが真実である事を思い知らされた形となった。先にエゥーゴ攻略を目指した月での戦いでティターンズは連邦に反旗を翻したわけだが、その時の戦いでシロッコはみさきのジムVに撃破されるという苦い経験をしているが、その部下たちも噂どおりの実力を持っていたのだ。
 ゼク・ツヴァイの懐に入ったジ・Oの隠し腕が振るったビームサーベルがツヴァイの左腕に持つマシンガンの銃身を両断し、火器を1門潰したが、ツヴァイのほうもサブアームが取り出したビームサーベルを振るい、ジ・Oの隠し腕と短い鍔迫り合いを演じる。

「貴様、七瀬留美といったな!?」
「人に名前を尋ねる態度じゃないわね、そういう時はもっと丁寧に聞くものでしょ!」
「なるほど、噂通り威勢が良いな」

 からかうようなシロッコの言葉にカッとなった七瀬のゼク・ツヴァイがスラスターを全開にし、圧倒的な推力でジ・Oを押し切りにかかる。そのパワーには流石のジ・Oも悲鳴を上げて押されだした。

「このジ・Oを押し返せるのか。侮れんMSだな」

 連邦が作ったこの鈍重そうなMSがジ・Oを超えるという事にシロッコは驚いていた。そして1つ思い知らせてやろうかと考えた時、いきなり後方のロンバルディアから通信が飛び込んできた。

「シロッコ大尉、大変です!」
「何だ、騒々しい?」
「サイコガンダムmk−Uが撃破されました!」
「……ほう、そうか。思っていたより早かったな」

 サイコガンダムmk−U喪失の顛末はこうだった。MS隊を蹴散らして連邦艦隊に突入しようとしたサイコガンダムmk−Uを3機のGレイヤーが迎撃したのだ。互いにIフィールドで身を固めた大型兵器なだけに戦いの長期化が予想されたのだが、この戦いは双方の武装の違いがそのまま勝敗を分けてしまった。全身に拡散メガ粒子砲と収束メガ粒子砲を装備した移動砲台であるサイコガンダムmk−Uに対し、実弾兵装主体のGレイヤーが交戦したのだ。Iフィールドを双方が装備したこの状況ではGレイヤーの有利は明らかであった。
 だがそれでもサイコガンダムmk−Uは奮戦し、1機のGレイヤーを腕で捕まえ、コクピットを握りつぶす事で撃破している。しかし、残る2機から集中されたミサイル攻撃と、それに続いて体に巻き付けられた爆導索の爆発に重厚な装甲を破られ、止めとばかりに体当たりするかのように突っ込んできたGレイヤーのビームランスに胴体を貫かれて撃破されてしまったのだ。このビームランスはGレイヤーが装備する格闘用装備で、その性格上滅多に使われない装備であるのだが、余りに巨大なために戦艦さえ両断できると言われる最強の白兵戦兵装だ。
 この対決が教えている事は、極端に特化した設計を持つMSは状況の変化に対応しきれないという事だ。サイコガンダムmk−Uは確かに強力な兵器であり、強力なビームジェネレーターを搭載したビーム主体の装備を持って圧倒的大軍を1機で相手取れる事というコンセプトを考えれば、これはまさにGレイヤーに勝る兵器だったろう。だがそのビーム主体という設計がGレイヤーのようなIフィールド装備機には致命傷となった。また、サイコガンダムmk−Uに随伴できる支援機が無かった事もこの敗北に繋がったと言えるだろう。

 サイコガンダムmk−Uの撃破を聞かされたシロッコは別段どうとも思わなかった。元々強化人間も、それが扱う機体も毛嫌いしていたシロッコにとってはサイコガンダムmk−Uなど露払い程度にしか考えてはいなかったので、撃破されても厄介物が処分できたくらいにしか思わなかったのだ。
 だが、サイコガンダムmk−Uが居なくなった事で連邦軍の負担が大幅に軽減された事は確かだ。特に残っている2機のGレイヤーが自由になった事は非常に大きな問題となる。サイコガンダムmk−Uとの戦いで大きく消耗しているだろうが、まだリーフに大打撃を与えられるくらいの力は残しているだろうからだ。
 そしてそれとは別にシロッコが気にかけていることがあった。ここに連邦軍が到着してから随分時間がたっているのだが、連邦軍の降下はそろそろ終わるのではないかと危惧していたのである。秋子率いる連邦宇宙軍は決して無能ではなく、むしろ優秀な指揮官に恵まれた優秀な軍隊だというのはシロッコも認めるところなのだから。





 このシロッコの悪い予感を裏付けるかのように戦場に新たな艦隊が現れた。地球の方向から現れた十数隻の艦隊は多数のMSを発進させてリーフ部隊に襲い掛かってくる。その増援を見たシロッコはこれ以上は無理かと考えて自分の艦隊を退かせようかと考えたのだが、それが纏まる前に通信機にもの凄い量の悲鳴と怒号が飛び交いだした。その雑音に顔を顰めたシロッコは何があったのかとロンバルディアに問いかける。

「ロンバルディア、何があったのか、状況を報告しろ!?」
「新手の敵MS隊が戦場に突入してきたのですが、これが恐ろしく強くて友軍の戦線を突き崩しています。ほとんど一方的に蹂躙されています!」
「馬鹿な、あの程度の数にか!?」

 突入してきたのは数隻の戦艦と10隻前後の駆逐艦の筈だ。その艦載機などかなり多く見積もっても50機前後だろう。その程度の数であの大艦隊が出撃させているMS隊を蹂躙しているなど信じられる話ではない。
 そのシロッコの驚きに答えてくれたのは、何と七瀬であった。

「天野大隊が来たわね、これであんたたちも終わりよ!」
「天野大隊、ではあればクリスタル・スノーか!?」

 生ける伝説とも言われるクリスタル・スノー。機動艦隊が誇った4つのMS大隊の中で現在も健在な唯一の部隊である天野大隊は間違いなく地球圏最強の戦闘集団であり、通常部隊がこれを止めたければ3倍の数をぶつけなくては成功は覚束ないとまで言われている。彼らは1人1人が教官級の実力を持つ歴戦のエースたちなのだ。精鋭という事で知られるティターンズのパイロットたちでさえ彼らから見れば未熟なヒヨッコに過ぎない。
 そんな化け物部隊が戦場の一角に突入してきてリーフのMSやシロッコの部下たちを次々に仕留めている。おかげで戦場全体のバランスが崩れ、連邦軍が戦場の主導権を握るきっかけを掴もうとしている。
この急激な状況の変化に一番迷惑を蒙ったのは浩之だったろう。シロッコの要請に応じる形で来ただけなのに、よりにもよって天野大隊とぶつかる羽目になったのだから。やけどをしないうちに撤退しようと考えていた浩之は、新たに現れた連邦のMS大隊がそれまで膠着していた戦場を引っ掻き回し、リーフMSを蹂躙していくのを見て唖然としてしまっていた。

「ふざけんな、あっという間に損失率1割だと!?」

 グエンディーナの艦橋で報告を受けた浩之は怒りに顔を歪ませていた。それまで良い勝負をしていたというのに、たった1個大隊が加わっただけで戦局が傾いたのだから悪い冗談としか思えない。 
 だがそれは確かな現実であり、浩之が混乱している間にも状況は一方的に悪くなろうとしていた。前線は既に突破されMS戦は2線として配置されていたスティンガーやマラサイとの間で起きている。ここを突破されれば艦隊にMSが取り付くことになるだろう。それは戦艦乗りにとって最大の悪夢だ。
 艦隊に取り付かせるなと浩之が檄を飛ばし、予備のMSまで投入して天野大隊を止めようと試みたのだが、それは空しい努力に終わろうとしていた。天野大隊は中隊単位でリーフのMS集団を各個撃破するという方法で次々にMSを叩き落し、数をすり減らしている。リーフのスティンガーは良いMSだったのだが、ここに本物の軍隊と企業が編成した私設軍の差が出ていた。リーフの錬度はティターンズにも及ばないものであり、海賊程度や士気の低い連邦軍が相手なら通用したかもしれないが天野大隊が相手ではお話にもならなかった。
 2線も長くは持たない、そう判断した浩之はこれ以上ここにとどまって交戦することを諦め、戦場から撤退する事にした。残念だが地球軌道に到達して降下を妨害するのは不可能だと認めたのだ。

 このリーフの撤退を見たシロッコは最初舌打ちしたが、すぐに考えを改めた。リーフの判断は臆病と謗られるものだろうが、確かにここが引き際であると自分も思ったのだ。これ以上頑張れば自分たちの被害も無視できないものとなる。

「ふむ……まあバスクやジャミトフへ言い訳できる程度の働きはしたか。エイノー艦隊も押し返されているようだし、これ以上助攻が体を張る必要はあるまいな」

 シロッコも潮時だと判断すると、ゼク・ツヴァイをビームライフルで牽制しつつ離脱にかかった。後方の自分の艦隊にも撤退を命じ、ここから逃げにかかる。それを追撃した七瀬は逃げていくジ・Oに罵声をぶつけていた。

「ちょっとあんた、これだけやっておいて逃げるつもり!?」
「今日はここまでだ、次の機会を楽しみにしているよ。私は結果を焦らない男でね」
「この変態が、二度と来るな!」
 
 戦闘中に瑞佳を口説きだした変態男と勘違いをしている七瀬。シロッコはその罵声に苦笑いを浮かべると、ジ・Oの速度性能に物を言わせて戦場から離脱していった。残念ながら基本性能ではジ・Oに対抗できるMSは連邦にもアクシズにも存在しない。真っ直ぐ逃げられたら可変機でもなければ追い付けないのだ。流石にダガーフィッシュを追撃に出すほど無茶ではない。
 撤退していくシロッコたちを見送った七瀬は仕方無さそうに仲間たちのところに戻ってくると、天野に戦闘の切り上げを進言した。この方面での戦いはもう終わったのだ。そして艦隊にもMSにも追撃を仕掛けるほどの余裕は残っていない事を理解している天野もこの進言を受け入れ、斉藤に話を通して撤退の信号弾を打ち上げた。

 だが、斉藤たちはここで無理をしてでも追撃をしておくべきであった。リーフは余裕を残して退いたのであり、彼らはまだ戦う力を残していたのだから。





 シロッコの見立ては当たっていた。このとき連邦軍は遂に最後の降下を完了し、輸送船団と護衛艦隊は撤退を開始していたのである。そして秋子はカノンを中心として周辺に展開させていた警戒部隊を集結させ、反撃に出るための艦隊を編成しようとしていた。元々迎撃に出ている艦隊より輸送船団を守っている部隊のほうが守る範囲が広い分数は多いのだから、集結させている部隊の規模はかなり大きくなる。とはいえ、駆逐艦以上の艦艇となると30隻程度だったのだが。

「輸送船団は哨戒艇や駆逐艦をつけてサイド5に向かわせなさい。エニーに部隊を出させ、これと途中で合流させます。斉藤さんにはウェリッジ大佐の12戦隊と10駆逐戦隊、天野大隊を預けて送ります。他はダニガン中将の援護に向かいますよ!」

 カノンの艦橋で秋子が次々に指示を出し、輸送船団が小艦艇に護衛されながら離れていく。そしてマゼラン級戦艦4隻で編成された第12戦隊に12駆逐戦隊のマエストラーレ級駆逐艦12隻が同行する。これに天野大隊のMS隊が便乗して斉藤の方の援軍に回す事にした。
 そして秋子自身はラザルス級空母2隻に巡洋艦8隻を連れてダニガンの支援に向かう事にした。残りの戦闘艦と空母は輸送船団と共に後退させている。
 戦場にカノンを急行させた秋子は、斉藤の方の応援に艦艇を割いた為に苦戦を強いられているダニガンを見て、これを援護するためにカノンの最大の武器を使うことにした。カノンに搭載されている2門のプロメテウス砲にエネルギーが充填されていく。秋子からプロメテウス砲の使用を指示されたデヴィソン艦長はカノンの艦首を敵艦隊中央に向けさせ、プロメテウス砲の照準を合わせるべく艦を操作し始める。これは艦体砲なので照準は艦の姿勢そのもので行わなければいけない為、かなり面倒な武器なのだ。
 だが、その破壊力は未だに艦載砲としては他の追随を許さない最強の砲である。威力としてはメガ粒子砲の1/4程度のレーザー砲であるが、メガ粒子砲と違って出力を上げれば上げるほど威力を上げる事が出来る利点がある。メガ粒子砲はその複雑さから単純な大口径化、大出力化では威力の向上が難しいという欠点があるのだ。しかもビームの速度が少々遅く、目視してから回避する事が不可能ではないという欠陥がある。
 プロメテウスは大出力ジェネレーターのエネルギーをそのままレーザーに変換してぶっ放すという力技兵器であるが、直進性が高く光速で相手に向かっていくという利点が取られた兵器なのだ。しかも防御手段は装甲以外にはほとんど存在しない。大気圏内なら高密度のガスや煙幕などで防御も可能なレーザーであるが、宇宙では中々そうもいかないのだ。
 カノンはその巨体と光り輝く船体のためにかなり目立つ。ティターンズのカノンの接近にはすぐに気付き、その艦首プロメテウス砲に火が入っているのを見て慌てふためいて逃げ始めた。直撃したら船が一撃で蒸発してしまうような代物なのだ。射線上の艦が慌てて逃げていくのも無理は無い。
 逃げ出したティターンズ艦艇を見てもデヴィソン艦長は発射を取り止めもしなかったし、照準変更もしなかった。元々この手の派手な大型火器の意義は脅しにある。1発だけでは中々当たるものではない。

「よし、プロメテウス1番砲発射、発射後再充電開始!」

 デヴィソン艦長の命令で発射されたプロメテウスが漆黒の宇宙を切り裂き、ティターンズ艦隊の中央を貫いていく。これで撃沈された艦艇はいなかったが、中央が乱れた為に全体の陣形が崩れるという効果をもたらす事が出来た。そして敵が体勢を立て直す暇も与えずに2番プロメテウス砲が咆哮し、巨大なレーザーの光が戦場を再度貫いていく。今度は逃げきれずに巡洋艦2隻が損傷してしまった。

 この無茶苦茶な火力には流石のエイノー提督も焦りを見せた。通常プロメテウスは1回の戦闘で1度しか発射できない、使いどころの難しい最後の切り札のような武器なのだ。少なくともこれまで運用されたプロメテウス砲艦ではそうだった。だがカノンは2門の砲で連続発射が可能という出鱈目な芸当が出来るようだ。これは連邦だけがジョーカーを使えるに等しい卑怯な状況である。

「おのれ水瀬、とんでもない艦を造りおったな……」
「提督、カノンに再度高エネルギー反応があります。再充電を開始している模様!」
「馬鹿な、あの艦のジェネレーターはどうなっているんだ!?」

 連続発射が不可能なはずの兵器を連続しよう出来るなど卑怯の極みではないか。あれが発射されるたびに艦隊は陣形を崩されるのだから、これでは戦いにならない。ただ、発射の間隔がどれほどかは分からないのだが。
 エイノーはカノンのプロメテウスが再発射可能だとしても、そう速く再充電は出来ないと考えて攻撃を強化させる事にした。砲撃をカノンに集中し、カノンを沈めるか損傷を与えて後退に追い込めば発射は不可能になると考えたのだ。それに距離を詰めればあんな武器は使えなくなる。
 だが、距離を詰めるというのも大変な事だった。連邦にはシドレとイーストウッド、更にみさきという高速部隊を使って戦う事に長けた指揮官がいるので、これもかなり分の悪い戦いになる。ティターンズはその設立当初の運用が少数による任務部隊的な運用が中心であったため、こういう艦隊を組んでの集団戦は苦手なのだ。

 カノンに砲撃を集中しつつ距離を詰めてくるティターンズ艦隊。これに対して秋子はダニガンに命じてエイノーを止める為の壁を作らせつつ、シドレとイーストウッド、みさきに左右からの攻撃を命じた。基本的に秋子は戦術家としても有能ではあるが一流にどうにか入る程度であり、超一流の指揮官であるエイノーと指揮を競う気などは無いし、競ってもどうせ勝てない。
 だから秋子はエイノーの相手をダニガンに任せたのだ。ダニガンはジオンの提督たちの中でも極めて優れた将で、ドズル・ザビ中将の信任も厚くブリティッシュ作戦においてはコロニーの護衛を任されたほどである。それほどの将であれば指揮能力も高いだろうと見込んで秋子はエイノーの相手をさせていたのである。結果としてはエイノーには勝てないようだが秋子以上の現場指揮官であることを証明したようだ。秋子が自分が出てきたにもかかわらずダニガンにエイノーとの真っ向勝負を任せたことがその証明だろう。
 エイノーの前進をダニガンが受け止め、両脇からシドレとイーストウッド、みさきが突撃をかけて艦砲とミサイルを浴びせかける。ミノフスキー粒子で長距離誘導システムが軒並み封じられた現代ではミサイルはロケット兵器並に価値が低下し、宇宙での戦闘ではロケットのように一定の範囲のばら撒く公算攻撃法か、もしくはこのように大昔の魚雷を用いた雷撃のような戦法で運用する事になる。
 突撃した駆逐艦部隊はティターンズ艦艇の砲撃を掻い潜りながら距離を詰め、一斉にランチャーからミサイルを発射して一目散に逃げ散っていく。ミサイルは入力されたデータ通りの軌道を進んだ後、一応レーダー波やレーザー、熱源などの複合索的をかけて目標を捜索し、そこに向けて突撃していくのだが、今ではそれは気休め以上の意味は無く、対外はそのまま直進コースを辿ってしまうのだ。だから距離を詰めて発射する必要がある。
 至近距離から発射されたミサイルが次々にティターンズの巡洋艦や駆逐艦を捕らえ、これを脱落させていく。直撃を受けた駆逐艦が一撃で船体を引き裂かれ、艦首に直撃を受けたガウンランドがカタパルトデッキを半ばあたりまで吹き飛ばされて中破する。
 この被害にたいする報復はすぐに行われ、逃げていく駆逐艦部隊に容赦なく浴びせかけられた砲撃で2隻が逃げきれずに直撃を受けて沈められてしまった。駆逐艦には防御スクリーンが無いので砲撃にはかなり脆いのだ。残念ながら駆逐艦クラスのジェネレーターで効果的な防御が出来る磁性体は未だに完成していない。
 この駆逐艦部隊の後退をみさきのアプディールの艦砲が援護する。逃げていく駆逐艦を追撃しようと砲を向けた巡洋艦がアプディールの砲撃を受けて其方への砲撃を中止し、慌ててアプディールに砲を向けてくるが巡洋艦並みの機動性を持つアプディールは捕らえる事さえ難しい。
 この無茶を命じたみさきは、アプディールの艦橋で余裕の表情だった。他のクルーたちもティターンズ艦隊の砲火が集中されているのに焦っている様子は無い。

「雪ちゃん、あと30秒支えるよ!」
「はいはい、分かってるわよ。全力射撃を後30秒継続、その後に対ビーム榴散弾を使いつつ後退!」

 1隻でやる無茶ではないが、これがみさきたちの戦い方だった。ファマス戦役では連邦の大艦隊に何時も突撃し、支え、突き崩してきた。こんな戦い方を繰り返してきたから、今更このくらいのピンチでは怯んだりしないのだ。




 艦隊同士の激突が終わったあとはMS同士の戦いが始まる。マラサイやバーザム、ジムVとゼク・アインといったお馴染みとなった機体同志が激突する中を少数のガブスレイやギャプラン、ハンブラビが速度を生かして駆け回り、ゼク・ツヴァイやガンダムmk−Xがその火力を生かして暴れまわる。
 だが、その中で一際目を引くのはやはりグーファーだろう。性能は優れているのに数が多いのでどうしても目立つのだ。
 ただ、こういう勝負になると連邦の物量が物を言うようになる。エイノー艦隊は数では連邦に最初から負けており、そこに秋子の増援が加わったので差がさらに開いている。特にMSの数は実に100機以上が増勢されたのだ。その中にはみさおや一弥といったそこそこの腕を持つエースも含まれている。これがティターンズの数をじりじりとすり減らし、ティターンズの数が減るほど戦力差が開いていくという悪循環に陥っていた。
 2機、3機でティターンズMSを袋にして落とすという秋子指揮下の部隊の伝統的な戦術を使って確実に落とす手に出ている連邦に、エイノーは焦りを見せ始めた。数がすり減らされればすり減らされるほど自分が不利になるのだから当然だが、消耗戦はエイノーが最も恐れていた形なのだ、ティターンズが戦艦を1隻作る時間で連邦なら3隻は造ってくる。建造能力だけではなく、兵員を確保する能力でも大きな差があるからだ。

「不味いな、このままでは、ここでの勝敗に関わり無く後に響くぞ」
「提督?」
「ここで勝っても、消耗すれば意味が無いと言っているのだよ!」

 参謀の聞き返してきた言葉に苛立たしげに返したエイノーは椅子から立ち上がると、全軍に後退を命令した。

「水瀬がここに居る以上、敵は降下を完了したようだ。よってこれ以上の戦闘は無意味である、全軍を撤退させるぞ!」
「ですが、我々は敵に近づきすぎています。下手に後退すれば追撃されて損害を増やす事になりますぞ!?」
「分かっている。だが、これ以上無様な消耗戦を続けて戦力をすり減らされるわけにもいかんのだ。ここは無理をしてでも撤退する!」

 秋子はここで艦隊を磨り潰してもまだ再建は出来る。連邦も戦時生産体制に移行を完了しており、サイド5だけではなくジャブローでも艦艇の量産は進んでいるので、あの1年戦争でジオンが悪夢だと嘆いたあの生産力が今度は自分たちを苦しめる事になる。ジャブローだけでも1年で200隻近い戦艦と巡洋艦を建造する能力があり、ここで100隻沈めても秋子は半年もしないうちにその損失を補充してしまえるのだ。だがティターンズは同等の被害を1年かけても再建できるかどうか。
 消耗戦はティターンズにとって敗北を意味する。アクシズやエゥーゴ、ティターンズの3勢力を同時に相手にしてなお数で勝る連邦の底力は脅威の一言に尽きる。そんな化け物を相手に消耗戦などしてはいけないのだ。

 エイノーの決定を受けてティターンズ艦隊は後退を始めた今ならまだ戦術的には勝ち逃げが出来る。だが秋子はそれを黙って見逃してくれるようなお人よしではなかった。当然全軍に追撃を命じ、戦火の拡大を図る。

「ここで逃がしたら帳尻が合いません。半数は沈めなさい!」

 秋子の珍しく攻撃的な命令を受けて追撃を開始する連邦艦隊。殺到する砲火に捕らえられて1隻、また1隻と艦が沈められていく中で、エイノーはバンドーラを中心とする戦艦部隊を最後部につけ、防御スクリーンを用いた壁を張る事で連邦艦隊の追撃を防ぐ手に出た。ドゴス・ギア級戦艦のバンドーラにマゼラン級戦艦が加わり、さらに戦艦に準じた砲戦能力を持つアレキサンドリア級重巡洋艦が加わって防御スクリーンと装甲の壁を作り上げる。
 このエイノーが引き受けた殿は連邦艦隊の追撃を確かに受け止めることが出来た。MSの登場によって価値を減じて入るものの、戦艦は未だに宇宙戦力の主力であり、その砲力と装甲、そして大出力ジェネレーターに物を言わせた防御スクリーンでビームを逸らしてしまう。
戦艦部隊が持ち堪えている間に巡洋艦と駆逐艦が高速で戦場を離脱していく。戦艦部隊も後退しているが真っ直ぐ逃げているわけではないのでどうしてもその足は遅い。逆に追撃してくる連邦艦隊は殿の戦艦部隊を包囲し、ミサイルで始末しようとしていた。どうやら逃げていった中小艦艇は諦めて、戦艦を沈めることに集中する事にしたようだ。

 しかし、戦艦部隊を包囲しようとしたその時、カノンのレーダーが接近する新たな艦隊を捉えた。それはかなりの高速で接近してきて、側面にビームを浴びせかけてきた。その突然の攻撃に秋子が慌てて包囲を中止させ、其方への迎撃体制をとらせる。

「敵はどこから来たのですか!?」
「艦型照合完了、リーフのグエンディーナ級戦艦と、リアンダー級巡洋艦です!」
「グエンディーナ級、リーフですか。斉藤さんが相手をしていた筈ですが」

 斉藤を振り切ってこちらに来たということだろうか。リーフ艦隊の奇襲を受けて艦隊陣形が崩されており、エイノーの戦艦部隊はかなり距離を稼いでいる。今からでも追い付けない事は無いだろうが、無理に追う気も秋子は無くしてしまっていた。ここが潮時だろう。

「全軍に通達、リーフ艦隊を牽制しつつ、戦場を離脱します。本作戦は終了しました」
「ですが提督、ここでリーフを叩いておいた方が宜しいのでは?」
「こちらも無理をしすぎましたよ。この辺りが潮時です。無理をしても良い事はありませんよジンナさん」

 ジンナに笑顔で答えて、秋子は追撃を止めさせて全軍を引き上げにかかった。秋子の命令を受けた各部隊の指揮官たちは指揮下の部隊を纏め上げて速やかに戦線を離脱していき、ほとんど混乱を起こしてはいない。この訓練度の高さを見た浩之は感嘆の声を漏らしていた。

「凄いな、あれだけの部隊が整然と動いてるぞ」
「本当ね、うちのぼんくらどもにも見習わせたいわ」

 浩之の隣に立つ綾香が羨ましそうな顔をしている。残念ながらリーフで一番技量の高い部隊でもあれだけの動きは到底出来ないだろう。技量とは戦闘だけではなく、こういった目立たない部分にもはっきりと出るのだ。
 連邦艦隊が退いたのを見て、リーフもティターンズと共にこの場から退いていった。リーフにしてみてもこれ以上連邦と戦いを継続する理由は無かったのだから。いや、来栖川芹香にならまた違う見解があったかもしれないが、浩之はティターンズの為に必要以上に頑張るつもりは無かった。


 ティターンズが連邦を攻め切れなかった理由がここにある。ティターンズは余りにも派閥意識が強すぎ、それが作戦にまで影響を及ぼしている。もし彼らがもっと協力的であったなら連邦を攻め切れていたかもしれないのに。その内部対立こそがティターンズを窮地に追い込んでいると理解している者もいたのだが、事態を変えるほどの力とはなっていなかった。




 こうして、地球軌道での戦いは終了し、舞台は地上の祐一たちへと移ることになる。フランスに降下した祐一たちは、ティターンズの攻勢を挫くべく反撃に出たのだ。




後書き

ジム改 軌道上での戦闘はこれで終結、次は地上で祐一たちメインに戻るぞ。
栞   ……私のデンドロビウムが出せませんでした。
ジム改 いや、流石にあれは使えるパイロットが少ないし。
栞   そうなんですか?
ジム改 考えてもみろ。あんな動く武器庫、火器管制だけでも相当な習熟が要るぞ。
栞   コンピューターでオートじゃ駄目なんですか?
ジム改 それが出来るのは漫画だけだ。ハイテク機器が誰でも使えるなんてのは妄想だぞ。
栞   ゲーム機とかは?
ジム改 いやまあ、あれは誰でも使えるけどね。最新の機械はもう素人お断りが常識だ。
栞   世知辛い世の中です。ところで、地上での私の活躍は大丈夫なんでしょうね?
ジム改 心配するな、最高のシーンを用意してある。
栞   …………。
ジム改 何だその疑いの目は?
栞   これまで何回だまされてきたと思うんですか?
ジム改 ……さて、覚えてないですな。
栞   まあ良いです、私にνガンダムをくれれば許してあげましょう。
ジム改 エゥーゴMSなので無理です栞さん。
栞   じゃあ何か新型のガンダムを。
ジム改 ……連邦にガンダムって、ジャブローで作ってる新型しかないぞ。
栞   じゃあそれで。
ジム改 無理言うなって。それでは次回、地上に展開した祐一たちは友軍と共にティターンズと激突する。ティターンズ地上軍は見慣れない新型MSに驚き、その攻撃力に苦戦を強いられる。だが、宇宙から降下してきたティターンズの増援が祐一たちに襲い掛かってきた。次回「屈辱を忘れぬ男」で会いましょう。
栞   また汚名挽回ですかね。