第73章   天使のような悪魔


 

 パリを目前にしてオルレアンに後退した祐一たちは、そこを拠点として敗退していた連邦軍を呼び集め、更にイベリア半島からの増援を受けて戦力を強化していた。その戦力は少佐の権限で扱えるものではなく、本来なら少将クラスが統率するべき部隊となっていたのだが、既にこの時ヨーロッパ方面には将官は少なくなっていたのでこの方面にすぐに送る事が出来ず、祐一が暫定的に指揮を取るという状態になっていた。
 最も祐一は書類にサインをするだけであり、実際の事務仕事全般は名雪を中心とする実務能力に長けた連中がやっていたりするが。香里や栞といった面子もここに組み込まれてしまっていて、今後の作戦は祐一と北川、そしてこちら側で敗残部隊を纏めて抵抗を続けていたロイ・グリンウッド大尉が立案を行っていた。

「しかし、参ったな。パリのティターンズ戦力を強化している」

 ブリテン島から飛ばされた偵察機の航空写真を送ってもらった祐一は、その写真に写されているMSの大部隊に顔を顰めていた。ジムUやハイザックが中心であるが、マラサイやバーザムの姿も多い。グーファーの姿は見えないが、これだけの部隊なら居ないということは無いだろう。
 北川は送られてきた報告書に目を通し、情報部がかなり情報収集に手を焼いている事を見て取ってこれまた顔を顰めていた。

「ティターンズは防空哨戒網を強化してるようだ、偵察機がかなり食われてる。勝ち目は薄いかもな」
「こっちは航空支援が不安だからな」

 連邦軍の戦い方に慣れている祐一と北川にしてみれば航空優勢を確保できないというのはどうしても不安になってしまう。だが、同席していたグリンウッドは平気そうであった。

「連邦さんは贅沢に慣れすぎてて困るな。我々は航空優勢どころか、満足な補給も受けられずに戦っていたよ」
「そりゃご苦労な事です」

 1年戦争のジオンと一緒にしないでくれと祐一は言いたかった。航空支援を受けられない地上軍というのはとにかく苦労が多いのだ。まあ祐一は1年戦争では戦闘機にばかり乗っていたので地上軍の苦労は余り知らないのだが、戦場の常識として航空支援の大切さは理解していた。
 ただ、祐一は制空権の無い地域での戦い方を知らなかったが、グリンウッドは知っていたのだ。何故な1年戦争においてジオンが制空権を押さえた事は一度も無く、常に数で圧倒的に勝る連邦に苦戦し続けていたのだから。特に高高度を悠々と飛びながら絨毯爆撃を仕掛けてくるデブ・ロッグはジオンの将兵からは親の敵の如く憎まれていた。
 だが、今はその経験を伝授して欲しいというのが本音だった。ジオンがかつてどうやって連邦と戦ったのか、それを今生かしてもらえれば、当事のジオンに較べれば遥かにマシな状況である自分たちがティターンズに負ける道理は無い。少なくとも弾薬と修理部品だけは腐るほどあるのだから。連邦軍の弾薬を奪って戦力を繋いでいたアヤウラなどとは戦力の厚みが全く違う。
 祐一と北川から知恵を求められたグリンウッドは、とにかく偽装をしっかりする事だと答えた。空からの偵察というのは意外と目標の視認が困難で、極端な話迷彩塗装や偽装ネットを被せるだけでも発見され難くなる。砂漠ではサンド迷彩を施したMSはじっと砂丘の陰に潜んでいれば意外と見つからず、待ち伏せ攻撃をする事が出来たのだ。

「幸い、ヨーロッパは砂漠と違って建物や樹木が多い。ここに車両やMSを隠し、小隊規模での遭遇戦を挑むのだよ。待ち伏せの一撃で敵にかなりの手傷を負わせられるぞ」
「徹底的なアンブッシュですか……」

 確かに待ち伏せは成功すれば効果が大きい。その効果はかつて自分たちがジオンやファマスにさんざん味合わされているから今更言われるまでも無い。だが、待ち伏せの多用による防御というのは連邦軍には合わない戦術である。連邦軍は圧倒的な大軍を揃え、数に物を言わせて正攻法で押し潰す物量作戦こそが正しい姿であり、そんなせこい手は主義に合わない。
 とは言っても今はそんな事を悩んでいる暇は無く、グリンウッドの提言に従うしかなかったりするのだが。MS同士の正面対決となれば数に勝るティターンズの方がどうしても有利になるからだ。




 グリンウッドの提言に沿って早速MSを隠せる場所にMSを小隊単位で分散配置していくことになった。この指揮は祐一とグリンウッドが取り、北川は自分の大隊を率いて少し後方に配置された。戦線に穴が開いた時は北川が自分の部隊を連れて急行し、その穴を塞ぐのだ。
 ただ、この待ち伏せ部隊の中で最も前方に位置する場所には何故か祐一の姿があった。MS隊を纏める指揮官がそんな一番危ないところに居るんじゃないとグリンウッドなどは諌めたのだが、祐一はまるで聞く様子も無かった。それに祐一と一緒に降りてきた連中はそもそもこの暴挙を止めようともしない。彼らは自分の隊長がどういう人間なのか良く知っていたのだ。
 祐一と一緒に最前列の潜伏場所に居たのは名雪とあゆ、栞であった。他にも相互支援可能な場所に4機程度のゼク・アインやジムVで編成された部隊が3つほど展開してはいるのだが、彼らが一番危ない場所に居るのは間違いない。
 祐一はMS用のシャベルで塹壕用の穴を掘っていたのだが、その隣で既に掘り終わった名雪がスマートガンを2脚に載せて照準の調整をしている。それを横目で見ながら、祐一はどうしたものかと悩んでいた。

「なあ、名雪。今回ばかりは後ろに居てくれないか。お前なら後ろからの方が良く狙えるだろ」

 わざわざスナイパーである名雪がこんな前に出る必要は無いと祐一は言うのだが、名雪は全く聞いてくれなかった。こういう時の名雪の返事は何時も「私は祐一の隣が良いんだよ」である。一度言い出したら聞かないところは流石は秋子の娘と言うべきだろうか、本当に頑固なのだ。そして怒らせると祐一の仲間の中でも一番恐ろしい。 
 今回も祐一の頼みを完璧に無視して銃の調整をしている。そのゼク・アインの姿から無言の拒絶の意思を突きつけられたような気がした祐一はやれやれと幾度目かのため息を漏らし、カメラ映像を正面に設置した有線カメラに繋いだ。待ち伏せに限らず、あらゆる戦闘では敵を先に見つける事がかなり重要な要素となる。今回はカメラを複数箇所に設置する事で索敵範囲を確保していたのだ。

「でも、面倒な戦いになったよな。宇宙ならこんな戦い、さっさと退いて仕切り直すところだ」
「仕方がないよ、地上じゃ宇宙みたいに動けないんだから」
「だから長引くんだよなあ」

 宇宙での戦いは割と早くケリが付く。小部隊同士であろうと大部隊同士であろうと、広大な宇宙では真っ向勝負になる事が多く、全力をぶつけあって負けた方がすぐに逃げてしまうからだ。祐一は宇宙での戦いの経験が多いせいか、地上での戦いがどうにも時間がかかりすぎるのんびりした戦争に思えて仕方がない。勿論そんな事は無く、実際には宇宙での戦い以上に凄惨な戦場が広がっていて、宇宙よりも危険な戦いになり易い。
 なんだか気分が重くなってしまった祐一はハッチを開けて外に出た。地上に降り注ぐ日差しは宇宙で感じる日差しよりも幾分柔らかく感じてしまうのは、人間が地球で生まれたからだろうか。祐一自身も地球生まれなので、地球の方が肌に合うのかもしれない。
 そんな事を考えていると、名雪も機体の固定を終えてコクピットから出てきた。ヘルメットを脱いで汗で湿った髪を風に乗せて流している。

「ふう、地球の風はやっぱり良いね、祐一」
「名雪も、そう思うか?」
「うん、出来れば日本が良いんだけど、やっぱり私はコロニーより地球が良いかな」

 とても嬉しそうに周囲に何処までも広がる空と大地、そして流れる自然の風の感触と運んでくる香り、これらは地球生まれにはとても懐かしく、コロニー生まれには違和感と不快感を与える。かつて地球に降下してきたジオン軍の将兵は地球の匂いに苦しみ、自然環境の変化に驚愕したものだ。これは連邦軍も例外ではなく、スペースノイド出身の将兵は地球への転属に複雑な思いをすることになる。
 祐一の仲間たちの多くはスペースノイドでも地球に降りた事のある者が多いので今更地球の環境に苦しむような事は無い。この部隊でも香里や栞はスペースノイドだが、2人とも1年戦争では海鳴基地で秋子と共に戦った経験を持っている。
 地上に降りた名雪は祐一の傍まで来ると、掘った塹壕の縁に盛り上げてある土の上に腰を降ろした。そして膝を抱え、少し寂しそうな声で祐一にこれからの事を聞いてきた。

「ねえ祐一、私たちはこの後、どうするのかな?」
「何だよ、いきなりだな」
「うん、この作戦が終わったら、すぐに宇宙に戻るのかなって思って」
「そうだな、多分すぐには戻らない。ヨーロッパの戦いが終わった後のことは決まってないんだけど、別のところに転戦する気がする」

 名雪の問いに、祐一はこの降下作戦の前に頭に叩き込んできた地上の戦況を思い出していた。ヨーロッパの戦況は確かに悪く、今すぐ援軍を欲していたのはここだろう。だがヨーロッパは連邦の重要拠点であるベルファーストに近く、一度勢いを止められれば押し返す事は十分に可能だ。また地中海は海軍力で圧倒している連邦の勢力圏なので、ティターンズは東欧から補給物資を運ばなくてはいけないという不利を抱えている。だから自分たちの仕事はティターンズをパリから叩き出すまでなのだ。あとは増援を受けたヨーロッパ方面軍だけで押し返す事が出来る。ティターンズは一度負ければ勢いを無くし、補給線の長さもあって後退するしかなくなる筈だ。
 だが、地球にはもう1つ風雲急を告げる戦線がある。そう、極東戦線だ。ここは海鳴基地が極東最後の拠点として頑張っているだけであり、危険等ならこちらの方が危ない。それにここにはシアンとマイベックがおり、ここの戦線を解決しないと2人は宇宙に上がってこれないと秋子は嘆いていた。そうなれば、自分たちはここの応援に回されて2人が地球を離れられるように頑張れと言われるのではないだろうか。

「秋子さんだからなあ、それくらい考えてそうだよなあ」
「お母さんがどうかしたの、祐一?」
「ああいや、なんでもないぞ。秋子さんたちは無事にサイド5に戻ったかなと思っただけさ」
「ああ、そっか」

 祐一が咄嗟に口から出した誤魔化しをそのまま信じてしまった名雪は、お母さんたちは強いから大丈夫だよと笑って答えてくれた。その信頼が何処から来るのかとこの水瀬母娘を知らぬ者が聞けば思うかもしれないが、名雪は大真面目だった。この名雪の秋子に対する信頼に関しては祐一でも上回る日は来ないだろうと思っているくらいだ。それほど名雪にとって秋子という母親の存在は大きい。
 祐一はその名雪の中で大きなウェイトを占める秋子を羨ましいとは思うことはあっても、妬ましいと感じる事はなかった。それくらい付き合う様になる前から分かっていた事で、今更悔しがるような事ではなかったから。それに祐一も秋子の事はとても信頼している。

「そうだよな、秋子さんたちなら大丈夫か」
「うん、大丈夫大丈夫!」
「じゃあ、取り合えずはこの場を生き残らないとな。死んじまったら天野たちに何言われるか分かったもんじゃないし。いや、むしろ祟られるのか?」
「大丈夫だよ、私は祐一と違って美汐ちゃんに怨まれる様な事してないし」
「お〜い名雪さん、それは俺が怨まれているという事でしょうか?」
「祐一、自覚無かったの?」

 あれだけ何時も何時もからかったり仕事押し付けたりしてれば怨まれるよと、名雪は叱り付けるように祐一に言って聞かせてきた。まあ実際には怨まれるというよりは根に持たれるという類であり、別に嫌われているわけではないのだが機会があれば日頃の鬱憤を晴らす事に躊躇しないだろう。
 祐一は部下から人望厚い指揮官であり、基本的に主要メンバーの中には彼を嫌う者は居ない。まあその軽い性格と嘘吐き癖に眉を顰める者はそれなりに居るのだが、嫌悪を抱かれるような事はまず無いようだ。なかなか得な性質であろう。傍に居る名雪が何時もフォローを入れる事で毒を中和しているという事もある。これは浩平と瑞佳の関係にも言えるだろう。

「また偵察機が飛んでいきましたね。確認の為に戻ってきませんから気付いていないみたいです」

 木の上に設置したカメラからの映像で上空を観察していた栞が呟いた。一応祐一への報告をしているのだが、勿論祐一は聞いていない。これは後で聞いてないぞと祐一が言ったら報告はしましたと言い返すための証拠作りのために言っているに過ぎないのだ。
 コクピットから出て塹壕の縁に腰を降ろしてのんびりとしている2人をカメラ映像で観察していたあゆはなんだか良い雰囲気の2人をネタに栞とわいわいと騒いでいた。

「祐一君と名雪さん、なんだか2人だけの世界に入っちゃってるねえ」
「うう、何時もならさり気なくインタビューでもするんですが、今日はちょっかいかけると名雪さんを敵に回しそうだから止めときます」
「栞ちゃん、何時もそんな事してたんだ?」
「だって、北川さんに振られた私の前でいちゃいちゃしてるんですよ。なんだか腹立つじゃないですか」
「う〜ん、そんなものなのかな?」

 恋というものをした事が無いあゆには、栞の複雑な乙女心は今1つ理解できなかった。まあファマス戦役の頃に栞と天野が北川を巡って骨肉の争いを繰り広げ、それにしばしば巻き込まれて迷惑を蒙ったりはしたのだが。
 あゆがそんなことを考えていると、監視用に設置していたセンサーが移動物体を捉えた。その警報にカメラ映像を切り替えると、こちらに接近してくる多数のマラサイやハイザック、ジムUの姿が映し出された。後方にもかなりの部隊が付いてきているようで、盛大な砂埃が上がっている。

「栞ちゃん、来たみたいだよ」
「ですね、結構な大軍みたいです」

 敵の接近を確認したあゆは急いで周囲の味方にそれを伝達し、栞は祐一と名雪に敵が来たとわざわざ外部スピーカーで伝えていた。勿論半分はわざとである。

「祐一さん、名雪さん、敵が来ましたよ――!」

 栞に大声で知らされた祐一と名雪はビックリして縁からずり落ちかけ、慌てて体を起こすと苦笑いを向け合ってそれぞれの機体に走っていった。そしてコクピットに飛び込み、敵の映像を確認する。

「来たな、まだ直接は見えないようだが」
「どうします、祐一さん?」
「近づかせたら数で負けるこっちが不利だからな。距離があるうちにこっちから撃って数を減らそう。名雪、見えたら撃って良いぞ」
「了解だよ」

 祐一に許可をもらった名雪はスマートガンの照準を丘の稜線に向けた。カメラの映像から推測するとその辺りに丁度敵機の頭が出てくる筈なのだ。
 名雪がスナイパーモードに移行したのを見て、祐一もマシンガンの照準を稜線に向ける。そして後方の北川に有線通信で今後の指示を任せた。

「北川、もうすぐ敵が射程に入る。こっちは見えたら撃つから、お前は後の指揮を頼むわ」
「おいおい、指揮官はお前だぞ相沢」
「俺はこれから忙しいんだよ。お前の方がまだ楽だろ、香里もいるし」
「そういう問題じゃないと思うんだが?」

 祐一の無責任な押し付けに北川はおいおいと思ったが、それ以上は文句も言わずに引き受けた。敵が迫っているので何時までも文句を言っていられなかったのだ。祐一からの通信が切れ、北川は仕方なく後方に配置したガンタンクU、ガンタンクVで編成した支援部隊に砲撃準備の指示を出し、予備隊に何時でも前に出られるよう準備しろと命令を出した。このガンタンク部隊は合流してきた地上軍だ。
 周囲に潜伏させているMS部隊に次々に指示を出し、自らも戦闘準備を始める北川。その隣では香里のゼク・アインで、香里にしては珍しくスマートガンを装備している。その長大な砲身を見た北川は少し不安そうに問いかけてしまった。

「なあ美坂、本当にそれでやるのか。お前使った事ないだろ?」
「あら、訓練じゃ何度も使ってるわよ」
「実戦じゃ初めてだろうが、相沢や水瀬の背中にぶち込むなよ」
「大丈夫よ、そこまで下手じゃないから」

 香里は自信ありそうにそう言い切ったが、香里が狙撃をした場面を見た事がない北川にはどうにも不安だった。スナイパーは確かに頼りになるが、腕の悪いスナイパーは敵よりも怖い味方となる。-

 そんな事を話していると、前方で次々に轟音と閃光が走った。とうとう先頭に位置している祐一たちが発砲を開始し、直撃を受けたMSが撃破されたのだろう。それを見た北川は後方の空軍部隊に出撃を要請すると同時に、ベルファーストに戦闘開始の報告の伝達を頼んだ。ここからでは直接連絡できないのだ。

「パリへの道は、思ったより遠かったな」





 パリを防衛しているティターンズ部隊は、南方に進出して来た連邦軍部隊に神経を尖らせていた。どうにかパリ直前のところで撃退する事は出来たものの壊走させるには至らず、奴らは戦力を立て直してオルレアン前方に布陣して再度侵攻の構えを見せていたのだ。
 パリの司令部はこれを撃退する為に敗残部隊を再編成して臨時に作り上げた第8MS師団と第25師団をこちらに投入して数で圧倒しようと考えたのだが、途中からいきなり敵の姿が見えなくなったという空軍からの知らせを受けて慌てふためいていた。だが、気付かないうちにどこかに移動したのではないかと考えて四方八方に索敵機を放って探させても姿は影も形もなく、司令部を困惑させる事となる。
 司令部は仕方なく第8MS師団と第25師団に索敵攻撃を命じ、オルレアンを奪還するように命じた。どちらにせよオルレアンを放置しておくとパリが危険に晒されるので、ここは奪い返す必要があったのだ。

 この命令を受けてオルレアンに向かった第8MS師団は、オルレアンの手前で姿をくらました連邦部隊の待ち伏せを受ける羽目になった。前進していた先鋒隊が奇襲を受けて大損害を出した第8MS師団は動きを止めてしまい、パリに援軍を求める事になる。
 だが、パリはこの援軍要請をにべもなく断っている。現実問題としてヨーロッパ侵攻軍にも戦力の余裕はなかったのだ。既にフランス西部と北部には新たに上陸してきた連邦軍が展開し、その数を時間と共に増やしている。装備を無くして意気消沈していた敗残部隊も新たな装備を与えられて息を吹き返している。主力はこちらに振り向けなくてはいけなかったのだ。
 だがパリに一番近く進出しているのもこちら側の連邦軍であり、こちらが破られればパリが落とされる。だからこちらを軽視する事も出来ず、さて何処から部隊を引き抜こうかと考えていた時、彼らの元に妙な報告が届けられた。オルレアンの近くに進出していた装甲車部隊が迷子になっているMS部隊と遭遇したというのだが、これが何とバーザムとマラサイを主力とする装備優良部隊だったのだ。一体何処の連中だと思った司令部の元に彼らの身元が届けられたのは、第8MS師団が連邦部隊と激突している最中であった。
 この知らせを受けた司令官は最初、何の冗談だと思ってしまった。それほど意外な話だったのだ。

「宇宙から降りてきた連中だと?」
「はい、水瀬艦隊から降下した部隊を追撃してきたそうですが、位置を見失って迷子になっていたようです」
「なんともお粗末な話だが、まあ丁度良い、そいつらをオルレアンに向かわせて第8MS師団に合流させろ。援軍になる筈だ」
「分かりました、そう伝えます」

 司令官の命令を受けて参謀が退室していった。司令官はやれやれと椅子の背凭れにもたれかかり、その援軍の間抜けさを軽く詰った後で深刻そうな顔になった。

「水瀬艦隊から降下してきた部隊か、となると、敵部隊の中にあの相沢少佐がいたという報告は本当だったわけか。まさか水瀬提督が秘蔵っ子を送り出してくるとはな」

 水瀬秋子は連邦軍の中でも最も恐れられている指揮官の1人だ。そして彼女の元には化け物じみた凄腕のエースパイロットがゴロゴロしていることで知られている。秋子は重要な局面にそれらのエースを複数まとめて投入してくる事が多いので、相沢少佐がいたのならそれ以外のエースも何人か来ているだろう。その中にはあの白い悪魔、アムロ・レイと張りえるようなのも居るという。

「……司令部の撤退の準備を始めさせるか。持ち堪えられんだろう」

 下手したらクリスタル・スノーが群れを成しているかもしれない。そんなものにぶつかったら送り込んだ程度の数では話にもなるまい。宇宙でも秋子の部隊の強さは驚異的として知られているのだから。地上ではジャブローの倉田大隊や極東の海鳴基地守備隊の強さが知られている。
 この数々の戦歴を考えると、数でも圧倒できず装備でも負けている迎撃部隊では苦しい。宇宙から降りてきた援軍はそれなりに良い装備を持ているようだが、果たして撃破出来るかどうか。むしろ返り討ちにあって逃げ帰ってくるのではないだろうか。
 司令官はこれ以上ここに踏み止まって援軍の当てのない戦いをするのに嫌気がさしていたのだ。地中海の制海権は連邦に押さえられているのでキリマンジャロからの物資を直接アフリカ北岸から持ってくる事が出来ず、大きく東回りに中東を経由して運んでこなくてはいけない。その補給線の長さがヨーロッパ侵攻軍を苦しめ続けていたのだが、ここにきて3正面作戦を強いられた為に急速に物資を消費していたのだ。この補給が追いつかなくなったとき、ヨーロッパ侵攻軍は崩壊する。そうなる前に後退し、完全に仕切り直すべきだと彼は考えていたのだ。




 丘陵地帯に火線が走る。マシンガンの砲弾が連続して宙を走り、ビームの光が大気を焼く。祐一たちが突入してきたティターンズ第8MS師団と激突していたのだ。塹壕で遮蔽を取りつつ固定して安定性を確保したマシンガンをばら撒くゼク・アインがいるかと思えば、長大な砲身を持つスマートガンで狙撃をするゼク・アインもいる。後方からはガンタンクの支援砲撃が行われ、ティターンズ部隊の上空から砲弾を降らせている。直撃すれば一撃でMSをスクラップにし、至近弾でも無傷ではすまないガンダンクの砲撃はまとまって行うとかなりの迫力がある。
 この支援砲撃の中を苦労しながら前進してきたティターンズ部隊は、今度は正面から殺到する砲火の中を突っ切らなくてはいけなかった。正面には連邦軍のMS隊が樹木が生い茂る丘陵を利用して構築した複郭陣地があるようで、そこに突っ込むのは自殺行為としか思えないほどの火線が叩き出されている。
 この弾幕に飛び出したMSは次々に撃破されていき、一部は慌てて稜線の陰に逃げ込んで命拾いをするという体たらくになっている。師団を率いていた指揮官はこの火力に驚き、慌てて航空支援を要請した。それに空軍はすぐに応じたのだが、師団長は空軍が見つけ損なったのがこの苦戦の原因だと考えていたので空軍に対する不満は強かった。そしてそれは師団長だけではなく、将兵全員に共通する不満だったのだ。

「あいつらがみっともなく見つけそこなったせいで、俺たちが今ここでこんな目にあってるんだ!」

 こんな不満を抱えて戦っているのだから、士気など上がる筈もない。パイロットたちは稜線から飛び出して敵に突撃するでもなく、ただじっと耐えている。こんな戦いで命を落とすのはごめん蒙るという事だろう。


 それから暫く待って、ようやく空にダガーフィッシュをはじめとするティターンズ空軍機が現れて対地攻撃を開始した。ダガーフィッシュやセイバーフィッシュが容赦なくミサイルを放ち、アヴェンジャーやフライマンタが爆弾を投下していく。この攻撃に対して連邦軍はMSの対空砲火で応戦したが、やはり対空砲火というものは中々当たらないもので結構苦戦していた。

「ち、煩い奴らが出てきたな」
「祐一さん、あんまりばら撒くと弾切れになりますよ」

 対空砲火に弾幕を形成する味方部隊を見て栞が心配そうに祐一に進言してきた。ゼク・アイン用の弾薬はペガサス級揚陸艦隊がベルファーストに降ろしている筈だが、それが今すぐここに現れるわけではない。当面は降下時に持ってきた手持ち弾薬で頑張るしかないのだ。その貴重な弾薬を効果の薄い対空砲火に使うのは勿体無いと思ったのだ。
 これに祐一が反論しようとした時、ようやく連邦の空軍機も戦場にやってきた。連邦はダガーフィッシュを主力とする制空部隊で出てきたが、その中には新型のワイバーンの姿もあった。ただ、ワイバーンは空戦能力そのものはダガーフィッシュと大して変わらず、ダガーフィッシュを戦闘攻撃機に改造したような機体という評価を受けている。その為か今1つ評価が低く、ダガーフィッシュに変わる次世代主力機とはなれそうもなかった。やはり戦闘機と言うからには制空戦闘力こそが最重要要素だからだ。対地攻撃能力はアヴェンジャーのほうが上回っているので地上攻撃機としては中途半端といわれている。
 幾ら可変MAや可変MSが登場して圧倒的な戦力となっているとはいえ、全ての空域をこれらの可変機でカヴァーできる訳でもなく、空軍の主力は相変わらずこのような戦闘機が中心となっている。ただ中距離誘導弾が過去の物となった現代では威力を大幅に減じてしまったのも確かではある。


 連邦の空軍機が加入したことで空戦は混沌とし、地上攻撃が激減した。祐一たちは見当違いのところに落ちる砲弾や爆弾に失笑し、そして駆けつけてくれた友軍の空軍機に激励のエールを送っていた。
 そして再び視線を迫るティターンズMSに向け、弾幕を張り巡らす。古典的な塹壕による部分遮蔽は戦術としてそれなりに有効で、全身を晒して駆けて来るバーザムやマラサイは次々に被弾して擱座していく。ティターンズも反撃しているのだが、下半身を沈める事で投影面積を減らしたザク・アインやジムVを仕留めるのは容易ではなく、ビームや銃弾は空しく地面を抉っている。
 しかし、数で勝るティターンズは祐一たちの複郭陣地の左右に回りこみ、包囲するように陣形を組み直しだした。地形を利用した複郭陣地は確かに強固だが、上空からの空爆を受ければ脆いし、包囲されて十字砲火を浴びせられればいずれ落とされてしまう。幸い上空からの攻撃は味方の空軍機が良く防いでくれているが、数の差だけは如何ともしがたかった。
 祐一たちの居る陣地がティターンズの十字砲火の中央に置かれようとしている事に気付いた北川は、祐一にその陣地を放棄して後退するように指示を出した。

「相沢、そこに居ると集中砲火を浴びるぞ、早く退け!」
「了解、左右の塹壕も退かせてくれ!」
「分かってる。後方の小隊と合流してくれ!」

 北川に言われて祐一たちが急いで後退していく。それを確かめた北川は改めて戦域全体を見渡し、ティターンズの包囲が確実に狭まっているのを確かめてどうしたものかと考えていた。後方支援のガンタンク部隊は敵の包囲の要である中央に向けて絶え間ない砲撃を続けており、120mm弾を頭上から見舞い続けている。だがガンタンク部隊は敵の装甲車や歩兵の浸透を阻むのに手一杯で、とてもではないが車両やMSを食い止める余裕は無かった。MSといえども歩兵に浸透されて死角からミサイルを撃ちこまれれば無事ではすまないのだ。友軍の歩兵隊も重機を敷き並べてよく頑張っているが、敵MSの攻撃に巻き込まれて吹き飛ばされる者が続出している。

「このままじゃジリ貧だな。増援が来ないと数で押し切られるぞ。美坂、援軍に来てくれそうな部隊は近くに居ないか?」
「居たら戦う前に呼んでるわよ。私もそろそろ前に出る?」
「いや、美坂はまだここに居てくれ。一応ここが本部だからな」

 北川は直接戦闘には加わらず、最後まで指揮を継続しなくてはいけない。そうなると敵がやってきたとき、その敵を食い止める盾が必要となる。北川の周辺には通信用の大型通信機を装備したジムVが隣に居て、周辺を2個小隊のジムVが固めている。これは本部を守る最後の盾なのだ。
 だが包囲は少しずつ狭まり、陣地を守備している小隊は塹壕を放棄して後方へと後退を続けている。被害は大した事は無いが、このまま行けば包囲下の中で殲滅されてしまうだろう。

「グリンウッド大尉を呼んでくれ」
「了解」

 EWACジムVのパイロットがグリンウッドのジムUにレーザー回線を開き、北川の機体と中継する。グリンウッドがモニターに出たのを見た北川は、彼に包囲のどちらか一翼を切り崩せないかと聞いた。

「大尉、敵の両翼、崩せませんか?」
「それだけの戦力を貸してもらえるなら喜んで先頭に立つが、今動かせる数では無理だろうな」

 1年戦争で勇名を馳せた名指揮官といえども、流石に数の差はいかんともしがたいらしい。ジムUではハイザックならともかく、マラサイやバーザムにはかなり手を焼く。ましてグーファーが出てきたら話にもなるまい。
 このままでは遠くないうちにこちらの戦線が崩壊する。そう考えた北川は戦線を維持できているうちにここを引き払う用意をした方が良いのではないかと考え出した。




 祐一たちを攻撃しているティターンズ部隊を率いている指揮官は、祐一たちが丘陵を利用して築き上げた複郭陣地の防御力にかなり手を焼いてはいたが、どうにか突き崩せそうだという手ごたえを感じていた。

「しぶとい奴らだな。この寡兵でよく持ち堪える」
「相手はあのクリスタル・スノーを含む6個MS大隊に連邦の地上軍が加わって、1個師団相当の大軍となっています。寡兵とはいえ彼らの力は侮れません」
「宇宙での奴らの凄まじい戦いぶりは聞いているが、噂に偽りなしか。厄介だな。勝てたとしても被害が大きすぎる」

 ティターンズは連邦軍の敗残部隊を加えて250機ほどのMSを有する祐一たちを破る為に2個師団の大軍をかき集めてきた。これは祐一たちが最もパリに近く、ティターンズの脇腹を食い破りかねない位置に居たからである。これを撃破しないことには北部と西部に展開している部隊は背後を常に脅かされる事になり、全力を発揮できない。防衛戦を立て直すためにもティターンズはまずこちらを撃破しに出たのだ。その為に集められたMSの数は300機にも達し、戦車や自走砲、ロケットシステムの数は500両を軽く超える。まさに欧州を巡る戦いの大決戦がここで行われていたのだ。
 そして後方からは更に増援が送られている筈だ。ここで祐一たちを叩ければそれはこの場での勝利だけではなく、連邦軍の最精鋭部隊を消滅させる事が可能なのだから。

「しかし、まさか倍以上の兵力をぶつけてここまで苦戦するとは思わなかった。ゼク・アインとかいうMS、良い機体だな」
「将軍、早くケリをつけて他の方面の応援に回りませんと、またアーカット総司令から督戦が届きますぞ」
「そうは言うが、中々に手ごわい」

 敵の損害はそれほどでもないのに、味方の被害はうなぎ上りに増えている。包囲網こそ確実に狭まり、勝利の時は間違いなく手の届くところまで来ているがその時にどれだけの兵力が残っているか。クリスタル・スノーの中でも相沢祐一などの隊長級、そしてサイレンに参加していたパイロットは化け物じみた強さを持つといわれているが、この強さを見ればそれも頷ける話だ。
 その時、通信兵が前線部隊からの緊急通信を持ってきた。それを受け取った参謀は表情をこわばらせ、将軍に通信用紙を手渡す。それを受け取った将軍は目を通し、その内容に目を見開いた。

「Zプラスが出て来ただと?」
「あれはガルダに搭載されて運用される機体です。となると、この近くにガルダが居るのではないかと」
「ガルダだと。だが、そんな機体が何処に?」

 ガルダ級は貴重な超大型輸送機で、ティターンズも1機を保有している。連邦軍は6期を保有していて各地の輸送に活用しているようだが、そのうちの1機がこちらに来ているのだろうか。カラバの使っていたアウドムラがZプラス隊を装備している事は勇名だが、アウドムラは現在ベルファーストに着水して補給を受けている事が分かっている。ならば、他にまだもう1機のガルダが動いているのだろうか。
 その可能性を考えた将軍は直にこれまでのデータを調べさせ、1つの答えを手にする事が出来た。そう、北部方面に上陸してきた連邦軍の中にその可能性をもつ部隊があったのだ。

「ガルダ級が1機、ジムV隊を運んできているな。まさかこいつがここに着たのか?」
「その可能性はあります。だとすれば更にジムV1個大隊前後が増強される事になりますな」

 それはかなり厄介な事だ。ただでさえこの戦力差で苦戦しているのに、増援が入ったら押し返されない。そうなれば戦局は完全に逆転されてしまうだろう。将軍は時間をかけていられないと悟り、今まで以上の力押しによる攻撃命令を出した。
 しかし、この時既にスードリは戦場に迫っていたのである。



 
 祐一たちとティターンズが激突する戦場に、全く予期しなかったMS部隊が姿をみせたのはそんな頃であった。モンシアに率いられたティターンズの降下部隊はパリの司令部に言われてオレルアンを目指したのだが又しても道に迷った挙句、戦闘の光を見てここにやってきたのだ。やっと味方部隊を見つけたモンシアは歓呼の声を上げている。

「よっしゃ、やっとお仲間と合流できたぜ!」
「大尉、戦闘をしているようですが、どうします?」
「決まってんだろ、このまま味方に合流して連邦軍を押し返すんだよ!」

 モンシアのけしかけるような命令でバーザムとマラサイが戦場に突入していく。その中にはジェリドたちの姿もあった。

「何処だ、相沢祐一はどこに居る!?」
「ジェリド、隊形を崩さないで。迂闊に動くと狙われるわよ!」
「後ろに居たって、奴は落とせないさ!」

 これまでに一度雑魚扱いされた挙句、デンドロビウムにカクリコンを落とされてしまったジェリドは祐一に深い憎しみを抱き、復讐を誓っている。カクリコンに関してはやったのは栞であって祐一ではないので完全な逆恨みなのだが、彼はそのことには気付いてはいなかった。
 ジェリドが真っ先に突入していくのを見て彼の部下たちが続いていき、それを見たマゥアーとエマも自分の小隊を連れて突入していく。このモンシアたちの参加は連邦とティターンズの双方にとって予想外の物で、連邦は敵の増援に顔を顰め、ティターンズは思いがけない援軍に喜びの声を上げている。
 この新手を見た祐一は近くにいた機体を連れて迎撃に当たり、バーザムやマラサイの前に砲を敷き並べた。

「名雪以外はまだ撃つな、もう少し引き付ける!」

 はやる部下たちに祐一は射撃を待たせる。弾薬やエネルギーが惜しくなっているからだが、スナイパーである名雪だけは長距離でも好きに撃っていた。2脚に載せられたスマートガンが続けて咆哮し、強力なビームが駆けて来るバーザムを、マラサイを次々に射抜く。更に後方からは北川の指示が出たのか、ジムV隊の放ったと思われるミサイルが飛来して降り注いでいく。
 その攻撃の中で、名雪は奇妙な事に気付いた。

「祐一、この新手、全部宇宙用だよ!?」
「宇宙用って、何でそんなのが?」

 MSが汎用型だとは言っても、実際には細かい仕様の差で様々な型に分かれている。宇宙用の機体は装甲を薄くしてでも機動性を稼ぐ傾向があり、地上用は重装甲にして脚部を強化することが多い。それは外見からある程度の見分けがつくのだが、やっていた新手は宇宙で見慣れたタイプだったのだ。それを聞いた祐一は最初数合わせに宇宙用まで持ち出したのかと思ったが、すぐに自分たちと一緒に降りてきた奴らだと気付いた、今頃になって出てきたのだ。

「何でこいつら今頃?」
「さあ。でも、正直不味いんじゃないかな?」
「不味いどころじゃないな。名雪は撃つだけ撃ったら下がれ。接近戦に巻き込まれる事は無いぞ」
「うん、そうするよ」

 戦闘の最中には名雪は祐一の指示に素直に従う事が多い。名雪は更に3機を仕留めた後、後方の塹壕へと下がった。この援軍は周囲との連携を考えずに真っ直ぐ突っ込んでくるため、接近乱戦をすることになりそうなのだ。
 距離が詰まったところで祐一は部下たちに砲撃を開始させ、ゼク・アインのマシンガンとジムVのビームライフルが一斉に攻撃を開始する。その砲火を受けて1機、また1機とバーザムが、マラサイが倒れていく。ストライク・マラサイのような陸戦特化型ならば既に陣地に突入してきていただろうが、宇宙用の彼らの歩みは遅い。距離を詰めるまでに何機も食われてしまっている。
 だが、それでもモンシアたちは歩みを止めなかった。多少の犠牲を恐れていてはかえって被害が拡大をすることを歴戦の彼らは知っていたのだ。そして突貫をやめないティターンズに祐一もまた覚悟を決める。

「近接格闘戦になる、準備をしろ。ゼク・アイン隊は前に!」

 これ以上近づかれると格闘戦になると判断した祐一はゼク・アイン隊にビームサーベルを抜かせて前に出る。それをジムV隊が支援する形になるが、それを見た北川が驚いて引止めにかかった。

「おい待て相沢、飛び出たら乱戦になるぞ!?」
「こいつらは他の奴らとは全く別の部隊だ、連携も何もなしに真っ直ぐ突っ込んできやがった。乱戦を受けるしかない。それに乱戦に持ち込めば弾は降って来なくなる!」
「……ちっ、分かった。だが余り出るなよ。孤立する!」
「分かってる!」

 脚部ホバーを吹かせて一斉にゼク・アインが飛び出していき、マラサイやバーザムに切りかかっていく。マラサイやバーザムがこれを見て一斉に散会し、マシンガンとビームライフルが交差し、ビームサーベルがぶつかり合って火花を散らす。ホバーで一気に距離を詰めた祐一が擦れ違いざまにマラサイの頭部を斬り飛ばし、マシンガンを駆け抜けながら釣瓶撃ちにする。照準など全く定めないでの乱射であったが、3機が被弾して胴体や脚部に火花を散らせた。
 そして祐一に続いて他のゼク・アインも次々に雪崩れ込み、その辺り一帯は敵味方が入り乱れた乱戦となってしまった。この為に敵も味方もこの方面で長距離砲を使えなくなり、ティターンズの砲兵士官が突然乱入してきた馬鹿野郎に罵声を放っている。

「くそっ、邪魔だあいつら。まとめて撃っちまうぞ!」

 野砲や自走砲などの間接砲は威力は大きいが細かい狙いをつけるのは難しい。あんな乱戦を始められては効果的な支援が出来ないではないか。これはロケット部隊も同様で、それまでの整然とした戦いに乱痴気騒ぎを持ち込んでくれた援軍を邪魔者扱いしていた。
 そしてこの怒りは司令部にも伝わっていた。それまで一歩一歩包囲を縮め、確実に敵を殲滅するように進めていた作戦が一瞬でご破算になったばかりか、支援砲撃も出来なくなってしまったのだ。

「冗談ではない、あのクリスタル・スノーを相手に実力が物を言う近接戦闘をやれというのか?」

 せっかくこれまで数が物を言う中距離での砲戦をしていたのに、この終盤に来てまさかこんな事になるとは。だがもうどうすることも出来ない、全力を挙げて連邦軍を叩き潰すしかない。

「仕方が無い、支援部隊を敵左翼に向けさせろ。其方に火力を集中して敵を崩壊させる。MS隊を突入させろ!」

 忌々しさを込めて作戦を変更し、将軍は突然の乱入者を暫くの間罵り続けた。だが、それも参謀が別の情報を持ってくるまでだった。息を切らせて駆け込んできた参謀が持ってきた紙片に目を通した将軍の顔が僅かに引き攣っていく。

「スードリが来た、だと?」

 そう、戦場にスードリが殴りこんできたのだ。Zプラスの護衛を受けながら混戦の中に突っ込んできたスードリから全域周波数でどこかで聞いたようなノー天気な戦場全体に轟いていく。

「あはははは〜〜、祐一さんのピンチに駆けつけてあげましたよ〜〜!」
「さ、佐祐理さんか!?」
「左翼の方は引き受けますから、こっちは自分で何とかしてくださいね〜!」

 こんな戦場のど真ん中出までノー天気な声を通信に載せて轟かせるような知り合いは祐一には数人しかいない。その貴重な1人が現れたようだ。スードリの後部から次々に陸戦型ジムVが降下してきてマシンガンを手に乱戦に加わってくる。このジムVはストライク・マラサイのようにホバーで地表を駆け抜けることが出来るようで高速で地表を駆け抜け、敵をかき回していた。

「あはは〜、突撃突撃、遅れた人は後でお仕置きですよ〜。北川さん後詰めお願いしますね!」

 佐祐理の脅すような命令を受けてジムV隊が突撃をかける。その突撃を見て北川が慌てふためいて香里にMS隊を預けて後に続かせる。これが遅れると孤立して殲滅されてしまうのだ。というか遅れたら佐祐理からどんな目に合わされるかと思うと、恐ろしくて遅れる事など出来ない。


 ジェリドたちの突入は戦場をそれまでの統制された戦いから、一気に統制の効かない混戦へと進んでしまった。これによりティターンズ側が最も恐れていた戦いの形となったのである。




後書き

ジム改 オレルアンのどつきあいは佐祐理も加わってますます訳の分からない物に!
栞   ふっ、私たちに乱戦を挑むとは命知らずです。
ジム改 まあ、お前ら接近戦じゃ馬鹿みたいに強いしな。
栞   戦争を教育してあげますよ。1年戦争の生き残りを恐ろしさを教えてあげます!
ジム改 まあ、一応こいつも歴戦のエースになるんだよな。
栞   そうなんですけど、何でか新兵君たちは私が教官だって言っても信じないんですよね。
ジム改 …………中学生に間違われたんじゃないのか?
栞   失敬な、これでも立派な大人の女ですよ!
ジム改 大人の女は自分の年は自慢しないぞ。自爆だから。
栞   う、煩いです!
ジム改 それでは次回、佐祐理の乱入でティターンズの部隊がかき回され、祐一たちが個人技に物を言わせて敵の数をすり減らす。雪の紋章は死神と共に、という伝説をティターンズの将兵が思い知らされる中で、ジェリドが遂に祐一を発見する。次回、「祐一の実力」でお会いしましょう。
栞   実力も何も、ライデン少佐やマツナガ大尉に迫る強さを持つ祐一さんに勝てる訳ないじゃないですか。