第74章  祐一の実力


 

 モンシアたちの乱入と佐祐理たちの介入で混沌の度合いを増した戦場の中で、雪の結晶を描いたMSたちがマラサイやバーザム、ハイザックを押し返していく。個人技が物を言う乱戦では彼らの優れた技量は大いに物を言う。こうなるのを恐れていたからティターンズは整然とした隊形を組んで距離を置いた砲撃戦を続けていたのだが、モンシアたちと佐祐理たちが加わった事でそれも不可能になった。だから武器を手に突撃してきたのだが、その結果それまでの優勢が崩壊する事となる。

「全軍突撃突撃〜、このまま敵をもみ潰しなさい!」

 佐祐理の率いる陸戦型ジムV部隊が脚部の熱核ホバーで地表を駆け抜け、新型の90mmマシンガンでマラサイやバーザムといった重装甲MSを打ち倒していく。これは長い事第2世代MSの持つガンダリウムγ製装甲に悩まされてきたが、これを撃ちぬける新型マシンガンの配備が進んだ事でこれを撃破することが可能になっている。ジムVが装備する事を前提にしているのでジムUやそれ以前の型では少々大きいのが難点だが、その破壊力は一級品であった。大気圏内で使うことを考慮すれば下手なビームライフルより余程強力な武器となる。片手で扱える点もポイントだろうか。
 佐祐理の大隊は小隊単位での運用が行われるが、最大の特徴は小隊同士のチームワークの良さにある。シアンは大隊レベルでの運用を行ったが、そこから佐祐理は独自の発展をさせていたのだ。
 高速で動き回る小隊に翻弄されるティターンズのMSが四方から砲火を叩き込まれて次々に擱座していく。佐祐理の大隊は1つの中隊に所属する4つの小隊がお互いをカバーしあうように動くチームプレイを前提としている為、1個中隊で敵の小隊を包囲殲滅していく戦術を取るのが特徴だ。
 天野は4機1個小隊で更に2機1個分隊という最小単位を生み出して新しい運用法を編み出していたりと、シアンの教え子たちはそれぞれに独自の道を進んでいるのだ。

 倉田大隊の動きはまるで動物の両顎のようにティターンズの部隊を包囲していき、内側に取り込んだ敵を瞬く間に撃ち減らしてその顎を閉じてしまう。その中に囚われた敵は十字砲火を受けて短時間で次々に叩き潰され、そしてまた倉田大隊は次の獲物を飲み込んでいく。これが地上軍の切り札的な存在である倉田大隊の戦い方だった。



 そして同時に祐一と北川も交互に部隊を動かし、ティターンズを崩しに出ていた。片方が突撃をかければもう一方が支援をし、動きが止まれば支援していた方が突撃をかけて立場を入れ替える。その連続でティターンズ部隊を突き崩しに出ていたのだ。この集団戦における動きの良さは昔からの彼らの伝統で、ティターンズ部隊はゼク・アイン2個大隊の猛攻を受けて戦線を突き崩されようとしていた。特に恐ろしいのは先頭に立つ祐一と北川で、祐一はビームサーベルを手に相手の懐に入って斬りつけて相手を擱座させ、北川は高速移動をしながらの移動射撃を正確に当ててくるという神業で数を撃ち減らしていく。それぞれに得意な戦い方でならサイレンのメンバーにさえ勝てると言われる2人だ。相手をしたティターンズのパイロットたちにはいい迷惑だったろう。

「北川、このままこいつらに止めをさす。後方のMS隊も突入させるぞ!」
「ああ、勢いで押し切った方が良い!」

 北川の賛同を受けて祐一は後方から支援をさせていたジムV隊の一部や地上で合流したMS隊に突撃を命じた。その命令を受けて後方にいた部隊が一斉に突撃を開始し、乱戦に加わっていく。それまで祐一たちに混乱させられていたティターンズもこの新手の動きを見て慌てて迎撃しようとするが、正面戦力で数の差が大きく、貧弱な防衛線は一瞬で消滅して連邦MSは戦場に雪崩れ込んでくる。




 そんな戦場の片隅で、戦場を離れて体勢を立て直そうとする気の利いた連中も現れる。マラサイやハイザックが混戦から抜け出して集まり、体勢を立て直して連邦に挑もうというのだろう。だが、その中の1機がいきなりビームの直撃を受けて上半身を吹き飛ばされてしまった。上半身を失って崩れ落ちる下半身。それを見た他の機体が動揺するが、その動揺を付くようにまた1機が吹き飛ばされた。
 これは地上におけるMS戦の常識を超えた超遠距離狙撃だった。この乱戦に加わらず、護衛と共に丘陵に下がっていた名雪が混戦から抜けたティターンズのMSを狙撃していたのだ。ビームスマートガンが冷却の為に暫し発射不能になり、その間に名雪は次弾の為に照準を修正していく。光学照準器の拡大映像の中に浮かび上がるハイザックを見据えた名雪はトリガーに指をかけた。

「……ごめん、ね」

 たった一言の謝罪と共にトリガーを引き、そのハイザックが吹き飛ばされる。運が良い機体は胴体ではなく四肢を吹き飛ばされて擱座するだけで済むが、それはあくまで照準の僅かなズレであって名雪は常に胴体に直撃させるつもりで狙っている。これが彼女の仕事であり、軌道艦隊時代から続く名雪の戦い方だ。そのスコアは祐一を凌ぐほどの数に達している。
 戦場の外に出たティターンズのMSは名雪に狙われてその数を減らす羽目になり、混乱を拡大させていた。この混戦で何処から撃って来るのか分からなかったのだ。それでも何機も吹き飛ばされているうちに射線を特定でき、丘陵の方から撃たれている事を確認すると支援部隊に援護の要請を出した。

「丘陵にスナイパーがいる、砲撃で叩いてくれ!」

 MS隊が後方の野砲部隊に支援要請を出し、要請を受けた野砲が敷き並べた200mm重砲を立て続けに発射して丘陵を叩き出す。この砲撃を受けて自分が狙われている事に気付いた名雪は移動を開始したが、降ってくる砲弾の量が多すぎて丘陵に留まれなくなってしまった。

「これじゃここに居たらやられちゃうね、何処かの丘陵を降りて塹壕に入るよ!」
「は、はい!」

 名雪に言われて護衛のジムV2機が一緒に丘陵を駆け下りて行く。丘陵の周辺には複郭陣地用に作った塹壕が幾つもあり、そこに移った方が砲撃の効果を減じられると考えたのだ。ただし位置が低くなってしまうので先ほどまでのような効果的な狙撃は望むべくも無いが。
 塹壕に入ってスマートガンを出した名雪だったが、照準に入ってくるのは混沌とした戦場であり、上手く1機が孤立しているという状況は確認できなかった。これでは流石の名雪も撃つ事が出来ず、スマートガンを降ろしてビームライフルを手に取った。

「しょうがない、乱戦に巻き込まれないようここで隠れてよっか」
「それで良いんですか水瀬少尉?」
「祐一にも隠れてろって言われるし、大丈夫だよ。私は乱戦苦手だし」
「まあ少尉が良いって言うなら構いませんが」

 護衛機のパイロットたちは釈然としない様子だったが、名雪がそう言うならばと塹壕の中に閉じこもってしまった。ここで打って出て名雪が襲われでもしたら後で祐一に殺されかねないという計算もある。





 この大混戦は両軍の兵力を磨り減らしていたが、その行方は少しずつ連邦に傾きだしていた。やはりこういった状況になると多数の超エースを抱えている祐一たちの方が地力に勝っているようで、グーファーの数が少なかったティターンズはゼク・アインに対して有効な手を打てずに崩されていったのだ。
 だが、そんな中でもまだ自分の目的に邁進している男はいた。

「何処だ、どこに居る相沢祐一!?」

 そう諦めるという言葉を知らぬ男、ジェリド・メサだった。彼はこの混戦の中、ひたすら祐一を探し回っていたのだ。味方機が次々に落とされて不利になっていく中でゼク・アインやジムVを撃退していく様は彼の才能の片鱗を見せるものであり、このまま伸びればいいパイロットになると予感させる。だが今は祐一を探し回る復讐鬼であり、ひたすらに1つの目的に固執していた。その執念が彼の実力を引き出していたといえるが、おかげでエマやマゥアーといった同僚や、2機の部下ともはぐれてしまっている。
 駆け回りながら目に付く敵機にビームライフルを叩き込み、ビームサーベルで斬りつけていく。相手を撃墜したかどうかを確認する暇などは無く、次々に現れる敵機に対処していく。ジェリドのバーザムはmk−U用のライフルとシールド、バルカンポッドを付けていて他のバーザムより少し装備が良いのも特徴だ。
 だが、そんな彼の執念に神様が戯れに答えてくれたのか、ジェリドの前に右肩に両足で剣を掴んだ鷹を描いたゼク・アインが現れた。赤い三本線もその地位を示している。

「見つけたあぁ!!」

 祐一を見つけたジェリドは勇んで襲い掛かっっていく。それを受けて立った祐一は何時ものように相手にビームサーベルで一撃くれてやって擱座させようと思ったのだが、振るったサーベルを向こうもサーベルで受け止め、そのまま格闘距離で力比べに入ったのを見てこれまでの奴らとは少し違うと気付かされた。

「何だこいつ、少しは出来るのか?」

 多少は歯ごたえがあるのかと思いつつビームサーベルを引き、軽く後ろに飛んでマシンガンを向ける。だがトリガーを引くより早くそのバーザムは左に飛んで射線を外し、サイドビームサーベルを振るってきた。その一撃で長い銃身を持つマシンガンの銃身を両断されてしまい、祐一はマシンガンを捨てて左手に持っていたサーベルを右手に持ち替える。

「だああ、マシンガン壊しやがったなこいつ!」

 祐一にとってもう最後の飛び道具だったマシンガンを破壊されてしまい、ビームサーベル以外の武器を無くしてしまって焦ってしまう。今後の戦いを考えればマシンガン無しでは厳しいだろう。
 これに怒った祐一はビームサーベルを手にジェリドに斬りかかり、また鍔迫り合いが起きる。周囲に散るプラズマの火花に機体を焼きながらもジェリドは逆に押し返してきて、祐一はその勢いに僅かながら驚きを感じていた。

「こいつ、馬鹿みたいに士気が高いな。それとも俺が狙いか?」

 狙われる覚えは嫌になるほどあるが、名声を狙っているという可能性もある。祐一のようなエースを仕留めたとなれば、それは大いなる名誉として喧伝する事が可能になる。過去にも幾度かそういう理由で襲ってきた敵は沢山居て、その全てを祐一は蹴散らしてきたのだ。エースとは相手に恐怖と威圧感を与える存在であるが、稀にこういった馬鹿を呼び寄せてしまう物なのだ。
 ただ、祐一の攻撃に対処できる反応の良さは大した物だが、それでも別に祐一を焦らせるほどではない。普通に強いという程度だ。ただ祐一が気にかけたのは、その妙な威圧感である。まるで自分に憎悪を向けられているような息苦しさがあるのだ。そしてバーザムがビームサーベルを持っていない左腕で殴りつけてきたのをショルダーアーマーで受け止めた時、接触回線で相手の声が聞こえてきた。

「落ちろ、相沢ああ!」
「誰だお前、やっぱり俺への恨みか?」
「俺はジェリド・メサだ。お前に幾度も負けた俺のプライドと、カクリコンの仇を取らせてもらうぞ!」
「そんな事言われても、これ戦争だし」

 戦争で殺した相手の事で恨まれても困るよなあと考えながらジェリドの攻撃を受け流し、払っていく。他所事考えながらもジェリドを相手に余裕の戦いを見せる祐一の実力は恐るべき物だと言えるだろう。逆にどれだけ攻めても全く効いていない事にジェリドが怒りを爆発させてしまう。

「こいつ、いい加減に落ちろ!」

 殆どゼロ距離でビームライフルを向けるジェリド。その動きを見て祐一も流石に気を引き締めようとしたが、次の瞬間にはジェリドのバーザムはビームライフルを持っていた左腕を半ばから落とされていた。左腕にマウントされていたシールドも両断されてしまい、シールドに装着していた武器もなくしてしまう。

「祐一君、遊びすぎだよ!」
「あゆ?」
「佐祐理さんと北川君が押し返しに出てるんだから、ボク達も行かないと。祐一君が指揮官なんだからしっかりしてよ」

 どうやらジェリドとちまちま戦っているのを見咎めたらしい。mk−Xに左腕を落とされたジェリドがその奇襲に驚いて距離を取るが、完全に距離が開く前にmk−Xがビームライフルを向けて撃ってきた。放たれたビームが頭部を撃ち抜き、メインカメラとセンサー系を吹き飛ばしてしまう。並みのパイロットならこれで機体の操縦が出来なくなって倒れてしまうのだが、そこは生粋のティターンズ育ちであり、選ばれたエリートの実力を見せていた。頭部を無くした状態でもジェリドのバーザムはあゆと祐一の前から逃げきって見せたのである。
 それを見たあゆはあれで良く逃げられるなあと感心しつつ、ライフルのエネルギーパックを付け替えて別の目標を探し出した。

「ほら、祐一君も行こうよ。パリに行くんでしょ!?」
「ああ、そうだったな。それじゃ行くか。あゆ、隣を頼む。俺たちが先頭に出るぞ!」
「うん、任せてよ!」

 祐一がジェリドのバーザムが左腕ごと落とされたビームライフルと上半分を無くしたシールドを拾い、使えるかどうかを確かめる。そしてエネルギーパックがシールドに残ってるのを確かめるとそれを左腕にマウントして装備した。ティターンズも連邦軍規格で装備を作っているのでこのように流用が出来るのだ。バーザムが使う装備はゼク・アインも大半を装備する事が出来る。
 バーザムの装備を奪った祐一があゆのmk−Xと共に混戦の中を突っ切り、敵部隊の中央を突破しようとする。祐一が突撃するのを見て周囲の部下たちがそれに続いていく。数が減らされ、混乱の極みにあるティターンズのMS隊はこれを食い止める事が出来ず、遂に突破を許してしまった。

「よし、このまま北川と一緒に右翼を叩き潰す。全機俺に続け!」
「おお〜〜!」
「ああ、あゆは佐祐理さんの援護に行ってくれ。ジムVだけじゃきついだろ」
「ええ―――っ!!?」

 祐一の命令に元気に応じたのに、祐一にお前だけ別行動と言われてあゆは目に見えて落ち込んでしまった。せっかくやる気を出したのにはしごを外された格好になってしまったのだから。
 祐一と共に突撃していく仲間たちを横目に見つつ暫し落ち込んでいたあゆは、やがて怒り交じりの雄叫びを上げて敵の左翼に突っ込んでいった。

「うぐううぅぅぅぅぅ!!」

 いや、怒りなのかどうか分からない叫びだったかもしれない。






 オルレアンを巡る戦いはこうして終結した。ティターンズは乱戦の中でMS隊の主力を撃破され、残された戦車や自走砲、装甲車では対抗の使用が無く後退していった。残余のMSも散り散りになって戦場から逃げてしまい、戦場の支配権は連邦の手に留まる事が出来た。
 だが、その犠牲は大きかった。祐一たちもMSの半数を行動不能にされてしまい、すぐに反撃には出れそうも無い。佐祐理たちのほうも同様で、かなりの被害を出していた。まあ擱座した機体が多いので人的損害は差ほどでもないのだが。やはりゼク・アインの重装甲は大きな効果があったようだ。
 とりあえず負傷者の救助と捕虜の後送を地上軍に任せて祐一は残存のMS隊の再編成に取りかかっている。とにかくパリを落とさない事には次にいけないのだ。幸いに佐祐理も加わってくれたので再編成さえ終われば攻撃を再開できる。
 とりあえず急造の天幕の机に地図を広げ、分かってる範囲の情報を書き込んでいく。その場には北川と佐祐理、それに香里と名雪が居た。

「それじゃあ、パリ周辺にはもうまともな戦力は残ってないんですか?」
「はい、ティターンズは余力の全てをこっちにつぎ込んでましたから、さっきの部隊が全力でした」

 この辺りの情報には地上軍の佐祐理の方が遥かに詳しい。彼女はスードリで最新の情報を仕入れて降下してきており、それによると北部と西部に逆上陸した連邦部隊も反撃に出ているということだ。幸いにしてサイコガンダムなどの化け物の姿は無く、地上戦は数が物を言う総力戦に移行しているという。

「こちらが逆上陸しようと考えてたら、丁度良いところに祐一さんたちが降下して来てくれたんですよ。おかげでパリの予備が全部こっちに引き抜かれて、佐祐理たちは大した抵抗も受けずに橋頭堡を確保できました。それで後を後続部隊に任せてこちらに来たわけです」
「なるほどで、それじゃヨーロッパは取り返せそうなんだ」
「はい、もうティターンズに予備戦力なんか残っていません。コーウェン将軍はこのまま欧州から敵を叩き出すまで攻勢を続行するつもりのようで、ジャブローからガルダ級4機とミデア輸送機を使ったピストン輸送が行われてます」

 ジャブローは地球連邦最大最強の軍事拠点だ。その核攻撃にさえ持ち堪える天然の岩盤の下には戦争遂行に必要なあらゆる生産設備があり、他の全ての拠点を喪失してもなおここだけで戦争を継続可能という自給自足が可能な反則じみた拠点である。そしてその生産力もまた地球連邦最大の物で、やや旧式化が進んでいるという点を除けば完全無欠の恒久要塞と化している。ここで生産される膨大な物資と兵器は輸送機で各地の戦線に送られ、一部は宇宙にも供給されている。その膨大な物量をコーウェンは一時的に欧州戦線に集中させたのだ。
 連邦軍全体を支える物量を集中されたことで欧州の連邦軍は息を吹き返した。ジャブローで反撃用に準備されていた師団が次々に送り込まれてきて即席の軍団を編成し、旧フランス領やベルギー、オランダなどの欧州西部北岸の遠浅の海岸に揚陸されていったのである。これを支援した連邦海軍はミサイルと砲で沿岸部を完全に制圧し、空軍機と空母艦載機の分厚いエアカバーが空を追いつくして制空権を押さえている。
 これに対抗するべきティターンズ海軍は寝返り部隊が少なすぎた為に弱体でマドラスやダカール周辺を守るくらいの力しかなく、この場には派遣されていない。そして空軍機はギャプランの優位性を生かしてこれに立ち向かったのだが数の差と少数とはいえ投入されているZプラス隊に阻まれ、その数をすり減らされてしまった。


 カレーの海岸に乗り上げた揚陸艇から砂浜に足を下ろしたシナプスは雁行を描いた戦闘機の梯団を組んで内陸部へと向かっていくのを見上げて、どうやら制空権はほぼ押さえる事に成功したらしいと判断した。

「このままベルリンを落とし、東欧に向けて反撃に出なくてはな。適当な場所に仮設司令部を設け、メルケッティアが到着するまでそこで指揮を取る」

 シナプスの命令を受けて参謀たちが彼方此方に散っていく。メルケッティアはビッグ・トレー級陸戦艇の1隻で、今回の作戦に合わせて移動司令部としてブリテン島からこちらに渡ってくることになっている。これが到着次第大攻勢に出る予定なのだ。




 連邦軍の反抗が開始されるとティターンズは脆かった。元々余裕が無いのに無理をしてここまで押し込んでいたから、一度崩れると何処かで立て直すということが出来なかったのだ。欧州戦線に投入されたサイコガンダムがまだあればあるいは食い止められたかもしれないが、それも連邦軍との戦闘で損傷してしまい、既にキリマンジャロに後送されている。
 連邦軍の大軍が東欧へとティターンズを追い出していく中で、祐一たちはパリを奪還してのんびりとしていた。既に戦局は連邦軍の勝利で決定されているので、彼らが無理にこれ以上戦う必要は無い。コーウェンらも宇宙から降りてきた祐一たちに無理をさせるつもりはなく、パリとその周辺の制圧を命じて事実上の休息をさせている。まあ彼らが来なければ反撃の糸口を掴む事も出来ずに欧州を落とされていただろうから、それに対する褒美の意味合いもあったのだろう。
 パリでは祐一たちは市民の歓待を受ける事が出来た。恐らくはティターンズがきた時はティターンズに尻尾を振っていたのだろうが、そんなことを突っ込んでも幸せにはなれないので祐一たちは素直にこれを受けている。
 パリのホテルの1つを接収して仮の司令部を置いた祐一は早速部隊を展開させてパリとその周辺の治安維持と残敵の捜索を行わせていたが、彼自身は非情に苦手な仕事をやらされてすっかり参ってしまっていた。夜も深けた頃になってようやくホテルに帰ってきた祐一は執務室で1人泣きそうな顔で書類の相手をしていたあゆの隣を通り過ぎ、デスクに突っ伏してしまった。

「うう、要人の挨拶やら歓迎会やら付き合わされて、俺は仕事への情熱を1年分は使い果たしてしまったぞ。そういう訳で寝るから、後はよろしく」

 そう言って机に突っ伏して寝ようとした祐一だったが、それはあゆにしがみつかれて阻止されてしまった。

「だ、駄目だよ祐一君、祐一君が寝ちゃたら誰がこの書類の山を処理するのさ!?」
「北川か佐祐理さんにでも回してくれ。俺は疲れたんだ」
「北川君も佐祐理さんも祐一君の代わりに街の挨拶回りに行ってるよ!」
「それじゃあ名雪に……」
「もう寝てるよ!」

 名雪さんがこれだけ働いてこの時間まで起きてるわけ無いじゃないかあ。と半泣きで訴えるあゆに、祐一も反論できずに仕方なく頭を上げた。ちなみに現在午後10時、作戦行動中ならともかく、平時なら名雪は夢の中のお時間だ。まして今日は作戦が終了した当日、名雪でなくともベッドで寝ているだろう。
 
「じゃあ、香里と栞は?」
「香里さんは北川君と一緒に挨拶回り、栞ちゃんはパリのアイスを制覇するって言って出ていったきりまだ帰ってこないよ」

 どうやら頼りになる部下や同僚はみんな動けなくなっているようだった。それでは仕方がないと祐一も書類に向かったのだが、すぐに睡魔に負けて眠りの国に直行してしまうのだった。それを見たあゆが必死に起こそうとしたのだが、祐一は名雪の従兄弟であることを証明するかのように頑として起きる様子は無く、とうとう諦めたあゆは書類の束を抱えて部屋を出て行き、まだ起きている人たちを探した。
 そして不幸な事に、あゆが足を運んだ遊戯室ではビリヤードやカードゲームなどをしていた士官たちが居たのである。彼らは半泣きのあゆが入ってきたのを見てどうしたのかと驚いたが、彼女が膨大な量の書類の束を抱えているのを見てぎくりと後ずさっている。
 だがあゆは彼らの反応を気にする事も無くずかずかと近づいていき、手伝ってとお願いしてきた。士官たちは一様に嫌そうな顔をしたが、半泣きのあゆに上目遣いでお願いされるのを断れるような剛の者は中々居ない。何しろ外見が小柄で童顔、凹凸の無い身体でしかも日系という、下手しなくても中学生と間違われかねないあゆだ。そのお願いには大人を縛り付ける魔力がある。

「うぐぅ、手伝って……」
「あ……が……わ、分かった、分かったからそんな顔で見ないでくれ。何だか罪悪感が込み上げてくる」

 自分が苛めっ子になったかのような気持ちにさせられた士官たちはあゆの視線に耐えられず、彼女の頼みを受け入れたのである。こうして遊戯室は突如として執務室に変貌を遂げ、カードを手にしたいた手にはペンが握られて山のような書類に立ち向かうことになる。本当は彼らには処理する権限は無いのだが、誰もそれは気にしていなかった。どうせ祐一も内容を読まずにサインしているだけなのだから変わりはしない。



 翌朝、目を覚ました祐一は目の前にサインが終わった書類が積み上げられているのを見て驚いてしまった。一体何があったというのだ。

「まさか、俺が寝てる間に小人さんが全部終わらせてくれたのか!?」
「うぐぅ〜、違うよ〜……」

 書類の山を前に驚く祐一に、ソファーで寝ていたあゆが力なく抗議していた。彼女らは昨日、必死に書類を終わらせて眠れたのは深夜になってからだったのだから。

「祐一君が寝ちゃうから、僕たちが頑張ったんだよお〜」
「おお、そうかすまんあゆ、安心して爆睡してくれ」
「ご褒美は無いの?」
「ふっ、俺のご褒美は物凄く高いぞ、あゆ」
「うぐぅ……なんでそんなに偉そうなの?」
「なに、ならあゆ、お前は俺が謙虚だったらどう思う?」

 そう問われたあゆはう〜んと考え込み、その姿を想像した怖気に身体を震わせてしまった。

「なんというか、物凄く気持ち悪いね。祐一君じゃないよ」
「そうだろう、それはもう偽相沢祐一だ。だから俺はこれで良いんだ」
「う、うん、そうかも……てっ、そうじゃないでしょ!」
「ははははは、さらばだあゆ!」

 捨て台詞を残して祐一は部屋から逃げていってしまった。それを見たあゆはうぐうぐと唸っていたが、眠気には勝てずソファーにドサリと身体を横たえてしまう。やはり徹夜仕事は答えたのだろう。

「ううう、恨んでやるう〜」

 こんなにも健気な部下を見捨てて何処かに行っちゃうなんて、なんて酷い上官なんだとかぶつくさ言い続けたあゆだったが、遂にはそれが規則正しい寝息に変わってしまった。やはり眠かったのだろう。




 執務室を出て階下に降りていくと、ラウンジで佐祐理と栞が紅茶を前に談笑しているのを見つける事が出来た。祐一は右手を上げて声をかけて其方に歩いていき、佐祐理と栞も少し眠そうな顔で返して来た。

「おはようございます、祐一さん」
「おはようでふ〜」
「おお、おはよう2人とも」

 祐一も空いてる椅子に腰掛けるとパンとコーヒーを頼み、改めて2人に向き直った。

「んで、佐祐理さんは何時までこっちに居られるの?」
「そうですねえ、特に命令が来てる訳でもないですし、当面はこのまま祐一さんたちと一緒ですね」
「命令が来てない?」
「はい、私はマイベックさんの命令でヨーロッパを救援しろと言われただけですから。その後は別命あるまで祐一さんの指揮下に入れと言われています」

 欧州戦線が窮地に陥っていたとはいえ、地上軍最強といわれる倉田大隊を惜しげもなく抽出するとはマイベックも太っ腹だと祐一は思ったが、流石に不安になって佐祐理に確かめた。

「でも佐祐理さん、海鳴基地の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ、シアンさんが戦闘隊長になって前線部隊を率いるようになってますし、茜さんもシアンさんの副官を辞めて前線に出てきてますから。茜さんは無茶苦茶強いですよ」
「そりゃまあ、ファマス戦役じゃ散々に梃子摺らされた相手だからなあ。でも、それじゃシアンさんの副官は誰がやってるんだ?」
「郁未さんです、人材難が深刻になってとうとう現役復帰させられちゃいまして」
「それじゃ、シアンさんもサボれなくて苦労してそうだな」
「いえ、それが郁未さんに良い所を見せようと何時もより気合が入ってます。おかげで未だに海鳴は安全を確保できてますよ。シアンさんの駆る黒いアッシマーはギャプランでも撃ち落すという事でティターンズから恐怖の的になってますよ」

 極東戦線は非情に切迫していて、太平洋艦隊から派遣された艦隊と海鳴基地の空軍が大陸からやってくるティターンズの空軍を必死に食い止めているのだ。ただヒマラヤ級空母が運用するアッシマーB型の数が増えるに連れて制空権ではいい勝負を見せるようになってきている。
 マイベックは制空権を奪還する為にアッシマーを超える高性能機、Zプラスの配備を求めていたが、これはジャブローからまだ許可が下りなかった。ジャブローでも生産が始まったばかりの新鋭機であり、数が揃うまでに多少時間がかかりそうだったからだ。生産性も決して良い機体ではない。
 だがティターンズはギャプランの量産を進めているようで、これが出てくるたびに連邦軍は大きな被害を出している。これに対抗できるZプラスの配備は各地の連邦軍から切実な要請が来ているのだ。ただ、可変MSというのは操縦に特別な訓練が必要であり、アッシマーのパイロットでもなければ使えるパイロットの養成には相応の時間がかかる。

 そんな状況で基地司令から前線に戻ってきたシアンは猛威を振るっていた。性能に劣るアッシマーで機動性と火力に勝るギャプランを次々に撃ち落し、一時的にこの方面のティターンズ空軍をパニックに陥らせたのだ。ティターンズは慌ててこちら側の兵力を増強してこの突然の大損害に対処したが、今度は茜やシーマに率いられた潜水母艦とMS小隊による奇襲部隊による襲撃を受けて沿岸に展開している部隊が大きな損害を出すという有様である。
 シアンが前線に戻ってきた事で連邦軍の動きは目に見えて良くなった。ティターンズの損害は目に見えて増え、兵力補充の為に日本への上陸作戦の決行が難しくなってきているのだ。ただ、MSのみによる破壊を目指した攻撃は可能であり、ドダイ改を使った襲撃は度々起きて激しい防空戦闘が繰り広げられている。

「とまあ、そんなわけでティターンズの負担は大幅に増えているわけです」
「相変わらずの化け物っぷりだな、シアンさんは」
「ですねえ」

 あはは〜と笑う佐祐理。それに苦笑を返して祐一は視線をまだ眠そうな栞に向けた。

「栞はまだ眠そうだな」
「昨日まで戦い続けだったんですよ、疲れもします」
「お前はアイス屋巡りしてたんじゃないのか?」

 祐一の突っ込みに栞は暫し返事をせず、黙ってコーヒーを口に運んで静かにカップを戻した。

「そういえば、名雪さんはまだ起きてきませんね」
「あいつを起こせたら何か奢ってやるぞ」
「祐一さん、不可能を可能に出来るのは秋子さんだけです」
「そうなんだよなあ、何であの人は起こせるんだろう?」
「秋子さんはコツがあるとか言ってましたけど」

 コツってどんなコツだよと祐一と栞は考えてしまったが、その答えは出そうに無かった。結局は母親の力なのだろう。

「それで、北川と香里は?」
「昨日は遅くまであっちこっちに出向いてましたから、まだ寝てますよ」
「ふうん、ま、今日くらいは良いさ。すぐに出撃命令がくることも無いだろうし」

 自分の前に運ばれてきたコーヒーに砂糖を入れながら祐一は寝かせとけばいいと言い、視線をコーヒーの黒い液面へと落とした。

「次は中東か、極東か。どっちかな」

 次の戦場を考えながら、祐一はコーヒーを口に運ぶ。あの秋子が自分たちを遊ばせておくわけが無いのだから、そう遠くない未来に自分たちに移動命令が来る筈だ。願わくば熱いところには行きたくないなあと思う祐一であった。




後書き

ジム改 欧州戦線は反撃に転じた連邦軍が押し返しました。
栞   相変わらずの物量作戦ですね。
ジム改 物量こそが連邦の強みだからねえ。
栞   でも、私たちの直属部隊がいたわりには苦戦しましたね。
ジム改 いや、アレだけ力技で突破を繰り返せれば十分凄いと思うが。
栞   ここは1つ、主人公らしく敵をなぎ払う圧倒的な強さを見せてください。
ジム改 無理言うな、祐一は超人ではない。
栞   まああゆさんのほうが圧倒的に強いですしねえ。
ジム改 祐一より強い奴なんて幾らでも居るからなあ。
栞   まあ祐一さんは良いとして、地上でもデンドロに変わる新型は無いんですか?
ジム改 お前、やっぱりアレに味占めたのか。
栞   あの攻撃力は癖になる魔力があるんですよ。
ジム改 おいおい、それでは次回、ベルファーストで補給と再編成を受けることになった祐一たち。そこで新型機を受領した祐一はそれを驚きの目で見ることになる。次回「ガンダム」でお会いしましょう。