第75章  ガンダム


 

 パリで暫しの休暇を楽しんでいた祐一たちであったが、前線が東欧からウクライナや黒海周辺に移動した頃になっていきなりベルファーストへの移動を命じられた。祐一たちはこれに従ってベルファースト基地に移動したのだが、彼らはそこで宇宙から降ろされた1個大隊分のストライカーと対面する事となった。宇宙軍にしか配備されていないこの新型が地上に有るということに驚いていた祐一たちであったが、その直後に彼らは更に驚愕する事になる。
 わいわいと騒いでいた彼らの元に、1人の黒人の将軍がやってきたのだ。その人物を見た佐祐理が彼女にして極めて珍しい事に目を見開いて驚愕し、慌てて敬礼をしている。それを見てどうしたのかと思った祐一たちもその将軍を見て少し考え、その人物の顔に思い至って同じように慌てて敬礼をした。そう、そこに居たのは地球連邦軍総司令官と地上軍総司令官を兼任するジョン・コーウェン大将だったのだ。

「君たちが、水瀬提督の部下たちだね。そして君が相沢祐一少佐だな?」
「は、はい、コーウェン将軍!」
「休んで構わんよ、君たちには随分世話になったからな。君たちが降下してくれなければ欧州反撃はもっとずっと先になっていた」

 コーウェンは秋子の命令で降下した祐一たちの功績を褒め称え、そして援軍を出してくれた秋子にも礼を言った。宇宙軍も苦しい台所から戦力を割いてこちらに回してくれたのだから、地上軍としては感謝せねばならないのだ。この辺りの派閥関係は連邦軍の欠陥でもあったが、それは秋子とコーウェンの時代になって大分改善されていると言える。
 そしてコーウェンはこのストライカーの群れを祐一への補給だと伝えてきた。

「これは水瀬提督から相沢少佐の大隊へのMSだ。君たちはここでこれに乗り換え、ゼク・アインは地上軍に引き渡してもらう事になる」
「アインをですか?」
「うむ、とりあえずジャブローでもゼク・アインの生産を始めるべくラインの整備を行っているのだが、同時に実機を用いた機種転換訓練を始める事になってな。それで相沢少佐の隊の機体をこちらに譲渡してもらう事にしたのだ」

 地上軍でもゼク・アインの配備を進めているという話しはあったが、どうやらかなり進んでいたらしい。これが配備されればバーザムやグーファーに対抗しうる機体を手に入れることになり、地上軍の負担は大幅に軽減される事になる。
 そしてさらにコーウェンは嬉しい知らせを持ってきてくれた。

「その交換条件として、君たちのゼク・アインとジムVをベルファーストで地上戦装備に改修することにした。改修キットは工廠に運び込まれているから、そこで改修を受けてくれたまえ」
「地上型と言いますと、G型ですか?」
「ジムVはな。ゼク・アインはD型になる。追加機能は熱核ホバーと上面装甲の強化、防塵装備という所だ」

 第2世代MSはムーバブルフレームという骨格に外装を組み付けるという構造をしている。そのためこの外装を付け替えるだけで別用途の機体に改修することが可能となっているのも特徴の1つだ。特に設計段階から地上用と宇宙用の双方で同じ機体を使うことを前提に設計されているジムVはこの換装を容易に行えるという特徴がある。
 ゼク・アイン用のパーツはジャブローがD型用に開発した新型であり、まだ信頼性が十分とは言えないものであるが、祐一たちに使わせて試験データを得たいという思惑もあってあるだけ持ってきたのだ。
 この意図を察した祐一は肩を落とし、少しだけ恨めしげな顔でコーウェンを見た。

「将軍、貴方まで我々をモルモット扱いするんですか、こういうのはファマス戦役で散々に使わされましたよ」
「まあそう言うな、君たちなら使いこなせると信じているのだ」
「煽てないでください」

 もうモルモットは御免だと言わんばかりの祐一の態度に隣に居た名雪が不安そうな顔をして祐一とコーウェンの顔を交互に見ている。そして口には出さないが北川や佐祐理も祐一と同じ顔をしていた。
 それを見たコーウェンはコホンと咳払いを1つ入れて彼らの不満を逸らすと、わざとらしげに最後に残しておいた切り札を口に出した。

「なお、相沢少佐には特別な試作機を使ってもらう」
「試作機、ですか?」
「ああ、ガンダムに乗ってもらう」

 ガンダム、その名前に祐一は目を見開いて驚き、そして慌ててコーウェンにそれはどういうことかと問いかけた。

「ガ、ガンダムって、どういうことです。mk−Xの更に続きがあったんですか!?」
「いや、これはこれまでに開発されたガンダムタイプとは完全に異なる、RX−78のコンセプトを継承した完全な新型機だ。開発はファマス戦役のデータを収集し終えた頃からジャブローで始まっているのだが、ようやく完成させることが出来た。まあ、こちらに来たまえ」

 コーウェンに促されて祐一たちが工廠にある格納庫を歩いていく。地上軍総司令官自らが先導してくれるなど信じられないような贅沢であるが、佐祐理だけは内心でまた面倒を押し付けられそうだな〜と感じていたりする。ジャブローに長く居た彼女は偉い人が飴をくれる時には大抵碌な事がないという事を学んでいたのだ。



 コーウェンが案内してくれたのは別に周囲のものとは変わらない、ごく普通の格納庫であったが、近くに装甲車があったり警備の兵士が多かったりと、些か物物しい雰囲気を醸し出している。
 警備隊の隊長に労いの言葉をかけて格納庫を開けさせ、中に入る。そしてその中で祐一たちが目にしたのは、この時代のMSとしては信じられないほどシンプルなMSであった。コーウェンはその倉庫に居た技術士官らしき男を呼び寄せると、彼に説明をするように言う。それを受けて士官は祐一にこの機体の説明をしてくれた。

「これはPX−180の開発ナンバーを振られていた試作機で、基本コンセプトはMSの本来の概念、機動歩兵としての能力を局限まで追及することです」
「ええと、つまりどういう事で?」
「ようするに、RX−78の直系に位置するMSだという事です。我々はこのMSをジャブローで開発された9機目のガンダムという事で、この機体をRX−78−9、ガンダム9号機と呼んでいます」

 MSの開発は1年戦争ではジャブローが中心であったが、戦後はそれ以外の拠点で開発が進むようになった。ジャブローでは試験機の評価試験などが行われているくらいだったのだが、そのジャブローで久々にガンダムを開発していたということだろうか。
 RX−78シリーズは全部で8号機まで計画されていた。そのうち6号機までは実際に製作されたが、7号機と8号機はプランだけで終わってしまい、実機の製作には至ってはいない。いや、8号機に至ってはそういう名前が計画書に出ていたという程度の物だったのだ。
 この系譜に属する9番目のMSが生まれたというのなら、このMSは本当に久々の純粋な連邦製ガンダムと言える機体なのだろうか。

「あのガンダムの新型、これが……」
「開発部ではG−9と呼ばれていました。性能は至ってシンプルで基本装備はライフルにシールド、ビームサーベルが2本にシールド、それと両腕に90mmマシンキャノンを装備しています」
「なんか少なすぎないか。最近のMSとは思えないほど軽武装だな」

 せっかくの新型ガンダムなのに、余りにも寂しい火力だ。これではmk−Uなどと何も変わらない。だが、それを聞かれた技術者はその質問を待っていたかのように得意げに話しだした。

「勿論、この機体にも特徴は有ります。この機体は7号機でコンセプトだけ生まれたフルアーマー計画を取り入れたユニットチェンジ構想に基づいて開発されているのです」

 そう言って士官は期待の各所を指差した。そこにはハードポイントが設置されており、様々なオプションを付けられる事が分かる」

「幸い、実機としてはファマス戦役で使用されたシェイドMS、ザイファという前例もありましたので、このコンセプトはすぐに受け入れられました。ジムVなどもそうですが、基本となる汎用機に様々な装備を追加して局地戦に対応して行こうというのがこれからの連邦軍の方針でして。まあMSのマルチロール化と思っていただければ宜しいかと」
「マルチロールファイターと一緒って事か」

 マルチロールファイターとは対空、対地、対艦などの様々な任務を全てこなす事ができる汎用航空機の事で、全ての任務を一機種でこなせるので効率的だと言われている。現在でも最新型の戦闘機ワイバーンはマルチロールファイターだと言える。
 ただ、マルチロールファイターは便利だが、性能の高さの割には全ての面で中途半端になるという欠点も持ち合わせている。機体のリソースを様々な方面に振り向ける以上それは仕方の無い事ではあるが、おかげでワイバーンは前線のパイロットからはダガーフィッシュの代わりにもアヴェンジャーの代わりにも使えないフライマンタの後継機だと言われている。勿論フライマンタも良い機体だったのだが、これでは制空権は取れないとして空軍パイロットには歓迎されていない。
 連邦宇宙軍は汎用MSを主力として特化型のMSは余り持ってはいないが、それでもやれる事には限度がある。ゼク・アインもオプションの交換で様々な任務に対応できるが、MSの基本的な枠からはみ出ているのではない。空を飛ぼうとは思っていないし、砲撃戦をやるような機体でもない。基本的にある程度目的を特化させた方が良い機体に仕上がり易いのだ。ジムキャノンVなどはジムVをベースに大幅な改修を加えて完成した砲撃用MSだが、これはジムVには出来ない仕事だから作られたのだから。
 だが、ザイファと同じという事はこの機体はそういうMSではない。本当に1機で何でもやれるMSだという事だ。そのようなMSはこれまでに例が無い、汎用機とは言っても基本的には対MS戦闘を想定した近接戦闘用兵器であり、それ以外の任務はやれば出来るという程度でしかない。
 しかしザイファは違った。ザイファは他のシェイドMSとは異なり、機体そのものはパッとしない、特徴を持たないMSであった。にもかかわらずこのザイファがファマス戦役で使用された最強のシェイド用MSと位置付けられたのは、その拡張性の高さにある。ザイファは連邦のフルアーマー構想に近い考えで作られており、様々なオプションを追加する事で様々な任務で最高の性能を発揮できるように作られていたのだ。
 しかし、これは確かに優れたシステムではあったが、余りにも運用コストが高すぎ、またシアンのような化け物じみたパイロットでもなければそこまで様々な任務に対応する事などは出来ず、その特徴も意味を無くすという問題点が指摘されている。戦闘機パイロットと爆撃機パイロットそして偵察機パイロットでは要求されるスキルが全く違うのだ。この全てのスキルを高いレベルで見に付ける事など出来る筈も無い。
 秋子はザイファの教訓からパイロットにそんな無理を要求するより、基本となる汎用機を作り、専用機は派生型で対応していった方が良いという考えを持つに至っている。


 この秋子の考えを知っている祐一はそのことを問い質した。すると、この士官は祐一の予想通りの反応を返してきた。彼は酷く言い難そうに口ごもり、そして渋々という感じで話し出したのだ。

「ま、まあ、オプションのコストもそれなりに値が張るのは確かです。特に実弾主体の近接戦闘用の各種オプションは全部付ければG−9が2機作れるくらいの値段に」
「ちょっと待て!?」
「それ以外の砲戦型や長距離移動型なども1機分くらいですが、それなりの性能は保証します」
「その金でG−9を沢山作った方が良かったんじゃないのか!?」

 まあ試作品なのだからある程度コストには目を瞑っているのだろうが、それにしてもこれは無茶苦茶だ。ジャブローの兵器開発18局は変な物を作る事で知られている部署だが、まさかこんな出鱈目な代物を作り出すとは。




 まあ呆れた話ではあるが、凄いMSである事は間違いない。何でもその性能はmk−Xやゼク・ツヴァイ以上であり、MS形態に限ればエゥーゴのZガンダムすら圧倒するものを持っているという。これを受け取った祐一は実際に操縦してみて、その基本性能の高さに素直に驚いていたくらいだ。反応の良さ、運動性の高さはシェイドMS並であるが、それだけの動きをしてもパイロットを守れるほどに優れた対Gシートが開発されて搭載されており、サポートシステムはNTでもシェイドでもない祐一でもシェイドMS並の反応を見せる機体を操縦可能にしている。
 これのテストを見ていた北川たちは普段の祐一では出来ないレベルの速い動きを見せるG−9に驚いていた。この動きはあゆに届くのではないかと思わせるほどの速さだったからだ。

「凄いな、あのMS。相沢がNTみたいな動きをしてるぞ」
「それは搭載されている新型のサポートシステムのおかげです。既にMSの限界はパイロットの限界に制限されていますから、サポートシステムを改良するとこういう事も出来るのですよ。人間の限界を機械が補ってくれてるわけです」
「そりゃたいしたもんだ」

 自分のような普通の人間がNTやシェイドのように機体を動かせるようになるというのなら、それは確かに凄い事だ。ただ残念ながらこのシステムはまだ試作レベルであり、量産型に載せれるような代物ではないという事だった。コストが高すぎる上に要求される部品の精度がまだ高すぎ、実用化にはまだまだかかるらしい。
 それを聞かされた北川たちは残念そうな顔をしたが、いずれ実用化されるだろうという期待を持ってG−9に視線を戻した。そしてそれは、後に現実のものとなる。


 テストを終えて格納庫に戻ってきた祐一に、コーウェンは感想を聞いてきた。

「どうだったね少佐、機体の出来は?」
「はっ、基本性能の向上を目指したというだけあって、MSとしてはこれまでで最高のMSです。mk−Xやゼク・ツヴァイでもあれだけの動きは出来ないでしょう」

 祐一にしては珍しい事だが、確かにこのG−9は基本性能では文句の付けようが無いほどに優れている。パワー、スピード、運動性の全てが高いレベルで、しかもバランスが取れているのだ。これは恐らく現用のMSの中でも最高の機体の1つといえるだろう。
 ただ、やはり火力不足だけは如何ともしがたかった。今後追加されるオプションに期待することは出来るが、基本状態では攻撃力はゼク・アイン以下ではないのかと思えてしまう。やはり中距離砲が連射できないビームライフル1門だけではゼク・アインの大火力に慣れている祐一にはどうにも不足に感じられてしまうのだ。しかもビームライフルがジムの装備しているボウワ社の標準的なライフルなので威力不足が甚だしい。この辺りの間に合わせ方がこの機体が試作機である事を良く物語っている。
 しかし、良い機体であることは間違いない。特に自分でもあゆやシアン級の動きを可能とする反応の良さやサポートシステムは賞賛に値する出来で、これからますます複雑化していく事が確実なMSのシステムに対して技術側がパイロットのサポートを考えている事が良く分かる機体でもある。

 祐一の評価を聞かされたコーウェンは満足そうに頷くと、今度は真面目な顔で祐一に命令を出してきた。

「相沢少佐、この機体を2週間で乗りこなせ。2週間後に君たちはアレキサンドリアに向かってもらう事になる」
「アレキサンドリア?」
「アフリカ北岸にある戦略上の要所だ。既に海軍の艦隊が向かう事になっているが、君たちも向かってもらいたいのだ。アレキサンドリアを落とせばスエズを制圧する事が可能になり、アフリカとアジアのティターンズ勢力を分断する事が出来る」
「なるほど、それでどちらかをまず潰すという事ですね」

 コーウェンの戦略になるほどと頷き、祐一は彼にしては珍しい完璧な敬礼を持ってコーウェンに答えて見せた。

「わかりました、やらせて頂きます」
「頼むぞ、補給と装備の改修は間に合わせる」

 祐一に敬礼を返して、コーウェンは仕事に戻っていってしまった。それを見送った祐一は早速北川たちのところに向かい、彼らにコーウェンからの命令を伝えた。祐一から今後の予定を聞かされた北川と佐祐理、名雪は驚き、そして今後の事に思いを馳せている。佐祐理は自分の知識からアレキサンドリアの事を引っ張り出して祐一に伝えてくれた。

「アレキサンドリアはアフリカ北岸で最大の軍港を持つ要衝です。戦前は連邦軍の基地がありまして、アフリカからの撤退の時は多くの部隊がここからイタリアに脱出しました」
「なるほどね。それで、守りは?」
「ここは守るには向かない都市です。周囲にはこれといった要害もありませんし、陸路から攻めるのならそれほど苦労はしないでしょう。ただティターンズもここにかなりの部隊を集めている筈ですから、平坦な砂漠で大軍同士が激突する事になりますね。消耗戦になり易いですよ」

 地形を利用できないのなら、真っ向からの力勝負をするしかない。だがそれは消耗戦への道であり、余り好ましい物とは言えない。だがコーウェンから直々に言われた以上、祐一はこの任務に全力を挙げるつもりであった。幾ら上官を上官と思わぬ彼でも、流石に連邦軍総司令官に直接言われては奮起しないわけにはいかなかったのだ。
 こうして祐一たちはアレキサンドリア攻略の為の準備に入り、俄かに活気付く事になる。だが、その頃宇宙では大きな戦いが起きようとしていた。





 ヨーロッパ侵攻の頓挫を知らされたジャミトフは、サイド7から地球に降りてきていた。ダカールに足を下ろしたジャミトフはそのまま連邦大統領府に赴き、そこで地上軍の幹部たちから報告を受け取っていたのだ。

「つまり、攻勢終末点に達してしまったと言うのだな?」
「はい、やはり地中海の制海権を押さえられない事が補給線に過大な負担を要求していました。補給線は中東経由で大きく迂回を余儀なくされたのです。地中海を押さえられればアフリカ北岸から船を出せたのですが」

 幹部たちは補給線が維持できなかった事が敗因だとジャミトフに訴えた。そのため増援と物資を必要な時に送り込む事が出来ず、ブリテン島から大挙して押し寄せてきた連邦の大軍に競り負けてしまったのだと。
 また、連邦軍の数も多すぎた。上陸してきた敵の数は最終的には30個師団、100万人を超える兵員数に達している。MSは1000機を超える大軍団だ。ティターンズの兵力はこの1/3程度でしかなく、数に押し潰されてしまった。せめてもの救いは撤退が上手く行き、致命的な被害を出す前に東欧からウクライナに後退を成功させ、現地の部隊と合流して戦線を立て直すことに成功している。
 連邦軍は一度このティターンズの防衛戦に攻勢を仕掛けてきたのだが、ティターンズの懸命の反撃にあって手痛い被害を出し、後退してティターンズと睨み合いに入っている。とにかく戦線は膠着状態になっていると聞かされたジャミトフは不満げに頷くと、今後の作戦を問い質した。

「それで、今後はどう出るつもりなのだ?」
「現在アーカット司令官がアレキサンドリアにて直接指揮を取っております。ここでこの連邦軍を撃破できれば地上での戦争にもケリが付くと司令官は考えておられます」
「ふん、そう簡単に終わる戦争か」

 この戦争は長引く。ヨーロッパを無くしたくらいで負けを認める連邦ではあるまい、1年戦争では地球の半分を失ってもなお抵抗を続けたのだから。そしてコーウェンも秋子もそう簡単に負けを認めるような軍人ではないのだ。
 また、ティターンズを蝕む問題として人材難があった。志願兵を確保できる連邦とは違い、ティターンズやネオジオン、エゥーゴには志願兵は少ない。ティターンズには連邦市民の支持が少なく、志願してくる人間が少ないのだ。それはサイド3を武力制圧したネオジオンも同様であり、レジスタンスは増えているがネオジオンに手を貸してくれる市民は少なかった。
 これに対してエゥーゴは月面市民の支持はそれなりにあるのだが、軍に志願してくれる人間を集めるのは容易ではなかった。元々数が少ない上にルナリアンは連邦への帰属意識も独立意識も余り持ってはいない中途半端な位置にいた為、エゥーゴが志願者を募っても集まらなかったのである。彼らにしてみれば戦争など宇宙と地球でやってくれという気持ちだったのだ。
 ティターンズは失った兵力を補充するのが簡単では無くなってきている。だからジャミトフは余り大きな損害を出さないような作戦を望んでいたのだが、地球で制海権を失ったというのは思いのほか軍事行動に大きな制約を課しているようで、ティターンズの消耗は確実に増加し続けていた。
 
「まあ良い、とにかく私は暫く地上に留まり、全体の指導に当たるとしよう。アーカット中将には東欧から東に連邦軍を行かせるなと厳命したまえ。必要なら中央アジアから部隊を引き抜いても構わんとな」
「宜しいのですか、連邦が其方に降下してきたらどうなさるのですか?」
「連邦が何の用があって中央アジアに降下すると言うのだ。降下してきても孤立して殲滅されるだけではないか」

 言ってきた幹部に嘲るように返して、ジャミトフは地上軍が用意していた資料に目を通し始めた。普段はグリプスにいるので地上の情報を間接的にしか得られないジャミトフであったが、いざ地上軍からの報告を直接受け取ってみると思っていたよりも戦況が悪い事に気付いて顔を顰めていた。

「極東では海鳴基地の防御力が強化されて消耗戦の様相を呈し、アメリカ大陸ではパナマ基地を巡って激しくぶつかっている。そしてヨーロッパでも消耗戦の末に敗退している。これでは1年戦争のジオンと同じではないか。いや、制宙権を押さえていない以上それよりも悪い!」

 デスクに書類を叩きつけてジャミトフは怒りを表し、幹部たちは震え上がってしまった。もしジャミトフの不況を買えば自分たちの首が飛び、中央から何処かの前線部隊に飛ばされてしまうだろう。そうなれば自分たちの積み上げてきたキャリアも終わりになるのだ。
 不機嫌そうなジャミトフに幹部たちが緊張して固くなっている時、1人の士官が連絡書類を持って会議室にやってきた。それを受け取ったジャミトフがそれに目を通すと、ジャミトフの顔が目に見えて強張った。

「サイド2のコロニーが移動を開始した、だと!?」
「は、グリプスからの連絡です。ネオジオンの艦艇が崩壊したサイド2に侵入、コロニーに何かの作業をしていたようですが」
「そういった報告がどうして私の所に上がってこない、バスクは何をやっているのだ。それで、宇宙軍はサイド2に部隊を派遣したのだろうな!?」
「いえ、バスク中将は事態を静観するつもりのようです。今のところこのコロニーを阻止するような動きはありません」

 事の発端は地上でのティターンズと連邦のヨーロッパを巡る会戦にあった。この動きを知ったネオジオンの参謀総長エギーユ・デラーズ大将は南米に落とす予定だったコロニー落としの目標をヨーロッパに変更し、集結している連邦とティターンズの大軍を一挙に殲滅してしまおうと考えたのだ。勿論この作戦はキャスバルの反対にあったが、今の軍事バランスをひっくり返す為の奇策と言われては反論も難しくなってしまったのだ。

「この作戦が成功すれば、連邦とティターンズは地上で大きな損害を出し、その補充のために宇宙から相当の兵力を抽出して地上に送る事になりましょう。そうなれば宇宙での軍事バランスに大きな影響が出ることは必至、我らがソロモンを奪還する好機となりましょうぞ」

 これがデラーズの主張だった。現在ア・バオア・クーとコンペイトウの間で行われている消耗戦を考えれば、多少の無茶をしてでも事態を一変させたいと考えるのは当然だろう。ネオジオンもデラーズの主導で研究が進められていた強化人間やNTの研究でNT能力を持つパイロットをキュベレイと共に戦場に送り込むなど質の強化を図っているが、コンペイトウの連邦軍の戦力は強大で未だに制宙権を奪還できない。
 ならばこの状況を打開する為に多少の無茶をする意味はあるのではないか、それがデラーズの主張であった。そしてこれは現在の膠着した戦況に苦しんでいた軍部全体の賛同を受けている。ネオジオン軍全体が連邦軍の巨大すぎる物量を相手にした消耗戦に嫌気がさしていたのである。
 ただ、誰がこれの指揮をとるかで問題が大きくなった。発案者であるデラーズは参謀総長であり、本国を離れるわけにもいかないので今回は除外される。となれば出撃するのはネオジオンを代表する幾人かの提督ということになる。本国を守る第1艦隊は外すとしても、まだ橘敬介少将の第2艦隊とチリアクス中将の第3艦隊がある。トワニングの第4艦隊は通商破壊艦隊なのでこの手の任務には向かないので除外されている。
 纏まった機動戦力を持つのは第2艦隊と第3艦隊のみなのでこのどちらかが派遣されるのが当然なのだが、敬介とチリアクスは共にデラーズのザビ派ではないことが問題となったのだ。この作戦がもし成功し、連邦軍に多大な損害を強いる事が出来ればその功績は絶大な物となる。それはそのまま派閥の発言力の強化に繋がるのだ。
 このことを考えたデラーズは自分の息のかかった指揮官を据えようとしたのだが、これにはキャスバルを含めて他の派閥の要人全てが反対した。タダでさえ無理の多い作戦なのに、実績を持たない人間に任せるなど冗談ではないというのだ。
 キャスバルとしてはこんな危険な作戦をするべきではなく、消耗を避けて戦力の充実を図るべきだと考えていたのだが、コロニー落としそのものは軍部の賛成もあって認めざるを得なかったのだ。そしてどうせやるなら成功させたく、出来る限り多くの艦と兵を連れ帰って欲しいと思っている。


 結局この作戦は紆余曲折の末、キャスバルの側近であるハマーン・カーン補佐官が指揮を取る事になり、副司令官としてユーリー・ハスラー少将がついて行く事になった。
 この命令を受けたハマーンは動かせる部隊を急いで召集し、更に新造艦で編成された小艦隊を集めて臨時の艦隊を編成した。旗艦はハスラーの乗艦であるグワンザンで、これにムサイ級やエンドラ級が20隻同行する。そして艦政本部から引き渡されたばかりのM級巡洋艦、ムサカ級1隻も今回の作戦に参加していた。
 これらは事実上ハスラーの指揮で動く事になり、ハマーンは名目上の司令官に過ぎない。いざ戦闘となれば彼女はキャスバルとも対等と言われるそのMSパイロットとしての技量を生かしてMSで戦場に出るに違いない。
 またハマーンがこの作戦の司令官に任命されたと知った各地の部隊からは自主的に部隊を引き抜いて応援として寄越してきたりしていた。これはハマーンが前線の軍人に人望が有るということだが、それはデラーズたちに対する信頼が薄れているということを示してもいた。
 第2艦隊や第3艦隊から巡洋艦や空母が回されてきたのを知ったハマーンは苦笑いを浮かべながらその好意をありがたく受けていた。

「全く、このような任務に戦力を割いて消耗してしまったら元も子もなかろうに」
「それだけハマーン様が信頼されているという事でしょう、誇られても宜しいかと」

 ハマーンを補佐するハスラーはハマーンに謙遜する必要は無いと言ったが、ハマーンは謙遜ではないと答えている。この作戦は無謀であり、成功の見込みは薄いのだと。

「このような作戦に大軍を投入しても、これまでのように上手くは行くまい。1年戦争とデラーズ戦役では上手くいったが、今回は連邦軍はすぐに対応してくる。陽動作戦にも引っ掛かるまい。そうなれば我々は強大な連邦軍の大艦隊をまともに相手取る事になるのだ」

過去2回のコロニー落としでも護衛艦隊は大きな犠牲を支払わされている。それは今回も同様だろうとハマーンは考えていたのだ。そんな大損害を出せばネオジオンは更に苦しい立場に追い込まれることになる。

「デラーズめ、まだ1年戦争緒戦の勝利の味を忘れられないでいるのではないのか。今の戦力差でコロニー落しなど自殺行為でしかないというのに」
「仕方がありますまい、まともな戦いでは連邦に対して勝機は得られません。状況の打開の為には多少の無茶もやむをえないと考えたのです」
「賭けか、だが負ければ二度目は無いのだぞ?」

 自分たちは連邦とは違う、負ければそれを取り戻すチャンスは無いに等しいのだ。M級巡洋艦というコストパフォーマンスに優れた巡洋艦をようやく手に入れたものの、それが量産されるにはまだまだ時間がかかる。だが賭けなくてはいけない時もある。それが今なのかどうかはハマーンにも判断は付かなかったが、決定された以上はやるしかないのだ。





 これがネオジオンの動きだった。サイド3を発ったハマーンたちはサイド2宙域に赴き、ティターンズと連邦の戦いで破壊されたサイド2のコロニーの1つに核パルスエンジンを取り付け、ヨーロッパに落とすように計算しながら加速を開始したのである。光学観測でこれを発見したティターンズ宇宙軍はバスクにこれを報告させたのだが、そのコースがヨーロッパを狙った物だと分かるとバスクはこれを黙認する事にしたのだ。
 ヨーロッパに落ちれば連邦軍の大軍が纏めて消滅する。更に地球の人口も減って助かるというのがバスクの考えであった。ネオジオンの作戦を利用して連邦軍に痛撃を与えてやろうと考えたバスクであったのだが、これがジャミトフの怒りを買った。ジャミトフは確かに地球の人口を減らしたいと考えていたし連邦軍を打倒したいとも考えているが、だからといって地球を破滅させるつもりは無い。
 ジャミトフは窓際によると、窓ガラスを強く叩いて外の様子を示して怒鳴った。

「バスクは地球の環境を破壊して人類が生きていけると思っているのか。このダカールですら砂漠に飲まれようとしているというのに、その現実を知ろうともしておらん!」

 ジャミトフの願いはあくまで地球の再生だ。地球上から人類を完全に淘汰し、地球の自然環境の再生を待とうと考えているのだ。そのためにあらゆる手段を講じて地球上から人類を消し去ろうとは考えているが、それは地球の自然環境のためであって地球を滅ぼすつもりなどは無い。
 ジャミトフは直ちにバスクにコロニー落としの阻止を命じると共に、バスクを飛び越えて直接前線部隊に阻止行動を取るように命令を出している。地球軌道周辺の艦隊はこれを受けて直ちに動き出していたが、阻止できるかどうかは微妙なところだった。




 そして地球圏最大の勢力である連邦軍もまた、このコロニーの移動を察知して動き出している。先の地球降下作戦の直後でもあり、すぐに動ける部隊は多くは無かったが、それでもオスマイヤーが率いる第6艦隊を中心とする艦隊がコロニー落とし阻止の為に出撃している。
 サイド5を発ったオスマイヤーは自分の艦隊60隻にとりあえず動ける艦を20隻加えた、合計80隻の艦隊を率いてコロニー落とし阻止の為に出撃したが、オスマイヤーはこの数で阻止できるだろうかと少々不安に感じてしまっていた。

「この数で阻止できるかどうか。難しいところだろうな。相沢たちがいてくれればまだ勝算もあったのだが」

 残念ながらオスマイヤー艦隊には名立たる秋子の部下たちが参加していない。秋子が先の地球降下作戦に投入していまい、すぐに動ける部隊が無かったのだ。流石に連戦させるのは兵器の稼働率からも難しい。ただ久瀬大尉が鹿沼洋子と名倉由衣を連れて参加してくれているのがせめてもの救いだろうか。
 更に搭載しているMSも主力はジムUとジムVであり、頼みにしているゼク・アインやストライカーの数は少なかった。結局連邦軍はジムを頼みにするしかないのだ。

「まあ、やるしかあるまい。他にも周辺から集まってくる連中もいるだろうし、何とかなるだろ」

 ネオジオンが化け物のようなMSやMAを出してこない事を祈りつつ、オスマイヤーはコロニーの速度と進路から割り出した遭遇予定宙域へと艦隊を向けた。これで阻止できなかったら、一体どれだけの犠牲が出るのだろうかと考えながら。



 そして、最後の勢力も動き出していた。エゥーゴもまたコロニー落としを知って阻止行動に出ようとしていたのだ。だが、出撃しようというところでアナハイムから待ったをかけられてしまい、グラナダの艦隊は出るに出られなくなってしまった。
 この事でブレックスとアナハイム幹部が激しく衝突し、地球を守ろうと主張するブレックスとネオジオンとの関係を重視するアナハイムとの激しい折衝の末に、支援の打ち切りをちらつかせてきたアナハイムにブレックスが折れるという形となってしまい、グラナダの主力部隊は動けなくなってしまった。
 ただブレックスもただでは折れず、ロンド・ベル隊だけは出動を認めさせていた。ようするにやるならロンド・ベルだけでやれという事だ。当然増援も無く、死んでこいと言われているにひとしい無茶である。だがブレックスはこの無茶をブライトに頼んでいた。これを受けたブライトは正直良い顔をしなかったが、それでも断る事はしなかった。これはやらねばならないことだとブライトも分かっていたからだ。

「分かりました、行きましょう」
「すまないな大佐、なんとしても食い止めてくれ」
「ですが、我々だけなのですか。余りにも戦力が不足していると思うのですが?」
「それについては考えている事がある、何とかしよう。多少の戦力アップは出来る筈だ。それはこちらで何とかするから、君たちは急いで出撃してくれたまえ」

 ブレックスにそう保障されてはもう迷う事は無い、ブライトは急いで艦隊を纏めて出撃するべく出撃する事にした。ここで出遅れてコロニーに間に合わなかったなどということになれば、それはブレックスの失脚に繋がりかねない失態となる。だからブライトたちもまた必至とならざるを得なかったのだ。
ブレックスが失脚すれば、それはエゥーゴの終焉に直結する。今のエゥーゴはブレックスに付いて行っていると言っても過言ではなく、彼が居なくなれば連邦に寝返る者が続出するだろう。元々反ティターンズという思想で力を合わせた集団であり、アナハイムの私兵ではない。そして連邦がティターンズと敵対している今、彼らが連邦に戻る事に躊躇するような理由は何処にも無いのだから。実際にエゥーゴから連邦に戻った部隊も幾つか出てきているくらいだ。



 こうして、ネオジオンのコロニー落としを巡って宇宙の方も動きが激しくなってきた。過去にも幾度かこのような質量弾攻撃が行われたが、その全てが阻止に失敗している。果たして今回の攻撃は阻止成功に繋がるのか否か、それはまだ、誰にも分からなかった。



機体解説

RX−78−9 ガンダム9号機(リンクス)

武装 ビームライフル
   ビームサーベル×2
   90mm速射砲×2
   頭部バルカン×2
   シールド

<解説>
 ジャブロー製の9番目のガンダム。その機体性能は非常に優れており、ジ・Oと同等以上の基本性能の高さを持つ。その運用は様々なオプションを使いこなす事で発揮されるが、その高コストゆえに量産型の登場は絶望的。その分類は第2世代MSというべきだが、優れた性能ゆえにパイロットの腕が確かならばZZやジ・Oといった最強のMSをも打倒しうる勝れた機体となっている。
 だが、この機体の最大の特徴はパイロットをサポートする高度なシステムを初めとする様々な新技術にある。技術試験機としての側面を持つ本機は2号機と同様データ収集も目的となっている。




後書き

ジム改 遂に祐一もガンダムに乗る日が。
栞   ようやく主人公MSの登場ですね。
ジム改 実はこの機体、技術的にはシェイドMSの延長線にあるMSなんだよな。
栞   ファマス戦役のデータを元に開発したんですか?
ジム改 だから基本性能が無茶苦茶高くなったが、一般人でも使えるよう色々工夫がされてるのだ。
栞   私でも乗れるんですかね?
ジム改 乗れるが、やらんぞ。主人公機だし。
栞   良いですよ、私はもっと良いMSを秋子さんに貰いますから。
ジム改 お前、サイド5のNT専用機を狙ってるのか?
栞   当然ですよ、私にはファンネルが良く似合うでしょう?
ジム改 あれはあゆか瑞佳にやる予定だが。
栞   あの2人に渡したら大変な事になりますよ。
ジム改 何で?
栞   「言って、猫たち!」「タイヤキアタ〜ク!」てな掛け声になるに決まってます!
ジム改 ……否定できん。
栞   だから私に渡すのが一番なんですよ。
ジム改 お前に渡したらアイスになるだけだと思うが。それでは次回、地球に向かうコロニーを止めようと駆けつける連邦、ティターンズ、エゥーゴの艦隊。3勢力を同時に敵に回したハマーンは手持ちの戦力を結集してこれを迎え撃つ。ネオジオンが温存していた数々の強大な戦力が投入され、数で勝る敵に立ち向かった。次回「3度目のメギド」でお会いしましょう。