第76章  3度目のメギド


 

 地球に向かうコロニー。その3度目のコロニー落着を阻止する為にティターンズの艦隊が五月雨式に襲い掛かっていたのだが、ティターンズの小規模な襲撃ではコロニーを守るネオジオン艦隊を突破できなかった。コロニーの進行方向前衛を指揮するアヤウラ少将は指揮下の部隊を駆使して数隻単位で襲ってくるティターンズを排除しながらも、不本意さを口に出して憚らなかった。

「こんな作戦に何の意味がある。今は戦力を温存して連邦とティターンズが共倒れするのを待つのが上策だというのに!」

 アヤウラ自身はチリアクスに言われたから仕方なく艦隊を連れて駆けつけたのだが、この作戦の裏にデラーズとキャスバルの勢力争いが有るということが分かるだけにその下らなさに呆れ果ててしまっている。今の戦況で内輪揉めなどしている余裕は無かろうに。
 アヤウラ自身も仕方なくエアーとエンドラ3隻、ムサイ5隻を連れてこうして梅雨払いをしている。それもこれもチリアクスの命令だからであり、そしてハマーンへの義理からだ。アヤウラはどちらかというと無派閥であり、強いて言うならキャスバルのダイクン派に属しているといえるが、その忠誠心はザビ家の最後の直系であるミネバに向けられている。そのミネバが信頼しているハマーンがこんな無茶な任務を引き受けたとなれば助けない訳にもいくまい。
 幸い出撃してきたティターンズは全て普通の部隊で、サラミスにマラサイやハイザックで出てきているのでドライセンやザクV、ゴブリンを揃えてきたアヤウラ艦隊の敵ではない。纏まった数で来られると厄介だが、今のところそういった様子も無い。やはり先の地球軌道を巡る戦いで著しく疲弊していたのだ。

「ふむ、そういう意味ではデラーズ総長の読み勝ち、と言えるのかな?」

 連邦とティターンズが消耗しきって動けないという事を計算に入れて作戦を発動したのならばデラーズも中々の戦上手だと言える。そもそもデラーズ戦役ではデラーズフリートの寡兵を持ってリビックや秋子といった名将を翻弄し、地球軌道艦隊を突破してコロニー落しを成功させたほどの将だ。その実力は過小評価していい物ではないだろう。 
 しかし、敵も何時までもこのような五月雨攻撃など続けはしまい。特にまだ最大の戦力を持つ連邦軍が出てきていないのだ。彼らが出てきた時こそ本当の戦いが始まると言ってもいい。

「油断だけはするな、水瀬秋子が我々の動きに気付いていないわけが無いんだからな。何時連邦の大艦隊が出てきてもおかしくは無い」
「分かっております、シェイド部隊も用意させております」
「それでいい」

 これまで連邦と戦い続けたアヤウラはその強さを骨身に染みて知っているので、何時連邦軍が出てきてもいいようにすぐ出せる戦力を準備している。今来ているティターンズの小艦隊などは前座であり、本当に恐ろしいのはこれから出てくる連邦の大艦隊なのだから。
 そして、そのアヤウラの悪い予想は程なくして現実となった。エアーのセンサーが濃密なミノフスキー粒子の妨害を突破してコロニーに迫る無数の移動熱源を探知したのだ。

「来たな、迎撃しろ。MS隊は艦隊上方に展開。すぐにMSが出てくるぞ!」

 アヤウラの命令を受けて艦隊が迫るミサイルに対して迎撃ミサイルと主砲を放ち、これを次々に落としていく。ミサイル程度でコロニーが破壊される筈も無いのだが、核弾頭だと構造にダメージが及んで脆くなってしまうからだ。コロニーの破壊とは用意ではなく、1年戦争では連邦艦隊は無制限核攻撃を加えたがアイランド・イフィッシュを破壊できなかった。余りにも巨大で頑丈すぎたのだ。
 ただこの攻撃は無駄とはならず、コロニーは大気圏に突入した衝撃でそれまでに積み重なった被害で脆くなった部分から分解を始め、最悪の状況だけは避けられたのだから。かつて秋子もサラミス級の艦長としてこの作戦に参加し、数度に渡ってコロニーに肉薄して核ミサイルを撃ち込むという戦果を上げている。




 だが、アヤウラの予想に反して連邦艦隊はすぐにMSを出しては来ず、ミサイルによる波状攻撃をかけながら距離を詰めてきていた。どうやら前衛艦隊をまず殲滅するつもりらしい。
 出撃してきたのは地球軌道の戦いに参加せず、フォスターUで留守番をしていたオスマイヤーの第6艦隊である。旗艦ラー・カイラムの艦橋からオスマイヤーはミサイル第6波の発射を命じてながら敵艦隊との距離を測っていた。

「よし、ミサイル第8波の後でMS隊第1波発進だ。指揮は久瀬大尉に任せる」
「しかし提督、ネオジオン艦隊もかなりの数のMSを出しています。第1波の数では苦戦を強いられませんか。それに先に後部の推進用核パルスエンジンを破壊しなくてはいけませんが」
「分かっているが、まずは目の前の敵を排除しなくてはどうにもならん。第2波はあくまでも核パルス設置の護衛部隊だ。これをすり減らされる訳にはいかん!」

 オスマイヤーにも分かっているのだ、自分の艦隊だけでは力不足だという事を。せめて秋子の第1艦隊が居てくれれば圧倒的な数で押し潰す事も出来ただろうが、自分の第6艦隊はどちらかといえば後備部隊であり、精鋭とは言い難い。故に先の作戦ではフォスターUに残されていたのだから。
 だが今はこの手持ち戦力で頑張るしかない。オスマイヤーは敵との距離を慎重に測りながらミサイル第7波を発射させ、少しだけ間をおいた。
 その時、レーダー手がオスマイヤーに新たな艦隊の出現を告げてきた。

「提督、3時方向に別の艦隊を発見しました。こちらと同行しています」
「艦隊だと、何処の部隊だ?」
「識別ではアレキサンドリア級2隻を含む12隻の艦隊です。ティターンズの部隊でしょう」
「ティターンズの艦隊……奴らもコロニー落しを察知したようだな」

 なるほどと頷くと、オスマイヤーはその艦隊に通信を繋がせた。暫く待ち、モニターに電波障害を受けて荒くなった映像が映し出される。モニターの向こう側の人物はこちらに敬礼をして名乗ってきた。

「アレキサンドリア艦長、ガディ・ギンゼー中佐であります」
「連邦第6艦隊司令官、ロバート・ディル・オスマイヤー少将だ。早速だが中佐、貴官の艦隊の目的はこちらと同じくコロニー落しの阻止かな?」
「はっ、その通りであります」
「なら話が早い。我々は今コロニーの前方を制圧して核パルスを取り付けようと考えているのだが、後方の推進器が邪魔になる。君たちにこれを排除して貰いたいのだ」

 出来るか? と問いかけるオスマイヤー。これを聞かされたガディはその命令の無謀さに暫し返答せずじっと考え込んでしまう。前衛だけでも10隻前後の艦艇を保有する強力な敵なのだ。後方のコロニー直衛にはさらに多くの敵が居るに違いあるまい。
 だが、ティターンズと連邦の艦隊が共に動ける筈もない。かつては仲間だったのだから動けない事は無いだろうが、敵同士が艦列を並べても上手く行くと思えるほどガディは現実を知らない訳ではなかった。

「分かりました、やってみましょう」
「助かる。こちらも手が空いたら援護を回す事を約束しよう」
「期待するとしましょう、それでは」

 通信が切れ、ティターンズ艦隊が後方に向かうべく戦場を迂回しようとする。それをネオジオン艦隊が止めようとしたが、それは第6艦隊の砲火によって阻まれた。第6艦隊は60隻を有しているので真っ向勝負ならばアヤウラ艦隊を圧倒する事が出来る。
 ただ、MS隊の苦戦がオスマイヤーの想像を超えていた。久瀬に率いられたMS隊は正規艦隊にしては弱体とはいえ、数は実に100機以上にも及ぶ。対するネオジオン側はおよそ30機、数にして4倍の差がありながら戦いは連邦側の苦戦となっている。連邦はジムVばかりだが、4倍も居れば相手がザクVやドライセンであっても十分撃破出来る筈なのだが。
 このオスマイヤーの疑問は、程なくして前線の久瀬からの報告によって解消された。

「オスマイヤー提督、こちら久瀬です!」
「大尉、どうしたのだ、あの程度の数を何故突破できない?」
「敵に複数のヴァルキューレ型のMSが居ます。奴ら、シェイドを投入してきたんです!」

 シェイド、その名は秋子の下で戦ってきたオスマイヤーも耳にした事がある。彼の知識では強化人間の一種という程度の物であったが、その戦闘能力はNTにも匹敵し、ファマス瀬ね木では1機で部隊1つを壊滅させた事すらあるという。そんな者が複数出てきたのではMS隊の足が止まるのも無理は無いかもしれない。

「損害は?」
「既に全体の2割を喪失しました。ヴァルキューレ型はファマス戦役の機体よりもかなり強化されているようで、ザクVより脅威です。こちらでは勝てそうなのは葉子くらいです!」

 久瀬の声はかなり切羽詰っている。どうやら相当に苦戦しているらしい。久瀬の指揮下にも3人のシェイド、鹿沼葉子中尉、名倉友里少尉、名倉由衣少尉が居るのだが、葉子だけがクラスAに分類される強力なシェイドで、後の2人はBレベルだ。その分類は久瀬にも良く分からないのだが、敵が投入してきたシェイドと同程度の能力のようで機体性能の差で苦労している。唯一互角以上の勝負をしているのが葉子なのだ。
 久瀬の部隊は全機がジムVで統一されている。強力なゼク・アインやストライカーは回してもらえなかったのだ。その為に機体性能の差に苦しめられ、ヴァルキューレの守りを突破できずにいる。第2波を送り込んで数で圧倒する手もあるが、それをすると核パルスエンジン設置作業に支障が出るかもしれない。

「どうする、手持ち戦力では劣勢は免れない。艦隊を前進させた近接戦闘を仕掛ける手もあるが、乱戦になればヴァルキューレの思う壺に嵌る」

 ヴァルキューレは乱戦下での近接戦闘で最大の威力を発揮するMSだ。手に持つビームグレイブやビームトマホークなどの長槍形の武装はかさばる為に持ち運びに不便だが、ビームサーベルよりかなり有利に戦える格闘戦装備と言える。
 連邦軍でもエクスカリバーなどの格闘戦特化型MSが試作された事はあるが、汎用機を重視する連邦軍はジム系に戻ってしまった。その後ストライカーというエクスカリバーの後継量産機が製作されはしたが、これは格闘戦特化型というエクスカリバーとは似ても似つかぬ汎用機になってしまい、格闘戦で戦闘力を発揮する近接戦闘型MSになっている。マシンガンやミサイルなどを使った中距離砲戦を得意とするゼク・アインやジムVの前衛を勤める為のMSだ。
 だがエクスカリバーは違う。これは大出力のビームキャノンで牽制しつつ距離を詰め、格闘戦で敵を殲滅する為の機体なのだ。支援機の助けなど必要とはしていない。ヴァルキューレもそういった自己完結型MSであり、支援機の手を借りずに敵の懐に飛び込み、撃破する性能を持っている。
 このヴァルキューレが6機も出てきて戦場を暴れまわっていたのだ。これではジムVでは不利を免れず、数で押し切るという常套手段さえ効果を無くしている有様だ。何しろ速すぎてまともに捉える事も難しいのだから。


 MS隊の苦戦を見たオスマイヤーはどうするかを考え、1つの作戦を立てて久瀬に暫く持ち堪えろと指示を出した。

「大尉、暫く持久していてくれ。消耗を避けて時間を稼ぐんだ」
「何か策でもあるんですか!?」
「ああ、先に敵艦隊を潰す。そうすればヴァルキューレもいずれ戦闘力を無くして動けなくなるはずだからな。どんなに強いって言っても、無限の戦闘力を持ってるわけじゃない」
「なるほど、弾切れまでひたすら逃げて粘れという訳ですか。了解しました!」

 オスマイヤーの指示を受けて久瀬が各部隊に即席で考えた布陣を伝え、部隊を組み直していく。とにかく相互支援を徹底してヴァルキューレに牽制を加え、ひたすら無駄弾を消耗しあう不毛な戦いをする為にだ。いつもなら決してやらない手だが、今回はこの戦術に意味があるので躊躇無く採用している。
 久瀬がヴァルキューレを相手に辛い持久戦に入ったのを見てオスマイヤーは艦隊を中央突破の為の密集陣形から左右に展開し、空母からダガーフィッシュとアヴェンジャーを発進させた。オスマイヤー艦隊には2隻のフォレスタル級空母が配備されていて、その艦載機は100機近くにもなるのだ。これを使ってオスマイヤーは敵艦隊に攻撃を加える事にした。
 連邦の戦闘機隊が出てきたのを見たアヤウラは直衛のMSをこれに振り向けたが、10機程度では全てを止める事は不可能だった。それを見たアヤウラが数の利を生かした連邦の戦術に舌打ちをする。

「ちっ、ヴァルキューレをMSの大軍で押さえ込み、戦闘機で艦隊を叩く気か!」
「閣下、どうなさいますか!?」
「護衛の無い艦隊は唯の的だ。ここは後退して本隊の援護を受けるぞ!」
「ですが、それではコロニーにも被害が!」
「多少の事でコロニーは崩壊したりはせん、それより今は艦隊の保全だ。失った艦は返ってこないのだぞ!」

 反対する参謀を黙らせてアヤウラは自分の艦隊にコロニーにまで後退するように命令を出した。前方で戦っているMSにも帰還命令を出し、急いでコロニーに後退していく。それを追撃する形で連邦軍が急進し、熾烈な追撃戦が展開される。連邦艦隊の驟雨のようなビームとミサイルの攻撃をアヤウラは防御スクリーンを集中する事で防ぎ、更に自分の主砲を封じる覚悟でビーム霍乱幕を散布して敵艦隊のビームを防いでいる。濃密な重金属粒子の幕にメガ粒子砲が次々に減衰されて消滅してしまい、両軍の艦砲が無力化されてしまう。
 このビーム霍乱幕を見たオスマイヤーは用意が良い事だと呟き、攻撃をミサイル主体に切り替えさせた。これではビームは無駄撃ちになってしまうからだ。放たれた対艦ミサイルが敵艦隊に向かい、途中で迎撃弾に撃ち落され、それを突破した物がレーザー機銃に迎撃されて落とされていく。それでも防げなかった物は欺瞞用のフレアーとミノフスキー粒子に期待するしかない。




 このミサイル攻撃を受けてムサイとエンドラ各1隻を喪失し、アヤウラ艦隊は必至にコロニーの近くまで後退してきた。そこにはハマーンの本隊が居て肉薄してくるガディのティターンズ艦隊と交戦していたのだが、そこにアヤウラ艦隊が戻ってきたので流石のハマーンも顔色を悪くしてしまった。

「アヤウラ少将が防げなかったか。連邦は何処まで来ている?」
「正面にて迎撃の為に艦隊陣形を再編しているようです。MS隊も補給に戻しているようで数が減っています」
「となると、次は勝負をかけてくるな。こちらもコロニー守備のMSを全て前線にまわせ、強化人間とシェイドも残らずだ。予備は直率部隊の物だけで良い!」

 それまでは連邦の動きを考えて温存していたMS隊の主力を動かす事を決めたハマーン。ハマーンの命令を受けてそれまで出撃を控えていたキュベレイmk−Uやヴァルキューレ、完成したばかりのゲーマルクなどが出撃してくる。それらはいずれも1機で複数の敵を相手取れるというコンセプトの元に開発されており、多対一の戦闘を常に強いられるネオジオンの苦しい事情が如実に反映されている。
 だがそれらのMSは非常に強力であり、連邦の汎用MSではまともに勝負できないほどの強さを見せ付ける。これらを多数持ち出してきたハマーンの艦隊は確かに強力だと言えるだろう。

 このザクVやドライセン、ガ・ゾウム、ゴブリンといった見慣れたMSに混じって出てきたNT専用機やシェイドMSを見たオスマイヤーの顔色は悪かった。これらのMSは戦闘継続時間が短いのが欠点だが、それを補って余りある戦闘力を持っていることが多い。エゥーゴもZZガンダムなどを開発しており、ティターンズもジ・Oなどの規格外の性能を持つMSを生み出している。これらの最新型MS、とりわけゲーマルクやZZといった第4世代MSの性能は桁外れている。
 秋子はこういった戦場の支配権を左右する超高級機の開発には不熱心なのだが、それがここに来て連邦軍を苦しめている。今連邦宇宙軍が装備している高級機で量産型と言えばmk−Xくらいであり、後は増加試作のゼク・ツヴァイがある程度だ。Gレイヤーは別枠である。
 超高級機に対抗するには同程度の性能を持つMSをぶつけなくてはいけない。それがファマス戦役でファマスが投入してきた超高級機との戦訓で得られた結論だったが、秋子はそういった部分に目を瞑り、数で圧倒するという戦略を採用したのだ。それは地球圏の治安維持や、あるいは戦争をする為とすれば正しい判断であったが、こういった局地戦では最悪の選択だったといえる。100機のジムVは広範な戦域に展開できるが、1機の第4世代MSは一箇所とはいえその場を支配できるからだ。
 それは戦争に勝利する為としては決して優れた兵器とは言えないかもしれないが、今回のように一時的にでも戦場の支配権が欲しい時などには効果的な兵器となる。消耗戦である現状を考えれば戦略的にはゲーマルクを1機試作する手間があるなら5機のゴブリンを作った方が良いのだが、コロニー落しをする為に敵を突破しなくてはいけないというこの任務を考えれば、1機のゲーマルクは5機のゴブリンに勝るのだ。



 この敵の戦力を見た久瀬は息を呑み、オスマイヤーに一度後退して増援を受けてはどうかと進言した。流石にあれには勝てる気がしないのだ。

「提督、手持ちのMSはジムVばかりで敵のMSに対抗し切れません。下手をすればこちらが掃討されます。ここは一度後退し、増援を受けるのが良いかと思います!」
「……だが、我々が退けばティターンズが孤立して袋叩きにされるぞ?」
「彼らも一緒に後退させましょう。今はコロニー落とし阻止が最優先に考えるべきです、彼らとは休戦という扱いで宜しいかと!」

 久瀬はかなり切羽詰っていた。キュベレイmk−Uとはコンペイトウへの増援に出撃して交戦した事があり、ファンネルというビットを小型化したような新型のサイコミュ兵器にはかなり苦労させられているからだ。ただ威力は大した事は無く、シールドで受けることが出来れば防ぐことは容易だ。メガ粒子砲ではなくレーザー砲を使用しているようで、小型化した代償に攻撃力を低下させたのだろうと考えられている。
 ただ、ビットに比べて攻撃力に欠けるとはいえ、MSを撃破する程度の威力は持っている。ゼク・アインやストライカーのような防御力の高いMSならともかく、ジムVでは苦しい相手だ。サイズも小さいので狙いにくい。
 この厄介な兵器を相手にする事を久瀬は嫌がっていた。いや、それだけではなくこの戦いで大量の犠牲が出ることが分かり切っているから嫌だった。その犠牲が報われるのならまだしも、逆に撃破されてしまう可能性のほうが高い。どうせコロニーはそんなに速く動けないのだから、一度仕切り直しても良いのではないかと思ったのだ。
 しかし、オスマイヤーは久瀬の意見を退けた。久瀬の言い分はもっともな物であるが、前提となる援軍の当てが無かったのだ。サイド5に帰還した秋子の主力は力を使い果たしてボロボロであるし、エニーの第3艦隊と第5艦隊も戦力を使い果たして暫くは動けない状態にある。そしてそれは連邦と前線のほぼ全域で総力戦を演じたティターンズも同様であろう。ここに現れたのがアレキサンドリアを含む12隻程度の艦隊でしかないのがそれを証明している。
 後退しても援軍はまともに出せない。いや、秋子ならば出しうる限りの援軍を送ってくれるだろうが、そんな無理をして送られた戦力など大して当てには出来ないだろう。つまりここで退く意味は無いという事だ。

「大尉、ここは強襲を仕掛けるしかないのだ。我々以外にまともに動ける艦隊は連邦には残っていない」
「コンペイトウの第2艦隊と第4艦隊は?」
「彼らはアクシズやア・バオア・クーとの睨みあいが続いている、動けないだろう。下手に出てくれば要塞を落とされるかもしれん」
「……やるしか、無いという事ですか」
「ティターンズは既にコロニー後部に攻撃を仕掛けている。我々も行くぞ、大尉!」

 オスマイヤーがそう決断し、久瀬も仕方が無いかと頷いた。これで作戦は決定され、久瀬はジムV部隊を纏めて小隊長たちを集めて作戦を練りだした。
 オスマイヤーは艦隊を方形に展開させると、コロニーを守るネオジオン艦隊に向けて前進させた。こうなった以上もう小細工は無く、真っ向から力と力のぶつかり合いをするしかない。



 だが、その時サイド5から秋子直々のレーザー通信が届いた、ラー・カイラムの艦橋でそれを受けたオスマイヤーは驚き、そして彼女が持ってきた話にさらに驚いていた。

「オスマイヤーさん、其方の戦況はどうですか?」
「水瀬提督、ネオジオンはかなりの戦力を出しています。正直我々だけでは勝ち目は薄いかもしれません」
「そうですか……」
「それと、ティターンズもコロニー攻撃に参加しております。彼らもネオジオンの動きを察知していたようです」
「ティターンズと共同戦線を張っていると?」
「不味いでしょうか?」
「いえ、構いませんが、そうですか」

 ティターンズと連邦軍がネオジオンを相手に共に戦っているというのは奇妙なものであるが、今回の内戦が起きなければ普通にそうやって戦っていただろう。そう思うと秋子は運命とやらの存在に思いを馳せたくなってしまった。
 しかし今はそれところではない。秋子は気持ちを切り替えると、オスマイヤーに応援を出した事を伝えた。

「オスマイヤーさん、今動かせる艦艇を再編成して送り出しました。私も戦力を揃えて第2線を作りますから、無理だと判断したら迷わず退いて下さい。ネオジオンがこういう手に出てきた以上、こちらも切り札と使います」
「切り札?」

 秋子の手元にはまだ何かあのコロニーを何とかできる手立てがあるというのだろうか。秋子は決して大言壮語をするような性格ではないので、彼女が有るというのならば有るのだろうが、今はそれを確かめている暇は無い。オスマイヤーとしては秋子の切り札というものに期待するしかなかった。

「それと、先発させた高速MS輸送機はそろそろ到着する頃でしょう」
「増援を頂けるのですか!?」
「それほど多くはありませんが、動かせる部隊を出しましたよ。後はお願いします。そうそう、先発したMS隊には期待してくださいね」
「期待、ですか。天野大隊でも回してくれたのですか?」
「ふふふ、それは到着してのお楽しみという事です」

 それだけ伝えて、秋子は通信を切った。増援の知らせを受けたオスマイヤーは喜び勇んでそれを全軍に伝え、士気を高めた。とにかく今は少しでも援軍が欲しいからだ。そしてオスマイヤー艦隊はネオジオン艦隊と交戦したのだが、その戦いは最初から連邦軍が劣勢を強いられる事となった。
 連邦軍は数でこそ正面の敵の3倍近かったのだが、艦隊戦はともかくMS戦では最初から押されていた。やはりジムVではキュベレイやヴァルキューレ、ゲーマルクを擁するネオジオンの精鋭には役不足だったのだ。これがザクVやドライセンのような主力機が相手であれば優位を保てたであろうが、やはりNTやシェイドは強い。

 久瀬はその最悪の戦場でもとにかく奮戦していた。彼はファマス戦役において連邦軍に幾度と無く痛撃を与え、戦場の魔術師とまで呼ばれたほどのMS隊指揮官である。フォスターUからの撤退戦では斉藤と共に少数の部隊を率いて圧倒的多数の連邦軍の前に立ちはだかり、その進撃を食い止めて見せた。
 その彼が率いているからこそジムV隊は持ち堪えていられる、と言うべきだろうか。久瀬はジムV隊を小隊レベルと中隊レベルの2種類に分割し、小隊の方はコロニーへの肉薄と後退を繰り返させて敵を直衛の位置に縛り付け、中隊レベルの部隊をキュベレイやヴァルキューレにぶつけて数で押し潰そうとした。とにかく1機でも落とさなくてはいけないと思ったのだ。これは奇しくもファマス戦役においてファマスの化け物MSに梃子摺らされた連邦がとった戦術に似た物である。
 しかし、敵はファマス戦役における連邦とファマスの時以上に強かった。連邦軍のMSは中盤以降は性能が向上し、ファマスに対抗できるようになっていたのだから。だがジムVではとても対抗できない。彼らを崩せるようなパイロットを多く抱えている訳でもない。

「参ったな、相沢少佐の苦労が良く分かるよ」

 あの時はこちらが強力な機体とパイロットを揃えていたのに、今は立場が逆転してしまっている。あの時祐一たちがどれほど苦労して自分たちと戦っていたのかを久瀬は立場が変わったことで思い知らされたと言える。
 そしてそのジムV隊の中に混じって数少ないエースたちは必至に頑張っていた。葉子は厄介なキュベレイを相手取り、ファンネルによるオールレンジ攻撃を必至に回避しながら1機を足止めし、友里と由衣は共同で同じく1機のキュベレイを相手取っている。これはかなり連邦の負担を軽くしていたが、だからといって敗北の時を避けられる訳ではない。このままいけばすり減らされるのは間違いなく連邦側だ。


 オスマイヤーも艦隊を巧みに動かしてネオジオン艦隊をコロニー正面から引きずり出し、十字砲火の中心に引きずり込もうとしたのだが敵はそれに乗ってはこず、オスマイヤーは舌打ちを隠せなかった。

「出てこないか、自分の仕事を知っている奴だな、厄介な」
「ネオジオンには珍しく慎重な指揮官のようですな、大抵は挑発すれば乗ってくるのですが」
「ああ、だから面倒なのさ。こうなれば艦隊も接近して数の勝負に持ち込むしかあるまい」

 オスマイヤーは艦隊特攻を決意すると、戦闘指揮を戦闘艦橋に移すよう指示した。ラー・カイラム級やクラップ級といった新世代の艦艇には従来の艦橋とは別に戦闘艦橋というサブブリッジが存在しており、艦の首脳部を守り易くしている。これまでの戦訓から艦橋の被弾率が著しく高いというテーマに対して連邦が出した答えがこれである。
 だが、戦闘艦橋に移る前にラー・カイラムのレーダーが後方から接近する複数の高速移動物体を捉えた。それが何かをオスマイヤーはすぐに理解した。秋子の言っていたMS隊が届いたのだ。






 そしてこの戦場に迫る新たな艦隊の姿があった。それはアレキサンドリア級に分類されるハリオを中心とするティターンズ艦隊であった。それは同時に、この艦隊がシロッコの率いる艦隊である事を示している。
 ハリオの艦橋でシロッコはコロニー周辺に伺える戦闘の光を面白そうに眺めていた。

「やっているな、連邦はともかく、バスクが放置していたわりにはティターンズの動きも中々に速い」
「パプテマス様は、ネオジオンのコロニー落しを止める御つもりですか?」
「ふむ、サラはあれが地球に落ちるのを見たいかね?」
「いえ。ですが、地上の連邦軍に大打撃を与えて戦況を優位に持っていくのに利用する、という判断も間違ってはいないのでは?」
「まあな、ヨーロッパに集結した連邦軍を潰す為になら効果的と言えるだろう。だが私はこういう手で勝利を得るのは好きではない。それに虐殺者として歴史に汚名を残すのも好ましくは無い」

 シロッコは彼なりに大きな野心を抱いているが、彼なりのルールという物に沿って行動している。そのシロッコにしてみればガス攻撃やコロニー落としといった戦い方は彼の許容範囲に納まらない戦い方と言える。勿論必要ならば都市部への無差別攻撃だろうと躊躇はしないだろうが、これはそういった範疇を超えた攻撃だろう。
 シロッコは最初、バスクの命令が無くとも木星師団の戦力だけで動くつもりであった。連邦軍がこの動きを見逃す筈もないし、うまく使えば水瀬秋子との間に新たなパイプを作る事も出来る。交渉ルートはあって困る物ではないのだ。
 だが、その計画は結局実現しなかった。バスクが見逃そうとしてもジャミトフが許さなかったのだ。ジャミトフから厳命されたバスクは慌てて動かせる部隊に命令を出し、コロニーに対する攻撃を行わせている。だがそれは大した数ではなく、コロニーの守りを崩せないでいるようだ。

「パプテマス様、MS隊を出撃させますか?」
「そうだな、手遅れになってはいかん。それに、今はティターンズを見殺しにするのも不味い」
「では、私もポリノーク・サマーンでお供します」
「ああ、期待している。だがあれは情報収集機だ、対MS戦には向かん。だから余り前には出るなよ」

 シロッコはサラの忠誠心を好ましく思っていたし、サラのNTの資質にも期待している。だがポリノーク・サマーンは後方で支援する機体であって戦闘用とは言い難く、敵に囲まれれば逃げきれない可能性も有る。
 だが、自ら格納庫に向かおうと椅子から腰を浮かせた時、シロッコは迫り来る大きな力に気付いた。それはNTとは違う、だが強烈なプレッシャーとなって感じられる物だった。

「何だ、何かがこちらに近づいてくる。サラ、感じたか?」
「はい、とても強い力です」
「この感じは、前にも感じた事があるような。一体何者だ?」

 この感じ方には覚えがある。この相手とは戦場で一度出会っているはずなのだ。だがそれが誰なのかが思い出せず、シロッコは些か不機嫌そうになっていた。


 そしてこの迫り来る大きな力に気付いた者がこの戦場にもう1人いた。旗艦から防衛の指揮をとっていたハマーンだ。彼女もこの戦域に近づく新たな脅威の気配に気付き、その表情を険しくしている。

「何だ、NTではないようだが……?」
「どうされましたか、ハマーン様?」
「いや……何でもない、気にするな」

 部下に動揺を与えてもいけないと思い、ハマーンはとりあえず感じた気配の事は自分の胸の内にしまってしまった。ただ念の為に自分のキュベレイを出撃準備させると共に、本隊に残っている予備部隊にも戦闘配置を命じた。






 MS輸送機の小部隊は戦場に近づいたところで1機辺り2機のゼク・アインを吐き出していき、反転して戦場から離れていく。このまま後続の艦隊に拾ってもらう予定になっているのだ。
 そして出撃したゼク・アイン隊の中には1機だけゼク・ツヴァイが混じっている。これが指揮官機のようで、14機のMSは苦戦しているオスマイヤーの援軍に急行したのである。


 戦場に殴りこんできた援軍は早速ザクVやドライセンといった厄介なMSに挑んでいく。ジムVでは苦戦するこれらの機体にもゼク・アインならどうにか互角に近い勝負をする事が出来るからだ。そしてその中でも時に際立っている、いや、出鱈目な強さを見せ付けたのがゼク・ツヴァイであった。久瀬は駆けつけたゼク・ツヴァイを見て最初はそれが七瀬だと思ったのだが、その動きは七瀬どころではなかった。襲い掛かってきたヴァルキューレのグレイブをビームサーベルで受け止めることすらせず、機体を軽く横に滑らすだけで回避し、無造作に放ったマシンガンの連射は離れようと移動したヴァルキューレを直撃する。まるでヴァルキューレが自分から弾道に飛び込んだかのような動きだ。

「あれは……誰だ?」

 久瀬は驚いてそのゼク・ツヴァイに通信を繋ぎ、出てきたパイロットを見て驚愕してしまった。パネルに出てきたパイロットはみさきだったのだから。

「か、川名大佐、どうして大佐が!?」
「秋子さんにお願いされちゃってね。艦隊指揮を終えてやっと帰ってきたって言うのに人使い荒いよね〜」

 MS戦は疲れるから嫌なんだけどなあ、とぶつぶつ言いながらみさきはヴァルキューレやキュベレイの攻撃に対処していく。みさきの戦い方は予知能力が有るとまで言われるほどの先読みを生かした戦闘機動と射撃にある。彼女の脳に埋め込まれたサブシステムはみさきの戦闘経験を蓄積し、それを元に敵の動きを計算して先の動きを予見する。それはあくまで確率計算であるが、予知と言えるほど確度の高い物である。
 先の動きが読まれていては勝負になるはずも無い。みさきの身体能力はシェイドとしては決して優れている訳ではなく、むしろ劣る部類に入る。それなのにシアンやアムロといった最強クラスのパイロットの相手が出来るのは相手の数手先までが読めるおかげだった。

 このみさきの強さを前にしては流石にキュベレイやヴァルキューレであっても劣勢を免れない。何しろ攻撃も回避も全て先読みされてしまうのだから。みさきに勝ちたければみさきの計算外の動きをするか、計算されても対応が間に合わないほど速く動くかしかないのだ。あるいはみさきの体が限界を突破するまで粘るかである。みさきの力は負担が大きいので長くは使えないと言う欠点がある。

「でもまあ、頼られるっていうのは悪い気はしないよね。帰ったらご飯食べ放題だって言われてるし、少しはお仕事頑張らないと。雪ちゃんにも怒られたくないし」

 何とも暢気な事を呟いてみさきは更にヴァルキューレやキュベレイを狙って動き出した。みさきに与えられた仕事はある意味最も過酷で、彼女にしか出来ない仕事だったから。秋子は彼女にこういったのだ。

「強い敵から叩いてくださいね」

 と。無茶苦茶な命令であったが、みさきが相手ならばこれは無茶とは言えないかもしれない。何しろみさきは全力で力を使えば、アムロやあゆといったエースを複数同時に相手取る事が出来るのだから。



後書き

ジム改 ネオジオンのNT部隊登場。
栞   キュベレイmk−Uですか、乗ってるのはプルさんたちですか?
ジム改 違う、プルシリーズはまだグレミーの手の内にあるから。
栞   じゃあ今回出てきたのは?
ジム改 強化人間が主力、強化にかけてはネオジオンもかなり進んでいるから。
栞   連邦は強化には手を出してませんからねえ。
ジム改 連邦は替わりにインコムなどの準サイコミュ技術が進んでるのだ。
栞   微妙な優位ですね。
ジム改 量産性では連邦のが上だが、攻撃力ではネオジオンの方が遥かに上だな。
栞   連邦にもNTがいるんだからサイコミュ兵器作ればいいのに。
ジム改 一応サイド5で開発中だぞ、あゆ用のが。
栞   私に渡せばゲーマルクくらい簡単に落として見せますよ!
ジム改 お前は今地上だろうが。
栞   え、えうう〜〜、出番と新型の天秤は卑怯です。
ジム改 ……まあいい、それでは次回、みさきの乱入で混乱する戦場、更にシロッコ艦隊、ロンド・ベルの介入も受け、ハマーンは遂に自ら出撃する。総力戦の様相を呈した戦場はだんだんとネオジオンの優位へと傾いていくが、そこにエゥーゴの新手が駆けつける。そして進むコロニーの行く手に、秋子の迎撃艦隊が姿を現す。次回「輝く十字架」でお会いしましょう。