第77章  輝く十字架


 

 ガディ隊に続いてシロッコ隊も加わり、ティターンズの攻勢はいよいよ激しさを増している。オスマイヤーの連邦第6艦隊もみさきたちが加わった事で反撃に転じる事が出来、戦場は再び混沌としてきている。これを見たハマーンはアヤウラに正面戦線の建て直しを命じたが、それは容易ではなかった。何しろ彼が相手をしている部隊にはみさきだけではなくシロッコのジ・Oまでが加わっており、MS戦で守勢どころか劣勢を強いられているのである。頼みの強化人間部隊もシェイド部隊もこの2機を止める事は出来ず、返り討ちにあっているくらいだ。
 みさきは当初こそファンネルという未知の兵器を前に苦戦を強いられ、機体の各所を抉られマシンガンの片方を破壊されるという彼女らしく無い醜態を晒している。これは彼女の戦闘経験に対サイコミュ兵器戦というものが無かった為、攻撃パターンの予測が出来なかったせいだ。彼女は相手の動きを計算による予測をして戦闘をするので、データの無い相手には脆いという弱点を持つ。
 これに対してシロッコは自身の能力とジ・Oの圧倒的な性能に物を言わせてキュベレイmk−Uやヴァルキューレと互角以上に戦っている。シロッコは次々に襲いかかってくるこれらのMSを前に、顔を顰めて不快感を露にしていた。

「ええい、雑念どもが。お前たちの念は勘に触るのだよ!」

 両手に持ったビームライフルを同時に操って別々の目標を狙うシロッコ。彼はファンネルの機動を感じ取って狙撃するという常識はずれな事をして次々に撃ち落し、強化人間部隊を驚愕させるという出鱈目な事をしていた。



 だが、この2人の活躍はネオジオン軍でも最強の一角を占めるパイロットを引き摺りだしてしまった。味方の不甲斐なさに業を煮やしたハマーン・カーンが遂に立ち上がり、自ら出撃すると言い出したのである。これを受けて親衛隊のMS隊も動きだし、グワンザンから出撃してきたのだ。親衛隊には最新鋭機とベテランパイロットが優先配備されているので、ザクVに優れたパイロットが乗るという強力な編成となっている。そしてハマーン自身も白いキュベレイを駆って戦場に踊りだし、コロニーに迫る連邦のMS隊を睨みつけて攻撃を開始した。

「ふん、その程度のMSで私の前に立った、己の不運を呪うが良い!」

 ハマーンは1個中隊はいると思われるジムV隊に向けて10基を超すファンネルを放った。一度にこれだけのファンネルを乱戦下で制御してみせるというのは強化人間たちとは一線を画すNT能力を要求される事で、ハマーンの力の凄さが分かる。多数のファンネルとハマーン自身のキュベレイに襲われたジムV隊は散開して包囲しようとしたのだが、死角から撃ちこまれるレーザーやビームガンを受けて次々に撃破されてしまい、数機が逃げ散っていったのみであった。
 これに続いてザクV隊が連邦軍のMSに襲い掛かり、これを撃ち減らしていく。1対1ならばザクVはジムVなど問題とはしないほど高性能なので、数の差が詰まってくると途端に連邦軍は劣勢に立たされてしまうのだ。
 このハマーン率いる親衛隊の出撃は膠着していたMS戦の状況を打破し、連邦とティターンズの連合部隊は再び押され始めた。ハマーン・カーン自ら陣頭に立つという行動を見てネオジオン将兵の士気が向上した事も響いているが、同時にハマーンの放つプレッシャーに連邦やティターンズのパイロットたちが気圧されていたのだ。シロッコやサラには威圧感を超えた精神ダメージを与えるほどの圧倒的なプレッシャーであり、かなり怖い人と化している。

「なんというプレッシャーだ、あれがハマーン・カーンなのだな?」
「白いキュベレイを駆るのは彼女しかいない筈です、間違いないかと」
「噂は聞いていたが、これほどとはな。よしサラ、私が仕掛けるから援護しろ。ファンネルには注意しろよ」
「しかし、パプテマス様!?」
「お前ではあれの相手は荷が重い、今は言う通りにしろ」

 サラを押さえてシロッコはハマーンのキュベレイに挑んだ。2丁のビームライフルを手に高速で機体を動かしながら距離を詰めてくるジ・Oにハマーンもただならぬ気配を感じたようで、攻撃をシロッコに絞ってくる。

「何者かは知らんが、私に挑むとは愚かな奴!」
「その自信が傲慢だったと知る事になるぞ、ハマーン!」

 放たれたファンネルのオールレンジ攻撃の中でジ・Oは全身のスラスターを上手く使って舞い、再三に渡ってファンネルに空振りをさせた。ファンネルは数発撃つとエネルギー補給のためにコンテナに戻る必要があるため、長期戦には向かないという欠点を抱えている。そしてMS単体で見ればキュベレイはジ・Oには及ばない機体なのだ。

「どうした、威勢が良いのは口先だけか!?」
「……小癪な事をしてくれる」

 ジ・Oは間違いなく当代最強の一角に数えられるMSだ。第4世代MSに近い性能を持つ第2世代MSであり、これにシロッコの腕が加わればZZに乗ったアムロと良い勝負になるだろう。ハマーンのキュベレイもこれらと並ぶ強さを見せる化け物であるが、化け物同士の勝負となるとキュベレイはMSとして頭1つ落ちてしまう。




 しかし、このシロッコの奮戦でハマーンは押さえ込まれたのだが、状況は依然としてネオジオン有利に推移していた。みさきは強化人間とシェイドが総がかりで押さえ込みに入っており、NTや強化人間、シェイドの大半は主戦場から外れている事になる。こうなると連邦の数が物を言うと思いたかったのだが、そう簡単にはいかなかった。ハマーンの親衛隊も強かったが、ネオジオンには強化人間やシェイド以外にも化け物のようなパイロットが複数居たのである。
 白いザクVがビームトマホークを手にジムVやバーザムに接近戦を仕掛けて次々に撃破していき、青と緑に塗られたザクVが突撃をかけてくる駆逐艦を沈めようと向かっていく。そう、ここにはシン・マツナガやアナベル・ガトーといったエースたちが加わっていたのだ。彼らはハマーンほどではないにせよ、高い戦闘力を見せて連邦のMS部隊を混乱させており、数の有利を発揮させ難くしていた。
 ラー・カイラムから指揮をとっていたオスマイヤーはよく頑張ってはいたのだが、MS隊の苦戦はそのまま艦隊の苦戦へと繋がっていく。ジムVの数が減ればその分制宙権を失い、カバーを突破したMSが艦艇に取り付いてくるようになる。幾ら戦艦でも懐に入られればそれで終わりなのだから。
 だが、そんなエースたちでも足を止められる事がある。ティターンズでも腕利きに優先配備されているグーファーがでてくるとザクVといえども手を焼く事になる。グーファーの基本性能はザクVやネロすら凌ぐ驚異的なものなのだから。連邦のゼク・アイン隊が蹴散らされてきたその強さは伊達ではない。

「このままではこちらが消耗し尽くす、ティターンズは何をやっているんだ!?」
「アレキサンドリア隊と、後からやってきたもう1つの部隊が交互に突撃を繰り返しているようですが、敵の防衛線を抜けられないようです」
「水瀬提督からの増援は!?」
「未だにありません」
「部隊を率いて第2線を作ると言っていたが、何を考えているんだ水瀬提督は?」

 秋子が自分たちを見捨てるとは思わないが、援軍を出さずに第2線を作るとはどういうことなのだろうか。コロニー相手に従深防御など無駄な事なのに。ブリティッシュ作戦を経験している秋子がそれを知らない筈は無いのだが。
 だが援軍が来ない以上は仕方が無い。オスマイヤーは自分にやれる事をやるだけだと呟いて指揮を再開した。とにかく持たせていれば秋子が何とかしてくれると信じながら。





 連邦とティターンズの連合軍の攻勢を跳ね除けようとしているネオジオン。それは予想外の奮闘と言うべきであったが、この場に更なる脅威が登場した事でその優位も崩れ去ろうとしていた。
 月を出立したエゥーゴの遊撃部隊、ロンド・ベルはコロニーを止められずにいる連邦とティターンズを見て驚き、どうするかの選択を迫られる事になる。連邦軍だけならともかく、ティターンズを援護する事になるからだ。

「まさか連邦とティターンズが手を組んでいるとはな」
「ティターンズも地球を潰す気は無いって事だろう。どうするブライト?」
「こちらが持ってこれた艦は7隻、我々だけでは戦力が不足しすぎるな」

 アムロに促されたブライトは冷静に戦力を分析し、自分たちだけで突っ込んでもネオジオンの跳ね返されるだろうと予測した。それは正しい判断であったが、そうなると答えは1つしかなく、その答えを選ぶ事はエゥーゴの倫理に抵触する事であったりする。かつてブライトたちはそれをやったアナハイム上層部を恥知らずと罵ったのだから。

「ティターンズと共同でコロニーの核パルス推進器を破壊する、しかないんだが……」
「そうだな、ティターンズと組むというのはな」

 ティターンズは自分たちの不倶戴天の敵であり、決して相容れない存在だ。彼らと手を組むくらいなら不利を承知でこのまま仕掛けようと主張する者も少なくは無い。ロンド・ベルにも反ティターンズ感情は強く、命令を受けてもどれだけの連中がちゃんと動くか分からない。下手をすればティターンズに手を出してコロニー落とし阻止どころか潰し合いになりかねない。
 加えて戦力の不足がある。ロンド・ベルは元々ネロやZU、ZZ系といった新世代のMSで編成されていた筈なのに、中々補充が来ないので旧来のネモやリックディアスが穴埋めに配備されているのである。これは生産を担当しているアナハイムが新鋭機を自分たちに従うエゥーゴ部隊に優先配備している為で、ブレックス派の部隊に良い装備を回してくれるのはグラナダ工場くらいだ。アンマンやエアーズといった離反した都市の工場は駐屯している連邦軍に供給をしている。
 そしてロンド・ベルにはアムロに送られる筈だったZZの後継機、現行のMSでは間違いなく最強と呼べる性能を持つ超高級機、Sガンダムが未だに到着していない。ブレックスは何とか送ると約束してくれたのだが、遂に間に合わなかったのだ。おかげでアムロはZZでここに来ている。もっとも、アムロ本人はRX−78のようなバランスの良い汎用機を好むのでZZやSのような火力とパワー偏重の一点特化型MSは向いていないのだが。
 彼はZZ系の汎用性の無さと整備性の最悪さを問題視しており、Zガンダムの廉価版の開発と同時にアナハイム系ガンダムの設計を統合してRX−78のようなバランスの良いMSの開発も進めている。技術者としての側面を持つアムロはMSの開発や改修に力を発揮する特殊技能を有するパイロットエンジニアとしても活躍しているのだ。


 しかし、ロンド・ベルの思惑に関わり無くネオジオンは彼らを敵と看做した。距離をとって様子を見ているロンド・ベルを狙って砲撃を加えてきたのだ。これでロンド・ベル隊の存在が連邦やティターンズにも知られる事になり、オスマイヤーがブライトに敵か味方かを聞いてくるという事態にまで発展してしまっている。
 オスマイヤーの通信を受けたブライトは敵では無い旨を伝えたのだが、ティターンズと共同で戦うのはこちらには問題があると返事を返している。連邦軍にはどうでも良いことかもしれないが、こちらにとっては譲れない問題だと。これを聞かされたオスマイヤーは唸り声を漏らして悩んでしまった。エゥーゴとティターンズはとにかく仲が悪いのだが、まさかこんな状況下でそれが出てくるとは。

 そんな時、ロンド・ベル隊を追い越すようにして1機の大型MS輸送機が戦場に突入してきた。それを見たブライトはそれが自分たちの輸送機だと気付いたが、声をかけるより早く輸送機は3機のMSを吐き出し、そのままコロニーめがけて突っ込んでいって撃墜されてしまった。どうやら無人だったようだ。
 そして輸送機から出てきた3機のMSを見たブライトは、余りの事に声を無くしてしまった。そこに居たのはエゥーゴが誇るZシリーズ、Zガンダムが2機と製造されたばかりの最新鋭機、Sガンダムだったのだ。

「Sガンダムが、何で?」
「艦長、Zガンダムから通信、川澄大尉です!」
「舞だと?」

 現れたMSのパイロットの1人は舞だったのだ。どうやらブレックスが約束した増援とはこれの事だったらしい。舞はネェル・アーガマのモニターに出てくるなりいきなりブライトの消極姿勢を非難してきた。

「……大佐、何してるの?」
「見れば分かるだろう、ティターンズがいる」
「コロニー落としは阻止しないといけない。今はアレを止めるのが先」
「だがな舞、こちらにも納得できない者は多いのだ。その辺りを考慮してくれ」
「……ならそこに居れば良い、こっちはこっちで勝手にする」
「あ、おい待て、舞!?」

 舞はブライトの話を聞こうともせず、通信を切って敵中に突っ込んで行ってしまった。それを見たブライトが驚くが、今度は先ほどの回線に同じくZに乗っているトルクが割り込んできた。

「悪い大佐、俺も舞の援護に出るわ。まっ、出来れば援軍を頼むよ」
「おいトルク、お前まで勝手な事を!」
「はははは、舞を止めるのは無理だからな。じゃあ行くぞ、カツ!」
「はい!」

 そう言ってトルクも通信を切り、舞の後を追って突入して行く。それにSガンダムも続いたのだが、ブライトは何だか複雑そうな顔を隣にいるアムロに向けた。

「アムロ、今トルクは何と言った?」
「じゃあ行くぞ、カツ。とか言ったような」
「舞とトルクがZに乗ってるんなら、カツが乗ってるのはまさか……」

 そこまで言って。ブライトとアムロは蒼白になってしまった。まさか、折角の最新MSを使っているのはカツだというのだろうか。カツは新兵にしてはそれなりの腕だが、Z系に乗れるような凄腕ではない筈なのだ。NT能力があるのでNT用MSを回されるというのはありえない訳ではないが、ZZ級であるSガンダムを使いこなせる訳が無い。

「ま、待てカツ、一度ネェル・アーガマに戻ってSガンダムを俺に!」
「アムロ、今すぐ出てカツを連れ戻せ。いきなりSガンダム壊したら洒落にならん!」

 恐らくアレはブレックスが無理を通して回してくれたMSに違いない、そんなものを初陣でスクラップにしたらアナハイムに何言われるかわからないのだ。アムロもすぐに頷いてMSデッキに向かい、ロンド・ベル隊もようやく戦闘に参加する事になった。結局は舞たちに引き摺られる形となり、椅子に腰を降ろしたブライトは困った顔で正面のコロニーを見据える。

「まあやらなくちゃいけなかったんだから良いんだろうが、これは舞の計算づくの行動なのか、それとも偶然か?」

 舞にのせられた事は別に悔しくは無いのだが、もし狙って動いたのなら舞は思っていたよりずっと機転が利くことになる。意外と舞には参謀の資質が備わっているのかもしれない。まあ偶然の可能性のほうが高いのだが。
 そんなことを考えていると、コロニーの後方で新たな戦闘の光が生まれだした。舞たちがネオジオンの防衛線に接触したらしい。

「川澄大尉とアルハンブル大尉のZが敵と接触、交戦に入りました!」
「見捨てる訳にはいかん、主砲発射用意、目標はネオジオン艦隊だ!」

 こうなった以上は迷っていても仕方が無い。最悪の事態にならぬように祈りながら、今はこのまま戦うしかなかった。ネェル・アーガマの砲がコロニーに向けてビームを叩きだし、それに続いて僚艦も砲撃を開始する。そしてブライトは指揮下の艦隊に凶悪な命令を出した。

「全艦ハイパーメガ粒子砲用意、横一文字隊形で正面をなぎ払う!」

 ネェル・アーガマとグラース級巡洋艦にはハイパーメガ粒子砲が搭載されている。これは一撃で戦艦さえ撃沈可能な大型砲で、切り札的な武器となっている。それをブライトは一斉発射しようとしたのだ。




 艦隊の援護を受けながらロンド・ベルのMS隊がコロニーに向かっていく。ZZを先頭にネモやネロ、リックディアスが突入して行き、FAZZがハイパーメガカノンで援護する。それはセオリー通りの突撃でFAZZの砲撃がネオジオンのMS隊の陣形を切り崩し、そこにMS隊が突撃をかけるのだ。
 だが、アムロのZZはともかく他のMSはこれでも苦戦を強いられてしまった。ネロは高性能だったがネモやリックディアスではザクVやドライセンには苦戦を強いられ、消耗戦に入ってしまっている。
 向かってきたドライセンをハイパービームサーベルでビームトマホークを弾き、開いた胴を横薙ぎに切り裂いて撃破したアムロは、この乱戦の中で舞たちを探していた。幸いにして舞たちはすぐに見つかったのだが、既にこのとき、Sガンダムは壊れていたりするのだった。



 ネオジオン軍のMS隊の群れに突入した舞のZガンダムはZガンダムらしくない格闘戦をザクVに挑み、ロングビームサーベルでこれを撃破したのを皮切りに防御ラインを崩しに掛かった。
 格闘距離に入ると舞は桁違いに強くなる。反応速度の高さに定評がある舞は相手の懐に入り、相手より速くビームサーベルを振るう事で相手を倒してしまうのだ。幾らザクVやドライセンが優れた格闘能力を有していようと、パイロットが反応できなければ宝の持ち腐れでしかない。
 そしてトルクのZとカツのSもやってきたのだが、舞の暴れっぷりを見て面食らってしまっていた。舞は腕の良いパイロットだが、あれは異常だ。

「す、凄いですね、川澄大尉は」
「舞はジオンが大嫌いだからな、相手がネオジオンなら遠慮は無いんだろうが」

 連邦相手の戦いでは遠慮を見せて今1つ本気になれない舞であるが、相手がネオジオンやティターンズなら容赦というものが無い。特にネオジオンには憎悪を抱いてさえいるようなのだ。まあ彼女が幼少の時に誘拐されてシェイドに改造されたという過去を考えれば当然の事なのだろうが。
 だが何時までも暴れられる訳ではない。トルクは舞を孤立させるなと言ってハイパーメガランチャーを構え、舞を包囲しようとしているMS隊を2度砲撃した。メガバズーカランチャーに匹敵する破壊力を有するこの巨砲に砲撃されたネオジオンのMS隊は撃墜機こそ出さなかったものの、その砲撃に驚いたのか慌てて散開してしまう。密集したところに撃ち込まれたらまとめて吹き飛ばされてしまうからだ。
 このトルクの砲撃に続いてカツのSガンダムが突入して行き、ビームスマートガンとインコム、ビームキャノンという多数の武器を用いた大火力で敵機を攻撃しだした。特にインコムの操作はレッテンディアスの経験があるだけに大した物で、1機のガ・ゾウムが背後からのビームを受けて撃破されている。
 だが、何機かの敵機に直撃を出して撃破したカツは調子に乗ってしまい、無理な突撃を仕掛けてしまった。それを見たトルクが静止をかけたのだが、カツは目の前に出てきたドライセンをスマートガンで撃破して心配は無用だと言い放ってしまっている。その動きはトルクから見て周囲を見ていない危険なものであり、仕方なくトルクは舞に連絡を入れてSガンダムのサポートをするように頼もうとしたのだが、それは間に合わなかった。周囲の動きの把握もトルクとの連携も出来ていなかったカツは気づいた時には周囲を包囲されてしまっており、ナックルバスターやビームキャノンを次々に撃ち込まれてしまった。そのうちの何発かがSガンダムを直撃し、破片を撒き散らしてSガンダムが虚空を舞っている。
 カツの悲鳴が通信波に乗って響き渡り、トルクが残ったエネルギーを使ってハイパーメガランチャーを発射して敵を蹴散らしに掛かる。その砲撃を受けてSガンダムの包囲は崩れたのだが、その頃にはSガンダムは判定大破という状態になっていた。加えて逃げなかったドライセンが止めを刺そうとビームトマホークを構えてSガンダムに迫っている。
 トルクは慌ててランチャーを捨ててライフルに持ち替えようとしたが、それが間に合わない事を悟ってカツに避けろと警告を出した。

「カツ、今すぐ動け、ドライセンが来てる!」
「だ、駄目です、操縦系に傷害が!」
「っの馬鹿!」

 新兵のような動きをして撃墜されるなど、最悪の死に方だ。だがもう間に合わないと確信してしまったトルクはドライセンのビームトマホークがSガンダムを両断する姿を想像してしまったが、Sガンダムが両断されるより先にドライセンが両断されてしまっていた。カツの窮地に気付いた舞が戻ってきていたのだ。
 ロングビームサーベルでドライセンを仕留めた舞はそのままライフルで周囲の敵を追い払うように速射し、体勢を立て直そうとしていたMS隊を再び散らしてしまう。そして舞はトルクにカツを連れて下がるように言った。

「トルク、カツのSガンダムを掴んでネェル・アーガマへ」
「1機でこの数を相手にする気か、舞!?」
「……大丈夫、アムロたちも来た」

 舞の言う通り、アムロのZZを中心とするMS隊が自分たちを負う様にして前進してきている。どうやら自分たちを援護しに来てくれた様だ。それを見たトルクはなるほどと頷いてSガンダムを掴んで後退し始めた。

「カツ、この戦いが終わったら再訓練だぞ。全くあの動きは何だ!?」
「す、すいませ〜ん」
「……口で謝っても何の意味も無い、カツには特訓と反省が必要」

 幾らSガンダムを動かせる技量があろうが、インコムが使える才能があろうが周囲の状況が見えなくなるようでは何の意味も無い。技量云々以前の問題としてカツには状況判断能力が足りないのだ。まあ促成訓練の弊害と言ってしまえばそれまでだが、この手のMS操縦などの分野以外の能力が新兵には足りないのだ。だからZ系を与えてもナビゲーション能力の不足で長距離運用が出来なかったりする。
 舞とトルクに窘められたカツがトルクに引っ張られてスゴスゴと戦場を離脱していくのを見た舞は気持ちを切り替えて敵に向かおうとしたが、隣にZZが来たのを見て其方に目をやった。

「……アムロ?」
「舞、何でSガンダムを持ってきたんだ。いやそれは良いとしても、何でカツを乗せた?」
「インコムにはカツが一番慣れてるから」
「だが、カツの腕じゃSガンダムは使いこなせない。同じNTならトルクが乗れば良いだろ?」
「……でも、Sガンダムだからカツは生きてた。Zだったらさっきの攻撃で落とされてる」

 舞はカツが死なないよう気を使っていたらしい。最新鋭機を与えたのも防御力が優れているからという理由が大きかったのだ。だが、その結果Sガンダムは大破したわけであり、アムロはまだ当分はZZで戦わなければいけないらしかった。

「はあ、フルアーマーオプションは何時来るんだか」
「……変形しないZZは、脆いだけ」
「言わないでくれ舞、頭が痛くなってくる」

 ZZの可変機構は整備兵から怨嗟の声が上がるほど複雑で脆弱なものだ。しかもアムロは何時もMS形態でしか運用しないので可変機構の存在意義そのものが無い。ネェル・アーガマと一緒に行動しているのでGフォートレスを使う必要が無いのだ。そんな長距離攻撃をしたらネロやネモといったMSが付いて来れなくなる。
 幾らアムロとZZでも多数の敵を同時に相手取るのは中々に大変なのだ。だからアムロもなるべく仲間と一緒に行動するようにしているのだが、アムロが強すぎて前に出すぎてしまうという問題もおきている。アムロの突破力に付いていけるパイロットはエゥーゴにも中々いない。





 混戦の中でコロニーは確実に地球に近づいていた。連邦もティターンズもエゥーゴも懸命にコロニーに攻撃を仕掛け、核パルスエンジンを破壊しようとするのだがネオジオンの守りも厚く、中々ここを突破出来ないでいる。特にゲーマルク隊の力は大きく、マザーファンネルシステムを用いたファンネルの攻撃範囲の拡大、そして自身の持つ強大な火力によって戦場の一角を1機で支配してしまっている。これを突破しようとジムVやマラサイ、バーザム、スティンガー、ゼク・アインといった連邦とティターンズのMS隊が幾度も突撃をかけているのだが、悉くが返り討ちに合っている有様だ。ネオジオンはレーザー兵器であるファンネルの威力を生かす為にビーム霍乱幕の散布を繰り返していて、メガ粒子砲を武装したMSにはコロニー周辺は戦いづらい環境となっているのも響いていた。
 コロニー正面で連邦第6艦隊と戦っていたアヤウラなどは、第6艦隊の一部にMS隊が取り付いて艦を沈めているのを見て、どうやら突破できそうだと安堵していた。

「デラーズ総長の思惑、どうやら上手く行きそうだな。後少しで阻止限界点を越える、そうなればコロニーはもう止められん」
「ですが、少々抵抗が少なすぎませんか。幾らティターンズとの戦いで消耗しているといっても、もう少し反撃が苛烈でも良いと思うのですが?」
「抵抗が少ないにこした事は無い、連邦の戦力も無限ではないのだろう」

 実のところアヤウラも参謀の言うように抵抗が少ないとは思っていたのだが、阻止限界点に近づいてもまだ出て来ないという事は本当に敵は消耗し切っているのかもしれないと考えを改めている。
 異常に強力なゼク・ツヴァイが出て来てこちらのキュベレイやヴァルキューレを蹴散らした時は流石に焦った。あの時はこちらのMS隊が崩され、そのまま崩壊しかねない状態だったのだから。だがそれも戦闘力の限界が来たようであり、敵艦隊に戻っていってしまった。アヤウラはあの出鱈目な戦闘能力からあれはみさきが乗っていたのではないかと推測していたが、幾らみさきでもMSの限界はどうしようもなかったようだ。だがこちらが受けた損害も凄まじく、ヴァルキューレ5機、キュベレイ3機を含む多くのMSを落とされてしまっている。
 だがその窮地も乗り越え、正面の連邦艦隊は崩れようとしている。これなら勝てるとアヤウラは思っていたのだが、それはまだ甘い判断だった。彼が最初に考えていた通り、連邦軍はまだ余力を持っていたのだから。


 その異変に最初に気付いたのは観測班であった。観測班からの報告で正面に光の十字架が見えると聞かされたアヤウラは言われた方向を確かめ、そこに何があるのかを知って凍り付いてしまった。それが何であるか、知らない人間は軍にはいないだろう。あれこそかつてソロモンを焼き、駐留艦隊を焼き払った連邦軍の超兵器だ。

「ソーラーシステム、だと?」



 そう、それはソーラーシステムU、秋子がフォスターUに保管していた連邦軍の切り札だった。支援艦隊を動員してこれをコロニー進行方向に展開した秋子は、カノンの持つ膨大な情報処理能力を生かしてソーラーシステムUの管制を行っていたのだ。

「ソーラーシステムU、完全に展開を完了!」
「設営部隊はシステム後方に退避、照射準備に入る!」
「迎撃艦隊に退避を通達、巻き込まれたら終わりだぞ!」

 カノンの艦橋で秋子はオペレーターたちの指示を聞きながら、視線を肉眼で確認出来るまでに接近してきたコロニーを見据えている。その彼女には目の前のコロニーと、かつて自分が阻止しようとしたアイランド・イフィッシュがダブって見えているのだ。あの時、レビルとティアンムの指揮の元、幾度となく攻撃を加えたあのコロニーに。

「今度は落とさせません、必ずここで阻止します。これはその為に作られたのですから」

 対要塞攻撃兵器ではあるが、これには宇宙からの質量弾攻撃を恐れた連邦政府が作り上げた切り札なのだ。これならばコロニー落しや隕石落しであってもそれを完全に消滅させてしまう事が出来る。たとえ運用に問題があるとはいえ、これは質量弾を阻止できる可能性を持っているのだ。阻止出来ると出来ないの間には天の地の開きがある。
 かつて核兵器の無差別使用という手を使っても阻止できなかった攻撃を、秋子は阻止できる手段を手にしたのだ。これは彼女にとって、あのコロニーを防げなかったという罪に対する贖罪でもあったのだ。




 その変化はオスマイヤーの元にももたらされた。監視所に詰めている観測班から後方に光が見えると報せを受けたのだ。その意味が最初は分からなかったオスマイヤーだったが、秋子からの報せでそれが何なのかが判明した。

「提督、水瀬提督より緊急通信です。これよりソーラーシステムを使用する、迎撃部隊はコロニー周辺より急ぎ退避せよ!」
「ソーラーシステム? まさかフォスターUにしまってたあれか!?」

 ソーラーシステム、アルキメデス・ミラーとも呼ばれる連邦軍の生み出した戦略兵器である。単に太陽光を一点に集約する陽光炉のようなものであるが、規模が巨大すぎて比較にならない。今使っているのは1年戦争の改良型で、ソーラーシステムUと呼ばれている。1年戦争の際には数百万枚のミラーが使われていたが、今回のは効率が改善され、数十万枚で済むようになったソーラーシステムUだ。おかげでソーラーシステムの弱点であった展開に時間がかかるという欠点が大幅に改善され、迅速な展開と照射が可能となっている。
 秋子が用意していた第2線とはこれのことだったのだ。オスマイヤーたちに時間を稼がせつつ、自らは後方でソーラーシステムを展開してコロニーを待ち構え、確実に葬り去るつもりだったのだ。確かにこれならばコロニーが阻止限界点を超えても破壊する事が出来る。1分も照射してやれば何も残らず気化してしまうだろう。かつてデラーズ紛争の時にこれがあればコロニーを阻止できた、とまで言われている兵器である。
 ソーラーシステムが狙っていると知ったオスマイヤーは急いで全軍に撤退の信号を送った。ティターンズとエゥーゴの部隊にも伝達され、各勢力の部隊は慌てふためいて撤退を開始する。もし巻き込まれたら戦艦など一瞬で消滅させられてしまうからだ。
 この報せを受けたシロッコもまた驚き、地球方向にカメラを向けて映像を拡大する。そこには確かに虚空に輝く巨大な十字架の姿があり、シロッコはその美しさに一瞬息を呑んでしまった。後ろにつけているサラも流石にこれには驚いたようだ。

「あれがソーラーシステムか、聞いた事はあったが、実際に見ると巨大な物だな」
「連邦は、あんな物も持っていたのですね」
「なるほどな、だから迎撃に回した戦力が中途半端だったのか。切り札はこちらが握っていた訳だ」

 第6艦隊にネオジオン艦隊を押さえ込ませて、その隙にソーラーシステムを展開する。第6艦隊がいなければもっと早くに発見され、ネオジオンは艦隊を差し向けてこれを破壊しただろうから、秋子の戦略は正しかったといえる。だが負担を強いられた第6艦隊の犠牲は決して少ないものではなく、オスマイヤーは全軍の1割以上の損害を出していた。
 だが、もはや勝負は決した。ソーラーシステムは展開を完了してこのコロニーに照準を合わせているのだ。もうネオジオン艦隊に出来る事は逃げることしか無いだろう。すでにネオジオンもソーラーシステムに気付いたようで、艦隊の一部が避退を始めている。正面に居るアヤウラの艦隊は真っ先に逃げ出そうとしていた。
 そしてシロッコはまだ自分の前に居て動こうとしないハマーンに、勝者の余裕を持って通信回線を開いて話しかけるのだった。

「どうするね、まだ戦いを続けるのかな?」
「…………」
「もう勝敗は付いたようだ、ここが潮時だと思うがな。私としても、ここで倒れるのは本位ではない」
「その余裕、後で後悔する事の無いようにな」
「ふむ、それはそれで面白いだろうな」
「くっ……」

 完全に勝者を気取るシロッコにハマーンは怒りに身体を振るわせていたが、グワンザンのハスラーが撤退を進言してきたのを受けて仕方なく後退していった。それを受けてネオジオン艦隊もコロニー周辺から離脱していき、コロニー周辺は完全に無人となってしまった。そして連邦とティターンズ、エゥーゴの艦隊が見守る中で、コロニーが急激に白熱し、ガスに包まれ始めた。ソーラーシステムの照射が始まったのだ。コロニーが気化していく様は幻想的とさえ表現しうるほどに見る者を惹き付け、言葉をなくさせてしまうほどの圧倒感があった。
 そしてそれは1分もせずに終了し、巨大なコロニーは完全に消滅してしまったのである。それは世界最大規模の焼却処理であった。核兵器など問題とはしないソーラーシステムの圧倒的な威力が久しぶりに再現された事に1年戦争を経験している将兵はソロモンを思い出し、懐かしさを感じる者もいる。


 コロニーの処理が終わった事で、ティターンズとエゥーゴの艦隊は戦場からの離脱を開始しだした。元々彼らは敵同士であり、コロニー落しという地球の脅威が無くなった今同じ場所にいることは不自然となる。
 ブライトとガディ、そしてシロッコはオスマイヤーに通信を繋いできて分かれの言葉を残して立ち去ろうとしたのだが、彼らを別の声が呼び止めた。秋子が礼をしたいと申し出てきたのだ。

「損傷艦の応急修理と負傷者の手当てを此方の工作艦と病院船で行いましょう。其方には工作艦も病院船も無いのでしょう?」
「いや、敵である我々がそこまで好意に甘える訳には」

 この申し出にガディが困惑した顔で固辞しようとしたのだが、秋子は気にしないでくださいと笑顔で相手を押し切り、彼らに暫しの滞在をさせたのだった。秋子の笑顔には不思議な力があるようで、どうにも断りにくくさせられてしまうのだ。あのシロッコですら気まずそうな顔で渋々受け入れたほどである。
 こうして連邦艦隊の支援艦隊にその身を預けたティターンズとエゥーゴは暫しの間敵意に満ちた視線をお互いの艦に叩きつける事になる。だが武器を取っての激突は連邦の目があるところでは出来る筈もなく、彼らは仕方なく黙っている事になる。
 そして秋子は両軍の主だった士官たちをカノンに招き、彼らに改めて謝辞を伝えようと言い出したのである。何処までも予想外のことをしてくれる秋子にブライトやガディは困惑を隠しきれず、アムロは秋子さんらしいと苦笑し、シロッコは水瀬秋子という人物の穂床を考え直す必要に迫られた。
 そしてこの会見は、これからの歴史に僅かな影響を及ぼす会見となる。それは多くのNTやそれに類する人々が、が初めて顔を合わせる会見であった。




後書き

ジム改 ソーラーシステムを使ってしまた。
栞   鬼のような威力です、ハイパーメガ粒子砲なんて玩具です。
ジム改 そりゃまあ、元々要塞攻撃用兵器だし。
栞   これを使えばア・バオア・クーだろうとアクシズだろうと落とせるのでは?
ジム改 展開させるのにそれなりの時間がかかる、射程内で展開させるのは大変だ。
栞   そこを改善できれば最悪の兵器になりますね。
ジム改 流石にそれは難しいけどな。カノンのシステムでも数が多すぎるし。
栞   ところで、宇宙軍の新型主力機は出ないんですか?
ジム改 ゼク・アインじゃ不満か?
栞   ジェガンとかギラ・ドーガもでてきそうなんですから、うちにも新型を。
ジム改 新型……ジードとか?
栞   あんなかっこ悪いのは嫌です、グスタフ・カールが良いです。
ジム改 あれはジェガンの再設計機だからエゥーゴ用だ!
栞   それじゃ祐一さんのガンダムを量産して。
ジム改 幾ら連邦でも破産するわ。それでは次回、秋子とシロッコ、そしてアムロが始めて顔を合わせる。そして地球では西欧から東欧、そしてバルカン半島に体勢を立て直した連邦地上軍が突入していく。そして祐一たちは北アフリカに攻撃をかけることに。次回「砂漠に降る雪」でお会いしましょう。