第85章  祐一の苦悩


 
「そういう訳で、状況が変わるまで収監です」
「……色々すっ飛ばしてない?」

 舞が説明に来たらしい久瀬にジト目で突っ込みを入れたが、久瀬は細かいことを説明する気はあんまり無さそうであった。というか酷く疲れた顔をしている。一体ここに来るまでに何があったのだろうか。というかなんでこいつが来る。
 そして久瀬はエゥーゴの兵士たちに簡単に彼らの立場を説明した。

「ええと、君らの立場は捕虜ではなく単なる犯罪者、という事になる。よって捕虜としての権利は保障されません」
「ちょっと待ってくれ、どういう事だ久瀬大尉?」
「ブライト元大佐ですね。簡単に申し上げますと、エゥーゴは連邦政府としては敵対する軍隊としては認めておらず、あくまでも武装した犯罪集団であると定義しているからです。ですから軍としてはあなた方を戦時捕虜と扱う訳にはいかないのですよ」
「だ、だが、ファマスの将兵は捕虜として扱われたではないか!?」
「あれは連邦政府がファマスを正式に独立運動を起こした反乱軍と認定したからです。ですが、エゥーゴは単なる武装組織扱いですから、定義としてはゲリラと同等になります」
「つまり、南極条約の保護は受けられないと?」
「そういう事になります。まあ水瀬提督としては問答無用で処刑、という事をする気は無いようですが、その関係で1つ問題が起きているんですよ」

 久瀬は眼鏡の位置を直すと、神妙な趣で話を聞いているエゥーゴの幹部たちを前にとんでもない事を告げた。

「まあ簡単に言いますと、あなた方を食べさせるお金も物資もありません」
「……はぁ?」
「ただでさえジオン共和国軍が来たり、各地から難民が来たりと大変なんですよ。今でもサイド2から避難民が続々とこちらに来ていますしね。そこに更にエゥーゴが来せいで手が回らなくなってしまいまして」
「ちょっと待て、連邦は余裕があると思っていたんだが、違うのか!?」

 ヘンケンが驚いたように声を上げ、背後に沢山居る部下たちがざわめいている。彼らの頭の中では連邦は大量の物資を持っていて湯水のように使いまくれるとか、そんなイメージだったのだろう。だが実際にはサイド5を中心とする生産施設とジャブローから輸送が全てなので、彼らが夢想していたほどの余裕は連邦にも無かった。
 特に大問題となったのは食料の確保であった。デラーズのコロニー落としで北米の穀倉地帯が壊滅した影響は未だに残っていて、世界全体の食糧生産量が落ち込んでいたのだ。コロニーの一部を居住用から農業用に転換するという計画も持ち上がって実行に移されていたのだが、それが軌道に乗る前にこの戦争が起きてしまったのだ。急に必要になったからといって食料生産量は急には増やせない物なのだ。

「まあそんな訳ですので、エゥーゴにも働いて食い扶持を稼いで貰いたいと、つまりそういうわけでして」
「それなら我々を前線に出してくれ、幾らでも働いてやる!」
「ヘンケン元中佐、昨日まで戦争をしていた相手を簡単に信じられると思いますか。私もファマスの将兵として戦いましたが、敗戦後は信用して貰えるようになるまでに何年もかかりました。まあ海鳴基地勤務の頃は司令官に恵まれて重用して頂いていましたが」
「海鳴基地と言うと、シアン・ビューフォート中佐か」
「ええ、おかげで随分と苦労させられましたよ。何しろ仕事をしない人で、すぐ職場を抜け出すし、書類ちゃんと読まないし、必ず定時で帰るし、面倒ごとは全部僕に押し付けてくるし、平気で公私混同するし……」
「ああ、そろそろ戻ってきたまえ大尉、君の苦労は良く分かったから」

 何やらどんどん暗い物を背負って一人で底なし沼に落ちていこうとしている久瀬をヘンケンが呆れながら引き上げようとしている。だがアムロや舞などの元シアンの部下たちは久瀬の苦境に感じ入るものがあったのか、彼に同情の眼差しを向けていた。

 だが、これでエゥーゴ将兵は選択を迫られた。生きる為に働くか、黙って飢えるかである。秋子はエゥーゴの特にパイロット経験者にサイド5のコロニー再建計画を手伝うように求め、船外作業用のプチモビやボールを与えてきた。
 これに対して選択の余地など無いにも等しいエゥーゴの将兵は自らの持つ技能を生かして船外作業に従事したり、機材の取り扱いなどに従事するようになる。だが連邦側も脱走されることは警戒していたようで、彼らは複数に分けられて幾つかのコロニーの作業を担当させられ、更に彼らに与えられた酸素は常に数時間分程度に抑えられていた。つまり点呼の際に一緒に酸素の補充も受けるという仕組みで、これを怠ると酸欠で死亡する事になる。かなり命がけの強制労働であった。おまけに脱走を試みても周囲は宇宙、逃げ場所も無かった。



 投降してきたエゥーゴの残党は全ての装備を没収され、一時的にサイド5の軍事施設に複数に分けられた上で監禁される事になった。本当ならフォスターUに収監したかったのだが、此方には空き部屋がまるで無かったのだ。
エゥーゴの将兵を収監した連邦軍は接収した装備を早速技術部に回して研究を開始している。特にこれまで鹵獲機が存在しなかったZZ系列機は色々と研究の対象に成っている。
 エゥーゴから接収した物の中でも特に技術者たちの興味を引いたのはサイコフレームの試作品とデータであった。未だに完成したとはいえない代物ではあるが、これの存在とコンセプトは連邦にも知られており、似たような研究が開始されていた。だが未だに成果は上がっておらず、これが手に入った事は大きな意味があった。特にこれに興味を示していたのが戦略戦術研究所と呼ばれる企業である。
 戦略戦術研究所、連邦政府に助言を行う軍事コンサルタントであり、半公営の連邦の子飼い企業だ。だがコロニー公社などとも繋がりが深く、中立性を維持する為に基本的に戦術面への関与は避けている。
 この戦略戦術研究所は連邦にMSの小型化、というコンセプトを提案をしていた。これはコストの高騰化が進むMSに苦労している連邦政府に対して行われたコスト削減案の1つであった。もっとも提案された頃ではそこまで危機感が持たれる様な時代でもなく、安価に大量のジムUやハイザックを揃えることが出来たので研究所の提言は採用されなかった。
 この提案が現実味を帯びてきたのはグリプス戦争の開始後である。各勢力は精力的にそれまで開発していた新型MSを戦場に投入し、強力な新兵器を続々と戦場に送り込んでいたのだが、その兵器のコスト高騰はまさに研究所の提言を裏付ける物であった。その天井知らずのコスト上昇はとうとうZZガンダムという怪物まで誕生させてしまった。これはMS単体としてのコストも出鱈目であるが、運用するのにネェル・アーガマ級戦艦が必要という出鱈目振りである。


 だが将来を見越した小型で低価格のMSの開発計画その物は連邦にも存在した。ゼク・アインを開発したペズン工廠では大型化したゼク・ツヴァイに続いてゼク・ドライの開発に着手したのだが、それは16m級の小型MSであった。ペズン工廠は連邦の次期主力MSの座を狙ってコストパフォーマンスを徹底的に追及した安価で高性能なMSの開発をしていたわけだ。
 だがゼク・ドライの開発が本格化する前にこの戦いが始まってしまい、ドライの開発は減速を余儀なくされた。既存のMSの生産と改修が優先され、新型機に割く余力が少なくなってしまった為だが、その結果ドライは次期RGMナンバー機の争いから脱落しかける事となる。
 それが注目を集める事となったのはネオジオンがゼク・ドライと同様のコンセプトを持つMS、ゴブリンを投入してきた事による。小型ながらも安価で現行主力機に引けをとらない高性能を持ったゴブリンに衝撃を受けた連邦は鹵獲した機体を研究したのだが、それで判明したことは機体そのものにはこれといって最新の技術は用いられておらず、普通の第2世代MSでしか無いという答えであった。小型のジェネレーターも低出力の物であり、ハイザックほど致命的ではないが強力な武器のドライブが出来ない。
 ゴブリンの性能の良さは単純に小型で軽量な機体にネモやマラサイ級の推力を与えられた事による余剰推力の恩恵であった。軽い機体に既存機並のパワーを与えれば出力重量比が跳ね上がるのは当然の事であったが、これまでそういう機体を真面目に作ろうとした勢力は連邦には無かった。ネオジオンにしても少ない資源で作れる安価なMSを開発して数を揃えたい、という理由で開発したのだが、低性能を覚悟していたのに完成してみたら予想外の高性能機に仕上がって大喜びしたそうな。

 これを見て連邦でもゼク・ドライに期待が集まった。今は戦時下であり、低コスト、低資源で生産できる高性能機が完成すればそれは大きな力となる。すでにゼク・アインでその汎用性は証明されているので、その後継機たるドライにも期待が賭けられたのだ。
 おかげでドライ開発の重要度は上がり、予算と人員が割かれる事になる。これによって息を吹き返したドライ開発は一気に進み、今では試作1号機がテストを繰り返すまでになっている。この試作1号機でも既にゼク・アイン級の性能を達成しているのだが、しかしこの段階でドライ開発スタッフは行き詰っていた。小型化した事による機体の剛性の低下などの問題がどうしても解決できなかったのだ。また小型高出力ジェネレーターの開発も難航している。
 これらの問題の幾つかがエゥーゴのもたらした技術によって解決の目処が立つ事になる。エゥーゴは連邦が持たない小型高出力のジェネレーターやZ系列機で生まれた極めて頑強なムーバブルフレームなどを持っていたのだ。




 技術部からの報告を受け取った秋子は報告書に目を通し終えると、これを持ってきたアーセン博士にいくつかの質問をぶつけた。

「博士、エゥーゴのもたらした技術ですが、我々のものよりも優れていると見ますか?」
「まあ、幾つかの分野ではずっと先を行っておるのは間違いないよ。SガンダムとかいうMSなどは芸術品と言って良いくらいだ。兵器としては正直落第点を付けたくなるがね」
「実験機という事ですか?」
「そうとしか思えんよ。極限まで複雑化した機体に小型で大出力のジェネレーターを4基も搭載し、準サイコミュのインコムまでついている。正直よくMSにここまでの攻撃力を詰め込んだと感心させられるよ。まるで恐竜だ」
「21m級の大型機ですか。うちにもゼク・ツヴァイがありますが、あれよりも凄いMSという訳ですね」

 ようするに単機に限界まで攻撃力を詰め込んだMSだという事だ。当然パイロットを選ぶだろうし、運用に掛かる負担も大きいだろう。だが数の不利を補う為には必要な事だといえる。連邦では考えられないやり方だが、絶対数で劣る以上はこういう選択をするしかなかったのだろう。ネオジオンにも同じ傾向が見られる。
 だが、連邦軍は十分な数を揃える事ができる。貧者の発想から来る少数精鋭のための超高性能機を必要とする事態は多くなかった。勿論ネオジオンが投入してくる化け物じみた性能のMSを相手取るには有効な装備であるが、今の所は数で押しつぶすという戦法で対処できている。
 だから秋子はエゥーゴから得たデータをジャブローに送りはしたものの、機体その物は一部が性能テストに回されただけで全て格納庫に放り込んでしまった。連邦規格に基づいて作られているが連邦製ではないので、どうせ部品を使い果たせば使えなくなってしまう。そんな物を最前線に回す機にはなれなかった。艦艇も同様であるが、此方はMSほどシビアではないので練習艦などとして利用する事にしていた。

「ところで、良いんですかね。エゥーゴの連中の件は?」
「処理は私に一任して貰っています、ジャブローには何も言わせませんよ」
「余り無理を通すと、後が面倒になるんじゃないか。内にも敵が多いのだろう?」
「それを何とかするのが私の仕事ですよ。それに、エゥーゴの身柄を預かったのは私なりに考えがあってのことですから」
「今働かせている事かね?」
「そうですね、人手不足甲斐性に丁度良かったのもありますね」

 さらりと本音を漏らす秋子であった。





 蒼穹の空に幾つもの飛行機雲が弧を描いている。アフリカの空を連邦空軍の戦闘機とティターンズ空軍の戦闘機が戦場としているのだ。色違いのセイバーフィッシュやダガーフィッシュが空を舞い、機銃と短距離ミサイルを用いたドッグファイトが続いている。ミノフスキー粒子が中・長距離誘導弾を事実上無効化してしまった為にこんなパイロットの技量が重視される戦いが生起するようになってしまった。
 短距離ミサイルを叩き込まれたダガーフィッシュが主翼を粉砕されて錐もみ状態になりながら墜落していき、西サハラの草原に叩きつけられて大爆発を起こしている。
 
 この激しい空戦の下では連邦軍の地上部隊が砂塵を巻き上げながら高速で駆け抜けていた。先頭に立つのは61式戦車から主力の座を奪いつつある81式戦車で、150mm砲を敵部隊に向けながら全速で走っている。それに続いているのは歩兵戦闘車と装甲車で、大量の歩兵を戦車に随伴させる為に此方も必至に走っている。
 アフリカのような遠くまで見通せる広大な戦場はMSにはどうしても不利なのだ。背が高いので遠くからでも良く見えるし、精密機械の塊なので砂に弱い。だからMSは砂漠では余り前には出ない。こういう戦場での王者は低姿勢で長距離に正確に砲弾を叩き込める戦車なのだ。61式では主砲の威力不足と射撃管制システムがミノフスキー粒子下では上手く機能しないという問題がでて活躍出来なかったが、ミノフスキー粒子下での戦闘を前提に開発された81式はその威力を存分に発揮していた。

 この戦いを後方から移動指揮車の上から双眼鏡で眺めていた祐一は、戦車でも結構やれるなあと感心していた。

「いやあ、ハイザックやジム改が相手なら81式でも十分だなあ。足場を考えるとMSより役に立つんじゃないかアレ?」
「祐一〜、そんな所に居ると流れ弾に当たっちゃうよお」
「心配すんな名雪、こんな所まで飛んでこないさ」

 名雪が指揮車の中から早く戻ってこいと声をかけたが、祐一は心配しすぎだと笑いながら答えて双眼鏡を空へと向けた。空戦も数の差で連邦が優勢のようだ。幸いにしてギャプランもアッシマーも出て来ていないので戦闘機隊で圧倒できそうだ。

「ギャプランもシュツルムイェーガーとかいうのも出て来ないなあ」
「まだダカールから距離があるからねえ、飛んで来れないんじゃないかなあ」
「足が短いって話だから、そうなのかなあ。まあダカールに行くまでアレが出て来ないっていうなら助かるんだけど」
「それより祐一、北川君と佐祐理さんが出番はまだかって言ってきてるよ。通信に出てよ」
「痺れ切らしたかな」

 仕方なく車内に戻って通信機を取る祐一。すると早速向こうから抗議が飛んできた。

「おい相沢、俺たちは何時まで後ろで待機してりゃいいんだ?」
「こっちは何時でも出れますよ?」
「ああ、もう少し待っててくれ。というか、この様子なら多分MSの出番は無いと思うぞ」
「何だと、じゃあ俺たちは?」
「まあ、もう少し待っててくれ。出番無しならそれに越した事は無いんだし」
「仕方ないですね、佐祐理たちはのんびり待っています」

 残念そうに佐祐理は引き下がり、北川もやれやれと通信を切る。2人との話を終えた祐一は困った顔で名雪を振り返った。

「参ったな、MS隊の方がストレス溜めてるみたいだ」
「ここの所、出番無いからね」
「おかげで整備と補給は助かってるんだけどな。整備隊の連中は仕事が減って喜んでたし、補給隊の方も色々と使わないで済むってな」
「MSは動かすだけでも大変だからしょうがないよ。撤退する時真っ先に捨てられるのもMSだし」
「動かないMSはただのガラクタだからな」

 MSはとにかく金が掛かる。ただ動かすだけでも膨大な部品を消耗し、整備に長い時間を必要とするのだ。まして戦闘などしたらそれだけで大量の武器弾薬、推進剤を消耗する。被弾などしてきた日には修理に大変な苦労を強いられるのだ。
 幸いにして自分たちはMSの整備用の大型陸戦艇を持ってきているのでかなり労力を削減することが出来るが、これで整備ベッドも整備台もクレーンも無い場所であったなら修理など不可能だ。
 
 そんな話を名雪としていたら、指揮車のオペレーターが敵部隊が崩れだした事を伝えてきた。ソナーから得られた情報を映し出した戦術モニター上には味方の戦車隊が敵の防衛線を各所で切り崩し、ティターンズ部隊がバラバラになりながら南へと移動していく様子が映し出されている。得られる情報源がソナーや高空の偵察機からの光学映像なのでリアルタイムとは言い難いが、まあ状況を把握するのには役に立つ。
 どうやら敵はここを守ることを諦めたようだ。勝ったと確信した祐一は戦車隊にこのまま少し先の丘陵まで押し出すように命じ、守りやすい地点を確保させる事にした。

「よし名雪、北川と佐祐理さんを呼んでくれ。この地点を確保するぞ」
「でも祐一、ここだとダガーフィッシュのエアカバーを受けるには遠すぎない。カナリア諸島から結構あるよ?」
「ジェットコアブースターを回して貰うさ。あれなら草原で離着陸できる」
「あれ、何で滑走路でもない所から飛べるんだろうね?」
「最初の要求に平地なら何処でも離着陸できること、何て無茶な物が書いてあったらしいけどな。まあ便利なんだから気にするなって」

 ここに車での祐一たちの快進撃の秘密は圧倒的に優勢な航空戦力によるものだ。MSを用いた戦闘でもかなりの優位を得る事が出来るが、やはり大量の爆弾と対地ミサイルを雨霰と降らせて地上部隊を叩き潰した後に部隊を前進させた方が楽で良い。
 ただし空軍の方からの文句は物凄かった。何しろ自分たちの備蓄弾薬をどんどん消費させられるので、彼らの補給に掛かる負担は凄い物になっているのだから。

「でも祐一、この調子でダカールまで行けたとしても、ダカールはどうやって落とすの。MSや戦車だけじゃあんな大都市制圧できないよ?」
「まあ、それはこれから考えるさ。とりあえずこの辺りの制圧を進めて、夜になったら北川たちとその辺を話し合おう」
「祐一、たまには自分で考えないと頭がますます悪くなっちゃうよ?」
「そんな生意気な事を言うのはこの口か、この口か!?」
「い、いひゃいひょゆふひひ〜〜」

 狭い車内で騒ぎまくっている司令官とその副官に、中で真面目に仕事をしていたソナーマンと運転手がとても迷惑そうな顔で顔を見合わせていた。その目がこう言っている、お前ら、痴話喧嘩するなら他所でやれと。





 宇宙でエゥーゴの処理が行われていた頃、地上ではアフリカを奪還するべく連邦軍の動きが活発化していた。祐一たちがアレクサンドリアを陥落させ、更に別部隊がカサブランカを陥落させた事で北アフリカに軍勢を送り込むことが可能になり、大部隊を揚陸して北アフリカからティターンズをたたき出したのだ。
 これによってアフリカに新たな戦線を開く事になったのだが、問題はこのあとどうするかであった。最終目標はキリマンジャロ基地を陥落してティターンズの2大拠点の片方を潰す事であるが、その前に政府から政治的な意味からも連邦首都、ダカールの奪還が求められていたのだ。
 首都奪還は大きな意味があることなのでコーウェンもアフリカ攻撃軍にダカール奪還を命じたが、これを受けたシナプス准将は毎度の事ながら便利屋のごとく祐一にそれを回してきた。祐一の手元には新たに加わった佐祐理の部隊を加えて7個MS大隊が存在する。これはアフリカ侵攻軍の中では事実上最強の攻撃力を有する部隊だという事を意味しているが、今回の作戦にはこの全ての部隊を参加させることは出来ない。先の欧州を巡るティターンズとの戦いで連邦軍も力を出し尽くしており、更にアフリカ方面攻略の準備に入った為にダカール攻略に余り物資を回せなかったのだ。
 送られた物資や共に来る陸戦部隊の数を考えた祐一は、補充されてきた新米パイロットをカサブランカに残し、訓練をさせる事にして自分と北川、それに佐祐理の3個大隊に地上軍から加えられた連隊を伴ってダカールに向かう事にした。


 しかし、この作戦には最初から多くの問題がある。特にダカールを落とすには歩兵と装甲車の数が致命的に不足しているのが問題だ。いかにMSが主力となったこの時代でもやはり最後に仕事をするのは歩兵であり、車両なのだ。MSでは市街地を制圧する事は出来ない。
 そしてダカールは大都市だ。もしティターンズが市街戦を覚悟して守ってきたら此方も虱潰しの戦いを強いられてしまう。そんなビル一つ一つを奪い合うような戦いになったら、MSの出番はほとんど無いだろう。MSは機体サイズが大きすぎて市街地では上手く動けず、ただの的になってしまう。
 だから祐一は歩兵部隊をせめて4個大隊送ってくれと増勢を求めたのだが、何処からも余裕無しと拒否されている。その為に祐一はどうやってダカールを落としたらいいのかと仲間たちと共に頭を悩ませていた。

「なあ北川、1個連隊で大都市を制圧する妙案は無いのか?」
「あのな相沢、俺は22世紀から来た青狸じゃないんだぞ。不可能を可能に出来るわけ無いだろ」
「そうですよ祐一さん、どう考えても数ブロックの制圧が手一杯ですね。戦車や装甲車がもう少しあれば多少は楽になりますけど、無理は無理ですね」

 祐一の問いかけに佐祐理は困った顔でどうにもならないと答えた。流石にこの戦力で流行れる事には限界がある、それこそ都市を破壊しつくせと言われた方がまだやり易いだろう。しかも上層部の命令を考えれば主要施設は使える状態で確保し、連邦政府を招き入れる必要まである。
 改めて命令書を読み返した佐祐理は、よくもなあここまで無理難題を吹っかけてきたmのだとため息混じりに呟いていた。自分たちは連邦内でも名の知られた戦闘集団であることは認めるが、それはあくまでも対MS戦や対艦戦といったMSで対処できる衣相手に対してのみだ。都市を破壊する事は出来るが占領するのには向かないのだ。先のアレクサンドリア攻略も終盤では祐一たちは都市を包囲して歩兵や装甲車が突入するのを見ているだけであった。
 せめて歩兵師団が後続してくれていればずっとやり易くなるのだが、そう愚痴ってみても師団が沸いてくる訳ではなく、佐祐理はどうやって1個連隊でダカールを制圧した物かと地図を前に頭を抱えてしまっていた。

「はう〜、北川さん、何か思いつきませんかねえ?」
「う〜ん、手があるにはあるんだけど、あんまり嬉しい手じゃないっすよ?」
「ふえ、何かあるんですか?」

 何も思いつかなかった佐祐理は北川には名案があるのかと驚き、期待に眼を輝かせてしまった。だが、それに対する北川の答えは予想外を通り越してとんでもない物であった。

「主要施設を残して都市を廃墟にしちまう。これならMSだけでもケリがつくっすよ」
「そ、そんな事出来るわけ無いじゃないですか!」

 北川の驚くべき提案に佐祐理は椅子を蹴って立ち上がり、気色ばんで北川を睨んでいる。その視線を受けた北川は肩を竦めてあくまでも案ですよと矛先を逸らしにでる。

「1つの案ですよ、これなら味方の犠牲を最小限に抑えられますしね」
「でも、ダカールには大勢の連邦市民がいるんですよ。そんな作戦取れるわけ無いじゃないですか!」
「じゃあ他に手があります、大都市を少数で制圧して、その後の治安維持までやれる名案が。ビルをぶっ壊していくしかないじゃないですか?」
「それは連邦軍が使って良い戦い方ではありません。忘れないで下さい、佐祐理たちは地球全域を守る連邦軍なんですよ。そうですよね祐一さん!?」

 佐祐理は何も言おうとしない祐一の方を見て問い詰めるような口調で確認してくる。佐祐理にしては珍しい態度であったが、それが彼女の苛立ちの大きさを表しているとも言える。そして祐一はと言えば、困った顔で頭を掻きながらチラリと北川の隣に座って口を閉ざしている香里の顔を見たが、そのポーカーフェイスからは何も読み取る事は出来なかった。
 そして祐一は渋々北川に嗜めるように却下を伝えた。

「北川、俺もその作戦は反対だぞ。それを連邦軍がやったらティターンズと変わらなくなっちまうだろ」
「……ま、お前がそう言うなら従うよ。別に俺だってやりたがってる訳じゃないからな」
「ならいいけどな」
「でも、実際何処から歩兵を調達する気だよ。この数じゃどう考えても制圧は不可能なんだぞ?」
「今そいつを考えてるんだ。いっそ秋子さんに口聞いて貰うか。なあ名雪?」
「う〜ん、お母さんからコーウェン将軍に言って貰えばひょっとしたら通るかもしれないけど」

 秋子とコーウェンが公私に渡って友好的な関係にあることを知る名雪は出来ないことは無いと思うと答えたが、それってやっていいのかなあと額に汗を浮かべて首を傾げてしまっていた。

「しょうがないだろ、他に戦力を集める方法が無いんだから」
「でも〜、お母さんも余り無茶言われると困ると思うよ?」
「大丈夫だ、後で北川があのジャムを腹一杯食べてくれる」
「ちょっと待て、何で俺がそんな事しなくちゃいかん!?」

 謎ジャムを食えと言われた北川が焦って声を上げて抗議したが、祐一はあえてそれを無視した。この名を出したら下手をすると本当に何処からともなくあれが沸いてくるような気がしたのだ。

「ああ、まあその話は置いておいてだ、とりあえず手持ち戦力で可能な作戦を立てるって事でどうだ。最低でも議会と通信施設、発電所を押さえられればシナプス准将も後続を出してくれるだろうし」
「おい相沢、話を逸らすな!」
「すまんな北川、俺には過去の囚われている余裕は無いんだ。今は前しか見れない」
「はあ、何訳の分からない事言って誤魔化してやがる。お前が食えよなお前が!」
「はっはっは、俺は前に食ったからもう良いんだよ」
「何でそこで偉そうなんだよ?」

 北川が疲れたようにジト目になって祐一を見たが、祐一は露骨に目を逸らせてそれを回避した。そして北川はやれやれと再び地図に視線を戻したが、その時いきなり香里が口を開いた。

「相沢君、この辺りには確かOASが居たはずよね?」
「OASって、なんだっけ名雪?」
「アフリカに沢山居る反政府組織の1つだよ、渡された資料くらいちゃんと読もうよ祐一」
「何を言う、一度はさらっと目を通したぞ」
「さらっとじゃなくてちゃんと読まないと駄目だよ」

 名雪が恋人の不真面目っぷりに呆れながらも説明してくれた。ようするにOASはこの近辺で昔からテロなどを繰り返してきた武装勢力の1つであり、現在は連邦からの独立を掲げてかなり前から武力闘争を続けている。
 だが、アフリカに乱立する武装勢力の中には連邦政府からの支援を受けて他の勢力を積極的に潰そうとしている、武装勢力の姿をした連邦の犬も居た。知る者はほとんど居ないがOASもそんな組織の1つであり、特に過激な活動で知られるアフリカ民族解放戦線と激しい抗争を繰り広げてきた。
 彼らの協力を取り付ければ都市攻略の為の歩兵や車両を調達できるのではないか。香里の提案を受けた祐一はそんな事が出来るのかと疑いの目を向けてきたが、香里は情報部に協力させれば可能だろうと答えた。戦前に彼女が活動していたアジア地域でもそういう組織はあり、情報収集や案内などに活躍して貰っていた実績がある。同じ事をここでもやろうというのだ。

 本当にそんな事が可能なのかと祐一は懐疑的であったが、北川と名雪が同意したのを見てとりあえずやるだけやってみる事にした。その程度の事ならばコーウェンも拒否はすまい。
 ただ佐祐理はゲリラなどを信用できるのかと1人この提案に否定的であった。信用したところで背中から撃たれたりしたら大変な事態を招いてしまうと。これに対しては北川が佐祐理さんは地上戦の現場を知らないんだなと余計なことを言い、佐祐理にジロリと睨まれていたりする。

 祐一から近隣の連邦の影響下にあるゲリラを作戦の為に集められないかと問われたコーウェンは情報部に指示を出して可能かどうかを検討させ、可能であるとの回答を得たことでこの提案を実行に移させた。勿論成功の暁には何らかの取り分を彼らに与えなくてはならないだろうが、先の欧州戦の痛手から回復していない現状を考えれば安い取引だと言えるだろう。
 そしてジャブローから要請を受諾したとの回答を受けた祐一はその支援があると期待してダカール攻略の為の作戦立案に入ると共に、北部にある湾口都市ヌアクショットの攻略をグリンウッド大尉に命じ、指揮下から抽出して編成した部隊を与えて先発させた。



 会議が終わり、部屋には祐一と、コーヒーの残りを飲んでいる北川が残っている。作戦を発動させた祐一は改めて地図を見ながら、俺たちって冷遇されてるよなあとしみじみと感じていた。主力部隊はアフリカ東岸を南下する動きを見せており、助攻としてマダガスカル方面から艦隊が上陸する動きを見せている。この部隊の一部を回して貰えればダカールの奪還はすぐにでも可能なのだ。
 だが実際には此方は陽動目的だということで明らかに不足する戦力しか回されてこない。これがどうしてもやらなくてはならない作戦ならば無茶もするが、陽動目的ならば敵を引きつける為の限定攻勢で十分ではないのか。どうして攻略しなくてはいけないのだろう。

「まあ、俺たちが宇宙軍だからって事なんだろうな」
「仕方が無いさ、今は昔ほどじゃないけど、地上と宇宙の対立は残ってるからな。まあ今回増援を回して貰えないのは余力が無いせいだろうからな」

 祐一の愚痴に北川が気にするな、という風に答える。地上軍の部隊を可能な限り消耗を避け、自分たちに危険な任務を任せて楽をしようという考えが地上軍上層部にあるのは間違いないだろう。秋子と友人であるコーウェン将軍が連邦軍総司令官に就任してからは地上と宇宙の軋轢は表面的には減っていたが、それでも完全に無くなる事は無い。特に機材の質の差が地上軍には不満であった。宇宙軍は既にゼク・アインやジムVを大量配備し、更にそれを超える次世代機の開発まで進めているのに、地上ではまだジムVの数さえ揃ってはいないのだ。
 現在の地上軍でジムVとゼク・アイン、ストライカーなどの第2世代MSで統一された完全なMS大隊を保有しているのはジャブローを除けば祐一たちだけだ。ジャブローから送られてきた佐祐理の大隊は数少ないジムVで編成された虎の子の部隊である。
 そして祐一は、北川に余り余計なことを言うなよと釘を刺した。

「北川、お前がどういう闘いをしてたのかは知ってるけど、佐祐理さんに当たるのはよせよな」
「ああ、分かってるよ。香里にも睨まれてたしな」
「それで香里の奴、会議中ずっと黙ってたのか」

 どうりであの仕切り体質の香里が珍しく静かだったわけだ。北川にプレッシャーを掛け続けていた訳だ。
 そして祐一は自分のカップに最期のコーヒーを淹れて口に運び、コーヒーを奪われて恨めしげな顔をしている北川に自分の考えを告げた。

「北川、もしゲリラが役に立たなかったら、その時はお前の提案に乗るぞ」
「おい、相沢?」
「MSには対人兵器を装備させて突入させるが、外にはガンタンクとキャノンを置いて砲撃の準備をさせておく」
「良いのかよ、さっきやらないって?」
「最後の手段さ。俺もやりたくは無いけど、やらなくちゃいけないとなったらその時は俺が命令する。たく、だから指揮官なんてやりたくないんだよな」

 指揮官は何時も決断を迫られる、それが上官の責任という物だが、そんな決断などしないならそれに越した事は無い。だから俺は偉くなんてなりたくなかったんだと愚痴る祐一に、北川は俺もだよと頷いていた。
 だが、2人は秋子の手元にさえ少ない1年戦争から戦い続けている歴戦のパイロットであり、戦後に士官教育を受けた貴重な人材である。2人が望む望まぬに関わらず、MSという新しい時代の兵器を運用するには不可欠の人材であり、引き立てられるのも仕方が無いことであった。
 そして翌日、ダカール攻略に向けての準備が開始される。この作戦にティターンズがどれだけの注意を向けてくれるか、それは祐一のたちの頑張りにかかっていた。



後書き

ジム改 今回は栞の姿は欠片も無しでした。
栞   何故に、どうして、せっかくの地上なのに!?
ジム改 心配するな、次回では必ず出番がある。
栞   本当ですね、嘘だったら似顔絵描きますよ!
ジム改 それは呪いの絵だったのか!?
栞   コホン、まあそれはおいておいて、本当に落ちるんですかダカール?
ジム改 ぶっちゃけかなり苦しいな。MSは万能じゃないから。
栞   民間人もいるっていうのが厄介ですよねえ。ジオンみたいに無差別攻撃なら楽ですけど。
ジム改 そうもいかないのが連邦軍の辛い所だ。
栞   でも秋子さんグラナダを滅茶苦茶にしましたよね?
ジム改 あれはグラナダ市がエゥーゴに付いて連邦を抜けたせい。連邦に帰属した都市は守ってるだろ。
栞   敵に回れば容赦なし、ですか。
ジム改 それでは次回、ダカールに迫る連邦軍、ティターンズもダカールを奪われる意味を知る故に退こうとはせず、激しい戦いが始まる。幾度にも渡る激戦のさなか、1人の漢が姿を現す。次回「ダカールに吹く風」でお会いしましょう。